> α Q 霞 讐 嘗 。 拐 を め ぐ る 若 干 の 問 題
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(2) 論. 説︵佐藤篤︶. 一〇〇. ︵三︶ の余地なくこの理論が承け継がれてきた点を重視したい︑ということである︒すなわち︑罫≦①び霞によれば甜零. 薯宴2ωはもともと誰にも与えられなかった荒蕪地であり︑ゲルマン社会の場合と同様に同種族仲間であれば誰で. あってもこれにたいする開墾権をもっており︑開墾した者はその土地を耕作している問はそのお零・8巷舞oユ霧. の占有はまもられた︒この古い08暑毘oの権は︑後に重装歩兵国家により征服農耕地にたいして形をかえて拡大 ︵四V され︑特定の土地利用形態に適用された︒そして︑このような土地にたいする8霊冨鉱oの権がローマ市民に平等 ︵五︶. ︵9鉱︒浮①εに存するという点に︑古典古代共同体の基本的な特質があるという考えかたがおこなわれている︒. 本稿では︑お實を暮︒霧の開墾権が各市民ー都市共同体構成員ーに平等に帰属するという点から各市民が. 平等の地位を保つことができたとする把握の仕方が︑はたして古代ローマ社会の実情を正しく反映しているのかど. うか︑また08唇ゆ鉱oの法形式が土地にたいしてどのような関わり合いを持っていたのかぎらには謎霞をぴ=︒拐. の利用・獲得の仕方が08暑鐘・なのかどうか︒これらの諸点について︑多少考えてみたいと思ったのである︒. ︵一︶たとえば︑亭①巳霧竃§暴①7の§冴肖雪蔓零︒匹8ぎoo︒N芭Φ釜暑罐ぎ巴套ぎβω>急む§獅孚壁8ω8号寿島β9. 霧邑ω魯8<︒弓寓ω§αqωお3掌お認ふ悼窒Φ8・そして数多くの文献がこのことを. o§び αq①β一〇ω翼o巴①畠︒︒甑︸コ閃︒馨彗二s噂ω言島貯︒琴器蝕<一=8壽︒≧鐘σq幽?寄冒2︑ψ一綿曾留n㌘く>轟茜o−寄帥N︑o. 登鎌葺83舞ぎ・謡貸一霧9ωま9 述べているのを見ることができる︒. ︵二︶ ぎ馨一轟が全市民にたいしてぽ轟甘囎毎の土地をぎ3島§として分配したいう伝説︵く巽8︽号7さ一・5︾U切嘗騨甘鵯昼. oぎけ§︒ 2&餌菊︒馨一︒豆葺彗島募印98び鐘ε弓5︒葺繭β2器ぼ門&睾ω8g零窪εさ竃り露§帥署①剛再§賞℃一該湯倉︒︒る︶uo.
(3) 甘αqo鍔づ8三〇国○ヨ讐oω碧置霞卑F﹃己一一δ器琴巴oお量簿o響奪葺一弓登﹄言●︶や. ※. ︑一七の農村トリブスの設置︒ て紀元前である︶︒. ︒ ・一●※§9※餐︶噂※rΦ×閃即募︵§︶︾※rΦ×一︒帥一す傷Φ>蚕響︒喜一凶︒毘︒. 共和政時代において施行きれたものは次の通り︵従って︑年代はすべ ※. ︒①︶︸﹇Φx品轟言︵高︒︒㎝︐繭o︒N ピ①×9︒︒︒ ︒㌶品弓胃一即︵卜︒. ︵醤︶ ※いΦ毛88一ぎ鵯ゆξ︵違︶噛※蜀茜器 ︵農・§ン※いΦ乙gαq鼠ω蝕浅墓隻§︶︸※い①×詳Φ︒帥まζΦ芭輿αq曇す. ︵ま︶︶※r①蕊婁器&彗島&①督のΦ乙①8喜帥 蜜霧言8置ゆ︵§︶層※r①×藝gσq弓即岳︵含︶り※蜀警5Φ垂曽⑳星暫. ︵些︶矯※舅︒︒一︒ぎ区霧σ⇔き℃︒唇ぎ︵ω︒︒﹃︶℃※婁 馨器︵ω︒・u︶矯※鼻ぎ帥髭ω塁畳①註3の§彊更馨﹀︾※rの蔦薯苧. ※蜀い聾影αq弓g量︵一aン※r①×︒ ︒①号. 藁塁婁︒毯︒蔓一ト・ω︶︸※いΦ島量鋤︵墓〜誌卜︒ン※じΦ蔦喜超?. ⑳8勺園§︒衷︒毘勘8︵§ン※い︒;α−垂こ︒ 毒︒罵管の昔︒g量幽︒︒︵さ︶. ︵白ン※罫切聾gαp轟壇隻蓑︶ゆ※じΦ亀三こgαq膏蝕&麹一ω︵︒㊤ン. ※舅浮三竃αq星費︵︒・︒︶咽※舅・︒箋Φ剛ぎσq弩一鎚︵くpμン※舅の塁.薮. 3三gσq琶餌↓ξ識︒§&︵一ω︒・ン※﹇Φ島Φξ§慾. ※r①二墓軽§︵︒一γ※い突の窪ぎ馨§︵︒一︶. 鎚σq豊即9遅舞︵㏄︒︶ψ蔓ζ豊萄閃︒ω9亀①身︒器@≧一舞奪凶器雲琶け−. ※ 惣①ぼo︒O凶εヨ. そして︑農地立法は︑胃冒︒耐葺8頭初の二つの立法. として後を断つのである︒. >⑳需薯票o易をめぐる若干の問題. 土地とに分け︑その各々につき︑法的・. ︑ローマの土地を課税の対象となる土地と課税の対象とならない. 一〇一. 経済的意味を明らカ﹀ にしようとしていることである ︒そして︑茜零胃一轟εωと品窪要窪o霧. 法叙述の構成は︑品噌ξ9ω9 測量官の行政的な活動を中核として. ︵三︶きげ①79︒&三の︒ざ言§αqのω︒ぎ幕帥三ぼ零 切①留曇彗αq隷噌鼠︒・9鐸$﹂§餌℃り貯貰冨oぎりおOご お9但し︑≦①げ零の土地. ︵﹇隻竃5囲声ユ叉︾亘ω刈〜階γピ露088昼お声二斜︽3〜O︒︒︾︶を最後. ︒ ごヨ︵お︶噛 r①×一岳¢象話℃8量岳︵&︶一いΦ×≧8膏ゆαq声ユ簿︵偉︶︐ 凶浮ω︵田ゆ︶︸r①×包す儀oゆ鵯酵ζ霧︒︒一一一雪︒. 鋼αq讐印︵︒ω︶. ※rΦ喬薯帥超塁︵①︒y※い㊦×宴騨. 塁︵曼ン※舅亭︒冨竃帥岳︵一一︒・ン※い①薫αq§鞍. 乞鶏.
