秦觀「浩氣傳」について
はじめに 本 稿 は、 秦 觀( 一 〇 四 九 ~ 一 一 〇 〇 ) の「 浩 氣 傳 」 を 手 が か り に、 北 宋 中 期 に 於 け る 士 大 夫 の 學 術 の 実 態 を 考 察 し よ う と す る も の で あ る。 こ こ で 秦 觀 を 取 り 上 げ る 理 由 は、 さ し あ た っ て は、 所 謂「 宋 學 」 に 属 さ ず、 む し ろ そ れ に 敵 対 し、 あ る い は 後 世 朱 熹 に 排 斥 さ れ た 蘇 軾( 蘇 學 ) と 密 接 に 関 係 し た「 蘇 門 六 君 子 」 に 數 え ら れ る 士 大 夫 の 學 術 に 關 し て、 こ れ ま で 積 極 的 に 論 じ ら れ た こ と が 少 な か っ た か ら で あ る。 ま た、 筆 者 は 先 に 秦 觀 の 思 想 に つ い て 取 り 上 げ た こ と が あ る が
(一)、 そ こ で
は「 浩 氣 傳 」 に つ い て 十 分 に 論 じ ら れ な か っ た と い う 事 情 も あ る。 そ し て、 よ り 具 体 的 な 理 由 は、 こ の 秦 觀 の 文 集 の 中 で 最 も 長 大 な も の に 属 す る「 浩 氣 傳 」 は、 ま ず 宋 代 以 降 の 學 術 に 於 い て 中 心 的 な 役 割 を 担 う『 孟 子 』 ― 非 孟 論 と い う 形 で 論 ぜ ら れ る こ と も あ る の を 含 め て ― の 注 釈 と い う 形 を と っ て お り、 そ の 意 味 で 孟 子 理 解 を 伺 う の に 便 で あ る こ と、 そ し て「 浩 然 之 氣 」 を 扱 う 以 上、 当 然 宋 學 で も 中 心 に な る「 氣 」 に 関 す る 理 解、 「 氣 」 と「 心 」 と の 連 關 が 說 か れ、 そ の 際 根 源 的 な 原 理 と し て の「 天 」「 道 」、 お よ び「 性 」 に も 言 及 し て い る こ と、 ま た「 孟 子 」 と い う 儒 家 の 學 說 を 注 解 す る に 際 し て『 孟 子 』 の 他 の 言 說 と の 整 合 性 に 配 慮 し て い る の は 勿 論、 『 論 語 』、 易 傳 を 始 め 揚 雄 の『 法 言 』『 太 玄 經 』 な ど の 儒 家 的 著 作、 そ し て 特 に
二〇五
秦觀「浩氣傳」について
田 中 正 樹
秦觀「浩氣傳」について二〇六
『 老 子 』『 莊 子 』『 列 子 』 お よ び『 淮 南 子 』 等 の 道 家 の 著 作 に 見 ら れ る 言 説 を 自 由 に 援 用 し て、 調 和 的 に 総 合 し よ う と す る 志 向 性 を 有 し て 自 説 を 展 開 し て い る こ と、 な ど が 舉 げ ら れ る。 つ ま り、 「 浩 氣 傳 」 を 分 析 す る こ と で、 北 宋 中 期 に 於 け る 士 大 夫の學術のあり方の一つの型―儒道調和思想―が伺えるように思われるからである。
前 ま で を 一 つ の 章 と す る の に 異 な り、 秦 觀 は 詖 辭・ 淫 辭・ 邪 辭・ 遁 辭 を 説 く「 何 謂 知 言 」 の 節 ま で を 一 纏 り と と ら え て 注 解 め は 趙 岐「 章 句 」 と 同 様「 公 孫 丑 問 曰、 夫 子 加 齊 之 卿 相 」 か ら で あ る が、 そ の 終 わ り は 趙 岐 が「 孟 子 曰、 以 力 假 仁 者 覇 」 の 篇 」 の「 浩 然 之 氣 」 を 説 く 部 分( 以 下「 浩 氣 說 」) を 解 説 し た「 傳 」( 注 解 ) で あ る。 た だ し、 そ の 扱 う 部 分 に つ い て は、 始 「 浩 氣 傳 」 は 秦 觀 の 文 集『 淮 海 集 』 巻 二 十 四 の 一 巻 全 て を 占 め る 長 編 で あ り、 そ の 名 の 示 す 通 り『 孟 子 』「 公 孫 丑 篇・ 上
(二)を加えており、普通「浩然之氣」の章に含む「宰我・子貢善爲說辭…」の節には觸れていない。
秦 觀 の 論 の 展 開 は 原 則 的 に 孟 子「 浩 氣 說 」 の 行 論 の 順 序 に 従 っ て い る。 本 稿 も そ れ に 從 っ て 檢 討 を 進 め る が、 長 文 の 爲 内 容を区切って章立てすることにし、ここに概略を示しておく。 ①秦觀の「氣」論の構圖 [氣とは何か] ② 公孫丑「齊の卿相に加わりて道を行ふを得、 此に由りて霸王たりと雖も異しまず。此の如くんば則ち心を動かすや否や。 」 孟子「否。我四十にして心を動かさず。 」 [不動心の構圖]
③ 告 子「 言 に 得 ざ れ ば、 心 に 求 む る こ と 勿 れ。 心 に 得 ざ れ ば、 氣 に 求 む る こ と 勿 れ 」 孟 子「 夫 れ 志 は 氣 の 帥 な り 」「 其 の 志 を持して其の氣を暴する無かれ」 「志壹なれば則ち氣を動かし、氣壹なれば則ち志を動かす」 [心・志・氣の相互關係] ④「我れ言を知る。我れ善く吾が浩然の氣を養う」 [浩然之氣] ⑤「必ず事とする有りて心を正すこと勿かれ、忘るること勿かれ、助長すること勿かれ」 [正心と助長] ⑥「何をか知言と謂ふ」 [知言] ⑦「浩氣傳」の結論
秦觀「浩氣傳」について二〇七
以 下 で は 上 記 の 整 理 に 基 い て 検 討 す る に 際 し、 い さ さ か 煩 瑣 に わ た る が、 秦 觀 の 意 圖 を 汲 み 取 る に 益 す る と 思 わ れ る 援 用 文 献・ 語 句 に つ い て は な る べ く 指 摘 す る こ と と す る。 と い う の は、 秦 觀 の 著 作 の 特 徴 の 一 つ は、 あ る 言 說( 本 稿 の 場 合 は 『 孟 子 』) に 關 連 す る と 思 わ れ る 他 の 典 籍 の 言 說 を 引 き、 無 矛 盾 的 に 統 合 す る 形 で 論 じ よ う と す る 傾 向 性 が 見 ら れ る か ら で あ る。 こ れ は い わ ば 伝 統 的 な 注 疏 の 方 法 論 と も い え る が、 特 に 秦 觀 の 場 合 様 々 な 思 想 的 立 場 を 持 つ 典 籍 に 由 来 す る 命 題 や 語 句 を統一的文脈の中で組み合わせることで思想的に関連付け、総合的に再構築しようとする意圖が感じ取れるのである。
一 氣とは何か
さ て、 「 浩 氣 」 す な わ ち 孟 子 の 說 く「 浩 然 之 氣 」 は ど の よ う な も の と し て 考 え ら れ て き た の だ ろ う か。 土 田 健 次 郎 氏 に よ れ ば、 「 思 想 史 的 に 重 要 な 經 書 中 の「 氣 」 の 用 例 」 を 概 観 す る と『 易 經 』 に 基 く 天 地 人 を 貫 く 原 理 と し て の「 陰 陽 」 と『 孟 子 』 に 說 か れ る 人 に 於 け る「 氣 」( 「 浩 然 之 氣 」 も 含 ま れ る ) の 二 つ に 代 表 さ れ、 「 実 際 に は、 兩 者 の 疏 通 は さ ほ ど 行 わ れ て い な い
(三)。」 そ の よ う な 狀 況 に 於 い て、 詳 細 に 論 じ ら れ て い る わ け で は な い が、 秦 觀 に は『 易 經 』 と『 孟 子 』 の「 氣 」 を 統 一 的 に と ら え よ う と す る 姿 勢 が 垣 間 見 ら れ る。 そ れ は、 ま ず 秦 觀 が「 浩 氣 傳 」 の 冒 頭 で、 「 氣 」 に 關 す る 総 論 的 内 容 を 提 示 す
る部分であ る
(四)。
氣 の 物 爲
たる、 至 れ り。 其 の 陽 に 在 る や、 象 を 成 し て 天 と 爲 る。 其 の 陰 に 在 る や、 形 を 成 し て 地 と 爲 る。 陽 上 に 沴
たがへ ば、 則 ち 日 月 星 辰 の 光 悖
もとる。 陰 下 に 沴 へ ば、 則 ち 草 木 山 川 の 精 變 ず。 氣 な る 者 は、 天 の 旋 る 所 以 に し て、 地 の 運 る 所 以 な り、 況 や 人 に 於 て を や。 夫 れ 氣 の 主 は 志 に 在 り、 志 の 主 は 心 に 在 り。 心 な る 者 は、 神 の 合 な り。 志 な る 者 は、 精 の 合 な り。 氣 な る 者 は、 魄 の 合 な り。 神 虧
かけ ば、 則 ち 精 復 せ ず。 精 弊 る れ ば、 而 ち 魄 寧 か ら ず。 君 子 は 心 を 虛 に し て 以 て 志 を 養 ひ、 志 を 弱 く し て 以 て 氣 を 養 ふ。 故 に 能 く 外 は 事 物 の 奥 を 探 り、 内 は 性 命 の 情 を 安 ん じ、 浩 然 と し て 際 無 く、 道 と 自 ら 會 す、 豈
