調査報告
日本におけるフェアトレードの現状
1.はじめに
このところ、発展途上国における深刻な貧困 問題への取り組みの一つとして、寄付や援助で はないフェアトレードという取り組みが、特に ヨーロッパを中心に広まっている。 フェアトレード(公平な貿易)とは、商品を 安く買い叩くのではなく、生産者がその商品の 生産により生活を維持できるように適正な対価 を支払い、生産者の生活向上、健康や安全な労 働環境の維持、生産地の環境保全なども重視し て貿易を行おうという取り組みである。一般的 な援助と大きく違うのは、フェアトレードで得 た収益をどう活かすかを決めるのは、生産者自 身であることである。これまで世界各地で行わ れたフェアトレードにより、安全な水の確保や、 教育、医療などの充実が図られている。代表的 な商品は、途上国での生産量が多いコーヒーや チョコレート、バナナなどで、ヨーロッパにお けるフェアトレードの認知度は高く、その商品 は広く購入されている。 近年、日本においても、企業の社会的責任が 厳しく問われる時代となり、今後、フェアトレ ードへの取り組みも広まっていくものと思われ る。そこで本レポートでは、欧米と日本におけ るフェアトレードのこれまでと現状について報 告する。2.欧米におけるフェアトレード
フェアトレードの起源は、1946年、アメリカ においてプエルトルコから刺繍製品の購入を始 めたのが最初ではないかとされる。その後、イ ギリスやオランダでも手工芸品などをフェアト レードにより購入する試みが始まっている。 1980年代になると、オランダの教会が運営する NGOが、より多くの消費者に購入してもらう手 段としてフェアトレードラベルを考案し、1988 年にオランダでラベル使用が開始された。しば らくして、同様のラベリング運動がドイツ、イ ギリス、アメリカなどでも始まっている(図表 1)。 この頃フェアトレードに関する動きが活発に なった背景には、コーヒーなどの農業一次産品 の価格安定を図る国際商品協定が1980年代以降 廃止され、途上国の多くの農業生産者が、市場 価格の騰落に直接さらされることになったこと もある。市場価格は、需給バランスや天候のみ でなく、商品によっては投機的取引にも左右さ れ、自国の補助金などの保護制度がない途上国 生産者が、時に生活を維持できない程深刻な価 格下落も起こっている。 そうしたなか、フェアトレードへの支持は広 まり、1989年に国際フェアトレード連盟「IFAT」 (注1)が設立され、1997年には、国際的なフェア トレードラベルの統一を目指し、国際フェアト レード認証機構(以下、FLO)(注2)が設立され ることとなった。 (注1)現 WFTO。WFTO には、現在、約 70 カ国の団 体が所属しており、独自の基準により認証した 団体に対してラベルを付与している。製品ラベ ルも検討されているが、現在のところ内部で合 意に至っていない。 (注2)現在、FLO は FLO 国際フェアトレード基準 (図表2)を設定し、その基準が守られている 商品に対して認証ラベルを付けている。(図表1)フェアトレード運動のあらまし 時期 出来事 1946 年 アメリカのテン・サウザンド・ビレッジ(元セルフ・ヘルプ・クラフト)がプエルトルコから刺繍製品の購入を始 める。 1950 年代 イギリスのオックスファムショップが中国の難民の作った工芸品の販売を始める。 1958 年 「フェアトレード」ショップ第 1 号店がアメリカで開店する。 1964 年 イギリスのオックスファム GB が貿易会社オックスファム・トレーディングを設立。 1967 年 オランダのフェアトレード貿易団体“Fair Trade Organisatie”が設立される。
1969 年 世界で初の「ワールドショップ」がオランダで開店する。
1960 年代 途上国で、フェアトレード団体が設立。アチャコス地方組合連合、ペケルティ(どちらもインドネシア)、ミンカ
(ペルー)など。
