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薬価抑制政策と製薬企業の高利益の関係の分析
― 医薬品市場規模の規定要因―渡辺 祐
<要 約> 薬価抑制政策の下で製薬企業は薬価の継続的な下落に直面しているにもかかわらず、高利益を達成してい る。これはなぜだろうか。本論はこの問いに答える仮説を得る準備に相当する事実確認として、既存研究と 同様の分析手法を使って1980-2008 年の薬剤費の決定要因を検証した。その結果、需要規模を代理する人口 要因のみならず、薬価改定の影響を相殺して1 人当たり薬剤費を一定に保つ何らかの上昇圧力が薬剤費の決 定要因として重要であることを確認した。さらに、後者の中身の手掛かりを得るために、2002-2008 年を対象 とした検証により新薬シフトと投薬日数増による量的増加が重要であることを確認した。 <キーワード> 薬価抑制政策、製薬企業、高利益、人口要因、新薬1. はじめに
薬価抑制政策の下で製薬企業は高利益を達成している。常識的に考えて、価格の継続的な低下 に直面した製薬企業の利益水準は低下していくはずである。しかし、実際には増加の一途をたど っている。なぜ、このような現象がおきるのか。本論はこれに答える仮説を得るための準備に相 当する事実確認として、1980-2008 年を対象として利益の構成要素である収益と費用のうち収益 側の決定要因の考察、すなわち医薬品市場規模に近似できる薬剤費の決定要因を既存研究と同様 の分析手法を使って検証した。まず、2 節では、薬価の継続的な低下の中で製薬企業の利益水準 が増加の一途をたどっているという基本的な事実を確認している。そして、薬価の低下が直接的 に影響を与えるはずの収益が増加している点に注目し、収益増加の裏には薬価改定を相殺する何 らかのメカニズムが存在することを指摘している。3 節では、中西・吉瀬 (2000)と同様の分析手 法を使って、そのメカニズムをデータ上で捉えている。具体的には、薬剤費変動の要因を分解す ることにより、需要規模を代理する人口要因のみならず、薬価改定の影響を相殺して1 人当たり 薬剤費を一定に保つ使用密度と定義される要因が決定要因として重要であることを確認している。 4 節では、その使用密度の中身の手掛かりを得るために、2002-2008 年を対象として、使用密度を 価格と量に分解してその影響を捉えた結果、新薬シフトと投薬日数の増加が重要であることを確 認している。結論と議論では、検証された事実を総合して、基本的には製薬産業は需要規模が拡 大する成長産業であることを再確認した。その上で、その需要規模以外で詳細な検証が必要なこ ととして、1980-2008 年を通じて 1 人当たり薬剤費へ上昇圧力を与える要因、たとえば、新薬シ フトによる価格高騰や投薬日数増加等をチャネルとした量的増加が、どれほど、どのように影響2 を与えているかを確認する必要があること、さらには、1992 年頃からの 1 人当たり薬剤費の変動 を質的に変化させる要因、すなわち、その時期の薬価改定方式の変更や建値制の廃止の影響を確 認する必要があることを指摘した。
2. 薬価抑制政策と製薬企業の利益
薬価抑制政策とは2 年に 1 度の薬価のマイナス改定を指している。図 1 は 1981-2010 年におけ る薬価の改訂率と改定率をもとに算出した薬価指数を表している。薬価改定率は1981 年以降、一 貫してマイナスであり、そのために1981 年を 100 とした薬価指数は 2010 年には 28 にまで低下し ている。これは製薬企業にとって実質的な価格が継続的に低下していることを意味する。常識的 に考えれば、このような継続的な価格の下落に直面した製薬企業の利益水準は低下傾向にあるは ずである。ところが、図2 をみればわかるように、実際には製薬企業の利益水準は増加の一途を たどっている1)。特に、1990 年代頃から全産業の利益水準がバブル崩壊後の不況によって低下傾 向にある中で、製薬企業は増加傾向を緩めずに伸び続けている状況が特徴的である。 こうした利益水準の高い伸びを達成しているにもかかわらず、薬価の低下により製薬企業が新 薬の開発に要する研究開発費が枯渇する恐れがあるとして、薬価抑制政策が批判されることがあ る。しかし、図2 は収益から原価や研究開発費を差し引いた後の剰余にあたる営業利益が、薬価 の低下の中でも一貫して増加していったことを示している。すなわち、研究開発費の伸びしろと しての営業利益が研究開発に費やされずに蓄積されたことを表しているのである。したがって、 研究開発費を確保するという視点からの薬価抑制政策への批判は根拠に乏しい。 図 1 薬価改定率と薬価指数の推移 出典)中医協薬価専門部会H22.6.23 ,薬-2 の資料を基に筆者作成 注)薬価改定率は左軸(%)、薬価指数は右軸である。 