購買決定プロセスに関する社会学的分析
一一社会的交換理論の視点、から一一
申 思 泳*
A Sociological Analysis of the Buyer Decision Process
Perspectives from the Social Exchange Theory--
Eun-Young Shin
要
旨 購買行動の分析に関する試みは, 購買決定やそのプロセスを明確にし, それを理解しようと するところに焦点がおかれている。 それは「消費者は何を, どのような理由で購買するのだろうか」と いうことについての問いでもある。 しかし, その問いについては, 消費者が「商品」あるいは「ブラン ド 」について, どのように認識して購買決定にいたるのかを分析対象とするものが多く, 消費者自身に おける「動機」や「意志」の働きについて解釈するア プローチは乏しい。 本研究は, 消費者をより「主 観的個体」と見なし, 購買行動における個人の動機や意志を分析対象とする試みとその必要性について 提案するものである。 そのために, ここでは購買行動をひとつの社会的行為として解釈する。 なぜな ら, 人々のあらゆる行為には必ず「目的J(主観的観点) があり, その目的 は「欲求充足」や 「価値充 足」にあるとされるが, それは, ミクロな社会 における他者との社会的相互行為のなかで満たされるも のと解されるからである。 本研究は, 購買行動と関連し, その欲求や価値が満たされるか否かが, ある 種の社会的「報酬J (Reward) または「費用J(Cost) を交換の代替物としていることを明らかにする。1. は じ め に
私たちは, 日常生活のなかで必ず 衣服やアク セサリーなどの装飾品を身に まとい, また, 生 活していく上で様々な商品を必要としている。
それは, 衣服やアクセサリーに限らず , 私たち は, 毎日のようになんらかの購買決定をおこな っているということであるともいえる。
こうしたことは, 財やサービスを提供する企 業やマーケッターにとって重要な関心事とな る。 そのために, 各業界や学界では消費者の購 買決定に関する多くの調査や研究を重ねてきて いる。 すなわち, 消費者は何を, どのような理 由で購買するのだろうかということについて調
*本学助手 服装社会学
査-分析し, マーケティングに役立てようとす るのである。
しかし, 企業やマーケッターサイドでの調査 は, 消費者が「商品」 あるいは「ブランド」に ついて, どのように認 識しているのか, また,
いつ, どの程度の商品を購買するのかという量
的データを分析対象とするものが多い。 そのた
め, 企業やマーケッターサイドでの調査は, 消
費者の購買行動の要因や購買決定プロセスにつ
いて解明することが容易でないと P. コトラー
ら は 指 摘 し て い る ( Kotler and Armstrong
199 5 [19 83J : 1 52)。 そして, 購買決定に至る
までの消費者が通過する諸段階について検討す
ることを提示している。 言いかえれば, 企業や
マーケッターの調査・研究が, 購買決定ではな
く「購買決定プロセス」 モデルに注目されるべ
きであることを主張するものである。 また, 購
買決定プロセスモデルは, 購買行動が実際の購 買より前から始まり, 購買後にもおよび, さら に次の購買行動に影響を与えることを強調する ものである。
本稿の主要な関心は, 購買行動分析におい て, そうした購買決定のプロセスや購買行動の 要因の相関関係にある。 すなわち, 購買決定に いたるまでに作用する消費者自身の動機や意志 と購買後につながる行動の根底にあるものの働 きは, どのように関わっているかという点にあ る。 また, 上述の P. コトラーらに指摘された ようなことは, 消費者の購買行動について企業 やマーケッターサイドでの, いわゆる商品中心 的な研究ではなく, 消費者の行動メカニズムに ついてより深い理解が要求されることであり,
そのために, 購買行動分析に関する社会学的,
あるいは社会心理学的接近が重要であると考え る。
さて, 購買行動の要因や購買決定プロセスモ デルについて, 社会学的方向から考察するとす れば, どのようなアプローチが可能であろう か。 その方法のひとつとして, 消費者の日常的 な購買行動を一人の個人としての社会的行為と 見なすことによって, 社会的交換理論を援用す ることである。 その根拠となるものは次のよう な点に立脚する。
第一に, 人々のあらゆる行為には必ず「目的」
(主観的観点) があり, それに向かつて行われ る。
第二に, その目的は「欲求充足」 や「価値充 足」 にあるとされるが, それは, ミクロな社会 における他者との社会的相互行為のなかで満た される。
第三に, 社会的交換理論は, その欲求や価値 が満たされるか, 満たされないかが, ある種の 社 会 的 「 報 酬J ( Reward) ま た は 「費用」
(Cost) を交換の代替物としていることを論議 するものでもある。
本稿では, 主として G. C. ホーマンズの社 会的交換理論を用いて, まず 「社会的交換」 の 概念とその原点となる社会的行為の「基 本形態」
を理解する。 さらに, 社会的行為の一般命題に ついて考察し, 購買行動の分析について社会学 的解釈の方法論的提案を試みる。
2.
