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保育巡回相談で出会う倫理問題とその対応

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保育巡回相談で出会う倫理問題とその対応

秦 野 悦 子

はじめに

保育巡回相談活動は、 保育所保育指針 (2008) においては、 保育所にお ける質の向上のためのアクションプログラムとして、 地方公共団体が行う ことが望ましいと指摘している。 また 「特別な支援を必要とする子どもの 保育の充実」 として位置づけ、 各地域の実情を踏まえて、 策定することが 示されている。

保育巡回相談事業が実施されている自治体では、 障害児保育を支える一 助として30年以上の歴史をもつが、 その実施形態や内容は、 地域の実情の 応じてさまざまであった。 その共通点をひとことでいえば、 保育巡回相談 とは、 外部の専門家が、 保育教育現場に入って行うコンサルテーションで ある。 保幼小連携の課題としてこれまで実施していなかった自治体にも、

近年急速に保育巡回相談事業の制度的な広がりがみられている。 急速に現 場からの需要が増えた分、 その仕事に携わる相談員は、 保育で直面してい る具体的問題解決についての緊急対応的な保育ニーズに応えることが優先 されがちである。 そのような現場では、 相談員も巡回相談を利用する側も 積みあげてきた実績がない分、 保育臨床現場における支援のありかたにつ いて、 共通のコンセンサスがあるとはいえない。

本稿では、 筆者が外部の専門家として25年近く関わってきた保育実践の 支援の一形態である保育所保育巡回相談で出会う可能性のある倫理問題と

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その対応に焦点を絞って、 現状を整理しその問題点を深めていきたい。 こ のテーマを取り上げる理由として、 第一に、 筆者の身近で出会う実践を倫 理という視点で捉えなおす機会としたい。 第二に、 保育実践の質的向上、

子どもの発達支援、 保育者のさらなる資質向上のために、 外部専門家と連 携して行う実践の支援における倫理を考えてみたい。 第三に、 このような 保育実践現場での職務上の倫理、 倫理問題の具体的解決を考えてみたい点 にある。

知っておきたい倫理の基本

1 ) 倫理への社会的関心

日本心理学会では倫理綱領が制定 (1991) された18年後の2009年に、 倫 理規程が制定された。 日本パーソナリティ心理学会では事例に学ぶ心理学 者のための研究倫理 (安藤・安藤, 2006) が出版された。 また、 日本保育 学会では倫理綱領を定め (2007)、 会員に向けた倫理関連シンポジウムを 毎年開催し、 倫理ガイドブックの発行を企画した (秋田, 2009)。 柏女 (2009) は保育現場における倫理が着目されてきた経緯について、 次のよ うに述べている。 まず保育士資格の法定化を図る改正児童福祉法の制定・

公布(1991)を受けて、 1993年に全国保育士会倫理綱領を採択、 2007年に全 国母子生活支援施設協議会倫理綱領採択、 2008年に独立行政法人国立病院 機構全国保育士協議会倫理綱領採択、 全国乳児福祉協議会が乳児院の倫理 綱領を採択した。 このように実践や研究に関わる諸機関において、 研究や 実践の倫理が検討され、 啓蒙的取り組みが活発化している現状がある。

倫理綱領は、 基本的理念や精神が簡潔に記されているものであり、 個々 の問題解決に直接回答を与えるものではない。 したがって、 その倫理原則 を繰り返し読めば、 おのずから職務上、 倫理的に遵守すべきことが明確に

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なり、 現場での自らの行動規範が保てるというものではない。 また、 研究 や実践上の問題に対して、 倫理綱領や倫理指針に記載されている倫理原則 を当てはめれば、 すぐさま解決するというものではない。

人によっては、 倫理問題は重大な違反や瑕疵が生じた時の司法や裁判に 関わるようなことであるととらえ、 社会における職務の遂行を通常おこなっ ている自身に身近なこととしてとらえにくいという感覚を持っている場合 もあるだろう。 また 実践活動における倫理は大事だと思うけれど、 具体 的に現場でどのように生かしていけばよいのかわからないという、 戸惑い の発言を耳にすることがある。

現実には、 ひとり一人が、 個々の研究や実践現場で判断に迷う問題に遭 遇したときに具体的に考え、 そのジレンマに対する解決策を模索していく。

その積み重ねの中で、 個人の悩みを倫理問題としてとらえ、 整理していく ことが、 職業倫理の維持、 向上に欠かせないといえる。

2 ) 倫理を考えるポイント

臨床発達心理士会 (2009) では、 知っておきたい 「倫理」 の基本として

「倫理的問題はそれを起こした人が特別な存在であるというわけではなく、

臨床的活動を重ねていけばどの人も必ず直面する、 あるいは考えざるを得 ない大変日常的な事柄でもあるのです。 しかし、 倫理関心を向けることが なければいつまでたっても倫理感は育ちません。」 と指摘している。

