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ライヒスバンクと金融市場 : その政策課題と政策 基盤をめぐって

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(1)

基盤をめぐって

著者 居城 弘

雑誌名 静岡大学経済研究

巻 1

号 1

ページ 3‑27

発行年 1996‑08‑31

出版者 静岡大学人文学部

URL http://doi.org/10.14945/00005825

(2)

ライ ヒスバ ンク と金融市場

一その政策課題 と政策基盤 をめ ぐって一

は じめに

一九世紀70年代初頭 において、帝国の創設が進 め られ る中で、 ドイツの通貨・発券銀行制度の 改革 は様々な困難 に直面 しなが らも進展す ることとなった。70年代 の ドイツ経済 は企 業 の創業 ブーム をともなう空前の好況 による拡張 を遂 げたのであるが、その経済的高揚の終わ りとともに、

長い経済停滞の時期 を経過す ることになった。 この ような好況 とその崩壊、経済的停滞の始 まり のなかで、 ドイツの中央銀行 としてのライ ヒスバ ンクの創設 は、それ までに活動 して きた多 くの 発券銀行 の中で、最大規模 の地位 にあったプロイセ ン銀行 を改組 す ることによって行われたので あった。 ドイツ資本主義の工業化の進展が要請 した、新たな通貨秩序の構築・ 確立 に向 けて、創 業後のライ ヒスバ ンクは、通貨・ 信用制度の中核的な位置 を占めることとなったが、多 くの困難 な問題状況の下で、 しか も制度的な基礎がなお未確立 ななかにあって、過渡期 における様々な解 決すべ き課題 に直面す ることとなった。 ライ ヒスバ ンクを待 ち受 けていた諸困難 には実 に多様 な 性格の問題が存在 していた ことが明 らかにな る。創業直後の金本位制 の基礎が未だ十分 な確立 を みるにいた らなかった時期 の問題や、70年代以降、いわゆる大不況期 の金融市場 の緩慢 さに起 因 する諸状況のほかに、ここで とくに注 目したい と思 う問題 は、90年代後半以降の、世紀転換期か らしだいに明確かつ深刻化 し、同時代 の人々によって『金融市場 におけるライ ヒスバ ンクの地位』

が弱 まって きているのではないか、その ことによって本来、中央銀行が果たすべ き役割が十分 に 発揮 されな くなって きているのでは ないか とい う見方が広が つた ことである。 この問題 は通貨制 度や金融市場 にたいす るライ ヒスバ ンクの影響力、コン トロールの可能性 にかかわ る論点であ り、

ひいては貨幣0通貨制度の基盤 に対 して も深刻 な作用 を及 ぼ しかねない ものであったため、かな

(3)

り広範囲の関心 と危機意識 を募 らせ ることとなった。

ここでの問題 の根本的な性格 は何であるかが問われ ることとなった。そ こにおいてクローズ ア ップされたのは、 ドイツの通貨制度 と発券制度の構造 に大 きな問題点が存在 しているのではな いか とい う懸念であった。そもそもこのような状況 を創 り出 した原因が どこにあるのか、確認 し てお くべ きことは、 ドイツ資本主義の高度蓄積 に ともな う金融市場 と信用制度の構造変化、 とく に民間大銀行の金融市場 にしめる強大 な支配力 によって もた らされた ものであって、そこにおい て、 ライ ヒスバ ンクの地位の低下 とい う認識が生 まれた経済的な背景基礎が明 らかにされなけれ ばな らない。 しか も、 ライ ヒスバ ンクの地位の低下、後退が政策効果 を弱め、政策課題の遂行 を 妨 げることによって、 ドイツ資本主義 は「通貨制度の構造的危機」 にさらされているとい う認識 が広 まったのである。『銀行ア ンケー ト委員会』の設置によって、 ドイツの通貨・信用制度が直面 している構造的な問題点の解明 と、その改革 を巡 って、専門家 による激 しい論議がたたかわされ たのである。 ここで取 り上 げ られた問題 は銀行制度のあ り方、金融 システムのあるべ き方向の検 討 に とって きわめて重要な問題 をなげかけているもの と思われ る(1ゝ

筆者の問題意識 としては、 ライ ヒスバ ンク政策の展開過程 に焦点 を当て、政策展開の基盤 をな す金融市場 と信用制度の構造上の変化が ライ ヒスバ ンク政策 に対 していかなる影響 を与 えたのか を可能 な限 り明 らかにす るとともに、 さらに、政策展開を制約 されその政策効果 を低下 させた こ とによって惹起 された「通貨制度の構造的危機」の解明 を行いたい と考 えてお り、そのため本稿 はその作業 に向けた一ステ ップ としてライ ヒスバ ンクの政策展開の基本的な枠組み と政策課題 を 明 らかにす ること、 さらに創業以後19世紀の90年代半 ばまでの時期 において、 ライ ヒスバ ンク の政策展開の過程 に現れた諸問題 の検討 を行 いたい と思 う。それによって、この後の段階にいたっ て本格的に展開す ることになった ドイツに固有の金融構造の特質 と、そこにおいて顕在化する「通 貨制度 の構造的危機」の検討のための礎石 としたい②。

(注1)こ の問題が ドイツの銀行制度 の特有 なあ りかた、つ まり銀行業務 と証券業務 を兼営 し (兼営銀行制度

)、

産業 の設備資金需要 にたい して も銀行信用の供与 を行 った (産業金融)こと、 こうした ドイツ型金融 シ ステムのあ り方 と深 く関わ っていた ことを明 らかに したい。 その上で さらに、通貨・ 金融制度の危機克 服 のための改革 をめざして行われた「銀行 ア ンケー ト」の広範囲にわたる論議のなかか ら、構造的危機 の原因が どこにあるのか、その克服 のために どの ような改革の方策が提起 されたのか という問題 を次の 検討課題 としたい。

(注2)ラ イ ヒスバ ンクに関する文献・ 資料 は、基準文献 としての、公式の論文集の他、多 くの研究著作が存在

する。ここでは公式著作を以下のように略記する。

pie Reichsbank 1876‑1900、 (Reichsbank、

(1)と

略 記 す る。

)Die Reichsbank 1876‑1910、

Organisation und Geschaisverkehi statistisch dargestellt、

Berlin 1912(Reichsbank、 (2)と

略記

)Die Reichsbank 1901 1925 Bさrlin(Reichsbank(3)と

略 記

)Verwaltungsbericht der Reichsbank、  (Reichsbank (4) 

