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(1)

1998年出土の木簡

2  1

九九 九年 月三 3  掘発 機 関    姫路 市 教育 委 員会  4 調査 担当 者  森  恒裕

・中 川  猛  5 遺 跡 の種 類  集落 跡

︵港津

︶  6 遺 跡 の年 代   一一 一世紀 後半

︱ 一六 世 紀後 半  7 遺 跡 及び 木 簡出 土遺 構 の概 要 古網 干遺 跡 は︑ 姫 路市 の西 部を 流れ る︑ 播 磨 の主 要 川河 の 一つ で あ る持 保 川 に よ てっ 形 成 さ れ た 自 然 堤 防 上 立に 地 し

︑ 標 高 は 概 ね 一m であ る

︒ 遺 跡 か ら 河 川 に沿 てっ 約 七 航 北 へ行 く と

︑ 福 田 片 岡

・福 田 天 神

・宝 林 寺 北 遺 跡 な ど Ю

が 所 在 す る

︒ 更 に 六 km程

北 姫

へ向 か う と

︑ 嘉 吉 の 乱 で知 く ら れ る 城 山 城 が あ る

︒ 古 網

丘 虚

・ 古 網 千 遺 跡

所 在 地 調 査 期 間

兵庫 県 姫路 市 網 千区 余 子浜 字 古網 千 一九 九 八年 度 調査   一九 九 八年

︵平 10︶

九 月

千遺 跡 は これ ら の遺 跡 のあ る︑ 揖保 川水 系 の出 入 口に 所在 す る︒ ま た遺 跡 周 辺 はに 条里 型 地割 が くよ 残 てっ いる

︒ 調査 は 土地 区 画整 理事 業 に伴 てっ 一九 九 七年 度か ら実 施 し︑ 道 路 予定 部分 の発 掘 調査 を行 な てっ いる 試︒ 掘 調査 の結 果 によ ると 遺︑ 跡 の範 囲は ほぼ 字古 網千 地内 に限 られ る ︒ 一五 世紀 代 の遺 構面 を 三 面  ︑ 一世 紀 後半 から 一六 世 紀 に至 る包 層含 を 層五 確認 たし 検︒ 出 たし 遺構 は 掘︑ 立 柱建 物

・井 戸

・溝 状遺 構

・土 坑

・柱 穴な ど であ る︒ いず れ の遺 構 面︑ 包含 層か らも 遺 物 大が 量 に出 上し て るい

︒ 遺物 は 中 国製 陶磁 器︑ 国内 各 地 の陶 磁 器な ど で構 成さ れ︑ 在 地 の土 器 の占 め る割 合 が︑ 搬 入土 器 に比 べ て低 いの が特 徴 であ る︒ 遺跡 の位 置︑ 遺物 など から

︑ 港津 伴に う 集落 と考 え ら れる

︒ また 字 名 が示 唆す る よう に︑ 現在 の網 千 の前 身 の集 落 であ る可 能性 も あ る︒ 木 簡 井は 戸S EO 一と 三層 の包 含 層か ら出 土し た

①︒ l① は 一五 世 紀中 頃 の第 一遺 構 面か ら掘 り込 ま たれ 井︑ 戸S EO 一か 出ら 土 し た

︒ SE

〇 一は 調査 区 のほ 中ぼ 央 位に 置 し︑ 直 径 四 mを 測 る円 形 の 掘 形を も つ︒ 井 側は 円形 縦板 組 で 二段 に構 成 され 涌︑ 水 層 桶に 置を く構 造 であ る︒ 井 戸内 の埋 土 大は きく 層三 に分 け られ る︒ 遺 構検 出 面か ら 二〇 cmの 黄褐 色 土を 経 て︑ 暗褐 色粘 土が 約 一m 堆積 し︑ 暗 青 色灰 の砂 層 に至 る︒ 木 簡 が出 土 たし のは 暗︑ 褐 色粘 土か ら であ る︒ 簡木 の他 箸に 状木 製 品

︒土 師 器

・漆 器

・動 植物 遺存 体

・貝 類な ど 大が 量 含に ま れ て い

(2)

