かわさきしょう:目白大学大学院経営学科研究科経営学専攻博士後期課程 たかはしたけのり:目白大学経営学部経営学科教授
平成28年10月7日 受付 平成28年11月25日 改訂
平成28年12月9日 採択(紀要編集委員会)
成長期の中小企業における人事施策設計のアプローチ
An Approach to the Design of Personnel Measures in Growing Small and Medium-Sized Enterprises
川﨑 昌 高橋 武則
(Sho KAWASAKI Takenori TAKAHASHI)
【要 約】
成長期の中小企業は、一般的に組織に課題を抱えていることが多く、それに伴い貴重な経営 資源である人的資源が不足する傾向にある。その課題を達成するために人事施策が導入され る。しかし、大企業と比べ、中小企業における人事施策の導入事例は僅かである。そのため、
結果として自社にとって何らかの効果が予見される人事施策を経営者や人事担当者の一存で、
感覚的に選定し、意思決定してしまうことになりやすい。そこで、本稿では、企業組織の目的 達成に向けて活用する人事施策であることを考慮し、経営の意思決定のサポートとなるような 施策設計のための統計的アプローチについて議論する。
本研究の目的は、成長期の中小企業における人事施策の研究課題や企業がどのような取り組 みをしているのかといった実態を把握した上で、実験計画法を活用した具体的な人事施策設計 のアプローチを整理し、その方法論を提示することである。また、成長期の中小企業を対象と した人事施策の設計を想定し、企業組織の階層分類や方法論の信頼性や妥当性、および組織の 実態にあった施策提案のための考慮点も示す。
キーワード:質問紙実験、実験計画法、人事施策、人事制度、成長期の中小企業
【Abstract】
Growing small and medium-sized enterprises (SMEs) generally tend to face organizational challenges and lack human resources of precious management resources. To solve these challenges, companies adopt the implementation of personnel measures. However, compared to large enterprises, there have been few examples of the personnel measures being implemented in SMEs. As a result, corporate managers and personnel managers typically end up with selecting and deciding on personnel measures which could possibly achieve a certain effect for their company at their own discretion and intuition. Therefore, this paper discusses the statistical approach to the design of measures to support corporate management decision-making, taking into consideration that such personnel measures are to be utilized for achieving organizational objectives.
The principal aim of this study is to understand the actual situations and challenges for personnel measures in growing SMEs in order to propose a more concrete approach and methodology to the formulation of such measures. Furthermore, this study shows a
1.はじめに 1.1 研究背景
日本では、会社と個人事業所の常用雇用者を 合わせると、約6割から7割の労働者が中小企 業で働いている。世界的にみても、中小企業が 雇用の大部分を支えており、その存在は経済上 からみても大変重要であるとされる。特に、一 般の中小企業と比べ、成長期の中小企業は雇用 創出効果が大きいことが明らかになっている。