秦觀「浩氣傳」について二〇八
に 特
ただに體を天地と通じ、精を陰陽と同じくするのみならんや。
こ こ で 注 目 さ れ る の は、 氣 の 物 と し て の 性 質 は、 陰 陽 と し て 天 地 を 形 成 し、 ま た 天 地 の 運 動 の 根 據 で あ る と と ら え ら れ、 そ れ が 人 に 於 け る 氣 と 結 び つ け ら れ て い る こ と で あ る。 「 成 象 而 爲 天、 … 成 形 而 爲 地 」 は『 繫 辭 上 傳 』 冒 頭 の「 天 は 尊 く 地 は 卑 し く し て、 乾 坤 定 ま る。 … 天 に 在 り て は 象 を 成 し、 地 に 在 り て は 形 を 成 す( 天 尊 地 卑、 乾 坤 定 矣。 … 在 天 成 象、 在 地 成 形 )」 を 受 け て い る と 考 え ら れ、 そ れ を そ れ ぞ れ 氣 の 陽 の 様 態( 其 在 陽 也 )、 陰 の 様 態( 其 在 陰 也 ) と す る の は 乾 坤 が 純 陽・ 純陰であることに對應している。そして、天地の運動の根據である氣は、当然人に於いても至れる存在である(況於人乎) 。 こ こ で 秦 觀 は 氣 で 世 界 の 構 成 を 說 く『 易 經 』 と 人 に 内 在 す る 氣 を 說 く『 孟 子 』 と を リ ン ク さ せ る。 孟 子「 浩 氣 說 」 に 說 か れ る「 夫 れ 志 は 氣 の 帥 な り( 夫 志、 氣 之 帥 也 )」 を 受 け て「 氣 の 主 は 志 に 在 る 」 と し た あ と、 志 の 主 は 心 に 在 る の で、 結 果 的 に 氣 は「 神 の 合( 神 の 総 合 體 )」 で も あ る 心 に 支 配 さ れ る こ と に な る
(五)。 次 い で「 氣 は 魄 の 合 し た も の 」 と も さ れ る が、 秦 觀 の「 心 說 」( 巻 二 十 五 ) で は 魄 は 精 と と も に は 本 體 と し て の「 心 」 の 十 種 類 の 發 現 體( 作 用 ) の 一 つ で あ り、 ま た「 精 に 合 し て 以 っ て 止 ま る 之 を 魄 と 謂 ふ 」 と さ れ る の で「 精( 神 ) の 総 合 體 と い う 状 態 に と ど ま る 」 も の と い う こ と に な る。 つ ま り、氣は心の狀態とされるのである。
「 神 虧 け ば 則 ち 精 復 せ ず、 …」 の 部 分 は、 意 味 的 に は 心・ 志 が 全 き 状 態 で な く 欠 け た り 疲 弊 し た り す れ ば、 氣 も 安 寧 で は
な く な る、 と い う こ と で あ ろ う が、 句 作 り か ら す れ ば『 莊 子 』 の 主 張 が 遠 く 響 い て い る よ う に 思 わ れ る。 『 莊 子 』 外 篇・ 刻 意篇では、天地の本来的あり方としての「恬淡寂漠 ・ 虛無無爲」を體現している聖人は、 「其の德全くして 神虧
00けず」とされ、 ま た「 純 素 の 道 」 を 體 す る 眞 人 の「 純 」 と は、 「 其 の 神 を 虧
0か ざ る を 謂 ふ な り 」 と さ れ て い る。 ま た、 「 精 復 せ ず 」 は、 や は り『 莊 子 』 外 篇・ 達 生 篇 に「 事 を 棄 つ れ ば 則 ち 形 勞 せ ず、 生 を 遺 る れ ば 則 ち 精 虧
0け ず。 夫 れ 形 全 く 精 復
00す れ ば、 天 と 一 と 爲 る。 」 と あ る の に 因 っ て い る と 思 わ れ る。 こ れ ら は「 神( 心 )」 の 全 き あ り 方 が「 虧 」 け て い な い、 精 が 本 来 の あ り 方 に「 復 ( 帰 )」 す る、 と い う ど ち ら も「 浩 氣 傳 」 と は 逆 か ら の 視 点 で は あ る が、 現 象 界 に 左 右 さ れ な い 心 の 本 來 的 な 在 り 方 と そ れ が
秦觀「浩氣傳」について二〇九
實 現 さ れ た 結 果 と し て の 根 本 的 原 理 と の 一 體 化 と い う 構 圖 に 關 し て、 『 莊 子 』 的 世 界 觀 が 含 意 さ れ て い る と 見 る べ き で あ ろ う。 そ れ は、 続 く 部 分 で「 君 子 は 心 を 虛 に し て …、 志 を 弱 く し て …」 と あ り、 『 老 子 』 第 三 章 に 見 え る「 其 の 心 を 虛 し く し て」 、「其の志を弱く」して、 「無爲を爲せば則ち治まらざる無」きあり方が含意されていることからもわかる。
そ し て、 恣 意 的 な 働 き を 離 れ た 心、 現 象 界 へ の 志 向 性 を 弱 め た 心( 老 荘 的 心 性 論 に 通 じ る 心 の 在 り 方 ) で 氣 を 養 ふ こ と に よ り、 そ の 氣 は、 外 は 物 事 の 奥 深 い 有 様 を 探 り、 内 は 性 命 の 實 情 を 安 定 さ せ、 際 限 な く 広 が り( 浩 然 無 際 )、 究 極 的 な 存 在 で あ る「 道 」 に ま で た ど り 着 く が、 そ う な っ た 場 合 ど う し て た だ 単 に 身 體 を 天 地 と 一 體 化 さ せ、 精 神 を 陰 陽 と 同 化 さ せ る だ け で あ ろ う か、 と さ れ る。 「 通 體 乎 天 地、 同 精 乎 陰 陽 」 は『 淮 南 子 』 本 經 訓 に 見 ら れ る「 太 淸 之 治 」 に 於 け る 在 り 方 で あ る。
つ ま り、 こ こ で は「 養 氣 」 に よ る 氣 の 働 き の 超 越 =「 道 」 と の 一 體 化 の 構 圖 が 孟 子「 浩 氣 說 」 に 於 い て も 示 さ れ た こ と に な る。
秦 觀 は、 ま ず 冒 頭 で 世 界( 天 地 ) の 原 理 と し て の 氣 と 人 に 内 在 す る 氣 と を 構 造 的 に 連 關 さ せ、 そ の 氣 を 媒 介 に し て 人 が 世 界 へ と 働 き か 得 る 原 理 的 な 可 能 性 を 確 認 し た の で あ る。 た だ し、 氣 を「 天 の 旋 る 所 以 」「 地 の 運 る 所 以 」 と 述 べ て い る こ と か ら 宋 學 的 な「 理 」 と の 近 さ も 感 じ さ せ る が、 む し ろ そ れ は 秦 觀 に あ っ て は よ り 抽 象 的 な「 道 」 の 概 念 が そ の 役 割 を 担 っ て お り、 氣 の 原 理 性 に つ い て は、 作 用( 運 動・ 變 化 ) と し て の 原 理 性 で あ り、 よ り 中 心 的 に は 物 質 的( 陰 陽 ) か つ 精 神 的 (心)な、人と世界とを結ぶ媒介者としてイメージされているようである。
二 「不動心」の構圖
―性・命・理―
次 い で 秦 觀 は、 公 孫 丑 が 氣 に 關 し て 詳 細 に 問 い、 孟 子 が 詳 細 に 答 え た の は、 氣 が こ の 上 な い 存 在 で あ る か ら こ そ で あ る と 述 べ て 氣 の 重 要 性 を 再 確 認 し た あ と、 孟 子「 浩 氣 說 」 の 内 容 へ と 進 む が、 こ こ で 興 味 深 い の は、 公 孫 丑 の 最 初 の 質 問 を「 偶
秦觀「浩氣傳」について二一〇
然的な運命に出会った時、 心の安定が保てるか」という、 「命」と「心(不動心) 」の問題ととらえて、 『易經』說卦傳の「理 を 窮 め 性 を 盡 し て 以 っ て 命 に 至 る 」 の 命 題 に 連 關 さ せ た こ と、 加 え て 孟 子 の 答 え「 四 十 に し て 心 を 動 か さ ず 」 の「 四 十 歳 」 に 注 目 し、 『 禮 記 』 曲 禮 上 の「 人 生 ま れ て 十 年 を 幼 と 曰 ひ、 学 ぶ。 二 十 を 弱 と 曰 ひ、 冠 す。 三 十 を 壯 を 曰 ひ、 室 有 り。 四 十 を 强 と 曰 ひ、 而 し て 仕 ふ 」 の 記 述 及 び『 論 語 』 爲 政 篇 に 見 え る「 不 惑( 四 十 而 不 惑 )」 と も 構 造 的 に 結 合 す る こ と で、 よ り 視野の廣い問題提起として捉え直しをしていることである。
まず、性の理解については、
凡そ進むに禮を以ってし、退くに義を持ってし、動きて智あり、靜にして仁なるは、皆性なり。
