DOI: http://dx.doi.org/10.14947/psychono.35.17
基礎心理学とサイエンス・アウトリーチ
―心の実験パッケージ開発委員会の活動を通して―
池 田 ま さ み
a,*・渡 邊 淳 司
b a 十文字学園女子大学 b NTTコミュニケーション科学基礎研究所Psychological science outreach activities of the Japanese Psychonomic Society
Committee for developing teaching materials for high school students
Masami Ikeda
a,* and Junji Watanabe
b aJumonji Universityb NTT Communication Science Laboratories
In this article, we introduce science outreach activities of a committee in the Japanese Psychonomic Society. The committee named as “The JPS committee for developing teaching materials for high school students” started in 2012, aiming at developing interactive teaching materials and media workshops (MWS) for science education, spe-cifically for education of the “brain and mind.” The committee members consist of the researchers of various fields, such as cognitive psychology, engineering education, interaction design, virtual reality and media arts. Media tech-nologies enable us to create teaching materials that are directly linked to the students’ experiences. Specifically, using computer graphics technologies, we developed a visualization system called “Face Homunculus Viewer (FHV)” and a face image transformation system called “Accidental Resemblance Generator (ARG).” The usage of the systems in the MWS can provide opportunities for students to gain deeper understanding of their brain and mind, and to learn the methods used in psychological experiments. The committee provided FHV application and documented proce-dures of the MWS for public, in order to broaden the user of the application, such as teachers at schools and science communicators at science museums. The MWS of ARG was also used for the validity evaluation of face image trans-formation method. For further development of the MWS we are planning to hold an “ideathon” (idea marathon) of concepts of new teaching materials.
Keywords: psychological science outreach, media workshop, education of the “brain and mind”, Japanese
Psycho-nomic Society Committee for developing teaching materials for high school students
1. は じ め に 本稿では,日本基礎心理学会「心の実験パッケージ開 発委員会」の取り組みを通して,サイエンス・アウト リーチについて解説する。はじめに,アウトリーチ活動 (outreach activity)の定義や活動内容について確認し, 次に,委員会の活動を例として取り上げ,サイエンス・ アウトリーチの今後の課題について述べていく。 文部科学省(2005)によると,アウトリーチ活動とは, 「国民の研究活動・科学技術への興味や関心を高め,か つ国民との双方向的な対話を通じて国民のニーズを研究 者が共有するため,研究者自身が国民一般に対して行う 双方向的なコミュニケーション活動」であるとしている。 ここで大切なのは,研究者側からの一方的な「提供」や 「伝達」ではないという点である。一般に,研究者にとっ てのアウトリーチ活動は,現場への出張授業など,地域 社会への社会貢献活動のひとつとして捉えられているか もしれないが,実際には,「双方的な」関係によって成 り立つ活動であることに注意しておく必要がある。 日本では,アウトリーチ活動を推進するため,「競争 Copyright 2016. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. * Corresponding author. Jumonji University, 2–1–28
