【 研究ノート 】
ステュアートの工業化論
── 『経済学原理』第 1 編の分析(1) ──
岩 本 吉 弘
[1] 検討視角の設定─ヘレンシュヴァントの視点から (1) ヘレンシュヴァントのスミス批判から考える (2) 人口論への着目 (3) 人口論から工業化論へ─問題の所在 (4) 本稿の課題について [2] 貨幣以前 : 第 3∼第 5 章 (1) 前提としてのヒューム (2) 「異なる観点」─人口と経済成長─ (3) 人口波動と商品経済化 (4) 奢侈・貨幣以前の局面 (5) 農業生産主導の均衡 (6) 人口増殖原理の転換 (以上本号,以下は次号から掲載を予定) [3] セー法則的ヴィジョンの場合 (1) セー法則的ヴィジョン (2) 人口増殖原理 (3) 屈折の可能性 [4] 貨幣以後 : 第 6 章 (1) 奢侈と貨幣の定義 (2) 「新しい局面」─貨幣と実物的欲望 (3) 貨幣流通の開始モデル (4) 工業の自立へ (5) 貨幣経済の成長パターン (6) 人口増殖の貨幣経済的形態 (7) 「富者」と地主階級 (8) 「結果」としての農業 (9) 近代社会における人口と貨幣 *引用と典拠について 本稿では,ステュアート『原理』からの引用は,小林昇監訳『経済の原理─第 1・第 2 編』(名古屋大学出版会,1998年)により,本文中にその訳書での頁数を記した。必要に応じて付記した原文は,The works, political,
meta-physical, and chronological, of the late Sir James Steuart of Coltness …, vol. I, London, 1805 によったものである。 ヒュームの引用は田中敏弘訳『ヒューム政治経済論集』(御茶の水書房,1983 年),スミス『国富論』の引用 は岩波文庫版(杉山・水田訳)により,各々その訳書の頁数,巻号を本文中に付記した。
ヘレンシュヴァントの著作からの引用は,次の略号で示した。
EPM : De l’économie politique moderne. Discours fondamental sur la population. London, 1786. DDT : Discours sur la division des terres dans l’agriculture. London, 1788.
さらに本稿で引用した既発表の拙稿は以下である。「ヘレンシュヴァント─フランス革命期のステュアート主 義者─」(『商学論集』第 73 巻 1 号,2004 年 9 月),「ヘレンシュヴァントの経済思想 : 第 1 ノート─近代以前の 経済システムと人口」(同第 73 巻 3 号,2005 年 3 月),「(同)第 2 ノート─近代社会の階級構成論」(同第 74 巻 1号,2005 年 10 月),「(同)第 3 ノート─工業化の経済思想(1)」(同第 75 巻 1 号,2006 年 10 月),「アーサー・ ヤングとヘレンシュヴァント」(同第 75 巻 2 号,2007 年 3 月),「(同)第 4 ノート─工業化の経済思想(2)」(同 第 79 巻 2 号,2010 年 11 月),「(同)第 5 ノート─対外貿易論(1)」(同第 80 巻 1 号,2011 年 7 月)。
[1] 検討視角の設定─ヘレンシュヴァントの視点から (1) ヘレンシュヴァントのスミス批判から考える 本稿はステュアート論という体裁ではあるが,内容としては,私のこれまでの研究の一環として のステュアート─ヘレンシュヴァントの間の継承関係,つまりは後者が理解したはずのステュアー トの経済論とはどのようなものだったかということを検討視角として設定したものである。した がってけっしてステュアートその人についての正確な全体像の再現を目指すという目的のものでは ない。そこで本論に入る前に,私の既発表の研究の回顧も含めて,この限られた検討視角について 説明することからはじめねばならない。 私は以前に拙稿「第 4 ノート」で,ヘレンシュヴァントの経済思想を「工業化」論という言葉で 呼び,その意味を,「工業財への消費(つまりは拡大していく消費欲望とそれを裏付ける有効需要) が成長を牽引するシステム」という点を基礎にした近代社会認識であるということに求めた(p. 101)。本稿で目指しているのは,そうした意味での「工業化」論として,ステュアートの『原理』 とくにその第 1 編の内容をできるだけ明瞭に整理する試みである。私は前稿「第 5 ノート」で,主 に対外貿易論に現れるヘレンシュヴァントのアダム・スミス批判を取り上げたのだが,その終章で 次のように書いた。 「私は前稿において,ヘレンシュヴァントの農業主義批判の意図を 18 世紀における奢侈論争の延長 上に捉え,概略として次のようなことを述べた。まず,商品経済における工業部門の機能措定へのア プローチとして,「奢侈」への態度を巡っての 2 つの類型があったのではないか,ということである。 すなわち,一つはヘレンシュヴァントが批判対象としたその農業主義=反奢侈思想の側のものであり, 例えばフランス重農主義におけるように,【農業生産→農業人口の増大】という農業部門内部の自己運 動が先行因となり,その人口運動に従属した工業拡大の構想を描くもの,そしてもう一つは,奢侈擁 護論の側のそれ,典型的には,まずヒュームがウォーレスとの人口論争において示した,農民への奢 侈的欲望の浸透→農業余剰の(自給的な農業人口の増大へではなく)工業製品消費への振り向け→工 業の商品生産部門としての自立という論理におけるように,奢侈的欲望の浸透を工業拡大の起点に置 くそれである。そして周知のように,ステュアートはいわばそのヒューム的フレームワークに貨幣支 出の観点を加え,欲望と貨幣を切り離せない動因とした理論体系,つまりは,有効需要をもって経済 活動全体の「主要な起動力」とみなす体系を構築した,簡略にはそう言っていいのではないかと思う。 言うまでもないが,欲望と貨幣は食糧需要を増やさない。農業が拡大するのは,その欲望と貨幣に 支えられた工業部門の拡大=工業人口の増大に従ってのみである。ステュアートの弟子を自認するヘ レンシュヴァントにとっての出発点はそこにあった。そして彼は,農業主義への対抗を意識しつつ, 近代経済論をヒューム─ステュアートのラインの奢侈擁護論の直接の線上でいわば純化して描くとい うことを試みる。つまり,農業=食糧需要の主導性,したがって農業拡大=食糧増産と人口増加の関 係(後のマルサス的人口論)の近代経済論からの「追放」,及び【奢侈的欲望=工業製品需要=工業部 門の拡大】という連関の自律性を基軸にして,欲望と貨幣=有効需要の視点での経済成長論,いわゆ る消費主導の経済学を目指すということである。」1)
