《翻 訳 》
東 ア ジア政 治 経 済 にお け る 日本 の 役 割:
対 立 か ら同盟 へ?
グ レ ン ・D・ フ ッ ク
佐藤元彦 ・加治宏基
は じ め に
1970年 代 に は じま る 日本 に よる 東 ア ジ ア1侵 略 は,低 賃 金 労 働 や 搾 取 の み が 待 ち 受 け て い る で あ ろ う と い う当 地 民 衆 の 社 会 的 関心 を伴 い,現 代 版 大 東 亜 共 栄 圏 と もい うべ き帝 国 主 義 の 再 来 で は な い か とい う脅 威 を広 範 な 地 域 へ 誘 引 した。 例 え ば1973年 に発 表 され た,ハ リ デ ィ(Halliday)と マ ッ ク コ ー マ ッ ク(McCormack)に よ る 日本 帝 国 主 義 に 関 す る 考 察 に よ る と,戦 後,対 東 南 ア ジ ア貿 易 に お け る 日本 の 影 響 力 は 目 を見 張 る もの で,韓 国, 台 湾 な どの 地 域 は 絶 対 的 な 従 属 的 地位 を強 い られ,不 均 衡 な貿 易 状 況 が 続 い た 。 同 地 域 に お け る 日本 に よ る投 資 が,関 連 諸 国 に と って 無 益 とな る な ど とい う こ とは,想 像 す らつ か ぬ こ とで あ る と結 論 付 け て い る[Halliday McComlackl973:230]。1974年,田 中 角 栄 首 相 の東 南 ア ジ ア諸 国 歴 訪 に 際 し て,民 衆 は暴 動 や 日本 製 自動 車 の焼 き討 ち な どを も っ て 彼 を迎 え た が,そ の こ と は 当時 の経 済 的 側 面 に お け る 日本 とい う存 在 に対 す る ア ジ ア 諸 国 の 批 判 的 姿 勢 を先 鋭 化 させ る 出 来 事 だ っ た。 英 米 な ど他 の 帝 国 主 義 勢 力 と は 対 照 的 に,日 本 の 帝 国 主 義 は,「 経 済 活動 に特 化 す る 」とい う意 味 で典 型 的 な 新 帝 国 主 義 と同様 で あ る と見 な され る[Fujiwara1989:201]。
そ の 他,同 地 域 諸 国 や そ の 民 衆 に 大 い に利 益 を も た らす 「先 導 雁 」 で あ る と,日 本 の役 割 を(過 大)評 価 す る 雁 行 形 態 発 展 論 な どの 考 察 もあ る 。
戦 前 よ り1960年 代 ま で そ の発 展 に 寄 与 した 雁 行 形 態 論 の 祖,赤 松 要 氏 は, 経 済 発 展 を持 続 す る た め には 「ア ジ ア諸 国 が 追 い つ くま で,日 本 は発 展 の
途 を全 力 疾 走 す る こ とが 最 善 策 で あ る」 と指 摘 す る[KorhonenI994:61]。
赤 松 氏 を師 事 す る 小 島清 氏 は,東 ア ジ ア発 展 途 上 国 が 追 求 す べ き は,安 価 な 労 働 力 とい う点 を生 か す こ と と軽 工 業 生 産 の 発 展 を刺 激 す る こ とで あ る と指 摘 す る[Korhonen1994:92]。 この こ と を念 頭 に お く と,日 本 か ら東 ア ジ アの 他 地 域 へ の 技 術 移 転 こそ が,後 発 地 域 が 発 展 過 程 で 日本 を追 い抜 く こ と を可 能 な ら しめ る 。先 導 雁 と して の 日本 自 身 の発 展 は,新 興 工 業 地 域
(NIEs)を は じ め と して,そ の 後 の 南 ア ジ ア,特 に東 南 ア ジ ア 諸 国 連 合 (ASEAN)4ヵ 国(タ イ,マ レー シ ア,フ ィ リ ピ ン,イ ン ドネ シア),そ し て い ま や 中 国 の経 済 発 展 に も寄 与 して い る。 しか も,そ れ ら諸 国 で は雇 用 機 会 の 提 供 や 生 活 水 準 の 向上 に伴 う受 益 者 を 生 み 出 した 。 この よ う に,雁 行 形 態 発 展 の 一 翼 を担 い,東 ア ジ ア 地 域 を経 済 発 展 や 繁 栄 を もた ら して き
た 日本 に よ る 同 地 域 へ の侵 略 は,慈 善 的 で あ る と捉 え られ て い る 。
搾 取 的 ・帝 国 主 義 的 勢 力 と して の存 在 で あ る 一 方 で,慈 悲 深 い 開発 促 進 勢 力 と い う存 在 で もあ る,東 ア ジ ア に お け る 日本 の 政 治 経 済 的 役 割 に 関 す る 上 記 二 種 類 の 建 設 的 見 解 は,当 然 な が ら 日本 の 役 割 に対 す る異 な る価 値 判 断 を もた ら した 。 しか しな が ら ど ち らの 見 解 に依 拠 し よ う と も,同 地 域 の 政 治 経 済 に関 して は,日 本 が 支 配 的 地 位 に君 臨 して い る とい う点 で等 し く,「 普 通 の 国 家 」が 自 身 の位 置 す る地 域 にお い て は 支 配 的 地位 に座 す とい う構 図 に類 似 す る もの で あ る 。 つ ま りそ れ は米 国 が ラ テ ンア メ リ カ に お い て,ま た ドイ ツ が ヨ ー ロ ッパ に お い て支 配 的 地 位 を占 め て い る こ とか ら も 見 て 取 れ る[「普 通 の 国家 」につ い て は,フ ッ ク 別 掲2001を 参 照]。 本 稿 の 目的 は,こ れ ら価 値 判 断 に留 意 した 上 で,発 展 過 程 にお け る外 圧 が も つ 役 割 に象 徴 さ れ る よ う な,東 ア ジ ア危 機 後 の 同 地域 政 治 経 済 にお け る 日 本 の役 割 を 精査 す る こ とで あ る 。 ま た殊,金 融 取 引 の グ ロ ーバ リゼ ー シ ョ ン とい っ た 世 界 的 圧 力 が 生 じ,東 ア ジ ア の 発 展 に対 す る 挑 戦 に 日本 は い か
東 ア ジ ア政 治経 済 に お け る 日本 の役 割:対 立 か ら同盟へ?