購買決定プロセス(1) 基礎的前提
消費者行動, 購買行動, あるいは着装行動と いうキーワードは, 様々な研究分野でとりあげ られているが, それらに共通していえること は, í人間行動」 を扱うものであるということ である。 こうした, いわゆる「人間行動」 を扱 う研究においては, どのキーワードを間わず , 文化的-社会的-個人的・ 心理的特性の影響を 強くうけていることが前提となる。
人間には最初から行動パターンが決められて いるわけではなく, その人のおかれている地域 や社会で共有する文化や制度のなかで社会化 し, 人間行動はその過程で形成されるからであ る。 同時に, その社会化のなかには, 個人の心 理的状況が反映されているからである。 たとえ ば, 個人にはパーソナリティ形成とともに物事 に対する固定的・ 観念的思考形態が形成され る。 時として, 宗教観・ 自然観・ 社会観・ 人生 観などと呼ぶものの類である。 そうした固定的 で観念的な思考は, 人々の消費行動-購買行 動・ 着装行動にも影響され, 一定の行動パター ンが形成されるはず である。
本稿は, 購買行動に影響を与える個人的特性 として, 文化的・ 社会的・ 心理的要因が土台と なっていることを前提としている。
(2)
購買決定プロセス前述したように, 私たちは毎日なんらかの購 買決定をおこなっている。 ここで指摘している ような購買決定プロセスモデル(P. Kot1erj R.
Arrnstrong 1 99 5 [1 9 83J : 1 53-1 56) は, マー ケティング論の一環として, すでに一般化して いるが, 本稿でとりあげている社会的交換との 関連につき, 簡略に紹介することにする。
購買決定プロセス(Buyer Decision Process)
は, 図1 で示すように 5つの段階によって分類
Need Re∞伊it白n
Informatìon Search
Evaluation of Altematives
Purcha鵠 Decisìon
Post.purchase Behavior
図1 購買決定プロセス
出所:
