ラットにおける予期的対比効果の実験的検討
著者 西川 未来汰
著者別表示 Nishikawa Mikita
雑誌名 博士論文本文Full
学位授与番号 13301甲第5103号
学位名 博士(学術)
学位授与年月日 2020‑03‑22
URL http://hdl.handle.net/2297/00058766
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
ラットにおける予期的対比効果の 実験的検討
西川 未来汰
令和元年 12 月 23 日
博士学位論文
ラットにおける予期的対比効果の 実験的検討
金沢大学大学院人間社会環境研究科 人間社会環境学専攻
学籍番号 1721082012
氏名 西川 未来汰
主任指導教員名 谷内 通
目次
はじめに………...1
論文概要………...2
第1章 ヒト以外の動物における未来予測………4
1-1. エピソード記憶………4
1, Clayton and Dickinson (1998) の研究………..5
2, 動物における貯食行動を用いたエピソード的記憶の研究………..7
3, 動物における貯食行動以外を用いたエピソード的記憶の研究………..8
1-2. 未来予測……… 10
1, ヒト以外の動物における貯食行動を用いた未来予測の研究………10
2, 道具使用に関する研究………13
3, 単純な摂食行動を利用した研究………15
1-3. Flaherty and Checke (1982) による予期的対比効果の発見……….17
1, 予期的対比効果の再現性………18
2, 多様な餌刺激を用いた予期的対比効果の検討………19
3, 予期的対比効果の規定因の検討………21
1-4, 本研究の目的………24
第2章 ラットにおける予期的対比効果の実験的検討………..26
2-1. 実験1a……….26
2-2. 実験1b……….30
2-3. 実験2………...34
2-4. 実験3a……….38
2-5. 実験3b……….42
2-6. 実験3c……….45
2-7. 実験3d………...49
2-8. 実験4……….53
2-9. 実験5a……….60
2-10. 実験5b.………...64
2-11. 実験5c..………...68
第3章 総合考察……….72
謝辞……….93
引用文献……….94
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はじめに
本論文の目的は未来予測研究への発展を目標とし,予期的対比効果の再現性および規定因 に関する検討を行うことであった。
近年,ヒト以外の動物における未来予測研究において,類人猿や鳥類が未来予測能力を有 するという証拠が得られている。その一方で,ラットにおける検討では未来予測能力を示す 証拠が得られていない。そういった背景より,未来予測能力は特定の種のみが有するといっ た考え方が一般的である。しかしながら,従来の研究では,未来予測能力だけでなく,貯食 行動や道具使用といった別の認知能力や生得的行動を必要としていた。これらの付加的な 能力や行動傾向を要請しない単純な手続きを用いることで,ラットでも未来予測能力が示 される可能性がある。ラットの未来予測能力について検証するためには,より生態的な特性 に適した手続きを用いることが必要である。
そこで,多くの生物が生得的に有すると考えられる単純な摂食行動を利用するべく,
Flaherty and Checke (1982) による予期的対比効果に注目した。予期的対比効果は未来志
向性を含むものの,厳密な統制はなされておらず,即座に未来予測能力に基づくものとは断 定できない。しかしながら,手続きを精緻化することで,ラットにおける未来予測能力を示 す可能性を含んでおり,未来予測研究への発展が見込まれる。また,単純な摂食行動場面と いう多くの動物の生態に適合した手続きを用いることで,将来的に多くの動物に共通して 適用可能な未来予測研究への展開が可能となる。
本論文では予期的対比効果における再現性や規定因が明確ではないことに対する一連の 実験的を報告する。これらの検討は,日本心理学会の国際会議参加費補助金に採択された 19th Biennial Scientific Meeting of The International Society for Comparative Psychology(Los
Angeles)を含む6つの国際学会,および16の国内学会・シンポジウム等において発表を
行ったものである。一連の検討から,いくつかの予期的対比効果の規定因を明確にし,こ れまで再現が困難であった予期的対比効果を安定して生じさせることが可能となった。今 後は,未来予測能力へ発展させることで,ラットを含む多様な種における未来予測研究の 知見を提供できると考えられる。
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論文概要
予期的対比効果とは,Flaherty and Checke (1982) によって発見された,後のより好み の強い餌の到来を予期し,現在の好みの弱い餌の摂取を抑制する現象のことである。本論 文では,まずヒト以外の動物におけるエピソード記憶,未来予測,および予期的対比効果 の先行研究や得られている知見を総論する。そして,ラットにおける未来予測の研究への 展開を念頭に置きながら,予期的対比効果について検討した実験的研究の結果を報告す る。実験1aではFlaherty and Checke (1982) の知見の再現を試みたが,ラットが30分 後のスクロース溶液の到来を予期して,先行するサッカリン溶液の摂取を抑制するという 予期的対比効果を再現することはできなかった。続く実験1bでは溶液間間隔を5分間に 短縮することで,予期的対比効果の再現性を検討した。しかし,5分間の溶液間間隔でも 予期的対比効果は確認されず,逆に先行するサッカリン溶液の摂取が促進されるという結 果を得た。これはサッカリン溶液を条件刺激,スクロース溶液を無条件刺激とする古典的 条件づけの過程を通じて,サッカリン溶液に対する選好が獲得された結果であると考えら れる。実験1において,Flaherty and Checke (1982) の知見の再現ができなかったことか ら,続く実験では本研究とFlaherty and Checke (1982) の手続きの差異の検討による,
予期的対比効果の規定因の特定を試みた。実験2ではホームケージと実験装置の分離,お よびサッカリン溶液とスクロース溶液の飲み口の空間位置の分離について検討を行った。
実験3aでは食餌制限の水準,および実験開始前の水剥奪の有無について先行研究と同じ 条件を設定して,予期的対比効果の検討を行った。また,実験3bではサッカリンとスク ロースの溶液間間隔を5分間に短縮した条件下で,実験3aのラットを引き続きテストし た。その結果,実験3bにおいて予期的対比効果による先行するサッカリン溶液の摂取の 抑制が確認され,予期的対比効果が示された。実験3cでは,実験3bにおいて5分間の溶 液間間隔で訓練したラットについて,再び溶液間間隔を30分間に延長することの効果を 検討した。実験群と統制群のサッカリン溶液摂取量に統計学的に有意な差は認められなか ったものの,平均値の絶対値においては,統制群と比較した際の実験群のサッカリン溶液 摂取の抑制は,長期間にわたって安定的に維持された。実験3dでは,実験3cにおいて30 分間の溶液間間隔でサッカリン溶液摂取の抑制を獲得したラットについて,30分間の溶液 間間隔後にスクロース溶液が与えられないという消去試行を行った。その結果,消去試行 に移行してから速やかにサッカリン摂取の抑制は消失し,統制群の摂取量と同程度まで増
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加した。これは,実験3cで 30分に延長された溶液間間隔において,実験群は30分後の スクロースは予期しないものの,5分後のスクロース溶液の到来を予期したために予期的 対比効果が持続した可能性を否定する結果である。すなわち,もし,実験群は30分後の スクロースは予期しないものの,5分後のスクロース溶液の到来を予期したために予期的 対比効果が持続したのであるならば,実験3dで30分後のスクロース溶液の提示を中止し ても,予期的対比効果は持続するはずであるである。すなわち,5分間という短い溶液間 間隔を経験することにより,将来に生じる事象への注意が促進され,未来予期の範囲を30 分まで延長させることができた可能性を示唆する結果であると考えられる。
同じ5分間の溶液間間隔であるにもかかわらず,先行するサッカリン溶液の摂取が促進 された実験1bと,抑制された実験3bという矛盾する結果が得られたことから,Flaherty
and Checke (1982) が用いた予期的対比効果の実験手続きでは,先行する溶液に対する条
件づけ効果と予期的対比効果という相反する効果の両方が生じている可能性が考えられ る。また,実験1bと実験3bでは,先行および後続の溶液を提示する空間位置が,前者で は一致しており,後者では異なっていた。このことから,溶液を提示する空間位置が,先 行溶液に対する条件づけ効果と予期的対比効果の生起を規定する要因である可能性が考え られた。そこで,実験4では,先行および後続の溶液を提示する飲み口の位置の空間的一 致性の効果を検討した。その結果,溶液の飲み口の空間位置が同じである群と比較して,
