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公的年金の老後貯蓄と退職行動に与える影響 < 要旨 > 大阪大学社会経済研究所教授チャールズ ユウジ ホリオカ金沢学院大学経営情報学部助教授奥井めぐみ 2006 年 2 月 24 日 本稿では 郵政総合研究所 ( 旧郵政省郵政研究所 ) が 1996 年に実施した第 5 回 家計における金融資産選択

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公的年金の老後貯蓄と退職行動に与える影響

大阪大学社会経済研究所 教授 チャールズ・ユウジ・ホリオカ 金沢学院大学経営情報学部 助教授 奥井めぐみ 2006 年2月24日 <要旨> 本稿では、郵政総合研究所(旧郵政省郵政研究所)が 1996 年に実施した第 5 回「家計に おける金融資産選択に関する調査」からの個票データを用いて老後貯蓄の重要度と老後目的 のための貯蓄目標額・退職期間の決定要因について分析し、特に公的年金の影響に着目した。 主な分析結果を要約すると、以下の通りである。 (1) 日本では、老後貯蓄が最も重要な貯蓄目的であり、各目的のために貯蓄をしている人々 の割合を基準とした場合でも、各目的のための貯蓄目標額を基準とした場合でも、老後 目的は1位である。日本では家計の 47.9%が老後目的のために貯蓄をしており、老後目 的のために貯蓄をしている家計のその目的のための貯蓄目標額は平均して 1658 万円に も上り、年間所得の約 2.4 倍にも上る。また、老後目的のための貯蓄目標額の総額は全 ての目的のための貯蓄目標額の総額の半分近く(47.0%)にも上る。 (2) 老後目的のための貯蓄目標額の決定要因について見ると、自己資金比率(公的年金以外 の資金の比率)の係数は予想通り有意に正であり、公的年金の給付水準が高ければ高い ほど、老後目的のための貯蓄目標額が低くなるという結果が得られた。つまり、公的年 金の資産代替効果が確認された。 (3) 退職期間の決定要因について見ると、公的年金の支給開始年齢の係数は予想通り有意に 負であり、年金の支給開始年齢の引き上げは退職を遅らせ、退職期間を短縮するという 結果が得られた。つまり、公的年金の退職促進効果が確認された。また、農家・自営業 者世帯の退職期間は他の職業の人よりも有意に短く、他の職業の人よりも退職が有意に 遅いようである。農家・自営業者世帯の場合は定年がないため、退職が遅いのは予想通 りである。 これらの結果を総合すると、公的年金制度は人々の貯蓄行動にも退職行動にも影響し、ラ イフ・サイクル仮説が支持された。政策的インプリケーションについて述べると、公的年金 制度を設計する際は、その制度の人々の貯蓄行動・退職行動に与える影響について考慮する 必要があるといえよう。

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I. はじめ

ライフ・サイクル・モデルによると、人々は若い時は働いて所得を稼ぎ、稼いだ所得の一 部を貯蓄に回し、退職後、それまでに貯めた貯蓄を取り崩すことによって生活を賄う。した がって、人々は主に退職後の生活に備えて貯蓄をしているはずであり、老後目的のための貯 蓄目標額は退職後の生活費、退職期間、公的年金の給付水準などに対する予想に依存するは ずである。同様に、希望退職年齢も公的年金制度の仕組みなどに依存するはずである。した がって、老後貯蓄の重要度および老後貯蓄・希望退職年齢の決定要因について検証すること によってライフ・サイクル・モデルが成り立っているか否かを明らかにすることができる。 本稿では、郵政総合研究所(旧郵政省郵政研究所)が1996 年に実施した第 5 回「家計 における金融資産選択に関する調査」からの個票データを用いて老後貯蓄の重要度と老後目 的のための貯蓄目標額・退職期間の決定要因について分析し、特に公的年金の影響に着目し ている。 本稿は以下のように構成されている。第1 節では理論的考察を行い、第 2 節ではデータの 出所について述べ、第3 節では老後貯蓄の重要度について検証し、第 4 節ではサンプルの選 定と推定方法について述べ、第5節では推定モデルについて説明し、第6節で推定結果を紹 介し、最後に結論を述べる。