P. Kotler and G. Armstrong, Principles of Mαrketing,8出Ed. 1996,p.
153されているが, 次のように要約できる。
はじめに, í問題認知J(Need Recognition) の段階は, 購買者がある種の状況判断やニーズ を認 識した時点であると言いかえることができ る。 すなわち, 購買者が現実の状況と望 ましい 状況との違いを判断することと, 内的または外 的刺激によるニーズが生じた段階であると解さ れる。
二番目に, í情報探索J(Information Search) の段階は, 消費者にとって, ニーズが発生した とき, 情報を探索する場合としない場合がある とされている。 情報探索を行わない場合, ニー ズは, その ま ま消滅するが, 情報探索を行う場 合は, 自分の欲求を満足してくれるものはなに かを探索し, 候補を選び, 次の段階へ影響を与 える。
三番目に, í代替品評価J(Evaluation of Al
ternatives) の段階は, 上記の段階を経て一つ のブランドに辿り付いたときに, 代替物につい て評価を行う段階である。 たとえば, 製品属 性 1), 想起属性2), ブランドに対する信念の形 成, 満足との効用関数3), ブランド選好などが それに当たる。
四番目に, 消費者は上記の代替品評価段階に おいてブランドの順位づけを行うが, 次にはそ の順位に従って, 自分にとって最も好 ましいと 思われるブランドの商品を買おうという決定を 下す。 いわゆる「購買決定J(Purchase Deci
sion)を行うのである。
五番目に, 消費者は, 自分の購買決定が期待 を超えていれば満足し, 期待にそぐわなければ 不満を覚える。 満足した場合は, 次回もそのブ ランドのその製品を購買することに連携され る。 不満足の場合は, 製品を返品したり, ク
レームをつけたり, 不協和を減少させようとす る「購買後の行動J(Post-purchase Behavior) をとる。
以上の購買決定のプロセスモデルは, すでに 述べたように, 購買行動が実際の購買より前か らはじまり, 次の購買行動に影響を与えること を強調するものである。
3. 社会的交換理論とその原点
(1)
社会的交換の概念社会的交換の概念は, 大きく三つの見かたに より解釈できるものと考えられる。
まず , 社会的交換という研究の主題は, 人類 学における三つの民俗誌的研究4)による解釈の 仕方がある。 これらの研究は固有の意味におけ る交換というよりも, 相互行為における相互返 礼としての「互酬性J( Reciprocity), すなわ ち, 儀礼的な性質をもった相互贈与にかかわる も の で あ り , 交 換 が 本来の手段的 な ( In
strumental) 性質の相互行為であるのとは異な っているというべきとの指摘も あ る(富永 1997 : 2 1)。 こうした社会的交換は, 後に人類 学的研究に対して一定の距離をおいた , G.
C. ホーマンズによって定式化されることにな った。
次に, 経済的交換を社会的交換の特殊なケー
スとして位置づける見解がある。 市場における
商品と貨幣との交換は経済的行為としての交換
であるが, 経済的行為は組織における他者との
相互行為(協働行為), および他者との交換
(経済的交換) を通じて社会的行為になること
から, 社会的交換でもあるということである
(富永 1997 : 20-2 1)。 こうした考え方から
ホーマンズは, 社会的行為(=相互行為) を市 場的交換と同様の選択原理によって理論化でき るとの着想を社会学に導入した(富永 1 997 : 22) と評価される。
三つ目には, 社会的交換を「少なくとも二人 の間でおこなわれる, 有形あるいは無形の, ま た多かれ少なかれ報酬あるいは コスト(犠牲) となる活動の交換J(Homans 1 974 [1961 J) であるとする解釈がある。
こうしたホーマンズの社会的交換理論の提示 は, 人々の「社会的相互行為の過程」 を社会的 交換の中軸として捉えたものである。
社会的棺互行為を交換として概念化すること は, 理論的には人々がその社会的結合において 報酬(社会的財あるいは社会的資源という学者 もいる) を得ょうと求めるという過程から引き 出される。 つ まり, 人々の求める多くの報酬が 社会的な相互行為を通して得られるという事実 が, 相互行為を社会的交換として概念化するこ との土台となるのである。
(2)
社会的行為の基本形態G. C . ホーマンズによれば, 人聞の社会的 行 為 を構 成 す る の は , 1"感 情 J ( Sentiment)
「活動J(Activity) 1"相互行為J( Interaction)
「規範J(Norm) の四つの要素からなっている (Homans 1 974 [1 961J : 9)。 その本質は, 図
2 で示すようにその要素聞の絡み合いを分析す ることで社会的行為を引きだそうとしたもので あるといえよう。
Sentiment Activity
Interaction
図2 社会的行為の構成要素
ホーマンズは, こうした社会的行為に関する 研究の対象は, 単なる社会行動ではなく, その
「基 本形態J( Elementary Forms) であると規 定している。 その規定については, すでに彼の
著書『ヒューマン・ グループj](The Human Group ) に お い て 言及し て い た が ( G.C.
