• 検索結果がありません。

_2009MAR.ren

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "_2009MAR.ren"

Copied!
112
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

2009 No.2 MAR

(2)
(3)

操縦士協会のめざすもの

(第204回理事会決議) 1. 私達の活動の目的は、 定款に定められた通り 「航空技術の向上を図り、 航空の安全確保 につとめ航空知識の普及と諸般の調査研究を行い、 もって我が国航空の健全な発展を促 進する」 ことです。 2. 私達は、 定款の目的を踏まえ、 将来のあるべき姿として 「安全で誰からも信頼され、 愛 される航空を実現する」 というビジョンを描いています。 3. 私達は、 目的・ビジョンを達成するために下記を基本的指針に掲げて活動して行きます。  航空の安全文化を構築する。 (組織と個人が安全を最優先する気風や習慣を育て、 社会全体で安全意識を高めて行くこと)  地球環境と航空の発展との調和を図る。  航空に携わるものどうしが心を通わせ共存共栄を図る。

第44期 (平成20年度) 重点施策

操縦士協会の目指すもの を達成するために次のスローガンを掲げて取り組みます。 SAFETY ECOLOGY HUMANITY

航空の 「健全な発展と活力」 は、 操縦士だけでは維持できません。 社会とりわけ航空 関係者の理解が必要です。 操縦士が集い航空の現状と課題を幅広く伝え、 情報の共有化 を促進させます。 国際活動は、 参加目的を交流と情報収集の段階から一歩進め、 これま で以上に操縦士協会の存在を印象付けていきます。 ・操縦士組織の PR 活動 ・航空関連情報・知識の提供と技能支援 ・操縦士の専門知識と経験を活かす ・社会的な信頼の構築 ・関係団体との協力と交流 ・財務の健全化

(4)

。。

。。

。。

。。

。。

協会の会員は、 下記のように分かれます。 正 会 員;協会の目的に賛同して入会された方で、 原則として操縦士技能証明をお持ちの方です。 賛助会員;協会の事業を賛助するため入会した個人または法人です。 個人賛助会員は、 満16歳以上の操 縦士技能証明を持たない方で、 法人賛助会員の資格は、 特に定めはありません。 正会員の会費;60歳未満:月額 1,700円 (内訳1,500円:協会運営費、 200円:共済費) 60歳以上:月額 1,500円:協会運営費 個人賛助会員; 月額 1,500円:協会運営費 法人賛助会員: 一口年額 50,000円:協会運営費 皆 様 の ご 入 会 を お 待 ち 致 し て お り ま す !

社団法人 日本航空機操縦士協会 JAPAN AIRCRAFT PILOT ASSOSIATION TEL03-3501-0433 FAX03-3501-0435 E-Mail [email protected]

Home page URL http://www.japa.or.jp/

お申し込みは別途 「入会申込書」 をお送り致しますので、 事務局までご連絡下さい。 JAPAは公益法人として国土交通大臣の認可を受けた日本唯一の操縦士団体です。 目的 本協会は、 航空技術の向上を図り、 航空の安全確保につとめ航空知識の普及と諸般の調査研究を 行い、 もってわが国航空の健全な発展を促進することを目的とする。 入会すると? ①協会機関誌 (AIM・PILOT誌など) の無償入手 ②航空関連商品 (書籍等) の割引購入 ③会員向け、 空港施設見学や講習会への参加 ④協会契約割引施設の利用

(5)

C O N T E N T S

社団

日本航空機操縦士協会

4 安全運航堅持への課題 〈Crew Incapacitation〉 副会長 増田 奉和 8 特集 シニア・パイロットのエピソード (第24回) 失速に関連する想い出 岩瀬 健祐 18 緊急座談会 (2009-2-23) 報告 ハドソン川の奇跡に思う(1) 運航技術委員会 26 GA:ジェネアビ情報 ふくしまスカイパーク (福島市農道離着陸場) 奥貫 博 34 それもあったか航空情報! 36 航空気象 冬型時の関東地方のシアーラインには要注意 −総観規模から局地気象を把握するには− 航空気象委員会 45 寄稿 XP-1 (次期固定翼哨戒機) の初飛行 関戸 昭洋 48 第30回 ATS シンポジウム 「ALTIMETER SETTING」 高度計規正の方法 Go around 後の飛行方法 56 航空史曼陀羅 その28. 和製リンドバーグ中尾純利の生涯 徳田 忠成 62 特別寄稿 飛燕巡礼 増田 浩司 69 Aviation Café 大局的見地からの気象解析 蔵岡 賢治 74 I Aviation ―アメリカの空から想う― 第5回 ピンクに秘めた私の気持ち 青木 美和

No.313 2009 No.2 MAR

81 「空を愛する女性たちを励ます賞」 表彰式と懇親会 鐘尾みや子 85 IMC の山中で…。 90 地球環境問題関連用語の解説 21 91 FAI ニュース 奥貫 博 92 中部支部だより いっぺん名古屋空港にも来てチョー! 青木 富男 94 開催報告 西日本支部だより 95 沖縄の飛行三季折々 屋良 朝義 97 開催報告 秋山豊寛さん宇宙初体験! 沖縄講演会 原嶋 利光 98 航空局通達 100 JAPA 通信 103 オススメ!情報ボックス 書籍 & Goods 紹介 104 JAPA SHOP 105 JAPA で飛行訓練を! JAPA のシミュレーター Flight Training Device

FTD 訓練室

106 JAPA Aerial Photo Exhibition 108 編集後記

(6)

はじめに 昨年の原油価格急騰やサブプライムローンに 端を発した世界同時経済不況により、 現在多く のエアラインが苦境に立たされている。 しかる に航空の安全をいかに堅持していくかは国、 航 空業界をあげて継続して取り組む普遍かつ最重 要のテーマである。 今年1月15日に起こった US エア機の 「ハドソン川の奇跡」 では、 サレ ンバーガー機長をはじめクルーは、 その能力を 最大限に発揮し、 乗客を危機から救った。 エア ラインパイロットが安全運航を担い、 その責務 を果たすことの重要性を改めて示す事例であっ たといえる。 現在、 わが国では航空会社が運航する定期便 数は、 日々2500便を超えているが、 今回、 航空 会社の運航の一翼を担うエアラインパイロット (以下乗員と記す) に焦点を当て、 どのような 形で運航の安全に関わっているのかを紹介する とともに、 目まぐるしく変化する環境において、 航空界が取り組むいくつかの課題も交えて述べ てみたい。 1. 乗員の資格 航空に携わるあらゆる人々の弛まぬ努力の結 果として、 航空の安全が守られ続けている。 そ のなかで、 乗員は航空法に定められている国家 資格である航空従事者技能証明等のライセンス 保持者でなければならない。 エアラインの航空 機を運航するには最低限、 国土交通省管轄の事 業用操縦士、 多発限定、 計器飛行証明の国家ラ イセンスを取得し、 当該航空機の型式限定ライ センスを取得することになる。 これら国が必要 としている能力に加えて、 各航空会社が定めた ニーズにあった能力が醸成され、 確認されて初 めて運航に従事できる。 無線従事者免許のひとつである航空無線通信 士資格も必要であるが、 唯一、 総務省管轄のラ イセンスである。 当然ながら、 航空従事者には 有効な航空身体検査証明書の保持が義務付けら れている。 また、 国際航行を行う操縦士は各種技能証明 に加えて航空英語能力証明が取得要件として、 昨年3月から新たに加わっている。 これらのライセンスを保持することにより、 乗員としてスタート地点に立つことができるが、 ライセンスは一度取得すれば、 永続的に運航業 務に従事できるという保障ではない。 副操縦士に昇格後も、 数多くの訓練・審査を パスし、 航空身体検査基準をクリアーし続けな ければ、 実際の運航には従事できない。 現在、 MPL (Multi Pilot License) といったエアラ インに適用される新しいライセンス制度の研究 が進んでいるが、 新ライセンス制度でも乗員に 求められるレベルが変わるものではない。 2. 乗員の養成 現在、 エアラインのソースとしては、 航空大 学校、 自社養成、 自衛隊の民活制度、 外国人操 縦士、 経験者があるが、 エアライン乗員の道は 過去に比べると多様化、 複雑化している。 特に 近年、 東海大学をはじめとした大学が操縦学科 を設置しエアライン乗員を目指した教育を行っ ており、 今後の乗員ソースとして期待されてい る。 ここで、 ある航空会社の自社養成乗員の入社 から、 副操縦士を経て機長になり、 定年で乗務

副会長

安全運航堅持

への

課題

〈Crew Incapacitation〉

(7)

