外国為替証拠金取引規制
―わが国におけるFX
取引の沿革と現状―
〈その1〉
畠山久志
*林 康史
**歌代哲也
***【要旨】
1996年に第二次橋本内閣が発足直後,抜本的な金融制度改革,いわゆる日本版 金融ビッグバンを実施した.その金融制度改革の施策の一つに外国為替取引の完 全自由化という規制撤廃があった.
外国為替管理の自由化によって為銀主義が廃されたために,現在では一般にFX 取引と呼ばれる外国為替証拠金取引が誕生した.外国為替証拠金取引に関しては,
規制する業法もないため,監督官庁もなく,通常の民法や商法などの一般法によ るルールがあるのみといった,ほとんど規制のない状態で取引が自由に行えるよ うになった.
外国為替証拠金取引は,レバレッジを用いて取引が行われ,また,差金決済が 可能であるため,取引によっては多額の利得を得ることもあるが,過大な損失を
* 中部学院大学経営学部教授
**立正大学経済学部教授
***立正大学非常勤講師
立正大学大学院経済学研究科 博士課程
本稿の意見にわたる部分は個人的見解であることをお断りしておく.なお,年号の表記 は,引用文中であっても「西暦(和暦)年」で統一した.
被ることもある金融商品である.法律の不存在の結果,外国為替証拠金取引の商 品特性の説明が不十分であったり,顧客も特性を理解しないまま取引が行われた りし,不公正な取引が行われることもあり,社会問題化し,また,訴訟にも発展 した.
こうした事態を受けて政府は規制を行うこととし,外国為替証拠金取引は先物 取引と整理され,改正金融先物取引法で規制が行われることとなった.外国為替 証拠金取引業者は金融庁に登録が義務付けられ,参入規制や,商品説明義務や不 招請勧誘などの行為規制などが課され,顧客保護に一定の効果があった.しかし,
リーマン・ショックが起こり,外国為替証拠金取引業者が破綻し,顧客に損害が 及んだケースもあった.そのため,取引証拠金の区分管理を徹底し,ロスカット・
ルールを定め,証拠金のレバレッジ規制を導入した.
取引証拠金の区分管理やロスカット・ルールは,外国為替証拠金取引に本来的 に不可欠なものであり,適切な規則であるものの,商品性の本質にかかわるもの ではない.一方,レバレッジ規制は,商品の効率性,魅力に係る本質そのものを 制限するものであり,単なる業者規制,行為規制に止まらない.こうした商品の 本質そのものに係る制限は,日本版ビッグバンが目指した金融制度改革の規制緩 和,自由化に逆行するものと評価される.
本稿は,外国為替証拠金取引を外国為替制度の規制緩和の流れのなかで位置づ けて史的展開を述べ,市場・取引と法が相互依存・経路依存であることを認めたう えで,その取引に係る諸規制,就中,レバレッジ規制について検討するものである.
【キーワード】 外国為替証拠金取引(FX取引),日本版金融ビッグバン,為銀主 義,外国為替及び外国貿易法,金融先物取引法,金融商品取引法,
証拠金規制(レバレッジ規制)
目次 はじめに
1. 金融制度改革における外国為替制度改正 2. 日本版金融ビッグバン
3. 外国為替取引の自由化
4. 外国為替及び外国貿易管理法改正と外国為替証拠金取引(マージンFX取引)の登場 5. 不公正取引等の社会問題
6. 裁判所の判断
(以下,次号)
7. 規制の動き 8. 金融先物取引法 9. 金融先物取引法の改正 10. 金融商品取引法
11. サブプライム・ローン問題とFX業者の破綻 12. FX取引業の健全化と投資家保護
おわりに 参考文献
はじめに
1996年11月に第二次橋本内閣が提唱した日本版金融ビッグバン(橋本ビッグ バン)は,1990年代に入り空洞化しつつあるとされたわが国の金融市場をニュー ヨークとロンドンに並ぶ国際市場として地位を向上させることによって日本経済 を再生させる狙いがあった.その改革の柱として,フリー(市場原理が機能する 自由な市場)・フェア(透明で公正な市場)・グローバル(国際的で時代を先取りす る市場)の3つの原則が掲げられた.具体的項目の一つには外国為替取引の自由 化があった.これによって,誰でも外貨の売買ができるようになり,現在FX取 引と呼ばれる外国為替証拠金取引が開始された.
当初,規制緩和の徹底が企図されたこと等から外国為替証拠金取引に対する法 的な規制はなく,文字通りフリーとされた.監督官庁が定められておらず,規制 する業法もなかった.取引については通常の民法や商法などの一般法によるルー ルが適用されるのみで,公序良俗違反や詐欺行為などが行われない限り,事実上 自由であり,顧客保護のための積極的行為義務を課す法規や業界の自主規制規則 などのルールは存在しなかった.
業者は,海外で行われていたマージンFX取引を参考に自社ルールを策定した ものの,新金融商品サービス取引は,業者及び顧客双方の外国為替証拠金取引の 商品特性の説明不足や理解不足,レバレッジが効いた差金決済取引ではありがち な多額の取引損失の発生,業者が顧客の資産を保有する際の常識である証拠金の 区分管理・その他全般の分別管理の不徹底,カバー取引を超えたディーリング行 為等によるトラブルが多発した.
そうしたトラブルに対応するため,外国為替証拠金取引は,その契約の法論理 的性質とは切り離され,先物と同様に差金決済を用いることから先物と整理され,
2005年7月施行の改正金融先物取引法が適用されることとなった.市場参入や営 業行為などの規制を図り,それによる業者の振落しや淘汰は容認することとなっ た.また,2006年6月に成立した金融商品取引法も外国為替制度の面からみる と,改正外為法を補完する性質のものであった.
それらの対策は一定の効果があったものの,その後,リーマン・ショック等に よる資金の流動性が極端に低下するなどの異常事態により業者の財務内容が悪化 し,顧客に損害が及んだ.またそうした異常な経済環境下で取引を行ったため,
レバレッジ効果によって多額の損失を被る状況が発生した.さらに,金融工学を 用いた商品イノベーションによる複雑かつ不透明な商品によって損害を被る顧客 も多かった.