しかし、その一方で、成長期の中小企業ほど人 材充足率は不十分であることが多く、人材確保 が経営上の課題としてトップに挙げられている
(中小企業基盤整備機構,2011)という現状も ある。よって、本稿では、中小企業の中でも、
特に成長が著しい成長期の中小企業に着目して 議論する。
(独)労働政策研究・研修機構(2016)の企 業調査では、企業側、労働者側ともに、調査回 答者の約半数が人手不足と認識していることが 確認できる。このように、中小企業は人材が不 足する事態に陥りやすく、特に成長期の中小企 業は、一般的に人的資源が不足傾向にあり、人 や組織に問題を抱えていることが多い。その問 題を解決するために人事施策が導入されるが、
大企業と比べ、中小企業における人事施策の導 入事例は少ない。そのため、不確実性は高くて も、自社にとって効果あるかもしれないと予見 される人事施策を経営者や人事担当者の一存で 感覚的に選定し、意思決定してしまうことにな りやすい。
そこで、本稿では、成長期の中小企業におけ る人事施策の研究課題や実際に企業が行ってい る取り組みについて、まずその実態を明らかに する。その上で、企業組織の目的達成に向けて
活用する施策であることを考慮し、経営の意思 決定のサポートとなるような人事施策設計のた めの統計的アプローチについて検討する。
なお、本稿において成長期の中小企業は、業 績・従業員数ともに拡大を志向しており、経営 者と労働者の中間に一定の経営階層が存在する 組織構造を有し、業務執行責任者の指揮・命令 を中心に事業が運営されている、従業員数 50~300名規模の企業と定義する。
1.2 先行研究
1.2.1 成長期の中小企業の特徴
図1は、Greiner(1972)の研究による組織 の進化過程と変革のポイントが、組織の成長と 危機に焦点をあて図に示されたものである。
Greinerは、企業の成長を5つのフェーズで表 し、各フェーズが進化段階と革命段階から構成 されるモデルを提示した(山本,2014)。進化 段階は“~による成長”で示され、各フェーズ の“~の危機”を乗り越えるところが革命の段 階と捉えられる。
第1段階から第5段階までの組織変革フェー ズにおいて、成長期の中小企業は、第2段階に 入ったところに位置している可能性が高い。こ の理由として、成長期の中小企業は、第1段階 の特定の人の“創造性による成長”を遂げた組 織であるものの、中堅および大企業の特徴とい える権限移譲についてはまだ完全な状態ではな いことが挙げられる。さらに、成長期の中小企 業の中には、第3段階の組織内の“権限委譲に よる成長”には至っていない企業が多いと推測 されるためである。
この段階では、複数のリーダーが組織内に配 置され、特定のリーダーの推進力によって企業 hierarchical classification of corporate organizations, reliability and validity of the methodology, and some considerations for proposing appropriate measures consistent with the actual situation of the organization, on the assumption that the design of personnel measures targeted at growing SMEs.
Keyword:questionnaire experiment, experimental design, personnel measures, personnel system, growing small and medium-sized enterprise
が成長することもある。そのため、Greinerは、
段階的に増えてきた組織構成員である従業員の 1人ひとりが主体的に考えて行動することがで きなくなる“自主性の危機”が起こりやすくな ることを指摘している。
Drucker(1989)は、著書“PRACTICE OF MANAGEMENT”において、企業規模分類と 組織構造を以下の4つに分類した。①小企業:
個人企業と異なり、経営者と労働者の中間に一 定の経営階層が存在する。業務遂行責任者が、