を降りるまで、 どのようにライセンスを取得し ていくのか、 その流れを以下に紹介する。 5次までの試験 (学力検査、 心理適性検査、 航空適性検査、 航空身体検査、 面接試験など) に合格した者は、 在校中に航空無線通信士の資 格を取得する。 大学を卒業後、 入社した乗員候 補生は最初の1年間ほど社内で他職種、 他職場 での勤務を経験し、 航空輸送に関する知識と視 野を広げる。 その後、 米国にある飛行訓練施設 に入り、 乗員になるための一歩を踏み出し、 順 番に4種類の技能証明ライセンスを取得してい く。 各々の飛行訓練に入る前に学科試験に合格 しなければ訓練を開始することができない。 自 家用操縦士単発機、 事業用操縦士単発機、 双発 限定 (これは学科試験は不要)、 計器飛行証明 である。 帰国後、 日本で実用機のライセンスを取得し、 路線訓練・審査を経て副操縦士となる。 国及び航空会社が求める訓練・審査を終了し 副操縦士に昇格するには、 訓練開始から凡そ2 年半の期間がかかる。 副操縦士昇格後、 10∼12年間は実運航で技倆 の研鑽・蓄積を重ね、 社内のスクリーニングを パスした人格識見も備わった者が機長候補とし て機長昇格訓練に入り、 3.5∼4ヶ月の訓練を 受けて審査に臨む。 機長として飛ぶためには定期航空運送用操縦 士の技能証明の取得、 および社内審査に合格す ることが要件であり、 機長昇格発令に至るまで は、 入社後15年∼17年の歳月が必要となる。 乗員には年間に技能審査、 路線審査、 リカレ ント訓練 (LOFT、 CRM、 緊急訓練)、 航空身 体検査 (機長は2回) がそれぞれ1回づつ実施 され、 訓練・審査の繰り返しは定年まで、 乗員 を続ける限りは継続される。 また、 乗務機種を変更する場合は、 新たに型 式限定変更訓練と審査がある。 一般的には、 22∼23歳で入社し、 27歳で副操 縦士に昇格、 40歳前後で機長に昇格する。 基礎訓練開始から、 副操縦士発令、 そして運 航経験を重ねて訓練・審査を経て機長になり、 数種類の航空機に乗務して定年に至るまで、 繰 り返し受験する技能証明関連の国家試験の回数 は80回を超え、 また、 航空身体検査受検は50数 回を数える。 このような厳格な技倆管理、 健康管理の継続 があってこそ乗員として、 安全で高品質な運航 をお客様に提供できるのである。 一方エアラインが抱いている課題として、 今 後の乗員不足問題にも絡む、 数年前から始まっ た 「団塊世代乗員の大量定年退職」 がある。 現 在、 法の改正で60歳以上65歳未満の乗務が可能 となり、 エアライン各社では60歳定年後も乗務 が可能な制度を導入している。 エアラインにとっ て、 熟練の乗員が継続して乗務することは、 単 に乗員不足に対する稼動上の効果のみならず、 技倆・技術の伝承の観点からも有益なことであ る。 3. 運航環境 日常運航に影響を及ぼす要因は数多くあるが、 出発地、 目的地および代替空港の気象状況。 使 用する航空機の整備状況や航空情報、 飛行中に は刻々と変化する天候、 時として発生する航空 機のシステムや客室関連トラブルなど、 同じ状 況、 条件での運航は決してない。 近年の空港の増設、 航空機の増加に伴い、 空 域は過密度を増している。 航法援助システムは 急速に発展を続け、 空域の調整が進んでいると はいえ、 一定の空域に多くの航空機が往来する ことは安全に関しての弛まぬ改善が不可欠とな る。 もとより乗員は実運航で多くの経験を通じて 技倆の涵養を継続し、 運航に関わる状況や情報 を的確に認識、 判断し、 意思決定ができる能力 を維持、 向上させていくことが求められている。 現在エアラインで稼動しているフェイズシ ミュレーターは、 数百種類のシステムトラブル をはじめ、 あらゆる天候を創りだすことができ る。 操縦席は6本の油圧ジャッキにより動かさ れ、 3次元を飛行する実機に限りなく近い動き をするなかでエンジン火災や油圧システムの故 障、 あるいは操縦系統や与圧、 電源系統の故障、 離着陸のための雪氷滑走路、 またルート上やア

(8)

プローチ中の乱気流などをはじめ、 実機訓練で は決して創り得ない様々な状況を現実に近いも のとして提供することができ、 臨場感あふれる 訓練が繰り返される。 ライト兄弟がノース・カロライナ州キティ・ ホークで初の有人飛行に成功したのは1903年12 月17日、 飛行距離は120フィート、 飛行時間は 12秒間であったと伝えられている。 このときか ら105年を経た現在、 航空技術の発達は目覚し いものがあり、 航空機はより大型化され、 より 速く、 より高く飛ぶようになった。 航空技術は もとより航空機そのものの安全性、 運航上の安 全性などあらゆる分野で新しい技術が採用され 発展してきたが、 10人前後の乗客を乗せた旅客 機が最初に飛んだ時から現在まで変わってない ものがある。 それは操縦席に2人の乗員 (操縦 士) が乗務していることである。 1950年代後半に基本的にはレシプロ機と変わ らない装備であるが、 推進装置がジェットエン ジンへと大変革をした。 コメット、 B707、 DC8 などの第一世代機の到来である。 1960年代には B727、 B737、 DC9 など自動化が進められ第二 世代機と呼ばれた。 1970年代前半には第三世代 機といわれる B747、 L1011、 DC10、 A330 な ど大量輸送の広胴機時代に入った。 そして、 1980年代になるとコンピュータ、 新素材、 低騒 音、 低燃費と効率性の高い機体が主流となり B747-400、 B737-300、 B767、 B777、 エアバス などの第四世代機の時代に入り、 航空機の進歩 は止まるところを知らない。 一方で、 ライト兄弟が初飛行をする遥か昔か ら現在に至るまで、 生まれたばかりの人間の能 力は基本的には変わっていない。 したがって、 航空機の運航に携わる人達は、 膨大で革新的な 知識を限られた時間に吸収し、 運航に活用しな ければならない時代に入っている。 かつては操縦室に機長、 副操縦士、 航空機関 士、 航法士、 通信士の5名が乗務した航空機も あったが、 今はほとんどの機種が機長、 副操縦 士の2人で運航されている。 4. 航空機の自動化と乗員 航空機の高度な技術的発達は、 乗員オペレー ションにも多大な影響を与えてきた。 特に、 乗 員のワークロードの観点からは、 高度の自動化 によりワークロード自体が軽減されることで、 より的確な状況認識や意思決定ができる環境を 提供していることが挙げられる。 一方で、 2名 により運航することは、 乗員1人が肉体的ある いは精神的な機能消失が生じた場合を考慮し2 人乗務となっているのが主たる理由であり、 1 人で当該航空機の運搬の完遂ができないことで はない。 なぜなら、 2Men Crew の旅客機は Type Certification (型式認定) を得る過程で、 1名の乗員による操縦が可能であることが要求 されており、 必ず試験飛行を行ってそれが証明 されている。 したがって機長が操縦困難な状況になっても、 副操縦士が着陸まで安全に飛行を継続できる充 分な技倆を有しているし、 エアラインはその技 倆担保を行っている。 5. インキャパシテーションについて 上記のように、 現在の運航は2名の乗員によっ て行われているが、 仮に1名が操縦できなくなっ た場合、 実際のところ、 どのようになるであろ うか? 乗員が操縦困難に陥る現象をインキャパシテー ションという。 わが国のエアラインではこの10 年間に2度インキャパシテーションが発生して いる。 国内線運航で機長が、 国際線運航では副 操縦士がインキャパシテーションに陥っている。 最近の事例では、 昨年10月にアンカレッジ発香 港行きの UPS26便 (MD11) の機長がインキャ パシテーションになり、 副操縦士が目的地を成 田空港に変更して着陸した。 上記の3便はいずれも問題なく通常と同様に 運航を果たしている。 インキャパシテーションについて、 ここでも う少し詳しく述べるが、 インキャパシテーショ ン は 大 別 す る と Obvious Incapacitation と Sabtle Incapacitation の2種類がある。 Obvious Incapacitation とは、 通常、 肉体

(9)