このような文脈でのステュアート─ヘレンシュヴァントの継承関係の内実を,自分なりに明瞭に 把握しておきたい,それがこの研究ノートの意図である。そしてさらにそこには,同じくその前稿 で取り上げたヘレンシュヴァントのスミス批判に関わっての次のような問題意識がある。私はそこ で,ヘレンシュヴァントのスミス批判と,フリードリッヒ・リストに代表されるような 19 世紀に おけるそれとの対比をおこなったのだが,要するに次のようなことを述べた。周知のようにスミス は『国富論』で,例えば分業と技術進歩による生産力発展の速度などについて明らかに工業が農業 に優るのを認めながらも2),農業の工業に対する生産性の優越,農業への資本投下の優先の必要を 主張した。一方リストは,スミス思想を,農工を区別しない「交換価値主義」と批判し,工業力を 主柱とした自分の「生産力の理論」を対置するのだが,それは主として,19 世紀ヨーロッパの現 実を踏まえてスミスのような生産力認識自体を批判しようという意図からだった,と言えるように 思う。だがヘレンシュヴァントは,スミスが農業優先の論拠とした種々の論理,つまり,自然や家 畜の価値生産労働といった議論をも含む投資効率論や人間本性としての農業労働への愛着といった ことまで含め,生産面に関する諸理由で塗り固めるようにされたそれに反論しようとはしなかった。 肯定も否定もせず沈黙を守っている。また彼は,農工関係の問題について,リチャード・プライス に向けているような弾劾をスミスに対して行うのでもない。直接にスミスの名を挙げての批判はほ とんど対外貿易論に集中している。 要するにヘレンシュヴァントの態度は,そうした生産論での沈黙を守りながら,ひとえに需要の 側に目を凝らすことでスミスに対峙しようというものとなったのである。例えば既述のように,彼 が農産物輸出国をそもそも近代経済の範疇から「追放する」という態度を取ったこと,そして近代 社会における対外貿易を論ずるにあたって,それを「自国の工業製品を他国の工業製品と交換する」 という形以外で論じるのを拒否したということなども,その必然的帰結だったと言っていいだろ う3)。なぜなら,彼の「工業システム」という近代社会認識は,農業生産が国内の工業部門からの 需要に完全に従属して決定されるという点に基準を置いたものであり,したがって,国内にそのよ うな工業部門がない,あるいは農業生産が恒常的にその需要を上回って輸出に向かうという状態は, そもそも近代社会=商品経済の「原理」に反する,と彼は見なすからである。同じく前稿で述べた, 「自由と保護 liberté et protection」に代わる「proportion et protection」なる言葉に象徴されるその
自由貿易批判も,つまりは有効需要を国境の外に求める場合に不可避的に生じる難点に焦点を絞っ たものであることは,もはや繰り返さなくともいいだろう4)。いわば彼は,その基本的なモチーフ 1) 拙稿「第 4 ノート」,p. 104. 2) 引用は不要かもしれないが,例えば次のような箇所である。前稿では引かなかったので一応掲げておこう。「農 業に従事する労働のさまざまな部門のすべてを,完全に分離するのがこのように不可能だということは,お そらく,この手仕事における労働の生産力の改良が,かならずしもつねに製造業における改良と歩調をあわ せない理由である。たしかに,もっとも富裕な国民は一般に,製造業のみならず農業においても,すべての 近隣諸国にまさるが,しかし彼らは,農業において以上に製造業においてすぐれているのがふつうである。」 (1 : 27) 3) 拙稿「第 5 ノート」p. 87,および,同 p. 99 の注 11)を参照。 4) 同上,pp. 93-95. なお私は前稿でこの proportion という言葉を「釣り合い」と訳したのだが,既述のように その意味は一国の国民経済の需要構造における内需と外需の比率のことである。だから「釣り合い」という
は(私が前稿で言った)農業主義批判であり,農業主義に対するスミスの生産論での優越・相違を よく理解して慎重に区別しているが,しかし対外貿易論に至ってスミスとの直接の対立を避けるこ とができなくなった,というのが私の印象である。 私は前稿で彼のスミス批判を,総括的に,「スミス的自由主義における,国民経済=国内市場の 発展と放任的自由貿易論との間の亀裂」の察知という表現をしておいた5)。従来このような問題意 識は,上記リストの議論におけるような 19 世紀以降の大陸諸国の利害に関する文脈,つまり世界 的覇権の確立に先行して成功したイギリス工業に対する防衛とキャッチ・アップという観点に即し て論じられてきたものと思う。しかしながらヘレンシュヴァントのスミス批判にそれは当てはめら れない。ヘレンシュヴァントは直接にステュアートの地平に立ってスミスを見ているのである。前 稿での既述の通り,問題をあくまでも「ステュアート的近代認識とスミス的近代認識との相克,つ まりは 18 世紀の理論射程の中の」ものとして考察し直すということが,彼の対外貿易論に関する 考察の課題となる。ステュアートの地平,それは,端的に言えば奢侈と貨幣が近代を作るのだとい う見地であり,彼は,その見地から農業主義を,そしてスミスを読み,批判しているのである。 そのようにヘレンシュヴァントのスミス批判を捉えた上で,私の思うに,最初に考えるべきは以 下の事柄である。そもそもヘレンシュヴァントの「工業システム」(「工業システムに基づく相対的 農業システム」)とは,彼の社会発展段階論において,工業部門のない自給的農民の世界たる「絶 対的農業システム」との対比で捉えられるものであり,いわゆる農工分離によって成立する商品経 済社会,つまりはアダム・スミスが「商業的社会」と呼んだそれを指したものである。したがって 最も基本的な問題とは,対外貿易論の諸論点以前に,そもそも彼がこのスミスの用語を知りながら も拒否し,「工業に基づく」システムという規定を強調したこと,そしてそれを(彼の最初の著作 が示すように)人口論の枠組みで解説しようとしたということだった,と言わねばならない6)。こ の「工業化」論と人口論との連関についてはこれから本稿の全体を通じて考えいく問題であるが, ヘレンシュヴァントはスミスに対して,商品経済システムたる近代社会の理解においては,農工間 の商品交換の存在(加えて生産組織の資本制化)だけではなく,それを「工業システム」と捉える ために人口原理の転換を明確にしなければならない,そう主張しているように思えるのである。し たがって彼とスミスとの関係,あるいはスミス以後の経済学との関係を考えるためには,この人口 という観点を最初の考察の軸にする必要がある。そしてさらにそこからヘレンシュヴァントの(あ るいはまたステュアートその人の)いわゆる古典派を主流とした経済学史上での孤立やプレゼンス の消滅の意味を考える何らかの手掛かりが得られるのではないか,私はそのように思っている7)。 言葉でイメージしやすい 1 : 1 の均衡・バランスといった意味合いはない。むしろ端的に「比率」とか「割合」 とかとした方が分かりやすいものである。だがそれでは,同時に出てくる proportionner という動詞を訳し づらいため,この「釣り合い」・「釣り合いをとる」という訳語で揃えたのだが,やはり再考の余地がある。 5) 「第 5 ノート」,pp. 96-97. 6) 拙稿「第 4 ノート」の「[1] ヘレンシュヴァントの工業化論の特質─農業主義批判から人口原理へ─」を参照。 7) 本来ヘレンシュヴァントの解説としては,この観点,そして本稿のようなステュアート研究はまず最初に述 べられるべき事柄だったろう。しかしながら,私はこれまでに多くの研究ノートを重ね時間を費やしてきて, ここにおいてようやく,この最も基本的な問題にある程度自分なりの解釈を与えられるのではないかと考え ている。