薬価指数は1981 年を 100 として 2010 年までの薬価改定率から算出している。 0 20 40 60 80 100 120 -20 -18 -16 -14 -12 -10 -8 -6 -4 -2 0 薬価改定率 薬価指数3 図 2 製薬業と全産業の利益指数の推移 出典)日経NEEDS における単独決算の財務データ。 注)利益指数は営業利益の産業の集計値を 1980 年=100 として指数化したもの。 なお、全産業には製薬業は含まれない。 図 3 製薬業と全産業の収益指数の推移 出典)日経NEEDS における単独決算の財務データ。 注)収益指数は営業収益の産業の集計値を 1980 年=100 として指数化したもの。 なお、全産業には製薬業は含まれない。 50 100 150 200 250 300 350 400 19 80 19 82 19 84 19 86 19 88 19 90 19 92 19 94 19 96 19 98 20 00 20 02 20 04 20 06 20 08 製薬業 全産業 50 100 150 200 250 300 19 80 19 82 19 84 19 86 19 88 19 90 19 92 19 94 19 96 19 98 20 00 20 02 20 04 20 06 20 08 製薬業 全産業
4 図 4 製薬産業上位 5 社の営業収益の内訳 出典)日経NEEDS における単独決算の財務データ。 注)上位5 社とは 2008 年時点での営業収益の製薬産業の上位 5 社のこと。 図4 は製薬産業における 2008 年時点の上位 5 社の営業収益の内訳を表しているが、この中の 営業利益は上位5 社では営業収益の 10~30%にあたり、その合計値は約 6500 億円にも達する。 この6500 億円は医療保障制度に拠出された税や社会保険料から負担されていることに注意した い。近年、財政制約は厳しくなっている中で、薬価抑制政策によって医薬品市場への支出を抑え る力が働いているにもかかわらず、なぜ、これほどに利益が増加してくのだろうか。単純に考え れば、利益 = 収益-費用であり、利益増加の要因は収益と費用の 2 方面から捉えることができ る。ここで注目したいのは、薬価の低下が直接的に影響するのは費用ではなく収益でありながら、 図3 をみればわかるように、収益は一貫して増加している点である。このことは、薬価の低下を 相殺して収益を増加させるメカニズムが医薬品市場に存在することを意味する。そこで、本論で は、既存研究と同様の手法を使って、これまで分析されていない直近時点を含めた1980-2008 年 を対象とし、収益を増加させる要因をデータ上で確認する作業を試みる。 なお、収益ではなく費用側から利益増の説明を試みた研究も存在するため次に紹介しておく。 南部 (1993) は、簡単な理論モデルによって、全要素生産性の上昇、すなわち製薬企業の単位当 たりの生産に要する費用の低下により、薬価の低下の中で利益水準が増加する状況を描写してい る。早見 (2002) では製薬産業の全要素生産性を実際に計測することにより、規模の経済性が働 いている状況を捉えている。さらに、橋本 (2005) では、投下労働量モデルを用いて製薬産業の 労働生産性を計測し、「医薬品部門の産出価格の推移は、実質の投下労働量の減少率ほどには低下 していない」〔橋本 (2005),p.53.〕と指摘している。 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 営業利益 開発費・試験研究費 原価 その他費用
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3. 薬剤費変動の要因分解
図5 は薬剤費の推移を示している。医科の薬剤と薬局薬剤とを合計した薬剤費そのものを記載 した公式統計は存在しないため、ここでは厚労省「社会診療行為別調査」から医科総点数に占め る投薬、注射と薬局薬剤点数の合計の割合を推計し、それを国民医療費から歯科医療費を除いた 一般診療医療費に掛け合わせることによって薬剤費を算出している。この薬剤費を医薬品市場規 模と定義し、決定要因を探ることにしてみよう。ここで注意したいことは、薬剤費総額は製薬産 業の収益総額とは一致しないことである。なぜなら、薬剤費は医師へ償還された医薬品金額の集 計値だからである。その中には、医師の収入となる薬価差益や医薬品卸業の利益も含まれている ため、薬剤費からこれらを差し引いた総額が製薬産業の収益総額となる。だが、差し引くべき金 額を正確に算出することは困難なうえ、薬剤費であれば付随する年齢階級別の人口データ等から その構造を明らかにしやすいという利点が存在する。