手根管症候群(CTS)の臨床症状 CTS は生涯において 10%の人が罹患するといわれ ているほどありふれた疾患であり,神経生理検査室を 訪れる患者の中で 1, 2 を争う頻度である。CTS にお いては正中神経が手首部で障害されるため,典型例で の症状は正中神経支配領域(第 1 3 指の掌側と第 4 指 の橈側)のしびれや痛みなどの感覚障害が主である。 神経障害が持続すれば運動障害も出現し,母指球筋の 萎縮や脱力が出現するが,近位部で分枝する円回内筋 や前骨間神経支配筋の筋力は正常に保たれる。手の使 用によるしびれの増悪や就寝時のしびれ,また休息や 手を振ることによる症状の改善は CTS を示唆する1)。 診察所見としては Tinel 徴候と Phalen 徴候が診断の 助けとなる。Tinel 徴候の本来の意義は回復過程にあ る末梢神経の再生部位を叩打による疼痛発現により明 らかにすることであるが,類似の疼痛が圧迫性神経障 害部位でも認められることにより CTS でも手根管部 を叩打することで陽性となる。手首を屈曲位に約 1 分 保持してしびれ感が再現されるのが Phalen 徴候であ るが,変法である逆 Phalen 徴候も有用である。手根 管内圧は逆 Phalen 法が Phalen 法より顕著に上昇する との報告もあり,手根管内での神経圧迫による虚血な どにより症状が誘発されていると考えられる2)。 CTS 典型例では診断は比較的容易であるが,以下 のような非典型的な症状が 1/3 程度の患者で認めら れ,診断が容易ではない場合がある :(1)上肢近位部 の痛み:手根管を通過する正中神経は指を支配するた め,手根管より近位部で分枝する手掌の感覚は正常に 保たれるはずである。さらに,前腕や上腕には正中神 経の感覚領域は存在しないが,時に近位部の感覚症状 を呈する場合がある。(2) All-median hand :尺骨神 経が第 4 指の尺側と第 5 指の感覚を支配するが,CTS では第 1 5 指全部のしびれを訴える患者が認められ る。電気生理学的検討によると,手指すべてで症状 を訴える患者はむしろ軽度の CTS を呈することが多 かった3)。最近の報告によれば,このような正中神経 固有領域を超えた感覚症状の発現には持続性の異常イ ンパルスによる中枢感作が関与するとの報告もあり, CTS 自体の診断を否定するものではない4)。また,手 根管部内圧の亢進が隣接した Guyon 管部にも波及し, CTS と Guyon 管症候群の合併によりすべての指で感 覚症状が出現することがある5)。CTS と Guyon 管症 候群が合併する可能性が高いことは神経伝導検査の選
手根管症候群の電気診断
野 寺 裕 之
要旨 手根管症候群(CTS)はありふれた疾患であり,典型例では電気生理検査の解釈は比 較的容易であるものの,判断に苦慮する症例も少なからず経験する。手根管部での伝導遅 延を証明することが電気生理検査の主眼であるが,ルーチンの正中神経伝導検査のみなら ず尺骨や橈骨神経との比較試験を含めた多彩な検査法を過不足なく施行することができる かが重要となる。検査尤度と臨床所見から推察した検査前確率を考慮することが CTS の適 切な電気診断には必須である。Key Words : carpal tunnel syndrome, nerve conduction study, sensory nerve action potential 特集「臨床に役立つ神経筋電気診断」
