分析
著者 市川 雅己, 任 暁剛, 湧口 さくら
雑誌名 東京家政大学教員養成教育推進室年報
巻 5
号 1
ページ 187‑195
発行年 2018‑02‑28
出版者 東京家政大学教員養成教育推進室
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010189/
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国際理解の視点に基づいた小・中学校音楽科教材の分析
An Analysis of Elementary and Junior High School Music Teaching Materials from the Perspective of International Understanding
児童教育学科非常勤講師 市川 雅己 目白大学子ども学科非常勤講師 任 暁剛 洗足学園音楽大学音楽学部非常勤講師 湧口 さくら
Masaki ICHIKAWA, Department of Child Education, Tokyo Kasei University REN XiaoGang, Department of Child Studies, Mejiro University Sakura YUGUCHI, Department of Music, Senzoku Gakuen College of Music
From the perspective of an international educational understanding pursued by both Japan and China, this study analyzes music textbooks and actual practices at the elementary and junior high school level in both countries, with a view to considering what objectives are being pursued through their educational approach of international understanding. Furthermore, there is a discussion as to what extent concepts of international peace and respect for human rights advocated by UNESCO are integrated as necessary outcomes of the international approach into the music textbooks of Japan and China. Based on this research, conclusions will be stated on the importance and necessity of international understanding in music education in Japan and China today.
keywords: international understanding, music teaching materials, motivation for learning
本研究では、日本と中国で求められている「国際理解教育」の視点から、日本と中国の小・中学校の音 楽教科書を分析しながら、それぞれの国での国際理解を目指した音楽科教育がどのような目的で行われて いるかを教科書と事例を通して検討する。さらに、日本や中国の音楽教科書の中にユネスコが提唱してい る「国際理解教育」の目標として「国際平和」、「人権尊重」に関して、どこまで推進しているのかを検討 し、それらを基に、今後日本と中国の音楽科教育の「国際理解」の必要性を述べる。
キーワード:国際理解/音楽教材/新しい音楽教育
はじめに
今日の世界は、経済、社会、文化等の様々な面で国際交流が活発化しており、国際的な相互依存の関係 が深まっている。21世紀になってから、こうした関係は更に進展し、益々緊密化や複雑化の一途をたどっ て来ていると言える。今後の日本と中国は一層国際社会に貢献し、世界の安定と発展に寄与することが求 められるところであり、そのために絶えず国際社会に生きているという認識を持つとともに、国を超えて 相互に理解し合うことが更に重要な課題となるものと考えられる。
1.日本と中国の「学習指導要領」・「教学大綱」の音楽編について
中国では、1980年代から改訂された「教学大綱・音楽編」1)を見ると、日本の「学習指導要領・音楽編」