的精神的に全機能を喪失する状態をいい、 人事 不省に陥ったり、 意識はあっても全身が麻痺し ていたりして、 業務遂行が全くなし得なくなる。 時には全身の痙攣を伴ったり、 発生後数分で仮 死状態に陥る場合もある。 原因としては心不全、 心筋梗塞、 脳内出血、 脳卒中、 てんかん等があ る。 Sabtle Incapacitation とは、 肉体的精神的 機能の一部または一時喪失の様態をいい、 手足 等身体の部分的な麻痺、 知覚、 反応の鈍化また は欠如 (放心状態、 注意力散漫)、 言語障害、 不適切な応答、 意味不明な発声となって現れる。 時に注意すべきことは、 外見が普段と変わらな いのにインキャパシテーションに陥っている場 合があることである。 Obvious Incapacitation は、 当該乗員が座 席から崩れ落ちたり、 前方に突っ伏したり、 気 絶昏倒するので明白に発見できるが、 Subtle Incapacitation は発見が難しいので、 次の方法 が判断基準として推奨されている。 ① 標準操作等の励行

 Standard Procedure & Profile (Call out. Check List)

 Monitoring & Cross Checking ② Two Communication Rule

Two Communication Rule とは2度の呼 びかけ、 指摘あるいは忠告等に対して適宜を 得た適切な応答、 反応がなされない場合に、 Incapacitation と判断する。 Incapacitation 発生時の措置として、 ① Incapacitation に陥った乗員の業務を速や かに引き継ぎ、 必要な場合 Go-Around を実 施 す る 。 ま た 、 Auto-Pilot 活 用 、 Emer-gency の Declare 等で業務量の軽減を図る。 ② 当該乗員が以後の運航の障害とならないよ う、 身体を座席に固定させる。 あるいは他の 乗務員に依頼し、 操縦席から運びだすなどの 措置を講じる。 ③ 発生した状況を ATC 機関および会社に通 報し、 関係機関の援助を仰ぐ、 等々。 いずれにしても適切な2MEN CONCEPT の 実施が、 インキャパシテーションの早期発見に 繋がっていく。 インキャパシテーションは医学 の問題だけでなく、 運航面でのリスクをなくそ うという訓練面でのアプローチもある。 リカレント訓練にインキャパシテーション時 の対応を組みこんだエアラインがある。 もとよ りエアラインでは、 機長、 副操縦士どちらがイ ンキャパシテーションに陥っても安全運航が全 うされる水準にあるが、 訓練科目としてもその 設定は有効であろう。 おわりに 今回、 「安全運航の堅持への課題」 というテー マをとりあげ、 乗員の技倆水準の確保とインキャ パシテーションの対応なども例に挙げて述べた が、 安全を維持するためには、 問題が発生する 手前、 手前に手を打つことだと言われて久しい。 アクシデントを発生させないためには、 イン シデントを、 インシデントを発生させないため にはヒヤリ・ハットの発生をいかに抑えるかと いう構築、 実践が重要である。 ヒヤリ・ハット発生の極少化への継続努力は インシデントの発生を抑制し、 アクシデントゼ ロに帰結していくことになる。 44年前、 世界初の時速210km の営業運転を 達成した東海道新幹線に、 安全性は大丈夫だろ うかと思いながら利用した乗客は少なからずい た。 しかしながら、 現在は時速300km で疾走 する新幹線の安全は当然のこととして受け止め られるところまできている。 新幹線は理想的な公共交通機関に近づいてい るといえる。 一方、 わが国の航空輸送は航空界が長年に亙 りインフラ整備を行い、 ハード、 ソフトの改善 努力を積み重ねてきている。 今では航空の安全 はかなり信頼されるものになってきている。 航空機を利用するお客様にとって安全は当然 のことであって、 利便性、 快適性などには関心 が向くものの、 安全についてはほとんど気にな らない、 むしろ関心がなくなるくらいになるこ とが、 日夜、 航空輸送に携わっている航空関係 者の究極の目的であり、 公共交通機関の真のあ り方なのであろう。

(10)

一人のパイロットが40年に亘り経験したいろ いろなエピソードを、 1回ですべてを紹介する ことは不可能です。 テスト・パイロットとして の珍しい経験の中から、 Jet 機の失速という特 殊領域の想い出の一部をまとめてみました。 現 役の方々の飛行安全に役立てば幸いです。 (*印は実体験、 航空経歴は文末参照下さい) 1970年、 Air Burma のパイロットに B-727 の Post Overhaul Flight Test の教育を実施し た と き の こ と で あ る 。 約 15,000ft で Stall Warning System のチェックを実施した時、 Air Burma のキャプテンが、 少しずつ高度を 下げながら減速していき、 Vss のデータを記録 したところ、 許容値を少し上回る値となった。 再度 Try してもらったが、 同じ結果となった。 操縦を交代し右席で実施した。 高度を維持して 実 施 し た と こ ろ 正 常 値 が 得 ら れ た 。 Air Burma のキャプテンの dV/dt (減速率) が小 さすぎたためと納得してもらった。 テスト条件にミートしない場合のデータが違 う典型的な例であった。 ANA の B-727 (JA8303) のオーバーホール 後 の 試 験 飛 行 で 、 巡 航 形 態 の Stall で Stick Shaker Speed (Vss) より早く Initial Buffet が発生するという状況があったので、 JAL の 機体でチェックしてほしいと JCAB より依頼 があった。 丁度オーバーホール後の機体 (JA 8310) の耐空証明取得の試験飛行が計画されて いた。 試験飛行室所属キャプテンとして、 この 問題解決までに6回試験飛行を行ったが、 以下 は、 当時のメモと整備の技術報告書からの抜粋 である。 1st FLT (July 7, 1971);

巡 航 形 態 で の Stall Warning System の Check を実施したところ、 全日空機と同様の 現象が発生した。 厳密には Stick Shaker 作動 とほぼ同時に Initial Buffet が発生した。 なぜ か左へロールする傾向があった。 Chart Value と比べると Vss で5kts、 VIB (Initial Buffet Speed) で11kts 大きかった。 アプローチおよ び着陸形態では正常値が得られた。 整備による失速警報装置の点検、 フラップや スポイラーのリギング・チェックが行われ、 異 常なしとの結論であったが、 念のため Wing T/E (Trailing Edge) をほんの少し Adjust し Airfoil Camber を増す処置を実施した。 2nd FLT (July 8, 1971);

翌日の再度の試験飛行の結果は、 速度的に若

1. *Stall への減速率が、 Vss (Stick Shaker

Speed) に影響を与えた事例 (B-727)

2. *Clean Configuration (巡航形態)

での Stall で Wing Drop (B-727)

特 集

航大時代 1959年 1回目の Last Flight 宮崎→羽田 1997-11-14

失速

速に

に関

関連

連す

する

る想

想い

い出

J JAAPPAA 顧顧問問 ((元元 JJAALL 機機長長))

岩瀬

健祐

(

(第

第2

24

4回

回)

)

フ フラライイトトテテスストト委委員員会会 特特別別委委員員 編 編集集委委員員会会 委委員員 運 運航航技技術術委委員員会会 地地球球環環境境問問題題分分科科会会リリーーダダーー

(11)

干の改善が見られたが、 Vss と VIBがほぼ同

時に発生するという傾向は、 前日と全く同じで あった。 整備地区に戻った後の機体の外部点検 で、 主翼の Leading Edge がスムーズでないこ とに気付き、 そのことを Post Flight Briefing で指摘したが、 他の機体も似た様な状態でもっ とひどい機体もあるからとの機体工場側の説明 で、 このコメントは取り上げられなかった。 この件に関連して、 7月10日、 羽田の全日空 の整備会議室で、 Boeing/ANA/JAL の関 係者による合同ミーティングが持たれたが、 原 因特定には至らなかった。 3rd FLT (July 11, 1971);

Clean Configuration の時のみ、 Complete Stall まで頑張ると、 左への Wing Drop が発 生した。 右に Aileron をフルにきっても、 再大 Bank 角は最大60度を超えたと思われる。 無我 夢中で Max. Power を Apply すると、 No.1 Engine が Stall するオマケ付きであった。 En-gine Stall は主翼の剥離した気流をエンジンが 吸い込んだためである。 幸いなことに、 En-gine の Damage は無かった。 主翼上に気流糸 (Tuft) をはり、 Stall 時の 剥離状況を Video Tape に録画することになり、 整備作業指示書にしたがった毛糸張りが行われ 次のフライトとなった。 4th FLT (July 13, 1971); 今回も左への急激な Roll が発生し、 Control Wheel を右一杯にとってやっと Roll は止まっ た。 Flight 後 Video をみると、 左翼先端から 数えて No.1と No.2 Slat の間付近から、 気 流糸の巻き上げが始まり、 瞬時に翼端と翼の付 け根にその現象が伝搬するのが見られた。 (残 念ながらこの Video は行方不明となっている) 急激な左へのロール (Wing Drop) は、 右 への Side Slip のためではないかと疑われ (パ イロットのテクニックに疑問が投げかけられ)、 操縦室の前方窓の中心のフレームの外側左右に Yaw String を取り付けて、 フライトで Side