(4) 論. 説︵佐藤篤︶. 一〇二. と分けるに︑公有にあらざる土地が私有であるといってみても︑二つの土地所有形態の区別・矛盾と対立の必然性を明らかにしえ ない︒9一鼻卑鳩即α糞一8ぎ即①3彷の①8ぼoぼ9N>焦一こ一3N㎝ド. ︵四︶ ζ・妄Φぴ①♪>韓弩奉浮婁三器Φ一ヨ≧け霞ε5お8﹂鶏・認曽邦訳﹁古代農業事情﹂三五六頁︑四二二ー三頁︒ζ・萎Φげ零 に. よれば︑08唇毘︒の制度は︑もともと荒蕪地の国︷弩σqお︒窪であったが︑次第にこれが︑征服により国家の所有とされた農地に移. 入され︑国家の拡大とともにその意味を決定的に変じたとする︒即ち︒︒8冨ぎを行使するのはつねに家畜所有者と奴隷所有者と. 邦文献としては︑たとえば︑大塚久雄﹁共同体の基礎理論﹂七四頁以下︒弓削達﹁ローマ帝国論﹂︒これらは︑基本的には. であって︑ここから結局は﹁前代未聞の農業資本主義﹂が形成されることになったのだとする︒. ︵五︶. ﹁三共同体の継起的発展﹂の仮説もさることながら︑諸概念が明確にされてお. ≦ΦぴΦ㌧に依拠しながら︑譲①げ零によってζ鴛×を解釈するという立場であり︑家舘×と≦①げ零とが本質的に異ならないというアンチテーゼ. をおくところに問題がある︒とくに大塚氏の場合︑. らないー土地にたいする関係では所有・占有・占取・先占・利用ーばかりか︑権力の問題が殆んど等閑視されている︒氏のいう ように問題を﹁経済的﹂にみるとこのような結果になるというのだろうか︒. の諸法文︵一房葺&9雲やヨαq窃貫︶にもとづいて叙述されるのが伝統的説明であった︒これによれば︑・8唇毘・. 従来︑o︒︒唇蝕oとは︑無主物の﹁先占﹂であって︑主として私法ギ貯葺お︒ぽにおいてO巴霧やOo壱房一霞房. てきたのであ ろ う か ︒. 08唇魯oのもともとの意味はどこにあったか︒また︑どのような事実関係との関連でこのような法形式が生れ. 二.
(5) の客体たりうるものは冨︒︒琶蜀房であり︑これらの物は2器箆①8によってはじめて私的所有の客体たりうるも ︵一︶ のーおω言露蕊8身08暑斜葺二〇費言9僧8ω8乙Ω巴島・O・蒔一・ンω︶ーと説明される︒ ︵二︶. ︵三︶. それでは︑・︒2冨ぎの客体たりうるものは具体的にどのようなものであろうか︒O巴窮は︑おω2臣拐であ ︵四︶. ︵五︶. って地上・海中・空中において捕獲されるすべての物とし︑捕獲された野獣・鳥類・魚類︑帰来心を失った動物例. ︵七︶ ヤ. えば鳩・蜜蜂・鹿︑敵から捕獲した物︑等をあげている︒OO弓2ωご二ω︒三房のぎω葺昌9雪では︑Ω巴霧がかか ︵六︶ げたものの外に︑さらに︑孔雀・ニワトリ・驚鳥・石・宝石・海岸で発見したもの︑自己の所有物より生じたる物︑ 海中に生じた島があげられている︒. 法文によればこれらの物は︑直ちに08暮蝕oをおこなった者の所有となるのである︒その理由は︑﹁従来無主 ︵八︶ なる物は自然の理によりて先占者の所有を許される﹂からであるという︒ そして︑﹁物は種々の方法により個人の. 所有物となる︒何となれば︑ある物の所有は既に述べたごとくごωσq雪碁ヨと称される自然法により︑またある物. の所有は一霧︒三8により取得するからである︒したがって一層古い法から︹説明を︺始めるのが便利である︒し. かしながら物の性質により人類自体とともに創られた自然法は一層古いものであることは明らかである︒何となれ ︵九︶. ば︑市民的諸権利は︑国家が創立され︑政務官が創設され︑さらに又成文が制定されるにいたって初めて生ずるよ うになったから﹂であると述べている︒. このような法文から推測されるかぎりにおいては︑古代ローマの社会にあっては雷三富の財産の基礎の上に︑ ︵一〇︶ 富急冨自らの生存を支えていく為の諸労働をやっていたが︑先づ初めは︑その労働の中核は生存に必要な食糧の 一〇三 >の電冨 爵 o 垢 を め ぐ る 若 一 十 の 問 題.
(6) 論. 説︵佐藤篤︶. 一〇四. 獲得であったということができる︒山野をかけめぐって獣や鳥を捕え︑魚をとって生活を支えたこと︑あえていえ ︵二︶ ばこれが法形式としての08唇呂oの原初的な姿だったのではないかと想像されるのである︒しかしながら︑ローマ. の歴史時代に入って時を経ず︑国家権力の形成︑したがってローマ市民にのみ適用されるごω︒三一のの形成がエトル. ︵8糞雪︒ごヨの形成︶︑. その反映として︑ロ⁝マ市民相. スク王権と︑饗三9によって開始された︒このことは︑ローマが︑この当時すでに他の都市国家︑とりわけエト ルスク人の諸都市︑ラテン人の諸都市との交渉が発生し. 互の関係も︑法的に様々な規制を受けることになったことを示めすものと考えられる︒こうして︑どちらかといえ ︵=一︶. ば自然発生的な08唇蝕oのかたわらに︑一霧息色①としての物の取得行為であるヨ導︒言毘9嘗ごお8ωωす. 霧琴琶δ が形成されてきたものであろう︒以上の諸点から考察されるかぎりでは︑o︒霊冨鉱oは生活資料にた ︵一三︶ いする私的所有︵権︶を取得するための法的行為である︑といえるのである︒したがって︑鷲器8肖のもとで共和政. 後半に形成されてくる言ω器霧6の法関係とは異なるものであったということができるであろう︒. ﹄α冨−囚彗ざ7≦Φ薦零︸霧含8竃ω. ζ・箒器さ霧ヨ蓉ぎギ凶奉簿8瓢いお緕﹂8・ω㎝o︒・囚錺霞は︑古代ローマ法においては︒︒2冨ぎを﹁方式を欠いた物の取得. 一詮O博おO●. 行為﹂とし︑古典ローマ法においては﹁所有権の原始的取得方法﹂という形で説明している︒. ︵一︶. カ8窪︸Qo>臨こ. 08暑毘︒は︑﹁・ーマ私洗﹂の中では︑それほど重要な法律行為ではなく︑簡単な教科書の中では殆んど触れられないまま︑む. しろヨ窪暑豊oやぎ幽ξ①︒︒ω︒︒δ・霧8碧δのほうに主力が向けられた︒たとえば︑ぎ鼠ω3Φ箆やの3ヨないしΩ凶声箆の普及した教. 科書︒わづかにおω留邑糞器遺棄物との関連で議論されたに過ぎない︒たとえば︑ピ︒ζ噂の︒8建ヨε器霧ωδHも8嚇ωoξ導Sω&葺.
