港湾ピケの正当性
25
0
0
全文
(2) 説︵佐藤︶. 一九七三年春闘における那覇港ピケ事件. 四四. そしてスト後約九か月を経た翌年の三月一八目︑検察庁は市職労の執行委員長および副執行委員長の二名を︑威力. 僚に︑労組員が怒り出し道路中央でにらみ合いとなり︑あわや乱闘になるところだった︒﹂. この間︑労組員一人が機動隊にこずかれ︑これに抗議したことから公務執行妨害罪で逮捕された︒なぐられる同. る機動隊︒わずか十分足らずで排除された︒. 運び上げる︒手をねじられて﹃痛たたた!﹄と悲鳴をあげる組合員︒﹃さあ立て!﹄﹃自分で行かんか﹄と追いたて. スクラムを組み﹃がんばろう﹄を歌う無抵抗の労組員一人に二〜三人がかりで機動隊員が手足をつかんで歩道に. る◎. まった︒﹃かかれ!﹄の声で機動隊員が東側からゴボウ抜きを始めると︑周囲で見守っていた業者から拍手が起こ. 対した︒ピケ隊の前に止めてあった車が違反駐車車両として撤去されたあと﹃威力業務妨害﹄で労組員の排除が始. ﹁午前九時三十分︑港に到着した那覇署機動隊員は約八十人︒私服刑事を含め百人余が座り込む組合員三百人と相. は︑つぎのように伝えている︒. し︑スト三日目の五月二六目の朝︑機動隊が出動し︑ピケを強行排除した︒当時の状況を︑琉球新報の同目付夕刊. さい︑市の施設である那覇港の管理事務所でもストライキにはいり︑港の出入口にピケラインをしいた︒これにたい. 沖縄復帰の翌年である一九七三年︑那覇市職員労働組合は春闘において︑七二時間ストライキをおこなった︒その. 論.
(3) 業務妨害罪で起訴した︒公訴事実は︑つぎのようなものであった︒. ﹁被告人前原穂積は︑那覇市職員労働組合の執行委員長︑同慶田盛泰八は︑同組合の副委員長であるが︑同組合に. おいてかねてから那覇市長に対して賃上げ等を要求して闘争中のところ︑被告人両名は︑右の要求を貫撤するた. め︑沖縄県那覇市通堂二二番地所在の那覇港那覇ふ頭出入口を封鎖することを企て︑ほか約一五〇名と共謀のう. え︑昭和四八年五月二四目午前零時ころから同月二六日午前一〇時二六分ころまでの間︑右那覇ふ頭において︑同. ふ頭の中央出入口及西出入口の扉を閉め︑多数の盤木︑テント用ポール等を積み重ねていわゆるバリケードを設置. し︑更に多数をもってその前面に立ちふさがり︑或いはすわり込むなどして前記各出入口の通行を阻止し︑このた. め︑港運荷役︑貨物搬出入等の業務を行なおうとしていた別紙一覧表記載の天野吉信用堂株式会社等の従業員のふ. 頭内入出を不能ならしめ︑もって︑威力を用いて同会社等の業務を妨害したものである︒﹂. この事件について私は︑現地で市職労の人びとの話を聞き︑公判記録に眼を通す機会をえた︒写真や記録によると. 盤木等が置かれていたのは事実であるが︑盤木はもともと荷役労働者の取り扱うものであって︑それが市職労の決. 定・実施によるという証拠はない︒またそれらが積み重ねられていたのは出入口の一部であり︑機動隊がピケを排除. する以前においても︑話しあいのうえ一定の品物については搬出が行なわれていたのであり︑﹁封鎖﹂といえる事態 であったか否かは疑わしい︒. 四五. さらに︑沖縄におけるピケの法的評価において注意を要するのは︑その労働運動が︑これまで武装した米兵の銃剣 那覇市職員のストライキに伴う港湾ピケの正当性について.
(4) 論. 説︵佐藤︶. 四六. によって負傷者をだし︑右翼暴力団やそれを利用する業者︑第二組合などとのかずかずの衝突・闘争を重ねてこなけ. ればならなかったという事実である︒こうした経験が︑おのずとその通常のピケの形態を規定することになるからで. ある︒そしてもう一つ︑那覇市と市職労とは︑復帰をひかえて締結した労働協約︵一九七一年七月一日付︶において︑. ﹁労使間の正常な関係を維持し︑那覇市政の民主的発展を保障するためには︑従来双方が認めてきた労使間の慣行. を︑今後もこれを全面的に保障することを双方とも確認﹂したが︑その慣行のなかには︑﹁争議行為に対しては処分. しない﹂ということもはいっている︒事実︑このときのストライキについても︑市当局はこうした事態を惹起したこ. とにつぎ︑新聞広告や市議会︵一九七三年六月一四目︶において市民に詫び︑問題解決のために努力をおしまないと. 答弁しているのであって︑処分はだしていない︒それにもかかわらず︑憲法二八条をもつ日本の法秩序のもとに復帰. して︑沖縄の労働者の争議権保障が厚くなるどころか︑目本の検察庁はこれを刑事事件として処理したわけである︒. 本件ピケットの法律問題につき︑私は一九七九年九月に那覇地方裁判所に鑑定書を提出した︒思えば私にとってピ. ヶヅト権の問題は︑故有倉遼吉先生たち先輩教授によって︑私が早稲田大学に助手として研究の場をあたえられて以. ピケの正当性の一般的規準. 来のテーマであった︒右の鑑定書に補筆して︑有倉先生の霊に捧げたい︒. ニ. 1 正当性判断の一般的規準. 争議行為の伝統的な一形態としてピケッティング ︵ピケット︑または略称してピケともいう︶が行なわれるが︑ピ.
