学位論文 博士(医学乙号)
精神科医療における頓用薬の分析と示唆
2013/09/15所属;神奈川県立こども医療センター
藤田純一
横浜市立大学 精神医学教室
(指導教員
: 平安良雄)
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精神科医療における頓用薬の分析と示唆
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目次
第1章 要旨 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 第2章 序論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 6 第3章 目的と方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25 調査目的 対象と方法 統計解析 倫理的配慮 第4章 結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30 対象患者背景 頓用薬と不適切処方との関係 第5章 考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38 謝辞 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 45 参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 46 論文目録・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 51- 4 -
第1章
要旨
統合失調症患者の治療において,抗精神病薬の処方は効果や副作用の観点か ら単剤で行うことが望ましく,また漫然とした鎮静目的の大量投与を避けて必 要最小限の適切な投与量を維持することが望ましいとされる.一般的な統合失 調症治療ガイドラインにはその旨が述べられている.これは抗精神病薬が効果 の発現にある程度の時間を要するために短期間での複数の薬剤使用や増量がな される場合に有効な薬物の確定や至適用量の判定が困難であること,副作用出 現時に原因薬物の同定が困難であること,大量処方となれば過鎮静や心血管へ の負担など副作用のリスクが高まることなどの理由による.しかしながら精神 科医療における頓用薬は症状に応じて患者自身や看護師,時には当直医などに よって適宜追加されるため,主治医が普段の処方について最適化を心がけても, 結果として隠された抗精神病薬の大量処方や多剤併用処方につながる可能性が ある.このため本調査では精神科医療における頓用薬が一般的な治療ガイドラ インに準拠しない抗精神病薬の不適切処方に関与するリスクを明らかにするこ とを目的とした. 調査対象は地域精神医療において中核的な役割を果たしている 9 つの精神科 病院が有している合計 17 の精神科急性期治療病棟である.これらの病棟に入院 し,定期処方に抗精神病薬が処方されている 413 名の統合失調症患者を対象と した.調査期間は平成 20 年 1 月 10 日午前 9 時から 1 月 11 日午前 9 時までの 24 時間とし,定期処方,予備的に処方されている頓用薬,および実際使用した頓 用薬の内容について情報を収集した.さらに,本調査では苛々,興奮,暴力など焦 燥感を中心とする病態に一時的鎮静を目的として使用される不穏時頓用薬をあ らかじめ処方されている統合失調症患者について処方内容を解析した.抗精神 病薬の大量処方(Chorolpromazine 換算値で 1000mg 以上)もしくは多剤併用処- 5 - 方(抗精神病薬 2 剤以上の併用)といった不適切処方に該当する患者の割合の 変化について検討するために統計学的検定には McNemar 検定を使用した. 413 名の対象患者背景は平均年齢 49.1 歳(SD15.6)、男性 245 名(59.3%)、 非自発的入院 282 名(68.3%)、在院年数 1 年以内 241 名(58.3%)であった. 413 名中 312 名(75.5%)に不穏時の頓用薬があらかじめ処方されていた.こ のうち 281 名(90.1%)の不穏時の頓用薬は抗精神病薬であった.定期処方と 1回目の不穏時の頓用薬として抗精神病薬を内服した場合に有意に不適切処方 に該当する患者が増加した.調査当日には 17 名(4.1%)が実際に不穏時の頓 用薬として抗精神病薬を内服しており,その 17 名全てが頓用薬内服後の 1 日の 処方内容が多剤併用処方もしくは大量処方といった不適切処方のいずれかに該 当した.この 17 名の在院日数の中央値は 1622 日と長く実際頓用薬を使用され た患者の多くは慢性重症例であることが推測された.精神科入院医療における 頓用薬、特に統合失調症患者の不穏時に用いる頓用薬が漫然と使用された場合, 例え定期処方について単剤,適量の処方を心がけていても,実際に患者に投与さ れる薬物は不適切な内容となっている可能性があり,薬物療法に関する精神科 医を含めた医療スタッフへの啓発的教育や薬剤師や看護師と連携した処方状況 のモニタリングなど注意深い管理体制が必要だと考えられる. Keyword ; 統合失調症、頓用薬、多剤併用大量処方
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第2章
序論
我々は頭痛時,腹痛時,発熱時などに比較的即効性のある薬を頓用薬として 利用している.必要時にすぐに(=「頓」)用いる(=「用」)ことができる 処方薬である.これは西洋医学,東洋医学の分野を問わず,古くから用いられて きた症状緩和の方法であり,現在でもほとんどの診療科で当たり前のように用 いられている診療行為である.欧米では“頓用”を意味するものとして“As required”,“Pro re nata(ラテン語で必要に応じての意)” もしくは“p.r.n (pro re nataの略語)”という言葉が用いられる.頓用薬は医師や看護師とい った医療スタッフもしくは家族そして患者自身が必要だと判断したときに,臨 機応変に使用できる.患者の病識が欠如し,著しい興奮状態にあるときなどに医 師が主導して緊急的な注射剤による強制投与を行う場合と患者自らの意思もし くは医師もしくは看護師の促しによって内服する自発的な経口投与(いわゆる “とんぷく”)が行われる場合の2通りがあるが,本研究では両方を含めて“頓 用薬”として扱うこととする. 精神科医療における頓用薬としては「便秘時」や「頭痛時」といった一般 診療科でも処方される頓用薬のほかに,「不穏時」や「不安時」,「苛々時」と いう形で抗精神病薬やベンゾジアゼピン系の抗不安薬が,また「不眠時」として ベンゾジアゼピン系もしくはバルビツール系の睡眠薬が処方されるものが代表 的である.なお,「不眠時」の頓用薬は一般診療科でも日常的に処方されている ものである.さらに入院医療の場面になると,保護室への隔離対応や身体拘束を 要する程度の幻覚妄想状態や精神運動興奮を呈する患者に対して筋肉注射や静 脈注射によって医師が直接鎮静をかける場合,医師が病棟指示簿に“不穏時;○ ○を1錠、不安時△△を2錠”などと記載した上で事前に指示を出し,看護師の判 断で指示に応じた投薬をする場合など状況は多様である.これを図1に示す.- 7 - 図1
