本研究では,Flaherty and Checke (1982) が示した予期的対比効果をラットにおける未 来予測研究に発展させるための第一歩として,Flaherty and Checke (1982) の知見の再現 性について検討することを目的とした。本研究における各実験の実験条件と示された結果 をTable 2に示した。
実験1aではラットが30分後のスクロース溶液の到来を予期して,先行するサッカリン 溶液の摂取を抑制するという結果は示されず,Flaherty and Checke (1982) の結果を再現 することはできなかった。30 分間という長い溶液間間隔において,予期的対比効果を発見 できないという結果はこれまでに再現を試みたいくつかの先行研究でも報告されている (Capaldi & Sheffer, 1992; Lucas & Timberlake, 1992; Lucas, Timberlake, & Gawley,
1990)。実験 1b ではサッカリン溶液とスクロース溶液の間の溶液間間隔に注目した。
Flaherty and Checke (1982) は,サッカリン溶液とスクロース溶液の間隔が30 分間の場 合と比較して 5 分間の場合に,よりも予期的対比効果によるサッカリン溶液の摂取の抑制 が強く示されることを報告している。そこで,実験1bでは実験1aで30分間の溶液間間隔 でテストされた被験体を引き続き用いて,5分間の溶液間間隔下での検討を行った。その結 果,後にスクロース溶液の提示を受けた実験群のサッカリン溶液の摂取量が,スクロース溶 液の提示を受けなかった統制群のサッカリン溶液の摂取量を有意に上回るという予期的対 比効果とは逆の結果が示された。これはサッカリン溶液をCS,スクロース溶液をUSとし て,サッカリンに対する選好が獲得された可能性を示す結果である。
実験1aと実験1bでは予期的対比効果を再現できなかったため,続く実験ではFlaherty
and Checke (1982) が示した先行するサッカリン溶液摂取の抑制に影響する要因を検討し
た。実験2では,Flaherty and Checke (1982) が明確な予期的対比効果を確認した手続き に基づき,サッカリン溶液とスクロース溶液を異なる空間位置から溶液を提示する手続き を用いた。また,本研究の実験1a,1bではホームケージ内で実験を行っていたが,Flaherty
and Checke (1982) では別の実験装置に移動してから実験を行った。そこで実験2では,
ホームケージから実験装置への移動という文脈の変更を行うとともに,サッカリン溶液と スクロース溶液の飲み口を異なる空間位置から提示する条件下で検討を行った。しかしな がら,実験群でのサッカリン溶液の摂取の抑制は生じず,ホームケージと実験装置の分離,
およびサッカリン溶液とスクロース溶液の提示の空間位置の分離では,予期的対比効果を
73 確認することはできなかった。
実験3aではFlaherty and Checke (1982) の手続きと同様にラットの食餌制限の条件を 自由摂食時の体重の82 %で維持し,実験開始前水剥奪を行わない条件下で予期的対比効果 の検討を行った。また,実験3bでは,実験1aと1bと同様に,サッカリンとスクロースの 溶液間間隔を5分間に短縮した条件下で,実験3aのラットを引き続きテストした。Flaherty
and Checke (1982) が示したように,30分間より5分間の遅延時間の場合において,より
明確な予期的対比効果が生じる可能性が考えられた。30分間の溶液間間隔を用いた実験3a では,予期的対比効果を示すサッカリン溶液の摂取の抑制は示されず ,Flaherty and
Checke (1982) の知見を再現できなかった。しかしながら,溶液間間隔を5 分間に短縮し
た実験 3b では,先行するサッカリン溶液の摂取が抑制されるようになり,Flaherty and
Checke (1982) と同様の予期的対比効果が確認された。このことから,溶液間間隔の長さが
予期的対比効果の規定因であることが示唆された。実験3cでは再び遅延時間を 30分間に 延長することの効果を検討した。実験群と統制群のサッカリン溶液摂取量に統計学的に有 意な差は見られなかったものの,平均値の絶対値においては,統制群と比較した際の実験群 のサッカリン溶液摂取の抑制は,長期間にわたって安定的に維持された。この結果から,い ったん短い溶液間間隔の下で予期的対比効果を示すようになると,より長い溶液間間隔の 下でも先行する溶液と後続溶液の関係について認識可能になる可能性が示唆された。
サッカリン溶液の摂取が促進された実験1bと,サッカリン溶液の摂取が抑制された実験 3bという逆の結果が示された実験間での実験条件の相違の分析により,先行および2番目 の溶液の提示の空間位置の一致性が,条件づけ効果と予期的対比効果の生起を規定する要 因である可能性が考えられた。そこで実験4では,実験1bと実験3bの手続きにおける,
食餌制限と摂水制限の強さ,予備訓練の有無,ラットの系統といった差異を統一した上で,
先行および 2 番目の溶液の提示の空間位置の一致性の効果を検討した。その結果,異位置 群のサッカリン溶液の摂取量が統制群や同一位置群よりも有意に抑制された。このことか ら先行および後続の溶液の提示の空間位置が一致する場合には条件づけ効果,一致しない 場合には予期的対比効果が強く生じることが示唆された。
これまでの検討から好みの異なる 2 種類の餌を継時的に提示する場面では,予期的対比 効果だけでなく,先行溶液に対する好みの条件づけという予期的対比効果と拮抗する現象 が生じる可能性を示した。そこで,実験5では,別の手がかりによりサッカリン溶液の手が かりとしての働きが隠蔽される場面では予期的対比効果が生じるかどうかを検討した。
74