とはその目標をはじめいくつかの点で目指すものが異なっている。「教学大綱・音楽編」では、中国の独 自の考えに基づいた社会主義建設を基礎とした、愛国心を育てる教育目的が謳われている。中国の小・中 学校の音楽科教育は、文化、芸術教育の重要な手段であり、社会主義精神文明の建設に寄与する子供たち の徳・智・体の健全な発展育成にあるとしている。
小・中学校の音楽科の授業は、教室内の授業と課外の音楽活動との二つの方法で行われている。それら の教育内容は、生き生きとした音楽の多様性を基本としている。
日本は、特に第二次世界大戦以後、音楽科教育において、世界の民族音楽の理解を目標の中に入れ、音 楽科における国際理解の方法や目標などの教育を進めてきた。
日本の1989年に改訂された小・中学校「学習指導要領・音楽編」の中で、国際理解としての音楽教育 内容が重視され、民族音楽に関して、それまで以上に細かく記述されるようになった。
この記述内容から考察すると、国際化の進展に伴って、異文化理解や国際協調の精神を培い、これまで 欧米先進国に目を向けられがちであったことを改め、アジア諸国に目を向けるようにすることの大切さを 強調していることが感じられる。1989 年以前の学習指導要領と比べ、国際理解につながる内容が詳細で 多くなっていることが指摘できる。即ち、音楽科教育における国際理解教育の新たな出発と見ることがで きるであろう。
2.日本と中国の音楽教科書について
先ず、中国の音楽教科書は、小学校から高等学校まで56民族の歌や楽器などを紹介しており、様々な 外国の歌や楽器や芸能なども載せている。1980 年代から、経済発展の推進と改革政策が行われ、音楽科 教育の内容も変わってきている。1980 年以前、外国の音楽は、小・中学校の音楽教科書を合わせても、
教材の中で11曲しか取り入れられていなかったが、1980年以後は40曲に増加した。また、音楽科教育の 国際理解の目標を見てみると、自国の各民族の文化や習慣や生活などを理解した上で、更に外国の文化を 理解することを掲げている。中国は日本と異なり、13億を超える人口を有し、漢民族をはじめ56の民族 から構成されている多民族国家である。教育の内容に関しては、自国の国情と社会主義の思想・意義など を考えて組まれており、その内容は以下の2点に示されている。
① 中国の少数民族の音楽文化の理解を深める。
② 自国や諸外国の音楽を進んで鑑賞し、関心を持ち親しもうとする。
日本においては、明治以来、多くの楽曲を海外の作品から求めてきたという歴史的な背景がある。現在 の日本の音楽教科書の小・中学校について見てみると、国際理解に関する授業の内容や方法、目標などを 見つけ出すことができる。
その度合いが最も反映された教科書は、教育芸術社から出版されたものである。教育芸術社の教科書で の国際理解に関する目標及び内容は以下の2点である。
① 世界に目を向け、近隣諸国に関心をもつ気持ちを育てる。
② 諸外国の音楽は、国際理解という視点からも取り上げている。
以上のように、中国と日本の音楽教科書での国際理解教育の目標を見てみたが、具体的な教材等の内容 を見てみると、以下のような点が指摘できるであろう。
① 中国は、社会主義の思想が国の目標となっているため、日本の国際理解の目標とは若干異なる。
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② 中国には56民族があり、自国内の民族の音楽を多く載せている。
③ 日本は少数民族が少なく、外国の民謡が多い。
④ 両国とも、鑑賞の領域では、外国曲が多く用いられている。
しかし、両国の音楽科での国際理解教育の目標や教科書内容を考察すると、目標は高くかかげられてい るものの、その目標を具体化する方策がまだ不十分と言わざるをえない面もある。一見、外国曲を多く鑑 賞し、自国の音楽を学習するような対策がとられているが、それぞれの楽曲の背景にある各国の文化等に ついて、まだ十分に記述されていないように思われる。
国際理解教育で大切なことは、一つの楽曲からその楽曲が生まれた歴史的背景、文化的環境など、その 曲を取りまく様々なことからも同時に学ぶことによって、目的が達成されていくと考えられる。この点か らも、諸課題がより充実された教材の作成が望まれるといえよう。
3.国際理解を目的とした音楽科教材の活用について
ここで、中国の国際理解を目指す音楽科教育の授業事例を分析・検討する。中国の音楽科教育の中で、
