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微視の権力 としての学校 19

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1

微視の権力 としての学校

19世 紀 イ ギ リス教 育 史 研 究 そ の 2 4

耕三郎

Ⅰ‑ 4 試 験 ・時 間割 ・記銀

改正教育令 1862年 、 それ はイギ リス (正確 にはイ ング ラ ン ドとウェール ズ)公教育 の世界 に嵐 が吹 き荒 れた年 で あ った。 い うまで もない改正教 育令 (RevisedCode)の導入 で あ る ケイ ・シ ャ トル ワー スや マ シュー ・アー ノル ドらの イギ リス公教 育 の 「パ イオニ ア」 に とって、 それ は忘 れ さる こ とので きない悪夢 で あった。とい うの も、改正教育令 は30年代 に始 まる公教育制度 の確 立 に対 して、撹乱 的影響 を与 え、それ を阻害 し、後 退 させ る もので あ る、

と彼 らの眼 には映 ったか らで あ る。ケイ は吐 き捨 て るよ うに述 べ てい る。「 正教育令 は何 も建 設 しなか った。 ただ取 り壊 しただ けだ った。 ‑‑・それ は効 率 的 で あ る こ とに も成功 しなか った し、安価 で さえ もなか った。 とい うの も その主要 な 目的 で あ る と公 言 され た結果 を生 み出す こ とな しに、公金 を浪費

したか らで あ る。(1)」後世 の史家 の多 くもまた、 ケ イや アー ノル ドらの評価 を 踏襲 し、 その延長線 上 の枠組 み の なかで改正教 育令 を捉 えが ちで あ る(2)

(1)JamesKay‑Shuttleworth,MemoylandumonPopularEducation,1868(rep.

1969),p.30.

(2)しか しなが ら、「自由放任主義の実際的機能 と変質の過程」 という関心か ら、

「ローにたいす る従来の教育学的批判 ‑非難 にたいして、歴史学的再評価が対置 されつつあ」 (144貢)り、「教育史 を、教育の理念 に照 らしてではな く、社会史 その もののなかで とらえ直す試み」(171貢)がなされていることも事実である。

この ことを踏 まえて、改正教育令 を国家の教会 に「たいする勝利 の重要な一歩 を 画するものであ」(172頁)る、 と位置づけている研究 もある。 (岡田与好 「自由 貿易 と教育改革 『自由経済の思想』東京大学出版会、1979年。)

(2)

2 86

先 まわ りして断わ ってお くが、結局 それ らの視 点 は近代公教育 の 「進歩」

とい う概念 と関わ ってい るのだが、 ここで はその間題 を正面 に据 えて論 じる ことをめざ してい るので はない。 あるい は30年代 に支配 的で あった「道徳環 境論」 か らの転換 あるい は変容 の背後 にある、 イデオ ロギー あ るい は言説 に 焦点が合 わ され てい るわ けで もない(3)。そ うで はな く、ここで は「もっ ともあ て にな らない、微細 な技術 に こだわ ってみ よう、 とい うので ある ともあ れ改正教育令 の成立経緯 とその影響 を簡単 に振 り返 ってお くこ とに しよ う。

* *

1858年 に組織 されたいわ ゆ るニ ューカースル委員会 は、 3年後 に 「民衆 の すべての階層 に健全 かつ安価 な初等教授 を普及 す るの に必要 な措置 が ある と すれ ば、 いったい どの ような ものか」 に関 して調査報告書 を提 出 した。 それ

000000

は 「残念 な ことに結局 『すべ ての』 とい うこ とは無視 され、 『安価 な』 とい う ことは個人 に とってで はな く、国家 に とって と変 え られた(4)」とい う評価 をひ きだ して しまうほ ど、悪夢 の先駆 けだ った。「委員会 が報告書 を提 出 したの は、

新政権 にたい してで あった その大蔵大 臣の グラ ッ ドス トンは経費 削減政策 に取 り組 んで いた。軍 隊への支 出 はい まや2,400万 ポ ン ドに達 してお り、教 育 へのそれ は100万 ポ ン ドに もな ろう としていた。‑ 経費 削減 が な され る べ きだ とい うことは、 あ らゆ る方面 で一致 をみていた。(5)」2万 ポ ン ドを もっ て始 まった教育 に対 す る国庫補助金 は、 「道徳環境論」とい う言説 に主導 され なが ら、増加 の一途 をた どっていた。 しか し、犯 罪、貧困、病気 な どのあ り

とあ らゆ る問題 を 「教育」 とい う言説 の なか に投 げ込 み、解決 をはか ろう と す る 「道徳環境論」 は、財政 の問題 とリンク した ときに、綻 びが あ き らか に

(3)道徳環境論」については拙稿 「イデオロギー としての、あるいは言説 として の<教育 >をめぐって‑ 19世紀イギ リス教育史研究‑ 人文研究』第83 84韓、1992年参照。なお改正教育令 についてはその続編 として とりあげる予定 である。

(4)MarySturt,TheEducationofthePeoile,1967,p.241

(5)BrianSimon,TheTwoNationsandtheEducationalStructure1780‑18冗), 1974,p.347.

