原 著
筋萎縮性側索硬化症における肺気量分画と
ALS
機能評価スケールとの関連性の検討
安田 正代*
栗﨑 玲一**
,***
本多 史美*
東原 悦子*
阪本 徹郎**
中原 圭一**
,****
植川 和利**
〔要約〕 方法:筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)患者18名を対象に,座位での努力性肺活量 (forced vital capacity:FVC),肺活量(vital capacity:VC)を約1ヵ月ごとに測定し,ALS機能評価スケール改訂版 (ALS functional rating scale–revised:ALSFRS–R)の球麻痺,身体,呼吸の各関連項目に対する%VC,%FVCとの関 連性,およびALSFRS–R総スコアと%予備呼気量(expiratory reserve volume:ERV),%最大吸気量(inspiratory ca-pacity:IC)との相関について統計学的に検討した.結果:ALSFRS–R各関連項目の中で%FVC,%VCと高い相関を示 したのは身体関連項目と球麻痺関連項目であり,呼吸関連項目との相関は低かった.ALSFRS–R総スコアの低下は%VC の中でも特に吸気分画を示す%ICの低下と高い相関を示していた.結語:ALS患者において呼吸機能検査を評価するこ とで身体機能の低下や球麻痺の進行程度を類推できる可能性があると考えられた.ALSの呼吸機能評価には吸気分画も
含めた多面的な評価が重要である. (神経治療 35:38–42,2018)
Key Words:amyotrophic lateral sclerosis, spirogram, ALS functional rating scale, inspiratory capacity
は じ め に
筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)は, 原因不明で根本的な治療法がない進行性の神経難病である.一般的 に発症後3~5年で進行する呼吸不全のために,死亡するか人工呼吸 器装着の選択を必要とする.呼吸不全に際して,非侵襲的陽圧換気 (noninvasive positive pressure ventilation:NPPV)療法や気管 切 開 下 陽 圧 換 気 (tracheostomy positive pressure ventilation: TPPV)療法をいつ導入するかは臨床上の大きな課題である.加え て,進行する嚥下障害に対して安全に胃瘻造設を行うことのできる 時期を推察するためには呼吸機能の評価が大変重要である.
そのためALS患者の呼吸機能評価は,定期的に検査を繰り返す必 要がある.ルーチン検査として,努力性肺活量(forced vital capaci-ty:FVC)を測定する1).一方で「ALS診療ガイドライン2013」で は「球症状があるとFVCは不正確になる」と記載されている2). FVCの測定は,安静呼吸が安定した後,安静呼気位から最大吸気 位まで吸気させたら,最大限の力で一気に努力呼気させて最大呼気 位まで呼出させ3),肺活量としては呼気肺活量のみを反映する.それ に対し肺活量(vital capacity:VC)は,安静呼吸から最大呼気,最 大吸気,最大呼気を行い,吸気肺活量の後呼気肺活量を測定する方 法が標準である3).したがって呼気肺活量と吸気肺活量のうち大きい 方を肺活量とすることができる3).正常例においては,FVCとVCは 同程度の値を示すことが多い.しかし,球麻痺のあるALS患者にお いては,呼気肺活量のみを反映するFVCは再現性に乏しく不正確と 考えられる場合も多く2),結果の採択にも苦慮することが多い.一 方,吸気肺活量の再現性は比較的安定している例があり,呼気肺活 量と吸気肺活量の両方を反映するVCの測定も有用であると考えら れる.また,VCの測定を行うことにより肺気量分画の分析も可能と なる.
方 法
我々の施設では,ALS患者において,FVCの測定に加え,VCの 測定の有用性にも注目し検討を行ってきた4).およそ1ヵ月ごとを目 安にVCとFVCの測定を行ってきた.今回,呼吸機能検査とALS機 能 評 価 ス ケ ー ル 改 訂 版 (ALS functional rating scale–revised: ALSFRS–R)との関連性について後方視的に検討を加えた. 対象は2011年3月より2015年3月までの4年1ヵ月の間に当施設に おいて呼吸機能検査とALSFRS–Rの同時評価を約1ヵ月間隔で5回 以上行ったALS患者18例(男性9例,女性9例)とした.当院での 初回評価時の年齢は52~77歳(平均66.2歳)であった. 具体的な検討の方法は以下の通りである. ①ALSFRS–R(総スコア48点)を球麻痺関連項目(12点),身体関 連項目(24点),呼吸関連項目(12点)に分け集計した.これら各 * 国立病院機構熊本南病院研究検査科 ** 国立病院機構熊本南病院神経内科 *** 国立病院機構熊本再春荘病院神経内科 **** 熊本大学医学部附属病院神経内科 (2017年8月24日受付/2017年12月27日受理) http://doi.org/10.15082/jsnt.35.1_38関連項目に対する%FVC,%VCとの経時的な相関を検討した.相関 係数0.7以上を「相関あり」と定義した.
