奈良教育大学学術リポジトリNEAR
「複式学級の学習指導の手引」ビデオ教材の制作
著者 太田 静樹
雑誌名 奈良教育大学教育研究所紀要
巻 21
ページ 115‑128
発行年 1985‑03‑23
その他のタイトル A Guide to Teaching in a Compound class VTR Program Production.
URL http://hdl.handle.net/10105/6602
「複式学級の学習指導の手引」ビデオ教材の制作。
太 田 静 樹榊
(教育方法学教室)
I はじめに
昭和29年6月にrへき地教育振興法」が公布されてから本年(1984年)で30年になる。同法制 定の母胎となった全国へき地教育研究連盟が結成せられたのは、その2年前の昭和27年である。
同法の制定を契機にして、へき地教育は全国的に組織的な活動と研究を着々と進めていくように なる。いうまでもなく、へき地学校の形態は明治以来、どこにも存在していたが、都市に単式学 校が普及するにつれ、へき地の学校は依然としてそのま㌧の形態で存続し社会的にも余リ注目さ れずに、取り残されたような状況から、戦後やっと脱出し組織的な運動を始めたと言えるであろ
う。
この30年間、社会の変化に応じて学校教育もそれなりに対応してきたことは、学習指導要領が 昭和22年以来、1O年毎に改訂せられてきたことでも分る。へき地教育も地域のへき地性に拘束さ れながらも徐々に変化してきたといえるが、それが地すペワ的な変化を経験せざるをえなかった のは昭和40年代における全国的な過疎によるものである。その背景には30年代後半からの社会の 高度経済成長があり、それによって産業構造が大きく変革し始め、都市に人口が集中し、逆に農 山村の過疎現象を来たした。へき地をまきこんだこの全国的な過疎現象はまだ今日も継続してい る。それによって従来のへき地は2極化し、一方では交通網の発達により、へき地性を減少し学 校も町の学校形 態に近づいたが、他方ではよD一層へき地性を増してきた。こんにちのへき地教 育は後者のような取ワ残された過疎地にある、ごく少人数の学校教育が特に問題になっているの
である。
奈良県を例にとってみると、(昭和58年5月現在)
へき地小学校 60校(分校含む)、内休校8校、実質52校 児童数 20人以下の学校 16校(30.7系)
lO人以下の学校 複式学級のある学校 内4〜5学級数の学校 2〜3学級数の学校
12校(23.I第)
22校(42−3第)
7校 15校
これによって分ることは奈良県のへき地小学校の42第が複式学級のある学校であり、その内の
. 腕A Guide to Te aching i口a Compound class VT R Pm酊am Production.
杣 Shi2㎜ki Oh6a (Depar6ment of Educa6iona1Meulod ,Nam Universi6y of Educat ion,
Nara, Japan )
約70第は2〜3学級の、全校児童数20人以下の小規模校であることである。かつてなかったよう なこれらの小規模学校、少人数学級(複式学級)は、やがて学校統合か休校を迫られるかもしれ ないのである。このような不安定な状況の中にあってへき地教育を支えているのは教師である。
教師は、へき地であること、少人数であることからくる教育上の不利を克服せねばならない責務 をもっている。その中心になるのが複式学級をいかに指導するかということであろう。
このようなへき地の教育を教育の原点と考え、それに対する理解を深めることは、教育を学び 教職につくことを願っている学生にとって必要なことである。へき地教育に対する関心と理解を 深めること(無関心を是正すること)が、へき地教育を振興さすことにつながっていくのである。
へき地教育を教育の原点と考える理由は次の通りである。
1.へき地教育はいうまでもなく明治初期以来の学校教育の形態を残しているものである。す なわち単級、複式学校から学校教育は始まっていて就学人口増と共に単式化したが、へき地は過 少人口のために、その形を温存してきたのである。もっとも単級や複々式は奈良県のみならず他 府県でも現在はなくなった。これだけでも永年を要したのであるが、へき地教育の前進といえよ
う。
2一現在においても、へき地は自然的、社会的、経済的、文化的諸条件に恵まれない地域であ る(へき地性)。それらからくるいくたの教育上の不利な状況にあって、しかも子どもの少人数 のために集団としての学級も存立しにくい条件で、へき地教育は行なわれなければならないので ある。このような幾層にも不利な状況に追いつめられて尚かつ教育をどうするかということは教 育の原点と考えてよいであろう。極めて困難な状況の中から1つずつ教育の障害を克服していか ねぱならないのである。