(5) ヶットとは︑もとは本隊を守るための哨兵︑小哨といった軍隊用語から発したものであり︑ストライキをスト破壊か. ら守るための防衛行動を総称するものと考えてよい︒そして︑こういった争議防衛行動であるから︑その具体的形態. は︑必然的に相手の出方や事業の性質などに対応して流動する︒たとえば︑ストライキ権の尊重︑ピケラインの尊重. が社会的にも確立し︑順守されているところでは︑一︑二の者が当該事業所でストライキが行なわれていることを示. すプラカ!ドを掲げるだけでその目的を達するが︑強行的なピケ排除︑スト破壊がはかられる場合には︑これに対抗 する集団的な防衛行動が必要とされてくるといった具合である︒. ところで︑こうした行為の性質上︑第二次大戦の敗戦まで労働運動にたいする全面的抑圧がなされ︑戦後もさまざ. まな事情からストライキやピケライン尊重の規範の確立のおくれたわが国においては︑ピケはある程度必然的にスク. ラムや坐りこみその他の物理的力による阻止を伴わざるをえなかったし︑そのような形態がむしろ通例であったとい. ってもよい︒他方︑戦後の憲法において︑労働運動の犯罪視から労働基本権の保障へと法的価値体系の大きな転換が. なされたが︑その転換が急激であっただけ︑それに対応する法概念や法論理など理論的整備が十分でなく︑ピケの正. 当性の範囲をめぐる問題は︑使用者の財産権その他との対抗関係において︑法的にも一つの争点とされてきた︒. もともとピケッティングなどの争議行為の具体的形態は︑前述のように争議の行なわれている事業の性質や相手の. 出方に対応して戦術的︑流動的に変化するものであるから︑その正当性の範囲についても︑一律固定的な限界を設け. るわけにはいかない︒いわゆる刑事免責を規定した労働組合法一条二項も︑﹁正当なもの﹂というだけであり︑また. 四七. この規定自体︑﹁右の行為が憲法二八条の保障する権利の行使であることからくる当然の結論を注意的に規定したも 那覇市職員のストライキに伴う港湾ピケの正当性について.
(6) 論. 説︵佐藤︶. 四八. のと解﹂︵名古屋中郵事件︑最判昭五二・五・四︑刑集三一巻三号一八二頁︶されている︒そこで︑その内容の具体. 的判断は︑団体行動権︵その中心的なものとして争議権を含むことについては︑異論をみない︶を基本的人権の一つ. として保障する憲法の精神に即した︑解釈に委ねられることとなり︑またこのことは︑労組法の適用のない公務員に っいても同様である︒. そして︑この争議行為の正当性の一般的規準として︑最高裁はつぎのような見解を示している︒﹁憲法は勤労者に. 対して団結権︑団体交渉権その他の団体行動権を保障すると共に︑すべての国民に対して平等権︑自由権︑財産権等. の基本的人権を保障しているのであって︑是等諸々の基本的人権が労働者の争議権の無制限な行使の前に悉く排除さ. れることを認めているのでもなく︑後者が前者に対して絶対的優位を有することを認めているのでもない︒寧ろこれ. ら諸々の一般的基本的人権と労働者の権利との調和をこそ期待しているのであって︑この調和を破らないことが︑即. ち争議行為の正当性の限界である︒その調和点を何処に求めるべきかは︑法律制度の精神を全般的に考察して決すべ. きである︒固より使用者側の自由権や財産権と難も絶対無制限ではなく︑労働者の団体行動権等のためある程度の制. 限を受けるのは当然である﹂︵山田鋼業事件︑最判昭二五・一一・二五刑集四巻一一号二二五七頁︶のだから︑﹁暴. 行︑脅迫もしくは威力をもって就業を中止させる﹂行為であっても︑その﹁行為が違法と認められるかどうかは正当. な同盟罷業その他の争議行為が実施されるに際しては特に諸般の情況を考慮して慎重に判断されなければならないこ. ともいうまでもない﹂︵三友炭鉱事件︑最判昭三一・一二・一一刑集一〇巻一二号一六〇五頁︶と︒. それでは︑ピケットに関して諸般の事情は︑どのような観点から︑どのように考慮されるべきなのか︒その考慮の.
(7) 仕方をある程度明確に示したものとして︑注目されるのは札幌市労連事件︵最決昭四五・六・二三刑集二四巻六号三. =頁︶である︒この事件は︑﹁被告人らは︑他の約四〇名とともに︑札幌市交通局中央車庫門扉付近において︑市. 電の前に立ちふさがり︑その進行を阻止して業務の妨害をした﹂という事案であったが︑これについて最高裁は︑. ﹁このような行為に出たいきさつおよび目的が人をなっとくさせるに足りるものであり︑その時間も︑もみ合った時. 間を含めて約三〇分であったというのであって︑必ずしも長時間にわたるものとはいえないうえに︑その問直接暴力. に訴えるというようなことはなく︑しかも︑実質的に私企業とあまり変わりのない札幌市電の乗客のいない車庫内で. のできごとであったというのであるから︑このような事情のもとでは︑これを正当な行為として罪とならないとした 原判断は︑相当として維持することができる﹂とし︑検察官の上告を棄却した︒. すなわち︑ここでは︑交渉における当局の誠意のない態度などをふくめ︑労働者がそのピケ行為に出る﹁いぎさ. つ﹂や︑﹁緯合の団結がみだされ同盟罷業がその実効性を失うのを防ぐ目的﹂が︑ピケの正当性を支える事情の一つ. として考慮され︑﹁人をなっとくさせるに足りるもの﹂として︑積極的な評価をうけている︒﹁諸般の事情﹂を考慮す. る主要な観点の一つが使用者に対抗する争議の実効性の確保にあり︑そしてそれは使用者やスト破りの態度などとの. 全体的連関において判断されねばならぬということが︑明らかにされているといってよいだろう︒. また︑ピケの形態に関しても本件決定では︑当局側とのもみあい︑電車の前面に手をつく︑といった行為を含めて. 四九. 構成要件の問題を︑直ちに暴力目違法性の評価と結びつける固定的な思考がしりぞけられ︑そ. の積極的な電車進行阻止を︑﹁直接暴力に訴えるというようなことはなく︑﹂正当な行為だと評価するにいたった︒外. 形的な有形力の行使. 那覇市職員のストライキに伴う港湾ピケの正当性について.