また、 倫理を考えるポイントとして次の 5 点を指摘している。 ( 1 ) ず、 所属する職能団体における倫理のルールを守ること。 ( 2 ) しかし、

倫理のルールは法律ではなく、 複雑で多様な問題に全て応えるものでもな く、 自分で考え、 判断していく倫理感が求められる。 ( 3 ) この通りにす れば倫理的に問題はないと明確に言える行動ばかりではなく、 柔軟に推理 する力を高める必要がある。 ( 4 ) 支援者がよかれと思っても支援を受け

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る人には必ずしも利益とならないこともある。 どんな場合も支援を受ける 人の利益を第一と考える。 ( 5 ) 支援を受ける人が利益を判断できるよう に、 支援者は支援について十分に説明しなければならない。 未成年などの 場合、 保護者に対しても、 判断の助けとなる説明を行う責任がある。

所属する社会での倫理のルールとは、 職場における心構え、 知識、 姿勢 などのことであり職場理念を知ることであり、 そこでの自身の役割や責任 範囲を明確に自覚することである。 また実際に行った支援が適切であった かどうかのタイムリーなふりかえりは、 次の対応につながり、 責任を持っ て保育教育臨床に臨むことができる。 実際に職場でどのようにして専門職 として育てていくかは、 秦野ら(2008)に詳しく述べてある。

3 ) 善をなそうと悪をなす

「善をなそうと悪をなす」 との格言に示されるように、 支援者側は、 「こ れは正しいことなのだ」 と思いこんでしまうと、 支援におけるメリットを 強調するあまり、 支援を受ける側も含めた包括的視点からの理解ができに くい状況が作られる。 ある事象についてのメリットとディメリットが必ず 存在するという認識を、 倫理の考え方の基礎にとどめておかないとメリッ トの面を見て、 デメリットの面を見ない傾向になりがちである。 特に支援 にあたっては、 現状を分析し、 現実的に取り組み可能でより良いと思われ る対応や方針を探っていく、 あるいは探していくわけであるので、 支援対 象者にベストな支援とまでは言えないまでも、 現実的に対応可能なベター な支援だという前提を支援者側は常に持っている。 場合によっては、 支援 者がこの時点で処遇や対応の仕方にディメリットはないかを問うこと自体、

違和感があるかもしれない。

「無知と善意」 が併存しているところには、 善意の押しつけが生じやす い。 独善的というのは、 視野が狭くある一面しかとらえていないことによ

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る問題であり、 多面的に物事がとらえられない点でディメリットへの気づ きがなされにくい。 特に専門家は専門知識という理論武装があると、 その 意見や考えは、 優先的に受け入れやすい環境が作られる。 専門的知見を、

支援対象者の個別状況に照らしあわせた時には、 いくつかの方向性や、 対 応についての選択の余地があり、 それは、 単純に対応が正しいか否かの判 断を下すことでもない。 現場における倫理問題は、 「正解を探す」 ことで もなく、 良否を判断することでもなく、 多様な判断基準の中で、 どこに現 実的な対応があるのかを探していくという、 着地点を当事者間で探り当て ることにある。 そのためには、 支援者は複数の視点を持つこと、 すなわち、

職業倫理についての相互カンファレンスを日常的に行えるような人間関係 を築いていくことも重要である (秦野, 2009a)。

保育教育実践フィールドにおける倫理

1 ) 保育フィールド研究におけるリスクを考える

ここでは、 筆者が2000年に一年間、 ( アメリカ合衆国 カリフォルニア州立大学サンタバーバラ 校) に客員研究員として滞在した時にキャンパス内の

で保育を受けている幼児を対象とした半年間の継続観察データの収集開始 に至るまでの過程を述べ、 特に保育フィールド研究における倫理を考える 上での配慮について検討したい (秦野, 2009b)。

では、 人を対象とするすべての研究については、 事前に倫理委員 会 ( ) の審査を通過しなければならない。 委 員会は毎月 1 回開催されるので、 委員会開催の時期を逃すと、 書類を提出 してから 2 か月近く審査結果を待つことになる。 なお、 委員会からの問い 合わせや、 申請者とのやり取りが発生すると、 その案件は、 また次の委員

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会で諮られることになるので期間を要する。 さて研究内容によって、 申請 にあたって必要な書類は異なる。 筆者の場合、 による保育場面の撮 影を申請内容に含んでいるため、 レター用紙サイズで 7 枚分の記載となっ た。 申請は原本のほかに16部のコピー提出を必要としたことから、 この人 権委員会の構成人数が推定できる。 提出用紙に含まれた内容は表 1 に示し た通りである。

これからフィールドでデータを取る申請者が、 そこで毎日過ごしている 子ども達や、 その保育環境に対して、 十分な配慮を行っているのか、 生じ る可能性のある事態は予測しているか、 またその時はどう対処するのかの 基本原則を持っているか、 万が一でも不測の事態に対しては、 どう考える かを事前に吟味することが求められる。

フィールド参加協力者については、 申請書の随所でその倫理的配慮が求 められる。 依頼に際しては、 保護者への説明と同意、 承諾の取り方が問わ

表 1 大学の倫理委員会に提出した申請書内容 様式 1 .

