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タバ コ訴訟の動向と今後の法制的課題
田 中 謙
Abstract
lnJapan,therearealotofsmokerscomparedwithadvancednations.Theplaintiff lostthetobaccosuit.Andtheregulationagainstsmoking isnotstrict.Butthereasons forjudgmentis strange,and the Japanese Governmentshould tighten regulations on smoking.The Japanese Government must take preventive measures against passive smoking.AndtheJapaneseGovernmentmustregulatesmoking withtheview ofminor protectionandsmokerprotection.
【要 旨】
日本は,先進諸国の中で突出して喫煙率が高い 「タバ コ汚染国」であるが,その原因 として, ( 1 ) 多 くの タバコ訴訟 における裁判所の原告敗訴の判断のほか,その前提 として,(
2)タバ コをめ
ぐる行政的規制 ( 契煙規制)が際立 って弱い ことが指摘で きる。
タバ コ訴訟 において,裁判所は,原告の請求 を棄却する法的根拠 として,( 1 ) 受動喫煙の重大 さの不東認,(
2)喫煙の社会的承認,(
3)受忍限度論,(
4)建物構造上の困難, といった理 由をあげ ているが,理解に苦 しむものが少な くない。
一方,喫煙者 と非喫煙者の利害の対立構造や,喫煙の 自由 と嫌煙権 との関係を踏 まえれば, 喫煙規制の強化は不可欠である。 今後の喫煙規制のあ り方を考察す るに当た っては,( 1 ) 非喫煙 者の被害 を防止 し,健康を保護する とい う視点か ら , 「受動喫煙防止施策」を充実 させることは もちろんであるが
,(2)現在,未成年者 に よる喫煙 が頗著であ り,未成年者 を保護す る とい う視 点か ら , 「未成年者の喫煙防止施策」 も必要である。 さらに,(
3)喫煙者 も 「やめたいけれ どもや め られない」 という面があ り,喫煙者の健康 を保護する という視点か ら 「喫煙者減少施策」 も 必要である。
具体的な法制的課題 をあげる と,( 1 )「受動喫煙防止施策」の視点か らは,①公共の場所 ・共 有す る生活空間における喫煙規制,②職場での禁煙規制,③歩行喫煙 ( 歩 きタバ コ)規制な ど が考 え られる。(
2)「未成年者の喫煙防止施策」の視点か らは,①学校 におけ る全面禁煙 ,② タ バ コの宣伝広告規制の強化,③ ドラマ ・映画 におけ る喫煙 シーンの禁止,④ タバコの 自動販売 機の全面禁止,⑤ タバ コ税の大幅値上 げ,な どが考 えられ る
。(3)「契煙者減少施策」の視点からは,① タバコの宣伝広告規制の強化,② ドラマ ・映画における喫煙 シーンの禁止,③ タバ コ の 自動販売機の全面禁止,④ タバ コ税の大幅値上 げのほか,⑤ タバ コの有害表示の義務化が考 えられる。
【Keyword
】
therighttobefreefrom other'ssmoke,preventionofpassivesmoking,minorpro‑ tection,smokerprotection
嫌煙権,受動喫煙防止,未成年者保護 ,喫煙者保護
【目次】
第
1章 は じめ に
第
2章 タバ コ訴訟 の動 向 と問題点 第 3 章 タバ コ問題 の構造 と基本的 な視 点 第
4章 今後 の法制的課題
(タバ コ政策 の方 向性 ) 第
5章 おわ りに
第
1章 は じめに
わが国は,先進諸 国の中では突 出 して喫煙 率 が高 い 「タバ コ汚染国」であ る。た とえば, 旧厚生省 が
1998年 に実施 した 「喫煙 と健康問 題 に関 す る実態調査(
1)」に よれば ,成 人の喫 煙率 は,男性 で
52.8%,女性 で
13.4%とい う。
男性 は
20代 か ら
50代 までの半数 以上 が タバ コ を吸 って お り,特 に
,30代 と
40代が
60%以上 と高 い とい う。一方 ,女性 の喫煙率 は男性 の は
ば 4分 の 1であ るが
,20代
,30代の喫煙率 は高 くな ってい る。最近 の統計 であ る厚生労 働 省 の 「国民 栄養 の現状
(2)」 ( 平 成
13年 国民 栄養調査結果)で も
,2001年 におけ る喫煙率 は,男性
45.9%,女性
9.9%とい う。
従来 , 日本 では, タバ コを吸 う行為は,水 を飲 んだ りもの を食 べ るの と同 じように個 人 の 「 権利」 と考 え られてお り,喫煙 が権利 の 行使 であ る以上 ,喫煙 しない他者 はで きるだ けそれ を容認 す る対応 をすべ きであ る とい う のが 「社 会的対応」 であ った。 すなわち,非 喫煙者 にはあ る程 度の 「我慢」 が要 求 され る の が,従来 の ( 現在 も ?) 日本 の社会 であ っ た。一方 ,喫煙 に よる他者への被害 ,た とえ ば, タバ コの煙 の匂 いが衣服や髪 の毛 に付 く
とか, 目に刺激 を与 える とか,ポ イ捨 てがあ る とかは,いわば 「喫煙者のマナー」 の問題 として処理 されて きた。 その結果 , 日本 は, 喫煙者 がいつで もどこで も喫煙 す る こ とがで
きる とい う社会 であ った。
しか し, タバ コを吸 う行為 は,周囲に迷惑 を か け て まで認 め られ る もの な の で あ ろ う か。 また,非喫煙者 だけが 「我慢」 を強 い ら れ る社会は公平 といえるのであ ろ うか。 さ ら に,マナー に頼 るだけで タバ コ問題 は解決 す るのであ ろ うか。
もっ とも,最近 にな って ようや く,喫煙 規 制 を強化 す る動 きが出て きたが,他 の先進 国 と比 べ る と,まだ まだ とい う状況であ り,輿 煙者 に対 して寛大 な国であ るこ とに変わ りは ない。
この ように タバ コをめ ぐる 日本 の現状 が他 の先進 国 と比較 して遅 れて い る原 因 として, 裁判所 の判 断があげ られ る ように思われ る。
すなわち, 日本で提起 されたい くつかの タバ コ訴訟 において,裁判所 は, こ とご と く原告 敗訴の判断 を示 した こ とが現在 の状況 を もた らしている面 があ る。また,その前提 として, 他の先進 国 と比べて, タバ コをめ ぐる行政 的 規制 ( 喫煙規制) が際立 って弱 い こ とも指摘 で きる。
そ こで,本稿 では, まず, 日本 におけ るタ バ コ訴訟 の動 向を確認 した うえで タバ コ訴訟 におけ る問題点 を指摘 し ( 第 2 章) ,今後 の立 法的政 策 に おけ る法 制 的課 題 ( 第
