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フランス語における「庭」または
「囲い地」の概念
−jardin,COur,ParCを中心に−−
守 央 信 明 はじめに 「庭にポチがいる」に類した表現は,外国語のいわゆる作文(Th伝me)の問題の中などにときおり見られ,われわれはさほどの疑問もいだかずに
≪MonchienPochiestdanslejardin..≫のような文を綴ったりする。われわれに とって−の庭とは敷地から建物の部分を差し引いた残りの,比較的まとまった空 間もしくは空き地ぐらいの意味合いであろうか。あるいはその程度の殺風景な 庭のイメージが筆者のように高度経済成長期以前に青少年期をすごした者のイ メ−ジだとすれば,現代の青年は庭に射し,もう少し彩り豊かなイメー・ジを抱 いているかもしれない。そこで70年代初めに生まれ,そろそろ20歳を迎えよ うとしている若者たちに,予備的説明は一一切おこなわず「あなたは『庭』につ いてどのようなイメージをもっていますか」という間を発してみた。その調査の中からいくつかを拾ってみよう(*)。
広さはテント2つくらい張れて,野外パ1−ティができてそれでもまだ土地 が余るくらいの広さ。全て芝で,日当たりがよく,端に犬小屋があって,白 い大きい犬が−・匹ねている。庭の端には車があって,土曜日の夕方はいつも お父さんが洗車をしていて,横でみている子供が「お父さん,明日は別荘ま でドライブだね。」と言ってよろこんでいるようなアットホームで裕福な感 じ。[法学部S.T君] 庭は家と一体化している,へいに囲まれた生活空間である。そこには芝ふ (*)1992年6月に香川大学法学部1−経済学部1年生63名を対象に行った調査。守 矢 信 明 110 が植えてあり,せんたく物がほしてあり,子供の遊び道具が転がってある。 梅雨時には窓ごしに見えるあじさいがきれいだ。[法学部M..S君] 日本庭園。木が茂っていて,池があり,岩にはこけがついていて,“しし おどし”が有るともっといい。しかし,絶対に模型のつるだとか,亀だとか はあってはならない。(こんなことこをするのは下品な金持ちだ。)[法学 部K..M子さん] 花だんがあって,いろいろな種類の花が季節ごとに咲いている。もちろん ちょうちょやトンボ,はちなどの虫もいる。はち植えの植物もいくつかあっ て並.べてある。花の色はそ・の季節にあった色,春ならうすい色,夏はあでや
か。花だんのまわりは芝生があって,芝生の上を子犬が走り回っている。
[法学部Ⅰ.H子さん] 「庭」とは400m2ぐらいの大きさで,人の背丈の1.5倍から2倍くらいの 木がたくさんあって,庭のまん中には池があってコイが数匹泳いでいる。ま わりは白いかこいでかこんでいる。下は・一層芝生である。家の屋根で日陰に なる所には,椅子とテ・−・ブルが置いてあり,人々がジュ・−スなどをのんでい る。すみの方には菜園があり,大根などの植物が植えてあり,花が咲く頃に はミツパテや蝶々が集まってくる。[経済学部0.M君] 盆栽がある。わけのわからぬ置き石,あるいはとうろうがある。それをハ ゲたオヤジが・−・生.懸命手入れしている。彼は松の盆栽に究極の美学を感じて いる。また庭は“へい”によって囲まれており,家によっては野菜等を植え て精を出す人もいる。しかし不精者にとって庭は不必要なものであり雑草を 生い茂らせる始末となる。また最近の地価の狂乱で都会では庭は超高級なも のになりつつある。だが私は日本にとっての庭は縁側という言葉に代表され る様に心の安らぎを・与えるものであると思う。[法学部ET君]フランス語における「庭」または「囲い地」の概念 111 −・読して分かるように引用例の回答者はいずれも庭に対して愛着をもち,自 分の好みのイメージを伸び伸びと措いている。この傾向は回答者63名のほと んどに共通してうかがえる。キーワ・−ドもほぼ共通していて「芝生,樹,池, 鯉,太陽」「犬,猫,子供,ホース,車」「物置,物干し,片隅の菜園」など が引き合いに出されて−いる。 1.日本の庭,フランスの庭 20歳前後の若者たちが,このように庭についてきわめて活き活きとしたイ メー・ジをもっていたことは筆者にとっで予想外であった。若者たちの庭への思 い入れは深く,豊かで,物語風の展開まで行った回答例も1,2にとどまらな い。だがイメ・−ジが豊かであるわりには概念が比較的等質だということも指摘 しておかなければならない。周知のように庭を意味する日本語には「家の(裏)
