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沖縄語宜野座惣慶方言の敬語形式

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75 【研究論文】

沖縄語宜野座惣慶方言の敬語形式

ハイス・ファン=デル=ルべ

∗ 要旨 本稿では,2018 年から 2019 年にかけておこなわれた現地調査の結果に基づき,沖縄語宜野 座 惣そ 慶け い方言の敬語形式の記述を試みる。惣慶方言の現況,主な特徴,調査方法を述べ,惣慶 方言における敬語形式の一覧を挙げる。 敬語形式の語源と北琉球列島における分布に言及しつつ,惣慶方言における代表的な敬語形 式である,応答詞,二人称代名詞,丁寧形式,派生的な尊敬形式,語彙的な尊敬形式,謙譲語 形式を記述する。 キーワード:琉球語,方言,敬語,危機言語,沖縄北部方言 はじめに 宜野座村字惣慶は,沖縄島(沖縄本島)のほぼ中央部に位置している。「惣慶」は,惣慶 方言で suˑki と呼ぶが,惣慶の人どうしは,ʃima と呼ぶ。琉球列島においては,集落のこ とをシマと呼ぶのが一般的である。厳密にいえば,「周囲の水によって囲まれた小陸地」で はないが,惣慶の地域は,McCall[1994: pp.3-5]が提案している’島嶼地域によくある 8 つの特徴’の中で 6 つを持っている。その 6 つは,1)海の資源[新里ら 1978: pp.20-21],2) 土地の限定性[新里ら 1978: pp.15-16],3)内外の境界性[新里ら 1978: pp.18-19],4)社 会的・文化的な境界性[新里ら 1978:pp.18-19,pp.216-220],5)人間関係が個別主義に左 右されること[新里ら編 1978: pp.18-19, pp.53-56],6)境界性を原因とする移民[新里ら 1978: p.289]であり,琉球列島の多くの集落に当てはまるだろう。 宜野座惣慶方言は,北琉球諸語に属する言語である。北琉球諸語の系統分類には,さま ざまな説がある。Pellard[2015: pp.16-18]の分類では,沖縄島及び周辺島嶼部で話されて いる諸方言は,「沖縄語」とし,鹿児島県の奄美群島で話されている諸方言を「奄美語」と し,北琉球諸語を 2 つの分岐群に分類している。本稿では,Pellard による分類を採用し, 惣慶方言を沖縄語に属する下位方言とみなすことにする。しかし,北琉球諸語の下位分類 において,さらなる議論が必要性である。 惣慶方言のみを対象とする先行研究として,音韻体系に関する屋比久[1962],形容詞に 関する屋比久[1964],格に関するファン=デル=ルべ[2019a],代名詞,指示詞,疑問詞 に関する

ファン=デル=ルべ

[2020]がある。 ∗ 沖縄国際大学 日本学術振興会外国人特別研究員

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島嶼地域科学第 1 号(2020) 76 屋比久[1964: pp.344-345]は,周辺の集落の人々が惣慶方言を‘変わってることば’ と認 識していることを指摘している。屋比久[1991: pp.671-677,pp.682-686,pp.692-702]の宜 野座村諸方言の比較リストと著者の調査による結果に基づくと,代表的な惣慶方言の音韻 的な特徴として,次の 3 つがあげられる。

①/t/は,/s/に対応する(例:「鳥」tui→sui,「当座」toːdʒa→soˑda,「タバコ」)。tabaku→sabaku ②破擦音/tʃ/や/dʒ/は,惣慶方言において分布が限られる。周辺の方言の/tʃ/は,惣慶方言 では語頭において/s/や/ʃ/に対応し,語中において/t/に対応する(例:「来る」tʃuːN→suN, 「包丁」hoːtʃaː→hoˑta)。/dʒ/は,語頭においても語中においても/d/に対応する(例:「門」 dʒoː→doˑ,「泳ぐ」ʔwiːdʒuN→wiˑduN)。しかし,/i/の前においては,歯破裂音/t/や/d/ が口蓋化し,破擦音/tʃ/や/dʒ/としてあらわれる(例:「一つ」tiːtʃi→tʃiˑtu,「袖」sudi→sudʒi)。 ③日本語の/tsu/と/su/は,語中においてそれぞれ/tu/と/su/に対応し,語頭において合流し て/su/に対応する(例:角→suˑnuˑ,松→maˑtu,煤→suˑsu)。 これらの音韻的な特徴は,例外もある。なお惣慶方言の音韻的な特徴の詳細は,屋比久 [1990, 2006]を参照されたい。 1.背景情報 1-1 惣慶方言の概況

UNESCO の Atlas of the World's Languages in Danger1)によると,鹿児島県の奄美群島と

沖縄島及び周辺島嶼からなる北琉球列島で伝統的に話されている諸言語の危機度は「安 全」から「絶滅」までの 6 段階中の 3 段階目の「危機」に分類されている。屋比久[1962: pp.344-345]は,戦時中に北谷町をはじめ沖縄島中南部地域で大勢の難民が発生し,敗戦 後,惣慶に数年間滞在したため,難民の出身地域の諸方言と日本語が惣慶方言に大きな 影響を与えていると指摘している。2020 年現在では,伝統的な惣慶方言の危機度がさら に高い可能性がある。著者の宜野座村字惣慶における観察では,2 つの言語シフトが同時 におこりつつある。1 つは,伝統的な惣慶方言から複数の集落の方言の特徴が混在した沖 縄語へのシフトである。もう 1 つは,沖縄語から日本語へのシフトである。60 代以上の 話者は,日常的に沖縄語を使用していることから,惣慶方言的な要素が薄くなっている。 惣慶で話されている沖縄語が世代によってどう異なってくるか,どこの地域の言語に影 響されているのかは,今後の課題とする。 1-2 話者のバックグラウンドと調査方法 本稿の資料は,2018 年 7 月から 2019 年 12 月に行った,YS 氏(1935 年生男性)への聞 き取り調査,および,2018 年 12 月に行った,HT 氏(1932 年生女性)への聞き取り調査 によるものである。YS 氏は,惣慶方言の流暢な話者であり,惣慶小学校にて惣慶方言の 継承活動や,沖縄芝居を惣慶方言に翻訳する活動を行っている。なお,惣慶方言の研究を 行ってきた屋比久氏も YS 氏の惣慶方言の運用能力を認めている。 YS 氏と HT 氏は,屋比久[1962]が 1960 年代に調査した話者より 30 歳以上年下である。

