山下隆資 I はじめに 小 論 で は , フ ラ ン ク ・ タ ネ ン バ ウ ム (FrankTannenbaum) 教 授 の 労 働 組 合
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(2) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 1 4 3. ‑143‑. F・タネンパウムの労働組合論について. 彼の理論は,ダンロップ(JTDunlop)教授やそーガン (CAMorgan)教授 などからも高い評価を受けている。 さて,タネンパウム理論の特徴は,一口でいうならば. r 社会 ( s o c i e t y o r. community)jとしての労働組合論を展開している点である。彼 ρ主張は,産業 革命によって古き秩序ある「社会」は崩壊し,労働者は,原子化された個人間 の生存競争が支配する「産業社会 ( i n d u s t r i a ls o c i e t y )jのなかに投げこまれた。 この社会では,労働者は,必然的に生活に対する保障なき「不安感 (af e e l i n g ofi n s e c u r i t y )jを抱くようになる。そして,労働者は「不安の恐怖 ( t h et h r e a t ofi n s e c u r i t y )jから逃れ, s e c u r i t yを求めて労働組合を結成する。この場合, この s e c u r i t yは,単に経済的のみならず,道徳的意味をも含んでいる。したがっ て労働組合は,単に経済的目的のみならず,道徳的目的をも持つ一つの「社会」 にほかならない, というのである。 以下において, タネンパウムの展開する労働組合論をみることにする。. I I 古き秩序ある「社会」 タネンバウムは,共通の労働に従事する人間のあいだには,必然的に「一体 感 (asenceo fi d e n t i t Y ) j が生じ,そしてこの「一体感」が人々をして,一つ の「社会」を形成せしめるという. (6旬き時代のギルド. (g肌 村 落 共 同 体 ( v i l l a g e. community),荘闇 (manor)といった共同体も, 日常的に同じ仕事をする人々 の「一体感」から形成された一つの「社会」にほかならなし、。そこでは. r 慣習. (3) ダンロップは,タネンパウムの理論は,労働組合の起源,労働運動の目的,個々の労働 者が何ゆえに労働組合に加入するか,といった問題について論究しているとし,彼の理論 JTDunlop The D e v e l o p m e n to fL a b o rO r g a n i z a t i o n :A を高く評価している (. T h e o r e t i c a lFrameworkぺi nI n s i g h t si n t o LaborI s s u ω & LbyRALestera n dJ S h i s t er .M a c m i l l a nC o . .1 9 4 8,p p . .165‑166)。. (4) モーガンは,アメリカにおける信頼すべき労働運動の理論家として,ホクシー,コモン ズ(JRC ommons),タネンパウム,セリング・パーノレマンの 4人の名前をあげている ( C. A M o r g a n . .LaborEconomics,t h eD o r s e yP r e s s .1 9 6 2,p .3 2 6 )。 (5) タネンパウムは,労働者の保障なき不安な生活状態を i n s e c u r i t yという言葉で表現し, 保障され安心で、きる生活状態を s e c u r i t yという言葉で表現している。 (6) FTannenbaum,A P h i l o s o J う h y0 /Labor A l f r.
(3) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 第5 7巻 第 1号. ‑144‑. 1 4 4. ( c u s t o m ) Jが,人々のあらゆる行動を規定し,人々はそれによって保護され, 安定した生活を送ることができたというのである。 そして,彼は,現在の「産業社会」で生活している労働者は,この古き秩序 ある「社会」とそこでの「正常な生活方法」に,復帰しようと願っているとい うので、ある. fbまり,古き秩序ある「社会」での「正常な生活方法」をとりも. どすために,労働組合を形成したというのである。 では,労働者が復帰を望むこれらの「社会」とは一体どのような「社会」で あったのか,又,そこではどのような「生活方法」がとられていたのか,タネ ンバウムにしたがって,. まずこの点から見てゆくことにする。. ( 1 ) ギルド ( g i l d ). タネンパウムによれば,ギルドは,世界の広範聞にわたって,鍛冶屋,鍋細 工師,石工,大工,靴職人,運搬入,洋服仕立職人,理髪屋,パン屋,医者, 商人等々あらゆる職業においてみられたと L、う。そして,その形成された歴史 も古く,中国においては,少なくとも 1 0 0 0年前には存在し,インドにおいても 紀元前 6 0 0年にそれが存在していた。又古い日本にも,イスラエルの社会にも, ギリシアにも存在しており,さらに,中世紀又はそれ以前のローマ及びヨーロッ パにおいても,数世紀にわたって存在し続けてきた。そしてそれは「世界各地 における町や市の生活の一部として受け入れられていた」というのである。 さてこれらギノレドは,時代と国によって異なった形式をとっているが,多く の類似点を有していたと彼はいう。 一般にギルドにあっては「その会員は¥¥兄弟姉妹 11 として知られており,そ の組織は自治制 ( s e l f ‑ g o v e r n i n g )了、あり,民主的に運営され,そこでの決定 は,会員に対し強制力をもっていた。「法律上のギルドの地位は,時代と場所に よって異なるが,長い期間,共同体の地位にあり,彼らの決定は,法律上の一 部と考えられ,あるいは少なくとも,裁判官はその決定を考慮に入れた」とい ( 7 ) , (8) I b i d,p .1 4 (9) I b i d,p . .1 5 ( 10 ) I b i d,p .1 7.
(4) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 1 4 5. ‑145‑. F.タネンパウムの労働組合論について. うのである。 またギルドは,自分達の職業を破壊から守り,彼らの権利が,他の職業の者 によって侵害されることを防ぐために,. さまざまな「規制」を作っていた。タ. ネンパウムはし、う。「ギルドは組合加入の条件を限定することによって,労働供 給を統制しようと試みた。彼らは,賃金,時間,価格,品質及び使用する道具 を規制した。各会員の平等を求め,不正な競争と損害から各会員を保護し,安. s t a b i l i t y )を求めて奪闘した。彼らは明外部の者"を排除した。彼らは自分 定 C の教区の市場の完全なる支配を確保しょうと試みた. j l L。. このほか,ギルドは自分達の手で「会員聞の紛争」を解決し. ' r 商売上必要な. あらゆるもの」を自分達の手で処理した。また「ギルドの多くは,詳細な刑罰 規定を所有していた」し. i財産を所有し,遺言状を作成しないで死んだ会員の. 財産を処分する権利」なども有していた。 そしてタネンパウムは, このようなギルド社会における人々の日常生活は, 「産業社会」における労働者のそれとくらべてみて,はるかに経済的・精神的 に安定していたと考えるのである。 ( 2 ) 村落共同体. ( v i l l a g ecommunityo ra g r i c a l t u r a lcommunity). タネンバウムは,都市におけるギルド社会と同じようなことは,古い時代の う 。 農業においてもみられたと L、. a g r i c a l t u r a lv i l l a g e ) は「半永住的,永住的,および、移住的」と 農村村落 ( いう i3つの型」に区分されるが. i半永住的農村村落」は「東南アジア,メラ. ネシア,およびアフリカ,ボノレネオ,その他の地域の大部分にみられる Jo i永 住的農村村落」は. iヨーロッパ,インド,中国,ニューギニア,メキシコ,お. よび中南米特にエクアドノレ,ベルー,ボリビア地方に拡がっている」。そして「移 住的農村村落は,現在なお,マレ一半島やアマゾン地方の原始的民族のなかに 発見される」。 ( 1 1 ) ( 12 ) ( 13 ) ( 14 ). I b i d,p 1 9 I b i d "p "2 1 I b i d,p "1 7 I b i d,pp24‑25 ,.