判断
処方
判断・投薬 納得・服用
事前指示
精神科入院治療の頓用薬投与過程
拒否・強制投薬
のんでみます。 イライラ・・・ 眠れない・・・ 絶対いや。診察
不眠時 不穏時 etc 向精神薬が抗幻覚妄想作用や抗うつ作用を十分に発揮するまでには通常 1-2 週の時間がかかる.例えば,幻覚や妄想に対して効果のある抗精神病薬の効 果を判定するには,むやみな追加投与を避けて 2-4 週間程度経過をみる必要性 が一般的な統合失調症の治療ガイドラインにおいて強調されている.(Lehman et al.,2004). なお,このガイドラインには「医師にとって重要なことは治療 への反応が遅い患者を前にしたとき,早まった薬の増量を行わぬよう“誘惑”を 回避し耐えることである」と記載されている.これには効果発現までの十分な 精神療法的関与や患者・家族への説明が必要となる.治療ガイドラインに沿っ てきちんとこの原則を実施できるかどうかは精神科医としての力量が問われる 点でもある.このような背景のもと,定期処方をむやみに増量したくないと考え- 8 - た場合,頓用薬を用いると定期処方薬の効果発現までの不安定な期間に患者の 一時的な不眠や焦燥感などの症状を緩和することができるかもしれない.また, 患者の頓用薬の使用頻度を参考にしながら定期処方量を決定していくことも臨 床上よく行われることである.その他,頓用薬を用いる利点としては,精神科入 院治療において夜勤帯や週末に当直医の診察と判断を待つことなく,看護師の 判断で患者の症状に対応できることもあげられる. このような利点がある一方で頓用薬には欠点が多数存在する.外来で頓 用薬として処方する場合,ベンゾジアゼピン系の睡眠薬を中心に 14 日または 30 日の処方制限がついているが,制限がない薬も多く存在する.さらに,精神科に おける入院治療の場合は,苛々時,不眠時,不穏時,不安時など様々な頓用薬の用 途があるために,医師が処方しようと思えば際限なく頓用薬を追加できる.この ため,数年にわたって漫然と頭痛時,不眠時,不安時 1 番目,不安時 2 番目,…のよ うに 5-10 種類以上の頓用処方の乱用がなされている例も時に存在する.特に, 処方薬依存の患者は近年の報告では全国の薬物依存症患者の約 20%を占め,覚 せい剤に次いで多いとされている(松本ら,2012).比較的処方しやすいベンゾ ジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬は一般診療科で高齢者の不定愁訴の万能薬の ような形で何気なく処方されており,処方薬依存の問題は依存症患者だけにと どまらない(前田ら.,2005).これらの患者は何種類もの頓用薬を医師に依頼 し,先述したような多数の頓用薬を記載した処方箋を手にする傾向がある.処方 薬依存の患者の中には,溜め込んだ頓用薬を衝動的に大量服薬して救急外来に 搬送される者も存在する.このように頓用薬が必要以上に乱用される場合,抗精 神病薬であれば,過鎮静,呼吸抑制,不整脈,錐体外路症状といった副作用が懸念 される.また睡眠薬や抗不安薬であれば,高齢者の転倒・骨折,せん妄を代表と する認知機能低下症状,呼吸抑制,誤嚥性肺炎,居眠りによる交通事故,睡眠‐覚 醒リズムの不調など様々な問題が起きる可能性がある.また複数種の薬剤が投 与された場合,いくつかの薬剤で肝臓におけるチトクローム系の代謝経路が競
- 9 - 合することで血中濃度が上昇もしくは低下し,思わぬ薬物相互作用による効果 減弱が起こる可能性もある.また, 副作用の問題の他,定期処方薬に頓用薬が不 定期な頻度で追加されることで,症状の改善が定期処方の効果によるものなの か,頓用薬の効果によるものなのか判別できなくなることがあげられる.さらに, 医療者が患者の心理的ケアを行わずに頓服薬使用を患者に促すばかりの業務が 常習化している病棟も存在する.このように,頓用薬をめぐる問題は精神科医療 において日常的習慣として根付いている行為であるが故に疑問を持たれる機会 は非常に少ない.しかし,医療行為実施の判断を下す精神科医としては利点と欠 点を把握し患者に資する行為なのかどうか考えて頓用薬を使用する必要がある. 次に,頓用薬使用に関する過去の報告について述べる.頓用薬使用に関する 系統的なエビデンスは乏しく,コクラン・レビューはその有用性や有害性を示唆 するに足る質の高い研究は皆無であったとしている.特に入院医療における頓 用薬使用は病棟構造・看護男女比・看護師数・看護経験・看護技術 などに影響 される経験や慣習に基づく診療行為だと指摘している(Chakrabarti, et al., 2007). 研究が発展しにくく,医学的根拠が乏しい理由として頓用薬を用いる場 面はあまりにも多様で使用理由や方法の規定が曖昧になりやすいことが考えら れる.なお,本邦では我々が実施した研究の他に,依存症専門病棟や大学病院, 精神科救急病棟,一般病棟での質問紙もしくは聞きとり調査によるいくつかの 看護研究(江波戸, 2002, 矢内, 2003, 兵頭, 2006, 前川, 2007, 篠塚, 2012) がなされているが,これらの研究では各看護師が把握している過去の患者情報 と各看護師の経験的な直感,病棟の人員配置や構造,病棟の慣習と患者の病状を はかりにかけながら頓用薬を勧めている看護業務の実態と,投薬の判断に迷い や葛藤を抱えながら患者に頓用薬を用いている看護師の実情が報告されている. 特にこれらの資料の中では,不眠や苛立ちを訴える患者が多く,勤務者数も少な い準夜帯から夜勤帯に頓用薬を投与すべきかどうか,使うとしてもどの頓用薬 を選択すべきか迷いながら職務にあたる看護師の悩みが紹介されている.ここ
- 10 - に参考として,これまで述べてきた頓用薬の利点と欠点について簡単に表1に まとめた.