溶液の飲み口の空間位置が異なる群における先行するサッカリン溶液の摂取が抑制され た。実験5では,サッカリンをCS,スクロースをUSとした好みの条件づけの生起につ いて詳しく検討を行った。文脈や飲み口の空間的位置というサッカリン以外の手がかり加 えることで,サッカリンのCSとしての働きが隠蔽され,予期的対比効果のみを生じさせ ることができる可能性を示唆した。これらのことから,本研究では,溶液を提示する飲み 口の空間位置の一致性が予期的対比効果と条件づけ効果に影響する要因であることが明ら かになった。さらに,本研究では, 5分間という短い溶液間間隔を経験することが,30 分間という長い溶液間間隔の下での予期的対比効果を生じさせることが明らかとなった。
この発見は,将来の事象に対する注意により,予測可能な時間範囲が変化することを示唆 する知見である。本研究ではラットにおける予期的対比効果の規定因について明らかにし た。そして,本研究で示された予期的対比効果が,ヒト以外の動物における未来予測を示 す現象であることを確証するために必要な検討事項について考察した。
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第1章 ヒト以外の動物における未来予測
本研究は,ラットにおける未来予測の研究への展開を念頭に置きながら,予期的対比効 果と呼ばれる現象について検討した実験的研究の結果を報告するものである。まず,ヒト 以外の動物における過去のエピソード記憶,未来予測,そして予期的対比効果に関する研 究についてレビューを行う。次に,ラットを対象として行った予期的対比効果に関する実 験的研究を報告し,総合的な考察を行う。
1-1. エピソード記憶
エピソード記憶 (episodic memory) とは,1970年代にEndel Tulvingによって意味記憶 とは異なる記憶の体系として提唱された。Tulving (1972) は意味記憶を“言語の使用に必 要な記憶であり,単語やその他の言語的シンボル・意味・指示対象について,そしてそれら の操作に関する規則・公式・アルゴリズムについて人が保有する知識を体系化した心的辞書 である”と定義し,現在では時間的あるいは空間的な情報を含んでいない単なる知識として 考えられることが多い。一方で,エピソード記憶を“時間的に限定された出来事や,出来事 の間の時間的・空間的な関係についての情報を受け取り保存する”と定義した。つまり,何 が (what),どこで (where),いつ (when) に関する情報を含んだ過去の記憶の再生がエピ ソード記憶であると考えた。このように,何が (what),どこで (where),いつ (when) を 含んだ記憶のことをWWW記憶と呼ぶこともある。
しかしながら,このような定義はエピソード記憶の定義として十分ではないことも指摘 されてきた (Zentall, Clement, Bhatt, & Allen, 2001 ; Zentall, Singer, & Stagner, 2008)。
Zentall, et al. (2001) は,Tulving (1972) の定義がエピソード記憶の定義として不十分で ある理由を2つ挙げた。1つ目に,我々は確実に過去に起こったできごとの何が (what),
どこで (where) という情報を持っていても,いつ (when) 起こったものかを覚えていない ことがしばしばある。むしろ,毎週火曜日に病院に行く人は,“あの日は病院に行った日だ から火曜日だ”のようにいつ (when) という情報に意味記憶を利用することもある。
Tulving (1972) の定義を満たしていないが,過去に起こったできごととしてエピソード記
憶であることは間違いないだろう。2つ目に WWW情報を含んでいたとしてもエピソード 記憶と呼べない場合があると述べた。例えば,書物を読み込んで,独立宣言が1776年7月
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4 日にフィラデルフィアで採択されたことを覚えていたとしてもそれはエピソード記憶で はない。また,自身が経験したことでも意味記憶として記憶していることもある。すなわち,
WWW 情報を知識として知っていても,自身の経験としては覚えていない場合がこれに当 たる。
その後,Tulving (1985) は自己作用的意識 (autonoetic awareness),つまり記憶が直接 経験したものであるという感覚の基準を加えた。佐藤 (2010) が,現状ではエピソード記憶 とはWWW記憶の内容よりも想起して利用する側面が重要であると主張するように,メタ 認知的な側面が強調されてきている。自己作用的意識を重要視することにより,エピソード 記憶はヒトのみで発見されるものであり,ヒト以外の動物には存在しないと提唱された (Tulving, 1983)。また,エピソード記憶はヒトに特有であるというTulving (1983) の主張 を支持する研究者も多い (Roberts, 2002; Suddendorf & Corballis, 1997)。しかしながら,
自己作用的意識の証明は別として,近年では動物においてもWWW記憶の要素を持つ記憶 について証明されてきている (Clayton & Dickinson, 1998, 1999; Feeney, Roberts, &
Sherry, 2009; Babb & Crystal, 2005)。ただし,エピソード記憶を再生するときに感じられ る再体験の感覚については証明されないことから,エピソード“的”記憶 (episodic-like memory) と呼ばれた (Clayton & Dickinson, 1998)。動物が持つ記憶に自己作用的意識や 再体験の感覚が伴うかという問題については,現在のところ証明することは技術的に困難 であると考えられる。このため,ヒト以外の動物がエピソード記憶を持つかという問題は,
WWW 要素を持つ記憶を動物が形成可能であるか,という実験的に検証可能な形で検討さ れてきている。
1, Clayton and Dickinson (1998) の研究
Tulving (1983) によって,自己作用的意識を重視する視点から,エピソード記憶はヒト
固有の能力であることが示唆された。これに対し,自己作用的意識を除くWWW記憶の点 から,ヒト以外の動物においてエピソード“的”記憶を示した研究が行われてきている。以 下では,ヒト以外の動物においてエピソード的記憶を示した研究について紹介する。
Clayton and Dickinson (1998) は,生得的に餌の貯食を行うフロリダカケスが,いつ,
どこで,何をというWWW情報を基に貯食行動を示すことを最初に発見した。彼らの研究 において,第1段階としてカケスは砂で満たされた2 個の製氷皿にそれぞれピーナッツあ るいはハチミツガの幼虫を隠した。この第1段階では,ピーナッツを先に隠して120時間
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後にハチミツガの幼虫を隠す条件と,ハチミツガの幼虫を先に隠して 120 時間後にピーナ ッツを隠す条件の 2 つの条件があった。カケスはピーナッツを好むが,ハチミツガの幼虫 はピーナッツ以上に好まれる餌であった。第2段階では,2つ目の餌を隠し終わった4時間 後に,カケスは隠した餌を回収する機会を与えられた。つまり,餌を隠してから回収段階ま での遅延時間は,先に隠した餌で124時間,後に隠した餌で4時間であった。この時,最 初にハチミツガの幼虫を隠した条件では隠してから回収までの遅延時間が 124 時間である ためハチミツガの幼虫は腐ってしまう。すると,カケスはハチミツガの幼虫が腐ってしまう 条件では先にピーナッツを回収した。一方で,最初にピーナッツを隠す条件ではハチミツガ の幼虫は腐ってないので価値は低下せず,カケスは先にハチミツガの幼虫を回収した。つま り,カケスがピーナッツかハチミツガの幼虫のどちらを (what),どの製氷皿に (where),
4時間前あるいは124 時間前 (when) に隠したかの情報を含んでいる記憶を示した。自己 作用的意識は検討できないがエピソード記憶に類似していることから,Clayton and
Dickinson (1998) は,この結果を,動物におけるエピソード的記憶と称した。
さらに,カケスが匂いを手がかりにハチミツガの幼虫が腐っていないかどうか,あるいは 餌の位置を選択している可能性を排除するため,回収段階ではピーナッツとハチミツガの 幼虫の両方を取り除いた状態で選択をさせて検討した。その場合でも,カケスはハチミツガ の幼虫が腐っていない条件のみでハチミツガの幼虫を隠した場所を選択した。このことか ら,カケスが匂いを手がかりにしていないことが証明された。また,Clayton and Dickinson
(1998) の手続きでは回収段階の4時間前に隠した餌は,常に回収段階における価値の高い
