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ポストコロニアル批評帝国史・アフリカ史1)

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ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評 ・帝 国 史 ・ア フ リ カ 史(213)

ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評 帝 国 史 ・ア フ リ カ 史1)

前 川 一 郎

1は じめ に

冷 戦 が 終 結 した1990年 代 以 降,さ ま ざ まな場 でr帝 国」 をめ ぐる議 論 が高 ま っ て い る。 わ が 国 で も,歴 史 学 の分 野 の み な らず,『 現 代 思 想』 な ど専 門誌 の 特 集 に見 られ る よ う に,文 学 や思 想 の分 野 で そ の傾 向 は顕 著 で あ る。

帝 国論 の活 発 化 が,ポ ス ト冷 戦 の 時代 に生 きるわ れ わ れ の現 状 認 識 に促 され た もの で あ る の は い う まで も ない 。 も っ と も,こ こで取 り上 げ る 「ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評postcolonialcritique」(以 下括弧省略)に 関 して い え ば,近 年 関心 を集 め て い る ポ ス トモ ダ ン的 な歴 史 学批 判 が よ り大 きな意 味 を持 って い る とい わ れ て い る。 ポ ス トモ ダ ンの洗 礼 を受 け た研 究 者 は,「 史 料 」 が伝 え る 「歴 史 的事 実」 はあ くまで も言語 的 に再構 成 され た 「表 象 」 に過 ぎない の で あ って, そ の 言 語 の分 析 や 批 評 を経 る こ とな し に歴 史 は見 え て こ な い と,「 史 料 」 か ら

「歴 史 的 事 実 」 を抽 出す る営 み を批 判 して い る。

そ の よ うな知 の 潮 流 を背 景 に持 つ ポス トコ ロニ ア ル批 評 とは,一 言 で い え ば, 過 去 の 帝 国 ・植 民 地 支 配 の様 相 が,ポ ス トコ ロ ニ アル(植 民地以 降)と 呼 ば れ る現 在 に生 きる人 び との 「心 象 風 景 」 をい か に規 定 した の か を分 析 す る研 究領 域 で あ る とい え る2)。 そ れ が植 民 地 支 配 に関 す る従 来 の歴 史 学 と異 な るの は, 政 治 的 ・経 済 的 な支 配 ・被 支 配 の 関係 か らは見 えて こ ない 支 配 の 文化 的側 面 を

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照 射 す る か らだ とい わ れ て い る 。植 民 地 支 配 に か ら ま る さ ま ざ ま な表 現 や イ メ ー ジ な る もの を 「言 説 」 とい う概 念 か ら分 析 す る ポス トコ ロニ ア ル批 評 は,

「歴 史」 を強 く志 向 しな が ら も,「 学 」 が つ い た 「歴 史 」 を真 っ向 か ら否 定 す る 方 法 論 に立 脚 して い る。

ポ ス トコ ロニ ア ル批 評 は,ほ か の ポス トモ ダ ン理 論 を押 し退 け て,い まや 現 代 思想 ・批 評 体 系 の 中 心 的 な議 論 とな った感 が あ る。 近年 で は,大 学 の 帝 国 史 講 座 に さ え,ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評 を意 識 した 著 作 が 導 入 さ れ は じめ た 。 UCLAバ ー ク レー校 の 「イ ギ リス 帝 国 史 」 講 座 で,2002年 春 学 期 に大 学 院 生 に配布 され た必 読 書0覧 の 冒頭 は,デ ィ ヴ ィ ッ ド ・キ ャナ ダ イ ンの 『オー ナ メ ン タ リズ ムOrnamentalism』 書 名 はE・ サ イー ドの 『オ リエ ン タ リズ ム Orientalism』 を意 識 した と思 わ れ る で あ っ た3)。 筆 者 が1995年 か ら3年

間 の イギ リス留 学 中 に訪 問 した ウ ェー ル ズ大 学 ラ ンペ ター校 で は,学 部 生 を対 象 と した イギ リス 史 コー ス で,「 言 説 」 分 析 に基 づ く 「帝 国 の文 化 史 」 が 教 え

られ て い た 。 当 時 同校 の歴 史学 講 座 を リー ドして い たC・ エ ル ドリ ッジの研 究 室 の壁 一面 には,歴 代 イギ リス首 相 の 肖像 画 が恭 し く飾 られ て い た 。 エ ル ドリ

ッジ は,19世 紀 イ ギ リス政 治 史(保 守党史)の 専 門家 で,帝 国 の 歴 史 につ い て も概 説 書 を著 した イギ リス帝 国 史研 究 者 で もあ る。

ポ ス トコ ロニ ア ル批 評 とい う研 究 領 域 をめ ぐって は,す で に さ ま ざ まな論 争 が 巻 き起 こ って い る。 ポ ス トコ ロニ ア ル批 評 は新 し く,独 創 的 で,従 来 の歴 史 学 が描 い た過 去 につ い て ま った く新 しい見 方 が 開 け る とい う意 見 に対 して,ポ

ス トコ ロニ ア ル批 評 に新 しい と ころ な ど何 もな い とか,そ れ に よっ て従 来 の研 究 成 果 が 否 定 され るべ きで は な い とす る批 判 が あ る4)。 ポ ス トコ ロニ ア ル批 評 は文 芸 批 評 な の か,読 み方 の変 容 な の か,言 説 分 析 な の か,そ れ と も解 放 を 目 指 した政 治 論 な のか,判 然 と答 え られ ない とい う批 判 も多 い 。 だが この タイ プ の批 判 に は常 に,そ の包 括 力 も また ポス トコロ ニ ア ル批 評 の 本 質 な の だ とい う ポ ス トコロ ニ ア ル論 者 の 明快 な 回答 が 返 っ て くる5)。

ポ ス トコ ロ ニ ア ル批 評 をめ ぐる論 争 に英 文 学 研 究 の 立 場 か らか か わ り,『 ポ ス トコロ ニ ア ル理 論 入 門』 を著 した ア ー ニ ャ ・ル ー ンバ は,「 『ポ ス トコロ ニ ア

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ル』 とい う専 門用 語 はた いへ ん多 義 的 で散 漫 にな っ て しまっ て い る の で,そ 研 究 が意 味 す る もの を満 足 い くよ う に記 述 す る こ とは難 しい。 この難 しさは部 分 的 には ポ ス トコ ロニ アル研 究 が学 問 の分 野 の垣 根 を越 え た性 質 を持 っ て い る ところ か ら来 て い る」 と述 べ て い る6)。 従 来 の植 民 地研 究 とポ ス トコ ロニ ア ル 研 究 との違 い は何 か,い よい よ疑 問 は深 まる ば か りで あ る。 い まなぜ 新 しい専 門用 語 が 必 要 で,学 問 の領 域 を越 境 す る こ とが 必 要 な の か。 歴 史 学 は,ポ ス ト

コ ロニ ア ル批 評 とい う研 究 領 域 か ら何 を学 ぶ こ とが で きる の か。 そ れ に よっ て, よ り豊 か な歴 史 像 を提 示 す る こ とが で きる の か。

以 上 の よ うな 問題 意 識 を持 っ て小 論 で は,ポ ス トコ ロニ ア ル批 評 と歴 史 学 と の かか わ りにつ い て考 察 した い。 は じめ に,ポ ス トコ ロニ ア ル批 評 の用 語 をめ

ぐる議 論 を整 理 して,歴 史 学 との接 点 を検 討 す る。 それ を踏 まえ て,ポ ス トコ ロ ニ ア ル批 評 をめ ぐる ア フ リカ史研 究 の状 況 を概 観 し,植 民 地 とな っ た地 域 の 歴 史 を学 ぶ こ と につ い て論 じて み た い。 なお,筆 者 自身 は,20世 紀 初 頭 の イ ギ リス帝 国 と南 ア フ リ カの 関係 につ い て実 証研 究 を志 す 者 の 一 人 で あ り,ポ ス ト コ ロニ ア ル批 評 を考 え る とい っ て も,そ の よ うな立 場 か ら批 判 的 に検 討 す る と い う こ とに な る。 ポ ス トコ ロニ ア ル批 評 をみず か ら実 践 した こ と もな い。小 論 執 筆 の た め に参 照 した文 献 も きわ め て 限 られ てお り,偏 向 が 見 受 け られ る こ と