the wrist(手首部での正中神経障害)と呼ばれ,正中 神経の局所伝導遅延が手根管部で確認できたことを示 す。一般的には臨床診断と電気診断所見は合致するこ とから電気診断により診断が確定するわけであるが, まれに例外が存在する。一つは全身性ニューロパシー の合併時である。たとえば糖尿病患者において CTS を疑う臨床所見が無いものの検査所見にて median neuropathy at the wrist がある場合,それは CTS とは 呼べず積極的な治療の適応とはならない。もう一つの 典型的な例は甲状腺機能低下症や手を頻繁に使用する 労働者であり,無症候性に局所伝導遅延が認められる ことがある。全身性ニューロパシーを除外するため, 神経伝導検査では正中神経のみならず尺骨神経を検査 し,合併症のない CTS では正中神経のみに異常所見 を呈する。また,稀ではあるが PMP22 遺伝子の欠損 などによる遺伝性圧脆弱性ニューロパシー(HNPP) においても無症候性に局所伝導遅延を呈しうる。 CTS を疑う場合の電気診断 1.正中神経運動伝導検査 CTS を疑う場合,ルーチンの正中神経運動伝導検 査はすべての症例で行われるべき検査である。記録の 探査電極を短母指外転筋(APB)上に置き,刺激を手 首部と肘から行う。遠位潜時の延長があれば手首以 遠の伝導遅延があると判断されるが,皮膚温の低下が 無いことを確認する。複合運動電位(CMAP) 振幅に 関しては注意が必要である。伝導ブロックを示すため には脱髄が考えられる部位を挟んだ 2 部位からの刺 激を行う必要があるが,上記の刺激方法では手根管 より近位部であることから不適切である。そのため, CMAP が低下している場合,軸索変性と伝導ブロッ クを鑑別するために手掌部からの刺激が推奨される。 度の速い線維の伝導が CTS により障害されるために 前腕部の伝導は径の細く伝導速度の遅い線維の伝導し か見ることができないというのが説明である。もう一 つの説明は,CTS により近位部に脱髄が波及するた め,伝導遅延は真の局所脱髄を反映するとの意見であ る6)。 F 波は手首の刺激が手根管部を一度通過するた め,CTS では延長し遠位潜時の延長分だけ F 波潜時 が延長することが予想される。もし F 波潜時がそれ 以上の延長を来すなら神経根や前腕部などの近位部病 変の合併が考えられる。 2.正中神経感覚伝導検査 ルーチンで行われる正中神経感覚伝導検査は順行性 と逆行性検査に分けられる。いずれの検査においても 伝導速度はほぼ同等であるので,伝導速度の遅延があ れば手根管症候群を疑う所見となる。順行性と逆行性 検査の選択に関しては,CTS 以外の疾患でも多用さ れるため,施設ごとにルーチン手技を統一しておくべ きである。 (1)どの指から刺激・記録するか 第 2 指に記録電極(逆行性)あるいは刺激電極(順 行性)をおくのがスタンダードであるが,第 3 指が良 いと主張する報告もいくつかある。CTS は臨床診断 を疑わせる症状ながら各指での症状が著しく異なる場 合には最も症状の強い指における検査も行うべきであ る。例えば第 1 指のみがしびれる場合,第 2,3 指を 用いた検査では全く正常な伝導速度を示すことも珍し くないため,第 1 指からの記録・刺激を追加して行う。 また,逆行性検査の場合,手首刺激に加え手掌や肘刺 激を行い手首 手掌間あるいは前腕部の伝導速度との 比較をすることが可能であるが,その検査感度などに 関しては後述する。
3.正中神経と他の神経の比較検査 上記で述べたルーチンの正中神経運動と感覚伝導検 査では基準となる遠位潜時や伝導速度と,得られた データとの比較を行うこととなる。 正常値 とは正 常人からなるグループにおける値であるので,罹患前 の伝導速度が境界値より著明に速ければ CTS に罹患 した後でも伝導が十分正常域に入ることがあり得る。 つまり,いわゆる 正常値 を判定基準に使用するの みでは高い検査感度を得ることができない。そのため, 以下に述べる種々の伝導検査法は正中神経と近接する 他神経の伝導を検査することで,個人間の伝導速度の ばらつきによる検査感度の問題を最小限にしようとす るものである。これらの比較試験では潜時の比較以外 に正中神経の潜時の正常値も存在する。しかし上述の 理由から一般的には正中神経と他神経との潜時比較が 主な目的となる。 