庭」のほかに,法廷,校庭,宮廷,庭園,学園,公園,朝廷,外苑,御苑,田
園,果樹園,菜園,荘園,耽園,梨園,楽園などさまざまある。にもかかわら ず家庭菜園をのぞけばそれらに言及したものがほとんどない。そしておそらく ここに引用した学生諸君のみならず,広くわれわれ日本人が庭と言うとき,ま ず念頭に浮かぶのは家に付属した庭のことであって,換言すればそれは家庭と いうものの中に位置づけられた空間を指していると言えるのではなかろうか。 他九 フランス語で庭を表す語はjaIdin,COur,parCのほぼ三つにかぎられる。 語彙の数は少ないのだが,この三つはそ・れぞれ驚くほど広い指示対象(外延) をもっている。辞昏に掲げられたものを列挙してみるなら,あまりの多様ぶり にそれらがどうして・一つの語の中に集約されうるのかとまどうほどである。 『′J、学館ロベ・−ル仏和大辞典』からそれぞれの項を引用してみよう(他の語と 結びついた言い回しや熟語は省く)。 ,jar’din ①(一・般に囲いのある)庭,庭園;花園,果樹園,菜園 ②(20世紀初頭)(芝生や花壇のある)公園 ③[文章語]肥沃な地方,豊穣の地守 矢 信 明 1ユ2 COUI Ⅰ. ①(壁,建物などに囲まれた)庭,中庭;校庭 (参農家の庭 ③[古語](パリの)袋小路 Ⅱ. (D宮廷;王宮,宮殿;《特に≫(ヴェ.ルサイユの)宮廷作法 ②≪集合的に≫宮廷人,廷臣 (参君主と大臣たち;君主[王]国政府;王と廷臣たち;(1aCour・)王党派 ④(権力者や婦人の)取り巻き,側近;追従者たち Ⅲ. (∋(現在では特に上激の)裁判所;法院 ②≪集合的に≫(−・法廷を構成する)裁判官 paIC ①(城館,大邸宅の)庭園;(動植物,景観を保護するための)公園 ②駐単場 (卦(車両などの)保有総数 ④(製品や材料などの)置き場 ⑤《石油≫(石油製品の)貯蔵所 ⑥[軍事用語]軍用品集積場 (D(20世紀)ベビーサークル ⑧(牛,羊などの)集合棚;(羊の)移動牧柵,簡易柵 ⑨(狩猟の獲物を閉じ込めておくための)囲い,猟園 ⑩[漁業用語]生貸,建干(たてひ)網の囲い ⑪(只の)養殖場 比較的対象の広がりが限られているのはjardinだけで,あとのcour・,parCは−L 覧して分かるようにきわめて多彩である。以下にそれぞれの語がどうしてその
フランス語・における「庭」または「匪lい地」の概念 113 ような広がりをもつにいたったのかを見ていくことにしよう。
2.jardin
Er・icRohmeIの映画Pd〟J血dJ叩J聯(『海辺のポ−サー刈)は印象的な魔 の場面から始まる。芝生の空間に椅子とテーブルがおかれ,やがて主人公と彼 女のおばが登場し対話を始める。印象的というのはその間,効果音を一・切排除 した沈黙の時間が流れつづけるということのほかに,庭の奥の方にあじさいが 咲いていることである。『庭園の詩学』のドミトリイ・・Sゆリハチョフは,庭 園における珍種の植物や異国の植物の栽培がヨーロッパ庭園史における一つの 大きな傾向であるとし,「“庭園の多様性”への志向は,どの時代の造園家も 草花や潅木,樹木の珍種を栽培することに熱心であったということにとくに現 れている。それらはさまざまな国々よりもたらされたが,そ・のなかには束方の国々,南方の国々,そしてのちにはアメリカ大陸の国々があった」(1)と述べ
