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ラットにおける予期的対比効果の規定因に関する実験的検討

2-1. 実験1a

Lucas, et al. (1988) や Lucas, et al. (1990) は,比較的に好まれない餌から好みの餌ま での溶液間間隔が 5 分間といった短い条件下で予期的対比効果を報告している。しかし,

30 分後に提示される好ましい餌に対して現在の好ましくない餌の摂取を抑制するという Flaherty and Checke (1982) の知見は,Lucas, et al. (1988) の1例のみでしか再現され ていない。Flaherty and Checke (1982) の知見をラットにおける未来予測を示す証拠とす るための検討を進めるには,まずはFlaherty and Checke (1982) の最も基本となる結果 について再現する必要があると考えられる。そこで実験 1a では Flaherty and Checke

(1982) と同様に,0.15 %サッカリン溶液の30分後に32 %スクロース溶液を提示する手

続きによる検討を行った。予期的対比効果からは,0.15 %サッカリン溶液の30分後に32 % スクロース溶液が提示される実験群では,サッカリン溶液後に 32 %スクロース溶液の提 示を受けない統制群と比較して,先に提示される0.15 %サッカリン溶液の摂取が抑制され ると予測される。また,以下における好みとは“より多く摂取すること” を指し,ラット は好みが大きいものほどより多くの量を摂取すると定義する。Lucas & Timberlake (1988) においても32 %濃度のスクロース溶液の摂取量は0.15 %サッカリン溶液の2倍以上であ り,本研究におけるラットのスクロース溶液への好みはサッカリン溶液よりも大きいと言 える。

方法

被験体 約420日齢のオスのWistar系ラット10匹を用いた。5か月以上前に殻つきピ ーナッツとペレットによる他個体との餌競合実験を経験していたが,甘味料溶液の摂取に 関わる実験経験はなかった。

装置 実験は金網製の個別ケージ内で行った。0.15 %サッカリン溶液と32 %スクロース 溶液を用いた。0.15 %サッカリン溶液はサッカリンナトリウム二水和物 (和光純薬) と水道

水を,32 %スクロース溶液は市販のグラニュー糖 (大日本明治製糖) と水道水により作成し

た。2 種類の溶液は 25 ml のシリンジからシリコンチューブを介して同型の金属製の飲み 口から提示した。

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手続き 被験体のラットは自由摂食時の体重に基づいて実験群と統制群に割り当てた。

ラットは金網製の個別ケージで飼育した。8:00‐20:00明期の明暗サイクルで飼育し,実験

は9:00‐12:00の間に行った。本実験開始の10日前から1日16 gの固形飼料を与える食

餌制限を開始し,実験終了まで継続した。この10日間に毎日1分間のハンドリングを行っ た。11日目からは予備訓練として0.15 %サッカリン溶液を5分間提示して摂取させる訓練 を12日間行った。両群とも実験開始の2時間前に水瓶を取り除いて水の摂取を制限した。

サッカリン溶液の飲み口を提示して実験を開始し,5分間の摂取量を測定した。実験終了か ら30分以上経過した後に飼育飼料を与えるとともに水瓶を戻して摂水可能にした。

予備訓練終了の翌日から本実験を 20 日間行った。実験群と統制群の両方にまず 0.15 % サッカリン溶液を5分間提示した。サッカリン溶液の飲み口を除去して30分間の溶液間間 隔の後,32 %スクロース溶液を実験群にのみ5分間提示した。統制群には溶液間間隔後の スクロース溶液の提示を行わなかった(Figure 2)。1日1試行を行った。

Figure 2.実験1aの手続きの概要(上)とホームケージでのサッカリン摂取の様子(下).

28 結果

Figure 3に実験群と統制群の0.15 %サッカリン溶液の平均摂取量を4試行ブロックで

示した。両群のサッカリン摂取量に差はほとんど認められなかった。群 (2) ×ブロック (5) の混合計画の分散分析を行ったところ,群の主効果 (F(1, 8) = 0.01, p = 0.92) 及び群

×ブロックの交互作用(F (4, 32) = 0.97, p = 0.44) は有意ではなかったが,ブロックの主効 果が有意であった(F (4, 32) = 5.91, p < 0.01)。ライアン法による有意水準の調整を行ったt 検定による多重比較を行ったところ第1,2,3ブロックよりも第5ブロックのサッカリン 溶液の摂取量が有意に少なかった (ps < 0.05)。

Figure 3.各群における平均サッカリン摂取量.誤差線は標準誤差を示す.

