安心・安全教育ツール開発の手がかりを求めて
著者 鈴木 清史
雑誌名 アジア研究
巻 6
ページ 141‑148
発行年 2011‑03
出版者 静岡大学人文学部アジア研究センター
URL http://doi.org/10.14945/00006837
安心・ 安全教育ツール 開発 の手がか りを求めて
鈴 木 清 史
は じめ に
グローバル化 の波 は、地球上の至 る ところに押 し寄せている。各地で、人び とがそれま で経験 した ことがない よ うな事象やモ ノが怒濤 のよ うに流入 してい る。
興味深 い ことに、 日新 しい、今 まで見た ことも経験 した こともない事象やモ ノに対 して、
人び とが とる対応 は洋 の東西 を問わず類似 している。それ は、まず は 「前例」 を当てはめ る とい うことである。つま り、従来のや り方 を、新 しい事象やモ ノに適用 してい くことが 多いのである。
た とえば、パ キスタンの農村地 区を歩いていると、道 ばたや風 の吹きだま りが、色 とり ど りにき らき らと光 つてい る光景 を 目にす ることがある。 これ は レジ袋やチューイ ングガ ムな どのプラステ ィック系の包装紙が太陽の光 を反射 させてい るのである。
村 の人び とは、実 に無造作 にプ ラステ ィ ックの包装紙 を捨ててい く。それは、かれ らが 環境保全 の意識 が低いか らそ うしてい るのではない。かれ らは普段食 してい るオ レンジや サ トウキ ビの皮 を捨てるの と同 じよ うな感 覚で、プラステ イックや ナイ ロンの包装紙 を捨 ててい くのである。 自然の恵みの果実や農作物 は、放 つておいて も時間の経過 とともに土 に戻 る。人び とは、 この経験 を新 しく流入 してきた化学製 品の素材 に当てはめてい るだけ なのである。残念なのは、新 しい素材 の包装紙 は分解す ることな く (あ るいは分解す ると して も、果実の皮の何倍 もの時間がかか る )、 風 に吹 き飛 ば され てい く。 ただ、人び との 目には、オ レンジの皮 と同 じよ うに 「姿 を消 した」 と映 るのである。
従来か ら慣れてい る行動 に変化 をもた らすためには、新 しい事象やモ ノについて、それ な りの知識 があれ ば よい とい うこ とになる。 したがつて、プラステ ィック系の包装紙がゴ ミで ある とか、ペ ッ トボ トル が再利用 可能 である とい う知識 が定着 し、それ に対応す る施 設や備 品 (ゴ ミ箱な ど )が 整 えば、人び との行動が変化す るのは容易 に想像 できる。
た とえば、 日本で もかつては ゴ ミのポイ捨ては 日常的風景だった。 もちろん今でも無造 作なポイ捨てをみ ることはある。信号待 ち してい る自動車の運転席 ドアが少 し開いた と思 つた ら、たばこの吸い殻が大量に捨て られ るとい うのを目の当た りにす ることは珍 しくも ない。 それで も、それがこそ こそ とした行動 になっているのは、人び とに多少 の罪悪感 が ある (は ずだ )か らだ ろ う。 わた した ちの 日常生活 では、 「ポイ捨 てはや めま しょ う」 と い うよ うな意識 向上 を 目指 した標語が至 る所で 目につ く。 こ うした ことが効果 をあげてい るため、吸い殻 (そ れ も車内にたまった山のよ うな )を 交差点の信 号待 ちの間に捨てると い う行為 が堂々 としているよ うには見 えないのだろ う。行為者 は、 自分の行為の意味 (と
がめ られ るか も しれ ない )を 認識 してい るだろ う。つま り、 これ は、ポイ捨てが望ま しく
ない と言 う知識や経験が、人び との行動 に影響 を与 えてい るので あ る。
知識や経験が生活す る上での意識や行動 に変化 をもた らす とい うことを前提 して、筆者 は、ある研究会で、発展途上国での環境保全への意識 高揚教育 ツールの開発 の可能性 を検 討 している。 これ は環境保全の必要性 と、その活動が 自分たちの生活の安心・ 安全 につな が る とい う知識 と意識 を住民に定着 させ るための教育手法 と材料の開発 を 目的 としてい る 研究である。現在 、対象 としてい る地域 は、筆者 の友人が暮 らすパキスタンイスラム共和 国のパ ンジャブ州 の農村 である。
2010年 の夏、小学生 を対象 にゴミの分別意識 を調べ るこ とに した。そ してその準備 を していた矢先 にパ キスタンでは未曾有 の大洪水が発生 した。人び との生活は破壊 され、生 命 の危険に直面 した。