へき地の学校の教師は都市のそれと比較して若い年令の教師が多く、しかも異動が激しいのが 特徴とされている。そのことは毎年新任の教師が多ぐべき他校へ赴任していることを意味してい
る。その数は全体的には少ないかもしれないが、彼らにはへき地教育のための指導が事前になさ れていないのが普通である。赴任して始めて少人数学級、複式学級に直面し当惑することになる のが常である。このことは教師にとっても、子どもにとってもマイナスてあり、毎年それが繰返 されているのである。この事実を無視することはできない。赴任した教師は1,2年してようや くへき地教育の実態を把握しかけたところで転任するのでは、へき地教育の実践及び研究の積み 重ねを期待することができない。
かえリみて教育系大学において、へき地教育のための指導はほとんどなされていないし、その
ための教材も少ない。かつてr複式学級の学習指導」という映画(20分)があワ、(筆者は何回
も利用したが)、複式学級の指導のあワ方を現場の授業により、具体的に説明した優れた内容の
ものであった。ところが最近の調査により判明したことは、近畿のいくつかの県教委では、使用
回数が少ないということで、その映画フィルムを廃棄処分してしまっているのである。奈良県の
フィルムライブラリーには他に複式学級の指導やへき地教育用の教材映画は見当らない。恐らく
他の府県のそれにおいても同様であろう。このような実情から、へき地教育の一環として複式学
級指導のための教材をビデオによって制作しようとするのが今回の企画である。へき地学校に就 職する、しないにか㌧わらず教育の原点としてのへき地教育を学生に把握せしめることは教育そ のものを考えさせることになるであろう。その為にもこのビデオ教材は有用であると考え乱
1 資料の検討一1
複式学級の現実を直視し分析するのに参考となる視聴覚教材としてビデオは恰好のものである。
それで複式学級の授業をいくつかビデオどりし、叉同類のものを他から再録画するなどして編集 版を作ることにした。そのために従来から、へき地学枝を訪間した際に録画しておいたテープを 利用することにし、叉NHKの教育テレビにも昭和57,58年度に何回か複式学級の授業シリーズ 番組があワ、叉他大学のへき地教育研究用のビデオ教材を求めて、それらを参考にすることにし た。しかし中心的なものは今回観察した授業の録画資料である。
昭和58年11月18日 奈良県A小学校B分校にて録画
B分校の規模 1・2年生 4人(1年生2人、2年生2人)の複式学級 3・4年生 5人(3年生2人、4年生3人)の複式学級 教師2人、児童数9人の典型的な少人数校である。
録画の授業 1・2年生 算数(1年生は引き算、2年生は九九の練習)(異内容指導)
3・4年生 社会科(地域の生活からの願い)(同単元同内容指導)
その授業内容を一応分析、検討したものが以下の適ワである。
1. 1・2年生の複式授業(算数)について (表1参照)
(1)目標 この授業は典型的な同教科異内容指導である。低学年の算数指導にはこの方式が 適しているのであろう。
本授業の課題は1年生は引き算の練習、2年生は九九の練習である。即ち共に練習の指導であ る。その1時間のどういう指導でどのような結果がえられたか、少くともこの時間としての評価 は必要である。そのためにはこの時間の指導の目標が明確に定められていることである。その点 からみるとこの授業は目標が明確にされていなかったようである。というのはまとめの段階にお いて練習の成果を確認していないからである。1年生の引き算はカードのゲーム遊びの途中で終
っているし、2年生の九九は5の段の個別の練習の過程で終っている。1年生の引き算のくワ下 リのある2間題については答の出し方を確認しているけれども、その説明であって練習ではない。
ゲームカードで練習させているようであるが、それが果して適切であったか疑問である。何故な ら子どもにとってや㌧難しくて展開しにくいようであったからである。むしろいくつかの類似の 問題を出すことによって練習(確実に早く)さ世ることが中心になるべきでないか。その点にお いて2年生は5の段の九九の練習はかなワ何回もすることが出来たが、教師はそれがどの程度確 実に出来るようになったか直接的には確認していない。1年生を直接指導しているときに間接的
には確認していたかもしれないが、子どもにとっては練習結果を教師によって確認されていない
のである。従ってこの授業は目標立てが明確でなかったので結果がや㌧あいまいに終っているの
である。
(2)教材 共通教材として最初に、ミヵソの絵(5コを1袋にした)が何枚か用いられた。