タイトルの通り本稿の主たる考察対象はステュアートであるが,以上のような理由から,まずヘ レンシュヴァントが自分の「工業システム」における人口のあり方について述べていることをその ままに聞いていくことから始めて,本稿で論ずべき問題の所在,ステュアートを分析するための視 点を得たいと思う。以下,少々迂遠でも,しばしヘレンシュヴァントの人口論に関するテキストを 追ってみることにお付き合いを願いたい。 (2) 人口論への着目 最初に『近代の経済について』で人口に関するまとまった記述8)が始まる箇所を取り上げてみよ う。おそらくそれによってまず窺われるのは,これまでのノートで繰り返し述べてきた通りヘレン シュヴァントはこの時点ですでに『国富論』について自分なりに咀嚼しているのだが,この問題が 彼にヒュームやステュアートの地平に戻っての再出発を強いているということだろう。 まず議論の始めは,「工業システム」つまりは商品経済システムにおける農業・農業人口の性質 についてである。既述のようにそれは,彼の社会発展段階論においての「絶対的農業システム」(生 産者が自分で消費する以上の余剰生産を必要としない自給的自営農民の社会),および「奴隷制シ ステムに基づく相対的農業システム」(生産者が奴隷・農奴として余剰生産を強制されるが,主人 である土地所有者にことごとく現物で収奪されるそれ)という近代以前のシステムからの変化とし て,次のように説明される。 「工業システムに基づく相対的農業システムの下では,奴隷と同様に,借地農 le fermier9)は自分の耕 す土地の所有者の欲望のために余剰食糧 un superflus de subsistance を生産するのを強いられ,彼が自 分自身の食糧を得ることができるのも同じくその条件の下でしかない。だが彼の義務は,奴隷のよう な単なるこの余剰食糧の生産にはとどまらない。土地所有者は,それを彼の手から貨幣でしか受け取 るのを望まないのである。… 奴隷制システムに基づく相対的農業システムの下での土地所有者の欲望に宛てられる余剰食糧には 限界はなく,それは通常,不幸なる奴隷の力が自分の極めて質素な欲望を超えて生産できるものすべ てである。だが工業システムに基づく相対的農業システムでは,土地所有者の欲望に宛てられる余剰 食糧は,借地農の労働の生産物の内の限られた一部分を成すものであって,常に借地農に,この生産 物全体の中で大なり小なり彼の必要最小限の欲望を上回る部分を残す。…借地農の労働の生産物の中 で土地所有者のものになる一定部分は地代と呼ばれ,その比率は様々であり,金利,企業家の利潤, 8) この書(EPM)の全体構成については拙稿「第 1 ノート」,及び「第 3 ノート」の脚注 17)(p. 128)を見ら れたい。なお以下の論述においては,彼の特異な用語法やニュアンスを気にかけると要約しづらいので,で きるだけ原文をそのまま引用する。長くはなるが寛容を願いたい。 9) ヘレンシュヴァントが,農業については地主─借地農─農業労働者 laboureur という階級構成を想定し,さ らに地主を「消費者」階級に,借地農・農業労働者を「農民 cultivateurs」階級にまとめていることについ ては拙稿「第 2 ノート」で述べた。続く文中で出てくる「農民」というのはその意味のものである。 なお彼は,数値例として「一人の借地農が年間に 10 人の人間を雇う」(EPM, p. 315)という計算をして おり,大まかな想定として,「農民」人口を借地農 1 : 労働者 10(加えて各々の家族)という構成比で考え ていたようである。
労働者の賃金と同様に諸国民の繁栄の程度に依存している。 借地農が,土地所有者に相互に取り決めた地代を支払うことができるためには,彼が自分の余剰食 糧を貨幣に転換できることがどうしても必要である。この転換は,彼が,食糧を必要としそれに支払 いうる貨幣を持つ人々を見出す限りでしか行われえない。もし彼が,食糧を必要としそれに支払うた めの貨幣を持った人々をわずかしか見出さないならば,彼は土地にわずかしか余剰を求めないだろう。 なぜなら,もしそれを多く生産してもその一部は失われ,残りの部分の価格を悪化させることになる からである。だがもし彼が,食糧を必要としそれに支払うための貨幣を持った多くの人々を見出すな らば,彼は土地に多くの余剰を求めるだろう。なぜなら,彼はそれを容易かつ有利に貨幣に換えるこ とが確実にできるからである。つまり同じことだが,借地農が土地に求める余剰食糧は,あらゆる場 合において,彼がそれについて得ることのできる容易で有利な消費に正比例するだろう。 地代は,借地農の労働の生産物における,またはより厳密に言えば,彼の余剰食糧における一定部 分を成すので,次のことは明らかである。すなわち,その比率は借地農が利益を持って生産できる余 剰食糧の比率に正確に従うこと,つまり,もし借地農がわずかな余剰食糧をしか貨幣に換えるのに成 功しなければ,その比率は小さくなること,もし借地農が多くの余剰食糧を貨幣に換えるのに成功す れば,それは大きくなること,あるいは同じこととして,借地農が土地所有者に支払うことのできる 地代は,あらゆる場合において,彼がその消費を得ることのできる余剰食糧の大きさに正比例するだ ろうということである。 農民 les cultivateurs が対応した消費を得ることのできるこの余剰食糧とはまた,あらゆる場合にお いて,彼らの実人口 population réelle10)の尺度となるものだろう。つまり農民の実人口は,あらゆる場 合において,彼らが対応した消費を得ることのできる余剰食糧に正比例するだろう。というのは,こ の余剰食糧は必然的に,彼らの今の人数で生産できる分を上回ったり,一致したり,下回ったりする だろうから。その第 1 の場合には,土地はより多くの人手を求め,婚姻の数は毎年増加し,毎年新し い土地が開墾され,より多くの資本が旧い土地の耕作に充てられて,農民の実人口は増加するだろう。 第 2 の場合には,土地は同じ人手をしか求めず,婚姻の数は毎年同じ数にとどまり,毎年同じ土地し か耕されず,その耕作にも同じ資本しか充てられず,農民の実人口は相変わらず同じままとなろう。 第 3 の場合には,土地はより少ない人手をしか求めず,婚姻の数は毎年減少し,毎年耕作地は減って いき,放棄されなかった土地にもより少ない資本しか充てられず,農民の実人口は減少するだろう。」 (EPM, pp. 308-313.)