②次に,ALSFRS–R総スコアと%VCの相関係数0.4以上の症例を抽 出し,ALSFRS–R 総スコアと% 予備呼気量(expiratory reserve volume:ERV),%最大吸気量(inspiratory capacity:IC)との経 時的な相関を検討した.相関係数 0.7 以上を「相関あり」と定義し た.VCはERVとICに分けられるが,ERVはVC中の呼気部分,IC は吸気部分を示す(Fig. 1). 測定機器にはフクダ電子株式会社(本社:東京)製のFUDAC–77 を用い,予測式には,日本呼吸器学会肺生理専門委員会の式を用い た5).口からの息漏れを防ぐためにフクダ電子株式会社製のひだ付き シリコンマウスピースを使用した. 呼吸機能検査は測定経験が充分な2名の臨床検査技師が担当した. 測定は座位にて行った.患者負担を考慮し,まずVC測定法(安静呼 吸¼最大呼出¼最大吸入¼最大呼出)を1回施行した後,FVC測定 法(安静呼吸¼最大吸入¼最大強制呼出)を2回施行し,FVC値が VC値を上回った場合は,FVC値をVC値として採用した.測定の妥 当性・再現性と採択基準については呼吸機能検査ガイドライン3)に 従ったが,最大限の力で一気に努力呼気を行わなければならない ピークフローや1秒量は測定結果の妥当性・再現性を得ることが困難 な症例も多く,今回の検討においては,FVC 測定法ではピークフ ローや1秒量よりもFVC値を優先して採択した.
統計には,Microsoft® Excel®2010(Microsoft Corporation,本
社:アメリカ合衆国ワシントン州)を使用した.
結 果
① ALSFRS–R の各関連項目に対する%FVC,%VC の経時的相関 (Table 1) 初発症状から,上・下肢麻痺が球麻痺に先行した症例群を A 群, 球麻痺が上・下肢麻痺に先行した症例群をB群,球麻痺と上・下肢 麻痺が同時期に発症した症例群をC群とし,ALSFRS–R総スコアお よび各関連項目に対する%FVC,%VCの相関係数を表に示した.ま た,相関係数0.7以上の「相関あり」を示した症例数を最下段に記し た.各関連項目においてスコアに全く経時的変動がないものは,算 出不可とした. ALSFRS–R 総スコアと相関を示したのは,18 例中%FVC が 13 例,%VCは14例であった.各関連項目については,身体関連項目 が,%VC,%FVCともに12例と最も多く,次いで球麻痺関連項目が 11例で相関を示した.呼吸関連項目とは,%FVCが6例,%VCも5 例しか相関を示さず,呼吸機能検査(%FVC,%VC)の相関性は, ALSFRS–Rの各関連項目の中で呼吸関連項目との相関が最も低い結 果となった. 各症例について見ると,球症状が先行した症例の中でCase B–3は 徐々に四肢の筋力低下も進行しており,すべての相関が低い結果と なった. また,Case B–5 も球症状の進行はあったものの自力歩行は可能 で,身体関連項目の一部では良好な相関を示したが,呼吸関連項目 との相関は不良であった. Case B–2は呼気肺活量に比べ吸気肺活量の方が再現性良好でFVC の測定に加えVCの測定も行っていくことが有用であると考えられた 症例であった.ALSFRS–Rに対する%VC,%FVCそれぞれの相関グ ラフをFig. 2に示した.%FVCに比べ%VC の方がALSFRS–R とよ り良い相関を示している.特に,グラフの前半部分の差は明らかで ある.病期の進行に従い%FVCも相関を示す傾向にあった. ② ALSFRS–R総スコアと%ERV,%ICとの経時的相関(Table 1) ALSFRS–R総スコアと%VCの相関係数が0.4以上を示したのは18 例 中 15 例 で, そ れ ら の 症 例 に つ い て, ALSFRS–R 総 ス コ ア と%ERV,%ICとの相関係数を表に示した.ALSFRS–R総スコアに 対し% IC が 13 例で相関を示した.それに対し,%ERV では 5 例 と,%ERVよりも%ICと高い相関を示した.%ERV,%ICともに相 関を示したのはCase A–2,A–9,B–2,B–6の4例で,残り11例中 Case A–3,A–7を除く9例では%ICとのみ相関を示した.%ERVと のみ相関を示したのは,Case A–7の1例だけであった.考 察
