金 為 替 本 位 制 度 の 性 格 と 問 題 点 清 田 邦 弘
まえがき
一金為替本位制度成立の背景
二金本位制度復帰での英国・米国の思惑
三金本位制度復帰への批判
四再建金本位制での中心国と金為替国の利益
五崩壊に導いた諸々の原因
あとがき
金為替本位制度の性格 と間嵐 点 く清田邦弘)
まえがき
先進主要各国による変動相場制度への移行は'一九七一年末にス,、、ソニアン協定が締結され'先進主要各国の対米
為替平価が切り上げられたにもかかわらず'その後も激しい通貨不安が続いたため'緊急避難措置として七二年六月
のイギリスを筆頭に、その後先進主要各国間で漸次採用されていった制度であった。
変動相場制度は、今日まで十六年を経過したが'その間に為替相場は、短期間に大幅な変動を繰り返し'実際の実
務者にとって過重な為替リスク負担を強いられるばかりでなく新たな為替相場を基準として資本の流出入額が決ま
り,その後に交易条件の変化を通じて貿易・貿易外取引の実需に影響を及ぼし'結果として'わが国の経済構造の変
貌に重大な影響を与えてきている。
すなわち,この十六年間で一ドル三六
〇
円のレIIから二二〇
円前後(完八九年四月現在)への円レートの上昇に点り,日本の製品輸入比率は急速に拡大し'付加価値の低い産業ほど整理・統合による再編成や廃業、または海外への
企業進出を迫られ、それが日本製ブランドの逆輸入現象を引き起こす結果にもなった。そして、日本企業の海外進出
や現地生産の急増にともなう直接・間接投資の急拡大は'日本を世界最大の資本輸出国に押し上げ、過去においてイ
ギリス・アメリカが歩んで来たように'輸出大国から金融立国への変貌の第一歩と位置づけられそうな様相を呈して
いる。このように'わが国の種々の経済構造の変貌は、この十六年間の為替相場の円高現象に最大の原因があったと
言えよう。
変動相場制採用による世界経済への影響については'加藤正秀氏の一九三
〇
年代の金本位制の停止にともなう影響についての記述が'現在の世界経済情勢と今後の展望を予見するのに印象的であろう。すなわち「国際金本位制が崩
壊すると金移動によって上限と下限を画されていた為替相場は、上下の限界をはずされて動揺・撹乱する危険にさら
されることになった。このため‑‑外国為替市場に直接介入して為替政策を展開する必要にせまられ、‑‑しかし'
こうした外国為替政策のみでは'為替の混乱に対処するには充分でなかった。国際金本位制の崩壊にょって多角的な
国際間の商品・資本移動は著し‑阻害され、国際金融はその統一性を決定的に破壊されたので'い‑つかの経済的主
要国は、経済的に密接な関係にあった利害関係を同じ‑する国々を自己の周囲に糾合して通貨ブロックを結成し、あ
る場合にはブロック内部における為替の安定と自由な統一をはかろうとし'また他の場合には金や国際通貨を使用し(1)ない決済地域をつ‑った」と'変動相場制への移行が、為替相場の激しいオーバー・シューティングを引き起こし'
頻繁な政府・通貨当局による為替市場への介入が必要となり'さらに現在の「EC」や一九九二年の実現をめざして
いる「EC統合」に象徴される通貨統合や経済のブロック化までが言及されており、歴史の教訓を注意深‑究明し現
代の政策運営に大いに反映されるべきことを痛感させる記述であろう0
ところで'七三年以降の先進主要各国の変動相場制移行による世界経済への影響の評価について'澄田日銀総裁は
「一九七三年以降の十年間は'第二次大戦後かつて経験したことのない深刻なインフレと雇用の不安定な期間に特色
(2)づけられる」と、発言している.また、R・N・クーパーは「フロー‑制がl般化した1九七
〇
年代末のマクロ経済のパフォーマンスは'何で比較するにせよアジャスタブル・ペッグ制度末期の経済パフォーマンスより悪化したこと
を認めねばならない。例えば'1九七三年から七九年までの実質経済速度は'その前の七年間の六割にすぎなかった。(3)また'工業国の失業率は五割上昇し'インフレ率は倍以上となった」と'フロー‑制採用後の経済が不調であったこ
とを同じょうに強調している。
しかしながら'このような変動相場制度への移行後の経済パフォーマンスの不調や為替レ1‑の頻繁で'大幅な変
68
金為替本位制度の性格 と問嵐 点 く清田邦弘)
動がわが国や世界経済の活動に極めて広範囲で深刻な影響を与えてきたのであったが'その根本的原因を変動相場制
度への移行にあった、と断定するのは短絡的過ぎる結論であろう。
変動相場制へ移行後の世界経済不調の原因は'戦後長期間続いて来たIMF体制下でのアジャスタブル・ペッグ制
度に問題があった'と考えている。すなわち'戦後二十六年間に国際収支の基礎的不均衡が国ごとに徐々に変遷して
行き'また、各国の経済力やインフレ率も相対的に格差を生じて行ったのであったが、アジャスタブル・ペッグ制度
の下ではスムーズな為替調整(平価の変更)がなされなかったので'国際収支の不均衡に歪みが内包されて行き'変動
相場制への移行後に一挙に為替調整が行なわれ'その反動として頻繁で大幅な変動になったと考えられる。
為替平価の変更または為替相場の変動による国際収支の不均衡を調整する機能の有効性については'その時々の経
済情勢の背景により大き‑異なるとはいえ'IMF体制下でのアジャスタブル・ペッグ制度では'タイムリーな為替
平価の変更による調整が難しい制度的欠陥を持っており'その事が'特に米国の国際収支の基礎的不均衡調整を困難
なものにし'IMF体制の存続に深刻な影響を与えた淵源と考えている。そして変動相場制採用により'これまでの
各国間の経済力を反映していなかった為替平価は'これまでの歪みを調整するための反動としていっそう大幅なオー
バー・シューティングを繰り返すこととなり'それが世界経済を戦後最悪といえる状況に導‑結果になった'と考え
ている。
変動相場制採用後'世界経済の不調や'為替相場が大幅な変動を短期間に頻繁に繰り返すことによる世界経済への
広範囲で深刻な影響も'変動相場制度に原因があったのではな‑、IMF体制下でのアジャスタブル・ペッグ制度の
制度的欠陥の歪みが大き‑なって行き'七三年以降主要先進各国による相次ぐ変動相場制導入をきっかけに、これま
での反動として為替相場の大幅な変動が繰り返され'新たな均衡水準の変更は'対外取引の前提となるメルクマール
の変更であり'経済活動全般に大きな影響を与え、さらに、その後の八
〇
年代のレーガン政策の対応が'前記澄田日銀総裁が表明したように、戦後最悪の世界経済情勢と国際間の不均衡拡大を導いたものと考えられよう.