申請者基礎情報 (所属 研究補助金の有無 学内照会者)

途中の計画変更に伴う変更の申し出

申請手順遵守

様式 2 .

対象者 (人数と確保手順) ② 方法 (具体的に)

リスク (潜在的リスクおよびその対処)

保障措置 (潜在的リスクを最小にする方法とその査定)

説明と同意 (承諾:インフォームドコンセントの方法)

研究結果の意義 (貢献)

研究におけるリスクと貢献の比率 追加資料

継続研究の場合の記載 (新規箇所記載)

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れる。 継続観察期間中に生じることとして、 計画変更、 研究協力辞退への 対処、 観察中止条件が問われる。 収集したデータの処理や使用に関しては、

個人情報保護の内容とデータ使用範囲、 また、 研究成果の公表方法、 研究 終了後の対応が求められる。

特に、 研究におけるリスクについての言及は重要である。 これは申請者 が研究をする側の立場にいると、 気がつきにくいこと、 自明のことであえ て言語化しない暗黙知のもの、 無知によるものなどが、 改めて自身の研究 計画を俯瞰的にとらえなおす機会となる。 表 1 では 「潜在的リスクおよび その対処」 「潜在的リスクを最小にする方法とその査定に関する保障措置」

に該当する箇所である。

筆者の観察データ収集方法としては、 1 回の訪問につき特定の 1 名を観 察対象とし、 ナーサリースクールの 1 日の日常活動をその子どもを中心に で撮影するものである。 ひとりの子どもについては 2 か月ごとに観 察の対象となる日がめぐってくる。 ファインダーから覗いて撮影するタイ プのではないので、 ウェストポーチ様の小さな手提げ様のカメラで あり、 人が覗いてる圧迫感は緩和されている。 筆者は申請書に次のように 記載した。 「観察による潜在的リスクはほとんどない。 もしあるとすれば、

対象となる子どもが観察者の視線が気になり日常的活動ができにくいとか、

カメラが向けられていることに対して気が外れたり、 不快な気持が、 表情 に表出されることがあるかもしれない。 その場合は、 ただちに観察 を中止する。 そのような時には紙と鉛筆によるフィールドノーツのみの観 察記録に切り替えたり、 その日の観察対象児を別の子どもに変更するなど の対応を取る。 そのことにより、 子どもに持続する心理的ダメージはほと んどないと考えられる。」

「研究におけるリスクと貢献の比率」 の個所への記載としては 「すでに 潜在的リスクおよびその対処、 潜在的リスクを最小にする方法とその査

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定に関する保障措置 で記述したように、 この研究を遂行するにあたり観 察対象となる子どもへのリスクはほとんどないと考えられ、 もしあったと しても、 その場合の対処はすでに記載したとおりである。」 とした。 申請 書の各所で、 関連する記載が求められることにより、 いやおうもなく自身 の研究遂行上のリスクの可能性について、 思いを巡らすこと自体が意味の ある経験だったと指摘できる。

個人情報の扱いに関しては、 記録段階も含めすべて個人名は使用しない 番号化する。 またデータの使用については 3 段階で保護者許可を求 めた。 この観察で採集した生データ使用については、 第 1 段階 「研 究成果発表にのみ分析データ使用を承諾」、 第 2 段階 「研究者相互の研究 会にても使用を承諾」、 第 3 段階 「教育において授業などでも使用 を承諾」 という段階的な依頼をした。 第 2 段階承諾者 (すなわち授業や教 育には使えない) が 1 名いたが、 他はすべての段階の承諾を得た。

大学人権委員会審査中に、 研究は実施することはできないが、 ナーサリー スクール訪問観察そのものは 1 枚程度の簡単な申請書ですぐに許可が下り た。 観察を始めるまでに、 子どもたちの特徴をつかんだり、 フィールドに 馴染むことを目的として 1 か月以上、 通ったが、 このことで保護者が、 筆 者の存在を知り、 時々クラスに来ている日本人として顔なじみになってい たことが、 研究協力を依頼する際の承諾数確保につながったと思われる。

観察研究協力を得られなかった 2 名の保護者について言及すると、 1 名は 5 歳児クラスのチャイニーズアメリカンの保護者で、 ナーサリースクール に子どもを送迎する人が日によって異なり、 筆者と顔なじみになれなかっ た。 もう 1 人は 3 歳児クラスのメキシカン系のアメリカ人で、 お子さんを フィールドに連れてくる時刻が11時頃と極端に遅く、 筆者のプレ観察期間 の時間帯に保護者と顔なじみになる機会がなかったことによると思われる。

さて審査期間中に、 書類審査委員会から筆者に次のような問い合わせが

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あり、 筆者からの回答は次回の審査委員会の審議となったため、 このため さらに審査期間を要した。 問い合わせ内容は 「もし観察協力者とそうでな い子どもがフィールドで共に活動したり遊んだりするような場合、 どのよ うに対応するのか」 というもので、 筆者は 「その場合は、 ただちに 観察を中止する。 保護者が観察協力を承諾していない子どもに関しては、