餌となる。de Kort, Dickinson and Clayton (2005) は,もしかすると,カケスはより新近 性の高い位置を選んだだけかもしれない,あるいは 124 時間前に餌を隠したというできご とを忘れているため,124 時間前に隠した場所に訪れないかもしれない可能性を指摘した。
そこで,彼らは長い遅延時間を28時間,短い遅延時間を4時間という間隔で,Clayton and
Dickinson (1998) と同様の実験を行った。最も重要な点は,カケスが実際に隠した餌と回
収段階で埋められた餌は入れ替えられており,最初にハチミツガの幼虫を隠した条件では 回収段階でのハチミツガの幼虫は新鮮であり,2つ目の餌としてハチミツガの幼虫を隠した 条件では回収段階でのハチミツガの幼虫は腐っていたことである。つまり,ハチミツガの幼 虫を隠してからの遅延時間が長ければ価値は高く,短ければ価値は低かった。もし,カケス にとって新近性や長い遅延時間での忘却が選択の要因ならば,先にピーナッツを隠した条 件で腐ったハチミツガの幼虫を選択してしまうだろう。しかしながら,カケスはハチミツガ
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の幼虫が新鮮な時はハチミツガの幼虫を,腐っている時はピーナッツを正確に選択した。こ のことから,カケスは正確に「いつ (when) 」の情報を利用したことが示された。
Clayton and Dickinson (1998) と同様に,時間経過によって餌の価値を変化させる手続き
を用いて,他の動物を対象とした研究も行われた。Hampton, Hampstead and Murray
(2005) はアカゲザルを用いてエピソード的記憶の検討を実施した。より好みであるが腐り
やすい餌としてバナナあるいはブドウ,あまり好みではないが腐りにくい餌には殻つきの ピーナッツが用いられた。アカゲザルは実験室に連れてこられると,餌を食べられない条件 下でバナナあるいはブドウの隠してある位置とピーナッツの隠してある位置を覚えた。そ の後,1時間後と25時間後に2度の餌を回収する機会を得た。1時間後の回収段階におい て,バナナあるいはブドウは新鮮であったが,25 時間後の回収段階では腐ったバナナの皮 やブドウの房だけに取り替えられた。アカゲザルはどちらの遅延間隔の後の回収段階にお いても好みである餌を先に選択し,25 時間後には腐っていない餌を回収する行動は確認さ れなかった。これはClayton and Dickinson (1998) が用いた型の手続きでは,アカゲザル は when (1時間後と25時間後) の情報を利用できず,エピソード的記憶を確認できなかっ たことを示す。
2, 動物における貯食行動を用いたエピソード的記憶の研究
Bird, Roberts, Abroms, Kit and Crupi (2003) は,Clayton and Dickinson (1998)と同様 の実験パラダイムを用いてラットによる検討を行った。彼らは 8 方向放射状迷路を用いて ラットに餌を貯食させた。8方向放射状迷路のアームの先端に四角い箱を取り付け,ラット は中央部分に置かれた餌を箱の中まで運んだ。ラットが餌を運び終えたら,実験者がラット を中央に戻すことで餌を隠させた。ラットが餌を隠す行動を学習したら,本実験を始めた。
まず,ラットに2個のチーズと2個のプレッツェルを,ランダムに選ばれたアームの先端 の箱の中に隠させ,1時間あるいは25時間の遅延間隔後,ラットには8本すべてのアーム が開かれた状態で自由に選択する機会が与えられた。このときラットは 1 時間の遅延間隔 の場合にチーズの価値が低下する群と,25 時間の遅延間隔の場合にチーズの価値が低下す る群に分けられた。チーズはキニーネ硫酸塩溶液の添加により風味を悪くすることで価値 が下げられた。通常,ラットはプレッツェルよりもチーズを好むのだが,チーズ価値が下げ られた場合にはプレッツェルを好んだ。しかし,1時間あるいは25時間の遅延間隔後の回
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収段階を 20 試行行ったが,ラットは常にプレッツェルよりもチーズを先に選択し続けた。
このことから,Clayton and Dickinson (1998) の手続きを用いたBird,et al. (2003) の研究 において,ラットはwhen (1時間後あるいは25時間後) の情報を含んだ記憶を示すことは できなかった。
Clayton and Dickinson (1998) は,カケスにおけるエピソード的記憶を示した。一方で,
Hampton, et al. (2005) やBird,et al. (2003) では,アカゲザルやラットでのエピソード的 記憶を確認できなかった。しかしながら,これらの研究結果のみからWWW記憶の不在を 断定することはできない。Hampton, et al. (2005) でのアカゲザルは,実験室で餌を獲得す るだけの訓練試行を8日間行っていた。この訓練試行での経験が,when (1時間後と25時 間後) の情報を利用するエピソード記憶の使用ではなく,単純にその場所で餌が得られると いう意味記憶を使用した可能性をHampton, et al. (2005) は指摘している。また,Bird, et
al. (2003) の研究は,ラットが生得的に貯食行動を持たないことがWWW記憶を表さなか
った理由である可能性を考察している。また,Clayton and Dickinson (1998) では野生の 鳥を用いていたが,Bird, et al. (2003) では野生ではなく実験室環境で繁殖されたラットを 用いたことが結果に影響を与えた可能性があることも指摘された(McKenzie, Bird, &
Roberts, 2005)。実際にカケスは生得的に貯食行動を示す。そのように生態に適応した生得 的手続きを用いることは,他の動物でもエピソード記憶を見出すうえで重要な要因である 可能性が考えられる。以下では,貯食行動以外の方法を用いた動物におけるエピソード的記 憶研究を紹介する。
3, 動物における貯食行動以外を用いたエピソード的記憶の研究
Babb and Crystal (2005, 2006) は8方向放射状迷路における単純な摂食課題を用いて,
ラットにおけるエピソード的記憶の検討を行った。彼らの研究は段階が 2つあり,第1段 階では8方向放射状迷路の内,強制選択された4本のアームにラットは進入した。4本のア ームの内,3本では餌ペレットが提示され,残りの1本ではラットが餌ペレットよりも好む チョコレート風味のペレットが提示された。ラットは 4 本すべてのアームに進入したらホ ームケージに戻され,30分あるいは4時間の遅延時間の後,第2段階へ移行した。第2段 階では8本のアーム全てが開かれた状態でラットは自由に選択した。遅延時間が30分の場 合,第1段階で訪れなかったアームに餌ペレットが置かれ,遅延時間が4時間の場合はそ れに加えて第 1 段階でチョコレートペレットが提示されたアームにチョコレートペレット
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が再提示された。すると,ラットは4時間の遅延時間の場合でのみ,有意にチョコレートペ レットが提示されているアームを先に選択した。さらに,別の研究では,短い遅延時間の場 合にはチョコレートペレットが再提示されるという逆の条件でも,ラットは同様の行動を 示すことが可能であった (Naqshbandi, Feeney, MaKenzie, & Roberts, 2007)。これは,ラ ットがチョコレートペレットを (what),どのアームで (where),何時間前に (when) 獲得 したかというWWW情報を含んだ記憶を利用可能であったことを意味する。
見 本 合 わ せ 課 題 を 利 用 し た 研 究 が , ハ ト に つ い て Skov-Rackette, Mikker, and Shettleworth (2006),アカゲザルについてHoffman, Beran, and Washburn (2009) によっ て行われた。Hoffman, et al. (2009) ではタッチスクリーン上に見本刺激を提示し,遅延時 間の後に回答が求められた。課題は見本刺激と同じ絵を選択するwhat課題,見本刺激が提 示された左右位置を選択するwhere課題,そして遅延時間の長短 (1秒あるいは10秒) に よって見本刺激とは関係のない図形を選択するwhen課題によって構成されていた。1つの 見本刺激に対して,これら3つの課題をランダムな順番で提示することでWWW情報を統 合しているかどうかを検討しようとした。もし,これらの記憶を統合しているのであれば,
各課題での正答率は正の相関を示すことが予想された。結果,アカゲザルは各課題の正答率 で正の相関を示したため,WWW 情報を統合し,エピソード的記憶を示す証拠を得た。一 方,Hoffman, et al. (2009) に相当する課題でハトをテストした Skov-Rackette, et al.