しかしながら、IMF体制に多‑の制度的欠陥があったとしても'変動相場制度を積極的に肯定する論拠を兄いだ
すのは、この十六年間の経験では難しいと言える。
変動相場制の支持者の論拠となる六つの長所も、現在のところそのほとんどが否定的である。すなわち、S国際収
支の不均衡の自動均衡回復作用'
S
他国のインフレや景気の自国への影響を遮断する効果'伊対外準備資産が不要となる'Ti短資の過剰な移動を抑制する、帥適正相場が実現する、鋤対外均衡への配慮が不要となり'そのぶん国内政(4)策への裁量権が拡充する'等が一般的な長所と言われてきた。
特に為替相場の安定性への懸念に対しては、M・フリードマンは'「フロー‑制は'本来安定的なものであり'そ
れが不安定となるのは'経済に内在する不安定要因に基づ‑ものである。‑‑為替相場の継続的な上昇または下降が
生じるのは、経済と為替相場との間に基礎的不均衡があるからであり'この場合にはむしろ均衡水準に達するまでは、
上昇または下落を続けさせる方が望ましい。‑‑フロー‑制下では'市場が自然に徐々に均衡レ1‑を実現する利点(5)があるが'‑⁚・」と主張している。さらに、投機が相対的な価格調整を維持するのに必要以上に大きな為替相場の変
化を引き起こすとの懸念に対し'フリードマンの主張は「投機家は安‑買って高‑売ることで利益を得る。それは通(6)貨を安定させる。不安定にする投機は'誤った投機であり'彼らは市場からまもな‑消え去るであろう」と'採算の
取れる投機は本来為替相場を安定に導‑ものである'と主張しているが、現実にこの十六年間に為替相場が均衡水準
を達成し安定するまでには到底至っていない'と言えよう。
最近の経済情勢において'為替相場の調整による国際収支自動均衡回復作用の機能は'「投資のフロー」が重要な
キーボイン‑を握っていると言えよ‑。R・N・クーパーによれば'「相対的収益率の価格差に対応して投資フロー
が反応する所用時間は'資産選考の変化に対応して市場価格が調整する時間に此べてきわめて長い。だから'為替レ
7 0
金為替本位制度の性椿 と問題点 (清田邦弘)
(7)‑‑の短期的行動には、ポー‑フォリオ均衡条件が圧倒的影響を与えると考えられる」との主張から'為替調整が交
易条件の変化を通tて'その後の輸出入量に大きな影響を与える'とするこれまでの認識を大いに後退させる主張で
あり、現実に沿ったものであろう。
しかし、投機が為替相場を安定に導‑との主張も'堀江薫雄氏は「投機資金移動は、それ自体としてはむしろ均衡
化の方向に作用するようにみえるが'実際問題としては、投機需要は往々にして自己拡大的傾向を持ちやす‑、その(8)ために均衡破壊的影響を及ぼし、金利政策の効果を撹乱Lやすいのである」と、香定的説明をしている。
以上のように現在の変動相場制度は、M・フリードマンやE・ゾ‑メンに代表されるシカゴ学派が当初より唱えて
いた程の効果は現われていない.例えば、変動相場制移行後も国際間の不均衡は'一向に解決の兆しは現われず'ア
メリカの双子の赤字や'累積債務国の問題は'一九三
〇
年代の世界恐慌の再来の起因になりかねない問題となっている。またインフレ率の国際的な伝播を遮断するとの変動相場制の当初言われた長所も'為替レ1‑に影響を与える通
貨需要は'経常収支にのみ反映するものではなく金融・資本取引に大きな影響を与えるのであり'クーパーの説を(7)引用すれば、「為替レ1‑の短期的行動にノは、ポー‑フォリオ均衡条件が圧倒的影響を与えると考えられる」との記
述で説明できよう。
八九年四月現在'最近のドル相場の動向は、今後のインフレ率や金利の先行予測により'また米国の財政・貿易赤
字の動向'そして原油価格の動向に大き‑影響を受けており、米国のファンダメンタルズを反映した為替相場が成立
するための調整過程として「均衡化」に向かって投機取引が盛行しているとは到底思えない状況にある。
何れにせよ変動相場制度は'ポール・アインチッヒのように実務経験者や政府行政責任者の多‑が酷評するほどに
悪い制度ではないにしても'フリードマンやゾ‑メンに代表される米国シカゴ学派が支持するほどの好結果も現われ(9)でいない。
そのために'変動相場制度のオーバー・シューティングになりやすい欠陥を補正するための諸提案が'これまでに
再三なされて来ている。一九八五年六月の十カ国蔵相による東京サ,、、ッ‑では'フランスにより提案された「目標相
場圏構想」が話題となり'その後八七年二月のルーブル・サ、、、ッ‑では、ダーマン米国財務長官により「アラウン
ド・カレン‑・レベル構想」が提案され'統‑九月のIMF・世銀総会では、べ‑カー財務長官による「商品バスケ
ッ‑指標構想」の導入案が提案され議論されてきた。
国際金融問題を議論するIMFや世銀総会そしてサ,、、ッIや大蔵大臣・中央銀行総裁会議での八
〇
年代の最重要議題は、国際収支の不均衡を解決する問題にあったと言えよう。不均衡調整のために為替相場が頻繁に大幅な変動を繰
り返す状況で'各国の政府・中央銀行がいかに対応するかを協議し、為替相場の変動幅を縮小させるための種々の提
案がなされて来たのであったが'未だに解決の名案は出ていない。
結局、国際通貨制度の根本的課題は、国際分業を続ける結果生じる「国際間の不均衡」をいかに解決するか、とい
う問題と'国際間の取引額に応じて必要となる「国際流動性
in te rn at io ロ a iq ui
dabi‑ityの適宜な供給とその弾力的な管理」に焦点が絞られよう。
国際通貨制度の樹立は'二つの最も重要な課題を解決するために'各国間で共通のルールを取り決めて国際間で勝
手な自国本位の政策を指向するのを‑い止め'世界経済が縮小均衡を辿るのを防止することにあろう。
この二つの重要な課題を達成するのに'IMF通貨体制がいかに無力であったかを制度的側面から考察することは'
今後の通貨制度の展望を考えるのに重要なことであろう.そのためには'IMF体制の基本的性格を形成している金
為替本位制度について詳し‑究明し'その性格と問題点を明確にする事で'将来の理想的な国際通貨制度を展望する
ための一助にしたいと考えている。
72
金為替本位制度の性格 と間温 点 (清田邦弘)
一 金 為 替 本 位 制 度 成 立 の 背 景
iMF通貨体制の基本的な性格は'第1次大戦後に開催されたジェノア会議で決議された「金為替本位制度」に兄
いだすことができ'また'それと一部分異なるIMFの変則的な側面である「基軸通貨ドルの金允換への制限とブレ
トンウッズ協定のい‑つかの規定」がIMFの特異な制度的性格と問題点を形成しており'双方について併せて考察
することがIMF体制の本質的性椿とその問題点を究明するのに重要であると考えている。
そこで'ここでは金為替本位制度について出来る限り詳細に究明するために'㈲金為替本位制度成立の背景'
闇
金本位制度復帰での英国・米国の思惑'㈱金本位制復帰への批判'㈲再建金本位制での中心国と金為替国の利益'㈲崩
壊に導いた諸々の原因、に分けて成立の背景から崩壊に至った原因についてを明らかにし、IMFの制度としての本
質の究明と'今後の国際通貨制度改革の展望への一助にしたいと考えている。
金為替本位制度は二九二
〇
年のブリュッセル国際会議に続‑二二年のジェノア会議で協議され'その採用の「勧(10)奨」が参加三十一カ国により決議された制度であった。そこでは'戦前の約百年間にわたって続いてきた金本位制度に基礎を置‑国際通貨制度に戻ることが「常態への復(ll)帰