撮影は一切行わないという理由によるものである。」 と回答した。 筆 者にしてみれば、 観察承諾の原則は大原則であるので、 上記の判断は当た り前すぎて記載する必要もあえて感じないような事柄についての問いあわ せだった。 しかし、 想定しうる範囲のことであり、 観察や研究への姿勢と して示すべきととだと後からは思えることであった。

フィールド観察研究を開始するにあたり、 研究に携わる者がクリアすべ き必要な手順がシステム化されていることによって、 研究への姿勢や研究 の最低限の質が担保され、 フィールドにおける責任と義務をどういう形で 取っていくのかを研究者、 フィールド提供者、 観察対象者とその保護者と の関係の中で明らかにしておく手順が示されていることが、 信頼の確保に もなっていくことを体験した出来事であった。 倫理委員会ヘの研究許可申 請の一連のプロセスは、 広い意味での倫理教育に該当する。 すなわち、 こ れからフィールドで行おうとする具体的な事柄ひとつひとつに対して、 想 定しうる限りの倫理的問題についての姿勢や態度を事前に明らかにするこ とができる。

もし、 筆者が研究を開始するにあたり倫理綱領を示されて、 合意する、

しないという形式的な意思表示を問われた場合、 ここまで具体的なレベル で実際の観察を吟味する機会はなかったと思う。 そのことにより、 倫理問 題への感受性を高め、 実践に対する価値観を内省することで、 実践の価値 の前提を明確にし、 倫理問題に関する指針やとるべき態度を申請者自身が 示していくことにこそ、 倫理教育の目的であるのかもしれない。

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倫理委員会の審査過程を待つことは、 限りある貴重な在外研究期間の中 で、 このようなルールにしばられたやり方は煩わしいと思うこともあった。

しかし、 この手順を踏まない限り、 目的としたフィールド観察を行うこと はできない。 もちろんそれが倫理的問題の発生を撲滅していくためだと思 えば、 当然やっていかなければいけない。 倫理的問題を発生させないため の努力は、 個々の研究や実践従事者に任されているという現状から、 一歩 前進するためには、 倫理を当該者の個人的事柄に付すことは、 本当の意味 で臨床教育実践倫理の諸問題を解決することにはならない。

2 ) 子どもの最善の利益

子どもの最善の利益 ( )、 簡潔で分かりやすい表現である。

「児童憲章」 は1951年 5 月 5 日の 「こどもの日」 に制定された子どものた めの権利宣言で、 子どもの社会保障・家庭・教育・労働・文化・保護など の権利と、 それに対する社会の義務と責任を掲げ、 そのすべてにおいて子 どもの最善の利益が述べられ、 児童福祉行政上のバイブルといえる。

日本保育学会倫理綱領 (2007) では、 子どもの最善の利益の実現に向け た社会的活動を行うための基本原則として、 子ども個人の最善の利益を損 なうことがあってはならない、 と強調している。 全国保育士会倫理綱領に おいても、 その第 1 条に子どもの最善の利益の尊重を掲げている。

厚生労働省 (2008) による保育所保育指針およびその解説では、 子ども の最善の利益に関して次のような記述がある。 すなわち 「児童福祉法に基 づく児童福祉施設としての保育所の役割は、 入所する子どもの最善の利 益を考慮し、 その福祉を積極的に増進する ことである。 これは、 保育指 針の根幹を成す理念であり、 子どもの最善の利益を守り、 子どもたちを心 身共に健やかに育てる責任が保育所にあることを明らかにしている。 子ど もの最善の利益については、 1989年に国際連合が採択し、 1994 年に日本

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政府が批准した児童の権利に関する条約 (通称 「子どもの権利条約」) に 定められている。 子どもの権利を象徴する言葉として国際社会等でも広く 浸透しており、 保護者を含む大人の利益が優先されることへの牽制や、 子 どもの人権を尊重することの重要性を表している。」 さらに上記の解説で は、 子どもの人権を尊重するための基準として、 イギリスの児童法 (1989 年) の内容を紹介している。 それによれば、 「子どもの年齢、 性別、 背景 その他の特徴」、 「子どもの確かめ得る意見と感情」、 「子どもの身体的、 心 理的、 教育的及び社会的ニーズ」、 「保護者支援のために子どもに対してと られた決定の結果、 子どもを支援することとなる者(保護者や保育士等の 専門職など)が、 子どものニーズを満たすことのできる可能性」 「保護者に 対してとられた支援の結果、 子どもの状況の変化が子どもに及ぼす影響」

があげられている。

この視点は我々に、 保育教育実践をしていく上での倫理について考える 方向性を示唆する。 すでに述べたように保育実践において倫理をどうとら えるかの近道は、 ひとつひとつの実践を個別に具体的にとらえていくこと である。 その際に、 子どもにとっての最善の利益は何かという視点だけは 外さず、 あるいは何があっても、 子どもにとって最善の利益は何か、 とい う視点から支援者間の共通理解ができるような、 姿勢作りが、 すべての人 のよりどころとなっていくだろう。