に対 応 した の か を検 証 す る こ と を 目的 とす る。
ア ジ ア危 機 直 後 の 日本 の 反 応 につ い て 触 れ た多 くの著 作 が 出 版 され て き た[英 文 の もの と して例 え ば,Hughes2㎜ を参 照]。 本 稿 で は こ れ ら考 察 に 依 拠 した 上 で,分 析 対 象 時 期 を2001年 まで 延 ば して検 証 す る 。 短 期 的 ・ 長 期 的 な 日本 の 対 応,つ ま り危 機 発 生 直 後 の 被 害 地 域 に対 す る 資 金 援 助 の 申 請 や,そ の 一 方 で 実 施 さ れ た,同 地 域 政 治 経 済 の 広 範 な 再 建 促 進 へ 向 け た 数 年 来 の 措 置 を分 析 す る こ とで,東 ア ジ ア に お け る 日本 の 役 割 を明 確 に す る こ とが 目 的 で あ る 。 前 者 の 短 期 的措 置 に 関 して は,宮 沢 構 想 や チ ェ ン マ イ ・イニ シ ア テ ィ ヴ に力 点 を置 い た 。 後 者 の 長 期 的措 置 に つ い て は ,国 際 通 貨 と して の 円 や,韓 国 及 び シ ンガ ポ ー ル との 間 で締 結 され た 二 国 間 自 由 貿 易 協 定(FrAs)の 批 准 へ 向 け た 日本 の 最 近 の 動 向 に 焦 点 を絞 っ た 。 こ の よ う に して東 ア ジ ア危 機 に 対 す る 短 長 期 的 対 応 策 を検 証 す る こ とで,東 ア ジ ア 政 治 経 済 の 再 建 過 程 で の 日本 の 中 心 的役 割 を 解 説 す る こ とが 本 稿 の 目 的 で あ る。
分 析 枠 組 み を設 定 す る た め,本 稿 で は まず,東 ア ジア 危 機 勃 発 以 前 の 同 地 域 政 治 経 済 をめ ぐる 日本 の 役 割 を 紹 介 す る。
東アジア政治経済における日本の役割
他 の 論 考 で も議 論 され て き た よ うに,東 ア ジ ア 政 治経 済 の 再 統 合 や 現 代 版 共 栄 圏 の構 築 を 目指 す 上 で,戦 後,日 本 は 四 つ の 構 造 的 障 害 を 克 服 せ ね ば な ら な い 。 そ の 障 害 とは 以 下 の とお りで あ る 。 日 本不 信 を導 く植 民 地 主 義 の 遺 産 。 ナ シ ョナ リズ ム 同 様,東 ア ジ ア に お け る 共 産 主 義 の 興 隆 に随 伴 して,特 に 中 国 と朝 鮮 に見 られ る分 断 国 家 とい う状 況 。 東 西 対 立 軸 に従 い 分 断 さ れ た諸 国 同 様 に,一 国 家 内 に お い て も分 裂 し た 地域 な どで 見 ら れ る 冷 戦 的 二 極 化 。 各 経 済 体 に よ り選 択 され た 開 発 路 線 の差 異 に 帰 結 され る地
域 政 治 経 済 の細 分 化[Hook別 掲2001:156‑61]で あ る 。 こ れ ら四 つ の 障 害 を 克 服 す る た め に,日 本 が 負 っ た 任 務 は 複 雑 で あ る 一 方 で,そ こ に は 日本 の 行 動 を規 定 す る 二 つ の 要 点 が 見 出 さ れ る。 第 一 点 目 は構 造 的拘 束 に よる もの で あ る。 こ れ ら障 害 の 帰 結 と して,日 本 は東 ア ジ ア にお い て 展 開 可 能 で あ っ た政 策 形 態 に 関 して 制 約 を受 け て き た。 特 に,二 国 間主 義 の 規 範 の 中心 と して位 置 づ け られ た 対 米 関係 は,冷 戦 時 代,格 別 の 制 限 を 日本 の 政 策 的 動 向 に加 え た 。 第 二 点 目 は 制 度 的 拘 束 に よ る もの で あ る。 そ れ は植 民 地 主 義 の遺 産 と,特 に広 島 ・長 崎 へ の 原 爆 投 下 とい う戦 争 の 遺 産,そ して 国力 と して の軍 隊 を違 憲 的 存 在 と規 定 した 平 和 憲 法 に,ま さ に起 因 す る も の で あ る[Hookl996a]。 そ の結 果,日 本 の 政 策 決 定 者 は,東 ア ジ ア で の 直 接 的 軍 事 手 段 に よ る外 交 政 策 を展 開 出 来 ず にい る 。
も ち ろ ん 日本 政 府 は独 自 に東 ア ジ ア の 地 域 秩 序 を し っか りと支 え て きた が,そ れ は 間接 的 に は 米 国 の政 策 に よ っ て促 進 さ れ た もの だ っ た 。 軍 事 基 地 の 提 供 や1951年 の 日米 安 全 保 障 条 約 の 締 結,1960年 段 階 で の 同 条 約 更 新,そ して1970年 以 降 にお け る 同 条 約 の期 限 延 長 な どは,冷 戦 時 期,東 西 対 立 の 先 鋭 化 を促 した 。 さ らに,ポ ス ト冷 戦 期,ア ジ ア 太 平 洋 経 済協 力 会 議(APEC)や 東 南 ア ジ ア諸 国 連 合 地 域 フ ォ ー ラ ム(ARF),そ してASEAN +3(中 国,日 本,韓 国)の よ う な新 た な 多 国 間 イ ニ シア テ ィ ヴ に お い て, ASEANの 多 角 的 強 化 に伴 い 日本 は 主 導 的 役 割 を 果 して きた 。に もか か わ ら ず,1999年 の防 衛 協 力 の ガ イ ドラ イ ン締 結 に よ り示 され る よ う に,日 本 政 府 は な お 同 地域 に お け る米 国 の 役 割 を支 持 し続 け た[詳 細 は,外 岡 別 掲 2001を 参 照]。 しか しな が ら同 時 に,冷 戦 時代 で さ え 日本 の 政 策 決 定 者 は 時 に,米 国 の政 策 と競 合 す る よ うな 政 策 を採 択 す る こ と もあ っ た 。例 え ば そ れ は,1970年 代 初 頭 の 日 中 関係 正 常 化 に先 立 つ 対 中貿 易 増 大 政 策 や1992 年 の ヴ ェ トナ ム へ の 政 府 開 発 援 助(ODA)の 供 与 に見 て 取 れ る。 そ の よ う な 動 向 と共 に,ミ ャ ンマ ー(ビ ル マ)の ケ ー ス に関 して 日本 の 政 策 決 定 者 は,孤 立 主 義 で は な く米 国 が 好 む 関 与 政 策 を選 択 した。 この よ う に 日本 政
東 アジ ア政 治 経 済 に お け る 日本 の役 割:対 立 か ら同盟 へ?
府 は,米 国 との 親 密 な 二 国 間 関 係 を保 持 す る政 策 を模 索 す る と同 時 に,一 方 で は,東 ア ジ ア政 治経 済 の よ り広 範 な 地 域 統 合 を促 進 す る 政 策 を時 に採 択 して きた 。 つ ま り軍事 力 の 直 接 的 保 有 を違 憲 化 しつ つ,そ の 代 替 措 置 と
して経 済 力 を優 先 的 に活 用 して きた 。 こ う して 政 策 決 定者 は,細 分 化 され た地 域 政 治 経 済 を漸 進 的 に再 統 合 す るた め に,経 済 的 手段 の 充 実 を画 策 し て きた 。 日本 が 東 ア ジ ア の一 員 と して 機 能 す る に あ た って,初 期 の 数 年 間 は,戦 時 中 に被 害 を与 え た諸 国 へ の 国 家 賠 償 金 と して,日 本 の 工 場 や 機 械 設 備 を移 転 す る とい う形 式 に よ っ て,障 害 の 克 服 を 目指 す とい う試 験 的段 階 で あ っ た。 そ の よ う な経 済 的 ハ ー ドウ ェ ア の 移 転 に よ って,日 本 は容 易 に東 ア ジ ア で事 業 を再 展 開 させ る こ とが 可 能 と な っ た。 後 に 日本 の 政 策 決 定 者 はODAを 主 要 な外 交 手 段 と位 置 づ け る。1954年,コ ロ ンボ ・プ ラ ンで 初 の 供 与 国 と な っ た 日本 政 府 のODAア ク タ ー と して の役 割 は,1970年 代 さ ら に は80年 代 に は,地 域 政 治 経 済 の 統 合 促 進 に お け る要 因 と して の 重 要 性 を 増 して い っ た。 特 に 日本 の 援 助 は,1980年 代 初 頭 その よ う な援 助 形 態 の 比 率 が0%に まで 激 減 した 時 で さ え,し ば しば 「ひ も付 き」 援 助 で あ り,
しか もそ れ が 被 援 助 政 府 に よ る援 助 「申請 の 原 則 」 に基 づ くた め,日 本 企 業 が 依 然 と してODAの 受 益 者 で あ り続 け た[Ensign1992]。 仮 に 日本 の 多 国 籍 企 業 に関 して い え ば,東 ア ジ ア の発 展 途 上 地 域 に お け る イ ン フ ラ整 備 の た め に こ の 借 款 を 用 い る こ と で,よ り容 易 に 同 地 域 で 生 産 拠 点 を確 立
し,貿 易 活 動 を展 開 す る こ とが 可 能 とな っ た 。
地 域 政 治 経 済 の再 統 合 は,日 本 政 府 で は な く実 に 日本 企 業 が 推 し進 め た 戦 略 に よ っ て進 展 を 遂 げ て きた 。 円高 に伴 って,北 米 や ヨー ロ ッパ な ど の 先 進 地 域 との 間 で激 化 した貿 易 摩 擦 に よ り,日 本 の 海 外 直 接 投 資(FDI)は 東 ア ジ アへ 「押 し出 され た」。 同 時 にそ のFDIは,同 地 域 の安 価 な 労 働 に よ
り 「引 き寄 せ られ た」の で あ る。1米 ドル=360円 と い う固定 相 場 制 の 終 焉 を もた ら した1971年 の ニ ク ソ ン ・シ ョ ッ ク を契 機 に,海 外 投 資 の 第 一 波 が 引 き起 こ さ れ た 。東 ア ジ ア に関 して い え ば,数 年 間 でFDI総 額 の う ち 約1/