複数職能を併せて担当することもある。②中企 業:トップマネジメントの仕事のうち、業務執 行に専任者を必要とする。機能別組織か連邦型 組織か、いかなる組織構造原理を適用すべきか という問題が生じる。専門職スタッフ、管理ス タッフの配置を考慮する必要がある。③大企 業:組織の原理として、連邦型組織が優れてい る。④巨大企業:連邦型組織の原理によって組 織する必要がある。
成長期の中小企業は、この分類においては、
②中企業にあたると考えられる。Druckerは、
この段階がもっとも一般的であり、かつ、もっ とも難しいと表現し、この規模の企業では、組 織に関わる問題を解決できないことが、しばし ば深刻な状態をもたらすことを指摘している。
表1は、ベンチャー企業のライフサイクルに おける特徴を示したものである。同表より成長 期の中小企業の経営や組織人事の課題を整理す
る。成長期の中小企業は、表中の中央に記載さ れた成長期に位置しており、無計画かつ属人的 な創業期の状況を脱して、組織的にある程度フ ォーマルな動きがみられるようになっているこ とが推測される。成長期に位置しているのであ れば、役員構成においてもスペシャリスト中心 であることから、職種の専門性が高まり、企業 によっては人事担当役員が選任されることもあ る。また、人事制度が導入され、仕組みに基づ き報酬が決定される企業が増えてくる。
1.2.2 中小企業の人事研究の実態と課題 Heneman(2000)らは、中小企業は米国経済 に不可欠であるとし、成長中の中小企業の人的 資源管理の問題について定性的評価を行い、そ の結果を報告した。同時に、米国経済における 中小企業の従業員の重要性を考えると、中小企 業の人材に関する情報の欠如は、理論、研究、
実践において問題であるとした。Henemanは、
中小企業の研究文献が乏しいこと、および現在 の人材理論は、多くの場合、大企業で研究開発 されていることを指摘している。
また、Chandler(2000)らは、人的資源の効 果的管理は、中小企業が直面する最も重要な問 題のひとつであるとし、いくつかの研究を除い て、中小企業における実務および人材戦略との 関係に焦点を当てた研究、人事施策などを検証 する研究が非常に不足していると報告してい 図1 組織の進化過程と変革のポイント(Greiner, 1972)
る。その上で、現在行われている人的資源管理 における研究のほとんどは、大企業の本社にあ る人事部門にアンケートを送信する手段を取る ことが多く、人事施策と企業パフォーマンスと の間に真の関連があるかどうかわからないとい う、この研究アプローチの弱点を指摘した。
企 業 に お け る 人 事 施 策 に つ い て 中 嶋 ら
(2013)は、従業員に適切な誘因を与えること を狙って人事施策は設計されるものであると し、日本における人事施策の実証的研究が豊富 ではない理由を示している。そもそも、各企業 における人事制度、人事施策の個別性や実務的 な複雑さもあるため、調査研究は困難さを伴 う。企業の人事施策は、諸規定として明文化さ れたもの、内規レベルの催促、暗黙裡に定着し ている慣行、管理職、個人の行動が重層的に組 み合わさって運用されることから、具体的な取 り組みは企業ごとに異なり、実証することが困 難である。
これらの実態を明らかにするには、先行研究 に多くみられるような、ヒアリング調査や事例 分析による質的研究が中心になる。その結果、
事例において限定的に取得した情報やデータか ら一般化の検討を図り、普遍的な知見を導き出 すことは難しくなる。
これらのことから中小企業を対象とする人事 領域の研究の特徴をまとめると、第1に中小企
業を対象とする研究の乏しさ、第2に、事例研 究が多く、量的研究よりも質的分析が中心であ ることが挙げられる。また、これらの研究のほ とんどは、分析結果に基づく考察と課題の示唆 で終わり、実務に役立つような具体的な提案ま では行われていない。さらに、普遍的な知見を 見出す一般化の検討についても、多くの場合、
今後の課題とすることに留まっているのが現状 である。
先行研究において、統計的アプローチによる 具体的な人事施策の設計を行い、それを提案に 結びつけているものや具体的な施策の効果を検 討したものはほとんど見られない。よって、企 業の経営者や従業員を対象とした質問紙調査や 質問紙実験を実施し、統計的なアプローチによ って数理的に導き出される効果的な施策を、経 営の意思決定のサポートとして示すことができ れば、成長期の中小企業における人的資源の課 題達成に向けて貢献できるものと考える。この 新たな試みが本研究の意義である。
1.2.3 企業における人事施策導入の実態 表2は、キャリア健診の企業診断シートA