長い引用となってしまったが,ここでは「le superflu de subsistance」という言葉を,あえて実物 的な響きが強くなるように,「食糧余剰」よりもことさら「余剰食糧」という用語にしてみた。価 値量という抽象を経た概念で思考していくスミス以降の経済学に慣れた人から見れば,このような 用語だけで,そもそも古拙な議論,商品経済以前やそのごく初期を対象にしたものでしかない,と いった感想を持つかと思う。確かにこの議論はいまだ工業部門のない近代以前のシステムからの変 化から述べ始められるものなので,農業がまず単独で扱われ,「余剰食糧」なる実物用語が使われ 10) この「実人口」という言葉に与えられている定義については拙稿「第 1 ノート」(p. 98) を参照。
ることになる。とはいえ,その実際の文意は次のことであるのは明らかだろう。
① この「余剰食糧」とは,「借地農」という,利潤を目的に生産して雇用労働者に賃金を支払うい わば農業資本家にとっての「商品」であること
② ここで繰り返し言われる,「彼がその消費を得ることのできる余剰食糧 le superflus de subsis-tance, dont il pourra se procurer la consommation」とか,「それに支払うための貨幣を持った人々」 といった表現で強調されているのは,その商品に対する「有効需要」を意味すること ③ 農業生産とそれに依拠する農業人口(「農民 les cultivateurs」の人口)は,他の人口部分からの 農産物への有効需要量に依存して決定されること またこれが,基本的にステュアートが『原理』第 1 編「人口と農業について」で述べている見地 の踏襲にほかならないことも言うまでもないだろう。一読してただちに想起されるのは,ステュアー トがその第 18 章「1 国が人間で満たされるようになる原因と,その結果について」で,人口の増 殖と農業(食糧生産)の拡大とはどちらが先行する「有効な原因」なのかという問いを立てて答え た次の一節,つまり「有効需要」は「全機構の起動力 the spring of the whole machine」であるとす る有名なフレーズが登場するそれのはずである。 「私はすでに,農業の果実と大地の自生的な産物とを区別しておいた。さらに注意を促さなければな らないことだが,私が現代の政策を論じるにあたって農業という用語を使う場合には,それは常に営 業 trade として行なわれ,同時に剰余を生産するものを考えているのであって,生存のための直接的 な手段として行なわれ,その果実がすべて農民によって消費されてしまうようなもののことではない。 …われわれは,住民を増殖させるファンドとなるものは,農業によって生産された剰余であると述べ ておいた。ところで,この剰余に対しては需要がなければならない。腹が減っている者なら誰でも需 要するものであるが,そういう類の需要がすべてかなえられるわけではなく,したがって,すべてが 有効というわけではない。需要する者は提供すべき等価物をもたなければならない。全機構の起動力 となるのは,この等価物なのである。なぜなら,これがなければ,農業者は剰余を少しも生産しないし, そうなれば彼は,当面の生活のために労働に励む人々と同じ階級に身を落とすことになるだけだろう からである。貧者は,子供を産むことによって,有効でない需要を作り出すけれども,彼らが等価物 を増加させることができないならば,手持ちの食物を生まれたばかりの人間と分けあうことになって, とても農業に対する刺激にはならない。分けあうことによって,誰もが栄養不足になり,身体がやつ れて,やがてその生命を失う。ところで,農民を等価物を目当てとした労働に向かわせるものは有効 需要と呼んでもよいものであるから,そして,この需要は提供すべき等価物を所有する者の増殖によっ て増大するものであるから,私はしたがって,増殖が原因であり,農業はその結果であると言うので ある。」(pp. 106-107) またステュアートは端的にこうも述べている。「農業の生産物に対する大きな需要のほかに,な にが農業を促進するのか。人間に対する,つまり彼らの仕事に対する大きな需要のほかに,なにが 人口を刺激するのか。」(p. 133.) 今上に引いた『原理』第 1 編 18 章からの引用箇所については,私は本稿後述で再度見ることに
なるが,一読してその意味は次のようなことと理解できよう。商品経済システムにおける農業は,「生 存のための直接的な手段として行なわれ,その果実がすべて農民によって消費されてしまうような もの」ではなく,あくまでも「剰余を生産するもの」,つまりそれと引き換えの「等価物」の取得 を目的にしたものである。食糧という生産物については,確かに「腹が減っている者なら誰でも需 要するものであるが,そういう類の需要がすべてかなえられるわけではなく,したがって,すべて が有効というわけではない。需要する者は提供すべき等価物をもたなければならない」。たとえ消 費物としては商品化以前に費消できる食糧を生産する農業であろうとも,「等価物」を伴った需要, 彼の言う「有効需要」をその「起動力」として置かなければならない。「彼らの仕事に対する大き な需要のほかに」,なにが人間の「増殖」を生むというのか11)。 おそらくウォーレス─ヒューム論争でのウォーレスのような,いわばこの「剰余を生産する」の ではない方の農業の称揚者への反論として現れるこのステュアートの見地からすれば,上掲のヘレ ンシュヴァントの文章は,「農民」(つまり農産物商品の販売による貨幣所得で生きる人々)の人口 の変動についてごく自然に出てくるものだろう。そして私の思うに,その上でさらに次のことを考 えあわせねばならない。 まず第 1 には,上記で私は端的に,ヘレンシュヴァントの言う「借地農」を「資本家」,「余剰食 糧」を「商品」と言い換えてみたが,今上に私がその意味として言ったかぎりのことは,例えば農 業生産の特性とか食糧の持つ特殊な使用価値とかには,さらには我が国のステュアート論でよく言 われる小商品生産段階か資本制段階かといった区分にも関わりはない,いわば商品経済一般に妥当 する論理だろう,ということである。 見ての通り,実際に問題になっているのは「余剰食糧」という実物そのものではない。商品とし てのそれへの需要量,そしてそれに規定される生産量=労働需要(ステュアートの言う「仕事 employment」)の量(「土地はより多くの人手を求め」)である。上掲注 9)で述べたように,ヘレ ンシュヴァントの言う「農民」階級という箱12)には借地農と労働者の家族が 1 : 10 の比率で入って いるのだが,倍になった労働需要はその労働者の人口も倍にして養えるだろう。文中で彼自身が述 べているように,実現した有効需要が箱の中の資本家と労働者の利潤と賃金に,さらに地代や金利 にいかなる比率で配分されるかは別の論理で(「諸国民の繁栄の程度に依存して」)決まるだけのこ とである。だからこの文章は,もし「農民」を「工業者」に,「余剰食糧」を「工業製品」に置き 換えても,今言った論理としてはさしあたりそのまま通用するだろう。 唐突だが,ここで『国富論』第 1 編 8 章「労働の賃金について」での人口に関する記述を想起し ておくのが有益かと思う。そこでスミスは,労働者階級の人口増大は「労働に対する需要が必要と する割合に可能なかぎり対応して必然的におこる」,「人間に対する需要は,他のどんな商品にたい する需要とも同じように,必然的に人間の生産を規制し,その進行があまりにゆるやかなときには 促進し,あまりにも急速なときには停止させる」,さらには「世界のさまざまな国のすべてで,す なわち北アメリカで,ヨーロッパで,そしてシナで,人間の増殖の状態を規制し決定するのは,こ の需要なのであり…」といったことを述べている(1 : 145)。これは,その言わんとするところを, 11) ステュアートにおける「増殖 multiplication」という言葉の意味については,本稿[2]で述べる。 12) 私が言ったこの「「農民」階級という箱」という言い方については,拙稿「第 2 ノート」を見てほしい。