4か ら1/5を 受 け入 れ た 。例 え ば1995年 に は 総 額 の23.2%を 占め た が,1997年 に は20.6%へ と減 少 した[Hook別 掲2001表2]。 そ の よ う なFDIは, 経 営 管 理 技 術 を含 む技 術 移 転 や 生 産 拠 点 の 移 転 に よ りも た ら され,そ の 結 果 と して,家 電 消 費 財 を主 とす る 日本 の 輸 出 に とっ て は,大 量 の 海 外 進 出 プ ラ ッ トフ ォー ム が 形 成 され た 。 雁 行 形 態 発 展 は発 展 促 進 に お け る技 術 移 転 の 理 想 的 役 割 に ば か り注 目す る が,特 に世 界 的潮 流 が 貿 易 自由 化 や 規 制 緩 和 へ と向 か い つ つ あ る 中 で は,FDIに とっ て外 資 の動 向 は重 要 な 要 因 と な る[浦 田1999]。 雁 行 形 態 論 で は 考 察 され て い な い に もか か わ らず,日 本 の 製 造 業 にFDIを 集 中 させ る こ と を通 じて,地 域 政 治 経 済 の統 合 を深 化
させ る 要 因 で あ る 複 雑 な 生 産 ネ ッ トワ ー クの 構 築 は,漸 進 的 で は あ る もの の 発 展 を遂 げ た[BemardRavenhilllgg5]。
日本 が 主 要 な役 割 を担 い 続 け る北 米 と ヨー ロ ッパ との 三 角 貿 易 構 造 に, い まだ に多 くを依 存 して は い る もの の,日 本 と東 ア ジ ア の そ の 他 地 域 と の 貿 易 は,地 域 統 合 の 発 展 に 寄 与 して き た[Hook1998a]。 日本 の 対 外 貿 易 に 関 して は,数 年 間 で 対 東 ア ジ ア地 域 貿 易 の比 率 が 増 加 しつ つ あ る。 そ れ ゆ え に過 去 の 動 向 か ら考 察 す る と 日本 の 対 外 貿 易 は,対 東 ア ジア に 関 して は 明 確 に 増 加 傾 向 に あ る 。1964年 に 日本 が 経 済協 力 開 発 機 構(OECD)に 加 盟
した 直 後 の1965年,輸 出総 量 に 占 め る 対 東 ア ジ ア輸 出 比 率 は,21.2%で,輸 入 総 量 に 占め る 対 東 ア ジ ア 比 率 は,15.8%で あ っ た 。 さ らに,日 本 の貿 易 総 量 に 占 め る対 東 ア ジ ア比 率 は,18.5%で あ っ た 。1995年の統 計 が 若 干 上 回 り1998年 には 最 高 値 に達 す る こ と は な か っ た もの の,同 年,対 東 ア ジ ア 輸 出 総 量 の 比 率 は33.3%に まで 上 昇 した 。 同 じ く東 ア ジ ア か らの輸 入 総 量 比 率 は34.9%に 達 し,さ ら に 日 本 の 貿 易 総 量 に 占 め る 対 東 ア ジ ア 比 率 は,33.9%へ と増 加 した。対 米 貿 易 は依 然 比 重 が 高 く,1998年 の 対 米 輸 出 総 量 の比 率 は30.5%,米 国 か ら の輸 入 総 量 比 率 は23.9%で あ っ た 。ま た 日本 の 貿 易 総 量 に占 め る 対 米 比 率 は,27.7%で あ っ た 。1965年の 統 計 とそ れ ぞ れ比 較 す る と,対 米 輸 出 比 率29.3%,米 国 か らの 輸 入 比 率29.0%,貿 易 総 量 比 率
東 ア ジ ア政 治経 済 にお け る 日本 の 役 割:対 立 か ら同盟 へ?
は29.3%で あ る 。 最 後 に 欧 州 連 合(EU)に 関 し て は,1998年 の 対EU輸 出 総 量 の 比 率 は18.4%,EUか ら の 輸 入 総 量 比 率 は13.9%で あ っ た 。 ま た 日 本 の 貿 易 総 量 に 占 め る 対EU比 率 は,16.5%で あ っ た 。1965年 段 階 の ヨ ー ロ ッ パ 経 済 共 同 体(EEC)諸 国 と の 統 計 と そ れ ぞ れ 比 較 す る と,輸 出 比 率5.7%, 輸 入 比 率4.8%,貿 易 総 量 比 率5.3%と い う も の で あ っ た[Hook別 掲 2001表1]。
こ の東 ア ジ ア に お け る貿 易 増 加 は,日 本 の 生 産拠 点 の 変 更 と 日本 へ の 逆 輸 入 の 影 響 を少 な か らず 反 映 した もの で あ る。 こ の 現 象 は,カ ラ ー テ レ ビ や オ ー デ ィ オ機 器,冷 蔵 庫,洗 濯 機,エ ア コ ン な ど の 家 電 消 費 財 産 業 に お い て顕 著 で あ る。1999年 まで に 日本 企 業 の 海 外 生 産 は,中 国 を電 化 製 品 生 産 の も う一 つ の 重 要 な拠 点 と しな が ら も,お よそ1/3を 東 南 ア ジ アへ と移 転 させ た 。こ う して1999年 に は 日本 の 家 電 消 費 財 生 産 拠 点 は,ASEANで は93 ヶ所,MEsで は22ヶ 所,中 国 で は62ヶ 所,そ の他 ア ジ ア地 域 で は14ヶ 所, 北 米 で は46ヶ 所,ヨ ー ロ ッパ で は39ヶ 所,そ の 他 世 界 各 地 で は11ヶ 所 に達
した[野 田2000:120]。 この う ち の大 部 分 が,マ レ ー シ ア に拠 点 を 置 くソ ニ ー,パ イ オ ニ ア,JVC(ビ ク ター),ケ ン ウ ッ ド,そ して ア イ ワ や,イ ン ドネ シ ア に拠 点 を置 く東 芝,日 立,三 洋,ソ ニ ー,そ して ア イ ワ の よ う な 日本 ブ ラ ン ドの企 業 で あ る 。 同 時 に,「 系 列 」シ ス テ ム の 一環 と して 多 数 の 家 電 消 費 財 産 業 の 部 品 メ ー カ ー も大 企 業 の 海 外 進 出 に しば しば追 従 す る。
例 え ば1999年 に は,製 造 業 会 社 と非 製 造 業 会 社 の 双 方 を含 む5,720社 の う ち 17.5%が イ ン ドネ シ ア か 中 国 に 関 連 会 社 を持 ち,合 弁 企 業 を設 立 して い る [郭2000:61]。 ま た多 くの 電 器,電 子 部 品 メ ー カ ー がASEANに 拠 点 を 有 し,現 地 部 品 調 達 レヴ ェ ル にお い て は1990年 段 階 の31%か ら1998年 段 階 の58.7%へ と増 加 傾 向 が 見 られ る[野 田2000135頁]。 消 費 財 や 家 電 機 器 の大 部 分 を 占 め る 東 ア ジ ア か らの 逆 輸 入 製 品 に対 し て,1998年 段 階 で は 日 本 の 市 場 は あ ま り依 存 して い な か っ た。 い わ ゆ る 「台 所 電 化 製 品」 と呼 ば れ る もの で は,冷 蔵 庫2.8%,洗 濯機5.0%,そ して エ ア コ ン1.9%と い う状
況 だ っ た 。 し か し な が ら オ ー デ ィ オ ・ ビ ジ ュ ア ル 機 器 に 関 し て は,テ レ ビ 25.5%,ビ デ オ デ ッ キ66.1%,ス テ レ オ コ ン ポ ユ4.2%と い う よ う に 依 然 高 い 依 存 度 を 維 持 し て い る 。[野 田2000:136]。 こ の よ う に,電 化 製 品 の 貿 易
に よ り東 ア ジ ア 政 治 経 済 の 統 合 は さ ら な る 進 展 を と げ て い る 。
電 化 製 品 生 産 に 関 す る 日 本 の 域 内 で の 機 能 低 下 と 他 の 東 ア ジ ア 地 域 の 躍 進 は,密 接 に 作 用 し合 う 地 域 政 治 経 済 の 要 で あ る 。 電 化 製 品 と ハ イ テ ク 産 業 分 野 で,殊 中 国 が い か に 主 要 な 役 割 を 担 い 始 め て い る の か と い う 点 を,
さ ま ざ ま な 事 例 に よ り解 説 せ ね ば な ら な い 。 全 世 界 の 総 生 産 に 占 め る 東 ア ジ ア の 総 生 産 比 率 は,カ ラ ー テ レ ビ に つ い て は51.6%(1997年)と51.9%
(2000年)で あ っ た が,日 本 の 国 産 品 比 率 は,4.9%(1997年)か ら3.6%
(2000年)へ と 減 少 し た 。そ の 一 方 で 中 国 国 産 品 比 率 は,同 期 間 中19.4%か ら24.0%へ と 増 大 し た 。次 に 東 ア ジ ア 製 の ビ デ オ デ ッ キ に つ い て は,65.7%
(1997年)か ら68.4%(2000年)へ と 変 動 し た 。 同 期 間 中,日 本 製 が11.8%
か ら7.6%に ま で 落 ち 込 ん だ 一 方 で,中 国 製 は15.5%か ら21.2%へ と激 増 し た 。 さ ら に,東 ア ジ ア 製 が53.0%(1997年)か ら55.2%(2000年)へ と微 増
し た カ ー ス テ レ オ に つ い て は,同 期 間 中,日 本 製 が16.7%か ら13.5%へ と 減 少 し た 一 方 で,中 国 製 は16.7%か ら20.2%ま で 増 加 し た 。同 様 に,東 ア ジ ア 製 が4.9%(1997年)か ら42.7%(2000年)へ と急 増 したDVDプ レ ー ヤ ー に 関 して も,日 本 製 は86.6%(1998年)か ら45.7%(2000年)へ と 激 減 し た 。 に も か か わ ら ず 同 期 間 中 の 中 国 製 は,4.9%か ら8.7%へ と ほ ぼ 二 倍 に 伸 び て い る[竹 内2000:11表(2000年 は 予 測)]。 以 上 の よ う に,日 本 が 徐 々 に 「骨 抜 き 」 に さ れ る 一 方 で,中 国 が,同 地 域 の 電 子 ・ハ イ テ ク 生 産 ネ ッ ト ワ ー ク,ひ い て は 地 域 統 合 に お い て,新 た な 重 要 な 役 割 を 担 い つ つ あ る 。
日本 と東ア ジア危機
地域 政 治経 済 発 展 段 階 で の 日本 の 重 要 性 は 上 述 の よ うに 明 確 な もの で あ
東 ア ジア 政治 経 済 に お け る 日本 の役 割:対 立 か ら同盟へ?