そのため、ここでは薬剤費を分析の対象と している。ところで、薬剤費が増加している理由で第一に考えられるのは、需要規模の拡大であ る。すなわち、薬剤費の決定要因として人口要因が主因であるという仮説が考えられる。この仮 説の検証は1982-1986 年を対象として薬剤費の変動要因を人口要因とそれ以外に分解した中西・ 吉瀬 (2000) にみることができる。それによると「人口要因の影響が極めて大きく、その医薬品 支出の増加に対し、その9 割弱を説明しうる要因であった」〔中西・吉瀬 (2000) ,p.101.〕という。 そこで、まずは、この指摘を直近時点まで含めて再確認してみよう。 図 5 薬剤費の推移 出典)厚労省「社会診療行為別調査」「国民医療費」から筆者推計。 注)院外処方分の推計方法については補論を参照。 4 5 6 7 8 9 10 19 80 19 81 19 82 19 83 19 84 19 85 19 86 19 87 19 88 19 89 19 90 19 91 19 92 19 93 19 94 19 95 19 96 19 97 19 98 19 99 20 00 20 01 20 02 20 03 20 04 20 05 20 06 20 07 20 08 兆円6 図 6 薬剤費変動の要因分解 出典)図5 の薬剤費のデータと、総務省「10 月 1 日現在推計人口」を基に筆者推計。 注)推計方法については補論を参照。 図6 では 1980-2008 年を対象として薬剤費の変動要因を分解している。この推計方法は補論を 参照されたい。「高齢化」は人口構成の変化に伴う薬剤費の変動分であり、ここでいう人口構成の 変化とは0~14 歳、15~44 歳、45~64 歳、65 歳以上の各年齢階級別の人口数の相対的な変化の ことである。「総人口」はその名の通り総人口の変化に伴う薬剤費の変動分を表しており、「高齢 化」と「総人口」は合計して人口要因と定義される。また、「その他」は実際の増分から人口要因 による変動分を引いた残差であり、年齢階級別の1 人当たり薬剤費の変動分に該当する。なお、 本論では中西・吉瀬 (2000)とは異なり院外処方分の薬局薬剤料も薬剤費に含めている。これは中 西・吉瀬 (2000) が 1982-1996 年を対象としているのに対し、本論では 1996 年以降も対象にして いるからである。1996 年以降には、院外処方率が飛躍的に上昇しており、薬剤費に薬局薬剤料を 含めなければ過小推計になる恐れがある。 図6 の推計結果を考察してみる。まず、人口要因の寄与率は期間によって大きく異なっている。 たとえば、1988-1992 年と 1992-1996 年の人口要因の寄与率は、それぞれ 33.5%と 80%である。だ が、1980-2008 年の全期間でみると人口要因の寄与率は 94%である。この長期的な人口要因の寄 与率は中西・吉瀬 (2000) が 1982-1996 年を対象として分析し、薬剤費の 9 割弱が人口要因によ って説明されるとした結果とほぼ一致する。一方で、「その他」の1980-2008 年の寄与率は期間ご とにプラスとマイナスへ揺れるが全期間ではそれらが相殺されて6%の寄与率に落ち着く。この 「その他」は年齢階級別の1 人あたり薬事費に該当するので、図 7 で確認できる。 4.7 6.7 7.7 8.3 6.7 3.8 7.0 -6.1 7.1 18.0 2.4 -9.3 1.9 -5.0 -15.0 -10.0 -5.0 0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0 1980-1984 1984-1988 1988-1992 1992-1996 1996-2000 2000-2004 2004-2008 その他 高齢化 総人口 全体伸び率
7 図 7 1 人あたり薬剤費の推移 出典)図6 と同じ。 これを見ればわかるように、0~14 歳、15~44 歳、45~64 歳の年齢階級で 1 人あたり薬剤費は、 ほぼ一定で推移している。65 歳以上の年齢階級では若干の増減がみられるが、最終的な 2008 年 の水準は1980 年の水準と同程度に落ち着いている。つまり、全ての年齢階級の 1 人当たり薬剤費 は、1980 年と 2008 年でほとんど同水準であり、そのために、この間の薬剤費の増加に対する寄 与率が小さくなっているのである。だが、この推移は薬価抑制政策の影響を考えた場合、少し奇 異に思える。 なぜなら、本来ならば、継続的に実施された薬価マイナス改定の分だけ1 人当たり薬剤費は低 下するはずだからである。それが一定であるという事実は、1 人当たり薬剤費を上昇させる要因 が図7 のデータの裏に存在することを意味している。