(シナをも含めて商品経済である以上)人口増殖は,食糧などの実物要因そのものではなく,就業 を通じて得られる貨幣所得(労働者なら賃金)に依存する,そういう至極当然の意味に取るならば, ここでヘレンシュヴァントが述べていることと別に齟齬はないもののはずである。 したがって第 2 に考えるべきは,その両者を分かつ点,要するに,にもかかわらずヘレンシュヴァ ントが賃金一般ではなくあくまでも「余剰食糧」という実物表現で語ろうとする理由,つまりは彼 が農・工の人口変動を区別して論じようとする理由は別の所に見なければならない,ということで ある。上記引用部分全体の結論は,「農民の実人口は,あらゆる場合において,彼らが対応する消 費を得ることのできる余剰食糧に正比例するだろう」という一文であろう。そして上にも言ったよ うに,その意味するところは,借地農と農業労働者を含む「農民」の人口は,他の人口部分からの 農業生産物への有効需要を先行因とし,それに依存して比例的に運動するものだ,ということであ る。問題の所在は,そこで農業部門が負っている依存の性質,ステュアートの言う「有効需要」な るいわば欲望と貨幣の化合物のごときものを媒介にして現れる,と言うよりも,そうしてしか現れ えないその性質を浮かび上がらせるということ,ヘレンシュヴァントの目的はひとえにそこに置か れている。だから彼は,スミスの言うような賃金一般,需要一般から人口を語ろうとしなかったの である。上記のようにステュアートは,たとえ「腹が減っている者なら誰でも需要する」食糧であ ろうとも,今言った欲望と貨幣の化合物が支配する論理に従わしめよ,と述べた(私は本稿でこれ から,その論理を仔細に確かめるつもりである)。それはヘレンシュヴァントにとって,私が上に言っ た「ステュアートの地平」で近代社会を捉えるための不可欠な第 1 歩であっただろう13)。 (3) 人口論から工業化論へ─問題の所在 その上で次に進もう。この後ヘレンシュヴァントは,現状での経験的な平均率として農業生産力 は農民の自家消費の約 2 倍と見なせるとし14),上記の議論,つまり農民人口はその生産する余剰食 糧への有効需要に比例して変動するという議論を数値例で説明する。それ自体はここで立ち入るま でもないと思われるので,結論的に述べられる次の 2 つの文章だけ確認しておこう。 「およそ工業システムに基づく相対的農業システムに上昇した国では,農民の労働,彼らの実人口, 地代,および農業の進歩は,農民たちがその余剰食糧について得ることのできる消費の規模に絶対的 な形で依存している」 「この余剰食糧の消費者の数を増やしたり減らしたりする傾向のあるすべてものは,彼らの労働,そ の実人口,地代,および農業を増やしたり減らしたりする」(EPM, p. 319.) こうして問題は,有効需要の出所である余剰食糧の消費者たちについての検討に移ることになる。 13) またそれは同時に,彼がスミスに背かなければならなかった事情の第 1 歩目となるものでもあろう。それは 本稿のこれからの叙述を通じて考えていく事柄である。 14) この数値も『原理』を参考にしたものだろう。ステュアートは,ダヴナントの数値を修正してイングランド における農民とその他のすべてのフリー・ハンズの人口比率を事実上約 280 万対 280 万と推測している(p. 41)。
書き出しはこうである。
「工業システムに基づく相対的農業システムの下にある国の農民には,その余剰食糧の消費について, 3つの全般的な消費者の分類が存在する。つまり外国人消費者 les consommateurs étrangers,厳密に言 うところの国内消費者 les consommateurs nationaux proprements dits,国内の工業者 les manufacturiers nationauxである。これら 3 つの分類の消費者がいかなる比率で農民の余剰食糧を消費できるのか,し たがって諸国民の農業と人口を奨励できるのか,を見なければならない。」(EPM, p. 320.) ここに言う 3 分類のうち,「国内の工業者」とは区別される「国内消費者」というのは解説が必 要であり,それについては拙稿「第 2 ノート」で詳説したので参照されたい。つまりは,農・工の 直接の商品生産者には入らない人々,貨幣流通の起点においてその商品生産者たちに貨幣所有者と して相対するすべての人々であり,実体としては,商品生産によるのではなく地代,金利,税など の形で継続的な貨幣供給を受ける地主,官吏,資産家など,さらに加えて農工生産者ならざる諸々 の職業者が含まれるものである。 この 3 分類各々の食糧消費比率の推定の結果自体は別に予想に難くないだろう。例えばイギリス では,食糧の年間輸出量は国内消費の 15 日分程度にすぎない。また「国内消費者」については, 別に彼らは食糧を「自分の持つ貨幣に比例して消費するわけではなく,個々人ついて見れば,工業 者や労働者以上に多くの食糧を消費するものではない」(EPM, p. 325)。したがって, 「近代経済システムの下の農民がその余剰食糧の大消費者を見出すのは工業者階級にである。だから, このシステムの下の諸国民がその人口の大きな発展を求めるべきは,この階級の内にほかならない。 国内消費者も外国人消費者も,全部併せてみても人口をたいして引き上げることはできない。」(EPM, pp. 328-329.) さてここまではとくにひっかかることもなしに読めるかと思う。農業部門にとっては国内の工業 部門が最大の消費市場であり,そちらの拡大なしには自らの拡大もありえない,そのように言い換 えればとくに疑問は起きまい。だがここには一つの問題が生じていることを見ねばならない。上に 私は,本章の始めに引いた彼の農業人口論をスミスの『国富論』「賃金について」の章の記述と比 較しつつ,それは,もし「農民」を「工業者」に,「余剰食糧」を「工業製品」に置き換えてもそ のまま通用するだろう,と述べた。だが今見た最後の文章ではその置き換えはできるだろうか。つ まり,工業者がその工業製品の大消費者を見出すのは農民にである,だから近代社会の人口増大は 農民人口の増大に依存するのだ,と。 ここにおいて,おそらく当面の課題にとって最も重要な事柄,答えを出すべき一つの焦点に突き 当たることになる。つまるところそれは,本稿冒頭に引いた拙文でも述べた,商品経済=近代社会 における工業とは何か,農工関係とは何か,という問題である。私が農業主義という言葉で呼んだ プライスらの小農維持派(あるいはヒュームやステュアートにとっての論敵だったウォーレス)や フランス重農主義については,今言ったような問いそのものがナンセンスなのは言うまでもなかろ
う。彼らにとっては,そもそもそれ以前に農業部門の拡大を工業部門の拡大に依存させることの方 が間違いだ,ということになる15)。 既述のようにヘレンシュヴァントは,その 2 つの思想潮流を,反奢侈の思想基盤のゆえに近代社 会における工業の性質を誤解し,かつての「絶対的農業システム」と同じくそれを【農業生産→農 業人口の増大】という農業部門内部の自己運動に従わせて捉えているものとして退けた16)。そこで 問題の鍵になるのは,商品経済=近代社会においては農業部門が工業部門に市場的に依存すること を認めたとしても,その逆の論理,つまり農業人口が先行して増大し工業の拡大がそれに依存して 起きる,ということはないのか,ということのはずである。こうしてヘレンシュヴァントにとって の問題は,この逆転をしない論理,つまりは近代経済の構想において今言ったフランス重農主義の ような(彼にとっては)転倒を生む可能性をすべて断つ論理が必要だ,ということになる。そして その故に彼は,今までの拙論でも見てきた通り,近代社会=商品経済の基本性格として,工業こそ が「全体を動かす第 1 原因かつ原動力 la cause premier & la force motorice qui donnoient le move-ment à tout」である,「農業の発展は工業の発展の結果でなければならない」,「支配するのは工業 である Ce sont les manufactures qui commandent」といった主張を繰り返し強調するのである(DDT, pp. 127, 135, 201)。 (4) 本稿の課題について このようにヘレンシュヴァントが自分の近代認識を「工業に基づく」システムという言葉で表し た時,そこでの彼の中心的な問題意識は,今述べたような転倒をしない論理という点に置かれてい ただろうと思われる。そして私の当面の問題は,まさにその点に検討視点を据えて,ヒューム,ス 15) この点については拙稿「第 4 ノート」を参照されたい。一応略述すれば,次の通りである。まず,例えばウォー レスらのような明確な反奢侈思想に立った場合,無論完全な家内自給自足以外認めないということではない にせよ,そもそも工業を自立した商品生産部門として見なすという態度にはならず,商品経済の基本的な構 図は描かれないだろう。