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小学校におけるわらべうたと音楽教育

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

小学校におけるわらべうたと音楽教育

著者 奥 忍

雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要

19

ページ 139‑144

発行年 1983‑03‑23

その他のタイトル Japanese Play Songs and Music Education in Primary School

URL http://hdl.handle.net/10105/6558

(2)

小学校におけるわらべうたと音楽教育*

奥     忍洲

(音楽教室)

 本稿は1982年7月にイギリスのブリストル市で催された第15回Intemationa1S㏄ietyfor Music Education,Intemational Music Education Conferenceで口頭発表したものを、日本 語に訳し、若干の修正を加えたものであ乱

 本論で私は以下の点について考察する。

1.日本の子どものわらべうたの発声(地声)について §1,2 2.日本の民謡や伝統音楽との関わり §3

3.地声が音楽教育で排除されてきた理由 §4,5 4.地声を用いた幾つかの試み §6

5.地声を教室に導入することによって起る良い結果の見通し §7

 §1 日本のわらべうたの特徴

 日本には子どものわらべうたが数多く存在する。それらの歌は子どもの遊びと不可分に結びつ いているので、わらべうたの分類も遊びの種類に従って行われている。例えばとなえうた、絵か きうた、まりつき、お手あわせうた、からだあそびのうた等々の様に。

 わらべうたはこの様に身体の動きと結びついているばかりでなく、ことばのリズムや抑揚とも 密接に結びついている。わらべうたとことばとの必然的な関係は、2音から成っている単純なわ

らべうたに最もよく表われている。 (譜例1)

譜例1

(東京) さるのけ っがまっ.かっ か  (京都)さ るの けっ  まっかっ か 抑揚・一、一一       ・_r1一一r」■

 又日本のわらべうたは他民族のわらべうたと同様に、日本の民族の音楽の基本的な特徴を最も 簡潔な形で表わしている。その音組織と発声は伝統的である。

 §2 わらべうたの発声と音域

 わらべうたの発声は日常のことばの発声と同じであり、それは一般にはr地声」と呼ばれてい るものである。図工は10才女児によって話されたre」と歌われたr e」のフォルマントを示し たものである。*1各頂点が類似個所にあることが注目される。又図2は日本の1O才女児によって

* Japanese Play Songs and Music Education in Primary Schoo1

**Shinobu O㎞(Depaエtment of Music,Nara University of Education,Nara)

上139一

(3)

図1 日本の子どもの「e」のフォルマント

30 20

ユO

Uへ 話された「e」

ユ  2  3, 4  5  6  フ  8  9

30 20

ユO

歌われたre」

ユ23456フ89

30 20 10

0

20 10 0

30 20 10 0 30 20 10 0

図2fisの音高で歌われた「e」のスペクトル

日本の女児㎞1

1 2 3 4 5 6  フ  一

@日本の女児N皿2

9

1 3  フ

Cギリスの女児N皿1

1 2 3 9

イギリスの女児㎞2

1 2 3 9

図2f1sの音高で歌われた「e」のスペクトル

一140一

(4)

歌われたr e」とイギリスの10才女児によって歌われたr e」を比較したものであるが、*2日 本の子どものものは高次の倍音を強く含むことによってイギリスの子どものそれと明瞭に区別さ れる。 (図2)

 日本の子どもの話し声と類似し、独特の音色を持っ地声の発声時の声帯について、音声学者須 永義雄(ユ972)*3は次の様に述べている。r声帯は太く厚味を持ち、声門の閉じ方も、両側の 声帯が接着する面積も広く、閉鎖力も強い。呼気の圧力によって生じる声門の開閉運動も、振幅 が広く、しかも声門の前端から後端に及ぶ。すなわち声帯は全長全幅で振動する。」この様にし て発声された地声は低く、重い響きを持っているように感じられる。

 これまでに数多くの研究で、子ども達が遊んでいる時に歌ったわらべうたが集められている。

それらの研究から、次の点が明らかにされる。

1.3音のテトラコード(譜例2)を用いた、最も普通の形のわらべうたでは、声域の分布は

。is−e−fisのテトラコードで鋭い山を作っている。 (図3)

     譜例2      譜例3

豆レ

テトラコード

∵」

e■ X−a

dis−fis19is

d−f−g

cis−e−fis

4度音域のわらべうたで歌われたテラコードの頻度

。−es−f

h−d−e

ais−cis−dis

a−c−d

gis−h−cis

9−b−c1 fis−a−h

一・オ一一__。一一一一____一.一一一    ↓

50      100 150例 一M1一

(5)