4章)をあ げ るこ ととす る。 ただ し,今後 の法制的課題 をあげ る前提 として, タバ コ問題 の構造 と基 本的 な視点 を確認 す る必要 があ る ように考 え るので,法制的課題 をあげ る前 に この間題 を 取 り上 げ るこ ととす る ( 第
3章) 0
第
2章 タバコ訴訟の動向と問題点
本章 では, 日本 におけ るタバ コ訴訟 の動 向
を確認 した うえで, タバ コ訴訟 におけ る裁判
所の考 え方 を確認 す る とともに問題点を指摘
す るこ ととしたい。
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1
.タバ コ訴訟の動向
近年, 日本において も数多 くのタバ コ訴訟 が提起 されているが, 日本におけるタバ コ訴 訟の類型 としては,大 きく分ければ,以下の
3類型に分けることがで きよう。第 1類型は, 非喫煙者が公共交通梯関における分煙 ・禁煙 を求める訴訟である。最初に提起 されたタバ コ訴訟は,当時の国鉄 に対 して過半数の禁煙 車両の設置等を求めた もので,いわば公共輸 送機関における分煙を求めた訴訟であるが, その後は,舞台を 「 職場」における分煙 ・禁 煙を求める訴訟が提起 されるようになった。
それが次の第 2 類型の訴訟である。すなわち, 第 2 類型は,職場における分煙 ・禁煙 を求め
る訴訟である。第 3類型は,非喫煙老ではな く,喫煙者がタバコ会社 (日本たばこ産業株 式会社)に対 して健康 に対する損害賠償を求 める訴訟である。 このなかで,第 1類型 と第
2類型の訴訟は,いわゆる嫌煙権 を基礎 とす る嫌煙権訴訟であるといえ,第 3類型の訴訟 は,喫煙者からの製造物責任を追及するもの
とい うことで
PL訴訟 といえよう。
次に,具体的な判決を示すこととしたい。
第 1類型の訴訟で,嫌煙権訴訟の リーデ ィ ングケー スといえる訴訟が,( 丑国鉄 ( 現
JR :以下,「 国鉄」と省略する)に対す る禁煙車両設 置請求事件 ( 東京地判昭和
62年
3月
27日判例 時報
1226号
33頁)である
(3)。 いまか ら
20年は ど前 までは,山陽新幹線のこだま号に 1両の 自由席車両が禁煙車 として設置 されているの を除けば,国鉄の列車 には禁煙車両は存在 し ていなかった。そこで,国鉄に対 して全国の 中 ・長距離列車に禁煙車両を新設するよう運 動が展開されたが,なかなか事態は進展 しな かったので
,「手詰 ま り」状態 を打開すべ く 訴訟 が捷起 されたのが本件である。旧国鉄を 利用 している非喫煙者であって市民運動のメ ンバーであ る原告 ら ( 全
14名)は,国鉄 が禁
煙についての適切な処置を講 じていないため に,健康な どについて被害 を受けた として, 国鉄,国鉄 に対 して監督責任を負っている国, タバ コの有害性 について適切な警告をなす義 務を怠 った旧専売公社 ( 現日本たばこ産業株式会 社)の三者を被告 として
,1980年 ( 昭和
55年), 国鉄 に対 して,全旅客列車の うち半数以上を 禁煙車 とすることを求め, さらに,タバコの 煙による健康被害について,国鉄,国,そ し て専売公社に損害賠償を求めた。すなわち, 本件は,禁煙車の設置および損害賠償 を請求
した事件である。
第
2類型の具体的な判例 としては,②名古 屋名商中学校事件 ( 名古屋地判平成
3年
3月
22日判例時報
1394号
154頁)がある。本件は, 公立中学校の教諭が,地方公務員法
46条
(「職 員が給与 ,勤務時間その他 の勤務 条件 に関 して人事委 員会又 は公平委員会に対 して,地方 公共団体の当局 により適当な措置が取られるべきことを要求することが できる
」)に基づ き,中学校職員室における受 動喫煙 に対する措置 として喫煙室設置の措置 要求をしたが,名古畳教育委員会がそれを認 めない判定 を下 したので,その判定の取消 し を請 求 した事件 であ る。 なお,控訴審判決
( 名古屋高判平成
4年
10月
29日判例時報
1496号
127頁)は,原告が他の中学校 に転任 した
ため,訴えの利益 を欠 くとして却下 されてい
る。次に,③東京都衛生研究所事件 ( 東京地
判平成
3年
4月
23日判例時報
1384号
108頁,
東京高判平成
3年
12月
16日労働関係民集
42巻
6号
940頁,最判平成
4年
10月
29日労判
619号
6頁)がある。本件 も,地方公務員法
46条に
基づ く喫煙室設置,事務室等での禁煙措置を
請求 した事件である。以上の( 卦と( 罫は,いわ
ば職場 における 「分煙」を請求 した事例であ
るのに対 して,④岩国市職員嫌煙権訴訟 ( 山
口地岩国支判平成
4年
7月
16日判例時報
1429号
32頁)は,職場における 「 禁煙」を請求 し
た事例 であ る( 4 ) 。本件 は,岩 国市役所 の職員 で非喫煙者であ る原告 が,市役所 に対 して, 市役 所 が庁 舎事務 室 を禁煙 に して い な いた め,受動喚煙 を余儀な くされ,健康 を侵害 さ れている旨お よび,禁煙 に していない こ とは 安全配慮義務違反 であ る旨を主張 して,人格 権 に基づ き妨害予防 としての差止請求 として 事務室 を全面禁煙 にす ることを求め る ととも に,民法
709条 に基づ いて,債務不履行 また は不法行為 に基づ く慰謝料 として
30万 円の損 害賠償 を請求 した事件 である。 さらに,⑤ 名 古屋市立志賀中学校事件 ( 名古畳地判平成
10年
2月2
3日判例 タイム
ズ982号
174頁) も全面 禁煙 を要求 した事件であ る。本件 は,名古屋 市立中学校 内で全面禁煙 がされていない こ と
( 一応の分煙措置は とられていた事例である) が安全配慮義務違反 ない し不法行為に該 当す る として
,100万 円の損害賠膜 が請 求 された 事件であ る。
第
3類型の訴訟 としては,いわゆ る⑥ タバ コ病訴訟 ( 東京地判平成
15年
10月
21日判決判 例集未登載 ) があ る( 5 ) .本訴訟 は,非喫煙者 が提訴 した ものではな く,長年 の喫煙 が原因 で病気になった として,喫煙者 であ る
7名の 患者 ( 肺癌
3・肺気腫
3・喉頭癌
1)が, 日 本たば こ産業 (J
T)と国に対 して,損害賠 償 とともに, 自動販売機での販売禁止,有害 表示の強化 ,マナー広告 を含めた コマーシ ャ ルの全面差止めな どを求めて,東京地裁 に提 訴 した訴訟 であ る。
2.タバ コ訴訟 における裁判所の考 え方 以上の裁判 では,実は,すべての事例で原 告の請求が棄却 されてい る。 そ こで,本節で は,判決で請求を退けた判決理 由を確認 して お くこ ととしたい。
結論 か ら言 うと, 日本の裁判官の共通 す る 認 識 として ,( 1 ) 受動 喫煙 の重 大 さの不 承認
( 受動喫煙 の害は 「人格権」に基づいて直ち に禁止 を しなければな らないほ どの重大性 は ない)
,(2)喫煙 の社 会的承認 ( 喫煙 は社会的 に承認 されてい る)