そこで,顧客保護を徹底するため顧客からの預かり証拠金の区分管理の信託一 本化や,一定の損失金に達した場合自動的に取引を清算するロスカット・ルール の導入,さらに外国為替証拠金の商品性であるレバレッジの倍率そのものを規制 する証拠金規制が導入されることになった.
本稿では,こうした法改正・整備のなかで,外国為替証拠金取引が誕生し,ど のように展開していったかを論じ,外国為替証拠金取引に係る規制の導入の過程 を外国為替及び外国貿易管理法や金融先物取引法の適用,金融投資サービス法で ある金融商品取引法における規制の拡大といった観点から調査・分析するととも に,特に外国為替証拠金の本質である証拠金規制について導入の適否を検討する.
1. 金融制度改革における外国為替制度改正
金融市場と金融法制度の関係は相互依存的であるものの,法が金融市場での取 引慣行を後追いするかのように認識されることが多いが,必ずしもそうではない1. むしろ,外国為替制度は,法改正の後に市場の取引システムが変わることのほう が一般的である2.外国為替証拠金取引(FX取引)が誕生したのも外国為替の法 制度の改正後であり,法改正の前には新しい取引の萌芽さえ皆無だった.
外国為替取引を規定するおおもとの法律は,外国為替及び外国貿易管理法であ る.1949年に対外取引に関する基本法として制定されたが,大幅な改正が1979 年と1997年の二度にわたって行われた(施行は,それぞれ翌年).1979年改正 は,世界に先駆けての進歩的な法律であるとみなされたが,その後,世界中で為 替管理に関して規制緩和が行われるようになり3,次第にわが国の外国為替制度は 時代遅れと考えられるようになった.
後述するように,1979年の改正が第一次とすれば,1997年の改正は第二次と も位置づけられるもので,法律名からも管理の文字が消え,為銀主義が廃止され,
個人の外国為替取引もほとんど規制がなくなり,名実ともに自由化された.
具体的には,外国為替取引とは,従前は「国境を越えて発生した債権債務の関 係を現金の輸送を行うことなく決済すること」だったが,1979年の改正で「(銀行 を介した)外貨の売買」に,1997年の改正で「外貨の売買」に変わったのである.
1 市場は社会システムの下位のシステムであり,市場の法ないし法制度は取引を効率的に 行うためのインフラであり,市場・取引と法は,相互依存・経路依存であることが観察 される.
2 外国為替制度にあっては,歴史的に,いずれの国でも「まず強力な規制ありき」という 原則で制度設計がなされ,そこから経路依存となっているという経緯もあり,法律の改 正が先行することが多い(もちろん,相互依存であるには違いない).林・川村・浅子
[2007]pp. 90–92.
3 特に欧州では,欧州連合の経済通貨同盟(Economic and Monetary Union)に向けて 1990年7月1日,既存の為替管理制度を廃止し,欧州経済共同体における資本の移動 が完全に自由化されることとなり,それまでに加盟各国で制度改正がなされた.
2. 日本版金融ビッグバン
日本経済は1990年代になり,株式と不動産などの時価資産がバブルにより著 しく下落し,景気が後退するなか,当時の政権党であった自民党の橋本内閣が金 融制度を改革することにより,金融市場の活性化や証券業界の国際化を図ろうと した4.1996年11月に第二次橋本内閣が発足し,橋本首相が指示・提唱した金融 制度改革5は,英国でサッチャー政権が経済回復を果たした金融ビッグバンに準え て,「日本版金融ビッグバン(橋本ビッグバン)」と呼ばれた.
(1) 英国の金融制度改革・金融ビッグバン
英国の金融制度改革のうち,金融ビッグバン6は,サッチャー政権が推進してき
4 1996年10月,内閣府経済審議会・行動計画委員会の金融ワーキンググループが報告
「わが国金融システムの活性化のために」をまとめる.背景には,経済成長の鈍化を抑 止し,また,空洞化しつつあるとされたわが国の金融市場の地位を向上させ,日本経済 を再生させる狙いがあった.
5 1996年11月の指示の後,第二次橋本内閣は,1997年1月20日の第140通常国会の 施政方針演説で,21世紀に向けた経済社会システムの「変革と創造」の実現を目指し,
行政・財政構造・金融システム・社会保障制度・経済構造・教育の6大改革を掲げた.
なお,1996年11月の指示から改正外為法の施工まではわずか1年半という異例の 速さであった.本来であれば経済構造に含まれるはずの金融制度は,長い間の検討の蓄 積があり,閉塞状態の打開という政治的要請から早急に改革の具体的成果を示す必要が あった橋本内閣の看板の役割を担うことになる.また,経済社会システムの改革の先陣 が金融システムの改変であり,そのなかでも外国為替制度が先駆けとなるということで もあろう.
6 最も狭義の「ビッグバン」は1986年10月27日に実施された国内証券取引制度の改革
(規制緩和)を指す.委託売買手数料の自由化,また,単一資格制度(マーケットメー カーとして自己勘定で証券を売買するジョバーと,投資者の注文をジョバーにつなぐブ ローカーとの兼業を認めないという制度)の撤廃が行われた.
サッチャー政権による金融業の活性とロンドン市場の発展を目指した一連の金融制度 改革を単に「ビッグバン」と総称することもあるが,その場合には,1979年に行われ
た金融・資本市場自由化策の最終段階の施策として,1986年10月に行われた.
その最大の特徴は2点あるとされている7.一つは,英国籍企業重視でなく英国 市場重視という点であり,外国企業でも経済活動を英国内で認めた方が国民の利 益に叶うとするものである.もう一つは,ロンドンの金融街であるシティが伝統 的に維持運営してきた証券取引所の現代化によって,国際金融センターとなるこ とを求める動きであった.1977年に英国政府が「制限的取引慣行規制令」8を改 正して,金融サービス業を証券取引所の対象に加えたことが発端になっている.
ビッグバンの主な内容は,証券の委託売買手数料の自由化,取引所会員権の開 放による銀行資本の市場参加,コンピュータによる株式売買システムの導入,取引 所集中義務の撤廃などで,前述のように,いずれも証券市場に係るものであった.