中西・吉瀬 (2000) では「その他」要因が さらに分解され2)、低下要因である薬価改定と上昇要因に該当する残差の部分を使用密度と定義 し、上昇要因を明示化している。本論でも同じ手法によって使用密度として定義される上昇要因 を明示化してみよう。その結果が図8 である。これをみると、全期間において薬価改定の低下圧 力と同程度に使用密度の上昇圧力が存在していたことがわかる。また、1992 年ごろを境として、 薬価改定と使用密度の絶対値が小さくなっており、1 人当たり薬剤費の変動が質的に変化してい る状況が読み取れる。1992 年には医薬品市場において主に 2 つの制度変更が実施されている。ひ とつは、薬価改定方式がバルクライン方式からR ゾーン方式へ変更されている。もうひとつは、 製薬企業が最終小売価格を実質的に決定する建値制が廃止され、医薬品卸が価格を決定するよう になっている。1992 年時の制度変更が 1 人当たり薬剤費の動きに何らかの影響を与えている可能 性が考えられるが、これを論じることは本論の対象外であり、後の課題として最後に言及する。 0 50 100 150 200 250 19 80 19 81 19 82 19 83 19 84 19 85 19 86 19 87 19 88 19 89 19 90 19 91 19 92 19 93 19 94 19 95 19 96 19 97 19 98 19 99 20 00 20 01 20 02 20 03 20 04 20 05 20 06 20 07 20 08 千円 65歳以上 45~64 15-44 0~14歳
8 図 8 薬価改定と使用密度の推移(寄与度) 出典)図1, 図 6 と同じデータを基に筆者推計。 注)使用密度は、薬価改定+使用密度が図5 における「その他」に一致するように算出している。 以上より1980-2008 年の薬剤費の決定構造は次のように説明できる。すなわち、薬価改定の低 下圧力を相殺する使用密度の上昇圧力が1 人当たり薬剤費を安定させ、1 人当たり薬剤費は薬剤 費に対してニュートラルとなり、その結果として人口要因が薬剤費を規定するという構造である。 したがって、人口要因が薬剤費を規定する前提条件となる使用密度の上昇と、人口要因が、薬剤 費の変動に影響を与えているということになる。
4. 使用密度変動の要因分解
最後に、使用密度の中身の手掛かりを得るためにその要因分解を試みる。Ikegami and Ikeda and Kawai (1998)は、1980-1993 年を対象として、厚労省「社会診療行為別調査」の約 20 万件の詳細 な個別請求データから、薬剤費を薬価改定、量、単位価格に分解してその動きを捉え、新薬シフ トと量的増加が薬剤費を増加させる要因であったことを指摘している。本論ではそれとは異なる 手法で年齢階級別の1 人当たり薬剤費を価格と量に分解してみる。この分解が可能となる期間は データの制約3)から2002-2008 年であった。1 人当たり薬剤費と 1 人当たり薬剤量は次のように定 義できる。 1 人当たり薬剤費 = 薬価 × 新薬要因 × 1 人当たり薬剤量 (1) 1 人当たり薬剤量 = 1 人あたり処方回数 × 1 回当たり投薬日数 × 1 日当たり投薬種類数 × 1 種類・1 日あたり投薬量 (2) -41.7 -22.3 -18.4 -14.8 -19.0 -10.9 -13.0 39.7 35.2 44.1 24.8 17.5 17.9 16.7 -50.0 -40.0 -30.0 -20.0 -10.0 0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 1980-1984 1984-1988 1988-1992 1992-1996 1996-2000 2000-2004 2004-2008 使用密度 薬価改定
9 (1) 式にある新薬要因とは薬価改定で捉えきれない新薬による価格変動要因である。(2) 式を (1)式に代入して対数をとり時間で微分すれば、1 人当たり薬剤費に影響する要因を伸び率で分解 できる。なお、(2) 式の右辺 4 項にあたる 1 種類・1 日あたり投薬量は、医学上の制約から大きな 伸びはないと考えられるため、ここでは一定と仮定して無視している。また、薬価は年齢階級別 にその伸び率をみることはできなかったため、全ての年齢階級に同じ薬価改定率が影響したと仮 定している。表1 は結果である。 2002-2008 年における薬価改定の低下圧力を相殺する使用密度に該当する上昇圧力は,表 1 で プラスの値となっている新薬と1 回あたり投薬日数である。1 回あたり投薬日数が増加している 理由は、1 人当たり処方回数が大幅に低下していることと関係している。