Homans 1 962) , その理由については, 著書
『社会行動j](Social Behavior)のなかで, 次の ように述べている。「社会的行為の単位のいず れにおいても規範が提示されており, 人々は多 少ともよくその規範に同調している。 ……私た ちは人々がなんらかの規範を言明するようにな る理由には関心をもつが, ……最大の関心は,
同調過程それ自体, すなわち, 集団で幾人かの 人々が規範を守るようになるー また, たぶん何 人かは決して同調しなくなる 過程である」
(Homans 1 974 [1961J : 2-3)と。
ホーマンズのこのような規定から, 彼の社会 的行為理論の基底にあるものは, 社会的行為の
「諸過程」 であるということが分かる。
すでに述べたように, 人間の行動はその人の 暮らす地域や社会, 文化によって影響を受けた り, 規範に規制されたりすることが前提とされ る。 つ まり, 上記のことは, 人々がある種の規 範にしたがって行動するのであれば, その規範 にしたがわせるなんらかの力が人々の相互行為 のなかから生 まれてくる過程を分析すること で, 社会的行為を解釈しようとする試みである といえる。 そこに, 彼のいう基本形態の意味が ある。
4. 社会的行為の一般命題
上述のような社会的交換の関係に立脚したも のを説明するために, ホーマンズは, 次のよう な五つの一般命題を立てて独自的な理論展開を 試 み た 。 い わ ゆ る 「 成 功 命 題 J ( Success Proposition) 1"刺激命題J(Stimulus Proposi
tion) 1"価値命題J(Value Proposition) 1"剥奪 -飽和命題J ( Deprivation-Satiation Proposi
tion ) 1"攻 撃 - 是 認 命 題 J ( Aggression
Approval Proposition) である。 これにより人 々の社会的行為の基底には, こうした一般命題 が前提となっていることを示唆している。
命題とは, ある属性と属性聞の関係について
述べるものであるが, 彼は, この一般命題が,
諸個人の行為について述べている点と, そのよ うなことがほとんど心理学者と呼ばれる人々に よって公式化されてきた点, という二つの理由 から心理学的であると述べている。 しかし, こ こで明確にしておきたいことは, この命題が使 用される対象は, I集団」 や「社会」 であり,
「社会現象」 を説明するためのものである。 し たがって, 彼自身の関心は断固として社会学的 であることを主張しているということである。
ここで, ホーマンズのいう一般命題について簡 略に概観(申 2000 : 1 17-126) することにし よう。
(1) 成功命題
はじめに, I成功命題J(Success Proposition) についてであるが, 彼は, I人の行うすべての 行為にいえることだが, ある人のある特定の行 為は報酬を受けることが多ければ多いほど, そ れだけその人はその行為を行うことが多くなる であろうJ(Homans 1 974 [1 961J : 22) と述 べている(図3参照)。
類似行為の
反復頻度
報酬獲得の成功率
潮位W4刀
図3 成功命題
ある行為者において行為の理由がどうであ れ, いったん現実にその行為が行われ, それが 成功すると, その人にとって行為の結果は正の 価値(Positive Value) をもたらす。 そうなれ ば, 人はその行為を反復しがちであるというこ とについての言明である。 この命題をとおして 観察されることは, ①ある人の行為, ②それに 続いておこる報酬的結果, ③その後におこる初 めての行為の反復, あるいは, 初めての行為に 類似した行為の反復である。 そして, ここで観 察された事象③の原因は, 事象①と事象②の結 合であったということができる。
しかし, この成功命題自体には, まだ人聞の 意志や感情といったものが介入されておらず , 行為と結果とその後に反復される行為という確 率的な事実についての記述にすぎない。
(2) 刺激命題
二番目は, I刺激命題J (Stimulus Proposi