ている。この傾向はかなり古い時期から見られ,古代エジプトでは遠征の折り に珍しい樹木を持ちかえったり,十字軍の時代には近東からもたらされた草花 や樹木が中世ヨ・一口ツパの庭園を飾ることになる。ところであじさいはフラン ス語でhortensiaと呼ばれ,庭を指すラテン語bortusから来ている。しかもこの 場合の「庭」は日本や中国の庭を指していることから,「東洋の庭によく見ら れる花」というのがこの語の語源である。つまりあじさいもまた,西洋におけ るエグゾティスムの・一つの現れであった。 ho托usというラテン語は「庭」の意味ではフランス語に受け継がれていない。 わずかにhorticulteur・(造園家),hotticole(園芸の)ということばに残るにす ぎない。これに代わってフランス語に定着したのは,古フランス語の時代に やってきたゲルマン系起源のjard(ドイツ語Garten,英語garden)であった。こ れがやがて今日のjardinの形態をとることになる。G,anddictEonnaiTeenCyClop6− diqueLarousseによれば最初にjardind,agr6ment(鑑賞用・休息用庭園)を創っ たのはLicinius Lucullus(前117項一前57項)であるらしい。それまでロ1−マ 人にとっての庭は菜園にすぎなかった。菜園はjar・dinpotagerのことばが示すよ うに,ポタ、−ジュ用の野菜を栽培する場所である(ちなみにポタージュ.は壷守 央 信 明 114
potで煮るス・−プを指す)。jardin potagerとjardin d,agrimentは中世およびル
(2) ネッサンス期には一つのものだった。トウー・ル近郊のヴィランドリー城の 庭園は当時の庭を再現したもので,菜園と鑑賞用庭園が同居七ている。G川〃d dgc血朋β如e乃CyCJ叩‘dfヴ〟eエα′0〟5∫eや,Michelinの旅行ガイドにも紹介されて いるように,四角い野菜畑は花やつげで縁取られ,そ・の周囲を細い小道が取り 巻いて−いる。 3.00ur couI・はラテン語のcohoISから来ている。COhor・Sは前節で触れたhortusの派生 語である。ただしhoTtuSが庭であったのに射し,COhorsの方は「兵隊が駐屯す
る囲われた場所」(3)の意味で使われるのがふつうだった。そこからこの語の
歴史はく駐屯地→駐屯する兵隊→総督や司令官を補佐する人々→取り巻き〉と いう変遷をたどることになる。フランスヘは1000年頃に,「王の取り巻き」の 意味でラテン語のcohorsがフランス語に取り入れられ,以下のような変化をみ せる。 COhoIS・・・→COIt→cour・ Gougenheimによれば当時(カペー王朝)取り巻きの職務は王個人に使える 召使としての役割と,王国の利害にかかわる政治上の役割の両方であった。つ まり王侯のワインと葡萄園の管理をする酒倉係,馬屋の番をする近従,従僕の 長にあたる家令,王の証啓を発送する係,王家の宝物を保管する管財人−こ の5者が王国の「取り巻き」(cour)のかなめをなしていた。それまで一体で あった従僕と相談役の癒合が分離し,最初に独立をみせるのが法律関係である。 1aCourduroi(王の側近グル1−プ)は「王会」と呼ばれ,国王の諮問会議とな る。これが最初の議会ともいうべきものになった。ここからcowが上級裁判所 の名に結びつく素地ができあがった。すなわちCour de cassation(破毀院) Courdescomptes(会計検査院),Courd,appel(控訴院)などである。 カペ・−王朝の取り巻きは最初は野蛮にして粗野であったが,しだいに洗練さ れ社交的になり,ついには礼儀作法や気品の理想,手本となっていく。そこか ら,COurtOis(宮廷風の,礼儀正しい)という形容詞が生まれてくる。宮廷はフランス語における「庭」または「囲い地」の概念 ユ15 16,17世紀になって華やかさを増し,COuI・は王宮の場所そのものを指すこと ばともなる。社交場としてのcoulでは貴婦人が盛宴な役割を演じた。COuI厄san とは「王の側近,廷臣」であると同時に「追従者」の意味をおびる。今日,そ の女性形であるcouItisanneは華やかなりし貴婦人と追従者のおもかげをひき ずった「高級娼婦」の意である。 現代ではcouIは「建物の中庭」や「学校の運動場」も指す。英語のcourtは フランス語のcourが元にあり,「中庭,宮廷,おべっか使い,法廷」などほぼ フランス語と同じ語義をもつ。また先に挙げた『ロベ−ル仏和大辞典』courの 項の③にある「君主[王]国政府」については,つぎのGougenheimの説明が 参考になる。すなわち「ルイ14世のもとで宮廷人の重要性はいっそう顕著と なる。彼らは王国の生活の中心をなす。外交用語で一・国の政権を呼ぶのに1a