を断 っ て お か な け れ ば な らな い。 そ れ で も歴 史 にお け る帝 国や 帝 国主 義 を学 ぶ 者 の一 人 と して,こ の機 会 に,近 年 大 きな ウェ イ トを 占め た研 究 動 向 を整 理 し て,帝 国(主 義)史 研 究 の現 状 を考 察 して み た い。

2植 民 地解放 のための政治 理論 と言説 分析

ポ ス ト コ ロ ニ ア ル 批 評,ポ ス ト コ ロ ニ ア ル ・ス タ デ ィー ズpostcolonial studies,ポ ス トコ ロ ニ ア リズ ムpostcolonialismな ど と 呼 ば れ る研 究 領 域 は, い ず れ も ポ ス トコ ロ ニ ア ル な る もの を批 評 し,研 究 す る 。 批 評 の 対 象 と な っ た ポ ス トコ ロ ニ ア ル と は何 な の か 。 こ の 用 語 が1970年 代 後 半 か ら90年 代 の 英 語 圏 で 登 場 し,さ ま ざ ま な場 で 用 い られ る よ う に な る と,ポ ス ト とい う接 頭 語 を め

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ぐって疑 問が 投 げ か け られ た。 ポ ス トとは,独 立 以 前 と以 後 と を分 け る歴 史 的 境 界 線 の こ とをい うの か。 そ れ と も コ ロニ ア リズ ム の次 な る段 階 とい う意 味 で, 新 た な状 況 を指 す の だ ろ うか。

ポ ス トとい う接 頭 語 に 向 け られ た批 判 は,次 の二 点 に集 約 で きる 。第0に, ポ ス トとい う言 葉 は 旧植 民 地 の現 在 の現 実 を定 義 す る には不 適 切 だ とす る批 判 で あ る。 ポ ス トコ ロニ ア ル とい うけ れ ど も,独 立 後 も経 済 的 に旧宗 主 国 に依 存 しな けれ ば な らない 地 域 は ア ジ アや ア フ リカ に よ く見 られ る。 「ネ オ コ ロ ニ ア リズ ムNeo‑colonialism(新 植民地主 義)」 とい わ れ る 旧植 民 地 の経 済 的 従 属 状 態 につ い て は,脱 植 民 地 化 の本 質 をめ ぐる 問題 と して,多 くの論 者 が指 摘 して きた 。植 民 地 に され た地 域 の独 立 を,言 葉 本 来 の意 味 で ポ ス トコ ロニ アル と見 なす こ とは難 しい し,ポ ス トとい う言 葉 に は如 何 と も し難 い違 和 感 が残 る。

ポ ス トコ ロニ アル とい う用 語 に向 け られ た 第二 の批 判 は,歴 史 上 の特 定 の 時 期 を示 す場 合 に この用 語 を用 い る こ との難 しさで あ る。植 民 地 の独 立 が 異 な る 地域 で異 な る時期 に行 わ れ た こ とを考 え る と,い つ か ら世 界 は一 般 的 にポ ス ト と呼 ば れ る時代 とな った とい うの か 。 時期 区分 と して の ポ ス トコ ロニ アル とい う用 語 は,あ ま りに も曖 昧 に過 ぎる 。

こ う した こ とか らル ー ンバ は,「 ポ ス トコ ロニ ア リズ ム を文 字 通 り植 民 地 支 配 の後 に来 る もの,植 民 地 支 配 の終 焉 を表 す もの と考 え る よ り,も う少 し柔 軟 に,植 民 地 支 配 と植 民 地 主 義 の負 の遺 産 が争 い合 って い る状 態 と考 えた方 が い い」 と述 べ て い る。厳 密 な歴 史 区分 を意 味す るの で はな く,植 民 地 遺 制 に人 び とが い まで も従 属 す る 「一般 的 な状 況」 をあ らわ す言 葉 と して,ポ ス トコ ロニ アル とい う用 語 を使 う とい うわ け で あ る7)。

そ う な る と,ま す ます 当惑 す るの は歴 史研 究 者 で あ ろ う。 そ う した 「一 般 的 な状 況」 を,従 属 論 に連 な る近 年 の研 究 は ネオ コ ロニ ア リズ ム と呼 ん で きた の で は ない か 。 ポ ス トコ ロニ ア リズ ム とネオ コ ロニ ア リズ ム は,い った い どの よ

う に異 な るの か 。

1990年 代 に 「湾岸 危 機 。南 北 対 決 の序 曲。 ポ ス トコ ロニ ア リズ ム の始 ま り」

と題 した論 説 を発 表 した代 表 的 なポ ス トコ ロニ アル論 者 マ フデ ィ ・エ ル マ ンジ

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エ ラは,著 書 『文 化 的脱 植 民 地 化一 国 際 政 治 の コ ロニ ア ル な構 造 をめ ぐっ て

』 にお い て,ポ ス トコロ ニ ア リズ ム には 「コ ロニ ア リズ ム及 び ネ オ コロ ニ ア リズ ム か ら区別 され る 固有 の特 徴 が あ る」 と して,コ ロニ ア リズ ム,ネ オ コ ロニ ア リズ ム,ポ ス トコロ ニ ア リズ ム と三 段 階 に 区別 した8)。 そ れ に よ る と, コロ ニ ア リズ ム は軍 事 力 に よ る直 接 的政 治 支 配,ネ オ コ ロニ ア リズ ム は経 済 的 依 存 構 造 を通 して の 間接 的政 治 支 配 とな る。 次 い で あ らわ れ た植 民 地 支 配 の 第 三 の段 階が ポ ス トコ ロニ ア リズ ム で,西 欧 的価 値 観 に浸 食 され た 旧植 民 地 諸 国 の 「エ リー ト」(第 三世界 の 「傭兵 一サテライ ト」)が 自主 的 に 「自己 植 民 地 化 」 を進 め る プ ロセ ス だ とい う。 エ ル マ ン ジ ェ ラ に と って,ポ ス トコ ロニ ア リズ ム と は植 民 地 支 配 の文 化 的 支 配=文 化 的 植 民 地 化 の こ とで あ り,つ ま る とこ ろ

「(アメリカ合衆国が1990年代以降指導する)『新 世界 秩 序 』 の 産物 」 で あ る。

エ ル マ ン ジェ ラは,ポ ス トコ ロニ アル批 評 とい う言 葉 や研 究 領 域 そ れ 自体 に つ い て は あ ま り言 及 して い な い。 彼 は,彼 の い うポ ス トコ ロニ ア リズ ム に荷 担 す る第 三 世 界 の 「エ リー ト」,も っ とい え ば,冷 戦 後,文 化 的 植 民 地化 に歯 止 め をか け て 自主 性 を発 揮 す る ど こ ろか,「 グ ロ ーバ リゼ ー シ ョン]の 波 に呑 み こ まれ て ア メ リカ合 衆 国 の戦 略 の変 化 に翻 弄 され て い る 旧植 民 地 の指 導 者 た ち に警 告 を発 し,土 着 の価 値 観 に根 ざ した 「開発 モ デ ル」 を見 出 すべ きだ と提 唱 して い る。 こ こ に,「 文 化 的脱 植 民 地 化 」 とい う彼 の主 張 の核 が あ る。 第 三 世 界 の 「エ リー ト」 は 「文 化 的使 命 」 に こそ コ ミ ッ トすべ きだ と主 張 す るエ ル マ ンジ ェ ラ に とって,ポ ス トコ ロニ アル批 評 とは 「文 化 的 脱植 民 地化 」 をめ ざす 活 動 そ の もの に ほか な らない 。

他 方,「 歴 史」 を強 く志 向 し,こ れ まで 文 芸 批 評 の分 野 で積 極 的 に ポ ス トコ ロ ニ ア ル批 評 を展 開 したR・ ヤ ン グ は,『 ポス トコ ロニ ア リズ ムー 歴 史 的 な もの の導 入 』 と題 した 近著 で,仮 に ポス トコ ロニ ア リズ ムが ネ オ コ ロニ ア リズ ム の意 味 で定 義 され る な ら,ポ ス トコ ロニ アル批 評 に向 け られ た批 判 や ポス ト コ ロニ アル批 評 自体 が抱 えて い る問題 の 多 くは解 決 し得 る と述べ て い る。 だ が 続 けて ヤ ン グは,ポ ス トコ ロニ アル批 評 にお い て は ポス トコ ロニ ア リズ ム とネ オ コ ロニ ア リズ ム は同 じ意 味 で は ない と述 べ る。 ネ オ コ ロニ ア リズ ム は ポス ト

