• 検索結果がありません。

南アジア研究 第29号 021書評・古田 学「労働政策研究・研修機構(編)『インドの労働・雇用・社会―日系進出企業の投資環境―』(JILPT 海外調査シリーズ1)」

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "南アジア研究 第29号 021書評・古田 学「労働政策研究・研修機構(編)『インドの労働・雇用・社会―日系進出企業の投資環境―』(JILPT 海外調査シリーズ1)」"

Copied!
6
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)書評 労働政策研究・研修機構(編)『インドの労働・雇用・社会 日系進出企業の投資環境 』(JILPT 海外調査シリーズ1). 書評. 労働政策研究・研修機構(編) 『インドの労働・ 雇用・社会 日系進出企業の投資環境 』 (JILPT 海外調査シリーズ1) 東京:労働政策研究・研修機構、2016年、2,000円+税、ISBN 978-4-538-51001-9. 古田 学 本書の目的はインドに進出している日系企業がかかえる問題点を分析 し、円滑な企業経営をおこなうために考慮すべき点を考察することにあ るとされている。評者は、その目的は果たされていると考える。本書は、 インド労働市場に関する情勢だけでなく、日系企業が進出時に直面する 問題に関して的確かつコンパクトに指摘している。また、最終章におい ては筆者らが行なった日系企業への聞き取り調査も内容に含まれ、それ までの章で行なった一般的な議論だけでなく、実際の事例から筆者らの 議論の妥当性が確かめられる点もユニークな点である。インドの労働法 は州ごとで異なることや、産業や企業規模により人事・労務管理は異る ため本書の議論が実際の実務において必ずしも該当しないこともあるが、 インド進出を考えているもしくはすでに進出している企業の方には是非 手元に置いて欲しい一冊である。また、インドに興味のある学生や研究 者、政府関係者にとっても是非参照すべき本であると考えられる。 以下では、本書の内容について章ごとに見ていく。まず、第1章にお いては、インド社会、経済、政治情勢の概観が記述されている。インド社 会は言語、宗教、カースト、地域間の違いなどの多様性を含んでいる。そ れらの多様な意見を反映するために、インドでは議会制が採用されてい る。多様な意見を政策に反映しながらも、インド経済は独立後から成長 を続けており、1991年の経済自由化後にその成長を加速化させている。 その背景には IT 産業を含む第三次産業の成長がある。このような情勢 の中で、インド労働市場の状況がどのようになっているのかが第2章以 降描かれている。 第2章では、インド労働市場の構造とその実態が描かれている。イン ドは現在13億人もの人口を抱える大国であるが、同規模の人口を抱える 中国とは異なりまだまだ若年層が多く、人口ボーナスが続くと考えられ ている。女性や高学歴若年層の失業問題、労働・社会保障法の対象であ 265.

(2) 南アジア研究第29号(2017年). る組織(フォーマル)部門の雇用の伸び悩みなどの問題を抱える一方で、 新興産業では中間層が形成されていることが述べられている。また、賃 金に関しても、ホワイトカラー・ブルーカラー間、直接雇用・間接雇用 間、都市・農村間での格差についても触れられている。いずれも前者の 方が賃金は高い。そして、最低賃金法についても触れられており、法で 定められた最低賃金自体は近年上昇しているが、その遵守について筆者 らは疑問を呈している。政府の雇用保障政策についても述べられており、 特に全国の農村で土木作業などの雇用を保障する大規模な雇用保障政策 であるマハートマー・ガンディー全国農村雇用保障計画(MGNREGS) については肯定的な意見を述べながら、今後も適切な政策評価を行なっ ていく必要性があると示唆している。 続く第3章では、学校教育や職業訓練学校における人材育成の実態が 書かれている。まず学校教育では、識字率、初等教育の就学率の上昇、及 び高等教育への進学の増加の一方で、ドロップアウトの多さや教育の質 に問題提起している。入学資格が多くの場合14歳以上であり、技能を身 につけるために通うのが ITIs(産業訓練センター)であるが、本書では 2校の筆者によるヒアリング調査を含めつつ ITIs の詳細を説明してい る。ITIs は政府の積極的な支援を受け改革を進めているが、改革前の悪 評を覆すまでには至っていない。それは、公立 ITIs の質的量的不足、学 校間・地域間での教育格差及び実務への直結性の欠如だと筆者は述べて いる。また、人材育成がなされても企業とのミスマッチが起これば失業 につながってしまう。そのため、多くの民間人材紹介・派遣会社が急速 に増加している状況も説明されている。 第4章では、労働に関する法令についての解説がなされている。具体 的には、人事労務管理上で遵守すべき、工場法、労働争議法、賃金支払法 などの概要が解説されている。インドは労働における法令は連邦と州の 共同管轄となっている。そのため、州ごとに個別の労働関係法に関して 異なる点があることは留意すべき点である。従来から労働法の規制緩和 が企業側から要求されており、州政府において先行して規制緩和が起き ている状況から、モディ政権において筆者らはこの動きが加速化するの ではないかと考え、今後の動きに注目すべきであると述べている。 インド人によって執筆された複数のテキストを紹介する形で、第5章 ではインド企業で理想とされる人事労務管理に関して描写されている。 266.