3 ) 倫理的ジレンマ

倫理的ジレンマとは、 実践家が 2 つか、 それ以上の対抗する価値に直面 した時に生じる ( , , 2000) とされている。

人の生命に関わる倫理的問題としては遺伝子診断、 人工妊娠中絶、 脳死、

臓器移植、 安楽死・尊厳死、 がん告知、 末期医療、 看護倫理、 ヒトクロー ン研究などが知られている。 人の生命に直接かかわることでなくても、 保

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育・教育・臨床実践には日常的に倫理的ジレンマを経験する。

保育関係者は、 子どもの最善の利益を目的とし、 子どもに対して害を及 ぼさないこと () および、 恩恵を与えること () を常に考えながら保育を行うが、 時として、 支援者相互の事実認識に関す る不一致、 支援者と保護者の自己決定権や価値判断が対立することもある。

これらの問題を相手の認識不足としてとらえると、 「支援する者」 であ る専門家と 「支援される者」 の利用者という関係に分かれ、 上下関係のニュ アンスが生まれる。 利用者は専門家の指導や助けを待つだけという依存的 ニュアンスがし子の中に持ち込まれる。 こんな時、 本来の問題解決の主 体は利用者にあり、 利用者が 解決していかれるよう、 側面からサポート するのが本来であるとする支援の基本に立ち返りたい。

認識の違いが生じた時、 それが事実認識に関する不一致なのか、 価値観 や価値判断に関する不一致なのかを区別してとらえることは、 重要である。

しかし、 具体的にこの問題を考えていくと、 事実認識に関する不一致だと 思われていたことが、 その人の価値観が大きく反映した主観性が高い事実 認識であったりする。 そう考えると、 認識の違いとは、 それぞれの人の価 値観からとらえた主観的認識のずれを表すといえるので、 いつでもどこで も起こりうることである。 別の言い方をすれば、 私たちは個々に主観的認 識という意味世界を築きながら生きてきているともいえる。 他者の意味世 界に近づくこと、 他者の意味世界を理解することが、 倫理問題を解決に向 ける鍵になるといえる。 対立している当時者たちが互いの価値観の差異を 明確化することで不一致の本質を理解することができ、 問題解決に向かう ことができる。

倫理問題解決の目的は、 関係者がどのように決断を下せばよいのかの筋 道を示すことになり、 それは結論そのもの真偽についての判断を行うわけ ではない。 しかし子どもの最善の利益となる保育を実現できるように保育

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の質を維持することは常に、 その大前提にある。

実践現場には解決を待っている倫理的問題が山積している。 実践の従事 者は 「今、 行っている保育が、 本当にこれで良いのだろうかと悩む。」 と いう発言をする。 これを個人的な問題として処理するのはたやすい。 すな わち個人の力量や価値判断の問題であると考えると、 問題が蓄積してきた 時に、 支援者自身がバーンアウトしてしまうことにもなりかねない。

また、 倫理的ジレンマに悩んでいる当時者だけでなく、 支援者の専門的 視点からは適切であっても、 倫理的には問題のある状況は常に起こりうる ことなので、 実践現場の当事者には、 常に倫理的問題場面にいるというこ とを自覚する必要がある。

保育巡回相談で出会う倫理問題とその対応

1 ) コミュニケーションギャップ

保育現場において相談する側は 「保育の悩みを相談すれば専門家が解決 してくれるはず」 という過度に期待をしてしまい、 納得できない結果にな れば逆に専門家に対して深い不信感という、 一見矛盾する 「期待」 と 「不 信」 という二律背反する利用者心理がつくりあげられる可能性がある。

「コンビニ相談」 や 「過剰な要求」 といった利用者の相談行動である。 あ るいは、 相談をしておきながら、 「専門家と言われる人が半日くらい子ど もの様子を見たからと言って、 分かるはずがない」 と公言する人もいる。

これも過剰期待の裏返しといえる。 そのような斜に構えた人が、 巡回相談 当日の保育カンファレンスで、 たまたま内容が自身の琴線に触れると、 い たく感じ入り、 「さすがは、 専門家ですね。 子どもを少し見ただけでも、

すべてが分かってしまうのですね」 と態度が変わり、 専門家の言うことな らば、 盲目的に信じてしまうというのもこの行動の一端である。 外部の専

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門家による一方的な説明を拝聴するのではなく、 園側も質問や、 疑問や迷 いを提示し、 双方向的コミュニケーションを回復させていくことが求めら れる。

巡回相談の制度が長年実施され成果をあげている自治体では、 上記のよ うなことはほとんどないと思われる。 が、 近年、 トップダウン的に保育現 場に提供された保育支援制度の場合は、 保育現場にとってその目的や活用 の仕方を十分周知しないまま実施されているところでは、 このような問題 が生じうることは留意すべき点である。

外部の専門家をうまく活用できていないところでは、 外部専門家側の説 明不足、 相談する園側の過度の期待思い込みや質問・確認の足りなさ、 と いったコミュニケーションギャップがトラブルの原因になっていることが ある。 では、 外部の専門家は、 どのように説明したら良いのだろうか。