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コロニ ア リテ ィ と呼 ぶ べ きで あ り,ポ ス トコロニ ア ル批評 は ポス トコ ロニ ア リ テ ィに対 して積 極 的 に介 入 し,新 しい 政 治 理 論 を導 入 す る戦 略 で あ る と定 義 さ れ る。 ポ ス トコ ロニ ア リズ ム とい う用 語 も,そ の 政 治 理論 ・戦 略 とい うほ どの 意 味 で しか な い 。 「ポ ス トコ ロニ ア リズ ム は新 しい 世 界 シス テ ム(「 冷戦後 アメ リカのヘゲモニー」)を 是 認 す る の で は な く,む しろ そ う した状 況 に対 す る批 判 的 な反 応 の 一部 を なす」9)。

ネオ コ ロニ ア リズ ム をポ ス トコ ロニ ア リテ ィ と呼 び 直 し,ポ ス トコ ロニ アル 批 評 の歴 史認 識 となす こ とにつ い て は議 論 の余 地 が あ る に して も,エ ル マ ンジ ェ ラ とヤ ン グの議 論 か らは,ポ ス トコ ロニ アル批 評 の根 底 に流 れ るあ る種 の 政 治 的 志 向 性 を見 出す こ とが で き る。 ヤ ング は,「 ポ ス トコ ロ ニ アル 批 評 は,現 代 世 界 で影 響 を及 ぼ して い る抑 圧 や抑 圧 的 な支 配 勢 力 に焦 点 を定 め る。 …

そ の 目的 は … 政 治 的独 立 を達 成 した の ち の 自由 へ の追 求 で あ る。 … ス トコ ロニ ア ル批 評 を導 い て い る仮 説 とは … 今 日の世 界 で な され て い る異 な る知 的活 動 や運 動 の 間 に重 要 な連 帯 を育 ませ る こ とに よ って,自 らの専 門領 域 の 内部 で,ま た そ れ を越 え て,効 果 的 な政 治 的介 入 を なす こ とが で きる とい う もの で あ る」 と述 べ て い るlo)。ポ ス トコ ロニ アル論 者 が 目指 して い るの は, 独 立 後 も さま ざ まな苦 難 に直 面 して い る 旧植 民 地 の解 放(そ の裏返 しとしての旧 植民地エ リー トの 「文化的植民地化」 に対す る批判)と,そ の た め の 新 しい 政 治 理 論 の形 成 で あ る とい え よ う。

しか し,解 放 の た め の政 治 理 論 を模 索 す る ポ ス トコ ロニ アル論 者 は,ど う し て文 学 な ど表 象 芸 術 を実 践 の場 と して い った の か。 なぜ 思 想 や文 化 の構 造 を暴 露 ・解 体 す る言 説 研 究 に 向 き合 っ て い った の か。 エ ル マ ン ジ ェ ラの い う 「文 化 的脱 植 民 地 化 」 とい う言 葉 だ け で は,ポ ス トコ ロニ ア ル批 評 が 思想 や文 化 にか か わ る契 機 を見 出 す こ と は難 しい。 そ こ で,『 ポス トコ ロニ ア ル理 論 入 門』 の 著 者 ル,̲...ンバ の議 論 に拠 りつ つ,ポ ス トコロ ニ ア ル批 評 とい う研 究 領 域 が どの

よ うに展 開 して きた の か を具 体 的 に見 て い こ う。

ル ー ンバ に よれ ば,ポ ス トコロ ニ ア ル批 評 が 言 説研 究 と して展 開 した背 景 に は,西 洋 の知 的伝 統 の 中 で起 こっ たパ ラ ダイ ム の転 換 が あ っ た。 特 に,ル イ ・

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ア ルチ ュセ ー ル な ど主 に フ ラ ンス の思想 界 で 活 躍 したマ ル ク シス トた ちが,資 本 主 義,反 植 民 地 闘 争,イ デ オ ロギ ー,ヘ ゲ モ ニ ー をめ ぐる議 論 の 中で 提 示 し

た 「言 語 が 主体 を構 築 す る」 とい う命 題 は,ポ ス トコロ ニ ア ル批 評 が 誕 生 す る 重 要 な契 機 を もた ら した とい う11)。

これ らの マ ル ク シス トは,政 治 的 姿 勢 や 方 法 論 で は それ ぞ れ 異 な る立 場 を と っ てい たが,言 語 と主体 の 問題 に 関 して は概 して同 じ考 え を共有 してい た。 言 語 とい う もの は,そ れ を語 る主体 が 生 み 出す もので は な い。 主体 が 主体 とな る た め に は,主 体 は,自 分 が 語 る もの を社 会 的 に決 定 され た 「言 語 上 の規 定 」 に 合 わせ な けれ ば な らな い。 ゆ え に言 語 を解析 す る こ とは,そ こに作 用 して い る 個 人 の意 識 だ け で な く,そ の個 人 が 生 きる 「歴 史 的 意 識 」 を も明 らかす る。 植 民 地 主 義 とい う歴 史 的 過程 を分 析 す る場 合 で も,言 葉 とイ メ ー ジの分 析 が 重 要 な手段 とな り得 る。 言 語 ・文化 ・個 人 とい っ た問題 は,植 民 地 主 義 にお い て副 次 的 な要 素 と切 り捨 て る わ け に は い か ない 。 マ ル ク シス トた ち は,思 想 や 言 葉 そ の もの に 「物 質 的 現 実 」 が 「存 在 」 す る とい うア ル チ ュセ ー ル ・テ ーゼ の も

とに,植 民 地 主 義 の 「物 質 的現 実 」 と思 考 や 言 語 とい う表 象 の 間 の 区分,い ば歴 史 とテ クス トの 間 の境 界 を否 定 した12)。

言 葉 とイ メ ー ジ とい う領 域 は,M・ フ0コ ー に よっ て洗 練 され,「 言 説 秩 序 」 とい う問題 と して提 起 され る。 フー コー も,ア ルチ ュ セ ー ル と同様 に,経 済 や 政 治 の現 実 と思 考 や 言 語 とい っ た表 象 と を区分 せ ず,す べ て の思 考 は人 間 の行 う実 践 や 制 度,行 動,す な わ ち 「何 らか の物 質 的 な媒体 」 を通 して秩 序 づ け ら れ て い る と考 え て い た(フ ー コー自身は,狂 気 の言説 について分析 し,そ の言説 は精 神病院の ような制度 ・実践 に根 をおろ している と考 えていた)。 実 際 に考 え た り言 っ た り した こ とだ けで な く,言 う こ とが で きる もの とで きな い もの,理 性 に含 ま れ る もの とそ こ か ら排 除 され る もの,社 会 的 に受 け入 れ られ る と され る もの と そ うで な い もの とい っ た こ と を決 め る規 則 が あ る と し,こ の規 則 が 思 考 にパ

ター ン を押 しつ け て い る と考 えた 。 フー コー は,こ の パ ター ン を言 説(デ ィス クール)あ る い は 「言 説秩 序 」 と呼 んだ 。 言 説 秩 序 の も とで は個 人 は言 説 に と らわ れ て い る の だか ら,そ の言 説 を実 践 す る こ とは権 力 を行使 す る こ とで もあ

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る。 そ の意 味 で言 説 とい う言 葉 を用 い る な らば,言 説 とは,知 と権 力 が 形 成 さ れ 生 産 され る よ うなあ る領 域,言 語 が特 定 の や り方 で 用 い られ る領域 全 体 の こ

とを指 す13)。

現 在,ポ ス トコ ロニ アル批 評 は も とよ り さま ざ ま な批 評 理論 で 言 説 が 重視 さ れ るの は,も と もと多 くの意 味 で用 い られ た この言 葉 の意 味 を,フ ー コー が拡 大 した か らに ほ か な らな い。 文 芸 批 評 にお い て は,歴 史 とい う題 材 はテ クス ト