III記

)

そ の ほか の関連 す る文献 につ いて は、本稿 にす ぐ続 ぃて公刊 され る別稿 の中で一括 して掲載 す る ことと した い。

‑4‑

(4)

(―)ライ ヒスバ ンクの政策的課題

最初 にまず、 ドイツの中央銀行 ライ ヒスバ ンクが どのような政策課題 を担 うべ きもの として登 場 したか、 そ して また、中央発券銀行 としてそれ らの諸課題 の具体的な遂行が、 どの ような客観 的な状況の下で行われ、そ こにはいかなる困難 と問題点が存在 したのかについて明 らかにしてお

こう。

ライ ヒスバ ンクにそっての政策課題 は、70年代 に入 って活発 となった発券銀行 を巡 る諸論議の 中で次第 に明確 な姿 をとるものになっていったのであ り、 しか もそこにおける複雑 に対立 した諸 見解・ 諸潮流の動向が反映 され ざるをえなかったために、いわば妥協的な解決 として、『銀行法』

にその凝縮 された表現が示 され るもの となった。それによれば、ライ ヒスバ ンクは、「全国的な貨 幣流通 を調節・ コン トロールすること」、「支払 いの相殺 を容易化す ること」、 さらに「利用可能 な 資本の生産的充用 を促進す ること」

(『

銀行法』12条)といわば二重 にその課題が明確化 され るこ ととなった。 なかで も、貨幣制度の基礎 をなす もの として、国民的金準備の擁護が最 も重要な課 題 とされた。金本位制 の時代の中央銀行 に とって、兌換性維持 と発券のコン トロールによる通貨 価値安定の制度的条件 として、金準備 の基礎 の強化 とその擁護 とい う目標 が掲 げ られ、 こうして 貨幣制度 としての金本位制 の基礎強化 を前提 として こそ、通貨制度 のさらには発券制度 の安定 の ための中央銀行の諸課題 の遂行 も初 めて可能 になるか らである。兌換性 の確保 の問題 は、発券銀 行 に とっては、それ を保証する金準備の増強 とい う方向での課題 と並んで、銀行券の発行 をいか

に調整・ コン トロールすべ きか とい う発券調整の原理的な問題 に直面 したのであった。L

(1)貨幣流通の調節・ コン トロールについて、

銀本位制か らの移行、金本位制度 の基礎 の強化、 さらに金貨流通の拡大 をはか るためにドイ ツは1873年の『鋳貨法』Munzgesetzにおいて金本位制への移行 を明確 にした。 それ までの各邦 分立 の通貨制度 に代わ るもの として、金本位制Reichsgoldwahrungの 確立 を ドイツの鋳貨改革 の最終 日標 としつつ も、この最終的な確立 に至 る期間において、帝国通貨制度Reichswahrungと

よばれ る過渡的形態の通貨 システムが採用 され ることとな り、そ こにおいて、銀貨の流通能力 を 認 める措置 (銀貨 にたいす る強制通用力Zwangskursが1910年 まで付与)がとられ ることになっ

(注3)ド イツの通貨改革・ 発券制度改革 の過程 について、 ここでふれ ることは出来 ないが、 この点 の考察 は、

かな り錯綜 した発券制度 を巡 る ドイツの歴史的背景の分析が避 け られない と考 えられ る。拙稿 『 ドイツ 発券制度史論序説』(静岡大学 『法経研究』第41巻 1号1992年Reichsbank(1)S.3‑6

(5)

)。

金本位制への移行 を具体化す るために、銀貨流通か ら金貨流通への交替転換、流通銀貨の回収 と金貨 との交換 を実施 し、回収 された銀 を売却 し金の購入 をはか るという措置が進 め られ ること になった。 しか しこの操作 は、折か らの銀価格の低落、不安定の影響 を直接 に受 けることとなっ た。銀価格 の下落が銀売却の際の損失 を拡大 し財政負担 を増大 させ、 このためライ ヒスバ ンクの 銀保有高 を増大 させたため、銀売却政策 は中断せ ざるをえない こととなった。 しか し金準備の増 強 をはかることは、通貨改革の成否 に とって決定的な問題であることか ら、 目標 を実現 させ るた めの様々な試みが行われたのである。金輸入 を促進するため、輸入業者への無利子の前貸 し、金 買い上 げ価格の引 き上 げ (金プレ ミアム政策)あるいは金輸 出を困難 にするための措置等がそれ であるが、いずれ も一時的な効果 しか もた らさなかった。

貨幣流通のコン トロールに とってはさらに、発券制度の改革問題があった。多数の発券銀行が 各地域毎 にそれぞれ活動 していた ドイツにおいては、単一の中央銀行 の下への発券の集中論 に対 して、地域的な利害 とこれ までの既得権 を維持す る見地か ら分散的な発券 システムを擁護す る主 張が繰 り返 されて きた。最終的には既存の発券銀行の取 り扱いが論点 となった。各地の発券銀行 の存続の権不Jを少な くとも形式的実態 において承認 しつつ も、 しか しなが ら、すでにプロイセ ン 銀行が占めるに至 った発券の規模等 にみ られ る支配的地位 を前提 として、プロイセン銀行 を新た に ドイツの中央銀行 として改組 し、全国的な規模で統一的な見地か らの、貨幣流通のコン トロー ルが、改組・ 創設 される ドイツの中央発券銀行 としてのライ ヒスバ ンクの主導性の もとで遂行 さ れ ることとなった。)。

さて『銀行法』 にさだめ られ ることとなった銀行券発行 に関す る基本的な骨格 は次の ようにま とめることがで きよう。

第一 は、三分の一原則 とされ るもので、発券額 の最低三分の一 については正貨準備 Barrvorrat (通用力 ある ドイツ貨幣、金地金、外国金鋳貨、 ドイツの他の発券銀行券、国庫証券)によって 準備 されなければな らないこと、それ を超 える部分 については、割 り引かれた適格手形 によって 準備すべ きこととされた。

第二 に、正貨準備 を超 える銀行券発行 にたい し発券高の総額が割 り当て られた ことである。 そ

(主4) K.R.Bopl、 Die Tatigkeit der Reichsbank von 1876 bis 1914、

(1、

2)Weltwirtschaftliches Archiv

Bd。

20 (1954)S.34‑59u.S.179‑224S.187G.vo Eynem、  Die Reichsbank,Probleme des deutschen Zentralnoteninstituts in geschichtHcher lDarstellung,Jena,1928,S.3‑4

