中国人日本語学習者に見られる「~て(で)」の誤用について
陽 際元
*
・川嶋 秀之**
(2008 年 11 月 30 日受理)
A Study on the Misuse of -te(de) in Chinese Japanese-Learners
Jiyuan Y
ANG*, and Hideyuki K
AWASHIMA**
(Received November 30, 2008)
はじめに
中国人日本語学習者の文章表現は,学ぶ段階が進むにつれて,当然のことながら語彙や文型が豊 かになってくる。しかし一方で,文意の伝わりにくいものも増えてくる。また,明らかな文法的な 誤りを訂正しても,それは中国人学習者からの視点であって,その文章が日本語母語話者にとって どこかおかしい,意味がよくわからないものになることがある。中国人日本語学習者の作文から集 めた,いわゆる「不自然で分かりにくいもの」を分析してみれば,「気づかれやすい」レベルでのも のと「気づかれにくい」レベルでのものがあることがわかる。特に,中国人日本語学習者の文章に は「~て(で)」形文を好んで用いるものが目立ち,それゆえ,安易に使う傾向が強く,明らかに 間違いとは言えなくても,不自然な日本語にしてしまうところが多い。つまり,接続助詞の「~て
(で)」には「気づかれにくい」レベルでの誤用が多いのである。この現象は何が原因なのか。なぜ「~
て(で)」を集中的に使ってしまうのか。それを探ろうとしたのがこの論考の動機である。
以下では,南(1964,1974),森田(1975),北原編(2004)等の接続助詞「~て(で)」に関する 分類を手がかりとして,接続助詞「~て(で)」を含む「~て(で)」形文の誤用パターンを分析す る。さらには「~て(で)」形を含む文の構造的特徴から,中国人日本語学習者の作文に見られる「~
て(で)」形文の誤用の原因を探ってみたいと思う。
1.「~て(で)」形の意味分類
これまで文と文をつなぐ接続助詞「~て(で)」に関する意味分類は,主に南(1964,1974),
森田(1975),北原編(2004)等が挙げられる。
湘潭大学外国語学院日本語学部(〒411105 湖南省湘潭市西郊羊 塘).
茨城大学教育学部国語教育教室(〒310-8512 水戸市文京2-1-1).
*
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南(1964,1974)は,「~て」を含む従属句の内部構造における成分,要素の現れ方によって,「~て」
の従属句を~テ1,~テ2,~テ3,~テ4と,四種類に分けている。さらに,~テ1は A 類従属句に,
~テ2と~テ3は B 類の従属句に,~テ4は C 類の従属句にそれぞれ入ると指摘している。
テ1~テ4について,次のように具体例を挙げ,分類の説明を付け加えている。
(1)手をつないで歩きました。(~テ1)
(2)左手でかばんを抱えて,右手で必死に吊皮にぶらさがっていた。(~テ2) (3)昨日は,風邪を引いて会社を休みました。(~テ3)
(4)A 社はたぶん今秋新機種を発表する予定でありまして,他社の多くもおそらくそれに対抗 する計画を考えることでしょう。(~テ4)
「~て(で)」で終わるもののなかで,<状態副詞的>な意味を持ったものを「~テ1」,<継起 的または並列的な動作・状態>の意味を表わすものを「~テ2」,<原因・理由>の意味を表わす ものを「~テ3」,<提題の~ハ,陳述副詞などを含むものを「~テ4」とした。
森田(1975)によると,「~て(で)」の接続はその前件と後件の意味によって「継起」,「原因・理由」,
「手段・方法」,「同時進行」,「並列」,「逆接」と,下位分類できる。以下に,その分類と例文を示 しておく。(例文の下線や通し番号等は筆者による。以下,同)
①動作や行動を時間の流れの順に示す。
(5)しっかり安全を点検して,それからかぎをかけた。
②原因・理由を示す。
(6)風邪をひいて,学校を休んだ。
③手段や方法を示す。
(7)ラジオを聞いて,会話の勉強をする。
④同時進行を示す。
(8)山田さんがやめて,高田さんが入った。
⑤並列を示す。
(9)地下鉄ははやくて安全だ。