(7) 鴨=戸く暫7. 頃︸お一c Q︾お苗二Woω①剛①さOつN轟㎝サ曽O o器ρ.嚇ζ①冤oマOo=ぎω︸ Oo塊o剛一〇鑑o Q︾ωN刈嚇②2900嵩o象象ユ一8一︐oヨ費50目やN℃おNc. ︒鐘︒︒畳琶g﹃︵O碧ωるふ①ごo﹂一﹂﹂︸一. ○§す一αq一言門器ヨ巴凶F2器尋鐸暴ユ. ︵9のω︒孚ぎσ々︒pお認︶ 閃︒馨βoり一&圃︒︒島即留邑幽N喜雲δ一&葺8器舞β一8ω嚇>.9Φ琵斜¢ω8量o鷲o山Φお一糞9お窃︵亭︒︒︒9 審爵塁3︶. ︵二︶ρ琶ぴの隻︒璽溝ε器§β慕. 8①一〇s魯薄ξ︸鼠①暮奪器げ霧鼠︒①帥<︒ぎおの冨8ωb畳Φ言§勘豊一●. ︵三︶ぎ2Φ忽ζ聾び①︒︒凱睾窪けぎぎお3帥暮冨︒晋︒8豊暮︒︒︸ρ髭ρ&富s筥轟塙8旨一㌶ω§ぎき怨.§簿衷Φ︒器2Φ 5︒弩昏Φωω①凶葺Φ一一Φ讐ξ&器︒=8一轟︒島8舞︒83舞2ユ9募も﹄刈︶・. ︵四︶ 営岳の弩器ヨ塁一欝浮島ρβ8雲8房5霊蝕器魯貯o①一お島おωoすきく巴急ooご浮冨雪書窃拐㍉8ヨo①門且︒︒あ鼠冒︒︒を器冒①卑. お響Φ切oざ暮u芭豊ごげΦ著のお覧彗電毘繭β夢gω一お<①箕︒島讐坤薯筥訂げ霞①留︒︒一豊三り①二費糞コ︒弩即Φω器烏ωぎ暮卑密暮︒8唇㌣. 国費28垢2器巽ぎω鉱ぴgω8営肇嘗弓蓼ε轟類声二〇語きω育帥誉琴︵O巴5噂鯨8γ. 耳凶毒︵曾ごの噂N矯Oo︒︶●. ︵五︶. ︵六︶Hこ㌍ごお・例えば奴隷・家畜の子供︒. 轟2轟募3ぎ﹂こN︑一噛冨嚇戸合一ご一質乙ロ●一も〜﹂ご諺の雲書召︸2&︑帥二〇琴轟ε轟罰凶曇魯o馨oωぎ菖=窃亮声28. ︵七︶囲こN﹂る曽解釈の結果出てきたものであろう︒ ︵八︶ 00①鷺<②け信梶●. 一〇五. ≧甚︒−寄凶N℃ωε島岳9︒3島湿︒ぎ一W9嘗一9いごωρ望︒︒ ℃垂鴨ゲ︒ぎサo oN島℃ω認や嚇印の︒菖一ヒ三蓼擁o葛3一︶. ●嚇守§ωΦぎのε舞首幕暮岳象国三圏隔︒とぴ霞窮賄o﹂︒密﹂起●噸密ω①♪閃唱㌧驚﹃一〇︒ω. 一こ ご 旨 ●. 一︒ω① ﹄ ︵九︶. >σq窪讐霞o島をめぐる若干の問題.
(8) 論. 説︵佐藤篤︶. 一〇六. ︵一〇︶ ローマにおける平等の原理は︑むしろこの鵠三げの構造と国家との関連のうちにこそあると考えられる︒すなわち︑ロ⁝マ. が土地所有者を鼠享の区に再編し︑富急審はその財産を基礎として国家構成の単位とされたことによるものであって︑ミ①げ霞のよ. にゲルマン古代のω紬箸①のありかたを古代ローマの荒蕪地の開墾という形で引き移してくるのは誤りであろう︒従って︑富昌萄. 疑︒・3凝婁塁彗伽切︒ω言ぎ魯一§窪3鼠の︒蚕閃①︒ザニ︒8→困︶﹂一.⁝密ω①び禺︒︒看一●尊①︒︒N㎜切︒る舞. F 覧一艶. ︵一二︶. る︒たしかにOo巷垢一ξδ〇三房の法文中には︑08暮豊oの客体を動産に限るという文言がないけれども︑もしそ. 〇8暑呂oにおいては︑すでに述べたように︑もともとその客体に土地は含まれていなかったものだる︐と考えられ. 三. ように最初はすべての土地が謎醇薯窪o房であったなどとするのは︑あくまでも仮説に過ぎない︒. かぎり︑ぎ旨拐ぷ忠aごヨに支えられる富鼠富にあって必然的なことであろう︒民霧Φ5国望器︒︒〜︒●但し︑密ω霞などのいう. いては︑拐器避ごないしは窃島によるものと想像される︒このような諸関係があらわれるのは︑おそらく少なぐとも土地に関する. ︵一三︶ 8書冨瓢oによって直ちに所有権を取得ずるのであるから︑おそらく3ω諾︒簑雲9豆についてであり︑3︒︒召導︒旦につ. できていた こ と ︒. その典型としての一二表法︒この時代においては︑すでに貨幣を媒介とする物の交換がおこなわれ︑また取得時効の制度も. O︒窃o琶舞幹03暴βFN︶ホ︷二ま房︒囚彗蚕−︵①お2召巨窪窃℃噌蓋落畠仁謡 囚畳象餌︸霧3蓉ぎ霧魯窃αq8畠凶魯寅. ︵二︶. の︵おそらくαq①霧における如く︶集団的所有という形がとられたであろう︒. う.
(9) の中に土地︑とくに農地も含まれているとすれば︑ーもっとも紀元前一一一年の︸Φxp磯胃導すでは後述のごとく自. 明の事実であるがfそのように客体の中に土地が入り込んだ必然性を︑歴史的な発展の中で明らかにしていかな ければならないであろう︒. 古代ローマが︑その社会における生産力の発展と構成員の再生産︑さらには近隣諸都市国家との間の緊張関係に. よって︑他の都市国家との慢性的戦争状態となり︑内に℃碧二息と筥Φ房との対立という矛盾をはらみつつも︑次 ︵一︶ 第に戦斗は全構成員の共同の労働として意識されはじめる︒ローマは︑このような戦争を通じて︑まず近隣諸都市 ︵二︶ 国家を征服し︑すくなくともその征服地の三分一は謂霞薯票9ωとして︑ローマ市民に帰属するものとした︒. 甜零2窪窪ωは︑いうまでもなくこのような征服を通じて拡大されたのである︒勝戦の後︑敵の土地を占領し. 註ωお轟け一・︶無償の分配や8︸〇三叉植民地︶の建設︑. ︵08暑豊・3鍔旨ぎ豊巨夢ないし08唇蝕○ぎ影S︶︑軍隊の行為によって戦利品育諾審として獲得された物 ︵三︶ は︑常にロ⁝マ国家の所有に服せしめられる︒霧ω蒔轟ぎ︵. ︒Φ蕊9による貸し出しは︑このような甜霞2呂︒房を国家が市民に与えあるいは貸与する国家の政治的行為で. であった︒寄き巳場によるぼ召一夷①声分配伝説︵ぐ鴛8hΦ鵠2ω鉱8︵ゴおる︾薗ぎ暫一轟①32&p閃o筥乱○. 冥冒仁彗島≦鶏臼8鼠三弩く三鉱β2器言器留ヨωΦ2霞雲ξ♪ぎお餌ごe碧冨一零§掌︶から推測されるかぎ. りーたしかに量も時期も問題であるがー市民の財産的基礎を確立し︑ひいてはローマ都市国家を他の諸都市国 ︵四︶ 家より優位な地位におくための政治的意図があったものと想像される︒. 一〇七. ところで︑古代ローマはすでにいわゆる共和政に入ってからも冨菖9の支配がおこなわれた︒これら支配層で >σq零2喜︒垢をめぐる若干の問題.
