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認知スリップの発生メカニズムの解明と応用研究

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Academic year: 2021

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Rikkyo Psychological Research

2019 Vol. 61, 27-30 博士学位論文要旨

認知スリップの発生メカニズムの解明と応用研究

(2018 年 3 月博士学位授与)

 

静岡英和学院大学短期大学部  重森 雅嘉 

Mechanism of cognitive slip and its application

Masayoshi Shigemori (Shizuoka Eiwa Gakuin University Junior College)

 本研究は,認知スリップ(いわゆる「うっかり ミス」の発生メカニズムの検証(基礎研究)と解 明したメカニズムを基にした産業場面でのヒュー マンエラー防止法の開発(応用研究)を目的とし たものである。このため,まず第1部において,

認知スリップを中心としたヒューマンエラーの再 定義,認知スリップの発生メカニズムモデルの構 築,および発生メカニズムモデルの実験による検 証を試みた。続いて,第2部において,解明され たメカニズム(認知スリップ・モデル)を基に,

産業場面で用いることができる認知スリップ防止 ツールの作成を行った。最後に,第3部において,

第1部で行なった基礎研究から導かれる今後の認 知スリップの基礎研究の課題を考察した。続いて,

同様に第2部で行なった応用研究から導かれる今 後の認知スリップの応用研究の課題を考察した。

第 1 部:認知スリップの基礎研究  既存のアクション・スリップを中心としたス リップ(うっかりミス)やヒューマンエラーの概 念を見直し,アクション・スリップ,ラプス(記 憶間違い),判断,意思決定のミスなどを含めた 認知スリップという概念を提案した。また,既存 のスリップやヒューマンエラーの発生メカニズム をレビューし,認知スリップの発生メカニズム・

モデルを構築した。さらに,モデルから導かれる

要因が認知スリップの発生に及ぼす影響を実験で 明らかにした。

認知スリップ概念の構築

 スリップを含むヒューマンエラーは,人(ヒュー マン)の行為や判断がなんらかの基準から逸脱(エ ラー)したものである。逸脱する基準を何にする かは,主に工学者と心理学者で異なる。工学者が パフォーマンスの許容範囲のような客観的な基準 を想定するのに対し(Swain & Guttmann, 1983),

心理学者は「どうするつもりであったか」という 意図を基準とすることが多い(Reason, 1990)。た とえば,アクション・スリップはアクション(行 為)が意図から逸脱したものである。見間違いや 聞き間違いなどの知覚のスリップも,初めからス リップとして生じた結果のように見たり,聞いた りしたかったわけではない。適切に見たり,聞い たりしたいという意図から逸脱したものである。

このように行為や知覚のスリップはアクション・

スリップや単にスリップとして,同じカテゴリー として認識され,同じメカニズムを想定されて きた(Norman, 1981; Reason, 1990)。これに対し,

判断や意思決定の間違いはミステイクとして別の カテゴリーとして認識されている(Norman, 1981;

Reason, 1990)。しかし,判断や意思決定のミステ イクも意図した適切な判断や意思決定から逸脱し たものであり,その意味ではスリップとミステイ

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クの違いはない。これらの違いは行為や知覚か,

もしくは判断や意思決定かという情報処理段階だ けである。実際,NormanReasonもスリップに もミステイクにも,同様のメカニズムを想定して いる。そこで,本論文では,スリップとミステイ クの両方を含む認知スリップというカテゴリーを 提案した。

 認知スリップは以下のように定義される。すな わち,「行為者や判断者が,目的を達成するため のスキルやルール,知識などをあらかじめ持って おり,通常ならば目的を達成することができる課 題において,いくつかの条件の下でのみ生じる意 図せぬ行為や知覚,判断(意思決定)」と定義で きる。これは,「良定義問題における意図せぬ行 為や知覚,判断」,「本来できるはずの行為や知覚,

判断が,ある条件の下で意図せぬ結果を生じたも の」ともいえる。これらのスリップは,情報処理 段階ごとに,知覚スリップ,判断スリップ,行為 スリップと呼ぶこともできる。このうち判断ス リップは,従来はルール・ベース・レベルのミス テイクとして,スリップとは見なされてこなかっ たものである。