,(3)受忍限度論 ( あ る程 度の受動 喫煙 は我慢 しな くてはな らない),
(4)建物構造上 の困難 ( 原告の求め るような受 動喫煙の害 を防 ぐためには予算措置 を伴 う改 築が必要 とな るが,それは当該建物の構造上 困難 であ る), とい った点 を指摘 す るこ とが で き, これ らの認識 を踏 まえて,原告の喫煙 規制の要求を こ とご とく退 ける結論 を導 き出
しているのであ る。
以下,本節では,以上
4つの理 由の中身 を 確認す るこ ととす る。
( 1 ) 受動喫煙 の重大 さの不承認
まず,裁判所は, タバ コの危険性 を肯定 す る疫学的 な研究結果や研究方法 を疑問視 す る な ど,受動喫煙の重大 さを承認 していない。
た しかに,受動喫煙 が健康 に及ぼす影響 に ついて , 「疫学的知 見 としては,原告 が挙示 する証拠 に よっておおむね これを認 めるこ と がで きる。 そ して,身体の健康 に関する事柄 であ る以上 ,受動喫煙 を強 い られないこ との 利益 は十 分 に保護 され なけ れば な らな い 」 ( 上記②判決 ) との認識 を示す判決 もあ る。
しか し,た とえば,上記①判決 では , 「喫 煙者の周囲にいる者 は,喫煙者 のたば この煙 の影響 に よ り,眼及び鼻の刺激 ,頭痛,咲, 喉 の痛み, しゃがれ声,
悪心,めまい等の一 過性の害並び に不快感を受 け るこ とがあ り, 列車 内の受動喫煙 に よって も同様の害又は不 快感を受 け るこ とがあ るが,更 に右の程度 を 超 える具体的な健康上の被害が これによって 生 じるか どうかは必 ず しも明 らかではない」
として,受動喫煙 の人体への影響 が必ず しも 明白ではない との認識 を示 してい る。
上記④判決 において も , 「受動喫煙 の慢性
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影響 については,非喫煙者に対 していかなる 危険 が及ぶかにつ き,。 ・ ‑‑受動喫煙 による 曝露の時間及び量,個人の素因,素質及び健 康状態の良否な どの種 々の条件 に依存 してい るのであって,なお疫学的病理的な研究に得 たざるを得ない部分があ り,受動喫煙が原告 に対 して,先に認定 した症状以上に,その生 令,身体ない し健康に対 していかなる影響を 及ぼ しているかについては,にわかに断 じえ ない」 との認識 を示 す とともに , 「研究結果 や研究方法については疑問を呈する見解 もあ ること, さらには,受動喫煙による影響は,
‑‑ 受動喫煙 の曝露 の時間及び量その他諸 種の条件の違 いにより一様 に論 じえない性質 の ものであること等に照 らす と,本件 におい て原告が受動喫煙 を強い られることにより前 述 した慢性影響が生ずる危険性が どの程度あ るかを判断するには末だ証拠が不十分である といわざるを得ない」との認識を示 している。
上記G) 判決で も , 「受動喫煙 の身体に対す る影響 は,・ ‑‑ 曝露 の時間及び量その他諸 種の条件の違いにより変動 し,一律に断 じ得 ない性質の ものである」 との一般論を示 した うえで , 「原告は勤務時間の少な くとも半分 以上は教室で授業を行ってお り,その間はた ば この煙 にさらされることはないこと, 他方,原告の 自覚する受動喫煙の影響は,の
どの痛み及び不快感,頭痛 という程度の もの に とどまるのである」との認識を示 している。
以上の ように,裁判所は,一般的に受動喫 煙の結果,限,鼻,喉の痛みな どの被害や不 快感を受けることがあることは認め られるこ とは認めつつも,受動喫煙 による健康被害は
「 一過的」なものであ り,これによる健康上 の被害は明 らかではない と判断 しているので ある。すなわち,裁判所は,タバ コの害は,
「 単なる不快感」 ( 上記①④判決) , 「 迷惑感 」 ( 上記④判決) , 「一過性の害」 ( 上記①判決)
あるいは 「比較的軽微な急性影響」 ( 上記⑤ 判決) しか与 えず,言い換えれば,受動輿煙 が身体に及ぼす影響は重大であるとはいえな い とい う理 由のほか,受動喫煙が身体に及ぼ す影響は明 らかでない という理由 ( 上記①④
⑤判決)に基づ き,原告の請求を退けている のである。
(2)
喫煙の社会的承認
次に,裁判所 は , 「喫煙は社会的 に承認 さ れているので,ある程度の受動喫煙は我慢す べ きである」 として,喫煙の社会的承認の風 潮を違法性判断の基準 としている。
た とえば,上記①判決では , 「我 国におい ては,従来契煙に対 しては社会的に寛容であ り,喫煙者は,かな り自由に喫煙 を享受 して きた実態 があ る。 ‑‑ 旅客の輸送 を業 とす る被告国鉄 としては,非喫煙者のみな らず, 喫煙者をも含む乗客全体を列車 とい う限 られ た手段 により,可能な限 り快適な状態の もと に輸送することが,その業務の維持,発展の ために必要であるか ら,被告国鉄が右の よう に喫煙が受容 されている社会的実態 を も考慮 に入れた輸送の体制を とることは何等不都合 なことではな
い」として, 日本においては喫 煙に対 して社会的に寛容であ り,喫煙者が比 較的 自由に喫煙を享受 して きた とい う事実を
「公知の事実」 として認定 している。
上記②判決で も , 「身体の健康 に関す る事 柄である以上,受動契煙を強い られないこと の利益は十分に保護 されなければな らない」
としつつ も , 「他方,喫煙の噂好及び習慣 は
長年にわた り社会的承認を受けて推移 して き
た ところか ら,今なおそれに執着 し,個人的
噂好の問題 として他か ら容唆 されることを好
まない相当数の人の存在 も無視することがで
きず,健康被害が統計的手法によって示 され
ざるをないこととの関係において も,受動喫
煙 を強い られることをもって直ちに人格権の 侵害 として違法 ということはで き」ない とし ている。
上記④判決 において も , 「被告 が庁舎管理
権 に基づ き事務室 を禁煙 にせず,事務室 にお ける喫煙を許容 していることが違法であ り, 差止請求が認め られるためには,非喫煙者が 受ける影響の程度のみな らず,社会一般の喫 煙 に対する考 え方,喫煙者 と非喫煙者が同時 に存在する職場における喫煙規制の状況等の 諸事情を総合的に判断」することが必要であ る とし , 「社会一般の喫煙 に対す る考 え方 」 を違法性判断の際の 1つの基準 としている。
上記⑤判決で も , 「喫煙 ( 受動喫煙 を伴 う ことは当然の事理である。)は,我が国にお いて個人の噂好 として長 きにわた り承認 され て きた ところであ り,非喫煙者 も,職場にお ける喫煙 について若干の寛容 さを持すること も依然 として期待されているといわざるを得 ないのであって, このような喫煙に対する世 の大方の見方 も,見過すべ きでない」 との判 断を示 している。
つい最近の上記⑥判決において も , 「喫煙
