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預金契約と金融仲介機能

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Academic year: 2021

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(1)

1 はじめに

 預金契約によって資金を調達して,それを貸出に回すというのが金融仲介 機関としての銀行の機能である.銀行はバランスシートの負債側で預金者と,

資産側で企業とそれぞれ個別に契約を結ぶことによって,この機能を果たし ている.一般的に,預金者とは預金契約,企業とは標準債務契約が締結される が,なぜこのような契約の方式が金融仲介の形態として普及しているのか?

本稿では,企業,銀行,預金者の各経済主体を考え,預金契約と銀行の事前審 査をするインセンティブの関係に焦点を当てることによって,この問題に対す る一つの解答を与える.

 貸出市場には,リスクの高い企業と低い企業が存在することにより逆選択 の問題が生じていて,銀行の事前審査の技術が,その借手企業のタイプを判定 するのに必要である状況を考える.したがって,本稿が対象とする貸出市場 は情報の非対称性問題が大きい中小企業向けであり,公開情報が乏しく融資 の際には財務データの分析など専門的知識やノウハウが必要となる.ただし,

 東北文化学園大学総合政策学部講師

預金契約と金融仲介機能

石田裕貴

Deposit Contract and Financial Intermediary Function

ISHIDA Hirotaka

(2)

銀行の事前審査にはコストが掛かるので,適切なインセンティブが与えられ ないと銀行は審査をしないというモラルハザードが生じる.この設定の下で,

銀行と預金者が預金契約を結ぶことによって,銀行自身に適切に事前審査を する誘因が与えられ,銀行行動が規律付けられることを明らかにする.

 預金契約を明示的にモデル化した研究には大きく二つの流れがあり,一つ は銀行が預金者に流動性を供給する観点からもので,もう一つは預金者と銀 行の間に存在する情報の非対称性に焦点を当てたものである.本稿は後者の 流れに属するものである1)2).この流れに属する論文の特徴は,預金が預金保 険によって保護されないとき,情報劣位にある預金者が,どのようにして銀行 を規律付けるかの観点からモデルが組み立てられていることである3).先駆 的な論文は Calomiris and Kahn [1991] であり,銀行の収益が低いときに銀行 はその収益の一部分を持ち逃げする可能性があり,コストを払って銀行の収 益に関するシグナルを獲得し,そのシグナルに基づいて銀行を流動化する預 金者の行動が分析されている.同様の銀行収益に関するシグナルに基づいた 預金者行動は,Jean-Baptiste [1999] でも考察されている.銀行のモニタリン グコストがある程度大きいときに,預金の引出可能性が銀行のモニタリング に対してコミットメントとして働くことを証明している.ただし,この二つの 論文は,本稿と違って企業を明示的にはモデル化していないので,銀行―企 業間の関係が捨象されている.また,Qi [1998] は銀行の事前審査を考慮し,

融資を断られた借手数によって銀行の審査活動の精度が推測されるというモ デルを設定し,審査の精度が適切な水準を下回ると観察されるときには預金 が引き出されることを示した.ただし,この結論を得るために,預金者が潜在 的に借手でもあり投資家でもあるという特殊な状況を考えている.Qi [2003]

は本稿と同様に企業,銀行,預金者の各経済主体を考えて,銀行のモニタリン グ活動の有効性を議論している.ただし,本稿と異なり,Diamond and

1) 前者の代表的な論文は Diamond and Dybvig [1983] である.また,他の観点からの研究として,

Kashyap, Rajan, Stein [2002] が あ り,彼 ら は 預 金 者 だ け で な く 借 手 に も 流 動 性 (=loan commitment) を供給する存在としての銀行を考えている.その他の関連する論文のサーベイにつ いては,Gorton and Winton [2003] や酒井・前多 [2003] が詳しい.

2) この後者の流れに属する他の論文として,不完備契約論を援用している清水 [1999],Diamond and Rajan [2001] がある.

3) 預金者の他に銀行を規律付けるものとして,劣後債権者が考えられる(Blum [2002]).