Ⅱ. 理論的考察

本節では、ライフ・サイクル・モデルの枠組みの中で老後貯蓄・退職行動に関する理論的 考察を行う。 1. 老後貯蓄に関する理論的考察 人々がR 歳の時に退職し、L 歳の時に死亡し、R 歳の時までは毎年 Y 円を稼ぎ、それ 以降は所得が全くなく、退職前も退職後も毎年C 円の消費をし、利子率が 0%であると仮定 すると、生涯消費が生涯所得に等しくならなければならないという生涯予算制約は以下の通 りになる。 YR = CL (1) 人々の主観的時間選考率が利子率に等しければ(利子率がゼロの場合は、人々の主観的時間 選考率がゼロに等しければ)、C を一定に保つのが最適である。また、退職期間が (L-R) 年 であるから、退職後の消費総額はC(L-R)円である。したがって、退職時までに貯めなければ ならない資産(老後目的のための貯蓄目標額)W は以下の通りである。 W = C(L-R) (2)

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つまり、退職期間が長ければ長いほど、また(退職後の)消費が多ければ多いほど、老後目 的のための貯蓄目標額が高くなるはずである。 以上では公的年金制度を一切考慮していないが、退職前に保険料を払い、退職後に給付を 受ける仕組みの公的年金制度が導入されると、公的年金によって退職後の消費の一部を賄う ことができ、公的年金制度が存在しない場合よりも老後目的のための貯蓄目標額が少なくて も済む。具体的には、公的年金制度が導入されると、W は以下のようになる。 W= C(1-b)(L-R) (3) ただし、b = 公的年金比率(退職後の消費のうち、公的年金の給付によって賄える部分の割 合)(0≦b≦1) (3)式の右辺は、老後の生活資金のうち、公的年金以外の財源(すなわち、貯蓄)によって賄 われる部分を示す。 (2)式と(3)式を比較することによって分かるように、L、R および C が一定であれば、年金 制度導入によって老後目的のための貯蓄目標額W は減少し、これが Feldstein (1974) が指 摘した「資産代替効果」である。しかし、R は公的年金制度の導入によって低くなる可能性 があり(これがFeldstein (1974) が指摘した「退職促進効果」である)、R が低くなれば退 職期間が長くなり、より多くの資産が必要になる。したがって、公的年金制度の導入によっ て老後目的のための貯蓄目標額が高くなるか、低くなるかは一概に言えず、資産代替効果と 退職促進効果の相対的重要度による。 従って、老後目的のための貯蓄目標額の決定要因を分析する際、退職期間の内生性を考慮 する必要がある。 2. 退職行動に関する理論的考察 次に、退職行動に関する理論的考察を行う。 退職行動に影響を及ぼす要因としてまず考えられるのは公的年金制度である。もし公的年金 制度に所得制限があり、所得が一定の水準を超えたら、公的年金の給付水準が減額される仕 組みになっていれば、公的年金制度の導入に伴って人々がより早く退職するようになる恐れ がある。これが、Feldstein (1974)がいう「退職促進効果」である。また、この効果が存在す れば、公的年金制度の導入によって人々がより早く退職し、退職期間が長くなり、人々の老 後のための貯蓄目標額が増える可能性がある。つまり、「資産代替効果」によれば、公的年金 制度の導入によって人々の老後のための貯蓄目標額が減り、「退職促進効果」によれば、公的 年金制度の導入によって人々の老後のための貯蓄目標額が増え、ネットで老後のための貯蓄 目標額が増えるか減るかは一概に言えず、「資産代替効果」と「退職促進効果」の相対的重要 度による。いずれにしても、公的年金制度に所得制限があれば、その制度の導入によって、 人々の退職が早まることが予想でき、しかも公的年金制度の支給開始年齢が早くなればなる