tion) についてである。 ホーマンズは, これに ついて「過去においてある人が報酬を受けたと きに, ある特定の刺激あるいは刺激群を伴って いたとする。 い ま, その過去の刺激に現在の刺 激が類似していればいるほど, それだけその人 の行為を, あるいはそれと類似した行為を行う こ と が 多 く な る で あ ろ う J ( Homans 1 97 4 [1961J : 32)と述べている(図4参照)。
類似行為の反復頻度
,;司{お潟}
/
』 過去の刺激〈報国防 (類似度) .... と現在の潮見敷図4 刺激命題
すなわち, 過去の行為がある種の報酬の成功 をもたらしたことがあり, 現在の行為に当たっ て, その過去と類似する与件や環境があるとす れば, それが刺激となり, そのときと同じよう な行為をしがちであることについて説明してい る。 さらに, ホーマンズはこの刺激と行為の結 合は, I知覚J(Perception) や「認知J(Cog
nition ) と い う 方 法 を 用 い て , I 一 般 化 」 ( Generalization)と「区別 化J(Discrimination)
をもたらすと加えている。
人は潜在的に報酬の価値が高いほど刺激に敏 感になる。 社会的相互行為においては, 人と人 々の属性(例えば, 性・ 年齢 ・ 学歴 ・ 服装など) が重要な刺激となり, 私たちは, しばしば同じ 種に属する他者の行為を模倣するようになる。
この模倣行為が報酬をもたらすとその行為は反
復され, また, これに同調するという一般的な
習慣へと発展する。 購買行動に対しても, 購買
者に満足, あるいは, 違う形での報酬がもたさ
れた結果, それが刺激となり, 単に一回限りの 購買ではなく, 次回の購買行動へと発展するこ とができるであろう。
(3) 価値命題
三番目に, I価値命題J(Va1ue Proposition) について, ホーマンズは「ある人の行為の結果 がその人にとって価値があればあるほど, それ だけ彼はその行為を行うことが多くなるであろ うJ(Homans 1974 [ 1961J : 37) と述べてい る(図5参照)。
類似行為の反復頻度
報酬の度創価船 Jす(行為)
図5 価値命題
この命題は, 行為の実行頻度とその報酬の
「正の価値J(Positive Va1ue) と「負の価値 」 (N egative Va1ue) との関係づけ, すなわち,
行為の頻度が行為結果の報酬の度合(価値)に 比例することを述べている。
言いかえれば, ①ある人の行為が行われ, 結 果として報酬が獲得(たとえば, 経済的報酬,
あるいは社会的地位など)される, ②その報酬 の度合がその人にとっての価値となる, ③報酬 の確立が同じである二つの行為選択肢がある場 合, 人は高い価値(報酬の度合が高い)をもた らすほうの行為を行う, というように整理する ことができる。 むろん報酬の価値は個々人によ って異なる。 また, 社会学, あるいは, 社会的 行為に関する研究の領域においては, 一般化さ れた価値として「社会的承認J(Socia1 Recog
nition) や「是認J(Socia1 Approval) にその 焦点がある場合が多い。
(4) 剥奪-飽和命題
四番目に, I剥奪 飽和命題J(Deprivation
Satiation Proposition) についてみることにし よう。「最近, ある人が特定の報酬を受けるこ とが多ければ多いほど, 後続の単位報酬は彼
に と っ て 次 第 に 価 値 が な く な っ て く る 」 (Homans 1974 [ 1961J : 42) とホーマンズは
いう(図6参照)。 ここでいう価値とは, 文化 や規範レベルでの価値ではなく, 個人レベルで の価値をさすものである。
価値の増大
報酬の数
二回目
図6 剥奪 飽和命題
この命題は, ある特定の報酬を多く受けると その報酬は飽和状態になり, 次第にその報酬の 価値が薄れていくため, その行為を行わなくな ることを意味する。 そして, 他の報酬の相対的 価値が増大し, その報酬をもたらす他の行為 (代替的行為) に移行する可能性が高くなるこ とを意味する。 すなわち, 報酬の価値変化とそ の原因の一つについて述べているものであると 解釈できる。 たとえば, 着装行動において模倣 が流行へと発展し, その流行が大衆化しすぎる ようになれば, 人々の関心は次の流行へと向か う傾向にある。 そのとき, 流行に対する価値の 飽和状態が原因のひとつとなり, 次回の購買行 動に影響を与えるともいえる。