(2006) では,ハトはWWW情報のどの要素がテストされた場合にも有意な遂行を示したも
のの,Hoffman, et al. (2009) で示されたような,WWW情報の各要素についてのテスト成
績間で有意な相関は認められなかった。この結果は,少なくとも Skov-Rackette, et al.
(2006) が用いた手続きにおいては,ハトはWWW情報の各要素を含む記憶を形成可能であ
るが,これらの要素が「統合された」記憶を形成していないことが示唆された。
以上のように,貯食行動ではWWW記憶を示さなかったラット (Bird,et al., 2003) やア カゲザル (Hampton, et al., 2005) においても,より単純な摂食経験の記憶の利用を求める ような実験パラダイムを用いることでWWW記憶を示すことが確認された。やはり,その 動物の生態に適した課題を用いることは,エピソード的記憶を証明する上で重要な要因で あると考えられる。
10 1-2. 未来予測
未来予測とは過去に起こったできごとに関するエピソード記憶を利用し,将来に起こり 得るであろうできごとを予測することである (Tulving, 2005)。Tulving (1985) はエピソー ド記憶に自己作用的意識,つまり記憶が直接経験したものであるという感情の基準を加え たため,ヒト固有のものと主張された。したがって,エピソード記憶に基づくとされている 未来予測も同様に,ヒト固有のものであると考えられてきた (Roberts, 2012)。しかしなが ら,Clayton and Dickinson (1998) を始めとして,過去に関する記憶については,自己作 用的意識以外のWWW要素を満たすエピソード的記憶がヒト以外の動物において確認され たことから,動物における未来予測研究も行われるようになった。動物における未来予測研 究では,自己作用的意識を検討することは現時点では技術的に不可能であるため,過去ので きごとの記憶を利用して,将来に向けて現在の行動を変容させることが可能かどうか検討 される。この「将来の予測に基づいて現在の行動を変容させられるかどうか」が動物におけ る未来予測を検討する上で最も重要な点になる。以下では動物における未来予測研究の例 をいくつか紹介する。
1, ヒト以外の動物における貯食行動を用いた未来予測の研究
貯食行動を用いた未来予測研究では,鳥類における研究が盛んである。これは先述したと おり,動物におけるエピソード的記憶研究で用いられるカケスやコガラは生得的な行動と して貯食行動を持っているからである。Emery and Clayton (2001) の研究では,アメリカ カケスに 2 か所ある隠し場所の内,どちらか片方にハチミツガの幼虫を隠させた。このと き,餌を隠している所を他のカケスに見られている観察者条件と,餌を隠すところを見られ ていない単独条件があり,被験体のカケスは両方の条件を経験した。ハチミツガの幼虫を隠 してから 3 時間後,他個体による観察のない場面で,カケスにもう一度餌を隠し直す機会 を与えた。すると,以前に別の実験において,他のカケスの隠した餌を盗んだ経験のあるカ ケスのみが,有意に餌をもう一方の隠し場所へと隠し直す行動を示した。この隠し直す行動 は,餌を隠すところを他個体に観察されている条件のみで確認され,過去に餌を盗んだ経験 のなかった被験体のカケスにおいては条件に関わらず餌を隠し直すことはなかった。この ことは,他個体によって観察されていたという過去のできごとの記憶を利用し,餌を盗まれ てしまうかもしれない将来を予測することで,餌を隠し直すという現在の行動を変容させ た例として解釈することができる。さらに,Emery and Clayton (2001) は,カケス自身が
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餌を盗んだ経験を他個体に拡大し,他個体も盗むことができるだろうと思考したと主張し た。さらにその自身の記憶と他個体に観察された記憶とを統合させることが可能であった が故に,未来予測を行うことができたと論じた。
Raby, Alexis, Dickinson, and Clayton (2007) はアメリカカケスにおいて翌朝の餌の準備 を行う行動を確認した。彼らの研究では,カケスは中央の区画と,その両側に2つの区画が 隣接している,3つの区画が直線状に並んだ実験装置内で訓練とテストを受けた。予備実験 として,カケスは左右の区画の片方で朝食としてマツの実が獲得できる日と,もう片方の区 画で何も獲得できない日の経験をした。テストは夜に行われ,中央の区画で運ぶことのでき ないすりつぶしたマツの実が与えられた。中央の区画で十分な量の運ぶことのできないす りつぶした餌が与えられた後,すなわち満腹になりそれ以上は食べることができない状態 にされた後で,運ぶことのできるすりつぶされていないマツの実が与えられ,カケスはその マツの実を左右の区画に自由に隠すことができた。するとカケスは以前に朝食として餌を 獲得できなかった側の区画にほとんどのマツの実を隠した。つまり,カケスは翌朝にどちら の区画に入れられても餌が獲得できる状況を作り出せるように,翌朝を見越して前日の夜 から準備をしていたと考えられる。しかし,ラットにおいて過去に空腹と関連付けられた環 境下では,摂食量が増えることが示されている (Roitman, van Dijk, Thiele, & Bernstein., 2001)。カケスにおいても空腹と関連付けられた区画への貯食行動が学習されただけかもし れない。そこで,続く実験では,予備訓練の段階で片方の区画ではピーナッツを,もう片方 の区画では粗挽きの飼料を獲得した。そして,テスト段階ではピーナッツと粗挽きの飼料の 両方を隠す機会を与えた。もしカケスが空腹と関連付けられた区画での貯食を学習しただ けであれば,2つの区画へ隠す餌に差は生じないと予想された。しかし,カケスはピーナッ ツを朝に粗挽きの飼料が与えられる区画に,粗挽きの飼料を朝にピーナッツが与えられる 区画に隠した。すなわち,翌日にどちらの区画での貯食が許された場合にも,2種類の餌の 両方を獲得可能であるように貯食が行われた。両方の区画では 2 種類の餌のいずれかが与 えられるために,どちらかが空腹と結びつき,カケスが空腹と結びついた区画に餌を著しく 隠した可能性は排除される。したがって,これらの結果は,カケスが翌日の朝の各区画での 給餌状況を予測し,現在の行動を変容させることができたことを示すと考えることができ る。
Hampton and Sherry (1994) はアメリカコガラを対象とした研究を行っている。まず,
コガラに実験室の木の穴の中に餌を隠させた。その後,コガラは飼育室に戻され,実験者は
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コガラが実験室の半分の区画に隠した餌は取り除いた。一方で,もう半分の区画に隠した餌 はそのまま残された。この貯蓄と回収を24試行を行うとコガラは,餌が盗まれてしまわな い方の区画に有意に多く餌を隠すようになった。これは,コガラが一方の区画では将来に餌 が無くなってしまうことを予測し,現在の餌を隠す行動を変容させた 1 つの証拠と考えら れる。
ラットにおける未来予測研究ではMcKenzie, Bird, and Roberts (2005) がHampton and
Sherry (1994) と同様に,半分の区画では餌が無くなってしまう実験条件下での検討を行っ
た。McKenzie, et al. (2005) では8方向放射状迷路を用い,まずラットは中央部分に置か れたチーズを各アームの先端に取り付けられた箱の中に運んだ。チーズを運んだら実験者 によって中央部に戻され,8本のアームの内4本にチーズを隠したら貯蓄段階を終了とし,
一旦ホームケージに戻された。そして,45 分後に回収段階が行われたのだが,このとき 8 本のアームの内の片側 4 本では貯蓄段階で隠した餌が実験者によって取り除かれていた。