retu rロ tO
nOrm aご
として当然のこととされた。しかしながら'当時の戦後の世界経済情勢は大き‑変貌しており'戦前のような金本位制への復帰は到底不可能であった。その戦前の金本位制への復帰を不可能にした要因には'次の
ような世界経済情勢の大きな変革を指摘できよう。Sメリカの台頭'
S
世界経済構造の変貌'囲生産過剰国と絶対的不足国の存在'回戦債・賠償金問題の解決、帥ソビュー・ロシアの誕生。
アメ‑カの台頭については'楊井克巳氏は'アメリカが一八七九年代以降の「第一次大戦前にすでに世界最大の工
業国になり'資本輸出国に転化しっつあった。大戦はこの急速な発達をさらに著し‑促進させた。戦争の長期化はヨ
ーロッパの戦争需要を激増させ'参戦は一層の刺激となり'アメリカ農業および工業は躍進的に増加した。‑‑アメ
リカは輸出においても戦時中にイギリスを抜き世界第一位に進出し'‑‑この輸出増加による大出超は'アメリカを
債務国から債権国に転化させ‑‑最初の‑ちは海外諸国の持つ対米債権の売却や金の流入により支払われたが、その(12)枯渇とともにアメリカの信用により賄われた」と説明している。この結果'米国への金の偏在が進み'戦前のロンド(13)(14)ンを世界の金融センターとしていた資金の還流が途絶し'世界におけるロンドンの地位が変貌することになった。そ
して'アメリカの農業部門から工業部門に至竃までの国際競争力の絶対優位は、国際間での分業による利益の享受を
行なう基盤を一掃し'アメリカを頂点とする生産過剰国と'戦争による経済の疲弊で絶対的不足国が存在することに(15)(16)なった。また、賃金引下げに対する労働者の抵抗が増大したため世界経済の弾力性が喪失して行った。さらに'戦後
各国とも激しいインフレと混乱した通貨制度の立直しをはかるためには'イギリス・フランスが賠償金をもってアメ
リカへの戦時債務の返済に充てようと考えていたように、多かれ少なかれ戦勝国は戦後の経済復興に賠償金を当てに
していたが、ドイツを始め敗戦国にはそれに応える余裕はな‑'ドイツ賠償金問題の解決の行方が戦後の各国の通貨(17)制度立直しに深い関連があった。そして'ソビエー・ロシアの社会主義革命の成功について'馬場宏二氏は「それは、
最も広大な未開拓領域を擁し'もっとも急速な発展を示していた経済圏がヨーロッパから脱落したことを意味する。
それとともに'ドイツは最大の貿易相手国の一つを失い'フランスは最大の資本輸出先を失い'イギリスは貿易や民
間海外投資の相手を失うとともに'巨額の戦債貸付を失った。この打撃はヨーロッパの資本主義的再建にとってきわ(18)めて大きな制約となり続けるのである」と、その戦後世界経済への影響の重大さを指摘している。
以上のような戦後の世界情勢の変化は'戦後各国が第一次大戦前のような金に基礎を置‑通貨制度への復帰を困難
なものにすることになった。すなわち、金本位制度への復帰は'通貨発行を裏付けるための準備資産としての「金」
7 4
金為替本位制度の性格 と問題点 (清田邦弘)
を世界各国が保有する必要があるが'金の偏在はそれを不可能にし'また'戦時中各国は、戦争による生産力の低下(19)に加え無準備による紙幣の発行が飛躍的に増加したため'戦後の金本位復帰は'戦場とならなかった一部の北欧とア
メリカを除いては不可能であった。さらに'当時の世界経済は弾力性に富んでいたため'戦前の金本位制が「金」と
いう各国共通の準備資産を国際収支の不均衡の調整手段として使い'その結果として'為替相場が金平価を中心に金
の現送点内に安定することが出来たのである。この場合に為替平価が固守されるには'金の移動により金の流出入に
応じた金融の緩和'逼迫が伴い、その結果'国内の物価水準や国民所得'そして雇用等の諸要因が敏感に反応し'輸
出入の増減に影響を与えて収支が均衡に向うとの「国際収支の自動均衡回復作用」が働くとのことが一般的な説明
(20)である。さらに'このビル‑イン・スタビライザーを補強するように割引歩合政策が実施されたのである。すなわち'
公定歩合の引上げは、世界の金融センターであるロンドンへの在外資金(w
ar kin g ba ‑an ce )
の吸引力を強め'収支の改(21)善に大き‑貢献することになろう。このように金本位制は'対外均衡が最優先される制度であり'対外均衡のために国内の諸要因が弾力的に反応する必要があった。しかし'戦後の世界経済構造は'一九二六年のイギリスのゼネス‑
に象徴されるように賃金引下げに対する抵抗が強‑なり'また戦後の激しいインフレからも物価水準の下方硬直性は
明白であった。このような弾力性の乏し‑なった経済構造は'金本位制固有の機能であるビル‑イン・スタビライザ
ーが働かな‑なり'戦前の金本位制度への復帰を難しいものとした。この他に賠償金問題の解決が難航し'ソビュ
ー・ロシアの社会主義への変革は'戦後の国際通貨制度が戦前のような金本位制に復帰するのをいっそう難しいもの
にしたのであった。
二 金 本 位 制 度 復 帰 で の 英 国 ・ 米 国 の 思 惑
Sイギリスの思惑
このような世界経済情勢の中で、国際通貨制度の立直しに関する英米間の思惑については'ニューヨーク連銀総裁
ベンジャ、、、ン・ス‑ロングとイングランド銀行総裁であったノーマンとの間でやり取りされ、明らかになっている幾(22)つかを紹介してみょう。
ノーマンは'金本位制への復帰をイギリスの伝統として当然のこととし'戦前と同様にポンドへの威信と信認を確
保するには絶対に必要であると考えていたようである。キンドルバーガーによると、その思惑は「ポンド為替レ1‑
の安定、ロンドン金融優位(覇権)の回復といったシステムについてのイギリスの構想は、国際通貨システム上の動機
と言うよりはむしろ国家的動機によって'あるいはこの両者によって導かれていたといえよ‑。ノーマンは、イギリ
スが世界経済の回復に依存していると考えたばかりでな‑、その道'世界経済がイギリスの回復に依存しているとも(23)考えていた」よ‑である。また、楊井克巳氏は「ポンドの国際的信認を回復し、ロンドンを再び往年の国際金融の中心
に復帰させようと意図したものにはかならない。実際ポンド擁護のためにイングランド銀行は高金利政策をとり'各(24)国の短期資金をロンドンに引き付けていたのである」。そして'「ポンドとドルを対等にする」ため'一九一九年に通
称カンリッフ委員会が設置されて、財政緊縮政策がとられ、二二年末にはイギ‑スの対米為替相場を平価の九四・六%
まで回復に成功し'その後もチェンバレン委員
会 '
後のブラッドベリ‑委員会の引き続‑カレンシー・ノ1‑回収の(25)努力の結果、二五年一月には'対米平価の九八%
まで回復に成功した。そして'何よりもイギリスの金本位制への復帰を決意させたのは'アメリカの積極的支援によりドイツのド‑ズ案による賠償金問題の一応の決着と'ドイツの金
7 6
金為替本位制度の性帝 と問題点 (清田邦弘)
本位復帰であった。「それは'マルクの対ドル追随を意味し'ポンドの地位低下を明白にした。これに対処すべ‑イ
ギリスは一九二五年に金本位に復帰して形式上ポンドをドルに並ぶ金允換可能通貨にした。これに伴って多‑の諸国(26)通貨が金本位に復帰したのであった」と'国内的要因と対外的要因の双方が考えられるが、根底では常に戦前のよう