(3) 書評 労働政策研究・研修機構(編)『インドの労働・雇用・社会 日系進出企業の投資環境 』(JILPT 海外調査シリーズ1). 欧米式の管理手法が一般的に採用されているが、インド企業の人事管理 の特徴として、高いステップアップ意識による職階の多さや、ジョブ ホッピングを良しとする文化による社内人材育成の意識の低さ、欠勤率 の高さなどがあげられる。また、労働争議法において企業は労働者の解 雇が容易ではない点から、解雇理由としての不正行為を契約時に事細か に文面化するのも特徴である。 労使関係をめぐる問題点に関しては第6章で述べられている。一般に インドの労働組合組織率は低い。そして、従来の産業別の組合でなく、 企業ごとの組合が増加してきている。この背景には、中央労働組合組織 と認定されるような大きな組合は、特定の政党が関与し政治的色合いが 強くなるが、政党の動きにより組合運動が影響を受けることを嫌い、企 業別で組織する傾向がある。これらが相まって労働争議の件数が減少傾 向にある。また新しい動きとしては、労働・社会保障法の対象とならな い非組織部門でも労働組合化の動きがあるが、どこまで拡大するかに関 して筆者は懐疑的である。このような状況の中で、労使対等が維持でき にくくなってきていると結論づけている。 第7章では、労働災害の実態とその防止のための関連法、そして、実 際に労働災害が生じた際の補償制度に関してまとめられている。インド では、労働災害の防止のために、工場法などに記載されているように安 全上の規定について細かく設定されている。実際の労働災害の実態を見 てみると、ヘルメットの着用が義務付けられていたが、暑さのために着 用を怠り負傷するといったように、法規が遵守されずに労働災害に至っ ているケースが多い。州政府に任命され工場に立ち入り法規が守られて いるか検査する監督官の数も足りていない状況にある。また実際に労働 災害が生じた際の補償に関しても法律で規定されているが、手続きが煩 雑であり支給まで時間を要する。そのため、示談で済ませる傾向がある。 第8章では、インドの社会保障制度の概観が述べられている。具体的 には、医療保険、年金、労働者福祉制度に関してである。組織部門の労働 者への医療保険、年金制度は古くから整備されていた。しかし、近年に なって非組織部門や農業労働者への社会保障が議論され、実施に移され ようとしている。まだ議論が続いている段階ではあるが、今まで社会保 障の対象ではなかった下層の労働者にまで経済成長の成果が行き渡るよ うになってきている可能性があると、筆者らは明るい材料だと捉えてい 267.

(4) 南アジア研究第29号(2017年). る。 労働行政組織については第9章にて、連邦政府の部局と関連機関、そ して、州政府の機関を概観している。まず連邦政府の労働関係の政策立 案や監督業務を担っているのは労働雇用省である。実際の監督業務を行 うのは州政府から任命された監督官たちである。インドの特徴として、 日本の労働基準監督署のように統一的に監督業務を行う機関は存在せず、 法律ごとに監督官が配置されるといった形となっている。この業態に よって監督行政の強化に課題があると筆者らは主張している。また、デ リー首都直轄地とタミル・ナドゥー州の2つを取り上げ、独自の調査に より州ごとに労働関連機関が異なることを比較し、示している。 最後の第10章においては、独自の聞き取り調査に基づき、インド進出 日系企業の人材調達や人事・労務管理の傾向を示している。また、その うちの3社を個別に紹介し、具体的に直面している問題やその対応策を 示すことで、日系企業の取り組みの傾向を示している。人材の採用に関 しては、ブルーカラー、ホワイトカラー共に確保はできているが、安定 的確保や質的確保の難しさを感じる企業がいる。また、日系企業は立ち 上げ時のホワイトカラー労働者の採用に際して人材紹介会社をほとんど の企業が利用している。社内人材育成を日系企業は、日本への派遣研修 も含め積極的に行なっており、この点はインド現地企業のやり方と異な る点である。宗教やカーストに関しては表面上問題ないと回答するケー スがほとんどであるが、実際は無視できない局面に出くわすようである。 個別の事例を見比べてみると、やはり産業の違いや企業規模により人 事・労務管理は企業ごとで異なっている。特に請負労働者の雇用に関し ては、ライン製造を行うような企業では製造業務も行わせているのに対 し、化学系の製造企業では清掃業務だけというような違いがある。また、 規模が異なることで労働組合への対応や認識に対しては差が生じている。 評者は、本書の概観や主張に対して概ね賛同を示す。しかしながら、 以下の点について留意をしておく、もしくは、より強調しておく必要が あると考える。まず、IT 産業などの新興産業が発達することで中間層が 拡大している点は確かではあるが、第三次産業はその GDP シェアの割 には雇用吸収能力が少ない。そのため、まだ半数の未熟練労働者は農村 に残ったままである。一般に雇用吸収能力が高いと考えられるのは製造 業をはじめとする第二次産業であると考えられる。モディ政権は「メイ 268.