(10) 論. 説︵佐藤篤︶. ︵五︶. 一〇八. ある冨三鼠は︑自らと同じ支配層を代表するヨ謎巨胃葺霧を通じて︑お段を喜o島の利用を有利におこなって. いたのではないかと考えられる︒すでに一二表法時代においては︑ほとんどローマの土地謂貧ぎヨ琶爵は拡大. されず︑したがってまたお貧薯票2ωの拡大←構成員への霧︒︒蒔轟ぎがおこなわれなかったにも拘らず︑比較的. 土地を所有する冨育§とそれに比較すればはるかに小土地所有者・商工人としての三①房が相対立し紹霞をぴ︐. ぎ島の利用をめぐって相抗争をおこなっていた︒そのうえ︑冨鼠9にたいする覧①募の債務は︑冨三9の経済. 的な優位と︑覧Φ訂の債務奴隷への可能性と経済的従属を強いたのである︒ヨo房oo舘霞へのの①8器8の事件はこ. のことを象徴するものであろう︒しかしながら︑口iマの支配領域が・ーマとその周辺に限定されるかぎり︑紀元前. 五世紀の状態は︑恐らく︑もっとも富裕な℃讐匡9であっても︑数頭の羊︑二9茜①轟前後の上質の耕地を所有す ︵七︶ る程度であったのではないかと推測されている︒. このような︑小農民的︑封鎖的な富鼠萄構造を基本とする古代・ーマの社会が︸つの大きな転機をむかえるのは︑. 紀元前五世紀の終りに経験する比較的大きな戦争︑エトルスク人の都市国家く亀との戦いであった︒ローマは︑. 一合さρ藤︶ないし三①房にたいして七甘αqΦ轟︵口くご9伊合群︶づつゆ器お轟鉱oを行なった. く魯を敗った後︑その男子の捕虜を売却し︑捕獲した品物を売却し︑ローマ市民にく亀の土地を各四甘αq①声 ︵O圃&039. と︑伝えられる︒この戦争においてく象から口ーマが獲得した土地︵お霞08暮舞oユ島︶は︑およそ三万一茜−. ︵八︶. ①声にのぼると推測されているが︑分配によってもなお︑相当な面積の甜霞薯霞8ωが残されていたと考えられて. いる︒こうした謂雲薯嘗2ωは︑主として当時のロ〜マの支配層である冨a9の利用に委ねられたものと想像さ.
(11) ︵九︶. れる︒しかし︑この利用の方法が︑はたして賃貸すなわち品霞<8話巴房によるものか︑あるいは08唇碧δに よるものか明確ではない︒. ガリヤ人の・ーマ征服と撤退の後︑ローマにおける冨鼠9支配の矛盾が顕在化してきた︒すなわち︑社会的分業の. 発展とともに︑冨鼠巳と一部の三Φ房の経済的差がしだいに縮まると同時に︑これらのものとその他多数の覧①房との. ﹁口o巨房とooΦ纂一島とが護民官に選ばれたとき︑彼等. 差がより大きくなり︑これら貧困な巳⑦房は債務とその利息にあえいでいたことである︒このような事実は︑︒雲εユ帥 ︵一〇︶ 制からも推測にかたくない︒このような矛盾の解決としてあらわれたのが︑︸Φσq①ωピ§三器の賃膏①である︒肛≦霧. によれば︑この法律は三つの内容を含むものといわれる︒. は幕房の利益をより多くするようにB嘗三の影響を除外するという考え方を提案したに過ぎなかった︒その第. 一は︑利息として支払わねばならないものは元金から控除されるという条件のもとに︑又残余の収益は三年賦で毎. 年同額支払うという条件で借財を取扱わねばならないこと︒その第二は︑何れのものも譜零2嘗︒霧五〇〇甘僻. ①審以上占有することを禁止し︑大きな動物一〇〇頭以上︑小さな動物五〇〇頭以上即αq角2ぴぎ霧に放牧するこ. とを禁止するように︑土地に関する制約をすること︒第三に︑鼠ぼ鉱昆一首ヨの選挙を廃止しヤ8霧三の一人は ︵二V 巳Φ房から選出さるべきこと︑を決めた﹂ものといわれている︒ ︵一二︶. この法律の歴史的信態性︑評価についてはこれまで種々の考えかたがおこなわれてきた︒一説によれば︑この法. 律の蓋然性を肯定し︑また︑他の説によれば︑これらの︸ΦαQΦのを分解して︑8房巳の一人を三①房から選出する. 一〇九. 規定と債務の利息に関する規定を当時のものとし︑五〇〇甘σq①声以上の謂零2宴2ω利用規定は第二次ポエニ戦 壽胃薯窪8ωをめぐる若干の問題.
(12) 論. 説︵佐藤篤︶. 二〇. ︵一三︶ 争以後とし︑グラックス兄弟の立法をある程度予測するような社会構造を念頭においているように考えられる︒ 2四︶. ︵一五︶. O碧oは紀元前一六七年におこなった演説において︑謂雪讐喜︒霧を五〇〇一夷①墨以上保有することを禁止する法 ︵︸六︶. ︵一七︶. ︵一八︶. 律が存在したことを述べ︑また︑>薯一讐8︵穿憂ヨ9色9ンc︒︶やコ旨胃畠8も︑グラックス兄弟の改革以. 前に︑このような法律が存在したことを伝えている︒く碧8︒OΦ田霧などその他の史料もこの法律の存在を伝えて. いることからすれば︑このような内容の法律が全く存在しなかったとは考えられない︒ゴ閃轟鼻は︑この法律の存. 在を肯定して︑その経済的基礎を︑く鑑の占領の直後におこなわれたという意味を重視し︑四U信σp①轟づつ琶Φ訂 ︵一九︶ に分配した余り地をねらえば︑五〇〇甘σQ①声以上の謂胃窟窪o霧の利用は充分に可能性があるとする︒しかしな. がら︑紀元前四世紀の前半は巳①募にたいする霧ω蒔召鉱oや若干の植民地の建設とそれへの貧困三害ωの移住という. 事情から推測するかぎり︑五〇〇甘σq①轟以上の利用禁止規定はもし存在したとしてもその意義は殆んどないので. はなかろうか︒その理由の一つは︑四世紀前半においては︑共和政後半にみられるように奴隷が直接生産者たる奴. 隷として鼠三冨構成員と決定的に分離していない︒つまり奴隷は労働の直接的担い手ではあるが︑労働奴隷制へ. の決定的転換が為されていない状態であったこと︒二つは︑紀元前二世紀の98の>αqユ8一言3における一呂−. 注&ご茸の理想的ありかたとしても︑二四〇ないし一〇〇甘σQ①声であり︑当時の土地の状態では︑五〇〇旨σq①声以. ︵二〇︶ 上の謎雲薯窪2ωの独占は事実とかけ離れすぎており︑また実益もなかったであろう︒. いづれにしても︑この一Φ×口︒三騨ーの賃鉱斜諾声ユ即は︑ローマの法史料の上では︑おそらく初めて茜零冨7. ︼ざ拐を08唇舘①︵する︶という法形式を確立したものとされる︒これまで︑古代ローマの慣習法上−主とし.