⑥逆接を示す。
(10)よく知っていて,知らせてくれないとはいじわるな人だ。
北原編(2004)では,同じく前件と後件の意味・関係によって「~て(で)」を以下のように八 種類に分類されている。
①並列や対比関係を表す。
(11)赤くて大きなリンゴ。
②引き続いて他のことが起こる関係を示す。
(12)朝起きて顔を洗う。
③原因・理由を表す。
(13)風邪をこじらせて寝込む。
④方法・手段を表す。
(14)電車に乗っていく。
⑤動作を行うときの様態を表す。
(15)手をつないで歩く。
⑥ある判断(特に謝罪や感謝など)の対象となる出来事を表す。
(16)来てくれてありがとう。
⑦逆接的関係を表す。
(17)知っていて教えてくれない。
⑧アスペクトや待遇関係を表す。
(18)教えてくれる。
南と森田,北原編の接続助詞「~て(で)」に関する意味分類を対照してみれば,前者と後者の分 類の仕方が異なることがわかる。南は従属句の内部構造における成分,要素の現れ方によって,「~
て(で)」を4種類に分けているのに対し,森田と北原編は,前件と後件の意味によって「~て(で)」
の接続法をそれぞれ6種類と8種類に分類している。森田と北原編の分類には,「手段や方法」と「逆接」
を表す「て(で)」の分類項目が立てられているのに対し,南の分類には「て(で)」の「手段や方法」
と「逆接」を表す意味・用法が含まれていない。一方,南の分類には「~テ4」に示されているよな 用法があるが,森田と北原編の分類にはこの種の用法がない。
南の「~テ1」~「テ4」をそれぞれ①~④をもって示し,南の分類番号を基準に,三氏の分類 を分かりやすく表にまとめれば,次のようになる。
表1 「~て(で)」形の意味分類 南 (1964、1974)
(従属句の内部構造における成 分、要素の現れ方による分類)
①~テ1<状態副詞的>な意味
森田 (1975)
(前件と後件の意味関係によ る分類)
北原編 (2004)
(前件と後件の意味関係によ る分類)
⑤動作を行うときの様態を 表す。
②~テ2<継起的または並列的 な動作・状態>の意味
①並列や対比関係を表す
②引き続いて他のことが起 こる関係を示す
②動作や行動を時間の流れ の順に示す
⑤並列を示す
④同時進行を示す
③~テ3<原因・理由>の意味 ③原因・理由を示す ③原因・理由を表す
④~テ4<提題の~ハ、陳述副 詞などを含むもの
④方法・手段を表す
①手段や方法を示す
⑦逆接的関係を表す
⑥逆接を示す
⑥ある判断(特に謝罪や感 謝など)の対象となる出 来事を表す
⑧アスペクトや待遇関係を 表す
上の表を見ても分かるように,森田(1975)の六分類法と北原編(2004)の八分類法は,中
身が大体同じである。ただし,森田に比べ,北原編の分類には「ある判断(特に謝罪や感謝など)
の対象となる出来事を表す」用法と「アスペクトや待遇関係を表す」用法が加えられている。
しかし,北原編の「ある判断(特に謝罪や感謝など)の対象となる出来事を表す」用法は,実 は一種の「原因・理由」の用法とも見なされる。その例として,北原編は「来てくれてありがとう」
という例文を挙げているが,前件「来てくれる」と後件「ありがとう」の関係はやはり一種の因 果関係であると思う。「ありがとう」と感謝する理由は,「来てくれた」からである。「感謝」や「謝 罪」などの意味を表すのは,「~て」そのものではなく,「ありがとう」や「すみません」等といっ たような述語である。「~て」は「V てくれる」という授受表現の一部であると解釈しても良いで あろう。
また,「アスペクトや待遇関係を表す」用法には,「教えてくれる」という文が挙げられているが,
この文の中の「て」は接続助詞ではないと思う。この場合の「~てくれる」は補助構文とみなさ れるのが一般的である。文と文をつなぐ接続助詞「~て(で)」の誤用を扱う本論では,この種の 用法を除外する。
従って,本稿では,森田と北原編の分類基準を参考に,二文をつなぎ一文とする「~て(で)」
接続をその前件と後件の意味関係によって下記のように六種類に類別しておく。
①並列・対比を表す。
(19)飛行機は速くて安全だ。
②原因・理由を表す。
(20)風邪をこじらせて寝込む。