(5)攻撃 是認命題
最後に , I攻撃-是認命題J (Aggression
Approva1 Proposition) について, ホーマンズ
は次のように述べている。 すなわち, Iある人
の行為が期待した報酬を受けなかったり, ある
いは予期せぬ罰を受けたりするとき, 彼は怒り
を感じ, そこで攻撃的行動を行うことが多くな
るであろう。 しかもそのような行動の諸結果は
彼にとって, より価値のあるものとなるJ, さ
らに「ある人の行為が期待した報酬を, 特に期
待したものより大きい報酬を受けるとき, ある
いは予期した罰を受けないとき, 彼は喜びを感
じ, そこで是認的行動を行うことが多くなるで
あろう。 しかもそのような行動の諸結果は彼 に と っ て , よ り 価 値 の あ る も の と な る 」 (Homans 1974 [1961] : 54-57) という(図7
参照)。
是認的行為攻撃的行為
報酬/費用
お桁ガ
図7 攻撃 是認命題
まず , 前者の命題は攻撃に関する命題である が, これは, 人々の欲求が充足されず , 不満足 につながった場合におこりうる行為について述 べたものである。 たとえば, ある人は①ある行 為に対して報酬が獲得されなかった(または,
罰を受けた), ②それは欲求不満になる, ③そ の人は怒りを感じ攻撃的行動をする(このとき の行動は単なるレスポンデント行動にすぎな い), ④次第に攻撃的行為を反復するか中止す る(このときは手段としての行為となる) よう になるということである。
次に, 後者の命題は是認に関する命題であ る。 すなわち, ある人が①ある行為に対して期 待以上の報酬を受けた( または, 予想していた 罰を受けなかった), ②その人は思わぬ喜びを 感じる, ③その行動を承認する(感情的行動で ある), ④その人は①と同じ, あるいは類似し た行為を反復しがちになるということである。
これらの攻撃や是認命題は, ある人の特定行 為の結果が価値となる条件について述べている ものと解釈できる。
G.C. ホーマンズは, 上述した五つの一般 命題をたてて, それを人々の社会的行為につい ての説明の前提とした。 だが, そのためにはこ れらの諸命題をそれぞれ独立的なものとしてで はなく, 一つの「セット」 としてとらえなけれ ばならないと強調している。 いわゆる, そのセ ットを命題の「全体システムJ (Whole Sys
tem)とみることである(Homans 1974 [1961J :
40)。 概略的にいえば, 1"ある人の行為が報酬を 受けると次回にはそれが刺激となり, 前回と類 似した行為をする, さらにそれが価値となる。
その次は, 価値の飽和により類似行為の反復は 減少し, また, 新しい行為へと関心が移行する ...J ということを一つのセットとしてとらえ るという意味である。
もうひとつ, ホーマンズは, ある人の成功や 刺激や価値獲得に対して過去の歴史すべては,
その人の現在の行動様式に影響を与えると述べ (Homans 1974 [1961J : 40), これらの命題 に暗示された歴史性(Historicity Implied) に ついてふれている。 すなわち, 多かれ少なかれ 過去の歴史が, 人々の行為に大きな影響をおよ ぼすということを, 上記の命題から読み取るこ とができるということを意味している。 過去の 歴史は, 文化であり, 規範(価値)であり, 個 人における価値であるが, 人間社会において,
過去はつねに持続しており, 人々の行為は全く 新しいものとしてスタートをするものではない からである。 また, これらを購買行動という用 語を用いていうとすれば, 冒頭でも述べたよう に, 1"購買行動プロセスは, 実際の購買行動よ り前から始まり, 購買後にもおよび, さらに次 の購買行動に影響を与える」 ということにつな がる。
5. 結 び
(1) 社会的交換と購買行動
人々の購買行動は, 多くの場合社会的影響力