(8) 論. 説︵佐藤︶. 五〇. の行為にでた﹁いきさつおよび目的﹂との関連において︑その行為の手段としての合理性を︑実質的に判断するとい. 平和的説 得 論 と ピ ケ の 正 当 性. う態度がとられているのである︒. 2. 右の最高裁決定によってとられた態度は︑従来多くの学説の主張するところでもあった︒しかし︑ピケの正当性に. ついて考えるとき︑なお検討の必要があるのは︑ピケは物理的阻止を含まない意味での平和的説得の範囲においてだ. け正当だとする考え方︵H狭義の︑ないし厳格な︑固定的な平和的説得論︒以下たんに﹁平和的説得論﹂と書く︶で ある︒. この﹁平和的説得論﹂は︑昭和二〇年代の後半に︑下級裁判所の判例で一つの有力な流れーこれに対立する流れ. もあるーとなったが︑昭和一三年に三友炭鉱事件最高裁判決︵前掲︶が﹁諸般の事情﹂論をとることにより︑その. 後判例理論としては維持されていない︒前述最高裁の札幌市労連事件では︑原判決破棄を主張した松本裁判官の反対. 意見でさえも︑﹁わたくしはピケの正当性は︑口頭または文書による︑いわゆる平和的説得の程度にのみ限られるべ きだとは必ずしも思わないが︑﹂との断り書ぎをつけている︒. しかし他面︑この﹁平和的説得論﹂は︑イギリスやアメリカで︑争議権生成の最初の段階にピケ全面遠法論を克服 ロ. の. するものとして生まれたものであり︑それだけに従来の伝統的市民法の構成にーそれは労働基本権確立以前の歴史. 的段階のものであるがーなじみやすいものをもっている︒また︑後述のように︑ピケが一面においては平和的説得. の性質をもつことも事実である︒そのため︑正面からの法的論理構成としてはとられなくとも︑この﹁平和的説得.
(9) 論﹂の考え方が論理以前の法的意識ないし法的感覚にはいりこみ︑いわば先入見として実質的に﹁諸般の事情﹂の考 慮の仕方に影響する場合があるからである︒. さてこの﹁平和的説得論﹂については︑前述の最高裁によって維持された札幌市労連事件の札幌高裁判決︵昭四. 二・四・二七判例時報四九一号︶が適切な説示をあたえているので︑やや長文であるが︑最初にこれを引用する︒. ﹁従来の判例においてピケ行為の限界に関し﹃平和的説得﹄という字句がしばしば使用されていることは所論のと. おり﹂であるが︑﹁そのいわんとする内容は必ずしも一様ではなく︑ことにその﹃平和的﹄なる観念については再. 思の必要がある︵もともと︑﹃平和的説得﹄の理論は︑憲法上労働基本権の保障規定を有しないアメリカにおいて︑. ピケ行為の合法性を承認するため憲法上保障された﹃言論の自由﹄を根拠として判例上展開され︑確立されるに至. ったものであって︑職業的スト破りの雇い入れ︑輸送等が制定法によって禁止され︑労働組合による労働力市場支. 配が我国に多い企業別労働組合に比して遙かに強力であり︑かつ︑労働者︑市民の間にピケライン尊重の慣行が成. 熟し︑従ってピケ行為は同盟罷業行為よりはむしろボイコットの補助的手段として顧客︑一般市民を対象としてな. されることの多いアメリカにおいてはまさに妥当な法理であり得ても︑これを︑労働基本権に対する憲法上の保障. を有し︑また︑労働争議の歴史的︑社会的諸条件を異にする我国にそのまま適用することにはいささか疑念を禁じ. 得ないが︑この点は暫く措く︒︶︒そもそも︑﹃説得﹄という観念自体︑﹃強制﹄と対するものであって︑﹃平和的﹄. という語を冠することは︑同義反覆に近い︒それにもかかわらず︑殊更に﹃平和的﹄という限定を付すからには︑. 五一. これに何らかの意味を持たせているものとみなければなるまい︒そこで︑e﹃平和的﹄ということが﹃暴力の行使 那覇市職員のストライキに伴う港湾ピケの正当性について.
(10) 論. 説︵佐藤︶. 五二. はおろか︑暴行脅迫に達しない程度の威力︑さらには名誉鍛損︑侮辱に亘る言動等︑一切の可罰類型に該る行為を. 伴わない﹄という意昧であるとすれば︑それは最早争議行為の正当性判断の基準としての機能を有しない︒蓋し︑. その判断は︑争議行為が特定の犯罪構成要件に一応該当する場合につき︑その実質的違法性の阻却を問題とするも. のであるところ︑その基準として︑その行為が一切の構成要件に該当しないことを要求するのは矛盾であり︑かか. る基準を弄ぶのは言葉の遊戯でしかあり得ないし︑◎反対に︑﹃平和的﹄とは︑その対義語である﹃暴力的﹄でな. いという意味を有するにとどまるとすれば︑これまた正当性判断の基準としてはあいまいといわざるを得ない︒蓋. し︑﹃暴力的﹄という言葉が﹃暴力の行使﹄を伴う場合だけを指すのか︑﹃それ以外の物理的勢力の行使一切﹄を含. むものか不明確であり︑仮りに前者であるとすれば︑それは労組法一条二項但書によって正当な争議行為でないこ. とは明らかであって︑殊更に基準として掲げるまでもないことであり︑後者であるとすれば︑それは結果的には右. eの立場に近似し︑同様の批判を免れないであろうし︑両者の中間に妥当な限界を劃そうというのであれば︑単に. ﹃平和的﹄︑﹃暴力的﹄というだけでなく︑他にこれを区別するための何らかの基準が必要となってくるからであ. る︒㊧このように考えて来れば︑﹃平和的﹄ということは﹃説得﹄の限定としては不当であるかまたは無意味であ. るといわざるを得ない︒ピケ行為の正当性の限界は︑説得活動が﹃平和的﹄であるか否かによって決せられるので. はなく︑さきに①において述べた如く︑労働基本権尊重の憲法の精神に則り︑労働争議の多様性︑流動性に着目し. つつ︑諸般の事情を綜合してこれを判断すべきものと解する︵かかる意昧における﹃説得﹄に修飾語として﹃平和. 的﹄の語を冠するのは論者の自由であり︑強いて反対するものではないが︑これが正当性判断の実質的基準を示す.