と す る が、 「 進 む に … 退 く に …」 は『 孟 子 』 萬 章 上 に「 孔 子 進 む に 禮 を 以 て し、 退 く に 義 を 以 て す。 之 を 得 る と 得 ざ る と は、 命 有 り と 曰 ふ 」 と あ る の に 基 く。 孟 子 は、 主 體 的 な 關 與 が 可 能 な 範 疇 に 属 す る 禮 と 義 を 命 と 区 別 す る が、 「 萬 章 上 」 で は 特 に 性 と は さ れ な い 禮・ 義 に 智 と 仁 と を 加 え て 人 の 本 性( 性 ) と し て い る。 そ れ は 當 然 仁 義 禮 智 を 性 の 端 と す る 四 端 說 を 受 け てのことである。そして、 「命」については、
窮通の數有り、廢興の常ならざるは、皆命なり。 と し、 自 己 の コ ン ト ロ ー ル を 離 れ た、 自 然 の 道 理 と し て の「 窮 通 」、 偶 然 的 な「 廢 興 」 の こ と と 考 え る。 そ れ 故、 命 と 理・ 性・心との關係は次のように示される。
君 子 は 去 就 の 分 を 審 に し、 得 喪 の 理 に 循 ひ
0000、 以 て 其 の 性 を 盡
000さ ば、 則 ち 寵 辱 の 己 に 於 け る や 猶 ほ 蚊 虻 の 一 過 の ご と く、 死生の己に於けるや猶ほ夜旦の一易のごときは、皆命の偶然なる者なり、烏ぞ其の心を 概
さまたぐるに足らんや。
君 子 は 去 就 の 分 を わ き ま え、 得 喪 の 理 に 循 い、 自 ら の 本 性 を 尽 す こ と に よ り、 名 譽 恥 辱 や 死 生 な ど は 取 る に 足 り な い 偶 然 に す ぎ な い も の に な り、 ど う し て 心 を 乱 さ れ る こ と な ど あ ろ う か、 と 述 べ、 秦 觀 は 孟 子 の 答 え は さ し あ た り 偶 然 的 な 運 命 に 對 し、 「 窮 理 盡 性 」 を 通 じ つ こ と で 安 定 し た 心 が 確 立 さ れ る、 と の 考 え を 示 し た も の と す る の で あ る。 そ し て、 「 四 十 」 に も
秦觀「浩氣傳」について二一一
意味を見出す。つまり「曲禮上」の「二十…三十…」を受け、
二十歲では若く「血氣が未だ定まら」 〔論語 ・ 季氏〕ざるが故に「理を窮める」には不十分であり、三十の壯年では「血 氣 方 に 剛 」 な る が 故 に 未 だ「 性 を 盡 す 」 に は 不 十 分 で あ り、 ま さ に 四 十 歲 が「 窮 理 盡 性 」 す べ き 時 で あ り、 四 十 で 不 可 能 であればまた畏るるに足りない〔子罕〕 。だから孟子は四十歲に於いて「心を動かさず」といったのであ る
(六)。
と 述 べ、 人 に 於 け る 時 系 列 上 の 成 熟 度 と 心 の 在 り 方 と の 關 連 性 を 導 入 し、 同 様 に『 論 語 』 爲 政 篇 の 所 謂「 不 惑 」「 知 命 」 もその構圖に加える。
孟 子 の 所 謂 心 を 動 か さ ず と は、 孔 子 の 所 謂 惑 は ざ る 者 な り。 内 を 以 て 外 に 蔽 は れ ず、 故 に 惑 は ず と 曰 ふ。 物 を 以 て 己 を
役 せ ず、 故 に 心 を 動 か さ ず と 曰 ふ。 惑 は ざ る 者 も、 未 だ 必 ず し も 命 を 知 ら ざ る な り、 故 に 孔 子 は 五 十 に し て 而 る 後 に 命 を 知る。心を動かさざるも、未だ必ずしも義を知らざるなり、故に告子は猶ほ義を以て外と爲す。
こ こ で は、 秦 觀 は『 孟 子 』 と『 論 語 』 を 連 關 さ せ、 「 不 動 心 」 と「 不 惑 」 を さ し あ た り 同 一 視 す る。 つ ま り 内 面( 心 ) が 外 界 に 蔽 わ れ な い の で 惑 わ ず、 外 物( 現 象 ) に よ っ て 自 己 が 使 役 さ れ な い の で 心 が 動 か な い、 と ど ち ら も 現 象 と 心 と の 關 係 性 に 於 い て 等 し い と ら え 方 と 見 る。 實 は 更 に こ の「 不 惑 」 と「 不 動 心 」 は、 「 浩 氣 傳 」 の 後 の 部 分 で 孟 子「 浩 氣 說 」 の 二 大 テーマ「知言」と「養氣」とに對應させる構圖として再び登場する( (四)浩然之氣) 。
し か し、 こ こ で は「 不 惑 」 は『 論 語 』、 「 不 動 心 」 は『 孟 子 』 の 文 脈 に そ れ ぞ れ 合 わ せ て、 異 な る 問 題 意 識 も 指 摘 し、 論 と
し て の 整 合 性 を 强 化 す る。 つ ま り 時 系 列 上 の 成 熟 度 で い え ば「 不 惑 」 は ま だ 必 ず し も「 命 を 知 る 」 に は 至 ら ず、 孔 子 も 五 十 で よ う や く 命 を 理 解 し た の で あ る。 ま た「 不 動 心 」 は ま だ 必 ず し も「 義 」 の 理 解 に は 至 ら な い 場 合 が あ り、 そ れ 故 告 子 は ま だ義を人の外部のものと理解してしまうという過ちを犯しているのである。
さ て、 以 上 見 た よ う に、 秦 觀 は『 說 卦 傳 』 の「 窮 理 」「 盡 性 」「 以 至 命 」 を い わ ば「 不 動 心 」 達 成 の 方 法 論 と し、 更 に そ れ を『 禮 記 』『 論 語 』 に 基 き 人 の( 血 氣 の 在 り 方 に よ る ) 時 系 列 的 成 熟 度 と 結 び つ け る こ と に よ り、 問 題 を 心 と 外 物 と の 関
秦觀「浩氣傳」について二一二
係 性 に 収 斂 さ せ て お り、 異 な る 典 籍 の 主 張 を 整 合 的 に と ら え よ う と す る 姿 勢 を 伺 う こ と が で き る。 ち な み に、 趙 岐 注 で は 「 四 十 不 動 心 」 を「 禮 に 四 十 は 强 に し て 仕 ふ と す。 我 が 士 氣 已 に 定 ま り、 心 を 妄 動 し て 畏 る る 所 有 ら ざ る な り。 」 と『 禮 記 』 を 引 き、 僞 孫 奭 疏 で は、 そ れ が「 曲 禮 上 」 に 見 え る こ と を 指 摘 し、 ま た 朱 熹『 集 注 』 に は、 「 四 十 に し て 彊 仕 す る は、 君 子 の 道 明 ら か に 德 立 つ る の 時 な り。 孔 子 四 十 に し て 惑 は ず と は、 亦 た 心 を 動 か さ ざ る の 謂 な り。 」 と 見 え、 や は り「 曲 禮 上 」 を 踏 ま え、 更 に 孔 子「 不 惑 」 が「 不 動 心 」 の こ と で あ る と 指 摘 し て い る。 こ の よ う に、 經 典 間 の 内 容 的 調 整 は 秦 觀 の 特 許 事 項ではないが、この部分に關しては、秦觀は『集注』を先取りしたことになる。
次 に 問 題 と な る の は、 か よ う に 実 現 さ れ る 外 物( 現 象 ) に 動 か さ れ な い 心( 不 動 心 ) と は、 喜・ 怒・ 哀・ 樂 を 否 定 す る も
の な の か、 と い う「 情 」 と の 關 連 で あ る。 秦 觀 は、 心 の 具 体 的 發 動 と し て の 情 を 否 定 す る こ と は な い が、 し か し そ れ は「 不 動心」が全き狀態に於いてである。
然 ら ば 則 ち 孟 子 遂 に 喜 怒 哀 樂 の 情 無 き か。 曰 く、 非 な り。 吾 の 心 を 動 か さ ず と 謂 ふ 所 以 の 者 は、 有 に 卽 し て 無、 實 に 卽 し て 虛 な り。 其 の 外 に 於 け る や、 應 じ て 遷 ら ず、 其 の 中 に 於 け る や、 受 け て 止 む る 無 く、 終 日 言 ふ と 雖 も 猶 ほ 言 は ざ る が ご と く、 終 日 爲 す も 猶 ほ 爲 さ ざ る が ご と き な り。 安
いづくん ぞ 以 て 喜 怒 の 形
あらはれ、 哀 樂 の 發 し て 其 の 所
いは謂
ゆる動 か ざ る 者 を 累
わずらは す べ け んや。
ひ た す ら 心 が 外 界 の 現 象 に 應 じ て も 變 化 せ ず、 心 の 内 に 受 け 入 れ つ つ も そ れ を 心 に と ど め 拘 泥 し た り せ ず、 一 日 中 話 し て い て も、 そ れ が 心 に 何 の 痕 跡 も 残 さ な い の で 何 も 言 わ な か っ た か の ご と く、 一 日 中 行 爲 し て い て も、 そ の こ と が 心 に 何 の 影 響 も 與 え な い の で 何 も し な か っ た か の ご と き 在 り 方、 こ れ が 秦 觀 の 主 張 す る「 心 を 動 か さ ざ 」 る 狀 態 で あ る。 こ の よ う に 心 が 動 か な い と す れ ば、 喜 怒 哀 樂 の 情 が 發 動 し て も、 そ の 情 は 全 く 心 を 煩 わ す こ と は な い。 つ ま り、 「 不 動 心 」 が 確 立 し て い れ ば、 さ し あ た り「 情 」 に つ い て は 問 題 と す る 必 要 が な い の で あ る。 し か し、 逆 に 言 え ば、 不 動 心 確 立 以 前 で は、 當 然 「情」は心を亂す要因ともなり得ることになり、その點については志と氣との關連で後述する。
