• 検索結果がありません。

E・M ・HemlngWay ● 「老人 と海」に於 ける立体的展 開の技法について

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "E・M ・HemlngWay ● 「老人 と海」に於 ける立体的展 開の技法について"

Copied!
21
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

E・M ・He ml ● ngWa y

「老人 と海」に於 ける立体的展 開の技法について

芳 賀 馨

内 容

1, 原始平面芸術 の成立 と現代的解釈 2,Hard‑boiledStyleの平面性 と現代的解釈 3,Hard‑boiledStyleの成立

4.Style解釈 の可能性 5,作品構成 の立体的要素 6,立体的展開の技法の解釈

原始平面 芸術の成立 と現代的解釈

Wilhelm Worringer ̀ゴシ ックの様 式問題'に よれば, 原始芸術 の 成 立に ついて.次 の よ うな一つ の解釈 が存在 しうる。先づ第一に,彼 は,人 間の芸術 形成 の意慾 を.心理的発展段階に応 じて,三つにわけてい るが,その中で,原 始的人間,つ ま り,人間の原始感情 を動か し うるのは,思考 とか情緒又は認識 等 の作用 ではな くて.心理的に,それ以前の段階に属す る抽象衝動なのである

と考え る。 そ こには,何 ら感情的要素を 伴わ ない inhumanな線が 基本的に設 定 され,更には,その線 の集 合 と しての平面 のみが形成 され るのであ って.蘇 始的抽象芸術は,み なその意味 での平面 を主体 と してお り,彼に よれ は ,原始芸 術 の平面性 のみが,抽 象衝動を満足 させ得た もの としてい るのであ る その安 定感 の背後には ,彼 らの認識 を超え る空間的現象の不可解 さが ,彼 らに対 して, 空間に対す る畏怖 の念を, もた ら した点を も想定 し得 よ う。

借 て, 現代人が, この原始芸術の平面に 接 した際に示す態度に つい ては,

‑61‑

(2)

HerbertRead ̀TheArtofSculpture'に於 てふれ てい る 即ち,彼 らは, 初 めに.近代 の分析的思考形体 とは,全 く相反す る要素に よって,原始的人間 同様 ,少 くとも,その平面に対す る一つ の綜合的感動を示す ことが考え られ る のであ るが ,一方では現代人 の大多数は,更に一歩進 んで,その芸術平面 を 自由に,空間的に想像 し うるのであ って,現代人が,原始芸術を悦ぶ理由の一 つは,その点にあ ると考え られ る つ ま り.空間的表現は,既 に,空間に対す る作者の解釈 と意義づけが なされ てい るのであ って.我 々の 自由な解釈は成立 しえないのであるHemingwayが, 思想 として. 原始感情へ の復帰を志 向 し た事実は勿論,文体に於 て も,平面的直哉性に よって,かか る原始性 の中での 行動を強調 した ことは.誰に も共有 され うる最低限度 の人間性 の抽象化に よっ て,あ らゆ る人の感動を直接的に期待す ると同時に,一歩進 んでは,現代的解 明を志す階層TL対 しては,結果的事象 としてではあ るが,抽 象化 された人間性 の表現を通 じて,更に よ り拡大 された人間像を,読 者が 自由に創 り出 しうる余 地 を残 した のであ るとも思われ るのであ って,その点に,彼 の作品の もつ,原 始平面芸術 との共通性が存在 し,彼 の表現技法に対す る各種 の解釈が成立 しう

る所 以があ ると云 え よ う。

Ⅱard‑boiledStyleの平面性 と現代的解釈

借 て,Hard‑bodedStyleに よる各個 の文章表現は,原始芸術 に於 て,直裁的 に表現 された inhumanな線 と対応す るものであ り,それ 自体 としては.何 らの 感動 もない要素である 例 えば,̀Theold man had taughttheboyto fish andtheboy一ovedhim'.(TheOldManand也eSea,P .2)とい う文は,全体 の 文脈か らかけ離れて しまっては,それ 自身では, 何 らの芸術的感動を も与え得 ない inhumanな ものである ‑籍 の詩か ら引用 した断片が, それ 自体 として も,比較的に,一つ の心象を有 し うるのに反 して, この表現は,全 く非情 な単 なる事実 で しか ない。換 云すれば,老人 と少年 との人間関係の,ある一つ の抽 象化を示 してい るにす ぎないのである 然 るに,非 情 な る線 として の表 現 も 全篇を通 じて.例 えば,126頁の ̀‑‑・‑wewillfishtoge血ernow forIstill havemuchtolearn.'な どの よ うに,二人 の関係が,繰 り返 し叙べ られ, 有機