率が低下 した とはいえ,約
50パーセン トの 日 本人男性が喫煙を続けているなど,たば こは し好品で社会 になお定着 して い る ものであ る」 とし,喫煙習慣やタバコの害への認識が 甘い社会の現状を追認 している。
この ように,裁判所は , 「喫煙 の社会的承
認」を喫煙規制の請求を棄却する理 由にあげ るのみな らず,判決 によっては , 「喫煙 への
寛容さ」 まで求めている ( 上記①⑤判決) 0
(3)
受忍限度論
裁判所 は , 「タバ コの煙 は迷惑 ・不快 で あって も喫煙権を奪 うことはで きず,受動喫 煙は不快の程度によっては我慢 しなければな
らない」 との認識 を示 している。
た とえば,上記①判決 は , 「受動喫煙の人 体への影響の程度,喫煙 に関する社会的受容 の実情及び被告国鉄の輸送業者 としての立場 を総合 して考 えると,非喫煙者である乗客が 被告国鉄の管理する列車 に乗車 し,たば この 煙に曝露 されて刺激又は不快感を受けること があって も,その害は,受忍限度の範囲を超 えるものではない」 との認識を示 している。
すなわち,本判決では,タバコの煙による健 康侵害が人格権の侵害にな りうること,それ を根拠 とする侵害行為の差止めの請求の可能 性を是認 しなが らも, 具体的健康被害の欠如,
日本社会の喫煙 に寛容 な風土 な どの理 由か ら,受動喫煙の害は受忍限度の範囲内である として,原告の請求をすべて棄却 しているの である。
また,上記④判決で も , 「職場環境を どの
ように設定するかについては一定の裁量権が あるもの と認め られるところ, 被告において, 原告を含めた非喫煙者の健康に対する影響, その程度のほか,本庁舎が狭陰で独立 した喫 煙室を設置することがで きない という制約が あること,原告が主張する廊下やロビー等を 喫煙場所 とした場合の影響,職員の喫煙者の 割合,職員の喫煙 に対する考え方等諸般の事 情 を考慮す る と,現時点 においては ‑‑‑輿 煙対策を とることも裁量の範囲を逸脱 した と はいえない」 とした うえで , 「以上の諸点を 総合 して考 えると,原告の受動喫煙により受 けた被害の程度は,未だ受忍限度の範囲を超 えるものではない」 との結論を導 き出してい る。
(4)
建物構造上の困難
裁判所は , 「分煙 は理想であるが,建物の 構造上困難な場合は,で きるだけで足 りる」
との認識を示 している。
た とえば,上記( 卦判決では , 「各措置要求
59
の申し立てを受けた被告 としては,問題 自体 が必ず しも原告 らの勤務校に特有なものでな くよ り一般的な ものであること,物的施設 と しての喫煙室の整備には予算的裏付を必要 と するが, より広い範囲の問題 として考 えた場 合直ちには対応 しかねる問題である
」とした うえで , 「現時点 において原告 らの求め る措 置までは必要がない とした被告の各判定は, 行政庁の裁量の範囲内にある」 との認識を示
している。
上記④判決で も , 「職場環境 をどの ように 設定するかについては一定の裁量権があるも の と認め られるところ,被告において,原告 を含めた非喫煙者の健康に対する影響,その 程度のほか,本庁舎が狭陰で独立 した喫煙室 を設置することがで きない という制約がある こと, ‑ 等諸般の事情 を考慮す る と,現 時点 においては ‑‑‑裁量の範囲を逸脱 した
とはいえない」 との認識を示 している。
上記⑤判決で も , 「両中学校の庁舎の構造 上,物理的に他の場所に喫煙室を設けること は容易ではな く,現時点では最大限可能 と思 われる分煙措置を講 じていることも認め られ る」ので , 「原告の生命及び健康 を受動喫煙 の危険か ら保護するよう配慮すべ き義務 に被 告が違反 した とはいうことがで きない」 との 認識 を示 している。
3.
タバコ訴訟における裁判所の考え方の検討 以上の ように,裁判所は,原告の請求を棄 却する法的根拠 として,( 1 ) 受動喫煙の重大 さ の不承認
,(2)喫煙の社会的承認
,(3)受忍限度 請
,(4)建物構造上の困難, といった理 由をあ げている
(6)わけであ るが, これ らの理 由は説 得力を持 っているのであろうか。
結論か ら言えば, タバコ訴訟 における以上 の裁判所の考え方は理解に苦 しむ ものが少な くない。そ こで,本節では,タバコ訴訟で裁
判所が示 した これ らの理由ごとに検討すると ともに,裁判所の考 え方の間違 いを指摘する こととしたい。
( 1 ) 受動喫煙の重大 さの不承認
裁判所は,一般的に,受動喫煙の結果,眼, 鼻,喉の痛みなどの被害や不快感を受けるこ
とがあることは認め られるが,受動喫煙によ る健康被害は 「 一過的」な ものであ り,これ による健康上の被害は明 らかではない と判断 している。
しか し,裁判所は,受動喫煙の有害性に関 してまった く理解 していない と言わざるを得 ない。世界的規模で積み重ね られて きている 動物実験や疫学調査報告,人間を被験者にし ての急性被害の実験データな どの結果,受動 喫煙の被害が非喫煙者の健康や生命に重大な 影響 を与えることが医学専門家か ら報告 され ている。 また,喫煙が喫煙者の人体に とって 有害であることに とどまらず,喫煙者が出す タバ コの煙 に非喫煙者がさらされる 「 受動喫 煙」 もまた有害であるとの認識は
,1970年代 のア メリカにおける公的機関の報告,WHO ( 世界保健機構)の勧告を経て
,70年代の終 わ りにはわが国において もある程度共有 され るようになっていた。
その後 も,受動喫煙の慢性的影響 を肯定す る研究業績が増加 しつつある とする
1987年の 旧厚生省の 「喫煙 と健康一 喫煙 と健康問題 に 関する報告書」 ( 通称 「たば こ自書 」 ) の指摘 や,受動喫煙がアスベス トと並ぶ最 も危険な A クラスの発癌物質であるとする
1993年
1月 のア メリカの環境保護庁
(EPA)の レポー トの存在な どか らみて も,受動喫煙が非喫煙 者の健康に及ぼす影響は明瞭な もの となって いた と考え られる。
2001
年
12月に報告 された 「喫煙 と健康問題
に関する検討会
(7)」報告書で も,近年受動喫
煙の健康影響についての研究が進み, 肺がん, 虚血性心疾患等の疾患の リスクを上昇させる
ことが報告されているとともに,胎児や乳幼 児に対 しても,乳幼児突然死症候群の危険因 子 とな りうることが報告 されている。
後述する受忍限度論は,受動喫煙 による健 康被害は 「 一過性」の ものである ということ を前提 としているが,その背景に受動喫煙に 関する無知,無責任が存在 していることが伺 われ, 到底認め られるものではないであろう。
さらに,裁判所は,原告の提示する証拠に よっては,受動喫煙によって肺がんな どの病 気に羅患する危険の増大が証明された とはい えない としているが,この点は,証明責任の 見地か ら問題 とされるであろう
(8 ) 0
(2)
喫煙の社会的承認 (日本社会では喫煙に 寛容な風土なのか ?)