ビッグバンによる取引面での具体的影響は,①証券取引所取引高の飛躍的増加,
②手数料率の低下,③ネットベース取引の増加,だと言われる.また,当時,急 速にスクリーン取引が拡大したという技術の発達による影響(立会場の閉鎖)も ビッグバンによるものだとの見方もあり,また,1993年には外国株式取引高が国 内株式取引高を上回ったりと,ビッグバンは証券取引の活発化とロンドン市場の 効率化・発展に寄与したと評価されている.GDP・雇用・消費者のメリット等々 を考えると,ビッグバンが英国の経済にもたらした効果は大きい.英国の証券会 社は外資にとって代わられ,以後,外資の活躍が目立つという意味でウィンブル
た4つの改革(外国為替管理の自由化,価格・所得・資本移動の規制緩和,国営企業の 民営化,労働関係諸法の改革.一般には,ビッグバンというとき,この4つの改革は 含まないことが多い)を先駆けに,新しい金融調節方式改善(1981年8月),証券取引 所自主改善案誘導(1983年7月.ビッグバンの期限決定),資本規制の緩和(1986年3 月),ポンド建CP市場の創設(1986年5月),住宅金融組合法制定(1986月7月),狭 義の「ビッグバン」(1986年10月),金融サービス法制定(1986月11月),1987年銀 行法制定(1987年5月),投資家補償制度(1988年)等を包括的に指すようである.こ のなかで特に影響の大きかったのが,狭義のビッグバンと1986年住宅金融組合法,金 融サービス法,1987年銀行法の制定である.英国の金融制度改革・金融ビッグバンに 関しては,林[2000],林[2009]を参照.
7 日本証券経済研究所[2014]p. 12.
8 日本の独禁法に相当.
ドン現象と揶揄されることもあったが,成功だったとみなしてよいだろう9.
(2) 日本版金融ビッグバン
日本版金融ビッグバンは,東京市場を2001年までにニューヨークやロンドン のような国際市場にすることを目的に行われた改革であり,フリー(市場原理が 機能する自由な市場)・フェア(透明で公正な市場)・グローバル(国際的で時代を 先取りする市場)の3つの原則を謳うものであった10.
英国の金融ビッグバンは狭義には証券市場改革であったが,日本版金融ビッグ バンの場合は,当初から金融全般の規制緩和や撤廃,金融市場の活性化,証券業 界の国際化を図ろうとしたものだった11.
1998年には金融システム改革のための関係法律の整備等に関する法律(金融シ ステム改革法)が成立し,これら各種の改革が一括して扱われた.
以下に主な施策を挙げる.
①業務分野規制の廃止:金融機関の業務分野規制を撤廃することによって,銀 行,証券会社,保険会社の相互参入を可能とするもの.
②事業会社の参入:金融機関以外の事業会社などにも,いわゆる金融業務への 参入を可能とするもの.
③手数料の自由化:証券売買の委託手数料の自由化などによって,金融機関の 競争を促進し,ビッグバンの成果を企業,個人に還元するもの.
④外国為替取引の自由化:外為法の改正によって,内外の資金移動を活性化さ せるもの.
さまざまな施策が実施されていくなかで最後まで残されていた金融サービスに 関する法律(いわゆる投資サービス)が2006年に制定され,日本版金融ビッグバ ンの構想はほぼ実行された12.しかし,金融環境の整備は達成されたものの,英
9 ビッグバンの影響・評価については,例えば,小林嚢治[1990]を参照.
10 西村[2003]p. 347.
11 木下[1999]p. 42.
12 例えば,鹿野[2013]pp. 63–66を参照.
図表 1 外国為替及び外国貿易管理法の改正
(出所:林[1998]p. 199ほか)
〈改正の背景〉
❶国際金融取引のグローバル化・エレクトロニクス化の進展
❷諸外国における外国為替制度の自由化の進展,国際間の競争の激化
❸規制緩和を通じたわが国の金融・資本市場の活性化,空洞化への対応
❹経済の基礎をなす金融システムの改良
〈改正の目的〉
❶対外取引におけるグローバル・スタンダードの実現
❷外国為替業務の完全自由化による市場の活性化
〈法改正のまとめ〉
❶内外資本取引等の自由化(事前の許可・届出制が原則廃止されること で,企業や個人が自由に海外の企業や個人と資本取引,決済等を行う ことができるようになる)
❷外国為替業務の完全自由化(為銀制度,指定証券会社制度,両替商制 度が廃止され,外国為替業務が自由に行えるようになる)
❸事後報告制度の整備,経済制裁等の国際的要請への対応
国が得たような経済効果はほとんどなかった13.
3. 外国為替取引の自由化
日本版金融ビッグバンの企図は英国の金融ビッグバンとは異なるものだったが,
ただ,わが国でも英国でも外国為替制度の改革が嚆矢となった.金融・経済社会 システムの改革を目指すとき,外国為替制度が初期段階で改正されるということ でもある.
13 例えば,西村[2011]pp. 425–426を参照.
(1) 外貨取引の原則制限―為銀主義
為銀主義の源泉は,1933年の外国為替管理法の制定に遡るが,外国為替及び外 国貿易管理法は,国際収支の均衡と通貨の安定を図ることを目的に,第二次大戦 後の1949年に制定された.この段階では,当時の日本が置かれた経済情勢を反 映し外国との経済取引(外貨による決済)を原則として禁止し,許認可を受けた場 合のみが例外として取引が認められていた.そして,すべての外国為替取引は,
いわゆる為銀14を通じて行う必要があり,そのため「為銀主義」と当時呼ばれて いた.法律名が示すごとく,外貨の取引は国家が厳格に「管理」する15対象であ
図表 2 外為法改正による取引方法の相違
(出所:林[1998]p. 201ほか)
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14 木内[1991]p. 68.なお,為銀は略称であり,外国為替取引を行ってよい公認銀行のこ とであるが,法律用語ではない.外為法10条により大蔵大臣(当時)の認可を受けて 外国為替業務を営む外国為替公認銀行と,外国為替銀行法4条により大蔵大臣からの 免許を取得して外国為替・貿易金融業務を営む外国為替銀行(いわゆる外国為替専門銀 行.略称は為専)の総称.具体的には一般の銀行等と東京銀行(当時)を指す.
