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不登校やひきこもりの子ども・若者を対象とした ソーシャルワークの課題

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不登校やひきこもりの子ども・若者を対象とした ソーシャルワークの課題

―メゾ領域に焦点をあてて―

安 藤 佳珠子

(長崎国際大学 人間社会学部 社会福祉学科)

Issues of Social Work for School Refusal and HIKIKOMORI

Focusing on the Meso Area

Kazuko ANDO

(Department of Social Work, Faculty of Human and Social Studies)

Abstract

This paper is based on the interviews to HIKIKOMORI who have experienced school refusal, and exams what is the points that social work creates places of the development in the community for school refusal or HIKIKOMORI, including educational opportunities. First of all, it explains how the intensification of the competition principle after the 1970s, the background of the increase of school refusal, has an affect on the quality of a place the development for child and youth. Next, it points out the necessities of 5 visualizations, based on interviews, for supports school refusal and HIKIKOMORI, visualization of children left behind in the classes that are being toured by the high school examination, visualization of social resources of places of the development for children and youth, visualization of children who feel the gaps between elementary and junior high school, visualization of children with developmental challenges from early childhood, visualization of the young people who are HIKIKOMORI after school graduation.

Key words

school refusal, HIKIKOMORI, social work, the competition principle, meso

要 旨

本稿の目的は、 不登校経験のあるひきこもりの若者たちの発達に関する聞き取りから、ソーシャル ワークが不登校ならびにひきこもりの子ども・若者たちへの支援において、教育の機会を含む発達の場 を地域につくりだす際に、何がポイントなるのかを検討をすることにある。まず、不登校の子どもたち の増加の背景にある1970年代以降の競争主義の激化が、子ども・若者が育つ場やその集団の質をいかに 変容させきたのかについて整理した。次に、不登校経験のあるひきこもりの若者の発達に関する聞き取 りに基づき、不登校ならびに、ひきこもりの子ども・若者たちへの支援において、①高校受験へ翻弄さ れるクラスに取り残される子どもたちの可視化、②子ども・若者の発達の場や集団となりうる地域の社 会資源の可視化、③中1ギャップを感じる子どもたちの可視化、④幼児期からの発達の積み残しがある 子どもたちの可視化、⑤学校卒業後に家にひきこもる若者たちの可視化、がポイントとなることを整理 した。

キーワード

不登校、ひきこもり、ソーシャルワーク、競争主義、メゾ

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はじめに―問題の所在―

ひきこもりの若者の半数は不登校経験がある

(KHJ 親の会[20]。そのため、ひきこもり の若者への支援を検討する際に、不登校の子ど もたちの現状を把握することが必要となる。日 本では、10年代から不登校の子どもたちが増 加していったが、子どもたちの教育権保障の観 点から社会的な法制度が整えられてこなかった。

親や教師、民間の支援者たちが、不登校の子ど もたちの教育権を保障する支援を私的に行って きた(春日 井[28]。よ う や く平 成29年 に

「義務教育の段階における普通教育に相当する 教育の機会の確保等に関する法律」が施行し、

不登校の子どもたちの教育機会の確保等に関す る施策について規定されることになった。しか し、この法律が不登校の子どもたちの教育機会 として、学校以外の選択肢を積極的に提供する ものとなるかどうかは、今のところ不透明な状 況にある。また、通信制高校に通う子どもたち も増加し、不登校の子どもたちの教育機会の選 択肢のひとつとなっている。現在、通信制高校 には、高校生全体の5%を占める18万人強の生 徒が在籍しているが、 通信制高校の卒業後、

0%弱は就職も進学もしておらず(文部科学省

[2017]、彼らの多くは自宅にひきこもってい る可能性が高い。法律の施行や通信制高校の生 徒の増加等にみると、表面的には、不登校の子 どもたちの教育の選択肢が増え、それを支える 法制度も整備されてきているかのようにみえる が、実質的に学校以外のオルタナティブな選択 肢を提案していくためには、今後、多くの課題 が残っている状況といえる。

平成20年度からスクールソーシャルワーカー の活用事業が実施され、ソーシャルワークの援 助技術を用いて、不登校の子どもたちの支援を 行うこととなった(山野[25]。ここで求め られるソーシャルワークは、不登校の子どもた ちやその家族の個別的な相談に対応するのみで はなく、個別的課題の背景にある社会的課題に 取り組むことである。言い換えると、ソーシャ

ルワークには、不登校の子どもたちの学校以外 の教育の選択肢を、学校や地域、家族等と協働 して、具体的に提案していく動きが求められて いるということだ。

本稿の目的は、不登校経験のあるひきこもり の若者たちの発達に関する聞き取りから、ソー シャルワークが不登校ならびに、ひきこもりの 子ども・若者たちへの支援において、教育の機 会を含む発達の場を地域につくりだす際に、何 がポイントなるのかを検討をすることにある。

第1章では、不登校の子どもたちの増加の背景 にある10年代以降の競争主義の激化が、子ど も・若者が育つ場(家族、学校、地域、労働等)