タバコに寛容な 日本の社会風潮を容認する 理 由も間違 っている。た しかに,従来の 日本 の社会はタバコに寛大であった といえるかも しれない。 しか し,それは, 日本たば こ産業 がタバコに関する情報を隠蔽 し,青少年や若 い女性 をターゲ ットにしてタバ コ拡販政策を 展開 して きたか らである。
WHOの世界各国 に対する喫煙規制に関する度重なる勧告 にも かかわ らず,厚生行政をあずかる厚生労働省 ( 旧厚生省)の この方面の動 きは鈍かった と 言わざるを得ない。 もしタバコに寛容な 日本 社会の風潮があるとすれば,それはタバ コ拡 販政策 を とる財務省 ( 旧大蔵省) と日本たば こ産業,そ して厚生行政の怠慢が原因である と言わざるを得ない。裁判所は,以上の よう な本質的なことにはまった く触れず,列車内 の煙害 を受忍限度内 とする理 由 として , 「た ば こに寛容な 日本社会の風潮」をあげるので あって,まった くもって本末転倒 している( 9 ) 0
また,喫煙の社会的承認 ( 喫煙が広 く国民
に許 された噂好であること)を嫌煙権否定の 論拠 とすることは, これまで非喫煙者にさん ざん迷惑をかけて きたか ら,今後 も認め られ るべ きだ というのに等 しい。 この ような考え 方は,いわば加害者の論理であ り,到底認め
るわけにはいかない。
なお,上記( D判決では,喫煙の社会的東認 を 「公知の事実」 と認定 しているが,この事 実認定 自体にも多 くの問題を抱えている。す なわち,そ もそ も日本社会が喫煙に寛容であ るということが公知の事実 といえるか という 問題のほか,それを認定する際に,当事者に も何 らかの主張 ・立証の機会を与 えるべ きで はないか という問題なども指摘で きよう( 1 { カ 。
( 3 ) 受忍限度論
裁判所は , 「たば この煙 は迷惑不快であっ て も喫煙権 を奪 うことはで きず,間接喫煙は 不快の程度によっては我慢 しな くてはな らな い」 として, タバコ問額 について も,いわゆ る 「 受忍限度論
」を採用 している。
しかし,裁判所は,受忍限度諭の内容をまっ た く理解 していない と言わざるを得ない。従 莱,差止訴訟において用い られた受忍限度論 の内容は,被侵害利益の種類ないし性質 と加 害行為の態様 とを比較 して,被侵害利益が軽 微である場合には,加害行為の持つ公共性が 高 く評価 され,差止が認め られに くくなると いうものである。た とえば,新幹線や空港な どの付近住民が騒音や振動被害を受けている ような場合で も,他方輸送力の増大などの公 共の利益 とのバランスを考 えて
, (周辺住民の 持つ健康な どについての利益と
,公共輸送のための不 可欠の施設 としての空港の公共性 とを秤 にかけて)場合によっては被害住民に受忍 して もらわざ
るを得ないような状況で使われることがある
理論である。すなわち,簡単に言 えば,受忍
限度論は,加害行為の持つ公共性が被侵害利
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益を凌駕する場合に,加害行為の差止めを認 めない とい う考え方 といえよう。少な くとも 指摘で きることは,受忍限度論は,加害行為 に公共性が存在する場合に用い られる理論で ある とい うことである。
では, この受忍限度論を受動契煙問題に当 てはめた場合に, 加害行為に公共性が存在 し, それは被侵害利益 を凌駕するものなのであろ
うか。
た とえば,上記( 丑判決の事例をみた場合, 受動喫煙 による被侵害利益が軽微な ものであ るという判 旨の前提はそのまま承認するとし ても,加害行為の公共性が存在 し,それは被 侵害利益 を凌駕するものであるとは到底思わ れない。本件では,喫煙者を相手 とするので はな く,国鉄に対 して訴訟が提起 された。 と する と,受忍限度論 に立 った として,原告の 侵害 された とされる利益 と比較 される,加害 行為の持つ公共性 とはいったい何を意味 して いるのであろうか。本件 において,被侵害利 益たる原告の利益 と対置 されているのは,輸 送機関 としての業務その ものではな く,禁煙 車両を接続 しない列車を運行させ る行為であ る。すなわち,本件でいうところの国鉄の加 害行為 とは,列車内における喫煙行為を放置 した ことにより非喫煙者 に受動喫煙を強いた ことであろう。そのことと,公共性が認め ら れる国鉄の輸送機関 としての役割 とは どのよ うに結びつ くのであろうか。た とえば,新幹 線沿線に住む住民が,新幹線の騒音 ・振動 に よって健康被害を受けた として新幹線の騒音 制限を求めた事例の場合,公共輸送機関 とし ての新幹線 か ら発 す る騒音 C振動 が問題 と なったのであるか ら,加害行為の持つ公共性
とい う理解は難 し くない。 これに対 して,本 件の場合に加害行為の持つ公共性が何である
かイメージで きるであろうか。
上記①判決は,社会に喫煙者が多 く,かつ,
社会 自信 も喫煙に対 して寛容であるな どの事 実がある以上,全列車に禁煙車を接続するこ とは,被告の公共輸送機関 としての使命に抵 触するとしている。 しかし,社会の半数以上 が非喫煙者であるという事実を前提 とし,か つ,客車の半数程度を禁煙辛 とすることが原 告の請求であることを考えれば,請求を認め て被侵害利益の救済を図って も,国鉄業務の 公共性を損なうとは考えに く
い (lわoそ もそ も, タバコ訴訟の場合,利益の公共 性が うたわれて も,その実質的内容は私益 と 私益の争い と捉えられることが多 く,その意 味では受忍限度論 を用いることはふさわ し く ない といえる。 とりわけ,上記④判決のよう な職場での喫煙規制に関わる事件で,本来, 私益 と公益の調整原理 として受忍限度論を用 いることに対 しては,この根拠が不明確であ るといえよう。
以上の ように考 えると,公益 と私益の衝突 を調整する原理である 「 受忍限度論」が,受 動喫煙問題の解決に有効な調整の道具である
とは到底思われない( l カ 。