‑ 62

(3)

的に,全体 と結合 した時に,始めて,一つ の芸術的平面性 を形成 し うるのであ り,一つ の感動 として,倫理的基盤を も包含 しつつ,人間の原始感情 に共通に 訴 え得 るのである そ して, この感動は,当然,人間,山型 の原始性 とい う主題 設定に於 て こそ効果的 であ りうる 叉,それ故 に,二人 の人 間関係を,現代的 意識構造 の読者は,更に一歩進 んで,多角的に解 明す ることも可能 なのであ っ て ,彼 の文体の解釈に ,興味 を彼 らが もち うる原因 ともな って くる 何故 な らは ここで意味す る芸術的平面性は,原始芸術 と同様,原始感情 を基盤 として成立 す るか らであ り,その現代的解 明は,空間的意識 を必要 とす るか らである

一般に,現 代人は,空 間について,正確 に位置 の決定をす る能力 を もってい るのであ って,HerbertReadの指摘す るよ うに, 一つ の立体的芸術作品が, 空間性 を完全に排 して表現 され てい て も,それ を立体 として, 自由に再生す る

とい う特性を ,割合,資質 化され てい るのであ る

̀Death in theAfternoon'の中で,Hemingwayが 次 の よ うに 言 及 し,彼 の文体の解説 を してい るのは,読 者の もつ上述 の特性に対す る信頼か らであろ

ttIfawriterofprose knows enough aboutwhatheis writing abouthe mayomitthingsthatheknowsandthe reader,if the writer is writing trulyenough,willhaveafeelingofthosethingsasstronglyasthoughthe writerhadstatedthem.ThedigIyofmovementofanicebergis due to onlyoneeighthofitbeingabovewater"(p.183)

又,上 に述べた,芸術平面 に対す る立体的解 明を可能にす るその空間 とは, 生命が,時間の永遠 の相 の許 に於 て ,変化 し流 れ てゆ く有機的媒体 なのであ る

この点,lamarの永遠性は,空飛ぶ鳥 な どの もつ 「現在」的 イ メージと共に有 機的媒体 としての意義を も有 してい ると云え る Hemingway白身が,̀Green IiillsofAfrica'の中で,次 の よ うに ̀fifthdimension'に言及 してい る 事 実は 彼 の文体 の.一つ の解説 を して,読 者に,時間の永遠 の相 の許に於 け る空間的 解釈を期待す る,あ る示唆 と考え られ る

‑63‑

(4)

Thekindofwriting血atcanbedone.How farprosecan becarriedif anyoneisseriousenoughandhasluck.Thereisafou血 andfifthdimen

sionthatcanbegotten."

F..Carpenter ̀HemingwayAchievestheFifthDimension'とい う論文の 中で次 の よ うに この間題に言及 してい る

"Hisliteraryidealhasbeenthatof̀immediateemplrlCISm'.Andhis ̀fif山一 dimensionalprose'hasattemptedtocommunicate血eimmediateexperience of̀theperpehalnow'."

(HemingwayandHisCritics,P・193)

ここで意味す る 「永遠 の相の許 に於け る現在 の瞬間」 の 「直接的純粋経験」

は,私が,今 まで言及 してきた所 の ,ヘ ミングウ ェイ的原始感情 とか,Worrin‑

gerの意味す る抽 象衝動 と,明かに ,基盤を同 じくす るものであ り,彼 のprose fourthandfif血 dimensionalであ るとい う設定は, 私が上 に述べ てきた所 の,現代的意識構造 の もとに於け る空間的 解 明 と同質 の ものであ るHeming‑

wayが,バ リーで,GertrudeStein 女史の影響をか な りうけた事実,而 もStein 自身は,BergsonWilliam Jamesの信奉 者で あ った とい う事実か ら, 上 の解 釈は. 撞 く妥当な もの として 首 肯 され うるの であ る ̀老人 と海'に於 て, Hemingwayの上述 の理念が, ご く自然 なかたちで ,達成 された とい っていい.