(3)

Dybvig [1983] 流の流動性需要と銀行のモニタリングに焦点を当てている4).  本稿は Jean-Baptiste [1999] の預金者行動,及び預金契約に関する仮定を用 いて,モデルを組み立てている.彼は預金者―銀行間の情報の非対称性のみ に焦点を当てている.銀行はモニタリングを通じて収益を上げられるが,預 金者は直接,銀行の収益やモニタリング(とその結果)を観察できないので,

そのコストがある程度大きいとき,銀行はモニタリングを実行しない可能性 がある.この状況で,預金者の預金引出可能性が銀行のモニタリングを実施 する誘因を与えることを証明した.具体的には,預金者は期中に銀行収益に 関するシグナルを得て,そのシグナルが悪いものであった場合には預金を引 き出すのである.預金は first-come first-served-rule によって払い戻されるの で,この預金の引出可能性は銀行にとって信ぴょう性のある脅しとなり,預金 契約が銀行にモニタリングを実行させるコミットメントになる.本稿では Jean-Baptiste [1999] では省略された銀行―企業間の関係を導入することで,

以下に詳述する三つの金融取引の形態を比較している.

 一つ目は,預金者が直接,企業に投資する場合で,このとき両者の間で結ば れる契約は標準債務契約の形を取るものとし,「直接金融」と定義する.事前 審査の技術を持たない預金者は良質の企業を選別することができないので,

この金融形態の下では預金が企業の投資資金に回らないことが示される.二 つ目は,「間接的な金融」と便宜的に呼ぶ形態で,預金が銀行を経由して企業 に融資される形態であるが,預金者―銀行間,及び銀行―企業間が標準債務 契約で締結されるとする.この場合は,預金者は銀行の事前審査をしないと いうモラルハザードを予期して,銀行に預金が行われないことが示される.

この結果は事前審査にコストが掛かることと,この契約の下では銀行におい ても有限責任が認められることが原因である.最後に,預金者―銀行間は預 金契約で,銀行―企業間は標準債務契約で結ばれる一般的な状況を「間接金 融」と定義する.先の二つの金融形態と異なり,この間接金融の下では預金者 の主体的な行動が認められる.すなわち,Jean-Baptiste [1999] と同様に,預 金者は期中に得られるシグナルに基づいて預金を引き出すか否かを決定する

4) 明らかにこの論文は,銀行のモニタリング活動,事前審査に関する論文とも関係している

(Diamond [1984],Besanko and Kanatas [1993], Holmstrom and Tirole [1997]).

(4)

ことができる.このシグナルは銀行収益に関するものであり,企業のタイプ,

及び銀行の事前審査の実施とその結果を直接,観察することができない預金 者が唯一,獲得できる情報である.このとき Jean-Baptiste [1999] で行われた 同様の議論により,期中で起こりうる預金者の引出行動の可能性が銀行に事 前審査をするインセンティブを与えることが示され,「直接金融」,及び「間接 的な金融」と異なり,リスクの低い企業への融資が実行可能であり,銀行の金 融仲介が機能することが明らかにされる.本稿の貢献は,これら三つの金融 取引の形態を比較することによって銀行の介在理由を明瞭に示したことであ り,このことが Jean-Baptiste [1999] との違いである.

 最後に本稿の構成を述べる.次節で基本モデルを設定する.企業,銀行,預 金者の仮定と行動が順に説明され,そのタイミングと契約について定義する.

3節では,各経済主体が標準債務契約を結ぶものとして「直接金融」と「間接的 な金融」が考察され,引き続き4節では,「預金契約と間接金融」について議論し,

結果を命題としてまとめる.最後に結論と今後の課題を述べる.

2 モデル

 まず始めに,企業,独占銀行,預金者について,モデルの基本設定を行う.

3時点モデル(時点0,1,2)で,すべての経済主体は危険中立的であり,銀行 と預金者はそれぞれ一人しかいないが,企業は無数にいると仮定する5).ま た,以下で述べる企業の投資技術の他に,すべての経済主体にとって利用可 能な短期の安全資産(時点0か1に投資されると,それぞれ一期後に確実に収 益を生む)があり,その収益率を0と仮定する.