やその集団の質をいかに変容させきたのかにつ いて整理する。第2章では、不登校経験のある ひきこもりの若者の育ちに関する聞き取りを実 施し、第3章では、この聞き取りに基づき、不 登校ならびに、ひきこもりの子ども・若者たち への支援において、グループワークや集団形成、

地域づくり等に着目し、こうしたメゾ領域での 実践において、何がポイントになるかについて 検討する。

第1章 1970年代の競争主義の激化と子ども・

若者が育つ集団の質の変容

11 社会変動が子ども・若者の発達に与 える影響

0年代に不登校の子どもたちが増加した。

不登校の背景には、競争主義の激化があり、競 争主義・管理主義の支配する学校で作られた集 団の人間関係が、不登校の子どもたちには、非 受容的な居心地の悪いものとして感知され、学 校の集団を恐怖に感じてしまう状況が生まれた

(高垣[19]。 このように不登校と学校教育 の構造上の問題の関連は指摘され続けてきたが、

有効な制度や政策が未整備の状況が続き、不登 校が長期化し、ひきこもりに至る子ども・若者 たちが増加した。ひきこもりの若者への公的支 援は、20年に起きた新潟女児監禁事件を契機 に、精神保健福祉の対策として始まった(伊藤

(3)

[21]

ソーシャルワークでは、ミクローメゾーマク ロの実践が連関する必要があり(Louise[20] 若者たちの生活課題への支援だけではなく、そ の支援が社会構造的要因に対してもアプローチ するような展開が求められる。そのためには、

メゾの領域である子ども・若者たちの育ちに焦 点をあて、彼らが育ってきた場やその集団の質 の変容をとらえる必要がある(山本[29] 青年期精神保健では、社会構造上の変動と発 達危機の様相には関連があることを示しており

(西園[13]、山本(208)はこの方法論に 基づき、子ども・若者たちが育ってきた場やそ の集団の質の変容を検討する際に、成人期移行 期障害にみる発達危機の様相が10年のスパンで 変容していることを指摘し、個々の発達危機の 議論の際に検討されてきた子ども・若者の育っ てきた場やその集団の質の変容について整理し ている。成人期移行期障害とは、青年期から成 人期にかけて、何かしらの要因で発達課題を乗 り越えることが困難となり、身体及び精神症状 として表れるものであり、発達危機として捉え ることができる。図1が示すように、移行期障 害にみる発達危機の様相10年代には対人恐怖 症を示す男性の増加、10年代には登校拒否・

不登校の増加と自我漏洩症候群を示す男性の増 加、抑うつ症状、情緒不安定、衝動制御困難、

自傷行為を示す女性の増加、10年代には家庭 内暴力の増加と、摂食障害と境界性人格障害を

示す女性の増加をあげている。10年代に若者 のひきこもりをあげ、これらのさまざまな移行 期障害を示す若者の多くが、居場所をみつけら れず、ひきこもりの若者として現在に至ってい ることを指摘している。

また、現代の子ども・若者の社会化を捉える 際に、中西(24)は、生育環境が構造的に変 容したことを指摘し、「高度成長期」「13年以 降」「17年以降」の3つの軸で、 その変容を 区分できるとする。宮本(24)は、成人期へ のライフコースの変容が、学校教育制度、労働 市場、結婚制度の変容と密接に関連しているこ とを明らかにし、これらの変容を、①戦後復興 期(終戦~194年)、 ②高度経済成長期(19 年~73年)、③移行期(14年~89年)、④構造 転換期(10年代~現在)の4つの時期に区分 している。子ども・若者たちが育ってきた場や その集団の質の変容を検討する上で、論者によっ て期間の相違は多少あるが、どれも現代社会が 短いスパンで急激に変化していることを指摘し ており、その内容が大きく異なることはない。

そのため、ここでは山本(28)の整理を参照 した上で、各年代の発達危機の議論を整理し、

子ども・若者たちが育ってきた場やその集団の 質の変容について説明する。

12 年代別にみる子ども・若者が育つ場 やその集団の質の変容

0年代は、イデオロギー対立が崩壊し、社

図1 成人期移行期障害にみる発達危機の変遷と子ども・若者が育つ場やその集団の質の変容 子ども・若者の発達の場の

集団の質の変容 成人期移行期障害にみる発達危機

年代

社会のマトリックス 対人恐怖症を示す男性の増加

1960年代

学校 登校拒否・不登校の増加と自我漏洩症候群を示す男性の増加

抑うつ症状、情緒不安定、衝動制御困難、自傷行為を示す女性 の増加

1970年代

家庭 消費文化 家庭内暴力の増加

摂食障害と境界性人格障害を示す女性の増加 1980年代

労働 ひきこもりの増加

1990年代

山本(2008)に筆者が加筆

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会から大きな物語が消えた時代である。ちょう ど、この時期、青年期の精神科治療における病 態が変化した(西田[18]。それまでは、自 己の身体や心理に対する困難を持った症例が大 部分であり、対人恐怖や赤面恐怖、転換症状が 中心であり、対人間の葛藤が前景に表現される 症例は少なかったが、60年代以降では、対人間 の葛藤が増加しつつあり、対人関係が主訴とな る症例が増加した。西園(13)は、この青年 期の病態が変化している背景を、社会がマトリッ クスを失った結果、一部の人にとって社会は薄 気味悪いものとして認知されるようになったと 指摘する。