専門家の説明が丁寧であるというのは、 あらゆる情報を等価値に羅列し、

ああいう可能性もある、 こういう可能性もあると予防線を張り巡らせるこ とではない。 アセスメント結果であれ、 保育や教育的働きかけの選択や提 案であれ、 専門家が到達した見解に至るプロセスが順を追って説明された ときに、 その説明は、 利用者側が専門家の思考を追いかけることを可能 にする。 専門家としては、 これだけでは十分な判断ができないで迷ってい るということを園側に伝えることにより、 新たな情報を引き出すことがで きるかもしれない。 アセスメントのプロセスも外部専門家と園側の協働の 営みであることが欠かせない点である。

保育巡回相談においては、 園側と外部専門家との情報格差ある。 外部専 門家側はその専門的知見から問題解決への視点を探るが、 それは保育現場 に行きさえすれば、 常に明示的にとらえることができるというものでもな い。 判断するのに十分で適切な情報を保育現場からいかに引き出すことが できるかが、 外部専門家の力量が試されるところでもある。 園側からいえ

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ば、 外部専門家にいかに適切な情報を提供できるかということでもある。

外部専門家が判断できる十分な情報が不足する場合、 偏った情報による 決めつけや思い込みによる見立て違い、 判断の誤りが生じる可能性がある。

アセスメントに至る判断のプロセスも、 共有していた方が、 それを修正 することもまた、 園側と専門家との協働のとりくみとなり得る (秦野, 印 刷中)。

これまでに述べたように、 保育巡回相談において実質的な意味での没コ ミュニケーションを来さないように、 園側が過度と不信の二律背反に陥ら ないことである。

2 ) 匿名の共謀 ( )

匿名の共謀 () とは、 心身医学の草分けの一人で あるイギリスの(2000) が 「プライマリ・ケアにおける心 身医学 ( !")」 の中で述べたことばで あり、 ひとりの患者の診療に数人の医師が関係する場合、 その誰もが患者 の管理に決定的な責任を持たずに、 いわゆる たらいまわし となる現象 のことをいう。 特に、 身体症状を訴える患者に対しては、 何らかの心理的 な問題に気づいたとしても、 専門家は自分の専門性の範囲において精密な 診察や検査をしても異常が見つからない場合、 この匿名の共謀という罠 (わな) に陥りやすいという。 他の専門家に依頼した時点で自分の仕事は 終わったと思ってしまうと、 「匿名の共謀」 状態が生じ、 患者は悪化する 場合が多いという。

保育巡回相談で出会った年長クラスS君も、 保育巡回相談を機会に医療 機関#$%$診断を受けるまで、 いくつもの専門機関が関わっていたが

「匿名の共謀」 状態が生じていた。 S君は極端に逸脱した行動と年齢相応 の知能を合わせ持ち、 多動・衝動・攻撃という行動障害が顕著だった。

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S君は妊娠35 週に帝王切開で未熟児として生まれ、 この病院で定期的 に発達フォローを受けていた。 1 歳半頃から母親はS君をかわいいと思え なくなり、 イライラして手を上げてしまう事が多くなる。 病院からの連絡 で、 虐待ケースとして、 保健所、 児童相談所が関わって母親のフォローが 始まった。 母親は第 2 子の妊娠で、 つわりがひどくイライラが募ったので、

保育園申請を促し、 S君は 2 歳児クラスに入園した。

入園当初より多動・衝動・攻撃という行動障害が顕著であったが、 被虐 待児ということで受容的対応を続けたが、 どんな対応をしても本児との距 離を埋められず、 大人への信頼感が育ってないことで園から市の療育セン ター受診をすすめた。 療育センターの判断では知的に問題がないので情緒 的問題ということで返された。 園における保育困難が危機状況にあるので、

園でのS君の状態を専門家にみてもらい、 支援への具体的対応を探りたい と思い、 療育センターと児童相談所に連絡し園に来所して S 君の状況を みてもらうように依頼した。

当日は、 それぞれの専門職が保育を30分ほどみた後、 S 君の対応を話し あうことになったが、 その際に、 児童相談所と療育センターが、 互いに押 しつけあい、 解決へ向けての話し合いにはならなかった。 それぞれの機関 の無責任ともいえるような姿勢に、 これほどの状況を見てもらっても何の 専門的援助もなく保育園という現場任せの対応に、 空しさを感じたとのこ とであった。 保育所の入所要件が、 虐待であり問題行動などは生活環境か ら来るものと考えていたこと、 知的に正常範囲で極端な逸脱行動があった こと、 専門機関が現場まかせで動かなかったこと、 集団保育の場面が限界 に近いという危機的状況であった。

未熟児フォローアップとしての総合病院、 虐待の視点から、 保健センター および児童相談所、 発達障害への対処として、 療育相談センターがそれぞ れ関わりをもっていた。 が、 上述のように環境を通して養護と教育が一体

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化する保育所保育で、 S君の専門的支援が求められた時に、 関連機関相互 で匿名の共謀が起こり、 たらいまわし現象が生じた。