2

1 企業

 この節では,Qi [2003] を応用して企業の行動を記述する6).企業は時点0

5) 預金者が複数人いると仮定しても,預金者がお互いにコミュニケーションを取ることができず 同じ情報に基づいて行動する限り,以下の分析は変わらない.ただし,預金者が複数人いる場合 の分析は,預金の払戻しに関して first-come first-served-rule を考慮する必要がある(Jean-Baptiste [1999]).

6) ただし,Qi [2003] のモデルはモラルハザードの設定であるが,本稿のモデルは逆選択を扱って いる.

(5)

で投資資金1を必要とする投資プロジェクトを持っている.企業は自己資金 をまったく持っていないので,投資資金全額を借入で賄うとする.また,企 業は以下に示す二種類のタイプのどちらかである.一つは safe(i=s)で,時 点2で確率1で成功して収益 X を生む.もう一つは risky(i=r)で,時点2で 確率0<p<1で成功して収益 X を生み,確率1-p で失敗して収益0を生む.企 業には有限責任が認められていて,投資が失敗したときには返済が免除され る.企業のタイプは企業の私的情報であり,その割合だけが公の情報である.

また,投資収益は時点2において立証可能であるとする.safe の割合を0<

μ <1,risky の割合を1-μと仮定する.投資収益について,

0<pX<L<[μ +(1 -μ)p]X<1<X        (1)

を仮定する.ただし,L は時点1でプロジェクトが流動化されたときの投資 の価値で,タイプに依存せず投資資金1を下回ると仮定する.よって流動化 は非効率な選択となる.また,時点2での投資の価値はどちらのタイプにつ いても0とする.(1) の左から二番目と四番目の不等号は risky,及び事前的 にタイプを知らずにランダムに貸し出されたときの投資収益が資金コスト1 を下回ることを表している.さらに,risky は時点1で流動化されることが 望ましいとする.正の期待利潤を上げるためには safe のみに融資されなけ ればならない.

2

2 独占銀行

 銀行は,企業に対しても預金者に対しても独占的に対応する.銀行は企業 のタイプに関する事前審査の技術を有している.このモデルにおける事前審 査とは,時点0においてコスト c>0を掛けて確実に企業のタイプを判別して,

融資を行う safe の一企業を選び出す技術のことである7).事前審査のコスト について,

7) 正確には銀行は一回の審査で確率μでしか safe に出会うことができない.銀行は safe に出会 うまで審査を継続するので,審査コストはその審査の回数によって増加することになるが,簡単 化のためにそのような区別は考慮していない.μがある程度大きいときには,以下の分析に影響 を与えない.

(6)

(1-μ)(1-p)(X-1)< c <X-1      (2)

を仮定する.この仮定は,事前審査は社会的に望ましいが,コストの下限を 考慮することによって,次節で述べる銀行のモラルハザードの源泉になるこ とを表している.また仮定 (1) から明らかなように,銀行は審査をして risky に貸し出す誘因はない.

 銀行は企業に貸出を行うための資金1を預金者より独占的に集められると する.銀行は預金支払準備や自己資本を保有していないとする.

2

3 預金者

 預金者は時点0で資金1を保有していて,①企業への融資,②安全資産投資 の投資のいずれかから選択する8).ただし,預金は分割して投資できないと するので,どちらかの投資手段しか利用できない.また,預金者は銀行と異 なり事前審査の技術を持っていないと仮定する.これは預金者が事前審査に ついてノウハウや経験を十分に持っていない,あるいは審査コストが禁止的 に高いと解釈されよう.さらに,預金者はその銀行の収益が良いという信念 ηを持つのみで,銀行の事前審査の実施,及び実際に融資されている企業の タイプについて観察できないとする.預金者が唯一,観察可能なのは時点2 における企業投資の成否だけである.