しかしこれは本来2年生用教材であって1年生には導入段階で少し用いられただげである。もし 1年生用としても用いるならば、もう少し工夫を必要とした。即ち15−6,13−5の場合に、ミ カン(絵)を1つ1つがパラパラになるようにしておけば二その解答方式に従って明確に図示で きたであろう。
もう1っ重要なことは、15−6と13−5の解答の方式が子どもにおいて異なっていたが、教師 はこの種の引き算では2つの方法があるとのみ説明して唯計算することのめに終始して子どもの 思考を練ることを無視していたことである。15−6=15一(5+1)=(15−5)一1
=10−1=9 と解答していたが、それ
よりも15−6=(1O+5)一6=(1O−6)十5=4+5=9 の方が分ワ易く早いと思われる し、次の13−5はそのようにしていた。統一した方式を用いるように子どもに教えた方がよかっ たと思われるが、それがなかったのは唯計算の練習を意図していたためであろうが、授業目標の あいまいさがここにも現れているといえる。
次に1年生のみの教材として引き算練習応用のカードを2人の子どもにそれぞれ用意して与え た。実際にやってみてやや難解のようであって教師は個別指導にかなり時間を賞していたが、思
うようには進まなかった。結果論である肘れども、むしろ先ずカードの問題の答えを出すことを やらせる。その答えを記入して同じ答えを合わせる。次の段階として本日のように式のみで答え を推論させて合わせるのが妥当であろう。本日の授業では1段階とばしたために子どもにとって やリにくかったのであろう。教師はゲーム・カードと称していたが、ゲームする段階には至って いないのである。
⑬)渡り 本授業の波ワの回数は11回であった。回数として多い方であるが、低学年の指導 の場合、長時間をかけて直接指導にしても間接指導にしても問題呈示はできないから、渡りの回 数が多くなるのは当然である。この授業では1年生の指導に重点がおかれていて直接指導の時間
は計32分てあり、これに対して2年生は14分であった。逆にいえば間接指導に1年生は14分で、
2年生は32分であったことになる。1回の直接指導の平均時間からみても、1年生が5.2分、2 年生が2.8分で1年生の指導の方が約2倍長い。まだ自学自習の態度、能力の未熟な1年生には 直接指導を多くすることが必要であり、本授業において2年生はさすがに1年間の経験を積んで おワ自学自習の態度がついておワ教師の少しの指示、問題でも学習を彼等で持続できていた。唯 ここで注意すべきことは、やはり間接指導において充分すぎるくらいの、むしろ時間不足するく らいの問題や学習内容を与えておくことであって、そうでないと早く問題が出来るとあと無為に 過す(隣学年の学習状況を見ているから全然無為とはいえないが)時間があると学習の緊張感が 崩れてしまうことになる。本時において前半数回の波ワにおいて1年生、2年生ともに間接指導 の時の問題が何ら与えられなかったり、問題が安易すぎて子どもたちに手もち無沙汰の場面がみ
られた。
(4)少人数学級 教師の問いに1人の子どもが答える。もう1人の子どもが「同じです」と
答えてそれぞれの問題は終ワになる例が少人数学級では多い。本授業でもそういう場面がよくみ られた。それが本当に同じである場合、大体同じである場合、自信ないが前の解答者の様子をみ て同じですと答える場合等いろいろあろうが、教範は「同じです」という答えをもとにして次に 進める。これが多人数学級であれば様々な答えがでるところでも少人数学級であるためにr同じ
です」という答えで単純に終ってしまう。こういう場合、教師は意図的に刺激を与え質問をして 他の解答を引き出すよワ他ない。
本時の算数の場合、前述したが、15−6と13−5と子どもの引き算の仕方が異なっていたが、
教師は余ワ気にとめず「答え方には二種類あって、どちらでもよいですよ」と説明した。これで よいのかどうかである。算数だから答えは同じでもその考え方、方法が異なってもよいはずであ るが、それが全く顧みられない授業であった。少人数学級では対立するよリかは同調する傾向に あり学習内容の深化、拡充が妨げられるのはやむをえないかもしれないが教師としてはいかに指 導するか考えるべきことである。その他に少人数とはいえ画人差(能力、性格等)、性差なども 学習に影響が大きいであろう。
2.3・4年生複式授業(社会科)について (表2参照)
(1〕目標 この授業は数時間の地域学習から、暮らしのためのみんなの願いを取リ上げたも のである。単元としては3年生用であリ同題材同内容同程度指導である。