③方法・手段を表す。
(21)ニュースを聞いて,日本語を勉強する。
④継起を表す。
(22)毎朝6時に起きて,30 分くらいジョギングをします。
⑤様子・状態を表す。
(23)手をつないで歩く。
⑥逆接的関係を表す。
(24)知っていて教えてくれない。
以下では,「~て(で)」の意味分類に照らして,中国人日本語学習者の作文に見られる「~て(で)」
形文の誤用パターンを提示しながら,その誤用の原因について考察を進めていきたいと思う。
2.日本語学習者に見られる「~て(で)」形文の誤用パターン
筆者が集めた中国人日本語学習者の作文から「~て(で)」形文の誤用パターンをまとめてみる と,「~て(で)」形文の誤用パターンには,主として次の三つのパターンが挙げられる。
A. 原因・理由を表す「~て(で)」形文の誤用;
B. 並列を表す「~て(で)」形文の誤用;
C. 構文上における「~て(で)」形文の誤用
中国人日本語学習者の作文には,「継起」,「方法・手段」や,「様子・状態」,「逆接的関係」等
を表す用法の「~て(で)」の誤用があまり見当たらない。従って,本稿では,中国人日本語学習 者のよく間違える「~て(で)」形文の誤用パターンに絞って具体例を挙げながら,各誤用パター ンの原因を詳しく分析してみたいと思う。
2. 1 原因・理由を表す「~て(で)」形文の誤用
中国人日本語学習者の作文における「~て(で)」形文の誤用の一つに,原因・理由を表す「~
て(で)」の誤用が目立つ。以下にその誤用の傾向を示す代表的なものを幾つか挙げておく。(?
は不自然な文,○は自然な文であることを示す。)
(25a) ?このセーターは安くて買ってください。
(26a) ?おなかがすいて,何か食べに行きませんか。
(27a) ?雨が降っていて,運動会は中止しましょう。
(28a) ?花がきれいで,たくさん写真を撮りました。
上の (25a)~ (27a)の文には不自然さが感じられるのは,「~て(で)」形が原因や理由を表 す場合,「~て(で)」形の文末には「~てください」や「~ましょう」等の依頼や勧誘表現を使 うことができないことによるものである。言い換えれば,理由の「~て(で)」の接続と意志の表 明の文末は呼応しない,いわゆる文の首尾が呼応していない,ということである。この場合には 原因や理由を主観的に表す「から」,あるいは原因や理由を客観的に表す「ので」を使うと文が正 しくなる。例えば,
(25b) ○このセーターは安いので/から買ってください。
(26b) ○おなかがすいたので/から,食べに行きましょう。
(27b) ○雨が降っているから,運動会は中止しましょう。
のように直すと,自然な文になるのである。
また,「~て(で)」形が原因・理由を表す場合,「から」「ので」より原因と結果の関係は弱い。
後ろの文には「楽しい・感動する」などの気持ちをや状態を表す文がよく来るが,「行く・話す」
などのような,積極的な意志を表す表現は使えない。前件の結果自然にそうなる,そう感じる,
やむを得ずそうするというような表現が続く。(28a)は次の(28b),(28c)のように直すと,自 然な文になるのである。
(28b) ○花がきれいで,とても感動しました。
(28c) ○花がきれいだったので,写真を撮りました。
なお,南(1998)では,<原因・理由>を表わす「~て(で)」を含む文の述部には,命令や意 志の形が現れないと指摘している。
(29a) ?雨が降っていて,野草鑑賞会は中止しましょう。
(29b) ○雨が降っているから,野草鑑賞会は中止しましょう。
前者 (29a)に比べて後者 (29b)のほうがより自然と感じられるであろう。
これが,主文の述部が単純な<過去>の意味のタ・ダの形のものの場合は,「~て(で)」<原因・
理由>は共起可能である。例えば,
(29c) ○雨が降って,野草鑑賞会は中止になりました。
以上の分析から,「~て(で)」は「から・ので」と同じように原因・理由を表すことができるのだが,
原因と結果の関係は「から・ので」ほど強くない。「~て(で)」形文の文末述語の表現形式と「か ら・ので」で結ばれる文の述語の表現形式とが大きく異なる,ということがわかる。中国人日本 語学習者の作文における原因・理由を表す「~て(で)」形文の誤用が目立つのは,学習者が原因・