(13) て放牧のためにー護電冨呂︒房︵とくに品霞8奪冨ω︒薮ω︶を利用していたのであったが︑このような利用. 形態を法形式として確認したという点は注意しなければならない︒夷零薯ぴ一8房に関するかぎり︑08巷毘oは. もしそう呼んだとしても︑その内容において﹁無主物先占﹂ではない︒すなわち︑国家権力をにぎる支配層が︑将にそ. の権力によって︑冨ω宕琶一霧8ヨ即きωである謎霞を爵2ωを有利に利用し︑それによって自らの支配権力を維. 持しようとしたものにほかならないといえるであろう︒だから︑ここでは︑むしろ○︒︒唇即鉱○お箒窮ぎω邑ごヨ︵占. Ω8βU①○窪︒諒︒﹁われわれにとってヶルティーベリー人やキンブリー人との戦はどちらが相手にたいして支配的な位置に立. 領・捕獲・略奪︶の形式を相当な部分含む意味あいをもっているものであるように考えられる︒ ︵一︶. 零︶︒そして戦争については﹁戦いに訴えるのは︑ただ不. ⁝⁝もともとぎω評ということばは︑われわれの祖先の間ではいま. つかでなく︑どちらが生きのこるかの﹃敵﹄との争いであったが⁝⁝﹂︵H堕ωo︒︶︒﹁本来敵人筍巳5毎ωの名で呼ばるべきものが. 今ではぎの諺︵よそびと・客人︶の名で呼ばれて︹いるが︺︑. われわれがいう他国人冨﹃品ユ豪ωを指していたのであって⁝⁝﹂︵一. 法をまぬかれ平和に生きのこるためであるべきで︑もしそこに勝利をえた場合︑戦時に残虐ではなく非人間的でなかったものはそ. のまま許す︒⁝⁝古人は︑自分が武力をもって征服した国家や民族を信義をもって取扱い︑祖先からの保護者となったほど︑曽て. ヤ. ペ. ペ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ペ. ヤ. ヤ. ペ. 村川堅太郎﹁羅馬大土地所有制﹂七頁︒ζ●≦Φび①ン>σq声ミΦ昏妥三︒︒ω9卜︒Nご>讐ぎΦ=ωoおω目朗ξ触豪9但しこの割合につ. のローマでは正義があつく守られていた﹂︵ゴ錺︶︒ ︵二︶. いては︑個別具体的に定められたものと考えられる︒三分の︸が必らずも原則である訳ではない︒. ︒ンω漣噛∴閃g雪紳90︒・ω︒﹄導ρ8崩∴ ︵三︶切︒茜Φさ穿︒覧8Φ爵鵠︒こ①︒曾羅ω①♪閃国ω鑑琶こ8①︒︒9<︒⑫︒ごのN①︒︵一逡︒. 一一一. 穴霞囲︒醤﹄矯匠箆←Pら㊤●置ゆωご㎝ρ一9認Pご蒔P罫い︒︒←O誉︒︒−卜︒︸$・↑一︒乙く弩3︸OΦお巨呂8N︸一ρ倉Ω①−. >αq①﹃を宴2ωをめぐる若干の問題.
(14) 論. 説︵佐藤篤︶ い轟.ω.. 短器♪国Pb︒b︒︒ Gド. 一︸ぎ︸一ω矯認.. ︵四︶. 一一二. ︵五︶霊一三島鵯≧=﹂o ︒る﹂廿8房o胃による謎零讐集2ωの賃貸−品醇く8凝警のの形成︒︒︒①轟εωの委託によっておこなう暴αq冨−. ︒ご毎器さooN露脚亭8ζ塁①弓誓ζ巴ざro8二〇8孟8ぎ1田琶q曇忠艶象一 oけ&一ω岳躍霞<8凝&の︵おωo 一轟εωの処分︒﹃氏轟8繧りo. 匙断魯霞く零暮㎎霧轟一ε5の︸一8野o︒︒︒や8葛曾の権限としての品曾讐喜2ωの貸出し︑2器雪自による. §αqN毒ぎωω一ω魯雲&畿ω魯①=勾①︒F一り㎝9卜︒9刈︒幽.脚寓︒邑寄亀暴墓曽99年α急︒︒3Φ≦竃●ー一ぼ①N房ゆ馨︒尋警oqΦ馨ΩΦ︒︒巴一. ωo富F≦馨8﹃津F碧. 霧玖讐器︒は︑五世紀中頃よりのこととする︒. ︵六︶ いわゆる器×§である︒饗三9相互の消費貸借は︷幕︒︒にもとづいて処理された︒従ってお蒼ヨの猛威は︑もっぱら冨三9. 曾釦一〜㎝. 9琶囲︒<︒一︒︒8慧ヨ3ωB︒︒ω①ωω一︒三ω訂 昏§ぴ督器︒9ぎ轟げ聾言弓薯−. 討ヨg昌ま§一三書δ〇三寅器器島浮騨琶088饗寅8葺一g8霊器呼2器暮弩o一Φ触ぼの品議ω8轟訂三弩●. は︑共和政ローマの民主化への第一歩. ↓・︑写雲ぎω弩く亀戸NN国o魯︵ω︒N芭①蚕裂一Φぎ導魯閃oF8︶にぱれば︑四世紀の後半において︑ローマの領土はきわ. ヨε9昌蜜聖騨59︒壱登f富言窃ε∴く舘3噂審一ぎprぎ讐28εヨ閃8εω﹂臼●文献につき凝器♪菊℃るどに︒︒い.N. と巳Φ房との間のものであり︑貧困な三①冴はつねに債務奴隷に転落する危険にさらされていた︒図一↓筈.①﹂﹂2ヨ奉釜蓼富︒糞 轟8昼 参昭川︒. ︵七︶. めて少なくおよそ三一〇〇酵であったとされている︵仁≦湯︐90︶による︒ ︵八︶↓・寄讐天ωξ<3目﹄ω︶によれば︑この覧Φ房にたいする品零2窪8ωの錺ω一曽9ざ. ﹃≦ 拐. であるとする︒ωε弓す象8暮騨Φ号一冨o己o弓o曇讐oいお認・ホ訂2・. ︵九︶. ○ω8三餌鼠葺二58§勺︒暑§垢品曾りεヨ胃ぎ毒℃︒︒︒帥8羅ω. 一δ⑦彗三裟尊聾費︒q2ヨぎ5︒藝§①Φ器92即ヨ9<︒一︒︒身︷8葺⁝昏鵠一帥︒︒①ぎ声簿毒あ8傷毎霧魯零暴竃仔豊詳ぎ︒ξω言Φω. Φ︒善虜ヨ︒匡①︒︒ぎ菖5Φωぎ℃︒ωωΦω︒︒一g豊曽σqユ讐ぴ一帥︒助σQ霧の毘﹄︒︒﹄ω一や葺β轟ヨ︒§寅胃器︒納冨暮岳壽髭ω凶8一︒︒§薫幕訂.