(3)

微視の権力としての学校 3

な り、 その有効性 を疑 われた とも言 え よう

こうして初等学校 へ の国庫補助 金 の分配 に、悪評 高 い出来高払 い制 (pay‑

mentbyresults)が導入 され るこ とにな る 改正教育令 はすべ ての方面 か ら 激 しい反対 で もって迎 え られ、その導入 は186381日に実施 され る以前

に二度 も遅 らせ られた経緯 が ある。新制 度へ の反対論 は 「出来高払 い制 の導 入 に よって補助金 が減 り、民衆教育 に とって打撃 で ある」 とい うもので あっ た。政府 は この論 に対 して、 もし現行 の制度が優 れた ものな らば、試験 の合 格者 は多い はずで、補助金 は減 る ことはない と反駁 し、返 す刀 で、 もし減 る

とすれ ば、現行 の制度 を擁護 す る ことは論理 の矛盾 であ る、 と決 めつ けた。

当時 の枢密院 の議長 グランヴ イル伯 は上 院 で次 の ように述 べてい る。

「もし児童 に与 え られ る教授 に、なん らの改善 も起 こらな けれ ば、そ し て もしニ ュー カースル委員会 が指摘 した ところの欠陥が続 くな らば、公 金 が非常 に節約 され るであろ う。反対 に もしこれ らの欠陥が取 り除 かれ るな らば、学校 へ の補助金 は じきに、今 日とほ とん ど同 じ額 になるで あ ろ う。(6)

出来 高払 い制 の仕掛 人 とされ て い る、枢 密 院教 育 委 員会 副 議長 の ロバ ー ト ・ロウ (RobertLowe)の下院 での有名 な発 言 は、 ここに登場 して くる。

「この システム は経済的だ と当議会 に対 して約束 で きない し、効 率的だ とも約 束 で きない。 しか し次 のその どち らかで あ る とは約束 で きる 安上が りで な けれ ば、効 率 的で あ ろ うし、効 率 的で な けれ ば、安上 が りで あ ろう。(7)」以後、

(6)世界教育史体系 ・イギ リス教育史 Ⅰ』講談社、昭和49、255頁 (佐伯正一 執筆) より重引。

(7)すでに指摘 したように、ケイの仕事 をぶち壊す こととなった、ロウその人 にた00000 いする評価 にはきびしい ものがある。「1859年に最悪の人選が副議長職 に対 して なされた。すなわちロバー ト・ロウであった。」 彼が与 えた損害は主 として リン ゲン (R.R.W.Lingen、ケイの後任の枢密院教育委員会の事務局長‑‑上野) との結びつきか らの ものであった。二人 ともまった く完全 に一致 していた。同様

(4)

4 人 文 研 究 第 86

この ことばは出来高払 い制 の 「非教育学 的意 図」 を示 すた めに、 しば しば引 用 され る ことにな る

改正教育令 の基本 的 な特徴 は、学校 維持 (教 師 の給料 を も含 む) のた めの 国庫補助金 の額 を、在籍 してい る生徒 の出席 日数 お よび試験 の成績 に応 じて

標 準

教 科

川1

単音節語 の こ 学校 で用 い ら 学校 で用 い ら 学校 で用 い ら 最上級 クラス 新 聞 あ るいは とば れてい る初 等 れてい る初等 れている上級 で用 い られて ほかの現代文 読本 の中の単 読本 の中の短 読本 の中の短 い る読本 の中 の中の普通 の

音節語 の次 に

来 ることばのひ とつ い文章 い文章 か ら詩 の数行 短 い文章

黒板 あるいは プ リン トの‑ 最初 はゆつ く 読 みの試験 と 最上級 クラス 新聞 あ るいは ス レー トに印 行 を印刷体風 り読 まれ、次 同一 の読本 か で用 い られて ほかの現代文 刷体風 の大文 に筆写 には一語ずつ らではあるが、 い る読本 の中 の中の、試験 字 お よび小文 読 み聞か され そ こで用 い ら か らの一節 を で用い られな 字 の書取 り る、読 みの試 れた もので は 選 び、数語ず か つた ほかの 験 と同一 の文 ない文章を、‑ つゆつ くりと 短 い文章 を、

章 の一節 の書 度 に数語 ずつ 読 み 聞 か さ 数語ずつ ゆつ

取 り ゆっ くりと読み聞か され るものの書取 り れ、 それ を書取 り かせ、書取 りくりと読 み聞

黒板 あ るはス 簡単 な加減算 短除法 (を含 諸等数規則 で 諸等数規則で 実算 あ るいは レー トに20ま と九々 む) までの簡 の計算 (金銭) の計算 (日常 小荷物売 り渡

の古典的な教育経歴、同様の鋭い知性、民主主義 に対する同様の嫌悪、同様の厳 しい性格で もって、ケイ・シャ トルワースの仕事の多 くを破壊するのに協同する ことができた」(MarySturt,op.cit.,p.240.)