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77 そのため,屋比久が記述している惣慶方言に,どの程度近い言語を用いているかどうか, 予備調査で確認した。YS 氏と HT 氏が答えた惣慶方言は,屋比久[1962,1991]論文に出 ている語形とほとんど同じであった。両氏は,惣慶方言と周辺の諸方言を明確に区別して いるため,惣慶方言のインフォーマントとして適当である。 本調査は,話者に日本語を惣慶方言に訳してもらう聞き取り調査を実施し,名詞の格形 式,代名詞,指示詞,動詞形態論,形容詞形態論について調べた。また,各文章に相当す る敬語形式も尋ねた。談話にみられる様々な文脈における敬語の使用を確認するために, YS 氏に会話形式の物語を翻訳してもらった。 1-3 本研究の対象形式 本研究は,惣慶方言に用いられる敬語形式を対象とする。上述のように,話者の伝統的 な惣慶方言の知識を確認した上で調査を実施した。 惣慶方言の敬語形式には,旧士族に対して用いる形式と,旧平民に対して用いる形式が ある。2 つの敬語形式があるのは,18 世紀の初頭に,首里と那覇出身の士族が現在の宜野 座村の地域に移住したためである[屋比久 1991: p.650]。当時の移住者の言語は,惣慶の 村人の言語と異なっていた。しかし,惣慶の士族の割合が 10%以下で宜野座村の集落の中 でもごくわずかであったため,士族としての社会的な威信はありつつも,士族と平民は, 大きな隔てなく暮らしていた[新里ら 1978: p.20]。士族が惣慶に移り住んでから約 200 年 が経過した時期に生まれた YS 氏と HT 氏の話によると,彼らの祖父母の世代には,移住 者の子孫である旧士族も旧平民も同じ惣慶方言を話していたとのことだ。唯一旧階級によ って異なるのは,親族名詞であり,旧士族親族名詞の呼称の ʔNmeː「おばあさん」が例と してあげられる。惣慶方言に音韻体系においては,声門閉鎖音/ʔ/が音素として存在しない ため,「おばあさん」の発音も惣慶方言の音韻体系にあわせて,iNmeˑとなる。語末の長母 音/eː/も半長母音/ˑ/になる。 幼い頃から,YS 氏と HT 氏は,話し相手が旧士族か旧平民かによって,異なる敬語形式 を用いるようにしつけを受けてきた。YS 氏は,旧士族出身であるにもかかわらず,旧士 族に対して用いる敬語形式を習得するのに時間がかかったそうである。また,旧平民の敬 語形式を親戚に使ったため,叱られたこともあるそうである。 移住者がもたらした,旧士族に対して用いる敬語動詞は,惣慶方言の文法体系に合致す るかたちで借用されている。非過去を表す語尾-juN は惣慶方言では -ruN となるため(例: wakaruN「分かる」),国立国語研究所[2001]に掲載されている usagajuN「召し上がる」 は惣慶方言では usagaruN となっている。 1-4 北琉球諸語における敬語研究 北琉球諸語の敬語を扱っている先行研究は,多岐にわたる。一方言の敬語形式の記述は, 首里儀保方言[西岡 2003],奄美大島与路方言[重野 2013],沖永良部島正名方言[

ファ

ン=デル=ルべ

2019b]などがある。重野[2013]は,与路方言の敬語形式を応答詞, 二人称代名詞,丁寧形式,派生的な尊敬形式,語彙的な尊敬形式,謙譲語形式に分けて記

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島嶼地域科学第 1 号(2020) 78 述している。 琉球諸語における敬語形式の地域差の研究としては,重野[2010]が奄美群島の中の地域 差を記述しており,仲宗根[1987]が沖縄島と宮古島の敬語形式の比較をおこなっている。 本稿では,重野[2013]の分類にもとづいて惣慶方言の敬語形式の記述をおこなう。ま た,敬語形式の語源と,北琉球における敬語形式の地域差にも言及する。比較する地域は, 北琉球の 12 箇所で,首里儀保,読谷楚辺,勝連平敷屋,金武並里,今帰仁与那嶺,国頭奥, 硫黄鳥島,与論島茶花,沖永良部島正名,徳之島浅間,奄美大島浦,喜界島荒木である2) 1-5 敬語形式を用いる判断基準

Van der Lubbe ら[2021 出版予定]によると,面接調査で取得している敬語形式を用いる 判断基準が自然談話に出ている実際の敬語使用と大きく異なるそうである。そのため,惣 慶方言の敬語形式を用いる判断基準を調べるのに,複数の話者を調査する必要がある。な お,敬語形式によって用いる判断基準が異なる可能性もある。そのため,敬語形式を用い る基準に関する記述の信頼性を高めるためには,大量の自然談話分析も必要となる。惣慶 方言を含む琉球諸語は,前述のように消滅危機言語であるため,一方言の分析に必要な数 の自然談話収集が困難となっている。本稿では,YS 氏に面接調査で敬語形式を用いる判 断基準に対して尋ねた結果を暫定的な判断基準として報告する。 敬語を用いるかどうかの判断基準に関して惣慶方言話者に調査をおこなった結果,「目上」 「同等」「目下」という判断基準において,年齢差が重視されていることが分かった。表 1 は,話し相手による二人称代名詞の使い分けを示している。YS 氏によれば,惣慶の人に しか惣慶方言を使ったことがなく,惣慶の集落民は,皆知り合いであるとのことであるた め,表には,惣慶方言が用いられるような話し相手のみを入れ,「知らない人」と「他所の 人」のような惣慶方言が用いられない話し相手を省いている。 旧平民 旧士族