(人事担当者用)から引用した企業内の人事施 策の例である。厚生労働省が開発したキャリア 健診は、企業におけるキャリア形成支援の在り 方からみた人材育成の現状・課題を、可能な限 表1 ベンチャー企業のライフサイクル
(引用)「ベンチャー企業の人材確保に関する調査」(中小企業基盤整備機構,2011)より抜粋
項目 期 創業期 成長期 成熟期
組織構造 フォーマルな構造は見られ
ない 中央集権、フォーマルな構造 権限委譲、フォーマル 報酬 主観的、属人的に決定 非属人的・仕組みの中で決定 非属人的、フォーマル、客観性 コミュニケーション インフォーマル、フェイス・
トゥ・フェイス、無計画 ある程度フォーマル 非常にフォーマル、5カ年 計画、規則規定
意思決定 個人の判断、起業家的 マネジメント、分析的 マネジメント、交渉的 役員構成 ゼネラリスト中心 スペシャリスト中心 戦略プランナー中心
成長率 浮き沈みしながら改善 急成長 成長鈍化
り客観的に把握するための診断ツールであり、
有効活用が期待されているものである。
このキャリア健診は、平成20年度から具体 的な手法の開発が進められ、その後、モデル企 業での段階的な実施を経て、手法については何 度か改善が図られ現在の形式に至る。その過程 において、実証的研究が行われ、日本国内の91 社の人事対象者の回答結果から、各企業の人事 施策の導入状況が報告書の資料としてまとめら れている。
表3にキャリア健診受診企業の企業規模を示 す。50名から500名までの2階層にあたる企業が 全体の半数以上を占めているが、この結果には 小企業や大企業の人事施策導入実態も含まれて いるため、必ずしも成長期の中小企業の実態の みを示すものではないことに注意が必要である。
複数回答形式で自社に導入されている人事施 策について回答してもらった結果、OJTの導入 が78社(85.7%)と最も高い割合を示した。次 いで、業務研修が66社(72.5%)、目標管理制 度が56社(61.5%)であった。逆に最も導入が 少ない人事施策は、社内ベンチャー制度の3社
(3.3%)、FA制度の4社(4.4%)であった。こ れらの結果をグラフ化したものを図2に示す。
グラフからもわかるように、特になしもして いない企業も4社(4.4%)存在している。これ らの結果は、あくまでも企業の人事制度導入実 態の参考に留まるものであり、企業が人事制度 を導入した背景、抱えている課題、導入後の効 果については読み取ることができない。人事制 度の導入による効果を高めるためには、企業の 実態を十分に把握しておくことや感覚的ではな く、統計的データも参照しながら施策を設計す ることが望ましい。
中小企業の多様性と人材の課題として、規模 に関わらず、中小企業は多様であるのでひとく くりに議論できない(脇坂,2014)という指摘 もある。優秀な人材を確保、育成することは中 小企業の経営の安定化や成長に不可欠であるこ とから、本稿では特に変化の激しく、人的資源 管理の課題を抱えた成長期の中小企業に焦点を あて、議論を進める。
1.3 研究目的
本研究の目的は、成長期の中小企業における 人事施策の研究課題や企業の取り組みの実態を 把握すること、および実験計画法を活用し、よ り具体的な人事施策設計のアプローチを整理し 表2 企業内の人事施策の例
No. 人事施策
1 OJT
2 ジョブ・ローテーション 3 キャリア開発研修 4 業務研修
5 プロジェクト制
6 メンター制度(先輩社員等による助言者制 度)
7 目標管理制度 8 複線型人事制度 9 地域限定社員制 10 セカンドキャリア支援
11 EAP (メンタルヘルスケアの仕組み)
12 360 度評価
13 職務基準書(マニュアル)
14 能力要件表
15 コンビテンシーリスト(職務における高業 績者の行動特性をリスト化したもの)
16 社内・外留学制度 17 社内ベンチャー制度 18 社内公募
19 FA 制度(社員が希望する職種・職務を登 録する制度)
20 自己啓発支援制度 21 長期有給休暇
(出所)筆者作成
表3 キャリア健診受診91社の企業規模
企業規模 社数
30人未満 5
30人以上50人未満 9
50人以上100人未満 19
100人以上500人未満 39
500人以上1000人未満 6
1000人以上 13
無回答 0
合計 91
(出所)筆者作成
た上で、その方法論を提示することである。
また、成長期の中小企業を対象とした人事施 策の設計を想定し、企業組織の階層分類や方法 論の信頼性や妥当性、および組織の実態にあっ た施策提案のための考慮点も示す。
2.実験計画法による施策設計 2.1 実験計画法
実験計画法は、直交表の活用が要となる。実
