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分子性磁性体の開発

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Academic year: 2021

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Received on August 25, 2008.

Professor Emeritus, The University of Electro-Communications(Department of Applied Physics and Chemistry)

電気通信大学名誉教授(元量子・物質工学科教授)

分子性磁性体の開発

野 上   隆

Development of Molecule-Based Magnets

Takashi NOGAMI Abstract

Various types of molecule-based magnets have been developed in Nogami and Ishida Laboratories for two decades. Organic- and molecule-based magnetic materials were synthesized extensively, and their magnetic properties and related physical properties were measured. The magnetic properties were analyzed on the basis of their crystal structures. This report surveys selected topics on genuine organic ferromagnets, followed by magnetic properties of coordination compounds, single-molecule magnets and single-chain magnets, and finally spin-crossover complexes.

Keywords: Molecule-based magnet, magnetic proper ty, cr ystal str ucture, organic radical, coordination compound, chiral magnet, single-molecule magnet, single-chain magnet, spin-crossover

1.はじめに

無機磁性体は昔から知られ、コンピューターのメモ リーなどの磁気記録材料を初め多くの分野で使われてお り、現代生活に欠くことができないものになっている。

それに比べて、有機磁性体の研究はごく最近から始まっ た分野で、まだ 30 年程度の歴史しかない。しかし、無 機磁性体にない特徴を有機磁性体は持っており、この 特徴をあわせ持つ磁性体は興味深い。本報告では、1990 年頃から我々が行ってきた有機磁性体の研究を概観する。

我々は種々の有機物質を有機合成の手段で合成し、磁気 測定を行ってきた。たとえば、世界で3番目の強磁性体 を純粋有機分子で実現したり、遷移金属イオンを配位し た有機配位化合物の種々の磁気的性質を明らかにした。

また、近年では1つの分子が磁石の性質を示す分子の合 成にも成功している。無機磁性体に比べると、有機磁性 体はたとえば Curie 温度が格段に低いなど、劣る点もあ る。しかし、無機磁性体にない有機磁性体・分子性磁性 体特有の性質があるから、これを有効に活かすことが肝 要である。以下に、本研究室で開発されてきたいくつか の実例を挙げて、それらを説明したい。

2.分子性磁性体

2.1 純粋有機ラジカル強磁性体1)、2)、3)

有機物質は反磁性で、およそ磁性とは関係ないと思わ れている。しかし、有機フリーラジカルと呼ばれる不 対電子を有する有機物質には強磁性を示すものがある。

我々は野上が本学に赴任して間もなく純粋有機ラジカル 強磁性体を見つけることができた。これは世界で3番目 の例である。有機ラジカルのほとんどは空気中では不安 定であるが、特別に設計された有機ラジカルは室温、空 気中でも安定になる。合成反応中でも分解しない。我々 は TEMPO という略称で呼ばれる有機ラジカルの誘導 体に注目した(図1)。これは安定有機ラジカルの中で

Figure 1. Structural formula of TEMPO-based ferromagnets. 

(2)

最も有名な物質である。この分子をアゾメチン結合で各 種芳香族化合物と結合させた分子の中には、極低温では あるが強磁性体になることを 10 種類程度の物質で見つ けた。現時点では 20 種類程度の有機ラジカル強磁性体 が知られているが、そのうちの半数を我々が見つけた ことになる。本学にある SQUID と略称で呼ばれる装置

(Superconducting  Quantum  Interference  Device の 略 ) で低温で強磁性的性質を示す物質を、東大物性研の石川 征靖教授(当時)の研究室に持ち込み、希釈冷凍を用いて 測定した。これは 0.03K 程度の極低温まで測定可能であ る。なお、本学にある SQUID は 1.8K 程度までしか測れ ず、この温度では残念ながらまだ強磁性体にならない。

図2に最初に我々が見つけた有機ラジカル強磁性体の 磁化曲線を示す。芳香環の部分がフェニル基の分子(図 1の化合物1)である。0.102K といった低温では、磁 化特性は強磁性体特有のヒステリシスを示す。しかし 0.495K ではヒステリシス特性は見られず、常磁性であ る。この研究結果に勇気づけられて、芳香環の部分を種々 変えて低温の磁気的性質を測定した。また、強磁性体に なった物質の単結晶の構造解析を行う必要が生じ、我々 の研究の前半は装置がなかったため、岩崎不二子教授(当 時)、安井正憲准教授にお願いした。なお最近数年は結 晶構造解析の装置を当研究室に導入することができたの で、すべて自前で測定できるようになった。

Figure 2. Hysteresis curves of Ph-CH=N-TEMPO.