=表 象 を研 究 す る場 合 の背 景 で は な く(「歴史主義」),テ クス トが 持 つ意 味 の 本 質 的 な部分 をな して い る と考 え られ る よ うに な っ た(「 新歴史主義」)。テ クス ト e表 象 が 歴 史 と文 化 の基 盤 をなす と考 え る こ とは,観 念 的 な批 評 が 支 配 的 で, 文 学 テ クス トは文 化 と意 味 を伝 達 す る媒 体 で あ る と考 え られ て い た従 来 の 英米 文 学 研 究 に,一 種 の解 放 感 と 自信 を もた ら した 。

そ の一 方 で言 説 分 析 は,限 界 が あ りな が ら も客 観 性 を追 及 し,か つ て の マ ル ク シス トが 「物 質」・「下部 構 造 」 と呼 んだ事 象 を見 て きた歴 史研 究 者 に対 して, そ の姿 勢 の ラデ ィ カル な転 換 を要 求 す る もの で もあ っ た。 言 語 あ るい は発 話 は, わ れ わ れが 生 き る世 界 が ど うい う世界 なの か を示 して い る。 同様 に われ わ れ の 世 界 は,言 説 に よ って表 象 され て い る。 した が って この表 象 を通 して の み,わ

れ わ れ は世 界 を理 解 す る こ とが で き る。歴 史研 究 者 が 「言 説秩 序 」 の外 部 で は な くそ の0部 を な して い る な らば,歴 史 の 叙 述 とい う もの もす べ て 「言 説 秩 序 」 に支 配 され て い る14)。専 門家 と して の 「客 観 性 ・中 立性 」 を有 し,「 歴 史 を第 三者 性 の 審級 か ら記 述 す る(も しくはで きると信 じている)歴 史 家 の 特 権 性」

を も って 「歴 史事 実 」 を語 って きた歴 史研 究 者 は,言 説分 析 を営 む者 か ら根 源 的 な批 判 を浴 びせ られ る こ と にな った15)。

西 洋 の知 的伝 統 内 の変 革 か ら もた ら され た言 説 分 析 は,フ ェ ミニ ズ ム や 反植 民 地 闘争 とい った社 会 運 動 ・政 治 運 動 の展 開 と も相 互 に関係 し合 って い た 。 こ

の点 につ い て の ル ー ンバ の指 摘 は簡 潔 に して 的 を得 て い る と思 わ れ る。 長 くな るが,そ の ま ま引 用 して お きた い 。 い わ く,「 女 性 や 被 植 民 者 は,彼(女)た ち の労 働 に依 存 した経 済 の 内部 に生 きて い て,こ の搾 取 を正 当化 す る イデ オ ロ ギ ー に支 配 され て い た。 だ か らフ ェ ミニ ス トと反 植 民 地=運動 は,歴 史,文 化 や

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表 象 につ い て の 支 配 的 な考 え方 に挑 戦 しな けれ ば な らな か った 。彼(女)た は また,支 配 的 な歴 史 叙 述 は決 して客 観 的 で は な い と訴 え,正 典 文 学 テ クス ト は政 治 的 な党 派 性 を持 つ もの で,そ れが ど う擬 装 され て い るか を明 らか に し, 西 洋 の支 配 的 な家 父 長 制 哲 学 と訣 を分 か っ た。 ポ ス ト構造 主 義 は,真 実 と され た もの に対 し疑 念 を抱 い たが,新 しい社 会 運 動 も この疑 念 を分 か ち もっ てお り, 新 しい社 会 運 動 は 自分 た ち を排 除す る よ うな 「メ タ ナ ラ テ ィヴ」に も挑 戦 した。

反 植 民 地 闘争 や フ ェ ミニ ス トの 闘争 は,文 化 とは抑 圧 者 と被 抑 圧 者 との葛 藤 の 場 で あ る こ と を強 調 した。 … 反 植 民 地 闘争 や フ ェ ミニ ス トの 闘争 で は また, 言 語 が 支 配 の た め の道 具 で もあ れ ば,ア イ デ ンテ ィテ ィ を構 築 す るた め の手 段 で あ る こ とに も注 目 され た」,と16)。

3ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評 の 実 践

この よ うに,ポ ス トコ ロニ アル批 評 は,植 民 地 主 義 の解 体 とい う究極 的 な 目 標 をか か げて,あ る地 域 の言 説(テ クス ト=表 象)を 分析 ・解 読 す る。 そ の 方 法 論 につ い て コ ンパ ク トな概 説 書 を著 した小 森 陽 一 に よれ ば,ポ ス トコ ロニ ア ル 批 評 は,地 域 固 有 の植 民 地 支 配 とそ の後 の 展 開 を明 らか に し,さ ら に そ れ を

「ポ ス トコ ロニ ア ル な状 況 全 体 」 とい う 「一 般 的 な状 況 」 と と らえ,こ れ に積 極 的 に(か つ政治的 に)か か わ ろ う とす る17)。そ の実 践 者 は,具 体 的 に は,正 典 化(can・nize)さ れ た テ ク ス トの表 現様二式 や レ トリ ッ ク を組 み直 す こ とに よ り,

そ れ らが コロ ニ ア ル な言 説 の 中 で人 工 的 に捏 造 され た もの で あ る こ と を暴 露 し, 現 代 世 界 で普 遍 的価 値 を内在 させ て い たか の よ うに装 い権 威 づ け られ た文 化,

と りわ け 「文 学 」 や 「芸術 」 や 「美 」 とい う概 念,そ こに あ らわ れ た思 想 を読 み直 して い っ た18)。ポ ス トコ ロニ ア ル批 評 が 「新 しい」研 究 領 域 で あ る の は, 従 来 の歴 史 学 が 扱 っ た政 治 的 ・経 済 的支 配 で は な く,言 説 分 析 に よっ て 明 らか

にな る文 化 の側 面 に光 を当 て,こ れ を植 民 地 主 義 的 で あ る と批 評 した点 に あ っ た。

ポ ス トコ ロニ ア ル批 評 に対 して は,冒 頭 で見 た通 り,す で に さ ま ざ まな批 判

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が な さ れ て きた 。 ポ ス ト とい う接 頭 語 を め ぐ る論 争 の ほ か に,研 究 領 域 そ の も の を め ぐ る批 判 に つ い て は,次 の 三 つ の 流 れ を見 出 す こ とが で き る 。

第0に,ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評 は,思 考(文 化,表 象 と言 語)と 現 実(経 済 的 シス テ ム)と の 問 の 関 係 性 を 分 析 で き な い(あ る い は区 別 しな い)と い う批 判 で あ る 。 言 説 に 「物 質 的 現 実 」 が 「存 在 」 して い る とす る ア ル チ ュ セ ー ル の 議 論 を踏 襲 す る こ と で,ポ ス トコ ロ ニ ア ル 論 者 は,帝 国 主 義 とい う よ う な 政 治 的 ・ 経 済 的 に 意 味 の 明 確 な 事 柄 に つ い て 考 え る こ と をや め て し ま う。 ポ ス トコ ロ ニ ア ル と い う 用 語 を 使 う こ と で,「 大 き な 物 語metanarrative/master

narrative」,す な わ ち植 民 地 主 義 の 現 実 で あ る マ ク ロ な 政 治 経 済 の 問 題 に つ い て 考 え る こ と を 回 避 して し ま う の で あ る 。 ポ ス トコ ロ ニ ア ル 論 者 は 文 化 的 差 異 の こ と を 語 る が,経 済 的 搾 取 に つ い て 語 る こ と は で き な い と は,ポ ス トコ ロ ニ ア ル批 評 に 向 け られ た 最 も深 刻 な批 判 の0つ で あ る19)。 ヤ ン グ は,こ う し た事 態 を 「マ テ リ ア ル の 欠 如 」 と呼 ぶ 。

ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評 に 向 け られ た 第 二 の 批 判 は,そ の 形 骸 化 し た 専 門 用 語 に 対 す る批 判 で あ る 。 形 骸 化 し た専 門用 語 は,具 体 的 な状 況 か ら離 れ た 抽 象 論 を 語 る に は 適 して い た 。 事 実,ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評 は,旧 宗 主 国 の 知 的 世 界 で,コ ロ ニ ア ル や ポ ス トコ ロ ニ ア ル0般 に つ い て 論 じて きた 。 遠 く離 れ た 旧 植 民 地 で 起 き た 出 来 事 の 個 別 的 な特 徴 を照 射 し た業 績 は,ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評 に お い て は ほ と ん ど重 視 さ れ て こ な か っ た 。 そ の 一 方 で,個 別 の 地 域 を 扱 う