ま︒ た木 簡 削の 居 が 一〇 点五 出土 し て いる

︒ いず れも 細片 であ る め︑ 釈 読 でき るも のが 少な い︒  一 点 のみ 釈 文を あ げ た︒ これ ら の 物 は︑ 井 戸 廃の 棄 伴に う も のと 考え られ る︒ 但 し︑ 木 簡い は黄 褐 土と 褐暗 色土 境の で︑ 羽子 板 と共 に検 出 され た こと か ら︑ 井 戸 の 棄 に伴 う 何ら か の祭 祀 に用 いら れた 能可 性 あが る︒ 他 ほに 同ぼ じ 造 の井 戸を 二基 確 認 した

︒ 次 ωに l⑬ は︑ 五層 目 全

︹色 粘土

︶ 包の 含 層 か ら 出 土 たし 明︒ 確 遺構 面と し ては 検 出 でき な か たっ が 南︑ 北 に三 五 m分 溝 状遺 構 を 認 たし

︒ こ の溝 状遺 構 は 一二 世紀 後半 の比 較的 短 期 間 形に 成 され も ので

︑ 幅 一m 深 約さ 四

〇 cmを 測 る︒ 出 土 し た遺 物 は いず れも リー ング を 受け おて らず 近︑ 辺か ら投 げ 込ま たれ も のと 考え ら れ

︒ 但し 本︑ 調査 にお いて は同 一時 期 の遺 構 面を 確 認す る こと は で な か たっ ま︒ た遺 物 の多 ぐ 火は を 受 けた 痕 跡 見が ら れ る︒ 簡木 は 土中 から 他 遺の 物と とも 検に 出 され た ま︒ 墨た 書 は 認め ら れな い 卒︑ 塔 婆状 に頭 部を 加 工し た木 製 品が 点人 出 土 たし

︒ い は 上︑ か ら 二層 目

︵黄 褐色 土︶ の包 含 層か ら︑ 四 は 層三 目

︵灰 黄 土︶ の包 含 層か ら 出 上 し た︒ な お 三 層 目 の包 含 層か ら は

︑ 融嚇

︺ 書 か れ た 墨書 土 器 が出 土 し て いる

︒ ま た 層四 目

︵暗 灰青 色土

︶ の 層含 か らは

︑ 底都 外 面 花に 押 の書 か れた 須 恵器 椀 が 出土 たし

︒   木 簡 の釈 文

・内 容

S E

〇 一

﹁ < ︵ぱ ガ 足

﹂ □ □ □ 律 令 n

急 々 如 己

コ 冊

﹁ 匡

﹁ □

□    

﹂ □

﹁ 呈 醍 臣 日 H 回

﹁ o       日 回

﹁ 一一    日﹈

           

﹁    

︲ ︲  ﹇

︲ ︲ 日

︲ ︲ ︲ ︲

︲ I 日日

﹈﹂

﹁ 三 百 七 口

□        

︱ ︱

□ 六 十 五

(4)

﹈μ o

×

∞ド

× 囀

・卸   o∞

﹈ 含

× 企 鸞 9

×

﹈ o解 P﹈

× 岸⇔

× Pr

﹈ 牌o μ P﹈

・伽

× 拌Φ

× PP N   o岸 Φω

× Φ岸

× 解∞ L   o μ解 Φμ

︒い

× μ﹈ い

× Φ

・伽   o P︺ 岸o

× 牌∞

× 岸μ   o 岸伽

Φ×

×

μ

(3)