理由を表す「から・ので」の意味・用法を混同して間違えやすいからなのではないかと思う。
2. 2 並列を表す「~て(で)」形文の誤用
前述したように,「~て(で)」接続には「並列的な動作・状態」の意味を表わす用法がある。
中国人日本語学習者の作文には次のような不自然な文がある。以下に例を挙げて考察する。
(30a)?休みの日には,ビデオを見て音楽を聞いてのんびり過ごすのが好きです。
(31a)?コピーをとって,ワープロを打って,今日は一日中いそがしかった。
(32a)?きのうの休みにはビデオを見て,散歩して,手紙を書きました。
(30a)と (31a)は,一見どちらも二つの事柄(動作)を並べる文に見えるが,実際は,文の 性質や構造が異なる。(30a)の二つの事柄「ビデオを見る」と「音楽を聞く」は「過ごす」の内 容であり,「休みの日には,ビデオを見てのんびり過ごすのが好きです」とか,「音楽を聞いての んびり過ごすのが好きです」とかいうように,単独に言っても文は成立する。また,二つの「て」
の後にポーズを入れて,「休みの日には,ビデオを見て,音楽を聞いて,のんびり過ごすのが好き です」のように言えば,話し言葉では許容される。(30a)の文の構造は「対象語(過ごし方)+
が+述語(好き)」という構造である。しかし,(31a)を「コピーをとって,今日は一日中いそが しかった」とか,「ワープロを打って,今日は一日中いそがしかった」とか,動作を単独に並べて 言うと,文としては成立しない。(31a)の「いそがしかった」という形容詞述語は,その前半に は「原因・理由」を表す表現が要求される。つまり,(31a)には,「原因・理由――結果」という 文の構造が組み込まれていると言うことができる。言い換えれば,(31a)の前後の構文関係は一 種の「因果関係」にあると言える。しかし,(31a)の前半には継起を表す「~て(で)」接続が用 いられているため,後半にも継起的意味を表す述語が必要である。ところが,「忙しかった」とい う形容詞述語は状態性が強く,継起的意味を持っていない。文の首尾が呼応していないため,文 には不自然さをもたらしているのである。
(32a)においても,同じようなことが言える。「ビデオを見る」こと,「散歩する」こと,「手紙 を書く」こと,といった事柄は「きのうの休みには」主体のした事である。時間の流れの順とか かわりないこの三つの事態を継起性の強い「~て(で)」接続を用いて述べると,文には不自然さ が生じてしまうことになる。しかし,(32a)の文を「きのうの休みにはビデオを見て,散歩して,
それから手紙を書きました。」というように,事態間に時間の流れの順序を示す接続詞「それから」
を入れて述べると,並列性より継起性が強調され,話し言葉では許容される文になるのである。
(30a)~(32a)のように,いくつかの行為や状態が交代して起こる場合,また時間の流れの順 とかかわりなく述べる場合は,「~て(で)」形接続ではなく,接続助詞「たり」を用いるのである。
「~たり,~たり(する)」という文型は,いくつかの事柄,行為のうちの代表的なものを二,三あ げる表現で,因果関係を並列的に配列することができるのである。上の(30a)~(32a)を次の(30b)
~(32b)のように直すと,自然な文になる。
(30b) 休みの日には,ビデオを見たり音楽を聞いたりしてのんびり過ごすのが好きです。
(31b) コピーをとったり,ワープロを打ったり,今日は一日中いそがしかった。
(32b) きのうの休みにはビデオを見たり,散歩したり,手紙を書いたりしました。
上記のように,接続助詞「~たり」を使うことによって,動作・状態の継起性が薄くなり,単 純な動作・状態の並列性が強調される。動作行為・状態の時間の流れの順序とかかわりなく述べ る場合,「~て(で)」形接続より,「たり」接続のほうが適切である。
2. 3 構文上における「~て(で)」形文の誤用
「文の構造的特徴」といえば,単文の場合は,主語,述語の特徴や主述関係などがあり,複文の 場合は前後二つの文(従属節と主節)の関係や従属度等の問題が考えられる。