 しかし,預金者は時点1において私的に無コストで,銀行収益の質に関す るシグナルθ∈{θg ,θb }を得る.前述したように,この預金者のシグナル の獲得はJean-Baptiste [1999] と同様である.θ=θgは銀行収益が良いという シグナル,θ=θbは銀行収益が悪いというシグナルを表している.ただし,

このシグナルは立証不可能であると仮定するので,このシグナルに基づいて 契約を結んだり変更したりすることはできないとする.また,預金保険はな いと仮定する9)

 このシグナルの精度は,

8) 時点0で安全資産投資を選択した場合,時点1においても安全資産に再投資されることになる.

9) Jean-Baptiste [1999] に預金保険を導入した論文に永田 [2005] がある.

(7)

Pr(θg│i=g)=Pr(θb│i=b)=λ> 12 Pr(θg│i=b)=Pr(θb│i=g)= 1-λ

であるとする.シグナルが不正確である理由は前述のとおり,銀行が対象と する借手企業が情報の非対称性問題が大きい中小企業だからである.した がって,中小企業の質,ひいてはその企業に融資している銀行の収益を表す シグナルは不正確になる10)

 ベイズのルールを用いて,預金者はシグナルθを受け取った後の銀行収益 の質に関する信念を以下のように更新する.

Pr(i = g│θg )=λη+(1-λ)λη(1-η)≡ Hg, Pr(i=b│θg )≡1-Hg

Pr(i = g│θb )=(1-λ)η+λ(1-λ)η(1-η)≡ Hb, Pr(i=b│θb )≡1-Hb

 後述するように,銀行と預金契約を結んでいる預金者はこのシグナルに基 づいて,時点1で預金を引出すか否か選択することになる.

2

4 タイミングと契約の定義

 最後に,各経済主体の行動とそのタイミングについて説明し,このモデル で考察する契約について定義する.

・時点0: 預金者が企業,銀行,安全資産のいずれかに投資する.預金が銀行 を経由する場合,融資を行う前に銀行は事前審査を行うか否かの決 定をする.企業は投資を開始する.

・時点1: 預金者は銀行収益の質についてのシグナルを私的に受け取る.預金 契約の場合,そのシグナルに基づいて預金を引き出すか否かを決定 する.預金が引き出されるとき,銀行は企業を流動化して預金者に 払い戻す.引き出されないときは投資が継続される.

10) このようにシグナルが不正確であることも,シグナルに基づいて契約が締結できないことの理 由である.

(8)

・時点2:企業の投資収益が確定して,銀行,預金者に返済が行われる.

 続いて,次節以降の分析で用いる標準債務契約と預金契約について定義す る.標準債務契約とは,投資の成功時には事前に決められた固定額が返済さ れ,(投資収益が返済額を下回る)失敗時には投資収益の全額が没収される 契約のことである.このモデルでは失敗時の収益が0なので何も返済されな いことが認められる(有限責任).ただし,投資の失敗について,成功したに も関わらず「投資が失敗した」との虚偽報告が行われる可能性があるので,そ れが立証される必要がある.このモデルでは時点2ではすべての経済主体が 投資結果について,立証可能な形で観察可能であると仮定しているので,虚 偽報告の可能性はない.また時点1での中途解約はできないものとする.

 預金契約は,なんら制約なしに預金者が(額面で)預金を引き出せる契約 のことで,このモデルでは時点0で預けられた預金を自由に時点1で引き出 せることを想定している.時点1に引き出されなかった預金は時点2で満期 となる.ただし,時点1で預金される場合は考慮しない.預金者が実際に時 点1で預金を引き出すときは,銀行は預金支払準備や自己資本を持っていな いので,企業を流動化することによって対応しなければならない.