秦觀「浩氣傳」について二一三
あ ら ゆ る 対 立 を 解 消 し た あ り 方 と 見 る こ と が で き る。 そ の『 莊 子 』 的 境 地 が『 孟 子 』 の「 不 動 心 」 と 連 結 さ れ て い る の で あ 人は之を和するに是非を以ってして、 天鈞に休ふ。 」とあり、 現象の變化に惑わされるが故に發する喜怒の「情」から離れた、 子 』 内 篇・ 齊 物 論 篇 で は 所 謂「 朝 三 暮 四 」 の 條 に、 「 名 實 未 だ 虧 け ざ る に 喜 怒 用 を 爲 す。 亦 た 是 に 因 る な り。 是 を 以 っ て 聖 接 言 及 し て い な い が、 そ の 前 提 と し て の「 天 均( 鈞 )」 の 思 想 が 含 意 さ れ て い る よ う に 思 わ れ る。 寓 言 篇 の「 天 均 」 は『 莊 差 別 化 作 用 に よ っ て 心 自 體 は 本 來 の「 無 」「 虛 」 の 在 り 方 を 失 わ な い こ と の 表 現 で あ ろ う。 そ し て、 そ こ に は 秦 觀 自 身 は 直 て 言 は ず 」 を 受 け て い る と 思 わ れ る。 こ こ で は、 「 言 」 と い う「 心 の 聲 」( 後 述 ) が 頻 繁 に 發 動 し て も、 そ の 言 の 持 つ 物 事 の 「 終 日 言 う と 雖 も 猶 ほ 言 わ ざ る が ご と し 」 は、 恐 ら く『 莊 子 』 雜 篇・ 寓 言 篇 の「 言 ひ て 言 ふ 無 け れ ば、 終 身 言 ふ も 未 だ 嘗
る。
秦 觀 は「 心 說 」 の 中 で、 「 心 に 卽 し て 物 無 」 き「 性 」 に 對 し て「 情 」 を「 心 に 卽 し て 物 有 り 」 と 述 べ、 心 に 外 物 が 現 象 し て い る 狀 態 と 見 る が、 こ こ で 說 か れ る 動 か ざ る 心 の 様 態 は、 先 に 見 た 構 圖 で い え ば、 「 盡 性 」 に よ っ て 得 ら れ た「 心 に い か なる現象も無い」 「性」そのものの働きといってよいであろう。
三 心・志・氣の相互關係 次 に、 公 孫 丑 が 孟 子 に 告 子 の「 不 動 心 」 と の 差 異 を 尋 ね る 條 だ が、 そ こ で ま ず 問 題 に な っ て い る の は「 言 に 得 ざ れ ば、 心 に 求 む る こ と 勿 れ。 心 に 得 ざ れ ば、 氣 に 求 む る こ と 勿 れ 」 と い う 告 子 の 発 言 で あ る。 孟 子 は そ れ に 對 し て、 「 心 に 得 ざ れ ば、 氣 に 求 む る 勿 れ 」 は「 可 」 と し、 「 言 に 得 ざ れ ば、 心 に 求 む る 勿 れ 」 は「 不 可 」 と す る が、 そ れ は「 志 は、 氣 の 帥 な り 」 と の考えに基く。それを受けて秦觀はこれは言・心・氣の本末の問題として說明する。
言 は、 心 の 聲 な り。 心 は、 氣 の 主 な り。 本 を 得 ず ん ば、 固 よ り 以 て 諸 を 末 に 求 む る こ と 勿 か る 可 し。 文 を 得 ず ん ば、 則
秦觀「浩氣傳」について二一四
ち以て諸を實に求むること勿かる可からず。
心は其の本なりと言ふなり」 (『春秋繁露』循天之道)と述べるのを受けている。よって、ここに 「 浩 氣 說 」 を 引 き 合 い に 出 し て「 凡 て 氣 は 心 に 從 ふ。 心 は、 氣 の 君 な り。 何 爲 れ ぞ 氣 髄 は ざ る。 是 を 以 て 天 下 の 道 は、 皆 内 「 言、 心 之 聲 也 」 は、 揚 雄 の『 法 言 』 問 神 篇 に「 言、 心 聲 也 」 と あ る の を 用 い、 ま た「 聲、 氣 之 主 也 」 は、 董 仲 舒 が 孟 子 「心=本」―「氣=末」
、
「心=實(心の内實)=本」―「言=文(聲という心の文飾)=末」
と い う 本 末 關 係 が 示 さ れ る。 と す れ ば、 「 本 で あ る 心 に 納 得 で き な い 場 合、 そ れ を 末 で あ る 氣 に 求 め て は な ら な い 」 と す る
の は 当 然「 よ ろ し い( 可 )」 が、 「 末 で あ る べ き 心 の 文 飾 と し て の 言 に 納 得 で き な い 場 合、 そ れ を 本 で あ る 心 の 内 實 に も と め る と す れ ば、 そ れ は「 よ ろ し く な い( 不 可 )」 と せ ざ る を 得 な い。 そ れ 故、 か の 告 子 の 言 葉 に よ り、 告 子 が 追 い 求 め る 者 が 外(人の本質ではないもの)であることが分かるのである(而有以知告子所求者外也) 。
以 上 の よ う な 心 の 氣 に 對 す る 優 位 性 の 主 張 は、 勿 論 孟 子 の「 志 は、 氣 の 帥 な り 」 の 主 張 に 基 く が、 秦 觀 は そ の「 志、 氣 之 帥也。氣、體之充也」の命題を、國家の軍隊組織モデルに卽してユニークな自說を展開する。
人 は 心 を 以 て 君 と 爲 し、 志 を 以 て 帥 と 爲 し、 氣 を 以 て 師 と 爲 し、 體 を 以 て 國 と 爲 す。 君 は 虛 に し て 靜 な ら ん と 欲 し、 帥 は 知 り て 專 ら に せ ん と 欲 し、 師 は 和 し て 勇 な ら ん と 欲 し、 國 は 實 に し て 彊 な ら ん と 欲 す。 四 者 自 ら 正 し き は、 治 の 美 な り。 四 者 道 を 失 へ ば、 亂 焉
これよ り 大 な る は 莫 し。 故 に「 志 は、 氣 の 帥 な り。 氣 は、 體 の 充 な り 」 と 曰 ふ は、 以 て 志 心 に 立 て ば、而ち以て氣を率くに足り、氣志に役せらるれば、而ち以て體を實すに足るを言ふ。
氣 の 主 で あ る 心 は 君 主、 心 の 志 向 性 と し て の 志 は 軍 隊 を 統 帥 す る 主 將、 氣 は 主 將( 志 ) に 率 い ら れ る 軍 隊、 身 體 は 総 體 と し て の 國 家 に パ ラ フ レ ー ズ さ れ る。 君 主 で あ る 心 は 旣 に 見 た と お り「 虛 に し て 靜 」 を 正 し き あ り 方 と し て 求 め、 將 軍 で あ る 意 図 を 持 っ た 心「 志 」 は 實 質 的 な 指 導 者 と し て 状 況 を 理 解 し、 自 己 の 役 割 に 専 一 す る こ と を 求 め、 志 の 實 行 部 隊 で あ る 軍 隊
秦觀「浩氣傳」について二一五
は調和と勇敢さを求め、身體=國家は充ちたりて强きことを求める。 秦 觀 は、 こ の よ う に 人 間 を 一 つ の 総 合 的 な 機 関 と し て 捉 え、 そ れ を 構 成 す る 要 素 と し て 心・ 志・ 氣 の 支 配 關 係 を 示 し て い る。 そ し て、 そ の 支 配 關 係 の 正 し き 在 り 方 が 失 わ れ る と、 混 亂 が 生 じ る こ と に な る。 本 來 の 正 し き 狀 態 で は、 「 將 軍 の 行 く 所 に 軍 隊 が 從 う が ご と く、 志 の 行 く 所 に 氣 は 止 ま る べ き で あ る。 故 に「 志 は 至 れ り、 氣 は 次 ぐ 」 と い わ れ る。 」 し か し、 將 軍 が 軍 事 に 專 心 し な い と、 先 鋭 部 隊 と い え ど も 勝 利 で き ず、 逆 に 軍 隊 の 調 和 が 亂 れ る と い く ら 優 れ た 將 軍 で も 軍 功 を 舉 げ る こ と は で き な い の と 同 様 に、 志 と 氣 と の 關 係 は 雙 關 的 で あ る。 ( 帥 不 專、 則 鋭 師 不 能 以 取 勝。 師 不 和、 則 良 帥 不 能 以 有 功。 志 之 與 氣、 亦 猶 是 也 )。 そ こ で 孟 子 は「 其 の 志 を 持 し て、 其 の 氣 を 暴 す る こ と 無 か れ 」 と 主 張 す る の で あ る。 そ し て、 秦 觀
はこの命題の正しさを、更に『孟子』および『論語』の所說によって補强する。