0年代には、学校での評価がテストの点数 に先鋭化されていく時代である。学校教育では,

方針がテストの点数を上げることへとうつり,

子どもたちの集団はいかに点数をあげるために 勉強をさせる集団として役にたつかという指標 で測られるようになっていった(川合、12) 学校での集団関係は,テストの点に還元される 一面的評価に基づく競争的関係がいつもまとわ りつくことになっていった。先述した不登校の 増加以外にも、自我漏洩症候群を示す症状を示 す若者が増加した。自我漏洩症候群の症状を示 す若者に共通するものとして、他者からの評価 を気にすることがあげられる。テストでの評価 といった評価が一面的になることによって、子 どもたちがもつさまざまな側面が切り捨てられ、

学校集団が彼らにとって安心できるものではな くなってきたといえる。

0年代には、親世代がゆとりのない生活を 余儀なくされる状況が生まれた。高校入学への 受験競争は激化し、親世代の教育への関心の高 まりが競争を支え、より偏差値の高い大学を目 指し、家族そのものが受験競争に巻き込まれて いった。また、高度経済成長期以降、母親は家 事と子育て、父親は会社といった性別役割分業 が定着するなかで、母性過剰、父性欠如が一般 的になり(若杉[17]、親がゆとりをもてな いまま子育てを余儀なくされる状況に陥った。

この時期に増加した家庭内暴力や摂食障害の若 者の家族には、子どもと年齢相応の距離をとる ことがうまくできないため、そのかかわりが思 春期や青年期の子どもが自己の力で作る世界や その機会を潰してしまう過保護や過干渉の親が 少なくない(斎藤[17]。さらに、摂食障害 を論じるにあたって、消費文化とのかかわりを 取り上げなければならない。10年代の若者は、

どんな服を着て、どんな物をもち、どこで、だ れと遊ぶのかといった生活全般にも他者評価が 及んでくる。若い女性の一般常識である「細い 体」がよいとの価値は、学齢期頃から当然のよ うに語られるため、摂食障害の若者たちの痩せ 願望が初めは単に病的であったのではない。そ の価値をさまざまな関係性のなかで相対化しづ らい状況があったとみるべきである。

ひきこもりは10年代の後半から精神保健実 践に事例化し始めた。10年代の社会は、競争 主義の激化に伴い、完全雇用の崩壊、終身雇用 制度の廃止、新規卒業者の就職難が深刻化、特 に高卒就職の悪化によって、「学校から仕事へ」

の移行に、フリーターの増大が生じ、これまで の若者が通ってきた偏差値の高い学校の卒業か ら一流企業への就職といった大きな流れに乗れ る者が減少し、勝ち負けが明確になった(宮本

[24]。これまで労働の場は若者が収入を得 るだけではなく、育ちの場としても機能してい たが、非正規雇用の増大などの労働の場の劣化 は、働ける者の条件を明確にし、働けない者か らは育ちの場を奪い、働ける者に対しても使い 捨ての労働力として扱うため、若者を育てる場 ではなくなっていった。

以上に見るように、10年代以降、社会が1 年スパンで急激に変化するとともに、子ども・

若者たちが育ってきた場やその集団の質も変容 していることがいえる。

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第2章 不登校経験のあるひきこもりの若者の 発達史

21 調査目的、調査・分析方法

調査目的は、不登校経験のあるひきこもりの 若者たちの発達に関する聞き取りから、ソーシャ ルワークが不登校ならびに、ひきこもりの子ど も・若者たちへの支援において、教育の機会を 含む発達の場を地域につくりだす際に、何がポ イントなるのかを検討をすることにある。調査 方法は、ひきこもりの経験のある若者3名を対 象とし、ケースコントロール・スタディによる 半構造的インタビューで実施した。その質問項 目は、幼児期、児童期、学齢期、思春期・青年 期各期の発達上の課題に関するものとした。分 析方法は、聞き取ったデータから3名の発達史 を構成し、それを事例として分析する方法をとっ た。また、事例は個人が特定されないように、

データは発表の趣旨を損ねない範囲で改変、ま た簡素化した。

3事例の選定にあたっては、山本(29)が 示す若者のひきこもりの3分類に基づいた。若 者のひきこもりと、その背景にある社会構造上 の問題の関連を明らかにするために、ひきこも りを「不登校起因タイプ」「社会恐怖起因タイ プ」「適応困難による社会参加困難起因タイプ」

の3類型にわけ、検討する必要があり、ここで は「不登校起因タイプ」に着目をした。不登校 起因タイプの下位分類であるには「学習障害お よび学力不振」「いじめ被害」「強迫的登校」「心 身症」「無気力」がある。この下位分類を含む ことができる事例として、以下の3事例を選定 した。