な世界の金融センターとしての再生を意図していたことに疑いの余地はないであろ‑0
S
アメリカの思惑ス‑ロングは'一九一九年六月'他国に先駆けてドルの金貨本位制への復帰を表明し'同時に三つの政策目標を掲
げた。それは'アメリカの物価安定と株式投機に対する信用の抑制、そして、ヨーロッパ各国の通貨安定への協力、
すなわち金融援助であった。そのためには'ヨーロッパで支配的な位置を占めるイギリスが金本位制の復活に成功す
るならば'他の諸国も当然イギリスに続いて復帰するであろ‑し'その結果'金本位制を再び世界的に再建し得るか
(27)もしれない'と考えていた。すなわち'戦後著しい金の流入をみたアメリカでは'経済の過熱とその反動を恐れるあ
まり'一九二一年金準備ポジションを無視した信用の引締め政策がとられるに至ったが'そのような状況で、アメリ
カはブームの過熱と株式投機を鎮静化させるためには'各国が金本位に復帰すればアメリカへの金の流入が止まるも
のと考えていた事がうかがえる。
この他にアメリカの復帰への思惑について、馬場宏二氏は「戦時にいわば過剰拡張したアメリカ経済にとって'輸(28)出市場を求め資本輸出先を求めるには'ドイツを安定させヨーロッパを再建することが必要であった‑‑」とし'ま
た'安保哲夫氏は「国際収支の強力な黒字基調は'自国の金本位を安定させるとはいえ、ヨーロッパの金本位復帰を
妨げる。‑‑戦時戦後の過程でアメ‑カには巨額の貨幣的蓄積がなされて投資先を求める内圧が高まっており'他方
ヨーロッパでは復興のため、また、農業国では開拓のため資金需要は強力にあったが'その橋渡しがなされなければ(29)ならない」と、投資の国際環境の整備が、ヨーロッパにとってのみならずアメリカ資本主義自身にとっても必要であ
ったと指摘している。さらに'加藤栄一氏は「イギリスに対抗して世界制覇への手がかりをえ'ヨーロッパ大陸の危
機を救出して「封じ込め」の目的を達し、アメリカの商品・資本市場を拡張して経済的繁栄と政治的安定とをうる'(30)という三つの目的を同時に充足させるのが'第一次大戦後のアメリカの世界戦略の基調であり‑‑」と'戦争を通じ
て拡張した生産力の継続的維持のためには'ヨーロッパ市場が必要であった、としている。
以上のように'アメリカにとって国内的にも対外的要因からも'米国の継続的景気の持続と資本の効率的な還流の
ためには'ヨーロッパの通貨制度の立直しが何よりも必要であり、そのためには金本位制への復帰が当然の事と考え
られていた'と推測できよう。
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三 金 本 位 制 度 復 帰 へ の 批 判
ジェノア会議の勧告に沿った形での金に基礎をおいた金本位制への復帰には'英米にとって各々の思惑があった事
は、種々の資料より明らかとなったが'その金に基礎をおいた通貨制度への復帰を痛烈に批判したケインズの主張は'
イギリスの通貨制度の復帰に少なからぬ影響を与えたと思われ'また'今後'国際通貨制度の将来を展望する上で傾
聴に値する主張と考えている。このケインズの主張は、一つに'戦後イギリスにとって金本位復帰が難しかった当時
のイギリスのおかれた経済的な背景があり'二つに、アメリカに対するイギリスの利益を固守するために主張された
ものであったと言えよう。
戦前'対外均衡優先である金本位制を採用したことについて'ケインズは「戦前'ほとんどすべての国が金本位制
を採用していたとき'われわれは物価の安定よりも為替の安定を欲したのであり'全‑われわれの力の及ばない原因、
例えば外国での新金鉱の発見とか海外の金融政策の変更とかによる物価水準の変動の社会的影響下に立たざるをえな
金為替本位制度の性格 と問題点 (清田邦弘)
かった。しかし'こうした影響に甘んじたのは、一つには'より自動的でない政策にあえてゆだねる確信がなかった
(31)こと'もう1つには'実際に経験した物価変動が希少であったためである」'としている。さらに、「為替の安定は便
宜的性格を持つものであり'外国貿易に従事する人々の能率と繁栄に資するものである。他方、物価の安定は'より(32)いっそう重要である」とし'対外均衡より国内均衡が優先されるべきであると力説している。その理由として'貨幣
価値の変化が'投資家階級・企業家階級・労働者階級の分配で不平等を生じることを指摘し'また生産に及ぼす影響
に旦一一口及し'「インフレにせよデフレにせよ'何れの過程も同様に重大な障害を生じた。何れも'異なる階級間の富
の分配を変更させたが'この点ではインフレのほうがいっそう悪い。おのおの'富の生産を過度に刺激したり'ある(33)いは停滞させたりしたが'この点ではデフレーションがいっそう悪かった」と指摘している。そして'金本位への復
帰で'「金はかなり安定的な価値基準としてはたらいてきたし'また将来も働‑であろ‑という点と'実際上'管理
当局は叡智に欠けることが多いから'管理通貨は早晩失敗に帰するであろうという点である。保守主義と懐疑主義は
しばしば結託するものであるが'おそら‑は'その上に迷信まで加わって'金はなお色香衰えず魅力を保っているの(34)である」としている。
結局、ケインズの主張は'「金本位制の復帰により'金の流出入が自由自在に国内物価を動かすままにし'信用の循(35)環が物価主雇用の安定に及ぼす破壊的影響を緩和するための努力を放沸してしまうべきなのだろうか」と、通貨当局(35)による政策裁量権の余地の少ないこの制度について'「未開社会の野蛮な遺物
b ar b ar 。u s re ‑ic L
として香定的である。さらに'アメリカに対するイギリスの利益を擁護するための主張も印象的である。すなわち'「不換紙幣と銀行信
用を有する現代世界においては'好むと好まざるとにかかわらず'「管理」通貨は不可避であり'金允換制度を採用(36)するとしても'傘の価値自体が中央銀行の政策に依存するとい‑事実は変わらない」とし、「金の価値の将来の安定
性に対する確信は'アメリカ合衆国が不要の金を購入する愚かさと二度受け入れた以上'それを一定の価値に維持
(37)する賢明さに依存するのである」としている。さらに'「アメリカ合衆国が、坑夫が骨を折って発掘した金をワシン
‑ンの金庫に死蔵するような'高価な政策をとらねばならなかったのである。その結果、いまや金の価格は'「人為(38)的な」価値によっており'その将来の動きは'ほとんど完全にアメリカ合衆国の連邦準備局の政策にかかっている」
とし'「現在の世界の金の分布状態で金本位制に復帰することは'必然的にわれわれの物価水準の規制と信用の循環(39)の処理をアメリカ合衆国連邦準備局の手にゆだねることになる」と'アメリカに金が偏在している当時'金本位復帰
がイギリスの利益にそぐわない事を強調している。
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四 再 建 金 本 位 制 で の 中 心 国 と 金 為 替 国 の 利 益
以上のような世界経済情勢の下で、そして英米それぞれの思惑のもとで'さらに'金に基礎をおいた通貨制度への
復帰に反対するケインズのような主張を抑えて実現することとなった金為替本位制度が'どのような性格を持ってい
たか'また'金本位国に復帰した国際金融の中心国と'それ以外の加盟国(金為替本位国)に各々どのよ‑な利益と問
題点をもたらしたか検討してみょう.