Sugasawa, Niiza-shi, Saitama 352–8510, Japan. E-mail: [email protected]
的資金を獲得した研究者またはその所属する研究機関に 対してアウトリーチ活動への一定規模での支出を可能に する仕組みを導入する」(内閣府,2006)としており, 文部科学省や独立行政法人学術振興会(JSPS),国立研 究開発法人科学技術振興機構(JST)などから,さまざ まなプログラムや事業が提供されている。たとえば, JSPSでは「ひらめき★ときめきサイエンス∼ようこそ大 学の研究室へ∼」,「サイエンス・ダイアログプログラ ム」,JSTでは「研究者情報発信活動推進モデル事業」「サ イエンスアゴラ」などがある(参考 URL [1][2][3] [4])。文部科学省では,将来の国際的な科学技術系人材 を育成することを目指し,理数教育に重点を置いた研究 開発を行う「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」 を実施しており,具体的な取り組み事例は JSTのHP上 で公開されている(参考 URL [5])。また,JSPS では, 文部科学省から委託を受けた「世界トップレベル研究拠 点プログラム事業(WPI)」のなかでアウトリーチ活動 を展開しており(参考 URL [6]),アウトリーチ活動に 対する国や組織レベルでの支援は加速の一途にある。 これらのプログラムのねらいは「研究成果の普及」と 「次世代育成」にあるが,その研究領域を「自然科学」 と「人文科学(社会科学を含む)」に分けて概観してみ ると,圧倒的に前者が多い。また,自然科学の分野に目 を向けると,物理学,化学,生物学,地学,天文学な ど,「基礎科学」に関する分野が目立つ。これらの分野 は,理科の教科内容と直結することもあり,早くから大 学や学会,研究所,民間企業,科学館・博物館などで, 理科教育や科学教育を視野に入れた取り組みがなされて きた。 一方,人文・社会科学の分野(政治,経済,法学,商 学,文学,心理学,美学,音楽,スポーツ科学など)に ついては,CiNii (NII学術情報ナビゲータ)で「アウト リーチ」をキーワードとして検索をかけたところ,全 992件のうち,該当する論文や報告書は2割程度で,非 常に少ないことがわかる(参考 URL [7])。自然科学の 分野に比べ,人文・社会科学の分野におけるアウトリー チ活動は,まだ途上の段階にあるといえるだろう。 次に,「心理学」のアウトリーチ活動に焦点を当てて みると,目を引くのは,臨床などの応用分野からのアプ ローチである。たとえば,問題を抱え孤立した家庭に対 する「家庭訪問型アウトリーチ支援事業」(参考URL [8]) や「子育て支援」(独立行政法人国立女性教育会館, 2008),東日本大震災などの「被災者支援」がある。心 理学の場合,自然科学の分野とは反対に,基礎分野での アウトリーチ活動はまだ社会に浸透していないのかもし れない。こうした現状を踏まえつつ,次節では,日本基 礎心理学会のなかに「心の実験パッケージ開発委員会」 が発足した背景,および,これまでの活動内容,委員会 としての今後の課題について見ていく。 2.心の実験パッケージ開発委員会とは 2.1 設立の背景 科学教育の推進および生涯学習の充実などの社会的要 請(日本学術会議,2010)に応えるべく,2012年,日本 基礎心理学会では「心の実験パッケージ開発委員会 (The Japanese Psychonomic Society Committee for develop-ing teachdevelop-ing materials for high school students)」が設置さ れた。知覚・認知心理学からメディアアートまで幅広い 分野の研究者が集い(Table 1),小・中学生を含む高校 生までを対象とした心理学実験の教材や教授法の開発を 行っている(池田他,2015)。アウトリーチの本質的な 姿勢である「双方向的な対話」および「双方向的なコ ミュニケーション」をとりながら,「科学としての心理 学」を伝えることがねらいである。 なぜ,子どもたちに「科学としての心理学」を伝える 必要があるのだろうか。知覚・認知などの基礎心理に関 する現象はもっとも身近な「科学的思考」の対象である。 そして,幼少から身近な現象に対する科学的思考を育む ことは,社会生活を送るうえで根幹をなす「批判的思 考」に結びつくと考えられる。現状,科学教育の現場で は,教材や教授法,教師側の指導力などの不足により, 児童・生徒の科学的・批判的思考の育成に手が届かない と い う問題も指摘されている(科学技術振興機構, 2008)。このような現状にもかかわらず,科学教育で扱 われるのは自然に関する現象がほとんどであり,心理学 Table 1.
Committee members (as of August, 2016).