Slip をさせてみることになった。 5th FLT (July 15, 1971);

Rudder Trim 5 Unit (整備側の記録では1.5 と記録されている) の Side Slip で対象 Stall に入ることで、 パイロットは白となった。 (現 時点では、 どちらの数値が正しいのか不明)

Leading Edge Roughness により CL Max. が小さくなるという NACA (現 NASA) レポー トを読んだ技術部中村技師のアドバイスで、 両 翼の Leading Edge を Smooth Out すること になった。 この表面粗さの原因は、 Erosion (侵蝕) と 呼ばれ、 飛行中の雨滴との衝突や、 離着陸時に 滑走路上の細かい砂粒等が巻き上げられ Lead-ing Edge と衝突してできたものと推定されて いる。 6th FLT (July 16, 1971); 6回目の Flight では、 Vss の次に VIBがお

こり対称 Stall に入った。 Video Tape に録音 した音声には、“直った!”との筆者の歓喜の 声も残っていた。 (この Video Tape も行方不 明、 貴重な資料の保存体制に不満の残るところ である。) 当時、 日本航空の整備技術陣は、 疑わしいと ころを一つずつクリアーにしていく方針でこの 問題に対処し、 結果的に真の原因に到達した。 定期的な主翼 Leading Edge の状態チェック と Smooth Out が整備要目として追加された。 問題解決に努力した当時の関係者全員の熱意

(12)

に改めて敬意を表明したい。

その情報をもとに、 全日空の機体もすべて JAL と同じように Leading Edge を Smooth Out することになり、 その後両社の B-727でこ の問題は再発しなかった。

1971年、 オーバーホール後の耐空検査で、 羽 田 RWY33 から離陸滑走を始め V1=VR=115

kts で Rotation を開始した途端、 Stall Warn-ing が作動した。 瞬時の決断で離陸断念をし、 整備地区に引き返した。

整備サイドでは、 Stall Warning System の チェックを実施し、 異常がないからもう一度お 願いしますということになった。 再度の離陸を 試みた結果は、 全く同じタイミングで Stall Warning が作動した。 1日2回、 同じ機体で、 同じ滑走路上ほぼ同 じ位置で離陸断念をしたのは、 最初で最後であっ た。 当然、 整備に機体の綿密なチェックを依頼 して、 当日のフライトはキャンセルした。 整備で見つけた不具合は、 Flap 角度のシグ ナルの Stall Warning Computer に入る三相 の 結 線 が 120 ° ず れ て い た こ と で あ っ た 。 Rotation で Nose Gear の Oleo Strut が伸び Air Mode になると、 Stall Warning System の回路が成立するよう設計されているが、 実際 のフラップは離陸位置にあるにもかかわらず、 Stall Warning Computer には、 結線ミスでフ ラップが出ていないとの信号が入り、 低速であ るため Stall Warning が作動したものである。 ライン運航では、 離陸継続になるケースであっ た。 他の航空機を含め、 結線ミス、 ケーブルの接 続ミス等は現在でも報告されており、 人間が作 業をする中でのエラーを、 如何に防ぐかは永遠 の課題である。 HND→SPK のフライト (PIC が外人キャプ テン) で、 Iwase Departure で上昇中、 CB の 近くで激しい雹に遭遇し、 Radome が破損し、 速度計が Unreliable となり、 HND へ引き返 した。 水平飛行中は、 速度計が Unreliable 時の参 考データ (IAS と Pitch および Thrust) を参 照し、 木更津近辺からは B-727 と編隊飛行で 速度を確認しながら、 無事 RWY 33R へ着陸 した。

機体は Radome が破損し、 Wing Leading Edge、 Engine Cowling に大小多数の凹みが でき、 Engine Fan Blade もかなり損傷を受け ていた。 整備工場で大修理を行った後の試験飛 行を担当した。

外部点検で機体が、 あまりにもきれいなこと に驚いたものである。 Stall Test では Shaker が作動し Initial Buffet を確認した後、 Eleva-tor を緩めると、 Wing Level で静かに Pitch Down した。 過去に経験した DC-8 の中で最良 の Stall 特性を示した。 Douglas の新造機と比べても、 機体の状況 は完璧で、 当時の日本航空機体工場の修理能力 は世界に誇れるものであったと確信している。 その技術力の伝承はどうなっているのだろうか。 米国ワシントン州モーゼス・レイクで、 訓練 専用機として継続使用中の DC-8-61 の機体で、 Approach to Stall の課目で、 Buffet が Stall Warning より速く発生する状態が続いた。

現地調査の結果、 Wing Leading Edge およ び下面、 Flaps 下面に、 非常に多くの空中衝突 をした虫の残骸がこびりついた状態であった。 B-727 の経験から、 機体をできるだけ丁寧に 洗浄し虫の残骸を除去する整備作業実施後、 Stall チ ェ ッ ク を 行 っ た と こ ろ 、 ほ ぼ Chart

3. *離陸ローテイションで失速警報作動し離

陸断念、 1日に2回同じ体験 (B-727)

4. *雹にあたり損傷を受けた機体の大

修理後の Stall Test (DC-8-61)

5. *訓練専用機での Approach to Stall

で Early Buffet 発生 (DC-8-61)

(13)

Value 通りのデータとなった。

以後、 整備で早めに機体を洗浄することとなっ た。 訓練で Touch and Go の回数が極端に多 い機体での出来事であった。

DC-8-30 (JA8001) を 使 用 し た 6 Month Check の際、 Stall からの Recovery で、 Max. Power を Apply 後、 急激な Pitch Up となり、 Secondary Stall から Unusual Attitude に陥 り、 雲中を降下し雲の下に出て姿勢判断ができ 事なきを得たケースが発生した。

さらに類似の Pitch Up が2件発生し、 その 内の1件で Checker が Stabilizer Trim が Full Nose Up 位置になっているのを発見した。 整 備で詳細な点検をしたところ、 Control Wheel の Beep Switch が Loose Contact の状態にあ る こ と が 判 明 し た 。 Checkee Pilot が Approach to Stall の課目実施中、 手袋をした 左拇で Beep Switch (Stabilizer Trim Switch) に自身では気付かないで不用意にさわり続け、 Full Nose Up Trim になったものと推定され た。

新品の Beep Switch を取り付け、 6 Month Check の枠内で、 Stall Test を実施した。 減速 の過程で意図的に Full Nose Up の状態にして Control Column を押しながら水平飛行をし、 Stall Warning 作 動 後 、 Max. Thrust を Apply すると、 Control Column を一杯に押し

ているにもかかわらず、 Pitch Up が続き、 Secondary Stall に入った。 高度に余裕があっ たのでエンジンを絞ることで Pitch Down とな り Recovery できた。 その後、 古い DC-8 の Control Wheel は、 順次 Grip の Beep Switch 部分に Guard のついたタイプのものに換装さ れた。 さらに、 すべての DC-8 に Stabilizer が 一定の量以上動いた時に、 音で知らせる Stabi-lizer in Motion Warning System が追加装備 された。

三沢の訓練空域で、 Stall Warning System を 交 換 し た 機 体 (JA8053) で の 6 Month Check に先立ち、 気圧高度:13,000ft で、 失速 関連のデータをとった。 その時通常の失速試験 データの他に、 珍しい Power ON Stall を実施 したので、 報告書からその Data を紹介する。

Flaps23°、 Gear Down、 CG:29.2%MAC 機体重量:197,000lbs、 Vtrim:no data EPR:1.96 (GA:In Flight Take off EPR) Chart Value:Vss=114kts、 Vs=107kts Test Data:Vss:no record

VIB:Capt/Copilot:103/105 Vs :not checked Pitch Attitude:20.5° 減速のためには Pitch を20°以上に上げる必 要があった。 VIB-2kts でも Buffet は非常に軽 く、 明確な Buffet は100kts 位で認められた。 上記から、 DC-8-62 のこの重量・Flaps 23° での Go Around Thrust の失速速度への効果 モーゼスレイクで飛行中の DC-8-61

6. *Full Nose Up Trim Stall

(DC-8-30)

退役後羽田整備地区に駐機中の JA8001

7. *Stall への Thrust Effect

(14)

は、 10kts 弱と推測できる。 Heavy Weight 時 ほど、 その効果は小さくなる。

1973 年 4 月 3 日 、 航 空 宇 宙 技 術 研 究 所 (NAL : 現 JAXA) の 要 請 で DC-8-50 (JA8019) を使用して、 日本海の Golf Area で Stall Test を実施した。 客室に測定機器を 装 着 し 、 ICAO で 発 表 す る た め の Vs1g と