(澄

:5) 詳細日Reichsbank(1)S.3‑7 W.Lotz,Geschichte und Kritik des deutschen Bankgesetzes vom 14.Marz,1875,Leipzig。

‑6‑

(6)

の上で、各発券銀行 はそれぞれの割当額 を超過す る場合 には、超過分 について年五%の発券税 の 支払が義務づ けられた。銀行券発行 の間接割当制 Indirekte Kontingentierungと よばれ るこのシ ステムは、正貨・ 金属で準備 されない銀行券発行の総額 を ドイツ全体で385百万マル クに定 め、

その うち、 ライ ヒスバ ンクにたいす る割当額 は全体の65%、 250百万マル ク とされた。 そしてラ イヒスバ ンク以外の民間発券銀行が将来、発券の権利 を放棄することとなった ときには、 その割 当分 はライ ヒスバ ンクの割当額 に追加配分 され ることとなっていた。 こうしてライ ヒスバ ンクの もとへの発券集中の道がひ らかれていた。 ここで採用 された発券総額の間接割当制 と発券税 のシ ステムについては、その現実的効果や役割 についてさまざまな論議 を呼ぶ ところとなった。主な 論点・主張 としては、(a)この システムは無準備銀行券発行が過度 に増加す ることを抑制 しつつ も、 しか し、イギ リスのような固定的制限 とい う方法ではな く、発券税 による一定の負担 によっ て割当額の限度の弾力化が可能 となっている点である。 ここか らこのシステムの実際の効果 とし て割 当額 を超過 して銀行券 を発行す るさい支払わなけれ ばな らない5%の支払 を回避 す るため に、バ ンクレー トを最低5%に引 き上 げることによ リバ ンクヘの請求 を抑制 させて、結果的に割 当額 の超過 を回避 しようとするきっか けを与 えることがで きるとい うことが主張 された。L

また、(b)イ ギ リスの『ピール銀行条例』が、無準備銀行券発行額 を1400万ポン ドに固定化 した ことによ り恐慌 の先鋭化 を招 いた とい う経験

(「

窮屈なチ ョッキ」)から、その原理 を改作 し て、発券税 と結 びつけることによって利子率引 き上 げを誘発 させ ることを通 じ、通常の割当額 に まで戻す ことが利益であると思わせ る作用が働 いた と考 える。つ まり、<銀行券 の半 自動的調整 の ための手段 としての発券税>とい う性格 を持 っていた と考 えられたのである。)。

(C)いずれにせ よここで、イギ リスの ピール銀行条例 における発券調整のあ り方の是非、妥 当性 について、 どの ように評価すべ きであるかが、 ドイツの発券秩序の構築 に当たっての問題点 とされたのである。いわばイギ リスにおける「通貨論争」の ドイツにおける受容 と継承 の問題 に 他 な らない。イギ リスにおいて、発券 コン トロールの問題が提起 されたのは、物価変動や、周期 的な恐慌 の防止 とい う課題 に深 い関連 を持 つ と考 えられたためであって、発券のあ り方や そのコ ン トロールの可能性や必要性 を巡 って、かの「通貨論争」が展開 された ことは改 めて言 うまで も なか ろう。 ドイツの場合 もほぼ同様 の問題関心か ら論議 されたのであった。

この問題 に関 して ドイツの場合 は、通貨学派 と銀行学派のそれぞれの主張 に対 して、『銀行法』

は、最終的 には、いわば 《含蓄の深い妥協》を行 った とされ る。『銀行法』は一方では通貨学派の

(澄

16) Reichsbank,(1),S.8

(注7)K.R.Bopp,a.a.0。

S。

,185

(7)

理念 によ り全額金準備の理想 を掲 げなが ら、実際上ではこの理念 を制限 しつつ も、金 によって準 備がなされない部分 について、 その発行額 の抑制 を図 る趣 旨での「割当」 を実施 しつつ、その上 で この割当が超過す る状況 においては5%の発券税 の支払が課せ られる。従 って この措置 は一面 では罰則規定であるが、他面 において弾力化規定で もあつた とい うことがで きよう。 しか しまた

『銀行法』 は、銀行学派的な思考の反映 という性格 をも兼ね備 えていた。 それ は全額金準備 によ るのではな く、三分の一準備原則 を容れた事 にみ られるように、流通する銀行券の三分の一 を超 える兌換請求 を受 けることはなかった というイングラン ド銀行の経験 に従 った ことである。 ライ ヒスバ ンクが現実の政策実践 においては、 とくにその指導部 の考 え方の基本が銀行主義 におかれ ていた ことか ら、経済界 の動 きに受動的 に対応 した とされ るのであるが、その ことによってさら に、政策展開の実際の過程で複雑な問題 を生 じることになつた点 は、後 にふれ ることにす る。 さ らに残 りの三分の二 については、二人のよ く知 られた優良な副署名のある手形 によって保証 され るべ きとの規定 もこれに加 えることが出来 る。発券銀行 に呈示 された手形 によって、信用 と貨幣 に対す る取引需要の水準が示 され るとの考 えによる。 そして発券銀行が行 う能動業務 は短期の手 形信用 と短期のロンバー ド信用 に限定 され るべ きこととされたが、 ここで も銀行主義の考 え方が とられていると言 えるが、ロンバ早 ド貸付の位置づ けの問題 は、 ドイツの発券銀行が伝統的に抵 当業務 を重要な二部F]と して展開 してきた とい うことを受 け継 いだか らであったく

8)(し

か し、ロン バー ド貸付債権が発券準備 に加 えられなかった ことについては後 に取 り上 げる必要がある

)。

(2)『銀行法』がライ ヒスバ ンクに課 した、「支払い決済の容易化 をはか る」ことと、勝J用 能 な資本の有効 な利用に配慮する」 という課題 にたい し、 ライ ヒスバ ンクが行 った努力 として注 目に値することは、振替決済機構 の整備 による振替取引の普及拡張 と、それによって現金 を節約 する支払 い取引を育成 した ことであった。振替取引 とは、現金での支払の代わ りに、支払人 の預 金か ら受取人の預金 に支払金額が転記・ 書 き換 えられ るとい うや り方で、支払当事者間の預金の 帳簿上の転記・ 書 き換 えによつて振替 えが行われ ることにより現金節約 を可能 にする支払方法で ある。 ライ ヒスバ ンク振替取引の詳細 については別 に取 り上 げる予定であるので、 ここでは要点 だけを述べ ることとする。 この振替決済 システムによって、同二の銀行 に振替預金の口座 を保有 す る者 の間のあ らゆる支払取引が これ によって銀行帳簿 の振替 によってお こなわれ うることに なった。 ライヒスバ ンクは『銀行法』 に規定 される諸課題 を達成するために、振替取引の育成整 備 によって、現金支払 に用い られて きた貨幣 を振替預金 として吸収す ることにより、結果的には バ ンク自身の現金準備の増強 にも寄与 することとなった。振替預金の拡大 を通 じてのライヒスバ

α主8) Reichsbank(1)S.38‑39105‑122 G.v.Eynern a.a.0。S.10 Bopp a.a.0。S.198 ff.