筆者が調査 を行 な う予定であつた農村は洪水か らは免れ ていた。 しか し、 この 自然災害 のニュースを受 けて、 ゴ ミの分別 による環境保全 を通 した 「安心・安全」だけでな く、災 害か ら身を守 るための 「安心 0安全」教育 も必要であるこ とは明 らかだつた。
そ こで 2010年 の夏の調査では、ゴ ミ分別 を通 した環境 に関わる問題 に加 えて、 自然災 害についての調査 も試み ることに した。本稿 では、 この中か ら災害への安全意識 に関わ る 部分 を取 り上げる。
調 査
今回の調査では、吉り ││ら が考案 し、 日本損害保険協会が認定 している防災教育 ツール で ある 「ぼ うさいダ ック」 を用 い ることに した。防災 とは、人び とに損失や害 を もた らす事 象 にたい して備 えることである。確かに、すべ ての害 (ハ ザー ド )を 予想 し、それ に備 え るとい うことは不可能で ある。む しろ損失や損害 を最小限に抑 える 「減災」のほ うが よ り 現実的な表現か も しれ ない。 しか し、人間の生活が安全確保 を前提 として営まれ てい る以 上、防災 と減災は同 じ姿勢 で取 り組まれている と考 えて よいだろ う。
防災や減災は事前 の備 えや対応だけではない。全体 としては、 「予防 0適 応・備 え・対 応・復 旧と修復」 とい うサイ クルがある。 これ らは、害が発生す る以前、発生 中、そ して 発生後 とい う 3段 階 を示 している。
その中で重要な位置 を 占めるのが、 「こと」が発生 した際 にす ぐに対応す る、 あるいは 反応す る 「一次対応行動」 (the irst action to take/the irst moce)で ある (吉 り
││2005)。 つま り、地震が発生 した場合 、身体 を保護す る姿勢 を とる とか、火事 が起 こっ た際 には煙 を吸い込まない よ うに して身をかがめて迅速 に現場 を離れ る、 とい うよ うな行 動 をい う。
適切な対応 をす るためには、具体的な事象 とそれ にふ さわ しい行動 とい う知識 お よび論 理的思考が必要である。吉り ││ら は、こ うした行動 の教育はゲーム形式の教育 ツール を利用 す ることで年少期 の子 どもたちに教 えることができる とい う (吉 メ │12005:118‐ 119)。 そ の 目的で考案 され たのが 「ぼ うさいダ ック」である (日 本損害保険協会 )。
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この教材 は全部で 蓋 0枚 の A4サ イ ズのカー ドか ら成 る。表 に災害 (あ るいはそれ をラ
│き起 こす とされている民間伝承 )の 絵 、そ して裏側 に
l―l、 それ ぞれ の害に対 してふ さわ し い とされてい る (一 次対応 )行 動 であ る (図 1と 置 )。
罐骰 ダ 鸞臨 婚嶽
図 1 ぼ うさいダック (地 震 と対応行動
)図 Z 防災 ダ ック (か みな りと対応行動
)援用者注 :図 1、 図 2と も、左 にハザー ドそ して右 に対応行動 が描かれてい る。
轟な彗 f鸞 廊彎軋
軸
このカー ドは、児童 に表面 (ハ ザー ド )を 見せ て、それに対応す る身体行動 を覚 えさせ るこ とを 目的 としてい る (裏 面には望ま しい行動が描 かれてい る )。 身体運動 を何度 も繰
り返す ことで、身 についた知識 を行動へ と変 えてい くのである。知識 を行動ヘ (knowledge to action)と い うことである。
このカー ドの教育効果 を高 めるには、実際に児童 に提示 し、適切な行動 を覚 え させ ると い う練習 が望 ま しい。 しか し、今回のパキスタンでの調査では、教室な ど条件 に配慮 し印 刷物 を とお して、ハザー ドとそれ に対す る行動 を線 で結が とい う選択形式の クイズ・ ゲー ム とした。全部で 12あ るハザー ドの中か ら 5つ を選び、それぞれのハザこ ドの絵 にふ さ わ しい対応行動 を示 した (図 3)。
ハザー ドを 5つ に限定 したのは、 日本 とパ キスタンの文化差 を考慮 したか らである。