(11) ものであるかの如き錯覚に捉われるのは相当でない︒︶﹂と︒. この説示に関連して︑注意を必要とする諸点を︑つぎに指摘しておこう︒. 第︸に︑今日の憲法体系の下においては︑使用者側の自由権や財産権も︑争議権によってある程度の制限をうけて. いる︵前掲山田鋼業事件最高裁判決︶︒だから︑自由権や財産権が労働争議とはなれた一般的関係においては法的保. 護をうける範囲のものであっても︑争議権との対抗関係においては制限をうけ︑法的保護を主張しえない場合が生じ. てくる︒争議行為が正当なものであるかぎり︑憲法の保障する権利の行使だから︑外形的に構成要件に該当し法益を. 侵害するようにみえても︑違法性がないのである︵前掲名古屋中郵事件最高裁判決︶︒つまり︑憲法二八条による保. 障がなされた現在では︑﹁労働争議は︑形の上で業務妨害罪その他の構成要件に該当しても︑原則的に違法性が阻却. されるものとみとめられる﹂︵団藤重光・刑法綱要総論一四九頁︶のであって︑そのような関係では﹁構成要件の違. 法性推定機能が働かない﹂︵団藤・前掲書一五〇頁︶︒したがって︑もし﹁平和的説得﹂という言葉を﹁一切の可罰類. 型に該る行為を伴わない形態での説得﹂という意味で用いるとすれば︑ピケが﹁平和的説得﹂の範囲をこえたからと. いって︑その行為の違法性を推定するわけにはいかない︒正当性の実質的判断に先行して﹁平和的説得﹂の範囲内か どうかを論じても意昧がないことは︑札幌高裁が説示するとおりである︒. 第二に︑それでは構成要件に該当するようなピケについて︑その実質的な正当性の判断基準はなにか︒この点につ. いて︑抽象的には札幌高裁のように﹁労働基本権尊重の憲法の精神に則り︑労働争議の多様性︑流動性に着目しつ. 五三. つ︑諸般の事情を綜合してこれを判断すべぎもの﹂といってよいが︑﹁労働争議の多様性︑流動性﹂や﹁諸般の事情﹂ 那覇市職員のストライキに伴う港湾ピケの正当性について.
(12) 論. 説︵佐藤︶. 五四. がなぜ問題となるかといえば︑ピケが争議防衛︑争議目的達成の手段として︑その必要に応じて形態を変化させざる. をえないからである︒そこでこの点は︑﹁労働基本権尊重の精神に則り︑争議目的達成のための手段としての合理性 という観点から⁝⁝﹂と書き加えてもよい︒. こう考えてくると︑それではピケットは︑争議目的達成のためになにをするのか︒一般には︑対内的作用の面で︑. 集団的行動︑集団的示威により団結意識の強化︑士気の高揚をはかるとともに︑対外的には示威的作用をはたし︑ま. たピケラインにあらわれる人びとにたいして︑ストライキの破壊や妨害になる行動を避けるよう訴え︑ストライキを. 防衛することだといえよう︒すなわち︑スト破り労働者に対しては労働者としての連帯を説いて︑ストに同調し︑あ. るいは中立に立つことが︑究極的には共通の利益であることを理解させようとし︑その他の人びとに対してもストラ. イキヘの理解と協力︑あるいはすくなくともストライキ権を尊重しこれを妨害しないことを求める︒したがってそれ. は︑説得としての性格をもつし︑またそのさい相手の身体に危害を加えるような暴力を使ってよいとはいえないので︑ ロ. ゆ. ゆ. ゆ. そのような意味でなら︑ピケの基本的な性格は平和的説得だといってもよい︒. しかし︑こうしたピケの性格が対外的作用の側面で基本的には説得だということと︑その説得を実現していく合理. 的手段としてそれがどのような形態をとるかということは︑決して同一ではない︒ピケの存在自体︑あるいはスクラ. ムを組み労働歌を歌うという団結の示威が説得の役割りをはたすこともあるし︑話して状況を伝えることにより︑理. 解がえられる場合もあるだろう︒だが︑たとえピケに対して言い分があるにしても︑それを相互の説得のしあいによ. って解決するという合理的な態度をとらない者がでてきた場合にはどうなるか︒暴力的にピケを破ろうとする者に対.
(13) しては︑最小限説得の場を守るためにも実力的阻止が必要になるわけだし︑積極的に相手を傷つけるのではない防衛. 的阻止は︑まさに争議防衛のための合理的手段だということになるだろう︒説得が基本的性格だということは︑説得. の条件をつくるための自力救済的行動を排除するものではないし︑団結権保障のある今日︑組合員以外の者に対する. 団結を守る一切の強制的要素が許されないものでもない︒たとえば︑労働者は人間らしく生きるために団結を必要と. するし︑それを妨げないために団結権保障がなされている︒だから労働者の団結が︑原則として労働者の自発的意思. に基づくことはいうまでもない︒だが︑例外的にその連帯にそむき団結に加わらない者に対しては︑職場から排除す. る︑働く機会を奪う︑という形の組織強制︵労組法七条一号但書のいわゆるユニオン・ンヨップー﹁労働者がその. 労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない﹂︶もまた︑団結権の. 作用として認められているのである︒だから学説は早くから︑実力的阻止であっても防衛的なピケは原則として正当. であり︑それ以上積極的な実力行使がどこまで認められるのかは諸般の事情によるのだ︑ということを指摘していた. ︵野村平爾・日本労働法の形成過程と理論・昭和三二年・岩波書店・一二〇頁以下︑佐藤昭夫・ピケット権の研究・. 昭和三六年・動草書房︶︒判例でもその趣旨はある程度認められている︵典型的には新聞印刷抗告事件︑大阪高決昭 三三・七・三〇労民九巻四号五四〇頁︶︒. 要するに︑ピケが説得を基本としても︑その具体的形態が口頭又は文書によるそれだけに限られなければならぬ理. 由はない︒それだから平和的説得の構成によっていた時期の判例でも︑その争議の場の現実をみることにより︑﹁説. 五五. 得﹂の概念を拡大することが試みられた︒たとえばスクラムによる就業阻止を︑﹁組合員全員が非組合員の操業を断 那覇市職員のストライキに伴う港湾ピケの正当性について.