(5)

微視 の権力 としての学校 5

決 め る もので あった。補助金 の支 出額 が単 な る生徒 の出席 日数で はな くて、

(同令第 48条 に規定 されてい る)読 み書 き算術 の3教科 に関す る、勅任視学 官 による 「標準 (standard)」(6段階 に分 かれ てい る)試験 の結果 に よって、

大 き く左右 され る ことをその特徴 としてい る

よ り具体 的 には、6歳以上 の子 どもの場合 は、午前 あ るい は午後 に年 間200

回以上 出席 した際 には4シ リング、「標準」試験 の結果 に よって8シ リングが 学校経営者 に支払 われ る。 また読 み書 き算術 の試験 で視 学官 を満足 させ る こ とがで きなか った場合 には、各科 目それ ぞれ2シ リング8ペ ンスずつ減額 さ れ る、 と定 め られていた したが って、仮 に読 み書 き算術 の3科 目すべて に 不合格 の場合 には、結局 8シ リングの補助 金 は相殺 され る ことにな った。 さ らに、二度 にわた って同一 のあ るい はそれ以下 の 「標準」試験 を受 ける こ と はで きない とされていた。

国庫補助金 の支払基準 として、 なぜ子 どもの個別 「試験」が導入 されたの だ ろうか。 その背後 にあ るもの はい ったい何 だ ったのだ ろ うか。 当時の国庫 補助金 の支払基準 は、基礎 的教科 の学力 の到達度 で はな く、「学校 の全般 的性 格 と管理」 で あった. ところが、ニ ューカー スル委員会 の眼 の前 で は、学校 で は基礎 的教科 が充分 に教 え られていない とい う現 実の姿が暴 き出 されてい た。 これ を是正 す るた めのなん らかの手段 を講 ず る ことが急務 で あ る、 と委 員た ち は痛感 していた。と同時 に、教 師が課 された仕事 を確 固た る気概 を もっ て行 な うように強制 す る手段 を、委員 た ち は探 し求 めていた。ここに個別 「 験 」が登場 して くる

「この成果 (基礎 的教科 の習得 ‑‑°上野 )を得 る唯一 の方法 が ある。 す なわ ち、 これ らの不可欠 な知識 が充分 に学 ばれ てい るか どうか を確 かめ るため に、国庫補助 金 が支払 われてい るあ らゆ る学校 のあ らゆ る子 ども た ち を、所轄 の当局 が厳 密 に試験 を してみ る制度 を樹立 す る こ とであ る。

そ して教師 の将来 と地位 が大部分 この試験 の結果 に負 うよ うにす ること で あ るO ‑・ふた りの教師 の うち、 ひ とりの教師 の給料 は自分 の生徒 た

(6)

6 86

ちが読 み方 を学 ぶ か どうか に掛 か ってお り、他 方 もうひ と りの教 師 は、

生 徒 が学 ぼ うが学 ぶ まいが それ に関係 な く給 料 を も らって い る とす れ ば、最初 の教 師 は二番 目の教 師 よ りも多 くの子 ど もた ち に読 み方 を教 え る こ とにな るの は きわ めて明 白で あ る。 ‑‑ 目的 とす る こ とは‑ ‑義務 を果 たす よ うに教 師 を説 き伏 せ る、 なん らかの絶 え間 ないそ して説 得力 あ る動機 を探 す こ とで あ る。(8)

「出来 高払 い制度 の構想 は、国家 と学校教 師 との関係 を断 ち切 り、学校 経 営 者 と教 師 との関係 を可能 なか ぎ り労働 市場 の需要 関係 に準 拠 させ る とい う方 針 を含 んだので あ(9)」る それ ゆ えに とい うべ きか、す で に述 べ た よ うに、 こ

の新 しい制度 は多 くの教育 史家 にす こぶ る評 判 が悪 い。

最 良 の学校 の どれひ とつ として、改正教育令 の適 用 に よって利 益 を受 けた ひ とつ の事例 さ え も思 い起 こす ことがで きない。何 も改善 が み られ なか った ばか りか、多 くの点 で効 率 が落 ちて いた。(10)

「その結 果 は全般 に丸 暗記 の増加 で あ った。改正教育令 の原則 に反対 し て はいなか った視 学官 さえ、 や る気 をそ ぐその効 果 を報 告 して い る。水 準 を満 たすた め に子 どもを訓練 す る必 要性 が、 この時期 の学校 の活動 に 反映 して い る 絶 え間 ないテス ト (漬 け)が一般 的 とな った。(ll)

「主 としてス リー アール ズ に限定 され た丸 暗記 の機械 的 システムが、学 校 に しが みついて しまった。こうして法制上 なん らの成 果 ももた らさず、

(8)ReportoftheCommissionersappointedtoinquireintotheStateofPopular EducationinEngland,Vol.,p.157. スター トによれば、「国庫補助金 を部分的

には子 どもの個別試験 に基づ くようにすべ きである、 との勧告 は1853年以降確 立 された考 えであった.」 (MarySturt,ob.cit.,p.246.)

(9)岡田与好、前掲書、159貢。

(10)MarySturt,op.cit.,p.280.

(ll)JohnLawsonandHaroldSilver,ASocialHl'sto7yOfEducationinEngland, 1973,p.291.