る。 い わ ゆ る東 ア ジ ア 「ク ロ ー ニ ー資 本 主 義 」 と 国 家 介 入 に よ っ て ス ミス の 見 え ざ る手 を操 ろ う とす る 地 域 政 府 の 性 質 に 関 し て言 う と,日 本 が 果 た す そ う した機 能 と東 ア ジ ア危 機 が 関 連 して い る と い う こ とは,危 機 の 原 因 を読 み 解 く上 で ひ とつ の解 説 と な り う る[Higott1998]。 しか しな が ら,同 地 域 政 治 経 済 をめ ぐ り 日本 が 果 たす この よ うな 機 能 に もか か わ らず,あ る 共 通 認 識 が 徐 々 に芽 生 え つ つ あ る。 そ の 認 識 と は,危 機 の 原 因 は また 別 の と ころ に あ る の で は な い か とい う もの だ っ た 。 特 に 西 欧 の 銀行 の 動 向 に顕 著 で あ っ た が,西 欧 諸 国 の ヘ ッジ ・フ ァ ン ドや 通 貨 トレー ダー な ど に よ る 短 期 投 機 的 な投 資 や,そ の 他1997年7月 の タ イの 通 貨 危 機 に続 く諸 投 資 の
一 斉 回 収 とい っ た動 向 に 象 徴 的 で あ っ た こ とは
,東 ア ジ ア 経 済 をは じめ そ の 他 分 野 に まで 衝 撃 を与 え た こ とで あ る。こ れ ら経 済 体 が もた ら した(GDP に 比 して は)融 資 不 足状 態 が 慢性 的 に拡 大 す る につ れ て,短 期 資 本 の こ う した 動 向 は,日 本 に と って とい う よ り も世 界 的 お よ び 域 内 勢 力 に と っ て重 大 な 役 割 を 果 した こ とが 浮 き彫 り と な っ た[末 廣2001:228,岸 本 2001:292,伊 藤1999]。 東 ア ジ ア 危 機 を め ぐ る 日本 の 役 割 が,い か な る 機
能 を果 す の か 予 測 され,実 際 どの よ う な もの で あ っ た か に関 わ らず 日本 の 政 策 決 定 者 は,地 域 政 治 経 済 統 合 の 長 期 的 戦 略 の 一 環 と して,危 機 へ の対 応 作 業 にお い て リー ダー シ ップ を発 揮 し得 る よ う速 や か に働 きか け た。
東 ア ジ ア金 融 危 機 の 勃 発 ま で は,政 治,経 済 そ し て 安 保 面 とい う三 要 素 に関 して は米 国 との 緊 密 な関 係 を維 持 す る とい う指 針 の 下,日 本 は漸 進 的 に米 国 の 政 策 を 支持 した。 だが 一 方 で,自 由 主 義 と市 場 経 済 の 拡 大 とい う 世 界 戦 略 を促 進 す る ため に米 国 は,同 地 域 に お い てAPECを 利 用 す る とい う潮 流 を支 配 的 な も の と して い た[Hook別 掲2001:89‑150]。 とは い え,危 機 に際 して 注 目す べ き点 は,「APEC」 に よ る 危 機 へ の 対 応 の 明 白 な 失 敗 で あ る。 現 に,国 際 機 関 に よ る対 応 は,タ イ の バ ー ツ下 落 に直 面 した 当 初 以 来 協 力 的 な もの で あ っ た 。日本 政 府 が 主催 した 国 際通 貨 基 金(IMF) 東 京 会 議 で は,172億 米 ドル の対 タ イ援 助 契 約 が 締 結 され,IMF同 様 日本 も
そ の う ち40億 米 ドル を拠 出 す る こ とが 決 定 さ れ た。 イ ン ドネ シ ア へ 飛 び 火 した 危機 は,単 に 金 融 ・経 済 問 題 に留 ま らず,政 治 ・社 会 問 題 へ と拡 大 し て い った 。そ こ で1997年11月 に は,日 本 か ら50億 米 ドル,IMFか ら100億 米 ドル の 資 金供 与 を 含 む392億 米 ドル もの 援 助 契 約 が締 結 さ れ る に至 っ た 。し か し,こ の こ と は 地 域 レベ ル に お い て 繰 り返 し履 行 さ れ る こ とは な か っ た 。代 わ りに,1997年9月 の 蔵 相 ・中央 銀 行 総 裁 会 議 で の マ ニ ラ ・フ レー ム ワー クの 設 立 合 意 に お い て 明 示 され た よ う に,地 域 的 対 応 は よ り広 範 な 世 界 的規 模 の 対 応 の 下 へ と組 み 込 まれ た 。 また,マ ニ ラ ・フ レー ム ワ ー ク に よ り,IMFとAPEC(米 国,オ ー ス トラ リ ア,ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド,日 本 及 び そ の他 東 ア ジ ア 諸 国 ・地 域)と の 協 調 が 可 能 と な り,被 害 地 域 へ 財 政 支 援 の局 部 投 入 や 財 務 処 理 の 監 視 シス テ ム の供 給 に よ っ て危 機 の 再 発 防 止 に 努 め る こ とが 合 意 さ れ た 。
上 述 した 「国 際 貢 献 」 に よ り国 際 的 地 位 を維 持 す る と同 時 に,日 本 は ま た,そ の他 の 政 策 を推 し進 め る こ とで 戦 略 を 「補 完 した」[「補 完 主 義 」 に つ い て は,Hook1998bを 参 照]。危 機 の 勃 発 か らマ ニ ラ ・フ レー ム ワ ー クの 合 意 以 前 の東 ア ジ ア問 題 に対 して,1997年9月 に 大 蔵 省(MOF)は,危 機 に よ り被 災 した タ イ な ど東 ア ジ ア 諸 国 へ の 経 済 的 支援 を 目 的 と した1000億 米 ドル に上 る ア ジ ア通 貨 基 金(AMF)の 設 立 とい う回 答 を提 示 した 。 これ ま で米 国が 画 策 して きた よ う な世 界 基 準 よ り も,東 ア ジ ア 地域 基 準 に よ っ て 脆 弱 な地 域 経 済 を救 済 す べ きで あ る とい う二 層 シス テ ム を,AMFが 生 み 出 し得 る と の 疑 念 を抱 い た 米 国 と,同 地 域 に お い て 日本 が 公 然 た る リー ダ ー シ ップ を発 揮 す る こ と を拒 ん だ 中 国 の 両 国 は,IMFと 同様 に そ の提 案 を拒 否 した。 日本 政 府 が,同 地 域 政 治 経 済 の 再 建 に 向 け 支 配 的 地 位 を確 立 す べ く政 策 を掲 げ 続 け た に もか か わ らず,そ の 一 方 で はAMFに 対 す る米 中 の 反 対 に よ り,マ ニ ラ ・フ レー ム ワ ー クへ とAMFの 諸 機 能 を継 承 させ る と い う手 段 の 下 でAMFは 闇 に葬 られ た。日本 の 主 導 性 に対 す る米 中 の 反 応 か ら も,東 ア ジ ア 危 機 が 単 な る経 済 問題 に留 ま らず 同地 域 の 将 来 像 にお け る
東 ア ジ ア政 治 経 済 に おけ る 日本 の 役 割:対 立 か ら同 盟へ?