4.第 4 指正中 尺骨感覚神経比較検査 第 4 指の撓側の感覚支配は正中神経,尺側は尺骨神 経であるので記録電極を第 4 指に装着し,手首部から 正中神経と尺骨神経を等距離から刺激することでそれ ぞれの感覚神経誘発電位 (SNAP)が記録できる(逆 行法)(図 1)。尺骨神経由来 SNAP より正中神経由 来 SNAP の潜時が 0.5 ms 以上延長していれば手根管 局所での伝導遅延があると判断する。また,記録と刺 激電極を入れ替えた順行法でも同様に潜時の比較が可 能であるが,正中神経記録で二峰性 SNAP を示す場 合があり診断に有用である( bactrian sign (フタコ ブラクダ徴候))。その場合,潜時の短い方は尺骨神経 SNAP, 長い方は正中神経 SNAP である。Onset latency
を正確にマーキングすることが困難であれば,peak latency の比較も行うべきである。 5.手掌刺激による正中 尺骨混合神経比較検査 順行法による手掌部から正中神経と尺骨神経の刺激 を行い,手首部でのそれぞれの神経上より記録を行う (図 2)。標準的な刺激 記録電極間距離は 8 cm であり, 正常カットオフ 0.4 ms を超える潜時差を有意と判断 する。この方法では運動・感覚神経の両方の伝導を記 録するが殆どの場合において感覚神経伝導の情報が得 られる。 6.第 1 指正中 橈骨感覚神経比較検査 第 1 指の感覚支配は手掌側が正中神経,手背側が撓 骨神経であるので,第 4 指と同様に伝導比較試験が可 能である(図 3)。順行法でも逆行法でも可能である が,逆行法の場合は記録の探査電極を指節間関節に設 置 し,median SNAP と radial SNAP の 潜 時 差 を 測 定 し,順行法ではその逆である。正常カットオフは 0.5
図 1 第 4 指正中・尺骨感覚神経比較検査
図 2 手掌刺激 正中・尺骨混合神経比較検査
ms であり,第 4 指比較法と同様に順行法では二峰性 SNAP が見られれば CTS を示唆する。 7. 虫様筋/骨間筋 (2L IO)正中 尺骨運動神経比 較検査 先述の比較試験はすべて感覚電位を基にしたもの であったが,この方法は CMAP による正中 尺骨神経 の比較試験である(図 4)。第 2 虫様筋(正中神経支 配)と掌側骨間筋(尺骨神経支配)からの CMAP は 手掌遠位部に記録電極を設置することで記録できる。 記録電極から 10 cm 近位部の手首部から正中神経と 尺骨神経を刺激する。潜時差の正常カットオフは 0.5 ms である。この方法が特に有用な場合は高度な CTS である。例えばルーチンの運動と感覚神経伝導検査で CMAP や SNAP が誘発されない場合,SNAP を用い た比較試験はほぼ不可能である。母指球に著明な萎縮 のある高度な CTS においても虫様筋由来の CMAP が 記録できることは多く,本法のみが局所伝導遅延を証 明できる場合がある。ポリニューロパシーと CTS の 合併の場合も同様に本法は有用である。 8.インチング法 神経伝導検査の基本として,異常が広範な場合はよ り長い区間の検査を行い,異常が局所的な場合は局所 の検査を行うべきである。CTS は局所異常の代表的 疾患であり,局所の検査が有用である。Kimura によ りインチング検査が CTS の電気診断に有用であるこ とが示された7)。種々の変法が存在するが,基本的な 考え方としては手根管をまたぐ部位において正中神経 の走行に沿って 2 cm 程度の間隔を空けた刺激を行い, 潜時の差を測定し他区間に比して伝導遅延が認められ ればその部位の脱髄と判断する。 9.終末インデックス(terminal index)