動作や行動を時間の流れの順に話す場合,いわゆる「~て(で)」が継起的意味を表す場合,主 節と従属節の主語が同じでなければならない。即ち,一文中で動作主体が交替する場合,「~て(で)」
を用いると,不自然な文になってしまう,ということが言える。この用法に関して,宮崎・新屋(1997)
では,次のような二つの制限があると述べている。
1 前件と後件(二つ以上~テ接続があるときも)の動作の仕手は同じでなければならない。
2 前件と後件のムード(法)は同一でなければならない。
次に例文(33)と例文(34)を見てみよう。
(33) 僕は友達と上海に行って,昨日,国へ帰りました。
(34) 友達は上海に行って,昨日,国へ帰りました。
例文(33)のような文を聞くと,日本人ならば,国へ帰ったのは「僕」であり,例文(34)で は,国へ帰ったのは「友達」であると特定して解釈する。ところが,あとでこの文を書いたある 中国人学習者によくたずねてみると,例文(33)では言い表そうとしているのは,「国へ帰ったの は「僕」ではなく,「友達」である」ことがわかった。そうだとすれば,例文(33)の「国へ帰り ました」の前に「友達」という主語を入れて明示しなければならない。ちなみに,例文(33) の「国 へ帰りました」の主体(仕手)は「僕と友達」であるとも解釈することができる。それは「友達と」
という連用修飾語の介入によるものと思われる。「友達と」を文の一番最初に移動して「友達と僕 は上海に行って,昨日,国へ帰りました。」となると,国へ帰ったのは明らかに「友達と僕」であ ることは疑う余地がない。
一文中で動作主体が交替する文での「~て(で)」については,田代(1995)による考察が挙げ られる。
田代(1995)では,「非日本語話者は一文中で動作主体が交替する場合,「~て(で)」を多用す るのに対して,日本語話者は一文中で動作主体がかわった場合,並列としての意味をもつ「連用 接続」で接続する。言い換えれば,主節と従属節の主語が異なる場合,「連用接続」が多用される,
ということになる。」と指摘している。以下に例文を見られたい。(例文は田代(1995)から引用,
通し番号は筆者による。)
(35) ?吉子ちゃんは松本君に風船をあげて,松本君も喜んでもらった。
(36) ?いもうとはそれを好きな人につたえるつもりで,砂場へ行って好きな男の子をみつけ て,それをあたえたが男の子がゆだんして,その風船が二人の手からすべて,空中へ飛 び込んでしまった。
(37) ○自分の風船をプレゼントした妹は怒って,その子をなぐり,男の子は泣きだしてしま いました。
(38) ○女の子は怒って,友達の頭を一回たたいてそのまま帰ってしまい,残された友達は,砂 場でわんわん泣いていました。
上記の各文を分析してみれば,動作主体が交替する場合,「連用接続」を使用した日本語話者の 文は自然な文となり,「~て(で)」を用いた非日本語話者の文は不自然な文となる,ということ がわかる。田代(1995)が指摘しているように,これは,「連用接続」が「~て(で)」に比べて 独立性が高いため動作主体が交替しても文に不自然さがあらわれないことによる。一方,「~て
(で)」は時間的前後関係(継起関係)の意味が出やすい。両方を組み合わせることで,意味のま とまりが明確になるのである。
構文上における「~て(で)」形文の誤用には,もう一つのパターンがある。それは「~て(で)」
形文と条件表現「と・たら・ば」との混用である。つまり,条件表現「と・たら・ば」を使うべ きところに,誤って「~て(で)」を使ってしまうのである。
次に誤用例を見てみよう。
(39a) ?食べ過ぎて,太ります。
上の(39a)のように,前の部分(従属節)で原因を表わし,後ろの部分(主節)で結果や結論 を表わす場合は,「~て(で)」形は使えず,その代わりに,条件表現の「たら・と・ば」を使う。
(39a)の文を次のように直すと,文が正しくなる。
(39b) ○食べ過ぎると,太ります。
もう一つ誤用例を見てみよう。
(40a) ?来週,写真を見て,分かりますよ。
(40b) ○来週,写真を見ると(見たら / 見れば),分かりますよ。