験において最適条件を知るために取り上げる選 択条件が2条件ならば2水準系、3条件ならば 3水準系の直交表を用いる。
本研究では、企業における人事施策を設計す るため、モノではなく、ヒトを対象とした質問 紙実験を実施する。質問紙実験は目的によって 2段階に分け、初めにスクリーニング実験とし てL12、次に本実験としてL8の直交表を用いて 行う人事施策設計のアプローチを提示する。
Lは直交表を表す記号であり、直交表がラテ ン方格(Latin square)を発展させたものであ ることから、この文字を使う。
2.2 質問紙実験 2.2.1 質問紙実験とは
本稿では、企業における役員や従業員という ヒトを対象として、人事施策の検討を行うため に、質問紙によって行う実験を質問紙実験と呼 ぶ。質問紙実験は、効果が期待される人事施策 の検討案を複数用意し、そこから最適なものを 選定するための仮想実験ともいえる。
質問紙実験では、検討案の特徴を示すものを 因子と呼ぶ。因子は、量的因子と質的因子があ るが、取り扱う情報量と質を考慮し、できるだ け量的因子を用いるよう工夫する。また、因子 の具体的内容や状態のことを水準と呼ぶ。
2.2.2 質問紙実験の流れ
質問紙実験においては、初めにこれらの因子 と水準を用意し、プロファイルの設計を行う。
様々な人事施策が各因子となり、その因子に対 する水準を文字やイラストで表現することで、
仮想の人事施策ができあがる。次に、あらゆる 水準で構成される複数のプロファイルを作成 し、それをカード化する。実験では、回答者に そのプロファイルカードを好ましいと思う順番 に並べ替えてもらう。
並べ替えの手順(図3)は、回答者の負担を 減らすために工夫が必要である。初めに、用意 された複数のカードを良い・関心が高い(+)
グループ、どちらともいえないグループ、良く ない・関心が低い(-)グループの3つのグル ープに分ける。次に、それぞれのグループで良 いと思う順にカードを並べ替えた後、グループ
(出所)筆者作成
図2 キャリア健診受診企業91社が実施している 人事施策
の下位のカードと次のグループの上位のカード の並び順を検討する。もし、順位が入れ替わる ようなら、カードを入れ替える。最後に、カー ド全体が人事施策に対して、良い・関心が高い 順に並んでいるかどうか確認し、プロファイル カードに付記された番号や記号を用意された用 紙に転記する。
2.2.3 スクリーニング実験
人事施策の検討案の中でも、より効果的な施 策を絞り込むための予備実験といえるものがス クリーニング実験である。質問紙実験における 因子と水準の設定例は表4に示す。表4は、従 業員に対して効果が期待される7因子(施策)
と量的な2水準を用意したものである。
これを用い、L12の計画表を作成する。通常、
L12では、計画表に基づき12枚のプロファイル カードが用意される。本研究では13番目のカ ードとして、各因子の2水準の中央値を入れた ホールドアウトカードを活用する。
このとき、重要な因子ではあるが事情により 実験に含めなかったものがあれば、それは前提 として、固定した水準を示しておく。
2.2.4 本実験
スクリーニング実験であるL12の解析結果か ら、重要な3因子を絞り込み、L8による本実験 を行う。本実験においては、重要な3因子以外 は望ましい水準に固定する。固定した因子や水 準は、回答者にわかりやすく明示しておく方が 望ましい。よって、L12の前提条件があれば、そ れと共にプロファイルカードに固定した因子と 水準を示すよう工夫する。
その後、L8の計画表を作成し、スクリーニン グ実験と同様、本実験でも通常の8枚のカード の次の9番目のカードとして、各因子の2水準 の中央値を入れたホールドアウトカードを用意 し実験を行う。本実験においてもっとも重要な ことは、因子同士の交互作用を確認することで ある。
2.3 分散分析と最適化による設計
L12とL8の質問紙実験後は、分散分析を行う ことで、人事施策として効果が期待される影響 の強い因子を明らかにすることができる。さら に、重回帰式に基づく数理計画法で最適化を行 う。
分析と設計を行う際に、統計的な観点から矛 盾がある回答データは除外する。チェックの第 表4 質問紙実験における因子と水準の設定例
因子 第一水準 第二水準
FA開始 2年目から 3年目から
FA機会 年1回 年2回
FAプロテクト期間 6ヵ月 12ヵ月
自己申告機会 年2回 年4回
目標設定・再設定面
談の機会 年2回 年4回
チャレンジ目標の
設定個数 年2つ 年4つ
評価(賃金改定)の
機会 年2回 年4回
(出所)筆者作成
(出所)筆者作成