F..Carpenterの次 の一節 は, 明快適切 な ものであ る。

"SantiagoinTheOldManand theSea,perform lngrealisticallytheritual techniquesofhistrade,goesontoidentifytheintensityofhisownsuffer ingwith thatofthegreatfishthathe is slaying.And,telling his story, Hemingway has achieved thatsynthesis ofim ediate experience and mysticism which,perhaps,i血efif血 dimension'."(P・201)

Ⅱard・boiedStyleの成立

原始芸術に於 ては ,平面性に対す る心理的安定感が伴 ってお り,その背後に, 原始感情 の,空間に対す る畏怖の念が包摂 され ていた とい う点を,前に述べた

‑ 64‑

(5)

が,HemingwayHard‑boiledStyleの発生 自体には,それに似た心理的背景 が併存 してい るとい っていい。 少 くとも,彼 の文体の特質は,先験的 な もので あ り,彼 の文体が,或 る意味 では,彼 の体質的特性の具象化 された ものであ る とい う見地か らすれば,Hard‑boiledStyleの発生, 成立は, 彼 の先天的体質 の再検討 の問題 と関連 しえ よ う。短篇に描かれ る作 中人物達 は,それぞれ,令 種 の形態 を とった恐怖感 に追い込 め られ てい るのであ る 又,彼が,大戦 に よ って受けた精神的 な傷は,短篇集̀Ino止 Time'をは じめ,初期 のあ らゆ る作 品に描かれ てい るが,彼は.恐怖のた めに.夜 も眠れぬ程, 精神異常に苦 しむ のであ る 原始感情 の,空間に対す る畏怖 の念 と,全 く同質 である と考え られ るこの感情 を表現す る文体 として.彼 の Hard‑boiledStyleが, いかに適合 し た文体 であ るか は,今 まで述べ て来た経緯か ら明白であ る 従 って, ̀老人 と 海'に於 て,HardboiledStyleが完成 された とい うことには,次 の意味 も含ん でい る。初期 の短篇 な どにみ られ る,空間に対す る恐怖感が ,一種 のmysticism 又 は,或種の宗教的感覚 の もとに克服 された とい う事実 であ る

第二次大戦後GertrudeStein女史をは じめ とす るグル ープの面 々の助言に よ って,彼 の文体が完成 の域 に達 した のであ る とす る概ね の見解は,それ 自体 と しては正 しい し,彼 の習作時代の終了期 をそ こに見出す ことに も,私 としては 異論が ない。大戦参加.重傷 とい う苛酷 な現実を,背景 とす る彼 の思想が,徳 の文体に結集 された のであ るとい う一つ め考 え方に対 して,私が, ここで力説 したいのは,大戦参加以前に,既 に.彼 の文体 の訓練はなされ ていた し,更に 所謂 「非情 な」感覚を内包す る彼 の文体の背後には.極 めてデ リケ ー トな神経 が,先天的に潜在 していた とい う事実 であ る。

彼 の父 ClarenceEdmondsHemingwayは. 還 しい医者であ り,母 のGrace HallHemingwayは,信仰心のあつい音楽好 きな婦人であ った。 そ してErnest 自身は,十才 の時既 に,猟銃 をたず さえて,交 と共に森へ出かけ るよ うにな り, 母が.彼に.チ ェロを練習 させ よ うとした数年間の努力に,Emestは報いなか った のであ る。 彼 の男性 と しての勝利が短篇 ̀The̲Doctor ar.dtheDoctor's Wife'に描かれ てい る この通説に対 して,私は. 次 の見解を附加 したい。

‑65‑

(6)

遥 しい父が何故 自殺 した のであろ うか とい う疑問は,或意味 では,そのまま, 信仰深い母が父を 自殺に追いや ったのではなか ったか とい う疑念に も通 じ うる。