(7)

微視の権力としての学校 7

どの ような抜本 的改革 も導入 しなか った、 この時期 の唯一 の王命委員会 で あ るニ ューカースル委員会 は終窯 を迎 えた。(12)

一致 してい る ことは、改正教育令 が もた らした もの は、公教育 の 「発展」

進歩 を阻害 す る もので しか なか った、 とい うことであ ろ う 残念 なが ら、

この ような評価 を根本 的 に覆 えす に足 る史料 を もちあわせ ていない し、 また ここでの関心 はその疑 問 を解 消す る ことにあ るので もない。そ うで はな くて、

よ り微細 な技術 で あ る 「試験 」 とい うことに私 の問題 関心 はある い ままで 見 て きた よ うに、改正教育令 で は 「子 どもた ちの個別試験 が システムの中心 点 で あった。今 か ら思 うと嘆 かわ しい ことで ある。(13) 嘆 かわ しい」 とい う

ような ものの言 いかた、 あ るいは試験 は 「子 どもと教師 の両者 が互 いに 自 ら の発達 をい っそ う豊 か にす る もの(14)」で\ある、 とす る リベ ラル な立場 の 「 験」評価 をい った ん捨象 す る と、 い った いあ とに何 が残 るのだ ろ うか。 もう 少 し言 えば、 「試験 」の背後 にあ るイデオ ロギー あ るい は意志 をしば ら く脇 へ 置 いてお き、 それ ら とは相対 的 に切 り離 された技術 としての 「試験」 へ と焦 点 を移動 させ る と、 いったい何 が見 えて くるのだ ろ うか。 それが ここでの閣 題 関心 で あ る

依然 として リベ ラル な もの言 いで あるが、改正教育令 の もとでの試験 は こ う特徴 づ け られてい る。

試験 は完全 に非人格 的で厳格 で あ る こと、つ ま り完壁 な正統性 を もつ 神聖 な判 断で あ るべ き こ とが めざされた。試験 についての この質 こそが、

憎 まれ もし、怖 れ られた もので もあ る。そ こには寛容度が まった くな く、

(12)BrianSimon,oP.cit.,p.349. (13)MarySturt,op.cit.,p.255.

(14)岩本俊郎 「試験 と評価」天野正治他編 『現代教育問題史』明玄書房所収、昭和 54年。 このような視点から改正教育令のもとでの試験が論 じられている。

(8)

86

思慮分別 の余地 が ない。(15)

この 「非人格 的で厳格 」 な試験が、 いか に教 師 と生徒 の両者 を ヒステ リー に まで達 しそ うなほ ど不安 に陥れ、強迫 的 に駆 り立 てていったか を、 スター トはあ る学校 の 日誌 か ら抜 き書 きしてい る。だが スター トが描 くよ うに、「 験」 は公教育 に対 して擾乱的影響 を残 しただ けで、再 びその撹乱的影響 を克 服 す る動 きのなか に とりこまれてい くものだ ったのだ ろ うか。必 ず しもそれ だ けで はないので はなか ろ うか、 とい う疑 問 は禁 じえない。 あえて うが った 見方 をすれ ば、試験 を実施 す る ことに よって何 が誘 いだ されたか を、 その 日 誌 の書 き込 み に読 み込 む こともで きるので はないだ ろ うか。

「427日。新 しい コー ドのた めに準備 す るこ とは異様 な仕事 であ り、

私 の神経 にさわ る と信 じてい る とい うの も、試験 にパ スすれ ば非常 に 私 をよろ こぼせ て くれ るが、書取 りあるい は算術 での多 くの失敗 が私 を おおいに心配 させ るか らで凄)る。

428日 うま くで きた生徒 とそ うで ない生徒 とを区別 す るため に、

と くに教 師 にたい して その それ ぞれ の守 備範 囲 で の弱 点 が ど こにあ る か、 そ してその綻 び を繕 うようにさせ るた めに、 クラスの生徒 た ちは毎

000000000000

日ひ とりひ とり数 え出 され る。(16)

ここにある種 の まなざ しが、 ひ とりひ とりの学力 ・成績 に否応 な くひ きつ け られ てい く様 をみ よう とす るの は、 い ささか強 引で あろ うか。試験、 それ を個人 の もつ差異 を測 る物差 し とすれ ば、 この物差 しによって個人 ひ とりひ とりが対 象 とされ、各個人 が帯 びてい る差異‑ それ は もしかす る とたい し た差異 で はないか もしれ ない‑ が きわだたせ られ、 その差異が明示化 され

(15)MarySturt,op.cit.,p.276. (16)Ibid̲,pp.272273.

(9)

微視の権力としての学校 9

だか ら、試験 は教 師 と生徒 の両者 を 「抑圧」 しただ けで はな く、差異 を 産 みだ し、客観化 した ともい える そ して その差異 こそが <個人 >をつ くっ てい る もので ある、 あ るい は<個人 >の析 出で あ る、 とで も言 った ら言 い過

ぎで あ ろうか。

ところで、 この改正教育令 のなか にそれ ほ ど注 目を浴 び ることのない、 し た が って、 ほ とん ど言及 され る こ との ない規定 が あった。 それ は学 校 日誌

(log‑books)についての規定 であった。その規定 によれ ば、各学校 は自校 に関 す る情報源 として、 日誌 をつ ける こ ととなっていた。

57 主任教 師 は毎 日、日誌 を簡潔 に記載 す るべ きであ る。その記載 事項 は通常 の進捗状況、 あるい は入退学 の月 日、注意、病気 な ど将来秦 考 にな るか もしれない、 あるい は記録 す るに値 す る、学校 や教 師 に関 し てのほかの事実 な らなんで もで ある。

58 日誌 に一般 的 な考 えや意見 を記入 す るの は避 けるべ きで あ る。」

残念 なが ら、 この学校 日誌 が実際 どの よ うな役割 を果 た したか はわか らな い。 それ は好事家 だ けの興味 をひ くような 「事 実」 の記録 に とどまっただ け なのだ ろうか(17)0「通常 の進捗状況 、あ るいは入退学 の月 日、注意 、病気 な ど 将来参考 にな るか もしれ ない」事実 の記録 、 そ して事実 の累積 ・集積 は自ず