夫 れ 尤 物 有 り、 以 て 人 を 移 す に 足 る。 一 物 の 玩 す ら、 且 つ 或 は 志 を 喪 ふ、 況 ん や 情 僞 の 感、 利 害 の 攻 を や。 孟 子 曰 く 「 此 れ 天 の 我 に 與 へ し 所 以 の 者 は、 先 づ 其 の 大 な る 者 を 立 つ れ ば、 則 ち 其 の 小 な る 者 は 奪 ふ こ と 能 は ざ る な り 」 と、 其 の 志 を 持 す る の 謂 な り。 朝 氣 は 鋭、 晝 氣 は 墮、 暮 氣 は 歸。 朝 暮 の 變 す ら、 且 つ 或 は 其 の 氣 を 動 か す、 況 ん や 少 自 り し て 壯、 壯自りして老なるをや。孔子曰く、 「君子に三戒有り」と、其の氣を暴する無かれの謂なり。
秦 觀 は、 人 の 心 が 現 象 に 蔽 わ れ 易 い 性 質 を 持 つ と 認 識 し て い る。 そ の 例 が『 春 秋 左 氏 傳 』( 昭 公 二 十 八 年 ) に 見 え る「 絶 世 の 美 女( 尤 物 )」 で あ り、 所 謂「 玩 物 喪 志( 志 を 玩 べ ば 志 を 喪 ふ )」 (『 尚 書 』・ 旅 獒 ) の 主 張 で あ る。 從 っ て『 孟 子 』 は そ
の「 志 」 を 保 持 す る 必 要 が あ る と 考 え る が、 そ れ は、 秦 觀 に よ れ ば『 孟 子 』 告 子 篇 上 篇 に 見 え る、 天 か ら 人 に 與 え ら れ た 「 大 な る 者 」 と し て の「 心 の 官 」 を 先 に 確 立 す る こ と と 同 義 で あ り、 そ う す れ ば「 思 わ ず し て 物 に 蔽 は れ る 」「 小 な る 者 」 と しての「耳目の官」 (欲望)は心の働きを奪うことはできないのだ、と孟子で孟子を補說する。
一方「氣」も移ろいやすい性質を持つ。一日のうちでさえ朝 ・ 晝 ・ 暮と變化して人に影響を與える( 『孫子』軍爭篇)以上、 人 生( 少 年・ 壯 年・ 老 年 ) に 於 け る 血 氣 の 變 化 が 人 の 欲 望 に 與 え る 影 響 力 は 甚 だ し い も の が あ る。 そ こ で 秦 觀 は、 孔 子 の 說
秦觀「浩氣傳」について二一六
く「 三 戒( 少 き 時 は、 血 氣 未 だ 定 ま ら ず、 之 を 戒 む る こ と 色 に 在 り。 其 の 壯 に 及 ぶ や、 血 氣 方 に 剛 に し て、 之 を 戒 む る こ と 鬪 に 在 り。 其 の 老 い る に 及 ぶ や、 血 氣 旣 に 衰 ふ、 之 を 戒 む る こ と 得 に 在 り )」 ( 季 氏 篇 ) を「 其 の 氣 を 暴 す る こ と 無 か れ 」 の 主張だと解釋する。
こ の よ う に、 儒 家 的 視 点 で「 志 」 と「 氣 」 と の 雙 關 関 係 を 論 じ て き た 秦 觀 は、 こ こ で バ ラ ン ス を 取 る が ご と く 道 家 的 主 張 を挿入する。
然 り と 雖 も、 此 れ 猶 ほ 待 つ 有 る な り。 夫 の 心 を 縱 に し て 動 き、 性 に 順 ひ て 游 ぶ が 若 き は、 衆 枉 に 處 り て 其 の 直 を 失 は ず、 天 下 と 並 び 流 れ て 其 の 域 を 流 れ ず。 然 る が 若 き 者 は、 志 を 持 す る の 念 無 く し て、 志 を 持 す る の 功 有 り。 氣 を 暴 す る の 迹 有
るも、氣を暴するの患無し。彼れ且に烏をか待たんとするや。
し か し な が ら、 孟 子 の 主 張 す る「 持 其 志 」「 無 暴 其 氣 」 は、 未 だ「 持 す 」「 勿 か ら し む 」 と い う 心 の こ と さ ら な 働 き に「 依 存 し て い る( 有 待 )」 。 そ れ は「 志 」 が 旣 に「 心 」 の 志 向 性 と い う「 働 き 」 で あ る 以 上 免 れ ら れ ぬ が、 本 來 の「 不 動 心 」 は 「 有 に 卽 し て 無 」「 應 じ て 移 ら 」 ざ る「 心 」 で あ っ た は ず で あ る。 よ っ て「 心 の ま ま に 活 動 し、 本 性 に 順 っ て 遊 ん で い て も、 多 く の 曲 が れ る も の の 中 に あ っ て そ の 直 き を 失 わ ず、 天 下 と 共 に 流 れ て い き な が ら、 そ の 所 か ら 流 れ る こ と は な い。 も し そ の よ う で あ れ ば、 志 を 保 持 し よ う と し な く て も 同 様 の 効 果 が 得 ら れ、 氣 を 害 う よ う な 事 跡 が あ り な が ら そ れ を 患 う こ と が な い、そのような者は一體何に依存するというのか。 」
「縱心而動」
、「順性而游」は『列子』楊朱篇に、
太 古 の 人 は 生 の 暫 く 來 る を 知 り、 死 の 暫 く 往 く を 知 る。 故 に 心 に 從 ひ て 動 き
0000000、 自 然 の 好 む 所 に 違 は ず。 當 身 の 娛 は 去 る 所 に 非 ざ る な り、 故 に 名 の 勸 む る 所 と 爲 ら ず。 性 に 從 ひ て 游 び
0000000、 萬 物 の 好 む 所 に 逆 は ず。 死 後 の 名 は 取 る 所 に 非 ざ る な り、 故に刑の及ぶ所と爲らず。名譽の先後、年命の多少は、量る所に非ざるなり。 とあり、太古の人々の自然・萬物の赴くままに任せ、名譽や壽命に囚われない自然髄順の在り方を含意している。
秦觀「浩氣傳」について二一七
また「處衆枉…、與天下並流…」は『淮南子』詮言訓に、 聖 人 は 思 慮 す る 無 く、 設 儲 す る 無 く、 來 る 者 は 迎 へ ず、 去 る 者 は 將
おくら ず。 人 は 東 西 南 北 す と 雖 も、 獨 り 中 央 に 立 つ。 故 に 眾
0枉 の 中 に 處 り て
0000000、 其 の 直 を 失 は ず
0000000。 天 下 皆 流 れ て
000000、 獨 り 其 の 壇 域 を 離 れ ず
0000000000。 故 に 善 を 爲 さ ず、 醜 を 避 け ず、 天 の 道 に 遵 ふ。 始 を 爲 さ ず、 己 を 專 ら に せ ず、 天 の 理 に 循 ふ。 豫 め 謀 ら ず、 時 を 棄 て ず、 天 と 期 を 爲 す。 得 る を 求 め ず、 福 を 辭 せ ず、 天 の 則 に 從 ふ。 無 き 所 を 求 め ず、 得 る 所 を 失 は ず、 内 に 旁 禍 無 く、 外 に 旁 福 無 し。 禍 福 生 ぜ ざ れ ば、 安 ん ぞ 人 の 賊 ふ こと有らん。 と 見 え、 思 慮 を 働 か せ ず 予 め 謀 る こ と を し な い 聖 人 の、 ひ た す ら 天 の 道 理 に 遵 い、 禍 福 も 求 め ず 避 け ず、 外 物( 現 象 ) の 去
來に惑わないが故に、自らの本來性(其直・其壇域)を失わず、他者に害されることも無い在り方を示している。
つ ま り、 こ の 何 も の に も 依 存 し な い 心 の 在 り 方 は、 旣 に 檢 討 し た 秦 觀 の 言 う「 不 動 心 」 の 異 な る 表 現 と 見 る こ と が で き る だろう。
さ て、 孟 子 は「 志 は 至 れ り、 氣 は 次 ぐ 」 と「 志 」 の「 氣 」 に 對 す る 優 位 性 を 主 張 し な が ら、 同 時 に「 其 の 志 を 持 し て、 其 の 氣 を 暴 す る 無 か れ 」 と 言 う 必 要 性 は ど こ に あ る の か、 こ れ が 次 な る 公 孫 丑 の 問 い で あ る。 そ れ に 對 し て 孟 子 は「 志 壹 な れ ば 則 ち 氣 を 動 か し、 氣 壹 な れ ば 則 ち 志 を 動 か せ ば な り 」 と、 志・ 氣 間 の 雙 方 向 關 與 性 を 指 摘 す る。 そ し て、 こ の 部 分 の 解 釋 に 於 い て、 秦 觀 は 獨 自 性 を 見 せ る。 つ ま り、 「 志 」 と「 氣 」 と は、 単 に「 志 」 の 優 位 性 が 保 障 さ れ て い る わ け で は な い、 あ
る 種 の 緊 張 關 係 に あ る こ と に な る。 そ の 微 妙 な 緊 張 關 係 が、 謂 わ ば 善 惡 邪 正 の 別 を 生 み、 喜 怒 哀 樂 の「 情 」 を 生 む 要 因 に な るとするのである。
蓋 し 以 て 善 惡 邪 正 の 久 し く し て 遷 す 可 き 者 は、 志 な り。 而 し て 亦 た 以 て 氣 を 害 す る に 足 る。 以 て 喜 怒 哀 樂 の 驟 に し て 干 す可き者は、氣なり、而して亦た以て志を害するに足る。
秦 觀 は、 「 志 」 は 短 期 間 で 變 化 す る も の で は な く 狀 態 の 持 続 に よ っ て 善・ 惡 の 別 を 生 ず る の に 對 し、 「 氣 」 は 瞬 時 に 喜 怒 哀