表 1
精神科頓用薬の利点と欠点
利点
• その場に応じた苦痛を緩和
• 精神状態悪化・暴力の予防
• 医師の指示を待たず対処できる
• 治療効果の目安になる
• 患者との関わりの契機になる
欠点
• 過鎮静・錐体外路症状などの副作用の出現
• 代替の看護技術を使わない
• 思わぬ相互作用の出現
• 本来の治療効果が不明確になる
• 判断基準が不明確
• 頓用薬依存・乱用者の出現
• 大量服薬の危険性
• 懲罰的意味合いでの使用
- 11 - このように頓用薬は精神科における緊急時の対応として隔離・身体拘束以上に 頻用される方法であるが,これまで述べてきたような利点と欠点を改めて考え れば,今以上に注目されるべき事柄である.しかし,日本での報告は非常に限定 的で医師も含めた多職種の視点から検討した研究は皆無である.このため,我々 は予備的研究として 2007 年 9 月に神奈川県立精神医療センター芹香病院の 1 つの精神科救急病棟と 1 つの慢性期治療病棟における頓用薬に関する 3 週間の 処方調査を行った(藤田ら, 2009).以下にその内容を示す. 我々は,精神科救急入院料病棟看護師と慢性期男子閉鎖病棟および慢性期 女子閉鎖病棟に入院中で調査期間中(平成 19 年 9 月 1 日~21 日)に頓用薬が 1 回以上使用された患者を対象として頓用薬使用の実態調査を行った.看護師に よる頓用薬投与状況を調査するために記入シートを作成し頓用薬使用後の調査 を行った.調査対象病棟は,措置入院などの緊急入院例に対応し手厚い体制で集 中的な治療を行う精神科救急入院料病棟,1 年以上の長期入院例・慢性難治例が 多い慢性期女子閉鎖病棟,および慢性期男子閉鎖病棟とした.頓用薬は調査期間 中に対象病棟を利用した入院患者 108 名のうち 47 名(43.5%)の患者に用いら れ,頓用薬使用総数はのべ 415 件だった.頓用薬使用回数ごとののべ使用総数を 図 1 に示した.結果として頓用薬使用者に偏りがみられ,3 週間の調査期間中に 10 件以上を使用した患者は 17 名であり,この一群が全頓用薬の約 70%を使用し たことが明らかになった.なお,精神科救急入院料病棟では 222 件(53.5%)の 頓用薬が使用されていた.このように,急性期の病態を呈する一部の患者では頓 用薬がほぼ日常的に定期処方薬に追加される形となっており,ともすれば本来 医師が計画した薬物治療の方針に影響する可能性がうかがわれた. 海外での先行研究でも精神科病院入院中に多くの患者が定期処方以外に最 低 1 回は抗精神病薬の投与を受けていること(Geffen, et al., 2002),急性期 治療病棟の統合失調症患者は頻回もしくは高用量で頓用薬が使用されているこ とが報告されている(Stein-Parbury, et al.,2008, Craig, et al., 1995).
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このように精神科病院において一部の患者にほぼ日常的に頓用薬が患者の定期 薬に追加された結果,必要以上の向精神薬を患者が投薬される可能性があるこ とが懸念された(Milton, et al., 1998, Paton et al., 2008).