本時の中心概念はrみんなの願い」である。学習課題といってもよい。今まで学習してきた自 分たちの地域のことから、その現状認識をふまえ、どのような問題点を指摘し生活の改善向上を 考えることが出来るかということである。恐らくこのことは本時授業だけのことではない。全授 業計画の終ワの段階で取ワ上げられると共に初めに釧 ても、日常の経験事象として取ワ上げる ことも可能であリ必要である。日常生活で経験している不利、不便なことから、どうしてそうで あるのかという学習動機をおこし地域学習へ展開することが出来る。本授業では、ある程度の地 域学習をしたあと、この願いの問題を目標として取リ上げている。即ち今までの地域学習の結果 として地域の問題点を明らかにし、その解決を当然の要求として、あるいは可能の要求として「
願い」を出し、それについて検討する。そしてさらに高次の認識に進むことになる。実際にどの 程度その目標が達成せられたかは次の指導諭と関連させて論ずることになるが、結論として不充 分であった。それは目標のレベルが高かったというよワは、むしろ指導方法に問題があったとみ るのである。この程度の目標立ては当然であろう。
関連的にいえば、本時のあとの展開は子どもたちの願いごとをその根拠を明らかにして役所に 出すことが出来るということでは学習として解決したことにならないのであって、それらを自ら の・日常活動に反映させてみて、どのように対応していくか、対応していけるかということを問う てこそ解決へ進んだということがいえる。そのためには子どもたちだけの願いに終始しないで、
授業中教師が指摘しているように、親や祖父母たちの願いことも関連させて考察することは重要 なことであろう。
ω 指導 二本案のカリキュラムでは同単元同内容同指導で通すことになるが、その際問題
になることは学年差である。しかし本学級のように児童数が極端に少ない場合には(計5名)、
学年差よりも、むしろ個人差の問題に集約されるであろう。
本授業は教師と子どもとの間答形式で通して終っている授業であった。内容的には3年生用の ものであり、4年生は充分に対応できるものである。しかし本授業は妻2をみても分るように、
子どもの反応は極めて乏しいものであった。これには教師の質間の仕方にも問題があったといえ ようし、また今までの学習内容を呼び起こすに工夫が不足であったといえよう。教師の発間に子 どもの反応がすぐに、また活発に出なかった場面が再三あった。教師が発問に工夫すれば場面は 変ったかもしれない。例えば授業の始めの段階でrみんなにどんな願いがあるか」という質問を いきなリ子どもにぶつけていたが、これでは子どもも答えにくいであろうし、むしろ日頃どんな 困ったことを感じているか、具体的な場面を提示しながら聞くという方法もあろう。子どもたち の中に当然あるはずのものが出てこなかったのは事前の学習において、生活の問題として自分と のか㌧わりにおいて受付とめていなかったということもあるかもしれない。そこで教師は子ども たちの願いを導き出す手だてとして教科書のキミ子の作文を参考に読ますことにした。それには 4つの願いがあげられていたが、都会的なものであって子どもたちからすぐ反応を起こさせるも のにはならなかった。子どもからやっと出てきたものはr道を広くしてほしい」ことと次にかな ワ間をおいてから、「横断道路をつけてほしい」ということであった。共に通学道路の改善要求 であるが、それらについても図、絵、写真等を示すなりしてその問題点をよワ具体化して、それ からさらに問題を引き出すということも望ましかった。もしこれが町の多人数の学級であったな らば、地域環境にもよるであろうが、恐らくもっと多様な意見が積極的に出たであろう。本学級 のように子ども数5人では1人が意見を出せば他は「同じです」で終りになってしまう。5人5 様の意見が出ることは余リない。しかし反対意見や異なった意見が出なければ学習内容の拡充や 掘り下げは不充分であり授業は平板に終ってしまう。本授業もそれであった。教師はそれを補充 するために親の願いも出させようとしたが(宿題としていたが子どもに不徹底のためか)遂に出 なかった。もしそれがいろいろ出ておれば親を通して、もっと地域的な願いも内容が高まったで あろう。(このことは次時間の宿題にされたが)。
終りの段階のr皆の願いの原因は何か」についても、それだけでは答えにくい発間であって教 師の期待している「困っているから」という答えはすぐには出てこない。教師としては子どもた ちが、ふだん生活上困っているのだから、何とかしてほしいのだということを自覚させたいわけ である。即ち子どもたちの経験としての願いごとが、よワ客観的な、みんなの願いとして根拠の あるものであることを認識させることである。結局は教師がr困っているということが原因なの だ」とや㌧抽象的に説明したけれども、子どもたちは実質上困っていることをあげているわけで 余ワ言葉にとらわれる必要はなかったと思う。むしろ上述のように主観的よリ客観的であること への認識が必要であろう。