22 調査結果

【事例A】

A(30代前半)は、父、母、弟の4人家族で ある。父は会社員、母はパートをしていた。父 親は厳しい人ではあったが、暴力などはなかっ た。幼稚園のころは、どちらかといえば外で遊 ぶ子どもであった。幼稚園に通い始めた当初、

行くのが嫌で、特にバスに乗るのが嫌だった。

友だちもできなかった。4 

月生まれであるが、

お遊戯等をうまくできずに、園長先生のところ へつれていかれたこともあった。

小学校に入ると、友だちはできた。住んでい た団地に異年齢の集団があって、秘密基地を作っ たりして、遊んでいた。ちょうどファミコンが 発売されたが、家では禁止されていたので、団 地の友だちの家に行ってファミコンをした。3  年生のクラス替えでも、友だちはすぐにできた。

 

年生にあがる前に、引っ越しをした。友だち はすぐにはできなくて、学校へ行くことを渋っ たりもした。しかし、剣道を習い始めて、友だ ちができた。喧嘩をしたりするなかで友だちが 増えた。5 

・6年生になると、行動範囲が広く なり、以前、住んでいた地域の友だちと遊ぶこ とが多くなった。勉強は良くも悪くもなかった。

習い事が増え、放課後はそれに費やした。学校 の行事で中心になったりはしなかったが、得意 の分野には進んで立候補した。そのころから、

父の転職があり、両親の喧嘩が絶えなかった。

中学に入ると、新しい友だちもでき、クラブ 活動も始めた。しかし、2 

年生に入ると、クラ スメイトが受験モードになり、塾に通い出すも、

行けばいくほど成績が下がった。周りは高校の 話をしていたが、ある程度の成績がなかったら、

この場にいられないという思いがあった。友だ ちがいないと感じるようになり、休憩時間がし んどくて、昼食もひとりでとるようになった。

家では両親が喧嘩をしていて、成績のことだけ ではなく、友だちも怖くなり、将来に対する不 安も出てきた。両親からは、幼いときから偏差 値の高い高校に行くようにと言われており、だ んだんと味方がいないという思いを強めた。当 時、悪ふざけをしてくるクラスメイトがおり、

教室に行くのも嫌になって、校門で引き返して、

祖母のところに行っていた。このころから、学 校という建物が怖くなっていった。

中学3年生で不登校になった。高校へは進学 するが、登校せずに辞め、アルバイトを転々と

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した。あるアルバイト先で働きを認められるよ うになった。バイトの友だちと喧嘩し、バイト を辞めようとしていたとき、店長が「働かなく てもよいからここに来なさい」と言ってくれた。

その後、正社員として誘われ嬉しかったが、こ こで自分の人生を決め切れないと思い、その話 を断った。そして、居場所のようなバイト先を 自分から断ち切ってしまったのだから、「行く 場所がなくても仕方ない」「ここにはもういら れない」と思い、バイトを辞めた。バイトを辞 めた当初は、バイト先の友だちと遊んでいたが、

自分だけ働いていないことに負い目を感じて、

友だちを遠ざけるようになった。そこから、数 年はひたすらひきこもった。地域の教育相談の 先生が訪問に来てくれるようになった。ちょう ど、不登校やひきこもりの若者が定期的に集ま るサークルが立ち上がり、そこに行き始めた。

さらに、教育相談の事務所にもしんどかったが 通っていた。人に対しては怖いという思いがあっ たが、その反対に求めている思いもあった。そ の事務所には、不登校やひきこもる若者も何人 か来ていたが、彼らとは話すことはほとんどな く、事務員さんと喋ったりしていた。

不登校やひきこもりの若者の青年サークルは、

当初行くだけでも緊張して、活動時間内ではほ とんど話すことができずにいた。しかし、だん だんと活動時間内で話すことができるようにな ると、サークル後の時間がメインになってきて、

メンバーで遊びに行ったりもするようになった。

支援者以外に話せる人ができた。その後、ひき こもりの若者の居場所に通い始め、大学にも進 学した。自分は、居場所でも、サークルでも引っ 張る役割だったので、大学にも通えるという思 いだった。しかし、大学の小集団で発言を求め られるようになると、自分の居場所ではないと ころで、こんな意見を言っていいのかという思 いになり、自分の意見を周囲がどのように思う のかが不安で発言できなかった。

大学を退学した後、次がない、自分は終わっ たと思った。しかし、その後、居場所にもう一

度通い始め、ピアスタッフとして訪問活動を始 めた。そのなかで、自分と同じ思いをもつ若者 を知り、自分の課題を発見していった。これま では、何かあると自分の力だけではどうしよう もないと感じ身動きがとれなくなる状態になっ たが、今は静かに受け止めることができるよう になった。

【事例B】

B(20代前半)は、父と母、弟、妹の5人家 族である。父は公務員で、母は主婦である。幼 児期には、外で遊ぶことが好きで、幼稚園へも 嫌がることなく通っていた。その頃から、両親 は不仲であった。

