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東南アジア保険制度調査論

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東南アジア保険制度調査論 37

東南アジア保険制度調査論 一その方法を求めて一

星  野  良  樹

ま え  が

 「今日の東南ア諸国の保険事情はいかに」という問題が私達に与えられるとしますと,

東南ア諸国に支店支所を持っているかあるいは直接的間接的にも保険取引に応じている人 々には,その実態がいかなるものかヨク知るところでありましょうが,そうでない人々に は,多分未知のものでしょう。未知となっている理由には多々ありますが,それを整理し

ますと,

 C)東南ア諸国の保険事情に関する文献が少ないと言ってよい。

 (2)先進諸国の保険については,文献もさることながら,それにつき相互に吸収するも  のが大きいこと,

となります。

 筆者自身の見聞の狭さも手伝っていますが,アジア諸国(東南ア諸国を含む)の保険事 情について論究し紹介されたものは十指を余すほどです。そこで,なぜにこのような理由 に帰するのかという問題意識により以下述べて行きますが,一見したところ全く違った2 つの理由も,(1)から(2)への関連づけは問題意識の上からも必要なことですし,また関連づ けすることが,東南ア諸国の保険の発展と当面する問題を追うことが出来るのではないの かと思うからに他なりません。

      〔1〕

 「東南ア諸国の保険事情に関する文献が少ない」というこの一見何の変哲もない理由に は,実は多くの問題を含んでいると考えます。そこで,東南ア諸国に共通にみられる点を 述べることからそこに立入っていくことにしましょう。ただ,東南ア諸国の保険事情を以 って,保険も後進国なのだと一概にかたづけることは,言葉のうえからも疑問視されそう ですが,経済社会開発状況からすれば(C.Wilcox, The Planning and Excecution of Economic Development in Southeast Asia。1965.しそういう言葉使いも許される のではないのかと思います。

ω〔保険は社会・経済活生の安定を促進する。〕繭ア細ま,有数環界文倣明の発祥の堰ひかえて

いるにもかかわらず,ヨーロッパ諸国およびアメリカのように,今日の進んだ保険制度を,

(2)

なぜ育成することができなかったのでしょうか。周知の通り,保険は私達の社会生活,否,

経済生活を営む上に介在する多くの危険の存在を前提としてはじめて成立するものであり,

その危険発生を予防するとともに,その結果を軽減するものであります。だからこそ,古 諺に「危険なければ保険なし」 ( Ohne Gefahr, keiRe Versicherung. )として伝えて いるものと思います。ですから,本来,保険は民族的差異や生活階級の差異によるもので 決してなく,降れもが社会・経済生活を営む上に要求し,要求されるところの社会的経済 的仕組であり,要求し,要求されるところの社会的経済的仕組であればこそ,救済施設と して,保険相互組合・相互会社として,更に保険株式会社として,長い世代をついやしつ つ発展してきているのです。そしてこのような機関を枢軸として,保険団体(Versicher ung gemeinschaft)が結成され,その内部においては保険の技術的側面を通じて,「互

助共済」という作用があるのです。

 民族的差異や社会階級的差異等によって保険が成立つものでないならば,一体何が原因 となって東南ア諸国が保険後進国といわれるのでしょうか。東南ア諸国の事情は,各地域 により著しい隔りがあるとするならば,ヨーロッパやアメリカにもその隔りはあります。

ヨーロッパやアメリカを保険先進国として一括するならば,東南ア諸国をも一括して,そ の共通性をみいだすことも許されて然りであります。そのためには,ヨーロッパ。アメリ カ等の保険発展段階を,そしてそれぞれの国々の経済的社会的そして政治的発展過程を考 えるとともに,保険を人々がどのように育成して来たかを忘れるべきではないでしょう。

ここで,ヨーロッパ・アメリカの保険発展史を述べるつもりはありませんが,保険先進国 といわれるようになるためには,社会的経済的なそして政治的な安定を徐々にではあるが,