日本 の 役 割 とい う広 範 な 問 題 で あ る と規 定 され た こ とが 分 か る 。
AMF設 立 に 際 して の 主 導 的 役 割 の挫 折 以 後 にお け る,日 本 の 動 向 を理 解 す る 上 で,日 本 の広 範 な反 応 に 起 因 す る短 長 期 的 影 響 を考 察 す る こ とは 重 要 で あ る。1998年10月,300億 米 ドル を計 上 し,宮 沢 喜 一 大 蔵 大 臣 の 名 前 に ち な ん だ 「新 宮 沢構 想 」 に よ り明 示 さ れ た よ う に,大 蔵 省 の 政 策 決 定 官 僚 は 当 初,脆 弱 な 同 地 域 経 済 体 へ の 資 金 援 助 を提 供 す る こ とで,国 際 金 融 と 国 際 資 本 市 場 の 安 定 化 を 画 策 した。 こ の構 想 の 下,日 本 は 二 国 間協 力 方 式
に基 礎 を置 くこ とで 米 国へ の 刺 激 を緩 和 させ る 一 方 で,IMFが 要 求 す る域 内 再 建 や 自 由 主 義 秩 序 へ の 関 与 を抜 きに し た ま ま,東 ア ジ ア地 域 に対 して 直 接 援 助 を 申 し出 た。 危 機 後 に,マ レー シ ア に 対 して 日本 が 資 金 援 助 を 申 請 した こ と か ら も分 か る が,こ の 申請 に よ りIMFの 正 統 性 あ る業 務 は妨 害 さ れ 中 央 集 権 体 制 が 強 要 され た。 さ らに 日本 に よ る 短 期 的 対 応 措 置 に つ い て は,1998年12月 に 同 政 府 は,被 害 地 域 の 構 造 改 革 支 援 の た め に6000億 円 も の特 別 円借 款 を緊 急 財 政 措 置 の 一環 と して 発 表 した 。 上 述 の よ うに,東 ア ジ ア 地 域 の 政 治 経 済 に 関 して 中心 的 役 割 を維 持 す る こ と に留 意 す る 日本 政 府 が,い か に してIMFと 一線 を画 して い た の か を,対 応 措 置 を通 じて うか が う こ とが 出 来 る 。 この 発 表 は,日 本 に よ る財 政 支 援 の 「ソ フ トな」 基準 を提 起 した 上,地 域 債 と して の 円 の 活 用 を も促 進 し た。
宮 沢 構 想 に引 き続 き,長 期 的 影 響 を も た らす 政 策 も展 開 され た 。1999年 5月 に 始 ま る宮 沢 構 想 の 第 二段 階 は,地 域 経 済 の 健 全 化 の 確 保 が 当 初 よ り 目標 と され た 。 ア ジ ア資 源 流 通計 画 と称 さ れ る こ の 構 想 に よ り2兆 円 が 拠 出 さ れ た が,そ の 目的 と は,国 債 を輸 出 入 銀 行 の 担 保 に して東 ア ジ アの 諸 経 済 体 が,国 際 財 政 資 本 や ア ジ アの 資 本 市 場 か ら の 資 金 を借 り入 れ る こ と や,経 済 活 動 再 建 の た め に 活性 資 本 を供 給 す る こ と,ま た 通 貨 危 機 再 発 の 可 能 性 を抑 制 す る た め に安 定 的 金 融 シ ス テ ム を 確 立 す る こ と な どで あ っ た 。 さ ら に,チ ェ ンマ イ ・イニ シ ア テ ィヴ を推 進 す る 際 の 主 導 的 役 割 に見
ら れ た よ う に,日 本 政 府 は,AMFの 特 徴 の 復 活 を彷 彿 させ る よ うな 直 接 的 政 策 展 開 も行 っ て い る 。
チ ェ ンマ イ ・イ ニ シ ア テ ィ ヴ と は,2000年5月,タ イ の チ ェ ンマ イで 開 催 され たASEAN+3蔵 相 会 議 の席 上 で の 合 意 に 基 づ く もの で あ る 。よっ て 加 盟 資 格 に 関 してASEAN+3は,マ レー シ ア の マ ハ テ ィー ル首 相 に よ る 東 ア ジ ア諸 国 の 一 体 化 を促 進 させ る 政 策 を反 映 し,米 国 は じめ オ ー ス トラ リア や ニ ュ ー ジ ー ラ ン ドな どの 「西 側 諸 国」の参 加 を許 さな か っ た[Hookl999]。
中 国 を含 む東 ア ジ ア諸 国 間 の ハ イ レ ヴ ェ ル協 力 を実 現 させ る理 念 と して の み な らず,同 地 域 の 政 治 経 済 をめ ぐる 日本 の 役 割 の 具 体 的 表 明 と して,チ ェ ンマ イ ・イ ニ シ ア テ ィ ヴ は重 要 な 意味 を持 つ 。 同 イ ニ シ ア テ ィ ヴの 本 質 的 要 素 は,東 ア ジ ア に お け る 金 融 統 合 の 緩 和 措 置 に あ り,1977年 にASEAN メ ンバ ー 間 で 合 意 さ れ た 双 辺 的 通 貨 ス ワ ップ協 定 のASEAN+3へ の拡 大 措 置 とい うか た ち で 体 現 され て い る 。AMF提 案 に よ り顕 示 され た 多 辺 的 レ ヴ ェ ル で は な く,東 ア ジ ア地 域 とい う多 辺 的 枠 組 み に お け る ス ワ ッ プ合 意 の緩 和 とい う動 向 の 一 方 で,ASEAN+3や 東 ア ジ ア ・ア イ デ ンテ ィテ ィ と し ての 地 域 金 融 統 合 の 進 展 をめ ぐ り 日本 が,い か に 主 導 的役 割 を担 う こ とが 出 来 る か が 試 さ れ て い る 。つ ま り,ASEANア イ デ ン テ ィテ ィ と して 着 目 さ れ る東 南 ア ジ ア ・ア イ デ ンテ ィ テ ィや,APECア イ デ ン テ ィ テ ィ と して の ア ジ ア太 平 洋 ア イ デ ン テ ィテ ィ に対 抗 す る 地 域 ア イデ ン テ ィテ ィ と して,
「東 ア ジ ア 」が そ の 存 在 意 義 を明 確 に した の で あ る[Hook1996b]。 さ ら に い う と,AMFに よ り証 明 され た 通 り,こ れ ら双 辺 的 ス ワ ップ か ら多 辺 的 合 意 へ と発 展 す る とい う可 能 性 は 確 か な もの で あ る[岸 本2001:305]。 だ が,双 辺 的 ス ワ ップ に依 拠 して い るの か そ れ と も多 辺 的 ス ワ ッ プで あ る か を問 わ ず,1999年 末 時 点 で 東 ア ジ ア地 域 が 保 有 す る7000億 米 ドル 以 上 もの 外 貨 交 換 準 備 高 は,さ らな る 危 機 が 勃 発 した 際 に は,世 界 規 模 のIMF+米
国 に で は な く,東 ア ジ ア 地 域 のASEAN+3に とっ て 有 利 に機 能 す る だ ろ う。
東 ア ジ ア政 治経 済 にお け る 日本 の 役割:対 立 か ら同盟 へ?