委員氏名 所属先 池田 まさみ 十文字学園女子大学 人間生活学部 (委員長) 渡邊 淳司 NTTコミュニケーション科学基礎研 究所(副委員長) 吉田 成朗 東京大学大学院 学際情報学府 上田 祥代 お茶の水女子大学大学院 基幹研究院 大崎 章弘 お茶の水女子大学 サイエンス& エデュケーションセンター 茅原 拓朗 宮城大学 事業構想学部 北崎 充晃 豊橋技術科学大学 情報知能工学系 川畑 秀明 慶應義塾大学 文学部 佐藤 隆夫 立命館大学 総合心理学部 (スーパーバイザー)
的な現象が扱われることはあまりない。また,大学に入 るまで知覚・認知などの基礎心理を学ぶ場がなく,心理 学に対する人々の理解が実際の学術的内容と乖離してし まっている。このような問題意識から,基礎心理学会内 に「心の実験パッケージ開発委員会」が発足した。 また,アウトリーチ活動では,そうした問題に対処・ 解決する意味も含めて「双方向性」が求められているの に対し,現状設定されている補助金プログラムは,その 部分的な実現たる「研究成果の普及」と「次世代育成」 が推進されているに過ぎず,真のアウトリーチ活動の意 図が研究者へ伝わっていない恐れも多分にある。「科学 としての心理学」の教材や教授法の開発を手がけるうえ で,組織やプロジェクトでも「双方向的なコミュニケー ション」を充分に意識し,取り組みを発信する実践例を つくっていく必要がある。 2.2 委員会の取り組み 委員会の主な取り組みとしては,a. インタラクティブ 技術を用いた体験型教材とその教材を用いたメディア ワークショップ(Media Workshop, MWS)を開発するこ と,b. 教材及びワークショップを誰でも実行可能なパッ ケージにすること,c. 教材とワークショップのテーマを シリーズ化すること,の3点が挙げられる。以下,それ ぞれについて詳細を述べる。 a. 教材とメディアワークショップの開発 教材開発 のポイントは,子どもが,現象を「自分事」として捉え, 実感をもって現象の成り立ちを理解できるよう,インタ ラクティブ技術を取り入れた「体験型教材」を開発する ことである。 近年,インタラクティブ技術やそのノウハウはエンタ テインメントや広告の分野に取り入れられており,子ど もに「体験的理解」をもたらすうえで重要な要素だと考 える。日本では,2000年代より,その技術を利用したメ ディア芸術(文化庁,2001)と呼ばれる分野の裾野は大 きく広がり,体験型・観客参加型の展示が多く行われる ようになった。ちなみに,文化芸術振興基本法第九条 (文化庁,2001)では,「国は,映画,漫画,アニメー ション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した 芸術(以下「メディア芸術」という)の振興を図るため, メディア芸術の製作,上映等への支援その他の必要な施 策を講ずるものとする。」としている。これは,初等中 等 教 育 に お け る ICT を 活 用 し た 教 育(文 部 科 学 省, 2010)にも通じるもので,教材開発においても欠かせな い視点である。 教授法については,心理学実験法や測定法に基づき, 教材を効果的に取り入れた手法を開発する。MWSでは, その手法に則り,子ども自身が実験の主体となり,実験 結果を実証的に考察することで,脳と心の関係(たとえ ば脳と身体知覚の関係)について理解を深めると同時 に,「科学的思考」や「知的探究心」をもつようになる ことを目指す。具体的には,「体験」「測定」「考察」の 3ステップの繰り返しが効果的であるため(池田・田中, 2009),これを基本として,MWSのテーマや時間配分, 対象年齢に応じて,調整を行う。 b. 教材・ワークショップのパッケージ化 教材開発 に次ぐもうひとつのポイントは,開発した教材や教授法 を誰でも使用できる「パッケージ」にすることである。 先に述べたように,教育現場の問題は教材や設備不足に 限らない。指導に関しても,教員数や指導力の不足など が指摘されており,この問題を解決することもアウト リーチ活動では重要な課題だと考えられる。本委員会で は,小学校・中学校・高校の先生方,科学館・博物館・ 美術館のコミュニケータの方たちが自ら授業やMWSを 実施できるよう,教材や教授法をパッケージ化してい く。また,授業マニュアルは,日本語版だけでなく英語 版も作成し,HPやYouTube上で公開し,その普及と発 展に努めている(池田他,2015)。 c. 教材とワークショップのテーマとシリーズ化 本 委員会では,「科学としての心理学」を伝えることを念 頭に,単発的な活動ではなく,当初から,「子どものた めの“知覚・認知”科学教育−メディアワークショップ シリーズ」と題して,テーマ選定を行った。 これまでに3つテーマ(「触力の測定」「顔の記憶」「声 の識別」)に関する教材開発を手がけ(Table 2),年に数 回 の ペ ー ス で 科 学 館 等 で の MWS を 実 施 し て き た Table 2.
Series of media workshops (MWS) and Teaching material applications.