- 13 - 図 1
頓用薬使用回数ごとののべ使用数
0 20 40 60 80 100 120 1~5回 6~10回 11~15回 16~20回 21~25回 26~30回 31~35回 36~40回 41回以上 のべ人数 21 名 (のべ 53 件) の べ 使 用 数 頓服薬使用回数 11 名 (のべ 81 件) 8 名 (のべ 103 件) 2 名 (のべ 37 件) 3 名 (のべ 67 件) 0 名 (のべ 0 件) 0 名 (のべ 0 件) 1 名 (のべ 31 件) 1 名 (のべ 43 件)- 14 -
複数の抗精神病薬を併用する多剤併用処方や,Chrolpromazine換算値 (Chrolpromazine Equivalent; 以下CPZ Eq.)で1000㎎を超える抗精神病薬の 大量処方を行うべきではないことが近年の統合失調症治療ガイドライン(NICE, 2009,Lehman, et al., 2004)で強調されている.これは表1に示すような予 期せぬ薬物相互作用(血中濃度低下・上昇),治療アドヒアランスの低下,調剤, 投薬,服薬ミスといった理由による(竹内ら, 2003).しかしながら,図2,図3 のように日本では他のアジア諸国に比べて多剤併用大量処方が行われる傾向が あり,この傾向の是正が求められている(Shinfuku, et al., 2008).また図4 のように最近は国内の報道でも取り上げられており,社会的な関心が集まって いる.日本では個室数などの病棟構造やスタッフの配置,家族の要望,在院日数 制限といった諸条件を考慮しながら治療を行うために多剤併用大量処方が行わ れやすいことも指摘されており(藤田ら, 2008),さらに看護師の処方要求や薬 物療法のエビデンスへの懐疑的態度(Ito, et al.,2005),日本特有の剤型でも ある散剤処方の文化(坂田ら, 2011),抗精神病薬の点滴静注を好む医師の嗜好 性(三澤ら, 2008)といった要因も指摘されている.このような多数の要因が 影響しているため図5に示すように地域や病院ごとの状況の格差が大きい(小山 ら, 2004).多剤併用大量処方の問題は処方する医師の意識だけでなく,日本の 精神医療全体が抱えている文化,慣習, および構造の問題にも通じている.参考 として表3に精神科医療における処方に影響する可能性のある諸要因をあげた. このように,本邦の多剤併用対象処方が行われやすい環境の中で,さらに看護師 や医師による状況に応じた判断で日常的に頓用薬が追加されるならば,多剤併 用大量処方の問題はより深刻になることが予想される.
- 15 -
表 2
抗精神病薬多剤併用処方が継続された場合の問題点
予期せぬ相互作用(血中濃度低下・上昇)
治療アドヒアランスの低下
調剤・投薬・服薬ミス
死亡率の上昇
有効薬物・有害薬物の判定困難
医療費の増大
入院期間の延長
錐体外路症状や心血管障害などの副作用の出現
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図 2
Shinfuku et.al. Int Rev Psychiatry 2008
日本とアジア諸国の比較
REAP Study 2004
0% 20% 40% 60% 80% 100%中国
香港
日本
韓国
シンガポール
台湾
mono FGAs&SGAs FGAs&LA SGAs&LA FGAs&SGAs&LA mono: 単剤治療 FGAs:第一世代抗精神病薬 SGAs:第二世代抗精神病薬 LA:持続性筋注製剤- 17 -
図 3
0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 10002001
2004
**Shinfuku et.al. Int Rev Psychiatry 2008
日本とアジア諸国の比較
REAP Study 2004
C h r o l p r o m a z i n e 換算値(㎎)- 18 -
- 19 - 0% 20% 40% 60% 80% 100% A B C D E F G H I J K L M N O P Q R S T 1種類 2種類 3種類以上
入院患者に対する抗精神病薬
処方数の病院間のばらつき
小山、他 .病院管理 2004
図 5
- 20 - 表3 処方内容に影響を与える要因
≪施設特性が及ぼす影響≫
個室の数、閉鎖病棟の有無
医師 1 人当たりの受け持ち患者の多さ
病棟主治医制
看護スタッフの数
看護スタッフの男女比
看護スタッフの意識
医師にかかる診療以外の負担
約束・習慣処方の存在
手書処方箋
デイ・ケア、訪問看護の充実度
研修体制の乏しさ
薬剤師の関わりの乏しさ
≪診断が及ぼす影響≫
不適切な診断(誤診)
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≪医療給付が及ぼす影響≫
保険審査体制の緩さ
新薬導入の遅れ
保険診療への啓発不足
保険適応量の限界
≪家族が及ぼす影響≫
家族の強い要望
家族のサポート不足
家族の偏見・知識不足
家族と医師の関係性
≪社会経済的側面が及ぼす要因≫
病院経営上の方針
在院日数の制約
医師数不足
・医療法上の精神科特例 ・地域による医師数偏重 医療費削減
医学教育体制の問題
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≪患者自身の特性が及ぼす影響≫
緊急性・治療抵抗性
重篤な既往
度重なる再燃
患者自身の要望
治療遵守態度
患者と医師の関係性
度重なる主治医交替・ドクターショッピング
単身生活
高齢者
合併精神疾患の有無
≪文化的背景が及ぼす影響≫
入院中心主義
地域性・国民性
東洋医学的思想(漢方薬的発想の処方)
人種差別
訴訟の少なさ
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≪医師の診療姿勢が及ぼす影響≫
多剤併用援護論の存在
・診断的治療法 ・多剤併用少量療法 ・標的症状別治療 ・漢方医学的治療 薬理学的知識・興味の欠如
医師の経験・技術不足
変薬することへの不安
患者のQOLへの無関心
Cost-Benefitへの無関心
ピアレビューの機会の無さ
EBM・ガイドラインへの不信
コメディカルとの関係
医学情報の利用の仕方
・先輩医師から ・製薬会社から ・簡易治療マニュアルから 陽性症状消退への固執
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患者・家族との関係性
薬物療法以外の選択肢の軽視
重篤な既往へのとらわれ
不眠に対する薬物治療の固執
度重なる頓服治療
医師の諦め
投薬・服薬ミスへの配慮不足
実験的投薬態度
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第3章
目的と方法
【調査目的】過去に英国を中心とする欧米諸国では, 頓用薬の使用が多剤併用 大量処方につながる可能性の指摘や頓用薬使用上の注意喚起がなされてきた (Milton, et al., 1998, Paton et al., 2008).しかし,これまでにアジア諸 国において精神科医療における頓用薬と抗精神病薬処方の実態に関する調査は なされておらず,過去より多剤併用大量処方の問題点を指摘されている日本に おいて調査を行うことは有意義である.特に患者の苛々,興奮,暴力,暴言などの 状態を鎮静する目的で使用される“不穏時の頓用薬”は急性期の統合失調症患 者に使用されやすいと考えられ,多くは抗精神病薬の追加がなされることが多 い.単剤および必要最低限の至適用量を旨とする統合失調症の急性期の薬物療 法に大きな影響を与えることが懸念される.このため今回は本調査の目的を精 神科救急・急性期治療病棟において,統合失調症患者への不穏時の頓用薬使用が 結果的に抗精神病薬の多剤併用大量処方につながる可能性を明らかにすること とした. 【対象と方法】今回の研究は国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 による薬剤処方・行動制限最適化研究プロジェクトの一貫として実施した多施 設横断調査である.調査実施にあたって,日本精神科看護協会を通じて精神科急 性期治療病棟入院料を算定している12の精神科病院に調査に関する説明会を実 施し協力依頼を行った.精神科急性期治療病棟とは主に急性増悪期の患者や新 規入院患者を受け入れ,約3カ月程度の比較的短い期間を目標に集中的な治療と 支援を行う病棟である.参考までに病棟の施設基準を表4に示す.