Vsmin の Data を収集した。 このときの Data は、 当時の NAL 関係者によって ICAO で発表 された。

米空軍で C-5A の Chief Test Pilot を務めた 経験のある、 Ralph S. Matsen 機長が左席で PIC、 航空自衛隊試験飛行操縦士課程を終了し た岩瀬が右席で Copilot Duty、 航空機関士は 阪谷のクルーで、 Golf 空域で、 高度10,000ft、 巡航、 離陸および着陸形態での Complete Stall を繰り返し実施した。

Matsen 機長は、 Stall Test 実施中、 可能な 限りの飛行諸元と飛行状態や操縦特性を声に出 して Tape Recorder に記録していた。

最 後 に Landing Configuration で の Stall に引き続き、 Stall Warning の鳴る中、 Power On で高度9,300ft を維持し水平飛行が可能であ ることを確認した。 この時の Gross Weight に対応する FAR Stall Speed は105 kts であっ たが、 それより低い速度 (102−103kts) で飛 行可能であったのは、 Engine Thrust の上向 き成分の効果であり、 このときの Buffeting は非常に強かった。 さらに速度を101kts まで 減速したときに機は急激な Pitch Down となっ た。 テスト・フライト終了後、 試験飛行室のデス クで Tape Recorder を何回も聞き直し、 テス ト状況のメモを書きとめる姿を見て、 Matsen 機長の任務に対する真摯な姿勢に感銘を受けた。 1975年、 JAL DC-10 が FAA の型式証明テ ストを行っている時、 見学する機会に恵まれた。 早朝、 アリゾナ州ユマ国際空港から飛び上がり、 FAA の Test Pilot が左席で、 巡航、 離陸、 お よび着陸形態で Stall Test を何十回も実施し た。 巡航形態では1kt/sec の Bleed Rate を得 るために上昇しながら減速していた。 Recovery では必ず1番3番エンジンのみを 加速し十分速度を得てから2番エンジンも使っ ていた。 正式な Stall Test が一段落したとき、 FAA/Douglas のテスト・パイロットたちの 好意で、 左席に座って、 Stall Test を体験した。 Complete Stall の後、 Recovery 操作ですべ ての Throttle Lever を握ってエンジンを加速 し た 途 端 、 右 席 の Douglas の パ イ ロ ッ ト が 「アッ!」 と声を出し、 機体後部にいた Doug-las のテスト関係者からも 「Trailing Cone が 吹き飛ばされた」 との連絡が Interphone で伝 えられた。

(*Trailing Cone は、 Test 中の外気の静圧 を測定するため、 機体後方よりビニール・チュー ブの先端に取り付けたロート上の器具である。 $700とのことであった。) その後の Stall Test は中止となり、 ユマに 引き返し FAA のテスト・パイロットによる 駐機中の JA8053

8. *NAL 依頼による、 Vs

1

g と Vsmin 比

較検証のための Stall Test (DC-8-50)

DC-8-50 JA8019

9. *FAA 型式証明テストを見学し

た時のハプニング (DC-10-40)

(15)

Touch & Go の訓練となった。

FAA のテスト・パイロットが、 Stall Recov-ery のとき2番エンジンの Throttle Lever を 握らず、 1番と3番のエンジンのみで加速して いたのを見ていながら、 疑問に思いつつもその 理由を確認せず着席し、 訓練と同じ感覚で Recovery 操作を実施したための失敗であった。 日 本 航 空 と の 契 約 で Douglas 社 は 、 JAL DC-10-40型機で、 予備エンジン輸送のための FAA の型式証明テストをユマ空港をベースに 実施した。 その際、 操縦室でその飛行テストを つぶさに見学する機会に恵まれた。 そのフライ トは極めて順調に推移し、 その時、 Douglas の Test Pilot たちに何らの質問もせずに帰国 した。 日本航空で DC-10 が国内線に就航した1976 年7月22日、 羽田で予備エンジン輸送形態での 慣熟飛行がおこなわれた。 No.1エンジンと胴 体の間に取り付ける整備作業慣熟の後、 航空局 検査官1名と社内関係者約30名が搭乗し、 デモ ンストレーション飛行を実施した。 離陸形態での失速を実施したとき、 Stick Shaker 作動後も Elevator を一杯に引き続け たところ、 突然機体が左に Roll した。 この Wing Drop が発生した瞬間、 前述の B-727 で の Wing Drop の事例を思い出した。 左70°を超える Bank から無事に Recovery 出来たが、 客室左側座席に座っていた人は海し か見えず、 右側にいた人は空しか見えなかった とのことであった。 Recovery が Smooth であっ た (最大引き起こしGは1.6) ことと、 何ら機 体に異常が発見されなかったので、 引き続き着 陸形態での Complete Stall を実施した。 フライト後の Debriefing で異常姿勢に陥っ たことを謝ったが、 航空局S検査官だけは、 小 型機ではもっとひどい状態になったことがある と平然としておられた。 JAL 関係者は異常体 験からの無事生還でかなりざわめいていた。 DFDR の取り卸しを依頼し、 後日 Print Out してもらった Digital Data の Wing Drop 関 連部分を次頁表に示す。 詳細は、 航空宇宙学会 誌 Vol.55 No. 641 (2007.6) を参照されたい。 “ストール” “マックス・ パワー” “アッ! トレイリング・コーンが飛んだ”

10. *予備エンジン輸送形態での Stall

Test で Wing Drop (DC-10-40)

アリゾナ州ユマ国際空港内ダグラス施設駐機場の JA8533 に取り付けられた予備エンジン

Wing Drop 後の関連する特定パラメター

sec P-ALT CAS PITCH ROLL ELEV AIL RUD 15 13967 116.01 14.77 0.09 -11.65 -8.35 -0.06 16 13939 117.01 15.12 -2.72 -1.05 22.76 -0.06 17 13902 117.51 13.71 -15.38 4.01 53.09 2.46 18 13858 116.51 7.74 -38.23 2.94 86.48 5.63 19 13802 113.01 -1.41 -62.14 0.79 130.69 6.33 20 13720 110.75 -9.49 -71.26 -2.24 125.07 6.56 21 13615 116.01 -15.82 -60.03 -2.46 84.73 5.57 22 13473 123.75 -21.09 -39.64 -3.21 44.31 4.51 23 13322 130.01 -24.26 -24.17 -2.81 30.94 3.98 24 13176 137.25 -23.21 -19.95 1.45 58.89 3.98 25 13054 145.75 -20.04 -21.71 0.53 80.07 4.92 26 12944 155.75 -18.28 -20.65 0.41 69.61 4.16 27 12797 164.51 -15.12 -12.92 1.19 39.16 3.81 28 12633 171.75 -11.61 -5.18 1.67 15.38 3.41

(16)

ANC から HND へのフライトで、 V1を過ぎ

Rotation 直後に、 Stall Warning が作動した。 瞬時に左右速度計を Check し、 ほぼ同じ速度 で あ る こ と 、 同 時 に Flap Handle の 位 置 と Flap Position Indicator の指示が正しいこと も確認し、 確信を持って離陸を継続した。

Gear Up 後 V2+10+

α

で上昇中、 Overhead

CCB Panel にある Stall Warning System の CCB を Pull Out するよう、 F/E に指示した。 この段階でのピッチ角は約20度であり、 F/E は Seat Belt を外して立ち上がるとき副操縦士 席に掴まる必要があった。 当該 CCB を Pull Out して初めて Warning Sound が消え、 静か になった操縦室で、 ANC に引き返し着陸して も、 HND まで飛行して着陸しても、 CCB を Pull Out したままの飛行となることに変わり はなく、 総合的に判断して、 成田までのフライ トを続行することを決めた。 Flaps/Slats を あ げ 上 昇 し 、 Company Radio で Stall Warning System 不作動のまま HND までフライトすることを伝えた。

DC-10 は 、 ASE (Automatic Slat Exten-sion) 機能をもっており、 Clean Configura-tion で、 Stall Warning が作動すると、 自動 的に Out Board Slat が出る機構なので、 この トラブルでは CCB を Pull Out しなければ、 巡航形態にすることができない状態であった。 この故障に対する Check List はなく、 その時 のクルーの経験によっては ANC に引き返す決 心をすることもあり得るケースであった。 1979年5月25日、 アメリカン航空191便シカ ゴ発ロスアンゼルス行き DC-10-10 が、 離陸直 後 (Lift off 後31秒で) 墜落するという事故が 発生した。 離陸は副操縦士の操縦で行われ、 ロ− テイションのとき、 No.1エンジンが脱落、 翼 面上を周辺の Parts をもぎ取って後方へと吹 き飛んだ。 V2+