(A) 触力測定実験: 触力を測定しよう!―わたしの 顔で見る感覚ホムンクルス
MWS: Let’s measure “Tactile Acuity” and visualize it with your face!
App: Face Homunculus Viewer (FHV) (B) 顔の記憶実験: 自分の顔を探せ!―鏡に映る顔,
心に映る顔
MWS: Let’s look for your face! Faces in the mirror and mind
App: Accidental Resemblance Generator (ARG) (C)声の印象実験: 自分の声と仲良くなろう!
MWS: Let’s become friend with your voice! App: Ideal Voice Maker (IVM,仮称)
(Table 3)。現在までに,Table 2 (A) はパッケージ化まで 進み,DVDおよび実験道具一式(20名分×2セット)を 「触力実験キット」として,本委員会から全国科学館連 携協議会(会長 毛利衛氏)に寄附を行った。これによ り,日本科学未来館から全国の科学館への貸出が実現し た。(B)はすでに数多くのMWSを行い,パッケージ化 を進めているところである(基礎心理学会第35大会に て配布予定)。(C)は教材を開発し,これからMWSを 行う段階である。 2.3 教材アプリケーション 本節では,「触力の測定」「顔の記憶」をテーマとした MWSにおいて開発された二つのアプリケーションにつ いて述べる。
a. Face Homunculus Viewer 「触力の測定」をテーマ
としたMWSにおいて,参加者は,心理学的な実験方法 で様々な身体部位の「触二点閾」を計測する。「Face Homunculus Viewer」(FHV)と名づけられたアプリケー ションでは,参加者の顔写真を撮影した後,その参加者 の「額」と「口」の触二点閾の値(○○mmなど)を入 力すると,二点閾の違いにあわせて,参加者の顔画像が 脳内にある「ホムンクルス顔」のように変形される。触 二点閾が小さい部位ほど大きく広がるように変形され る。参加者の元の顔とホムンクルス顔(Figure 1)は, 画面上のボタン操作ひとつで切り替えることができるた め,「実際の顔」と「脳の中の顔」の違いを簡単に見比 べられるという特徴をもつ。これにより,子どもは, 「触二点閾の小さい(触解像度の高い)身体部位は脳内 では大きな領域で処理されている」という知識を,自分 の実験結果と自分の顔写真を用いて体験的に理解するこ とができる。また,MWSの終わりには,全身のホムン クルスがどのようになっているかを参加者とともに考察 し,イラストとして描いてもらった。 自然で高速な顔画像の変形は,委員会の吉田ら(東京 大学大学院廣瀬・谷川・鳴海研究室)が開発した「自身 の表情が変化したように錯覚させて感情を変化させる表 情変化画像処理プログラム」(Yoshida, Sakurai, Narumi, Tanikawa, & Hirose, 2013)を基にしている。FHVを用い たMWS に つ い て は, 日 本 基 礎 心 理 学 会 第 33 回 大 会 (2014年12月7日)で発表し,基礎心理学研究にて報告
した(池田他,2015)。
b. Accidental Resemblance Generator 「顔 の 記 憶」 を
テーマとしたMWSで開発されたアプリケーション,「他人 のそら似生成機(Accidental Resemblance Generator, ARG)」 では,参加者の顔写真を撮影し,写真の眉や目,鼻,口 の位置やサイズ,顔輪郭の形状を,任意のパラメータ値 で変化させることができる(川瀬他,2016)。MWSで は,あらかじめ参加者の顔を撮影し,ARGで変換した 顔写真10枚のなかから「本物(無変換)」の1枚を探し 当てることが課題である(Figure 2)。参加者は,MWS の講師の顔や,グループメンバの顔,自分の顔,それぞ れ1枚ずつ(計10枚)を見せられ,その人の顔であるか を「〇」「×」「△」で判定し,ワークシートに記入する。 Table 3.
History of past media workshops (MWS).