増加する慢性患者のニ ーズに応えるという理由で、2002 年に一部の医薬品を除き処方 1 回あたり 14 日分とされていた 投薬日数制限が撤廃された。これ以降、1 回あたりの投薬日数を増加させることで患者が処方の ために病院へ足を運ぶ負担を減らす方向へ診療方針が動き、1 人当たり処方回数が低下したと考 えられる。ただし、処方回数、投薬日数、種類数を総合してみると15-44、45-64 歳では約 10%の 1 人当たり薬剤量の増加がみられる。これが 1 人あたり薬剤費の上昇圧力にもなっている。一方 で、新薬による価格要因も大きくプラスに作用している。ここで、薬価抑制政策にもかかわらず、 なぜ、新薬によって価格が高まるのかと思われるかもしれない。そこで、新薬の存在のために、 薬価改定率と実勢価格の変化率とは逆方向に動く可能性があることをここで指摘しておく。図9 はT 期から T+1 期にかけて薬価のマイナス改定が行われ、かつ、T+1 期の改定直後に新薬が上市 されたケースを描いている。旧薬はT 期の時点で薬価基準収載済の医薬品、新薬は未収載の医薬 品を表している。薬価改定は2 年に 1 度の薬価調査の時点で薬価基準に収載されている医薬品を 対象として行われる。一方で、新薬は年に4 回 (おおむね 3、6、9、12 月) 承認され、原則とし てその60 日以内には薬価基準へ収載される。 表 1 1 人当たり薬剤費の要因分解 1 人 当たり 薬剤費 新薬 薬価 1 人 当たり 薬剤量 1 人 当たり 処方 回数 1 回 あたり 投薬 日数 1 日 当たり 投薬 種類数 0~14 歳 25.7 54.1 -15.3 -13.2 -26.7 25.0 -11.5 15-44 7.7 11.6 -15.3 11.3 -13.9 33.2 -8.0 45~64 -3.0 2.9 -15.3 9.3 -17.8 28.2 -1.1 65 歳以上 -2.2 16.1 -15.3 -3.0 -21.3 23.8 -5.5 出典)薬剤費、1 人当たり処方回数、1 日あたり投薬種類数は厚労省「社会診療行為別調査」「国民医療費」、1 回 当たり投薬日数は、厚労省「最近の調剤医療費(電算処理分)の動向」。 注)入手できないデータは次のように代理している。まず、1 回あたり投薬種類数は 1 件あたり投薬種類数のデー タで、1 回あたり投薬日数は薬局における内服薬の 1 回あたり投薬日数で代理している。この投薬日数につい ては2005-2008 年しか入手できなかったので、同期間の単年度平均を 2002-2004 年にも適用している。なお全 てのデータで4 年齢階級より細かい場合は平均値をとって修正している。
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価格 平均薬価 薬価改定 T 期 T+1 期 時点 図 9 薬価改定と平均薬価 出典)筆者作成。 したがって、たとえば、4 月に薬価が‐5%で改定された後の 6 月に改定後の旧薬よりも 10%高 い新薬が承認され、治療に使われる医薬品の幾らかが新薬へ切り替えられた場合には、薬価改定 率はマイナスでありながら平均薬価はプラスになる場合が考えられるのである。すなわち、薬価 のマイナス改定が市場平均価格を引き下げるとは限らないのである。表2 において新薬要因がプ ラスになっている理由は、こうした新薬シフトが存在するからである。
5. 結論と議論
本論で確認した事実をまとめてみよう。薬価の継続的な下落にもかかわらず製薬企業の利益水 準は他産業と比較しても突出した伸びを示している。これに対して収益側から1980-2008 年を対 象として仮説を検証した。その結果、収益の決定要因として需要規模を代理する人口要因が決定 要因として重要であることを確認した。のみならず、薬価改定の影響を相殺する使用密度もまた 決定要因として重要であることを確認した。最後に、使用密度の中身の手掛かりとして、2002-2008 年を対象として1 人当たり薬剤費の要因分解を行い、新薬シフトによる価格要因と投薬日数増加 による量的要因が影響していることを確認した。 これらから次のことがわかる。まず、医薬品産業は需要規模が拡大する成長産業である。この 拡大の恩恵を受ける形で製薬企業が収益増を通して利益増を達成した側面があることは間違いな い。だが、収益増の理由は需要規模だけではない。使用密度に該当する1 人当たり薬剤費の上昇 圧力の存在なくして収益増は達成されない。本論では、その中身の手掛かりを得る検証までは行 ったが、なぜ、どのようにそれが影響しているかはつかみ切れていない。したがって、ここから は、次のような点に注意した論証が必要になることを指摘しておく。 すなわち、1980-2008 年を通じて 1 人当たり薬剤費へ上昇圧力を与える要因、たとえば、新薬 シフトによる価格高騰や投薬日数増加等をチャネルとした量的増加が、なぜ、どれほど、どのよ うに影響を与えているかを確認する必要があること、さらには、1992 年頃からの 1 人当たり薬剤 旧 薬 旧 薬 新 薬11 費の変動を質的に変化させる要因、すなわち、その時期の薬価改定方式の変更や建値制の廃止の 影響を確認する必要があることである。