自らのために築き,教育の普及と共に保険先進国として今日たらしめているのです。その 努力は今日においてもなお続いております。日本は保険先進国の仲閥入りを,欧米諸国と 比較すれば短期間のうちになしとげておりますが,初段階においては苦難苦行の時代をへ ております。東南ア諸国のうちでもタイ国は古くから独立し発展してきており,また植民 地時代から脱却して独立してきているインドネシヤ。ベトナム等はいずれも社会。経済開 発途上の国々ですので,近代的保険制度が確立されるまでには,それ相当の努力が必要な わけですが,先進諸国がそれを第三者的に放置して,自力で確立させるようにすることは あやまっています。そのためには先ず,保険思想の普及が必要ですが,しかしこの保険思 想は,そう簡単に普及出来るものではありません。ましてや文盲が国民の大部分を占める 東南ア諸国にとってはなおのことです。そこで公官庁が中心となって保険事業を運営し,

他方では一般教育制度を確立しつつ,保険思想の普及に努め,先進諸国の保険制度をどん どんとり入れ自らで消化して行くことです。幸なことに,東南ア諸国の多くが生命保険・

社会保険を公官庁中心として強制加入による相互保険制度の設立へと努力してきており,

他方,保険監督法等の制定により行政指導を行なって保険事業の秩序を徹底せんと努めて

きているのは喜ばしいことです。と同時に,国内,国外問題でライムライトをあびている

(3)

東南アジア保険制度調査論 39

段階において今後の変遷iが注目されます。

 今日の東南ア諸国は,その共通してみられるところが,社会的経済的そして政治的安定 性を維持することに日夜を費しております。インドネシヤ,南ベトナム,カンボジヤ,ラ オス等の政経不安定諸国などは説明する以上に明らかなところです。保険はそれらの安定 性(socia1, economical and political stability)を促進し維持する役目は果しますが,

それを打ち消すほど安定性が欠いているようです。植民地時代から独立国へと進んで来た 国々によって多くを占めている東南ア諸国の歴史から容易に理解されるところでありまし

よう。

@〔東南ア諸国の保険制度変遷についての考え方。〕繭ア調1こ保険鞭が,粧に至るも全く存在しないの かというと,決してそうではありません。植民時代をすごしてきたとはいえ,古くはギル ド的小相互救済施設が結社形態をとって存続していた時代があったからに違いないからで す。何となれば,現地人平らの生み出した保険制度かどうかは断定することを揮りますが,

東南ア諸国への華僑の進出,そして彼等の商業圏の拡大に伴ない,中国から,そこに古く から存在していた商人ギルドによる相互救済施設も入っていったに違いないと考えるから です。小林良三氏。「東南アジア社会の一一類型」 (日本評論社,1949)および執筆者?・

『植民地の独立』 (岩波講座,1963)の指摘するように,東南ア諸国における華僑はその 経済的活動が,金融。商品経済的であります。金融経済活動は,その地域からすれば,都 市部に集中されており,農業経済活動も市場中心的な非アジア的小商品的農業生産活動を 行なってきているからです。従ってまた,アジア大陸に古くからあった野宮ギルドに1よる 救済制度も原始的なものからドイツ流のギルド的なものまで存在していましたから,それ

らが何等かの形を通して流入していったと考えられるからであります。

 現在の東南ア諸国の保険は一般保険会社により或は国営保険や保険協同組合により営な まれていますが,それも国状によりまちまちです。しかも,東南ア諸国の殆んどが植民地 時代を経ておりますので,ヨーロッパ諸国の統治下にあった頃,統治国商業取引政策の一・

環として,当該国の保険制度が商業取引中心地に当然入っていました。インド・マレーシ ヤにおけるイギリス保険会社,インドネシヤにはオランダのそしてベトナムにはフランス 系のといった具合にです。それも保険取引のための法律的手続ていどのものでしょう。17 世紀に入って,それぞれの国が貿易促進のため「東印度会社」を設立しておりますので,