とその事 実分析 へ と至 り、 当然 の こととして差異 をきわだたせ るので はなか ろうか。 あ る対 象 を択 び、比較考察 し、 その差異 を明示化 す る こ との もつ意

(17)つけられた初期の日誌 は、 これ らの期待 にそぐわないものであった。公式的 な意味で 『重要な事実』の記録にはなってお らず、 どちらか と言 うと、教師の個 人的な心配や希望 を書 き留めたメモであった。その結果、人間 としてのさまざま

な教師の感情 をうかがうことがで きる。ひ とりの教師が新婚旅行のために3日間 の休暇をとった、あるいは他の教師が『愛する母親が重病なので教 える気が しな い』ということは、ほとんど歴史的重要性があるわけではないが、そういう記載 が彼 らを個人亡そ藤藷 き量るのである。」 (Lbid.,p.266,)

(10)

10 86 輯

味 はいった い何 なのだ ろ うか。学校 内 にお ける記録 とはい った い何 で あった のだ ろ うか。

試験 規律 ・訓練 の権力 が人 々 の間 に忍 び込 み、渉 み込 んでい くに際 して 用 い られ るささやか な技術 が あ る 「ささやか 微細 で あるが ゆえに、 あ らた まって とりあげ られ る こ ともない、 それ らの もの をフー コー は姐 上 にの ぼ してい る。「階層秩序 的 な視線」 と 「規格化 をお こな う制裁」とい うふたつ の技術 で あ る。 フー コー に よれ ば、 これ らのふたつの微細 な技術 が洗練 され 合体 して、試験 とい う近代 的 な装置へ と結晶化 してい ったので あ る どうい うことか とい うと、 かつての手工業組合 の伝統 のなかで は、試験 (試作 品) は徒弟期 間 の締 め くくりに、知識技能 の伝達 が完了 した こ とを最終 的 に証 明 す る もので あった。 同様 の役割 を果た していた もの として、 中世 の大学 にお ける口頭試験 をあげる ことがで きる これ とは対 照的 に、近代 的 な学校 で は 試験 が絶 え間 な くくりか えされ、生徒 は監視 の まなざ しの もとに常 に晒 され、

その能力 が くりか え し検証 され てい る この点 で前近代 的 な試験 と近代 的 な それ との間 には大 きな断絶 がみ られ る その断絶 は、近代 的 な試験 が 「階層 秩 序 的 な監視」 のひ とつの装置 と化 してい る点 に もとめ られ よう

そ もそ も 「規律 ・訓練 の行使 は‑‑見 る ことを可能 にす る技術 によって、

権 力 の効 果 が生 じる装置、 しか も逆 に、強制権 の諸手段 に よって、 それ らが 適用 され る当の人 々が はっ き り可視 的 にな る装置 を前提 とす る。(18) 言 う と

ころの 「階層秩 序的 な視線」 はその技術 のひ とつで あ る。す なわち、匿名 の マス としての生徒 は 「階層秩 序 的 な視線 」 に晒 され る ことに よって、 ひ とり

●●

ひ とりが 「可視性」を帯 び、 「個人」へ と分解 され る さ らに、近代 的 「試験

●●●●●●●●●●●●●●●●

は‑‑個人性 を記録文書 の分野 の対象 にす る(19)」 もので もあ る だか ら試験

(18)M.フーコー、田村俄訳 『監獄の誕生一監視 と処罰‑』新潮社、1977年、175 176頁。

(19)同上訳書、192貢。

(11)

微視の権力 としての学校 ll

による記録 資料 は、 それぞれの生徒 の差異 を きわだたせ、一層 「個人 」 を浮 か び上 が らせ るようにな る

と同時 に、試験 は匿名集 団 としての生徒 をカテ ゴ リー化 し、 そ して その向 こうに能力 の標準 あ るい は尺度 を生 み出す もので あ る い まや試験 は生徒 を 個 々人 へ と分解 ・可視化 す る と同時 に、生徒 を分類評価 し、規格化す る装置

と化 してい る。 これが 「比較 し差異化 し階層秩 序化 し同質化 し排除す る(20)」、

そ うい う働 きをす る 「規格化 をお こな う制裁」 で あ る この ことをフー コー は こう言 ってい る。「それ は規格 化 の視線 で あ り、資格付与 と分類 と処罰 とを 可能 にす る監視 で あ る。 あ る可視性 を とお して個 々人 が差異 をつ け られ、 ま た制裁 を加 え られ るのだが、試験 はそ うした可視性 を個 々人 にた い して設定 す るので あ る。(21)

とすれ ば、試験 を権力 と統制 の技術 として、 いわ ば 「抑圧 す る」 もの とし て描 くの は誤 りで あ る あ るい は言 わず もが なの ことで あ るが、試験 その も のが良 いか悪 いか、 とい うような倫理 的判 断 にゆだね る (しば しば これが「 育学」的枠組 み とされ る) こ とも誤 りで あ る 試験 は権 力/知 テ クノロジー として読 まれ るべ き もので あ る、 とい うのが フー コーの言わん とす る ところ で あ る。試験 は 「精神 医学 か ら教育学、病気 の診 断か ら労働 の雇用 に至 る ま での」人文科学 に広 まってお り、権力 あ る もの (教師、医者、雇用主) か ら 権 力 のない もの (生徒、患者、労働者)へ の 「知識 の絶 え間 ない交換」 ばか