に支配される。 人間のあらゆる活動は, つねに
他者との相互行為のなかで営まれているからで
ある。 相互行為とは, あらゆる行為者の欲求充
足が互いに他の行為者の出方に依存する状態で
あることに原点があるから, 諸行為者は相互が
相手の行為の状態を交換しあっているというこ
とができる。 しかし, その交換はあく までも欲
求充足を目標とするものであるから, 相互にと
って欲求を充足させるものでなければならない
という前提がある。 そこに, 欲求が満たされる
か満た さ れ な い か に つ い て , あ る 種の報酬 (Reward) , または, 費用(Cost) が交換の代 替物とされる。 いわゆる「社会的交換J(So
cial Exchange) である。 言いかえれば, I人間 のなす行為にはつねに報酬と費用が伴い, 行為 者は他者との相互行為において引き起こされる 報酬や費用にもとづいて行為する」 という関係 におかれているということになる。
このように社会的交換の概念は, 人々の相互 行為において, 報酬と費用の比率関係が, 自己 にとって有利であればその行為を持続する。 そ して, 不利であればその行為を改善するか停止 し, さらに新しい相互行為の関係へと向かうと いう観点に立脚している。
たとえば, 購買者Aが新しい衣服を購入す るという場面を例にあげてみよう。
購買決定プロセスモデルからすれば, はじめ に, ニーズが発生したとき, 購買者は問題を認 知し, ある種の状況判断, つ まり現実の状況と 望 ましい状況との違いの判断を行うようになる とした。 それでは, 購買者A にとって状況判 断の尺度となるものはなんであろうか。 経済環 境, 物理的(身体的)条件, 社会環境など, 購 買者Aは自分がおかれているさ まざ まな環境 的要素があるなかで, なんらかの制御を受ける であろう。 そして, その人の過去の経験から自 分にとって報酬となる方向, もしくは, コスト を避ける方向で判断を下すであろう。
ニーズに対する状況判断をした次は, 情報を 探索し, 自分の欲求を満足させるものはなにか を探索するとした。 もし, 購買者Aが過去に おいて購入したあるブランドの商品が満足を与 えたものであった場合, そのブランドは満足と の効用関数が高く評価され, 購買者A の情報 探索は, 前回の購入したフランドに直結する可 能性が大きい。 なぜなら, ホーマンズがいうよ うに, 満足は人にとって報酬や価値となり, 人 は報酬獲得の成功率が高ければ高いほど, ま た, 自分にとって価値あるものであればあるほ ど, 前回と同じ または類似した行為を反復し がちだからである。
一方, 購買者Aが新しい衣服を購入し, 非 常に満足していたとしても, それを着装したと き(それは他者との相互関係にあるなかでの行 為である), もし, 他者からその衣服に対して 鼻先であしらわれたり, 非難を受けたりしたと すれば, 購買者A にとって, 衣服をとおした 他者との相互行為の結果は費用をもたらしたも のであったといえる。 そうであれば, 購買者 A は, 次回からその衣服を着用することをた めらうか, 中止するであろう。 そして, 次回か らはそれに類似した衣服の購入を行わないであ ろう。 反対に, もしその衣服に対して, 他者か らうらや ましがられたり, ほめられたりする是 認を受けたとすれば, 購買者A は, 次回から もその衣服の着用機会を増やし, また, それと 類似した購買行動を行うであろう。 したがっ て, このような相互行為における人々の購買行 動は, 社会的交換として, 報酬や費用といった 行為の結果に依存されたものであるということ ができる。
(2)
購買行動メカニズムへの回帰購買行動に関する研究は, これ まで経済学的 分析の試みが主となっており, 消費者, あるい は, 購買者の「行動」 に着眼して考える, 社会 学的, あるいは, 社会心理学的分析の試みは数 少ない。
本稿では, 購買決定プロセスに関して, 主と して G.C . ホーマンズの社会的交換理論を用 いての解釈を試みた。 特にホーマンズの社会行 動の一般命題について検討してきた。
彼 の 一般命題は, 行 動 心 理学者であ る B.