狭い地域であったため、小学校でもすぐに友 だちはできるが、学校に行きたくない日があり、

休む日もあった。1 

・2年生のときは勉強も難 しいとは思わなかった。放課後は、友だちと遊 びに行くよりも、家でテレビを見ている方が多 かった。毎年、クラス替えがあるも、クラスメ イトとは友だちになれた。

3・4年生になると、勉強が難しくなった。

家庭では、勉強をしないことを母に叱咤され、

さらに父母の喧嘩の内容がわかる年齢になり、

自分のせいで両親が喧嘩しているのではないか と不安をもつようになった。そのころ、地域の スポーツクラブに入り、休んだりもしながら参 加していた。5 

・6年生になると、勉強がわか らなくなる。学校の行事は見ているだけで、参 加しなかった。いじめられることもなく、学校 では仲の良い友だちと話したりしていた。

中学に入り、小学校から続いていた学校を休 むことを「ズル休み」とクラスメイトにからか われるようになり、学校に行くのが嫌になった が、学校には行かないといけないという思いが あり、嫌々ながらも通っていた。しかし、1 

生の2学期に不登校になった。そのきっかけが 何であったかはわからない。学校に行かなくなっ て、父が不登校の話題をいつするのかをいつも 窺っていた。2 

年生の中盤くらいから、不登校

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サークルに参加している大学生や地域の教育相 談の先生が訪問してくれた。サークルの行事に も参加し、訪問時に一緒に外出することもあっ た。

教育相談員や大学生の訪問を受け入れるなか で、ひきこもりの若者の作業所に行き始めた。

売れ残りの商品を集め、いろいろなところに売 りに行くなかで、このままでは行けないという 思いを強めた。そこで、ヘルパー2級をとった り、ピア活動に参加したりし始めた。

現在は、高校に通っている。高校は出ておか ないといけないという思いとともに、ヘルパー として働くなかで、もっと勉強しないといけな いという思いが出てきた。

しかし、今でもどうしてもひきこもらざるを 得ないときがあると言う。何もできずに、迷惑 をかけてしまうが仕事も休まないといけないと きがある。自分の体や心と向き合わずに、何か をしたりすると、自分がどうにかなってしまう のではないかという思いをもつときがある。何 をどうしたらいいのかわからない状態になる。

「ただ、ひきこもってもまた出てこられるよう になった。もちろん、休んだ分だけ、出てくる には相当な力が必要となるが、出てこられたと き、自分のことが少しずつわかってきたと感じ る」と話す。

【事例C】

C(30代後半)は、父と母、弟の4人家族で ある。父は仕事一筋で家庭のことはほとんどせ ず、仕事の話をしなかった。母は主婦であった。

父は、仕事でのストレスを家で暴れるというか たちで発散することが多かった。幼児期から、

友だちをつくることが苦手で、一人で遊ぶこと が多かった。幼稚園に行くのがとにかく嫌であっ たが、母はみんなと同じように集団生活に慣れ させたいという思いがあり、無理やり幼稚園に つれていった。入園当初から、集団に入ること に不安を感じていた。

小学校に入っても、友だちはできなかったが、

その場でクラスメイトと話す程度はしていた。

教室では一人で座っていることが多く、ほとん ど動くことがなかった。学校に通学することが 嫌で、今日自分を待ち構えているものは何であ るのかという不安が毎日あった。学校からの帰 り道は、近所の友だちと帰っていたが、彼らの 様子を傍観者としてみているだけであった。放 課後も彼らと遊ぶが、それも眺めているような 感じであった。

勉強面については、母が教育熱心であったた め、幼稚園のころから学習帳などで、毎晩母と 一緒に勉強をしていたためできていた。そのこ ろから、やらされているという思いが強くあっ た。幼稚園のころから、食事を集団でとると、

緊張が強くなり、発汗や吐き気が生じていた。

 

・4年生に入ると、自転車で校区外へも友だ ちと行けるようになり、行動範囲は広がったが、

相変わらず遊びに行っても友だちの遊んでいる 様子を傍観しているといった感じであった。勉 強はクラスの上位であったが、 母には10点を 取りなさいといつも言われていた。子どもなが らに、母が「いい学校に入れて、いい会社に入 らせたい」という夢をもっていたことは知って いた。

5・6年生に入っても、友だちに誘われれば、

遊びに行っていたが、この頃から勉強にどうし ても意欲が持てなくなり、成績が下がり始め、

何もやる気が起きず、友だちとも遊ぶ気力がな くなり、友だちを遠ざけるようになった。授業 中は、自分は静かに授業を聞いていて、周りが 騒いでいるにもかかわらず、いつ先生に注意を 受けるのかと怯え、授業の内容は入ってこず、

上の空といった状況であった。学校の行事はほ とんど受け身で、早く終わってくれればいいと 思っていた。家に帰ると、ぐったりしていたが、

母が勉強をさせたがるので、ゆっくりできなかっ た。そのころは、もうすべてを受け入れてしま い、何がなんだかわからない状態であった。そ の母は祖父母の介護につきっきりで疲れきって いた。

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中学に入ると、友だちはできず、休み時間は 持ってきた本を読んでいたが、それで自分を外 の刺激から守っていた。小学校時代に仲良かっ た友だちが急に大人っぽくなり、その変化につ いていけなかった。中学では、制服が変わり、