保険取引といいましてもこの場含海上保険取引がその中核をなしていたと見倣してよいで

しょう。

 華僑の商業圏拡大に関連してではありますが,相馬勝夫氏・「亜細亜の保険普及策」 (

横浜高商論文集,1943)が指摘しておられますように「支那の商人ギルドがインフレーシ

ョン対策として行なう所謂テール・システムは七年戦争当時のハンブルグ貯蓄銀行再建に

範を垂れ,広東商社間の相互信用保険制度は銀行預金保護に関する1829年のニューヨーク

法制定の参考になっている」といわれるくらいですから,当然に近代的保険制度も華僑の

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手によって地理的にも東南ア諸国での彼等の商業都市中心地に保険が持ち込まれたとみて よいでしょう。

原始的保険

(相互救済施設)

i華僑による保険制度

2/

統治国による

保険制度

世 界

大 戦

に よ

卑 断

_→一2>

民間保険制度

国営保険制度

 しかし,第ご次世界大戦中は東南ア諸国が戦場と化しておりましたので,商業活動は中 断されたとみてよいと思います。戦後は言うにおよびませんが,徐々に復興し保険事業活 動も再興発展してきております。この場合,戦争による人的。物的損害の少ない国ほど,

その発展の早さの一つの要因となりましょう。卑近な例として,台湾の今日の保険制度樹 立への過程を追っていくことも,また,武田昌之氏の調査報告・『マレーシや連邦におけ る保険事業』 (保険学雑誌,:No,436,1967)印南博吉氏・『韓国保険学会見聞録』 (保 険学雑誌,No,434,1966)中の文献をひもとくのも一つの参考になると思います。

〔皿〕

 私達は,東南ア諸国に保険制度が存在していることをみてきました。しかし;その保険 制度は社会的経済的そして政治的な諸々の複雑化してきているところにより,その発展の 度合の低いものと推察する次第です。そこで以下その原因となりうる点で,しかも東南ア 諸国に共通にみられる点をあげながら,直接東南ア諸国の農村等地方部に住む人々の社会

。経済生活の向上策としての保険のあり方と問題点に話しを進めて行きましょう。なぜな らば,比較的に保険制度の整っているといわれるマレーシや連邦においてすら,所謂「社 会保険制度」が存在していませんし,それにかわるような仕組を一般保険会社でわずかに 取扱っているという事実(武田氏報告,pp.114−115.)にあるほどですから,他の東南ア 諸国民の生活安定を計るべき保険制度の発展の度合の低さはどの程度か誰れにでも理解さ れましょう。

の〔保険思想と宗教思想。〕繭ア調の保険につい備ずる鵬当然舗せねばならなし・点

は,「宗教」 (Religion)であります。東南ア諸国にとって大旨共通してみられるところ

ですが,特定宗教を国法をもって定めているとともにそれを厚く保護しているのです。す

なわち,国教化しているために,その説くところを原地民は絶対視するとともに僧職にあ

(5)

東南アジア保険制度調査論 41

る人の発言力もまた絶対視しています。

 東南ア諸国は,多数宗教そしてそれが多i数宗派に分岐していますが,大きく三つに分け ることができます。それは(小乗)仏教と回教そして少数ですがヨーロッパ文化の流入に ともなうカトリック教であり,国民は何等かの宗教徒になって,国民生活に深く宗教思想 が滲透しています。従って,宗教を彼等の生活から取り去って物事を考えることは危険で

あります。

 いかなる宗教といえども,その心にふれることは自由であり尊重されて然るべきところ でありますが,往々にして宗教の説くところと保険の言々するところが非常に似ているた めに,古くから僧侶は信者の祈願する宗教心が変るのではないかとして保険に反対する教 えを唱え,しかもそれは神の意向に反対するものであると述べていたものです。ヨーロッ パにおいても,キリスト教徒は神の恵みと信ずる保護を貨幣で買うことは「キリスト教的 隣人愛の教義に反する罪悪」と考え,13世紀,当時のローマ法王グレゴリ噛オ九世の名にお いて,利子禁止令が布告・施行されたほどです。また仏教を国教化し,その影響を深く受 け継いでいる国は敬老思想が強く,老いた者は自分の子供に一切の面倒をみさせ,そうす ることが老いた者の権利とまでされています。日本の隣…国である韓国は,いまだその風潮 が強く残存しているようです。