それはヒュームのウォーレス批判に言う通りであり,余剰食糧はそのまま農民の自 家消費に回って農民人口の増加に帰することが求められる。 一方重農主義の場合はどうだろうか。この派においては,かの『経済表』に見るように,農工 2 つの商品 生産部門が左右に配置され,中心にいる地主の消費支出が両方に配分されることになっており,今言った商 品経済の構図は描かれているように思える。だが周知のように,この派の言う「純生産」なる拡大再生産の ファンドは農業部門からしか生まれてこず,価値生産の面でも人口増加でも自立的な成長軌道を作れるのは 農業部門のみになる。工業部門の拡大はその波及効果としてしか現れえないものであり,もし工業が農業に 先行して拡大することがあっても,それは農業の再生産ファンドを損なう誤った支出をしてしまったせいだ, ということになる。 私には,おそらく重農主義とは,商品経済の下での工業の在り方を反奢侈論の基礎の上で構想したものだっ たように思われる。工業は農業が先行的に作り出す価値量の枠内で養われるのが「自然」であり,しかも彼 らにとっては,それは少なければ少ない方がよい。つまり本来工業とは,奢侈なる悪徳ではなく農業生産力 によって支えられるものであり,したがって国民への奢侈の影響を断った上で,農業生産力が規定する総人 口に比例するものとなるのが望ましい。農業への投資の中心主体であるべき貨幣支出階級に奢侈が浸透する ようなことはこの上なく有害なものと見なされるだろう。 16) すでに今までの拙稿で何度か引いたが,彼は,多くの著作家が 2 つのシステムを混同する誤りに陥っている, といった批判をしている。
テュアート,スミスという 3 者の相互関係について考えることである。以前の稿で述べたように, ヘレンシュヴァントはおそらく 1770 年頃にフランスから渡英し,1786 年からロンドンで自身の著 作を開始した人である17)。私には今言った視点からその 3 者の関係を考えることが,ヘレンシュヴァ ントにとって自身の思想的位置を定めるための要,その欠かせない一つになったものと思えるので ある18)。 私は,本稿のはじめに掲げた拙文で,奢侈論争の延長としての農業主義との対抗という文脈での ヘレンシュヴァントの位置を「ヒューム─ステュアートのライン」という表現で述べた。それはこ の両者がともに,ウォーレス的な農業主義に対して,商品経済の成長の論理を非常に鮮明な奢侈擁 護論として構成し対置したからである。だが,今言った逆転・転倒の可能性という点では両者の思 想はどうなのだろうか。またそれはスミスに関してはどうなのか。その点を,まずヒュームとステュ アートに関して検証してみること,それが本稿の直接の課題である。タイトルを「ステュアートの 工業化論」とした通り主要な対象はステュアートにあり,ヒュームは彼との対比という形で間接的 に取り上げたにとどまる。またさしあたり対象を『原理』の第 1 編に絞っている。その理由は,私 にはこの大著を一度に論じ切るような能力はないということにあるが,しかしヘレンシュヴァント のいう「システム」という言葉が事実上対外貿易を捨象し自己完結した経済システムを論じている こと,そしてその基礎になっているステュアートの第 1 編での論理は,一面で彼の言う「揺籃期の 社会」なり「初期商業」段階なりを対象にしつつも,その論理が次なる外国貿易段階で消滅・終了 するものとしてではなく,むしろその次なる段階の像を構築するための「素材 the materials」(p. 168)となって大きな螺旋を描くように重層化して展開していくということからして,さしあたり の有効性を持つものと思う。また『原理』のそうした編別構成が示しているのは,一つには確かに 歴史的発生順序といったものがありつつも,同時に,外国貿易論(あるいは 19 世紀に大いに論じ られる「帝国主義」でも)を考えるには,あくまでもそれが一定の完結性を持った(つまり国境で 括られた)国民経済間の関係についての考え方である以上,いかなる形にせよ完結した商品経済シ ステムに関する思想をその論理的基層に置かざるをえない,そうした考えの表明とも言えるのでは ないだろうか。本稿の課題は,つまりはその基層を,まずステュアートについて考えてみるという ことにある19)。 そしてまたこの検討に先立っては,私が本稿冒頭に引いた拙文中で使った「ヒューム─ステュアー トのライン」という表現について,述べておかねばなならないことがあるだろう。これは無論この 2人が同じ奢侈擁護論の陣営にあることを示すために使った言葉だが,同時にすでに周知のことと 17) ヘレンシュヴァントの生涯,及び 1760 年代から 70 年代にかけてのフランスにおける穀物の流通統制を巡る 混乱,つまり旧統制派,フォルボネらのディリジスト,ケネー派の 3 つどもえのような思想的対抗関係への 彼の眼差しについては,拙稿「ヘレンシュヴァント」および「第 3 ノート」を参照されたい。 18) それはつまり,彼がスミスの出現後もステュアートの弟子であり続けようとしたことの理由はどこにあった かということなのだが,次にも言うようにもう一つの問題として貨幣・信用に関することがある。 19) 付言すれば,このクローズド・システムとしての商品経済社会の原理という考察対象は,おそらく結局スミ ス思想以上に,上記のリストや,あるいは近年の世界システム論のような地球全体を一商品経済社会と見る ような議論に,つまりは,工業化した商品経済が抱え込む,国境の存在の下での世界システム化という状況 下で突きつけられるはずの諸問題に結びついていくはずである。
して,ステュアートが『原理』においてヒュームの貨幣数量説を真っ向から批判したことに明らか なように,彼らの間には貨幣観や貨幣支出の主体を巡って明らかな見解の齟齬があり,すでにそこ にはいわばもう一つの戦線が開かれていたということである。つまりその表現において 2 人の名を 結んでいるハイフンは,実は縦線であると同時に横線でもあり,対立構造は二重になっているとい うことである。上記で私はヘレンシュヴァントの目的を,さしあたり漠然と,「有効需要」なる欲 望と貨幣の化合物を媒介にしてしか現れえない農工間の依存の性質を浮かび上がらせること,と述 べたのだが,当然そこには消費欲望(=奢侈)の問題と貨幣の問題が同時に含まれる。以前に拙稿 「アーサー・ヤングとヘレンシュヴァント」でも紹介したが(p. 54),ヘレンシュヴァントはステュ アートのヒューム貨幣論批判を明確に支持し継承する姿勢を取った。私はこの問題については,本 稿の次に「ヘレンシュヴァントの貨幣・信用思想」として独立した主題で論じたいと考えているの だが,それは本稿の主題についても重要な意味を持つものであり,必要なかぎりでも触れなければ ならない。 なお,このヒューム,ステュアート,スミスという 3 者について,膨大な研究史を踏まえて十全 に論ずることなど本来専門外の私の力に及ぶべくもないものである。これから述べるのは,『政治 論集』,『原理』,『国富論』といった主要著作を材料にして,とくに各々においてのいわゆる近代社 会形成論と言える部分に着目した,ごく限定的な試論の域を出ないものである(その着目の理由は, 上記の通り,各自の歴史観自体を考えようというより,完結したシステムとしての商品経済につい てどう考えているのか知りたい,ということにある)。おそらく多くの人にはすでに周知の事柄を 繰り返すことも多かろうが,私の個人的な研究ノートとして寛容を願っておきたい20)。 [2] 貨幣以前 : 第 3∼第 5 章 (1) 前提としてのヒューム はじめに,時間的に先行するヒュームの『政治論集』について,とりあえずその主張をそのまま に辿っておく,そして当面の問題に関わることを確認する,ということをしておきたい(なお本節 は私自身の研究ノートとしての知識整理といった意味なので,読み飛ばしていただいてかまわな い)。結論を先に言うと,単純な論断には問題があることは承知しているが,本稿の主題を明確に するために,ヒュームの思想を基本的に,奢侈擁護論の線上で貨幣の中立化と実物的均衡を目指し た社会展望とみなすことで,これからの議論を進めていく,ということである。ここで書いておく 20) これから述べることは,主にはステュアートの『原理』第 1 編のテキストを,ここに述べた私の問題関心に 即して整理していったものである。無論私なりの解釈を含みつつも,多くの事柄は,我が国の研究史の大き な流れを成す,小林昇(とくに『著作集』第 V 巻),田添京二(『サー・ジェイムズ・ステュアートの経済学』), 川島信義(『ステュアート研究』)などの諸著作,さらには近年の優れたステュアート研究書である竹本洋『経 済学体系の創世』(名古屋大学出版会,1995 年),大森郁夫『ステュアートとスミス』(ミネルヴァ書房, 1996年)などで本稿以上に包括的な視点で論じられているものである(とくに後 2 著について,第 1 編を扱っ た前者の序章・第 1 章,後者の第 2 章は参照されたい)。煩瑣な参照の指示や私見との異同の指摘などしな いつもりであるが,それも研究ノートとして許していただきたい。