国際理解という視点からの授業はあまり進んでいないというのが現状である。特に、外国の歌や楽器など を紹介し、その国の文化、習慣を教えることは少ないと感じられる。2014 年3月に、筆者が北京市の実 験中学校で総合学習の授業を取材した際、そこで国際理解を目指す音楽科教材の活用についての事例は以 下のようであった。
① 授業題目:「中国の少数民族の音楽、伝統芸能やアジアの音楽と出会おう」
(中学校2年生対象)
② 授業の目標:
a.世界的な視野を持つ素質教育の育成。
b.創造性の育成を重点とする資質教育2)の推進。
c.音楽科の国際理解のねらい
・中国の各民族の音楽を知り、諸外国の音楽を鑑賞する。
・音楽に対する感性や豊かな情操と民族感を持つ。
d.音楽科における国際理解の視点及び関心、意欲、態度
・自分の表現や友達の表現の良さを認めようとする。
・自分の国や諸外国の音楽を進んで鑑賞し、関心を持ち親しもうとする。
・音楽活動を通して、共に音楽表現を楽しもうとする。
・楽しい音楽活動を取り入れ、生活をより豊かに楽しくしようとする。
③ 指導内容(表1)
北京市実験学校では、総合学習の時間で国際理解を目指す音楽科の授業が行われている。授業の内容 は、音楽科教材の中から諸外国の歌や楽器などを取り上げ、世界中の様々な音楽に積極的にかかわり、触 れ、親しむことで理解を深め、自国の音楽にも目を向けて、自らの文化を豊かにしていける子供の育成を 目指したいと考えている。教材から取り上げる音楽を世界の諸民族の音楽にまで広げることにより、これ まで体験したことのなかったような、多様な音楽の面白さや美しさを体験することができるようになる。
また、授業に関しては様々な国々の音楽を学習し、いろいろな民族の「歌い方、楽器の形、音色、演奏 法などから、自国の音楽との類似点を比べ、まるで異なったものを発見して他の国の特徴を知ること」が でき、さらに「世界への視野を広げること」へと発展させたいとしている。
世界の国々の音楽に親しむためには、ただ聴くだけでなく、実際に音楽に合わせて体を動かして表現し てみることを大切にしている。また、それまでの授業では、教材を演奏し、鑑賞することが主であったが、
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この授業では、世界の国々の位置や気候など、その曲のできた背景を知ることがなされており、これまで 以上に楽曲に興味を持ち、理解を深めることができるよう工夫されていた。音楽教材を通した国際理解に ついて、学校の先生や生徒からは以下のような意見が述べられていた。
① 音楽は同じ人間として、国を超え、民族を超えてお互いに心で共感することができることがわかった。
② 音楽学習を通して、他の国の人々の心や文化を理解しようとする気持ちが育つ。
③ 音楽的価値観が広がる。ただ知識として理解させる授業をするのではなく、心を育むことを忘れな いようにしたいものである。
(表1)指導内容
(任 暁剛 作成)
4.おわりに
以上のようなことから検討すると、日本と中国の音楽教育には、国際相互理解の増進に努めるべき責務 を背負わされていると言えよう。その国際相互理解のための教材としての音楽教科書は、急速な国際社会 の変化と活発な情報交流の中で、豊富な内容の編集が望まれている。特に、アジアの音楽と世界の音楽に ついては、益々その必要性が叫ばれ、同時に多様化の視点を持って扱っていかなければならないと考えら れる。
今日の日本と中国の音楽科における国際理解教育を見ると、その内容は主に他国を理解することに重点 (表 1)指導内容
授業の題材 中国の少数民族の音楽、伝統芸能やアジアの音楽と出会おう
~歌・楽器・芸能を通して、人々の文化・生活習慣などへの理解~
音 楽 の 国 際 理解の目標
音や音楽を通して、自国と諸外国の文化への興味・関心を高め、国際理解に対する意義 を深めて幅広くその能力を高める
歌唱作品 器楽作品 鑑 賞 国際理解からの目的
【 第 二 学 年 お よ び 第 三 学年】
(2 年生)
・朝鮮族民謡
《新春謡》
・ダウル族民歌
《懐かしい》
・韓国民歌
《リ・リ・リ》
・ドイツ民謡
《皆で踊ろう》
・アラブ諸国の楽器
《ウード》
・トルコ
《メヘテルハ-》
(軍楽)
《ジェッティデテン》
・日本の歌
《富士山》
【伝統芸能】
東北の伝統芸能 評劇《花為媒》
( 基 本 的 な 歌 い 方、動き、顔譜舞 台 設 定 な ど を 学 ぶ)
中国の 55 の少数民 族と、漢民族との深い 関係を理解しあい、お 互 い に 共 存 し て い く 必要性を認識する。
ア ジ ア 諸 国 の 中 で 様々な人種・言語・宗 教があることを知り、
お 互 い に 理 解 し 合 う ことを認識する。
評劇を鑑賞し、国内 に 多 く の 伝 統 芸 能 が あることを意識し、関 心 を 持 つ こ と を 目 的 とする。