祖父母の世代の男性 naˑmi uNdʒu 祖父母の世代の女性 naˑmi uNdʒu

親の世代の男性 naˑmi uNdʒu (naˑmi) 親の世代の女性 naˑmi uNdʒu (naˑmi) 上の兄弟の世代の男性 naˑmi uNdʒu (naˑmi) 上の兄弟の世代の女性 naˑmi uNdʒu (naˑmi)

同輩の男性 jaˑ jaˑ

同輩の女性 jaˑ jaˑ

年下の男性 jaˑ jaˑ

年下の女性 jaˑ jaˑ

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79 表 1 で示しているように,敬語形式のnaˑmi と uNdʒu は,年上に対して用いられ,同輩 と年下に対しては,jaˑを用いるとのことである。naˑmi と uNdʒu の使い分けに関しては, 旧平民の年上に対しては,naˑmi を用い,旧士族に対しては,uNdʒu を用いている。話者の 方は,旧士族に対して uNdʒu を用いたほうが望ましいというしつけを受けたが,しつけに よって uNdʒu を用いるべき相手に naˑmi を用いてしまうこともあったというため,そのよ うな聞き手にnaˑmi を()に入れて示した。

二人称代名詞 uNdʒu と naˑmi と jaˑの使い分けにおける男女差に関しては,話者 YS 氏の

内省によると,女性は,同輩の男性にjaˑより敬称である naˑmi を用いるということである が,詳細については女性の話者とさらなる調査をおこなう必要がある。 2.惣慶方言における敬語形式 2-1 敬語形式の一覧 本節では,当該方言の応答詞,人称代名詞,述語における敬語形式の一覧を表 2 に示し, 本稿で用いる敬語に関する用語の定義を行う。 2-2 応答詞 話し相手から「あなたも行くか」と聞かれて,「うん,行く」と肯定の返事をする応答詞 には,相手が「目上」か「目下」かによる使い分けがある。次の用例のとおりである。 1) I. A=目上,B=目下 代名詞 動詞 接辞 尊敬形式 旧平民 naˑmi あなた様 moˑruN いらっしゃる taˑgiruN 召し上がる -doˑruN ~なさる 旧士族 uNdʒu あなた様 meNseN (meNsoˑruN)

いらっしゃる usagaruN 召し上がる 謙譲形式 - ugamiN お目にかかる usagiruN 差し上げる - 丁寧形式 - - -biN ~ます 表 2 惣慶方言話者 YS 氏における聞き手による二人称代名詞の使い分け 尊敬形式:尊敬語は,話題の人物やその人物に関わる事物の行為や事態を高めて表現する形 式[日本語記述文法研究会 2009: p.239]。 謙譲形式:行為の主体である人物をへりくだらせ,その行為の向かう先の人物を高める形式 [日本語記述文法研究会 2009: p.261]。 丁寧形式:丁寧語は,尊敬語や謙譲語のように話題に対する敬意をあらわす敬語(素材敬語) とはことなり,もっぱら聞き手や発話の場面に配慮して用いられる敬語(対者敬語)[日本 語記述文法研究会 2009: p.261]。

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島嶼地域科学第 1 号(2020)

80 A: jaˑ=N itu-na? あなたも 行くか? B: oˑ, ikabiN =doˑ はい, 行きますよ。

Ⅱ. A=目下,B=目上

A: naˑmi=N moˑru-na?

あなた様も いらっしゃるか? B: iN, ituN =doˑ

うん, 行くよ。 目上に対する応対詞としての oˑや oːの使用は,沖縄語北部諸方言を始め,(北琉球語群 で広く見られる(今帰仁村与那嶺方言に関しては仲宗根 1983: p.87,金武町金武方言に関 しては池原 2004: p.93 を参照されたい)。なお,旧士族に対しては,oˑではなく uˑが用いら れる。 名前を呼ばれた際,または,話し相手がいうことが聞こえない際に用いられる応答詞に おいても「目上」か「目下」かによる使い分けがある。次の用例で示すように名前を呼ば れた際にhoˑが目上,h̃ˑが目下と同等に対して用いられる。 2) I. A=目上,B=目下 A: kamaˑ! カマ! B: hoˑ? はい? Ⅱ. A=目下,B=目上 A: anaˑ! お姉さん! B: h̃ˑ? んー? 重野[2013: 48-49]によると,奄美群島の諸方言においてもoːと hoːが用いられるようで あるが,仲宗根[1987: p.221]によると,今帰仁与那嶺方言においては,応対詞のoːと hoː が平民に対して用いられ,士族に対しては,oːではなく uːが用いられるとのことである。 惣慶方言においても与那嶺方言と似たように,旧平民に対しては,oˑと hoˑが用いられ,旧 士族に対しては,uˑと ɸuˑが用いられる。 話し相手から「あなたも行くか」と聞かれて,「いや,行かない」と否定の返事をする応 答詞にも待遇による使い分けがある。次の用例のとおりである。 3) I. A=目上,B=目下 A: jaˑ=N itu-na?

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あなたも行くか?