もう片側の4本に隠した餌はより大きな餌に取り替えられた。もしラットが片方の4本の アームでは隠した餌が後に失われてしまうことを予期できるならば,貯蓄段階において,将 来餌が無くなってしまわない方のアームへ餌を隠すようになると予測された。しかしなが ら,実験を通してラットは餌が無くならないアームへの貯蓄を増やすことはなく,無くなっ てしまうアームと同程度に餌を隠し続けた。一方で回収段階において,ラットは隠した餌の 内,餌が無くなっていないアームを先に訪れるようになった。つまり,片方のアームでは餌 が失われてしまうことは学習可能であったが,その過去の記憶を基に将来を想像すること で現在の行動を変容させることはできなかったと考えられる。
このように,過去に関するWWW記憶の不在を示したBird,et al. (2003) と同様に,貯食 行動を用いた方法では,ラットにおける未来予測の証拠は確認できなかった。一方で,前述 のように,過去に関するWWW記憶については,より単純な摂食行動に関する記憶を利用 させる課題では,ラットはWWW記憶の証拠を示している (Babb & Crystal, 2005, 2006)。
未来予測に関する研究においても,今後,貯食行動ではなく,摂食等のより単純な行動を利 用した方法により,ラットにおいても肯定的な結果が示される可能性も考えられる。
また,Soley and Alvarado-Diaz (2011) による野生観察では,コスタリカに生息するイタ チ科のタイラが長期間の餌の貯蓄をすることが確認された。タイラはプランテーンの実を 食べる。プランテーンの実は熟していてもいなくても食べることはできるのだが,タイラは 熟した実の方を好む。彼らは熟した実のみをその場で食べ,熟していないものは周辺の森の
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中に隠し,隠した実が熟してから食べる行動が観察された。Soley and Alvarado-Diaz (2011) は,タイラが熟していない実に関しても,後に熟すであろうという未来時間の感覚を持って いると述べた。
以上のように,貯食行動を用いた未来予測研究が行われてきており,いくつかの肯定的な 結果が示されてきた。その一方で,ラットでは貯食行動を利用した実験では,未来予測を示 す結果は得られなかった (McKenzie, et al., 2005)。過去に関するWWW記憶でも,生得的 に貯食行動を持たないラットでは否定的な結果しか得られなかった (Bird,et al., 2003)。生 得的に貯食行動を持たない種では,未来予測についても他の研究法の開発と検討を進める 必要があると考えられる。
2, 道具使用に関する研究
道具を用いる計画による未来予測研究で最も有名なものは,Mulcahy and Call (2006) で のボノボとオランウータンで行われた研究だろう。彼らの研究では異なる 2 つの課題が用 いられ,それぞれの課題において必要な道具が異なっていた。1つ目の課題では,シリンダ ーからブドウのジュースを飲むためにプラスチック管が必要であり,2つ目の課題ではブド ウのジュースが入ったボトルを取るためにフックが必要であった。まず被験体は近づくこ とはできないが,実験室で2つの内どちらかの課題と報酬を見ることができた。その後,待 機部屋に戻されるのだが,そのときプラスチック管やフックを含むいくつかの道具を待機 部屋に持ち込むことができた。1時間後,実験室で課題を行った。もし被験体が待機部屋に 道具を持ち込んでいれば,それを実験室に持って行き,使うことが許された。するとボノボ とオランウータンは有意な確率で,課題に適した道具を準備した。その後,1匹のボノボと 1匹のオランウータンにおいて,待機部屋での遅延時間は14時間まで延長されたが,それ でもほとんどの試行において有効な道具を準備する行動が確認された。また,プラスチック 管やフックが報酬と関連づけられたために学習された可能性を排除するため,予備訓練に おいてフックの使用を学習したが,本実験では道具的な使用が必要とされない統制群を設 定した。すると,この統制群の被験体はフックを選択することはなかった。このことは連合 学習によってフックが選択されていた可能性を否定する。
Osvath and Osvath (2008) の一連の研究では,2匹のチンパンジーと1匹のオランウー
タンを用いた。被験体は好物の果物のスープを飲むためにプラスチック管を用いる機会を 与えられた。テスト段階ではプラスチック管と課題には関係のない妨害物体3個の計 4個
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の物体の中から 1 つだけ選択して待機場所に持って行くことができた。もしプラスチック 管を選択していた場合は,後に果物のスープを飲むことが可能な報酬部屋に入ることが許 された。テストを通して,被験体は有意にプラスチック管を選択した。続く実験ではプラス チック管と課題には関係のない妨害物体2個,ブドウ1個の計4個の物体の中から選択さ せた。被験体はその果物を好むが,後のスープの方をより強く好んだ。被験体が未来での使 用を予測していないならば即時の報酬であるブドウを選択すると予想されたが,有意にプ ラスチック管を選択できた。さらに,最初にプラスチック管で果物のジュースを飲む機会を 与えたことで,条件づけが生じた可能性を検討するために統制実験も行われた。統制実験で は,同様にプラスチック管と課題には関係のない妨害物体3個から1つを選択するのだが,
プラスチック管を選択した場合には,さらに追加のプラスチック管とブドウ 1 個の間で選 択が与えられた。もし,道具そのものに正の条件づけが生じているならば,2回目の選択で もプラスチック管を選ぶだろう。しかし,被験体が道具の使用を予期しているならば,更な るプラスチック管は不要であり,ブドウを選ぶと予想された。被験体は14試行の内ほとん どで,最初の選択ではプラスチック管を,2番目の選択では果物を選んだ。このことから単 なる条件づけ効果ではなく,将来の使用を予期した選択である可能性が示唆された。また,
被験体にとっては新奇物体だが,果物のスープを獲得するのに利用することができるもの,
スープの獲得には利用できない新奇物体 2 つ,以前にはちみつと関連づけられた竹の棒の 4つから選択を迫られた時,被験体はスープを獲得できる新奇物体を有意に選択した。この ことからも,道具選択が後の報酬との正の条件づけに起因して選択されるようになった可 能性は排除された。このように,未来予測の研究では,特定の準備行動が将来の好ましい結 果によって強化されるという道具的条件づけにより獲得されたものか,それとも未来の予 期により必要となる道具を選択したのかを識別するための工夫が必要となる。
観察実験ではさらに興味深い行動が発見されている (Osvath, 2009)。スウェーデンの動 物園で飼育されているチンパンジーは来園者に石を投げつける習性が身についていた。そ のチンパンジーは開園前になるとコンクリートから手ごろな大きさの塊を作り出し,来園 者が訪れやすい位置にある隠し場所に運んでいるのを観察された。そして実際にチンパン ジーを観に訪れた来園者にコンクリート片を投げつけた。これは,チンパンジーが数時間先 の未来で使用するために,意図的に計画していた行動である可能性が考えられる。
これらの結果は,将来での使用の予測に基づいて道具を準備することを示唆する。しかし ながら,特定の道具の準備が後の好ましい結果によって強化された連合学習など,他の学習
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過程によるものである可能性は完全には否定できない (Roberts & Feeney, 2009) 。例えば,
Emery and Clayton (2001) でのカケスが餌を隠し直す行動の後には,餌を食べることがで