そ の 一 方 で は,日 本 に よ って な さ れ た 技 術 面 で の 育 成 措 置 な ど を通 じた 危 機 後 の 長 期 的 対 応 が,地 域 統 合 を さ ら に進 め る上 で の 重 要 性 を 内包 して い る。 通 産 省(MITI,現 在 は,経 済 産 業 省,METI)が1999年6月 に提 唱 し た 「21世紀 政 策 構 想 」 に よ っ て,産 業 構 造 改 革 の 支 援 と中 小 企 業 の救 済 が 要 請 され た 。 そ れ を受 け 通 産 省,日 本 貿 易 振 興 会(JETRO),日 本 国 際協 力 事 業 団(JICA)お よ び 中 小 企 業 金 融 組 合 は,技 術 交 流 や 専 門 家 の 派遣,そ
して ノ ウハ ウの 交 換 を促 進 す る た め ま さ に共 同 で 援 助 を拠 出 した 。 こ う し た努 力 の 結 果,東 ア ジ アの 産 業 は 国 際 競 争 力 を増 強 した の み な らず,殊 東 南 ア ジ ア に お け る 「日本 型 」 経 営 方 式 へ の 政 府 介 入 が 具 現 化 され た 。 具 体 的 に は,東 南 ア ジ ア の 労 働 者1万 人 を,特 に 自動 車 産 業 や 電 子 産 業 分 野 に お い て 現 地 養 成 す る こ と で あ った[大 辻2001:336‑7]。 タ イの ケ ー ス で は さ ら に,産 業 再 建 計 画 と 中小 企 業 奨 励 計 画 に よ っ て 日本 の存 在 感 を拡 充 す る よ う な努 力 が な され た。 輸 出 競 争 力 の 向 上 や 製 品 の 品 質 と生 産 シス テ ム の 改 良,そ して 中小 企 業 を効 率 化 させ る た め に,こ れ ら の計 画 が 活 用 され て い る[末 廣2001:237‑8]。 こ う した 支援 計 画 は,地 場 産 業 の 利 益 に反 映 され る だ け で な く,東 南 ア ジ ア に生 産 拠 点 を抱 え る 日本 の 製 造 業 者 に とっ て よ り重 大 な影 響 力 を もつ 。
一 連 の 短 長 期 的 政 策 に は
,東 ア ジ ア政 治経 済 の 再 統 合 に と っ て よ り重 大 な影 響 を及 ぼす 二 つ の 長 期 的 政 策 を補 完 す る作 用 が あ り,そ の2つ の 長 期 的 政 策 と は,円 の 国 際 化 と二 国 間 自 由貿 易 協 定 へ の 動 き を 指 す 。
円の国際化
危 機 後 の 日本 に よ る全 面 攻 勢 と もい うべ き戦 略 展 開 は,同 様 の 危 機 の 再 発 防 止 に役 立 ち,金 融 安 定 化 を確 固 と した 。 そ して 東 ア ジ ア 地 域 の 政 治 経 済 の統 合 を押 し進 め た結 果 と して 大 蔵 省 は,円 の 国 際 化 に対 す る当 初 の 慎 重 姿 勢 を一 転 させ た 。1998年 以 降 は 特 に東 ア ジ ア で の 円 の 流 通 を積 極 的 に
促 進 して い る。1998年5月 に バ ン クー バ ー で 開 催 され たAPEC蔵 相 会 議 で の 日本 の 蔵 相 に よ る 円 の 国 際 化 に関 す る発 言 や,同 年10月 の 世 銀 グル ー プ 会 議 で の 同様 の 政 府 見 解 に そ の 傾 向 が 見 られ る。1999年1月 の パ リ訪 問 の 際 に,小 渕 恵 三 首 相 に よ り述 べ られ た こ とか ら も明確 で あ るが,日 本 は,
ドル や ユ ー ロ と 並 ぶ 重 要 な 国 際 通 貨 の 一 つ と して,円 の 地 位 を模 索 して い た 。
国 際 通 貨 と して は,以 下 三 つ の 条 件 を満 た す 必 要 が あ る 。 まず,巨 大 な 経 済 圏 に よ り発 行 さ れ て い る こ と。 次 に,自 由 で 成 熟 した 金 融 市 場 を備 え て お り,そ して,通 貨 価 値 に対 す る 国 際 的 信 用 を享 受 して い る と い う三 点 で あ る[伊 木1999:14]。 経 済 的 規模 と い う観 点 か らは 日本 は 条 件 を満 た して い る もの の,1990年 代 以 降 の 継 続 的 景 気 停 滞 に伴 う水 面 下 で の 抵 抗 や,輸 入 の 低 調,そ して 非 居 住 者 の 円 の 保 有 制 限 な ど,円 の 国 際 化 は前 途 多難 で あ る。 しか し本 質 的 な とこ ろ で は,円 の 国 際 化 自体 が,円 の 国 際 的 信 用 を 高 め,円 の 切 り下 げ に よ る輸 入増 加 を もた ら し,そ して 非 居 住 者 に
よ る 円 の 保 有 を促 進 す る と言 え よ う。
最 新 の 分 析 に よ る と,円 の 国 際 的信 用 を決 定 す るの は 市 場 で あ る と さ れ る一 方 で,日 本 政 府 は東 ア ジ アで の 円 の 流 通 拡 大 は,日 本 政 府 に よ り着 実 に推 し進 め て い る 。1999年1月 の ア ジ ア 欧 州 会 議 で 提 起 され たが,こ の 点 に関 す る 重 要 な 政 策 の ひ とつ に,地 域 通 貨 バ ス ケ ッ トに お い て 円 の 重 要 性 を付 加 す る とい う もの で あ る。 なお,そ の バ ス ケ ッ トに 占 め る他 の 東 ア ジ ア通 貨 の 比 重 は,輸 出 入 に 関 す る対 日依 存 度 に応 じて 決 定 され る とい う も の で あ っ た 。 東 ア ジ ア危 機 当 時,実 際 の と こ ろ現 地 通 貨 と米 ドル との ペ ッ グ制 に よ っ て 短 期 資 本 が 同 地 域 に流 入 した との 観 点 か ら,上 述 の 提 案 が な され た 。 この よ うな 投 機 的投 資 と同 様 に,急 速 な資 本 回 収 も ま た東 ア ジ ア が 直 面 した 障 害 を も引 き起 こ した 。 さ らに,東 南 ア ジ ア地 域 で も 同様 の 政 策 が 打 ち 出 さ れ,ほ ぼ 一 定 の レー トに よ り通 貨 の相 互 交 換 が 可 能 とな っ た
東 アジ ア 政 治経 済 に お け る 日本 の役 割:対 立 か ら同 盟へ?
が,円 安 ドル 高 に よ り東 南 ア ジ ア地 域 の 輸 出 の 国 際 競 争 力 は 低 下 す る に 至 っ た 。1994年 の 中 国 に よ る 人 民 元 切 り下 げ は,こ う した状 況 に 追 い 討 ち を か け る もの で あ っ た。 上 述 の ス ワ ップ協 定 や そ の 他 政 策 は,危 機 の 再 発 に 備 え て な さ れ た もの で あ っ た が,貿 易 と い う点 か らす る と円 の 国 際 化 の 展 開 は,東 ア ジ ア 政 治 経 済 の 統 合 を画 策 す る 日本 に よ る 政 策 の 一 環 と し て,よ り重 要 視 され て しか る べ きで あ ろ う。
国 際 通 貨 と して の 円 の 地 位 は,国 際 取 引 に お い て 円 が い か な る役 割 を果 す か に よ り確 定 され うる 。 日本 の対 東 南 ア ジ ア 輸 出 に 関 して は,額 面 の金 種 が 円 で あ る た め,そ の 重 要 性 は高 い 。1998年3月 段 階 で は,48.7%を 占 め る米 ドル と並 び48.4%が 円 建 て に よる もの で あ る。 商 品 別 に差 異 を検 証 す る と,81.3%を 占 め る 輸 送 車 両 や,87.7%の 旅 客 運 搬 車,そ して81.1%の 自 動 車 部 品 に お け る 円 高 の 比 重 が 特 に高 い 。61.5%の 精 密 機 械 や,59.7%の 汎 用 機 械 も高 比 率 の 製 品 で あ る[Sato1999:558]。 こ の 点 か ら,同 地 域 にお
け る 円 の 強 化 に 日本 の 製 造 業 が 明確 に寄 与 して い る こ とが 指 摘 され よ う。
しか し な が ら,東 南 ア ジ ア か らの 輸 入 に 関 して は,1998年3月 段 階 で は 26.7%し か 占 め て お らず,71.6%を 占 め る ドル 建 て 比 率 の 約1/3に す ぎ ない [Sato1999:558]。 そ れ に もか か わ らず 円 の 対 輸 入 総 額 比 率 は,日 本 の 製 造 業 の 東 南 ア ジ ア へ の 移 転 と呼 応 し,1987年 段 階 の11.5%か ら上 昇 を 見 せ た 。 ま た,円 の対 輸 入 総 額 比 率 は,い か に して 産 業 内 取 引 が 発 展 を遂 げ, ま た 日本 が ど の よ う に東 南 ア ジ ア産 の 産 品 を大 量 に 輸 入 して きた の か を反 映 して い る[伊 木1999:16]。 為 替 レー トの 変 動 に よ る リス ク を回避 す る とい う観 点 か らす る と,日 本 企 業 に と っ て は,円 建 て に よ る貿 易取 引 に大 き な利 点 を見 出せ る 。
しか し なが ら,東 南 ア ジ ア 諸 国 か らす る と,円 建 て に よ る貿 易 額 は 多 く の 場 合 が 取 る に 足 り な い 量 で あ る。 イ ン ドネ シ ア の 場 合 を 例 に と る な ら,1997年 段 階 の 輸 出 総 額 の93.2%と,輸 入 総 額 の79.1%が ドル 建 て に よ る