(14) 論. 説︵佐藤︶. 五六. 念してくれることを如何に強く望んでいるかということを団結の力によって示したとしても﹂それは﹁労働法の精神. からいえば未だ平和的説得のための手段の範囲﹂であり︑﹁暴力的に非ざる意味で前記広義の平和的説得を試みたも. の﹂で正当な争議行為だと認めたり︵分水第二発電所等事件︑高知地判昭三〇・四・二三別冊労働法律旬報二一五. 号︶︑スクラムで押し戻したり︑課長の持つ梯子を掴んで放さず︑また電柱の足場釘にぶら下って素昇りを妨害する. などしたことに対して︑﹁物理的有形力の行使されたことは認められるが︑それもそれ程強力なものでなく別段危険. 性の認められない程度のもので︑以上の如き被告人の行為が暴力の行使とか相手方に対し意思決定の自由を著しく制. 圧したものとは到底考えられないから︑これは平和的説得の範囲内にある正当なピケッティソグと解するのが相当で. ある﹂としている︵電産夷川事件︑京都地判昭三二・二・四別冊労旬二七三号︶︒諸般の事情は︑まさにそのなかに. おける争議目的達成の手段として︑その行為が合理的かどうかを判断するために考慮されねばならぬのであり︑そし. て最高裁の三友炭鉱事件は︑この判断をもはや﹁平和的説得﹂の解釈的構成にたよることなく︑ことがらの性質にし たがって実質的に 行 な う 途 を ひ ら い た の で あ る ︒. 第三に︑右の点と関連して︑アメリカの判例における平和的説得論がなにを教えるかをみておこう︒アメリカの判. 例で言論の自由と関連づけて平和的説得論が説かれたのは︑もともと︑争議目的達成のための手段としてどこまでが. 合理的範囲であるか︑という問題にたいする解決としてではない︒一九三七年のセン事件︵ω窪p︿●↓瀞ピ塁Rω. 零o冨&奉q艮oP︒︒O一qω&G︒︶ではピケに対する差止命令を一定範囲で禁止したウィスコンシン州法が︑その後. の一九四〇年のソーンヒル事件︵↓ぎ彗窪嵩〜≧菩帥導2G︒50ωG︒︒ G ︶では逆にピケを軽罪とするアラバマ州法が︑.
(15) 連邦憲法に違反するとして争われた︒これに対して連邦最高裁判所は︑前者では言論の自由は連邦憲法によって保障. されているのだから︑その手段としてピケを適法とする州法が使用者の権利を侵害するものでないことを認め︑後者. の事件では︑ピケを犯罪とする州法が︑言論の自由を剥奪する点において違憲だとした︒しかしまた︑ピケが言論の. 自由の行使以上のものである場合には︑これを抑制する州法に対しても︑﹁もちろん本法廷は︑ミズーリ州法の賢明. さについて判断をくだすものではない﹂が︑その州法は違憲ではない︑とのべている︵ギボニー事件Oぎ魯亀ダ. 国琶℃一8ω8轟囎餅H809ω8dωおO︵ごお︶︶︒それらは︑財産権に対抗する労働基本権保障を知らない憲法の. もとで︑市民的自由の論理によりピケがどこまで護られるかが争われたものであり︑はじめからピケの言論の自由の. 行使としての側面だけが問題であった︒こうした法体系において︑争議手段としての合理性という観点から︑ピケの. 許される範囲を判断するというようなことは︑もともと問題となりえないことだったのである︒. それだからこの平和的説得論は︑アメリカにおいてもそれだけでは︑スト破りとの実力的衝突を含む︑争議防衛の. 現実の必要にこたえるものではなかった︒歴史の教えるところによれば︑その労働運動は︑こうしたはげしい実力的. 強制を含む実践によって︑ピケラインの尊重を社会的規範として確立し︑また組織の拡大強化をはたす努力をつづけ. たのである︒連帯意識を強化し︑また労働者の権利を尊重させるための説得は︑口頭叉は文書によるだけでなく︑こ. うした実践1それはスト破りが仲間にたいするいかに大きな裏切りであり︑またピケ破壊の行動がいかに重大な結. 果をひきおこすかを教えたーによってもなされてきた︒そして政府や市民も︑現実の解決が︑ストライキにたいす. 五七. る妨害をやめることにあることを︑学んでいったのである︒すでに一九一五年に︑合衆国産業関係委員会は︑﹁あら 那覇市職員のストライキに伴う港湾ピケの正当性について.