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ほど、人々がより早く退職するようになることが予想できる。つまり、退職年齢(退職期間) は内生変数であり、公的年金制度の仕組みの影響を受ける。

Ⅲ. データの出所

本節では、この分析で用いたデータの出所についてより詳しく述べる。上述の通り、この 分析では、第5回「家計における金融資産選択に関する調査」からの個票データを用いてい る。この調査は、1988 年以来、2 年に 1 回、郵政総合研究所(旧郵政省郵政研究所)が実施 しており、第5 回の調査は 1996 年 11 月 22 日から 12 月 6 日の間実施された。調査対象は 世帯主が20 歳以上の世帯(単身世帯を含む)、面接対象は世帯主またはその配偶者であった。 高齢者世帯の加重サンプルを除けば、標本世帯数は6,000 世帯、回収世帯数は 3,695 世帯で あった(回収率 61.6%)。調査地域は全国、標本抽出法は層化多段無作為抽出法、調査法は 留置面接法であった。本稿で用いたのはこの調査から無作為に抽出された90%のサブサンプ ルである。 この調査は、金融資産選択・保有、実物資産の保有、マイホーム取得、借入金の保有、老 後の生活、遺産相続などに関する意識と現状について調査している。意識と現状の両面につ いて調査している点、貯蓄目的、目的別の貯蓄目標額、希望退職年齢についても、退職後の 生活費、公的年金の給付水準などに対する予想についても調査している点でユニークな調査 であり、老後貯蓄・退職行動の分析に非常に適した調査でもある。

IV. 老後貯蓄の重要度について

本節では、老後貯蓄の重要度に関するデータを示す。日本では、老後貯蓄が最も重要な貯 蓄目的であり、各目的のために貯蓄をしている人々の割合を基準とした場合でも、各目的の ための貯蓄目標額を基準とした場合でも、老後目的は1位である。日本では家計の47.9%が 老後目的のために貯蓄をしており、老後目的のために貯蓄をしている家計のその目的のため の貯蓄目標額は平均して1658 万円にも上り、恒常所得(第 4 節で定義する)の約 2.4 倍に も上る。また、老後目的のための貯蓄目標額の総額は全ての目的のための貯蓄目標額の総額 の半分近く(47.0%)にも上る。

V. 推定モデル

1. 老後貯蓄に関する推定モデル 本節では、老後貯蓄の決定要因を検証するための推定モデルについて説明する。第2節で 示した理論モデルに従い、WOLDAGE(各家計の老後目的のための貯蓄目標額)が SFAMT (各家計の退職後の生活費を賄うために必要な自己資金総額)に依存すると仮定した。この 分析で用いた調査では、SFAMT について直接調査していないが、以下のように算出するこ とができる。

(5)

SFAMT = RETEXP * SFRATIO * RETSPAN (4) ただし、RETEXP = 各家計の退職後の生活費の予想額(年額) SFRATIO = 各家計の自己資金比率(退職後の生活費のうち、公的年金以外の収入 源によって賄う予定の部分の割合) RETSPAN = 各家計の予想退職期間 この分析で用いた調査では、これらの変数すべてについて直接調査しているか、算出す るために必要な事柄すべてについて調査している。例えば、老後目的のための貯蓄目標額 (WOLDAGE)、退職後の生活費の予想額(RETEXP)について直接調査している。また、 SFRATIO について直接調査していないが、SSRATIO(退職後の生活費のうち、公的年金に よって賄えると思っている部分の割合)について調査しており、SFRATIO を 1 – SSRATIO として算出することができる。 最後に、RETSPAN は世帯主が退職する時点から世帯主およびその配偶者がいずれも死亡 するまでの期間として捉えた。したがって、以下のように算出した。

RETSPAN = max(LEHEAD – RETAGE, LESPOUSE + AGEDIFF – RETAGE) (5)