以上この授業が間答形式に終始したものであっただけに教師の発問は重要な役割をなすわけで
その発問を含めた指導法をや㌧詳しく論じたのである。本学級のような少人数の場合には教師は
余程、子どもの思考や経験に刺激を与える工夫をしなければならないことを示す授業であった。
以上複式学級の2つの事例の授業について分析検討したが、それは始めから、これらが模範的 授業としてでなく、むしろ普通のいろいろ問題を含んだ、その点を参考として考察すべきものと しての観点から取上げている。一般的に学習指導の手引きとしての教材を構成する場合、モデル として1つには成功的な授業をみせることも必要であるが、また反対に不成功の事例も参考にな る点においては同じ価値をもつものである。学生にとっては後者の方が身近かに受けとワ易いと いえる。成功的事例を見習うと共に不成功の事例からその原因を追求し、それをいかに克服して いくべきかを学びとらねぱならない。その点からみて上述の2つの授業例は考察すべき問題を多
く含み、全内容を複式学習指導の手引教材として有意義であろう。
皿 資料の検討一2
r複式学級の指導の手引」(ビデオ教材)としても、へき地教育の経験も関心もない学生にい きなリ見せても、かえって迷いや誤解を与えるかもしれない。故に始めにへき地及びへき地学校 の概観を示すような教材を前提とすることが望ましい。そのために例えば次のような資料が必要 と考えられる。
へき地地域の状況を示すもの(へき地の自然的、経済的、社会的、文化的側面等)
教師に関する問題を示すもの
子どもの生活及びその指導に関するもの 各地のへき地学校の状況を示すもの 等である。
具体的に筆者の研究室で保有しているビデオテープの中から、それに適するものをあげれば、
次のようなものがある。
1. 「山地のくらし」奈良県教育委員会制作、小4社会科番組(20分) 昭和53年 2. r山の分校の記録」 NHK番組(40分) 昭和34年
3. r新日本紀行」(へき地の教師) N肌番組(30分) 昭和49年 4・ r里親村の3年」読売テレビ番組(50分) 昭和58年
5.奈良県、島根県、北海道の複式学級指導のテープ又は番組
以上の資料を全部教材テープとして取上げれば、ぼラ犬な時間のものとなワ、手引教材として は、ふさわしくないので、適宜取捨選択して編集せざるをえないが、これらを単独に用いること も充分有効と考えられるので簡単に内容を紹介しておこう。
1、 「山地のくらし」 これは奈良県教委が制作し小学校4年の社会科の資料として放送し たもので、県下の一山村を事例として自然環境、産業、交通、生活等におげるへき地性を示して いる。へき地の経験のない学生にとっても参考になるものである。この種の番組はこの他にも数 種類作られている。
2. 「山の分校の記録」 へき地教育の中心概念であるべき地性を理解しなければ、へき地
性を基盤としている学習指導も真に把握できない。そのためにへき地学校教育の特性を示す総合
的な番組がほしいのである。遺憾ながら現在のへき地学校に関するそのようなものがない。しか し昭和34年にNHKによって制作せられたこの番組は、その点において実に優れたものである。
内容は栃木県のあるべき地学校の分校を舞台にして約1年間にわたって取材したもので、最初は へき地の分校を単に紹介する目的であったが、取材の過程において子どもたちの生活や行動に興 味ある変化が現れ、その展開を追っているうちに結局3学期の終ワ頃まで、かかったという珍し い例のものである。それを当時3回に分村て放送し、後に総集篇として1つにまとめ、放送記念 事業として現在までに2回も再放送されている。それは分校の唯2人の老夫婦の先生の涙ぐまし い実践を写したものであるとともに、分校に始めてテレビが持ちこまれてからの子どもたちの著 るしい変化を見事に肥えたもので、今では絶対に制作できない貴重な資料である。教育にうちこ む真剣な教師の姿、純真、真面目な子どもの姿に、今でも学生たちは感動するのである。単に感 動するのみでなく教育の真実の姿を感得するのである。これは筆者が前述したへき地教育は教育 の原点であるといったことを如実に示すものである。筆者はこの番組教材をいつも、へき地教育 の講義に利用し講述では出来ない内容を与えている。もちろん時代は既に25年経過しており、今 のへき地教育とは状況が異なっているが、教師と子どもとの授業を通しての深い結びつきはへき 地学校ならではのものであって、それは今日においても教育の必須のものである。