金為替制度の内容について、ジェノア会議の決議第九条に「この協約の目的は'金需要を集中し調整することにあ
り'多‑の国が金準備を同時に競って獲得しょうとする結果生じる金価格の大幅な変動を避けることにある。‑‑金(40)の使用を節約する方法を具体化すべきである」と記載されており'当時の金準備の不足と、将来見越される需要増に
ょり金不足が生じるであろうとの予測に基づき'戦前のような金本位への復帰は金の獲得競争を煽るだけであり'
「金の節約」を可能にする国際通貨制度の成立が何よりも必要であったのである。
その協約は次のよ‑なものであった。S金を基礎にした通貨制度の復帰が必要であるが'そのための準備資産は'
金為替本位制度の性格 と問温 点 (清田邦弘)
必ずしも金である必要はなく
S
加盟国のある国が、金の自由市場を設けゴールド・センター(中心国)となり'他の加盟国は中心国あての為替(金為替)に対して為替平価を設定し'その平価に一定のマージンをつけて無制限に売買に(41)応じる'囲加盟国は国内に保有する金準備に加えて'中心国に在外残高として'手形、短期証券'または他の適当な(42)流動資産を保持して差し支えない'としている。
この制度の特徴は'中心国となる国が戦前と同じような金本位制(米国は金貨本位制、英国・フランスは金地金本位制)
を採用し'他の加盟国は中心国に在外残高を保有し'国際間の決済・貸借には'中心国あてに振り出された外国為替
(金為替)によって清算する制度であった。従って'加盟国は準備資産にこれまでの金の他に在外残高(外貨準備)を加え
ることになった。
このように'これまでの金本位制度と異なって'加盟国がその準備資産に金以外に金本位国に保有する在外残高を
加え'中心国との間に任意の為替平価を設定し無制限に売買に応じることになったので'それは一つに'金以外に金
為替が準備資産として加えられる結果'それに基づ‑信用創造がいっそう容易となり'戦後の疲弊したヨーロッパ諸
国にとって復興資金が借り易い状況となったが'反面インフレ的であったといえよう。この事について'加藤正秀氏
は「金地金本位制は'大戦によって国際的地位が弱まり不安定になったイギリスが'国内流通手段としての金を節約
し'金を対外支払い準備に集中しようとするものであり'金為替本位制は'戦争の打撃を直接間接に受けたヨーロッ
パ大陸やその他の諸国が'1万でデフレの深刻化を回避しながら'他方でドルまたはポンドによる借款供与に支えら
れた金本位制に復帰しょうとする方策であり‑‑。もしこれら諸国が金貨本位または金地金本位で金本位制に復帰し
ょぅとしたならば、金を吸収するために強力なデフレ策をとる必要があり'相互にデフレを強化しあう結果になった(43)であろうが'当時の条件の下ではデフレの強行は不可能であった」と、もともと金の節約・デフレの回避にこの制度
成立の狙いがあったとしている。
さらに'もう一つの特徴は'為替相場の安定にあったと言えよう。
加藤氏によれば「大戦中と戦後の初期に民間短期資本のホッ‑・マネー的な均衡撹乱的移動に悩まされた諸国で'
為替相場の安定のために中央銀行が為替挽作を行なうようになり'公的機関が多額の外国為替を保有するようになっ
た・・・‑.。しかし」戦前にみられたような統一と安定のとれた国際為替相場体系がもはや見られな‑なった。‑・・・ある(44)通貨は過大に評価され'他の通貨は過小に評価される結果となった」としている。
土の再建金本位制に特色づけられた「信用創造・為替相場」の側面について中心国と周辺国に各々どのような影響
をもたらしたかを整理してみょう。
LSまず中心国の利益として'信用創造が可能になったので'堀江薫雄氏の説明を借りれば「いま金本位国を一個
の銀行組織に見立てるならば'他の参加国がこの国に対して有する請求権(すなわち金為替)は'預金者の預金の如きも
のであり'その有する金準備はこれに対応する支払い準備に該当する。この場合'その国通貨に対する信認が持続す
る限りは'全部の預金が「取り付け」に会うことはまず考えられないから'金本位国は百%の金準備を保持する必要
はない。この制度は'運営のいかんによっては'きわめて少額な金準備をもって'巨額の国際流動性を保持すること
(45)になる」と'中心国にとっては周辺国が在外残高を保有するために預金強制力(dep
os its ・c om
pettingpower)が働き(1種(46)の拘束預金のような)、①資金の流入が促され'中心国としての威信と信頼が高まり、マクドフが指摘する「彼ら自身が衛星国に対して持つかもしれない赤字を埋め合わせることが出来るし、また衛星国が赤字を持つ場合には'それに(47)資金を貸し付け'そして'それによって彼らを母親のスカー‑の回りに引き付けてお‑のである」とし'②その分だ
け金本位維持が容易となろう'⑧また'在外残高として流入された短期資金は'自己の信用で積極的に貸し出され'(48)資金の国際還流が促され'いわゆる「短期借り・長期貸し」を可能にし'国際金融センターとしてのロンドン・シテ
ィーの繁栄とイギリス金融産業が栄えた'④さらに、金地金本位制度に復帰の場合、金貨本位制度の場合と異なり通
82
金為替本位制度の性稗 と間嵐 点 (清田邦弘)
(49)貨当局による金融政策での政策余地が拡大し'⑤中心国の通貨に対する信認が持続する限りは'全部の預金が「取り(50)付け」に会うことはまず考えられないから'「金本位国は必ずしも百%の金準備を保持する必要がなくなった」'等が
指摘でき
よ う 。
S次に金為替本位制を採用した周辺国の利益については'堀江薫雄氏が指摘する「金為替は'金による最終決済
の完了しない中間段階と考えなければならないのである。‑‑各国が最終決済を要求せず外国為替のまま止めておく
ことは'金本位国に対して信用を供与していることを意味するわけである。この結果'中心にある金本位国がその他(50)の参加国に対して'金為替を売却しても'それは金本位国の金準備にさし当り影響を及ぼさない」結果として'①準
備資産が金だけの場合に比べ'借入れや取得が容易になったので'金為替国は通貨制度立直しや'経済復興に必要な
信用を中心国から供与され易い状況となり'②また'金本位国の通貨の任意の点に為替平価を設定することで'金為
替国通貨は間接的ながら金にリンクすることになり、都合の良い平価の設定により輸出入のコントロールが可能とな
り'国際収支の改善に好ましい状況となった'③その結果'金に基礎をおいた通貨制度への復帰が困難である加盟国
通貨をも'間接的ながら金へのリンクが可能となったのであった'④金本位制度の機能である国際収支の自動均衡回
復作用については、国際収支の不均衡が生じても金の流出入の増減に直ちに結びつかず'まず初めに中心国にある在
外残高の増減に影響を与え'それに対応した金融政策が施行されることで不均衡が改善される経緯を辿るので'金為
替国の政策裁量権が大幅に拡大することになろう。
以上'中心国・周辺国の各々に分けて再建金本位制への復帰の利益を明らかにしてきたが'この制度の導入による
双方にとっての共通の利点は'決済・貸借の最終的清算を中心国あての為替により処理することで'「金」の現送の