認知スリップ・モデルの考案

 提案した認知スリップに関し,既存のメカニズ ム・モデルをベースにしたメカニズム・モデル(認 知スリップ・モデル)を考案した。既存のヒュー マンエラーの発生メカニズム・モデルを整理する と,認知スリップの発生のメカニズムは,ある状 況で適切なスキーマを制御処理により活性化しよ うとした際に状況と強く連合した不適切なスキー マが自動処理により活性化する記憶の活性化問題 と,制御処理による記憶の活性化を促進させる注 意が当該の処理に十分向いていない注意欠損の 問題の2つを中心に整理できる(図1)。不適切 なスキーマの処理が自動化する記憶の活性化要因 には,経験頻度と直前活性が想定できる。また注 意の欠損要因には容量制限と持続制限を想定でき る。認知スリップ・モデルは,これらの要因の組 み合わせにより,認知スリップの発生を予測する 仮説モデルである。

 なお,本研究全体で用いる「不適切」とは,行 為や知覚,判断の結果が期待していた結果(意図 された目標状態に沿った結果)とは異なる結果を 導き出してしまうものを意味する。逆に,意図さ れた目標状態に沿った結果を導き出すものを「適

Figure 1. 認知スリップ・モデル。

図1 認知スリップ・モデル。

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切」と表現する。

認知スリップ・モデルの検証

 まず,認知スリップ・モデルで仮定された認知 スリップの発生に及ぼす記憶の活性化要因の影響 を数字読み取り課題を考案し, 検証した(実験1,

2)。実験の結果,同じパターンの読み取り経験 を繰り返すと(ターゲット以外の9個の数値がす べて二桁である場合),そのような繰り返しのな いとき(二桁と一桁の混じった複数の数値を読み 取るとき)に比べて読み取りスリップが多くなる ことが明らかになった。これは,同じパターンの 読み取り経験の繰り返しにより,同じパターンの 記憶の活性化が強まったためと解釈できる。すな わち,認知スリップの一つである見間違い(視覚 スリップ)の発生に記憶の活性化要因が影響する ことを示したものである。

 さらに,同じく認知スリップ・モデルで仮定さ れた記憶の活性化要因と注意欠損要因の2つの交 互作用が,知覚,判断,行為の3つの情報処理段 階のいずれで発生する認知スリップにおいても同 様に影響することを,数字読み取り課題,ルーチ ンスの水瓶問題(Luchins, 1942),急速反復書字 課題(Nihei, 1986)を用いて検証した(実験3,4,

5)。いずれの課題においても,同じパターンの 反復経験による不適切なスキーマの活性値の高ま りがあり,かつタイムプレッシャーによる注意欠 損の両方の条件が重なったときに,認知スリップ の発生傾向が高まることが明らかになった。記憶 の活性化要因と注意欠損要因の相互作用が,どの 情報処理段階の認知スリップの発生にも影響する ことを明らかにしたこれらの実験結果から,認知 スリップ・モデルの妥当性が検証されたといえる。

第 2 部:認知スリップの応用研究  解明されたメカニズム(認知スリップ・モデ ル)を基に,産業場面で用いることができる認知 スリップ防止ツールの作成を行った。

認知スリップの分類体系

 認知スリップを含むさまざまなヒューマンエ ラーを種類ごとに対策を検討するため,ヒューマ ンエラーの分類体系が多く開発,提案されいる。

これらの既存の認知スリップを含むヒューマンエ ラーの分類基準や分類体系を概括し,一貫した分 類基準に従った体系化された枠組みになっていな いものが多いという問題を明らかにした。この問 題を解決するために,考案した認知スリップ・モ デルを基準とした新しい分類体系を構築した。続 いて,構築した認知スリップ分類体系を用い,鉄 道運転取扱作業において想定される重大認知ス リップの分類を実施した。その結果,鉄道運転取 扱作業の想定重大スリップは,注意欠損および減 衰による展望的記憶スリップ,注意欠損および減 衰による習慣割込スリップ,注意欠損および減衰 による効率割込スリップの6種類であることがわ かった。

 さらに,このような分類体系を構築する際に 用いた方法を応用し,認知スリップを原因とし て発生した事故の要因を同定する手法(Protocol of Identification for Causes of Human Error based on COgnitive Mechanism, PICHE-COM)を提案した。