つ ま りErnestの もつ男性的要素は,父 の遺伝 であ り, せん さいな神経は,母 か らの継承であ るとい う考え方の他に,更に,父 白身の もつ異常 な神経質 な一 面,遥 しい外貌 の うちに潜んでい る気質の弱 さと.母の もつ異教的 な一面を も 同時にHemingwayほ うけついでいた のであ る。之が,彼 の初期 の短篇 な どに 明滅す るのである。彼 の生涯を通 じて継起 した超人的奇跡は,彼 の勇猛 な側面 を誇張す るのに,有効に利用 され て,神話的伝説をつ く りあげ るのに役立 った が,そのために,彼が うけた精神的衝撃は, とくに,後期 に於 ては,見逃 され す ぎた のではなか ろ うか。高校時代,二度 も家出を した り,若 くして大戦に参 加せ ざるを得 なか った環境は,ダ ンスに もゆ こ うとは しなか った彼 の内気 な性 格を,更に助長 させた ろ うし,あ る レス 十ラ ンで,友人を待 っていた彼が,遅 刻 して入 って くる友の茨を見 るや,手に していた グラスを,そのまま握 りつぶ して しまい,手を血だ らけに して,モ ノもいわず去 って行 った とい うエ ピソ‑

ドは,矢張 り,情緒の不安定な彼 の心理の,発作的異常 さに通ず るものであ り, その意味 では,LilliaIIRossに語 った次 の内容 さえ も, 彼 の 自殺説を裏が きす る如 き印象を与え る。

"Heknew whenawrierwasworthlessora fraud,no rrlatter how great thewriter'sreputationorhisadvancefrom moviecompanies.(Linian Ross:

Por仕aitofHemingway,1939・P・21)=

彼 の弟 LeicesterHemingwayが,̀MyBrother,ErnestHemingway'の中で, 次の よ うにい ってい るのは,私の見解 に一致す るものである。

"Thathealsoposeessedabsoluteintegrity,bothemotior)alandaesthetic,is cleartothepeoplewhohavereadhisbooksandtothosewho knew him welLButthefactthathewasachildofgodbesiegedbyawelteroffa血 1 ialandpersonalproblernsiseitherforgottenor overlooked by moststu‑

dentsofhisworkandlife.(p,14)H

私が,特筆す る上述 の要素は,彼 の原始的 な感覚,喚覚,視覚,聴覚 な どに

‑ 66‑

(7)

対す る鋭敏 さ とも相通ず るものなのであ るが,彼 の文体の中には, (近代的科 学的計算の もとに駆使 された表現技法 と共に), 上 に詳述 した所 の, 異常 なほ どの感性 を も,反映 させ て,解釈すべ き一要素を包摂す る事実を,私は指摘 し

(1)

たいのであ る。 そ して, これが.彼 の所謂 「原始感情」 と融合 してい るのであ って, この事実が亦,̀老人 と海'‑篇に対す る立体的展開の技法を解 明す る緒 とな りうる。

次に私は, 彼 の文体 の 特質 としてのい くつか の要素が, 既 に 高校時代及び TheStar誌 記者の時代に, か な り育成 され ていた 事実 を 指 摘 し, そ れ が He血ngwayの先天性 と同調 して成長す ることを重視 したい。

彼 の少年時代 の一騎,OakParkの高校に於 け る文学活動を, 私は高 く評価 したい。Hemingwayの習作態度 の根底的要件は, この時 代既 に. 培われ てい たか らであ る この辺 の事情は,CharlesA.Fenton:̀TheApprenticeshipof EmestHemingway'の中に,適確に詳述 され てい るが Emestの創作活動は, めざま しい ものであ った。19162月号の ̀Tabula'(校 内季刊雑誌) に寄稿 し ̀JudgmentofManito'は,明涼正確 な笠敦が駆使 され てい る。Manitoとは, 北米 アル ゴンキ ァン土人 間の霊神 であ り, この よ うに,イ ンデ ィア ン民俗伝承 の神秘性に板 ざ した 殺教謀略を 題材 とした物 語は,仲 々 story‑tellingの コツ を体得 した もの と され てい る。 彼 の特質 の包芽をひめた 秀作 として,1916

(2)

