本書は、2011年度から2013年度にかけて基盤研究
B
「ポストコロニ アル・インドにおける社会運動と民主主義」との研究課題の下に、11 名のメンバーが分析を行ってきたインド社会運動研究会の成果である。 本書は単に抵抗運動や反対運動の因果関係についての議論に終始する のではなく、社会や政治の変革を志向してきたインドの人びとが何を 問題とし、その解決を目指して運動に参画してきたのか、現地に根差 して生き生きとした実態を描こうとしている。本書の大きな特徴とし ては、第一に長期的スパンに立ちつつ、植民地支配の統治において形 成された宗教、カースト、トライブなどの社会集団カテゴリーの構築 過程と社会運動を関連づけて捉えている点である。第二に、社会運動 への分析をつうじて、世界最大の民主主義国家インドが時代の趨勢の なかで抱えてきた社会・政治的な課題を俯瞰できるという点である。以 上のような視座を理解したうえで、第1章から第10章までの各章の主要 な論点をまとめつつ、若干の批評を付していきたい。 第1章は、北インドのビハール地方シャハーバード県で1860年代末 から1960年代末までに起こった農民運動を「宗教・社会改革」・「キ サーン(農民)」・「社会主義」の3つの変貌するフレームとして分析し ている。小嶋氏によると、これら3つのフレームの移行は運動のサイク ルとの関係しており、諸社会運動においては別個の課題および要求を 持ってきたものの、その担い手が複数の運動に関わるようになって、諸 運動を架橋するフレームが洗練された形で顕在化してくると主張する。 他方、運動が制度化していく過程において、不満を持った人びとはフ レームを打ち破って運動を急進化させ、新たな課題や要求を実現しよ うとする動きを示すことにもつながる。小嶋氏の提示するサイクルの再 構築が起点となって、新たなフレームの形成が起動するという説明は、 複雑な様相を呈してきたインドの社会運動を議論する上で正鵠を射た 考え方と言えよう。石坂晋哉(編)
『インドの社会運動と民主主義
─変革を求める人びと─』
京都:昭和堂、2015年、336頁、5400円+税、ISBN 978-4-8122-1435-0油井美春
書 評第2章は、「不可触民」差別問題の中心地となってきたタミル・ナー ドゥ州における非バラモン運動を事例に、植民地期から現在までの歴 史的変遷のなかで被抑圧的・被差別状況を克服しようと試行する人び との抱えてきた苦境を描いている。「不可触民」問題は非バラモン運動 の政治化およびタミル化を経て、州政治の舞台で主流化したことで積 極的格差是正措置が推進されるようになったが、同時に「均質で平等 なタミル社会」という言説が流布する過程で、周縁化された。そこで 「不可触民」は、「ダリト」を用いるようになって、宗教社会的差別と いう固有問題の根本的解決を図ろうとしている。志賀氏は諸カースト 間での差別構造は存続し続け、また社会経済的地位の上昇を果たした としても、「不可触民」以外になることが困難な現状を指摘する。志賀 氏は非バラモン運動の「不可触民」の人びとをめぐる齟齬を丁寧に紐 解いている。非バラモン運動は矛盾を抱えつつも、積極的是正措置の 推進に帰結してきたわけであり、他州と比較すると、一定程度結実し たとみなすことができよう。 第3章は、強制的避妊手術などで知られるインドの家族計画政策のう ち、英領期からポストコロニアル期に高揚した産児制限運動に焦点を 当てる。松尾氏は産児制限運動が複数の異なるアクターから生成し、か ついずれもリプロダクション(性と生殖)を危険視する見地にあった ことを明らかにしている。運動の初期には、女性の権利としての生殖 と身体の管理と自己決定というフェミニズム的主張が強調されてきた。 だが戦間期には国家や社会の向上にとって産児制限こそが有効かつ科 学的な手段であるとみなされて、優生学に基づいた主張が活発化して いった。独立以降、インド政府が家族計画プログラムを開始すると、産 児制限運動は制度化されるに至った。松尾氏は女性の健康や生活を守 る基本的権利としての産児制限という、運動の初期理念の達成はいま だ途上にあると主張する。優生学を取り込んだ産児制限運動は運動の 歪曲化、社会的弱者への差別につながって現在に至っている。こうし た状況下において、果たして産児制限運動の原点に回帰した女性の自 己決定やエンパワーメントを推し進める新たな運動の活況は見出され うるだろうか。 第4章は、オディシャー州西部のコーサラ運動を取り上げ、この地で 形成された反平野意識とさまざまな運動群の動態的な関連性を社会・