3 ) 保育巡回相談で直面する保護者に対して求められる倫理

ここでは保育巡回相談で直面する保護者に対して求められる倫理につい て問題点を整理したい (秦野, 印刷中)。 まず、 保育巡回相談で直面する ニーズに応じることだけにとらわれると、 その実践の中で、 何が倫理とし て求められるかを見失ってしまう可能性があることが危惧される。 特にイ ンフォームド・コンセント ( :正しい情報を得た、 また は伝えられた上での合意。 一般的には 「説明と合意」 と訳される。) の有 無のみを問うのでなく、 インフォームド・コンセントが受け手にとってあ いまいなままであったり、 表面的で形骸化していたり、 明確に行わなかっ たことが、 後に信頼感を失い、 不信感や社会的問題に発展する可能性があ る。 インフォームド・コンセントに関する具体倫理問題を発生しやすい事 項としては、 ① 特定の子どもだけが対象となること、 ② 子どもの育ち や発達についての関係者間認識のギャップがあること、 ③ 個人情報 (プ ライバシー) の保護と共有、 ④ 当事者のもつ損失感 (リスク、 不快感、

不安感、 負担感) などがある。

保育巡回相談の実施を時系列でみていくと、 まず保育巡回相談実施に先 立つ保護者に対する事前許可をどのように得るかが最初の問題となる。 保 育を実施していくにあたり、 外部専門家への助力を依頼すること、 実際に は専門家に保育を観察してもらい、 発達検査を実施するなど、 子どもの発 達を知り、 保育での具体的対応や今後の方向性を検討することに対し、 理 解と承諾を得ることが求められる。

次に、 保育巡回相談における保護者参加の是非を整理する。 この事柄は、

そこで実施されている保育巡回相談の制度や内容に立ち入る問題でもある

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ので一律に結論が出せない。 保育巡回相談の実施母体はどこか、 依頼主は 誰か、 保育巡回相談の目的がどこにあるのか、 実施における責任や権限は 何か、 参加する外部専門家の立場はどのようなものかにより一律ではない。

大別すれば、 ① 保育現場の研修的意味合いが強いもの、 ② 保護者・園 生活のコーディネーションの要素が強いもの、 ③ 保護者支援の意味合い が強いものに分類される。

また、 保護者に対する保育巡回相談結果の事後報告のあり方の問題があ る。 保育巡回相談実施結果を誰が、 どのように、 どこまで保護者に伝え、

保育巡回の結果を今後の保育や養育に生かしていくようなとりくみにつな げるかという問題であり、 すでに述べたシステムのあり方とも関連する。

最後に、 保育巡回相談における子育てリスクの高い家庭への支援の問題 がある。 たとえば園側からみて、 不適切だと思える育児をする保護者とは、

子どもの育ちに関して、 共通理解が持ちにくい、 園生活を行っていく上に は、 保護者の要求や気持ちにそった対応が難しいなどの問題である。 特に 子育てリスクの高い家庭は複数の困難さを同時に抱えている場合がある。

たとえば、 保護者の経済的精神的要因、 ひとり親、 虐待疑いの親などが重 複して子どもの育ちに影響してくるなどがある。

保育実践研究の実施における倫理の枠組み

保育実践研究の実施における倫理的配慮を整理してみる。 図 1 は、 柏女 (2009) を基に、 保育園や幼稚園など幼児保育フィールドという場で、 保 育実践研究の実施をする際の枠組みを示したものである。 ここでは、 眼前 の具体的な保育指導のあり方を問題とする 「保育における実践性」 という 視点と、 保育実践の一部を仮説検証的に明らかにしたり、 眼前の保育事象 を仮説生成的にモデル化したりするなどの 「保育における研究性」 という 視点の両方をとらえる。 日常の保育実践に関わるすべての活動は、 仮説検

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証的または仮説生成的な部分を含み、 に、 保育活動における研究性は、 実 践の質的向上をめざすすべての活動には常に存在することを前提として、

研究性という縦軸と実践性という横軸により分割した 4 象限の各枠のそれ ぞれに、 その活動に携わる主体を書き込んだ。

保育者は、 保育実践の専門性を高め、 質の高い保育をめざして、 日々の 実践において、 子どもへの関わり方について仮説検証をしたり、 子ども理 解について仮説生成したりを繰り返し行っている。 また保育者は、 特定の 保育目標と課題を設定し、 それに即した意図的な保育を行うなど、 日常の 保育そのものに、 すでに何らかの研究性が内在している。

また保育実践そのものを研究テーマとする研究者は、 自ら実践というフィー ルドに参加し、 実践を分析し、 その実証的成果を学術的水準で明らかにす ることを行っている。 しかし、 その研究成果は保育実践に直接還元される という点で、 研究そのものが高い実践性を内在している。