( 4 ) 建物構造上困難論
受動喫煙の害を防 ぐためには予算措置を伴 う改築が必要 になる場合がある。 この点につ き,②の判決 において,裁判所は , 「分煙 は 理想だが建物の構造上困難な場合には,で き るだけで足 りる」 として,いわゆる建物構造 上困難論を展開 している。
しか し,で きるだけの分煙対策で足 りると いう方法は,喫煙者の喫煙する自由を前提 と した対策 であ るばか りでな く,非喫煙者 の
「 受忍限度論」を前提 とした対策 といえる。
すなわち,できるだけの分煙対策 という場合, 非喫煙者に対 して 「 我慢」を要求 しているこ
とと同じであ り,いわば非喫煙者の犠牲の上
に成 り立 っている といえる。
そ こで,本来 であれば,建物の構造上困難 な場合には,当該建物 におけ る喫煙 は全面的 に禁止す るとい う視点が必要であろう。そ も そ も,建物を全面禁煙 に した ところで,さほ ど予算はかか らないはずであ る。 とい うより ち,全面禁煙 にすれば,清掃費用 もかか らな い。裁判所の建物構造上困難論の考 え方 には, 以上の視点が欠けている。 しか も,建物 内を 全面禁煙 にす る方が,間違 いな く受動喫煙の 害 を防 ぐ効果は大 きい。
第
3章 タバコ問題の構造 と基本的な視点 ( たばこ問題の基本的な考え方)
タバコ訴訟 における問題点を踏 まえて,今 後の法制的課題 を示す前 に,タバコ問題の構 造 と基本的な視点を確認 してお くこ ととした
い。
1
.喫煙者 と非喫煙者の利害の対立構造 タバ コの問題 を考察す るに当たって,喫煙 者 と非喫煙者の利害が どの ように対立 してい
るかを確認 してお くこととする。
まず,喫煙者 は 自らの意思で喫煙す るが, 非喫煙者は 自分の意思 とは関係な く日常的に タバコの煙にさらされる。すなわち,非喫煙 者は,いわば無理矢理 にタバ コの煙 を吸わさ れているのであ る。非喫煙者がタバ コの煙 に よってさらされ吸引 させ られることを 「 受動 喫煙」とい うが , 「間接喫煙」 , 「 不随意喫煙」,
「 強制喫煙」あるいは 「 環境たば こ煙への曝 露」な どといわれるこ ともあ る個.喫煙者 に とっては,タバ コの煙は 「 小 さいこと」 か も しれない( 1 4 ) が,非喫煙者 に とっては,喫僅者 の吐 き出すタバ コの煙は不快以外の何物で も ない。 しかも,受動喫煙問題は,快 ,不快 と い うレベルで済 まされ るほ ど軽 い ものではな く,非喫煙者の健康被害 を もた らす とい う意
味で,非喫煙者の健康権,人格権に関わる現 代最大の人権問題の 1つ ともいえる。
次に,非喫煙者は受動喫煙の被害 を一方的 に受けるだけであ る。すなわち,非喫煙者は タバコか らは迷惑 を被 るだけで,何 ら利益 を 得 る ところはない。また,タバ コ問題の場合,
自動車公害な どと違 って,加害者である喫煙 者 と被害者である非喫煙者の問には,立場の 入れ替わる互換性 もない。 したがって,非喫 煙者 が加害者 とな る こ とは考 え られないの で,非喫煙者は,いつまで経 って も得な こと は何 1つない。
2.
喫煙の 自由 ( 喫煙権)
前述 したタバ コ訴訟の諸判決では,その文 言な どか ら,受動喫煙 を強 い られないことの 利益 に対 して,長 い間社会的に承認 されて き た個人的噂好 としての 「 喫煙の 自由」を対置 させている と捉 えることがで きる。 この よう に捉 えた場合,喫煙の 自由 ( 喫煙権)を どの ように解す るかが重要 となる。そ こで,本節 では,喫煙の 自由 ( 喫煙権)について確認す ることとする。
今 日,未成年者の喫煙 は,未成年者喫煙禁 止法 ( 明治
33年
3月
7日法律第
33号)で禁止 されてい る ( 同法
1条) 。 しか し,成人の喫 煙は許容 されてお り, 喫煙はた とえ有害で も, 喫煙 を とるか健康 を とるかは本人の 自由選択 の問題 とされている。
喫煙の 自由 ( 喫煙権)の実定法上の根拠で
あるが,最高裁昭和
45年
9月
16日大法廷判決
( 民集
24巻1
0号
1410頁,判例時報
605号
55貢)
は , 「喫煙 の 自由は,憲法1
3条の保障す る基
本的人権の一 に含まれ」 る とし,喫煙の 自由
を憲法上の権利 として認め るかの ように述べ
ている。ただ し,上記最高裁判決 と同じよう
に解する学説 もあ るが,最近の学説は,その
仮定的な言 い回 しや人権の インフレ化を懸念
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して,喫煙の 自由 ( 喫煙権)を憲法上の権利 として位置 づ け る こ とに対 して否定的 であ る( l l , ) 0
次 に,喫煙の 自由 ( 喫煙権)は,あ らゆる 時 ・場所 において保障 される性質の ものなの であろうか。もちろん,喫煙の 自由 ( 喫煙権)
といって も,それは決 して吸いたい放題 にし てよい ということを意味するものではない。
この点につ き, 前述の最高裁昭和45 年判決は,
「 喫煙の 自由は,憲法1
3条の保障する基本的 人権の一 に含まれる として も,あ らゆる時, 所 において保障 されなければな らない もので はない」 としている。すなわち,喫煙の 自由 ( 喫煙権)に も限界があ り,あ らゆる時 ・場 所において保障 されるわけではない。
では,喫煙の 自由 ( 喫煙権)には どの よう な限界があるのであろ うか。一般的に,人権 の限界 として,具体的 には,以下の ものをあ げ るこ とがで きよう( 1 ' 5 ) 。第 1に,人権の行使 が,他人の生命や健康 を害するような もので あってはな らない。第
2に,他 人の人間 とし ての尊厳 を傷つけてはな らない。第 3に,他 人の正当な人権の行使 を妨げてはな らない。