 回教を国教としている国,すなわちインドネシヤやイラン等ではかってのヨーロッパの キリスト教会にみられたような宗教的偏見が今日でも残っています。それは,回教徒が不 慮の事故に際しての扶助を貨幣で買うことをきらい,信者達からの喜捨でそれを行なおう とするところにあります。これは回教徒普通法では更に厳格に,喜捨を徴集するのは政府 の義務であるとまで規定しているのです。

 このように,保険の基本的精神であります「各人は万人のために,万人は各人のために」

( Einer館r alle, alle far einen ) という「互助共済の精神」 (Gegenseitigkeit)

が宗法乃至は宗教的慣習として何世紀も培われてきているわけですが,再三に渡って述べ ますように,貨幣を以って危険保護を買うということをきらいますので,保険料とか保険 金という概念とそれをとり入れた団体を構成するためには,大変な工夫が必要になってく るわけです。更に,このような宗教的偏見は地方,特に農村地方に行くほど強いものです から,よほど強固な方策を採らぬ限り,保険思想は宗教思想に,そして僧侶によっても,

打ち負かされることになります。従って,僧侶に保険の意義を十分に理解させることが必 要になるとともに,彼等をして宗教的Gegenseitigkeitを保険のGegenseitigkeitへ

と助力してもらうことが必要になるわけです。

◎〔保険思想と道徳的危険。〕保脚根本野離G・g・n・eitigk・itにあるとすれ1涛それを守

るためには道徳的危険の排除に各人が努力せねばなりません。川村三千雄氏は,「宗教的

理想の実現』 (小樽商大50周年記念号)において,道徳的危険排除につき次のように説明

しておられますdそれは,人は自ら罪に誘惑されるという道徳的危険におかれるとともに,

(6)

社会の中におかれると相互にその道徳的素質を害い合うものでありますから,それから脱 却するためには,個々人の内的心術の道徳的改善が必要とされます。そして人は社会的存 在であるから社会自体の道徳的改善による他はないゆえ,道徳的共同社会一倫理的共 同体(ein ethisches gemeines Wesen)一が必要なのだと。

 道徳的・倫理的共同体が保険共同体とに直ちに結びつくかというと問題がありましょう。

なぜなら,保険共同体の基調が相互扶助の精神にあるとしましても,構成員は利己的なも のであり,道徳それ自体についても,自己中心的有利性と平等的有利性という共通点で結 ばれているものです。従って相互監視という面をそこに強調するだけのGegenseitigkeit でも生れてくればよいと思います。

 このような立場からすれば,今日の東南ア諸国にとってどのような保険制度がよいのか と考えますに,その運営上国民の社会経済生活の向上に国営保険が寄与するものと思いま す。国営保険には直接国営方式と間接国営方式とがありますが,前者の方がよいでしょう。

その理由は,保険運営上は間接国営保険の方が,運営費の面からいっても便利でありまし ょうが,保険行政上の問題や保険財政・金融および宗教的道徳的弊害等の多くの問題がか らみあっているためと考えるからです。何はともあれ,保険思想の普及の困難な状態にお かれてきている以上,国策として保険を遂行するならば,共同経済(Sammelwirtschaft)

として,保険の中心に直接政府が関与しなければならないでしょうし,国民生活の直接的 安定を計るための保険には強制加入保険制度も採用せねばならないでレよう。

 東南ア諸国が次々と独立して以来,経済社会の実情は極端な中央都市中心主義でありま す。勿論,政治の中心地が商経中心地化せざるを小ません。然も,政情不安定の原因が国 民生活の窮乏化にあり,それが社会主義経済と資本主義経済とのいつれの方向に進むべき かにまよっております。国営保険といえども,いつれかの経済主義により少なからずその 運営方法に影響が与えられますので,この面からもせっかくの保険制度確立への努力が生 かしきれないでいるのかも知れません。

 拠て,中央都市商経中心主義をとっているために,中央都市の経済社会はかなりの水準 を維持しているとともに発展もしていますが,一歩そこから外へ出ると極端な零:農が広範 に残存するのみという二重構造をかかえています。勿論,このような後進国の特殊性は東 南ア諸国に限られたものではありませんが,この特殊性が保険思想の普及に支障となって