隠蔽群では実験文脈の変化がスクロース溶液を信号する手がかりとならず,予期的対比効 果は生じなかった。一方で,サッカリン溶液がスクロース溶液を信号する唯一のCSとなる 場合には好みの条件づけ効果が生じることが示された。
75
実験1a実験1b実験2実験3a実験3b実験3c第1段階第2段階同一位置群異位置群隠蔽群条件づけ群隠蔽群条件づけ群隠蔽群条件づけ群
遅延時間30分5分30分30分5分30分30分30分5分5分5分5分5分5分5分5分
飲み口位置同同異異異異異異同異異同異同異同
飲み口種類同同異同同同同同同同同同同同同同
実験場所HCHC装置装置装置装置装置装置装置装置装置HC装置HC装置HC
食餌制限16g/日16g/日16g/日82%82%82%82%82%16g/日16g/日82%82%82%82%82%82%
水剥奪2h前2h前2h前なしなしなしなしなしなしなしなしなしなしなしなしなし Table 2.各実験における手続きとその効果
実験群のサッカリン摂取の変化 実験5a実験5b実験5c
なしなしなし促進なし促進抑制なし抑制 実験3d
抑制抑制の消失 実験4
なし促進なしなし抑制
76 予期的対比効果と好みの条件づけ効果
飲み口の空間位置の一致性による効果
本研究における実験1bと実験3bにおいて,0.15 %サッカリン溶液に続いて32 %スクロ ース溶液の提示を受けた実験群におけるサッカリン溶液の平均摂取量を Figure 21 に示し た。
Figure 21.実験1bと実験3bの実験群における平均サッカリン溶液の摂取量
実験1bでは先行するサッカリン溶液の摂取時間を10分間で計画しているため,実験3b よりもサッカリンの摂取の絶対量が多くなるのは当然の結果である。しかし,実験1bでは 条件づけ効果によるサッカリン溶液摂取の促進,実験3bでは予期的対比効果によるサッカ リン溶液摂取の抑制が確認された (Table 2)。これまでにも,Lucas et al. (1990) は2番目 の餌にチョコレートミルクを用いて実験を行った場合に,4分間の溶液間間隔で先行するサ ッカリン溶液の摂取の促進を確認している。また,Lucas and Timberlake (1992) では,被 験体内計画の実験において,2種類の異なる風味のついた 0.15 %サッカリン溶液の片方に
は32 %スクロースが続き,もう一方には通常の0.15 %サッカリンが続くという弁別を含む
実験を行った。その結果,15 秒の遅延時間の下で先行するサッカリン溶液の摂取が促進さ れた。本研究の実験1bの結果は,Lucas and Timberlake (1992) やLucas, et al. (1990) の
0.00 2.00 4.00 6.00 8.00 10.00 12.00
1 2 3 4 5 1 2 3 4 5
サッカリン摂取量(mL)
4試行ブロック
実験群 統制群
1b 3b
77
結果と類似するものであると考えられる。一方で,5分間の溶液間間隔の下で予期的対比効 果によるサッカリン溶液摂取の抑制を示した本研究の実験 3b の結果は,Flaherty and
Checke (1982) の結果を支持するものとなった。同じ 5分間の溶液間間隔にも関わらず,
条件づけ効果と予期的対比効果という逆の効果がそれぞれの手続きで確認された。このこ とから,より好みの弱い溶液の後により好みの強い溶液を提示するという Flaherty and
Checke (1982) の実験パラダイムにおいては,好みの条件づけ効果と予期的対比効果とい
う相反する効果の両方が生じており,関連する実験条件により両者の優劣が規定されてい る可能性が考えられる。Flaherty, et al. (1995) は,先行する溶液に添加された風味や匂い を後続の溶液の手がかりとして用いた場合には,予期的対比効果は生じず,風味や匂いへの 好みの獲得だけが生じることを示している。また,Lucas and Timberlake (1992) において も,先行溶液に添加された風味を後続の溶液の手がかりとして用いた場合,先行する溶液の 摂取の抑制ではなく,むしろ促進が確認された。このFlaherty, et al. (1995) やLucas and
Timberlake (1992) における予期的対比効果の不在は,先行溶液に添加される風味や匂い
といった特徴は,予期的対比効果ではなく,好みの条件づけ効果を生じさせる要因であるこ とを示唆する。つまり,より好みの弱い溶液の後により好みの強い溶液を提示する場面にお いて,予期的対比効果が生じる一方で,条件づけ効果がより強く生じていたため,予期的対 比効果が相殺され,先行する溶液の摂取は抑制されないあるいは促進された可能性が考え られる。
このように,2種類の溶液の対提示場面では予期的対比効果と好みの条件づけ効果という 相反する効果の両方が生じているという本研究の仮説からは,本研究における実験1bでは 条件づけ効果が相対的に強く,実験3bでは予期的対比効果が相対的に強く示された結果と して解釈することができる。
そのような場合,Table 2による実験1bと実験3bの手続きの違いの中に,好みの条件づ け効果と予期的対比効果の優劣に関連する規定因が含まれている可能性が高いことになる。
本研究の実験4では,中でも,2つの溶液を提示する飲み口の空間位置の違いに注目した。
これまでにも,Lucas and Timberlake (1992) やLucas, et al. (1988) は好みの溶液が後続 するかどうかの手がかりとして,異なる実験場所という実験環境を用いた場合には,先行溶 液の風味を後続溶液の手がかりとして用いた場合とは逆に,予期的対比効果が生じること を示している。また,Flaherty et al. (1995,実験9) は,被験体内計画の実験において,先 行するサッカリン溶液に異なる飲み口が後続のスクロース溶液を信号する場合に,サッカ