(15) 穿︒︒浮&暴讐︒︒琵g浮豊琴§彗一①二魯8奉幕三乏霞︒鷺︒℃§器象窟聾§弩曾8餌睾Φ聾霧け§ぎ聴琶g§Φ品ユ. 帥§①暮お3毘∈豊ぎω一2雪身冨≦おω琴冨霧の雪二﹁しかして今や︑護民官たちは︑市民達が住居に心を奪われていたとき︑民会8〒. ぎ琴に農地法にっいての提案をして群衆を引きつけようとしていた︒彼らは︑O登籠房がくo︼豊族を敗北せしめてより︑紛争もな. く当初より・ーマが支配するところのもの審ω零錺2ぎ三となっていた℃書言葛ωの土地について提示したのである︒彼らは︑こ. のt地が︑貴族によってくo一ω9人がやったよりももっとひどい事情にあることを告発した︒くo一ω9人は強力になり︑武器をもって. から︑もはやこの土地に侵入することをしなくなったが︑貴族は恣意的な品Φ﹃2票︒房の占有2器雷︒りδをおこない︑また貴族達が. その土地をすべて占有する前に︹幕房に︺分配しなければ︑巳①訂が入り込む余地はなくなってしまうだろうからである︒彼らは︑. 8⊇ヨに殆んどいなかった覧①房には何の印象も与えなかった︒というのは︑巳①房は住居のこと以外に全く余念がなかったし︑負わ. ロ≦易に従えば︑ガリヤ人のロ!マ占領とその徹退の後︑・ーマの多くの人びとは︑ローマ再建のため多額の借財をし︵P. された負担にあえぎ︑彼らが保存する手段を持たない土地については思いもおよばなかったからである︒ ︵一〇︶. F︒︶︑ロ!マの城壁再建補強のための課税に悩まされ︵9認﹂︶︑さらに負債の支払ができず饗三︒凶の家に監禁される事態. ︵9ω合N︶まで生じた︒しかし一部の巳︒訂はこうしたなかでも財を集め富裕化したこと︒この階層分化現象は︑o雪ε旨の六階 級のラン ク に 象 徴 的 に 表 現 さ れ て い る ︒. ︵二︶い三Gの︸9ω・﹂〜﹃9婁喜①三ゴ三ρ暮三霧魯﹃ω塁ごω薯聾餐§︒凝雷︒琶窃昏Φ・霧︒霧屡言響彗Φε3. 8唇§︒縁冨げす巨彗自①器﹃Φ当雲9暮留身︒紳︒8留8冨①2&房量ω℃零壼幕轟ε奪⑩のωΦご箆2aω唇Φ冨の︒︒興三Φ募凶︒器豊魯Φ〒. 轡き島冨房︒一く零豊り嚇聾霞聾号ヨ&︒品3謹ヨ﹄①豊︒︒℃一拐ρ三編豊と嶺︒声品鉱宕器凶8門①二8三聾お三げ琶自§三冒言ヨ8弓. 一一三. 三こ一①善け8房巳§2Φ豊2Φ騨一§舞幕ぴ①曾弩Φ言コ2箒舞凝①5膏Φ言轟Φ巴=①8暴邑冨︻曼ぎ︒︒げ量Φユ58唱︒ωω雲● ω8弓す黛3ヨ騨①留一ヨo&o弓oヨ弩oい這器噛爵一ω8乙ω8Φ♪即くuO9. >σq零を嘗2のをめぐる若干の問題.
(16) 論. 説︵佐藤篤猛. 一曾. 一一四. 辰︶︑舘琶8が多数の牧畜業者に有罪の判決を下だしたという記事︵む下. 念︑一︶↓●孚讐ぎωξ<醸撃閃㌧弩パによれば︑この法律によって立法提案者である﹃︒該霧自身が処罰され︑数人の者が制限以上の 彊角冨げぎ垢を占有したため処罰され︵﹇三=9一9. ○寅ε歪彗力oき●宰品ゆ7鼠一〇;どお納. 淳一鼻ΦF国α忌ω皇Φ浮o霧︒・σqΦのoぼo窪9ω9一8.. 貯9一ρ禽一分8♂︾O︶などを根拠としている︒ へ一三︶. ︵一四︶. 二互︶↓劉♀83房ゆo︒・﹁それより前にローマの市民は︑戦争によって近隣の住民から得た土地の一部分を売却して一部分を国家. のものとし︑土地を持たない貧困な市民の間に分配して︑小額の地代を国庫に納めさせることにした︒ところが︑金持が地代を羅. 上げて貧民を追い出し始めたので五〇〇プレトロン以上の土地を所有することを許さないという法律が制定された︒⁝⁝その後近. 隣の金持が仮空の人物を造って借地権を自分たちの手に移し仕舞には公然と大部分の土地を自分の名前に抑えたので︑追い出され. た貧民は進んで軍務に服する熱意もなくなり︑子供たちの養育も閑却したために︑やがてイタリア全体は自由人の欠乏を感じ︑鎖. に繋がれた外国人の奴隷で充たされ︑金持ちは市民を追い出した後の土地をそれに耕させた﹂︵邦訳は河野訳岩波文庫に従った︶︒. o臼oヨo餌o O酔oぴ=①ヨΦ一〇冨.司噌①ヨ①一言冨ωo㌧o︷ゆ5≦傷①oくΦ5導①旧ζ冤﹄舅 〇三¢ωヨ鉱o弓①o ︵一山ハ︶ ○①㌧①弓 oo二〇印い 一噛卜o O :;:Z暫90︒︼﹂oぎご箏O. 騨αqユ剛Φ⑳貫琶Φ智琶け︵轟彗ω琶o鉱の旨帥一霞い2器<①$鉾巳島∪︸夷︒声び髪需Φo一<§即●ン簿・⁝・・頓爵己ΦヨσqΦ糞凶ω9ぽc三轟 胃も一. ︒琶①ω︒︒gもoω一おαqΦω①×8εω餌議のOOOい×<℃ユ暑の℃02︸§匙一Φ⑳①ω費8嘗窪留ωぎωΦ讐豊甘αqの声83匿即Φ8昌号鑑鼠掌. ︵何となれば︑私は9霧=︒言房90︼oと9器島げ豊9霧ω99帥とが近づいてくるのを見る︒彼等の一人その祖先は土地面積. につき法律を提案したのだ︵即ち︑ω巨○により︑ローマ市民に五〇〇凝①審以上の土地を持つことを禁じた法律が提案された︶︒. ⁝同じαqΦ房に属する曾房ぼ〇三湧は︑王の追放の後三六五年に鼠ゴ三筥①募であった時︑初めて市民を立法の為に8三蕃より ♂箸奪へ導いた人である︶︒.