きたことは事実だと思っています。

㈲〔社会・経済構造と保険。〕③繭ア調細編査1こよ嘩儲と馳人囎業地域構造 一社会・経済活動構成  がはっきりしています。すなわち原地人は専ら米作中心の農 業に華僑は金融・商品経済にというわけです。従って,ここに2つの二重構造が生じてく

るわけです。第一は華僑の二重構造,第二は原地人の二重構造がそれです。

二重構造下における保険はその運営の内容によっては偏在性向を持って来ます。その一

つに中央都市部には高度に発達した保険が成育しますとともに往々にして保険事業採算の

(7)

東南アジア保険制度調査論       43 とれる保険企業一資本主義経再主         華僑経済活動範囲

全ての保険を国策として運営する

面白には,都市部の保険と地方部のそれとを共存させるとしましても,二つの保険方策を 採用し,しかもその間に国策というパイフ。を完全に結合させた共存でなければなりません し,国策として両者均一保険方策主義を採りますと,自ずと都市偏在となりどうしてもそ の実をあげることが困難でありましょう。このような問題点は,多少状況を異にしますが,

韓:国の損害保険制度や〔今井久次郎・『韓:国の損害保険事情」 (保雑誌:No,434, pplO9

−110)〕日本の漁船保険制度にもみられます。特に後者の場合保険方策としましては,両 者共々海上船舶保険でありますが,国の漁業経済政策の一環としての「漁船保険」と一般 海上保険会社の取り扱う「船舶保険」とは共存していますが,両者の間に十分なコミユニ イケーションがあるとはいいがたいのです。コミュニィケーションの在る共存としまして

外国保険、

方  策 政府保険政策

中央都市部

保   険 コ .1.ニイケイーション・パイプ

農村等士也ノ∫部

保    険

は台湾の保険政庁の行なっています「生命保険」と一般保険会社の行なっているそれとの 間にみられます。

 ⑤ 東南ア諸国の二重構造の特殊性に関連して,われわれが周知せねばならないことは,

両者間に貨幣流通数量に著しい差異が生じてきているということです。一国の大半以上を 回心で占める東南ア諸国は,そこに恒常的貨幣不足を生んでいるのです。中央都市部に おいては専ら商業圏を確保しているのは華僑であって,商業貨幣(commercial money)

での取引数量での彼等の存在は決して馬鹿になりません。通流機構に占める華僑の支配力

が大きいからといってしまえばそれまでですが,国策としての保険育成に多くの支障をこ

のことは与えます。 更に,独立後の東南ア諸国経済は借換経済であり,それも経済開発に

(8)

その一切を投ずるというものではありません。インドネシや政府の67年度政府予算をみま しても,全史入の弱が欧米諸国からの借金で,全薇出の%が経済開発費といった有様から も理解出来ましょう。勿論,上にあげた例は極端なものですが,インフレーションの進行 とあいまって,国民の貨幣経済の不安定を是正することにいずれの国も全力をあげている こ、とは事実なのです。

 インフレーションの進行と保険とは,保険が一つの経済的施設である以上,影響を受け るところ大であります。影響のいかんについては各方面から論究されているところですが,

共通して求められた結論は,保険契約関係と保険者金融の関係を通じて,保険契約者に対 しては不利に,保険者には有利に働くことにあるのですが,特にその結論は生命保険や火 災保険に求められたものです。従って,インフレーションの進行のはなはだしい状態にお いては,任意加入による保険は育ちにくいことを物語っています。ですからどうしても保 険料にたいする保険金の時間的ギャップをうめ合せるに充分な填補能力が保険者に対して 要求されてくるわけですが,相対的に資力のとぼしい国状においては,それを充分に補う だけの資力を持つた保険者は少ないものとみてよいと思います。しかも,貨幣不足になや んできている地方農村部は当然として保険料支払能力を低下させることになっています。

 保険料支払能力は通常,個別経済主体の所得の多寡により判断されていますが,東南ア 諸国においては,恒常的な地域所得較差と都市部の極端なインフレーションという事態を 考慮する必要があるとともに,それに適応した保険料支払制度と保険金支払い制度を政策 的に励弾要が生じてきますし・搬保険にあっては+分な補難訓鮪つ白露にある