15 三井住友銀行総務部[2014]p. 4.
り,為銀主義は,戦後の金融制度の柱の一つであった16.
当時の日本は,戦災により特に工業地帯は焼け野原となっており,経済の再生,
復興のためには外貨が欠かせなかった.対外取引の決済原資として貴重な外貨を 復興重点分野に投入するために,集中的に運用管理する規制が行われた.そのた め,使途は主に工業原材料等の輸入の決済に限られていた.一般企業や個人は外 国にある金融機関等と直接に取引を行うことが原則禁止された.
禁止は徹底しており,東京オリンピック開催前年の1963年まで,一般企業や 個人は外貨を購入することが基本的に認められておらず,観光はもちろん社用出 張であっても海外渡航は事実上不可能であった17.
(2) 自由化の流れ―自由化の検討と日本版金融ビッグバンの協奏 その後,日本は1956年には戦後経済を脱出18し復興と高度経済成長に突き進ん だ.戦後の脆弱な日本経済の保護を目的するこれらの制限は,日本が経済的な発 展を遂げてくると,むしろ企業の自由な海外戦略の桎梏となり,1980年には全面 的な改正が行われ,対外取引は原則自由化された.
しかし,為銀主義は引き続き維持され,外国為替公認銀行19を通じて外国為替 取引が行われていたため,規制のある東京市場での取引シェアは相対的に急減す ることとなった20.
1996年には外国為替審議会において外国為替管理制度の抜本的見直しが提言さ れた21.その後,本格審議が開始され,11月11日の首相指示ののち,日本版金
16 川上[2007]p. 273.
17 1980年の改正でも,為銀主義は維持された.為銀以外の者が取引を行った場合,懲役
3年もしくは100万円以下の罰金であった.
18 「もはや“戦後”ではない」で知られる経済白書(副題:日本経済の成長と近代化)1956 年7月公表.
19 東京銀行は,三菱銀行を存続会社とし1996年4月に三菱銀行と合併し,外国為替銀行 法に基づく為銀は存在しなくなっていた.
20 西村[2003]p. 351.
21 外国為替審議会[1996].
融ビッグバン構想に取り込まれることとなった.先行していた改革論がビッグバ ン構想に適合するものであった22.また,外国為替審議会関係者がビッグバンの 推進に強い意欲を持っていたため,外為法改正はビッグバンの先導役を担ったの である.5つの審議会に対し,2001年までの間に金融制度改革が完了するプラン を立てるよう要請がなされたが,外国為替制度の改革に関しては,1997年1月に 外国為替等審議会から答申がなされ,3月には外為法改正案が国会提出され,5月 には成立するという異例のスピードで改革が進んだ.その理由については,以前 から制度変更の動きがあったからであり,心理的な影響以外は予定通りで事が進 んだにすぎないとの見方が一般的である.しかし,日本版金融ビッグバンのその 後の動向を決定づける先陣としての役割が途中から付与されたと考えるほうが妥 当であろう23.
1998年4月に金融システム改革法のなかで外国為替及び外国貿易法が施行され た.
(3) 為銀主義の廃止
新法では,事前の許可や届出制と為銀主義が廃止24され,個人や企業が自由に 対外取引を行えるように変更された.外為法の体系は原則自由から完全自由に書 き換えられ,正式名称も「外国為替及び外国貿易法」とされ,「管理」という文字 が削除された25.
22 西村[2003]p. 350.
23 1997年5月,ブレア労働党政権が誕生して以来,英国では1986年金融サービス法の 大改正が検討され,金融サービス市場法へに向けての改革のスピードを目の当たりにし て,わが国の金融制度改革のスピードについての焦燥感が昂まるという影響があったの は間違いない.林・川村・浅子[2007]p. 93.
24 外国為替及び外国貿易管理法第14条の両替商認可規定「両替業務を営もうとする者は,
その営もうとする営業所及び業務の内容を定めて,大蔵大臣の認可を受けなければなら ない」が削除された.
25 金融庁ホームページ「外国為替及び外国貿易管理法の一部を改正する法律案の概要」
http://www.fsa.go.jp/p_mof/big-bang/bb26.htm
4. 外国為替及び外国貿易管理法改正と外国為替証拠金取引
(マージン FX 取引) の登場
外国為替取引に関する法律が全面改正されたことで,外国為替証拠金取引(マー ジンFX取引)という新しい金融商品とその取引市場が誕生した.
(1) 外国為替及び外国貿易管理法改正による自由化
外貨取引を行う際に,事前の許可や届出は原則不要となり,また外国為替専門 銀行や外国為替公認銀行を通さずに外国為替業務や資本取引が可能となった26.自 由化された具体的項目は以下のとおりである27.
①法律名の改正,②為銀主義の撤廃(外国為替業務の自由化),③資本取引等の自由 化,④経済制裁等の国際的要請への対応等,⑤事後報告制度の整備が主な変更点であっ た.林・川村・浅子[2007]p. 94.ただし,為銀主義は銀行に業務を専有させるという 側面もあり,それと交換で手続き・集計等の業務を代行させるというレシプロシティー の側面もあったが,いわゆる為銀への依頼業務はほとんど減らなかった.ちなみに,為 銀主義の撤廃によるインターバンク市場の参加者の増加はなかった.
26 中窪[1998]p. 1.
27 林[1998]p. 196–205,片山[1997]p. 42.
図表 3 外国為替及び外国貿易法の変遷
年 法 律 名 等 内 容
1949 外国為替及び外国貿易管理法(制定) 対外取引に関する基本法 外貨両替原則禁止 為銀主義
1979 外国為替及び外国貿易管理法(改正) 外貨両替原則自由(事前許可・届出制)
為銀主義 1997 外国為替及び外国貿易法(改正) 外貨両替完全自由
為銀主義の撤廃
イ.海外預金
改正前の許可制から,改正により預金口座開設が自由となった.当該預金口座 を利用して,資金決済や外債投資の決済を行え,個人輸入の決済などの場合には,
海外の預金口座から直接ドルで支払えることとなり,為替変動リスクの回避が可 能となった.
ロ.対外貸借取引
改正前は事前届出制であったが,改正後は手続きが不要となり,市場状況に応 じた迅速な資金取引が可能となった.