 したがって,このモデルにおける標準債務契約と預金契約の違いは時点1 において解約が認められるか否かである.時点1で獲得できるシグナルに基 づいて預金を引き出すことができるのは,預金契約を結んでいる場合のみで ある11)

3 標準債務契約

 前節の設定を基にして,この節では各経済主体の間で結ばれる契約が標準 債務契約である場合について議論する.次の3-1節では「直接金融」を考察し,

逆選択のために safe に貸出されないことが示される.3-2節では,銀行―企 業間,預金者―銀行間で結ばれる契約がともに標準債務契約である場合(「間 接的な金融」)を考える.この金融形態では銀行のモラルハザードが生じるこ

11) 標準債務契約においても,時点1での中途解約を認めるようにすることは可能である.しかし,

その場合にはシグナルとは異なる立証可能なものに基づいた再交渉の可能性を考慮する必要があ ろう.

(9)

とが明らかになる.

3

1 直接金融

 預金者が時点0で企業に資金1を直接融資し,時点2で投資が成功したとき に Dsd≥1の額が返済される標準債務契約(「直接金融」)を考える(図1-1を参 照)12).投資が失敗したときには預金者には何も返済されない.前述したよ うに,預金者は事前審査の技術を持たない.このとき,safe のみが貸出を望 むような契約が設定されなければならないが,それは可能ではないことが以 下に示される.

図1 三つの金融形態の比較

 safe,risky の期待利潤はそれぞれ次のように表される.

πfs=X-Dsd

πfr=p(X-Dsd)

12) 預金者は代替的に安全資産に投資できるので,明らかに Dsdは1以上でなければならない.正 確には Dsd=1のとき,預金者は企業への直接融資と安全資産投資が無差別になるが,前者の投資 を選択すると仮定する.

(10)

X ≥ Dsd≥1なる契約の元ではπfs>0,πfr>0で両タイプが貸出を望むので,

safe のみへの融資を実行することは不可能である.

 さらに,預金者は risky の存在を見込んで非常に高い返済額を要求するか もしれない.すなわち,

μDsd+(1-μ)pDsd>1

を満足する返済額の契約である.これを整理すると,

Dsd > μ+( 1-μ)p1 ≡D sd

で,仮定 (1) より Dsd>X なので,両タイプともこのような返済額のオファー を預金者に提示することができない.よって,預金者が企業へ直接融資をす る「直接金融」の形態は実行可能ではない.これは標準債務契約の下では safe のみに貸出されるような契約の設計が不可能で,依然として企業タイプ に関する情報の非対称性が解消されないこと,及び,預金者は企業投資をす る時点0から投資が完了する時点2までの間,何ら行動を起こすことができ ないことが原因である.時点1で預金者が悪いシグナルを得ても,標準債務 契約の下では預金を引き出すことが認められない.

 次節では,銀行を経由する「間接的な金融」の形態について議論する.

3

2 間接的な金融

 次に預金者が時点0で資金を標準債務契約の形式で銀行に預け,銀行が企 業に融資する「間接的な金融」を考える(図1-2を参照).このとき,銀行の事 前審査をしないというモラルハザードによって,金融仲介が機能しないこと が示される.

 まず,銀行と企業の間で結ばれる標準債務契約を考察しよう.このときの 企業から銀行への返済額を R とすると,独占的に貸出を行う銀行は safe の 期待利潤πfs=0となるような返済額を要求するであろう.この返済額を,

R ≡ X      (3)

(11)

と定義する13).このとき,risky の期待利潤はπfr>0となるので両タイプが 借入を望み,safe のみへ融資するためには銀行は事前審査を行わなければな らない.しかし,審査にはコストが掛かるので,このコストが大きいときに は銀行が審査を実行しない可能性がある(銀行のモラルハザード)14).また,

標準債務契約の下では銀行と言えども,企業の投資が失敗したときには銀行 に有限責任が認められて,預金者に返済する義務はない.預金者もこの投資 の失敗を確認できるので,預金が戻ってこないことに納得せざるを得ない.