ただし、LEHEAD = 世帯主の予想死亡年齢 LESPOUSE = 配偶者の予想死亡年齢 AGEDIFF = 夫婦間の年齢格差(世帯主の年齢 – 配偶者の年齢) RETAGE = 世帯主の希望退職年齢 世帯主およびその配偶者の予想死亡年齢は現在の年齢と該当する年齢・性の平均余命の和と して算出することができる。平均余命に関するデータは、厚生労働省大臣官房統計調査部が 作成した「簡易生命表」(1996 年)から取った。また、RETAGE については、ここで用い た調査で直接聞いている。 家計が合理的であれば、老後目的のための貯蓄目標額 WOLDAGE を SFAMT に等しく するはずである。WOLDAGE を(13)式で定義されている SFAMT に等しくすると以下の通 りとなる。

WOLDAGE = RETEXP * SFRATIO * RETSPAN (6)

また、不均一分散の問題を解消するため、(15)式の両辺を YP55 (55~59 歳時点の恒常所得) で割ると以下のようになる。

(6)

さらに、両辺の対数を取ると、以下のようになり、これが基本的な推定式である。

ln(WOLDAGE/YP55) = a0 + a1*ln(RETEXP/YP55) + a2*ln(SFRATIO) +

a3*ln(RETSPAN) + e1 (8)

ただし、YP55 は以下のように算出した。まず、世帯主の給与所得と事業所得の和を世帯主 の年齢、学歴、雇用者、企業規模、健康状態、都市規模に回帰し、次に年齢が55~59 歳の 場合の予測値を算出し、最後に残差の半分を戻した(YP55 の推定方法の詳細については、 King and Dicks-Mireaux (1982) をご参照)。

さらに、ASFAMT (各家計の自己資金額、すなわち、退職後の生活費のうち、自分で負 担する予想額(年額))をRETEXP と SFRATIO の積として算出し、以下の推定式も推定 した。

ln(WOLDAGE/YP55) = b0 + b1*ln(ASFAMT/YP55) + b2*ln(RETSPAN) + e2 (9)

(17)式、(18)式の係数の予想について述べると、a0 および b0 はゼロであるはずであり、 a1, a2, a3, b1 および b2 は1であるはずである。

また、新たな説明変数として、CHILD (退職後の1つの収入源として子供からの経済的援 助に頼る予定の場合は1の値を取り、それ以外の場合は0の値を取るダミー変数)および PVTPEN (退職後の1つの収入源として企業年金に頼る予定の場合は1の値を取り、それ以 外の場合は0の値を取るダミー変数)を導入した。退職後の収入源として子供からの経済的援 助または企業年金に頼れるのであれば、老後目的の貯蓄目標額が少なくて済むはずであるた め、いずれの変数の係数も負であるはずである。 2. 退職期間に関する推定モデル RETSPAN (各家計の予想退職期間)の説明変数としてまず年金の支給開始年齢が退職年 齢、退職期間に影響を及ぼすと考えられるため、SSAGE(公的年金の支給開始年齢)を導 入した。1994 年の年金改正で厚生年金加入者の基礎年金の支給開始年齢が 2001~2013 年の 間、段階的に60 歳から 65 歳まで引き上げられることが決まった。具体的には、2001 年に 61 歳に、2004 年に 62 歳に、2007 年に 63 歳に、2010 年に 64 歳に、2013 年に 65 歳に引 き上げられることになり、人々はこの改正について知っていると仮定した。SSAGE が高け れば高いほど退職年齢も高くなり、退職期間が短縮されると考えられるため、SSAGE の係 数は負になるはずである。 それ以外に以下の説明変数を導入した。 HEALTH: 世帯主が健康である場合は 1 の値を取り、それ以外の場合は 0 の値を取るダミ ー変数