のは,その際の基本的な論拠となるであろう事柄にすぎない。 上に私は上記 3 者の各々にとっての近代社会形成論と言ったのだが,『政治論集』については冒 頭第 1 章「商業について」の次の部分を,まずその基本思想の端的な表明として挙げることはとく に不適切ではないだろう。 「いかなる国家にあっても,その大多数の人々を農民 Husbandmen と製造業者 manufacturers とに分 けることができよう。前者は土地の耕作に従事し,後者は前者から供給される原料を加工して,これ を人間の生活に必要な,あるいはそれを飾る,あらゆる財貨に仕上げる。人間は,主に狩猟や漁獲によっ て生活するその未開状態を離れるとすぐ,この二つの階級にわかれるに違いない。もっとも,はじめは, 社会の最大多数の部分は農業というわざに従事するのだが,時の経過と経験とがこのわざを大いに改 良するから,土地は,直接に耕作に従事する人びとや,このような仕事をする者にまず必要な製造品 を供給する人びとよりも,はるかに多くの人びとを容易に維持することができるようになるであろう。 /これらの余分な人手が,普通,奢侈産業 arts of luxury とよばれている比較的精巧な産業に従事する ならば,かれらは国家の幸福を増大するであろう。というのは,彼らは多くの人々に対して,さもな ければ知られなかったであろう享楽を享ける機会を与えるからである。」(田中訳,pp. 5-6.) こうしてヒュームの言うには,農工二部門から成るこのシステムは,工業が「奢侈産業とよばれ ている比較的精巧な産業に従事する」ものとなり,それが「多くの人びとに対して,さもなければ 知られなかったであろう享楽を享ける機会を与える」ことによって,固有の成長運動を始める。別 の箇所の言葉を援用すれば,農民たちは,「いまや人びとの奢侈がかれらに渇望させるもろもろの 財貨」(p. 11)を得ることを目的に労働するようになり,したがってより多くの余剰食糧を生産し て商品化しようと努めるだろう。それによって商品生産が拡大していき,より多くの人口が養われ るようになる。したがって大切なことは,「人びとを(古代的公共心いわゆる徳ではなくて──引 用者)貪欲と産業活動,技術と奢侈の風潮によって活気づけること」である,と(p. 13)。 したがって農工関係のあり方としては,ウォーレスの古代人口論へのアンチ・テーゼという形で 次のような主張がなされる。 「しかし,農業はある場合には交易や製造業がなくても栄えるから,面積がいかに大きな国でも,ま たどのような長期にわたっても,農業がそれだけで存立するものであると結論するのは,正しい推論 であろうか。農耕を奨励する最も自然な方法は,疑いもなくまず他の種類の産業を振興し,それによっ て耕作者にかれの生産した財貨にたいして,すぐにでも売れる市場を提供し,そして,かれの快楽や 享楽に役立つような財の見返り品を与えるということである。この方法は絶対に確実でしかも普遍的 なものである。そして,それは古代の統治よりも近代の統治においてよりいきわたっているから,そ のことからわれわれは近代人口の優越を推定することができる。」(p. 186) 見てのように,本稿ではすでに述べたところの,まずもって農業を余剰つまり商品生産を目的と したものとして捉える見地である。ここまでは上に言った「ヒューム─ステュアートのライン」と
いう表現においてのそのハイフンを縦線に取った場合のこと,つまりはヒュームのウォーレス批判 の論点を後にステュアートが追認することになる内容と言って過言にはなるまい。 だが既述のように両者の間には,とくに貨幣を巡っての明確な意見の相違がある。この貨幣観に ついては,いわゆる貨幣と実物経済との間の連続的影響といった議論に見るようにヒュームの思想 は決して単純ではないのは周知の通りだが,ここではあえて次の 2 つの文章を,実物的均衡を基礎 にして貨幣の中立化を唱える思想の端的な表明として例示するにとどめたい。 「貨幣が労働と財貨との代表物以外の何物でもなく,これらを秤量し評価する手段として役立つだけ であることは,もとより明白である。鋳貨が比較的豊富にある場合には,同量の財を代表するのによ り多量の貨幣が必要となるから,ある国民をそれ自体として考察すれば,それは善悪いずれの影響を も与ええない。それは,あたかも商人が少ない文字ですむアラビヤ式表示法のかわりに,多くの文字 がいるローマ式表示法を用いねばならぬ場合,その帳簿が少しも変化しないのと同様である。」(p. 37.) 「確かに,貨幣の不足は,国家の内部だけのこととしてはけっしてそれに害を与え得ないと思われる。 なぜなら,人びとと財貨とがあらゆる社会の真の力だからである。この場合,金銀を少数の人びとだ けのものに限り,それの普遍的な散布と流通とを妨げて,国家に害を与えるのは,質素な生活方法な のである。これと反対に,産業活動とすべての種類の洗練とは,金銀の量がいかに少なくとも,それ を国の全体に組み入れる。それらは,言ってみれば,金銀をあらゆる血管の中に消化し,それをあら ゆる取引と契約とに入りこませるのである。」(pp. 45-46.) 基本的に貨幣とは秤量手段であり,本来「貴金属の絶対量はまったくどうでもよいことがら」で ある。インダストリーが展開する以上「だれでも貨幣を全くもたないということはない」,そう考 えておけばよい(p. 46)。本質的には各自のインダストリーの発揮とは別に貨幣を所有する人びと に意味ある機能を持たせる必要は出てこない。 (2) 「異なる観点」─人口と経済成長─ まずヒュームの主張のうち,本稿にとってさしあたり踏まえておくべき事柄を一応辿っておいた。 問題はそれと対比してのステュアートである。『原理』第 1 編の実質的な論理展開の始まりは第 3 章からであるが,その章がまずヒュームとウォーレスの人口論争について一言することから書き始 められているように,ステュアートがヒュームのウォーレス批判に学んでいること自体は自明であ る。すでに触れた通り両者はともに近代社会の形成論を奢侈擁護論として構成したのであり,その 線上でステュアートによるヒュームの主張の追認と言うべき論点が多く現れてくるだろう。 だがその一方でステュアートは,自分はその人口という問題を,ウォーレスやヒュームとは「異 なる観点 a different point of view」から,つまり彼らが行ったような「ある時期に地球上にどれだ けの人間が存在していたのかを研究する」のではなく,「増殖の自然的で合理的な原因 the natural and rational causes of multiplicationを検討しよう」という点から考えてみる,と述べていた。すな わち「あらゆる動物の,したがってまた人間の,増殖の基本原理 The fundamental principle of the
multiplicationは生殖 generation であり,次に食物 food である」という一文から始まる一連の議論 である(p. 17)。そこで本稿では,まず次のように問題を立てて検討の端緒としたい。つまり,両 者の思想的共通性は前提としながら,ここに言う「異なる観点」なるものは,彼らの立論にどのよ うな相異をもたらしているのか,と。以下まず第 3 章から第 5 章にかけての内容を追いながら考え ていきたい21)。 その作業の前に,彼の人口論すべての前提と思われることを先に述べておこう。それは,今上に 見たことからも明らかなように,ステュアートは「増殖 multiplication」と「生殖 generation」を異 なるものとして区別する,ということから思考を初めているということである。この区別は彼の人 口に関する言説すべてに貫かれるものであり,おそらくこれから見るその議論の性格を規定する意 味を持っている。これは第 12 章での記述だが,その区別について,彼はこう述べる。 「人間の生殖を政治的な観点からみると,それは 2 つの形態をとって現れる。1 つは本来の増殖 a real multiplicationであり,もう 1 つは単なる出産 procreation only である。」(p. 65.)