強磁性体の結晶構造解析の結果をよく見ると、すべて 構造に共通する部分がある。すなわち、結晶中のある TEMPO 部分の NO ラジカル部位は、隣分子のメチル基 の水素と van  der  Waals 接触の程度の距離にある。一種 の水素結合である。そこで強磁性体になるメカニズムは 図3のようになると提唱した。たとえば、NO ラジカル 部が up  spin なら、隣接する炭素原子は down  spin にな る。正確には down  spin の確率のほうが大きいと解釈す べきである。さらに隣の炭素原子、隣の隣の水素原子は それぞれ up、down spin を帯びる。それと水素結合した NO ラジカル部は up  spin になる。従って、NO ラジカル 部がすべて up  spin になる。このようなスピン伝達の振

る舞いをスピン分極メカニズムと呼ぶ。

要するに、NO ラジカルの周辺に配置されているメチ ル基は、立体保護効果によるラジカルの安定化に役立っ ているのみならず、分子間の強磁性的カップリングにも 役立っている。

Figure 3. Spin-polarization mechanism.

これらの有機強磁性体については、比熱(阪大・徂徠 道夫教授(当時、以下同じ))、 SR(ミューオンスピン 回転、理研・永嶺謙忠主任研究員)、固体 NMR(北大・

武田定教授)、偏極中性子線回折(CEN-Grenoble・Prof. J. 

Schweizer)などに広く提供され、豊かな物理化学を楽 しむことができた。

2.2 ピリミジン・遷移金属錯体の磁性4)、5)

ベンゼンのメタ位に2個のカルベンを導入した分子

(例えば図4(a))は基底5重項分子であることが知られ ている。この規則が、メタ位に配位した遷移金属イオン についても成り立つか否かを調べる目的で、メタ型配位 子のピリミジンに種々の遷移金属イオンを配位した錯体

(一般式を図4(b)に示す)を合成し、その磁性を調べ た。カルベン類は極低温においてのみ存在する不安定な スピン源であるのに対して、遷移金属イオンは安定なス ピン源であるから、錯化学からの高スピン化合物へのア プローチは応用発展性に優れている。

(a)

(b)

Figure 4.  (a)Ground  high-spin  dicarbene. (b)Pyrimidine-bridged  transition-metal complex.

(3)

Figure 5.  Classification  of  the  structures  of  pyrimidine-bridged  transition-metal complexes.

まず、Cu2+イオンが配位した錯体について実験、理論 の両面から調べた。Cu2+イオンの d 電子配置は3d9であ り、 =1/2のスピン源である。配位形態によって、2 個の Cu イオン同士が強磁性的に相互作用する場合、反 強磁性的に相互作用する場合、相互作用がほとんどない 場合になることがわかった。図5に代表的な3つの架橋 形態を示した。

Cu2+イオンは egの dx2-y2軌道に不対電子が存在する。

Cu − N 結合には2つの配位形態がある。1つは axial(以 下 ax と略)配位で、窒素の lone-pair が Cu イオンの dx2-y2

軌道に対してほぼ垂直に配位するものであり、もう1つ は equatorial(eq) 配 位 で、 窒 素 の lone-pair が Cu イ オ ンの xy 面内で配位するものである。ax 配位では、Cu イ オンの dx2-y2軌道と窒素の lone-pair の間の重なり積分は 0に近い。一方、eq 配位では、両者の重なり積分は大 きい。X 線結晶解析によって、錯体によってどちらの配 位形態をとるかを調べた。その結果、ax-eq の組み合わ せの場合に、2個の Cu イオンが強磁性的に相互作用す ることがわかった。これは、eq 配位で Cu のスピンがピ リミジンに浸みだしているが、もう一方の窒素は ax 配 位のため、浸みだした電子軌道と直交するからである。