α

までは方向維持もされほぼ Wing Level で加速上昇した。 その後 V2+

α

か ら V2への減速が見られ、 159kts (V2+6kts) になってから、 左への Roll が始まり、 最終的 には90度を超えるバンク角で地上に激突し、 271名の全乗客乗務員が死亡した。 事故調査報告書の中から、 判明した事実の主 なものと、 筆者からみた疑問点や JAL での対 応を下記に示す。  No.1 Engine が脱落したため、 多くのシ ステムが不作動となった。 No.1 Hydraulic System につながる左翼の LE Slats は Re-tract し た 。 No. 1 AC Generator Bus 、 No.1 DC Bus への電力供給はなくなり、 そ のために Voice Recorder、 Capt. FD、 No.1 Stall Warning System 、 Slat Disagree Warning System 等が不作動となった。  Stick Shaker は機長側にしか装備されて

いなかった。 左翼と右翼の Slats のシグナル は、 No.1と No.2 Stall Warning System にクロス接続されるよう設計されていなかっ た。 たとえそのように設計されていても、 こ の事故では、 失速警報は鳴らなかった。 (事 故後、 クロス配線の改修が行われた) 事故機は Slat Retracted 状態での失速に 陥ったにもかかわらず、 クルーは何故機が左 へ Roll するのか判らなかったと思われる。  DFDR の電源は生きていた。 ただし、 い くつかのパラメターの記録が途絶えている。  Rotation は、 1.5°/sec で機首を上げ、 Lift

Off 時には機速は V2+6kts となっていた。 Lift off 後、 左へ若干傾いたものの、 加速上 昇を続け、 172kts まで加速したが、 当時の

11. *ANC 離陸時、 ローテイションで

Stall Warning 作動 (DC-10-40)

“V2”“Stall!!”“VR”“V1”

12. 全 DC-10型式証明取り消し事故

(17)

Engine Failure の手順にそって、 V2にする

ため少しずつ減速したと思われる。

 こ の 時 の Gross Weight で の Slat Re-tracted Stall Speed が、 159kts であること を事故調査報告書で述べているが、 たまたま この速度まで減速した頃、 左への Roll が始 まった。  丁度その頃、 それまでの右への Rudder 操 舵が突然1秒間だけ Zero に戻り、 再び右に 大きく踏み込まれている。 (私見−1):この Rudder が Zero になる直 前に、 Capt. による Take Over が行われた と考えられ、 僅か1秒間という短時間ではあ るが Rudder Control の継続性が途絶えたこ とが、 毎秒4°以上の急激な Roll が続くト リガーとなったと推察される。 事故調査報告 書ではこの推測は述べられていない。  一旦 Slat Retracted での失速の迎え角を 超えて左への Roll が始まると、 迎え角はさ らに大きくなり、 Roll からの回復は不可能 な状態となる。 パイロットは、 機の重大な故 障状況を認識することなく地上への激突に至っ た。  事の重大性から、 FAA が DC-10 の型式証 明を取り消した、 約一か月強の間、 JAL の すべてのクルーはフライト再開に備え、 SIM による技量・資格維持訓練を実施した。 何回 か の 合 同 ミ ー テ ィ ン グ が 開 催 さ れ 、 NTSB/FAA 情報の説明が行われた。  No.1 Engine が脱落した原因は、 AAL

の Engine 交換でフォークリフトを使った 不注意な作業によるものと判明し、 すべての 航空会社に取り付け作業の見直し点検が指示 された。

 Takeoff Engine Out 時のパイロットの速 度調節も、 V2を維持するという記述から、 V2 以上になった速度は、 V2+10kts 以下の場合 はその速度を維持、 V2+10kts 以上の場合は +10kts までは減速してもよいが、 それ以下 にはしないことに変更された。 FD システム のロジックも変更となった。 (私見−2):前述の B-727 および DC-10 の 2つの Wing Drop 事例の最大 Roll Rate は、 このアメリカン航空の DC-10 の Roll Rate よ り、 はるかに大きく、 高度に余裕があったこ とと、 Stall のテストを実施しているという 認識の下での Recovery 操舵であったという 幸運を改めて感じざるを得ない。

New Stall Recovery Procedures は、 故シカ ゴ大学名誉教授の藤田哲也博士の研究で解明さ れた Micro Burst の激しい下降気流や、 Thun-der Storm の激しい Tail Wind Shear に遭遇 し た 時 、 高 度 ロ ス を 防 ぐ た め に 、 最 大 推 力 (Max. Power、 必要なら Throttle Lever を最 前方に出す) を Apply し、 機首を上げながら 減速し速度エネルギーを位置のエネルギーに換 え、 Vss (Stick Shaker Speed) になったらほ ぼ そ の 時 の 機 首 上 げ 姿 勢 を 維 持 し Stick Shaker が 鳴 っ た り 鳴 ら な か っ た り の Pitch Control をする方式である。 墜落寸前の DC-10 Bank90゜を超えている

13. *事故を防いだ New Stall

Recovery Procedures (B-747)

典型的なダウンバーストの横断面図

(18)

この訓練をシミュレータで経験したクルー編 成による、 メキシコ空港での着陸で、 Short Final 200ft 位で Down Burst に遭遇し、 Capt. は Thrust Lever を Gate Position (前方最大 可動範囲) まで出し、 Stick Shaker を鳴らし ながら、 かろうじて正常な Glide Path に戻り 安全に着陸できた、 という事例が発生した。 F/E はこれで墜落かと思ったと述懐していた が、 全てのエンジンの EGT が限界を超え Red Light が点灯しても、 敢えて Thrust Lever を 絞るという修正はしなかったそうである。

着 陸 後 Tower に 報 告 し 、 Ramp へ Taxi back の間に、 後続の Mexico 航空のジャンボ 機が同様の事態に遭遇したとのことであった。

日本航空で New Stall Recovery Procedure の導入が行われたことが、 事故を未然に防いだ といっても過言ではない。 Bombardier 社の CRJ-100 が日本にデモン ストレーション・フライトに来た時、 たまたま 長 崎 空 港 で 試 乗 す る 機 会 に 恵 ま れ た 。 後 日 Bombardier 社の関係者から聞いた話では、 試 乗した当該機が飛行試験中に墜落したとのこと であった。 (1993-7-26 @ Byers, Kansas, USA)

当日の飛行試験項目は、 CG Envelop Expan-sion とのことであり、 事故調査の途中情報で あるが、 飛行中に CG を変更するために客室に 積み込まれた鉛のバラストが固定されずに、 人 手で移動させるようになっていたとのことで、 High Angle Attack の Pitch 姿勢になった時、 そのバラストが後方にずれ、 結果的に CG の後 方限界をはるかに超える状態になり、 操縦不能 に陥ったと推測されているとのことであった。 バラストのタイダウンの手間を省いたための高 価な代償であった。 以下は最近入手したインターネット情報です。 The aircraft was on a test-flight. While per-forming a side-slip maneuver at 12,000ft, the crew lost control of the aircraft and it entered a deep stall.

Descending through 8,000ft, the captain or-dered the anti-spin parachute deployed. Due to a system misconfiguration by the co-pilot, however, the chute fell free of the aircraft. Control was never regained and the aircraft crashed into a cornfield.

伝聞情報とインターネット情報と、 どちらが 正解に近いか、 読者の“頭の体操”の材料にな ればと紹介する次第です。

14. CG Envelop Expansion Test (?)

で操縦不能に陥り墜落 (CRJ-100)

(19)