3. 「新日本紀行」(へき地の教師) 徳島県のへき地学校に赴任した新卒の女教師が3年 務めて転出することに当D回顧する番組である。2・の「山の分校の記録」の場合と対照的にここ では最も若い(新卒)女教師が始めて経験するべき地の学校、へき地の子ども、複式の授業に苦 闘しながら過した3年間の生活の反省は、へき地教育が若い教師にとって、どういうものである かを学生に考えさせるに最も親近感のある教材になっている。
4. 「里親村の3年」 これは東京、横浜などから里子としてへき地に来た(というより親 から追いやられた)数名の中学生が3年間をいかに生活し行動を変えたかを示す番組である。へ き地の子どもを直接の対象としたものではないが、へき地という環境の中で、それとは全く異な る大都市の中で育ち疎外された生徒たちが、どんな反応を示すか、そこにへき地という人的、自 然的環境が影響していく独得の性質(へき地性)が現れており、生活指導の問題であるが、その 面からへき地教育を理解するのに適した教材である。
以上の諸番組はいずれも、へき地教育を理解するのにそれぞれ独自の内容をもって迫るものを もっているのであるが、これらを全部手引きとして取上げるわけにいかないし、叉断片的に編集 してはその意味をなくすると考え、「複式学級の指導」としては切リ離すことにした。
5.各地の複式学設指導のテープ又は番組 (以下その構成、内容、批判)
(1〕奈良県C小学校 2年単式学級(児童数3人) 理科r車の動かし方」(40分)
昭和54年
この学級は複式ではないが極端な少人数の学級(これもへき地特有)として取上げたもの
である。(筆者らが現場でビデオとリした。)教師(1人)対子ども3人の授業がどのように展
開されるのか、へき地の経験のない学生にはその雰囲気も想像されないであろう。授業は理科で
既に制作している紙の車について本時はどのような動かし方があるかを試行させたものである。
結果として授業は非常に単調な間答形式に終始したものである。3人では学習集団としてどうに も成立し難いものであることを学生は痛感するに違いない。子どもたちは3人3様に教師の指示 に従って試みてはいるものの、子ども間の話し合い(確めや相互批判)はI図もない。また教師 の個別指導がその代りに徹底して行れたわけでもない。理科の授業であるから、もっと子どもの 活動の中から出てくる疑問を中心に話し合いをし内容を高めるべきであった。少人数では理科に 限らず、多様な意見が出ることは少なく、1人が答えれば他の者はすぐそれに同調して終リにな
って発展がみられない。これを打開するにはやはり教師の個別指導であワ、子どもの生活経験は 狭少であろう竹れども、教材の工夫などをして子どもの思考に刺激を与える他ない。
(2)北海道・南京極小学校 I・2年複式学級(児童数8人) 算数r図形」(30分)
(昭和57年) (I年生5人、2年生3人) 同単元類似内容
この授業はN H K r教師の時間」へき地複式学級指導シリーズ番組(30分)3回分の1つ で授業時間は正味約20分間でその前後に解説が付加してある。
算数の複式指導においては系統性を重視するため普通は異単元指導で行れるが、本授業におい ては出来るだけ内容を類似的にし間接指導を少なくして共通学習の雰囲気を保ち指導の効率を図 ろうとしている。単元はr図形」であワ、1年生は各種の平面図形を分類し、その形の特徴をつ かむことであり、2年生は立体物(さいころ)から面とその数について理解させるものである。
導入では共通学習として各自持参のいろいろな空箱や空びんを真上から見て、どんな形(図形)
に見えるかを認識させる。その際1年生は要領が分らず、はっきリ言えないのに対して教師は2 年生をして明確に例示させている。次に学年別になり、1年生は見た図形を紙の上に写しとらす。
2年生は、さいころの面とその数について学習させる。直接指導は2年生から始まリ2分〜5分 の間隔をもって1年生との間を、いわゆる濃ワ指導を展開する。低学年であるから教師は一方を 直接指導しながら、他方の自己学習をたえず気にしながら進めている状況がよく例える。終りの まとめの段階において再び共通学習として1年生の図形の分類(床上の作業結果)を中心に1年 生が概念として言い難いところを、2年生が適切な言葉と理由を与えるように指導している。即 ち教師は同じ図形の指導であっても2年生にはやや高次な内容を与え、かつ1年生の学習に対し て上学年としての指導性を発揮するよう留意して同単元類似内容指導の効界を狙っている。この 点は前掲の奈良県分校の同じ1・2年複式の算数の異単元指導と異なっている。両者の比較研究 するのに適した例である。
(3)北海道・白州11小学校 5・6年複式学級(児童数19人) 理科r種子の根や芽」