(16) 論. 説︵佐藤︶. 五八. ゆる経験のしめすところによれば︑もし工場を動かそうという試みがなされないならば︑暴力や︑警察を必要とする. 妨害は︑実際に知られないであろう﹂と指摘した︒また︑一九三七年に︑警察のピケ介入により死者一〇名︑負傷者. およそ一二五名を出すという︑シカゴ・メモリアル・デー事件として知られる惨事を生じたが︑この事件について調. 査した上院のラ・フォレット委員会トーマス議員のステートメソトは︑つぎのようにのべている︒﹁労働争議のいず. れかの側と同盟したとみられる警察官の使用は︑公衆を代表する治安官としての彼らの効用を破壊するものである︒. 彼らが一定のグループを防護するのに用いられた瞬間に︑彼らは︑これと対立するグループの心中に︑争議における. 党派者として思いえがかれる︒それゆえに︑常と異なる数の彼らの出現そのものが︑安寧を害する事件をまねき︑そ. れはついで︑死と殴打をうみ出す衝突にまで発展するのである﹂と︒こうしてやがて︑ピケラインの尊重が社会的規. 範として成長するにつれ︑ピケラインを維持するものとしての物理的︑実力的強制を︑心理的なそれにかえていった. のである︵アメリカにおけるピケットについては︑佐藤・ピケヅト権の研究︑三五頁以下参照︶︒. こうした歴史的経験に照らしてみると︑争議権の保障は︑その保障のないところから生じた衝突や犠牲を無用にし. つつ︑この規範の成長を促進するものでなければならない︒そうであるかぎり︑積極的に相手を傷つけるのではない. 防衛的なピケは︑これを正当とすることが必要である︒なぜなら︑ピケの正当性の問題は︑裏面からいえば︑ピケ破. りの側に国家がどこまで保護をあたるべきかの問題である︒このピケライン尊重の規範を守らせる最小限の防衛行動. まで違法とすることは︑ピケに対抗し︑その規範を破壊することに︑国家が助勢するという意味をもつ︒争議権を正. 面から認めながら︑国家みずから平和的説得を可能にする条件を崩すという︑非合理な態度をとることになるからで.
(17) ある︒. 最後に︑こうしたピケの正当性の理解は︑最高裁のストライキ権理論とも︑矛盾するものではない︒最高裁が同盟. 罷業につきくりかえし説示するところでは︑﹁その本質は労働者が労働契約上負担する労務供給義務の不履行にあり︑. その手段方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにある﹂︵山田鋼業事件・最判昭二五・. 一一・一五刑集四巻一一号二二五七頁︑朝目新聞西部本社事件・最判昭二七・一〇・二二民集六巻九号八七七頁︑羽幌. 炭鉱事件・最判昭三三・五・二八刑集一二巻八号一六九四頁︶︒ストライキはまさに︑労働者が﹁団結して﹂なさな. ければならない︒したがって︑労働者の一部がその団結に背いて労働力を使用に利用させ﹂るのを制止するピケライ. ンは︑ストライキを権利として保障するかぎり︑それに伴う当然の法秩序として承認されなければならない︒ストラ. イキは歴史的にそのようなピケとともに行なわれてきたのであるし︑そうでなければ労使の対抗関係のなかでストラ. イキ自体が存立することがでぎず︑﹁労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進する﹂︵労組法一. 条一項︶という労使関係における基本的法理念も︑空文に帰するからである︒そしてまた︑同時にこの法秩序は︑そ. の社会にある市民にたいしても︑みずからも影響をうけるストの早期解決を要望することは別として︑事業の運営の. 那覇港ピケ事件における諸般の事情の考慮について. 停止というストライキの作用そのものの認容︑それを守るピケラインの尊重を要請しているというべきである︒. 三. 五九. さて一孔七三年五月︑那覇港で行なわれたピケについて︑ その正当性を判断するには︑右の基本的考え方とともに︑ 那覇市職員のストライキに伴う港湾ピケの正当性について.
(18) 論説︵佐藤︶ 地方公務 員 法 と の 関 係. つぎのような事情が考慮される必要があるだろう︒. 1. 六〇. 地万公務員法三七条一項には職員の争議行為を禁止する規定があるが︑本件ピケについては︑この規定との関係で つぎのような事情がある︒. 田判例の状況. 第一に注意する必要があるのは︑当時は都教組事件︵最判昭四四・四・二刑集二三巻五号三〇五頁︶が最高裁判例. となっていた︒そしてこの判決は︑地方公務員も憲法二八条にいう勤労者として原則的に労働基本権の保障をうける. こと︑地公法三七条一項が地方公務員の一切の争議行為を禁止する趣旨であれば違憲の疑を免れないこと︑その争議. 行為が同条項に該当し︑しかもその違法性の強い場合もあるだろうが︑争議行為の態様からいって違法性の弱い場合. もあり︑また同条項にいう争議行為に該当しないと判断すべき場合もあること︑同条項の禁止する違法な行為と解さ. れる場合であっても︑それが直ちに刑事罰をもってのぞむ違法性につながるものでないこと︑を判示していたことで ある︒. たしかに︑最高裁の判例であっても︑それ自体が国民や国家機関を拘束するという意味での法ではない︒上級審の. 判断が下級審の裁判所を拘束するのはその事件かぎりであるし︑国民が判例の変更を求めて争うことも︑もとよりそ. の権利である︒しかし︑国民が法の具体的内容を理解し︑裁判所における法の適用を予測する第一の根拠となるの. は︑最高裁の判例以外にない︒だから︑もし刑事事件において被告人が行為時の判例より不利益にとり扱われるとし.
(19) たら︑刑事法の保障機能は危くなる︒ことに重要な基本的人権の行使とみられていたものが︑行為後に一転して刑罰 の対象とされるならば︑適法手続や遡及処罰禁止の精神に反するといえよう︒. 第二に︑地方公営企業労働関係法に関しては︑現在も維持されている札幌市労連事件︵前掲︶が最高裁の判例とし. て︑正当な争議行為が罪にならないことを判示していた︒そしてふ頭事務所勤務の職員には地公労法ではなく地公法. が適用になっているが︑那覇港は一九七二年に三港一元管理化が実現するまでは︑那覇商港と称されていたように︑. 商業中継地として経済的機能をいとなむ施設である︒したがって︑それに関連する争議行為の刑事的違法性の有無の. 労働関係の従来からの経緯と特殊性. 判断については︑実質的にむしろ地公労法に関する判断を参考とするに適している︒. ω. 那覇市職員は︑一九七二年五月の復帰前の法令では︑争議行為を禁止されていなかった︒それだけではなく︑前述. のように市当局と市職員労働組合とは︑復帰に伴って生ずる諸問題について交渉した結果︑﹁労使間の正常な関係を. 維持し︑那覇市政の民主的発展を保障するためには︑従来双方が認めてきた労使問の慣行を︑今後もこれを全面的に. 保障することを双方とも確認﹂している︵一九七一年七月一目付労使慣行に関する労働協約書︶︒そして︑慣行のな. かには︑当局は︑労組の行なう争議行為に対しては処分しない︑ということが含まれている︵覚書第八項︶︒. 職員の争議行為が憲法の保障する基本的人権の行使であるのか︑それとも︑住民の利益のために禁止され︑その違. 反に制裁が科されうるか︑あるいはどの限度までか︑ということは︑それについて見解の対立する問題である︒しか. 六一. し右の協約や覚書は︑那覇市長が﹁代表する使用者としての住民﹂は︑労使間の間題を争議行為を含む交渉によって 那覇市職員のストライキに伴う港湾ピケの正当性について.