もの で,輸 出 総 額 の わ ず か1.3%,輸 入 総 額 の8%が 円 建 て に よ る もの で あ った 。同 様 に,1997年 段 階 で の タ イ に 関 して も,輸 出総 額 の91.3%,輸 入 総 額 の79.4%が ドル 建 て で あ る一 方,輸 出総 額 の3.6%,輸 入 総 額 の9.8%が 円 建 て で あ っ た 。 しか し,1998年2月 に マ ハ テ ィー ル 首 相 が 円 へ の 支 持 を 表 明 し,タ イ と フ ィ リ ピ ン両 国 か ら の 賛 同 を得 た こ とか ら も分 か る とお り,東 南 ア ジ ア に お い て 円 建 て に よる 貿 易 拡 大 は徐 々 に受 け 入 れ られ つ つ あ る[伊 木1999:19]。
外 貨 準 備 通 貨 と して の 円 の 役 割 に 関 す る 限 り,中 央 銀 行 が 保 有 高 を公 開 す る こ と に抵 抗 を感 じる こ と もあ り,通 貨 の 役 割 を査 定 す る こ とに 限 界 を 感 じる ほ ど困 難 で あ る。IMFの 統 計 に よ る と1997年 段 階 の 全 世 界 保 有 高 に 占め る 円 の 割 合 は,わ ず か に4。9%で あ った 。 ま た,東 南 ア ジ ア諸 国 の 中 央 銀 行 で さ え,円 の 保 有 高 は15%に 満 た な い と見 積 も られ る 。 さ ら に悪 い こ と に中 国,香 港 と台 湾 に つ い て は,円 の保 有 を減 免 す る と発 表 した 。 香 港 の 場 合,保 有 総 額 の10%か ら5%へ と円 の 減 免 を1999年 に 実 施 して い る [www.asiapacific.calanalysislpubs.2001年10月12日 に 閲 覧]。 こ の観 点 か ら す る と,現 地 諸 国 に とっ て 円 は,保 有 通 貨 と して の 限 界 収 益 的 存 在 に 過 ぎ な い と言 え よ う 。
最 後 に,個 人 単 位 で あ れ 企 業 単 位 で あ れ 非 居 住 者 に よ る 円 の 保 有 に 関 す る 限 りにお い て は,円 の役 割 は限 定 され た もの で あ る 点 に触 れ て お く。 非 居 住 者 が 日本 の 国 債 を保 有 す る比 率 は10%に 過 ぎず,1998年 末 時 点 で,工 業 先 進 国 の 間 で は最 低 レヴ ェ ル で あ っ た[村 瀬1999:35]。 しか し な が ら,1998年4月 の 外 国 為 替 法 改 定 に伴 い 日本 政 府 は,1999会 計 年 度 以 降,円 の 流 通 促 進 の た め に多 くの措 置 を講 じて きた 。 こ れ ら措 置 に は,国 債 に か か る 利 子 へ の 課 税 控 除 の み な らず,財 政 融 資 や 大 蔵 省 短 期 証 券 に対 す る 源 泉徴 収 課 税 の 撤 廃 も含 まれ て い る。 こ の こ とか ら も分 か るが,日 本 政 府 に と って 地 域 の 金 融 統 合 を推 進 す る上 で,円 の 国 際 化 は 主 要 な任 務 を担 っ て
東 ア ジア 政 治経 済 にお け る 日本 の 役割:対 立 か ら 同盟 へ?
い る 。
東 南 ア ジ ア で の 円 の 流 通 規 模 は 限 定 さ れ た もの で あ る に もか か わ らず, 銀 行 間 の 支 払 い 決 済 で の 円 に対 す る信 頼 か らそ の 潜 在 能 力 の 高 さが うか が
え る 。 これ は銀 行 間 の技 術 的事 例 で あ るが,東 ア ジ ア ・太 平 洋 中 央 銀 行 金 融 省 庁 閣 僚 会 議(ENEAP)の 存 在 自体 に よ り,円 の 国 際 化 へ の過 程 は 「裏 口」か ら無 難 に 進 ん だ 。ENEAPの 加 盟 国 ・地 域 は,APECな ど他 の 主 要 地 域 組 織 の そ れ と共 通 し,厳 格 に米 国 の排 除 を掲 げ て い る 。1991年 に 日本 の 主 導 に よ り設 立 したENEAPは,現 在 の と こ ろ オ ー ス ト リア,中 国,香 港, イ ン ドネ シ ア,日 本,韓 国,マ レ ー シ ア,ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド,フ ィ リ ピ ン, シ ン ガ ポ ー ル,タ イの 中央 銀 行 や 国家 財 政 当 局 者 に よ り代 表 され る加 盟 国
・地 域 か ら構 成 さ れ る。 半 年 ご とを基 本 に 首 席 代 表 に よ っ て 会 合 が 開催 さ れ,1996年 以 降 続 く政 府 ・政 権 代 表 者 に よる 年 次 会 議 は,ア ジ ア版 国債 決 済 銀 行(BIS)の 設 立 を 求 め る こ とで この グ ル ー プ に世 間 の 耳 目 を 引 き付 け た オ ー ス トラ リ ア提 案 を機 に 開催 され た[折 谷1997:48]。1998年1月 の ENEAP会 議 決 議 に よ り明 確 に な っ た とお り,日 本 銀 行 は 円 の 流 通 拡 大 を画 策 して い る。そ の た めENEAPメ ンバ ー で あ る 中央 銀 行 や 金 融 関係 省 庁 か ら の 要 請 に基 づ い て,国 債 の 買 い 入 れ の 申 請,短 期 国 債 の 買 い 入 れ な どに よ り,金 融 安 定 化 を図 ろ う と して い る 。この よ う にENEAPは,円 の 国 際 化 と い う極 め て 政 治 的 な 問題 に 日本 が 能動 的 に関 与 す る こ と を 容 認 して い る 。 円 の 国 際 化 の本 質 は確 か に,東 ア ジ ア の 財 政 的 統 合 に お け る 日本 の役 割 の 強 化 を意 味 す る もの の,そ れ は 地 域 政 治 経 済 の 再 統 合 を意 図 した 政 治 的 事 業 とい う よ り もむ しろ,ENEAPメ ンバ ー 間の 取 引 に お け る 財 政 的 安 定 を図 る,適 正 通 貨 と して の 円 の 役 割 を模索 す る とい っ た 技 術 的 な問 題 で あ る と 捉 え られ て い る 。
東アジアにお ける経済的双辺主義
東 ア ジ ア 地 域 の 政 治 経 済 に 関 す る 日本 の 役 割 と して 最 後 に挙 げ るの が, 経 済 的 双 辺 主 義 を促 進 させ る 「開 放 的地 域 主 義 」 に対 す る,補 完 的 支 援 と い う明 確 な 戦 略 で あ る[「開放 的 地 域 主 義 」に つ い て は,GamautandDrysdale
1994:199‑224を 参 照]。別 の 場 で討 究 した よ う に,マ ハ テ ィー ル 首 相 が 東 ア ジ ア経 済 会 議(EAEC)の 具 体 化 を提 言 した 当 時,日 本 政 府 は そ の 支 援 申 請 に消 極 的 で あ っ た 。 と言 うの も,APECが 推 進 して きた 「開放 的 地 域 主 義 」 の 対 極 に位 置 す る 「閉鎖 的 地 域 主 義 」 を,東 ア ジ ア に 萌 芽 させ る の で は な い か とい う危 惧 が 拭 い きれ なか っ た か らで あ る[Hookl999]。 しか し21 世 紀 初 頭 まで に は,自 由 貿 易 体 制 を掲 げ る 米 国 の グ ロ ー バ リ ス トへ の 支 持 は,二 国 間 自 由 貿 易 協 定 に付 随 し急 増 した 利 益 に よ っ て補 完 さ れ て きた 。 1990年 代 末 まで は 韓 国 と同 様 に 日本 は,自 由 貿 易 圏 に参 与 して い な い 唯 一 の工 業 先 進 国 で あ っ た が,こ こ数 年 来,同 政 府 は か つ て のFrA参 加 へ の 消 極 性 と挟 を 分 か ち,韓 国 と シ ンガ ポ ー ル とい っ た東 ア ジ ア の み な らず メキ シ コ な ど遠 隔 地 域 と も,協 定 を締 結 す る可 能 性 を探 り始 め た[朝 倉 松 村 111.]。 この こ とは 日本 に よ る地 域 的 政 治 経 済 の 再 構 築 へ の 新 た な ア プ ロ ー チ を示 して い る 。
日本 が 二 国 間 貿 易 協 定 を魅 力 的 に感 じる 第 一 の 理 由 は,APEC方 式 の あ る部 分 に対 して 不 満 が あ るか らで あ る 。 米 国 に よ り推 進 され る市 場 自 由化 を履 行 す る 際 に,日 本 は 農 業 の 自 由化 を迫 る圧 力 に直 面 す る。 農 林 水 産 省 に よ る保 護 を 受 け,閉 鎖 的 市 場 を維 持 す る 中 で,日 本 の 農 業 部 門 は 既 得 権 益 を享 受 して きた 。 そ の た め,1998年11月 の ク ア ラ ル ン プ ー ル で のAPEC 会 議 で も見 られ た よ うに,日 本 政 府 は農 林 水 産 業 の 貿 易 自由 化 を た め ら っ た 。二 国 間 貿 易 協 定 を重 視 す る も う一 方 の 理 由 は,上 述 した よ う に 日本 は, 東 ア ジ ア に お け る 貿 易 方 式 を提 起 した こ と で,日 本 の 輸 出 の 巨 大 な ア ブ ソー バ ー と して 機 能 し続 け る 米 国 や ヨー ロ ッパ へ の 依 存 を軽 減 させ た 。 そ
東 ア ジア 政 治経 済 にお け る 日本 の 役割:対 立 か ら同 盟 へ?