(5) 書評 労働政策研究・研修機構(編)『インドの労働・雇用・社会 日系進出企業の投資環境 』(JILPT 海外調査シリーズ1). ク・イン・インディア」の標語のもとに製造業の発展を促進しようとし ているが、現時点においてはまだ成果が出ているとは言い難い。新興産 業は相対的に高学歴な人材を必要とするため、長期的に中間層が拡大し ていくためには、第二次産業の発展が必要ではないかということを明記 しておきたい。 次に、請負労働者の取り扱いについては慎重さを要することをより強 調しておきたい。労働争議法の定めるところによれば、100人以上の雇用 規模である工場においては、直接雇用の労働者を解雇するのは、不正行 為等がなければ困難である。ただし、請負労働者についてはこの限りで はなく、契約を解除することは簡単である。また、請負労働者に対して は、ボーナスや医療保険料、年金も支払う必要がなく、その賃金もおお よそ最低賃金法に定める水準である。したがって、技術を必要としない 単純作業を安い賃金で行う上では、これらの請負労働者を積極的に雇用 していくこととなる。しかし、注意しなければならないのは、請負労働 者の業務内容は基幹業務を行ってはいけないと定められており、製造業 務等を行わせるのはかなりグレーゾーンである。また、本文にもあるが、 2012年7月のマルチ・スズキでのストライキに見られるように、請負労 働者が労働組合を組織しようという動きが見られる。特に、これからイ ンド進出をする企業の方にとっては請負労働者の取り扱いについては注 意を払う必要がある。 そして、確かに労働争議に関しては減少傾向にあるが、進出企業に とっては労働組合の存在を無視することはできない。特に、既存のイン ド現地企業の買収もしくは合併し進出する場合には、それまでの労使の 関係には気をつけなければならない。新規にグリーンフィールド投資と して参入する際には、本書の事例にもあったように、労働者の出身地域 を分散させる、血縁関係者は雇用しないなどといったように徒党を組ま ないようにといった工夫が必要になるケースもある。もちろん労働組合 は労働者の権利を守るために必要であるが、労働組合の外部役員には政 党関係者や扇動家が入り込むことがある。そのため、政治情勢に企業活 動が影響を受けやすくなる危険性を孕んでいることは留意しなければな らない点である。 また、日系企業にとっては、本書の第1章であったようにインドは言 語が多様である。大卒のホワイトカラー労働者であれば英語でのコミュ 269.

(6) 南アジア研究第29号(2017年). ニケーションが可能であるが、ブルーカラーの多くが英語を話すことが できず現地語でコミュニケーションをとる必要がある。そのため、人事 部長は英語と現地語が話せるインド人になるケースが多い。その人事部 長が円滑に経営陣と労働者の連携を図れている場合は問題ないが、両者 に齟齬が生じて人事部長が板挟みになるケースが起きている。その場合 には労使関係が悪化し、労働争議に発展する可能性がある。そのため、 経営陣が意図を正確に伝える工夫や、労働者の意見を汲み上げる工夫な どが必要となってくる。また、人事部長がうまく経営陣と労働者の橋渡 しになっている場合においても、当人が他社に移ってしまう可能性は十 分にある。それを防ぐためにも、十分なケアを当人にかける必要性が生 じてくる。 最後に、MGNREGS の副次的な効果についても記述しておく。この計 画は農村で土木作業などの雇用を保障する計画であるが、その賃金は政 府によって保障されるものである。そのため、実質的に最低賃金法の遵 守に寄与している。また、雇用が保障されることで最貧州の1つである ビハール州から州をまたぐような出稼ぎ労働者が減少したことも知られ ている。 上記のような指摘を行なったが、これらは十分な文献研究及び実地調 査により書かれた本書の評価を揺るがすものではない。労働市場は有機 的に変化するものであるが、本書は現時点においてインド労働市場を概 観するための良書であると考えられる。 ふるた まなぶ ●愛知学院大学. 270.

(7)

参照

関連したドキュメント

⑹外国の⼤学その他の外国の学校(その教育研究活動等の総合的な状況について、当該外国の政府又は関

笹川平和財団・海洋政策研究所では、持続可能な社会の実現に向けて必要な海洋政策に関する研究と して、2019 年度より

この問題をふまえ、インド政府は、以下に定める表に記載のように、29 の連邦労働法をまとめて四つ の連邦法、具体的には、①2020 年労使関係法(Industrial

4 アパレル 中国 NGO及び 労働組合 労働時間の長さ、賃金、作業場の環境に関して指摘あり 是正措置に合意. 5 鉄鋼 カナダ 労働組合

問 11.雇用されている会社から契約期間、労働時間、休日、賃金などの条件が示された

[r]

c マルチ レスポンス(多項目選択質問)集計 勤労者本人が自分の定年退職にそなえて行うべきも

介護労働安定センター主催研修 随時 研修テーマに基づき選定 その他各種関係機関主催研修 随時 研修テーマに基づき選定