‑8‑

(8)

ンクの現金準備の強化 は、発券準備の基盤 を増強す るという効果 をもた らす もので もあった。

<経過・ 歴史>ライ ヒスバ ンクがプロイセ ン銀行か ら受 け継 いだ振替取引の経験 はご く小規模 な ものであって、主 としてベル リンに限定 されていた。 ライヒスバ ンクヘの改組 のさい、ハ ンブル ク振替銀行 を引 き受 けることになった。 この銀行 はハ ンブルクの商工業 を中心 に、当所取引 とし ての振替取引 をほぼ完全な形 に作 り上 げていた とされ るのであるが、ライ ヒスバ ンクはその シス テム をその まま受 け継 いだのであった。 しか しライ ヒスバ ンクの振替取引の育成 は、ハ ンブル ク の場合 もそうであったが従来の振替取引がすべて当所取引に とどまったのに対 し、同行の全支店 を振替所?機関 GirOanstalte,T当 初 は 62カ 所、のち1900年には 303カ 所、1910年475カ 所― に 拡張す ることによっ、て、 はじめて隔地間での振替取引のネ ッ トワークを作 り上 げた点 に意義が あった。 これにより、全 ドイツの経済領域 を包摂す る振替決済機構が誕生す ることとなったか ら である。 しか もライ ヒスバ ンクは この振替取引 を手数料 な しで、国民のあらゆる階層 (公共的機 関、1商工業企業、金融機関、農業、あるいは個人)にたい して利用の便宜 を提供 したのであった。

この結果 ライ ヒスバ ンクの振替預金 は預金総額、回座保有者数お よび振替取引額のいずれ を とっ て も急速 に増大 したのである。 しか し、 ここにはい くつかの問題点が存在 した。第一 には、 この 振替預金の性格 についてである。振替預金 はバ ンクに とっては要求払 い預金債務 としての性格 を 持 っている点で、銀行券 との共通性 を もつ ことはあ きらかである。 そ もそ も『銀行法』 は振替預 金 に対す る準備の保持 を法的には定 めてはいなかったのであるが、 ライ ヒスバ ンク指導部の認識 としては、銀行券だけでな く振替預金 も含めた総体 としての要求払い債務 に対 しての準備 を保持 す ることの必要性 を理解す ることとなった。 また、当初、バ ンクは振替取引のサー ビスを手数料 な しで行 って きたが、非 口座保有者 に も振替サー ビスの利用が拡大す るとともに、手数料の徴収 を検討す る必要に迫 られ るようになった こと、 さらにこれ も後の段階で問題 となるのであるが、

民間銀行 とくに信用銀行の成長 とともに、独 自の振替取引が拡大す るようになった ことの影響で ある。 とくに、銀行集中の進展 は民間銀行組織 による振替取引の拡大が顕著 となるだけでな く、

民間銀行の信用膨張 と結びついた振替預金通貨預金の増大が、発券銀行の現金通貨 にたいする需 要の変動 と密接 な関連 を持 つ ようになっていった ことによって、大 きな問題点 となったので あ

0。 後論のために予 め指摘 してお こう。

(3)「利用可能 な資本の生産的な活用 とい う課題」については、中央銀行 の レベルにおける貸 出、信用供与 を通 じていかに達成 されたかが問題であるが、 ここにおいて も、 ライ ヒスバ ンクの 政策 の具体的な展開 において多 くの問題 を生 じさせた。 ライ ヒスバ ンクは この課題 を、国民経済

(澄:9) Bopp,a.a.0。 , S.38 G.v.Eynem,a.a.0。 ,S.24‑28 Reichsbank(1)SS.50

(9)

の各階層 (商工業、農業 その他)に対 す る直接的な取引 を通 じて果たす ことを考 えていた とみ ら れ る。そのため、民間銀行 とライ ヒスバ ンクはここにおいて直接 に競争す る関係 に立つ こととなっ た。だが、中央銀行が貨幣通貨制度の最終的拠点 としての地位 に立 って、通貨供給の任 に当た る 際 に、必然的に生ず る問題が「諸銀行 の銀行」 としての現金通貨供給のコン トロール をいかに遂 行す るかであった。つ まり「最後の貸 し手」 としてライ ヒスバ ンクはいかなる行動 を とるべ きか とい う問題 に直面せ ざるを得 なかった。 しか もこうした問題が貨幣市場の逼迫す る時期 に、危機 的な局面 においてクローズア ップされたのである。 ライ ヒスバ ンクはこうした二つの課題 にたい して、その課題が包含 した ところの予盾 した性格の、内面的な対立関係 について、 どの程度明確 に認識 して いたので あ ろ うか。 この点 はバ ンクの政策 の検 討 に とっての視 点 として重 要で あ (1°)。

ライ ヒスバ ンクはその信用政策 を展開す るにあた り、基本的に、その資産 を確実かつ流動的 に 運用・ 投資することを重視 した。 この点で総体 として、支払信用取引における手形の重要性が際 だっていた。 また とくに強調 してお くべ き点 はライ ヒスバ ンクが、他の国の発券銀行 に比べて も はるか に多 くの地域 にまで広が る支店網 を通 じて、直接 に商工業 との取引を行 った ことである。

そこにおいては、二署名の手形 もかな り買い入れていた とされる。後 に割引業務 の実態 にふれ る ことになるが、基本的な姿勢 としてはライヒスバ ンクが顧客の求 めに対 してそれが適格である限 り、受 け取 った とされ る。ここにみ られ るように、ライ ヒスバ ンクは、割引政策の実際 において、