もの以外は認可しないぐらいの強い方策を国が採るべきでしょう。

 ◎ 東南ア諸国の (1)地方農村地域の恒常的貨幣不足, (∬)極端な都市部中心的イ ンプレージョンおよび(皿)仏教・回教上の教義からくる扶助売買の嫌悪思想などの特殊 性を打破するには,各部面から更に一層の論究を必要としましよう。

 支払手段の方面からこれら(1)・(∬)の点を少なからず打破する方法として,ジュ ネーブ大学のミロー教授(Milhoud,prof. of Economics in the University of G臼neva.)

は,彼の論集において,貨幣でもなければ,支払指図書でもない支払手段としての「支払 券」 (goods warraut)乃至は「購買券」(purchasing certificate)方式を提唱してい

ることが紹介されていますが,低開発国あるいは後進国という代名詞の冠をかぶる東南ア 諸国も,資源提供国から先進諸国への仲間入りをするのもそう遠くないことでしょうから,

一時的過渡期方法としてしかも初期的段階においては政府等官公庁の金融上の保護と協力 が必要となります。 (皿)との関係ですが,「支払券」乃至は「購買券」方式を東南ア諸 国民がどのように受けとり,消化するかということであります。

 保険は相対的にも,貨幣価値の安定とその人の経済活動に応じた所得獲得とが必要なこ

とは,以上述べたことからも再論することはやめましょう。

(9)

東南アジア保険制度調査論 45

〔皿〕

 最後に,東南ア諸国の保険事業に関する今後の課題を述べて行きましょう。と申します のは,国際経済のめまぐるしい動きの中において東南ア諸国の社会。経済そして政治が動 いているからに他なりません。その中において保険は,一つの重要な働きをなします。そ してまた,時勢におくれた国の社会・経済体勢を温存してはいられないような情況におか れてもいるからです。

囚〔東南ア諸国における一般保険事情。〕繭ア調の一般保険会社の保険事業濁は・そ鵬囲が中 央都市部にほぼ限定される理由は既述諸項から理解されるところでありましょう。

 しかも,その多くは,華僑が自らの商経活動利益を守るための保険会社と統治国が築い た保険会社との二種類に大別してきましたが,後者においては第二次世界大戦後,一般保 険会社形態をとって保険事業を営んでいるものとそれが国に移管されて国営保険事業を営 んでいるものとにわけることができます。この分けるにおよぶ事情は国状によっても違っ

「て,いずれか一方だけの存在を認めている場合もあれば併存を認めている国もあります。

タイ国のように古くから独立している国はさておき,東南ア諸国のほとんどが被統治国で あり,第二次世界大戦を契機として独立しておりますから,後者のいずれの保険をも,こ れからの保険であり,これから発展する市場での中心をなすものでなければなりません。

そのためにはヨーロッパ・アメリカ等をもって代表される先進諸国の保険制度の流入と消 化が必要です。

 事実,専修大学の武田氏の既述報告によりますと,マレーシや連邦にはイギリス。アメ リカ等の保険会社の進出が著しく,自国の保険会社数は極めて少数であることが述べられ ています。勿論,他国からの進出による保険事業は1955年1月現在ですが,損害保険が圧 倒的で,93社の内74社を占めています。中央都市部においては,損害保険が中心となって

東南ア諸国の保険市場

      ③

    〜

(註)④・◎・◎・㊥=保険制度の滲透度を示す   →印はその方向と拡大方向

  ④ 申央都市部    ◎ 地方都市部

  ◎ 農水産郡部     ㊥ 農村山岳部

(10)

いるのは,東南ア諸国が産業資源提供国であり完成照雨入国であるから,当然輸出入の増 大にからんで保険取引も海上保険に比重があるのであろうと推測されがちですが,マレー シヤではF.0.B.乃至はC.1. F.で取引が行なわれているゆえに損害保険取引額からは 低いものだそうで,火災保険や新種保険がウエイトを占めているとのことです。他方,生 命保険ですが,資産比からみれば損保のそれより大きなものですが,生保資産は流動性を さほど必要としませんので資産堆積率は当然大きくなりますが,生保普及もまだまだこれ からとみてよいと思います。