 銀行が投資の成功時に預金者に払い戻す額を dsd≥1とすると,事前審査を したときの銀行の期待利潤は,

πbs=R-dsd-c

審査を行わなかったときの期待利潤は,

πbns=μ( R-dsd )+(1-μ)p( R-dsd )

と表せる.銀行に事前審査をするインセンティブを与える条件はπbs>πbnsで,

これに (3) を代入して整理すると,

dsd <( 1-μ)( 1-μ)( 1-p)X-c( 1-p) ≡d sd

を得る.仮定 (2) より dsd<1が成り立つ.したがって,前節と同様に預金者を 満足させる契約をオファーすることができない15)

 この金融形態では,「直接金融」の場合と異なり,預金者は銀行の事前審査

13) この返済額の下では,safe はゼロ利潤であるから投資の実行に対して無差別であるが,投資を 望んでいると仮定する.

14) 銀行が時点0において事前審査をしない場合,時点1で銀行が得られる情報は預金者と同様の 銀行(自らの)収益に関するシグナルのみであると仮定する.

15) 銀行が事前審査をしないことを予想して,預金者は非常に高い返済額を要求する可能性がある が,これは仮定 (1) と前節と同様の議論により排除される.

(12)

の技術を活用して企業のタイプを間接的に把握できる可能性がある.しかし,

審査コストがある程度大きいとき,銀行は審査を実行せず貸出を行うことを 望む.このとき risky にも貸し出される可能性があり,その場合,銀行にも 有限責任が認められるので,預金者は時点2で確実には預金が払い戻されな い.一方で,銀行に事前審査の誘因を与えるためには預金の払戻額を1より 小さくする必要がある.しかし,この額は投資資金を下回るので,この条件 の下では預金者は安全資産への投資を選んでしまう.前節の「直接金融」と 同様に,この「間接的な金融」でも企業投資に資金を回すことができない16)

4 預金契約と間接金融

 前節の議論で,預金者を満足させるような標準債務契約はオファーされな いことが示された.これは預金者の無知と標準債務契約の性質により,預金 者の行動が制限されていることが原因であった.この節では,前節の「間接 的な金融」の設定に関して,預金者―銀行間で結ばれる契約を預金契約に変 更する(「間接金融」,図1-3を参照)17).これによって,時点1でシグナルに基 づいた預金引出の可能性が認められるので,銀行のモラルハザードが抑止さ れ,預金者を満足させられる契約がオファー可能であることが明らかにされ る.

 預金契約を(d1,d2)とする.d(d1 2)は,時点0での預金額1に対して,時点1(時 点2)で預金者が引き出したときに銀行から払い戻される額とする.預金者 は時点0で,d2≥ d1≥1を要求するはずである.しかし,前節の議論からこの 払戻額では銀行は事前審査をするインセンティブを持たず,これを予想する 預金者から預金を集めることができない.したがって,銀行は事前審査を行

16) 銀行が事前審査をしない場合,「時点1で企業のタイプが risky であると判明した場合にはその 投資プロジェクトを流動化する,safe であると判明した場合にはそのまま継続する」という条項 の付与した債務契約が考えられるかもしれない.ただし,この条項を確認するために立証可能で 正確な情報が必要であり,銀行は新たに時点1での期中の審査を行うと仮定する.しかし,この 期中の審査を付与した債務契約は,実現される銀行収益が事前審査の場合と比べて低くなるので,

銀行がオファーする誘因はない.その理由は,事前審査は時点0で確実に risky の投資の実行を 排除できるが,期中の審査では risky が実行される可能性があり,時点1において事後的に risky を阻止できるに過ぎないからである.

17) 現実と照らして,「間接金融」と同様に銀行―企業間の契約は標準債務契約で結ばれるとする.

(13)

い,確実に時点2で額面以上の預金が払い戻されることを預金者に確信して もらう必要がある.そして,このことは事前審査の実施を疑われる情報を入 手した場合には,預金者は銀行の同意なしに容易に契約を破棄できる権利を 付与されることによって担保されうる.預金契約はこれらのことを認めた契 約として理解される.