いわば受動的な姿勢 をとることを基本 としていたのである。 しか し、ライヒスバ ンクの このよう な受動的な政策態度 は、後 にみるように民間大銀行の地位の拡大 を背景 にした積極的な信用拡張 が行われてい く際 に、民間大銀行 の、 ライヒスバ ンク依存の構造の もとでは、大 きな矛盾 に直面 す る ことになった。以上、 ライ ヒスバ ンクの政策の具体的な展開を検討す るに先立 って、同行 に 課せ られた課題 と関連 していかなる問題状況 にあったのか をあ らか じめ指摘 しておいたのであ る。 それ を受 けて、次 にライ ヒスバ ンクの政策展開 を金融市場 の動向 と関連 させつつ考察す るこ とに しよう。

(注10)この問題 はライ ヒスバ ンクの政策的基調 をなす「受動的態度」 と関連 し、 さらにバ ンクの指導部 の銀行 主義的傾 向 によって も促 されたのであるが、後 にふれ るように、諸階層か らのバ ンクにたいす る批判 を 意識 して、自 らに対 す る信用請求 に積極的な対応が とられ ることになった とい う背景 もあった。

S.Flink

Geman Reichsbank and Econonlic Gemany,Chap.II。

,G.v.Eynern,a.a.0。 S.31‑32

―…10‑―

(10)

表 ―(1)銀行券流通総額の推移

(単

位 :1,000マ ル ク

)

(二)ラ イ ヒスバ ンク政策の展開 と金融市場

(1)ライヒスバ ンクの政策 についての考察 に先立 って、いわば政策展開の具体的な様相 をみ てお くため、銀行券流通 と振替取引の現実 。実態 について押 さえてお くことにしたい。

a)銀行券流通の展開

まず ライ ヒスバ ンクの銀行券流通が どのような変動 を示 したのかを確認 し、そ こにおける変動 の特徴 と、それ を規定 している要因が何かについて検討 し、問題の手がか りを探 ることにす る。

銀行券流通総額の変動 についての表 (1)によれば、 ライ ヒスバ ンク券流通 は、創業の後、かな り急テンポでの増加傾向を示 している。 これは全般的な ドイツの経済指標の拡大傾向の動 きと対 応 している。さらに鋳貨総量、さらに、振替取引の動 きな どとも連動 している。言 うまで もな く、

ここで銀行券が通貨構造全体 の中で どの ような位置 を占めているか とい う事 が ポイ ン トで ある が、 さしあた りここでは銀行券流通の動 きに注 目してみたい。

この ような銀行券流通量の変動の原因・ 規定要因 として考 えられ ることとしては、次の ことが あげ られ る。一つは経済の景気変動的要因によるものであって、国民総生産、商品取引総額の変 動 に規定 され る原因がそれである。第二 に、 これは とくにバ ンク指導部が強 く指摘す る点である が、 ライ ヒスバ ンクヘの金流入が銀行券流通 に大 き く影響 を与 えた とい う指摘である。流入 した 金 は最初 にバ ンクで銀行券 と引 き替 えられた ことが述べ られている。バ ンク指導部 は大規模 な金

 

銀行券流通総額

(平

)

銀行券流通総額

(最

大値

)

銀行券流通総額

(最

小値

)

最大値 と最小値 のひらき

曇 恋 鶉

1876‑80 1981‑‑85 1886‑‑90 1891‑‑95 1896‑‑1900 1901‑‑05

1906‑‐10

681025 736868 913407 1007441 1114822 125871 1514515

814303 859388 1160536 1320089 1409945 1682646 2072766

562027 663792 679963 878727 948443 1004827 1200279

258276 195596 480573 441362 461502 637819 872487

37.9 26.5 52.6 43.8 41.4

50。

7 57.6

[出

所 ]:Reichsbank,(2)。 S.41,Tabelle,16.

(11)

[出

所]:Reichsbank(1)。 S.45,Reichsbank(2).S.47,Tabelle,19

[備]:最小値項 目のマイナスは、『銀行法』9条の規定 における過剰準備状態 を示 している

買 い入れ、金輸入が行われた85‑88年の銀行券流通の拡大や、94年の金流入が、94‑95年の銀行 券流通の拡大 に影響 を及ぼ している、 との評価 を与 えている。 しか し、金流入の影響 を無条件 に 肯定す ることは理論的にも問題があろう。基本的な通貨需要の増加要因は経済規模 と取引量の拡 大 によると考 えられ るか らである。 しか しバ ンクの認識、評価 を厳密 に検討す ると、実際、金流 入 と銀行券流通の一方的な関係だけを指摘 しているのではない ことが明 らか となる。 それぞれ、

新 たな経済的な好況の進展の時期 にあたっていた こと、従 って、銀行券発行の変動の主要な規定 要因が経済変動であることを確認 した上で、金流入の変動が一定の影響 を及ぼ していることを指 摘 しているのである(1lL

さて、銀行券流通の変動 において特徴的な ことは「無準備銀行券」流通の変動であって、 しか もその変動が独特 な ことである。(表(2)を参照)総額 としての銀行券流通の動 きは、先 に見 た とお りほぼ一貫 して増加傾向を示 したのであった。だが無準備銀行券の動 きはこれ と異な り、

経済の変動 と対応 して上昇 と下落 をしめす ことが まず第一の点である。 また、年間 を通 じた変動 においては、銀行券総額 と無準備銀行券の変動 は、同様 に貨幣需要の動向を忠実 に反映するが、

いわゆる季末需要 においては、無準備銀行券 は飛躍的な上昇 を示す こと、 ここにおいて無準備券 流通の変動 は季末需要 にたい してよ り敏感 に反応 し、増加 のテ ンポが一段 と顕著 とな り、 その結 果、年間 を通 じた最高額 と最低額 の間の開 き・ 格差Spannungがよ り大 きな もの となっていった

表 ―(2)無準備銀行券流通

(最

大・ 最小・ 平均

)

期間

(年 )

無準備銀行券流通額の変動

最大・ 最小値 のひ らき 1000マル ク

無準備銀行 券 流通平均額 1000マ ル ク

       

