教日 『授菩提心戒儀式』と『弁顕密二教論』
大 柴 清 圓
1.はじめに
『弁顕密二教論』(『二教論』と略す)は弘法大師空海(774–835)の 書として諸々 の弘法大師全集に収められている.しかし近年,『二教論』の空海 に対する懐疑 説が大久保良峻先生によって提示された(大久保2015).その追記において,『二教 論』は偽 とは思っていない,と述べられてはいるものの(大久保2015: 37),五大院 安然(841–915頃)の著作に『二教論』の影響が見られず,済暹(1025–1115)の『弁 顕密二教論懸鏡抄』に至って漸くその存在を確認することができることから,『二 教論』を平安時代の「初期の密教全体から論ずるのは難しいのではないか」と云 い(大久保2015: 36),事実上『二教論』の空海 に対する懐疑説が提示されている. 2.教日 『授菩提心戒儀式』に引用される『二教論』とパラレルな文章
天理大学附属天理図書館所蔵の『授菩提心戒儀式』の内題・本奥書並びに書写 奥書には,以下の如く記されている. 〈内題〉授菩提心戒儀式一巻 元興寺伝燈大法師位教日 〈本奥書〉貞観十三年閏八月廿五日取捨已訖.智者更詳之. 〈書写奥書〉永万二年三月廿日於勧修寺書写了.写本記云以石山寺経蔵本書之.件書神教日 師手跡也. この奥書によって,『授菩提心戒儀式』は教日が貞観13(871)年に した書であ り,天理図書館本は永万2(1166)年の写本であることが知られる(大柴 予定を参照 されたい).教日は円行述教日記『胎蔵大次第』序文・心覚(1117–1180) 『入唐 記』・元瑜(1228–1319) 『血脈類聚記』などの記述から,入唐八家の一人である霊 巖寺円行(799–852)の付法の弟子であることが知られる.また当該写本においても, 及乎無畏・金剛西来,高野・霊巖東帰,五相智蓮開中華以常映,三密定水洪日域以弥満.と記されており,円行との関連が確認される. この『授菩提心戒儀式』には,実に『平城太上天皇潅頂文』並びに『二教論』 とパラレルな文章が見出されるのである.下に示す如く,『授菩提心戒儀式』に 見られる引用箇所は,『五秘密儀軌』と『二教論』に共通している部分である. 〈『五秘密儀軌』〉(大正20: 535b23–535c11) 於顕教修行者,久久経三大無数劫,然後,証成無上菩提.於其中間,十進九退.或至七地. 以所集福德智慧,迴向声聞・縁覚道果,仍不能証無上菩提.若依毘盧遮那仏自受用身所説 内証自覚聖智法,及大普賢金剛 埵他受用身智,則於現生遇 曼茶羅阿闍梨,得入曼茶羅, 為具足羯磨.以普賢三摩地,引入金剛 埵,入其身中.由加持威神力故,於須臾頃,当証無 量三昧耶・無量陀羅尼門.以不思議法,能變易弟子 生我執法執種子.応時集得身中一大 阿僧 劫所集福德智慧,則為生在仏家.其人従一切如来心生,従仏口生,従仏法生,従法 化生,得仏法財法財謂三密 菩提心教法.纔見曼茶羅,能須臾頃淨信.以歓喜心瞻覩故,則於阿頼耶識中,種 金剛界種子,具受潅頂受職・金剛名号.従此已後,受得広大甚深不思議法,超越二乗十地. 〈『弁顕密二教論』〉(『定本弘全』3: 99–100) 金剛頂五秘密経説,於顕教修行者,久経三大無数劫.然後,証成無上菩提.於其中間,十 進九退,或証七地,以所集福徳智慧,迴向声聞・縁覚道果,仍不能証無上菩提.若依毘盧 遮那仏自受用身所説内証自覚聖智法,及大普賢金剛 埵他受用身智,則於現生遇 曼荼羅 阿闍梨,得入曼荼羅,為具足羯磨.以普賢三摩地,引入金剛 埵,入其身中.由加持威徳 力故,於須臾頃,当証無量三昧耶・無量陀羅尼門.以不思議法,能變易弟子倶生我執種 子.応時集得身中一大阿僧 劫所集福徳智慧,則為生在仏家.纔見曼荼羅,則種金剛界種 子,具受潅頂受職・金剛名号.従此已後,受得広大甚深不思議法,超越二乗十地. 〈『授菩提心戒儀式』〉(天理大学附属天理図書館所蔵) 如金剛頂五秘密経説,於顕教修行者,久経三大無数劫.然後,証成無上菩提.於其中間,十 進九退,或証七地,以前所集福徳智慧,迴向声聞・縁覚1)果,仍不能証無上菩提.若依毘盧 遮那仏自受用身所説内証自覚聖智法,及大普賢金剛 埵他受用身智,則於現生遇 2)阿闍 梨,得入漫荼羅,為具足羯磨.3)金剛 埵入其身中.由加持威徳力故,於須臾頃,当証無量 三昧耶・無量陀羅尼門.以不思議法,能變易弟子倶生我執種子,4)則為生在仏家.纔見漫荼 羅,則5)種金剛界種子,具受潅頂職位6)・金剛名号.従此已後,受得広大甚深不思議法7)者. 以下に示す五点によって,『授菩提心戒儀式』は『五秘密儀軌』そのものでは なく,『五秘密儀軌』を引用した『二教論』を引用していると思われる. ①『授菩提心戒儀式』には「於顕教修行者」の前に『二教論』に記す「金剛頂 五秘密経説」があること. ②『授菩提心戒儀式』と『二教論』が共に『五秘密儀軌』の「其人従一切如来 心生,従仏口生,従仏法生,従法化生,得仏法財法財謂三密菩提心教法」の 部分を割愛していること.