秦觀「浩氣傳」について二一八
樂 と し て 現 象 す る、 と 考 え て い た よ う で あ る。 そ し て、 そ の 變 化・ 生 起 す る「 志 」「 氣 」 は 相 互 に 影 響 し あ う 可 能 性 を 有 し て い る。 例 え ば、 つ ま づ い た り( 蹶 ) 走 っ た り( 趨 ) す る の は 短 時 間 で の 變 化 で あ る か ら「 志 」 で は な く「 氣 」 が そ う さ せ る の だ が、 そ の こ と が 本 來 は 優 位 性 を 持 つ「 心 」 へ と 遡 及 し、 影 響 力 を 行 使 す る の で あ る。 ( 今 夫 蹶 者、 趨 者、 是 氣 也。 而 反動其心。 )
四 浩然之氣
さ て、 タ イ ト ル に も な っ て い る「 浩 然 之 氣 」 の 分 析 に 移 る が、 ま ず、 孟 子 自 ら 長 ず る と こ ろ と す る「 知 言 」 と「 養 浩 然 之 氣」との關連性の構圖についての秦觀の見方を、旣述の内容との繋がりも含めて見てみよう。
夫 れ 言 を 知 り て 然 る 後 に 以 て 惑 は ざ る 可 く、 氣 を 養 ひ て 然 る 後 に 以 て 心 を 動 か ざ る 可 し。 詖 淫 邪 遁 の 辭、 畢 く 見 ざ る 莫 し、 所 謂 言 を 知 る な り。 「 至 大 至 剛、 直 を 以 て 養 ひ て 害 す る こ と 無 け れ ば、 則 ち 天 地 の 間 に 塞 が る 」、 所 謂 氣 を 養 ふ な り。 外は人に惑はず、内は己を動かさず。孟子の長なりと雖も、又た何を以てか此に加へん。
前に、 孟子の說く「不動心」と孔子の說く「不惑」を等しくとらえる見方が述べられていたが、 ((二) 「不動心」の構圖」 )、 こ こ で は そ れ を 受 け て、 「 不 惑 」 の 前 提 條 件 と し て「 詖 辭・ 淫 辭・ 邪 辭・ 遁 辭 の 四 つ の 正 し か ら ざ る 言 說 を 悉 く 認 識 す る こ
と 」 =「 知 言 」 が、 そ し て「 不 動 心 」 の 前 提 條 件 と し て「 天 地 の 間 に 塞 が る 」「 至 大 至 剛 」 の 氣 を「 直 を 以 て 養 」 う こ と = 「 養 氣( 養 浩 然 之 氣 )」 が 配 置 さ れ て い る。 更 に そ れ ぞ れ を 心 の 内 外 二 方 面 へ の 働 き と し て 謂 わ ば「 役 割 分 担 」 と し て 認 識 し ている。卽ち自己の「外」としての他者(の言說)に「惑はず」 、「内」なる自己の心に於いて「動かず」 、の二方面である。
實は、秦觀は「浩氣傳」の最後の部分でも同様の見方を示し、その効果を含んだ構圖を「孟子の深意」とする。
孟 子 心 を 動 か さ ざ る の 道 を 論 じ て、 止 だ 言 を 知 る と 氣 を 養 ふ と に 及 ぶ の み な る は、 何 ぞ や。 曰 く、 能 く 言 を 知 れ ば 則 ち
秦觀「浩氣傳」について二一九
外 に 惑 は ず、 能 く 氣 を 養 へ ば 則 ち 内 に 動 か ず。 外 は 邪 説 の 干
おかす 所 と 爲 ら ず、 内 は 妄 情 の 溺 る る 所 と 爲 ら ざ れ ば、 則 ち 吾 の 心 や 復 た 何 を か 爲 さ ん や。 此 を 以 て 上 に 事 へ、 此 を 以 て 下 に 臨 み、 退 居 し て 閒 游 し、 進
しん爲
いし て 世 を 撫
ぶす れ ば、 固 よ り 施 す として可ならざる無し。此れ孟子の深意なり。 外 は( 言 を 知 る が 故 に ) 邪 説 に 惑 わ さ れ ず、 内 は( 養 気 の 故 に ) 妄 情 に 惑 わ さ れ な い、 そ う す れ ば 吾 の 心 は、 退 い て は 心 靜かに遊び、積極的に行爲すれば天下を安らかにし、何ら不可能なことはない、これが「孟子の深い意圖」とされ る
(七)。
以 上、 「 知 言 」 ま で 含 ん だ「 浩 氣 傳 」 の 所 說 を 先 取 り し た が、 話 を も ど し て、 こ の 節 で は 秦 觀 の「 浩 然 之 氣 」 解 釋 を 檢 討 する。
まず、 「浩然」とされる意味を、氣に對する「衆人」と「君子」との關わり方の差異から說明する。
夫 れ 晝 動 け ば 則 ち 氣 擾 れ、 夜 息 へ ば 則 ち 氣 安 し。 此 れ 人 情 の 常 に し て、 愚 智 の 同 じ く す る 所 な り。 君 子 は 外 は 精 を 事 に 勞 せ ず、 内 は 思 慮 の 患 無 く、 時 に 抵 り 投 に 隙 じ、 自 得 を 以 て 功 と 爲 す。 故 に 晝 動 く と 雖 も、 曾 て 夜 息 ふ に 異 な ら ず。 衆 人 は 是 に 反 し、 一 夜 の 靜 と 雖 も、 且 つ 或 は 息 ふ 能 は ず、 矧 ん や 旦 晝 の 爲 す 所 を や。 此 れ 天 の 與 へ し 所 の 者 殊 な る に 非 ざ る な り、直を以て氣を養ひて之をして害無から使むる能はざるのみ。
晝 の 活 動・ 夜 の 休 息 に よ っ て 亂 れ・ 安 定 す る 智 愚 萬 人 に 等 し い は ず の 人 の「 氣 」 は、 何 故 君 子 の み 常 態 的 に 夜 の 息 え る 氣 を 保 持 で き る の か。 そ の 差 異 の 原 因 は 天 か ら 與 え ら れ た「 性 」 に は な い。 そ れ は 君 子 が「 外 界 に 對 し て は 精 神 を 疲 勞 さ せ ず、
内 面 に は 思 慮 に よ る 憂 い が な く、 時 に 乘 じ 機 会 を 伺 っ て、 自 ら 心 に 得 る こ と を つ と め と す る 」 こ と に よ っ て 氣 を 害 わ ず 養 っ ているからだ、とする。そして、ここで秦觀は「不動心」の構圖のヴァリエーションを示す。
夫 れ 能 く 直 を 以 て 氣 を 養 ひ、 理 に 率 ひ て 往 き、 命 に 循 ひ て 趨 き、 貧 賤 富 貴 の 移 す 所、 威 武 の 屈 す る 所 と 爲 ら ざ れ ば、 則 ち俛仰の近、六合の遠は、固より適くとして得ざる無し、豈に其の所謂浩然なる者を全うせざらんや。
つ ま り、 「 體 と し て の 圍 う べ か ら ざ る 廣 大 さ を 持 ち、 用 と し て 屈 す べ か ら ざ る 剛 强 さ を 備 え る 」「 浩 然 之 氣 」 は、 あ ら ゆ る
秦觀「浩氣傳」について二二〇
空間へとその「浩然」性を發揮するのである。
こ こ で 興 味 深 い 點 は、 「 氣 」 の 作 用 の 本 來 的 な 平 等 性( 晝 動 則 氣 擾、 夜 息 則 氣 安。 此 人 情 之 常、 愚 智 之 所 同 也 )、 及 び 天 與 の「 性 」 の 平 等 性 の 指 摘 で あ る。 當 然 秦 觀 は、 所 謂「 宋 學 」 の 定 式 で あ る 理 氣 二 元 論 に 基 く 惡 へ の 可 能 體 と し て の「 氣 稟 」 の思想を持ってはいないことは、 ここまでの檢討からも明らかであるが、 人の「氣」が「浩然」性を得るか否かは、 「本性」 の差でもなく、あくまで「養氣」という主體的工夫にかかっていることになる。
こ の よ う に「 適 と し て 得 ざ る 無 」 く 廣 が る「 浩 氣 」 だ が、 し か し 單 に 空 間 に 充 滿 す る の っ ぺ り と し た 氣 で は な い。 孟 子 に よ る と、 そ れ は 人 が 本 來 有 し て い る「 義 」 が 自 然 と 集 ま り 生 じ た も の で あ り、 「 義 」 と「 道 」 に 合 致 す る と い う、 人 と 世 界
と の 根 源 的 存 在 と 關 與 す る と い う 意 味 も 備 え て い る。 秦 觀 は、 そ の こ と を『 老 子 』、 揚 雄『 太 玄 經 』 を 援 用 し て 獨 自 の 論 で 說く。
ま ず、 『 老 子 』 第 五 章 に 見 え る「 廣 大 な 天 地 の 空 間 に 於 い て、 鞴 の よ う に 空 虚 で あ り な が ら 尽 き る こ と な く、 動 け ば 動 く ほ ど 生 み 出 さ れ る 」 有 り 様 を、 養 わ れ た 氣 の 有 り 様 だ と す る。 そ し て、 そ れ で は 天 地 を 超 え て 飛 び 出 す も の は あ る の か、 と い う 問 い を 設 け る。 そ の 答 え と し て、 秦 觀 は、 そ の 氣 が 義 に 自 然 と 合 致 し た ば あ い に は、 「 天 地 の 間 に 塞 が る の み 」 だ が、 そ の 氣 が 根 源 的 原 理 で あ る「 道 」 と 配 さ れ た 場 合 に は、 天 地 を さ ら に 出 る も の も あ る、 と す る の で あ る。 こ れ は、 孟 子 解 釋 と し て は 獨 得 で あ り、 恐 ら く 秦 觀 に は 冒 頭 の 氣 論 で 見 た よ う に、 氣 を 人 や 現 象 界 に の み 關 與 す る も の で は な く、 天 地 人 を