ための費用(運賃・保険料・梱包費)が節約できるようになり'そのための手数が省け'さらに現送のための時間が不要(51)となり'これまでの金準備保有で得ることの出来なかった利子が付‑ことになり、金の輸送中の時間でさえも金利が
付与されるので、決済・貸借のための金融機構のファシリティーが飛躍的に向上したと言えよう。
五 崩 壊 に 導 い た 諸 々 の 原 因
このように再建金本位制は'金本位国にとっても金為替国にとってもメリッ‑が多かったように記述してきたが'
1九三
〇
年代の世界恐慌により六年余りで崩壊することになった.この原因を究明することは'三〇
年代の世界恐慌の原因の追求と重複するところも多いが、ここでは金為替本位制の制度的欠陥の原因に焦点を当てて考察してみる。
まず第一に'再建金本位制度が首尾よ‑運営されるためには'その前提条件として中心国通貨が金為替国により自
然に受け入れられる状況が必要であり'そのためには'中心国の絶対優位により中心国通貨の信認が確保・維持され
る必要がある。そして、中心国となる金本位国の絶対的な優位の下で中心国への信認が確保され、金為替国は在外戎
高を中心国に自らすすんで保有し'金に換えて自国に持ち帰らないルールを守ることにより'金本位国に流入した在
外残高は、信用創造を繰り返すことになり'金為替国への信用供与が容易になるシステムであった。
ところが金本位国として復帰したイギリスの場合、この絶対的優位を確保し'維持し続けるのは難しい状況であっ
た。その一つに旧平価によるポンド復帰がある。すなわち'イギリスは当時物価水準がアメリカのそれよりも戦前に
比較して相対的に高かったためボンドはドルに対して過大評価された結果となり'イギリス産業の国際競争力を弱め、(52)その後の七年間イギリスをデフレで悩ます一因となったといえよう。
また'金為替国が金本位国との間に任意のレートに為替平価を設定したことは'戦前にみられたような統一と安定
がとれた国際為替相場体系がもはや見られな‑なり'戦後各国はバラバラな形で金本位制に復帰し'その際むしろ国
内的要因に支配されて通貨価値を金に結びつけたので'ある通貨は過大評価され'他の通貨は過小評価を生じ'国際
84
金為替本位制度の性格 と問題点 (清田邦弘)
金本位制のその後の運営を極めて困難なものにする原因となっ(iy当時のこの間題について,キンドルバーガーは
「ポンドの過大評価は疑いもな‑フランの過小評価と絡み合っており、‑‑一九二六年夏から秋にかけて「過小評価」
された水準でフランは安定した。それはフランスにとっては確かに結構なことであったが、国際通貨機構にとっては(54)有害であった」と記述している。また、ヌルクセは'二六年八月以降フランスが金・外貨を異常なほどに取得し増加
した主要源泉について'一つに'資本の海外からの引揚げをあげ'二つに'フランの過小評価をあげ'三つに'外国
(55)の投機的資金の流入を挙げている。そして'金為替本位の運命は、一九二八年'「フランスが資本引揚げ
と
経常国際収(
56)支から生じる膨大な受取り超過の決済に'金以外の何物も受け取らないと決定したときに'決ってしまった」とし'各国間でバラバラに設定した為替平価がその後の世界経済の運営に重大な影響を与えることになった'としている。
さらに、金為替国が金本位国に保有する在外残高を引き出さないtとの運営のルールを守らなかったことについて'
ブラウンは「外国資本を必要とした国々は'金融中心地が行なう説得や、またそれが加える圧力といった種々の手段
によって'為替本位のルールを守るようにしむけられた。特に第一次大戦後外部からの援助によって通貨の再建を成
し遂げた国においては'貸付国の専門家および金融家が与える忠告や'彼らの表明する希望が'金為替本位の運用に
当たって重要な役割を演じた。‑‑通貨準備として金の代わりに対外残高を保有することは'裕福な国にとって'あ
るいはこれにつぐ国にとってさえ'その威信を損なうものと見なされるようになった.その残高の絶対額が最も多か
った諸国
1
フランス'ドイツ'イタリー'ポーランドが、金為替を利用するのは過渡的方便にすぎないと考えたの(57)は、おもにこの理由に基づいていた」と説明している。また'再建金本位制の脆弱性の理由の一つに'加盟各国が金為替本位制復帰の際に'アメリカはそれぞれの中央銀
行に対し'金のイヤマークを与えたことにあろう。フランス以外のほとんどの国々が金為替本位制へ復帰をする際に'
通貨発行準備として保有する外国為替を経常収支の受取り超過によって得たのではなくアメリカあるいはイギリス
から短期信用を与えられることによって得たので'この二国が短期信用を引き揚げようとすれば'たちまち危機に陥(58)る恐れがあった。事実'このよ‑にして得られた信用供与は'一九三一年の流動性恐慌において一挙に引き揚げられ(59)ることになり'この制度を崩壊させることとなった。いわゆる金為替本位制が採用されると'準備資産は金プラス金
本位国の在外残高となり国際流動性が増加されるので'本来の目的であった戦後のデフレーションを避ける目的に叶
っていたのであるが'この増加した在外残高は'「相対的安定期には国際金融の調整に役立つのであるが、同時にま
た破綻の直接的原因にもなった。すなわち'為替相場の変動を激し‑し'投機的な短期資金の動きを活発にし'国際(60)金融の混乱を招‑ことになった」のである。ヌルクセは「ジェノア会議で金為替本位制が勧奨されたのは'主として
デフレーションを避けるためであった。ところが事態の進展について判明したところであるが'デフレーションは延
期されたにすぎなかった。「金に基礎をお‑経済go
‑d ec o
ロOmy」の原理は'それが最も必要とされたとき'言い換え(61)れば不況を引き起こす他の諸要因が作用し始めたまさにその時に放棄されたのであった」と説明している。次に崩壊の原因として当時ゴールドセンターが三つ存在したことが挙げられよう。金為替制度の中心が複数の国で
構成されていた事は'相対的安定期に国際協調が働き中心国間の裁定取引が円滑に働けば'あまり問題は生じないで
あろう。しかし'アメリカの地位が高まるにつれ、これまでの中心地であったロンドンの独占的地位が沈下し、さら
にパリもヨーロッパ諸国の金融中心地となり'国際金融の中心地が三つ存在することになった。ヌルクセは'複数の
中心国の存在の弊害について「中心国が幾つかあるときには'為替本位の運営で大切なことは、これら中心地間の為
替の安定である。各々の金本位国通貨の将来性が比較され、各々の通貨の優劣が議論されるようになると、突然で巨
額な短期資金の動きを避けることが困難となろう。1つの加盟国とこの中心地との為替相場がたまに変更されても、(62)それが制度全体の運営に重大な影響を与える可能性がないような制度では'このような問題は起こらない」としてい
る。このような状況で'イギリスが金本位復帰により行なってきた、一方で金為替国の在外残高の流入により短期借
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金為替本位制度の性椿 と問題点 (清田邦弘)
入れを行ないながら他方で長期の貸付けを行なう'いわゆる「短期借り・長期貸し」の状態は'いったん金融不安が
起こった場合には'大規模な債務不履行を連鎖的に引き起こすことになった。