この一文と,上に見た「増殖の基本原理は生殖であり,次に食物である」という文章とは,彼が 自分の使う「生殖」と「増殖」という用語の区別を,前者は個々人の個別的行為の観点から,後者 は全体社会の観点から述べたものと見ていいだろう。個々の男女が行う「生殖」には「単なる出産」 と「本来の増殖」とがあり,その違いは,その親が「子供を扶養して独り立ちするように育て上げ ることができる」かどうかにある(p. 65)。そしてこの規準は,全社会的観点での「生殖」と「増殖」 を言う場合も同じであり,社会がその構成員たちの「生殖」によって現れた新たな生命に,その生 命を生き長らえさせる生活資料(ここでは「食物」)を安定的に提供できるようになる場合が「増殖」 である。つまり彼の言う「増殖」とは,自律的に進行する「生殖」が生みだす追加人口を社会に定 着させていく生産力増大のプロセスを伴ったもの,という意味になろう。つまり,この「増殖」と いう言葉で語られる問題とは,人間の数が何人増えるかとか,どのような速度で増えるかといった ことではなく,その人口を要因として含む全体社会の経済成長の機構そのものについてなのだ,と いうことである。 このような意味で,彼の人口論を考える際に最も重要なこととは,それを,やがてスミスが対置 する個別資本一般の蓄積論とは異質な経済成長論,一つの商品経済社会(既述のように『原理』第 1編の舞台はクローズド・システムである)の人口,農・工二大部門の生産量・消費量といったい わば最初からマクロ的な性格の指標で語られる経済成長のモデル論として捉えておく,ということ であろう22)。 21) まず当面の検討材料になるのは『原理』第 1 編の第 3 章から第 6 章にかけての記述である。その諸章のタイ トルだけは一応掲げておこう。第 3 章「どんな原理に基づいて,またどんな自然的原因によって人類は増殖 するのか,さらには人口が増加していない国では出産はどんな効果があるのか」,第 4 章「同じ主題の続き, 農業が人口に及ぼす自然的で直接的な影響について」,第 5 章「どのようにして,またどのような原理と政 治的原因とによって,農業は人口を増加させるのか」,第 6 章「人類の欲望はどのようにして人口の増加を 促進するのか」。 22) おそらくそれは,ヘレンシュヴァントが工業化論としての近代を語ろうとした時,ステュアートの人口論に
(3) 人口波動と商品経済化 その上で第 3 章から見ていこう。さしあたり内容を辿ってみる。議論はまず農業以前の自生的生 産物のみを食糧にしていた時点から始まる。それは人為的な増産の対象ではないので,基本的に食 糧は一定量で変わらないものと想定される。つまり,今上に述べた「増殖」を含む経済成長のメカ ニズムはそもそも存在しておらず,したがって人口(つまり「生殖」)はそれを固定された絶対上 限として運動せざるをえないことになる。そしてそれは,その生殖力と食糧量の衝突によって作ら れる,彼の言うところの「分銅をのせたバネ」の動きに似た上下波動を描くとされる。この有名な 議論については,ステュアート自身による次の明晰な説明を引けばいいだろう。 「生殖能力は分銅をのせたバネに似ていて,抵抗が減少するのに比例して,いつもその力を発揮する。 すなわち,食物がしばらく増えも減りもしない状態にとどまっている時は,生殖は可能な限り高い水 準に人間の数を維持する。次に食物が減少するようになると,バネは強く引っ張られて,生殖の力は 無に等しくなる。少なくとも住民はこの<食物不足の>重圧に比例して減少するであろう。また他方 で食物が増加すれば,ゼロの水準にあったバネは,抵抗の減少に比例してその力を発揮し始める。す なわち,人々の栄養がよくなり始める。彼らは増殖するであろう。そして,その数が増えるのに比例 して,食物は再び不足するようになるであろう。/…食物が一定の分量に限定されている国ではどこ でも,住民の生活は生活資料が豊富で潤沢な状態から悪化して,ついには欠乏の極点に達し,時には 人間が餓えて死ぬことになるといった規則的ななりゆきをたどるのである。」(p. 19. なお< >内は訳 者による補足で原文にはないものである。) この状態では継続的な「増殖」ははじめから不可能である。次に,農業が始まれば食糧は増大し, 人口は増加するだろう。だがステュアートが言うには,やはり食糧量が絶対上限として生殖力に立 ち塞がり,同じ波動を繰り返すことには変わりはない。周知のように,後のマルサスならば生殖力 と農業の増産量に不変定数を当てはめて言うであろう事柄だが,ステュアートはそれを次のように 説明している。 まずまだ農業が存在していない国,つまり「自生的な産物が豊富で,あらゆる種類の改善が可能 であり,住民が自由な政治のもとにあって,商業もなく,奢侈的な技芸もなく,また野心もなく, ただひたすら簡素に暮らしている国」があると仮定する。なんらの職業分化も相互依存もなく,す べての住民が「気楽になにもしないで大地の自生的な果実を消費し」て生きているような国である。 そしてステュアートが言うには,そこに「1 人の為政者がいて」,住民たちに「農業と労働への意 欲を起こさせ」,「追加的労働 additional labour によって生産される食物の増加分」を得させるのに 成功したとする(p. 24)23)。つまりは,その国に農業だけを導入するならば(あるいは閉鎖した純粋 回帰することになった最大の理由であろう。 23) なおステュアートは,「ここで私は,社会の精神を形成するのに必要なものとして,為政者を登場させる」(p. 140)と言うのだが,「フリー・ハンズ」の生まれる以前のこの想定のような国で「為政者」がいるというの も変な気はする。だがステュアートは時々の社会の設計者を,完全者たる神ではなく常に「人」にしておく よう意図していたようで,これは彼の推論の中ではたびたび出てくるレトリックだと言えよう。またここで