今回の検討において,結果 ① については,%FVC と%VC は, ALSFRS–Rの身体関連項目や球麻痺関連項目と高い相関を示した. このことより,呼吸機能検査を継続的に行うことで,呼吸機能の評 価はもとより,身体機能の低下や球麻痺症状の進行程度を類推でき る可能性がある.ALSFRS–Rなどの客観的な評価と併せ,正確な呼 吸機能検査の評価は,病態の把握に有用であることに加え,その変 動にも注視していくことが重要である.また,呼吸機能検査は呼吸 機能評価であるにもかかわらず,ALSFRS–Rの呼吸関連項目との相 関が身体関連項目や球麻痺関連項目より低かった.呼吸関連項目は, 呼吸困難や起座呼吸,呼吸不全の 3 つの小項目で構成されている. TV: tidal volumeIRV: inspiratory reserve volume ERV: expiratory reserve volume IC: inspiratory capacity
FRC: functional residual capacity RV: residual volume
VC: vital capacity TLC: total lung capacity
V o lu me (L ) Time(s) TLC
IC
RV FRC IRV TVERV
これら項目の内容を見ると,呼吸困難の項目では歩行や日常動作で の呼吸症状を患者自身が自覚しにくくスコアに反映されないことも あると考えられる.呼吸不全の項目においては,呼吸補助装置を使 用していない病期においてはスコアが全く低下しない.また,病期 が進行しても呼吸補助装置を装着しない患者もいるなど,スコアに 変化が生じにくい内容が多く見受けられる.呼吸機能検査が施行可 能な病期では,呼吸機能検査の結果に低下が見られても,呼吸関連 項目のスコアの低下は少ない,あるいは全く低下しない症例も多い ことが,呼吸機能検査と呼吸関連項目との相関が低い原因と考えら れた. ALS患者の肺活量は,病期の進行に伴い低下していくが,我々は さらに,ALSFRS–R 総スコアと%VC との相関が良好な(相関係数 0.4以上)15例について,肺活量の中でも吸気量と呼気量,どちらの 低下がよりALSFRS–Rの低下と相関するかを検討した.その結果, ALSFRS–R 総スコアの低下は,肺気量分画の中の呼気量分画を示 す%ERVより吸気量分画を示す%ICと高い相関を示しており,ALS 患者の病期の進行は,呼気量よりも吸気量との相関が高い可能性が 示された.ALS診療ガイドラインでは呼吸機能の評価法の中に,最 大吸気圧(maximal inspiratory pressure:MIP)や鼻腔吸気圧 (sniff nasal inspiratory pressure:SNIP)が挙げられているが,
これらはいずれも吸気に関する項目である.MIPの低下はNPPV開 始の指標として有用と考えられている.また,SNIPは%FVCより呼 吸筋麻痺を鋭敏に検出するとされている2).今回の検討での,%IC, すなわち吸気量分画が重要であるという結果は,これらの記載と矛 盾しない.これらより,ALS患者の病態の進行において,吸気力を 注視することは重要であると考えられた. FVCの測定は,球麻痺症状がある場合に判断に苦慮することが多 く,我々はVCの測定結果も注視している.通常FVCの測定は,1秒 率やピークフロー等の評価を伴うために,最大吸気位から最大呼気 位まで勢いをつけて一気に呼出しなければならない.肺活量として Table 1 The correlation coefficient between the respiratory function (%VC or %FVC) and ALS functional scales (ALSFRS–R), and the correlation coefficient between the respiratory function (%ERV or %IC) and ALS functional scales (ALSFRS–R) total score.
Initial Symptom Case No.