(5) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 第5 7巻 第. ‑146‑. 1号. 1 4 6. そしてこれら多くの農村共同体には,家長組織 ( p a t r i a r c h a lo r g a n i z a t i o n ) にもとづく家族共同体が存在し,数家族のものが「大きな家に住み,その土地, 家畜,および、貨幣」などを「共有」していた。また「工業,商業及び貿易にお けると同じように,共同計画が農業においても広くおこなわれていた」。さら. n o m a d i c に「ある共通の規則,伝統および相互承認の責任の存在は,遊牧民族 ( t r i b e s ) にも発見することができる」。 このように,世界の広い範囲にわたって,古き時代の農村においても,人々 は「自分一人であるいは自分自身のために生活するということはしなかった。. g r o u p )の一員であり,共通の規則にしたがい,集団の保護によ 彼は常に集団 ( る恩恵を受けていた;?かくて人々は「集団」のなかで. r 慣習」と「伝統」に. 守られ,落ち着いて安心した生活を営むことができたというのである。 ( 3 ) 荘闇共同体. (manor). 封建制の時代に,荘園に住んでいた農奴 ( v i 1 l e i n )や自由な土地保有者 ( f r e e 僧. h o l d e r )も,すでに述べたギルドや村落共同体と同じように,全員が参加する一 t h ec u s t o m a r y つの共同体を形成していた。この荘園共同体でも「慣習的規則 ( r u l e )J が,人々の「ゆりかごから墓場までの人生を支配していた」。それは「結 婚,相続,教会への出席,教会の祭りなどと同様に落穂拾い,耕作,穀物の収 穫と家畜の飼育をも規定していた」のである。 また荘園共同体は,それぞれの荘園裁判所 ( t h em a n o r i a lc o u r t )をもってい た。そして「法廷は,訴訟当事者によって構成され,求めにより,土地所有者,地 位のある者,官職者のすべてが出席した。一ー一判決は,、、荘園の慣習 ( c u s t o mo f. t h emanor)"~.こしたがってなされ,それらの判決のあるものは,領主に反対す るものもあった;?「法廷は¥¥荘園の慣習"を具現したものであり,もし慣習 と異なった事態が生じたときには,慣習を宣明した。一一一領主は, この地域共 同体の伝統に反する突飛な要求をなすことができず,又,痛めつけられた個人 ( 15 ) I b i d .,p . .2 5. ( 1 6 )‑( 1 8 ) I b i d,p 2 4 ( 19 ), ( 2 0 ) I b i d,p . .2 9 ) I b i d,p 2 6 ( 21.
(6) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ F.タネンパウムの労働組合論について. 1 4 7. ‑147ー. は/1荘園の慣習/1を宣明することによって,仲間の正義感に訴えることができ た Jo ,‑荘園裁判所は,賦役を管理し,叛逆者を罰し,森林を荒廃から守り,農 奴に与えられた土地の保有権の移動を統轄した。又農奴の結婚の自由,荘園を 離れる自由を規制した。それは道徳に反する罪,些細な暴力行為,隣人の家畜 の追い出し,村の穀物を搬出する罪を裁判した。契約の不履行,義務の不履行, 又中傷という個人的な事件でさえも,公聴と裁判のために,荘園裁判所に提出 された」。 このように,タネンパウムは,荘園における「慣習」およびそれにもとづく 裁判所の「判決」は,荘園におけるあらゆる人々の権利と義務を規定し,人々 の経済的生活を保護するとともに,人々の道徳的生活をも支配していたという のである。 さて,以上でみてきたように,‑産業社会」以前の人々は,ギノレド,荘園ある l. いは村落共同体の一員となることにより,彼らの全生活は,そこでの「慣習」 と「伝統」によって保護され,‑平和とやすらぎの生活」が保障されていた。彼 らは,常に「社会」の一員であり,それぞれの「社会」のなかで,各人にふさ わしい役割が与えられ,孤立し見放されることはなかった。それゆえ,人間と しての尊厳が保たれ「道徳的人間 ( m o r a lp e r s o n ) として生活することができ た」と,タネンパウムは考 えるのである。そしてそのような「社会」は,人間 i. にとってもっとも望ましい「社会」であったと彼は信じているのである。いわ ゆる革命家が未来の「社会」に理想を求めるのに対し,タネンパウムはあくま でも過去に存在した「社会」のなかにそれを求めているのである。. I I I ,‑産業社会」と労働者の「不安感」 さて,人々に安定した生活を保障してきた「社会」も,‑囲い込み( en c Io s u r e s )J と「産業革命(in d u s t r i a lr e v o l u t i o n )Jによって,完全に崩壊させられてしまっ ( 2 2 ) I b i d,p . .27 ( 2 3 ) I b i d,pp.27‑28 ( 2 4 ) I b i d,p 3 1.
(7) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 第5 7巻 第. ‑148‑. l号. 1 4 8. たとタネンバウムはいう。 まず「聞い込み」は,人々から平和な自給自足の生活を奪いとった。以前に おいては,人々の大部分は農民であり,彼らは 地方の村落において,自分達の手 i. で作った道具や,自分達の手で栽培した農作物,自分達で飼育した家畜,そして 小川や森や荒地が供給したさまざまなものでいわゆる自給自足の生活を営んで. f r e e h o l d )あるいは騰本保有地 ( c o p y h o l d )は,基本的な いた。「自由保有地 ( 穀物を供給し,共有地と荒地は,実質的な収入に対し,多種多様な貢献をした。 粒牛を飼う権利をもち,その牛は年をとると殺され,肉は塩漬けにされ,皮は 村でなめされるというように,多数の利用がなされた。牝牛はミルクを供給し,. M i c h a e l m a s,9月 2 9日〉までの聞に 、、春からミカエル祭 (. 7トンのチーズと. 1トンのバター 11 を供給した。牝牛も年をとると,肉と皮を残した。羊は,飼 育するのに,牛よりも手聞がかかったが,羊毛,皮,肉そしてミルクさえも供 給した。一一一いたるところにいた豚は,非常に価値があり,驚鳥が鷲鳥飼いを 必要としたように,村では豚飼いを必要とした。牝鶏は,あらゆる農園におり, 肉の供給に加えて. 1年に 1 2 0個の卵を生むことと 7羽の雛鳥をかえすことを. 約束した。荒地と森林は,暖炉の薪,家の建築や修繕のための材木,馬車,鋤,. o x ‑ y o k e ) を作る木材などを供給した。それは屋根のための芝土 牛の一対棒 ( ( t u rf)を提供し,必要なら,乾かして冬の採暖のために燃された。荒地と森林. には,獣や鳥が住み,それは食料として,ワナで捉えられたり,狩猟された。 小川や湖水には魚やうなぎがおり,それは捕えられ,実りのない冬のために塩 漬けにされた」。このように r 1 6 6 0年ごろまでは,労働していた人々は,主とし て土地に密着しており,制限されていたとはいえ,自然の恵みを自由に利用す る権利をもっていた;?このように彼ら農民は,まことに平和にみちた生活を 送っていたのである。 だが. r 囲い込み」が「土地に対する伝統的権利」を人々から奪いとった時,. この彼らの平和な自給自足の生活も消滅することになった。「共有地と荒地の ( 2 5 ) l b i d,p p . .37‑38 p . .3 8 ( 2 6 ) I b i d,.
(8) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 1 4 9. ‑149ー. F・タネンパウムの労働組合論について. 明囲い込み 11 は,それまで土地と密着して生活して来た人々の生活に大きな変 化を与えた。明固い込み H は人々に土地の放棄を強制し,彼らが金銭に依存する ( 27 ). ことを余儀なくせしめ,彼らが生活して来た社会を崩壊させた」のである。 また,タネンパウムは,産業革命が,それまでの人々の生活を保護してきた 「社会」を,完全に消滅さしてしまったと次のように述べている。「産業革命は, 古き生活方法の強固な係船所 ( m o o r i n g s )を破壊し,無力な労働者を,未知の 困難な世界のなかに漂流させた。小さな村では,ゆりかどから墓場までのあら ゆる行動を慣習が規定し,各個人は,すべての人々に知られているドラマの一 つの役割を演じていたが,その小さな村の親しみのなかで育ってきた農夫は,. u l e ) 今や,見知らぬ都市の群衆のなかで孤立し,当惑し,共通の規則 (commonr に対し,無関心な自分を発見するのである。農村,荘固またはギルドで一生を 送ってきた人々の生活方法を形成してきた象徴的な世界は,消滅してしまった ( 2 8 ). 」。これは大きな「道徳的悲劇である」と。 このように「囲い込み」と産業革命は,それまで人々が所属していた「社会」 と人々が道守してきた「慣習」を根底から破壊してしまった。そしてこれに代っ. i n d u s t r i a ls o c i e t y )J である。 て登場したのが「産業社会 ( そしてこの新しく登場した「産業社会」では,人々の置かれた立場は,以前 の共同体におけるそれとくらべてみると,あまりにも大きく異なった。人々は, 「生れた日より死ぬ日まで,守り育て,必要なときには救い,そして生活の喜 びも悲しみも共にした大家族」や た「共同体」から切り離され. r 全生活を保護」し「平和と安らぎ」を与え. r 平等」でかつ「独立した自由」な個人となった。. そして人々は,自分自身に対してのみ責任をもち,自分以外のものに対しては, たとえそれがもっとも身近な親戚であっても,その「幸福 ( w e l l ‑ b e i n g )J に対 して責任をとる必要がなくなったのである。つまり人々は. r 平等」で「独立し. た自由」な個人に分離され,競争市場で,自分の責任において,それぞれの「自 ( 2 7 ) ( 2 8 ) ( 2 9 ) ( 3 0 ). I b i d,p 3 6 I b i d,pp 7‑8 I b i d, p . .8 I b i d,p . . 3 3.