すべてが変わった。クラブ活動には行っていた が、周りの同級生はクラブ活動に溶け込むなか で、練習への意欲も出てきて、上達していくが、

自分は人間関係をつくるのが下手であるという 思いを強めた。

中学1年生の2学期ころから不登校になった。

そのとき、親の期待にはもう答えられないから、

「自分は死ぬしかない」という思いをもった。

それでも、中学は、担任の先生の勧めで保健室 登校をして、卒業に必要な日数を稼ぎ、通信制 の高校に進むも、入学式に行ったきりで後は登 校しなかった。親が環境を変えたら、よくなる かもしれないと思ったようで、16歳の夏から、

半年間、下宿しながらアルバイト生活を送って いた。不登校中、家ではゲームをしたり、本を 読んだりすることもあったが、抑うつ状態で、

自分の感情をコントロールできずに、家で暴れ たりもした。父はそのことにも無関心で、母は いろいろな支援を探しまわっていた。何度も死 のうと決心をして、自殺未遂をした。

このままではいけないと思い、19歳のときに 通信制に通い出すも、ほとんど通うことができ ず、1 

年通っては2年休むとかいった感じで、

0年くらいかかり卒業した。その間も、さまざ まな支援機関を訪れてはいたが、人間関係がう まくつくれず、ひきこもってしまった。

母の勧めで、ひきこもりの若者の居場所に一 度行ったときに、ピアスタッフが行事に誘って くれて、そこから徐々に居場所に通うことになっ た。

ひきこもりの若者の居場所のイベントに参加 すると、ピアスタッフが自分に関心をもって接 してくれた。それからピアスタッフに相談に行 くようになった。ピアスタッフは何も強制する ことなく、傍にいてくれ、安心、信頼ができた。

居場所に入っていく当初、すごく構えていた。

居場所のメンバーに入っていけるようになると、

自分の趣味であるとか、自分の抱えている過去 を相談できるようになってきた。もちろん、そ のことで、メンバーの傷に触れてしまい、感情 的になってしまうこともあるが、ゆっくりと意 思の疎通ができるようになってきている。一緒 に時間を過ごしていくなかで、構えがどんどん なくなってきて、メンバーと一緒にいることが 楽しいと感じるようになった。しかし、どうし てもひとりになりたいと思うときがある。メン バーが嫌なわけではないが、周りを遮断したい と思うときがある。これまでを振り返ると、ひ きこもっていたときは、自分のなかに答えを探 していたが、メンバーと交流するようになって、

自問自答することがなくなった。今は、もっと 勉強をしたいから、大学へ進学する予定である。

いつも明日何が起こるのかが不安であるが、

明日起こる出来事がわかっている日は、そのこ とが不安でたまらなくなる。居場所の職員から 精神科受診をすすめられ、社会恐怖障害と診断 され、服薬治療を行い、効果が出てきている。

第3章 不登校やひきこもりの子ども・若者へ のソーシャルワークの課題

上記の発達史に基づき、ソーシャルワークが 不登校ならびに、ひきこもりの子ども・若者た ちへの支援において求められるポイントについ て検討する。ソーシャルワークは、不登校やひ きこもりの子どもや若者たち、その家族の個別 的な相談に対応するのみではなく、個別的課題 の背景にある社会的課題に取り組む必要があり、

ミクロ―メゾ―マクロが連関する実践を展開す る必要がある。ここでは、ミクロとマクロをつ なぐメゾ領域であるグループワークや集団形成、

地域づくり等に着目し、そのメゾ領域での実践 の際に求められる5つのポイントについて考察 する。

(9)

31 高校受験へ翻弄されるクラスに取り 残される子どもたちの可視化

Aが提起するのは、高校受験に向かってクラ スが翻弄されるなかで、取り残されていく子ど もたちにとって、学校が発達の場となるような 取り組みが求められているということだ。子ど もたちは思春期になると、将来について考え、

これまで築き上げてきた自分を崩し、新しい自 分をつくり、若者に育っていく(竹内[17] Aにとってのこの時期は、中学2年生になり、

周囲が一気に受験のために勉強をし始め、それ に乗り遅れ、取り残される思いを強めた時期で もあった。Aは遅れを取り戻そうと、塾にも通 うが、周囲にあわせて受験モードにならないと いけないなかで、受験勉強に対してどうしても 意欲的になれずにいた。そして成績の悪い自分 は、みんなの会話に入ってはいけないという思 いをもつようになった。周りが受験モードになっ ていったことは、Aに自分はどうしたいのかと いう問いを突きつけただけではなく、自分には 味方になってくれる友だちがいないことへの気 づき、将来どうしていこうかという悩みを生み 出した。

思春期に新しい自分と出会う作業には、集団 とのかかわりが必要である。新しい自分と出会 う作業は、一人で乗り越えなければならないが、

その方向性は一人で決められるものではない。

新しい自分に出会う作業は、独りよがりなもの ではなく、自分はどの集団で何をすればいいの か、何ができるのかを、日々の生活の中で具体 的に問い続けることにより可能となる(川合