政治変化とともに歴史的に跡づけている。コーサラ運動の祖型は1940 年代半ばに現れた藩王国の併合問題とダム建設反対運動が交差する点 で浮上し、その際に強調された海岸平野部からの差別的待遇、格差、平 野部の犠牲となる丘陵部といった構造が形成された。そして、天然資 源の豊富なコーサラの地に新州を設立すれば、地元の人びとが政策や 開発に直接関わることができ、迅速な発展の下に格差を是正すること ができるという筋道が提示されてきた。杉本氏はコーサラ運動の広が りが途上段階にあるものの、今後も数々の困難に直面しつつも継続さ れていくと展望している。評者はたとえ反平野部を掲げての州再編が 実現したとしても、周縁地域のコーサラにとってはむしろ中央政府から の支援やオディシャー州の平野部との互恵的共存こそが発展につなが るのではないだろうかと捉えている。 第5章は、ウッタル・プラデーシュ州のダリト運動におけるアンベー ドカルから仏教改宗運動までの展開を射程に収め、仏教改宗運動の担 い手たちが、いかに現在において過去を思考し未来を志向するのかと いう点を考察している。舟橋氏はアンベードカルの掲げた仏教改宗は、 インドの「伝統宗教」の復興/への回帰であると同時に、近代啓蒙思 想の下で「自由・平等・博愛」の追求をもって、近代思想・理念との 合一と考えている。改宗仏教徒は不可触民の過去を「抑圧の歴史」と して捉え、そのアイデンティティは歴史、聖者ラヴィダースとのつなが り、ヒンドゥーを否定した急進的復古の3つの柱から形成されている。 舟橋氏は、現在や未来を志向する際の過去―経験的過去、あるいは神 話的過去―への思考の重要性を熟慮すべきと主張する。ダリトの仏教 改宗運動への分析をつうじて浮き彫りになったのは、社会運動の長期 的展開の最終局面においては、その歴史が書かれ、読まれる過程に存 在しているという点が導き出されるだろう。 第6章は、暴力革命を掲げるナクサライト運動を議会政治の展開と関 連付け、グローバル化の波に洗われつつも存続できた要因および近年 の衰退の背景と今後の展望について分析している。中溝氏は議会政党 が機能不全に陥ったために、ナクサライト運動が貧困問題の解消を期 待した人びとによって支持されていったとの要因を挙げる。他方、近 年ナクサライト運動は衰退傾向にあり、その背景として政府による弾 圧と開発政策に加え、インド政治の構造的要因と暴力に対する忌避感
情の3点を挙げる。ナクサライトが展開してきた階級政治は有権者への アピールと政策形成の影響力という点で限界があり、この構造的要因 が運動拡大を妨げていたとみなす。またナクサライトの肯定する暴力行 使に対して、農民の多くは忌避感情を高め、和平交渉を望んでいた。中 溝氏は展望として、今後も国家に対する復讐を誓う者が身を投じると して、ナクサライト運動の存続を挙げる。しかしながら、評者は暴力 による抵抗運動が今後正当性をもって受容されていくのか、むしろ周 辺地域との断絶や孤立につながるのではないかとみなしている。 第7章は、1980年代後半からエスニック集団ごとに個別化・武装化 してきた北東部のボドランド運動を取り上げ、特徴と過程、運動が活 況した要因を考察している。木村氏は1980年代前半に全アッサム学生 連合によって不法移民の追放を主張する反外国人運動が展開し、ボド ランド州要求が出たことで大衆の動員に成功したとみなす。そして、 1990年代になると、ボド指導者と政府の間での対立が本格化して、ボ ドの武装組織は不法移民として見られてきたムスリムに対する攻撃を 開始した。木村氏は1990年代以降の自集団の「民族性」を示すことで 政治的権利要求の達成に帰結するという大規模な国際秩序の再編が、 少数民族の多くに希望をもたらし、ボド運動にも大きな影響を与えた 可能性を指摘する。北東部のエスニック紛争を国際政治の動態に位置 づけたことは独創的であり、国際秩序の変化が運動を後押ししたとの 説明は首肯できる。では、ボド運動のリーダーはインド国内での州再 編運動およびその実現をどのように評価していたのだろうか。 