りで な く、試験 に出 された問題 を解 くこ とによって主体 は自 らを知 らしめ る (とい うよ りも作 りだす)、 そ うい う装 置 なのだ。言 u換 えれ ば 「教 師用 に確 保 され る知 を生徒 か ら先取 す る、 そ うい う装置 なのだ。(22)

だか ら、 た とえば 「犯罪者 非行少年 子 ども」 な ど とい う知 は、超歴 史 的 な もので はな く、 フー コー に したが えば、 この規律 の権力装 置 の所産 に

0006808009111I川"lH一t..rhHInH一012222nqiuJunt■u

(12)

12 86

ほか な らない。と同時 に、権 力 その ものが産 みだ した この標 準 化 され た知 が、

逆 に人 を規 定 す る こ とに もな る。 す なわ ち、 自分 が い った い誰 で あ るのか と い う 「主体」 (「主体」 の形成 は同時 に 「臣従化 」 で もあ る) を形成 す る とい うこ とにな る。社 会 的 アイ デ ンテ ィテ ィをかた ちづ くる とも言 えよ う。 した が って、「試験 は、個人 を権 力 の成 果 お よび客体 として、知 の成 果 お よび客体 として構成 す る‑‑諸 方式 の中心 に位 置 して い る(23)」 もので あ り、 「客体 化 (対 象化 で もあ る)お よび服 従 強制 の方式 として機能 す るので あ る。(24) これ が規律 の権 力 の本質 で あ り、権 力/知 テ クノロジー の あ りかた なので あ る。

* *

ホスキ ンはフー コー の枠組 み を前提 に しなが らも、 この近代 的装 置 で あ る

試験」を歴史 の なか に辿 ろ う と試 みて い る ホス キ ンに よれ ば、近代 的 な試 験 の指標 は 「客観 的」尺度 としての点数 の導入 にあった。 したが って、 この 点 で フー コー とは若干 の事実認識 の違 い をきた して い る。た とえば、16世 紀 の ジ ェスイ ッ トの 「システム は規格 化 をお こな う制裁 で はなか った。 そ うで

● ●

は な くて競 争 (emulation)原 理 に基 づ く、生 徒 の 間 で の絶 え間 な い競 争 (competition)システムで あった。 その よ うな シス テム は優 等生 (そ してた ぶ ん劣 等 生 ) に は有 効 に作 用 した が、全 人 口 を通 じて の個 人 の 損 得 勘 定

●●●● ● (profitand‑loss)の尺度 は提供 しなか った。 とい うの はそれ は順 序 を示 す シ ステム (anordinalsystem)で あ り、相対 的価値 の みの尺度 を与 えたか らで あ る。生徒 は成績 (performance)に応 じて順位 を上 下 したが、 それ 自体 で価 値 を測 る独立 した <客観 的 >尺度 はなか ったか らで あ る。 す なわ ち、 それ は 点数 システム (asystem ofmarks)で はなか った(25) と、客観 的尺度 とし

(23)同上訳書、195貢。

(24)同上訳書、194頁。

(25)KeithW.HoskinandRichardH.Macve,̀AccountingandtheExamina‑

tion:A GenealogyofDisciplinaryPower',Accounting O7ganizationsand Society,Vol.ll,No.2,1986,p.125.

デュルケ‑ムはジェスイ ッ トの教育 について次のように述べている。

「ジェスイ ッ トは従前のや り方に対 して革命 をお こしていた。実際、われわれ

(13)

微視の権力 としての学校 13

て の点数 システ ム を、 あ くまで も近代 的試験 の メル クマ ール で あ る と強調 し て い る 同様 に、 ラ ・サ ール の 「キ リス ト教 学校 修 士会 」 の教育 も 「個人 の 記 述 とい うシス テムで はなか った。 とい うの は数学 的点 数 の システム は依 然 として そ こに はなか った か らで あ る」 とされ、 フー コー は この点 を誤 読 して い る とされ る(26)

相互 教 授 法 で あ るモニ トリアル ・シス テム につ いて も、 ホス キ ンは前近 代 の教育 規 律 が そ こにお い て 開花 し結 実 は した もの の、 「規 格 化 をお こな う制 裁 」が全 面 化 した もので はない とみ な して い る とい うの も、モ ニ トリアル ・

シス テム の 「構 造 の なか で は絶 え間 の な い記 録 化 と情 報 の交換 が あ り、 それ らは生徒 と教 師 の両 方 に対 して統 制 を強 い る もので あ った(27)が、 それ らは 点 数 が もた らす 「階層秩 序 的 な視線 」 と 「規 格 化 をお こな う制 裁 」 とい う微 視 的 テ ク ノ ロジー を、未 だ完 成 させ て い なか ったか らで あ る。 どうい う こ と か とい う と、ベ ル の シス テムで は、違 反 は毎 日、閣魔 帳 (theBlackBook)

に記録 され、 どの よ うな罰 を与 え るか は少年 た ちか らな る陪審 に よって毎週 0 0 0く()0 0 0 0 00 0 0く⊃0 0 決 め られ て いた。 しか し 「制裁 は規 格化 (normalize)す る もので はなか った。