 よりモデルに即して言うと,預金者は時点1で得られるシグナルがθ=θb

ならば確実に預金を引き出すのである.実際の預金の引出は企業の流動化を もたらすので,預金の払戻額がd1=L<1に減じてしまう18).しかし,riskyに 融資された場合の期待収益pLは,仮定(1)より流動化した場合の投資価値よ りさらに小さくなるので,預金者はθ=θbのシグナルを受け取ったときには 預金を引き出す誘因がある.したがって,この時点1での預金の引出可能性 が,銀行に事前審査をするインセンティブを与えるのである.

 以下では Jean-Baptiste [1999] にしたがって,預金契約が銀行のモラルハ ザードを防ぐことをモデルに沿って明らかにする.均衡の概念は完全ベイジ アン均衡で,①各時点での預金者,及び銀行の選択が預金者の信念と相手の 戦略を所与として最適であり,②預金者の信念がベイズのルールによって修 正されなければならない.

 「間接金融」が実行可能であるためには,以下の三つの条件が満足されなけ ればならない.

(ⅰ) 預金者の誘因両立条件:時点1で預金者が受け取るシグナルθ∈{θg,θb } について,θ=θgであるなら時点1で預金を引き出さず,θ=θbなら引き 出すこと.

(ⅱ) 銀行の誘因両立条件:時点0で銀行が事前審査をするインセンティブが あること.

( ⅲ ) 預金者の参加条件:時点0で預金者がこの預金契約を結ぶために,時点

18) 通常の預金契約は d1≥1であり,この d1<1の払戻額は奇異に感じられるかもしれない.しかし,

複数の預金者を想定した場合でも預金の払戻が first-come first-served-rule である限り,同じよう な結果となる.すなわち,銀行は多くの預金者が期中で払戻請求をした場合,銀行窓口に列を作っ た早い者順に銀行は保有する預金がなくなるまで d1を払い,それ以降の列に並んでいる預金者へ の払戻額を0とする.これに基づいて,全預金者を考慮した場合の一人当たりの払戻額の期待値 を計算すれば,その値は d1を下回ることになろう(Diamond and Dybvig [1983],Jean-Baptiste [1999] ).

(14)

2での預金払戻額の期待値が安全資産からの収益を上回ること.

 具体的にこれらの条件を求めると,まず ( ⅰ ) を言うために,

Hbd2+(1-Hb)pX<d1<Hg d2+(1-Hg)pX      (4)

を満足する預金契約(d1,d2)がオファーされる必要がある.(4)の一番左側 は,シグナルθ=θbを受け取った後に時点2まで預金を継続したときの事後 的な預金者の期待払戻額,同様に(4)の一番右側は,シグナルθ=θgを受け 取った後の預金者の期待払戻額を表している.このとき,実際に時点1での 預金払戻額 d1との大小比較により,預金者はシグナルθ=θb(θ=θg)を受 け取ったときには預金を引き出す(引き出さない)誘因を持つ.

 ( ⅱ ) の条件を満たすために,

λ(R-d2)-c >(1-λ)[μ(R-d2)+(1-μ)p(R-d2)]

が成立しなければならない.左辺は時点0で事前審査をしたときの銀行の期 待利潤で,預金者に審査の実施を正しく判定される.すなわち,預金者がθ

= θgを受け取るとき,それを正しく判定する場合(λ)にのみ預金を引き出 さず,間違って判定される場合(1-λ)にのみ引き出し銀行利潤は0になる.

同様に,右辺は審査を行わないときの期待利潤で,θ = θbのとき,預金者 に間違って審査の実施を判定されたときにのみ預金が引き出されない.銀行 は企業に対して独占的であるので,これに (3) を代入して整理すると,

d2≡{λ-( 1-λ)[μ+(1 -μ)p]}X-c

>d2          (5)

λ-( 1-λ)[μ+(1 -μ)p]

を得る.

 続いて,( ⅲ ) の条件は

λd2+(1-λ)L>1

(15)

で示される.( ⅰ ) 及び ( ⅱ ) の誘因両立条件が満足されるなら,時点0で銀 行は必ず事前審査をして融資企業は確実に safe であるので,預金者の信念は η =1 である.したがって,このとき預金者はシグナルを正しく判定して預 金を引き出さず d2を得るか,間違って判定して預金を引き出すかである.こ れを整理して,

d2> 1-(1-λ)L

≡d 2 (6)

λ を得る.