(D〔講演額豊島〕保険暢(in・u・an・・m・・k・t)・すなわち保険取弓陽として の東南ア諸国の特殊性ですが,この頃はもっぱら一般保険市場のみを,前項との関連から 概説して行きたいと思います。と申しますのは,東南ア諸国のもつ2つの二重構造が保険 機能を左右しているからに他なりません。

 華僑およびそれ以外の国の商人と原地人とにより,経済セグターが相当明確に区別され,

あるいは中央都市部と零農部との区別そして原地人の心に深く刻まれている宗教思想,更 に政経の不安定と社会・経済思想の対立等々がそれです。ですから,本来国民生活安定の 方策として保険を原理的に考えましても,保険が社会・経済的仕組としてそこに機能する ものでありますから,如何に先進諸国並の保険概念でもってしましても,それは心意空論 に終るでしょう。

 東南ア諸国の都市部の保険市場は一般保険会社での保険取引市場であって,かっそれぞ れの国の保険の代表であります。しかも,その特徴は,次の二つの点をもって示されるで

しょう。第一の点は華僑の保険とその保険取引,第二は華僑以外の欧米の保険とその保険 取引です。

 先ず,華僑の保険ですが,これは華僑の経済の特徴と切り離して考えることは出来ませ ん。この特徴を仔細に述べていくならば,当然華僑民族史にまでさかのぼらねばならない

ことになりますので省略致し窪すが,一応,彼等の経済的特徴は次の点に求められそうで

す。

 (1)華僑は華僑同志で経済的団結を計る。すなわち華僑同志の経済的団結は,そこに,

彼等のための相互扶助としての保険を生むことになり,しかも異国での経済的団結は・「

郷約」的家族的な団結となり,そのため一時的便宜が家族的保護にとって変えられます。

従って,相対的に小さな資金を簡単に融通し合うという保険が起りがちになります。

 (2)華僑は,東南ア諸国においては,特に商品経済部門に発達している。華僑の商晶経

済部門への発達については,東南ア諸国における国勢調査の結果からも明らかなところで

す。游氏は『華僑の商品経済的特徴』 (アジア経済 第8巻3号)においてその面を実証

しております。なんといいましても東南ア諸国における金融部門への彼等の進出はめぎま

しいものがあります。金融セクターへの活動は,それを仔細に分析すれば限りのないとこ

うであり重レようが,そのヤクターの中心は都市部にφるとみてよいでレホう9征等の保

(11)

東南アジア保険制度調査論 47

険が,彼等の金融緩和の一便法にあるとすれば,当然そこには泡沫的性格がないとも限り ません。従って現地国はよほど監督してかからないとかえって社会悪を招致することにな

りかねません。

 第二の点は,華僑以外の保険(欧米諸国の保険)とその取引についてでありますが,欧 米の保険会社の東南ア諸国市場への進出は,原地会社市場を圧迫していく可能性大と考え ます。それは,強力な資本力を背景にして,しかも,綿密な市場戦略方式により都市部保 険市場の確保へ努力するでしょう。従って,原治国保険会社がよほど強力な体勢を採らな い限り,保険事業採算のとりにくい地方部市場へおいやられることになりかねません。そ のためには,地方部保険市場への保険思想の普及に努力するとともに,国または銀行等と 一体化して資力の強化に努めることが必要となります。

卵聯の課〕そのためには凍南ア諸国がこぞって醗の細細是正b安定化の

方向へ早くもっていくことが,先ず行なわれなければなりません。その過程において社会 保険制度の確立へと努力していくことが必要になります。東南ア諸国の一外郭におけるニ ュージーランドが.しばしば社会保障国のヨリ充実した国の例にあげられるのは,政経の 安定にいかに努力してきたか,そして今日それがいかに立派な実を結んできているか,の 他になにものでもないと筆者は考えます。