0.00 1.00 2.00 3.00 4.00 5.00 6.00

1 2 3 4 5

サッカリン摂取量(mL)

4試行ブロック

実験群 統制群

29 考察

実験1aではFlaherty and Checke (1982) の結果の再現性を検証した。予期的対比効果 からは,0.15 %サッカリン溶液の30分後に32 %スクロース溶液が提示される実験群で は,サッカリン溶液後に32 %スクロース溶液の提示を受けない統制群と比較して,先に提

示される0.15 %サッカリン溶液の摂取が抑制されるようになると予測された。しかしなが

ら,実験群と統制群の間でのサッカリン摂取量に差はほとんど認められなかった。この結

果はFlaherty and Checke (1982) の知見とは一致せず,ラットにおける予測的な対比効

果は確認されなかった。Flaherty and Checke (1982) は8‐12試行の間に予期的対比効 果を確認している。本研究では20試行を経ても予期的対比効果の傾向を認めなかったこ とから,サッカリン溶液に続いてスクロース溶液が提示されることの経験数の不足が原因 とは考えにくい。

試行の進行に伴ってサッカリン摂取量は有意に減少したが,群との交互作用は有意では なく,平均値の絶対値においても,実験群の摂取量が統制群を下回る傾向は認められなかっ た。もしラットが遅延後のより好ましい32 %スクロース溶液の提示を予測していたのなら ば,実験群のみで摂取の抑制が生じるはずである。よって,実験1aにおけるサッカリン摂 取量の減少が予期的対比効果によるものではないと考えられる。

30 2-2. 実験1b

サッカリンとスクロースの溶液間間隔を30 分間とした実験1aの実験群では,サッカリ ン摂取の抑制傾向は認められず,Flaherty and Checke (1982) の知見は再現されなかった。

しかし,Flaherty and Checke (1982) は,ラットはサッカリンとスクロースの溶液間間隔 が 5 分間の場合に,溶液間間隔が 30 分間の場合よりも強い予期的対比効果を報告してい る。また,溶液間間隔が4分間または16分間の場合に,先行する好みの程度が低い餌の摂 取が抑制されることを報告した例がある (Lucas, Gawley, & Timberlake, 1988; Lucas, Timberlake, Gawley, & Drew, 1990)。

そこで,実験1bでは,実験1aのラットを5分間の溶液間間隔条件下で引き続きテスト した。もし,5分間という短い溶液間間隔下で予期的対比効果が生じるのであれば,サッカ リン溶液の 5 分後にスクロース溶液が提示される実験群のサッカリン摂取量は,スクロー ス溶液の提示を受けない統制群よりも抑制されるようになると予測される。また,実験1a で設定した 5 分間のサッカリン摂取では,後続のスクロース溶液の摂取に干渉するほどの 飽和を生じさせることのできなかった可能性が考えられる。そこで,実験1bでは,先行す るサッカリン溶液の摂取時間を10分間に延長するとともに,サッカリンとスクロースの溶 液間間隔を5分間に短縮して検討を行った。

方法

被験体 実験1aで用いた実験群と統制群のラットを引き続き使用した。飼育条件は実験 1aと同じであった。

装置 実験1aと同じ装置を用いた。

手続き 実験1a終了の翌日から実験1bを開始した。実験1aの実験群と統制群をそのま まテストした。実験群のラットにはまず10分間0.15 %サッカリン溶液を提示し,5分間 の溶液間間隔の後に32 %スクロース溶液を5分間提示した。統制群のラットには溶液間 間隔の後の32 %スクロース溶液を提示しなかった(Figure 4)。その他の条件は実験1a と同じであった。

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Figure 4.実験1bの手続きの概要.

結果

Figure 5に実験1aと1bにおける実験群と統制群の0.15 %サッカリン溶液の平均摂取量

を4試行ブロックで示した。先行するサッカリン溶液の摂取時間を実験1aの5分間から実 験1bの10分間へと増加したため,実験1aと比較して実験1bのサッカリン摂取量が全体 的に増加した。一方で,実験1bでは,テストの進行に伴い,実験群と統制群のサッカリン 摂取量の差が拡大し,実験群の摂取量が統制群を上回った。群 (2) ×ブロック (5) の混同 計画の分散分析を行ったところ,群の主効果 (F(1, 8) = 25.83, p < 0.01),ブロックの主効 果 (F (4, 32) = 2.88, p < 0.05) および群×ブロックの交互作用 (F (4, 32) = 4.44, p < 0.01 ) の全てにおいて有意であった。群×ブロックの交互作用における単純主効果検定を行った ところ,先行するサッカリン溶液の摂取量は,第1,3,4,5ブロックにおいて,統制群よ りも実験群において有意に多いことが示された (ps < 0.01)。

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Figure 5.実験1aと1bにおける各群の平均サッカリン摂取量.