第 1 象限の 「実践性も研究性もともに高い枠」 の主体としては、 アクショ ンリサーチとして実践研究を行う研究者、 実践しつつ研究を行う保育者が

図 1 保育実践研究における実践性と研究性 (柏女2009に基づく) 第 2 象限

研究者

第 1 象限

研究者 保育者

第 4 象限

保育者 第 3 象限

管理者 実践性

研究性

実践性 研究性

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該当する。 具体的事例としては、 「園において保育者が実践をしつつ研究 を行う場合」、 「園の実践者と外部からの実践者が共同実践・研究を行う場 合」、 「共同研究者としての研究」、 「園からの依頼による実践的問題解決」

が該当する。 保育巡回相談活動もここに含まれる。

第 2 象限の 「実践性は低いが研究性は高い枠」 の主体としては、 園に対 して特定のデータ収集することを依頼したり、 園生活データを用いて実証 的研究を行う場合の研究者が該当する。 具体的事例としては、 「研究者が 園で研究を行う場合」 だといえる。

第 3 象限の 「実践性も研究性もともに低い枠」 の主体者としては、 管理 者や運営者が該当し、 保育所第三者評価の活動などのマネジメント側面で ある。

第 4 象限の 「実践性は高いが研究性は低い枠」 には、 日常の保育実践を 行う保育者が該当する。 具体的事例としては、 「園が研究者からの依頼を 受け入れる場合」 であり、 保育フィールドの提供者として、 どのような事 柄を倫理的問題としてとらえるのかが問われる。

以上述べたように、 第 1 象限に様々な事柄が集中することから分かるよ うに、 保育実践において実践性も高く研究性も高い活動は、 倫理面での問 題に直面することも多く、 それに伴って倫理上の配慮を必要とすることが 示唆される。

おわりに

本稿では保育教育現場における倫理問題を検討した。 近年この領域でも、

倫理的状況は著しく変化して関わる人々の意識も変わってきている。 個人 情報保護法 (2005) で法律が整備されたり、 関連諸学会や職能団体などで、

倫理綱領や倫理ガイドラインを構築しつつあるが、 日常業務に追われる保 育教育現場で、 倫理問題を体系的に学びなおす機会が作られているわけで

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はない。 しかし、 このような保育臨床現場で倫理ガイドラインに対する周 知の遅れや認識不足が原因となって生じるジレンマや悩みへの対策は、 個 人や組織が疲弊する前に手立てが求められ、 倫理の悩みを相互に相談し会 えるような関係性構築が必要である。

板井 (2008) は医療現場の倫理問題を個人の問題としないためにも、 医 療心理に精通したスタッフが、 医療現場に参加する必要性を指摘している。

それによれば、 1990 年ごろからアメリカ、 イギリスなどで臨床倫理 (clinical ethics) という、 日常現場で生じた倫理問題を分析して具体的解 決方法を提案することを通して、 現場の質を向上させる取り組みが始まっ ているという。 医療現場の板井 (2008) の実践のように、 保育巡回相談に おける外部の専門家が期待される役割のひとつとして、 clinical cordinator (臨床倫理コーディネーター) を取り入れることも検討に値する。 またそ れを含んだ体系的な 「保育教育臨床倫理サポート」 の体制を早急に確立す ることを検討する必要が求められる。

文献

秋田喜代美 2009 園での研究と倫理 日本保育学会特別ワークショップ 保育実 践の研究と倫理 日本保育学会第62回大会発表論文集44−45.

安藤寿康・安藤典明 2006 事例に学ぶ心理学者のための研究倫理 ナカニシヤ出

板井孝壱郎 2008 倫理問題を 個人の悩み にしないために シリーズ コミュ ニケーション 2008.11.10 朝日新聞

秦野悦子・平沼晶子・服部幸也香・金井真理子・宮谷香里・野村直子2008 子ども の発達を支援する心理職の実践知 白百合女子大学発達臨床センター紀要, 11, 18−

28.

秦野悦子 2009a 保育巡回相談で直面する保護者に対して求められる倫理とその 実態 日本保育学会特別ワークショップ 保育実践の研究と倫理 日本保育学会 第62回大会発表論文集44-45.

秦野悦子 2009b 保育巡回でのトラブルと倫理 臨床発達心理士資格更新研修会保

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育支援プロジェクト資料

秦野悦子 (印刷中) 日本保育学会 (編) 保育学研究倫理ガイドブック:子どもの 幸せを願うすべての保育者と研究者のために フレーベル館

柏女霊峰 2009 保育現場における実践上の倫理と研究倫理 日本保育学会特別ワー クショップ 保育実践の研究と倫理 日本保育学会第62回大会発表論文集44-45.

厚生労働省雇用均等・児童家庭局保育課 2008 保育所保育指針解説書

Lowenberg, F. M., Dolgoff, R. 2000 Ethical decisions for social work practice.

Belmont, CA: Thomson: Brooks/Cole 内閣府 2003 個人情報保護法

日本保育学会 2007 日本保育学会倫理綱領 日本心理学会 1991 日本心理学会倫理綱領

日本心理学会 2009 社団法人日本心理学会倫理規程 社団法人日本心理学会 日本臨床発達心理士会 2009 臨床発達心理士が知っておきたい 「倫理」 の基本

日本臨床発達心理士会資料

参照

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