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GOVT: 世帯主が常勤で(フルタイムで)官公庁に勤務している場合は 1 の値を取り、それ 以外の場合は0 の値を取るダミー変数 ORG: 世帯主が常勤で(フルタイムで)その他団体に勤務している場合は 1 の値を取り、 それ以外の場合は0 の値を取るダミー変数 FARMER: 世帯主が常勤で農家として勤務している場合は1の値を取り、それ以外の場 合は0の値を取るダミー変数 SELF: 世帯主が常勤(フルタイム)で自営業者として勤務している場合は 1 の値を取り、 それ以外の場合は0 の値を取るダミー変数 FS2: 世帯主が勤務している企業の規模が 5~29 人の場合は1の値を取り、それ以外の場合 は 0 の値を取るダミー変数 FS3: 世帯主が勤務している企業の規模が 30~99 人の場合は1の値を取り、それ以外の場 合は 0 の値を取るダミー変数 FS4: 世帯主が勤務している企業の規模が 100~499 人の場合は1の値を取り、それ以外の 場合は0 の値を取るダミー変数 FS5: 世帯主が勤務している企業の規模が 500 人以上の場合は1の値を取り、それ以外の場 合は0 の値を取るダミー変数 (基準は世帯主が常勤で(フルタイムで)民間企業に勤務しており、勤務している企業の規 模が1~4 人の場合) HS: 世帯主の最終学歴が高等学校の場合は 1 の値を取り、それ以外の場合は 0 の値を取る ダミー変数 JC: 世帯主の最終学齢が短期大学・高専の場合は1の値を取り、それ以外の場合は 0 の値 を取るダミー変数 UNIV: 世帯主の最終学歴が大学・大学院の場合は 1 の値を取り、それ以外の場合は 0 の 値を取るダミー変数 (基準は世帯主の最終学歴が中学校の場合)

VI. サンプルの選定と推定方法

本節では、サンプルの選定、推定方法について述べる。 サンプルの選定に当たり、この分析で用いた変数が1つでも欠値になっているサンプル、 世帯主が女性のサンプル、世帯主が独身のサンプル、世帯主が無職、パート・アルバイトの サンプル、世帯主の希望退職年齢が平均寿命よりも遅いサンプル、退職期間が負だったサン プルを推定で用いられるサンプルから落とした。なお、全世帯、勤労者世帯、農家・自営業 者世帯それぞれについて推定を行った。 推定方法については、(17)、(18)式の被説明変数である ln(WOLDAGE/YP55) はゼロで切 断されているため、これらの推定式を推定する際はトービットを用いるべきである。また、 退職期間の内生性を考慮し、simultaneous Tobit の推定方法を用いた。

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VII. 推定結果

1. 老後貯蓄の決定要因に関する推定結果 老後貯蓄の決定要因に関する推定結果は表1に示されているが、この表から分かるように、 ln(RETEXP/YP55)の係数は、全世帯および勤労者世帯の場合に正で少なくとも限界的に有 意であり、予想通り、老後の生活費は老後のための貯蓄目標額を引き上げる方向に働くよう である。また、ln(SFRATIO)の係数は、全世帯および農家・自営業者世帯の場合に正で統計 的に有意であり、予想通り、自己資金比率は老後のための貯蓄目標額を引き上げる方向に働 くようである。さらに、ln(RETSPAN)の係数は、勤労者世帯と農家・自営業者世帯の場合 に正で少なくとも限界的に有意であり、予想通り、退職期間が老後のための貯蓄目標額を引 き上げる方向に働くようである。そして、ln(RETSPAN)と ln(SFRATIO)を乗ずることによ って得られるln(ASFAMT/YP55)の係数は、全世帯および勤労者世帯の場合に正で統計的に 有意であり、予想通り、自己資金額は老後のための貯蓄目標額を引き上げる方向に働くよう である。最後に、どのサンプルにおいてもPVTPEN の係数も CHILD の係数も統計的に有 意ではなく、企業年金も子供からの経済的援助も老後のための貯蓄目標額に有意に影響を及 ばさないようである。 従って、推定結果はおおむね良好であり、主な説明変数の係数は多くの場合、符号条件を 満たし、統計的に有意である。そして、自己資金比率の係数も自己資金額の係数も正で統計 的に有意であるということは、公的年金の資産代替効果の存在を裏付ける。ただし、PVTPEN および CHILD 以外のすべての説明変数の係数が1であるはずであるにも関わらず、 ln(RETSPAN)の係数は勤労者世帯および農家・自営業者世帯のサンプルにおいては1を大 幅に上回っており、それ以外の係数はすべてのサンプルにおいて1を大幅に下回っており、 係数の規模には問題がある。 2. 退職期間の決定要因に関する推定結果 退職期間の決定要因に関する推定結果は表2に示されているが、この表から分かるように、 最も関心のある変数であるSSAGE の係数は、全世帯および勤労者世帯の場合に負で統計的 に有意であり、予想通り、年金の支給開始年齢の引き上げは退職を遅らせ、退職期間を短縮 するようであり、公的年金の退職促進効果の存在を裏付ける。 それ以外の変数の係数について見ると、農家・自営業者世帯の退職期間は他の職業の人よ りも短く(つまり、退職年齢が他の職業の人よりも遅く)、その差は少なくとも限界的に有意 である。農家・自営業者世帯の場合は定年がないため、退職が遅いのは予想通りである。ま た、勤労者世帯の場合は学歴が高いほど退職期間が長く、退職年齢が早い傾向があるが、全 世帯および農家・自営業者世帯の場合は学歴が高いほど退職期間が短く、退職年齢が遅い傾 向がある。 3. シミュレーション分析 ここでは、推定結果に基づいた簡単はシミュレーション分析を2つ行う。まず、もし公的