第8章は、最下層に位置づけられる清掃カーストのバールミーキを中 心とした運動が宗教的救済や既存の政治勢力への依存から、次第と司 法に期待を寄せ、公益訴訟を突破口として積極的是正と運動拡大の可 能性を見出してきたことを明らかにしている。2000年代に入って、憲 法上の救済措置の権利に基づいて行われる公益訴訟に着手したことで、 屎尿処理労働者に対する人権侵害の現状が広く認識されていった。 バールミーキは同様に公益訴訟の手続きを行使して、指定カースト留 保政策に異議を申し立てて、政府に政策の見直しを求めようと試行し ている。清掃カーストのバールミーキが運動形態を時代の変容に合わ せながら、ついには公益訴訟という問題解決の手法を採用したことは 特異であり、巧みな戦略とみなせよう。鈴木氏は「成否の二分法的思
考に陥ることなく」と断りを入れているが、デリーでの公益訴訟に関 する2事例はいずれも一定の成果をもたらしており、評者は成功と周知 されることでロールモデルとなりうるため、評価を加えることが有効だ と考える。 第9章は、インド在住チベット難民
NGO
の動向を国際情勢およびイン ドの内政や経済状況の変遷と関連付けている。圧倒的少数派であるチ ベット難民は自らの正当性を証明し、恩恵や安全をもたらすにするため に、インドの人びとと草の根レベルでの「つながりの政治」を形成し てきた。山本氏は西洋からの支援が副産物的にもたらす社会環境の様 相と文明論的自他認識からなる文脈的拘束性、その乗り越えの困難さ を指摘する。それゆえに日常レベルでの関係構築こそがインドの民主主 義的政治決定プロセスに働きかけながら、長期的な運動の足場を確保 しつつ、インドに留まるのがチベット難民の進みつつある方向性と提示 する。山本氏が重視する日常的な草の根レベルでの良好な関係構築は、 インドでは多文化主義的な共生を鑑みた場合に、いずれの社会関係に おいても促進される傾向にある。難民と現地の人びととの文化、風俗、 社会的な混交的状況が言及されているが、例えば双方での祝祭の共同 開催をつうじた宗教的寛容や定例会合での対話の創出といった活動は 行われてきたのだろうか。 第10章は、カルナータカ州パジュペ地域における大規模な開発プロ ジェクトと反開発運動の展開について、土地接収に対する「抵抗の象 徴」とされたブータ祭祀に焦点を当て、村落内部の権力抗争を分析し ている。石井氏は環境問題の分析において、開発プロジェクトと神霊 祭祀をめぐる人びとの関係性は、「開発推進派=企業=近代主義者」対 「反開発派=農民=神霊の帰依者」といった単純な構図では把握しきれ ないと主張する。開発を推進する人びともしばしば神霊への畏れや信 仰を農民たちと共有しており、儀礼の場において神霊の命令に従う帰 依者としての立場に甘んじているためである。石井氏は、村落の神霊 祭祀をめぐるローカルなポリティックスの分析をつうじて、開発プロ ジェクトの介入が村落内部の亀裂と分断を一挙に顕在化させたと導い ている。石井氏は、村落住民と開発を進める企業家の関係を照射して いるが、開発工事を許可してきた行政側の動向に関する具体的な言及 はない。カルナータカ州政府は神霊祭祀によって開発が進まない場合にいかなる見解を示し、対応してきたのであろうか。 本書は様々な視角からインドの社会運動議論を展開し、示唆に富ん だ論考の数々から構成されている。最後に、本書全体に関わる2点の研 究課題を付したい。第一に、本書が運動を複雑な様相のなかで捉えて いるため、個々の事例研究に終始しがちな点である。社会運動を特徴 付ける上で大きな傾向や潮流をつかむためには、運動の争点、手法や 目的からの類型化を試みることはできないだろうか。第二に、州再編 運動や「不可触民」運動の章では比較の言及があったものの、全10事 例に対しての比較による相関関係からの考察が望まれる点である。本 書で展開された事例分析には、社会運動という分析枠組みの下にグ ローバルな文脈において、アイデンティティ・ポリティックスやナショ ナリズムの高揚による政治変動を踏まえた比較分析からの深化が期待 される。 以上、評者はいくつかの疑問点と今後の研究課題を列挙したが、本 書の学術的価値を減じるものではない。社会運動という分析枠組みの 下に、社会、政治、環境、宗教といった研究領域を接続して議論の俎 上にのせ、インドで噴出してきた諸問題を生き生きと描写し、多様化 を続ける実態を見事に描いた良書と言えよう。 ゆい みはる ●広島大学、人間文化研究機構