B: woˑwoˑ, ikabiraN =doˑ

いいえ,行きませんよ。 II. A=目下,B=目上 A: naˑmi=N moˑru-na? あなた様も いらっしゃるか? B: N-N, ikaN =doˑ いや, 行かないよ。 2-3 二人称代名詞 下の表 3 で示すように,2 人称代名詞には,3 つの区別がある。jaˑは,目下と同等に対し て用いられる。 二人称敬称代名詞 uNdʒu「あなた様」は,旧士族の年上にしか用いられない。惣慶方言 の敬語体系には,’平民敬語‘と’士族敬語‘があり,その形式が異なるばあいがある。次 の用例では,I が百姓敬語であり,II が士族敬語であり,二人称敬称代名詞と「召し上が る」という敬語動詞が異なる。

4) I. naˑmi=ja nuˑ taˑgi-doˑru-ga? II. uNdʒu=ja nuˑ usagai-doˑru-ga?

あなた様は, 何を めしあがるのですか? naˑmi は,北琉球語群で広く見られる naː系の二人称代名詞に属すると思われる[中本正 智 1983: 162-163]。大西[2006: p.415]によると,naˑmi は,「汝な 」に「身み 」がついた形と されている。また,uNdʒu の語源は,「御身胴」にあると考えられる[大西 2006: p.415]。 表 4 は,二人称敬称の地域差を示している。naˑmi や naːmi の 2 人称敬称としての使用 は,沖縄島中部東海岸の勝連平敷屋と金武並里と喜界島荒木にも見られる。国頭奥と奄美 大島浦で見られる naN も「汝」に「身」がついた形に由来すると考えられる。 2-4 述語敬語形式 本節では,述語にあらわれる敬語形式を記述する。 目下・同等 目上(旧平民) 目上(旧士族) 単数 jaˑ naˑmi uNdʒu

複数 iˑ naˑha uNdʒunaˑ 表 3 二人称代名詞

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島嶼地域科学第 1 号(2020) 82 2-4-1 丁寧形式 惣慶方言の丁寧形式として,接辞の-biN(否定形-biraN,過去形-bitaN)がある。-biN は, 動詞,形容詞,コピュラにつき,沖縄島とその離島で広く用いられている丁寧形式である。 表 5 は,さまざまな動詞の-biN 形を示している。 aN「ある」の丁寧形 abiN・aibiN「あります」を否定形にする場合,neN「ない」という 補充形が-biN をとり,nejabiraN・neˑbiraN「ありません」になる。 次の用例では,I は,述語の ituN「行く」が非敬語形式であり,II は,丁寧形式である。 首里儀保 uNdʒu (naː) 読谷楚辺 naː 勝連平敷屋 naːmi 金武並里 naːmi 宜野座惣慶 naˑmi・uNdʒu 今帰仁与那嶺 naː・uNdʒu 国頭奥 naN 硫黄鳥島 naː 与論島茶花 ureː 沖永良部島正名 ui・nata 徳之島浅間 ui 奄美大島浦 naN 喜界島荒木 naːmi 非敬語形式 丁寧形式 見る miruN maˑbiN 書く katuN kakabiN おきる ukiruN ukijabiN する suN saˑbiN 来る suN saˑbiN いる(おる) uN waˑbiN ある aN abiN・aibiN している toN tobiN 表 4 北琉球における二人称敬称 表 5 動詞における-biN 形式

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5) I. 聞き手=目下・同等

wanu=ja nuˑda=gatʃi ituN

私は 字宜野座へ 行く。

II. 聞き手=目上

wanu=ja nuˑda=gatʃi ikabiN

私は 字宜野座へ 行きます。

6) I. 聞き手=目下・同等

jaˑka=ja muˑ ɸuˑtotaN 兄は 芋を 掘っていた。

II. 聞き手=目上

jaˑka=ja muˑ ɸuˑtobitaN 兄は 芋を 掘っていた。

次の用例は,動詞における-biN の使用の例である。

7) haˑmeˑ=joː, jamitʃiN jutahaN=dʒi=ru anitobi-na?

お婆さんよ, 辞めても 良いと 言っているのですか?

8) attʃi jorawa, idʒi saˑbire

それでは, 行って きます。

9) daˑ=nu ʃima=N junu umui=dʒi mijabiN

どこの 島も 同じ思いと 思います。

10) wanu=N kadʒiɸutʃiatu=nu hama=gatʃi moˑ=tu mandena

私も 台風後の 浜に 海草と一緒に

agirattonu juˑ suiga ikabitaN 打ち上げられている 魚を 捕りに 行きました。 -biN が第 1 形容詞につくばあい,尾略形につく(表 6)。 次の用例は,形容詞 widukeheN「楽しい」の非敬語形式と敬語形式の違いを示している。 非敬語形式 丁寧形式 短い ittahaN ittahabiN 大きい mageheN magehebiN 遅い niˑsaN niˑsabiN 表 6 第 1 形容詞における-biN 形式

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島嶼地域科学第 1 号(2020)

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11) I. 聞き手=目下・同等

marukeˑtʃi jaˑ=tu itatʃi widukeheˑtaN

久しぶりに あなたと会って 楽しかった。

名詞が述語になる文と第 2 形容詞が述語になる文においては,コピュラ joN「である」がテンスや モダリティをあらわす形態素を担い,-biN も joN につき,joˑbiN「です・でございます」になる。次の 用例は,コピュラの非敬語形式と敬語形式の違いを示している。

12) I. 聞き手=目下・同等

jaˑ=ja daˑ=nu saru joˑ-ga?

あなたはどこの だれ であるか?

II. 聞き手=目上

naˑmi=ja daˑ=nu saru joˑbi-ga?

あなた様は どこの だれ ですか?