「地 域 研 究 」 の 専 門 家 か ら は,ポ ス トコ ロ ニ ア ル 論 者 の 使 う専 門 用 語 は,き め て 難 解 な もの と して 受 け とめ られ た 。 こ う した 事 態 を見 て ヤ ン グ は,ポ ス ト コ ロ ニ ア ル 批 評 に お け る 「ロ ケ ー シ ョ ン の 欠 如 」 と呼 ん で い る 。

第 三 の 批 判 は,ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評 とい う研 究 領 域 そ の もの よ り,こ れ を 論 じる 大 物 批 評 家 の 名 声 が 独 り歩 きす る 状 況 に対 す る 批 判 で あ る 。 あ ら ゆ る 研 究 領 域 に つ い て い え る こ と で あ る が,ポ ス ト コ ロ ニ ア ル 批 評 に は そ の 傾 向 が 特 に顕 著 で あ っ た 。 人 び と は,た と え ば サ イ ー ドを 「や ら ね ば 」 と い う プ レ ッ シ ャ ー を感 じ,彼 の 論 文 を読 む こ とで,ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評 を実 践 して い る も の だ と思 い 込 ん で い る20)。

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ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評 ・帝 国 史 ・ア フ リ カ 史(223)

これ らの批 評 の うち第 三 の批 判 につ い て は検 討 す る必 要 は ない 。 あ らゆ る事 象 を 「ポス トコロ ニ ア ル的 」 と呼 んで,テ クス トの 言 説分 析 に没 頭 す る だけ の ポス トコ ロ ニ ア ル批 評 の傾 向 につ い て も,こ こで取 り上 げ る必 要 は ない で あ ろ

う。

形骸 化 した専 門用 語 とい う点 につ い て は,木 畑 洋 一 が 明快 な批 判 を展 開 して い るの で,そ れ を引用 す る だ け に と どめ る。 い わ く,「(ポ ス トコロニアル批評) の 系 列 の作 品 に往 々 に して み られ る如何 と も しが たい 表 現 の 難解 さにつ い て の, 根 本 的 な再 考 が 必 要 で あ ろ う。 … ポス トコ ロニ アル 知識 人 の 自己満 足 の た

め にの み書 か れ た もの で は ない か と思 わ れ る文 章 に接 す る時,こ れ こそ相 手 の 果 て しない受 動 性 を求 め る植 民 地 権 力 の営 為 につ なが る事 態 で は ない か とさ え 思 わ れ て くる。 ポス トコ ロニ ア リズ ムが め ざす もの が,植 民 地支 配 にか らま る 支 配 ・被 支 配 の 思想 ・文 化 の構造 の暴 露 と最 終 的解 体 で あ る な らば,そ の メ ッ セ ー ジ はい まだ に植 民 地 主 義 的枠 組 み を脱 し切 れ てい ない広 範 囲 な人 々 に届 く

もの で な くて は な らない 」,と21)。

他 方 で,ポ ス トコ ロニ アル とい う用 語 に常 に条件 づ け を しな けれ ば な らない の だ とす れ ば,そ もそ もこれ を実 体 概 念 と して とら え る こ と自体 が 的外 れ なの で あ り,む しろ分 析 概 念 と して位 置 づ け るの が妥 当 で あ る。 ポ ス トコ ロニ アル 批 評 とは,歴 史 的事 実 を追 求 す る歴 史学 とはお のず か ら異 な る領 域 なの だ とい う声 もあ る。 しか し,ポ ス トコ 「ロニ ア ル批 評 と歴 史研 究 が方 法 論 上 の 異 な る見 地 に立 って い る とい うこ と と,ポ ス トコ ロニ アル批 評 とそ の 実践 が 現在 の 歴 史 研 究 にい か な る地平 を開 くこ とが で きるの か を考 え る こ とは,ま った く別 の次 元 で あ る と思 わ れ る。

そ う な る と,こ こで 問題 とす るべ きは,ポ ス トコ ロニ アル批 評 の 中 で もや は り歴 史学 とか か わ りを強 く持 つ と思 わ れ る部 分 で あ る。 中 で も,サ イ ー ドの オ リエ ン タ リズ ム論 は,ポ ス トコ ロニ アル批 評 と言 説 分 析 を結 び つ け る 出発 点 と な った だ け で な く,そ の 問題 意 識 が歴 史学 と深 くか か わ って い た とい う点 にお い て,き わ め て重 要 な議 論 で あ った とい え よ う。

い う まで もな くオ リエ ンタ リズ ム論 とは,非 西 洋 世 界 と西 洋 世 界 とい う対 の

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構i図に表 象 ・隠蔽 され た支 配 ・被 支 配 の主 体 を暴 き出す 批 評 理 論 で あ る。 非 西 洋(東 洋)は 実 体 的 な何 か で は な く西 洋 知 識 人 に よ り反 復 再 生 産 され た 表 象=

代 理 抽 出 で あ り,そ う して創 られ た 「わ れ わ れ 」 と 「か れ ら」 とい う二 分 法 (「われわれ」 を映 し出す ための鏡 と しての 「かれ ら」)が,人 種 主 義 や 民 族 主 義,ナ シ ョナ リズ ム の温 床 に な っ てい る。 こ う論 じたサ イ ー ドの著 作 は,ポ ス トコ ロ ニ ア ル批 評 のバ イ ブ ル と もい わ れ て い る。

正 典 化 され た テ ク ス ト ・表 現 を組 み 直 し,支 配 ・被 支 配 の二 分 法 を解 体 す る こ とに よっ て,批 評 家 や研 究 者 自身が 現 在 進 行 形 で生 きて い る ポ ス トコ ロニ ア リテ ィ を解 明 す る ポ ス トコロ ニ ア ル批 評 の営 み は,歴 史学 を も豊 か にす る可 能 性 を秘 め て い る と して人 文 諸 科 学 の垣 根 を越 え て歓 迎 され た。 二 項 対 立 的 な支 配 ・被 支 配 の 権 力 関係 を語 る 「大 きな物 語 」 とい う よ りは,「 しば しば相 互 に 葛 藤 す る語 り,同 時 に並 んで 存 在 す る語 りが 複 数 の層 をな して い る」 歴 史 の ス

タイ ルが 注 目 され る よ うに な っ た。

二 分 法 の解 体 を意 識 し,歴 史 学 が ポ ス トコ ロニ ア ル批 評 の実 践 を積 極 的 に と り入 れ た作 品 と して,わ が 国 で は栗 本 英 世 ・井 野 瀬 久 美 恵 編 『植 民 地 経 験一 人類 学 と歴 史 学 か らの ア プ ロ ー チ』 が あ る22)。そ の 序 論 に もあ る よ う に,「 支 配 者 対 被 支 配 者 の 二 分 法 」 を拒 否 し,「 政 治 経 済 的 な,マ ク ロ な植 民 地 研 究 で は な く,支 配 者 と植 民 地 の人 々が 出会 う個 々 の場 に お け る 『植 民 地 経 験 』 の解 明」 を 目指 した この作 品 は,方 法 論 だ け で な く,「 人 類 学 と歴 史 学 とのX設 な対 話 」 を実 践 して い る とい う点 にお い て も,ポ ス トコ ロニ ア ル批 評 的 な作 品 で あ る。 さ ま ざ まな地 域 と時 期 を舞 台 に した作 品 中 の各 章 は,サ イ ー ドの 『 化 と帝 国主 義 』 が 明 らか に した よ う に23),植 民 地 で の遭 遇 が,人 種 的,文 化 的,

階級 的,性 的 差 異 を どの よ うにつ く りか え た のか を検 証 し,主 体 や ア イ デ ンテ ィテ ィの複 雑 さ,植 民 地 の現 実 に おい て支 配 者 も被 支 配 者 も一 枚 岩 で は な か っ た こ と を解 明 した。 従 来 の歴 史 学 が 光 を あ て な か っ た歴 史 の側 面 を追 求 した