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表 4
精神科急性期治療病棟の施設基準
1) 非自発入院を決定できる資格を持つ精神科医(精神保健指定医)が病
院に2名以上、病棟に1名以上配置されている
2)臨床心理士もしくは精神保健福祉士が1名以上配置されている
3)対入院患者の看護配置が常時13:1以上(急性期病棟1)、
もしくは常時15:1以上(急性期病棟2)
4)夜勤帯は常時2名以上の看護スタッフが配置されている
5)当該病院が地域の精神科救急システムに参画している
6)在籍する患者の40%以上が新規患者である
7)在籍する患者の40%以上が3か月以内の入院期間である
8)当該病棟に最低1つの隔離室がある
9)入院後30日以内は1931点/日、30日以上は1611点/日(急性期病棟1)
入院後30日以内は1831点/日、30日以上は1511点/日(急性期病棟2)
- 27 - 結果として9病院17病棟が本調査に参加した.平成20年1月10日の午前9時から1 月11日午前9時までの間に調査対象病棟に入院中の全患者について,定期処方薬 と事前に医師が指示をしている頓用薬の内容,患者背景について病棟看護師長 が記載,各担当看護師が患者に投与した頓用薬の内容についてアンケート用紙 に記載し返送することを依頼した.今回の調査では最低1種類以上の抗精神病薬 を定期処方されている国際疾病分類第10版(ICD-10)でF21-29にコードされる 統合失調症およびその関連障害に該当する患者に着目した.調査期間中に対象 病棟の17病棟に入院していた患者は789名であった.このうち440名がF21-29の 診断に該当し,10名がデータ不備,17名が定期処方に抗精神病薬が処方されてい なかったため除外された.最終的に413名が解析対象患者となった.各患者につ いては年齢,性別,精神保健福祉法上の入院形態,在院日数,ICD-10診断の情報を 得た. さらに定期処方については薬品名,投与量,頓用薬については医師が事前に指 示している頓用薬の用途,投与方法,実際投与された頓用薬の薬品名,投与量の 情報を得た. 抗精神病薬の使用は単剤処方が推奨されている(NICE,2009,Lehman, et al., 2004)ことから,2 種類以上の抗精神病薬を処方されている群を“多剤併用群” と本調査では定義した. さらに抗精神病薬の使用はChrolpromazine(CPZ)換算で 1000 ㎎以下の投与 量が推奨されている(Baldessarini,et al., 1988)ことから 1 日あたり 1000 ㎎以上の投与を受けている群を“大量処方群”と本調査では定義した. 各病棟によって頓用薬の用途は様々であった.代表的には先述した不眠時, 不穏時,不安時といったものである.今回の研究では不穏時の頓用薬に着目した
- 28 - ため,一般的に焦燥感が前景に立った“不穏”の状態と解釈される「興奮時」「暴 力時」「苛々時」「暴言時」「幻聴時」「焦燥時」「不調時」「危険行為時」 「せん妄時」「妄想時」「落ち着かない時」という数種類の指示は主たる「不 穏時」という記載に含めて集計を行った.“不穏”という言葉自体が臨床で日 常的に使用される割には曖昧な概念である(Ayd, 1985)ため,精神科医 2 名, 精神科専門薬剤師 1 名,精神科専門看護師 1 名,精神保健福祉士 1 名から合計 5 名構成される共同研究者が決定した. 今回の調査では看護師が1回目の不穏時の頓用薬を医師の事前指示通りに投 与した場合,患者が一日に内服する抗精神病薬の種類および投与量がどのよう に変化するかに着目した.一般に本邦の精神科医師は,例えば不穏時 1 番目; Risperidone1 ㎎錠、不穏時 2 番目;Chrolpromazine25mg錠、不穏時 3 番目; Haloperidol5mg筋注といった指示をあらかじめ看護師に対して出しておくこと が多い.解析を単純化するために今回の調査では “不穏時 1 番目”の処方に着 目した.抗精神病薬の投与量は本邦で一般的に用いられている稲垣と稲田の経 口抗精神病薬等価換算表を用いCPZ換算値(CPZ Eq.)で処方量を計算した(稲 垣ら,2006). 【統計解析】頓用薬を使用した場合に多剤併用群,大量処方群に該当する患者の 割合がどのように変化するかを検討するために McNemar 検定を用いた.投与量, 投与剤数の平均値の検定には t 検定を用いた.統計解析には SPSS11.0J を用いた.