%FVC %VC %ERV %IC ALSFRS–R ALSFRS–R Total Bulbar paralysis Physical
function Respiratory Total
Bulbar paralysis Physical function Respiratory Bulbar paralysis preceding type A–1 0.668 * 0.598 0.610 0.705 * 0.631 0.644 0.387 0.791 A–2 0.946 0.914 0.898 0.877 0.939 0.907 0.904 0.863 0.810 0.894 A–3 0.694 0.833 0.615 * 0.694 0.851 0.612 * 0.549 0.117 A–4 0.751 0.632 0.351 0.844 0.819 0.686 0.404 0.912 0.680 0.827 A–5 0.895 0.846 0.901 * 0.877 0.817 0.885 * 0.325 0.984 A–6 0.839 0.865 0.827 * 0.843 0.857 0.835 * 0.695 0.893 A–7 0.808 0.568 0.824 −0.351 0.818 0.582 0.834 −0.363 0.730 0.611 A–8 0.972 0.986 0.961 0.702 0.969 0.975 0.959 0.711 0.666 0.941 A–9 0.803 −0.062 0.836 * 0.804 −0.096 0.844 * 0.772 0.752 A–10 −0.801 * * −0.801 −0.868 * * −0.868 – – A–11 0.984 0.934 0.948 * 0.969 0.928 0.926 * 0.298 0.835 Quadriplegia preceding type B–1 0.944 0.902 0.883 0.852 0.933 0.884 0.880 0.829 −0.256 0.963 B–2 0.764 0.720 0.764 * 0.961 0.907 0.959 * 0.746 0.727 B–3 −0.020 * −0.022 0.019 −0.396 * −0.421 0.233 – – B–4 0.831 0.879 0.604 0.594 0.895 0.945 0.631 0.683 0.343 0.954 B–5 0.376 0.420 0.800 −0.604 0.278 0.452 0.725 −0.652 – – B–6 0.935 0.901 0.930 0.721 0.901 0.863 0.906 0.688 0.914 0.745 Simultaneous type C–1 0.791 0.720 0.767 0.829 0.917 0.885 0.840 0.972 0.356 0.888 The number of cases
CC≧0.7 13 11 12 6 14 11 12 5 5 13
%FVC : %forced vital capacity %ERV : %expiratory reserve volume * : Without a change in the ALSFRS–R score. it is impossible to calculate.
%VC : %vital capacity %IC : inspiratory capacity – : No available data CC: correlation coefficient ■■■■■■(shadowed) : ≧0.7
計測の対象になるのは呼気の肺活量のみである.球症状が進行して くると舌萎縮や口輪筋筋力低下のために,スムーズな呼出が行えず, 最大吸気量と同じ呼気量を呼出できない状況をしばしば経験する. そのうえ勢いをつけた強制的な呼出となると力が入り,更にその傾 向は強くなる.よって,呼気量のみを反映するFVCは過小評価とな る場合がある.また,FVCの測定での呼気量は吸気量に比べ再現性 が不良なことが多い.それに対しVCの測定は,吸気時にも呼気時に も勢いをつける必要はなく,量的な評価のみである.VCは吸気肺活 量,呼気肺活量の両方が計測の対象となり,量的な評価においては, FVCよりも過小評価になる可能性が低く,再現性が高いと考える. また,VCは肺気量分画の分析も可能であり,VCのみを評価するこ との有用性には着目する必要がある.
結 論
今回,我々はALS患者の定期的な呼吸機能評価には肺機能の吸気 分画も重要であることを見出した.ALS 患者の定期フォローに当 たっては,人工呼吸療法や胃瘻造設の導入の1つの指標となる呼吸機 能検査をより正確に,かつ多面的に評価・活用していくことが重要 である. この論文は COI 報告書の提出があり,開示すべき項目はありま せん. 文 献1)Lechtzin N, Rothstein J, Clawson L et al : Amyotrophic later-al sclerosis: evaluation and treatment of respiratory impair-ment. Amyotroph Lateral Scler Other Motor Neuron Disord 3: 5–13, 2002 2)「筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン」作成委員会:筋萎縮性 側索硬化症診療ガイドライン2013,東京,南江堂,pp.36–37; 2013 3)呼吸機能検査ガイドライン ― スパイロメトリー,フローボ リューム曲線,肺拡散能力―:日本呼吸器学会肺生理専門委員 会;2004 4)安田正代ほか:筋萎縮性側索硬化症患者の経時的な肺機能検査 の意義について~第2報~ 第67回国立病院総合医学会会議録: p.785 2013 5)日本呼吸器学会肺生理専門委員会報告「日本人のスパイログラ ムと動脈血液ガス分圧基準値」日本呼吸器学会肺生理専門委員 会;2001
Fig. 2 An example of the bulbar paraly -sis type ALS showing that the VC meas -urement is useful(Case B–2)