以上のように、再建金本位制はジェノア会議で協議され'国際協調の下に人為的に成立した初めての国際通貨制度
であったが、各国の自主権と国際間の利害が対立する状況では'その国際協調は簡単に崩れ、運営のルールは守られ
ず'崩壊は必然のものとなって行った。
あとがき
金に基礎をお‑国際通貨制度は、何よりも対外均衡を優先する制度であり'対外均衡の象徴である金平価を一定に
固守するために国内の財政・金融政策が運用され、物価'所得、雇用がそのために犠牲になる制度であった。このよ
ぅにして、国際収支の均衡がはかられるのが'最大の特徴であった。そして金為替本位制度では'金以外に金為替が
準備資産として保有されるため'それだけ自動均衡回復作用の機能が低下し、政府・通貨当局の政策裁量の余地が拡
大するのが特徴であり、戦前の金本位制が「金」という世界共通の準備資産の増減により国内の物価'所得や雇用の
安定に及ぼす影響を放任し'その結果の状況に政府・通貨当局が関与しないのがゲームのルールであった。この考え
方は、ケインズが指摘した二重の論拠に基づいている。すなわち「金は'かなり安定的な価値基準として働いてきた
し'また将来も働‑であろうという点と'実際上'管理当局は叡智に欠けることが多いから'管理通貨は早晩失敗に(63)帰するであろ‑」との考え方に基づいている。しかしながら'金本位制が国際収支の自動均衡回復作用の機能を持っ
ているか香か疑問である。
第一次大戦前の金本位制度は'一八一六年にイギリスで採用されてからドイツ'北欧三国そしてフランス・イタリ
ア等ヨーロッパにも広がり'一八九八年にはロシア・日本が、さらに一九
〇 〇
年にはアメリカでも採用されるに至り'国際的に拡大した制度であった。
金本位制は、金への允換(金地金本位制の場合)と輸出入の自由が保証されることで'正貨準備額に対応しない銀行券
や補助貨幣の発行が不可能となるため'国際収支の不均衡が続けば金の流出入を引き起こし'その結果'国内の通貨
量が縮小・拡大して物価と金利の騰落に影響をあたえ、結果として経常収支の増減を導き収支が均衡化に向かう'と
の効用を持っていることが一般的な教科書的説明である。また、為替相場の変動が金現送点の範囲にとどまり安定す
る長所もある'とされている。これらの効用の作用は、金本位制度であれば'あえて国家による規制・制限などの不
均衡回復のための政策手段に顧らな‑ても自動的に機能するものと認識されていた。これは'「金」という世界共通
の準備資産に異種通貨の共通尺度を兄いだし'各国通貨価値をミン‑パリティーに固定し、対外不均衡の調節を国内
の要因(景気、物価、雇用など)によって吸収させようとする制度である。そこでは、政府または通貨当局は'経済が市
場原理に基づいて作用するのを妨げたり'干渉しないのが国際間のルールであり、金利の騰落と金の流出入量が国内
経済の諸要因を決める最大要因であり'その事は'国際収支の自動均衡回復作用が機能するための前提条件であった。(64)それゆえに'ケインズが金本位制度を「未開社会の野蛮な遺物
b ar b
arousre︼ic
と化している」として'通貨当局にょる政策裁量余地の乏しいこの制度に否定的な主張をしたのは有名である。
しかしながら'この金本位制度の効用とされている点についても'ジョアン・ロビンソンは'「‑‑金を喪失しっ
つある国は'金本位制を維持しょうとする限り'その流出を阻止するように努力することが義務づけられており、し
かもその支払超過国の準備が小さければ小さいほど'それだけ早‑その阻止に着手しなければならない.‑‑金流出(65)を阻止するために支払超過国の当局者は信用を制限し'活動力と所得の圧縮を促進せねばならない」とし'教科書的
な説明では支払超過国の金流出による物価下落を通じて輸出が増加し'収支が自動的に改善するとしているが'この
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金為替本位制度の性格 と問題点 (清田邦弘)
ような経過を放任することは'デフレーションによる経済の耐え難い緊張を引き起こすことになるので'現実的には
受け入れられない制度であると主張して'自動均衡回復作用についての長所を否定している。
さらに'もう1万の金本位制度の運営により解決されるべき重要課題である「流動性の適宜な供給とその弾力的な
管理」についての金本位制の効用は'何の解決策をも持たず'逆に金本位制度では解決できない制度的欠陥とされて
いる。それにもかかわらず'第一次大戦前に金本位制がほぼ百年間にわたって続いた理由について'堀江薫雄氏は
「ア、経済が価格の需給関係を正し‑反映するような'経済が弾力性に富んでいた'イ'資本主義が上昇傾向であっ
たので'不均衡の拡大による国内諸要因への影響が雇用問題などでさほど深刻化することがなかった、ウ、金生産も
上昇傾向にあり'世界経済の発展にマッチした信用の拡大を可能ならしめ'金不足'流動性の低下を招‑ことがなか(66)(67)った」と指摘している。いわゆる「偶然の所産に負うところが多いと言える」かもしれない。
金本位制度は'元来国際分業の拡大に応じて増え続ける通貨需要に対して必要となる「金」の供給増とその適宜な
弾力的管理には無力に等し‑'その対策は'せいぜい金価格の定期的な一律引上げ程度の万策しかなかったであろ‑0
しかし'このような各国の政策当局者が各々の思惑によって通貨需給を管理するのを否定し、政策裁量の余地のない
のがこの制度の長所であり、この制度を採用するにあたって国際間での共通のルールであった。
元来、国際通貨制度樹立の目的は'国家主権下で認められている政策裁量の余地を、いかに国際間で制限し'その
厳守を制度下のルールとし'その上で「国際不均衡の問題と'流動性の供給と、その適宜な管理」の問題を解決する
ことが最重要課題であろう。この問題は、今後も通貨制度の課題として'いっそうの究明がなされる必要がある。
他方'準備資産を基軸通貨にしたIMF体制では'流動性の供給とその管理は基軸通貨国の政策裁量権に委ねられ
ているため'それだけ「金」による束縛から解放され'政策の余地は大きいと言えるが'制度の円滑な運営の可香は
ひとえに基軸通貨国であるアメリカの政策運営の是非にかかっている。この場合に制度が円滑に機能する大前提条件
は'基軸通貨国の絶対的な優位(経済的・政治的・軍事的優位)に基づき基軸通貨が絶大な信認を得ていることで'基軸
通貨の利用がナチュラルに受け入れられる状況が必要である。その前提条件である基軸通貨国の優位が損なわれ基軸
通貨への信認が低下した場合は'金為替国が外貨準備や民間による在外資金が高金利を求め'あるいは投機・逃避資
金として巨額な資本移動を活発にし'国際金融不安を1挙に引き起こすのを必然とする制度であろう。IMFは'短
期的で一時的な国際収支不均衡の調整にはIMF基金の貸付けで対応し'基礎的不均衡の解決については'対ドル平
価の変更による為替調整により対応しょ‑とする制度である。何れにせよ、「不均衡の調整の課題と'流動性の供給
と'その適宜な管理の問題」も'基軸通貨国アメリカの絶対的優位による加盟国の信頼の継続的確保とアメリカの賢
明な政策の遂行が'パックス・アメリカーナの下でのIMF通貨体制の維持と継続には'何よりも絶対必要条件であ
ると言>見よう.