(9) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 第5 7巻 第 1号. ‑150‑. 1 5 0. 己の利益 J r自己の幸福」だけを追求することになったので、ある。 そして,この古い「社会J の崩壊と新しい「産業社会」の成立は,いわゆる. i n d i v i d u a l i s m )Jの理論によって正当化されることになったとタネ 「個人主義 ( o n d o r c e t ),ベンサム(J ンパウムはいう。ロック (JRocke), コンドルセ ( MC Bentham) 等有の個人主義者の主張がそれである。 彼によると,これら個人主義に立脚する理論家は rあらゆる人聞は,自己の 真の利益がなんであるかについて最善の判断をなす知識と知恵を有する」とい う前提に立ち,各人は. r自己の真の利益」を追求する「平等の権利」が付与さ. れていると強調している。そして「人聞は常に自己の真の利益にしたがい,彼 らの正確な本能は,常に彼らを正しく導く」のであり,しかも「各個人が自己 の利益のためになしたことは,全体としての社会にとっても利益である」と主 張しているというのである。 また,たとえば経済学者アダム・スミス CAdamS mith) も,人間の自由な 経済取引は,人聞が正当なものを取得し,社会全体にも調和をもたらし. r自然. の正義 ( n a t u r a lj u s t i c e )J に寄与する。人間の自由は,自己の利益の追求のた めにも,また,その思わぬ結果としてもたらされる社会の利益の促進のために も,必要不可欠である。自己の利益だけにしたがう人間は「この場合でも,他 の多くの場合と同じように,見えない手に導かれ,自分が全然意図してもみな かった目的を促進するようになる。ーーー彼は,自分の利益を追求することによっ て,実際に社会の利益を促進しようと意図するばあいよりも,より有効にそれ を促進するばあいがしばしばある」と主張している。 かくて,このような個人主義的立場にたつ政治理論家や経済学者にとっては, 古い「社会」や「慣習」は,個々人の「自己の幸福 J r自己の利益」の追求にとっ て. r 大きな障害」であり. r 不必要な拘束 ( r e s t r a i n t )Jにすぎないものとなる。. ( 31 ) I b i d,p .5 4 ( 3 2 ) I b i d,p 49 ( 3 3 ) I b i d,p 5 4 ( 3 4 ) A S m i t h . .TheWealthofNati ωZ$. TheModernLibraryNewYork.1937p.423邦 訳。大内兵衛・松川七郎「アダム・スミス諸国民の富(I)J。岩波書庖。 6 79‑680ベージ。.
(10) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ F.タネンパウムの労働組合論について. 1 5 1. ‑151‑. そしてタネンパウムは,これら個人主義者の「楽観主義」や,さらに「生産の 増加,新発明の氾濫,資本の成長」などといった事実が,あたかも「産業社会」 が,個人にとっても国家にとっても,最善のものであるかのごとく思わせたと いうのである。 しかし,彼はこのような個人主義理論を受け入れることができなし、。彼は「産 業社会」におけるいちじるしい「経済的発展」は認める。これはまぎれもない 事実であり,この点での個人主義理論の一応の「成功」は認める。だがしかし 彼は,この「産業社会」で現実の労働者が置かれている位置に鋭い分析の目を 向け,この「産業社会」は決っして労働者に安定した生活を保障するものでは ないとみるのである。 確かに. r 産業社会」において,人々は「自由 j r 平等」で「独立」した個人. となった。彼らはかつての農民や手工業者ではなく. r自由」で「平等」で「独. 立」した賃金労働者となったのである。しかし彼らは,自分の責任で雇用を確 保し,生活を維持してゆかなければならなくなった。そこには,かつて人々に 仕事を与え,彼らの生活を保護した「社会」も「慣習」も存在しない。生きる ためには,彼ら賃金労働者は,競争市場の荒海のなかで,雇用主を見い出し, 労働力を販売し,貨幣賃金を手に入れなければならない。かくて. r自由 j r 平. 等」とは,独立した個人聞における厳しい「生存競争」の「自由 j r平等」を意 味するにすぎない, とタネンパウムは見るのである。 事実,産業革命によって確立した「産業社会」は,一面ではおびただしい物 質的富を生産したとはいえ,決っして労働者に安定した生活を保障するもので はなかった。特に「大工場の発展」が,労働者の経済的・精神的生活に与えた 影響は,はかりしれないほど大きいものがあった。「不安定な雇用 j,r無情な競 争 j,都市貧民街における「貧困と悲惨な生活 j, r 家族の崩壊 j, r労働者の孤立. 状態 j, r道徳的退廃 j, r悪への無関心 j, r無責任 j,他人への,思いやりのなさ, 「機械への隷属」等々これらすべては「大工場の発展」によってもたらされた ものであるといってよし、。そしてこれらのすべては,労働者の心のなかにかっ. ( 3 5 ) FT a n n e n b a u m . .P h i l o s o p h y0 /L a b o r .p 5 4.
(11) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 第5 7巻 第 1号. ‑152ー. 1 5 2. て経験したことのないような「不安感 (afeelingofinsecurity)j を呼びおこ すことになった。 そして彼は. r 産業社会」における,この労働者の抱く「不安感」を鋭く分析. し,それを,労働者が労働組合を結成せしめるもっとも重要な心理的要因とみ なしているのである。 以下において,労働者の抱く「不安感」について,タネンパウムが述べると ころを要約・整理することにする。 ( 1 ) 雇用・賃金に関する労働者の「不安感」。. 「産業社会」では,労働者はみずからの責任で雇用を確保し,生活のもとと なる賃金を手に入れなければならない。もし失業するならば,それは餓死を意 味する。ところがこの「産業社会」では,労働者は「非人格的,金銭的,流動 的なもの」として取扱われ. r日ぎめ j, r時間ぎめ」で雇用されている。しかも. この「産業社会」では,景気変動や技術変革がたえず生じている。かくて労働 者には,仕事を求めての「農村から都市へ j r都市から都市へ j r国から国へ」 という移動 r 職業の転換 j,r 季節的産業における仕事の周期的変化 j,r景気変 動による雇用の増減 j, r 機械の結果から生ずる雇用の変イヒ」と「熟練の解体 j, 「単調でおもしろみのない仕事 j,r 賃金変動」等々といった問題がつねにつきま とう。仕事と労働者との「一体感」は破壊され,ここにあげた諸要因はすべて労 働者に「不安感」を呼びおこさせる。失業期間中,仕事を求めてあちこちの工 場をさまよい歩き. r 求人広告」の前ではすでに先着の数百人の失業者が列をな. しているという光景をみるとき,そして失業者が街角のゴミ箱から食べ物を拾 い,公園で衣服の襟を立て,ポケットに手を入れ背を丸くして集まり,夜は新 聞紙をかぶって眠るという光景をみるとき,労働者には,当然,同一の強い「不 ( 3 6 ) な お ,i n s e c u r i t yについては,?ネンパウムは T h eL a b o rM o v e m e n t ;I t sC o n s e r v a t i v e F u n c t i o n sandS o c i a !C o n s e q u e n c e s .G PP u t n a m ' sSons ,1 9 2 1, c h a p .1で詳しく論じて p s y c h o ! o g y ) いる。そして,労働組合・労働運動を分析するにあたって,労働者の心理 ( を重要視する点では, Sパーノレマンと同じであるの Perlman,A T h e o r y0 /L a b o r ,1 9 2 8 ;R e p . .AugustusM.. K e l l y,1 9 7 0,p . . 2 37 ) 。 M o v e m e n t ( 3 7 ) F .. Tannenbaum,A P h i l o s o p h y0 /Lab o y .p . .1 0 1 .1 0 2 ( 3 8 ) I b i d,p.
