教育の職業的レリバンスを高める生涯学習支援
――大学における履修証明制度の位置づけ――
青 山 貴 子
<はじめに>
大学におけるミッションのひとつが「人材を社会に送り出す」という意味でのキャ リア教育にあるとするならば、現在、日本の高等教育界は非常に難しい状況にさらさ れている。2010年12月1日時点の大学生の就職内定率が68.8%と1996年の調査開始以 来過去最低を記録し、特に女子学生、地方学生への風当たりはますます強まってい る。また、少子高齢化と大学設置認可の規制緩和を背景に全入時代を迎えた大学は、
定員割れ等による経営難におびえながら、他大学との差別化を図りつつ学生(とその 保護者)の満足度を上げる努力を強いられている。大学の入口でも出口でも構造的困 難を抱えながら、どのように学生を受け入れ、どのように学生を送り出していくの か、答えを探しあぐねているのが現状である。
一方、学生の方でも、企業の採用活動の早期化と就職内定率の低さを背景に、就職 不安を抱えた学生生活を送らざるを得ない状況にある。戦後、企業の卒業見込者の採 用活動についての方針を定めた就職協定が、有名無実化を理由に1997年に廃止された 後、採用の早期化に歯止めをかけるものとして発表された「倫理憲章(新規学卒者の 採用選考に関する企業の倫理憲章)」も、世界的な経済状況の悪化のもとで少しでも優秀 な学生を取り込もうという企業の思惑もあり実質的な解決策になり得ていない。
このような状況において、日本の大学は「キャリア教育」をどのように捉えていっ たらよいのだろうか。小稿では、現在のキャリア教育をめぐる政策動向を確認しなが ら、特に生涯学習の観点から長期的にキャリア教育を捉える視点を提示し、大学にお ける長期的キャリア教育システムのひとつとして履修証明制度の可能性について考え てみたい。
<キャリア教育を捉える視点>
「キャリア教育」とは何かについては諸説あるが、1999年中央教育審議会答申「初 等中等教育と高等教育との接続の改善について」ではキャリア教育を「望ましい職業 観・勤労観及び職業に関する知識や技能を身に付けさせるとともに、自己の個性を理 解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育」と定義している。すなわ
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ち、①職業についての理解、②自己の理解、③知識やスキル、④選択力、の4方面に ついての教育であると理解できる。①や③については従来では「職業教育」の名で呼 ばれ、高等学校教育における専門課程(工業・商業など)や専修学校で、労働市場との 関連を強く意識した職業準備教育として実施されてきた。高等教育においては高等専 門学校や一部の短期大学を除き、多くの大学で職業準備に関わる活動が個人の意欲と 力量に任されていたが、近年は高等教育機関への進学率の上昇、学校経営の生き残り 戦略等の理由から、大学においては②や④を含めた「キャリア教育」が、需要・供給 ともに高まりを見せている。
とはいえ、そもそも「キャリア教育」は個人のライフステージのあらゆる場面で関 わりを持ちうるものであり、大学が担うべき領域もその一部に留まらざるを得ないこ とを念頭に置いておく必要があろう。寺田盛紀(2009)によればドイツ語の「職業教 育」を意味する Berufsbildung には、a)就職前職業教育、b)継続職業教育(キャ リアアップ)、c)転職訓練、の3つの意味が含まれるというが、日本の大学が主に対 象にしているのは a)就職前職業教育である。ここで指摘しておきたいのは、大学に おけるキャリア教育を考えるにあたり、産業界の状況を既成のものとして、それに合 わせるかたちで大学がキャリア教育を設計するのは危険を伴うという点である。
たとえば、就職活動の前倒し問題は、就職戦線が厳しくなればなるほど促進される 傾向にあるが、産業界の要請に応じてキャリア教育を大学入学直後から始めたり、ゼ ミや授業に就職対策的発想を盛り込んだりすることは、「小手先」の対策にしかなり 得ない。最終的には決まった「パイ」の奪い合いでしかない就職活動を最終ゴールに 設定するのは、高等教育のミッションを揺るがすことにもなる。本来ならば、大学が 産業界とともに社会を発展させる役割を担うべきである。必要なのは、産業界の下部 に大学を置くのではなく、大学が企業とともに産業を発展させ、雇用を創出するとい う発想の転換ではないか。そのためには、新卒一括採用という日本独特の雇用慣習を 見直すとともに、大学におけるキャリア教育を a)就職前職業教育のみにとどめるの ではなく、b)継続職業教育(キャリアアップ)、c)転職訓練の視点も取り入れながら、
企業と大学との間の人的流動性を高めることが期待される。
<政府のキャリア関連施策>
従来、就業前職業教育とは、専攻する学問分野の専門知識を獲得すること、および 純粋学問に触れるなかで「教養」を身につけることを指していたが、近年では、企業 が求める「キャリア観」や「社会力」を身につけることへと重点が移行してきている。
一例として、「社会人基礎力」(経済産業省)や「就業力」(文部科学省)といったキー ワードを用いた、企業の求める人材育成を国が支援しようとする動きが挙げられる。