開催年月 開催場所 参加者
2013年 1月 25日 お茶の水女子大学附属中学校 中学生(20名×2回)
2013年 3月 24日 千葉市科学館 小学生(24名×2回)
2013年 10月 26日 日本基礎心理学会公開シンポジウム 高校生(20名×2回)
2014年 7月 26日 岐阜市科学館 小学生(24名×2回)
2015年 9月 4日・5日 Ars Electronica Festival̶Post City̶*1 一 般(10名×2回)
2015年 10月 25日 日本基礎心理学会公開シンポジウム 高校生(20名×2回)
2015年 11月 1日 熊本市現代美術館 小学生(20名×2回)
2015年 11月 14日 サイエンスアゴラ 小学生∼高校生 約50名
2015年 11月 28日・29日 グランフロント大阪ナレッジキャピタルThe Lab. *1 一 般(16名×2回)
2016年 7月 24日 31st International Congress of Psychology (ICP2016) *2 中学生・高校生 約30名
*1 東京大学大学院 廣瀬・谷川・鳴海研究室共催
*2 日本心理学会・ICP2016・横浜市共催
記入作業の後,結果(間違えたパラメータ値)について どのような特徴があるか参加者と共に考察し,記憶のな かの顔(=心に映る顔)についての理解を深めた。 2016年7月には,日本心理学会・横浜市・ICP・日本 基礎心理学会の 4団体の共催により,ICP2016のなかで MWS「顔の記憶実験: 自分の顔を探せ! 鏡に映る顔, 心に映る顔」を行った(2016年7月24日,Figure 3)。参 加者からは「人間の記憶の特徴や研究手法を楽しく学ぶ ことができた」,「心理学は科学で,工学にもつながるこ とがわかった」など,興味深い感想が寄せられた(池 田・渡邊,2016)。 2.4 新規教材とMWSの新規開発に向けて: アイディア ソンの開催 現在,委員会では,新規に教材やMWSを企画するた めの「アイディアソン(Ideathon)」(アイディア(Idea) とマラソン(Marathon)を掛け合わせた語)の開催を予 定している(開催日: 2016年10月31日10 : 00∼19 : 00, 参考URL [9])。開催は,「超臨場感コミュニケーション 産学官フォーラム(URCF)クロスモーダルデザイン WG」との共催である。このアイディアソンでは,参加 者は分野の異なるメンバとチームを組み,子ども向けの 「心理学メディアワークショップ」の企画を立案しても らう。立案されたアイデアのうち,優秀な企画について は,日本基礎心理学会心の実験パッケージ「ワーク ショップ優秀企画賞」が授与される。また,優秀企画賞 受賞チームには,本委員会が協力・支援し,実際にサイ エンスミュージアムなどでワークショップを実施する機 会を設ける。 3.サイエンス・アウトリーチと研究 3.1 「心の実験パッケージ」とサイエンス・アウトリーチ 顔変形アプリケーションARGの開発は,映像や写真 のなかの表情や文脈を損なうことなく肖像権を保護する 「容貌変化システム」の研究(川瀬他,2016)に基づい ている。「容貌変化システム」の評価では,実験室とい う統制された環境での実験だけでなく,心の実験パッ ケージ委員会において実施したMWSにおけるデータも 利用されている。つまり,MWSのために開発された ARGを多くの参加者に使ってもらうことで,学術研究 のためのデータ蓄積およびシステム妥当性の検証にもつ ながった。 冒頭に述べたように,一般的に,アウトリーチ活動と いうと,研究成果の社会的還元・社会貢献のための活動 と見なされがちであるが,自然な状況下でのデータ蓄積 や,参加者の「心」に触れてはじめて,その理解のあり 方に気づかされることもあり,MWSで得たデータから, 実験室では見えなかった「人間理解」につながることも ある。その点でも,アウトリーチ活動のなかで「双方向 的な対話」および「双方向的なコミュニケーション」を 取り入れることは必須であり,これらが実現して初め て,アウトリーチの本質的役割を果たしたことになる。 アウトリーチはまさに研究と「両輪」の関係にあるとも 言える。人間行動の科学的解明は社会との関係なくして は成り立たない。何より,研究者の意識が,まずはそこ Figure 2. Transformations of face photograph using ARG.
Figure 3. Photographs of participants’ experiences in the media workshop.