2個の窒素の配位がともに eq 配位の場合は、反強磁性 的に相互作用する。これはσ結合を通して2個の不対電 子間に重なりが生じるためである。また、2個の窒素の 配位がともに ax 配位の場合は、不対電子間に磁気的相 互作用はない。これは、不対電子軌道が直交性のためピ リミジンまで浸みださないからである。以上のことから、

配位形態が磁性を決めることがわかった。これはピリミ ジンの分子軌道を使ったいわゆる「超交換相互作用」と 考えることができる。分子軌道計算からもこの説明をサ ポートすることができる。ここでは阪大の山口兆教授

(当時、以下同じ)、川上貴資助教、京大の山邊時雄教授、

九大の吉澤一成教授の協力をいただいた。

以上は、ピリミジン架橋の遷移金属錯体が、予期に反 して反強磁性的カップリングをもたらすこともあるとい う、一種の失敗例にも受け取られる。それは遷移金属ス

ピンが、いわゆる「dσ」型であることに起因している。

もし、「dπ」型のスピンを用いたらどうなるか。結果は 見事に高スピンカルベン分子と同様の機構が働いて、ピ リミジンは強磁性的カップラーとして機能するのである。

V4+は d 電子配置が3d1となる =1/2を持つイオンで ある。2つの V4+イオンを架橋した二核錯体で、eq-eq の配位構造を持つものは、さまざまな置換基の入ったピ リミジンを用いて調べた錯体について、すべて基底三重 項分子であった。無置換ピリミジン(以下、pm と略す)

を用いたもの[{VO(hfac)22(pm)]の分子構造を図6 に示す。ここで、hfac は 1,1,1,5,5,5- ヘキサフルオロアセ チルアセトナートの略である。V4+の磁性軌道は、t2gの dxyとなる。これが dπスピンと呼ばれるのは、dxyが pm 配位子の lone-pair とは直交する一方、窒素原子の2pz

とはよく重なるという対称性を持つからである。dπスピ ンは pm の芳香族π電子系と共役する。その結果、分子 内でスピン分極則が働く。図3のような交互のスピン密 度の伝達が本系にも、V ↑− N ↓− C ↑− N ↓− V ↑と して機能すると考えてよい。

Figure 6.  Crystal structure of ground high-spin[{VO(hfac)22

(pm)].

なお、[{VO(hfac)2}(pm)]は分子内で平行になった2

V4+スピンが、分子間でも平行となり、強磁性体になる こともわかった。分子内の相互作用は、分子設計によっ て制御可能であるが、分子間の相互作用を制御すること は結晶構造を制御せねばならないという問題に帰すわけ で、これは現在でも難しい。また、高スピン分子からい つでも強磁性体が得られるというわけではない。さらに、

[{VO(hfac)2}(pm)]のCurie 温度が低い(0.1K)という2

欠点にも関係する。磁気転移を確実に起こさせて、転移 温度を高めようとするならば、ポリマー状の構造体が有 力な候補となる。

2.3 キラル(カイラル)磁石6)

対称心のない磁性体は、磁気不斉二色性などの興味深 い物性を示すことが期待される。対称心のない結晶構造 を持つ物質は、無機物質では極めて稀であるが、有機分 子を用いれば容易に可能になる。たとえば光学活性分子 を用いるのがひとつの方法である。我々は pm と CoBr2

(や CoCl2、FeClなど)との錯体がキラル磁石であるこ

(4)

とを見つけた。図7に示すように、この錯体はポリマー 状であり、41らせん構造を持つ。省略した pm がらせん 同士を架橋しているので、全体としては三次元ネット ワークとなる。通常は結晶中に右巻きらせんと左巻きら せんが同数あり、全体ではラセミ体になることが多い。

ところが上記の錯体は、結晶中に片方のらせんしかなく、

キラルである。なお、pm も CoBr2もともにキラル分子 ではないので、この分晶は Si 原子と O 原子から形成さ れる水晶の自然分晶にも似ている。

Figure 7.  Crystal structure of CoBr(pm)2  moieties in [CoBr(pm)2 2].