[11]。 しかし、Aにとって周りのクラスメ イトは遠い存在であり、受験戦争へ翻弄される クラスメイトでは、安心して新しい自分出会う ために、自分と向き合うことできなかった。A はクラスメイトの受験モードについていくこと もできず、またクラスメイトと愚痴を言い合い ながら、自分なりの受験とのかかわりを見つけ ることもできずに、孤立を強めていった。高校 受験に向かってクラスが翻弄されるなかで、取

り残されていく子どもたちにとって、学校が発 達の場となるような取り組みが求められている。

さらに、この取り組みは、思春期の発達を保障 するものであるため、グループワークなどを通 じて、集団的な取り組みとして行われる必要が ある。

32 子ども・若者の発達の場や集団とな りうる地域の社会資源の可視化

Aは不登校になってから、アルバイトを転々 とするが、あるバイト先では自分の力を発揮す ることができ、社員にならないかと言われるま でになった。しかし、Aは社員への打診された 際に、自分の人生をまだ決定できないと思い、

バイトを辞め、家にひきこもるようになった。

Aのバイト先には、同世代の若者とうまくかか われないAを支えてくれる大人がいた。これは、

そのままのAを受け止め、育っていくことを保 障できる場や集団があれば、若者たちは自分の 生活の場を見つけ出す力を発揮できることを意 味する。地域に就労を通して、若者たちが参加 できる場や集団が多くはないが、このような場 や集団を、ひきこもりや不登校支援と連結させ るための取り組みが必要である。

33 中1ギャップを感じる子どもたちの 可視化

中1ギャップとは、中学に進学し、いじめや 不登校が急増する現象面のギャップと、中学に 進学した子どもが小学校とは違う中学校での学 校制度や教職員の指導面で感じるギャップのこ とをいう。Bは、集団とのかかわりに課題をもっ ていたが、小学生まではそれが全面的に表れて こなかったが、中学に入るとクラスメイトや先 生の対応が変わり、自分の課題が表面化される こととなった。

Bの集団とのかかわりの課題は、学校をとき どき休むことにみることができる。特に、何か が嫌ということではないが、朝起きた時の自分 の心と体が、学校には行けないというのである。

(10)

子どもたちは学校で集団とかかわるなかで、「あ の子と仲良くなりたい」「勉強ができるように なりたい」「みんなと一緒に鉄棒で遊びたい」

など、さまざまな要求を生み出し、その要求は 集団そして自分とぶつかりあう。このぶつかり あいのなかで、子どもたちは育っていく。集団 とかかわることは、子どもたちにとって大がか りな仕事なのである。Bがときどき学校を休む のは、この大仕事を取り組む力が今日はないこ とを意味する。また、小学校やスポーツクラブ は、Bが休みながらも参加し続けることを保障 してきた。集団とのかかわりに課題をもつ子ど もたちが、自ら集団に入り、自分のペースで集 団に参加することは困難であるが、小学校やス ポーツクラブは、Bのペースにあった参加の場 であったため、自分のペースでゆるやかに集団 に参加できていた。

しかし、中学に入り、休みがちなことをクラ スメイトは「ずる休み」とからかうようになっ た。これはBにとって、単なる揶揄とはならな かった。彼の今までのペースを揺るがし、自分 なりに気づいていた友だち関係の困難さを突き 付けられることとなった。小学校の頃の周囲の 対応と、中学校に入ってからの対応が、子ども たちによっては大きく変化する場合があり、学 校を自分の生活の場として受け入れ難い状況に なる。中1ギャップの感じ方は、子どもたちそ れぞれではあるが、中学1年の時点で学校にな じめない、友だちづくりがなかなかうまくいか ない子どもたちをフォローする仕組みが必要と なっている。

34 幼児期からの発達の積み残しがある 子どもたちの可視化

Cは、幼いころから、情緒発達上の困難さが みられた。集団が怖くて、そこに入っていくこ とが不安であるため、友だちをつくりたいとい う要求が、育ちにくい状況があった。子どもた ちは、小学校の中学年頃から、ギャングエイジ と呼ばれる子どもたちだけの世界をつくりだす。

子どもたちはギャングエイジを通じて、白と黒 の2つの選択肢の世界から、その間にあるグレー の世界があることをさまざまな具体的な関係を 通じて学び、大人たちの考え方を相対化する。

しかし、Cは幼児期から集団に入っていくこと に不安があるといった発達の積み残しがあり、

こうした不安に大人たちが気づかないまま、学 齢期を過ごした。

その背景に、Cの親世代の教育への関心の高 まりがある。親たちは、子どもたちが、より偏 差値の高い高校や大学に進学することを願い、

受験競争に巻き込まれていった。さらに、父親 世代の労働時間は長くなり、帰宅時間が遅く、

家族がそろって食事をする機会が減少する(総 理府[12]。父親世代にとって、休日は、仕 事のストレスを解消するためのものとなり、余 暇に自分の好きなことをしたり、余暇のために 仕事を休んだりするといったゆとりをもった生 活を送ることが難しいと感じる者が多くなった