(12) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ F.タネンバウムの労働組合論について. 1 5 3. ‑153ー. 安感」がわきおこる。 ( 2 ) 家族・家庭の崩壊からもたらされる労働者の「不安感」。. 貨幣による賃金の支払い制度は. iもっとも密接な人聞の集団」で、ある「家族」. を分解させ,失業者,老人,病人などを,不安定で,貧困と孤独にみちた生活 のなかにおとし入れた。タネンパウムはし、う。「貨幣による賃金支払いは,子供 達をその両親からヲ│き離し,老人も青年も平等とした。個人に対する貨幣賃金 の支払いによって,若者は老人よりも裕福となり,息子は父親に君臨すること ができた。新しい制度のもとでは,娘でさえも,家族から離れる自由を有し, m独立 /1. の生活をすることができる。他の町や他の国から流入してくる個々の. 男子,婦人,子供の大群は,過去において,家族,教会,ギノレド及び他の共同 体によって与えられていた良き生活の鍵を,自分自身で発見するために,都市 の貧民窟のなかに一諸に投げ込まれた。自由で無責任な孤立した労働者が,そ の場所を支配した。ピッツパーグのような鉄鋼の中心地は,互いに自由で,独 立で平等な,そして孤独な個々人の町として記述することができる Jo i貨幣賃. i n d i ‑ 金への依存が強くなればなるほど,家族と集団を構成する人々の個別化 ( v i d u a l i z a t i o n ),平等,孤独が完全となった Jo. i生活の唯一の源泉である貨幣. i n s e c u r i t y ) 賃金は,家庭と教区の両方を破壊した。保障なき不安な生活状態 ( は,突然一般的なものとなった。なぜなら,賃金は不確定で不安定であり,又, 子供,一人ぐらしのやもめ,病人,老人,失業者は,貨幣賃金を得ることは不 可能だからである」と。 かつては,共同体あるいは大家族が,身よりのない子供,老人,病人などと いった弱者を温かく保護し,彼らは安心して生活を送ることができた。だが共 同体も大家族も崩壊してしまった「産業社会」では,これら弱き人々は,つね に不安定で孤狛k生活を強いられる。文,成年男子といえども,個々ばらばら の孤立した労働者として,厳しい生存競争が支配する「競争市場」のなかに投 ( 3 9 ) I b i d,p p . . 3 3 ‑ 3 4 ( 4 0 ) I b i d,p .1 4 6 ( 41 ) I b i d, pp147‑148.
(13) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ ‑154ー. 第. 5 7巻 第 1号. 1 5 4. げ込まれており,もし競争に敗れるならば,それは彼自身の「努力の不足」あ るいは「怠惰の結果」とみなされ,その結果彼は,孤独でみじめな生活を送ら ざるをえなくなる。このように大家族や共同体を失った労働者は,個々ばらば らに引き離され,たえず,孤独で悲惨な生活のなかに落ち込むという「不安の 恐怖. ( t h et h r e a to fi n s e c u r i t y )J につつまれることになる。. ( 3 ) 都市貧民窟での生活から生じる労働者の「不安感」。. 労働者の,都市貧民窟での悲惨な生活を描写したものとしては,エンゲルス. ( F E n g e l s )の『イギリス労働者階級の状態.JJ( D i eLaged e ra r b e i l e n d e nK l a s s e i nEngland ,1 845)が有名であるが,タネンパウムは, これと同じような光景 が,アメリカの工場街や鉱山町でもくりひろげあれてきたと,多くの文献など を引用しながら指摘する。タネンパウムはし、う。「住居は,工場や鉱山の周囲に 密集し,都市は,農村地域から出て来た増大する移住民であふれでいた。そこ 、街路は舗装 には公園もなく,下水設備もなく,また街燈も発達していなかった J されず,でこぼこで,汚く,野菜や動物の排出物でいっぱし、となり,下水溝や排 水溝もなく,そのかわり,よどんで悪臭をはなつ水たまりがあった九多忙な工場 仮小 街は,澄んだ空気,空間,清潔さ,美しさというものを知らなかった Jo r 屋は,大体 1 2 0人ぐらいを収容する。便所や洗濯所などの設備はいっさいなく, 仮小屋の附近が便所として利用された」と。 そしてさらに r密集した街は,労働者大衆を堕落させた。酒乱と不道徳は増 加し,有名となった。居酒屋は,官演と淫事で,街の生活の顕著な特徴となっ た。殺人,強盗,暴行事、件は増加し,刑務所は満員となり,流刑と死刑は普通 のこととなった. 2 〉「工場の周囲の貧民窟に集まっている個々の労働者は貧乏. におちいり,人間として堕落していった」と。 このように都市貧民窟での悲惨な生活は,労働者の人間性をも破壊してしま. ( 4 2 ) ( 4 3 ) ( 4 4 ) ( 4 5 ). I b i d,p 4 2 I b i d,p 4 8 I b i d .,p 4 5 I b i d .,p 4 4.
(14) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ F.タネンパウムの労働組合論について. 1 5 5. ‑155‑. うのであり,かくて都市貧民窟で生活を営む労働者は,たえず「人間としての 尊厳」を喪失してしまうという「不安感」をいだくことになる。〉 さて,以上でみてきたように,タネンパウムは「産業革命」によって確立し た「産業社会」は,多くの労働者に対し,決っして経済的・精神的生活の豊か さを保障するものではなく,否,逆に労働者は,これまでに経験したことのな いような不安定な保障なき生活状態におい込まれ,深刻な「不安感」に悩まさ れることになっていると分析するのである。 そして彼は,労働者はみずからの経験から,個人の自由競争を原理とする「産 業社会」は. r 精力的で,熟練を有し,競争者を追いこして泳ぐことができる狭. 滑な人」あるいは「強者,家運者,無情な人間」のための「社会」にすぎない 社会が存在しなければ,人聞が社会の一員として礼儀 ということを知り,又 r 正しく生きるための習慣も規律も法律も存在しない。また社会が消誠すれば, 労働者の人間としての尊厳は低下する」ということも自覚するようになるとい う 。 その結果労働者は,再び,みずから所属する「社会」を「再建J し,道徳的 人間として生活することを強く望むようになる。「労働者は,すべての人間と同 様に,自分が所属し,かつ役割を演じることができる社会を要求した。彼らは, 認められるドラマの一部を謙遜に演じる機会と,組織された集団のメンバーに なることを,再び欲つした」というのである。 このようにタネンパウムは,労働者の現実の生活状態を分析することにより, 個人主義者あるいは自由主義者が理論的に正当性を主張した「産業社会」は, 決っして労働者に「人間らしい生活」を保障す るものではなく,又労働者は, U. 「個人的利益の追求」だけでは決っして幸福を得ることができない, と結論づ けているのである。 ( 4 6 ) タネンパウムは r たえざる不安の圧力」が,労働者の「犯罪,困窮,悲哀」の「大部 FTannenbaum,TheLa b o rMovemen. tp . .2 0 . )。 分」をもたらしているという ( ( 4 7 ) F. Tannenbaum,A P h i l o s o . ρhy0 /Lab o r .p 3 4 . . 4 8 ( 4 8 ) I b i d .,p . . 4 5 ( 4 9 ) I b i d . .,P.