に通じていること,そして,委員会のメンバ間でもその 共通認識が得られていることが重要だと考える。 3.2 国内外の心理学会・大学におけるサイエンス・ アウトリーチ活動 国内外の心理学系の学会や大学の心理学部・学科のア ウトリーチ活動に目を向けてみたいと思う。注目すべき 活動に,American Psychological Association (APA) の In-ternational Outreach がある(参考 URL [10])。国際的か つ組織的なレベルで,社会的な課題解決に向けた連携活 動を行っており,これまでに約20カ国近くの心理学会 や団 体 が APA と の 間 で Memorandum of Understanding (MOU)を結んでいる。日本も,2012年,MOUパート
ナとなっている(Signatories: APA President Suzanne Ben-nett Johnson, JPA President Takao Sato, 参考URL [11])。社 会のさまざまな難問に対する心理学からの挑戦とも言う べき活動であり,今後の展開が期待されるところであろ う。
基礎心理に関するアウトリーチとしては,Association for Psychological Science (APS)が研究補助金を提供する かたちで,2014年,Neuroscience Outreachと称するプロ ジェクトがスタートしている(参考URL [12])。 日本心理学会でも,2008年以降,サイエンス・アウト リーチ活動の一環として,一般公開講座などで,「社会 のための心理学」,「科学としての心理学」,「高校生のた めの心理学」をそれぞれシリーズ化し,参加者にそのね らいを伝える活動を継続している(参考URL [13])。「継 続は力なり」で,こうした取り組みは徐々に効果が示さ れることになるだろう。しかし,公開講座の場だけで は,アウトリーチ活動の定義(文部科学省,2005)にあ る「双方的な対話」や「双方向的なコミュニケーション」 までは難しいのが現状だろう。 大学での取り組みはどのようになっているのだろう か。心理学系の学部や学科でサイエンス・アウトリーチ 活動は行われているのだろうか。たとえば,Durham Universityでは心理学部全体で(参考URL [14]),また, Stanford University では専門オフィスを設置して(参考 URL [15]),それぞれ,Science Outreachと称して,心理 学ワークショップやインターンシップ制度のなかで基礎 心理学の研究課題に取り組むなどしている。しかし,そ うした大学レベルでの取り組みは海外でもそれほど多く はない。日本では,基礎心理学に関するアウトリーチ活 動を学部や学科で発信している大学はほとんど見当たら ない。 しかし,冒頭でも述べたように,研究者による研究成 果の公開は,国からも推奨されており(内閣府,2006), 義務化されることもあることから,基礎心理学の分野で も,研究者個人や共同でさまざまな活動が行われている と考えられる。にもかかわらず,そうした活動がなかな か見えてこないのは,「アウトリーチ」として発信して いない,あるいは,単なる「研究成果の普及」や「次世 代育成」という域を脱していないことなどが考えられる。 4.「心の実験パッケージ開発委員会」の 意義と課題 心理学のアウトリーチに関する学会や大学の学部・学 科での取り組みは,連携や協働ならではの活動コンテン ツやノウハウを有し,参考にすべき点がある。しかしな がら,そのなかで,「科学としての心理学」を支えるサ イエンス・アウトリーチ活動に関する体制については, 脆弱な点が否めない。その意味では,国内外を概観して みても,心の実験パッケージ開発委員会の基礎心理学に 関するサイエンス・アウトリーチの取り組みは,ほかに 類を見ない特徴をもち,重要かつ有意義だと言えよう。 特徴を以下に整理する。 ① 活動の公認性: 基礎心理系の学会内に正式な委員会と して設置されていること。 ② メンバの多様性: 基礎心理を中心に,教育工学,バー チャルリアリティ,メディアアートなど多様な専門分 野の研究者で構成されていること。 ③ 教材・WSの双方性: インタラクティブ技術を取り入 れた体験型教材と参加者との対話のあるMWSの開発 を行い,科学館等で実践していること。 ④ 教材・WSの汎用性: 教材やMWSを誰でも実行可能 な「パッケージ」にしていること。多くの参加者に用 いることで,学術研究のためのデータ蓄積およびシス テム妥当性の検証にもつながる。 ⑤ 活動の一貫性: 知覚・認知に関わるWSをシリーズ化 しており,継続的に活動していること。シリーズ化に より,子どもたちの興味の対象(すなわち,学習者の 選択肢)の幅に対応可能である。また,①とも関連す るが,海外への発信や協働も可能である。 以上の5点があげられる。これらをすべて同時に進め, 活動を定着・発展させてきた点は評価に値するだろう。 今後の課題としては,先に述べたような「アイディア ソン」の開催,あるいは,個々の委員がサブ研究チーム を持つなどして,新規に教材やWSを開発し,子どもた ちの「探究心」を刺激するようなシリーズをさらに展開 することである。すなわち,本委員会をプラットホーム として,新規の教材開発の場や機会をさまざまな方法,