年月 日 流通額1000マルク 年月 日 流通額1000マルク

1876‑‑80 1881‑‑85

1886…90 1891‑‑95 1896‑‑1900

1901‑‑05 1906‑‑10

1876. 1 .7 1884。12.31

1889。12.31

1895。12.31 1899。 9.30 1905.9.30 1907.12.31

242201 306551 396058 441683 664633 920285 1098805

1879。 3.23 1883.3.15

1888。 6.7

1895。 2.23

1898。

2 .23

1902.2.23 1909.2.23

‑25350 4082

‑‑170630

‑‑177764

‑28103

‑41388 87905

267551 302469 566688 619447 692736 961673 1010900

102263 117113 73943 48879 228623 278736 457611

(注11)Reichsbank、 (1)、

S.43

‑12‑

(12)

ことである。

この ような現象の原因は どこにあるのだろうか。景気上昇期の貨幣需要の増加 は金属貨幣 と銀 行券のいずれに も影響 を及ぼすが、銀行券が主 として大 きな取引の支払の際 に用 い られ るのにた い して、金属貨幣 は賃金支払 いな どの少額の支払 いにあて られ るため、好景気 における賃金上昇 によってその支払が増加す ることか ら、金属貨幣 にたいす る需要が増加す る。 これにたい して、

比較的大 きな取引額 の支払 いについては、振替取引や手形交換所 Abrechnungsstelleの 発達 に よって、現金節約が進んだ ことか ら、銀行券流通の増大 をおさえる作用が働 く。 しか し、中ない し少額の支払 いのための金属貨幣の需要の増大 に対 しては、 こうした作用効果 はお よばない。 そ の結果、好況期 には国内的な金属貨幣の流通が増大す るとい う傾向を示す ことになる。 それにた い して、ライ ヒスバ ンクの金属準備Metallvorrathは、銀行券の兌換や預金の払い出 し、 さ らに 手形割引による取引需要のために、好況期の銀行券発行の増大 を伴 う時期 に、かな り激 しい減少 をしめす ことになる。 このため、発券の増大 と金属準備の減少が進行することとな り、無準備銀 行券部分の流通額が当然の こととして拡大す ることになる。 ライ ヒスバ ンクの創立以来、年々の 貨幣需要の変動 は著 し く拡大 したが、その変動 を最 も明瞭 に表現す るものが、 この無準備銀行券 流通額の変動 なのであった。

さらに加 えて、無準備銀行券流通の展開における顕著 な事実 は、年間の最高額 と最低額 の変動 幅・ 開 きSpamungが趨勢的に増加 しつつあった ことである。一般的に、景気上昇期 に無準備銀 行券流通が増加の傾 向を示す とい うこととは別 に、年間の流通額の変動幅,開きが拡大す るとい うのは貨幣需要の季節的変動 による。 とくに ドイツの支払慣行 に起因す る四季末毎の貨幣需要、

いわ ゆる季末需要Quartalbedarfの問題 が絡 んで いたた めに、事柄 が一層複雑 になったので あ る。季節的変動の問題 は一時的・経過的な こととして、支払が集中す る特定の時期が経過すれ ば、

再 び貨 幣・ 現金通貨 は還流す るが、一時的 にせ よライ ヒスバ ンクに割 り当て られている無準備銀 行券の割 り当て額の限界 をこえることとなるか らである。つ ま りここで示 した ように、無準備銀 行券の割 当額 の超過 を もた らす、貨幣需要の増加 における二つの性格 の異 なる事態が生 じた とい

うことなのである。

ぃずれの事態 において も、無準備銀行券流通の変動が大 き くなればなるほ ど、 それだ け‐層 ラ イヒスバ ンクにとっては、発券税 の システム とともに、無準備銀行券発行 に関 して もうけられて いる限界 (無税発行割 当分)を守 ることが次第 に困難 になっていき、割 当額 を超過 して無準備銀 行券が発行 され る事態、 したがつて発券税 の支払いに追い込 まれ る とい う状況が頻繁 に生 じるこ とになった。割当額 の超過 というケースが次第 に回数 を増 してい き、その超過の程度 も拡大の傾

(13)

向を示す ようになった。 ライ ヒスバ ンクの創業後 しばらくは、割当額の超過 は生 じなかったが、

80年代 に入 り前半の5年間 に五回の超過、80年代後半か ら90年にかけて、とくに90年には六度 も割 り当て額 を超過する。90年代 の前半 には貨幣需要の停滞のために超過の回数 は減少するが、

95年1900年の飛躍 と好景気の時代 に至 ると、無準備銀行券流通の拡大 と割当の超過の回数 も増 加 し71回を数 えるに至 った。

以上 の ことか ら明 らかなように、無準備銀行券の発行割当超過 は ドイツの発券制度のあ り方の 根本 にかかわ る問題であった。つ まり、発券額の うち正貨準備 (1/3準 備)を超 える無準備銀行券 については適格手形 によって保証準備が保持 されなければならないが、その無準備銀行券発行の 総額が割 当 られた こと、その うえで この割当額 を超過 して発券 を拡大する場合 に、発券税が課せ られ る とい う発券 システムの もとで、周期的にかつ また趨勢的に、現実の発券額が無税割当額 を 超過す ることとな り、超過回数 と規模が拡大す るとい う状況 を前にして、かかる発券制度の有効 性が問われたのであった。その場合、割当額 を超過する貨幣需要の増大の性格が問題 とされる。

経済変動 による経済規模の拡張、取引需要の増加 によるものである限 り、割当による人為的な制 限 は不適当な ものであるとの見解 (バンク指導部)が示 されたが、他方では、 これに対する反論 が提起 された。 また貨幣需要が季節的な変動、季末需要によるものであるならば、一時的、経過 的な需要 として、特定の時期 に限定 して割当額 の増加が認 め られ るべ きとの主張が説得力 を持 っ て主張 されたが、 しか し、季末需要による周期的動揺の問題性 はそれにとどまらなかうた。 これ ,時的、経過的な ものであるとの楽観的な捉 え方にたい して、そのような事態が対外的緊張、