図3 質問紙実験における並び替えの手順 良い(+)
関心が高い どちらとも
いえない 良くない(-)
関心が低い
一の基準として、①予測式の確認においてY1 の寄与率が0.8以下のもの、第2の基準として、
②予測式で最適化を行なったとき、予測区間の 下限と上限の間にホールドアウトカードの点数 が入っていることが挙げられる。
①は回答の信頼性を確認するためであり、② は想定している模型の妥当性を確認するための チェックといえる。ホールドアウトカードを用 いることで、対象者に若干の負荷をかけること になるが、その分の情報量・質を得られること になる。もし、多くの回答者においてホールド アウトカードが予測区間外に出現した場合は、
もとの模型自体を再確認する必要もある。
3.層別を考慮した合意形成のアプローチ 3.1 層別の考慮
ヒトを対象とした質問紙実験において、対象 者は一様ではない。そのため、対象者を的確に 分類して設計を行わないと失敗する危険性が高 くなる。対象者を分ける場合は以下の2点が重 要である。1点目は、対象となる人数が多いと きには階層的な構造を有すること。2点目は、
属性による分類である層別と回答の類似性によ る分類であるクラスタリングを組み合わせて用 いることである。
層別の基盤は対象者の特徴を示す属性分類で ある。従来は主に性別・年齢・職業・国籍など の典型的なデモグラフィック属性による単純な 層別を解析や設計に用いることが多かった。し かし、近年では属性自体が多種多様になり、サ イコグラフィック属性、ライフスタイル属性、
ビヘイビオラル属性などの複数の属性を組み合 わせた「複合的な層別」の把握が有効な模型化 や定式化に不可欠となっている(Kawasaki, Takahashi, Suzuki, 2015)。
このような複合的層別を見出すためには、近 年のコンピュータソフトを用いた統計的手法を 用いることが効果的な手段である。この手法に は、クラスター分析、潜在クラス分析、回帰木
(量的)・決定木(質的)等があり、これらに基 づく分類が統計分類である。
しかし、統計分類を用いるだけでは実験結果 の類似性による分類に留まり、設計を行う上で 不十分であることも多い。その場合、統計分類
の結果に専門的知識や経験などの固有技術を照 らし合わせて意味づけを行うことで属性による 層別を見出し、可能な限り属性分類を模型化や 定式化に用いることが望ましい。
3.2 分類の整理 3.2.1 属性分類
回答者の特徴を示すもののことを属性とい う。属性は質問紙実験においてフェイスシート 項目とも呼ばれる。ヒトを対象とした質問紙実 験では、あらかじめフェイスシートで設計に必 要な属性情報を得ることが重要な意味を持つ。
属性分類には以下のようなものがある。
①デモグラフィック属性
性別、年齢、居住地域、収入、職業、学歴な ど、その人がもつ人口統計学的な属性をあらわ す。
②サイコグラフィック属性
個人の性格、関心領域、知能など、人間の心 理的特性を描き出す属性をあらわす。
③ライフスタイル属性
個人の日々の生活の送り方、時間、お金の使 い方、物の買い方など、ライフスタイルに焦点 を当てた属性をあらわす。
④ビヘイビオラル属性
人々の行動特性を基づく属性をあらわす。
3.2.2 統計分類
本項ではコンピュータソフトを用いた統計的 手法である3種の統計分類について整理する。
①クラスター分析
クラスター分析とは、集団を分割して似たよ うな人や物をグループにくくるための方法であ る。クラスター分析の手法は、小さいクラスタ ーを次第に統合するツリー図を描く階層的手法 と、あらかじめクラスター数を指定して集団を 分割し、その最適化を図る非階層的手法に分か れる。
質問紙実験では、フェイスシート項目で層別 するのが一般的であるが、時には属性による傾 向差がみられないこともある。その場合には、
統計的手法のひとつであるクラスター分析用い て探索的にアプローチする。しかし、そこでの 分類は便宜的なクラスターであり、あくまでも
層別の手がかりとなるものである。すなわち、
層が混在している可能性がある場合にクラスタ ー分析を行うと、混在している層を解きほぐす きっかけが得られる。
②潜在クラス分析
潜在クラス分析は、マーケティングにおける 顧客や製品のセグメンテーションなどのサンプ ルの分類に活用できる統計的手法である。カテ ゴリ変数間の関係をカテゴリカルな因子で説明 する手法であり、導き出したサンプルごとのカ テゴリカルな因子の値をグループと見なしクラ スター分析のような分類を行う。