 「先進諸国の保険については……それが相互に吸収するものが大である」というのは,

保険の技術的仕組を通じての相互吸収もありますが,徐々に築かれていった歴史にあるの だといった方が当を得ているように思います。いいかえますならば,その歴史の過程にお いて保険の理論的研究や人の交流が培っていったとみるわけです。保険の技術的仕組,た とえば再保険などはその相互吸収の機会として絶好のものでしょうが,このような技術を 要しなくとも立派に危険の分散を計ってきている例はいくらでもあります。

 従って,東南ア諸国においての先ず行なわねばならぬことは,再三申しますように国民 生活安定に直結するような保険(社会保険)制度を確立することで,そのためには先進諸 国の社会保険制度を国民の要求に可能な限り合致せしめるべくとり入れることにあるよう です。そして,自らの手によることがかんじんなことであって,他国のための保険市場と ならないようにする方策を採ることです。資本力が相対的にもとぼしい国々においては,

仮に100%外国資本の保険会社が入り込んだ後において,さてわが国もと腰をあげてみて もどうにもならないことは想像する以上に明らかであります。それは,第〔五〕節の各項 からも容易に理解出来ると思います。

要 約

 東南ア諸国が持つ共通面を念頭において,保険の社会。経済的仕組がどのように作用さ

れねばならないかを概説して来ましたが,本稿におきましては,あくまでも,保険のその

仕組が,社会・経済生活をヨリー層安定させる手段としてあるのだという基本的な態度に

(12)

そったものです。

 現代の保険は,現代社会経済の方策にのっとったものでなければなりませんが,保険の 社会・経済的接近には,今日,近代経済理論的アプローチからのものとマルクス経済理論 的それからのものと二つに大別できます。そして,それぞれが対立的な状態にあります。

それがどうこうと,ここで愈議を提する意図はありませんが,東南ア諸国の保険問題を扱 うには両者の協力的理論方策が必要となりそうです。然も,社会心理学的なそして宗教学 的な分析等の保険に必要とする諸科学の絶好の場であるようにも思われてなりません。な ぜならば,前近代的社会。経済構造を温存しつつも,他方,中央都市部においては,一一見 進んだ社会・経済体勢への気構と努力を行なっており,かつその過程においてはいずれの 政治。経済主義をとるべきか,マヨイのイデオロギー闘争を行なっているからであります。

このことは,東南ア諸国が自らの保険にいかなる方策をとって,国民社会。経済に寄与し 国民生活の不安定(unstable, unsafe)なるものを除去していかの分岐時点ともなるから

です。

 政経の不安定は,道徳的危険を助長し,保険思想の普及を困難にします。東南ア諸国が 程度の差こそあれ,その不安定な状態にあることは残念なところです。また,社会秩序が 制度的にも整っていないところが多くめだちすぎます。例えば,インドにおいては戸籍制 度の不充分なため,正確なセンサスをとることが不可能であり,そのため生命保険や社会 保険に遅れをとっていますし,医療制度もなっていません。・東南ア諸国が一様に病原菌の 宝庫だともいわれるのは,むしろ当然のことだといわれているくらいです。これは中央政 府の政策が都市偏在であるからですが,総じて,東南ア諸国民が彼等の社会。経済生活を 脅かす諸々の危険から放置されているヨキ例でもあります。従って,例え保険が私経済生 活を脅かす不利益を除去するための仕組であったとしても,それより以上に私経済生活を 不安定な状態にとどめている以上,国策としてそれを回復せしめる必要があります。私は,

東南ア諸国民全てが求めている保険が,このようなところにあるのではないのかと思いま

す。

 第〔1〕節においては,東南ア諸国の保険制度がいかにたちおくれているかを概説して みましたし,第〔皿〕節ではその原因ともなる特殊性,第〔]1〕節は,その特殊性のうち 保険市場問題をとりあげました。大いに論究せねばならないところが多々残されたままで,

しかも全体的には,ほんの序論的なものに終りましたが,願わくは,為政者が国民のため の保険を早期に確立化することだと思います。それは,「まえがき」の(1)の問題を解決し,

②へと前進することになるのではないのでしょうか。

一 1967. 4. 6. 一

   一神戸山荘にて一

参照

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