きる経験が後に続いた。また,Mulcahy and Call (2006) では,被験体が不要な道具を選ぶ 行動は,後の報酬を得られない経験を導いた。このように,ある行動に良いあるいは悪い結 果を何度も経験することで,一方の行動が学習された可能性がある。この連合学習を否定す るような実験計画を設定する必要があるだろう。また,類人猿以外では,道具の使用そのも のが難しいため,実験法としてはさらなる改良が必要があると考えられる。
3, 単純な摂食行動を利用した研究
Feeney, Roberts, and Sherry (2011) はアメリカコガラがより好みの餌を得るために空間 位置間の選択を行えるかどうかを検討した。実験室内には 4 本の人工の木が立てられ,そ れぞれの木には4つの穴が空いていた。第1段階ではそれぞれの木の4つの穴の内2つに ヒマワリの種が入っており,コガラは計8個の内 4個のヒマワリの種を食べることができ た。その後,ホームケージに戻され,30分後に第2段階に移った。第2段階では,コガラ が第1段階で訪れなかった穴に餌が入っていた。ただし,実験室内の片側の 2本の木では ヒマワリの種がより好みである幼虫に入れ替えられているが,もう片方の 2 本の木ではそ のままヒマワリの種が置かれていた。つまり,コガラが餌の変更を予期できるのであれば,
第1段階では餌が変更されない側の木から4 個のヒマワリの種を食べ,好みの餌をたくさ ん食べることが可能であった。最終的に,コガラは第 1 段階では餌が変更されない木から 有意に多くのヒマワリの種を食べるようになった。これは,コガラが餌の変更を予期し,よ り好ましい餌を多く食べられるように行動を変更した結果であると考えられた。
Naqshbandi and Roberts (2006) はリスザルを用いて摂水条件を統制した研究を行った。
テスト時の餌として2分の 1の大きさのナツメヤシを用いた。リスザルはナツメヤシを好 んで食べるのだが,食べると喉が渇くことが事前に確認された。25試行までは4つのナツ メヤシあるいは1つのナツメヤシを選択させ,リスザルは4つのナツメヤシに対して明確 に強い好みを示した。その後,実験開始前に水ボトルが取り除かれるという手続きが加えら れた。さらに,1つのナツメヤシを選択した場合は30 分後に水ボトルが戻されたが,4つ のナツメヤシを選択した場合は水ボトルが 3 時間後まで戻されないという手続きを追加し た。その結果,リスザルは最初,4つのナツメヤシを選択していたが,試行を重ねるにつれ て4つのナツメヤシに対する選択は減っていき,最後には選択しなくなった。この結果は,
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1 つと 4 つのナツメヤシの選択時に将来の異なるタイミングでの水ボトルの提示を予測し た結果であるとも理解できる。しかし,この結果は同時に,これは未来予測によるものでは なく 4 つのナツメヤシを選択した後に渇きという正の罰が与えられたことによるものであ る可能性が考えられる。そこでNaqshbandi and Roberts (2006) は追加の統制実験として,
4つと1 つのナツメヤシのどちらを選択したとしても 3時間後に水ボトルが戻される条件 下で実験を行った。4つと1つのナツメヤシでは4つの方が大きな渇きをもたらすので,も し正の罰によるものであるならば 4 つのナツメヤシは選択されないだろう。その結果,リ スザルは試行の75 %で4つのナツメヤシを選択した。このことから,リスザルが水ボトル が返される未来を予測してナツメヤシの選択を行った可能性が示唆された。しかし,Paxton and Hampton (2009) が ア カ ゲ ザ ル に お い て 同 じ 手 続 き の 研 究 を 行 っ た と こ ろ ,
Naqshbandi and Roberts (2006) の結果を再現することはできなかった。このことから彼
らは,Naqshbandi and Roberts (2006) で用いられたリスザルが15‐16歳と比較的高齢で 多くの経験を持っていた可能性が高いことや,以前に認知的な実験 (McKenzie, et al.,
2004) を経験していたことが影響しているのではないかと指摘している。
Feeney, Roberts, and Sherry (2011) は,後述するFlaherty and Checke (1982) がラッ トに対して行った予期的対比効果の手続きをコガラにおいて検討した。コガラを実験群と 統制群に分け,まず両群にプラスチックの皿にあまり好みではないヒマワリの種を10個入 れて5分間与えた。第1段階では5分間 (15日間),第2段階では10分間 (10日間),第3段階で は30分間 (10日間) の遅延時間の後に,コガラにとても好まれるゴミダマムシの幼虫が実 験群にのみ5分間与えられた。ゴミダマムシの幼虫の摂取量を群間で統制するために,統 制群のコガラには実験後に与えられる給餌用の飼料とともに実験群が摂取した平均の量の ゴミダマムシを与えた。もし,コガラが将来により好みであるゴミダマムシの幼虫の到来 を予期できているならば,より多くの幼虫を食べられるように,ヒマワリの種の摂取を抑 制すると予想された。すると,どの段階においても実験群の摂取量は統制群を下回った。
このことから,コガラは将来のより好みの餌の到来を予期し,満腹になってしまわないよ うに,現在の好みではない餌の摂取を抑制したと考えられた。このFeeney, et al. (2011) の研究で示されたような,後に与えられる好みの餌との対比により現在の好みでない餌の 摂取が抑制される現象は,予期的対比効果 (anticipatory contrast effect) と呼ばれ,
Flaherty and Checke (1982) によってラットにおいて最初に見いだされた現象である。予
期的対比効果は,より好みの餌の提示に関する未来予測によっても説明されるものの,他
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の未来予測研究と同様に,未来予測以外の単純な学習による可能性を排除する必要があ る。例えば,現在の行動が将来の好ましい結果事象によって分化的に強化された結果とし ての連合学習である可能性 (Osvath & Osvath, 2008) などである。しかし,予期的対比効 果は,単純な摂食行動を利用することから,道具使用等の複雑な行動を利用することが困 難な様々な種における未来予測研究へ発展できる可能性が考えられる。例えば,貯食行動 を利用した方法では未来予測の肯定的な結果を得られていないラット (McKenzie et al.,
2005) においても,単純な摂食行動を用いる予期的対比効果の報告例があることから
(e.g., Flaherty and Checke, 1982),予期的対比の実験パラダイムを精緻化することで,ラ ットの未来予測に関する肯定的な発見につながる可能性が期待できるように思われる。そ こで,以下ではFlaherty and Checke (1982) の手法と関連する研究について通覧し,未来 予測研究への発展可能性や問題点に関して論じていく。
1-3. Flaherty and Checke (1982) による予期的対比効果の発見
Flaherty and Checke (1982) は,実験群のラットに,まず,比較的好みでない0.15 %サ ッカリン溶液を3分間提示し,1分間,5分間,または30分間の溶液間間隔後に,より好
まれる32 %スクロース溶液を5分間提示した。統制群のラットには,溶液間間隔後のスク
ロース溶液の提示を行わなかった。その結果,30 分間という長い溶液間間隔が設定された 場合でも,実験群のラットは統制群に比べて,先に提示されるサッカリン溶液を有意に少な く摂取するようになった。また,サッカリン溶液の摂取は溶液間間隔が短いほど抑制された。