11月号 Tabulaに掲載 した ̀SepiJingan'があ る 話 し云葉 で読者に語 りかけ ,realityを, よ り効 果的にす る 「対話形式」 の採用 も重視すべ きであ るが, 親切 で品の よい オ ジブウ ェイ人が,誠心世話 をや く心情 を もってい るに も拘 ら ず,人を殺害 しなければ な らなか った とい うパ ラ ドックスの挿入は,彼 として 当時 の作風に新 しい次元 を展開 した ものであ る 更に Hemingwayらしい特色 の現れ てい るのほ,物語 りの導 入方法 であ り,後年の作 品 (特に短篇) に, よ く見 られ る手法 である 一見無器用 にみえ るその一節 の中に も,彼 の作風 のき ざ しは充分感 じとることができる 書 き出 しのた った二行で,時間 と場所 のイ メージを,全 く無駄な く,而 も充分に説 明 し尽 してい る。drunkとい う語 を, 五回 も繰 り返 していなが ら,内包す る意味 の展開に よって,強い印象を植 えつ

‑ 67‑

(8)

け る構成。PaulBlackBirdなる人物を,明涼に印象づ け る技法。 そ して. こ の対話形式が, スムーズに,話 の展開を担当す るのである ,191611月の

(3)

Tabdaに戴 せ られたバ ラ ッドには, 生 き生 き とした筆致の中に, 人 の心をひ きつけ る要素が潜んでい るが,最後の一行で,そ っぽむいて読 者を突 っ放 して い る点は,彼 の作風の一要素 として,無視出来ぬ客観性を予定 し うるのであ る

彼 の文体 の特質は,既 に幼少の頃か らそのきざ しを明白に表 してい るのであ り 先天的要素が極めて大 き く作用 してい るとい って よいのである かか る先天的 要素が あ ったか らこそ, スタ ー誌 記者 として ̀StyleSheet'を完全に 自己の も の とす ることが出来たのであ る 「特 に土 曜の夜 な どには,彼 ら (先輩記者) は,我 々を猛烈に錬えたけれ ども,私は,一生懸命働 くことがす きだ った し, 特別の,勤務以外の仕事 も, このんで引き受けた」 と語 るHemingwayの回想 は,その事情を, よく物語 るものであ る 当時, スタ‑誌 では,美 文ではな く て,明襟簡潔に して,人心を捕え るとい う.堅実 な文章を書 くよ うに,若い記 者を訓練す る風潮があ った。短 い sentence,生気 あ る英語等 々,̀StyleSheet' の召以上 の規則は,Hemingwayの文学作 品の文面に, 如実に具象化 された所 の,文体の特質 と,全 く同様 の ものであ って,散文創作上 の第一義 ともい うべ き ものであ っ

Style解釈の可能性

次 の一節 は,老人が出漁す る前 日,その準備 を ととのえ る描写である

̀Letmegetfourfreshones.

̀One,'血eoldmansaid・Hishopeand hisconfidencehad nevergone.

Butnow 血eywerefresheningaswhen血ebreezerises.

̀Two,一也eboysaid.

̀Two,'血eoldmanagreed.(p.9)

少年が,老人 のために,釣 りのえ さを四匹持 って来てあげ よ うか と言 う れに対 して,老人は,一匹 で沢 山だ と答え る 何故 な らば,老人は,明 日の漁 に対 して,希望 も自信 も決 して失 ってはいないか らであ る 彼 は,一発必 中を

‑ 68

(9)

't 〜

確信 してい るのである 然 し,そ よ風が,新鮮な気分を.老人に吹 き送 って く れ る時 には何時で も感ず るよ うに,彼 の希望 も自信 も.更に拡大 され る。一匹 で充分だ と思 っていた彼 の 自信 を,心 の中でだけ一人 で考え こんでい るの:では な く̀One'とい うことば として.相手に,発 したか らである 対話形式 の,一 つ のvariationとして, この技 法は.̀老人 と海'‑籍に, 遍 在 す るものであ 又 . ここにみ られ るよ うに, 過去 , 過去完 了, 現在 とい うtenseの使い わけは,それ 自体,荘 削 こ価す る 二院 では ど うだ ろ うか と聞 く少年に対 して 老人が同意 してい るのは,一匹 では仕損 じてはいけない とい う消極的 な理 由か らではな くて,或いは,大 きな魚を二匹 とれ るか も知れ ない とい う可能性を信 じてい るか らであ る。老人 の積極的 な態度 の現れが,fresh‑fresheningとい う repetitionのなか に も うかがえ よ う 勿論 ,老人 と少年の間の, うるわ しい人 間関係が, この 「話 しことば」 の中に,ひそめ られ てい る 又.‑ とかこ とか 四 とい う少量 の数に.意義を与 えてい る所 の.作者の原始的数概 念が, ここに はある し, これは又,二人の関係が,人間の本源的 な意味での原始感情に由来 す るもので あ るとい ういみで, 前者 と 共通 し うる 要素 も 有す る Now they werefreshening以 下の,特に aswhenthe breeze risesの イメージは,his hopeに対応 し うるものであ り,̀Two,'theoldmanagreedは,問題 の解決を 示 して,hisconfidenceの内向性に対応す る 「ことば」 を,一つ の 「方 向量」