植 民 地 経 験 』 は,歴 史 学 を超 え た植 民 地研 究 に対 す る 関心 を高 め る の に重 要 な貢 献 をな した。

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ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評 ・帝 国 史 ・ア フ リ カ 史(225)

4歴 史 学 か らの レス ポ ン ス

ポス トコ ロニ ア ル批 評 の営 み を意 識 した新 しい ス タイ ル の歴 史 が 書 か れ は じ め た こ と を,歴 史研 究 者 は ど う受 け とめ て い る の か 。 先 に引 用 した 木 畑 は,

「サ イ ー ド及 び彼 に連 な るポ ス トコ ロニ ア リズ ム批 評 」 に は,「 文化 接 触 を も媒 介 と しな が ら歴 史 が 変 化 して い く動 態 が 描 か れ て い」 な い と述 べ て い る24)。

「ミク ロ な物 語 」 を あぶ りだ した 「植 民 地 経 験 」 研 究 も,植 民 地 支 配 下 で もた ら され る政 治 的 ・経 済 的 な支 配 ・被 支 配 とい う権 力 関係 を 「前 提 」 と して い る もの の,権 力 関係 その もので あ る 「大 きな物 語 」 につ い て語 る こ とは 回避 して い る。

木 畑 が指 摘 す る よ うに,植 民 地 主 義 の文 化 的側 面 が,「 大 きな物 語 」 で あ る マ ク ロ な支 配 ・被 支 配 の 重層 的 な関 係 と具 体 的 に どの よ うに連 結 して い る の か を問 う こ とは,ポ ス トコロ ニ ア ル批 評 を歴 史 学 との か か わ りの 中で 考 え て い く 格 好 の機 会 とな る で あ ろ う。 こ こで は,筆 者 が 関心 を持 つ ア フ リカ史研 究 に引

きつ け て,ア フ リカ史研 究 者 が ポス トコ ロニ ア ル批 評 の流 れ を どの よ う に受 け とめ てい るの か を概 観 し,植 民 地 とな っ た地 域 の歴 史 を学 ぶ こ との意 味 につ い て考 え てみ た い 。 そ の う えで,「 大 きな物 語 」 を 「回避 」 しな い こ との 重 要 性 につ い て考 察 した い。

ポ ス トコロ ニ ア ル批 評 の登 場 に よっ て伝 統 的 な歴 史 学 的 手 法 が 批 判 を浴 び た よ うに,ア フ リカ研 究 の 中 で も歴 史 学 に対 す る 関心 は近 年 顕 著 に後 退 して い る 。 か つ て ア フ リカ大 陸 の ほ とん ど を覆 いつ く した植 民 地 支 配 の歴 史 につ い て は, 歴 史 学 そ の もの よ りも,歴 史 を強 く志 向 した人 類 学 や 政 治 学 の 貢 献 が 目立 っ て い る。 この こ とは,先 にあ げ た 『植 民 地 経 験 』 の各 章 の分 担 を一 瞥 す る だ け で

も明 らか で あ る。

ア フ リカ史 へ の 関心 の 後 退 につ い て,わ が 国 の代 表 的 な ア フ リカ史研 究 者 で あ る吉 國 恒 雄 は,そ の背 景 に あ る ア フ リカ の将 来 へ の悲 観 主 義 に注 意 を促 して い る。 吉 國 に よれ ば,飢 饒,貧 困,エ イズ,政 情 不 安,内 戦,腐 敗 な ど負 の現

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{ZZS}

実 を 目の 当 た りに して,ア フ リカ研 究 者 は 「未 来 へ の ま な ざ し」 を失 い,そ こ とが ま さ し く 「過 去 へ の関 心 の後 退 」 を導 い てい る25)。近 年 の ア フ リカ開発 経 済論 や 国 際援 助 論 の興 隆 は,歴 史へ の 関 心 が増 加 した指 標 で は な く,二 つ の 知 の体 系 が 乖 離 した こ との あ らわ れ に ほ か な らな い 。吉 國 い わ く,「 ア フ リカ を開発 や援 助 の対 象 と してみ る知 の体 系 とア フ リカ を変化 の相 にお い て捉 え る そ れ は,本 質 的 にな じま ないJの で あ る26)。

事 実,ポ ス トコ ロニ アル批 評 をめ ぐる諸 問題 よ りも,こ う した ア フ リカの 将 来 に対 す る 悲観 的 な展 望 こそ,ア フ リカ にか か わ る人 び とに とっ て リア リテ ィ の あ る問題 だ とい え るで あ ろ う。吉 國 は,ア フ リカの 将 来 につ い て の 悲観 主義 は,ア フ リカの過 去 に積 極 的 な意 味 を認 め ない あ る種 の清 算 主 義 を導 くこ とに つ なが りか ね ない だ け に深 刻 で あ る と述 べ て い る。 そ して,独 立後 の ア フ リカ にお け る国 民 国 家 の建 設 と近 代 化 の推 進 は,結 局 の とこ ろ茶 番 劇(腐 敗 と独裁), あ る い は悲 劇(紛 争 と内戦)に 終 わ っ た と見 る 「不 幸 な大 陸 」 論 は,か のE・

ホ ブ ズ ボ ー ム の 『20世紀 の歴 史』 にお い て さ え,独 立後 の ア フ リカ を総括 す る 基 調 とな っ て い る と喝 破 す る。最 近 の メ デ ィ ア ・言 論 界 で ア フ リ カの 国民 国家

を ヨー ロ ッパ の二 番 煎 じと見 な し,ア フ リカの美 徳 はそ の非 産 業 的社 会 にあ っ た の だ と見 る懐 古 論 にい た って は,ア フ リカ に は語 るべ き歴 史 が なか っ た とす る最 も素 朴 な清 算 主 義 で あ る とまで述 べ て い る27)。

ア フ リカ史研 究 者 には,ポ ス トコ ロニ アル批 評 と向 き合 う前 に,ま ず こ う し た清 算 主 義,歴 史 の忘 却 とい う事 態 に対 して なす べ き仕 事 が 山積 して い る。独 立 後 の ア フ リカ諸 国 の営 み を 「茶 番 劇 に しか見 えな い人 は,北 とい う遠 方 か ら,

あ る種 の色 眼鏡 を通 して見 て い る人 に違 い な い」 とい う吉 國 の指 摘 を待 つ まで もな く,独 立 後 の ア フ リ カ諸 国 の経 験 を総 括 す る に はあ ま りに も時期 尚早 なの で あ る。 ポ ス トコ ロニ アル論 者 が ポ ス トコ ロニ ア リテ ィ と呼 ぶ独 立 後 の 旧植 民 地 に お い て,保 健 や 医 療 とい っ た分 野,教 育 や言 論,農 村 と都 市,さ ら には ジ

ェ ン ダー,そ して娯 楽 な どの領 域 で,い った い い か な る変 化 が起 こ った の か28)。

こ う した側 面 は,い う まで もな く植 民 地 支 配 と も密 接 に絡 み合 って い た はず で あ り,何 よ りもそ の 歴 史 の解 明 に心 を砕 くア フ リカ史研 究 者 の 耳 に は,「 北 の

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ポ ス ト コ ロ ニ ア ル 批 評 ・帝 国 史 ・ア フ リ カ 史(227)

思 想 界 」 で か わ され て い る ポ ス トコ ロニ ア ル論 争 の声 は な か な か届 きそ うに も な い。

しか し,だ か ら とい っ て,歴 史 学 と して もほ か の学 問 領 域 との共 同作 業 の可 能 性 を拒 み 続 け る わ け に は い か な い で あ ろ う。 支 配 ・被 支 配 とい う二 分 法 的 な 語 りか ら決 別 し,植 民 地 主 義 の多様 な姿 を追 及 す る ポス トコロ ニ ア ル批 評,そ

して これ を積 極 的 に と り入 れ た歴 史 学 のス タイ ル を前 に して,ど う対 応 す れ ば い い の か 。 永 原 陽子 は,「 植 民 地 経 験 」 研 究 は支 配 の 多様 な様 相 を 明 らか にす るが,「 そ こで植 民 地 とな っ た地 域 の歴 史 を真 正 面 か ら扱 う歴 史 学 の意 味 を無 視 して は な らない 」 と警告 を発 して い る。