(日本放送協会[15]。母親世代は、 増幅す る教育費と住宅ローンの家計のやりくり、そし て高齢化する親世代の親たちの介護の問題、父 親の転勤、仕事におけるストレスの発散の場と しての家庭、さらに子どもたちが示す問題行動 等など、家庭のなかで、さまざまな問題に向き 合わなければならなくなった。

Cの両親も同様に、社会の変化に翻弄され、

子どもの発達の積み残しに気づくことができな かった。Cは中学に入り、まわりを見渡すと、

小学校の友だちが一気に成長していることを感 じ、自分だけが取り残されてしまったという思 いを強めた。Cも中1ギャップに直面し、不登 校になっていった。さらに、学校もCが発達の 積み残しのなかで、学校になじめない、友だち づくりがなかなかうまくいかない状況をつかめ ずにいた。このように、発達の積み残しがある 子どもたちを、クラスから排除することなく、

必要なサポートが行き届くような取り組みが必 要である。

(11)

35 学校卒業後に家にひきこもる若者た ちの可視化

A・B・Cは、義務教育期間中に不登校となっ た。義務教育期間中であれば、小学校と中学校 での連携が取りやすく、支援が必要な子どもた ちの存在が学校を基盤に可視化できる。しかし、

義務教育期間中には、特段の生活課題はなかっ たが、高校卒業後や中退後に課題が生じた若者 たちは、地域での可視化が困難となる。高校を 卒業した後、または高校を中退した後に、ひき こもりの若者たちを地域で見守る体制が必要で ある。こうした若者たちの支援については、地 域が連携するなかで、彼らの存在の可視化が可 能となる。

お わ り に

不登校やひきこもりの子どもや若者たちは、

競争主義の激化によって育つ場を奪われていっ た。集団との関係性を築く力は一生に渡り形成 していくものであるが、労働世界に入るまでに ある程度の力をつけておく必要がある。この力 は自己責任によってではなく、社会の責任によっ て保障されるべきものである。しかし、ひきこ もりの若者たちは、この力を形成する場を保障 されなかっただけではなく、この力を形成でき なかったことを責められている。実際には、彼 らが育つ場が保障されてこなかったのである。

ソーシャルワークは、不登校やひきこもりの 子ども・若者が直面する生活課題を社会構造上 の問題の具現化として捉え、生活課題への実践 は社会構造上の矛盾との対峙につながるもので なければならない。そのために、本稿ではグルー プワークや集団形成、地域づくり等のメゾ領域 のソーシャルワーク実践において、①高校受験 へ翻弄されるクラスに取り残される子どもたち の可視化、②子ども・若者の発達の場や集団と なりうる地域の社会資源の可視化、③中1ギャッ プを感じる子どもたちの可視化、④幼児期から の発達の積み残しがある子どもたちの可視化、

⑤学校卒業後に家にひきこもる若者たちの可視

化、がポイントとなることを整理した。

本稿の限界として、3 

事例という限定された 分析であり、理論的飽和までには至らない点で ある。また、人間発達は、生活する地域の特性 によっても大きく異なるが、本稿ではその地域 特性に関する詳細な聞き取りを行えていない。

ソーシャルワークにおいて人間発達を捉える際 には、地域特性-集団-個人の連関を明らかに することが必要となるため、地域特性に関する 聞き取りの方法・分析に関して、今後の課題と したい。しかし、分析過程において支援者や専 門家等と議論しながら、できる限り実際の現場 に必要な提起を行えたと考える。ここで提起し た内容は、実践で支援者とともに事例検討等で 用い、より精錬したものしていくことが今後の 課題である。

謝 辞

本稿は、JSPS 科研費基盤研究「ひきこもる若者 の社会的支援策の研究―ケースコントロール・スタディ を用いて―」(研究代表者:山本耕平、 研究課題番号 21530625)の助成を受けて行ったものである。本稿で 用いた事例は、20092011年にかけて聞き取りを実施 したものである。聞き取りの際は、調査協力者と、研 究内容について事前に文書・口頭にて説明したうえ で、質問などを経て、調査協力者が調査協力に納得し たうえで、研究実施者と調査協力者の双方で「研究倫 理遵守に関する誓約書(調査承諾書)」に署名をし、

双方で一部ずつ、保管している。さらに、調査協力者 の選定にあたっては、できる限り調査協力者が不利益 被らないように時期や精神状態に配慮して、その選定 を支援者に依頼した。

本稿は、長崎国際大学人間社会学部社会福祉学科倫 理委員会の承認を得ている(承認番号:SW2017020)。 また、本稿は、筆者の立命館大学大学院社会学研究科 における修士論文の一部を大幅に加筆修正したもので ある。

最後に、筆者にこれまでの人生を語ってくれた若者 たちに感謝します。

参考文献

安藤佳珠子(2010)「若者のひきこもり支援におけ る発達保障論的アプローチの構築に関する研究―

(12)

集団からの孤立・疎外と参加へ―」(修士論文)

立命館大学大学院社会学研究科.

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参照

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