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表1.近年の各省庁における若者支援・雇用対策の例
厚生労働省 経済産業省 文部科学省
・新卒応援ハローワーク
・ジョブサポーター事業
・ジョブ・カード関連事業
・新卒者就職応援本部
・3年以内既卒者トライアル 雇用奨励金
・既卒者育成支援奨励金
・新卒者企業実習推進事業
・ジョブカフェ関連事業
・社会人基礎力育成事業
・ドリームマッチプロジェクト
・合同就職説明会
・雇用創出企業
・新卒者就職応援プロジェクト
・魅力発見ツアー
・キ ャ リ ア・ス タ ー ト・
ウィーク
・大学教育・学生支援推進事業
・大学生の就業力育成支援事業
・履修証明制度
「社会人基礎力」とは、ビジネスマナーや知識・技能ではなく、「前に踏み出す力」
「考え抜く力」「チームで働く力」等、主体性・行動力・課題発見能力といったもの を指し、職場で多様な人々と仕事を行っていくのに必要な能力であるという。キャリ ア教育に求められる「③知識やスキル」について、企業が求める柔軟な仕事遂行能力 を大学教育で育成しようという試みといえよう。
また「就業力」とは、「小手先」の面接対策ではなく、「自分に合った仕事を見つけ る」能力であり、「卒業後に自立して仕事を継続していく」能力であるというが、こ れもキャリア教育に求められる「④選択力」を、その後の継続的なキャリアにまで広 げたものと理解できよう。このような能力が求められるようになった背景には、「3 年で辞める若者」といった若者の早期離職問題、雇用の流動化、変化の激しい産業社 会への対応ニーズなどが挙げられる。
このような国のキャリア関連の施策は、近年その種類を増しながら進められている が、各省庁における若者支援・雇用対策の例(表1)を見てみると、厚生労働省・経 済産業省・文部科学省がそれぞれに施策を打ち出している。
内容としては、新卒者の就職支援、既卒者の雇用促進、企業と求職者のミスマッチ 解消、インターンシップ・職業体験、の4種に分けられる。雇用をめぐる問題は労 働・経済・教育の多領域にまたがる課題であるため、各種省庁の連携が不可欠である が、現状の施策は相互の関連が見えにくくなってしまっている。昨今の財務状況の悪 化に伴う「事業仕分け」の影響や、重複する施策の棲み分けが明確にならないまま、
まとまった成果が出る前に廃止となってしまった施策も出てきている。このような縦 割り行政の弊害を克服するために「新卒者雇用・特命チーム」が設立され、政府横断 的な取り組みが目指されてはいるが、利用者視点に立った分かりやすい施策の方向性 を示すことが早急に求められているといえよう。
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<生涯学習的視点からみたキャリア教育>
このように、国や大学におけるキャリア教育の概況を見てみると、大学生に対する キャリア教育の現状は、「就職支援」とほぼ同義に捉えられていることが分かる。
もちろん、在学生が初職に就くための就職支援は大学にとって喫緊の課題ではある が、新卒一括採用が厳然と存在しつつ雇用の流動化が進む現在の日本の労働状況にお いては、新卒一括採用に漏れてしまった卒業生の救済、就職後に必要となる知識の再 習得や転職活動、出産・育児によって離職した女性の社会復帰支援といったことも大 学のキャリア教育が担うべき領域といえるのではないだろうか。終身雇用が当たり前 でなくなっている現在、個々人のライフコースや個別の生活状況をふまえ、長期的に キャリア教育を捉える視点が必要になっているのではないか。
考えてみれば、大学在学中だけでキャリア教育を完了させるのはおよそ不可能な話 である。職業教育がキャリア教育へと概念を広げながら浸透してきたとはいえ、現在 の多くの大学におけるキャリア教育の最終的なゴールは、結局のところ卒業生の「就 職」であり「職場への適応」である。本田由紀(2009)はそのような適応型のキャリ ア教育を批判し、学生は就職(活動)への「適応」とともに、理不尽な労働状況への
「抵抗」をも学ぶべきであると指摘している。企業が大学に対して「職場で役に立 つ」人材の育成を求め、教育の職業的レリバンスが問われるようになる中で、本田の 指摘は傾聴に値する。
ただ、気になるのは本田の理論も、学生は卒業時までに武装せよ、もしくは周囲は 学生を卒業時までに武装させよ、という発想であり、キャリア教育を捉える視点が人 生の前半部分に限られてしまっているという点である。雇用の流動化が進んだ現代日 本社会では、キャリア教育に生涯学習的な視点を導入できはしないだろうか。
一方で、大学における生涯学習も「余暇型生涯学習」に偏向してはいなかったか。
また、優良講座を実施しても、受講者にはその受講歴をその後の活動に継続させるた めの制度的認証制度が存在せず、結局は単発の講座を「消化」することで終わってし まっていた。大学における生涯学習支援のひとつの柱に、今こそキャリア教育を掲げ ることはできないか。
ここで、大学における、継続職業教育(キャリアアップ)、転職訓練としてのキャリ ア教育の可能性として、「履修証明制度」が注目される。「履修証明制度」とは、2007 年の学校教育法の改正により「社会人等の学生以外の者を対象とした一定のまとまり のある学習プログラム(履修証明プログラム)を開設し、その修了者に対して法に基づ く履修証明書(Certificate)を交付できる」とする制度である。社会人が自身の職場で 新たに学ぶ必要が出て来たとき、出産や子育てで離職していた女性が再度職を得るた