③『授菩提心戒儀式』と『二教論』が共に『五秘密儀軌』の「能須臾頃淨信. 以歓喜心瞻覩故,則於阿頼耶識中種金剛界種子」の部分を「則種金剛界種 子」に省略していること. ④『授菩提心戒儀式』は 「如金剛頂五秘密経説」 から 「受得広大甚深不思議法 者」 を 「如∼者」 で括っており,『授菩提心戒儀式』が当該箇所を他の著作 から引用したと考えられること. ⑤『授菩提心戒儀式』には『五秘密儀軌』と『二教論』に見られる 「以普賢三 摩地」,「応時集得身中一大阿僧 劫所集福德智慧」,「超越二乗十地」 が記さ れておらず,これらは教日が割愛したと考えられること.つまり,当該箇所 は『五秘密儀軌』→『二教論』→『授菩提心戒儀式』の順に文量が減少してお り,『授菩提心戒儀式』から『二教論』を作成した蓋然性は高くはないと思 われること. 加えて,『平城太上天皇潅頂文』が『授菩提心戒儀式』に引用されていること からも,教日が空海の著作を参照していると考えるのが自然であろう.『授菩提 心戒儀式』が『二教論』を引用したとすれば,『授菩提心戒儀式』が成書した貞 観13(871)年は,ちょうど安然(841–915頃)の在世した時期に当たることから, たとえ安然の著作に『二教論』の影響は窺えないとしても,『二教論』は安然当 時には既に存在していたと考えるのが妥当であろう. 3.
『五大院目録』に載せる『二教論』
高野山大学図書館光明院文庫本『五大院目録』は,久安元(1145)年に寛信 (1084–1153)が書写させたものである(武内2014参照).その書写奥書には「本云安 然等抄集.内供御真筆云々.寛信記」とあり(武内2014: 33, 47),この記述に従え ば,光明院本『五大院目録』は「内供」すなわち石山内供淳祐(890–953)の書写 本を転写したものと考えられる.この『五大院目録』の中には,「弘法大師述作 之文」と「五大院 集録」が含まれている.「五大院 集録」は,淳祐が安然の 著作と編書を列記した計39部のリストである.その末尾に「弁顕密二教論二巻」 がある(武内2014: 26, 42).この 集録に従うならば,安然は『二教論』を手にし ていたことになる(ただし竄入の可能性もある). また「弘法大師述作之文」は,その冒頭に寛信の筆による「端載御作少々.或 本無之.内供注□之歟」(端に御作少々を載す.或る本に之れ無し.内供,之れを注□せ し歟)の一文が記されており,寛信は「弘法大師述作之文」の著作リストを淳祐が作成したと考えている.この「弘法大師述作之文」の中にも「顕密二教論二 巻」が含まれている(武内2014: 23, 40).「弘法大師述作之文」が寛信の考える如く 淳祐の作とすれば,「弘法大師」 号は延喜二十一年(921)に醍醐天皇より賜った が,淳祐(890–953)の在世時期はそれ以降にも続いており,また『授菩提心戒儀 式』の成書(871)が淳祐の生年よりも早いことから,「弘法大師述作之文」が淳 祐によって作成されたと見做しても,時期的には矛盾を来たさないことになる. また,安然(841–915頃)と時代が重なる淳祐の頃,すなわち9世紀末から10世紀 中葉において,『二教論』は空海の作として認識されていたことになろう. 4.