た とえば、路地か ら大通 りに出るときは左右 を見 よ うとい う事柄は、 日本 の都市部では通 用 して も、 この農村で は必ず しも当てはまるわけではないか らである。また、洪水 に して も、 日本 では長靴 で装備す るのが普通だが、 2010年 の大洪水 を伝 える国際ニ ュースの映 像 では、パ キスタンの人び とがサ ンダルや裸足で避難 していた りした。 こ うした事情か ら 今回は項 目を選ぶ ことに した。
今 回の調査の 目的は、ハザー ドに備 えた (第 1次 )行 動 を習得 させ るこ とではない。
む しろ教育 ツール を開発す る とすれ ば、 どの よ うな情報 を組み入れ ることがのぞま しいの かを調べ るための予備調査であった。 同時に、 日本での防災教育ツールが どの程度理解 し て もらえるのか を確 かめるのが 目的であった。
調 査 地
今回訪 問 したのは、パ キスタンイスラム共和国北東部 に位置 し、イ ン ドと隣接す るパ ン ジャブ州の U村 である。州都 ラホールか らカ ラチ につ なが る国道 を 300キ ロメール弱南 西 に下つた ところにあるヴェハ リ県ブ レワラ郡 にある。
パキスタンの地方行政単位 は、州の下に県があ り、 1つ の県には 3〜 4つ の郡lTehsiDが ある。 この郡 は、地方行政 の最小単位 となる地 区 (UniOn Council:以 下 UC)か らなる。
そ して、 UCは 普通 10く らいの村← illage)で 構成 され ている。 なお、郡 内の UCの 数 は 地域 ごとに差がある。 その中で も、今夏は 85地 区を訪れた。
1998年 の国勢調査 に よる と、 この地区の総人 口は 1万 9677人 (男 性 1万 203人 、女 性 9474人 )で ある。 この うち、選挙権がある数 は 1万 922人 で、人 口の半数 が成人であ
る。総世帯数 は 2877で あるか ら、 1世 帯の平均構成人数 は 6.8人 である。
地 区の人び との職業 は、農業が主体である。給与所得者 の場合、政府・ 自治体関係 であ り、 自営業 の場合 商業が中心 である。熟練工は、 自動 車整備 を含む生活関連機器 の整備士 な どである。
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女 学 校 に て
調査 に協力 して くれたのは、ブ レフラの野の女学校 であつた。 この学校 は、筆者 の友人 の担父で、パ キスタンの共摯国国会識員 だろた人物が 量 9熙 6年 に開設 した。 もとも とは、
地域の有力者 だった、 こり入物 メ私財 を投 じて開設 した施設である。現在 は公立の扱い と なつてい る (ち なみに、友人 の極 父 は 最 98懸 年 に男子校 を近隣に聞設 してい b)。
この学校 は小学校 と中学校 の合 同学校 である。 霧本 の教育制度 にあてはめると、ノ 』 ヽ 学校 灘年か ら高校 量年 に相 当す る学年 の生徒 を対象 に授業 を して
i/・る。生徒 たちは、 この学校 周辺の 2つ の村 に住む。
筆者 が訪 間 したのは 愈〇 %年 1月 ZΨ 日であつた。校
F電は巌重 に警備 されていた。村 の 住 民はほば鵜互 に顔見制 であるため、部外者 の訪 間、特 に外 国人 で男性 の講間 とい うは 珍 しい ものだつた。
学校 の代表者 である校長 を筆頭 に教員 は全部女性 である。最初 の挨拶 の ときに も教員 と の握手 は控 えるよ うに と通訳者 に助言 された。
ゲー ムを実施 させてもらえたのは、 /1k学 校 8年 か ら 5年 までの合 同クラスであつた。
内訳は 3年 生 機 8人 、 4年 生 と 6年 生があわせ て 豊菫堪 で、全員メ女生徒であった。
図 6 女学校 の教室棟犠 者撮影
:な010年 1月 )
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生徒全員には図 4の 「ば うさいダック」を Fll届 じした用紙 を配布 した。筆者が英語で説 明 し、それを通訳者がバンジャブ語 に訳 した。質問は用紙の上部 に配 した わつのハザー
ドとそれぞれのふ さわ しい行動 を線で結ぶ、 とい うものである。
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ハザー ド 左 か ら 洪水、地震、誘拐、
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