(17) ︵一七︶. Ωo臣房︸曾G oり8. 冒器ぎ=囲舘一器富ヨ3=8器Φ巴槽ρ¢営葛﹃置28房ぎ讐拶き=oo騨い覧52ぎσq雪3冒伊亀Φ轟ぼ訂冨く巴一9E&. 幕蕩︒ぎ㏄琶︒岳箕︒馨ぎ三貰も一茎︸肇一冨圃墜毒費ε垢ぎ薯ヨ琶琶︒寄琵き誉①おく亀9房聾Φぎヨ鼠一鼠=2馨ρぎ艶親. 8窃即.嘗鷲8鼠o簿﹄田嘗3讐一9へさらに彼は次のようにいう︒即ち︑ω箆o亘霧の覧豊旦ε冨により禁止された五bO︺夷Φ箪以上. たいということは︑・﹂マ市民にたいして不正なまた不当な戦いをいどもうとすることと必ずらしも同じことでないというこ. Ω8りpU①ぎ凶o叢ε謡晦. 93の時代は︑勿論︑彼自ら説いた理想的農園は中小農園であった︒すなわち︑彼がこのような主張をしなければならな. >αq胃讐菖︒島をめぐる若干の問題. ︵二︶. 一一五. 一①×品声二9には︑農地の種類が品巽要窪象ω.謎曾鷺一轟εωを含めてかなり多種のものが含まれているのを. かむことはできなかったが︑今日われわれに伝えられている農地立法のうちで︑もっとも詳しい紀元前一二年の. b罐霧 碧︒三器あ隻富Φお篤三帥においては︑その客体である品需℃葛ぽ蕊の内容を具体的に史料からつ. ているように︑おそらくは08号舞ごのみによって一呂注&ご筥が拡大していったのではないであろう︒. ︵一︶. それでは︑このような︒︒8冨鉱oが算眺導島g臣の形成とどのような関連を持つか︒いみじくも>薯㌶きのが述べ. 四. ︵一二︶く§g箪矯勾国図F#零・. いほどの土地の集中は進んでいたのである︒. ︵二〇︶. ︵一九︶ ↓●甲雪∫ミ嚇>㌧讐αqす−菊ゑきooεユ2ω曽. ︵一八︶ <①頴凶5℃象零o巳島℃卜o︸①︐脳Ooご簿亀僧どρ一ご. とを否定︑しえないし︑また︑育器言︑ヨと8Φ.即とは異なった範疇に属することも否定できない︶︒. 所有し.
(18) 論. 説︵佐藤篤︶ ︵三︶. 二六. 見ることができるのである︒このように幾種類もの農地があらわれてきたのはなぜか︒このことは︑甜9讐窪− ︵四︶ ︒霧の利用の仕方ないしはその法的仕組みに求めることができるであろう︒. 古代ローマの社会では︑そのはじめおそらく富三ま財産のきわめて重要な部分は家畜冨窪ωであったと考えら. れる︒したがって︑放牧は富凱薮財産を維持しさらに蓄積をおこなうためにはきわめて重要な労働の一つであっ. たと推測されるのである︒笹忌富を基礎として農民的生活を送っていた古代ローマの市民達は︑ζうして共同放. 牧をおこない甜霞8ヨ冨零巨︒︒︵共同放牧地Vを形成していった︒一つの推測に過ぎないが︑ローマの分業の発展と ︵五︶. 鼠三薮の再生産にともなって︑・ーマ周辺にある甜鶏寄ヨ暫言ωに隣接した土地の囲い込みi文字通りの. 08唇器oであるがーもおこなわれたのではなかろうか︒だが︑征服によって獲た品零窟窪︒髭にたいしては︑. 器q ︒お轟ぎのおこなわれた土地以外の土地は︑恐らくはむしろ権力を持つ支配層の放牧のための利用に委ねられた︒. つまり︑奴隷を富豊瀞の中にとり込んで労働力どして利用できる階層で起ければ︑これは不可能だからである︒. それでは︑農地の集中は︑どのようにしてあらわれてきたのであろうか︒先ず考えられることは︑放棄された土地. 品零号一霞§器の場合である︒すなわち︑長期間の戦争で十分に耕作されず︑且つ︑農業をやることを嫌って都市に ︵六︶. 住みついた市民の荒廃した土地の場8巷一〇である︒一二表法によれば土地については二年の房き巷δによって. ︵七︶ 所有権を得ることができると規定されている︒次には器首筥を禁じた︸①×2Φ邑す以降︑債務不履行の結果としてお ︵八︶ こった土地収奪︑さらには貧困な巨①房からの買い取りという手段も推測される︒しかしいずれの場合も品忠冥噛毒εω. の場合であって品魯薯窪︒霧には関わらない︒共和政後半の土地測量官伊鵯ぎ①房自の記述にはβ鴨﹃08唇−.
(19) ︵九︶. 彗oユ易︑.の記事がみられる︒. これは前述の一Φ×品声匡餌にもみられ︑ここでは︑一人につき三〇甘αqΦ3以内な. ︵一〇︶ らば︑これまで品霧讐爵9ωを占有苫器箆Φ富してきた者に私有地としてその土地を与える旨規定している︒で. はこの︑︑品魯08唇葺oユ易︑.とは何か︒またもし譜雲薯窪︒岳を・8唇毘oによってえた土地とするならば︑. その08后&oの意味をどう考えたらいいのだろうか︒罐霞08暮舞oユ窃の法的性質は︑相続によって子孫に承. ︵一二︶. けつがれ︑また他人に譲渡することも可能である︒さらに占有訴権で保護きれるというものであり︑所有権が国家 ︵二︶ に留保されているという点を除けば︑全く私有地と異ならないものであった︒このことはδざ驚︒がグラックスの ︵二二︶. 改革に関連して述べていること︑また︑土地を国家により収用されて嘆きかつ憤っている市民の声からも推測でき のである︒. このような認霞08唇90ユ垢は︑おそらくは次のような事情にもとづくものであったろう︒すなわち︑ローマの. 領土拡大にともなって︑多くの植民地が建設され︑市民にそこの可耕地が分配霧ω蒔召ぎされたり︑あるいは︑. 賃借料を支払って貸し出された溜霞く9話巴冨が︑前者の場合は︑とくにその植民地がローマから距離的に離れ. ている場合は容易に放棄きれ︑その放棄され荒廃した農地はまた容易に支配層の収奪に委ねられ︑後者の場合には. ︒①霧脅の賃貸条項が時代とともに次第に名目的なものとなり︑く8凝巴の徴収も︑土地の拡大とともに重要性が. *. *. 一一七. 消えて︑とくにポエニ戦争以降は︑殆んど意味を失ったのではないかと考えられる︒この頃になると︑2器箕霞 ︵一四︶ の職権による品霞要票︒房の売買もおこなわれ︑必然的に金銭所有者の手に私有地として集中したのである︒ *. >奥零2 げ ぎ 影 を め ぐ る 若 干 の 問 題.