終末インデックス(terminal index (TI))は以下の ように定義される。 (遠位刺激部と記録電極間の距離)/(前腕部の神経 伝導速度×遠位潜時)。距離は一定であるので前腕部 の伝導速度に比して遠位潜時が延長すれば TI は減少 する。他の検査法に比べ感度は低めであり計算が必要 なことからも常に必要となる検査とは考えにくいが, 全身性脱髄性ニューロパシーの存在下で CTS が合併 しているかを評価するには良い方法である。 10.検査感度と推奨レベル 上記の検査法を用いて CTS における検査感度の比 較検討に基づいた電気診断ガイドラインが発表されて いる。本邦でも米国のガイドラインに類似した推奨レ ベルが発表されており表 1 にまとめる8,9)。ひとつ注 意しておくべきこととして,「検査感度」を得るため 図 4 正中・尺骨運動神経比較検査
I 正中神経運動神経 terminal latency index (TLI) 62% 選択肢 選択肢 J 正中神経 (第 2 虫様筋)尺骨神経 (第 1 掌側骨間筋) 運動遠位潜時比較 56% 選択肢 標準
には gold standard を基準としてある検査の陽性頻度 を得る必要があるが,CTS の場合何を gold standard とするかが常に問題となる。悪性腫瘍のように病理所 見を gold standard とできれば理想的だが,手術を受 ける例は少数であり臨床所見自体にも「検査感度」が 存在する。そのため,表に掲げてある検査感度は絶対 的な数字ではないことを明記したい。 手根管症候群と Guyon 管症候群の合併 Guyon 管症候群は豆骨・舟状骨の間を張っている 靭帯で尺骨神経が圧迫されるために生じるものであ り,CTS とは直接の関連はない。しかしながら CTS と Guyon 管症候群の合併を示唆する報告が認められ る。Yemisci らの報告では CTS を来した患者では正常 人と比較して尺骨神経遠位潜時や感覚電位振幅が低 く,それらは CTS は臨床診断の重症度と相関を示し た10)。また,Mondelli らによると,尺骨神経感覚電位 の振幅と伝導速度は CTS は臨床診断の手術後に急速 に改善した11)。これらのことから,先述した非典型的 感覚障害を来す CTS では CTS と Guyon 管症候群が 合併している可能性が考えられる。神経超音波による 検討では,CTS 開放術後に手掌部での尺骨神経横断 面積が改善しているとのデータがあり,解剖学的にも CTS は臨床診断と Guyon 管症候群は合併しうると考 えられる5)。この知識は CTS の電気診断を考える上で 重要である。感度が良いと考えられている正中 尺骨 神経比較試験であるが,比較となる尺骨神経が正常で あることが前提となっているが,それは必ずしも正し くない前提であることになる。現実には臨床所見と尺 骨神経伝導検査を通じて尺骨神経がコントロールとし て有用かを判断したうえで比較試験を行う意味がある かを考慮する必要がある。 検査の手順―どの場合にどの伝導検査を行うか 1.臨床診断の重要性:検査前確率と検査後確率 エビデンスに基づいた検査においては,検査自体 の感度・特異度のみならず,被験者の臨床症状が診 断において重要となる。臨床症状と,ある疾患のあり 得る度合いについて数値化したものが検査前確率であ る。頻度の高い疾患では検査前確率は高く,稀な病気 の場合の検査前確率は低い。また症状や診察所見が 教科書通りであるならば検査前確率は高くなる。CTS の場合で言えば,臨床的に特徴的な感覚分布を取り, Tinel 徴候が陽性で,手の使用後に症状が増悪する場 合の検査前確率は高くなり,逆にそれらの典型的症状 を満たさない場合の検査前確率は低い。 良い検査は陽性所見の場合,検査後確率が検査前確 率より非常に高くなり,陰性の場合検査後確率が非常 に低くなる。一般的には検査後確率が 90 95%の場合 にその疾患との確定診断が得られ,逆に検査後確率が 5 10%ならば診断は除外できる(図 5)。