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図1.大学のキャリア教育における履修証明プログラムの位置づけ
めに学ぶ必要がでてきたとき、転職を目指してキャリアアップが必要になったときな どに、正規の学士(修士)学生として入学する時間的金銭的余裕を軽減しつつ、学習 に対する一定程度の認証を付与するという制度は、大学での学びの柔軟性を増すにと どまらない有効性を秘めていると考えられる。
文部科学省は履修証明制度の趣旨として、教育や研究に加え、大学の「第三の使 命」としてのより直接的な「社会貢献」を掲げているが、実は社会人が大学で学ぶこ とによる、学生/社会人の間の人的流動性の高まりにこそ、履修証明制度の意義があ るのではないか。20歳前後の学生にとって、社会人とともに学ぶことは、カリキュラ ム化されたキャリア教育にはできない「リアル」な職業観形成を促すであろうし、大 学(教員)にとっては、社会人学生との共同研究は産学連携の可能性を拡げられる点 で魅力的である。
生涯学習の観点から、大学のキャリア教育における履修証明プログラムを位置付け ると図1のようになる。従来、大学におけるキャリア教育は、入学から卒業までの間 に行われるものと捉えられ、キャリア教育科目やインターンシップ制度の整備(集団 支援)や、進路相談やキャリアカウンセリング(個別支援)を充実させるとともに、資 格取得・学外活動といった学生個人の自発的活動を奨励するかたちで進められてきた
(社団法人国立大学協会2005)。履修証明制度は、これら従来型キャリア教育を補完する ものとして捉えられ、既卒就労者・既卒未就労者・中退者・退職者を含めた、あらゆ る社会人が学び直す機会として位置づけられる。社会人の学び直しという意味ではリ カレント教育でもあるが、個別に社会人を対象として捉えるのではなく、学生時代か らの継続的キャリア教育の一環として位置づけ直すところに、生涯学習としてキャリ アを捉える意義があると考えている。
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もちろん、キャリア教育の問題は企業側の構造改革とも不即不離の関係にある。潜 在能力のある若くて優秀な人材を新卒段階で確保し、企業側が OJT や Off-JT のなか で責任をもって育てていくという企業内教育のあり方が大きく影響している。
今後は、履修証明プログラムの設計段階において、企業の人材育成を大学を含めた 多様なセクターに委ねていく必要があるのではないか。人材の流動性は転職など今後 ますます高まっていくのは間違いない。入り口の部分で新卒一括採用に拘泥するので はなく、企業は人材の耐えざるマッチングを試みる必要があるだろう。教育の職業的 レリバンスを高める観点からいっても、履修証明プログラムの定着が望まれる。
とはいえ、履修証明制度には課題もある。先の行政刷新会議における「事業仕分 け」では、履修証明制度は「大学の本来業務」として助成事業廃止、履修証明制度を 活かすための「ジョブ・カード制度普及促進事業」も廃止の結果となった。企業に とっては、一定期間、従業員を大学に通わせることはリスクと短期的損益を伴う。こ れらを安心して利用できるようにするための保障制度として、助成事業は軌道に乗る までは不可欠であろう。
補助金事業は、事業の普及には効力を発揮するが、補助期間後に事業が継続できず に補助の打ち切りとともに縮小・終了してしまうケースも少なくない。履修証明制度 が定着するためのしくみづくりも求められている。
<さいごに>
以上、日本の大学における職業教育・キャリア教育に対する私見を雑駁に述べた が、これからの大学にとって必要なキャリア観とは、「学生」「社会人」の境界を緩や かに設定し、一言でいえば「社会人が学ぶ・社会人と学ぶ」キャンパスの醸成、とい えるのではないかと考えている。牧野篤(2009)は、今日の雇用劣化とも呼べる日本 社会においては、正規・非正規という雇用区分自体を無用化するような構造を作り出 す必要があると主張しながら、労働を自己と他者(社会)とのつながりを共有する場 として捉え直す視点を提示し、生涯学習の再定義を迫っている。生涯学習が「<わた し>の自己形成」から「<わたしたち>による社会形成」として捉えなおされる時、
大学におけるキャリア教育のミッションもまた、学生と社会人を融合的に捉える視点 へと移行していくことが求められるのではないだろうか。
参考文献
本田由紀(2009)『教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ』ちくま新書.
牧野篤(2009)「「働くこと」の生涯学習へ」(『生涯学習基盤経営研究第34号』pp.123−137). 社団法人国立大学協会(2005)『大学におけるキャリア教育のあり方―キャリア教育科目を中
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心に―』社団法人国立大学協会.
寺田盛紀(2009)『日本の職業教育―比較と移行の視点に基づく職業教育学―』晃洋書房.
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