金 の流出 と同時 に生 じた場合の危険性、そして また、1貨幣需要の周期的動揺がバ ンクレー トの引 き上 げを通 じて、金融市場の動揺 を引 き起 こす ことの悪影響 などの指摘が現実 を反映 していたか らである。 こうして問題 は、 より根本的には、 このような割当制の発券規定 その ものに問題があ るのではないか、あるいは割当額の制限のあ りかたや、発券 コン トロールにとっての有効性ない しはその是非 をめ ぐっての論議や、具体的な対策 として、割 当の拡大及 び弾力化 を求める動 き (1899年 BanknOvelle銀行準則 によってライ ヒスバ ンクの割当額の拡大がはか られた)が活発化 す ることとなった(1の

b)次に現金通貨 の節約 と支払決済の容易化のためにライ ヒスバ ンクにより進められた振替取

(注12)Reichsbank(1)S.42‑47 Bopp、

a.a.0.、

S.195‑201、

Eynem a.a.0。

S.48、

イギリスにおけるイング ランド銀行の発券規定は、保証準備発行額が 14oo万 ポンドと定められ、銀行部の準備銀行券としてその

習 異

E子

警 曇 属ネ 讐

:え

よ牙 隼了 女 ば ぁ 皐 嚢

2葬

奪 撃 ξ 讐 愴 換 肇 系馨ど

1を

?:ゑr琴

′ 義ズ 占 零 雷

金井雄一、『イングランド銀行 と中央銀行政策の形成』、

横内正雄、「19世 紀におけるイングランド銀行 とロンドン割引市場00」、『金融経済』、

206、

207号。

‑14‑

(14)

表 ―(3)ライ ヒスバ ンク振替取引

ライヒスバンク

振替預金総額

(年平均、千マルク)

振替取引総額

(千

マルク

)

一勘定 当 り平 均振替預金高

(マレク

)

一勘定 あた り 振替取引高平均

(マル ク

)

振替取引と実施 するライヒスバ ンク支店数 1876

80 85 90 95 1900 05 10

3,245 5,412 6,689 9,074 11,498 14,085 18,257

19。609

70,595 146,739 190,427 248,633 342,324 333,676 402,886 4139135

16,711,245 35,234,255 53,847,522 79,749,501 93,698,268 135,159,940 178,572,654 239.278.106

21,748 27,114 28,469 27,401 29,772 23,690 22,067 21.068

5,149,844 6,510,395 8,050,160 8,788,792 8,149,093 9,596,020 9,781,051 12.202.463

62 81 113 200 241 303 419 475

[出

所]:Reichsbank(2).S.108,109,Tabelle.40。

表 ―141  振替預金勘定 回座保有者の構成

勘 定 数

金 額 勘定 当 りの

振替預 金額

(マル ク

)

総額に対する%

(千

マル ク

)

総額に対する%

農 業 、農 業 経 営 工 業、工 業 経 営 商業 、輸送 、保 険 銀行 、金融機 関 う ち、株 式 銀 行       その他、団体、財団、個人

      (a)

350 7,676 6,276 998 2,453 1,153 504

1.8 39.6 32.3

5。 2

12.6

5。

9 2.6

1,772 71,936 35,845 89,985 53,010 6,159 1.112

0.7 27.7 13.8 34.6 20.4 2.4 0.4

5,063 9,372 5,712 90,166 21,611 5,342 2.208

19,410 100.0 259,822 100.0 13,386

国、州 政 府 機 関 地 方 自 治 体

   (b)

5,296 676 6,975

88.6 11.4 100.0

294,763 8,527 303,290

97.2 2.8 100.0

55,658 12,558 50:760

ロ ユ副

   (C)

19,410 5,975 25,385

76.5 23.5 100.0

259,822 303,290 563.113

46。1

53.9 100.0

13,386 50,760 22.183

[出

所]:Reichsbank‐(2),S.113

[備]:1910年 6月15日の数値

(15)

表―

(D・

振替取引の形態別内訳

v)v?

(1)

現金払込による振替 (2) ̲:

勘定保有者 との決済

131

同 地 振 替

(4)

隔 地 振 替

b) 総振替取引高 振替総額

%%

振替総額 %∽ 振替総額 %∽ 振替総額 %∽

(千

マ ル ク

)

76

80

85

90

95

00

05

・0

6,603,051 13,110,968 19,325,110 22,191,367 17,023,150 27,444,495 34,366,501 38,117,219

39.5 37.2

35。9 27.9 18.2 16.3 15.5 12.1

6,536,736 24,757,088 37,682,332 48,000,951 79.406.984

8。

2 26.4 23.0 21.6 25.3

6,159,551 10,907,342 20,002,487 30,067,972 25,195,307 48,319,271 72,054,889 109.400.478

36。9 31.0 37.1 37.7

26。

9 29.5 32.4 34.8

3,948,642 11,215,944 14,519,924 20,953,426 26,722,721 50,186,210 67,714,474 87.248.004

23.6 31.8 27.0 26.2 28.5 30.7 30.5 27.8

16,711,245 35,234,255 53,847,522 79,749,501 93,698,268 163,632,309

222,136っ

817 314.172.687

[出

所]:Reichsbank,(2),S.104,105,Tabelle.38

引の展開について確認 してお くこととしよう。表―(3)、 表―(4)、 表一(5)から分か るように、

創業以来、振替取引の領域での様々な展開がみ られた ことにより、注 目すべ き発達 を遂 げたので ある。同行の全支店 を振替機関 として、隔地振替業務 も含 めた振替業務 0システムの拡大 によっ て、 ドイツの支払取引は、商工業者間の支払決済だけでな く、民間銀行 も顧客 との限定 された範 囲の振替取引の媒介 において、ライ ヒスバ ンクの振替取引 を利用す ることが、不可欠の こととなつ た。そのため振替預金勘定 回座数の増加 も急テンポで進 んだ。勘定保有者の業種・階層 も、農業

t

商工業、運輸保険、銀行等金融機関、 その他個人、団体、 さらに国や地方 自治体機 関な ど公的機 関 も含 めあ らゆる階層 におよんでいた。振替預金額 をみると公的機関の比重の大 きい ことのほか、

民間部門で最大 なのが銀行等金融機関、中で も株式銀行であることが注 目され る。顧客 との支払 に関する取引が この システムの利用 によって全国にわたって展開 されたか らである。 これにより 振替預金額 も回座数 を上回る増加 テンポを示 した。 ライ ヒスバ ンク振替預金の増減変動 は現金の 預入、引 き出 し、他の勘定 との間での振替転記の他 に、バ ンク と勘定保有者 との間での勘定決済、

つ まり割引手形の代金の貸方記帳やロンバー ド貸付の授与、満期のきた手形やロンバー ド貸付金 の返済、借方記帳 によって も変動す る。つ まりここで、バ ンクの信用供与、貸付業務 と振替勘定 との このような結 びつ きについて注 目してお こう。また、バ ンクは振替取引の育成,拡張のため に勘定非保有者 による振替取引の利用や、振替顧客のための手形の取 り立てを引 き受 けることや、