ハ.外貨建て取引・外貨の両替
改正前は許可制であったが,改正によって自由に外貨建て取引が可能となり,
国内企業間の外貨建て決済,銀行以外での為替両替や外貨金融商品の購入や外貨 を使っての買い物も可能となった28.そのため当時,商業施設(例えば,百貨店,
スーパーなど)でも外貨で買えるとの宣伝をしていたが,実際には,外貨での買 い物が行われることはなかった.
ニ.対外証券取引
改正前は事前届出制であったが,海外金融機関等と自由に証券取引が可能とな り,一般投資家も海外の銀行や証券会社から債券や株式を直接購入することが可 能となった.
ホ.ネッティング決済の自由化
改正前はやはり許可制であったが,自由な外貨建て取引の相殺決済が可能とな り,企業間でドル決済を行えるため,企業の資産管理が効率的となった.
(2) 外国為替証拠金取引(マージン FX 取引)の登場
この結果,わが国でも両替商取引として外貨の売買が自由に行えるようになり,
企業も個人も取引を行うようになった.
28 当然ながら,外国通貨は当該国においては法貨(法定貨幣)ではなく,法律に基づく強 制通用力を持たない.ただし為銀主義を廃したということは,電子マネーや一部の地域 通貨と同様,一般受容性があれば外国通貨も流通することを許容したこととなる.
当然のことながら,海外では現在でもEU圏でユーロを導入していない英国ロ ンドン市街でよくみられる通貨の両替商のように,手数料をとり外貨を売買する 業者が出てきた.さらに自由化のなかで取引に魅力を与えるために工夫が加えら れ証拠金・保証料を取って外貨を取引する業者も登場した.
このような形態の取引,外貨を売り買いするに一定の証拠金を差し入れ,その 証拠金が売買する外貨の担保機能を果たす範囲まで取引額を認めるいわゆるFX 取引は,すでにシンガポールを中心としたアジアや欧米では以前から定着してお りマージンFX取引29と呼ばれていた.マージンFX取引は,一定の担保を積む ことによって,その額の数倍から数十倍相当の外国為替取引を可能にするもので ある.すなわち,証拠金に一定の取引拡大範囲を認め,いわゆるレバレッジを効 かせて取引の資金効率を上げ,最終的に丸代金の受け渡しを行う,または複数の 取引間の差金決済が可能となる.
この「マージンFX」という手法を模倣し,国内の状況に合わせる形で一般の 個人投資家向けのサービスが開始された30.
当時,証券会社や商品先物会社,短資会社などがこの業務に積極的に参加した.
例えば,ダイワフューチャーズ株式会社(現ひまわり証券株式会社)はFX取引 を日本で初めて個人投資家向けに行ったといわれる(1998年10月8日)31.その 翌年1999年には商品先物取引系の会社が10社以上参入し,2000年にはネット 証券が続々参入した32.商品名は業者により外国為替証拠金取引,外国為替保証 金取引,外貨証拠金取引と異なっていた.現在は,外国為替証拠金取引,FX取
29 尾関[2003]p. 3.
30 廣重・平田[2009]p. 16.なお,筆者(林)は,商品取引員の経営者の懇談会等で新商 品としての外国為替取引について講演し,また,個別に取引員あるいは独立系の業者か らも取り扱い開始の相談を受けた.
31 尾関[2004]p. 14.
ひまわり証券ホームページhttp://sec.himawari-group.co.jp/company/overview/history/
32 外国為替証拠金取引の歴史2004年08月06日(金) FXダイアリー http://forexpress.com/columns/blog.php?ID=3&uID=ozeki
引の呼称が一般的となっている33.
銀行が提供してきた外貨預金や外貨MMF(マネー・マネジメント・ファンド)
と類似の金融リスク商品であるが,そのリスク性と社会問題となったこと等から 銀行自体の参入はほとんどなかった34.
5. 不公正取引等の社会問題
外国為替取引の法制度が抜本改正されたことによりFX取引が登場するが,一 方で,当該取引を規制する法律及び監督する主務官庁が不存在という状態が発生 することとなった.
(1) 法律の不存在
FX取引は規制をなくする金融制度改革のなかから生まれたために,この取引 を規制・監督する法律及び所管する主務官庁はなかった35.業法等で規制対象外 の経済取引行為について,商品性の問題に関しては,そもそも詐欺罪のおそれの あるものや出資法などの経済刑法の対象となるものは,警察の担当所管であるが,
通常の経済取引として行われているものは,民商法等の一般法の適用はあるもの の,規制を目的とした法律や所管行政庁がない状態となる.
それは法令の不備や解釈の余地に乗じて新たな詐欺的あるいは不公正取引が生 起される可能性があったということを意味する.ちなみに,金融制度改革により 多種多様なリスク金融商品が組成されたが,それらのリスクに伴うトラブルに対
33 金融先物取引業協会ホームページ「FX取引の規制について 証拠金規制」
http://www.ff aj.or.jp/regulation/03.html
34 2015年6月現在,インターネット専業銀行8行のうち,5行(じぶん銀行,ジャパン ネット銀行,住信SBIネット銀行,ソニー銀行,楽天銀行)がFX取引に参入してい る.
35 筆者(林)は,取扱開始を望む業者からの相談に対して関係省庁・日銀へのヒアリング と確認をアドバイスしたが,その結果,どの省庁・日銀からも,主務官庁はなく,業は 規制を受けない旨,回答を得た.
応するために金融商品販売法が制定されたのは2002年になってからであった.
加えて,最近のように取引の適合性や金融リテラシーなどが十分に意識される 環境になかったため,金融取引に際して取引内容説明を十分に受けない,レバレッ ジ・リスクの把握に欠けていた投資家も多くいたこと,さらに一部の業者にはそ もそも商業モラルや法令順守規範の認識が薄い会社があったことなどから,取引 トラブルが著増した.