(20) 論. 説︵佐藤︶. 六二. 解決することが︑正常な労使関係を維持し︑市政の民主的発展を保障するための条件と考えていたことを示してい. る︒使用者たる住民が争議行為を承認しているのであるから︑それが服務規律上︑まして刑事上違法性をもつとは考. 争議禁止規定の根拠をめぐる事情. えられない︒. ⑥. 岩手県教組事件︵最判昭五一・五・二一刑集三〇巻五号一一七八頁︶は︑①地方公務員は住民全体の奉仕者であ. り︑その労務の内容は公共の利益のためだという地位の特殊性と職務の公共性を有し︑争議行為による公務の停廃が. 住民全体の共同利益に重大な影響があるか︑そのおそれがあること︑②争議行為が議会における民主的な手続による. べき勤務条件の決定に不当な圧力を加え︑これをゆがめるおそれがあること︑③人事委員会や公平委員会の制度が労. 働基本権制約に見合う代償措置となっていること︑を理由として︑地公法三七条一項の争議行為禁止の合憲性を肯定. している︒この判決が︑本件ピケ事件にとって判例としての価値をもつべきでないことは︑①判例の状況︑ですでに. のべたところである︒しかし︑争議行為の評価にかかわる一つの考え方ではあるので︑これに関連する事情を指摘し ておく︒. まず①の地位の特殊性︑職務の公共性︑住民全体の共同利益との関連については︑使用者たる住民がその代表者を. 通じて争議行為を承認していることを前項で指摘した︒また現実にも︑住民全体の共同利益を害したとみられる事態. は︑とりたてて生じていない︒もともとふ頭業務は︑民間の港湾運輸労働者のストライキによっても全面的に停止す. る性質のものであって︑これまでも経験されたところである︒本件ピケに関して︑これと区別して評価する理由はな.
(21) い︒. ②についても︑本件ピケやストにより︑現実においてこのような事態は全く生じていない︒五月二四日から二六日. までのストがあり︑二六日夜の団交で当局は一万四千円のべース・アップを回答しただけであったが︑実際の決定は. 六月の市議会で審議の上︑一万六千円となっている︒十分な財源の範囲内の決定であり︑一九七三年度の決算も黒字. であった︒むしろ異常な物価高のなかで︑生活要求に応ずる給与改善の有無は勤労意欲にも影響するところであり︑. その意味で職員の要求の切実さを表現するストは︑議会における給与決定の審議のさいの︑必要な資料の一つになっ たというべきであろう︒. ③の人事委員会等の制度も︑現実には代償機能をはたしていなかった︒当時の状況を第五回公判における慶田盛被. 告人の陳述によってみると︑五月二日の団交での一万円の回答にたいして︑﹁組合が財政制度のきびしさをよく理. 解しながらも有額回答の上積みを急いだのは︑浦添や宜野湾がすでに一万七千円もの回答をしていることにたいする. あせりからだけではありません︒その理由の第一は︑総理府統計局の四月二八目発表によっても那覇の物価が﹃復帰﹄. 前の三月より二七%という異常な値上りをしており︑上昇率は全国平均の三倍以上にもなっている状態なのに︑本土. の賃上げの一万七千〜二万円にもはるかに及ばない賃上げしか回答されていないことにたいする組合員の怒りと生活. 不安が︑当局の想像を絶するほど強いということです﹂とのことであった︒那覇市には︑人事委員会ではなく公平委 員会が存したが︑その制度は︑当時のこうした状況に︑適時適切に対処しえていなかった︒. 六三. 以上の事情に照らしてみると︑地公法三七条一項が違憲かどうかの問題は別として︑これらの諸点も︑すくなくと 那覇市職員のストライキに伴う港湾ピケの正当性について.
(22) 論. 説︵佐藤︶. 港湾ピケの形態とその事情. も本件ピケの正当性を否定し︑刑事的違法性ありとする理由にはならないと考える︒. 2. 六四. 本件ピケの主要な目的がストライキの防衛にあり︑その﹁いきさつおよび目的﹂については︑﹁人をなっとくさせ. るに足りるもの﹂といえよう︒そして形態について特徴的なのは︑それが被告人の責任においてなされたかどうかは. 別として︑出入口の一部に盤木などがおかれていたこと︑またその方法は別として︑ピケが市関係者以外の港湾施設 利用者の出入にもむけられていたことである︒. qDピケの方法. ピケがどのような形態ないし方法をとるかは︑スト防衛などの争議目的達成の必要性︑相手の出方その他の諸般の. 事情に応じて変化することは︑くりかえしのべたところである︒たとえばピケの人数がスト初日の五月二四目には. 二︑三〇名であったが三目目にかなり増加したのは︑労組員に比べて格段の実力をもつ機動隊に備えてのことであっ た︵前掲ト⁝マス議員のステートメントをみられたい︶︒. 出入口の一部の盤木等にしても︑それだけを固定的に評価することはできない︒たとえば︑暴力団が車で突込んで. くるといったピケ破壊行動を身近に経験している沖縄の現実では︑こうした形態も決して異常ではなく︑むしろ無用. な怪我人を出さないための合理的な防衛形態とみることができる︒現に今回も︑ピケ隊員が︑本土から来た暴力団だ. と称する男に殴られて負傷する事件も生じている︒また︑スト期間中も話合いの結果︑他の出入口から諒解された一. 定の出入がなされていることをみても︑入口の何箇所にも一時に押しかけ︑混乱に紛れてピケを突破するなどのスト.