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年金の代替率が60%から 50%まで引き下げられれば、SFRATIO(自己資金比率)が 40%か ら 50%まで引き上げられ、10/40=25%増加したことになり、全世帯のサンプルにおいて ln(SFRATIO)の係数が約 0.24 であるということは、公的年金の代替率が 60%から 50%に引 き下げられればWOLDAGE(老後のための貯蓄目標額)が 0.24*25 = 6%増加することを意 味する。 また、もし公的年金の支給開始年齢が60 歳から 65 歳まで引き上げられれば、5/60=8.33% 増加したことになり、勤労者世帯のサンプルにおいてln(SSAGE)の係数が約 1.1 であるとい うことは、支給開始年齢が5 歳引き上げられれば、退職期間が 8.33*1.1=9.16%、9.16*24=2.2 年短縮され、余命が一定であれば、退職年齢が2.2 年遅くなることを意味する。つまり、公 的年金の支給開始年齢の引き上げに伴って退職年齢が増加することは確かであるが、支給開 始年齢ほどは増加しないようである。

VIII. 結論

本稿では、郵政総合研究所(旧郵政省郵政研究所)が 1996 年に実施した第 5 回「家計に おける金融資産選択に関する調査」からの個票データを用いて老後貯蓄の重要度と老後目的 のための貯蓄目標額・退職期間の決定要因について分析し、特に公的年金の影響に着目した。 主な分析結果を要約すると、以下の通りである。 (1)日本では、老後貯蓄が最も重要な貯蓄目的であり、各目的のために貯蓄をしている 人々の割合を基準とした場合でも、各目的のための貯蓄目標額を基準とした場合でも、老後 目的は1位である。日本では家計の 47.9%が老後目的のために貯蓄をしており、老後目的の ために貯蓄をしている家計のその目的のための貯蓄目標額は平均して 1658 万円にも上り、年 間所得の約 2.4 倍にも上る。また、老後目的のための貯蓄目標額の総額は全ての目的のため の貯蓄目標額の総額の半分近く(47.0%)にも上る。 (2)老後目的のための貯蓄目標額の決定要因について見ると、自己資金比率(公的年金 以外の資金の比率)の係数は予想通り有意に正であり、公的年金の給付水準が高ければ高い ほど、老後目的のための貯蓄目標額が低くなるという結果が得られた。つまり、公的年金の 資産代替効果が確認された。 (3)退職期間の決定要因について見ると、公的年金の支給開始年齢の係数は予想通り有 意に負であり、年金の支給開始年齢の引き上げは退職を遅らせ、退職期間を短縮するという 結果が得られた。つまり、公的年金の退職促進効果が確認された。また、農家・自営業者世 帯の退職期間は他の職業の人よりも有意に短く、他の職業の人よりも退職が有意に遅いよう である。農家・自営業者世帯の場合は定年がないため、退職が遅いのは予想通りである。 これらの結果を総合すると、公的年金制度は人々の貯蓄行動にも退職行動にも影響し、ラ イフ・サイクル仮説が支持された。政策的インプリケーションについて述べると、公的年金 制度を設計する際は、その制度の人々の貯蓄行動・退職行動に与える影響について考慮する 必要があるといえよう。