結果を表わす表現には,「~ことになる」「~こととなる」「~がわかる」「~ということができる」
などといったものがある。文末にはこのような表現が来る場合,複文の従属節には「~て(で)」
形は使えない。例えば,
(41a) ?筆者が収集した国内外の資料を分類してみて,広告のキャッチフレーズの言語的特徴 に関する先行研究は,主に以下の三つの方面から行なわれている。
この例文はある大学の大学院生から修士論文の訂正を頼まれたときに,メモにとった誤用文の 一つである。一見文法的な誤りがなさそうであるが,よく分析してみれば,「~て」形の従属文は 文末の「行われている」という表現の間に,呼応関係が成り立たない,ということがわかる。「~
資料の分類で,~がわかる」という意の文を書こうとするなら,次のように直さなければならない。
つまり,「~て」形の代わりに,「~と」を使い,さらに文末には「結果・結論」を表わす表現を 付け加えると,正しい文になるのである。
(41b) ○筆者が収集した国内外の資料を分類してみると,広告のキャッチフレーズの言語的特 徴に関する先行研究は,主に以下の三つの方面から行なわれていることがわかる。
しかし,日本語母語話者の論文には,そのような間違いがあまり見られない。よく「~と(ば),
~ことになる(いわゆる結果・結論文)」という文型が多用される。例えば,
(42) 今回明らかになった幾つかの大きな事件を見ると,この種の腐敗は非常に深刻になっている。
(43) 以上の観察をまとめると,ナラ形式の文の特徴は,前件で,ある事態が真であることを 仮定し,それに基づいて後件で,表現者の判断・態度を表明するという点にある,と言 うことができる。
(44) 以上の観察をまとめると,レバ形式はが時空間に実現する個別的事態を表すのは,原則 として仮定的事態の場合に限られるということになる
また,「て」と「たら」の使い分けで,自動詞・他動詞の選択にも制限が見られる。次の例文を 見てみよう。
(45a) ボタンを押してジュースを出した。
(45b) ボタンを押したらジュースが出た。
「て」と「たら」は,いずれも継起的に生じる二つの出来事を表す場合に用いられる。「て」は 手段を表す場合,同じ主語の意志的な動作でなければならない。そのため同じ主語の他動詞が選 ばれる。一方,(45b)のような主節が過去になっている「~たら」は,後件が発見の意味を持つ ので自動詞が選択される。他動詞は前件の動作主と後件の動作主が異なる場面であれば可能であ る。例えば,
(45c) (わたしが)ボタンを押したら(自販機は)ジュースを出した。
という文が成り立つ。
3.文の従属度からの誤用分析
益岡(1997)では,「従属節には名詞節,連体節,連用節,並列節という四つの型のものがある。
日本語の並列節を代表する形式に,(40)のような連用形による接続と(41)のような「~て」と いう形式による接続がある。」と述べている。
(46) 一郎は京都に行き,二郎は東京に行った。
(47) 一郎は京都に行って,二郎は東京に行った。
2. 3で述べたように,主節と従属節の主語が異なる場合,「連用接続」が多用される。これは,「連 用接続」が「~て(で)」に比べて独立性が高いため,動作主体が交替しても文に不自然さが現れ ないからである。言い換えれば,(47)の従属節のほうが(46)の従属節よりも従属の度合は高い と言うことができる。逆に言えば,(46)の従属節のほうが(47)の従属節よりも独立性が高いと 言えよう。
もう少し例を見てみよう。
(48) Windows Media Player が起動し,再生が始まります。
(49) 仙台地方検察庁は 13 日,中学生を仙台家庭裁判所古川支部に送り,裁判所は,今後,
最も長くて 8 週間の観護措置を行い処分を決めることにしています。
続いて,並列節と疑問のスコープの関係について検討してみよう。次の例を見ていただきたい。
(例文は益岡(1997)から引用。)
(50) *太郎はどこに行って,次郎は東京に行ったのですか。
(51) *太郎はどこで泳いで,(それから)塾に行ったのですか。
(52) ?どんなものの価格が上がって,物価が高騰したのですか。