(15) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 5. υ ι7i. 第. 5 7巻 第 l号. 1 5 6. I V r社会」としての労働組合の成立と発展 次に,労働組合は,一体どこで発生し,どのように発展してきたのか,文労 働組合が幾多の困難をのりこえて長期にわたって生存し続けてきた理由は何な のか,この点についてタネンパウムの述べるところを見てゆくことにする。 彼は「工場制度(fa c t o r ys y s t e m )J が発展するにつれて,労働者と使用者と の接触はますます少なくなり,両者が「一体感」をもっ機会はますます減少し た , とし、う。 だがしかし,他方でこの「工場制度」の発展は,労働者の「一体感」を生み 出す共通の場を与えることになったという。つまり工場は,そのなかに,個人 的に無力な多くの労働者をかかえこみ,彼らに共通の働く場を与えたのであり, その結果,共通の場で働く労働者は,語るべく共通の言葉,共通の感情を持つ ようになったというのである。 この点に関し彼は次のように述べている。「労働者は,同一の工場や鉱山の同 じベンチで働き,手におえない閉じ原材料ととり組み,そしてお互いの協力に 頼っていた。ここに一つの新しい社会を形成する要因があった。それらの労働 者が共に集められた過程は,一体感 ( as e n c eo fi d e n t i t y ) が必然的に生じる 一つのれ社会"を作り出した J r彼ら相互の交際と経験,類似の熟練,仕事台に おける関係,使用する道具,および使用する原材料は,彼らに共通の言葉を与 えた。彼らは,技能,仕事,作業場及び工場という言葉を獲得した。彼らは互. p r i d e ) とか恥 (shame) とかい いに,特定の地方的な意味しか有しない誇り ( う特別なものを持っていた。彼らは光 ( l i g h t ),熱 ( h e a t ),寒さ ( c o l d ),湿気. ( d a m p n e s s )などとし、うものについて不平をいうことができた。彼らは仕事に 関して際限なく語ることができたし,単調なくり返しの些細な事柄についても, それを彼らが臼々共有しているゆえに,無限の興味をもって語ることができた 」と。 ( 5 0 ) I b i d,p 5 8 ( 51 ) I b i d , 十 p . .5 9 ( 5 2 ) I b i d,PP59‑60.
(16) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 1 5 7. ‑157‑. F・タネンバウムの労働組合論について. 要するに, ここでタネンパウムは,共通の場で町共通の労働に従事する人間の あいだには必然的に「一体感」が生れるが. r 産業社会」では工場や鉱山が多く. の労働者に共通の働く場を与えた。個々に引き離された労働者も,工場や鉱山 において再び「心理的・道徳的」に結合されることになった。そして,かつて は同じ仕事にたずさわる人間のあいだに生じた「一体感」が,ギノレドや村落共 同体という一つの「担会」を生み出したように. r 産業社会」では,工場や鉱山. などで一諸に働く労働者のあいだから生じる「一体感」が,労働組合という一 つの「社会」を生み出したとみているのである。 このように彼は,労働組合は. r 産業社会」における工場や鉱山といった生産. の場所で,同じ労働に従事する賃金労働者のあいだから必然的に生れた組織で あるとしているのである。 さて,続いてタネンパウムは,労働組合はまず地方で発生し,次第に全国組 合へと発展していったと次のように述べている。 初期の労働組合は,常に「地方的基盤」の上において,使用者と労働者との 聞における「不文律」の「破棄」をきっかけに,偶然的に発生した。そしてこ の地方の労働組合(I o c a lt r a d e叩 l i o n )は , もともと資本主義社会の転覆・社 会主義社会の実現といったような「長期計画」を有するものではなく,. 日常の. 労働諸条件の維持・改善といった「直接的で特定の目的」のみを有していた。 又,地方労働組合は,その起源において. r自然発生的な小さな民主制 J'であり,. 労働者は,彼らの経験から,彼らにふさわしい「統治機関」を作った。組織は 「不安定」であったが,組合員聞の「平等主義」を特徴としていた。彼ら労働 者は,素朴で、よく働くが. r 文学的才能」に恵まれておらず,それゆえ「規則」. は地方の「日常語」でもって書かれていた。彼らは集会ごとに「議長」を選び, しばしば彼ら組合員が交代で「書記と委員会の仕事」を担当した。そして必要 な経費として. 1週又は 1ヶ月に数セントを納め,組合員のなかから「会計係. として働くような忠実な仲間」を見い出し,彼を会計係とした。組合役員は「無 給で,工場の一日の仕事を終えてから,組合の仕事」に従事した ( 5 3 ),( 5 4 ) I b i d,p "6 1. ; m.
(17) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ ‑158‑. 第5 7巻 第 l号. 1 5 8. だが,同種の職業につく労働者が増加し,支部が増加するようになると,事 n a t i o n ‑ 情は大きく変化した。組合員と支部の増加によって,全国的な労働組合 ( a lt r a d e ‑ u n i o n )が成立することになった。これは地方から選出された代議員に. よって構成され,彼らは定期的に会合を聞いた。そして当初は,この全国労働 組合も地方労働組合と同様,その組織が「不安定」であった。その権限も. r 資. 金の欠乏,地方の警戒,役員の無経験」などによって,制限されていた。そし て,経験を有する役員をもち,組織の強化をはかり,会費の強制的徴収や組合 法規,労働規則などを発展させるには,長い期聞を必要とした。 このように,労働組合はまず地方において生成し,次第に全国組合、へと発展 していったというのである。 だがしかし,この生成・発展は,決っして順調におこなわれたわけではなし、。 労働者はこれまでに. r 産業社会」のなかで数知れぬ多くの労働組合を結成して. きたが,これらのうちのあるものは内部紛争により,あるものは組合役員の誤 まった指導により,あるものは使用者の妨害により,あるものは国家の弾圧に よって,破壊され消滅していった。これは, これまでの多くの労働運動史研究 家の示すところである。 タネンパウムも,アメリカでの過去の労働組合運動を例にとり,労働組合の 組織化が,使用者の組織的暴力,脅迫,法の乱用などによって,いかに激しく 妨害されてきたかということを生々しく述べている。「アメリカの使用者は,しば しば組織的規模で暴力を使用してきた。彼らは,地方 , J : 十│および連邦の法律を利 用した。法は使用者に好都合であり,法廷は労働争議に対し,しばしば差止命令 ( i n j u n c t i o n ) を発つした。ある使用者は,ピンカートン (Pinkerton) やパー. ンズ (Burns)の探偵機関や他のストライキ破りを使用し,それは労働組合組織 ( 5 5 ) ピンカートン探偵社 ( P i n k e r t o n ' sNa t i o n a lD e t e c t i v eA g e n c y )は , 1 8 7 7年の鉄道大 暴動 ( t h eG r e a tR i o t ), 1 8 9 2年のカーネギー製鉄所争議 ( H a m e s t e d事件), 1 8 9 4年の フツレマン ( P u l l m a n )ストライキなどに関与しており,その悪名は,当時スト破りの代名 詞として,アメリカ全土に知れわたっていた。当時のピンカートン探偵社をはじめとする 「私立探偵社」が登場してきた背景やその活動内容等については,田島司郎著 r アメリカ 9 8 1,で詳しく述べられている。 労務管理形成史』ミネノレヴァ書房, 1.
(18) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 1 5 9. F・タネンパウムの労働組合論について. ‑159ー. を困難におとし入れ,損害を与え,かつ危険に頻せしめた Jo rある鉄鋼会社は, 組織労働者に対する戦いを遂行するために,鉄砲,ガスマスク,檎弾,ガス手 槽弾をもっ私的警察隊を有していた Jo r 石炭経営者」は,炭鉱労働者の組合化 を防ぐために「恐怖制度を維持し,警察力と郡役所を統制し,聖職者を脅かし, 言論の自由と集会の自由を圧迫した Jo r 鉄鋼ストライキ」では,労働者に対す 暴行 J, r 傷害」および「法の乱用」による「投獄」などが,しば る「殺害 J, r しばおこなわれた。 このほか,タネンバウムは,ゼネラル・モーターズ (GeneralMortorsCo) やグライスラー (ChryslerCo,)といった大自動車会社でも,労働組合を妨害す るために私立探偵社に巨額の費用が支払われた事実を指摘しているし:. 「ス. ト破り」のために「希望なき新移民」が利用されたという「不幸な物語」につ いても語、っている。 このように,アメリカの使用者は,あらゆる手段を講じて,労働組合の組織 化を妨害してきたのであり,したがって. rアメリカの歴史は,組織労働者の成. 長を妨げようとする試みで満ちあふれているア)といっても,決つして過言では ない。タネンパウムは,使用者が,いかに悪質な方法で労働組合の組織化を妨 害したかという「完全な証拠」は. r 議会の公聴会の多くの証言,アメリカの新. 聞の数千ページ,アメリカの裁判所の多くの書類によってうず高く埋めること ができるしi又,数百のパンフレツトや書籍のなかで町語られているア〉と悲痛な. ( 5 6 ) FTannenbau m .A P h i l o s o ρf ( yo fLa b o r , p6 3 ( 5 7 ),( 5 8 ) I b i d,p . .6 5 ( 5 9 ) このような使用者側の暴力に対しては,労働者側もしばしば暴力でもって対抗した。そ してタネンパウムは r 地方及び全国労働組合」は r 専制的で暴力的方法によってでも, その権限を課することのできる指導者」を擁することによってのみ生き残ることができ たと述べている(Ib i d,p . .6 3 )。又,アメリカでの労使聞の闘争が,長期にわたって激し d i v i d u a l i s m )に対する信念が極端に強い く続くのは,アメリカの使用者側の個人主義(in i d,p 63)。 ためであると述べている(Ib ( 6 0 ) I b i d,p . . 6 3 ( 61 ) I b i d,p . .7 1 ( 6 2 ) I b i d,p . .6 4 ( 6 3 ) I b i d, p .6 6.