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謝辞

データの使用を許可していただいた郵政総合研究所、本稿の作成に当たり、有益なコメン トをいただいた鈴木亘先生、関田静香さん、年金総合研究所の研究会の委員に感謝の意を表 する。

参考文献

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説明変数 定数項 -0.441 -23.454 *** -9.260 + 2.627 6.968 5.768 ln(RETEXP/YP55) 0.273 + 0.549 *** -0.456 0.172 0.204 0.350 ln(SFRATIO) 0.237 ** 0.123 0.767 * 0.114 0.117 0.397 ln(RETSPAN) 0.060 7.294 *** 3.056 + 0.847 2.196 1.873 PVTPEN 0.162 0.196 0.832 0.133 0.138 1.124 CHILD 0.021 0.443 -0.274 0.280 0.333 0.518 Log likelihood 592.981 577.873 66.117 Number of obs. 678 562 116 定数項 -0.263 -23.170 *** -10.188 + 2.626 6.901 6.325 ln(ASFAMT/Y55) 0.247 *** 0.241 *** 0.139 0.088 0.093 0.221 ln(RETSPAN) 0.001 7.162 *** 3.351 + 0.847 2.173 2.061 PVTPEN 0.163 0.194 0.876 0.133 0.138 1.017 CHILD 0.019 0.419 -0.229 0.281 0.328 0.474 Log likelihood 592.968 576.508 62.510 Number of obs. 678 562 116 [図表1]: 老後貯蓄の決定要因に関する推定結果 *** 1%水準で有意、 ** 5%水準で有意、 * 10%水準で有意、 + 15%水準で有意。 全世帯 勤労者世帯 農家・自営業者世帯 (注) 上段の値は係数を示し、下段の値は標準誤差を示す。

(13)

説明変数 定数項 6.836 *** 7.711 *** 2.996 *** 1.917 1.303 0.402 HEALTH -0.005 0.007 0.215 0.048 0.038 0.402 JOB2 0.005 0.056 0.110 0.076 JOB3 0.031 0.026 0.111 0.077 JOB4 -0.413 *** -0.380 *** 0.117 0.114 JOB5 -0.161 + 0.105 KIBO2 -0.102 -0.041 0.106 0.075 KIBO3 -0.125 -0.028 0.106 0.074 KIBO4 -0.058 0.014 0.107 0.074 KIBO5 -0.051 -0.0003 0.105 0.074 EDU2 -0.061 * 0.055 * -0.186 ** 0.033 0.029 0.089 EDU3 -0.109 *** 0.035 -0.356 *** 0.039 0.041 0.106 EDU4 -0.026 0.080 *** -0.102 0.036 0.031 0.115 ln(SSAGE) -0.855 * -1.107 *** 0.463 0.314 Log likelihood 592.981 577.873 66.117 Number of obs. 678 562 116 [図表2]: 退職期間の決定要因に関する推定結果 *** 1%水準で有意、 ** 5%水準で有意、 * 10%水準で有意、 + 15%水準で有意。 推定式(8)に基づく推定結果のみを示した。 全世帯 勤労者世帯 農家・自営業世帯 (注) 上段の値は係数を示し、下段の値は標準誤差を示す。

参照

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