2.同様に、5音から成る6度音域のわらべうた(譜例3)では、分布の頂点はh一由s のところ にある。

3.2音から成るものでは多くの場合、d−fisの間で歌われる。

4.歌い出しは殆んどの場合、e_fisの間である。

 これらの事実から、特に指導されない限り、日本の子どもたちにとって最も歌い易い音域はh からfisの間であると云えよう。

 §3 日本の民俗音楽と伝統音楽の発声について

 日本では大人のための民俗音楽や伝統音楽もわらべうたと同様に地声で歌われている。従って 男女が共に歌う時のお経や盆おどり歌では、西洋の場合に見られる様な男女間の1オクターブの 隔りは起りにくい。その中心となる声域は子どもの場合より少し低い。宗教的な集まりで歌われ る婦人による御詠歌はa−d1テトラコードを中心にしていることが多い。

 専門的な歌い手は、もっと高い音でも地声で歌うように訓練している。この様な声はrしぼり あげた声」と呼ばれている。とても高い音には一種の裏声が用いられる。例えばr会津磐梯山」*4 ではbからd2を地声で歌っている。長唄rさぎむすめ」*5ではbから。2を又別種の地声で歌っ ている。特に高く、短い音にだけ裏声が用いられている。

 日本の伝統音楽には様々な種類がある。又、一つの種類においてさえ幾つかの流派がある。従 って多種多様な発声法があるが、それにもかかわらず地声と、女声の低い音域に対する嗜好は全 ての流派に共通している。

 §4 地声は学校教育では用いられていない。

 文部省の教育指導要領には学校教育における学習の内容と方法が記載されている。現行(ユ977)

の指導要領では発声法について次のように記されている。r呼吸の仕方に気を付けて響きのある 頭声的発声で歌うこと。」*6尚頭声(的)発声は195ユ年から一貫して指導要領で採用されてい

る。

 須永義雄(1972)*7によれば、頭声発声時の声帯は地声の場合と別の様相を呈している。r 声帯が薄くのばされ、声門の閉じ方も弱い。そして呼気の流出によって生じる声門の開閉の振幅 が小さい。声門の開閉も、全長にわたるのではなく、約半分しか開閉せず、残りは閉じたままで ある。」 この様な頭声は、地声に比べると次の様な特長を持っていると云われている。

1.声帯が疲れにくい。

2.呼気が少なくてすむ。

3.高音域の発声が容易である。

4.高音域の旋律を表現するのにむいている。

 学校教育では頭声を使用するので、小学校の音楽教育は一般にfLd2の音域の教材から出発し て、その後徐々に音域が拡大されていく。

 各学年の共通教材には夫々ユ曲ずっわらべうたか民謡が選ばれている。しかし、これらの曲で

一M2一

(6)

教科書に用いられているeLa1テトラコードは普通に歌われているものより3度から4度高く移 されていることになる。この様に修正されたわらべうたは、異った音高と発声のために本来の性 格を失ってしまっていると考えられる。

 §5 日本の音楽教育は概して西欧の音楽を指向してきた。

 1868年の明治維新後、1872年に音楽は小学校教育の中の一教科として制定される。それは r唱歌」と呼ばれ、その主な学習内容は字義通り歌唱であった。日本の伝統音楽と西洋音楽とを 折衷することによって新しい国楽を作ること*8が目ざされ、学校教育のための新しいタイプの 歌が数多く生みだされたが、それらの多くは西洋音楽の作曲法を学んだ音楽教育家によって作曲 されていた。更に、小学校の教師は、音楽については概して、西洋音楽を学習した東京音楽学校 の卒業生によって訓練を受けていた。従ってr新しい国楽」は、その名前にもかかわらず、多く の伝統音楽の要素、即ち発声、リズム、和声等と無関係であった。唯、伝統的な旋法だけが長音 階に組み込まれ、4度と7度のない凝西洋長音階が広まることになった。 (譜例4)

 工939年に「唱歌」は「音楽」と改称され、第2次 譜例4 世界大戦後には、器楽、鑑賞、創作等の新しい分野が 音楽のカリキュラムに付け加えられた。教材は読譜の        写一0

難易度によって体系づけられ、又、様々な指導法が試         介    ↑

みられた。前述のr新しい国楽」の中で最も秀れた曲は歌唱教材として残されたが、それら文部 省唱歌は今でも尚、強い影響力を持っている。

 経済のめざましい復興と交通機関の発達は多くのヨーロッパの音楽家達が日本に訪づれること を可能にした。それらの音楽家の中には少年合唱団も含まれていた。「どうしたら日本の子ども たちはヨーロッパの子どもたちの様に美しい声で歌うことができるようになるのだろうか?」、