永原 が 問題 と してい る の は,植 民 地 とな っ た地 域 の 歴 史 や 文 化 を抽 出 す る際 の,ポ ス トコ ロニ アル 批評 の 方 法 そ の もの で あ る とい って よい 。 い っ たい ポス トコ ロニ アル批 評 にお い て は,植 民 地 支 配 の歴 史 だ けが 「ポス トコ ロニ アル 」 な社 会 の もつ 唯 一 の歴 史 だ とい う前提 が働 い てい る こ とが あ ま りに も多 いの で は な いか 。 ポス トコ ロニ ア ル論 者 が ネ オ コロ ニ ア リテ ィだ と考 え る文 化 や 言 語, 芸 術 な どは,植 民 地 主 義 とい う用 語 で は と らえ きれ ない植 民 地 支 配 以 前 の 歴 史 や 文化 との 関係 を も継 承 して い るの はい うまで もない 。歴 史 の 長 い 時 間の 中で 考 えれ ば,旧 植 民 地 の 現在 に表 象 され てい る言説 が すべ て コ ロニ ア ル な もの と

して説 明 が つ くわ けは ない の で あ る。 ルー ンバ も,旧 植 民 地 を植 民 地 支 配 との 関係 にお い て だ け定 義 す る ポス トコ ロ ニ ア ル批 評 の 傾 向 につ い て は きわめ て慎 重 な態 度 を とって い る29)。

要 す る に,永 原 が 喝破 して い る よ う に,植 民 地 とな った 地域 を扱 う歴 史研 究 が,植 民 地 時代 をそ の前 後 の つ なが りの 中 で位 置 づ け る こ とは,「 支 配 す る側 」

と 「支 配 され る側 」 とい う二 項 対 立 ポ ス トコ ロニ アル批 評 が解 体 しよ う と 試 み て きた二 分 法一 を根 源 的 に克 服 す る方 法 の一 つ で あ る とい え るの で あ る 30)。 この こ とは,支 配 す る側 を扱 う歴 史学 と支 配 され る側 を照 射 す る人類 学 と い う よ う に,一 種 の分 業 に甘 ん じて きた歴 史研 究 に大 きな課 題 を要 求 す る こ と に もな るで あ ろ う。 だ が ア フ リカ史 研 究 者 の 中 に植 民 地 支 配 は長 い複 雑 な歴 史 の 中 で の一 種 の 「中断 」 だ と見 なす 人 び とが い か に多 い か を想 起 す る と き,そ

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う した課題 は突 飛 な こ とで は ない と思 わ れ る。 翻訳 も され た 『ユ ネス コ版 ア フ リカの歴 史』 は,植 民 地 時代 を一 つ の巻 に収 め,植 民 地 主 義 が ア フ リカ の歴 史 を定 義 す る こ とに起 因す る歴 史 の 没 落,歴 史 の 平面 化 を克服 す る試 み で あ っ た。

植 民 地 支 配 の歴 史 を前 後 の つ な が りの 中 に位 置 づ け る とい う こ とが,「 ロ ケ ー シ ョ ンの 欠如 」 に対 す る歴 史 学 か らの レス ポ ンス で あ る とい え る な らば,

「マ テ リ ア ル の欠 如 」 とい う問題 に対 して は,歴 史 学 は何 を提 示 す る こ とが で きる だ ろ うか 。

こ こで,先 の 木畑 の指 摘 に立 ち返 りた い と思 う。 木 畑 は,「 ポ ス トコ ロニ ア リズ ム とい うか らに は,植 民 地 支 配 の確 立 の過 程,支 配 をめ ぐる さ ま ざ ま な闘 争 の 過 程,脱 植 民 地 化(政 治的独立 という意味 での狭義 の脱植民地化)の 過 程,さ

ら に独 立 後 の変 化 の過 程 を見 通 す視 座 が必 要 で あ ろ う」 と述 べ て い る31)。永 原 も,「 支 配 ・被 支 配 の対 概 念 を拒 否 し,一 枚 岩 で は ない 面 をあ ら わ し,従 来 の 研 究 が見 落 と して きた歴 史 の襲 を書 き込 む こ とは,そ れ に よ って,全 体 を見 通 す 視 野 が 切 り開 か れ て こ そ意 味 が あ る」 と述 べ て い る32)。「大 きな物 語 」 二権 力 関係 が 「ミク ロな体 験 」 の単 な る舞 台 や前 提 で は ない こ とを問 い 直 す こ と, す な わ ち支 配 の二 項 対 立 を 「脱 構 築」 す る の で は な く,多 様 な 「ミク ロ な体 験 」 を 「大 きな物 語 」 の 中 の重 層 的 な様 相 と して と らえ直 す こ とは,ポ ス トコ ロ ニ ア ル批 評 の流 れ に対 す る歴 史 学 の側 か らの重 要 な レス ポ ンス で あ る とい え な い だ ろ うか。

この点 につ い て は,ジ ョン ・M・ マ ッケ ン ジー や デ ィヴ ィ ッ ド ・キ ャナ ダ イ ン とい うイ ギ リス の歴 史 家 た ちが,そ れ ぞ れ の仕 事 を通 してす で に方 向性 を示 して きた。 マ ッケ ン ジー は,マ ンチ ェ ス ター大 学 出版 局 か ら出 され て い る帝 国 主 義研 究 シ リー ズ の監 修 者 と して,帝 国支 配 の文 化 的 あ るい は意 識 の側 面 につ い て多 面 的 な分 析 を行 っ て きた こ とで も著 名 な歴 史 家 で あ る。 彼 は,サ イ ー ド の議 論 は二 項 対 立 的 な敵 対 性 と して の西 洋 と非 西 洋 の本 質主 義 化 を招 い た と し て,こ れで は歴 史 学 に貢 献 す る こ とは で きな い と論 じた 。 こ う した 二項 対 立 的 認 識 に対 す る批 判 か ら,帝 国諸 地 域 で見 られ た さ ま ざ まな芸 術 に あ らわ れ た オ リエ ン タ リズ ム を個 別 に と りあ げ て分 析 した の が,彼 の著 書 『大 英 帝 国 の オ リ

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ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評 ・帝 国 史 ・ア フ リ カ 史(229)

エ ン タ リズ ム 歴 史 ・理 論 ・諸 芸 術』 で あ っ た33)。そ こで マ ッケ ンジ ー は, 諸 芸術 にあ らわ れ た オ リエ ン タ リズ ム を帝 国 の文 化 的側 面 のエ ピソ ー ドに と ど

め る ので は な く,い ず れ も西 欧 と非 西 欧 の 問 にあ る一 方 的 で は な い ダイ ナ ミッ ク な相 互 関 係 と して と らえ,し か もそ の相 互作 用 が 西 欧 の文化 的 ヘ ゲ モ ニ ー を 多様 化 して い く過程 を克 明 に描 い た 。

他 方,キ ヤ ナ ダ イ ンは,こ れ まで イギ リス 本 国 史 につ い て膨 大 な成 果 をあ げ, 英 国公 文 書 館PROの 評 議 委 員 も務 め た イ ギ リス 史 学 会 の 重 鎮 で あ る。 近 著

『オ ー ナ メ ン タ リズ ム』 で は,統 治 者 で あ る イ ギ リス側 が,異 質 で 多 様 な帝 国 を い か に して ま とめ,そ の秩 序 を どの よ う に認 識 して きた の か を,「 一・つ の全 体 的 な相 互 シス テ ム」 と して と らえ て分 析 した。 そ こで キ ャ ナ ダ イ ンが 問題 視 したの は,イ ギ リス が植 民 地 二 「他 者 」 を創 出 した とい うサ イー ドに連 な る ポ ス トコ ロニ ア ル批 評 の議 論 で あ っ た。 キ ャナ ダ イ ンは,マ ッケ ンジー よ り広 範 に,帝 国 諸 地 域 の文 化 的側 面 を検 討 した。 イ ギ リス 自治 領,イ ン ド,そ の ほか の植 民 地 にお い て,た とえ ば叙 勲 制 度 な どに よって 視 覚 化 され た階層 意 識 や秩 序 観 を分析 し,植 民 地 が イ ギ リス と同 じ(時 には優 れてい る)と 考 えた イ ギ リス 統 治 者側 の 認識 の 前提 を 明 らか に した。 キ ャナ ダイ ンに よれ ば,イ ギ リス は一 方 的 な非 西 欧像 を創 出 したの で は な く,あ くまで もイ ギ リス社 会 を帝 国 に輸 出, 投 影 し,自 分 た ちが見 慣 れ た もので 理解 しよ う と したの で あ り,そ の 社 会 を植 民 地 の側 も信 じ,関 わ り,報 わ れ る こ と を望 ん だの で あ っ た。