Flaherty and Checke (1982) はこの現象を,ラットが将来に訪れるであろうより好ましい
32 %スクロース溶液を予期して,満腹にならないように,現在の0.15 %サッカリン溶液の
摂取を抑制した結果であると解釈した。この現象をFlaherty and Checke (1982) は予期的 対比効果と称した。
1, 予期的対比効果の再現性
Flaherty and Checke (1982) が予期的対比効果を発見した後,再現実験や規定因に関す
る検討が行われた。Lucas, Gawley and Timberlake (1988) は,実験1において,実験群 のラットに0.15 %サッカリン溶液を5分間提示し,4分間,16分間,32分間の群によっ て異なる溶液間間隔の後32 %スクロース溶液を5分間与えた。統制群のラットには5分
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間の0.15 %サッカリン溶液提示のみであった。結果,溶液間間隔が4分間と16分間の群
ではサッカリン溶液の抑制が生じたが,32分間では抑制は起こらずFlaherty and Checke
(1982) の結果を再現できなかった。サッカリン溶液の摂取の抑制が生じなかった理由とし
て,彼らは実験をホームケージ内で行っていたのだが,Flaherty and Checke (1982) の研 究ではホームケージとは別の実験装置へラットを移動して実験を行っていたことが挙げら れる。そこで,実験2ではホームケージから明るい光で照らされた実験装置に移してから 実験を行った。すると,32分間の溶液間間隔条件の下でも予期的対比効果が確認された。
このことから,予期的対比効果には,実験を行う文脈等の環境手がかりが規定因として機 能する可能性が示唆された。また実験3では,実験終了後の飼育飼料の給餌までの時間に 注目した。実験が終了して即時に給餌する群と90分後に給餌する群を比較したところ,
即時に給餌した群でのみサッカリン摂取の抑制を確認した。Lucas, et al. (1988) は飼育飼
料と32 %スクロース溶液の間で関連付けが生じ,32 %スクロース溶液の価値がさらに大
きくなったためにサッカリン溶液の抑制が生じたのではないかと説明した。このことは,
2番目の餌のカロリー的な負荷や量といった要因もまた予期的対比効果に関与している可 能性を示している。
Flaherty and Rowan (1985) は,ラットが現在のサッカリン溶液と過去に与えられたス
クロース溶液の記憶との比較をしているのか,あるいは現在のサッカリンとこれから与え られるであろうスクロース溶液を比較しているのか比較検討した。ラットは,サッカリン溶 液に続いてサッカリン溶液の提示を受けるサッカリン‐サッカリン提示の条件と,サッカ リン溶液に続いてスクロース溶液の提示を受けるサッカリン‐スクロース提示の条件を隔 日で交替して与えられた。すなわち,サッカリン‐サッカリン,サッカリン‐スクロース,
サッカリン‐サッカリン,サッカリン‐スクロース,といった順序で試行を繰り返した。も し,1日前のスクロースとの比較により先行するサッカリン溶液の摂取が抑制されるのであ れば,前日にサッカリン‐スクロース提示を受けるサッカリン‐サッカリン提示で最初の サッカリン溶液に対する摂取の抑制が大きくなることが予測される。対照的に,もしラット が現在のサッカリン溶液をこれから与えられるはずのスクロース溶液と比較することで対 比が生じているのであれば,サッカリン‐スクロース提示条件で最初のサッカリン溶液に 対する摂取の抑制が大きくなると予測される。結果的に,最初のサッカリン溶液に対する摂 取は,サッカリン‐サッカリン提示条件よりも,サッカリン‐スクロース提示条件で抑制さ れた。この結果は,予期的対比効果におけるサッカリン溶液は,直前の過去のスクロース溶
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液の記憶ではなく,これから与えられるスクロース溶液と比較されるという仮説と一致す るものであった。
2, 多様な餌刺激を用いた予期的対比効果の検討
Lucas, Timberlake and Gawley (1990) はサッカリン‐スクロース溶液という対だけ ではなく,様々な餌を用いて実験を行うことで,特に風味,栄養,カロリー的価値といっ た要因が予期的対比効果に与える影響を検討した。先行する餌を5分間提示した後,溶液 間間隔を空けて2番目の餌を5分間提示した。実験1ではサッカリン‐スクロース溶液の対 を用いて再検討を行い,溶液間間隔が16分間までは予期的対比効果が生じるが32分間では 予期的対比効果は確認できないというLucas, et al. (1988) と一致する結果を得た。実験2 では2番目の餌に64 %スクロース溶液を用い,32分間の溶液間間隔でも2番目の餌が無い統 制群に比べて先行するサッカリン溶液の摂取の抑制が生じることを発見した。このこと は,溶液間間隔だけでなく,2番目の餌のカロリーあるいは甘さといった価値が予期的対 比効果の規定因である可能性を示唆するものであった。そこで,実験3では2番目の餌にカ ロリーはあるが甘味はない固形飼料を用いた。もし,2番目の餌のカロリーが予期的対比 効果の要因ならば,先行するサッカリン溶液の摂取の抑制が生じるはずである。しかし,
サッカリン溶液の摂取の抑制は起こらなかったことから,カロリーのみが予期的対比効果 となっていることは否定された。実験4は,32 %スクロース溶液の代わりに甘さは同じで カロリーが低いニュートラスウィートの溶液を用いて計画された。予期的対比効果が2番 目の餌の甘味という風味の価値のみで生じるのであれば実験1と同様の先行するサッカリ ン溶液の摂取の抑制が起こり,カロリー的価値で生じるのであれば先行するサッカリン溶 液の摂取の抑制は起こらないと予想された。しかしながら,4分間の溶液間間隔では予期 的対比効果が消失し16分間の溶液間間隔では予期的対比効果が生じるという結果が得られ た。これは,単純な予期的対比効果とは矛盾する結果であったが,少なくともカロリー以 外の要因が16分間の溶液間間隔条件での予期的対比効果の要因になっていることが示唆さ れた。実験5では味は良いがカロリーのない脱脂粉乳を2番目の餌として用いた。ラットが サッカリン溶液の摂取を抑制するという結果は得られず,むしろ4分間の溶液間間隔条件 で摂取量は増加した。実験6では味は好まれるが,スクロースよりもカロリーの低いチョ コレートミルクを用いた。すると,4分の溶液間間隔では先行するサッカリン溶液の摂取 の促進が生じ,16分間の溶液間間隔では先行するサッカリン溶液の摂取の強い抑制が示さ
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れた。Lucas, et al. (1990) の結果は複雑であるが,まとめると,カロリー的価値は短い溶 液間間隔 (4分間) での抑制を促進するが,長い溶液間間隔では効果を持たないことが示さ れた。一方で,16分間という中程度の溶液間間隔においては2番目の餌の風味的な価値が 大きい場合に予期的対比効果が大きくなった。つまり,カロリーと風味という価値の種類 の違いは,影響を与える餌刺激間間隔の時間が異なることが示唆された。
対比効果の研究はスクロースを用いた研究が多いが,Flaherty and Rowan (1985) はサ ッカリンのみを用いた継時的,同時的,予期的対比効果について報告している。実験1で は同じラットに毎日与えるサッカリンの濃度を0.15 %から,0.125 %,0.10 %,0.075 %,
0.05 %へ移行した場合の対比効果である継時的対比効果 (successive contrast effect) を検 討した。その結果,0.15 %から0.125 %,0.10 %へ移行した時は対比効果が生じず,