しかしある 診断を完全に確定したり除外したりすることは容易で はなく,手術やリスクの高い治療を要する場合には検 査後確率を非常に高く設定すべきであり,見逃せば予 後の悪い疾患においては非常に低い検査後確率となる まで診断を除外すべきでない。検査の善し悪しは検査 感度と特異度により評価される。尤度比(Likelihood Ratio)は陽性尤度比 (感度/1−特異度)と陰性尤度 比(1−感度/特異度)と定義され,陽性尤度比は大き いほど検査陽性での検査後確率が大きくなり,また陰 性尤度比は小さいほど検査後確率が小さくなって良い 検査である。図 6 にノモグラムを示す。検査前確率 と尤度比から検査後確率が計算できる。 この考え方を用いると以下のことが理論的に説明 できる(図 7)。(1)検査前確率が高い場合(CTS と 思われる症状や所見を来す場合),正常の電気診断所 見が 1,2 項目で認められたからといって検査後確率 は依然高いままであるため,CTS の除外はできない。 さらに検査を進めて,正常所見であれば CTS との診 図 5 検査前確率と検査後確率の概念
断が除外可能である。(2)検査前確率の低い場合(CTS を疑わせる症状や所見に乏しい場合),ルーチンに行 われる正中神経運動検査と感覚検査が正常であれば 検査後確率は十分低くなり CTS の除外が可能となる。 (3)検査前確率が高い場合,ルーチンの伝導検査が異 常であれば検査後確率が高くなり,検査を追加する必 要は原則として無いが,診断に疑問がある場合は検査 を追加して行うべきである。(4)検査前確率が低い場 合にルーチンの神経伝導検査で異常を来した場合,検 査後確率はまだ中等度であり,さらに検査を行うべき である。追加検査が陽性であればその時点で CTS と の診断を行う12)。 ただし,この考え方には欠点がある。神経伝導検査 で得られたデータを正常と異常と単純に二分している 点である。実際は明らかな正常・異常と境界値に近い 正常・異常がある。例えば明らかな異常の場合,軽 度の異常に比べ検査後確率は著明に上昇すべきであ る。詳細は省くが,伝導検査での潜時差などそれぞれ のデータにおいて尤度比を設定することは可能である が12),大きなデータ数を必要とするため厳密な数値化 は容易でない。一般化して言えば,たとえ検査前確率 が低くても検査で著明な異常を示せば検査後確率は大 きく上昇する。その場合,脱髄性ニューロパシーなど CTS 類似の他疾患の鑑別が重要であることは言うま でもない。 2.CTS を疑う場合に行う神経伝導検査の選択 図 7 にあげた概念を用いて具体的な検査プロトコー ルを以下に述べる。 (1)必須の検査:CTS の検査前確率に関わらずルー チンの正中神経運動検査と感覚検査は必須である。そ の際,両検査にて手掌刺激をルーチンに実施するのも 良い。また,全身性ニューロパシーの鑑別のため尺骨 神経運動検査と感覚検査も必須である。全身性ニュー ロパシーが疑わしい場合は下肢の伝導検査も適宜追加 する。F 波検査は CTS を積極的に診断するものでは ないが,神経全長の評価に有用であり正中・尺骨神経 共に行うべきである。 (2)いかなる検査においても疑陽性と疑陰性が存在 する。「検査陽性」を示す可能性は検査数が多くなれ ば飛躍的に高まるため,単一の検査で異常所見を来 しても CTS と診断すべきではない。2 つ以上の検査 で異常所見を来した場合には疑陽性の可能性は非常に 低いため CTS と診断することが可能となる13)。その ため,(1) で述べた正中神経運動と感覚神経で伝導遅 延を証明できれば CTS と診断できる。しかしながら, 異常が軽度であったり,臨床的に非典型的である場合 などは後述する比較試験を追加すべきである。 (3)(1) で述べた正中神経運動と感覚検査のいずれ か,または両方が正常の場合,検査前確率によって追 加検査を行うべきか考慮する。検査前確率が高い場合 は比較試験に進む。検査前確率が低く伝導遅延が全く ない場合 CTS は除外できるが,それ以外の場合は比 較試験に進む。 (4)ルーチンの正中神経運動と感覚検査において検 査後確率が中等度で CTS が診断も除外もできなけれ 図 7 CTS の診断プロセス:検査前確率により検査データの持 つ意味が異なることに注意 図 6 尤度比とノモグラム