(19) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ ‑160‑. 第. 5 7巻 第 l号. 1 6 0. 言葉で述べている。 だが労働者は,このような幾多の困難や妨害にも,決っして屈つすることは なか、った。彼らは全力を尽して労働組合の結成・維持のために努力したのであ る。彼らは多くの障害にぶつかり,さまざまな失敗をくり返しながらも,漸次, 社会のなかで力を蓄積してゆき,今日では,労働組合は社会のあらゆる面に大 きな影響力を及ぼす一大勢力となっているのである。 では何ゆえに,労働組合は,幾多の園難を乗りこえ,生き延びることができ たのか。 それは,労働組合が労働者に対し. r 仲間を与え,理解できるドラマにおいて. 尊厳 ( d i g n i t y ) と自尊心 ( s e l f ‑ r e s p e c t ) を与え」ること 一つの役割を与え J, r によって「組合員の忠誠を維持」することができたからにほかならないと,タ ネンパウムは考える。 タネンパウムはし、う。「企業 ( c o r p o r a t i o n )J は「人聞に忠誠を抱かしめる道. m o r a lp u r p o s e )を実現しなかったためにその献身を確保することに 徳的目的 C 失敗した J, r 企業は,家族でも,社会でも,教会でもなし、。企業の目的である 利潤は,労働者の生活を安定させ,その諸要求を満足させるには不十分である。 そしてそれは,何ら絶対的な忠誠を呼びおこすものではない J, rそれは,労働. f a i t h )も与えないし,死ぬための信条 ( c r e d o )も与 者に,生きるための信念 ( えなかった」と。 だがしかし,労働組合は r道徳的な目的を有し,その組合員に尊厳と自尊心 (68). とを与えてきた Jo r 労働組合は,労働者に,彼がもたなければならないある物 を,彼がくつろぎを感じるある場所を与えた」。それゆえ労働組合は. r 百年以. 上にわたって,労働者の盲目的な忠誠」をひきつけ,労働者は,労働組合の維 持・存続のために,生命をかけて闘ってきたというのである。 かくて,数々の流血の惨事をみながらも,労働組合は力強く生き残った。そ してこの労働組合は,労働者が,孤立化され不安に満ちた「産業社会」のなか ( 6 4 ) I b i d,p .1 6 3 ( 6 5 )‑( 7 0 ) I b i d,p . .1 6 4.
(20) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ F.タネンパウムの労働組合論について. 1 6 1. ‑161ー. で,人間らしい「安定したよき生活 (goodl i f e ) Jを送るうえにおいて,必要不. i n i t i a t i v e )を守り, 可欠のものとなった。「労働組合は,労働者の進取の精神 ( 労働者に道徳的人間として行動する機会を与えた。労働者が必要とした m社会" は,再び彼らの手にもどった。労働者は,もはや機械の歯車 ( c o g ) でもなく, 又解雇されたり見捨てられたりする単なる明人手 ( h a n d s ) "でもなく,再び人 間となった」というのである。 要するにタネンパウムは,古い「価値ある社会」の崩壊後成立した「産業社 会」は,労働者を「非人格的な,金銭的な,流動しやすい,非道徳的な商品」 として取扱ったが,その必然的結果が,労働者をして,自己防衛のための労働 組合を形成せしめることになったとみているのである。そして労働組合は,自 らの存続のために,組合員の忠誠を確保することが必要であり,そのためには 労働者に「尊厳と自尊心」を与えることが非常に重要であるということをここ で指摘しているのである。. V 労働組合運動の進む方向一経営参加と所有権の回復一 次に,権力を増大してきた労働組合と企業(経営者)との関係は一体どのよ うに変化してゆくのか,又,労働組合運動は,今後どのような方向に進もうと しているのか,この点についてのタネンパウムの見解をみてゆくことにする。 今日,多くの人々が認めるように労働組合のもつ権力はいちじるしく増大し, 労使聞の紛争は,社会に対し,強大な影響力をもつようになっている。そして タネンパウムがし、うように,たとえば「鉄道従業員の全国ストライキ」は,も し長く続いたならば,全経済を麻薄させ,数百万の労働者の仕事や市民の生活 に深刻な影響を及ぼすであろうし. r 石炭産業の全国ストライキ」や「電気産業. のストライキ」も,鉄道におけるストライキと同様,社会に重大な影響を及ぼ すことは明らかである。又,地方における「牛乳配達夫のストライキ」や「大 規模な建物」の「エレベーター係のストライキ」といえども,その地域の住民 の生活や他の労働者の仕事に,強い影響を及ぼすことはまちがし、ない。 ( 7 1 ) I b i d .,p . .7 8.
(21) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 第5 7巻 第 l号. ‑162‑. 1 6 2. このように,今日,一つの労働組合のもつ権力は強大となり,したがっても しその「権力の行使」が「無責任」におこなわれるならば,社会に対して無意 味な損害を与えることになり,それはしばしば「紛争の当事者によって獲得さ. 2 ; 〉となる。かくて労使聞の紛争は,社. れる獲得物の割合をはるかにこえたもの. 会の大きな関心事となり,紛争の当事者の社会に対する責任もまた非常に大き なものとなっている。 ところで,このような労使間の対立・紛争はなぜ生じるのであろうか。又労 使聞の対立・紛争を解消することは果たして可能なのだろうか。 タネンパウムは,これまでの労使聞の紛争は,労働者が「非人格的な,金銭 的な,流動しやすい,非道徳的な商品」として取扱われ,彼ら労働者が,企業 に対して又生産に対して,何ら直接的責任を有しない立場におかれているため に生じたものであると考える。いし、かえれば,これまでの「産業社会」では, 労働者は企業で働き,そこから収入を得ているが,企業の所有権・生産の意志 決定権から切り離されており,したがって労働者は,企業と「一体感」を有せ 無責任」とならざるをえない。他方企業も, ず,企業・生産に対して「無関心 J r 利潤追求のみに絶対的価値を置き,労働者を,単なる「非人格的な,金銭的な, 流動しやすい,非道徳的な商品」として取扱っているにすぎない。そしてここ に「産業社会」のもつ最大の問題点があるとみているのである。 だが彼は,この「産業社会」のかかえる問題点は,労働組合の経営参加(意 志決定への参加〉と,労働組合の企業への投資(所有権の回復〉によって,克 服されるとみる。 まず経営参加の問題についてであるが,以前は,労働組合も企業(経営者〉 札「自由市場経済の思想J に強く影響され,労働組合は,企業・生産に対して 「責任」をとることなく. r 売手市場」を操作して「より多い賃金,より多い福. 祉,より短い労働時間,より少ない労働,そしてより多い保障」を要求し,企 業の方も. r 利潤」という「経済目的」を極度に強調してきた。だが注目すべき. ( 7 2 ) I b i d,p 1 6 1 ( 7 3 ) I b i d,p 1 5 9.