courdeFrance(同様に1acouId,Anglete一花,1acourd,E5p喝ne,等)と音うが,こ
れは初期カペ一朝の時代のように諸機関が未分化であったということでなく, この社交界の取り巻き連がとてつもなく増大し,彼らの影響下にいっさいが引きずられているように見えたからである。」(4)ちなみにルイ14世のヴェル
サイユ宮殿には5千人の廷臣が存在したと言われる。 4.pal℃ paICは不思議な語である。この語ほど一見して統一・性を欠き,多種多様な語 義を擁した語はないからである。いかなる共通性によって〈公園〉と 〈鹿車 場〉と〈牡蠣の養殖場〉が同居し,く庭園〉とく資材置き場〉とくべど・−サー クル〉が同居しうるのであろうか。 『英語の語源辞典』の著者は,「Park(公園)はこのML parricusが語源で,動物を放し飼いにする国王の囲われた所領のことであった」(5)としている。
(6)また『スタンダード語源辞則の著者もparkの語源を中世ラテン語の
parT・icusであるとしている。−・方Gougenheimは「parcの起源はjardinに比べはるかに透明度が低い。いやまったくわからないとさえ言える。ラテン語の
perCuS,parTicusという形はたいした助けにならない。ましてドイツ語のPferch や英語のpaddock(古英語のpeaITOC)との比較はなおのことあてにならない。守 矢 信 明 116 これらの形態間の関係ははっきりせず,この語の起源はゲルマン語にもラテン 語にもない」(7)としてperricus語源説を退けているoそLの上で「parcの語源 は不明だとしても,それが指している観念は非常にはっきりしており,めずら しいくらいフランス語のなかに保持されている。un paTCとはつねに壁や,少 なくとも囲いによって−囲われた空間だった」とこれに続けて述べている。 こうして語源に関しては説が−・走しないものの,核となる概念が「囲い」で ある点で諸家の見解は・−L致している。中世において,城館のpaICは周囲をネッ ト(網)で囲い,そ・の中に鹿やイノシシが閉じ込められた。狩人は走りまわる だけでよかった。「網で囲う」という観念は今日の「海の囲い」(1esparcsde meIう,すなわち「生け貸」だとか,「牡蠣の養殖場」(1es parCS a huitres) の中に生きている。またかつての「駐屯地の囲い」という観念は今日の「軍用 品集積場」(parc d,artillerie),「工兵隊資材置き場」(parc du ginie)の観 念に通じている。あるいは車の駐車場というおおいに今日的な意味も,古代 ローマの「駐屯地」からきたのではあるまいか。「“−・−・・・箇所に囲い集めて置く 所」という意味で両者は共通するからだ。 5.「庭」の周辺 pafCは中世において館の周囲に広がる囲い地で,狩猟用の野生動物が飼育さ れていた。そしてその向こうに広がるのがfbrgt(森)である。fbI飢はラテン 語のfbr・isに由来し,「外側で」を意味する。8世紀から10世紀にかけてはカ ロリング朝の時代であるが,その時代の館と狩猟場と森の関係をGougenheim はこう措いている。 シャルルマー・ニュおよび彼の後継者たちの館(palais)は獲物のよく取れる 地域に建てられた。館の周りには狩猟場(parc)が取り巻いていた。parCと は防護柵(palissades)や盛土で閉ざされた広大な空間である。そこは王の 狩猟場になっていた。parCの向こうはfbretすなわち外側の土地だったo (8)
英語のfbTeign(外国の)もここに淵源する語だ。ラテン語では森のことを