は、中世 の大学 もコレージュも競争制度 をまった く知 らなかった ことを見 て き た。中世 には功績 に報 い、努力 を勧奨す る賞 は何 もなかった。試験の仕方 も平凡 であったか ら、非常 に勤勉 な学生 にとってはそれは一種の形式で しかなかった。

ところが、今や唐突 に、全 く異 った制度がつ くられたばか りでな く、一挙 に全 く 多血症的発展 をとげたのである。

こうして今や、ジェスイ ッ トが授与 していた教育文化が、今 Lがたわれわれが 確認 した ような強烈 な性格 を もつ ようになった次第が よ りよ く説明 され るので ある。ジェスイ ッ トの訓練 は、全 くこの目的のために組織 されていた。生徒がそ の中で生活 していた不断の競争状態 は、生徒 をしてその知力、意欲の全活動力 を 緊張せ しめ、しか もそれ を必然の ことた らしめていたのである。同時 に、彼等 は た えず監視的注意 の下 におかれていたため、脱落 のお こる可能性 は難 しくなって いた。生徒 は指導 され、支持 され、激励 されていることを感 じていた。 それ故、

すべてが生徒 をして努力へ と向わ しめていた。その結果、コレージュの内部 では 真 に強烈な活動が行われた。それは、もちろん、深 さよ りは表面的に発展 した と い う欠点 は もっているが、活動が充実 していた ことは異論のない ところである。」

(E.デュルケ‑ム、小関藤一郎訳 『フランス教育思想史』行路社、1981、522頁。) (26)KeithW.HoskinandRichardH.Macve,op.cit.,pp.125‑126.

(27)1bid.,p.126.

(14)

14 86

同様 に教 師、生徒 は 『日々 の課業 の記録簿』 をつ け、為 された レ ッス ン数、

ペ ー ジ数、課業 を記 す。それ らは教師 そ してマ スター に よって毎週表 にされ、

以前 の成績 と比較 され る ここには教 師 と生徒 との相互 のチ ェ ックが あ り、

●●()00(〕0 生徒 の成績 を比較 す る手段 が あ る しか しこれ は依然 として行為 を記録 し判

000000000000

断す る ことで しか なか った。(28)」同様 に 「ラ ンカタ‑の システム には‑‑ よ り 広範 囲 にお よぶ賞罰 システムが あ り、 よ り頻 繁 にテス トが な された。生徒 が 分 団 になって座 り、隣 りの生徒 よ りもじ ょうず に答 えたか、 あ るい は誤答 し たか に応 じて、順位 が上下 す る もので、 これ は依然 としてほ とん どが順序 を 示 した ものであった。 また首 の周 りにメダル をつ け、選 り抜 きで あ る こ とを 示 してい るメ リッ ト生<meritpupils>とい うカテ ゴ リー もあ り、最終 的 に は差異化 された賞 の興味 あ る準財政 的 システムが あった。た とえば、優 れた 書取 りの課業 には、 1か ら5までの番号 がついてい ろ紙 のチケ ッ トが賞 とし て手渡 され る 13枚集 め る と半ペ ンスの値段 の商 品が もらえる 38

枚集 める と2ペ ンスの値段 の商 品が もらえる。そ して 512枚集 め る と6 ンスの価値 の ものが もらえる これ は利 己心 そ して じっ と待 って満足感 を手 にいれ る とい うこ とを通 して、動機 づ けをす る洗練 された戦 略 であった。 し

000000000000000 000000000000 か しなが ら、 それ 自体 で賞罰 の システム形成 し、すべ ての生徒 を自動 的 に評

oOO O〇 〇〇〇〇〇〇〇〇〇 価 す る<純粋 >な通貨 で はなか った。(29)

(28)(29)Zbid.,p.126,footnote.

ベ ンサムのクレス トマテイアについて も、規律化の意図は明 らかであ り、権 力/知テクノロジーの可能性 に対する新 しい明確な把握はあるが、点数評価が欠 けてお り、 この点で前近代的なものにとどまっている、 とホスキンは指摘する。

(Lbid.,p.128.)

生徒の名前 と欠序 とによって、ひ とりひ とりの生徒のことを詳 しく記 してあ る累積記録簿がある しか し、点数の代わ りに生徒は『いちばん最近の席次争い のコンテス トからの』上下の順位 によって計算できる (Calculable)ようにされ る。 ここか ら全部の人 (口)のために比較成績 (達成)簿が うみだされる。クラ ス、為 された訓練、課業そして累積 ランクを詳 しく記 した ものであ り、個々のレ ベルでは、各々の生徒の『貸借勘定 は累積簿か ら書 き写 し、数 日間のランクの番 号 をた し合わせ ることによってつ くられる。』か くして順位の累積数が少なけれ ば少ないほど、順位 は上 に上がる。点数評価が欠如 していることは明 らかであ り、

(15)

微視の権力 としての学校 15

くりか え Lにな るが、 ホス キ ンの言 わ ん とす る こ とは こ うい うこ とで あ ろ 上 下 の順位 づ けは、 た とえばABの上 にあ り、BCの上 にあ る とい うように、相互 の直 接 的 な関係 を表 わ してい る しか し、ABCの あいだの差 異 を客 観 的 に測 定 す る尺 度 は そ こに は なか った。他 方、点 数 に よ る評 価 は

ABC相互 の直接 的 な関係 か らい った ん抜 け出 してい るばか りで はな く、客観 的価値 の尺度 を生 み出す前提 をつ くりだす もので もあった。