時 間 (1 月~3 月)
3 時間 2 時間 2 時間
内容設定 理由
朝鮮族とダウル 族の民謡は、踊りを 伴い表現する曲が 多く、この 3 つの民 謡を用いて生徒た ちは、ただ歌うだけ ではなく、身体の表 現もできるように する。
西 ア ジ ア 諸 国 の 楽 器は、中国の生徒たち に と っ て あ ま り 知 ら れ て い な い の が 現 実 であり、そのリズム・
音 色 ・ 楽 器 の 特 徴 な ど、中国の楽器と異な る面を認識する。
中 国 の 中 で 様 々 な 劇 が あ る ことを認識する。
また、劇の歴史や 内 容 ・ 音 な ど か ら、中国の人々の 文 化 や 生 活 習 慣 を理解する。
(任 暁剛 作成)
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が置かれている。しかし、ユネスコが提唱している国際理解教育では、目標として「国際平和」、「人権尊 重」などが示され、同時にその目標を達成する為の具体的な目標や学習活動内容が明確に示されている。
だが、日本や中国の音楽教科書を見る限りにおいては、現在のところ、諸課題が多々あるといえよう。今 後の課題として、より多角的な視点からのきめの細かい教材作成が期待される。それにより、国際人とし ての高い意識、理解を深めるための正しい知識を伴い、より深い国際理解を求められるのではなかろうか。
また、国際化が急速に進展する中で、国際社会に生きる日本人と中国人としての視点に立った教育の展 開は、今後一層重要なものとなってくる。国際化の進展に対応した国際理解教育は、広い視野をもって異 文化を理解し、異なる文化や習慣をもった人々と自然に交流し、共に生きていくための資質や能力の育成 を図ることをねらいとするものである。そのためには先ず、自国の歴史や文化・伝統などに対する誇りや 愛情と理解を培う教育を目指し、その上に、アジア諸国をはじめ、世界各国の文化や歴史などを理解する ことが大切であるといえるであろう。
注
1)「教学大綱」:日本の学習指導要領と同じように、今日の目標・内容が述べられている。
2)資質教育:受験偏重教育を克服し、徳、智、体の全面にわたって資質を伸ばそうとする教育。
参考文献
・米田伸次 『国際理解教育の課題』 創友社 1978年
・河口道朗 『諸外国における国際理解のための教育』 エムティ出版 1994年
・石坂和夫 『国際理解教育事典』創友社 1998年
・高萩保治 『音楽教育の国際化』 音楽之友社 1995年
・加藤富美子 『音楽の授業づくり』『世界の音楽を授業するより』 教育芸術社 2002年
・文部省・文部科学省 『学習指導要領・音楽編』(昭和22年~平成10年)
・教育部 『教学大綱・音楽編』(1979年~ 1998年)
・『中国国際理解教育概要』(中国聯合国教科文組織全国委員会編)1988年
・『小学校音楽教科書 内容解説資料』 教育芸術社 2002年
・『小学生の音楽1』 教育芸術社 2002年
・『小学生の音楽2』 教育芸術社 2002年
・『小学生の音楽3』 教育芸術社 2002年
・『小学生の音楽4』 教育芸術社 2002年
・『小学生の音楽5』 教育芸術社 2002年
・『小学生の音楽6』 教育芸術社 2002年
・『中学生の音楽1』 教育芸術社 2002年
・『中学生の音楽1』 教育芸術社 2002年
・『中学生の音楽2-3上』『中学生の音楽2-3下』 教育芸術社 2002年
・中国教育部 『全国小学校音楽教科書』(1年生~ 6年生) 遼海出版社 2006年
・中国教育部 『全国中学校音楽教科書』(1年生~ 3年生) 遼海出版社 2006年
参考資料
1.中国の56民族(92%は漢民族、8%はほかの55少数民族)
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2.(表1)日本の歌《富士山》
3.(表1)ドイツの民謡《メヌエット》
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4.音楽科の国際理解の授業様子
筆者(任暁剛)は、2001 年4月から、文部科学省が後援する日本教育映像協会の「留学生が先生」の 教育プログラムに参加した。そこで筆者は、講師として「国際理解」とのテーマで、東京都、神奈川県、
埼玉県、福島県、千葉県など約150の学校で音楽授業や講義を行った。
・福島県郡山市立片平小学校1・2生の国際理解の音楽授業(写真1)
(写真1)中国民謡の演奏
・東京都武蔵村山市立第一中学校3年生の国際理解の音楽授業(写真2)
(写真2)中国歌曲「小さい草」を歌う。