フランス語における「庭」または「囲い地」の概念 117 silvaと言った。ローマ神話に登場するシルウァーヌス(Silvanus)は暗く,寂 しく,恐ろしげな森の神さまだ。「野生の,人になつかない,残忍な」を意味 するsauvageも,Silvaから来ている。森はまた悪代官と闘うロビンフツドや, 俗世間を離れて祈りと瞑想にふける隠者をかくまう場所でもあった。『庭園の 詩学』の著者は庭と森の境界を象徴するものとしての「隠者の住まい」 (ermitage)についてこう述べている。 さまざまな庭園様式の意味論的体系において,エルミタージ.ユはときとし て隠遁者(エルミット)の住み家というそのもともとの用途からまったく離 れてしまうほどの,もっとも多様な用途を有していた。エルミタ・−ジ、ユは庭 園全体のあるシンボルとなるものであった。そ・れは17世紀にも,18世紀に
も,通常,境界そのものの上に,または「閉ざされし庭」(hor・tuS
conclusus)の境界の向こうに,庭園の垣の向こう,庭園が野原に変わると ころに,そして普通は森の一・隅に,蔭に,太陽の射さないところに建てられ, っねに,散策者にとっては不意の出現物となっていた。 (9) まことに隠者という,人間でありながら人間界を離れて暮らす者の住まいが, 森と庭の境界に設けられたというのは象徴的である。隠者小屋は,亭と同じよ うに庭園様式の一つとして取り入れられ,景観に趣を添えた。同著者はジョン・ ヂクソン・ハント『風景の中の形象−18世紀の詩,絵画および造園』を引 用しながら,庭園の隠者小屋には実際に隠遁者が雇われ,彼はそ・こで給料をも らいながら暮らしたという興味深い事実を述べている。 エルミタージュ.の印象を強めるために,隠遁者が雇われさえした。[・‥] 彼はエルミタ−ジュ.で7年を過ごす義務を負い,「聖書を持ち,眼鏡をかけ, 足許に小さな敷物をしき,1束の草を枕とし,砂時計を置き,水を唯一・の飲 物とし,城から運ばれる食物を食べて暮らさなければならなかった。彼は剛 毛製の緊衣(ラクダのローブ)をまとっていなければならず,いかなる場合 であろうとけっして頭髪やひげや爪を切ってはならなかった。ハミルトンの守 矢 信 明 118 領地の外をうろついたり,下僕と話を交わしたりして−もいけなかった」。こ のような条件のもとでは,雇われ「隠遁者」がハミルトンのところでたった 3週間しか務まらなかったのも無理からぬことと思う。そのかわり,2人目 の「隠遁者」は,今度は前記条件のもとで,客人から施物を,たとえ「半ク ローネ」でさえも受けとって−はならず,「ジョルダーノ・ブルーノのごと く」(!)振る舞うべしという条件が加えられたのに,まるまる14年間も (10) 隠遁者を「務めおおせた」のである。 ここに引用されたジョン・デイクソン・ハントによれば「18世紀の風景式 庭園はどれも,エルミタージュや,さらにそこに住む隠遁者を欠いては完璧で はなかった」とまで主張して−いる。 かつての私園であったjardinやparcは,やがて広くl−L般に解放されて公園と なる。ただし両者の関係については,狩猟場であったparcの方がつねにjardin より広く,かつ依然として閉じたものとなっている。 6.終わりに これまでフランス語で「庭」を表す3つの語jardin,COur,parCを中心に概念 の広がりを見てきた。それぞれの語に見られる語義の多彩さは,そ・れぞれの語 の歴史に負っている。だが3者に共通する櫻概念をもとめることもできる。そ れは仙言で言えば「囲われた地」(enclos)ということである。やがてこのた だの囲われた地は,それぞれがエデンの園たることを目指し,さまざまな展開 を見せていくことになる。古代バビロニアの空中庭園,アルハンブラ宮の獅子 の中庭,ヴオー・ル・ヴイコント,ヴェルサイユ宮苑など,世界の名園は数し れない。だがそれらはすでに語史の範囲を越えて,美術史の分野で扱われるべ きものであろう。
フランス語における「庭」または「囲い地」の概念 119 註 (1)ドミトリイ・S・リハチョフ,1987,『庭園の詩学−ヨーロッパ, ロシア文化の意味論的分析』,坂内知子訳,平凡社,39貫