6. 補論
ここでは、(1) 院外処方分の薬剤費の推計方法と、(2) 薬剤費変動の要因分解の手法を、それぞ れ説明する。 (1) 1980-2008 年の院外処方分の薬剤費の推計のためには、院外処方率を算出しなければならな い。これは厚労省「社会診療行為別調査」における入院外の処方種類のデータから、院外処方回 数/(院内処方回数+院外処方回数)の割合をとることにより算出した。ただし、この処方回数 のデータは1996 年以前は入手できなかった。そこで、1996-2008 年の院外処方率を時間に回帰し た回帰線を用いて、過去の時間を挿入することで1996 年以前の院外処方率を推計するという手法 をとった。こうして求めた院外処方率と医科における投薬点数を掛け合わせることにより薬局薬 剤料を算出した。 (2) 薬剤費変動の要因分解は、次のような手法となる。まず、各年齢階級別の薬剤費に各年齢 階級別の人口伸び率を掛け合わせることで、人口要因による薬剤費増分を算出する。これは各年 齢階級の1 人当たり薬剤費を一定と仮定した場合の薬剤費であるから、その人口要因による変動 で説明されない変動は、1 人当たり薬剤費の変動分と定義される。これは「その他」として定義 している。さらに、人口要因による変動分は、人口構成の変化によるものと総人口の変化による ものに分けられる。後者は薬剤費合計額に総人口の伸び率を掛け合わせて求めて「総人口」と称 している。また、「総人口」を人口要因による変動分から差し引いた残差は人口構成の変化による 変動分である。そして、1 人当たり薬剤費は本論における年齢階級が高いほど高いため、人口構 成の変化を「高齢化」と称している。こうして求めた各増分と基準年の薬剤費との比率を求める ことで寄与度を算出した。12 脚注 1) 製薬企業の研究開発費は資本的要素が強いために、研究開発費も資本に含めた経済的利潤率を産業間比較した場 合、製薬企業の利益は他産業と比較して突出して高いわけではないという指摘もある。たとえば、菅原(2002)を参照。 2) 中西・吉瀬 (2000) では「その他」は、「疾病構造の変化、患者の受療行動や医療機関で受ける医療内容の変化、 そして価格面の変化などが含まれて」〔中西・吉瀬(2000) ,p.106.〕いるものとして定義されている。 3) 2002 年の投薬日数制限の撤廃により、その前後で投薬日数の伸びに大きな違いがあると考えられるが、2005-2008 年の投薬日数のデータしか入手できなかった。そのため、2002 年をまたぐことは避け、対象期間を 2002-2008 年 としている。 参考文献
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13
The analysis of relationship between pharmaceutical policy
reducing official price and the high profit of drug company :
The determinants of pharmaceutical market size.
Faculty of Business and Commerce
Yu Watanabe
<Abstract>
Pharmaceutical company attains high profit under policy reducing official price. For hypothesis explains it, this thesis analyzes the determinants of pharmaceutical expenditure for 1980-2008 with same method used in existing research. It finds that population factor, proxy of demand size, and some factors increasing pharmaceutical expenditure per person are the determinants of it. Furthermore, the latter includes the use of new drug and quantity change per person.
<Keywords>