- 29 -
【倫理的配慮】今回の調査において患者を特定できるような個人情報の収集は 実施していない.また研究計画は国立精神神経医療研究センターの倫理審査委 員会によって承認された.
- 30 -
第4章
結果
【対象患者背景】 対象患者背景を表 5 に示す.定期処方として処方された抗 精神病薬の平均処方量は CPZ Eq.にて 942.1 ㎎(SD:805.6)であった.平均投与 剤数は 2.2 種類(SD:1.2)であった.なお,不適切処方とされる大量処方群は 147 名(35.6%) ,多剤併用群は 277 名(67.1%)存在した.ちなみに,大量処方群 かつ多剤併用群に該当するものは 137 名(33.2%)存在した.また 312 名(75.5%) には医師より少なくとも 1 回分以上の不穏時の頓用薬が事前に処方され,残り の 101 名(24.5%)には不穏時の頓用薬は処方されていなかった.一方,不穏時 指示が 2 回以上の患者も 126 名(30.5%)存在し,最大で 6 回に及ぶ指示も存在 した.- 31 - 表 5
対象患者背景(N=413)
平均年齢(SD)
49.1 歳(15.6)
男性(%)
245 人(59.3)
非同意入院(%)
282 人(68.3)
在院日数(中央値)
180 日
抗精神病薬平均投与量㎎ CPZ Eq. 942.1mg(805.6)
抗精神病薬平均投与薬剤種(SD) 2.2 種(1.2)
大量処方群(%)
147 人(35.6)
多剤併用群(%)
277 人(67.1)
大量かつ多剤併用(%)
137 人(33.2)
不穏時指示なし(%)
101 人(24.5)
不穏時指示あり(%)
312 人(75.5)
不穏時指示 1 回(%)
186 人(45.0)
不穏時指示 2 回以上(%)
126 人(30.5)
- 32 - 少なくとも 1 回分以上の不穏時の頓用薬が事前に処方されていた 312 名の患 者のうち 281 名(90.1%)には不穏時の頓用薬として抗精神病薬が処方されて おり,残りの 31 名(9.9%)にはベンゾジアゼピンや乳糖(プラセボ)などの抗 精神病薬以外の薬が処方された.この 281 名に不穏時の頓用薬として処方され た抗精神病薬の内訳は 171 名(60.9%)にRisperidone,23 名(8.2%)には Risperidone以外の第二世代抗精神病薬(1950 年代より開発されている Chrolpromazineなどの第一世代抗精神病薬よりも錐体外路症状などの副作用が 軽減された 1990 年代以降に発売されている抗精神病薬)であった.第一世代抗 精神病薬と第二世代抗精神病薬について参考として図 5 に示す.さらに 36 名 (12.8%)にはHaloperidolが処方され,52 名(18.5%)にはHaloperidol以外 の第一世代抗精神病薬が処方されていた.
- 33 -
第一世代抗精神病薬と第二世代抗精神病薬
口渇 眠気 便秘 霧視 起立性低血圧 眠気 体重増加 眠気 第一世代抗精神病薬 (Haloperidol,Chrolpromazine,etc.) 第二世代抗精神病薬 (Risperidone,Olanzapine,Quetiapine,etc.) 図 6- 34 -
対象患者413名
不穏時指示が1回分以上
出ている患者312名
(75.5%)
不穏時薬が抗精神病薬である患者
281名(90.1%)
不穏時薬が抗精神病薬以外
(BDZなど)の患者31名
不穏時指示なし101名(24.5%)
【頓用薬と不適切処方の関係】 不穏時の頓用薬と本来推奨されていない抗精 神病薬の多剤併用大量処方との関係をみるために図 7 のように少なくとも 1 回 分以上の不穏時の頓用薬が事前に処方されていた 312 名の患者のうち 281 名 (90.1%)に着目した. 図 7- 35 - この 281 名が定期処方のみを服用している場合,109 名(38.8%)が大量処方 群に該当し,186 名(66.2%)が多剤併用群に該当した.ちなみに,大量処方群 かつ多剤併用群に該当する者は 101 名(35.9%)であった.281 名に対し不穏 時の頓用薬が看護師によって追加投薬された場合,一日の抗精神病薬の内服量 がどのように変化するかを示したのが図 8 である. 図 8