終助詞の間投詞的な使用(あるいは,フィラーとしての使用)においては,話し相手が目上であ

るばあい,joˑbiN に終助詞が後続する。

13) I. 聞き手=目下・同等

ataˑ=ja =joˑ, wanu=ja hima neN=daˑ 明日はね, 私は 暇 ないよ

II. 聞き手=目上

ataˑ=ja joˑbi=joˑ, wanu=ja hima nejabiraN=daˑ 明日は ですね, 私は 暇 ないよ

目下・同等に呼びかける際に用いる間投詞 anu=joˑ「あのね」

は,目上の人に呼びかけるばあい,joˑbiN が入り,anu joˑbi-joˑ 「あのですね」となる。 コピュラの否定形は,anaN「でない」であり,その丁寧形は, aibiraN「でありません」である。 丁寧接辞-biN,日本語の「侍り」と同根語であると思われる。 表 7 は,北琉球列島における丁寧接辞の分布を示している。 表で示しているように,惣慶方言の形式と同源であるハ ベル系は,沖縄島から沖永良部島にわたって分布している。 2-4-2 尊敬形式 文の主体を高めて表現する述語の尊敬形式は,①派生形 式と②補充形式の 2 つがある。②に属する形式が補助動詞 首里儀保 -biːN 読谷楚辺 -biːN 勝連平敷屋 -biN 金武並里 -biN 宜野座惣慶 -biN 今帰仁与那嶺 -biN 国頭奥 × 硫黄鳥島 × 与論島茶花 -bjuN 沖永良部島正名 -buN 徳之島浅間 -eːjui 奄美大島浦 -jori 喜界荒木 -eːri 表 7 北琉球における丁寧形式

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85 として文法化し,主語を高めて表現する手段となったものを「尊敬語補助動詞」として 3 つ目のカテゴリーとして認めることもできるが,本稿では,それを②の機能の 1 つとして あつかうことにする。 2-4-2.1 派生形式 日本語の「お・ご~になる」と同様に尊敬形式を派生させる方法がある。動詞のいわゆ る連用形に-doˑruN(否定形-doˑraN,過去形-doˑtaN)がつくものである。表 8 に語例を示す。 次の用例においては,I は,目下に用いる形式を示し,II は,目上に用いる,-doˑruN が ついた形式を示している。 14) I. 聞き手=目下・同等 nuˑ su-ga? 何を するのか? Ⅱ. 聞き手=目上 nuˑ ʃiˑdoˑru-ga? 何を なさるのですか? -doˑruN は,ほとんどの有情物の運動をあらわす待遇的にニュートラルな動詞につくが, uN「いる」,ituN「行く」,suN「来る」,kamiN「食べる」,numiN「飲む」には,語彙的尊 敬動詞(尊敬補充形式)があるため,-doˑruN 形式をとらない。 なお,動詞 niNbiN「寝る」には,-doˑruN をつけることが不可能であり,jukuruN「休む」 に-doˑruN がつき,jukui-doˑruN「お休みになる」で niNbiN の尊敬語になる。

次の用例は,-doˑruN の使用を示している。

15) haˑmeˑ=ja waˑ kutu kamuraNtukuni duˑ=nu kutu ʃiˑdoi=joˑ

おばあさんは, 私のことを構わずに, 自分のことを してくださいよ。

16) waˑ=ga miˑkuɸajaˑ kami=gare

私が お目覚ましをを 食べている間,

waˑ ʃiˑnu <airoN> kakitʃi saʃidoraN=na?

私の服を アイロン かけてくださいませんか? 一般動詞 尊敬形式 とる suruN suidoˑruN おきる ukiruN ukidoˑruN 書く katuN kakidoˑruN する suN ʃiˑdoˑruN 表 8 -doˑruN 形式の作り方

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島嶼地域科学第 1 号(2020) 86 -doˑruN は,首里儀保方言の-miʃeːN 系とことなり,コピュラにつかない。主語が聞き手 のコピュラ文で,コピュラ+尊敬接辞が現れる方言(例:首里儀保方言)もあるが,惣慶 方言ではコピュラに尊敬接辞をつけることができず,コピュラに丁寧接辞がついた形式が 用いられる

17) naˑmi=ja dattu joˑbi-ga?

あなた様は どこの人 ですか?

-doˑruN は,形容詞にもつくかどうかに関しては,未調査であり,さらなる調査が必要で ある。形容詞述語が焦点化される場合,-doˑruN が軽動詞(light verb)aN「ある」につくの は,確認されている。

18) ʃikaguru=ja <nakanaka> itaN=jaˑ. itunaha=ru ai-doˑru-na?

最近は なかなか 会わないね。 お忙しいですか? 惣慶方言の-doˑruN 形式は,首里儀保方言の-miʃeːN 系[西岡 2003: p.99]と同じ系統であ ると考えられる。次の経路を経て変化したと考えられる。 a) meʃi-owari-wori ↓狭母音化 b) miʃoːri-uri ↓連用形とヲリ相当形式が融合する c) miʃoːr-uN ↓/i/が無声化を経て脱落する d) Nʃoːr-uN ↓/N/の有声性が歯擦音/ʃ/にうつる e) Ndʒoːr-uN ↓破擦音/dʒ/が破裂音化する f) Ndoːr-uN ↓鼻音/N/が脱落し,長母音/oː/が 半長音/oˑ/になる g) doˑr-uN 表 9 は,尊敬接辞の地域差を示している。 〈メシオワル系〉は,ほとんど北琉球全地 域で見られる。 2-4-2.2 語彙的な形式 惣慶方言には,語彙的な尊敬形式(尊敬 語補充形式)が 2 つ確認できている。 首里儀保 -miʃeːN・-NʃeːN 読谷楚辺 -NseːN 勝連平敷屋 -rariN 金武並里 -NseN 宜野座惣慶 -doˑruN 今帰仁与那嶺 -NseN -NsoːruN 国頭奥 -NsoːruN 与論島麦屋 -Nʃaːri* 沖永良部島正名 -jori* (-Nʃoːri*) 徳之島浅間 (-Nʃoːri*) 奄美大島浦 -ʃoN 喜界島荒木 -Nsoːri* *は,命令形のみある。 表 9 北琉球における尊敬接辞