1973 年 オランダの Fair Trade Organisatie が世界で初めて「フェアに」トレードされたコーヒー豆の輸入を開始する。 コーヒー豆は、グアテマラの零細農家による組合が栽培したもの。これによってフェアトレード運動が、手工 芸品だけでなく、食料品にも関わるようになる。 1980 年代 オランダの教会が運営する NGO によって、フェアトレードラベルが考案される。 1987 年 11 のフェアトレード輸入業者をメンバーとするヨーロッパ・フェアトレード協会(EFTA)が設立される。 1988 年 オランダで、「マックスハベラー」ラベルの使用が始められる。1 年間で、ラベル付きコーヒー豆の市場シェア が 3%に到達。類似のラベリング運動がドイツ(トランスフェア)、イギリス(フェアトレード・ファウンデーショ ン)、米国などで始まる。 1989 年 国際フェアトレード連盟(IFAT)が設立。61 カ国の 270 のフェアトレード団体が参加。 1990 年代 バングラデシュで国内フェアトレード協会が設立される(1994)。同様の協会がネパール(1995)、フィリピン (1998)、その他多くの国で設立。 1994 年 ヨーロッパ・ワールドショップ・ネットワーク(NEWS!)が設立。 フェアトレード連盟(FTF)がワシントン D.C.で設立。 1997 年 国際フェアトレード認証機構(FLO)が設立。 1998 年 FLO、IFAT、NEWS!、EFTA の 4 つの機関がそれぞれの頭文字をとって、FINE という非公式なネットワークを 形成し、会合を行う。WTO の閣僚会議にフェアトレード運動から代表を派遣。 2001 年 FINE が統一的なフェアトレードの定義に合意。 国際フェアトレード連盟(IFAT)の地域組織としてアジア・フェアトレード・フォーラム(AFTF)が設立。それ以 来、他の生産者地域的ネットワークがアフリカ、南アメリカでも形成される。 2004 年 ムンバイで行われた「世界社会フォーラム」で IFAT がフェアトレード団体マークの旗揚げを公表する。 FINE がブリュッセルに合同フェアトレード・アドボカシー・オフィスを設立。 2005 年 既存のフェアトレード基準、定義、認証手続きを調和させ、改善するためのプロジェクト:品質管理制度
(Quality Management System)の開始。
(資料)FLO・IFAT・NEWS!・EFTA 編 フェアトレード・リソースセンター訳「これでわかるフェアトレードハンドブック」合同出版 (図表2)FLO 国際フェアトレード基準概要 経済的基準 社会的基準 環境的基準 フェアトレード最低価格の保証 安全な労働環境 農業・薬品の使用に関する規定 フェアトレード・プレミアムの保証 民主的な運営 土壌・水源の管理 長期的な安定した取引 労働者の人権 環境にやさしい生産 前払い 地域の社会開発プロジェクト 有機栽培の奨励 児童労働・強制労働の禁止 遺伝子組み換え品(GMO)の禁止 (資料)特定非営利活動法人フェアトレード・ラベル・ジャパン
ラベル認証製品がスーパーの店頭に置かれる ようになったことで、フェアトレードの売上げ は急速に拡大し始め、その認知度も上昇した。 特にイギリスでは、1990年代後半に、地方自治 体や企業などが食堂で飲むコーヒーや紅茶を、 フェアトレードの商品に切り替える動きが活発 になった。2000年代には、取り扱うコーヒーや 紅茶を全てフェアトレード認証製品に切り替え るスーパーも現れ、フェアトレードのコーヒー を提供するカフェが街中に増えるなど、フェア トレードの商品はイギリスの消費者が日常的に 目にするものとなっている。 他の国々においても、国からの補助金などに より官民一体でフェアトレード普及キャンペー ンが行われることも多く、ここ数年、FLOラベ ル認証製品は急速に普及してきた。スウェーデ ン、ノルウェーなどの2008年度FLO認証製品売 上高は、前年比70%増を超える成長となるなど、 各国で急速に市場拡大が進んでいる(図表3)。 (図表3)FLOフェアトレード認証製品国別市場規模(推定) 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 イギ リス アメリカ フラン ス ドイ ツ スイス カナダ スウ ェーデ ン オー スト リア オラ ンダ フィ ンラ ンド デンマ ーク ベル ギー イタリ ア ノル ウェ ー アイルラ ンド オー ストラ リア ・ ニュ ージ ーラ ンド 日本 スペイ ン ルクセ ンブ ルク (百万ユーロ) 2006 2007 2008 (注)「フェアトレード認証製品」とは、FLO国際フェアトレード基準を遵守していると認められた製品をさす。 (資料)Fairtrade Labelling Organizations International「Annual Report 2007, Annual Report 2008-09」より作成