0.075 %,0.05 %へ移行する時に対比効果が確認された。一方でVogel, et al. (1968) の研 究では0.10 %から0.01 %への移行で実験を行った際,対比効果は確認できなかった。彼ら はこの理由を水や餌の剥奪条件が対比効果に影響を与えているのではないかと結論付け た。実験2における同時的対比効果の検討では,0.15 %と0.125 %,0.10 %,0.075 %,ま たは0.05 %のいずれかの2種類の溶液へ1分ずつ接触させた。全ての組み合わせで0.15 %サ ッカリン溶液の摂取が促進される正の対比効果が生じた。これに対し,濃度の低い溶液の 摂取が抑制される負の対比効果は,濃度の差が大きい0.15 %対0.075 %,および0.15 %対 0.05 %の条件でのみ生じた。実験3ではFlaherty and Checke (1982) と 同様の予期的対比 の方法を2種類の濃度のサッカリン溶液を用いて検討した。その結果,0.05 %の15秒後に 0.15 %が与えられた場合にのみ先行するサッカリン溶液の摂取の抑制が見られ予期的対比 効果が確認された。すなわち,カロリーを持たないサッカリン溶液でも,甘味の価値のみ で予期的対比効果が生じることが確認された。
3, 予期的対比効果の規定因の検討
Flaherty, Coppotelli, Grigson, Mitchell and Flaherty (1995) は,ラットにおける予期 的対比効果を規定する要因を明らかにするためにいくつもの条件下で被験体内計画による 検討を行った。
実験1では最初にシナモンあるいは冬緑油で風味づけられた0.15 %サッカリン溶液を与 え,一方の風味のサッカリン溶液の15秒後には風味づけられていない32 %スクロース溶 液,他方の風味のサッカリン溶液の15秒後には0.15 %サッカリン溶液が与えられた。その
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後,選択テストとして最初にシナモンあるいは冬緑油で風味づけられた0.15 %サッカリン 溶液を同時に与えられる試行を6日間行った。訓練試行での2種類のサッカリン摂取量には 有意差は見られなかったが,選択テストでは32 %スクロース溶液と関連付けられた方の風 味のサッカリン溶液を有意に好んだ。この結果は,特定の風味のサッカリン溶液とスクロ ース溶液の対提示により,好みの条件づけが生じることを示すものである。したがって,
スクロース溶液に先行して与えられた風味のサッカリン溶液については,スクロースとの 条件づけを通じて摂取が促進される効果と,後のスクロース提示の予期による摂取の抑制
(予期的対比) という矛盾する効果は,同時には起こらないものではないかと考えた。
実験2は実験1と同様の手続きで行われたが,ブドウとオレンジの風味を用いた。また,
実験2は3つの段階に分かれていた。第1段階では実験1と同じ手続きで,風味をブドウとオ レンジに変更して,一方の風味にスクロース溶液,他方の風味にサッカリン溶液を後続さ せる訓練を12日間実施した。第2段階では風味を用いず,代わりに文脈手がかりを用い た。片方の文脈は実験装置内に薄暗い光と音が含まれており,もう一方は明るい光とクリ ック音,そしてメントールの香りが含まれていた。一方の文脈に置かれた場合には,サッ カリン溶液に続いてスクロース溶液が与えられ,他方の文脈に置かれた場合には,サッカ リン溶液の後にはサッカリン溶液が与えられた。第3段階では,第1段階と第2段階でスク ロースまたはサッカリンと関連付けられた風味と文脈を複合して提示した。第1段階で は,2種の風味間でサッカリン摂取量に差は見られなかったが,第2段階では32 %スクロー ス溶液と関連付けられた環境での1番目の0.15 %サッカリン溶液摂取が有意に抑制され た。しかしながら,第3段階で風味手がかりを加えたところ,再びサッカリン溶液の摂取 量に差は見られなくなった。このことから,文脈手がかりは予期的対比効果を引き出す有 効な手がかりとなるが,風味手がかりは,予期的対比効果を減弱する好みの条件づけを生 じさせる可能性が示唆された。
実験5においてはCapaldi and Sheffer (1992) の実験に注目した。彼女らは2種類の風味 づけられたサッカリンがチョコレートミルクあるいは何も与えられない条件を信号する 時,チョコレートミルクを信号するサッカリンの摂取の抑制を確認していた。これはこれ までの風味手がかりは予期的対比効果を妨害するという実験結果と矛盾するものである。
しかしながら,Capaldi and Sheffer (1992) の実験には一部で促進を示すものや,統制群 の不十分な点などの問題が挙げられたため,改めて追試を行うとともに問題点を改善して 検討を行った。実験は飼育ケージ内で行われ,最初の風味づけられた0.15 %サッカリンが
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10分間与えられた後,5分間の溶液間間隔をおいて2番目の溶液が与えられた。2番目の溶 液としては,実験群に32 %スクロース溶液が与えられ,統制群としては,何も与えられな いか0.15 %サッカリン溶液が与えられる2つの条件を設けた。Capaldi and Sheffer (1992) との違いは,統制群として2番目の溶液が与えられない条件を加えたこと,チョコレート ミルクの代わりに32 %スクロース溶液を用いたこと,冬緑油とシナモンの代わりにオレン ジとブドウの風味を用いたことであった。統制群の2番目の溶液に0.15 %サッカリン溶液 を用いた条件では,実験群における先行するサッカリン溶液の摂取の促進がわずかではあ るが有意に認められ, 2番目の溶液が与えられなかった統制群と比較して,実験群におけ る先行するサッカリン溶液の摂取の促進傾向が確認された。選択テストでは32 %スクロー スを信号するサッカリンへの好みを示したものの,先行研究が得られた結果を再確認する ことはできなかった。続く実験6aでは実験5における先行研究との違いを検討した。32 % スクロース溶液ではなくチョコレートミルクを用い,オレンジとブドウの風味ではなく冬 緑油とシナモンの風味を用いた。この一連の実験においてテスト中は水ボトルを取り除い ていたのだが,Capaldi and Sheffer (1992) は取り除いていなかった。そこで実験6bにお いては水ボトルを取り除かずに実験を行った。しかし,実験6aと6bのどちらにおいても抑 制は生じず,Capaldi and Sheffer (1992) と対立する結果を得た。
これまでの実験においては風味を手がかりとして用いても予期的対比効果は見られなか ったため,実験8では単純な匂いを手がかりとして用いた。溶液に混ぜるのではなく,溶 液の飲み口近くに匂いを単体で置いておくことで溶液の風味とならないように操作した。
匂いにはアーモンドとペパーミントが使われ,それぞれ0.15 %サッカリン溶液あるいは 32 %スクロース溶液を信号した。その結果,匂いを手がかりとした場合,先行するサッカ リン溶液の摂取は抑制も促進も起こらなかった。これはLucas and Timberlake (1992) が 示した,風味を続く溶液を信号する手がかりとした場合の結果と一致する。しかし,匂い への好みが獲得され,Lucas and Timberlake (1992) とは異なる結果となった。Flaherty, et al. (1995) は,Lucas and Timberlake (1992) よりも匂いの手がかりをサッカリン溶液 に近づけていた。この匂いとサッカリン溶液の空間的近接性の違いが好みの条件づけを引 き起こしたかもしれないとFlaherty, et al. (1995) は考えた。
実験9では飲み口の形状に注目した。実験9aでは先行する0.15 %サッカリン溶液を提 示する飲み口にボールベアリングがあるものとないものを使用した。それぞれの飲み口が
0.15 %サッカリン溶液あるいは32 %スクロース溶液を予期した。第1段階では,2番目の