(13)

87

① moˑruN 「いらっしゃる」

a)移動:「来る・行く」(否定形:moˑraN 過去形:moˑtaN)

b)存在:「いる」(否定形:moˑraN 過去形:moˑrutaN3))

② taˑgiruN 「召し上がる(飲食:食べる,飲む)」(否定形:taˑgiraN 過去形:taˑgitaN) usagaruN「召し上がる」(否定形:usagaraN 過去形:usagataN)も用いられるが,惣慶方言におい ては,旧士族の年上に対してしか用いられないようである。meNsoˑruN(meNseˑN とも)も「来る・行 く」「いる」の旧士族に対して用いる敬語形式として用いられていたようであるが,非常に稀な語で あり,活用形を得ることができなかった。 次の用例は,目上と道で会った際に用いられる挨拶であり,moˑruN が移動をあらす例である。 19) da=ttʃi moˑru-ga? どこへ いらっしゃるのですか? 次の用例においてもmoˑruN が移動をあらわしている。

20) aNma=ja akatutʃi=kaˑ awatʃihaˑtʃi tʃi da=ttʃi moˑta-ga?

お母さんは, 朝早くから 急いで どこに いらした?

次の用例は,moˑruN の存在としての使用の例である。

21) <kutʃoː-saN>=ja nama=ja moˑraN=daˑ

区長さんは, 今は, いらっしゃらないよ。

表 10 で示しているように,moˑruN の同根語は,北琉球語群で広く見られる語形である。

硫黄鳥島方言と与論島茶花方言のみは,〈moˑruN 系〉が用いられないようである。〈moˑruN

系〉の語源は,仲宗根[1987: p.224]によると,尊敬接頭辞イミ+尊敬語動詞オワルにある。

首里儀保 meNʃeːN (meːN) 読谷楚辺 ʔmeːN・meNseːN 勝連平敷屋 ʔmeːN・ʔmoːiN 金武並里 moːN 宜野座惣慶 moˑruN(meNsoˑruN) 今帰仁与那嶺 moːruN・meNseN・meNsoːruN 国頭奥 moːruN 硫黄鳥島 ʔwajuN 与論島茶花 ʔeN 沖永良部島正名 ʔmeːN 徳之島浅間 ʔmoːjui 奄美大島浦 ʔmori 喜界島荒木 ʔumoːiN 表 10 北琉球における「行く・来る」「居る」の尊敬形式

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島嶼地域科学第 1 号(2020) 88 首里儀保 usagaiN(miʃeːN) 読谷楚辺 miʃeːN・usagaiN 勝連平敷屋 miʃeːN 金武並里 NtʃagiːN・usagaːN 宜野座惣慶 taˑgiruN・usagaruN 今帰仁与那嶺 tʃaːgiN・misoːruN・ɸusagaːN 国頭奥 iNsaːgiːN 硫黄鳥島 agijuN 与論島茶花 agijuN 沖永良部島正名 oiʃimu 徳之島浅間 ʔNkjagijui 奄美大島浦 miʃori 喜界島荒木 misoːri* *は,命令形のみある。 taˑgiruN「食べる」「飲む」は,kamiN「食べる」と numiN「飲む」の尊敬形式として用 いられる。次の用例は,taˑgiruN の使用を示している。 22) miˑkuɸajaˑ tagita-na? お目覚ましを 召し上がりましたか? 次の用例においては,taˑgiruN にさらに尊敬接辞-doˑruN がついている。

23) satʃi natʃi taˑgi-doiwa

先に 召し上がれ。 沖縄古語大辞典編集委員会[1995: p.504]に「ニキアゲル」という語形があり,沖縄北 部で広く分布しており,宮古と八重山でもその同源語が用いられているとのことである。 taˑgiruN の語源もそれにあり,「ニキ」+「アゲル」の複合からなり,前要素のニキは,敬 語接頭辞「オミ」+「受ケ」に由来する可能性がある4) 表 11 は,北琉球における「食べる」「飲む」の敬語形式の地域差を示している。「ニキ+ アゲル」に由来する taˑgiruN の同源語の分布は,沖縄島北部と徳之島であるが,前要素の ない「アゲル」に由来する形式は,硫黄鳥島と与論島茶花に分布している。 それに加え,utabimisoˑruN「くださる」も用いられるが,その使用は,宗教的な場面(先 祖に対する祈り)や自然を神聖なものに見立てた場合に限られており,人には用いられない ようである。次の用例では,食べ物を与えてくれる海が神聖なものとして見立てられている。 24) miˑ=ja dʒuNni hatesa=nu kweˑmunu

海は 本当に たくさんの 食べ物を

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89 waˑha ʃima=gatʃi utabimisoˑtaN 私たちの島に くださった。

次の用例は,仏壇に対する文句であり,utabimisoˑruN が他の動詞の中止形に後続して受

益の助動詞としての用いられる例である。

25) duˑ gaNdahaˑku ʃimitʃi utabimisoˑi=joˑ 体を 元気に させて くださいよ。 2-4-3 謙譲語形式 惣慶方言における謙譲形式は,数少なく,補充形式のみからなり,日本語の「お・ご~ する」のような派生形式がない。 謙譲補充形式は,2 つ確認できている。 ① ugamiN 「お目にかかる(会う)」 ② usagiruN 「差し上げる(与える)」 ugamiN「お会いする」は,日本語「拝む」と同根語であり,目上の人と会うばあいに iteN 「会う」や miruN「見る」の謙譲語として用いられるが,その使用がほとんど宗教的な場 面に限られているようである。この〈拝む系〉の「会う」の謙譲語としての使用は,北琉 球諸語中に確認できている[重野 2013: p.54]。 usagiruN「差し上げる」の使用もほとんど宗教的な場面に限られているようである。次 の用例のとおりである。

26) suˑnu <nitʃijoːbi>=ja ʃiˑmiˑ usagiga ikaNdonija naramu...