当時の状況について,次のように紹介されている.「外為業者を名乗りながら,
商品やリスクの説明を満足にしないどころか,なかには強引な勧誘のうえ詐欺ま がいの手口で顧客を集めるやからも存在しました.さらに,無断売買を行ったり,
顧客による出金依頼を拒否したり,挙句の果てに顧客から預かった資金を持ち逃 げするなど,悪質な業者が横行し始めました.さすがに,テレビや新聞などのマ スコミが,この種の事件を頻繁に取り上げたこともあり,次第に社会問題にまで 発展しました.その結果,この取引自体を“悪者”扱いするケースさえ見られるよ うになったのです」36.「法律の不備」を突き,あるいは「法律の誤った解釈を正 当であると言い張りうる余地があったこと」を奇貨としてトラブルは急増し,近 年まれに見る被害を生じさせたものとの指摘もあった37.
当時,国民生活相談センターに対する苦情相談の件数をみると,2000年はわず か4件であったものが,2002年,388件,2004年には2786件に著増している38.
その内容としては,イ.未投資経験者への勧誘(投資経験のない高齢者に対す る勧誘),ロ.執拗な勧誘(何度も断ったが,連日数時間にわたって電話勧誘が続 いた),ハ.取引内容・説明不足(外貨預金のようなものだ,と言われた.元本保 証と誤解させるような言動があった),ニ.断定的判断の提供(「絶対儲かる」「損 はさせない」との説明があった),ホ.決済の回避,未返還(損失が出たことを知 り,解約したいと申し出たが応じてくれない,証拠金等の返還がない)などであっ た.
36 廣重・平田[2009]p. 17.
37 あおい法律事務所ホームページ http://aoi-law.com/
38 国民生活センター 消費生活相談データベース2005年6月公表.
(2) 外国為替取引の分類
外国為替の取引の形態について概観しておく.
イ.通常の財の現物取引(小売市場,卸売市場ともに)は,基本形態は相対取引
(OTC)であり,スポット(spot直物)39渡しで,売買約定金額と現物とが交換さ れる.
ロ.先物(futures)取引では,取引の結果としての損金・益金の授受(これを
差金決済という)及び取引を行うための証拠金の授受が行われる.取引の流動性・
市場機能の向上のため,取引対象は標準化され,信用リスク等を低減させるため,
先物取引は相対ではなく,取引所取引が基本となる.
ハ.先渡(forward)取引は,通常の現物取引と先物取引の中間に位置づけられ,
取引所取引よりも相対取引の場合が多い.当該商品が汎用的であり,流動性が高 い場合は,先物ではなく先渡が行われ40,差金決済も可能である場合が多い.ス ポットより1日でも将来の日付に受渡日が設定される場合を先渡という.
ニ.FX取引は,形式的には現物を直物で取引するものである.その観点から は“現物”取引であるが,受渡日をロールオーバー(延期,延長)することを繰り 返す.具体的には,受渡日を延期・延長した日から,さらにスポット渡し以内の 日付(具体的には,1〜2営業日後)に受渡日を設定しなおす.つまり,先渡取引 ほどには受渡の時期を先には設定しない.しかし,実質的には先渡の効果を持つ ものといえる.また,レバレッジを効かせることも可能であり,差金決済が行わ れることも多い.相対取引も可能であるが,取引の流動性・市場機能の向上のた め,取引所取引とすることも可能である.FX取引は相対・取引所のいずれの取 引方式でも行われている.後述するように,この取引方式は,実質的には先物・
先渡の機能を有することから,デリバティブとして扱われるのが一般的である.
39 市場の慣行や規則によって異なるが,売買契約(約定)日または,売買契約時から2〜 3日後に現物の受渡を行う.例えば,外国為替市場では,通常,2営業日後に受渡を行 い,2営業日以内に受渡を行う取引をスポットという.
40 外国為替市場では,取引所での先物取引よりも相対での先渡取引が圧倒的である.
(3) FX 取引の特色等
現在行われているFX取引の特徴を述べる.
外国為替証拠金は,特定の通貨を他の通貨で購入する取引で,取引に際しては,
取引額相当金額に対応する担保金を設定するものである.売買の申し出をした契 約が成立するとその通貨の代金となった取引額を支払って特定の通貨を受け取る か,または,その取引と逆の通貨取引行為との差損益を相殺し清算する差金決済 方式とがある.以下の点が他の金融商品に比べ特徴があるといわれている.
イ.多くの外貨建て商品では,例えば,外貨預金・外貨建てMMFなどでは通 常外貨を買ってから後に売るという取引になるが,FX取引では逆に外貨を売っ てから(外貨を借り)一定期間後に買い戻すことも可能である(「売りから入る」取 引).
ロ.証拠金取引であるため,取引で損失を出しても,日本円で預託した資金は,
日本円から決済通貨に交換の上,損失相当額を支払うだけである(利益の場合,利 益相当額の決済通貨を受け取る).したがって,「米ドル(USD)を売ってユーロ
(EUR)を買う」といった取引も容易である.
ハ.レバレッジを利用することによって証拠金の何倍もの外貨を取引すること ができるが,結果として証拠金以上の損失を被ることも当然想定される.
ニ.為替レートが同一のときの売り相場と買い相場(他の外貨商品でいう,電 信買相場TTBと電信売相場TTS)の差(スプレッド)が他の金融商品に比べて
図表 4 外国為替取引の形態と主な特徴
金融・証券・
商品市場
現物取引
デリバティブ取引
現物(直物)取引 先渡取引 先物取引
丸代金での決済 相対取引
差金決済が可能 証拠金取引 取引所取引
小さい.
ホ.受け取りスワップポイントも,他の金融商品より有利な場合が多い41. FX取引でも日本国内での初期の頃は,限月制の取扱いもあったが,現在では 限日制(ロールオーバー制)42が一般化した.
6. 裁判所の判断
FX取引の有効性が訴訟で争われるようになり,裁判所の判断が示された.
金融先物取引法によってFX取引が規制されるようになる前の事案について,
東京高等裁判所の判決がある43.そこでは,FX取引は賭博として公序良俗に反す るものであると判示されている.