航空経歴; 1937:広島県福山市生まれ。 1959:大阪府立大学工学部機械工学科航空工学 コース3年修。 航空大学校入学。 1961:航空大学校卒、 日本航空入社。 その後 DC-4/DC-6B/DC-8/B-727 副操縦士 1967:B727 機長。 1969:運航技術部試験飛行室、 DC-8 機長。 1972:航空自衛隊試験飛行操縦士課程卒。 1973:試験飛行室復職。 DC-8 機長。 1976:DC-10 機長。 飛行技術室兼務。 1983:運航乗員訓練部 DC-10 操縦教官室長、 1985:訓練技術室長。 1987:運航乗員訓練部副部長。 1990:技術研究所基礎技術部副部長。 1993:技術総本部付部長。 1995:運航本部長付運航乗務員。 1997:定年退職。 特別運航乗務員として乗務。 2000:退職。 総飛行時間:約13,000時間。 この間 (1969∼1995) 各種試験飛行等; ・Overhaul 後の耐空証明取得 (B-727, DC-8) ・中古機/新造機領収 (B-727,DC-8, DC-10) ・Stall/Slippery Test (B-727, DC-8, DC-10) ・その他各種技術飛行、 新機種評価飛行 ・DC-10飛行訓練 (CPT, FFS, 実機) 試験飛行・訓練以外の航空・宇宙関連業務; ・新技術調査 ・SAE S-7 Committee メンバー (1973∼1997) ・IATA:FCTFSTF, HFWG メンバー歴任。 ・NASDA (現 JAXA):関連委員会等専門委 員歴任。 ・JAPA:理事 (1992−2000)、 副会長 (1992− 1996)、 監事 (2000−2002) 現在顧問、 各種委員会委員。 ・航空身体検査証明審査会委員等歴任。 ・SETP (実験テスト・パイロット協会) メンバー。 ・世界中の多くのエアライン・パイロットやテ スト・パイロット、 宇宙飛行士等の知己多数。 ・対談 (チャック・イエーガー氏および向井千 秋さん) ・PILOT 誌、 航空宇宙学会誌等への投稿多数。 ・多くの講演会や座談会等で司会担当。 ・非常勤講師歴; 大阪府立大学工学部 (1984/85/88) 東京農工大学工学部 (1995∼2001) ・海上自衛隊第51航空隊 操縦訓練教官講習で 講師担当 (2000∼2008) ・各種学会/シンポジウム/セミナー等で講演。 表彰歴等; 1983:ロングビーチ市名誉市民賞。 1997:航空功労賞運輸大臣表彰。 感謝状受領; 2002:海上自衛隊航空集団司令官より 2005:航空自衛隊航空開発実験団司令より 操縦体験機種;

Beech:B-18/C/D/E, Baron, Queen Air C-90A King Air,

Cessna:402, Conquest-1

Piper:Super Cub, Arrow-4, Sheyanne-1A Douglas:DC-4, DC-6B, DC-8-30/50/61/ 62, DC-10-10/30/40, MD-11 Boeing:B-727-100, B-767-100, B-747-100, B-757FBW Lockheed:T-33A, F-104DJ Airbus:A-300, A-310 British Aerospace:BAe-146 川崎重工:KAT, KM 富士重工:T-1B Bombardier:CRJ-100 Lockwell:Hawk Commander Curtis:C-46 Grumann:Gulfstream− Dassault:Falcon-C チャック・イエーガー氏と対談 1990-3-5 Nut Tree レストランにて

(20)

M (司会):本日はお忙しい中、 運航技術委 員会主催の座談会にお集まりくださいまして 有難うございます。 出席いただいた皆さん5 人は、 司会者以外は双発機または4発機の現 役キャプテンです。 1月15日 (現地時間) に ニューヨークで発生した、 ハドソン川への不 時着水事故に関連して、 航空局技術部運航課 長から通達文書 (本号98頁掲載) が、 協会会 長宛に届きました。 プロのパイロットとして事故に対して何を感 じたか、 前向きな議論をしていきたいと思い ます。 PILOT 誌に要旨を掲載予定です。 最 初に、 乗務機種と路線をご紹介ください。 C1:B-777 で北米路線と国内線です。 C2:A-320 で国内だけです。 C3:B-767 で国内と国際線はホノルルと東南 アジアです。 C4:B-737 で近距離国際線も飛んでいます。 C5:B-747-400 で国際線を飛んでいます。 M:有難うございます。 私は3発機で乗務して いた OB です。 すでにご存じだと思いますが、 インターネットや新聞等で入手した各種情報 から、 事故の概要を紹介します。 M:以下Q&A方式で、 疑問点や気になる点を 皆で話し合いたいと思います。 この事故情報 の第一報を聞いた時、 何を感じたか、 あるい は考えたかを簡単にお話しください。 C1:幸運の連鎖だと思いました。 (全員うな ずく) C2:FBW 機のシステムをもっと勉強する必 要性を感じました。 C3:DFDR や CVR の記録を早くみたいです ね。 (管制の交信記録は2月5日公表されて います。 資料−4) C4:HUD はこのような状況で役に立つかど うか考えさせられました。

C5:Jet 旅客機での Perfect Ditching だと感 心しました。 しかも Both Engine Out です。 M:参考までに、 インターネットで入手した当 該機の航跡図と乗客が翼の上で救助を待って いる写真を次頁に載せてあります。 誌面の都合で、 座談会の書き起こし記事は、 2回に分けて掲載します。 (編集委員会) US Airways1549 便 (機体 A320) は、 ノー スキャロライナ州のシャーロット・ダグラス 国際空港へむけて、 ニューヨークのラガーディ ア 空 港 か ら 北 に む け て 離 陸 上 昇 中 、 Bird Strike に遭遇し、 両エンジンがフレーム・ア ウトした。 機長は出発空港に引き返すことを 考えたが難しいと判断した。 空港管制が近く のテターボロ空港に向かうよう指示を出した けれども、 エンジンの再始動に成功せず、 機 長は左旋回を続けマンハッタン西側の Hud-son 川への不時着水を決心した。 非常にスムー ズな着水に成功した。 突発的な不時着水にも かかわらず、 150名の乗客とクルー5名全員 が無事に救助された。 機長の適切な判断と操 縦技術、 および救助の船舶が多かったという 幸運にも恵まれ、 零下8度Cの気温の中、 軽 傷者のみという結果に“ハドソン川の奇跡” と呼ばれている。 (資料−2/3)

第一報を聞いて感じたこと

緊急座談会 (2009-2-23) 報告

運航技術委員会

ハドソン川の奇跡に思う(1)

(21)

M:「ハドソン川の奇跡」 というマスコミの言 い方に対して何か感じられますか? C1:事故へのネーミングとして、 うまい言い 方だと思います。 C3:現時点では妥当な表現でしょう。 これか ら出てくるいろいろな事実から、 違った見方 が さ れ る か も し れ ま せ ん 。 ア メ リ カ の PPRuNe Forum という Internet 情報には、 Fact as reported;Flight crew did not hit the ditch switch. とか、 その他の情報がす でに出ています。 C5:私はフロリダ航空の 「ポトマック川の悲 劇」 を思い出しました。 ところで、 A320 の

「ハドソン川の奇跡」 という

ネーミングについて

US Airways 1549便航跡図 (インターネット情報)

(22)

Ditch Switch について簡単に説明してくだ さい

C2:胴体後部下面にある Out Flow Valve 等 を 強 制 的 に Close す る Switch で 、 Over Head Panel ほぼ中央にあり、 無与圧の場合、 機内に水が入るのを防ぐために、 着水寸前に 押すことになっています。 Ditching Check List に確かに項目があります。

C4:PPRuNe とは何の略ですか?

C3:Professional Pilots Rumour Network です。 面白いコメントがたくさん出ています。 M:私もうまいネーミングだと思いました。 海 上自衛隊の飛行艇のパイロットは、 うまく着 水するだろうと感じました。 現在までに入手した一連の資料は運航技術委 員会ファイルとします。 さて、 この事故は Bird Strike に引き続いた 突発的不時着水です。 まず現在までの判明し ている情報から、 この事故を Human Fac-tors の視点で C5 さんから話していただき、 その後 Bird Strike 関連、 Ditching 関連へ と話題を移していきたいと思います。 【アメリカ滞在中に感じたこと】 C5:休暇でアメリカに滞在中、 この事故につ いての現地の報道が、 日本と違って 「How to survive.」 の視点が前面に出ていたと感じ ました。 いくつかの機長の取った行動から、 特別な機長のような言い方がありましたが、 Airline のキャプテンなら誰でもそのように 行動すると日本のマスコミにはコメントして おきました。 管制との交信記録から見て約20 秒で Ditching の決断が行われており、 この ような状況下でのメンタル・コントロールも 素晴らしですね。 判断と決断の違いは、 判断 には多くの要素を考慮し決断へと進むわけで すが、 それは Perfect を積み重ねる道ではな く、 不確実さを排除し、 確実な道を一つ選ん だのが今回の結果につながったと思います。 エンジンが2つとも Flame Out したという ハンディキャップを背負った機を非常にうま くコントロールして、 映像では着水前の降下 角は約1度で着水しています。 これが、 機体 の損傷が大破しなかった要因だと思いました。 【SHEL モデルで考える】 C5:話を判りやすくするために、 SHEL モ デルで考えてみましょう。 下図の SHEL モ デルのタイム・トンネルの過去、 現在、 未来 のそれぞれが SHEL モデルの基本形です。 人間の社会活動に関連するシステムを、 人間 (Liveware) を中心に置き周りに、 取り巻く 4つの要素 S (Software;ソフトウエア)、 H (Hardware;ハードウエア)、 E (Envi-ronment;環境)、 L (Liveware;人間) を 配置してあります。 各要素の囲いが波型になっ ているのは、 隣合わせの囲いがマッチングし ていれば、 2つの要素の間 (インターフェイ ス) がうまく機能している事を意味していま す。 今回のケースは離陸までは、 Hardware である機材は正常でした。 衝突した鳥は航空 機の運航環境 (Environment) になります。 Hardware である両エンジンが Flame Out となり、 パイロットに想像を絶する Work Load がかかりました。 この事態に対処する パイロット間の連携がどうであったか等は CVR の公表でもう少し具体的に評価できる と思います。 さらに、 機長から客室乗務員へ の Briefing は時間的余裕がなかったのでは と推察されます。 管制官とのやり取りを含め、