以上 か らも伺 えるように,喫煙の 自由 ( 喫煙 権)は,喫煙す る としない とは個人が 自由に 決定で きる といって も,他の誰 にも迷惑 をか けることではない とい うことが前提 となって いることに注意す る必要がある。すなわち, 喫煙 の 自由 ( 喫煙権)は,人権の本質上,他 に迷惑 をかけないことを 「内在的制約」 とし ている。
これまで ( 現在 で も ?),喫煙者 は, どこ で もいつで もタバ コを吸い, どこにで も吸殻 を捨 てて きた。 自分の行為が周囲の者 にどれ ほどの苦痛 を与 えているかな ど全 く気にする ことな くタバ コをスパ スパ吸って きた。 この 有様は,喫煙の 自由 とい うよりも,喫煙者の 横暴 とで もいうべ きであろう。
ただ し,先 ほ ど,成人の喫煙は許容 されて お り,喫煙はた とえ有害で も,喫煙 を とるか 健康 を とるかは本人の 自由選択の問題 とされ ている と述べたが, タバ コの場合, タバ コの リスクに関 す る情報 が十分 に浸透 して お ら ず,また警告 も不十分であ り, 自由選択をす るうえで必要な情報 が消費者であ る喫煙者 に 提供 されていない とい う点に注意する必要が ある。しか も,タバ コの場合,依存性があ り, 喫煙者 自身の意思で タバコをやめることは非 常 に困難である。 各種の調査で も喫煙者の 3 人に
2人が 「 禁煙 したい」 と考 えているのに 吸い続けるのは,タバ コに含まれるニ コチン に強 い依存性 があ るか らといえ,禁煙 したい と思 って も禁煙で きないのである。 タバ コ会 社は,その依存性 をフルに利用 しているので あ る。 この点 につ き,上記⑥判決
(「タバ コ病訴訟
」)では , 「たば こには,たば こ煙 中に含 まれ るニ コチンの作用 による依存性 があ り, 喫煙習慣 がついたあ との禁煙 には困難を伴 う ものの,その依存性の程度は,身体依存につ いては心理的症状がほ とん どで依存の程度は 微弱であ り,精神依存について も,ある程度 の依存はあるものの,その程度は禁制品やア ル コール よ り格段 に低 く,喫煙者 自身の意思 及び努 力による禁煙がで きないほ どの もので はな い と認 め られ る」 と判 断 してい るが, まった くもって納得で きない。
3.
非喫煙者の権利 ( 嫌煙権)
次に,非喫煙者の権利 ( 嫌煙権) も確認 し てお く。
閉鎖空間や密集空間での喫煙は公害工場の 煙 に も比するもので,周辺 にいる非喫煙者 に 不快感のみな らず健康被害 を も与 えることが 明 らか となって きた。 そこで,非喫煙者は,
「 嫌煙権 」 を提唱するようになったわけであ
る。 もっとも,嫌煙権 には,確立 された定義
というものはない ように思われ る的が,本稿 では, とりあえず,嫌煙権を 「タバ コによっ て汚染 されない清浄な空気を吸 う権利」 と定 義 してお く。それ よりも,嫌煙権は,具体的 に どの ようなことを要求する権利なのかを確 認する方が意義があるように思われるので, 以下では,嫌煙権が要求する内容を確認 して お く。
嫌煙権訴訟で活躍 している伊佐山芳郎弁護 士 による と , 「嫌煙権 とは,非喫煙者の意志 に反 して他人のたばこ煙を受動的あるいは間 接的に吸わされる結果,かな りの健康障害を 受ける点に着 目し,これを 『たば こ公害』 と 位置づけて,非喫煙者の健康 といのちを守 る ために,公共の場所や共有の生活空間での喫 煙規制を訴 える権利主張」である( 1 功 。すなわ ち,嫌煙権は,具体的には,公共の場所や共 有の生活空間における喫煙の制限を求めるも のであるといえる。 この ように,嫌煙権は, 喫煙者の喫煙 の 自由に干渉 す る ものではな く,単に,公共的な場所 における喫煙の制限 を主張 しているにすぎない とい う特徴を指摘 することがで きる。
嫌煙権 の実定法上 の根拠 も問題 とな る。
前述①判決で,専売公社は , 「タバ コの煙 に
よって汚染 されていないきれいな空気を吸 う 権利 は何 ら実定法上認 め られた ものではな く,タバコの煙 によって精神的苦痛を被 って もそれは法律上保護 された利益 が侵害 された ことにはな らない」と主張する。この ように, 公法上の規制がないか ら汚染が許容 されると いう主張は,公害訴訟で加害者側が よ く持ち 出す論理であるが,四 日市鴨息訴訟等の判例 で否定 されている。そ もそ も,空気を呼吸す る権利は実定法上の どこにも規定がないが, それは憲法や法律で改めて創造 しな くて も人 間が生まれなが らにして持つ当然の権利であ る。一定の清浄を保つ空気を吸 う権利 にして
も同様である。 この権利 を,人格権の‑内容 とみて,憲法1
3条の幸福追求権に根拠を ( 確 認的に)求めて もよいが,いずれにせ よ,法 律上の禁止がな くて もこれ らの権利を侵害 し てはな らないことは明白であろう( 1 9 ) 0
ところで,人権の構造 については,背景的 権利,法的権利,具体的権利 という動態的段 階構造 として とらえる考 え方がある。すなわ ち,具体的権利や法的権利がそれぞれ裁判所 や立法 ・行政 を拘束するのに対 して,背景的 権利は,「各人各様の立場 にそって, これこ そ人間に とって大事なものだ として主張 され る権利」 ととらえる考 え方であるe q 。嫌煙権 訴訟では,嫌煙権 について,裁判上の判断基 準た りうる権利 としての人権 というほどまで には成熟 していない という判断を示 している が, この訴訟 における嫌煙権の主張は,以上 の考 え方に従えば,背景的権利に近いもの と 考 えられる。背景的権利は,裁判所や立法 ・ 行政を拘束するわけではないので,背景的権 利を主張することはさほ ど重要ではない とい う考 えもあろうが,背景的権利は,その後の 裁判所の判断や立法,行政的措置によって, その権利内容の特定化を進めることになると 考 えられるか ら,背景的権利を主張すること の重要性は少な くない といえよう伽。
4.喫煙権 と嫌煙権 との関係
嫌煙権 という発想には反発 も少な くな く, またその前提 として誤解 も多い。た とえば, ある世論調査 に よる と , 「人の好みに干渉す