(30分) (昭和5件) (5年生6人・6年生I3人) (同単元同内容)
この授業も前掲例(2)と同様にNHK「教師の時間」へき地教育シリーズ番組の1つで、授 業は20分くらいに編集したものである。
算数の複式指導は類似内容で出来るところまで迫ってきていることは前例(2)の適ワであるが、
理科では同内容で指導している例は多い。それは理科の性格によるといえよう。理科は観察、実
験などの行動を伴ない、それぞれの設備、環境を伴ラので同教室内で異内容指導は困難である。
本授業も同内容指導で従ってカリキュラムはA年度、B年度の2本案になっている。2本案の場 合はくリ返さないから、その時に子どもは単元の難易にかかわらず必ず学習内容を把握しておか ねばならない。単元によっては無理があってもやむをえないとされる。それを救済するための個 別指導も時間的に余裕がないので出来にくいのが普通である。本時の授業はトーモロコシやイン ゲンマメを教材にして種子の中で根や芽はどうなっているかを調べるものであったが、両学年に 適した内容であった。教材はいずれも子どもたちの生活に親しいものであるに拘らず、種子の内 部構造について、ほとんどの子どもが正確な認識をもっていないことも分る。地域の環境のこと、
地域のものはよく知っているとは限らないのである。へき地の子どものもつ経験知と科学知の内 容と程度は他の教科の学習においても重要な条件である。前掲例(1〕の小2の理科の授業に比して、
この授業では教師の教材制作の工夫が印象的である。大きい種子の模型で中味を示すモデル的な 展示法は子どもたちの興味を充分に引きつけるものであり、授業を緊張感のあるものにした。こ れはへき地学校特有の指導法ではないが、少人数複式学級といえども、このような教材呈示の努 力が必要であることを示している。これくらいの人数の学級になれば子どもたちの思考も多様に 表現しており、それだけ学習内容は豊かになることも明らかで、前例授業、小2の3人の理科と は対照的である。
(φ島 H竃満5幾練(幾㌃1算数11;:萬薫㌶/(・・分)
このビデオ教材は島根大学複式教育研究指導センターの好意によリ入手した島根県へき地 学校の事例である。
前掲授業例(3)の理科が同単元同内容であったのに対してこの授業は異単元指導である。同じく 前掲例(2)の1・2年生複式算数の同単元類似内容とも異なる。異単元指導はその学年のカリキュ ラムの構成は容易であるが、授業においては二重の負担となる。本授業では5年生は分数のかけ 算てあり、6年生は図形の分類等である。授業は始めに教師が両学年の学習内容を示して、すぐ 5年生の直接指導に入った。1時間の授業を通して5年生の直接指導に重点がおかれ(計30分間)
6年生には5回直接指導するが、それも自習しているのを軽く点検する程度が多く、2回だけ5 分問ほど直接指導し、結局6年生の直接指導は計12分であった。複式の指導は普通、渡りの指導 をしながら両学年に同じくらいの時間配当するものであるが、教材によっては一方に重点をかけ ることもあるわけである。6年生ともなると、かなワ計画的に自習する能力、態度も身につけて おワ、このような指導も可能である。低学年では困難である。次にこの授業で気づくことは両学 年の子どもの声がよく交錯することである。6年生は教室の後ろに向って(5年生とは反対向)、
0HPを使用しながら、リーダー(子ども)の指示によって発表しているのであるが声はよく響
いている。逆に6年生には教師や5年生の声が聞えているはずである。子どもたちは馴れている
精か気にとめている様子はないが、実質支障ないのか分らない。出来れば声の交錯しないのに越
したことはないわけで、そのためには、せめて同単元類似内容で指導できるようカリキュラムの
構成を工夫したいものである。
複式学級の授業をいろいろ比較研究することはその理解に有効な方法であるが、今日でもへき 地学校を見学して廻ることは容易でない。ビデオテープであれば間接的であれ各地の事例を集め
て参考にすることが出来る。前掲授業(1ト(4)だけでも充分研究対象になしうるものである。故に 今回のr手引」においては以上の4授業例を全時間入れることは出来ないが、編集してまとめる ことにした。充分とはいえないが前述の説明を考慮して貰えれば有効であろうと思う。
IV 一ま と め
前掲の諸授業例はN H Kの番組の授業(2例)を除いて、模範的というよりかは1ヨ常普段の授 業をということで授業者に協力して頂いたもので、それだけにいろいろな問題点がそのまま出て いる。そのことがかえって見る者には貴重な研究考察の対象となるのである。以上をまとめてr 複式学級の学習指導の手引」として次のような構成とした。
第1部
第2部
1.