(22) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 7i. QU. F・タネンパウムの労働組合論について. FO. 1 6 3. 点、は,今日の労働組合は,その権力の増大とともに,経営参加への要求を強く 打ち出して来ている。そしてタネンバウムは,この経営参加への要求は,労働 組合の,企業・生産に対する「無責任な態度の放棄」であり. r 経営にともなう. 責任をとる」ことの意志表明であると見るのである。 そして彼は,この労働組合の経営参加、への要求は,組合員の「仕事の保障を 安定させる」ためにも,組合員の「福祉の向上」をはかるためにも. r 仕事と人. 間」を「一体イヒ」させるためにも, さらに企業における労働者の「尊厳と地位」 を高めるためにも,非常に重要であると考えている。 経営者の だが,タネンパウムによればこの労働組合の経営参加への要求は r 絶対的権威」への挑戦を意味し,これまで経営者はしばしば強い抵抗を示して きたという。しかし結局,彼ら経営者は,組合の増大しつつある権力と影響力 を阻止することができず,その結果,今日では,経営におけるさまざまな問題 が労使の「共同で決定する問題」となってきているというのである。 たとえば賃金についていえば. r 賃金の額 j, r 支払の時期 j,r 支払の基準(時. j などはすべて「共同で決定する問題」 間給, 日給,週給,あるいは出来高給 ). 不況時における労働の分配 j, r 仕事の明 となっている。同様に「労働時間 j, r 細 j,rある仕事から他の仕事への移動 j,r 先任権 j,r 雇入れの条件 j r交代の時. 機械の速度 j, r 安全装置の管理」なども「共同決定事項」となっている 間 j, r 。さらに「共同決定事項」は. r 有給休暇,老齢年金,退職金,健康保険,傷害. 保険 j,r 新しい機械の採用 j, r 下請負人の使用条件」などへと拡大している。 ( 7 4 ) I b i d,p .1 6 1 ( 7 5 ) タネンパウムは rもしも組合が長く生存しようとするならば,組合員の忠誠を維持し なければならなし、。そしてそのことは,畠合ゐなふ tと:k~.、士ほふらを走ミ. 産業ゐろもえ会じ、士も,尊厳と地位の意識を組合員に与えることによってのみ,可能であ I b i d,p .1 6 3傍点ー引用者〉と述べ,産業内における労働者の「尊厳と地位」の確立 るJ ( が重要であることを指摘している。 ( 7 6 ) なお,アメリカにおける経営参加の主張を,学説史的にとりあげ詳しく論じたものとし ては,奥田幸助箸『アメリカ経営参加論史 J (ミネノレヴァ書房, 1 9 7 6年〉がある。しかし, タネンパウムの理論はとりあげられていなし、。. ( 7 7 ) F . . Tannembau m .A P h i l o s o ρh y0 /Labor : .p . .1 6 5 ( 7 8 ) I b i d,p . .1 6 6.
(23) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ ‑164‑. 第5 7巻 第 l号. 1 6 4. そして最近では,これまで経営者の固有の機能と考えられていた「財政的な方 針,利益,配当金の額,積立金,管理者(職長),人事の方針」といった項目も 「共同決定の問題となりつつある」というのである。要するに労働者は,経営 参加により,労働組合を通じて企業におけるさまざまな意志決定に参加するよ うになってきているというのである。 そしてタネンパウムは,労働組合が「組合員の生活の全利害関係を代表して いる」ゆえに,労働組合の経営参加への要求は避けがたく,又この労働組合の 経営参加への増大は,今後の企業の存続自体にとっても非常に重要な意味を もっていると考えている。 タネンパウムはいう。「前世紀の大きな誤謬は,全社会が経済的動機と利潤の うえに組織されることができると推定したことにあった。労働組合は,その考 えがあやまりであることを証明してきた。労働組合は,もう一度,人聞はパン のみによって生きるのではないことを示した。企業はただノ fンと菓子を提供す ることは出来るが, よき生活 ( g o o d ‑ l i f e ) とし、う要求に応えるには無能力であ ることを証明してきた。ーーーもし企業が生き残ろうとするならば,単なる経済 的役割だけではなく,社会における道徳的役割が,これに付与されなければな らないであろう。この観点、からすれば,労働組合の経営への挑戦は,有益であ りまた希望に満ちたものである。それは多分,われわれの民主的な社会の価値 と,現代の産業組織を救う,唯一の有効な方法のーっとなるであろう」と。 このように,経済的目的しかもたない企業も,労働組合が経営参加すること によって,道徳的目的が付与され,企業と労働組合は一体となって永続できる とタネンパウムは考えているのである。 またタネンパウムは,現在の企業におけるさまざまな「社会保障」の発達と 労働組合の「先任権規定」が,労働者の自由な移動を制限し,労働者の利害と ( 7 9 ) I b i d .,p . .1 6 7 ( 8 0 ) I b i d, p .1 6 8 ( 81 ) タネンバウムは,労働組合は,道徳的性格をもたない企業を,道徳的性格を有する「社 会」に統合させることによって r 古い価値」を維持しようと努めているがゆえに,労働. 組合は「保守的勢力」であるというのである(lb i d,p . .1 6 9。 ).
(24) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 1 6 5. F・タネンパウムの労働組合論について. ‑165‑. 企業の利害を一致せしめ,企業と労働組合は共存共栄の道を歩むようになると 主張している。 周知のとおり,今日の労働組合は「先任権規定」をもち,また企業は健康保 険,老齢年金,退職金,有給休暇などといったさまざまな「社会保障」サービ スを,労働者及びその家族に対して供給している。そして「このことが真に意 味するのは,労働者が随意に終止できる契約を,終身契約に変えつつあるとい うことである。もちろん,労働者はいつでも退職す旧ることができる。しかしも し退職したらどこに行くのであろうか。多くの場合,彼の得る他の仕事は,よ. s e n i o r i t yr u l e )は,彼が他の工場, り不利なものであろう。組合の先任権規定 ( 他の仕事に移動することを妨げるであろう。保険,休暇,退職金,老齢年金の 累積的な利益の原則も,同じように移動を妨げる方向に作用するであろう。も し彼がある産業から他の産業に移動するならば,彼は蓄積された先任権と特権 を喪失してしまうであろう」。 このように「先任権規定」によって,労働者の企業から企業へという自由な 移動は制限される。そしてまた,多くの「社会保障」が企業の内部で蓄積され た権利から生ずるならば,労働者 は当然,企業の繁栄に重大な関心をもうこと ω. になる。今や,労働者とその家族の「将来の幸福」は,企業の繁栄に依存する ことになる。もし企業が繁栄しなければ,将来はし、うに及ばず,企業は今日の 労働者の要求にも応えることができなし、。かくて労働者はもはや生産に対し て無責任な態度をとることができず,彼は「コストの引き下げ,品質の改良, 生産の増加」といった諸問題で経営者と協力するようになる?いうのである。 この点は,現在の労働組合運動がもっ性格の重要な一つの側面を指摘している と思える。 さて次に,労働組合運動の新しい方向を示すものと思われる労働組合の企業 への投資について,タネンパウムの見解をみることにする。 彼は. r 産業社会」で労働者は「企業から生計のもとを得ている」にもかかわ. ( 8 2 ) I b i d,p . .1 8 2 ,p .1 7 8 ( 8 3 ) I b i d.
(25) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ ‑166‑. 1 6 6. 第5 7巻 第 1号. らず,この「自分の生活の根源」である企業に対し「道徳的一体感」を有せず, ここに「産業社会」のかかえる大きな問題があると考えている。なぜ、労働者が 「自分の生活の根源」である企業に対し「道徳的一体感」を有しないのかとい えば,それはすでに述べたように,労働者が,その企業の所有権と切り離され ているからであり,またそれゆえに企業と労働者の関係は「流動的 J r 金銭的」 なものとなり,労働者は企業や生産に対し「無関心 J r 無責任」となっていると いうのである。 だがこの問題は,労働者が所有権を回復することによって,つまり労働組合 が企業に投資することによって,解決することができるとタネンパウムは考え る 。 ではその場合,労働組合の投資資金は,一体どこに求めることができるので あろうか。 彼は,労働組合が保有する巨額の資産・積立金や,組合が受取る組合費にそ れを求めている。 タネンパウムによれば,アメリカにおける「地方及び全国労働組合の資産は 最低 3 0億ドル」あると推定されており,又「多くの組合は,組合費のみで 万ドル以上の年収をえている」という(なお,これは. 1 0 0. 1 9 4 0年代後半のころの数. 字である〉。たとえば「国際婦人服労働組合 ( t h eI n t e m a t i o n a lL a d i e sG a r m e n t. Wo r k e r sU n i o n )は , 1 9 4 7年に 3 5 0万ドルの組合費を受取り,アメリカ合同衣 服労働組合. ( t h eAmalgamatedC l o t h i n gWorkerso fA m e r i c a )は , 1 9 4 6年. 3 0万ドル,アメリカ繊維労働組合 に3. ( t h eT e x t i l eWorkerso fA m e r i c a )は. 3 6 0万ドル,アメリカ鉄鋼労働組合 ( t h eU n i t e dS t a t e sS t e e lWo r k e r s )は 3 9 0 万ドル受取っている」。そして比較的小さな組合である「アメリカ包装工労働組 合. ( t h eP a c k i n g h o u s eWo r k e r so fA m e r i c a )J でさえも r s o万ドノレ以上の年 ( 8 5 ). 収」がある,. というのである。. しかも,労働組合と経営との聞の関係が安定しているときは,いわゆるスト ライキ資金の支出も少額ですむ。たとえば先ほどの「国際婦人服労働組合」は, ( 8 4 ),( 8 5 ) I b i d, p . .1 8 7.