 最後に,仮定 (1) から (3) の下で,(4),(5),(6) が相互に満足することをチェッ クする.まず (6) より,銀行にとって R >d2が言えなければならないが,こ れを成立させるために,

λ> X-L1-L > 12 (7)

を仮定する.これはシグナルの精度が十分に大きくなる必要があることを示 している.また,このとき,(4),R>d2>d2>1が成立することも,簡単な計 算によって確かめられる.以上の考察を命題にまとめる.

命題 シグナルの精度について (7) が成立すると仮定する.このとき,銀行 は (4) にしたがって引き起こされる預金者の預金引出行動を予測して,確実 に事前審査をして safe への融資を行う誘因を持ち,(5) 及び (6) を満足する預 金契約を預金者にオファーする.預金者は安全資産投資より預金契約を選択 するので,金融仲介が実現する.

 命題の主張は Jean-Baptiste [1999] で得られたものと基本的に同一のもの である.彼のモデルでは,預金契約によって銀行は確実にモニタリングを実 施する.一方,本稿では預金契約により銀行の事前審査が行われることを通 じて確実に safe に融資される.したがって,どちらのモデルでもこの預金契 約によって,銀行に適切なインセンティブが与えられることになる.

 この結果は3-2節の「間接的な金融」の議論との比較により,預金者に強い

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清算権が与えられていることから導かれる.預金契約の性質によって,預金 者は時点1で何ら制約なしに預金を引き出すことができる.預金が引き出さ れる場合,銀行は手元に余剰資金を持っていないので企業を流動化して応じ ざるを得ない.この流動化によって得られた資金は仮定 (1) より投資資金1 より小さいので,銀行を素通りして預金者に全額払い戻され,銀行の手元に は何も残らない.また,条件 ( ⅰ ) より預金者は悪いシグナルを受け取った ときには,必ず預金を引き出すことを銀行は知っているので,この預金の引 出可能性は銀行にとり信ぴょう性のある脅しとなるのである.

 また,預金者は銀行の事前審査の精度が完全であることを知っているので,

預金契約によって事前審査をするインセンティブが与えられている限り,時 点2において必ず預金が払い戻され,確実な金融仲介機能が実現する.これ は条件 (7) が企業のタイプに関するパラメータμに依存しないことからも明 らかである.

5 結論

 本稿では,預金を発行すること,及び企業に融資する際,企業のタイプに ついて事前審査することを銀行として特徴付けるモデルを展開した.企業,

独占銀行,預金者の行動を記述し,標準債務契約における「直接金融」では借 り手のタイプに関する情報の非対称性のために,「間接的な金融」では銀行の モラルハザードのために,預金者が満足するような契約がオファーされない ことを示した.また,預金者が私的に得るシグナルに基づいて中途に預金引 出ができる預金契約を考慮した「間接金融」においてのみ,預金契約が銀行の 事前審査をするインセンティブを規律付けるので,預金者の資金が銀行を経 由して企業の投資資金に回るという金融仲介機能が実現することを示した.

これらの結果は情報の非対称性問題が著しい中小企業金融にとって,銀行が 大きな役割を果たしている現実をうまく描写できていると思われる.

 最後に今後の研究への課題を三つ,述べる.一つ目は,銀行は企業に対し ても預金者に対しても独占的に対応するという仮定を弱めることである.企 業に対して完全競争銀行を仮定するとき,このシステムが成り立たない可能 性がある.二つ目は,預金者を一人と仮定していることである.前述したよ

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うにこのモデルにおいて,無数の預金者を仮定しても結論は変わらない.し かし,現実の銀行と照らして預金の微小性の議論(清水 [1999])は重要であり,

考慮されるべき問題であろう.最後に,現実の金融取引の状況と同じく,直 接金融と間接金融が共存するモデルに拡張することである(Gerber [2008]).

参考文献

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参照

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