ば比較試験に進む。正中・尺骨神経比較試験(第 4 指, 手掌刺激)が良い検査感度を持つので第一選択とする が,上述したとおり Guyon 管症候群の合併がないこ とを確認してから行う。いずれかで伝導遅延を証明で きれば,複数の検査で異常が証明できるまで比較試験 を行う。検査前確率が低くルーチンの正中神経運動と 感覚試験で正常であり,比較試験においても正常であ れば CTS は除外して良いと思われるが,母指のみし びれる場合など症状を有する指を対象にした検査を行 うべきである。 CTS の重症度判定 CTS の電気診断による重症度判定を行う場合,病 状が次のように進行するという前提がある。すなわち, 感覚神経が運動神経より早期に障害され,髄鞘病変は 軸索病変より早期に出現する,というものである。そ の前提に基づき幾つかの重症度判定基準が提唱されて いる。軽度 CTS:感覚伝導検査にて伝導遅延あるも 運動検査にて正常。軸索変性を示唆する所見無し。中 等度 CTS:運動と感覚伝導検査にて伝導遅延を認め るも軸索変性を示唆する所見無し。高度 CTS:運動 と感覚伝導検査にて伝導遅延を認め,さらに CMAP か SNAP 振幅低下により軸索変性が疑われる場合14)。 しかしながら,電気診断における重症度と手術による 改善予測は必ずしも一致しないため,電気診断レポー トには電気診断の重症度を書くべきではない,という 極論も存在する15)。手の外科医と緊密な連絡を取り合 い,電気診断の結果を手術などの治療適応にどのよう に活用できるかを考慮していくべきと思われる。 1.CTS の診断に針筋電図は必要か CTS の電気診断においては神経伝導検査が主役と なることは明らかであるが,針筋電図の必要に関して は議論が分かれる。針筋電図は検査の一部として必要 であるという意見の根拠としては主に 2 点考えられ る16)。まず患者の症状が CTS だけで説明可能かを考 慮する必要があり,いわゆる double crush syndrome, つまり CTS と頸椎神経根症の合併が偶然以上の確率 で生じているという観察の結果,CTS らしい患者で あっても神経根症のスクリーニングを行った方が良い という理由である。もう一つは CTS の重症度や手術 適応を考える際に短母指外転筋 (APB) 等に活動性脱 神経所見が認められれば,恐らく CTS は進行性の経 過をとり,保存的治療法では筋力が回復しない可能性 が高い,という印象をもつことになるだろう。逆に再 生所見のみを呈する神経原性変化のみであれば比較的 進行は遅いと考えられる,という理由である。逆に CTS では針筋電図を行う意味がないとする報告もあ る。Wee は CTS における神経伝導検査と針筋電図所 見は相関しており針筋電図所見は伝導検査所見から予 想可能だという結論を出した17)。現実の判断としては 両者のポイントを理解した上で症例毎に判断すべきと 考えられる。APB の針筋電図は第一背側骨間筋など に比べ痛みを感じることが多いことも注意すべきであ る。 おわりに CTS は頻度が高い疾患であり典型例では電気診断 は比較的容易ではある。しかし,CTS の重症度によ り行うべき電気診断プロセスが異なり,CTS と類似 の疾患の鑑別も重要であるため,臨床所見を頭におい た「考える電気診断」の実践が重要な部門である。上 述の通り未解決の問題が多いが,拙稿が飛躍につなが る研究への手助けとなれば幸いである。 文献
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