41 通常,外国為替取引の先渡では,ロールオーバーの場合,貸借期間の延長を意味し,顧 客は,ロングの通貨に関しては預け入れの利率を用い,ショートの通貨は借り入れの利 率を用いる.したがって,スワップレート(FX取引のスワップポイントに相当)は,当 該ペアの売りポジションの延長か買いポジションの延長かによって2つのレートが存 在することになる.金融取引所等では,商品を魅力的なものとするために,利率を一本 化した.即ち,スワップポイントは,売りポジションか買いポジションかに関係なく,
同一のポイントを用いることにした.スワップレートでいえば,スプレッドがゼロ(ロ ングでもショートでも同一レートが適用される)ということである.これはマーケット メーカー等の負担の上に成り立った制度であり,論理的には正しい処理とはいえない.
なお,この特徴に関し,「金利が高い通貨の買いポジション(ロング)の場合,金利差 による受け取りスワップポイントが他の金融商品より有利な場合が多い」という説明を 見ることもあるが,ロングでもショートでも顧客が有利となっており,正確な記述では ない.
42 限日制という単語は,限月制の“月”を“日”に言い換えたものであろうが,概念は類似 していない.限月は,定期と称されることもあるように,月の特定の日に決済するとい う意味であり,限日は,毎日が決済可能であることを意味している.
43 東京高裁判決2006(平成18)年9月21日(先物取引判例集45巻408頁).
(1) 認定事実
裁判所で認定された業者(FX業者C社)が行っていた外国為替証拠金引は,お おむね以下の内容であった.
ア.本件外国為替証拠金取引は,外国為替直物取引で,外国為替市場における インターバンクレートを基準として業者が独自に提示する為替レート(売買値段)
によって,業者と顧客との間で行われる相対取引であり,顧客が業者に対し総取 引金額の5%から10%の少額の証拠金を預託し,担保とすることで,あらかじ め合意された倍数(レバレッジ)に相当する多額の取引を行うものであった.
イ.本件外国為替証拠金取引は,相対取引であるから,取引における注文,注 文成立の報告及び金銭の授受等は業者と顧客の間で行われ,インターバンク市場 を通じての取引は行われていない.しかしながら,業者は「外国為替取引約款お よび約諾書」(以下「約諾書等」という.)に,「外国為替市場(インターバンク市 場)の外国為替直物取引で」「売買注文が成立した場合」と記載し,パンフレット にも,「FX業者C社は,今後もさらに発展を続ける外国為替市場とお客さまの 橋渡しの役目として,最上のサービスを提供し続けます」,「FX業者C社でお取 引をされるお客様は,FX業者C社と契約し,注文や注文成立の報告,金銭の授 受等はFX業者C社とお客様の間で行われます」と記載し,また,「外国為替取 引 売買報告書害及び計算書」には,顧客の名前の前に「委託者コード」と記載 するなど,インターバンク市場を通じての取引であり,業者がインターバンク市 場に対し,顧客の注文を委託し,FX業者C社は売買契約の相手方となるのでは なく,注文を取り次ぐだけであると誤解される記載があった44.
44 当初,法整備の段階でも,商品先物取引が業者の呑み行為(取引を市場に繋がず,顧客 の売買の相手となること)を禁止していることの連想からか,公平性を担保するために,
市場に繋ぐことをルール化しようとしていたが,筆者(林)は,2ウェイ・プライスを 義務付けることで公平性は保たれると主張した.クォート(見積もり)を上方または下 方にずらした場合,2ウェイ・プライスであれば,顧客は意図していた売買と反対の取 引を行うことで利益を得ることができる(業者は損を被る)ためである.なお,2005年 7月以降,基本的には,取引所取引・店頭取引ともに,2ウェイ・プライスのクォート が義務づけられることとなった.詳細については,林・川村・浅子[2007]pp. 101–102 参照.
ウ.本件外国為替証拠金取引は,米ドル,ユーロ,英国ポンド,豪ドル,ニュー ジーランドドルの5つの通貨を,1万米ドル,1万ユーロ,1万英国ポンド,1万 豪ドル,1万ニュージーランドドルを取引単位として取扱っていた.
エ.本件外国為替証拠金取引は,建前としては直物取引であり,取引成立の2 営業日後に現物通貨の総代金で通貨を授受するとされていたが,ロールオーバー
(通貨の交換日の繰延べ)を行うことにより建玉(売買成立した未決済の売り契約 又は買い契約)を継続することができるとされていた.ロールオーバーについて は,約諾書等には何らの記載はなく,パンフレットには,ロールオーバーの説明 があるが,その具体的な方法についての記載はなかった.
オ.顧客が建玉を決済する方法は,反対売買により差金決済をするのが通常の 方法であった.もっとも,業者のパンフレット,約諾書等には,実際に通貨を受 け渡すことができる旨記載されており,この場合は,顧客は,受渡決済日2営業 日前の午前3時までに,買い付けた通貨に係る円及びその数量又は売り付けた通 貨及びその数量を取引口座に入金しなければならないとされていた.この場合は,
パンフレットには,外貨受渡コストとして1取引単位当たり36ないし80銭が必 要である旨,また,買いの場合は,予め買い付けた通貨(基軸通貨)の受け代金及 び諸費用に相当する対貨(円)を,売りの場合は,予め売り付けた通貨(基軸通貨)
及び諸経費(円)に相当する金額を上記の日時までに入金する必要があると記載さ れていた.約諾書等には,顧客は業者の規定の受渡コストを支払うとあるが,具 体的な金額や内容についての記載はない.
カ.本件外国為替証拠金取引においては,顧客は,未決済取引の相場の変動に より,値洗差損金が本証拠金合計の50%相当額を超えた場合,追証拠金として 本証拠金合計の50%相当額を預託しなければならず,また,当該取引の値洗差 損金が本証拠金合計の50%の整数倍を超えたときは,整数倍を超えるごとにそ の整数倍の追証拠金を預託しなければならなかった.
(2) 控訴人(原告側)の主張
外国為替証拠金取引は,差金決済取引であり,現物の売買取引ではない.差金 決済取引とは,「差金決済可能な取引」をいうのであって,2005(平成17)年7月
1日に施行された金融先物取引法改正法が,いわゆる相対(店頭)金融先物取引を
「金融先物取引所の開設する金融先物市場及び海外金融先物市場によらないで……
当事者が将来の一定の時期において通貨(第8条第3号に掲げるものを除く)及 びその対価の授受を約する売買取引であって,当該売買の目的となっている通貨 等の売戻し又は買戻しその他政令で定める行為をしたときは差金の授受によって 決済することができる取引」と定義しており,外国為替証拠金取引が先物取引で あることは法律上決着した.