(あ るものは, 「無 向量」) と考えた場合, ここで意味す る̀hope'は, 空間 的 な拡が りを もって響いて くる一つ の方 向量 であ り,その示す 「向 き」 は,Y

軸 の正 のむ きであ る (原線, Ⅹ軸は,水平面 を現す と仮定す る。) その場合

̀confidence'とい う語 は, 前者が音韻上か らみて も, か な り漠 とした感 じを与 え るのに反 して.相当具体的 な内向的 な響 きを与 え る そ して.両者が,明 日 の出漁 とい う,同一の方 向にむいてい る として も,なおそ こには,異質 の内容 をひそめ よ うとす る作者の意図が感ぜ られ るのであるHishopeのあ との his

とい う一語 の介入 と. 次 の文で,血eyとい う複数形で うけ てい る 事実か ら判 断すれば,作者は.hopeconfidenceを,単純 に合体 させ,一つ の概 念 とし て うけ とることを拒否 してい るのが明白であ る そ して,若 しこれを.一つ の

‑69

(10)

座標 の形を とって描 くとす るな らば,次 の よ うになろ う

A

C

hishope fresheningaswhenthebreezerises. a

nd

hisconfidence ̀Two,'theold二tunagreed.

D

A点で正 のむ きの ものが,.異質であるとい うこと.つ ま り,曲線 の勾配を示す 方 向係数が負にな るとい う意味 で,B点は負の領域 に属 してお り,C,Dも, 同様 の理 由づ けに よる座標配置であ る。 (人間の,山型 の展開は,函数 の曲線で は な くて,その導函数の描 く曲線に対応 し うる。) ここには,極 めて,対照的 で あ りうる概念 (又は イメ‑♂)が,特に.A,Bに関 していえば,Heming・

wayが このんで使 う̀and'とい う純粋客観的接続詞 としての 無 向量に よって, 対等に結合 され てい るのであ る 更には,Hemingway Johann Sebastian Bachか ら, 彼 の Coun terpointの技法を学び とろ うとして, 意識的に ̀and'

(4)

を連用 した ことが あ った とい う事実 を考え ると,上 に引用 した なか のHishope andhisconfidencehadnevergone.とい う一文は, 他 の,C,Dとも関連 し

て,極 めて対位法的 な表現技法 の一つ と言え よ う。彼は,現実的時間経過を伴 う散文論理 の中に,詩的等時性 を与え よ うとしたのであ る。 ここで意味す る詩 的等時性はthese'̀anti血ese'とが,同時に併存 して,而 も.なん らのむ じ ゆんを感 じない原始的意識構造 と,同質 の基盤に位置づ け られ るものであ り, 近代的に分化 した散文的論理性 とは,全 く排反す る要素であ る。 と同時に,永 遠 の相 の許 に於け る現在 の瞬間を.直接経験 に よって感得す る原始感情 と同質 の ものであ るo ほんの数行の解釈 としては,範囲が,余 りに飛躍 しす ぎた きら いが ないで もない。が ,彼 の作風は,所謂,氷 山の一角 しか表現 してお らず.