定時処方に頓用薬が追加された場合
の不適切処方がなされる割合の変化
*** *** * **Total number of patients prescribed p.r.n. antipsychotics were 281, ( ) shows percentage.
* antipsychotic p.r.n. only (not included benzodiazepines and other psychotropics) ** 1000mg chlorpromazine eq. and over
- 36 - 定期処方に不穏時の頓用として抗精神病薬が一回追加投薬された後に,大量 処方群は 137 名(48.8%),多剤併用群は 257 名(91.5%)に増加した.定期処 方に不穏時の頓用として抗精神病薬が一回追加投薬されることで大量処方群, 多剤併用群に該当する患者の割合は有意に増加した(p<0.001). なお 281 名の定期処方として処方された抗精神病薬の平均処方量は 1016.7mgCPZeq.(SD:884.5)であり,平均投与剤数は 2.3(SD:1.3)であった.定 期処方に不穏時の頓用として抗精神病薬が一回追加投薬されることで抗精神病 薬の平均処方量は 1220.0mgCPZeq.(SD:920.9)となり,平均投与剤数は 2.8 (SD:1.2)となって有意に増加した(p<0.001). なお,調査日当日の 24 時間以内に実際不穏時薬として抗精神病薬が投薬さ れた患者が 17 名(4.1%)存在した.この 17 名は不穏時の頓用薬追加投薬前よ り 10 名(58.8%)が大量処方群,14 名(82.4%)が多剤併用群に該当していた. 不穏時の頓用薬として抗精神病薬が投薬された後には 13 名(76.5%)が大量処 方群,17 名(100.0%)が多剤併用群に該当した.なお,この増加については McNemar検定では有意差は見いだせなかった.結果を図 9 に示す。なお 17 名の 定期処方として処方された抗精神病薬の平均処方量は 1402.1mgCPZeq.(SD:814.5)であり,平均投与剤数は 2.6(SD:1.5)であった.定 期処方に不穏時の頓用として抗精神病薬が一回追加投薬されたことで抗精神病 薬の平均処方量は 1628.5mgCPZeq.(SD:762.9)となり,平均投与剤数は 3.3 (SD:1.4)となって有意に増加した(p<0.001). さらにこの 17 名の在院日数の中央値は 1622 日であったが,一方でその他の 264 名の在院日数の中央値は 172 日であった.
- 37 - 図 9 10(58.8) 14(82.4) 13(76.5) 17(100.0) Excessive dosing group Poly‐pharmacy group Regular only Regular + prescribed p.r.n. antipsychotics* ** * antipsychotic p.r.n. only (not included benzodiazepines and other psychotropics) ** 1000mg chlorpromazine eq. and over Total number of patients administered p.r.n. antipsychotics were 17, ( ) shows persentage
調査当日に実際に頓用薬が用いられた
17名に関する不適切処方の割合の変化
- 38 -
第5章
考察
はじめに今回の調査結果を要約する.精神科急性期入院治療の場で統合失 調症およびその関連障害の患者の約 75%に不穏時の頓用薬が事前に処方され ていた.さらにこの不穏時頓用薬の約 90%が抗精神病薬であった.不穏時の頓 用薬として抗精神病薬が処方されていた 281 名に対して不穏時の頓用薬が1回 でも追加された場合,大量処方群,多剤併用群といった本来推奨されない処方内 容に該当する患者の割合が約 20%増加した.あらかじめ不穏時の頓用薬を処方 されている患者のうち約 4%が調査日当日に抗精神病薬を追加投与されたが, 結果的にすべての患者で本来推奨されない多剤併用大量処方につながった.さ らに実際頓用薬投与を受けたこの約 4%の患者は頓用薬投与を受けなかった患 者よりも長期入院となっている傾向が伺えた. 今回の調査は精神医療における頓用薬の影響により,ガイドラインで推奨 される統合失調症の薬物治療(NICE,2009,Lehman,et al.,2004)に沿わない 不適切処方が増加する可能性を示唆している.特に頓用薬の反復投与に至りや すいと考えられる焦燥を伴う急性期の病態を呈する統合失調症患者で大きな影 響があることは想像に難くない(Stein-Parbury, et al.,2008, Craig, et al., 1995). なお,今回の調査では実際に不穏時の頓用薬として抗精神病薬を投与された 患者17名はそれ以外の患者に比べてより長期間の入院を続けており,より多く の患者が多剤併用大量処方を受けていた.先行研究では入院後数日もしくは長 期に入院した患者の2群で向精神薬の頓用薬が使用されやすいことが示されて いる(Baker, et al.,2008).長期入院患者には難治症例が多数含まれており,- 39 - これらの患者の精神症状への応急的処置として頓用薬が使用されやすいと考え られる.本研究の対象病棟も精神科急性期治療病棟であり、多数の患者は3カ月 前後の入院期間のうちに治療されているものの,今回の対象患者の中には10な いし20年以上の入院歴を持つ者も散見された.これらの患者は病状が重篤であ るが故に手厚い管理を必要とする事情により急性期治療病棟に在棟している患 者であると考えられる.調査日当日に不穏時頓用薬が用いられた患者も在院日 数の中央値は1600日以上であり, 多くは慢性重症例の統合失調症患者であった と考えられる.このような患者へ長期間に渡って頓用薬として抗精神病薬が投 与されるならば,一般的な処方調査(Shinfuku, et al., 2008)では見出すこと のできない図10のような隠れた抗精神病薬の多剤併用大量処方が続いてしまう ことが懸念される(Milton, et al., 1998, Paton et al., 2008).