『諸阿闍梨真言密教部類総録』の 「菩提心戒儀一巻日和上作」
また,五大院安然 『諸阿闍梨真言密教部類総録』の「三摩耶戒録外法五」に は以下の記載がある. 潅頂儀式二卷澄和上述 授三昧耶戒及第七日夜行事一卷仁和上述 菩提心戒法并授潅頂法一卷珍和上述 第七日夜行法二卷二界観 中院述 菩提心戒儀一卷行和上述 菩提心戒儀一卷日和上作 (大正55: 1114b11–1114c3) 当該写本の『授菩提心戒儀式』の出現によって,上掲下線部の「菩提心戒儀」 とは『授菩提心戒儀式』のことであり,「日和上」とは教日のことであることが 推定される.ちなみに先行には「行和上述」とあることから,円行 の『菩提心 戒儀』もあったことが知られ,教日に影響を与えていると思われる. 5.空海 書の直弟子・孫弟子による相承
『弘法大師伝記集覧』に載せる大須本『弘法大師伝』の裏書には,弘仁14 (823)年十月十日付の太政官符「真言宗僧五十人」に関して,「太政官符真言宗僧 五十人裏,後に改めて廿四口と為す.三人を以って三綱と為し,廿一人を以って 定額僧と為す,者」と記し,続いて19人の真言僧を列挙する. 壱登大法師,真雅大法師,円明大法師,智泉大法師,恵運大法師実恵 弟子,忠延大法師,真日大 法師,真光大法師,康秀大法師,浄行大法師,円行大法師,延証大法師,真房大法師,真 勇大法師,真元大法師,真法大法師,如行大法師,載皎大法師,慶喜大法師.已上,最初 東寺神護 寺カ.定額廿一口. (三浦1985: 550–551)上に見る如く,この中に円行が含まれており,円行は神護寺において空海から その教学を学んだことが推測される.また『胎蔵大次第』序文には,「仁寿二年 (852)三月三日を以って,密かに両部の秘印を授かり,顕かに道具法門を付せら る.同月六日寅剋,忽爾として遷化す.春秋五十,積夏卅八矣」 と記されており (『弘法大師諸弟子全集』下:351),円行(799–852)は臨終に際して,所持していた経 典論書を教日へ相伝したと考えられる.このことは,『授菩提心戒儀式』には一 行記『最上乗受菩提心戒』(『心地秘訣』)が用いられており,その『心地秘訣』は 円行請来本と考えられることからも推論される(大柴 予定 参照).従って,『二教 論』をはじめとする空海の著作は,空海によって直弟子の円行に伝授され,次い で円行が弟子の教日に付与したことが推察される. 1)この箇所,『授菩提心戒儀式』は「道」字を闕く.『五秘密儀軌』・『二教論』は共に「縁 覚道果」とする. 2)この箇所,『授菩提心戒儀式』は「曼荼羅」の三字を闕く.『五 秘密儀軌』・『二教論』は共に「曼荼羅阿闍梨」とする. 3)この箇所,『五秘密儀 軌』・『二教論』には「以普賢三摩地引入」あり. 4)この箇所,『五秘密儀軌』・『二 教論』には「應時集得身中一大阿僧 劫所集福徳智慧」あり. 5)「則」,『五秘密儀 軌』は「能須臾頃淨信.以歓喜心瞻覩故,則於阿頼耶識中」とする.『授菩提心戒儀式』は 『二教論』に等しく当該箇所を「則」の一字に代替する. 6)「職位」,『五秘密儀軌』 と『二教論』は「受職」とする. 7)この箇所,『五秘密儀軌』・『二教論』には「超 越二乗十地」あり. 〈参考文献〉 三浦章夫 1985『弘法大師伝記集覧』高野山大学密教文化研究所. 向井隆健 1996 「 二教論 成立考」『豊山教学大会紀要』24: 63–74. 向井隆健 2010「 二教論 成立 の時期の推定」『密教学研究』42: 11–25. 武内孝善 2014「光明院文庫本『五大院 集 録』の研究―解題・翻刻・影印―」『高野山大学論叢』49: 1–48. 大久保良峻 2015 「平安初期における日本密教の樹立と教学交渉」『密教文化』234: 1–37. 村上保壽 2017 「 弁顕密二教論 の 述時期とその周辺―空海と最澄の交誼と別れから―」『高野山 大学論叢』52: 1–16. 大柴清圓 予定 「天理大学附属天理図書館所蔵・教日師 『授菩 提心戒儀式一巻』について―『弁顕密二教論』と『平城太上天皇潅頂文』の引用文― 付・『授菩提心戒儀式』翻刻本」『密教文化』239. (追記) 大久保良峻先生には貴重なご意見を賜りました.この場を借りて厚く御礼申し上げます. 〈キーワード〉 教日,授菩提心戒儀式,弁顕密二教論,空海,円行 (高野山大学密教文化研究所専任研究員,博士(文学))