大部分を水 中に没 してい る事実.つ ま り,脚本 の トガキ的 な規定づ けを.全 く してい ない とい う事実が, この よ うな広範 な解釈を可能 な らしめ るのであ る。

その ことは,Hemeingway自身 の,次 の言葉 に よって亦.裏づけ られ るであろ う。

‑iiX‑

(11)

"Itriedtomakearealoldman,arealboy,arealseaandarealfishand realshark.ButifImakethem goodand tme enough they would mean manythings.The hardestthing is to mal{e something really true and sometimestmerthan tme.〟(Time,Dec.13,1954)

作品構 成の立体的要素

̀老人 と海'は私見に よれば, 一応, 古典 劇 に 対 応 して五つ の Actsにわけ (5)

ることがで きるのであ るが,一般 に小説 の導入部 と終結部は,特に読 者の関心 をひ くことの多い点を考慮 し,更には, この一幕が.論理性を基盤 とす る散文 形式で書かれた作品であ るか ら.特 に,終結部 の読 者に与 え る印象は重要 であ るとい う見地にた って,終結部を.導入部 と関連 させ て.やや詳細に検討 した い。作 品の立体的展 開の技法 を,成立せ しめ る要件 としての各種要素,例へは, 詩的要素,原始感情,或いは,戯 曲的要素 の検討は後述す る。

Thewindisourfriend,anyway,hethought.Thenheadded,sometimes. Andthegreatseawithourfriendsandourenemies.Andbed,hethought. Bedismyfriend.Justbed,hethough t.Bedwillbea greatthing.Itis easywhenyouarebeaten,hethought.I never knew how easy itwas. Andwhatbeatyou,hethought.

̀Nothing,'hesaidaloud.(p・121)

ここには, すべ てを終 った老人 の. 或 る種 の悟 りがあ り,̀nothing'と声を 出 してい う彼 の 自信 さえあ る 従 って ̀Iwentoutfar'(p.121)と, 繰 り返 し い う老人 の言 葉 の いみは ̀Iwentoutonlytoofar'と の意 で もあろ う。 彼は, 三 日間 の苦斗を終えて港に辿 りつ き,帆をたたみそれを肩に して,坂道を登 っ てゆ くのであ る 物語 りの冒頭 で,Thesailwas patched with flour sacks.

(p.5)と表現 され てい る帆 を,大事にたた んでゆ く老人 の,素朴 な感情 も無視 出来ぬ要素であ るが, この場面 の,立体的構成は.特に注意 したい。 この道は 少年 と共に.常に,登 る道 なのであ り,導入部に於け る次 の二つ の節 の中での, climbedwalkedupは, いづれ も, 老人 と少年の人間関係を背景 とす る描

‑71

(12)

写の中で用い られ てい る点に意義があろ う

̀Santiago',theboysaidtohim astheyclimbedthebankfrorrlWherethe skiffwashauledup,(p.6)

Theywalkeduptheroadtogethertotheoldman'sshack and wentin throughitsopendoor.(p.ll)

特 に. 前者については , 最初伎,ただ anoldmanとい っておい て. ここで, 始 めて名前を,而 も呼びかけ とい う強い表現に よって,主人公を印象づけ よ う

とす る意図が払われ る重要 な節 であ り,読 者の意識は,Santiago, 少年,二人 の登 ってゆ く姿,海 と,主要 なイ メージを,同時に,傭撤す るのであ る。122頁 thewhitenakedlineofhisbackboneとい う言葉は, 登 り道か ら見 下 した 時に. 街 の ほの暗 いあか りに 照 らさ れた美 白な 色 ど りの ために,thedark massoftheheadと.黒 白の色彩や,line,massとい う感覚が,対照をな し

て,極 めて印象深い イ メ‑ジであ る。 が,その対照を背景 として, ここで も, 老人が登 り道か らふ りかえ って見下す とい う,静止 した一瞬の配置に よって, 特 に,読 者の意識に対 して,立体的構成を喚起 させ る所 の,作 者の技法 に注意 すべ きである。之等は, 冒 頭 に 於 て,̀Thebrownblotchesofthe benevo‑

lentskincancerthesunbringsfrom itsreflectiononthetropicseawereon hischeeks.∫(p.5) と共に考慮 さるべ きものであ る。強烈に印象づ け られ る老人 のイ メージは二つ の形体を とっていた。上に示 され てい る,老人の概貌 と, も う一つは, それにつづい て次 の よ うに示 され る老人 の眼 であ る ̀Everything abouthim wasoldexcepthiseyesandthey were the same colour as the seaandwerechee血 landundefeated.'(p.6)ここで 意味 す るastheseaとい

simileも重要 であ るが,彼 の眼は,更に,̀The old man looked ath血 w

ithhissun‑burned,confidentloving eyes.'(P.9)とい うイ メージ と,関連 を 当然 もって, 重要 な 一つ の方 向性を 示す のである。 彼 の 頭 につ いた brovm blotches,tropicseaに反射す る̀thesun'のための ものであ り,彼 のconfi dentな眼は,̀sun・bumed'され た もの なのであ って, この両者は, 老人 の全 貌 を印象づ け ると共に,̀thesun'̀sun‑bumed'とい うkeywordsに よって.