さらに,外国為替証拠金取引には,スワップ金利と称されるものが発生すると されているが,金利は金銭消費貸借を前提としないでは観念できない性質のもの であり,金利に見合う現実の金銭交付(総取引額に見合う金額)がないのに,差金 決済取引ではなく,現物売買として金利が発生するとすることは,金銭消費貸借 の要物性という民法の大前提と矛盾するものである.
業者は顧客が通貨の受渡しによる決済を希望する場合は,1通貨単位当たり約 1円の諸費用の支払いを要求している.この諸費用は,顧客の建値でインターバ ンク市場から当該外国通貨を調達しようとすると,インターバンクレートとTT レート(銀行の対顧客レート)との差額として必要となるものであり,業者が負担 し得るようなコストでないから,顧客に支払いを要求するものである.要するに,
建玉時に外国通貨を売買するものではないから建値で受渡しができないのであり,
自分が買った物を買った値段で受渡して貰えないというのであれば,売買契約に 基づく受渡しということはできない.
結局,外国為替証拠金取引は,通貨間の価格差(為替)の変動及び通貨間の金利 差を差金決済指標とする(複合的)差金決済合意であるとしか説明のしようがない ものであり,法令による違法性阻却を欠く差金決済取引は,賭博として公序良俗 に違反する.
(3) 被控訴人(被告側)の反論
外国為替取引業務は為替自由化に伴い近代巨大市場として注目されている分野 であって,この業務を行うことで上場している会社が多く存在しているのである から,外国為替証拠金取引が公序良俗に反するということはない.
(4) 東京高等裁判所の判決
①本件取引の公序良俗違反性について
ア.上記認定の事実によれば,本件外国為替証拠金取引は,外国為替市場の外 国為替直物取引とされ,外国為替市場におけるインターバンクレートを基準とし て業者が独自に提示する為替レートによって,業者と顧客との間で行われる相対 取引であって,証拠金の10倍ないし20倍の外国為替直物取引が可能であり,米 ドル,ユーロ,英ポンド,豪ドル,ニュージーランドドルの取引通貨の最小取引 単位は各通貨の1万倍とされていることから,総額は多額に上り,したがって,
極めてハイリスク・ハイリターンの商品であること,外国為替市場におけるイン ターバンクレートの変動それ自体は当事者において予見し得ない事実であること,
しかも,直物取引とされてはいるが,実際には証拠金による信用取引であり,ロー ルオーバー(ロールオーバーの方法について,パンフレットにも約諾書等にも記 載がなく,本件取引において,各取引毎にロールオーバーが行われていたと認め うる証拠はないことからすると,ロールオーバーは自動的に行われていたものと 推認される.)が原則であって,実際は,反対売買による差金決済による財産的利 益を目的としたものであると認められる.したがって,本件外国為替証拠金取引 は,控訴人と業者が相互に財産上の利益を賭け,偶然の勝敗によってその得失を 決めるものであるから,賭博に当たり,公序良俗に違反するものというべきであ る.
イ.もっとも,賭博に該当しても,法令又は正当な業務行為として違法性が阻 却される場合があるから,次に違法性阻却事由の存否について検討する.
外国為替証拠金取引は,これを規制する法律は存在しなかったが,2004(平成 16年)4月1日施行の「金融商品の販売等に関する法律」(以下「金融商品販売 法」という.)の改正により,同法2条1項11号,同法施行令4条によって,「直 物為替先渡取引」として,その規制対象となり,相場の変動により損失を被るお それがあるというようなリスクにかかわる重要事項の説明が業者に義務付けられ ることとなった.そして,本件取引が行われたのは2004(平成16)年6月25日 から同年9月29日であるから,金融商品販売法の適用の対象となるが,同法は,
金融商品の販売に当たり,業者に上記のような説明義務を課するものであって,
民法に規定する不法行為の特則を設けた法律と解されるから,金融商品販売法に よる規制があることが,法令又は正当な業務行為として違法性阻却事由になると 解することはできない.
なお,外国為替証拠金取引が,2005(平成17)年7月から金融先物取引法の規 制対象となったことから,取引を取扱う業者は登録が必要となり,勧誘の要請を していない消費者に対する訪問または電話による勧誘を禁じる,いわゆる不招請 勧誘の禁止などのさまざまな規制がかけられることとなったが,これは,本件取 引後のことである.その他,本件取引が法令又は正当な業務行為として違法性が 阻却されると解し得る根拠はない.
ウ.ところで,法令に規定がない場合であっても,当該金融取引の目的に相当 性があり,かつ,当該取引自体が相当な場合には,違法性が阻却されると解し得 る余地があるから,本件外国為替証拠金取引行為の相当性について判断する.
上記のように,本件外国為替証拠金取引は,担保として預託した証拠金の10倍 から20倍の取引を行うことができ,また,反対売買により差金決済を行うこと ができ,加えて,売却している通貨と買付けている通貨の金利差調整額(スワッ プポイント)を取得ないし失うという極めて投機性の大きな取引である.
そして,少額の証拠金で取引が行えるため,レバレッジ効果が大きく,多額の 利得を得る場合もあるが,外国為替相場や金利が自分の想定と逆の方向に変化し た場合には,短期間のうちに差し入れた証拠金以上の損失が発生する可能性があ る相場変動リスクのある取引である.また,証拠金については,取引を継続する 場合に追加の証拠金を求められたり,決済において証拠金以上の損失が発生して いる場合には,損失相当額を清算するために差し入れた証拠金以上の資金を追加 負担することとなる可能性もあり,スワップポイントの受払いが日々発生し,ス ワップポイントはそれぞれの通貨の短期金利に応じて日々変動するため,金利の 動向によっては,例えば取引当初期待していたようなスワップポイントの享受が 出来ない場合が生ずる等の不利益を被るリスクのある取引である.
そして,外国為替直物取引であるから,顧客が買い付けをした場合は,これに 見合う当該外貨を発注しなければ,単なる机上の売買となると解されるところ,
証拠によると,業者は,2004(平成16)年5月から2005(平成17)年5月の間,