F. スキナー(B.F. Skinner) の影響を受けつ ったてられた命題であり, I行動心理学J(Be
havior Psychology) は, 多くが実験的研究に
支えられていることから, 批判を受けることも
あった。 しかし, 彼の論ず る社会的行為の一般
理論(ホーマンズ、のいう社会行動の一般命題)
について, それが具体的に社会的行為に適用で
きないことの指摘はどこにも見当たらない。 む
しろ, I人間行動」 に関する研究が社会学や社
会心理学的接近を必然に求めている限り, もっ
と積極的に活用されるべきではないだろうか。
また, そうすることは, マーケティングの原点 を見直すことに役立てるものと思われる。
物質的豊かさのなかで質的生活向上を遂げた 今日は, 内面的価値が志向されるといわれてい る。 そのような現代社会において, ファッショ ン・ マーケティングのサイドでは, 消費者行動 において, 最も尊重され注目されるキーワード は「心の豊かさ」 と「満足」 であるとされる。
そして, マーケティングサイドからの消費者行 動研究, あるいは購買行動研究は, 各々の企業 で提案した商品がいかにして人々に受け入れら れるか, または, より容易に人々に受け入れて もらうためにはどうすればよいかを究明しよう とする。 そのために, 企業サイドでは, 自社の ターゲットとなる人々のライフスタイルや価値 観にいたる まで徹底した研究分析が行われる。
そうした研究は, 結局のところ, 人々を主観的 個人としてみることに帰結するものであり, そ れが現代社会におけるファッション・ マーケテ ィングの原点であると見なされている。 そうで あれば, 各々の研究は, 流行に対する追随過程 やその様式, あるいは, ファッション商品を消 費する人々の購買行動, つ まり, 現代人のいわ ゆる社会的行為に関連する究明が, 深化される ものでなければならない。
そうした理由に基づいていうとすれば, 本研 究は, ファッション・ マーケティングにおける 原点として, 購買行動のメカニズムへの回帰を 意味し, そこから示唆するものを読み取ること ができると考えられる。
注
1 ) 製品属性:消費者は, 個々の製品を属性の集合 体としてみている。 たとえば, 衣服の場合の製品 属性とは, デザイン, シルエット, デ、ィテール,
素材, カラー, サイズ, 価格, 着心地などさまざ まな要因から成り立っている。
2)起想属性:消費者は, それぞれの製品属性につ いて異なった重要性を認識している場合が多い。
起想属性とは, 消費者が製品属性について考える
ょう求められた場合, 頭のなかにすぐ浮かぶ属性 である。
3)効用関数:消費者がそれぞれの属性レベルの変 化によって製品に対する満足がどのように変化す るかを示すものである。
4) 社会的交換の概念が人類学における民俗誌 的 に 行われた研究としては, マリノフスキーのトロブ リ アンド諸島におけるクラ 交換の研究, マルセ ル・モースの北米インディ アンにおけるポトラッ チの研究, レヴィ ・ストロースのオーストリ ア原 住民における婚姻ルールの研究の三つがあげられ ている。
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