‑72

(13)

空間的意義を賦与 され るのであ る 借 て,老人は,再び,坂 を登 り始 め るが, その頂 きで,疲労のために倒れ て しまい,その まま暫 くは,横 にな った ままで 時 を過す のであ る。heshoulderedthemast;started toclimb;Stopped for a momentandlookedback;hefellandlayforsometimewi血 血emastacross hisshoulder;hetried to getup等 の語 は救い主 Christの イ メ‑ジであ り.

この‑籍の終結を.devinecomedyとす るのに, 重要 な役割 を果 してい る。

小屋へ辿 りつ くまでにほ,五度 も休 まねはな らなか った老人 の姿 の裡に,読 者 (6) は,全 く異質 の ものであ るに も拘 らず, ギ リシャ悲劇 の英雄 に も似た高潔 さ と

(7)

十字架 を背負 うキ リス トに も似た崇高 さを感得す るのであ る。之等は,素朴 な 原始的感情 とは,一脈相通ず るものが あ るとして も,皮相的現代文明の意識 と は,明かに, 相反す るものであ る。 少年 Manolinについ ては, 店 の主人に, 前 日の働 きのすぼ らしさを讃 え られて も̀Damn,rpyfish'(Pl124)とい って , 泣 き出すほ ど,老人 の立場に 同調 し,密着 した少年なのであ り,之は,本文に

(8)

繰返 し述べ られ ていた二人 の関係 と,有機的に結合 して,読者は,将 来を現実 には限定 された老人の現在 の時間 と,未来を約束 されてい る少年 のそれ とが.

lamarとい う媒体を通 じた永 遠 の相 の許 で, 深 く結合 された 神 々 しさす ら感 ず るのであ って, 両者の, この素朴 な感情 (そ して読者の感動) は, 荊述 の

「高潔 さ「崇高」 さに も相通ず るもの と言 え よ う。借 て,場面は一転 して, 旅行団 の一行が, 海岸 を訪れ休憩 してい る描 写が始 まる (P.127) 旅行者達 の浅薄卑俗な態度が,老人や少年 とは,全 く無 関係 な別 の領域 の ものであ りな が らも, 同一瞬間に於 け る対照が ,強烈に描かれ てお り,用語 の上か らも122 血egreattailofthefish;血ewhitenaked line of his backbone とい う 言葉や,127頁 の agreatlongwhitespinewith a huge tailとか 血e long backboneofthegreatfishとい う疑似 のイ メ‑57 (一つ の variationであ る が) の使用 に よって,密接 な関係 を保 ち,終結 として,効果的 な設定であ る

(9)

ど‑)i,の空かんや.死 んだ barracudasな どの中に,agreatlongwhitespine withahugetai1として描かれ てい るthelongbackboneofthegreatfish 今や,単 な るgarbageとして表現 され てお りなが らも,却 って,その 「白さ」

‑ 73‑

参照

関連したドキュメント

状態を指しているが、本来の意味を知り、それを重ね合わせる事に依って痛さの質が具体的に実感として理解できるのである。また、他動詞との使い方の区別を一応明確にした上で、その意味「悪事や欠点などを

「文字詞」の定義というわけにはゆかないとこ ろがあるわけである。いま,仮りに上記の如く

られてきている力:,その距離としての性質につ

睡眠を十分とらないと身体にこたえる 社会的な人とのつき合いは大切にしている

地方創生を成し遂げるため,人口,経済,地域社会 の課題に一体的に取り組むこと,また,そのために

つの表が報告されているが︑その表題を示すと次のとおりである︒ 森秀雄 ︵北海道大学 ・当時︶によって発表されている ︒そこでは ︑五

( 同様に、行為者には、一つの生命侵害の認識しか認められないため、一つの故意犯しか認められないことになると思われる。

第一五条 か︑と思われる︒ もとづいて適用される場合と異なり︑