潜在クラス分析は量的変数と質的変数の両方 を分析対象とすることができる点が、量的変数 のみを対象とする因子分析やクラスター分析と の違いである。また分類の評価を統計的に行う ことができるという特徴を持つ。
③回帰木・決定木
回帰木とは、分類ルールを木構造で表したも のである。分類したいデータを目的変数(従属 変数)、分類するために用いるデータを説明変 数(独立変数)に設定して分析を行う。連続値 などの質的データの場合は決定木と呼ばれる。
また、決定木とは目的変数がカテゴリーデータ の時に用いられる回帰木である。そのため、判 別分析やロジステック回帰分析と併用されるこ とが多い。回帰木・決定木の特徴は、結果を視 覚的に確認できることである。
3.2.3 上位の分類と下位の分類
質問紙実験において用いる分類を、上位と下 位の階層に分けて整理すると以下の4つの組み 合わせがあると考えられる。
①上位の分類:属性→下位の分類:属性 母集団の特性を把握する場合、上位の分類に おいては属性(たとえば性別による男性・女性)
の違いが明らかであり、さらに下位の分類でも 属性(たとえば男性は出身地、女性は年代)に よって傾向に差があることを捉えられるケース がこのパターンにあたる。下位の分類において も属性を明らかにできれば、より具体的に対象 者の傾向を踏まえた提案を行うことができる。
②上位の分類:属性→下位の分類:クラスター
②は、上位の分類においては属性による特徴
を捉えることができたが、下位の分類において は対象者の回答傾向によって分けられたクラス ターによる分類を用いるパターンである。質問 紙実験の場合、母集団自体がさほど大きくなけ れば、敢えて属性を明らかにしないケースもあ り得る。なぜなら、属性を明らかにすることで 個人が特定される可能性があり、それを回避す るためである。人的資源管理領域の研究におい ては、常に対象者のプライバシーに配慮する必 要がある。
③上位の分類:クラスター→下位の分類:属性
③のように、上位の分類で属性による傾向を 捉えられず、対象者の回答傾向による分類であ るクラスターが明らかになり、そのクラスター において属性分類を行うケースは稀であると考 えられる。しかし、ビッグデータを扱う場合、
また近年の複雑化・ボーダレス化した人を対象 とする調査において、以前よりもこのパターン が増えている可能性は高い。
④上位の分離:クラスター→下位の分類:クラ スター
上位の分類・下位の分類ともに属性が把握で きず、回答による傾向で分けたクラスターを用 いる場合、その後の具体的な設計(提案)を行 うことが困難になる。しかし、このパターンで あっても、母集団がもつ何らかの層による違い を捉えて綿密な解析を行うことは重要である。
さらに、統計的手法を用いて設計を行う場合、
属性が分からなくとも、各クラスターに及ぼす 影響度合いを確認することはできるため、④の ケースであっても分類を考慮することに意義が ある。
3.2.4 事前層別と事後層別
質問紙実験を行う場合は、最初に層別を意識 して属性を把握するためのフェイスシート項目 を作成しておく必要がある。そこで事前に回答 者の属性を尋ねておけば、それに基づき結果を 層別することができる。この手法が事前層別で ある。
しかし、あらかじめ用意された属性を用いて 検討してみても有効な層別ができない場合もあ り得る。それは、どの層別を使っても回答の傾 向に明らかな違いが見られない場合である。そ
の場合、全体が同一集団であるかどうかが問わ れるが、回答者が意思をもつような人間であれ ば回答の傾向にグループが生じるという可能性 も存在する。
よって、事前にフェイスシート項目で属性情 報を取得しなかった、あるいは事前層別で属性 による傾向の差がみられなかった場合は、事後 に統計的手法であるクラスター分析を活用して 調査結果や実験結果のデータをクラスターに分 けてみるとよい。
このように事後分類したクラスターを、回帰 木(量的な属性)・決定木(質的な属性)と固有 技術を組み合わせて、意味があるものかどうか を慎重に吟味し、そのクラスターを属性による 分類で定義することで事後層別が可能になる。
すなわち、最初にクラスター分析を行い、その 後クラスターを基準変数とし、予測変数に関し て多種の属性を用いた多変量解析・データマイ ニング手法で判別・分類させる。そしてこの統 計的技術と固有技術によって最終的に層を定義 するという方法が、有効な手法である。
もし、吟味の結果、クラスターに意味を見出 した場合は、その意味を属性として層別し、改 めて解析を行う。この段階では定義に従って層 別するので、最初のクラスターから別のクラス ターにデータが移動するケースもあり得る。し たがって、データ移動後に改めて層ごとに解析 を行い、寄与率の変化を確認する必要がある。