(26) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ ‑167‑. F・タネンパウムの労働組合論について. 1 6 7. 同じ年にわずか r5万 6, 3 7 6ド ノ レ j,同じく「アメリカ合同衣服労働組合」は,. r4万 5,1 3 1万ドル」を支出しているにすぎないと指摘しているプ) かくて,労働組合は,これら大量の資金を企業に投資することが可能となり, また現実に,アメリカの労働組合は. r 相当の資金」を「政府の公債,不動産,. 組合自身の保険会社や他の企業に投資している」といい,その一例として「合. t h eU n i t e dAutomobileWorkers)j をとりあげ, この労 同自動車労働組合 ( 働組合は,すでに「組合が労働協約を結んでいる. 6 8会社に投資している」とい. うのである。 そしてタネンパウムは,この労働組合の企業への投資は. r 経営参加の拡大」. という視点からも,又「労働者が生計をたてている産業において,労働者が所 ( 8 8 ). 有の利益を回復する」という視点からも. r 最良の策」であると考えている。な. ぜなら r所有権の基盤なくしては,経営参加を拡大させ産業に広く関係するこ とを主張することができなし、」し,また労働者が所有権にもとづく「金銭的な 利益」を得ょうとするならば,彼は「道徳的責任」を,つまり「彼の持ってい る所有権,彼がおこなう仕事,彼の生産物の品質に対する責任」を,負わなけ ればならなくなる。その結果 r 少なくとも労働者にとって,流動的な,非人格 ( 91 ). 的な,無責任な時代は終わりに近づく」ということになり. r 労働者とその仕事. の終生の結びつき」も実現されるということにもなるからであるプ〉 そしてタネンパウムは, このような労働組合の企業への投資によって,労働 組合と企業とは融合し. r 労働組合会社 ( t r a d eぺmionc o r p o 凶 i o n 〉;勺:形成さ. れ,労使聞のこれまでのような対立は解消されると考える。「企業と組合は,最 ( 8 6 )‑( 8 9 ) I b i d,p . .1 8 8 91 ) I b i d,p . .1 8 9 ( 9 0 ),( ( 9 2 ) I b i d . .,p . .1 8 6 . .1 9 8 ( 9 3 ) I b i d .,p. ( 9 4 ) タネンパウムは,この「労働組合会社」は,社会主義における産業の国有や,ナチの闘 家統制よりもすぐれていると考える。なぜならこのような産業の国有や国家統制のも とでは r 決定をおこなう自由」も「組織内で創意の豊かさを発揮する自由」もなし、から だというのである。これに対し r 労働組合会社」では,さまざまな「決定をおこなう自 由J,r 創意の豊かさを発揮する自由」があり,かくて,新しい発明や新じい技術を発展さ せ,さらに産業を発展させることができ,国民に「生活水準の向上」を保障することがで きるというのである。かくて彼は r 労働組合会社」を,社会主義の産業の国有やナチ吟 I b i d,p p .1 9 8 ‑ 1 9 9 . )。 国家統制に代るべきものと考えているのである (.
(27) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 1 6 8. 第5 7巻 第 1号. ‑168ー. 後に共通の所有権. (commono w n e r s h i p ) のうちに合体し,内部紛争をやめる. であろう。そしてこのようにして,共通の一体感. (commoni d e n t i t y ) は,再. び人聞の生活を支配し,すべての人に認められた権利と義務を一人一人に与え ることになる」というのである。 ここで見られるように,タネンパウムは,労働組合運動は成熟す!るにつれて, 「産業社会」を根抵から破壊するという方向にむかうのではなく,経営参加と 所有権の回復を通じて,産業の運営に協力的になってゆくと考えているのであ る 。 かくて彼の主張はl'労働の哲学』の冒頭で述べているように「労働組合運動 は,現代における保守的な運動である。それは反革命的である。ー一ーそれはフ ランス革命とイギリス自由主義から引き継いだ遺産を,言葉の上だけではなく, 実際に拒否するものである。又それはマルクス主義も完全に拒絶するものであ るJo i労働組合は,. 1 8世紀及び 1 9世紀の哲学者,経済学者,社会革命家が想. 像したものとは異なった基盤のうえに,われわれの産業社会を再建しつつある 」ということになるのである。つまり彼は,労働組合運動は,明らかに,個人 主義者や自由主義者あるいは革命家達が理論的に理想的であるとした世界と は,異なる方向にむかっていると主張するのである。. V I 労働組合運動と「知識階級」 最後に,いわゆる「知識階級(i n t e l l e c t u a l s )J に対するタネンバウムの見解 をみることにする。 これまで見てきたように,彼は,労働組合運動は近代社会において,非常に 「創造的な役割」を果たしてきたとみている。だが残念なことに,現代の「知 識階級」の聞には,理解を示してくれる友人はおらず,また公然と友人である と名乗り出たある者は「組合運動の最悪の敵」となっている,となげくのであ る 。 ( 9 5 ) I b i d, p .1 9 9 ( 9 6 ),( 9 7 ) I b i d,p . .3 ( 9 8 ),( 9 9 ) I b i d,p . .7 9.
(28) OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ 1 6 9. F・タネンパウムの労働組合論について. 彼がここでいう「知識階級」とは. ‑169‑. i古典派経済学者とその後継者 j,及び「社. 会主義者や共産主義者 j, iサンジカリズム主義者 j, i無政府主義者」などを指 しており,彼ら「知識階級」は,労働組合運動の有「する真の意義を理解するこ とができず,労働組合運動を否定した、り,あるいはそれを自分達の目的のため に単に利用することだけしか考えていない, と厳しく批判するのである。以下 において,タネンパウムの「知識階級」に対する批判の弁を聞くことにする。 まず「古典派経済学者とその後継者」達であるが,彼らは「労働組合の意義 を,完全競争における有益な働きに対する障害となす以外には認めなかった」。 彼らは「労働組合運動は労働者に改良をもたらさず,人為的独占や高い生産費, 自由市場での自然的労働移動に対する不必要な制限をつくりだすために,有害 である」と考えているにすぎないという。 たとえば経済学者マカロッチ ( J R . McCulloch) は次のように主張してい る。使用者は,自然的法則に反して,人為的に賃金率を引き下げることができ ないし,文労働者も,人為的に賃金率を引き上げることはできない。そのよう な行為は無意味であり,むしろ「有害」である。なぜなら「自然の犯された法 則は,正確な反作用によって,その権威の正しさを証明する。あえて自分の利 己的な意志を,神聖な秩序に反対して貫こうとする頑固な人聞は,頭上に当然 の報いを受ける。彼の瞬間的な繁栄は消え去り,長い苦悩のなかで,自滅的成. 功(何叫 u i c i ω 白 d a lS l 附 e 紛に対して罰金(句 p e 釘釦 叫 n l 叫州 側 山 a 叫 l l 比 t 句 ) 附 3 ように古典派経、済済学者達は,労働組合の「必要性」も「有効性」も否定してい るというのである。 次に「社会主義者や共産主義者」達であるが,彼らは,彼ら自身の革命的目 的のために労働組合運動を利用できないならば,それは「反抗者」であり「妨 害者」であるとみなしている。彼ら革命家の立場からみれば,労働組合運動は 「理論的体系」を欠き,しかも悪いことに,それはしばしば「現在そこにいる 労働者たちの地位を改善しようとするだけ」のように見えた。労働組合運動が, ( 0 0 ) I b i d,p .8 0 (01 ) I b i d,p . p .8 0‑81.
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