さまざまな専門領域のメンバでつなぐことが必要だと考 える。また,活動を国内で閉じることなく,国際間連携 を視野に入れ,「グローバル・サイエンス・アウトリーチ」 を実施すべく次の展開を検討していくことも重要だろう。 謝 辞 本委員会の実験アプリケーションの開発および製作に おきまして,ARG は川瀬佑司さん(東京大学大学院 2015年3月修了)に,IVM (仮称)は伏見遼平さん(東 京大学大学院)に,全面的にご協力いただきました。委 員会一同,ここに改めて心よりお礼申し上げます。 引 用 文 献 文化庁 (2001).文化芸術振興基本法 http://law.e-gov. go.jp/htmldata/H13/H13HO148.html (2016 年 8 月 11 日ア クセス) 独 立 行 政 法 人 科 学 技 術 振 興 機 構(2008).JSTNews, 5, http://www.jst.go.jp/pr/jst-news/2008/2008-06/page07.html (2016年8月11日アクセス) 独立行政法人国立女性教育会館 (2008).子育て支援に おけるアウトリーチの取り組み――地域の人材を活か し て支 援 を 届 け る し く み づ く り―― http://www. nwec.jp/jp/publish/report/page21.html (2016 年 8 月 11 日 アクセス) 池田まさみ・田中美帆 (2009).「脳と心の科学」教育: 身近な知覚学習ツールを用いた教授法の開発と実践 認知科学,16, 281–295. 池田まさみ・渡邊淳司 (2016).私の出前授業「自分の 顔を探せ!鏡に映る顔,心に映る顔」心理学ワール ド,75, 30–31 新曜社 池田まさみ・渡邊淳司・上田祥代・吉田成朗・茅原拓 朗・北崎充晃 (2015).メディアワークショップこれ からの知覚心理学教育を考える――小・中学生を対象 とした心理学実験ワークショップを通して―― 基礎 心理学研究,34, 181–183. 川瀬佑司・吉田成朗・鳴海拓志・上田祥代・池田まさ み・渡邊淳司. . .廣瀬通孝 (2016) Mob Scene Filter: 顔 部位の形状・位置変形を利用した他人顔変換手法 バーチャルリアリティ学会論文誌,21, 483–492. 文部科学省(2005).学術研究推進部会(第10回)資料 3–5アウトリーチの活動の推進について http://www. mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/008/siryo/ attach/1342833.htm (2016年8月11日アクセス) 文部科学省 (2008).「教育の情報化に関する手引」検討 素案 第 5章 初等中等教育における学習指導での ICT 活用http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/ shotou/056/shiryo/attach/1244851.htm (2016 年 8 月 11 日 アクセス) 文部科学省(2010).「教育の情報化に関する手引」につ いて 第 3章教科指導におけるICT活用 http://www. mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__ics-Files/afieldfile/2010/12/13/1259416_8.pdf(2016 年 8 月 11 日アクセス) 内 閣 府 (2006). 科 学 技 術 基 本 計 画 http://www8.cao. go.jp/cstp/kihonkeikaku/honbun.pdf (2016 年 8 月 11 日 ア クセス) 日本学術会議 (2010).日本の展望 学術からの提言 報告心理学分野の展望――人間社会の持続的発展にこ たえる心の科学の構築―― http://www.kokoro-scj.org/ info_material/teigen.pdf (2016年8月11日アクセス) Yoshida, S., Sakurai, S., Narumi, T., Tanikawa, T., & Hirose, M.
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https://oso.stanford.edu/programs/39-rise-summer- internship-program