1998年出上 の木簡

第 五 眉

︵黒 色 粘 土︶ 溝 状 遺 構

⑩  

﹁ < 咄 天 足

□ □

□ □

P﹃

×

∞Φ

× 卜 L   o∞ N

︵駕 じ

× 含 じ

× ド 伽  oa 含 釦e

× 中伽

×

︸ 頓  Φ蟄 令 C

× 中∞

×

︸ o  o2

︵工 じ

×

﹈P Φ

×

﹈ o自 含

﹃∞

︶×

∞P

×

﹈ os P

Φ

×

ω

× ω μ

×

× μ

×

×

×

× Φ

× o e

×

■ 釦   o鐵

  位

□ □ ︹酔 晒 出 口 叩 口□ □

□ ﹂

l12

﹁ < 南 元 大 如 日 来

︹大

︺ヵ

﹁< 南 元

側 ﹁<南元大

︻来

︺ヵ 日 如

︺力

側  ﹁口日日日日回﹂

×

×

出 土し た木 簡 は全 て柾 目材 を 使 用し て いる

①︒ は呪 符木 簡 であ る︒ 上端 左 右 切に り 込 みが あ り︑ 文 部字 分 が浮 き 上が てっ いる

②︒ は断 片 あで る︒

① l① は寸 法 若が 干異 るな が︑ 材 の形 状 厚は み あの る直 体方 呈を し て いる

③︒ とい は 墨書 薄が く 判読 でき な い︒ い は 下端 を 九く 削り 出し て いる 右︒ 側縁 には 僅 か に面 取り が施 さ れ て るい

①︒ l働 は文 字 の表 記方 法 が似 てお り 多︑ 面 墨に 書 が見 ら るれ 0︒ 以外 は 上端 部 穿に 孔 があ り︑ 全 て材 の頭 部 へ抜 け るよ う に斜 め 穿に た れ て いる 働︒ は 更 にも う 一カ 極所 め て小 さ い穿 孔 施が され て るい 0︒ 左は 側面 を 二次 的 削に り 取 てっ おり 文︑ 字が 半 裁 され て いる

①︒ は 頭部 を 山 形 加に 工 し て いる い︒ 10 は同 様 の用 途 用に いら れた も の 考と え ら るれ

⑩ は上 左端 右 切に り 込 みを 入れ て いる 左︒ 右 の切 り 込 み線 上 に紐 まが かれ て いた 痕跡 が残 る︒ 文 部字 分が 浮 き上 が てっ いる

⑪︒ は上 端 を圭 頭状 に加 工し たも ので あ る︒ 材 の左 側を 約 三分 の 一欠 損 し て いる

⑫︒ l口 は 上端 を 卒塔 婆状 加に 工し もた の で︑ 口 以外 は いず れ も 下半 を久 損 し て いる 何︒ は 端下 若を 千欠 損 し て いる が︑ ほ 全ぼ 長 を 測 る こと が でき る︒ 但 墨し の残 り 悪が いた め 文︑ 面が 他 と同 一の も ので あ るか は 不︑ 明 であ る︒ い は 上端 下︑ 端 とも 欠 損 のた め 当︑ 初 の形 状を 知 るこ と は きで な いが 文︑ 面 は他 の卒 塔婆 状 の本 簡と 同

︹大

ω  

﹁ < 南 元 □

︹元

︺ヵ

⑭  

﹁< 南

∽  

﹁<

︹南 元ヵ

︺ ω    

□ 大 如日 来

⑩  

﹁<

□ 第二包含層︵黄褐色土︶

鉤  日日日

︱ ︱日日日﹈

第三包含層︵灰黄色土︶

(4)

岡 阿 Ш 曰 脚 鞘 旧 円 圏 山

③ K 応 И 閉 膠

① 因 剛 刑 引

日 U

囲 圏 側 圏 四

同 国

︲ 与 ︲ 刑

岡 蠅

︱︱

剛 聞 旧

(2)

82

日 ロ ー ー ー ー ー ー

n 同 旧

(5)

1998年出上 の木簡

  防  

(6)

であ る︒

⑬ は上 端左 右 切に り込 みを 入れ て るい の︒ は断 片 で︑ ほ 半裁 され て いる た め判 読 は でき な たっ

︒ かし し 字︑ 体 など から 呪 あで る 可能 性 高が い︒ い は右 半分 を欠 損し て いる

︒ 釈 読 あに た てっ は 兵︑ 庫 県立 歴史 博 物館 の小 林基 伸 氏 のご 教 示を た︒ 釈読 は現 在 も継 続 中 で︑ 補訂 の余 地が あ るこ と を申 添し え て く  ︒                                 

︵中 川  猛︶

参照

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