IMF通貨体制の崩壊を決定づけたのは、一九六八年フランスの金プール協定からの脱退によるものであったが'
根本的なこの通貨制度崩壊の淵源は、アメリカの金価格の管理能力にあったといえよう。基軸通貨としての米ドルを
1オンス三五ドルに堅持することが出来る間は、ドルは金と全‑同等なものと見なされ'IMF加盟国により支持さ
れ'基軸通貨として当然のこととして受け入れられてきたが、西ヨーロッパの経済復興とともに一九五四年にはロン
ドン自由金市場が再開され'五八年に西ヨーロッパ十二カ国の通貨の交換性回復が実現した翌年から'ドル危機が始
まり'ドルでの金価格は大幅に急騰した。
そこでドルの金価格を堅持するために'または対外ドル保有残高の金交換要求を回避するために、六
〇
年には英米間でブリッジング・オペレーションがなされ、その翌年には金プール協定が成立し'さらにバーゼル協定と'六二年
からはスワップ取決めやローザ・ボンドの発行で対処して来た。IMF当局も'六一年にIMF基金の資本移動への
利用を認める規定の変更を行ない、スタンド・バイ協定や一年間に割当て額の二五%を越える基金資金の借入れをイ
90
金為替本位制度の性格 と問題点 (清田邦弘)
ギリスに認めたり、六四年の基金の増資に際しては'アメリカからの金流出を抑制するために、ゴールド・‑ランシ
ュの払込みで必要となる金の調達に、IMFからの特別引出しを認め'さらに'アメ‑カ・イギリスに対して金預託
を行ない'そして、GAB(一般借入れ取決め)協定により希少通貨を必要に応じて借入れ可能にするなど、アメリカか
らの金の流出を極力阻止する努力をしてきた。
結局'IMF当局は終始米ドルの金価値維持を積極的にサポートし'アメリカの金管理能力が後退して行‑のを懸
命に補完してきたのである。
このような'アメリカとIMF当局の米ドルの金価値堅持の懸命な努力にもかかわらず'加盟国が米ドルの金価値
への先行き不信を抱き'言い換えればアメリカ政府の金価値に対する管理能力への信認が喪失されたときに'あるい
は自国の通貨制度の基盤をより安定させるために'ニューヨークに保有してきた外貨準備を「金」に換えて自国に持
ち帰ろ‑としたり'あるいは投機や逃避のために他の国の金融市場に移動させた結果、IMF体制継続の根幹を揺る
がすルール違反があったのであり'崩壊は必然のものであったと言えよう。
また、フランスが金プール協定から脱退したときに、金の二重価格が必然のものとなり'諸外国が保有するドル残
高の金への不換化を決定づける結果となり、この事もIMF崩壊を決定的なものに導‑ことになったのである。
結局'IMFの運命は'アメリカが金をコン‑ロールする能力を持っている間は'米ドルは金と同等なものと見な
され'基軸通貨として当然のことと受け入れられてきたが'アメリカが金の管理能力を維持し続けえな‑なったとき
に崩壊は必然のものとなったと言えよう。
第二次大戦後の変則的な金為替本位制度ともいえるIMF体制は'国際流動性としてのドルの供給を容易にし'戦
後の疲弊した世界経済の復興に大いに貢献してきたが'西欧や日本の経済の復興にともなう「交換性の回復」ととも
に'基軸通貨であるドル管理能力と信認の低下を招‑結果となり、その後のドル不安・ドル危機を導くこととなった。
IMF体制は'いろいろの観点から欠陥の多い国際通貨制度であったといえるが'ドルは「金」との関係を多少な
りとも堅持しながら'基軸通貨国であるアメリカ白身も管理通貨制度下にあったので'それ故、国際協調が制度の成
立の大前提条件となっており'基軸通貨国の政策裁量の余地が極めて多い制度と言えよ‑。そして'各国の国内の通
貨制度の進化がそうであったよ‑に'国際通貨制度も同じような「幣制の進化」を辿って、ケインズが記述した超国
家銀行(Su
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ロatioロ a︼
Bank )
案への一過程となるのであろ‑か。何れにせよ'そのようなことが現実のものとなるには、各国が政策自主権を大幅に譲歩する必要があり、ハロッドは「金」が基本的機能を持ち続ける必要性のある理由とし
て'「政治的かけびき、感情的対立、相互信頼の欠如、イデオロギーの相克が実存する世界の現状において‑‑さら
にある基本的な経済理論面において完全には意見の一致がみられないとい‑現状において‑‑誰が通貨を発行したら
良いのか'発行条件はどうあるべきか'発行されたものをどのように国際間で配分したら良いのか、が解決できない
(68)限りは、金へのリンクは必要であるかもしれない」。また'ジョアン・ロビンソンが「金本位ゲーム'ないし固定し
た為替相場による多角的国際貿易制の基本的な規約は、所得勘定の収支尻が順調になっている国は'長期にわたって
均衡を得た利子率で多少とも対外貸付を行なわねばならぬということ、もし‑は'そのかわりに、その民間および政
府が対外貸付を準備していない国は'所得勘定に受取超過額を持ってはならない‑‑この食い違いが(収支の)微細な
一時的なものならば'貸付利子率の歩調がうま‑合わな‑とも'金および短期資金の流出入活動によって円滑にやっ(69)てい‑ことが出来る。しかし膨大な継続的収支の不均衡は'この制度の耐え難い緊張をもたらす」としているが、変
動相場制であっても同様なことが言えよう.
国際通貨制度が「金」にその通貨制度の基礎をおいた場合に、国際間の為替相場体系の安定には、金価格の安定が
最大の重要課題であり'その課題を達成するために二つの方法が考えられる。一つは'基軸通貨国の絶対的優位の下
で'中心国の主導により金価椿を安定させる方法であり、二つには、国際協調によって各国がゲームのルールを遵守