誤差線は標準誤差を示す.

考察

実験1bでは溶液間間隔を実験1aの30分間から5分間に短縮した条件下で予期的対比 効果が生じるか検討した。しかしながら,後にスクロース溶液の提示を受けた実験群のサッ カリン摂取量が統制群のサッカリン摂取量を上回るという予期的対比効果とは逆の結果が 示された。実験群におけるサッカリン摂取の促進はFlaherty and Checke (1982) の知見と は一致せず,ラットにおける予期的対比効果を再現することはできなかった。

予測と反して実験群においてサッカリン摂取量の促進が生じた原因としては,サッカリ ン溶液とスクロース溶液の間で好みの条件づけが生じた可能性が考えられる。すなわち,先 行する好みの弱いサッカリン溶液をCS,好みの強いスクロース溶液をUSとして,サッカ リン溶液に対する好みの条件づけが生じた可能性が考えられる。Lucas and Timberlake

(1992) においても 15 秒の溶液間間隔の後にスクロース溶液の到来を信号する風味のつい

たサッカリン溶液は,後に同じサッカリン溶液の到来を信号する風味のついたサッカリン 溶液と比べて有意に摂取が促進された。

実験1aおよび1bでは Flaherty and Checke (1982) が示したような予期的対比効果を 再現できなかっただけでなく,予期的対比効果の予測とは逆に,後のスクロース溶液提示が

0.00 2.00 4.00 6.00 8.00 10.00 12.00

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

サッカリン摂取量(mL)

4試行ブロック

実験群 統制群

1a 1b

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先行するサッカリン溶液の摂取を促進するという結果が示された。このような本研究と Flaherty and Checke (1982) の結果の矛盾は,単にFlaherty and Checke (1982) の結果 が再現性を持たないということを示すのではなく,予期的対比効果と条件づけ効果という 相反する現象が生じる規定因が,本研究の実験1a,1bとFlaherty and Checke (1982) の 手続きの相違の中に存在することを示唆するものである。以下の実験では,本研究の実験 1a,1bとFlaherty and Checke (1982) の手続きの相違に関して検証していく。

34 2-3. 実験2

溶液間間隔を30分間とした実験1aと5分間に短縮した1bの両方において,32 %スク ロース溶液の予期的対比によるサッカリン溶液摂取の抑制は認められなかった。逆に,溶液 間間隔を短縮した実験1bでは先行するサッカリン溶液の摂取が促進された。

我々の実験1a では30分間の溶液間間隔の条件下では予期的対比効果を示すことはでき なかった。一方で,Flaherty and Checke (1982) は同様の条件で予期的対比効果を示して いるものの (実験4) ,別の実験において (実験 3) ,先行するサッカリン溶液と 2 番目の スクロース溶液の提示の空間位置が同じである場合には予期的対比効果が明確でない結果 も報告している。Flaherty and Checke (1982) はこの実験結果を例外的なもの,または被 験体の先行経験の違いによると説明している。しかし,我々の実験1bにおいて予期的対比 効果ではなく条件づけ効果が得られたという結果は,溶液の対提示事態において条件づけ 効果と対比効果という拮抗する効果の両方が生じており,その優劣によって先行溶液の摂 取量が決定されている可能性が考えられる。そこで,本研究の実験 2 では Flaherty and

Checke (1982) が明確な予期的対比効果を確認している異なる位置から 2種の溶液を提示

する方法を検討した。

また,実験2では手続きをよりFlaherty and Checke (1982) に近づけた条件下で予期的 対比効果の再検討を行うための計画を実施した。Flaherty and Checke (1982) は,ラット をホームケージとは別の実験装置に移動して溶液摂取を行わせているが,本研究の実験1a と1bでは,ホームケージに溶液の飲み口を提示することでテストを行った。Flaherty and

Checke (1982) では,ホームケージから実験装置への移動という文脈の変更が,続くサッカ

リン溶液やスクロース溶液の提示を信号する手がかりになったことが,予期的対比効果の 生起には重要である可能性が考えられる。そこで,実験2ではFlaherty and Checke (1982) と同様にホームケージとは別の実験装置に移動し実験を行い,さらに,サッカリン溶液とス クロース溶液は,実験装置の前面と天井という異なる場所から提示し,溶液ごとに異なる飲 み口を使用して検討を行った。

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