来る 日曜日は シーミ―を差し上げに 行かないとならないが. 人がものを与える相手である場合は,jasuN「やる」や sasuN「やる」が用いられる。後 者は,受益 suruN「とる」の使役形式 surasuN「とらせる」に由来すると考えられる。 2-5 尊敬語形式の組み合わせや使用上の特徴 惣慶方言において尊敬形式に丁寧接辞-biN はつかないが,尊敬補充形式に尊敬接辞 -doˑruN をつけることは,可能であり,さらに敬意度が高い言い方になる。 ① moˑruN 「いらっしゃる」→ moˑi-doˑruN ② taˑgiruN 「召し上がる」 → taˑgi-doˑruN moˑruN は,継続相をあらわす場合,助動詞として用いられることもある。惣慶方言にお いては,継続相がテオリ相当形式-toN によってあらわされており,その尊敬形式としては, 主に尊敬接辞-doˑruN がテオリ相当形式をとった形-doˑtoN が用いられるが,テ相当中止形 tʃi に moˑruN がついた形式も用いられる。特に動詞述語が取り立てられている場合に,継 続形が分析的な形式になり,助詞がテ相当中止形につき,尊敬存在動詞moˑruN が助動詞

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島嶼地域科学第 1 号(2020) 90 として用いられる。 また,尊敬移動動詞 moˑruN が継続相をあらわす述語として取り立てられる場合に,助 動詞の存在動詞としては,尊敬動詞でなく,uN が用いられる。表 12 のとおりである。 否定形の動詞述語の場合は,否定の継続・現在やパーフェクト・現在をあらわすシテオ ラヌ相当形式 tʃi waN が尊敬語になる場合も助動詞の存在動詞が尊敬動詞としてあらわれ るが,尊敬移動動詞の場合のみは,尊敬動詞がテ相当中止形をとり,非尊敬存在動詞 uN 「いる」が助動詞としてあらわれる。表 13 のとおりである。 特筆すべき点として,惣慶方言の語彙的な尊敬動詞のmoˑruN「いらっしゃる」と taˑgiruN 「召し上がる」は,意志勧誘形を持ち,話し手が敬意を払うべき相手を勧誘する場合にも 用いられる。このような使い方は,奄美語諸方言においても報告されている[重野&白田 2019]が,沖縄語諸方言では,まだ確認されていない。

26) usumeˑ! maNdena kaNna=gatʃi moˑra=jaˑ!

おじいさん! 一緒に 漢那へ 行きましょうね!(イラッシャロウね) 話し手のみの意志をあらわす場合,語彙的尊敬動詞が用いられず,非尊敬動詞の意志勧 誘形が用いられる6) 接辞-doˑruN による派生尊敬動詞は,意志勧誘形を持たず,話し手が目上を一緒に行動す るように勧誘する場合,動詞の丁寧形-biN の意志勧誘形-bira が用いられる。次の用例のと おりである。

27) kwaˑʃi=ja maNdena sokoibira=jaˑ

お菓子は 一緒に 作りましょうね。 非過去形 (する) 過去形 (した) 継続形 (している) 継続形+助詞 (してはいる) 非尊敬動詞「する」 suN taN toN tʃi=ja uN 派生尊敬動詞「する」 ʃiˑdoˑruN ʃiˑdoˑtaN ʃiˑdoˑtoN

(tʃi moˑruN)

tʃi=ja moˑruN 語彙的尊敬動詞

「行く・来る」

moˑruN moˑtaN moˑtoN moˑtʃi=ja uN

しない しなかった していない 非尊敬動詞「する」 saN saNtaN tʃi waN5) 派生尊敬動詞「する」 ʃiˑdoˑraN ʃiˑdoˑraNtaN tʃi moˑraN 語彙的尊敬動詞「行く・来る」 moˑraN moˑraNtaN moˑtʃi waN

表 12 尊敬動詞のテンス・アスペクトによる形式

(17)

91 まとめ 本稿で沖縄語宜野座惣慶方言の敬語形式の記述をおこない,以下の点を確認した。 1)沖縄語宜野座惣慶方言の応答詞,人称代名詞,動詞・形容詞・コピュラには,敬意差 がある。2)階級制度が 1914 年に廃止されたにもかかわらず,相手が旧士族か平民によっ て異なる敬語形式が用いつづけられた。例えば,二人称敬称としてnaˑmi(平民)か uNdʒu (旧士族)が用いられる。3)惣慶方言においては,日本語と異なり,目上に対する勧誘に 尊敬動詞の意志勧誘形が用いられる。 いわゆる旧士族形式は,そのほかによその人に対しても用いられていたかどうかなどの 詳細は,今後の課題とする。 表 14 は,敬語形式の地域差を示している。地域差の中の惣慶方言の位置を見ると,惣慶 方言の敬語形式は,〈ナ+ミ系〉,〈ニキアゲル系〉の使用で体系として沖縄北部に類似して いることが分かる。しかし,現時点では沖縄島中南部が少なく,沖縄島周辺の島嶼部のデ ータがない。それらの地域のデータも比較の対象とし,北琉球全地域の敬語形式の分布を 明らかにすることが今後の課題である。 最終稿を西岡 敏氏,白田理人氏,重野裕美氏に読んでいただき貴重なコメントを頂き感謝 したい。 表 14 北琉球諸語の中の惣慶方言の敬語形式

(18)