ある Human Factors の視点でみた

A320 Ditching

SHEL モデルのタイム・トンネル

(23)

これらは Liveware と Liveware のインター フェイスの問題です。 昼間であったこと、 ハ ドソン川の存在や周辺空港の位置関係、 鳥の 種類も E 関連の項目です。 この鳥の群れに パイロットは何時気がついたのだろうか、 回 避の余裕はなかったのか等々は L と E のイ ンターフェイスです。 鳥の情報がパイロット には全くなかったのかいずれ判明するでしょ う。 この種の情報は、 S (Soft) の問題です。 Ditching Check List 等も S 関連項目です。 救助活動に従事してくれたフェリーのクルー 等への情報も S ですね。 C1:時系列的に Chain of Events を並べて みる必要もあるのではないですか。 C5:そうすれば判り易くなりますね。 前出の 航跡図の位置と時間、 時間と高度情報の表は Chain of Events の 一 例 で す ね 。 Human Factors の SHEL モ デ ル の 派 生 形 で あ る 「SHEL モデルの分子結合」 を使って Pilot を中心としたLの周りや、 さらに外側に存在 する S, H, E, L に関連要素を配置すると、 今回の事故の全体を理解しやすいと思います。 (前出 SHEL のタイム・トンネルと下の分 子結合の図は、 日本航空技術研究所発刊の 「ヒューマン・ファクター ガイドブック」 からの引用です) SHEL モデルのタイム・トンネルの中の、 重 要 な イ ベ ン ト を 並 べ た の が “ Chain of Events”(事象の連鎖) であり、 今回のよう に多くの Fortune (幸運) を主体として並 べれば“Chain of Fortune Events”(幸運 の連鎖) ということが出来ます。 事故の全容が判らない段階での、 ヒューマン・ ファクター的検討は、 かえって事故に対して 予断を与えることになりますので、 このへん で終わります。 事故調査報告書が出た段階で、 詳しい検討をすべきだと思います。 M:ありがとうございました。 次に、 Ditching への引き金となった Bird Strike について Brain Storming に入りたいとおもいます。 【航空局運航課長通達】 M : こ の 座 談 会 は 、 JCAB 運 航 課 長 か ら の JAPA 会長宛通達に沿った、 協会としての 一つの Action です。 C1:何かが起こる度に通達が出されています が、 我々パイロットはアウトサイド・ウォッ チは当たり前のように行っています。 今回の 事故を機会にその重要性を再認識したいと思 います。 加えて、 通達と同時に、 よりいっそ う全国の空港の鳥害対策も是非お願いしたい ですね。 C3:ところで全航連にも同じ内容で出ている のでしょうね。 C2:出ていると思います。 鳥の団体の 「全鳥 連」 にも通達を出して欲しいですね (笑) C4:彼らは“空は太古から我々のものだ!” と主張するでしょうね。 (笑) 今回の事例も、 彼らの事故記録の件数に追加点となります。 ところで、 今回の鳥の種類は判っているので すか? 【鳥の種類と Bird Strike の経験】 M:ガンの一種だという情報があります。 とこ ろで、 皆さんは、 Bird Strike の経験があり すか? 実体験でなくても、 目撃したことや 他のパイロットによる報告等でも結構です。 ご紹介ください。 C1:B-747 の Copilot 時代、 ハンブルグで複

Bird Strike 関連

SHEL モデルの分子結合

(24)

数のエンジンに鳥が当たり、 物凄い震動が発 生しました。 1発だけ Shut Down し Fuel Dump をして引き返しました。 目の前で目撃したのは、 羽田で B-747-400 が 離陸の時、 鳥にぶつかりエンジンから火を噴 きながら一部部品を落として Lift Off して いった例があります。 M:そのエンジンの破損した Fan Blade が、 半年以上 Dispatch Room に展示されていた のを思い出します。 C3:下地島での訓練で、 渡り鳥のさしば (鷹 の一種) を撃ち落としたことがあります。 C2:大分で離陸上昇中に一度ぶつかりました。 鳥の種類は判りません。 C4:関空で危うくぶつかりそうになりました。 ちょっとだけ避けました。

M:Out Side Watch で避けうるものですか? C1:避けたらぶつかったという例が、 モーゼ ス・レイクでの訓練中ありました。 C2:昼間は避けられても、 夜間は見つけた時 には遅すぎるかもしれません。 M:鳥の習性は Landing Light に向かってく る感じがします。 (反対意見あり) 私の経験も紹介します。 ① 1962年のことでした。 DC-4 の副操縦士 時代、 右席で Ruway15 からの夜間の離陸 で、 Lift Off 直後 Landing Light の明か りの中に多くの鳥が飛びあがってくるのが 見え、 衝突不可避と感じ思わず首をすくめ ました。 バン・バンと操縦席窓にぶつかり ました。 血のりが Windshield につきまし たが、 機長 (外人) は操縦輪を支えてくれ ていました。 システムに異常がないことか ら、 伊丹へとフライトを続行しました。 到 着後エンジンのみならず機体の方々に鳥の 痕跡がありました。 Runway 上の鳥は誰 かの胃袋に入ったと聞きました。 ② も う 一 つ の 体 験 は 、 DC-10 で の Bird Strike です。 1996年12月3日、 377便で福 岡に夜間着陸した時でした。 まさにエンジ ンを Idle に絞った Flare のタイミングで 鳥の群れと衝突しました。 Capt 側 Side

Window、 Copilot 側 Windshield、 レドー ム、 エンジンにぶつかったことは判りまし た。 この衝突音はタワーでも聞こえたとの ことでした。 焼き鳥の臭いがしてきたため、 す ぐ に 空 調 シ ス テ ム を 止 め 、 Flap は Damage を受けた可能性を考慮して、 22° まであげて止め、 Flap を出したまま Spot in する旨、 Ground Control および Com-pany に連絡して駐機場に向かいました。 翌早朝、 整備が点検後 OK とした当該 機で離陸したクルーから、 機内に焼き鳥の においがしばらく続いたこと、 および羽田 Approach で ILS が不作動となっていたと の報告を受けました。 整備から聞いた話で は、 レドームを開けてチェックしたところ、 レドーム内張りのハニカム構造にクラック が入り交換となりました。 さらにILS の GS アンテナが壊れていたとのことでした。 (鳥衝突の瞬間から Spot in までの CVR の記録を残すべきと考え、 社内関係セクショ ンを通し正規の手続きで翌出発前に CVR を取り卸し、 羽田で音声を録音してもらい ました。 そのダビングテープがしばらくは DC-10 乗員部にも保存されていましたが 現在は残念ながら行方不明です。) ③ 他の DC-10 キャプテンの珍しい体験も 紹介します。  HND RWY 04で離陸した DC-10 が数 多くの鳥 (多分カモメ) にぶつかり、 1 番3番エンジンに振動が発生し、 キャプ テンは悩んだ末、 エンジンを一つ (どち らか不明) Shut Down し羽田へ引き返 しました。 着陸後整備で点検したところ、 回し続けた Engine の方が、 壊れ方がひ どかったと聞いています。 回し続けたた め状態ガ悪くなったかどうかは判ってい ません。 (このケースは、 日本でも双発 機の両エンジンに鳥が吸い込まれる可能 性のあることを示すものです。 当時この 事例の詳細をご存じの方、 連絡ください。 JAPA Office TEL:03-3501-0433)  HND Runaway22 に着陸まえ、 高度

参照

関連したドキュメント

(2)特定死因を除去した場合の平均余命の延び

Bemmann, Die Umstimmung des Tatentschlossenen zu einer schwereren oder leichteren Begehungsweise, Festschrift für Gallas(((((),

信号を時々無視するとしている。宗教別では,仏教徒がたいてい信号を守 ると答える傾向にあった

自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から

現を教えても らい活用 したところ 、その子は すぐ動いた 。そういっ たことで非常 に役に立 っ た と い う 声 も いた だ い てい ま す 。 1 回の 派 遣 でも 十 分 だ っ た、 そ

を負担すべきものとされている。 しかしこの態度は,ストラスプール協定が 採用しなかったところである。