の 意 味 で は 東 ア ジ ア に お け る地 域 統 合 の 新 戦 略 と も言 え よ う。
1998年 の 貿 易 指 標 に よ る と,韓 国 の 対 日貿 易 の 重 要 性 が 指 摘 さ れ る。 韓 国 の 輸 入 総 額 に 占 め る 日本 か らの輸 入 量 は18.1%で,対 日輸 出 は輸 出総 額 の わ ず か9.2%に 過 ぎ な い[朝 倉 松 村1999a:73]。 こ の状 況 を考 慮 に 入 れ る と,1998年10月 の 金 大 中 大 統 領 の訪 日 を発 端 とす る,FrA構 想 の提 案 の 目的 は,両 国 間 貿 易 の 活 性 化 で あ っ た こ とは 明 確 で あ る 。 故 に,金 大 統 領 に よ る 「日韓 パ ー トナ ー シ ッ プの21世 紀 行 動 計 画 」の 一 環 と して,「 経 済 分 野 にお け る協 力 強 化 」 を 目的 と して 訪 日が 行 わ れ た[朝 倉 松 村1999a:
70]。 協 定 の 全 体 的 目標 は,す べ て の 貿 易 障 壁 の撤 廃 で あ り,両 国 市 場 の 開 放 で あ り,FDIの 増 加 で あ る 。2001年8月 の小 泉 純 一 郎 首 相 に よる 靖 国 神 社 参 拝 や,戦 争 を 「美 化 」 した 右 傾 的教 科 書 を文 部 科 学 省 が,検 定 に合 格 さ せ た こ と[小 森 別 掲2001]に 伴 い,日 本 の 植 民 地 主 義 の遺 産 で あ る歴 史 問題 は 再 燃 し,両 者 間 交 渉 は遅 延 した 。 に もか か わ らず,両 者 間 の 深 刻
な 緊 張 状 態 の解 消 宣 言 と して も,交 渉 は 成 果 を収 め た 。
まず は じめ に,1999年6月 に韓 国 政 府 は,大 中 型 車 両 や 大 型 カ ラ ー テ レ ビ,そ して携 帯 電 話 を 含 む 日本 製 品 の 輸 入 禁 止 措 置 を撤 廃 した 。 世 界 貿 易 機 関(WTO)の 規 則 を明 らか に 逸 脱 した一 連 の 規 制 を解 除 す る とい う政 策 転 換 に よ り,韓 国 は1996年,OECD加 盟 を果 た す 。 ま た,CDプ レー ヤ ー (1997年),小 型 バ ス(1998年),ビ デ オ カ メ ラ(1998年)や そ の 他 商 品 に対 す る輸 入 規 制 の 撤 廃 に続 く もの だ った[朝 倉 松 村1999b:47]。 次 に,両 政 府 は両 国 の 公 式 シ ン ク タ ン ク をそ れ ぞ れ訪 問 し,FrAの 可 能 性 を模 索 し た 。2000年7月 に は そ の 報 告 書 が 発 行 され,ア ジ ア経 済 研 究 所(ア ジ研) か ら発 行 され た 日本 側 の 報 告 書 で は,農 林 水 産 業 産 品 に 関 す る微 妙 な 問題 を含 む 一連 の 問 題 が 取 扱 わ れ て い る。 ま た 同報 告 書 で は,関 税 の 撤 廃 へ 向 け た 直 接 的 交 渉 よ り も む しろ,FrAの 下 で 両 政 府 に 期 待 さ れ る こ とは, WTOや 二 国 間 交 渉 を通 じて諸 問題 に 当 る こ とで あ る と結 論 付 け て い る。
1998年 時 点 の シ ンガ ポ ー ル の貿 易 指 標 で も同 様 に 日本 の 重 要性 が 示 され て い る。 シ ン ガ ポ ー ル の 輸 入 総 額 の16.7%が 日本 か らの もの で,輸 出 総 額 の わ ず か6.6%が 日本 向 け の もの で あ る[朝 倉 松 村2000b:52‑3]。 韓 国 の 場 合 と 同様,FrAの 提 案 は,シ ンガ ポ ー ル の指 導 者GohChokTong首 相 が 1999年12月 に訪 日 した際 に な さ れ た。2000年 に発 足 した協 定 締 結 の 可 能 性 を模 索 す る作 業 は,第 一 次 交 渉 と して 閣 僚 と私 的 部 門 か らの 参 加 者 に よ る 会 談 が,2∞0年3月 に シ ン ガポ ー ル で 開 催 さ れ た の に続 き,第 二 次 会 合 は 同 年4月 に東 京 で 開 催 され た 。 シ ンガ ポ ー ル との 交 渉 に お い て は,韓 国 と の性 質 の 差 異 に よ っ て,戦 争 の 遺 産 が そ れ ほ ど敏 感 で 政 治 的 な問 題 と して 扱 わ れ ず,FrA協 定 へ 向 け て韓 国 との 交 渉 よ りも速 や か に進 展 した 。事 実, 両 政 府 間 で は,2000年10月 ま で に は 二 国 間FrAの 設 置 に 関 す る交 渉 は 基 本 合 意 に 達 して お り,2001年10月 段 階 で は,2001年12月 末 以 前 にFrA協 定 は 締 結 され る とい う予 測 に終 始 してい た[『JapanTimes』2001年10月14日]。
こ の 合 意 の 結 果 と して,3800以 上 の 産 品 に 対 す る 関 税 は撤 廃 され,日 本 の 対 シ ンガ ポ ー ル 輸 出 に 関 して は 無 税 と な っ た 一 方 で,シ ンガ ポ ー ル か らの 輸 入 の 課 税 税 率 は10%増 の94%に 達 した。
ほ とん ど 関税 が 課 され な い 自由 港 の よ うに,FrAの 締 結 が 両 国 間 の 貿 易 増 加 を もた らす とは 予 期 され得 な か っ たが,し か し,こ の 合 意 に よ り日本 のFDIは さ らに 拍 車 が か か っ た 。 日本 へ の逆 輸 出 の 増 加 や コ ン ピ ュ ー タ ー や,通 信 な どの 分 野 にお け る現 地市 場 の シ ェ ア 拡 大 な どの 日本 に よ る多 国 間 協 力 に 対 す る 環 境 整 備 が,FrAに よっ て な され た 。1951年 か ら98年 ま で の シ ンガ ポ ー ル に対 す る 日本 のFDIを み る と,イ ン ドネ シ ア,中 国,香 港 の う ち い ず れ か2者 に次 いで 常 に3位 を維 持 して お り,そ の 大 部 分 が 電 子 工 業,半 導 体,そ して コ ン ピュ ー ター とい っ た 製 造 業 に対 す る投 資 で あ っ た 。 同時 に,対 東 南 ア ジ ア貿 易 に 関 して はハ ブ と して の シ ン ガ ポ ー ル の 地 政 学 的 配 置 に よ り,日 本 は こ れ ら地 域 との 広 範 な 貿 易 を通 じて 利 益 が 見 込