なお、やり直した場合には、一部の回答者は当 初のクラスターから移動するため、寄与率は下 がることが多い。
3.3 合意形成のアプローチ
本実験において、たとえば管理職と一般社員 という属性の2つの層(上位分類)ができ、一 般社員の層にはさらに30歳未満と30歳以上と いう年代の2つの層(下位分類)が存在すると いう2階層の分類があることを想定する。この とき、管理職と一般社員のどちらも、同じ因子
(施策)の同じ水準を望んでいる(例:「評価(賃 金改定)の機会」は年2回を望む)こともある。
しかし、分散分析の結果において影響の強い施 策の順に違いが生じたり、最適化の過程で、希 望する水準に違いがみられた場合は、合意形成
のアプローチが必要となる。
もし、違いが生じた層別間で差が少なくなる 設計ができるならば、それを選択するのは1つ の方法である。しかし、中間の数値をとること で、結果としてどちらの層にとっても効果が薄 くなる可能性もあるため、組織の実態を十分把 握した上で合意形成を図ることが重要である。
もう1つは、層ごとに人事施策を個別に設計 する(例:30歳未満には家賃補助を支給し、30 歳以上は支給しない)方法である。しかし、企 業における人事施策は福利厚生の要素を含むも のが多いため、こうした設計事例は少なくな る。
また、どちらかの層に特化した設計を行う方 法もある。たとえば、一般社員の特に30歳未満 の層に対して影響のある施策にしたいという経 営判断があれば、その層に特化して施策設計を 行うというものである。
統計ソフトHOPEを用いた設計を行う場合 は、初めに、特定の層を1つ選びターゲットと して設計を行い、その後はシナリオに基づき頑 健設計を試みる。その過程において、統計的数 値の変化を確認しながら、関係者が集まる場で 議論し、納得する人事施策を創造する。
このような合意形成のアプローチで重要なこ とは、感覚的な判断にならないよう統計的な数 値を議論に組み込むことである。その一方で、
統計的数値だけで判断せず、組織の実態を踏ま えて施策設計することも重視すべきである。
4.人事施策の受け入れ確認評価
合意形成のアプローチを経て、人事施策の設 計案ができたら、企業組織にそれを導入する前 に受け入れの確認を行うことが望ましい。受け 入れについては、事前確認のための質問紙調査 を実施する。
スクリーニング実験と本実験の結果から数理 的に最適と考えられる因子と水準を人事施策に 反映させ、社内制度を改定した場合の評価につ いて、段階的かつ網羅的に評価指標を用意す る。たとえば、①職場環境の変化に関する評価、
②制度改定そのものの評価、③制度活用の意欲 評価、④将来的な制度改定の意向に関する量的 評価および人事施策改定に関する自由記述(質
的評価)も質問紙に含めるとよい。
2ステップの質問紙実験と分析・最適化、合 意形成のアプローチを経て、最後にこの受け入 れ確認評価を行うことで、人事施策の具体性と 有効性が高まるものとなる。もし、最後の確認 調査において、受け入れが良くない結果が出た 場合は、再度、途中の過程に立ち戻って施策設 計を見直すこともできる。
5.おわりに
5.1 本研究のまとめ
本研究では、成長期の中小企業における人事 施策の研究課題や企業の取り組みの実態を把握 した上で、スクリーニング実験としてL12と本 実験としてL8という実験計画法を用い、より具 体的な人事施策設計のアプローチを検討した。
それによって、スクリーニング実験と本実験と いう2回の質問紙実験、施策設計のための合意 形成のアプローチ、最後の受け入れ確認調査ま での一連の方法論を提示した。
また同時に、成長期の中小企業を対象とした 人事施策の設計を想定し、企業組織の階層分類 についての整理し、ホールドアウトカードを用 いた方法論による信頼性や妥当性の検討、およ び組織の実態にあった施策提案のための考慮点 も示した。
5.2 今後の課題
成長期の中小企業における人的資源の不足の 背景には、採用による人材獲得が困難な状況だ けでなく、早期離職の問題も潜んでいることが 示唆される。新たな人事施策の導入は、それを 受け入れられない層の離職を誘引してしまう可 能性もあるため、十分な注意と配慮が必要であ る。
企業において実際に提案した人事施策の導入 後の効果検証、および本研究で提示した一連の
人事施策設計の方法論を複数社の人事事例に適 用してみることが今後の課題である。
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