島嶼地域科学第 1 号(2020) 92 注 1)http://www.unesco.org/culture/en/endangeredlanguages/atlas(最終アクセス日 2020 年 5 月 10 日)。 2)首里儀保,読谷楚辺,勝連平敷屋,国頭奥,硫黄鳥島は,筆者の調査で得たデータにもと づく(首里儀保・話者:IF 氏(女性 1931 年生)・調査年月 2015 年 5 月,読谷楚辺・話者:IM (女性 1934 年生)調査期間:2014 年 1 月-2018 年 6 月,勝連平敷屋・話者:AM(男性 1950 年生)調査月:2017 年 7 月,国頭奥・話者:NS(女性 1934 年)調査月:2014 年 6 月,硫黄 鳥島・話者:SM(女性 1921 年生)調査期間:2016 年 1 月-2018 年 3 月)。金武並里,今帰仁 与那嶺,沖永良部島正名,与論島茶花,徳之島浅間,奄美大島浦,喜界島荒木は,それぞれ 先行研究玉元[2019],仲宗根[1983],ファン=デル=ルべ[2019b],重野[2010,2011, 2019]にもとづく。 3)moˑruN が移動をあらわす場合にも moˑrutaN という形式をとることはあるが,これがテンス・ アスペクト・エヴィデンシャリティーと形態論の問題であるため,本稿の領域を超えている。 4)南琉球にもtaˑgiruN の同源語があるようである。例えば,『石垣方言辞典』[宮城 2003: p.1,214] に「ンケールン」があり,語源は,「(中)「うけ」(食べ物)と関係がある言葉か」と言及し ている。 5)惣慶方言における「していない」においては,助詞 ja「は」の使用は,義務的でない。 6)スナイの時の四役の立ち位置は,向かって前方右側に会長,左側に祭事担当,後方に総務 担当,会計担当と決まっているという。 7)首里儀保方言で意志勧誘形とされる-ra 形は,惣慶方言において話し手の意志をあらわすの にもちいられないようである。代わりに話し手の意志をあらわす専用形式-reˑが主に用いられ る(例:naˑ wanu=N ike「もう私も行くわ」,沖縄語基底日本語:「もう私も行コウネ」)。-re 形の用法の詳細は,今後の課題とする。 参考文献 大西正幸(2006)「第 3 章 4 節 代名詞」名護市史編さん委員会『名護市史本遍・10 言語』 pp.408-427. 国立国語研究所(2001)『沖縄語辞典』財務印刷局,東京. 重野裕美(2010)「奄美諸方言の敬語法-敬語形式の分布とその展開に着目して-」『国文学 攷』第 208 号,pp.1-18. 重野裕美(2011)『奄美諸島方言敬語法の記述的研究』広島大学博士論文. 重野裕美(2013)「鹿児島県瀬戸内町与路方言の敬語形式」『広島経済大学研究論集』第 36 巻 第 3 号,pp.45-56. 重野裕美(2019)「北琉球奄美大島龍郷町浦方言の尊敬動詞について」『広島経済大学研究論 集』第 41 巻 3 号,pp.77-95. 重野裕美,白田理人(2019)「北琉球奄美大島方言及び喜界島方言の尊敬動詞の意志勧誘形に ついて」,九州方言研究会(2019 年 1 月 5 日,山口大学)発表資料. 玉元孝治(2019)「金武方言の文法(草稿 Ver.3.0)」manuscript. ファン=デル=ルべ,ハイス(2019a)「沖縄語宜野座惣慶方言の名詞の格」『国際琉球沖縄論

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93 集』 第 8 号,pp.45-56. ファン・デル・ルべ,ハイス(2019b)「沖永良部語正名方言の待遇表現体系」『琉球の方言』 第 43 号,pp.27-47. ファン=デル=ルべ,ハイス(2020)「沖永良部語正名方言の待遇表現体系」『琉球の方言』第 43 号,pp.27-47. 西岡 敏(2003)「沖縄語首里方言の敬語付き動詞」『琉球の方言』第 27 号,pp.97-137. 西岡 敏(2011)「竹富方言の敬語助動詞と対者敬語的終助詞」『日本語の研究』第 7 巻 4 号, pp.55-68. 中本正智(1983)『琉球語語彙の研究」,三一書房,東京. 仲宗根政善(1983)『沖縄今帰仁方言辞典』,角川書店,東京. 仲宗根政善(1987)『琉球方言の研究』,新泉社,東京. 日本語記述文法研究会編(2009)「現代日本語文法 7」,くろしお出版,東京. 宮城信勇(2003)『石垣方言辞典』,沖縄タイムス社,那覇.

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屋比久浩(1991)「第Ⅹ章 宜野座の言語」宜野座村誌編集委員会『宜野座村誌』,pp.641-704. 屋比久浩(2006)「第 2 章 11 節 宜野座の方言」名護市史編さん委員会『名護市史本遍・10 言

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島嶼地域科学第 1 号(2020)

94 【Scholarly Article】

The Honorific Forms of Ginoza Sokei Okinawan

Gijs van der Lubbe

Okinawa International University

(Received on 6 January, 2020; Accepted on 9 July, 2020)

In this paper I shall attempt to give a description of the honorific forms of Ginoza Sokei Okinawan, based on fieldwork conducted in 2018-2019. After introducing the main features and situation of Sokei Okinawan, I shall provide an overview of the honorific forms.

I shall describe said forms of Sokei Okinawan divided into answering words, second person pronouns, addressee honorifics, derived subject honorifics, lexical subject honorifics, humble forms, and features of the use of honorifics, and touch upon their etymology and distribution throughout the Northern Ryukyus..

Keywords: Ryukyuan language, dialect, honorific language, endangered languages, Northern Okinawan dialect

表 1  惣慶方言話者 YS 氏における聞き手による二人称代名詞の使い分け
表 1 で示しているように,敬語形式の naˑmi と uNdʒu は,年上に対して用いられ,同輩 と年下に対しては, jaˑ を用いるとのことである。 naˑmi と uNd ʒ u の使い分けに関しては,
表 3  二人称代名詞
表 5 は,さまざまな動詞の -biN 形を示している。
+4

参照

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