(23) 破壊に対処し︑争議の場として出入に秩序を保つ方法でもあった︒. なお付言すると︑一般に扉に錠をかけるといったことは︑通常でも業務を終了して職場を退出するさいになされる. ことであり︑必要があればいつでもあけられる︒それが争議にさいしてなされたからといって︑不当な手段としてと. がめられるには当らない︒そして︑盤木にしても同様に︑必要がなくなればどけることであり︑物をこわすといった それ自体不当な手段とは︑明らかに性格が異なるものである︒. ㈹ピケの相手方. 本件のピケは︑港湾施設管理業務がストに入ったことから︑荷役や貨物搬出入などの施設利用者に対してもむけら れた︒このことに関しては︑つぎの二点に注意しておぎたい︒. 第一は︑施設利用者︵業者︶の出入にむけられるといっても︑実は業者の使用する港運労働者にむけられていると. いうことである︒この点では労働者仲間に︑ピケ破りを行なわず︑争議に中立に立つことを求めているにすぎない︒. 現に五月二五目には︑港運労組の組織的な協力がえられている︒アメリカでも争議中の事業場のピケラインを越えな. いことは︑他の企業の労働者にとっても相互援助の団体行動と評価され︑それを理由とする不利益取扱いは不当労働 行為とされている︵佐藤・ピケット権の研究一〇七頁以下︶︒. 第二は︑ピケラインの話しあいによって解決されたにせよ︑施設利用者に多少なりとも迷惑を及ぼしている点をど. うみるか︑という問題である︒この点は︑スト自体にもかかわる問題であるが︑つぎのように解すべきだと考える︒. 六五. ストライキは︑使用者がふだん利用している労働力を利用できない状態におくことによって︑その労働力がいかに 那覇市職員のストライキに伴う港湾ピケの正当性について.
(24) 論. 説︵佐藤︶. 六六. 貴重なものであったかを理解させ︑労働力の評価︵対価としての賃金など︶を自分たちの要求に近づけようとするも. のである︒したがって︑その労働力が第三者にかかわるサービスに使われていた場合には︑使用者だけでなく︑当然. にその第三者にも不便が及ぶ︒しかし︑その第三者にサービスの提供を約していたのは︑労働者ではなく︑使用者で. ある︵港湾施設の使用料は職員が徴収にあたるが︑市の収入である︶︒したがって︑ストが起ったことにより第三者. に不便をかけている当事者は︑労働者ではなく使用者である︒それだから︑本件の場合︑市長は労働者を責めるので. はなく︑みずからが責任を感じて市民に詫びている︵一九七三年六月一四目︑市議会︶︒労働者は︑使用者が第三者. に不便をかけざるをえないという事態を通して︑労働力の価値の認識を使用者に求めるのである︒この関係におい. て︑ストライキを守り︑ストライキ権の尊重を求めるピケが︑施設利用者にむけられるのは当然である︒ことに本件. の場合は︑施設利用者も実は︑労働力の価値の認識を求められている﹁使用者としての住民﹂の構成員なのである︒. なお︑争議権が基本権とされる社会において︑第三者もピケの尊重を要請されていることは︑多くの学説や判例も. 認めるところである︒百貨店のピケに関する民事事件であり︑また争議を行なったのは約三六〇名の少数組合で︑約. 一〇〇〇名の第二組合員や︑問屋関係者の就労は認め︑したがってスト破壊にたいする防衛よりは︑むしろもっぽら. 顧客のボイコットをよびかけるピケであって︑事案はかなり異なるが︑そのようなものとして︑つぎの説示は参考と. なるだろう︒﹁顧客が購買の自由をば正当なピケッティングに優越するものとして主張しえず︑これと調和し得る限. 度においてのみ︑その自由を行使しうるものである以上争議行為の第三者たる顧客はピケッティングが正当である限. りこれを尊重することを要請されるから︑顧客はもとより本件争議におけるごとく縦に張られたピケラインのスクラ.
(25) ムを脇から破って入店するような自由を有するものではない︒したがってピケ隊がピケ破りをする顧客の入店を阻止. するため実力を行使したとしても︑それが積極的な物理力の行使にわたらず︑防衛的なものに終始するかぎり︑これ. を正当とみることができるのみならずまた出入りの不便不利益ないしはピケ隊の説得活動︑示威行動などに対する反. 発等から︑顧客がその憤愚をピケットラインを守る労組員らになげかけ︑ために労組員との間に紛議混雑を生じたと. しても︑このことの故にただちに争議行為を違法視すべきではない﹂︵岩田屋百貨店事件本案第一審判決︑福岡地判. 昭五〇・三・二九判例時報七九一号︒判例批評として佐藤昭夫﹁百貨店の争議で顧客にむけられたピケヅテイングの. 六七. 正当性︑ほか﹂判例評論二〇六号三三頁︑参照︒この事件の仮処分控訴審判決︑福岡高判昭三九・九・二九労民集一 五巻五号一〇三六頁も同旨︶︒. 那覇市職員のストライキに伴う港湾ピケの正当性について.
(26)
関連したドキュメント
前者の「合理性のみによる記述」的妥当性を後者の経験的妥当性によって基礎付けること
6 )ロッテルダム港については,富田・山本( 2009 ),二村( 2009 ),Zondag et al.( 2010
統計についてこれを見る方が適当と思われる︒ 握むことは現在の統計だけでは不可能であって︑
香港 香港は、 伝統的に民間活力を尊重する傾向にあり、 コ ンテナ港湾の整備 ・ 運営は民間企業に任されている。 た だし、
~茨城港【日立/常陸那珂】から北海道へ 九州へ 充実の3航路~ ~茨城港【日立/常陸那珂】から北海道へ 九州へ
12 Romuald Lacoste and Marie Douet (2013)
ここまでの議論からヴェーバーの支配の Legitimität (正当性)に関して、いくつかの疑問点が浮
この ような状況の中で,港湾は救援物資の保管場所 として,または物資の 補給基地 としての機能 を果た し得 る物流基地 とな り得 るのであろうか。港湾 自体が甚大