- 40 - 図10
頓用薬による隠れた大量処方(英国の報告)
0
20
40
60
80
100
0剤
1剤
2剤
3剤
定期処方のみ 定期処方+頓用薬 CP Z 換算で 10 00m g を超 え た 患者の 割 合 Paton C, et.al. British Journal of Psychiatry 2008 定期処方の抗精神病薬剤数 ただし,このような状況を改善していくことは容易なことではない.精神科 病棟における頓用薬の投与過程の構造は単純ではなく,精神科医師の事前処方 と事前指示に基づいて看護師が臨床的判断を下して投与することになっている (Usher et al,,2003).実際,今回の調査においても2回以上の事前指示が医師 より出されている患者が約30%存在し最大では不穏時1番目から6番目に渡って 事前指示が出されている患者も存在した.事前指示数の多い患者は頓用薬の事 前指示が無いか1回に限られた患者よりも,内服することとなる頓用薬の量や 種類は個々の看護師の判断や臨床状況にかなり左右される可能性がある.頓用 薬使用を適正化していくためには,医師と看護師の関係(Milton, et al., 1998, Ito, et al., 2005),看護技術や看護経験、勤務環境(Baker, et al., 2007)- 41 - などの看護師の抱える要因も含めて考慮に入れる必要がある.また暴力などの 問題に関する鎮静は医師が診察し筋肉注射などの方法で医師自身が実施するの が一般的である.これに関してはガイドラインが作成されベンゾジアゼピンも しくは抗精神病薬の使用が一定のエビデンスの下に認められている(NICE, 2006).しかし,看護師が関与する頓用薬に関してはリスクとベネフィットの観 点でエビデンスが十分集積されていないとして積極的に推奨されていない (NICE, 2006).このため,緊急の鎮静を要するような急性期の統合失調症患者 以外では興奮を鎮めるような言葉かけや環境設定など投薬に頼らない方法 (Campbell, 1986)を検討することもよいかもしれない.今回の調査結果から は第二世代抗精神病薬を頓用薬として選択する傾向がうかがえる.これは副作 用に配慮する姿勢の現れでもあるが,その前にまずは頓用薬投薬以外の方法を 考慮するという姿勢が現場の精神科医や看護師に求められる. このように精神科入院医療における頓用薬使用は様々な問題を含んでおり, 医師と看護師は定期処方だけでなく頓用薬にも着目し,共働して不必要な向精 神薬使用を減じるべきである(Thapa, et al., 2003).実際に図 11 のごとく, 米国では病院全体の取り組みとして事前の頓用薬指示を禁止し,医師がその場 で診察し処方した頓用薬しか受け付けないという規則で運用を行ったところ暴 力の発生頻度および行動制限の実施回数に取り組み前後でほぼ差がなかったと いう報告がある.
- 42 - 図 11
事前頓用薬指示が無くても行動制限・
暴力の件数に大きな差は無い
看護判断での頓用薬使用 を許可(N= 223) 看護判断での頓用薬使用 を禁止(N= 224) 入院中1回以上頓用薬 を投与された者 175 (79%) 149 ( 67% ) *頓用薬投与のべ数 1812回 976回 身体拘束された者 48 41 隔離された者 8 4 *平均隔離時間 13.1hr 19.2hr 暴力を振るった者 27 19 *暴力の件数 40件 35件 *職員の怪我 14件 12件 対象;Arkansas 州立病院の3つ急性期病棟に入院する患者(70%が統合失調 症または双極性障害の診断) 医師の診察のない投薬を禁止した前後3カ月での行動制限・暴力件数の比較 Thapa PH et.al. Psychiatric Service ,2003 これを踏まえれば,安易に事前指示を出しておく慣習自体を病院全体の取 り組みによって是正する必要があるかもしれない.その他,医師及び看護師は頓 用薬の処方と投与に関して十分必要性を検討すること,精神保健従事者は向精 神薬使用に関する研修を受け,頓用薬の使用方法について一定の合意を得てお くことが必要である.取り組みの一例(Baker, et al., 2007)を表 6 にまとめ て提示する.- 43 - 表6
頓用薬適正使用のための提言(Baker 2007)
副作用を念頭に置く
投与目的を明確にする
投与時に適応症状の有無を確かめる
他剤との相互作用を念頭に置く
アレルギーの有無を知る
到達すべき状態を明確にする
患者が理解できるような説明で決定する
漫然と投与しない
頓用薬使用以外の代替方法の知識を持つ
頓用薬を投与をした状況を記録する
投与目的と副作用を伝え、疑問を解決する
- 44 - また,精神科入院医療の質を担保するための一つの評価項目として頓用薬 の使用状況を把握することは有用である.例えば使用状況,使用頻度,投与前後 の変化などを記録するなどである. 今回の調査にはいくつかの限界が存在する.調査の観察期間が24時間と限 られていたため,実際に頓用薬を投与された患者の情報は限られており詳細は 不明である.今回実際の投与された一部の慢性期患者が反復投与を受け続ける のか,それともその他にも頓用薬を投与される患者が複数存在するのかを明ら かにするためにはさらに調査期間を延長して観察を行うことが必要である.ま た,頓服が使用された時間帯やその時の医療体制などの分析ができていない.な お,調査は処方実態に関する横断調査として計画されたため,重症度,主症状,合 併症の有無,頓用薬使用前後の精神症状や副作用の有無などの患者情報が不十 分であった.さらに,ケアの手厚い急性期病棟の中で入院治療を受けている慢性 期患者が一定数含まれたことで本来の急性期治療の現状分析が十分にできてい ない.今後は精神科入院治療における頓用薬の影響を踏まえ,薬剤師や看護師と 連携した上で処方状況のモニタリングを実施し,精神科医も含めた医療スタッ フへの教育プログラムを行うなどの介入の効果を検証するような研究が行われ ることが期待される.また,頓用薬の問題は精神科入院治療の枠組みに限られた ことではなく,外来診療においても意識されるべきことである.この観点からも 今後の研究が期待される.
- 45 -
謝辞
本研究計画・解析についてご指導を頂いた国立精神・神経医療研究センター の伊藤弘人先生,野田寿恵先生,樋口輝彦先生,東京都精神医学総合研究所の西 田淳志先生,篠栗病院の坂田睦先生,およびデータ収集にご協力頂いた日本精神 科看護協会の松本佳子様,末安民生様,中野栄様,調査協力病棟のスタッフの皆 様に深く感謝申し上げます.- 46 -
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