2.
3.
4
1.
2.
各地の複式学級授業例 (60分)
奈良県 2年単式 理科 北海道 1・2年複式 算数 北海道 5・6年複式 理科 島根県 5・6年複式 算数 複式学級の学習指導 (60分)
1・2年複式 算数 3・4年複式 社会科
学生が実際にこれを利用するに当っては指導者の説明をかなワ伴わな竹れぱならないと思う。
そのためにr資料の検討」として本論で論じたのであるが、学生が自由に視聴しても学習できる ものにするためには、このビデオ教材自身に相当量のコメントを附加する必要があり、それだけ 内容が複雑になる。それが出来るまでは本論の説明を参考にして貰うより他ない。不充分な点は 今後の補正を考えている。
最後に今回の取材に当って協力して頂いた諸先生方に厚く感謝の意を表する次第である。
表1, 1・2年複式授業 算数
復
1 年 時間 2 年
昨日のおさらいをしよう。
1年は引算、2年は2の段の九九を暗語しよう。(1)
!
1位数の引算の問題用紙(45題)を (1年の答を聞いている)
見ながら答えていく。1人ずつ(時々 5 答えにつまる)2人終る(9) \
2の段の九九を暗語する。1人すっω
(2年の暗譜を聞いている)
11 2人終る。
復
みかんの絵(5コ入りの袋一園用紙)を呈示する。
3枚はってい<。
1つの袋にいくつ入っている。3つとも聞く(1)
間 ! 問
題 皆で15コ、どうして工5コと分ったか? 12 題
の
2人にそれぞれ答えさす。(1・5)
の呈 \ 1袋に5コ、3袋で何コの何倍という 呈
示 か? 示
13 P,5コの3倍、それを掛算の式に かきなさい。(1)
! I4
引 15コのうち6コ食べた。残りは何功? 捜
算 どのように考えたか?P.引算 算
15−6 それを式にかきなさい。(4.5) \ 5×3
を
19 5x3=15 から
試みる 1袋ふえると5コふえる。 5×9
9袋まで全部それを式にかきなさ まで
〆 い。(4) かく。
23 15−6:9どうしてこうなったか?
引 P・15−5二10,10 1=9の式を
算 答える。
13−5 バッタ13匹とって5匹逃がした却ま?
を
P.13一㌦その答を答えなさい。 28
試みう
(5.5)\
5×5二25から5×9:45まで答を発 発 表さす。どうしてこうなったか? 表
次に2袋、ユ袋のときの式をかきなさ 30 い。(2)
発 、。一。=。、これはどう考えたのカイ
5×2
表 P.1O−5=5,5+3二8 33 5X1
を
ゲーム・カード(8枚ずつ)を渡して 試みる。
ゲ 方法を説明する。(引算の応用問題)
1
床の上に広げてやらせる。(4・5) 35
ム
\ 5x1=5,5x2=10
●
カ
(2人それぞれゲーム.カード遊びをL
1
ている。) 5の段の九九を憶えよ㌔始め教師が 5
ド いう。教師とPといっしょにいう。 の
の
Pのみでいう。 段
呈 40
示 P2人で向い合って交互に晴講さす の
と ! (6) 暗
遊 2人についてそれぞれ助言を与える(7 講
び 45 (終ワのカネ)
ま
と
め
1年はこれからもゲーム遊ぴをLます。
2年は明日も続きをするので九九の練習を家でLてきなさい。
49 (2)
ま
と
め