るのはよ くない。 タバコを吸うのは個人の自
由であ り,禁煙の押 し付けは御免だ」として,
嫌煙権に反対する者がいる。しかし,これは,
嫌煙権を誤解 しているか,さもなければ喫煙
の 自由の特権を主張 しているかの どち らかで
ある。そこで,以下では,繰 り返 しになるか
もしれないが,喫煙の 自由 ( 喫煙権) と嫌煙
65
権の関係 を確認 してお く。
第 1 に,嫌煙権 は,喫煙者の喫煙の 自由に 干渉 す るものではない。すなわち,嫌煙権 は,
「タバ コをやめな さい」あ るいは 「 全面的 に 禁煙 すべ きだ」 な どと主張 してい るわけでは ない。 そ うではな く , 「喫煙者 が タバ コを吸 うのは 自由であ るが,非契煙者の吸 う空気ま では汚 さないで くれ ( 周 りには迷惑 をかけな いで くれ)」 と主張 してい るにす ぎない。前 述の ように,喫煙権 は人権の本質上他 に迷惑 を与 えない ことを内在的制約 としているが, 嫌煙権 は,いわば,契煙 の 自由の内在的制約
を顕在化 させているにす ぎない。
第 2 に,嫌煙権 は禁煙 を押 し付 けているわ けではない。嫌煙権は,喫煙者 の喫煙の 自由 を認 めた うえで,公共的 な場所 におけ る喫煙 の制限 を主張 しているにす ぎない。すなわち, 嫌煙権 は,単 に,喫煙の場所的制限を制度化 す るこ とを訴 えているにす ぎない。 したが っ て,嫌煙権 は,喫煙者 に対 して 「全面的 な」
禁煙 を押 し付 けてい るわけではない。
以上の ように考 える と,喫煙 の 自由 と嫌煙 権 とは必 ず し も相反 す る とい う もの で はな く,両者 を両立 させ る余地があ ることがわか る。
前述の ように,裁判所 は , 「喫煙者の利益
」と 「 非喫煙者の利益」 との 「 利益考量」 を し た うえで , 「喫煙 の社 会的承認 」 への配慮 を 求め る特殊 な 「 受忍限度論」を採用 してい る。
た しか に , 「喫煙者 の利益
」と 「非喫煙者 の 利益 」 との考量 をすべ きであるこ とはその通 りであ る。 しか し , 「非喫煙者 の利益 」 を劣 後 させて 「 受忍 せ よ」 とい う結論 を導 き出す こ とはで きない。 む しろ , 「喫煙 者 の利益」
と 「非 喫煙 者 の利益 」 の両者 を両立 させ る
「分煙
」の道 こそが模索 されるべ きであ り, しか もそれを,個 々人の意識 レベルで広 く社 会に行 き渡 らせ るこ とが肝要 といえようe カ o
もっ とも,嫌煙権 は,喫煙者 に対 して 「 全 面的な」禁煙 を押 し付けているわけではない とはいえ,喫煙の場所的制限 を要求す るもの であ るので,喫煙者 の側 か らす る と , 「喫煙 の場所 を制限 された ら,喫煙者 が喫煙 す る場 所 はほ とん どな くな る」 と反発 す るこ ともあ ろう。 しか し,現状 では,逆 に非喫煙者 が清 浄な空気を吸 う権利 がほ とん どな く,汚 され た空気の受動的喫煙 を押 しつけているのは喫 煙者である。 また,喫煙者用 には,喫煙場所 を設 ければすむ こ とであ り,また,喫煙者 と いえ ども
1‑ 2時間禁煙す ることぐらいは受 忍限度の範 囲内のはずであ る。
なお,喫煙 の権利 は多数決 では奪 い得ない との疑問 を出す向 きもあるが,喫煙 の権利は 他人の生存のために呼吸す る空気 を一時の快 楽のために汚染す る権利 まで含む ものではな いはずであ る。 したが って,非喫煙者が絶対 少数 で もその者の同意 がないかぎ りは,はば 全員が喫煙 に賛成で も,みんなの ものであ る 空気を一方的 に一定基準 を超 えて汚染 するこ とは許 されない。 多数決で奪 い得 ないのは喫 煙権ではな く,非喫煙者の清浄 な空気 を吸 う 権利であ るe ̀ 3 ) 0
5
.嫌煙権 ,喫煙 はモ ラルの問題 ?
嫌煙権 な どとやた らに権利 を振 り回すべ き ではない,本来はモ ラルやマナーの問題で, 良識 を もって解決 すべ きだ との主張 がある。
た しかに,モ ラルや良識 を もって解決 で きれ
ばそれに越 した こ とはない。 しか し,モ ラル
や良識 では解決で きない。 た とえば,わが国
の喫煙者 の中で , 「タバ コを吸 って もよろ し
いです か
?」と一言断 って吸 うエチ ケ ッ トを
わ きま えた紳士 が どれ ほ どい るの で あ ろ う
か。 ほ とん ど ( はば1
00%)の喫煙者 は,職場,食堂,喫茶店,路上 な ど,いつで もどこ
で も,周囲の迷惑 な どまった く気 にす るこ と
な く,傍若無人にプカブカ とタバ コを吸 って い るのではなかろ うか。 また,禁煙 を求め ら れて,素直に応 じる者 も,少 な くとも私 の経 験 では皆無であ る。 さ らに, タバ コを吸 った 後 も,路上等 に平気で吸殻 を捨 ててい るので はなかろ うか。少 な くとも,私 は,いままで
(33年 の人生の中で)路上喫煙 してい る者 が 吸殻 を路上 に捨てなかった光景 をほ とん ど見 た こ とがない。 この ような喫煙者 に対 して, モ ラルや良識 に よる解決 が期待で きるのであ ろ うか。モ ラルや良識では解決で きないか ら, 非喫煙者 はやむにやまわず嫌煙権 を主張 して いるのであ る。
したが って, この間題 を喫煙者のモ ラル に 期待す る限 り非喫煙者 は常 に被害 に泣 かざる を得ないのであ って,加害者のモ ラル に期待 す る限 りは何の解決 にもな らない。他方 ,非 喫煙者 が,遠 くに少 しで も煙 を見れば さっそ く抗議 す る とい うのは行 き過 ぎであろ うが, 嫌煙権論者 がそ うした非 良識的行動 を とって い る とは思えない。 よって,嫌煙権の間額 を モ ラルの問題 ととらえる限 りは, 目下の とこ ろでは,専 ら喫煙者 に味方 し,非喫煙者の窮 状 を ま った く理 解 しない結 果 とな るで あ ろ
う。
6.