(20) 論. 説︵佐藤篤︶. 一一八. ︒8唇豊・は︑このように︑最初はおそらくは各㌶邑薮が自らの生活資料を獲得し︑また放牧をおこなうこと. であり︑したがっで所有権の取得行為であった︒ところが︑・iマの領土の拡大とともに︑個別具体的な植民地の建設︑. ・ーマ国内の矛盾を解決する手段としての土地の市民への霧ωお轟ぎや︑8蕾自により<ΦQ凝巴の支払いによ. っで貸出され︑さらにはρ鼠①雲自によ与市民に売買がおこなわれ︑これらの土地が労働力としての奴隷を多くか. 置象9食ξヨの形成を容易にしたのである︒しかしながら︑こ. かえた支配層の収奪に委ねられたのである︒このことは︑法的にみれば︑占有の客体の中に土地!とくに農地1 ーをもとり込んで︵品霞・8唇葺︒ユ霧の形成︶︑. ぺ. ぺ. ぺ. ペ. ヤ. のような事実関係の法的表現として︑当時の法史料においては︑︑.08昌当o︑︑という文言は必らずしも用いられ ていなかった の で あ る ︒ ︵一︶ω︒浮琶Ω≦①﹂㌔︒. ︵二︶ ξoげ胃はこの過程をoo︒∈蝕oの変質ととらえでいくのである︒ たしかに︑ これでも仮説としては一応矛盾なくとらえらホ ヤ ヤ ているともいえるが土地につき︑..08暮豊o..が名詞として法文の中に現われて来ないうえに︑むしろ8量号3が用いられている. ことから考えても︑品零2嘗︒虜を088胃①︵する︶ということが︑・fマ法において所有権取得行為なのか︑あるいは占有にと. おO器F. 邦文献として吉野悟﹁共和政・ーマの公有地と私有. どまるのかはきわめてあいまいのままである︒なお︑寓象&ご箋のありかたについての邦文献として注目すべきものに︑村川前掲. ン. 九五頁以下﹀︒しかし︑こζでは品霞薯票oまにたいする関係の仕方の把握についての結論は︑まだ留保されて. 閃2霧︾3暮窃一弩一ω寄暴三ぎ音三︾鐸昏露一8ぎぎ勾国. 書および井上智勇﹁ロ:マ経済史研究﹂がある︒ ︵三︶. 地﹂︵法制 史 研 究 盟 いる︒.
(21) ︵四︶. ﹁ローマ市民の獲得した土地はローマの財産となる﹂のであって︑したがって︑これらの土地は︑・ーマ国家の手によって外. つまり︑歴史的に形成されてきたというところに意味があると考えられる︒. 対価を支払うことによ. ︵五︶. 密器5弔る一﹃旨ぎω紹●これについては古典時代の法学者においてすでに議論の対立がある︒S派. 敵の侵入から護られた︒. ︵六︶. ってそれまでの所有権が消滅し︑88冨3した者は直ちに所有権を取得する︒P派甜この場合も島¢8風oを経なければならない︒. 同る紹︒︒・留名●. したがって︑≦598ぎとの関連で房8畳o期問の経過する以前の取得者の法的地位が問題となる︒但し話の召彗o嘗の場合であ る︒文献・史 料 に つ き 密 の 霞 ﹄ 甲. ︵七︶ 図頃↓暮;9も︒殉雰傷窪oε旨錺︷§象ぼ①暮ご388声歪ヨお毎慕雲薯ω28・︵﹁土地の房湯と窪90憂霧とは二年たるべく︑. その他の物の霧葛と窪oε旨器とは一年たるべし﹂︶︒これは囚器零︵閃℃るい二〇︒︶にしたがったものであるが︑この法文につき史. 料は複数ある︵O当9ρ合脚Ω︒零P↓︒喜辞倉NヨΩ88・軍09①︒ぎ辞蜀鰹︶のでこれまで論議がかわされてきた︒い&Φフ. 二四号一頁以下︶︒その他U①<一ω−. 暴=量毒F§豊霧一↓Φ二あN誘︵毯︒︶ら①鵠劇℃︒っN鴇︵一一舅︶氏肇♪zΦ毒︒︒葺象①=NG暴犀﹃σ鼠ω︒ざ=凝①5け信夢︒︒N︒︒ ︵一〇田︶⁝8あ矯国蝉吉野悟﹁古代ローマ法における房霧688葺器の規定について﹂︵専大論集. される︒. 諸①︑づ. 窪︒g︑をめぐる若干の問題. 一一九. なる︵凝8ン菊℃るい 一8︶︒債務とその利息に悩まされた三Φ訂がいかに多かったか︑8お零の権限の内容から︑このことが理解. なす農業生産のありかたを監督するにあるが︑したがって︑生活の基礎となる土地の売却や耕作の中止などは最も重い習俗違反と. ︵八︶︒Φ房Sの権限の主要なものの一つである習俗裁判権は︑ロ!マ市民のよりよき慣行暮ω暴酵睾の保持︑ローマ社会の基底を. 入らない︒. 8ざ二Z︒髪.γZ&瀞︒︒︵評ω露冒99簿器9①︶噂瓢藁−Oo凄寓︵之oミ・黛鼠Φ︶などの著書・論文があげられるが︑ここでは立ち. 。.
(22) 論 ︵九︶. 説︵佐藤篤︶. N︒謡. 駿2岡房コ零29おoo讐ω︵2ぎ房囲3≦gg宕冨一房08暮雲象8三雲号餅. ⁝﹃葛一ぎ琶ωぎ①o謎8品箋ヨ︑8唇拶注急訂ぽ8邑奉臼亀雪£o㌔⁝. 団①匡ヨΦωω︒弓・N噛8. ︵一〇︶. ︶・. 一二〇. ︵一一︶ N島①5男国ω層巳;奉80.占有訴権がここから生れてきたとする考え方にたいする反論の反論は︑≦①ぼン壽醤箸︒導巴雫. 9誌一ふ≦o竃さ霧ヨ一8溶魯窮夷①8ヨo喜伊oo凝2・09看&o弓o器霧ωす己33﹃ごヨにつき一応区別されて論ぜられるが︑ こ. 要旨を述べれば︑﹁各人の所有を自由・平穏に守られるようにするのが国家の役割であるのに︑グ. ある者は隣人にすでに土地の代価を支払ったといい︑また他の者はその土地が相続により承継したのでありそこに祖先の墓. たものだ︑などと語ったという︒頃冨コぎ田S ︵一四﹀国毘o轟り霧琶8ざ勾87♂σq8ぼoぎ9F曽象∴国器05国ヂ認N〜ω. 穴器︒曙bNO鉾︵お鵠y. 9. ︵一九六七・一・一〇︶. 地があるといい︑きらにはまたそれが妻の持参財産であるとか︑その土地を担保として金を貸してあるとか︑軍務の後に分配され. ︵二二︶. 民器①さ国Foo料oo●. に属する彼にしてみれば︑当然の主張であろう︒しかし︑このことは︑同時に︑彼Ω88の共和政め理想像との矛盾でもある︒. つて農地を持ったことのない人に与えられるということの中に︑どこに公正さがあるのか﹂︑という︒土地所有者であり且つ支配層. ず︑また︑財産を与えられた者も︑うれしい顔をしない︒幾世代にもわたって持ってきた農地がとりあげられ︑その農地が︑まだか. のであり︑国家を破滅に導くものだ︒財産を奪われた者は不当に取りあげられたことを忘れず︑世間に自分の悲嘆をかくそうとせ. ラックスの農地法のように︑現在の農地所有者から農地をとりあげ︑持たざるものに与えることは︑市民の間の調和を破壊するも. ︵﹄二︶UΦO窃o募︑層お〜お. ω9の史料の分析を通じて将来論じてみたいと思っている︒. と客体が品曾讐嘗︒房に関するかぎりその実体との闘連では概念規定のあいまいさがあると思われる︒この点は︑法文と品匡幕〒. a鴇.
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