これが1950年代、60年代の音楽教育家達の抱いた問題の一つであった。

 §6 60年代後半には日本の伝統音楽を学校教育に積極的に取り入れようとする傾向が現われ てきた。その原因はいくつか考えられる。当時、何人かの作曲家がその作品に伝統楽器や伝統的 なリズムをとり入れるようになった。一方、比較音楽学や民俗音楽学の成果が、ヨーロッパ音楽 のみに向けられていた音楽学者の視野を全ての民族の音楽へと拡げていった。そこで日本の伝統 音楽も又、その汎美主義の対象となったのである。

 1968年版指導要領には伝統音楽が鑑賞教材として、わらべうたや民謡が歌唱教材として加え られた。教材としてのわらべうたの指導方法が日本の各地で様々に試みられた。その主なものは:

1.身体表現と共に

2.ソルフェージュ教材として

3.音組織を分析し、それらを器楽、合唱、創作の導入指導に用いる,等である。

 ユ969年には小泉文夫に編纂された「わらべうたの研究」*9が出版された。それは大きな反響 を呼び起した。この研究によって、わらべうたは消え去っていないばかりか、新しく作られてさ

一143一

(7)

えおり、こどもたちはわらべうたをたびたび、しかも生き生きと歌っていることが判明したので ある。けれどもこの研究は主にわらべうたの音組織とリズムにその焦点をあてており、絶対的な 音高には余り関心が払われていなかった。従って、どの高さで歌われても、それらはd_gテト ラコードを中心とした音列に移し換えて記されるという結果になっている。又、発声にも特に関 心が払われていない。

 §7 現情と展望

 現在では地声は理論的によりはむしろ実践的に研究されている。これまで地声は民俗芸能を演 ずる社会主義リアリズムのグループによって研究されてきた。しかし一方では、日本語を上手に 歌えるクラシックの歌手は殆んどいない、と云われている。このことへの反省から、最近では発 声と発音について幾つかの試みがなされている。例えば、芸能山城組は女声に常に地声を用いで い乱柴田南雄(1975)は「北越戯譜」でこどものコーラスに地声を用いる・という大胆な試み を行っている。*ユ0

 教室でわらべうたが取り上げられる時、それは本来の音高で、本来の発声で歌われるべきでは なかろうか。私はそうすることによって次の様な良い結果が生み出される、と考える。

工.現在では伝統音楽は子どもたちから遠くかけ離れてしまっている。しかし、子どもたちが自 らの自然な声を意識することによって、自分と伝統音楽との結びつきを認識することができるだ

ろう。

2.地声を用いることによって子どもたちは音楽と日常のことばとの関係を最も簡潔に知ること ができる。その結果、子どもたちは音楽が単なる教室での一教科や高尚な趣味に止まるものでな

く、子どもたち自身と基本的な関わりを持つものである、ということに気付くであろう。

      注及び引用文献

1.話されたr e」は接続詞rえ一と」から、歌われたr e」は京都のわらべうたrどっちどっ ちえべっさん」からとられた。どちらの音高もfisであった。

2.日本の女児はrどっちどっちえべっさん」、イギリスの女児はrPhisical Education(B.

B.C制作Singing togetherより)」いずれもfisの音高で強拍である。

3.須永義雄 歌声の音色,日本の音楽教育72,音楽の友社,1972,P.9

4.民謡は様々の高さで様々の歌い方で歌われる。これは、福島県地元有志によって歌われた例 であ乱TS−3036,日本民謡とわらべうた

5.鷺娘 唄株屋佐登代、杵屋佐美奈 VP−3034,邦楽大系Vol.ユ0

6,5年、6年の例。4年では「呼吸の仕方に気を付けて頭声的発声で歌うこと」と記されてい

る。

7.須永義雄 上掲書P.9

8、伊沢修二「音楽取調二付見込書」(1879) 目賀田種太郎r我公学二唱歌課ヲ興スベキ仕方 二代私ノ見込」(1978)に新しい国楽の必要性についての記述が見られる。

9.小泉文夫編 わらべうたの研究,わらべうたの研究刊行会,1969

10.柴田南雄 北越戯譜 田中信昭指揮、ひばり児童合唱団により1975年初演 一M4一

参照

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