この磁気転移温度(4.7K)以下でこの錯体の磁化曲線 を測定したのが図8である。このような対称心のない磁 性体は、反強磁性体ではあるが、隣同士の Co2+スピン が 180°の方向から多少傾き、そのため弱いながら磁化 が残る。このような弱い強磁性体の性質を示す物質を弱 強磁性体と呼んでいる。図8の3K で測定した磁化曲線 はこの特徴を示している。すなわち、低磁場で磁化がス テップ状にあがり、さらに印加磁場により磁化が直線的 に増大する。この磁化の増大は、お互いのスピンの傾き が磁場と共に次第に大きくなることに起因する。スピン が傾くのは Dzjaloshinsky-Moriya 相互作用と関連し、詳 細は HMI の Prof. M. Steiner、Dr. R. Feyerherm らによ り検討された。

Figure 8. Magnetization curve of [CoBr(pm)2 2]. 

2.4 単分子磁石、単鎖磁石7)、8)

近年、錯化合物の中から単分子磁石が開発され注目を 集めている。これは文字どおり、一個の分子が磁石の性 質を示すものである。分子間の磁気的相互作用がほとん どないこと、および各分子が巨大な磁気モーメントを持 ち、なおかつ磁気異方性が大きいことが求められる。そ

こで、我々は巨大なモーメント源として、希土類イオ ンに注目した。希土類イオンは一般的に大きなスピン を持つだけではなく、軌道角運動量の寄与も大きいの で、巨大な磁気モーメント源として適している(たとえ ば Dy3+イオンは、スピン角運動量 =5/2、軌道角運 動量 =5、全角運動量は和となるので = + =15/2)。

また、有機配位子としてジ -2- ピリジル -2- ケトオキシ マート(dpk)を利用した。Cu(dpk)2と Dy(hfac)3を前 もって合成しておき、両者を反応させて[{Dy(hfac)32

{Cu(dpk)2}](以下、[Dy2Cu]と略す)を得た。この錯 体の分子構造を図9に示した。遷移金属イオンと希土類 イオンは有機配位子に覆われている。これは分子間の磁 気的相互作用を小さくするのに貢献している。X 線結晶 構造解析ももちろん済ませてあり、以降に述べる磁気的 性質は単分子の性質であることが明らかである。

Figure 9. Structural formula of[Dy2Cu].

交流磁化率は、物質の動的磁性を調べる有力な手段で ある。図 10 は種々の温度と交流周波数で測定した。こ こでこの錯体の交流磁化率の実数部(χʼ)と虚数部(χʼʼ)

を示すこととする。このような極低温で単分子磁石にお いては、印加磁場に試料の磁化変化が追いつかず、遅れ が生じる。この遅れの成分がχʼʼ に反映している。χʼʼ は 温度降下によりピークを示す。このピークを示す温度と 周波数の間にアレニウスの関係、ln(2πν)=ln(τ0)−

Δ/ B の関係が成り立つと仮定すれば(図 11)、Δ/ B= 47(4)K、τ0=1.1(5)× 10− 7s と求められた。すなわち、

磁化が緩和するために乗り越えるエネルギー障壁が、温 度換算で 47K である。本試料は 1.8K で数時間の間は磁

Figure 10.  Ac  magnetic  susceptibility  for [Dy2Cu]. (Left)In- phase part. (Right)Out-of-phase part.

(5)

石として存在し、単分子磁石である。温度を下げれば磁 化の保持時間はより長くなる。単分子磁石の概念は比較 的新しいものであり(1993 年〜)、磁化の残留は、緩和 の遅いことに依っているという点で、従前のバルク磁性 体とは一線を画している。近年では高密度情報記録材料 に使えるのではないかという観点から、国内外で研究が 盛んになってきている。

Figure 11.  Double-well potential model for the magentization re- orientation. 