貫 く 原 理 と し て と ら え よ う と す る 發 想 が あ り、 そ れ ゆ え こ こ で も よ り 根 源 的 な 原 理 で あ る「 道 」 を「 義 」 と 差 別 化 し た 上 で、 「浩氣」 (およびその方法としての不動心)の働きを强化させたかったのだと思われる。
さて、ここで秦觀は『太玄經』太玄 に見える「道・德・仁・義」を引き合いに出す。
虛 形 に し て 萬 物 の 道 る 所 之 を 道 と 謂 ふ。 因 縁 革 む る 無 く し て 天 下 の 理 得 ら る 之 を 德 と 謂 ふ。 生 を 理 め 羣 を 昆 じ て 兼 愛 し て 私 無 し 之 を 仁 と 謂 ふ。 敵 を 列 し て 宜 を 度 る 之 を 義 と 謂 ふ。 德 は 道 に 非 ざ れ ば 神 な ら ず、 仁 は 義 に 非 ざ れ ば 立 た ず。 義 自
秦觀「浩氣傳」について二二一
りして天に入れば則ち道に極まる。道自りして人に出づれば則ち義に極まる。 秦 觀 は、 揚 雄 の 著 作 を し ば し ば 援 用 す る が、 實 は こ こ で『 太 玄 經 』 を 引 用 す る 意 味 は 必 ず し も 明 確 で は な い。 恐 ら く 「 道 」 の「 目 に 見 え な い が 萬 物 が そ こ か ら 出 づ る 存 在 」 と い う 定 義 に 引 か れ た こ と と、 「 道 」 が「 義 」 と 共 に 言 及 さ れ て い た か ら で あ ろ う。 と い う の は こ の 文 脈 に は 德・ 仁 は と り あ え ず 關 わ ら ず、 そ の た め か す ぐ に「 德 は 道 で な け れ ば 霊 妙 な 働 き が で き ず、 仁 は 義 が な け れ ば 成 立 し な い 」 と 結 局「 道 」「 義 」 に 吸 収 さ れ て し ま う。 そ し て、 「 義 → 天 → 道 」、 「 道 → 人 → 義 」 と 人に於ける道である義から、逆に道へと極まる道筋を示す(旣に見たように「義」は人の性に属す。 )
次いで、人と氣と義・道の關連性が「集」 「襲」 「配」 「慊」等の孟子の用語を慎重に讀み解くことにより示される。
氣 の 養 は る る や、 直 に し て 之 を 推 せ ば 則 ち 宜 な ら ざ る 無 し、 此 れ 其 の 義 に 配 す る 所 以 な り。 擴 し て 之 を 充 た さ ば、 則 ち 在 ら ざ る 無 し、 此 れ 其 の 道 に 配 す る 所 以 な り。 「 集 」 と は、 自 然 に し て 至 る な り。 「 襲 」 と は、 因 る 有 り て 至 る な り。 夫 れ 所 謂「 配 」 な る 者 は、 豈 に 固 よ り 因 る 有 り て 彼 に 合 ふ を 求 め ん や。 直 に し て 之 を 推 し て 宜 し か ら ざ る 無 く、 擴 し て 之 を 充 して在らざる無くんば、 則ち自然に之と合す。故に曰く、 「義と道とに配す」 、 と。又た曰く、 「是れ集義の生ずる所にして、 義 襲 ひ て 之 を 取 る に 非 ざ る な り 」、 と。 其 の 自 ず か ら 然 る を 以 て す、 故 に「 集 」 に 於 て「 生 」 と 曰 ふ。 其 の 因 る 有 る を 以 てす、故に「襲」に於て「取」と曰ふ。
「 浩 然 の 氣 が 養 わ れ、 ま っ す ぐ と 推 し 及 ぼ さ れ る と、 宜 し く な い も の は な く な る が、 そ れ が 義 に 配 す る 理 由 で あ る。 ま た
そ の 氣 が 擴 充 さ れ る と あ ら ゆ る 所 に 遍 在 す る よ う に な る、 そ れ が 道 に 配 す る 理 由 で あ る。 」 孟 子 は「 其( = 浩 然 ) の 氣 爲 る、 義 と 道 と に 配 す 」 と 言 う が、 こ の「 配 」 に は 様 々 な 解 釋 が あ る。 例 え ば 趙 岐 注 で は「 ( 上 の 孟 子 の 文 の ) 言 ふ こ こ ろ は 此 の 氣 道 義 と 相 ひ 配 偶 し て 倶 に 行 は る 」 と あ り、 「 配 偶( 並 び 組 み 合 わ せ る )」 の 意 味 で と っ て お り、 朱 熹 の『 集 注 』 で は「 配 と は 合 し て 助 く る の 意 な り 」 と し て い る。 そ れ に 對 し、 秦 觀 は「 そ も そ も 所 謂「 配 」 と は、 ど う し て 予 め も と づ く も の が あ っ て そ れ に 合 致 し よ う と 求 め る こ と で あ ろ う か 」 と し、 「 自 然 に し て そ れ と 合 致 す る 」 と い う 意 味 だ と 考 え て い る。 で は、
秦觀「浩氣傳」について二二二
な ぜ そ の よ う に 解 釋 す る 必 要 が あ る の か。 そ れ は、 義 と 道 と が 予 め 人 の 恣 意 に よ っ て 定 め ら れ た 外 か ら の 要 請 で は な く、 自 己 の 内 に 基 く も の だ か ら で あ る。 よ っ て 義 と 道 と は「 養 氣 」 す な わ ち「 直 而 推 之 」「 擴 而 充 」 を 行 う こ と で 自 然 の う ち に 實 現されるのである。
同 様 の こ と は「 集 義 」 に も 言 え、 「 集 と は 自 然 に や っ て く る こ と で あ る 」 の で、 「 浩 然 之 氣 」 は「 自 然 に や っ て き た 義 」 が 「 自 然 の う ち に 生 じ た 」 も の で あ り、 決 し て「 予 め そ れ を 目 標 に し て 成 し 遂 げ( 有 因 而 至 )」 、「 外 か ら む り や り 取 っ て く る (取) 」ものではないのである。
また、秦觀は「慊」に關しても『老子』第三章に基き獨得の解釈を示す。
心 に 餘 有 る を「 慊 」 と 曰 ふ。 腹 に 足 ら ざ る を「 餒 」 と 曰 ふ。 慊 な れ ば 則 ち 中 に 裕 有 り、 而 し て 餒 う れ ば 則 ち 外 に 求 む る 有 り。 老 子 曰 く、 「 聖 人 の 治 は、 其 の 心 を 虛 し く し、 其 の 腹 を 實 す 」、 と。 蓋 し 其 の 心 を 虛 し く す る は、 其 の 慊 な ら ん と 欲 す る 所 以 な り。 其 の 腹 を 實 す は、 其 の 餒 う る を 惡 む 所 以 な り。 故 に 曰 く、 「 是 れ 無 け れ ば、 餒 う る な り 」、 又 た 曰 く、 「 行 ひて心に慊ならざる有らば、則ち餒う」と。
は「 不 動 心 」 に 反 す る か ら で あ り、 老 子 が「 聖 人 の 治 は、 心 を 空 っ ぽ に し、 腹 は い っ ぱ い に 」 す る と 述 べ て い る こ と と 對 應 て 秦 觀 は「 心 に 餘 裕( 餘 地 ) が あ る こ と 」 と 解 釋 す る が、 そ れ は 彼 の 主 張 で は 心 は 現 象 に 快 を 感 じ た り、 現 象 を 滿 た す こ と 『 孟 子 』 本 文「 行 有 不 慊 於 心、 則 餒 矣 」 の「 慊 」 は 趙 岐 注 で は「 快 」、 『 集 注 』 で も「 快 也、 足 也 」 と さ れ る。 そ れ に 對 し
す る。 つ ま り「 心 を 空 虚 に す る 」 の は 心 に「 餘 裕( 外 物 を 受 け 入 れ つ つ 止 め な い 心 の 空 間 )」 を 確 保 す る た め で あ り、 「 腹 を 實す」のは「餒えると心が外物へと向かうのを憎むから」である。
こ の こ と は、 す で に「 虛 心 」「 卽 有 而 無、 卽 實 而 虛 」「 無 持 志 之 念 」「 内 無 思 慮 之 患 」 な ど 同 様 の 考 え 方 が 繰 り 返 さ れ て い たことから、秦觀の中心的な心の理解といってよいであろう。
さ て、 以 上 は「 養 浩 然 之 氣 」 解 釋 に 見 ら れ る「 浩 氣 」 の 屬 性 に つ い て の 考 え を「 義 」「 道 」 の 内 發 性・ 非 恣 意 性 を 手 掛 か
秦觀「浩氣傳」について二二三
りに見たが、次にはそのことと關連する「正心」 「助長」の節へと進むことにする。
五 「正心」と「助長」