(53) 太郎は何に乗って,九州に行ったのですか。
(54) 花子はどこに腰掛けて本を読んでいたのですか。
(50)~(54)における並列節は,それぞれ「並列」,「継起」,「原因」,「手段」,「付帯状況」等 の意味を表している。(53)においては,「何に乗って」という並列節は,「九州に行く」というこ とを実現させるための手段を,(54)においては,「どこに腰掛けて」という並列節は,「本を読む」
ということを行う場所(付帯状況)をそれぞれ表している。一見,独立性の高い二つの動作が並 列しているように見えるが,実際,前の動作が後の動作を実現させるための準備とも言える。そ れに対して,(50)~(54)においては,「どこに行って」と「東京に行く」,「どこで泳いで」と
「塾に行く」,「価格が上がって」と「物価が高騰する」は,(52)と(53)のように,前の動作が 後の動作を実現させるための準備とは言えない。並列節と主節の命題との結びつきが弱い。つまり,
並列節の動作と主節の動作は並列して行われるのである。
これらの例を見ると,益岡(1997)が指摘しているように,「並列節と主節の命題との結びつき が強くなるほど,言い換えれば,並列性が低下するほど文の許容度が上昇する」ことがわかる。(50)
~(52)の文に不自然さが現れるのは,(50)~(52)の従属節のほうが(53)と(54)の従属節 よりも独立性が高く,疑問のスコープに入らないことによるものだ。また,「手段」と「付帯状況」
を表す「~て(で)」節は主節の述語と結びつきが強く,従属度が高いのに対して,「並列」や「継 起」,「原因」を表す「~て(で)」節は主節の述語と結びつきが弱く,従属度が低い,ということ がわかる。
おわりに
以上,中国人日本語学習者の作文に見られる「~て(で)」形文の誤用を三つのパターンに分類し,
日本語の接続助詞「~て(で)」の意味分類,「~て(で)」を含む文の「構造的特徴」,そして,「~
て(で)」節の「従属度」からその誤用の原因について考察を行った。分析を通して,学習者の作 文に見られる「~て(で)」形文の誤用の原因が究明された。中国人日本語学習者が「~て(で)」
を誤用する理由の一つとして,接続を表す形式なしに文をつないでいくことができる中国語の接 続を,「~て(で)」という使用範囲の広い形式で置き換えていることが考えられる。その誤用の 原因には主に次の四つあると思う。
1.原因・理由を表す「から・ので」との混同による 2.並列を表す「たり」との混同による
3.一文中の動作主体の交替による
4.条件を表す「たら・と・ば」との混同による
また,接続助詞「て(で)」の使用にはいろいろな制限があることも明らかになった。「~て(で)」
形接続は便利であるが,不適切に使いすぎると不自然な文になってしまうことがあるので,日本
語文章表現指導では日本語学習者にしっかりとその意味・用法を教えなければならない。特に中 国語のように,接続表現なしに節や文をつなげられる母語をもつ学習者には,重点的にこの指導 を行う必要があると思う。
引用文献
北原保雄編.2004.『明鏡国語辞典』(大修館書店)
金田一京助.2003.『新明解国語辞典 ( 第五版 )』(三省堂)
砂川有里子.1998.『日本語文型辞典』(くろしお出版)
田代ひとみ.1995.「中上級日本語学習者の文章表現の問題点−不自然さ・分かりにくさの原因をさぐる−」
『日本語教育』85,pp.25-32.
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益岡隆志.1997.『新日本語文法選書2 複文』(くろしお出版)
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南不二男.1974.『現代日本語の構造』(大修館書店)
南不二男.1998.『現代日本語の輪郭』(大修館書店)
宮崎茂子・新屋映子.1997.『続日本語誤用分析』(明治書院企画編集部,明治書院)
森田良行.1975.「複文の文型練習−『たら』『て』を含む文型を中心に−」『講座日本語教育』11,pp.1-15.
横林宙世・下村彰子.1999.『接続の表現』(荒竹出版)