単分子磁石の磁化曲線ではトンネル効果によるステッ プ状の磁化の増大がみられることがあり、これは図 11 のモデルで説明されている。この図は試料が零磁場のと きのポテンシャル図であり、2つのスピン量子数の符号 が異なる等しいエネルギーがポテンシャル障壁で隔てら れている。磁場をかけると、片方のポテンシャルは安定 化し、もう一方のポテンシャルは不安定化する。ある磁 場で不安定化した方の最低レベルが安定化した上のレベ ルとエネルギーが一致し、そこでトンネルが起こる。

単分子磁石の挙動を更に詳しく調べるため、東北大学 金属材料研究所の野尻浩之教授にお世話になって、パル ス磁場における磁化曲線を測定した。この錯体にパルス 磁場(1.7 × 10Ts− 1)をかけた時の磁化曲線を図 12 に 示す。磁石特有のヒステリシス曲線が得られる。0.05T と 0.095T で 大 き な 磁 化 の ジ ャ ン プ が 見 ら れ る。 さ ら に 1.7T 付近に2 B程度のジャンプが見られる。ここで、

Bはボーア磁子の値である。2 Bジャンプから、Dy3+

( =15/2)と Cu2+( =1/2)が反強磁性的に相互作用

していること、さらに 1.7T 付近で Cu イオンのスピンが 反転することがわかる。0.05T と 0.095T で磁化のジャン プはそれぞれ Dy ↑− Cu ↓− Dy ↑状態と Dy ↑− Cu ↓

− Dy ↓ 状 態 と の ト ン ネ ル 効 果 に よ る 遷 移、Dy ↑ − Cu ↓− Dy ↑状態と Dy ↑− Cu ↑− Dy ↓状態へのトン ネル効果による遷移であることがわかった。

一次元高分子錯体でも鎖内で磁石になる単鎖磁石を 見つけた。Co(hfac)2と HNN(図 13 参照)を溶媒中で 混ぜると、[Co(hfac)2HNN]nなる錯体が得られる。Co2+

の d 電子配置は3d7であり、 =3/2である。X 線結晶 構造解析の結果(図 14)、この錯体は一次元高分子錯体 であることがわかった。磁気測定の結果、磁化は 1.3 × 104erg  Oe− 1mol− 1に収斂する。このことは、Co2+スピ ンと HNN スピンが反強磁性的に相互作用していること を示す。Co スピンの方がラジカルスピンより大きいか ら、このスピンの相殺は不完全で(つまりフェリ磁性的 な鎖が生成して)、鎖の中ではモーメントは大きくなる。

交流磁化率の温度変化から、単分子磁石の時と似た解 析からΔ/ B=193K、τ=1.3 × 10− 12s と求まった。HNN はこの種のラジカル分子では最小であり、それが鎖状錯 体形成に重要である。また磁気異方性の大きな Co2+の 利用が比較的大きな磁化反転の障壁の獲得のために有効 である。

Figure 13. Structural formula of[Co(hfac)2HNN]n

Figure 14. Crystal structure of[Co(hfac)2HNN]n.

2.5 スピンクロスオーバー錯体9)

磁性材料の分野でスピンクロスオーバーと呼ばれる現 象を示す物質がある。例として図 15 に3d6電子を有す る Fe2+イオンの場合の2つの状態の電子配置を模式的 に示した。低温では、結晶格子が収縮し配位子場が大き くなるため、低い軌道に電子が占有され、低スピン状態 を示しやすい。一方、高温では、格子が膨張し、配位子 Figure 12. Hysteresis curves for[Dy2Cu]. 

(6)

場が小さくなるため、フント則が働いて高スピン状態に なりやすい。温度変化により2つの状態の間を行き来す るのがスピンクロスオーバーである。この相互変換の過 程に熱的なヒステリシスがある場合とない場合が知られ ている。前者の場合、ある温度範囲で双安定状態が達成 されることとなり、表示材料やメモリー材料に使える可 能性がある。その温度範囲は室温付近が望ましい。

我々は種々のジピリジルメチレンアニリンを配位子に 持つ Fe2+錯体でスピンクロスオーバーを見つけた。直 鎖 C16アルキル基を持つ誘導体[FeL(NCS)2 2](図 16)

について、図 17 の左は圧力をかけないときのモル磁化 率(χmol)と温度( )の積の値を温度に対してプロッ トしたものである。低温ではこの錯体は低スピンを示す。

温度上昇により、300K 付近で低スピン( =0)から高 スピン( =2)に変わる典型的なスピンクロスオーバー 現象を示す。そこから温度を下げると、同じ曲線をたど らず、210K 付近で低スピンに変わる。すなわち 210K と 300K の間では測定の履歴によって磁気的挙動が異なる 双安定現象を示す。低温まで下げてから再度温度上昇さ せると、最初の温度上昇の曲線をたどらず、210K 付近 で低スピンから高スピンに変わる。図 17 の右は 0.11GPa