なかでも、一人当たりのフェアトレード製 品購入量が多いスイスにおいては、フェアト レード認証バナナの市場シェアは53%に達し、 切花も28%となっている。イギリスでのレギ ュラーコーヒー市場におけるシェアは20%、 ア メ リ カ の コ ー ヒ ー 市 場 に お け る シ ェ ア も 6%となった。(注3) (注3) 特定非営利活動法人フェアトレード・ラベル・ ジャパン 2007 年データ 現在、ヨーロッパにおけるフェアトレードの 売上高の大半は、ラベル認証製品が占めている。 ラベル認証制度は、グローバル企業も対象とな る機会が与えられたため、その在り方について 今でも賛否両論の意見がある。それまでフェア トレード団体は、グローバル企業に対し不公正 な貿易を行っているとして非難してきた。その ため、そのグローバル企業が、取扱商品のほん の一部のみをフェアトレード商品とすることに ついて疑問を呈する声も多い。また、生産者に も認証費用の負担が発生すること、厳しい基準
を達成できない生産者もいること、認証対象と なる生産者組合も組織できないような極貧の生 産者がいることなど、様々な問題提起もなされ、 今後も、改善が課題となっていくだろう。しか し、認証ラベルにより普及したフェアトレード の理念は多くの欧米消費者の共感を得ており、 フェアトレード商品の売上げは、グローバル企 業にとっても見過ごすことのできない規模にな っていることは確かである。
3.日本におけるフェアトレード
日本において、フェアトレードの取り組みが 開始されたのは、1970年代と言われている。1980 年代後半以降、フェアトレードのNGOや団体の 設立が本格化しているが、欧米の認証ラベル制 度型ではなく、独自の理念に基づく多様な「フェ アトレード」を行ってきた団体(注4)が多い。日 本の消費者は品質に対するこだわりも強いため、 これまで、日本のフェアトレード団体は、生産 者と共に様々な品質改善を行ってきている。ま た、1993年には、後にFLOの日本における構成 メンバーとなるフェアトレード・ラベル・ジャ パン(以下、FLJ)の前身であるトランスフェ アジャパンも発足した。 (注4)なかには、独自の理念からフェアトレードとい う言葉を使用していない団体もあるが、本レポ ートでは、便宜上、広い意味でフェアトレード に含めるものとして記述した。 2000年代に入ると、一部の大手スーパーやコ ーヒーチェーンが、コーヒーなどについてFLJ 認証ラベル製品を取り扱い始めた。また、各地 の大学でフェアトレードを推進するサークル活 動が行われるようになり、各大学の生協にフェ アトレード商品が導入されるなど、日本におい てもフェアトレードへの取り組みが広まってき ている。最近では、一部のコンビニエンススト アや百貨店などで、ドライフルーツやチョコレ ート、衣料品などの取扱いを行うところも現れ た。スーパーなどでは、FLJ認証ラベル製品を PB(プライベートブランド)商品として販売す るところも増えてきている。 財団法人国際貿易投資研究所によると、2008 年の日本のフェアトレード小売販売額は、約81 億円(前年比10.7%増)と推計され、そのうち 食品が79.2%、衣料品が10.7%となっている。日 本において特徴的なことは、衣料品におけるフ ェアトレードの取り組みが健闘していることで ある(図表4)。 (図表4)日本のフェアトレード小売販売額(推計) 0 20 40 60 80 100 2007 2008 (年) (億円) その他 衣料品 クラフト 食品 (資料)財団法人 国際貿易投資研究所「日本のフェアトレード市場の調査報告」また、日本での流通販路とその割合は、概ね (図表5)のようであると推計される。現状、 FLJラベル認証以外の製品の割合が82%で、そ のうち生協を通じた販売が22%を占める。欧米 では大半がラベル認証製品であるのに比べ、 FLJラベル認証製品の割合は18%と低いことが わかる。ただ、FLJによるとFLJラベル認証製 品のライセンシー企業数と売上高は、2003年以 降順調に増加しており、今後、日本におけるフ ェアトレード商品の売上高を押し上げるととも に、流通販路に占める割合も高まることが予想 される(図表6)。 (図表5)日本でのフェアトレード商品の流通販路 海 外 生 産 者 ・ 団 体 輸 入 団 体 82% 卸売り 販路不明 輸入者 (加工業者等) 直営店など ネット販売等 小売店(ネット販売 等を含む) 企業他 生協など 量販店 コーヒーチェーン など 小売店(ネット販売 等を含む) フェアトレード・ラベル商品(FLJ) 3% 6% 17% 17% 22% 18% 0% ※ 18% 0.2% (注)販路別割合(%)は概数 ※ 小売店が直接海外の生産者・団体から輸入して販売している場合もあるが、きわめて少ないとみられている。 (資料)財団法人 国際貿易投資研究所「日本のフェアトレード市場の調査報告」より確認のうえ一部修正して作成 (図表6)FLJ日本国内ライセンシー企業数 及びフェアトレード認証製品の推定市場規模の推移 0 2 4 6 8 10 12 14 16 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 (年) (億円) 0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 (社) 認証製品推定市場規模(左目盛) ライセンシー企業数(右目盛) (注)「フェアトレード認証製品」とは、FLO国際フェアトレード基準を遵守していると認められた製品をさす。 (資料)特定非営利活動法人フェアトレード・ラベル・ジャパン
このように、ここ数年、フェアトレードは日 本でも広まり始めている。しかし、まだ日常利 用する多くのスーパーなどで広く商品が取り 扱われるには至っておらず、日本でのフェアト レードの認知度は約14.7%と低い。ある調べに よると、欧米各国の認知度は50%から80%を超 えており、それと比べまだかなり低い水準であ る(図表7)。 (図表7)日本におけるフェアトレードの認知度 よく知らない 34.3% 無回答 0.7% とてもよく 知っている 0.5% よく知っている 1.7% まったく 知らない 50.4% 普通である 12.5% (資料)内閣府「国民生活選好度調査」 回答者:全国の15歳以上80歳未満の男女4,164人 調査期間:2008年2月から3月 合計14.7% 4.日本での取り組み これまで、日本において欧米ほどフェアトレ ードが広まってこなかった背景には、様々な要 素が考えられる。宗教との関わり方の違い(注5)、 植民地支配の歴史の違い、企業の社会的責任に 対する取り組みの違い、国などからの補助金の 有無によるキャンペーン規模の違いなどがその 主な要因であろう。 しかし、フェアトレードの理念が、日本の消 費者に広く共感を得られないものなのかという と、そうではないと考える。そのひとつの根拠 として、生協を通じた取り組みが、主に主婦を 中心に支持されていることがあげられる。 例えば、生協などが出資母体となって設立さ れた株式会社オルター・トレード・ジャパン (ALTER TRADE JAPAN,Inc.)は、約20年間の 取り組みを行ってきた実績がある。同社は、1980 年代に、砂糖の国際価格暴落で飢餓状態となっ たフィリピン・ネグロス島の人々への支援活動 が基盤となり、生協の他、有機農産物の販売グ れた。そして、ネグロス島で伝統的製法により 生産された砂糖を、生産者が自立した生活を送 ることができる価格で買取り、独自の流通シス テムで日本に輸入する取り組みを開始した。取 り扱い品目や対象国は徐々に増え、現在では、 バナナやえび、コーヒー、塩、オリーブオイル などが、食品の安全性、生産者の生活、生産地 の環境などに配慮して取り扱われている。これ らの商品は、商品にラベルを貼付するフェアト レードの第三者認証制度によることなく、各取 り組みの内容やその背景などの説明書きが添え られ、消費者もその取り組みを理解することが できるようになっている。生協などの生産者と 消費者の信頼関係に基づくこうした取り組みは、 今後も消費者の支持を集めていくものと思われ る。 以上述べたように、日本では、欧米とはやや 異なり、多様なフェアトレードがそれぞれ行わ れてきた。そして現在、インターネットの普及、
する情報のグローバル化が進み、消費者が途上 国や社会的弱者の問題を考えたり、それに取り 組む欧米の事例に触れたりする機会が増えた。 今のところフェアトレードという言葉に対する 認知度は低いが、消費者自身が商品にも途上国 の生産者への配慮といった社会的な意義を見出 すようになってきている。今後、こうした動き が徐々に拡大していくことが期待される。 (注5)欧米のフェアトレード活動は、当初、キリスト 教教会が関わっているものも多い。 【参考文献】 FLO・IFAT・NEWS!・EFTA編 フェアトレード・リソースセンター訳 北澤 肯 監訳 「これでわかるフェアトレードハンドブック 世界を幸せにするしくみ」 長坂 寿久 編著 「日本のフェアトレード」 三浦 史子 著 「フェア・トレードを探しに」 ジャン=ピエール・ボリス著 林 昌宏 訳 「コーヒー、カカオ、コメ、綿花、コショウの暗黒物語」 長坂 寿久・増田 耕太郎 著 「日本のフェアトレード市場の調査報告(その1)」 (藤井 佳奈)