認知スリップ発生傾向測定課題

 鉄道ではヒューマンエラーの起こしやすさを診 断する検査が,適性検査の一つとして導入されて いる。しかし,ヒューマンエラーといっても発生 に関わる要因は複合的なものであり,これらの複 合的な要因を踏まえた診断課題が求められてい た。そこで,これまでに明らかにしたいくつかの 認知スリップの発生傾向を測定する課題を作成し た。作成した課題はパーソナル・コンピュータを 用いるものとペーパーテストによるものであっ た。

 パーソナル・コンピュータを用いて実施する測 定課題は,鉄道の運転取扱作業において同定され た6種類の認知スリップの発生傾向を測定する課 題であった。これは認知スリップ・モデルが仮定 する記憶の活性化問題と注意欠損の問題のそれぞ

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れを要因を組み合わせて作成された。

 続いて,これらの課題の成績と列車運転シミュ レータ課題における成績との相関を検討すること により,課題の妥当性の検証を試みた。その結果,

早発エラーと注意欠損による習慣割込スリップ課 題の成績に高い相関が見られた。しかし,その他 の課題の成績には予測された相関はみられず,失 制御課題と注意減衰による効率割込スリップ課題 の成績の間に予期しない逆の相関がみられた。こ の結果から,注意欠損による習慣割込スリップ課 題が鉄道の運転取扱作業における認知スリップの 発生傾向を反映していることが示唆された。

 ペーパーテストは,習慣割込スリップの発生 傾向を測定するストループ課題を応用したもの であった。このペーパーテストを大手鉄道会社 の運転関係従事員に実施し,運転事故や輸送障害 を起こした経験とペーパーテストの成績を比較 し,ペーパーテストの事故予測力を検討した。結 果,事故経験のある者は事故経験のない者に比べ,

ペーパーテストの成績が悪かった。このことから,

開発した習慣割込スリップ・ペーパーテストが,

鉄道事故の発生をある程度予測する力があること が示唆された。現在,これをさらに改良した検査 が,鉄道の運転適性検査として利用されている(井 上他, 2008)。

第 3 部 全体的考察

 本研究の第1部として行なった基礎研究から導 かれる今後の認知スリップの基礎研究の課題を考 察した。続いて,同様に第2部として行なった応 用研究から導かれる今後の認知スリップの応用研 究の課題を考察した。

 基礎研究の課題としては,注意の限界として認 知スリップ・モデルに仮定した注意やワーキング メモリの具体的なメカニズムの解明に関する課題 を提示した。また,本研究で注意欠損要因の操作 として用いたタイムプレッシャーが実際に作用す るメカニズムに関する課題や注意欠損要因の一つ として仮定した注意の減衰のメカニズムに関する

課題,さらに認知スリップ・モデルには組み込ま なかった自動処理に対する注意の妨害効果(再投 資問題)(Masters, Polman, & Hammond, 1993)に 関する課題について考察した。

 応用研究の課題としては,まず,分類体系のさ らなる発展に関する課題および分類体系とそこか ら派生した認知スリップ要因同定手法の実用化に 関する課題を考察した。さらに,作業現場で行わ れている認知スリップ防止対策の効果検証に関し て,認知スリップ・モデルを用いた要因の同定や 検証課題の作成などの展望的な考察を行なった。

文献

井上 貴文・鈴木 浩明・喜岡 恵子・赤塚 肇・重森 雅嘉・樋田 (2008). 新しい運転適性検査 体系. 鉄道総研報告, 22, 5-10.

Luchins, A. S. (1942). Mechanization in problem solving—the effect of Einstellung. Psychological Monographs, 54 (6).

Masters, R. S., Polman, R. C., & Hammond, N.

V. (1993). "Reinvestment": A dimension of personality implicated in skill breakdown under pressure. Personality and Individual Differences, 14, 655-666.

Nihei, Y. (1986). Experimentally induced slips of the pen. In H. S. R. Kao & R. Hoosain (Eds.), Linguistics, psychology, and the Chinese language (pp. 309-315). Hong Kong: Centre of Asian Studies.

Norman, D. A. (1981). Categorization of action slips.

Psychological Review, 88, 1-15.

Reason, J. (1990). Human error. NY: Cambridge University Press.

(リーズン, J. 十亀 (訳),(2014).ヒュー マンエラー 完訳版 海文堂)

Swain, A. D., & Guttmann, H. E. (1983). Handbook of human reliability analysis with emphasis on nuclear power plant applications. Washington, D.C.: U.S. Nuclear Regulatory Commission.

参照

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