ところで、 ホス キ ンによれ ば点数評価 はふ たつ の起源 を もってい る ひ と つ は人 間 の資質 を数量化 す る とい う、社 会 の各 方面 で進行 して いた趨 勢 で あ る。意外 で もなんで もないのか もしれ ないが、 「私 た ちの 19世 紀 の文化以 前 の どの文化 も、人 間 の資質 を数量化 す るその ような戦術 に頼 る こ とはなか っ た(30)」ので あ る。 ふ たつ め は、 口頭試 問 に代 わ って筆記試験 が導入 され た こ とに ともな う変化 で あ る。 「筆記試験 そ して点数 に よる評価 は1800年 頃 か ら 発展 し、次第 に支配 的 にな って きた よ うにみ える 形式 そ して技術装 置 の変

000 化 は決定 的 で あ る 近代 的 テス ト様 式 だ けが書 くとい う全面的権 力 (各人 が

00000000 00 000000 0000 0000000 000

自己 につ いての内部 の真理 を開示 す るた め に書 くこ とが要求 され る) を活性 化 し、他 方、人 そ して その内面 にた い して客観 的数 的価 値 を押 し付 け る(31)

それがなかった ことは、個人の自己価値 を測 る<客観的 >尺度がなかった とい う ことである。‑‑‑罰則簿 はあったが、数量的罰点の累積 はそこにはなかった。そ の代わ りに妨害者であると記載する権力への素朴 な信頼があった‑ 『自分の名 前が非行者 という性格づけで、恒久的なそしておおかれす くなかれ公開 される帳 簿の上に載 るとい う単純 なる確かさ』を通 して生徒 は服従する。最後 に累積進捗 薄がある。 しか し、 これ もまた『黄点 と比較 した違反のい くつかの行為の総計 に

よって差引残高 がわか るように』、順位 と振舞 い を集計 す る もので あった。」

(Zbid.,pp.128129,footnote)

(30)KeithW.Hoskin,̀Foucaultullderexamination:thecrypto‑educationalist unmasked',inStephenJ.Balュ(ed.,)op.cii"pA6.

(31)Zbid.,pA6.ケンブ リッジではすでにその30、40年前か ら候補者 に対 して筆 記での解答が求め られていたが、1792年の数学の優等卒業試験 に点数評価 を導 入することが図 られた。試験官の一人 フアリッシュ(William Farish)が個々の 問題 について評点化することを提案 したのである。「ここに個人の科学 (thesci enceoftheindividual)が可能 になった。‑‑・個人 を比較考量 し、他人 と比較 す ることが可能 となった。‑‑‑この数量化 によって旧い口頭 システム(oralsys

(16)

16 86

ことにな る。「点数 は単 な る数学的発 明で もな く、試験 のプ ロセス に根本 的 に 必須 な もので もなか った。 に もかかわ らず、一度発明 されて しまうと、 ・‑・

至極 当然 の もの として受 け入れ られてい った。 こうして点数 システム はい ま

●●●●

や行為 の説 明 の記録 であ る と同時 に、 それ らの行為 に差 異化 された価値 を与 える貨 幣 として流通 してい る。(32)

こうして点数 システムの導入 は、個 々バ ラバ ラに行使 され ていたふたつの 技術 、統制 そ して価値 の形成 を目的 とした記録 とい う技術 を結 びつ け、 それ らを権力/知 のあた らしい微視 的装置 の中 に結 晶化 させ たので あ る。 その波 過装置 を とおす こ とによって、 ひ とりひ と りの生徒 の成績 の差 異 は明示化 さ れ る と同時 に、 その成績 を分類 す るこ とによって、生徒 を標準 を もって個 人 (別)化 で きるような、 あるい は標準 か らの計量可能 な逸脱 に よって個人 化 で きるような、客観 的尺度 がかた ちづ くられ る。前 に も触 れた ように、フー コー によれ ば、 これが試験 の権 力 の本質 であ り、従来 「個人 」 として考 え ら れて きた ものの転倒が そ こにはあった。

一般 に 「個人」主義 は、 リベ ラル あ るい は進歩的 レ トリックのなかで教育 を考 えた際 に、 当然 の ご と く支配 的地位 を占め る もので ある。 それ は共 同体 的軽括 か らの解放 として、 リベ ラル な解釈が な され るのが一般 的で あ ろ う。

だが 「現在 とい う体制」 に収赦 して しまうその ような解釈 に、 フー コー は疑 問 を突 きつ けてい る 確 か に、個人主義 は古代 ギ リシャ以来西洋文化 のひ と つの特徴 で あったが、われわれ の文化 のあ らゆ る側面 で支配 的地位 を占め光 の は、比較 的近年、 ここ過去 2世紀 で あ る フー コー に よれ ば、 この個人 主 義 を生 みだ したの はあ る理念 で もな く、経済 で もなか った。匿名 のマス を個

tem)は時代遅れ となった。すべての受験者 によって筆記 された試験ペーパー (writtenpapers)が試験官の吟味の主要対象 となった。というのは仕事の統一性 というのが評価の統一性 を保証するのに必須であったか らである」 (Keith W.

HoskinThe Examination,disciplinary power and rationalschooling', HZsto73JOfEducation,Vo1.8,No.2,1979,p.144.)

(32)KeithW.HoskinandRichardH.Macve,oP.cit.,p.127.

参照

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