手形交換・ 清算所 を全国主要都市 にに設置 して支払取引の促進 に向けて様々な試みを重ねた。そ れによって全国規模 で支払い取引における現金節約 をはか ることが可能 にな り、 この結果、発券

‑16‑

(16)

銀行の もとへの準備金 の集中化 によって、中央銀行 の活動能力 を高める効果 をもた らしたのであ る。 しか し、民間銀行の拡張や とくに銀行集中の進展 とともにくそれ らの民間銀行組織 の支払決 済機構が役割 を増大 させ るとともに、 ライ ヒスバ ンクの振替機構 はかな り影響 を受 けることとな

るのであるが、 この点 は、後 に再 び取 り上 げることとなろう(10。

(2)  ライ ヒスバ ンクの政策展開の検討

ライ ヒスバ ンクの創立以後、1914年までの時期の ドイツ経済の展開 を概観す ると、90年代 の半 ばを境 とす る二つの時期 に分 ける ことがで きる。その前半期は70年代初頭 の世界的な好況 と創業 ブームの崩壊後 の、長期 にわたる経済的停滞の時期 である。市場 にお ける価格の低迷 と経済取 引 の増加 テンポが低水準 に どどまった ことは、企業の収益動向を規定 しただけでな く、金融市場 に おける貸付資本の需給 に対 して も長期 にわたる供給圧力 を加 えることとなった。 この ような景気 状態 は、世界的なスケールでの「大不況」の一環 で もあって、重工業 を中心 とす る産業 の集積・

集中運動や産業構造への転換期の状況 を反映す るものであった。過剰 な生産能力 を抱 えた重工業 経営の相互間での競争構造の転換 の過程で もあったわけである。

創立直後のライヒスバ ンクをとりまく状況 としては、国内の金融市場において長期にわたる経 済的停滞による過

dljな

貸付戸本の供給の増加 と、設備投資需要の低迷から金融の緩和状況が支配 的なもの として現われた。それに対 して、 ドイツ経済の国際的関係は、対外貿易の領域において なお外国か らの輸入超過の状態にあり、貿易収支の逆超 と為替相場の不安定な状態が続 き、 しば しば金流出の危機 に脅かされるというのが現実であった。 このような状況によって、 ドイツの金 本位制がいまだその基礎の弱体 さ̀未成熟さを克服 しえてはいなかったことともあいまって、ラ

イヒスバ ンクの活動の基礎を著 しく不安定なもの としたのであった。

国内的な貨幣流通の領域で、金貨の流通を拡張するという課題 も、ライヒスバ ンク保有金の不 足から、ただちにその目標が達成されることとはならず、銀貨の流通を下定の過渡期の間、通用 力ある貨幣 として認めるという、補完・ 併存状況が続 くこととなった。 ここから、金本位制の基 礎を強化することが何 よりも差 し迫った課題 としてバ ンクの基本的な行動を規定することとなっ た。すでにのべたように銀回収 と金購入政策が銀価格の低落により困難に直面 したことから、様々 な金増強・集中策が とられたのであった。そのような努力にもかかわらず、ライヒスバ ンクには、

金融市場 を支配 した緩和状態のもとで、市場の動向に対 して影響を及ぽす という点において、バ

α主13) Reichsbank(1)S.50‑74、  G.v.Eynem、 a.a.0.、 S.24‑26

(17)

ンク と市場 との関係の希薄化ないし疎遠化 と呼ばれる状態が現れたのである(10。

a)金融緩和の時期のライ ヒスバ ンクの活動

ライ ヒスバ ンクの活動の考察 に とっては、その信用供給が、基本的に手形割引 とロンバー ド貸 付 を中心 に行われた こと、 とくに手形割引の形態が圧倒的部分 を占めた ことか ら、 ここではライ ヒスバ ンクの割引業務の展開に焦点 を当てててみてい くことが必要である。 ライヒスバ ンクの業 務活動 はベル リンの本店の指導の もとに全国に広が る支店網 を通 じて展開 された。 ライ ヒスバ ン クがプロイセン銀行か ら引 き継 いだ182の支店数 は1914年には487に拡大 し、ドイツ全土 に支店 網が きわめて広範囲に拡大 した ことが特徴であって、 しか も本店での業務 と並んで各地域 の支店 がかな り独 自に活動 を行 っていた ことである。た とえば割引業務ではベル リン本店での買い入れ 手形 の比率 は20%程度 を占めるに過 ぎない。従 つて各地の支店が現地の諸銀行や産業界 とのさま ざまな関係 の中で具体的な業務が展開 された こと、 したがって各地方の金融市場で、諸銀行 と競 争関係 に立つ こともしば しばであった。 このためライヒスバ ンクの業務 の実態 をみる際 には、常

に本店 と支店の こうした状況 をふ まえることが必要である(1つ

(注14)Reichsbank、 (1)S。127‑132

(注15)支店 力滞」益動機 に傾斜 した り本店 の意向に添わない営業態度 をしめす ことが しば しばあった ことについ ては、

Bopp、 a.a.0.、

S.40そ こで指摘 されていることであるが、利子率 は本店で決定す るので、支店 は 取 引量 の拡大 において独 自性 イニ シアチプを発揮す る傾向が しば しばみ られた、 この結果バ ンクの抑制 的政策 と衝突す る とい うことが生 じた とい う。

表―(6)ドイツの手形取引

(振

出・流通)とライヒスバンク

(買

入・ 保有額

)

ド イ ツ 国 内 手 形 振 出 平 均 的 手 形 流 通

 

うち ライ ヒスバ ンク買入

 

ライヒスバンクポートフォリオ平均 百万マルク (百万マルク) 総額に対する比率

HE-" )v)

(千マルク)

%(総

額に対する) 1876

80 85 90 95 1900 05 10

12,374 11,558 12,060 14,020 15,241 23,304 25,507

31。

005

4,123 3,485 3,559 5,425 5,166 8,552 8,947 10,844

33.3%

30.1 29.5 38.7 33.9

36。7 35.1 35.0

3,169 2,960 3,089 3,590 3,903 5,968 6,532 7,838

401,238 336,142 364,795 528,722 571,355 773,427 875,723 853.798

12.7 11.4 11.8 14.7 14.6 13.0 13.4 10.9

[出

所]:Reichsbank(2)。 S.161

‑18‑―

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