マ ッケ ンジ ーや キ ャナ ダ イ ンは,帝 国主 義 の も とで支 配 者 側 が 有 した文化 的 ヘ ゲ モ ニ ー を論 じ,西 欧 と非 西 欧 の二 文 法 的 認 識 を歴 史 の ダ イ ナ ミック な相 互 作 用 と して と らえ た。 二 文 法 的 認 識 を言 説 の 「配 置 換 え」 に よっ て克 服 す る ポ ス トコ ロ ニ アル 批 評 とは似 て 非 な る両 者 の仕 事 は,「 地 域 研 究 」 の他 地 域(本 国)と の相 互 連 関 的 ・包括 的把 握 を通 して,多 様 な 「ミク ロ な体 験 」 を 「大 き

な物語 」 の 中の 重層 的 な様 相 と して と らえ る歴 史 学 か らの挑 戦 で あ った とい う こ とが で きる。

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5む す び に代 え て

吉 國,永 原,木 畑 らが そ れ ぞ れ指 摘 してい る よ うに,植 民 地 とな っ た地 域 を 扱 う歴 史研 究 の 意 味 を問 い 直 し,旧 植 民 地 と他 地 域 の相 互 連 関 的 な把 握 に よっ て支 配 の重 要性 を明 らか にす る こ とは,ポ ス トコ ロニ アル批 評 が 二項 対 立 の 図 式 を解 体 す る営 み に歴 史学 の側 か ら接 近 す る可 能性 を秘 め て い る と思 わ れ る。

だ が そ の よ う な可 能性 を模 索 す る ため に は,や は り支 配 ・被 支 配 の権 力 関係 に 対 す る認 識,そ して これ と深 くか か わ る帝 国主 義 とい う概 念 につ い て きちん と 検 討 して お か なけ れ ば な らな い と筆 者 は考 え る34)。

帝 国主 義 とい う概 念 は,今 日 まで 人文 社 会科 学 にお い て 激 しい論 争 を巻 き起 こ して き た。 だ が そ も そ も こ の 言 葉 は,J・A・ ホ ブ ス ン の 『帝 国 主 義 』 (1902年)以 降,二 つ の世 界 大 戦 を経 験 した 時代 にあ って は,支 配 ・被 支 配 の権 力 関係 に 向 け られ た批 判 の言 葉 で あ った。 永 原 もい う よ う に,そ れ は,自 由 や 平 等 や人 権 とい う普 遍 的 な 「近 代 的価 値 」 と切 り離 す こ とが で きな い言 葉 で あ っ た35)。「植 民 地 支 配 にか ら ま る支 配 ・被 支 配 の 思 想 ・文 化 の構 造 の暴 露 と最 終 的解 体 」 を 目指 した ポ ス トコ ロニ ア ル批 評 も,も と も とは 「大 きな物 語 」=

ヨー ロ ッパ 近代 に対 す る挑 戦 と して誕 生 し,そ れ ゆ え にそ の 「大 きな物 語 」 に と り組 ん で きた歴 史 学 の立 場 を大 き く揺 るが した はず な の で あ る。

そ れ なの に,「 大 きな物 語 」 を 「回避 」 す る こ とに よ って,す な わ ち,帝 の 「場 」 を帝 国 主 義 か ら切 り離 し,支 配 ・被 支 配 関係 を 「脱構 築 」 す る こ とに よっ て,は た して ポス トコロ ニ ア ル批 評 は所 期 の 目標 に到 達 す る こ とが で きた とい え るの だ ろ うか。 そ う した方 法 を と り入 れ る こ とに よっ て,わ れ わ れ は, 20世 紀 の 世界 の諸 相 を批 判 した帝 国 主義 とい う言 葉 に備 わ る普 遍 的 な価 値 に代

わ る何 か新 しい価 値 を提 示 す る こ とが で きるの か 。 こ う した根 源 的 な問題 が, ポス トコ ロニ ア ル批 評 をめ ぐる論 争,ま たそ の洗礼 を受 け た歴 史 学 に突 きつ け

られ て い る よ うに思 わ れ る。

少 な く と も,い た る とこ ろで植 民 地支 配 の 名残 を現 実 の もの と して 目 にす る

(19)

ポ ス トコ ロ ニ ア ル 批 評 ・帝 国 史 ・ア フ リ カ 史(231)

こ とので きる現 在,も っ とい え ば,植 民 地 が独 立 した とい う意 味 で の ポス トコ ロ ニ ア ルの 時代 で あ っ て も,決 して ポス ト ・イ ンペ リア ルの 時代 で あ る とは 思 わ れ ない 現代 世 界 に あ っ て は,帝 国 主 義 が孕 む支 配 ・被 支 配 の権 力 関係 を表 象 の レヴ ェ ルで は な く歴 史 具体 的 に解 明 す る実 証研 究 の 意 味 と役 割 を消却 すべ き で は ない と筆 者 は考 え てい る。

1)本 稿 は,2002年11月26日 に 青 山 学 院 大 学 で 開 催 さ れ た イ ギ リ ス 帝 国 史 研 究 会 に お い て 筆 者 が 報 告 し た 原 稿 に 加 筆 修 正 を 施 し た も の で あ る 。 本 稿 の 作 成 に あ た っ て は,平 成14年 度 文 部 科 学 省 科 学 研 究 費 補 助 金(特 別 研 究 員 奨 励 費)に よ る 成 果 の 一・部 を 使 用 し た

2)木 畑 洋 一 「ポ ス トコ ロ ニ ア リ ズ ム と 歴 史 学(思 想 の 言 葉)」 『思 想 』1999年3月 号, 1頁 。

3)DavidCannadine,OrnamentalismHowtheBγ だ5んSawTheirEmpire,London, 2001.

4)ア ー ニ ャ ・ル ー ン バ 『ポ ス ト コ ロ ニ ア ル 理 論 入 門 』(吉 原 ゆ か り訳),松 柏 社, 2001年,10‑11頁

5)丹 羽 良 冶 編 『関 西 大 学 東 西 学 術 研 究 所 研 究 叢 刊16ポ ス ト コ ロ ニ ア ル 文 学 の 研 究 』 関 西 大 学 出 版 部,2001年,3頁

6)ル ー ン バ 『ポ ス トコ ロ ニ ア ル 理 論 入 門 』,9頁 7)同 上,29‑30頁

8)マ フ デ ィ ・エ ル マ ン ジ ェ ラ 『文 化 的 脱 植 民 地 化 国 際 政 治 の コ ロ ニ ア ル な 構 造 を め ぐ っ て 』(仲 正 昌 樹 訳)御 茶 の 水 書 房,2002年,142‑143頁

g)RobertJ.C.Young,Poshcolonialism:AnHistoricalI刎ro(εz6c琵o物Blackwell,2001, p.59.

10}Ibid.,p.11.

11)ル ー ン バ 『ポ ス ト コ ロ ニ ア ル 理 論 入 門 』,39頁 12)同 上,58‑59頁

13)同 上,59‑61頁 14)同 上,62頁

15)上 野 千 鶴 子 編 構 築 主 義 と は 何 か 』 勤 草 書 房,2001年,296頁 以 下 。 16)ル ー ン バ 『ポ ス ト コ ロ ニ ア ル 理 論 入 門 』,62‑63頁

17)小 森 陽 一 思 考 の フ ロ ン テ ィ ア ポ ス ト コ ロ ニ ア ル 』 岩 波 書 店,2001年,iv頁 18)小 森 陽 一 に よ る と,ポ ス ト コ ロ ニ ア ル 批 評 の 誕 生 に はJ・ ラ カ ン の 精 神 分 析 学 が 大 き な 役 割 を 果 た し て い た 。 ラ カ ン は,植 民 地 支 配 者 と 被 支 配 者 の 関 係 を,比

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