の圧力を試料に与えた時のχmol の温度変化を示す。圧 力をかけない時のヒステリシスは見られず、300K 付近 の低スピンから高スピンの遷移のみが観測される。一般 に圧力は低スピン状態を安定化させることが知られてい る。この系のスピン状態は圧力に対して敏感であり、ス ピンクロスオーバー材料が圧力センサーにも使えるとい う可能性も示している。

3.終わりに

以上、本学において 20 年近くやってきた分子性磁性 体の研究のうち、いくつかを紹介した。この分野は有機 電子物性の分野で、有機伝導体と並び、国際的にも極め て活発に研究がなされている。2年毎に国際会議が開か れている。無機磁性体にない分子性磁性体の特徴を生か して、今後この分野が更に発展することを期待する。

謝辞:本稿をまとめるにあたって、図版を作成していた だいた石田尚行教授に謝意を表する。彼は本研究を進め るにあたり、中心的な役割を果たした。また、錯体の合 成、物性測定等を精力的にやっていただいた野上・石田 研究室の歴代の学生に感謝する。

参考文献:

1)Nogami,  T.,  Tomioka,  K.,  Ishida,  T.,  Yoshikawa,  H.,  Yasui,  M.,  Iwasaki,  F.,  Iwamura,  H.,  Takeda,  N.,  and  Ishikawa, M.: Chem. Lett., 29(1994). 

2)Nogami, T., Ishida, T., Yasui, M., Iwasaki, F., Takeda, N.,  Ishikawa,  M.,  Kawakami,  T.,  and  Yamaguchi,  K.:  Bull. 

Chem. Soc. Jpn., 69, 1841(1996).

3)Nogami, T. and Ishida, T.: “Molecular Design and Syn- thesis  for  Organic  Molecular  Magnetism  -  Novel  Fer- romagnetic  TEMPO  Radical  Crystals"  in  Molecular  Magnetism  -  New  Magnetic  Materials,  Ed.  by  Ito,  K. 

and  Kinoshita,  M.,  Kodansha-Gordon  and  Breach  Sci- ence Publishers(2000), Chap. 5.1, pp. 207-215.

4)Ishida,  T.,  Nakayama,  K.,  Nakagawa,  M.,  Sato,  W.,  Ishikawa,  Y.,  Yasui,  M.,  Iwasaki,  F.,  and  Nogami,  T.: 

Synth. Met., 85, 1655(1997).

5)Ishida,  T.,  Mitsubori,  S.-i.,  Nogami,  T.,  Takeda,  N.,  Ishikawa,  M.,  and  Iwamura,  H.:  Inorg.  Chem.,  40,  7059

(2001).  

6)Nakayama, K., Ishida, T., Takayama, R., Hashizume, D.,  Yasui, M., Iwasaki, F., and Nogami, T.: Chem. Lett., 497

(1998).

7)Mori, F., Nyui, T., Ishida, T., Nogami, T., Choi, K.-Y., and  Nojiri, H.: J. Am. Chem. Soc., 128, 1440(2006).

8)Ishii,  N.,  Ishida,  T.,  and  Nogami,  T.:  Inorg.  Chem.,  45,  3837(2006).

9) Oso, Y., Kanatsuki, D., Saito, S., Nogami, T., and Ishida, T.: 

Chem. Lett., 37, 760(2008).

Figure 15. Electron confi guration of low- and high-spin states

Figure 16. Structural formula of [FeL(NCS)2 2]. 

Figure 17.  Spin-crossover  behavior  for [FeL(NCS)2 2]. (Left)

Ambient  pressure. (Right)Under  an  applied  pressure  of 0.11 GPa.  

Figure 4.   (a)Ground  high-spin  dicarbene. (b)Pyrimidine-bridged  transition-metal complex.
Figure 5.  Classification  of  the  structures  of  pyrimidine-bridged  transition-metal complexes
Figure 7.  Crystal structure of CoBr (pm) 2  moieties in  [CoBr (pm) 2 2 ] .
Figure 15. Electron confi guration of low- and high-spin states

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