テ ク ス ト を 讀 む 上 で、 句 切 り が 問 題 に な る こ と が あ る。 こ こ で 最 初 に 取 り 上 げ る「 必 有 事 焉 而 勿 正 心 勿 忘 勿 助 長 也。 」 の 一 文 は、 通 常( 趙 岐『 章 句 』、 朱 熹『 集 注 』) 「 正 」 と「 心 」 の 間 で 区 切 る。 そ し て 例 え ば「 必 ず 事 と す る 有 り て、 正( 朱 熹 は「 預 期( あ ら か じ め す る )」 の 意 味 と す る ) め す る 勿 れ、 心 に 忘 る る こ と 勿 れ、 助 長 す る こ と 勿 れ 」 の よ う に 讀 む。 朱 熹 は「 正 心 」 ま で で 区 切 っ て も 通 ず る と す る が
(八)、 こ の よ う な 句 切 り は 当 然 解 釋 の 差 異 に よ る。 秦 觀 は、 「 正 心 」 を 二 字 の 纏 ま り と と ら え、 そ こ で 区 切 る と こ ろ に ま ず 特 色 が あ る と い え よ う。 し か し、 む し ろ 獨 得 な の は、 道 家 的 心 性 論 か ら 解 釋 す る 點 にある。
夫 れ 所 謂「 正 心 」 と は、 爲 す 無 く し て 自 ら 正 し き 者 有 り、 意 有 り て 之 を 正 す 者 有 り。 聖 人 の 心 は 衆 籟 の 如 く 然 り、 「 泠 風 は 則 ち 小 和 し、 飄 風 は 則 ち 大 和 し、 厲 風 濟 め ば 則 ち 衆 竅 虛 と 爲 る。 」 其 の 物 に 應 ず る や 是 く の 如 き の み、 所 謂「 爲 す 無 く し て 自 ら 正 し き 者 」 な り。 彼 の 衆 人 は 則 ち 然 ら ず。 距 む 所 有 り、 受 く る 所 有 り、 將 る 所 有 り、 迎 へ る 所 有 り。 一 事 の 至 る や、 必 ず 其 の 心 を 正 し て 以 て 之 に 應 ぜ ん と 欲 し、 弊 弊 然 と し て 五 寸 の 矩、 一 尺 の 規 を 操 り て、 以 て 天 下 の 形 器 に 合 す る
を 求 む る 者 の 若 し。 吾 れ 夫 の 心 中 に 勞 し、 智 外 に 盡 き て、 形 器 の 合 す る 能 は ざ る を 見 る な り、 此 れ 所 謂「 意 有 り て 之 を 正 す者」なり。故に曰く、 「必ず事とする有りて心を正す勿かれ」と。
ま ず 二 つ の「 正 心 」 が 提 示 さ れ る が、 そ れ は『 莊 子 』 内 篇・ 齊 物 論 篇 に 見 え る「 衆 籟 」 の 如 き 心 を 持 つ 聖 人 の「 こ と さ ら な こ と を 何 も せ ず 自 然 に 正 し き 狀 態 と な る 」「 正 心 」 と、 現 象 界 の 様 々 な 事 柄 に 對 し、 拒 む・ 受 け 入 れ る、 送 る・ 迎 え る と い っ た 分 別 を 働 か せ、 何 か 事 柄 が や っ て 來 る と「 意 圖 的 に 正 そ う と 」 し、 決 ま り 切 っ た 基 準 に 當 て は め よ う と す る「 正 心
秦觀「浩氣傳」について二二四
( 心 を 正 す )」 で あ る。 秦 觀 の 意 圖 は、 「 衆 籟 」 の 如 く「 多 様 な 現 象 に 應 じ て 調 和 し つ つ、 そ れ に 執 着 す る こ と な く、 現 象 が 去 れ ば も と の 本 來 性 と し て の 虛 に 戻 る 」「 無 爲 に し て 自 づ か ら 正 し 」 き 心 を 良 し と す る こ と に あ る。 と す れ ば、 「 心 を 正 す こ と 勿 れ 」 の 命 題 で 否 定 さ れ る「 正 心 」 は、 恣 意 的 な 基 準 に よ っ て む り や り 多 様 な 現 象 を 處 理 し よ う と し て 疲 弊 す る、 そ う い った「心を正す」在り方のことである。
では、 「忘るること勿れ」 「助長すること勿れ」とは何か。
夫 れ 天 を 知 り て 人 を 知 ら ざ る 者 は、 以 て 俗 と 交 は る 無 し。 人 を 知 り て 天 を 知 ら ざ る 者 は、 以 て 道 と 遊 ぶ 無 し
(九)。 夫 れ 旣 に
意 有 り て 其 の 心 を 正 さ ば、 則 に 事 に 於 け る や、 豈 に 命 を 以 て 力 む る を 廢 し て、 人 を 以 て 天 に 勝 つ を 免 か る る 者 あ ら ん や。 故 に 曰 く、 「 忘 る る こ と 勿 か れ、 助 長 す る こ と 勿 か れ。 」 命 を 以 て 力 む る を 廢 す、 是 れ 之 を 忘 る る な り。 人 を 以 て 天 に 勝 つ、 是れ之を助くるなり。
こ れ は 旣 に 否 定 さ れ た「 意 圖 的 に 心 を 正 そ う と す る 」 者 が、 物 事 に 應 ず る に 際 し 陥 る 二 つ の 型 を 示 し て い る。 一 つ は「 天 の事はわきまえているが人事をしらず、 俗とも交わらない」者で「運命に身をゆだねるが故に努力を廢している」 、 即ち「忘 れ て い る( 忘 之 )」 場 合 で あ る。 孟 子「 浩 氣 說 」 で 言 え ば「 以 っ て 益 無 し と 爲 し て 之 を 舎 つ る 者 は、 苗 を 耘 ら ざ る 者 な り 」 が そ れ で あ る。 も う 一 つ は「 人 事 に は 明 る い が 天 を わ き ま え ず、 根 源 的 な 道 と 遊 ぶ こ と を 知 ら な い 」 者 で「 人 力 で 天 の 在 り 方 に 勝 と う と す る 」、 即 ち「 助 け る( 助 之 )」 場 合 で あ る。 孟 子「 浩 氣 說 」 で 言 え ば「 之 を 助 け て 長 ず る 者 は 苗 を 揠 く 者 な
り」がそれである。
こ の 兩 者 は、 「 天 」 と「 人 」 と の バ ラ ン ス が 取 れ て い な い が た め の 過 ち を 犯 し て お り、 否 定 さ れ る こ と に な る が、 で は ど うすべきか。秦觀は『莊子』外篇・達生篇及び雜篇・徐無鬼篇の「牧羊」 「牧馬」の方法で說く。
莊 子 曰 く、 「 善 く 生 を 養 ふ 者 は、 羊 を 牧 す る が 若 く 然 り、 其 の 後 れ た る 者 を 視 て 之 に 鞭 つ 」 と。 又 た 曰 く、 「 天 下 を 爲
おさむ る 者 は、 亦 た 奚 を 以 て 馬 を 牧 ふ 者 に 異 な ら ん や。 亦 た 馬 を 害 す る 者 を 去 る の み 」 と。 然 ら ば 則 ち 君 子 の 身 を 修 め 天 下 を 治
秦觀「浩氣傳」について二二五
む る は、 其 の 後 れ た る を 鞭 ち、 其 の 害 を 去 れ ば、 可 な り。 必 ず 精 神 を 弊
やぶり て 益 を 求 め、 知 慮 を 勞 し て 速 か に 成 ら ん こ と を 欲 す れ ば、 則 ち 命 の 分 安 か ら ざ る 所 有 り て 害 且
まさに 至 ら ん と す。 … 嗚 呼、 人 の 性 に 於 け る や 豈 に 揠 き て 長 ぜ 使 め ん と 欲 せ ん や、亦た其の性を害ふ者を去るのみ。 こ こ で 言 う「 遅 れ た も の に 鞭 を う つ 」 と は、 上 の「 天 を 知 る 」 と「 人 を 知 る 」 と の 關 係 で 見 れ ば、 恐 ら く 兩 者 の 調 和・ バ ラ ン ス を 取 る こ と で あ り、 ま た 自 己 の「 内 面( 精 神 )」 と「 外 物( 利 益 や 成 就 )」 の 調 和 を 圖 る こ と で あ ろ う。 一 方、 「 馬 を 害う者を去る」はまさに「本性」を害う要素を取り除くことである。 心 に 本 來 備 わ る は ず の「 義 」 は 浩 然 の 氣 を 養 う こ と で 自 然 の う ち に 達 成 さ れ、 根 源 的 な 原 理「 道 」 へ も 自 然 の う ち に 合 致
す る は ず で あ る 以 上、 外 的 な 思 惑( 有 意 )・ 基 準( 五 寸 之 矩・ 一 尺 之 規 ) に 基 く 心 の 强 制( 正 心 ) や 恣 意 的 な 追 求( 助 長 ) は寧ろ「本性」を害うことと見做されるのである。
六 「知言」
秦 觀 は、 孟 子 自 ら 長 ず る 所 と す る「 知 言 」「 養 氣 」 を「 心 を 動 か さ ざ る 道 」 と と ら え、 「 知 言 」 を「 不 動 心 」 と 同 義 の「 不 惑 」 の 前 提 條 件 と 考 え て い た こ と は 旣 に 見 た。 こ こ で は、 そ の よ う に 評 価 さ れ て い た「 知 言 」 の 内 容 を 檢 討 す る が、 秦 觀 が
論ずる「知言」に纏わる話題にはいくつか特徴があるので、それに從って概観してみよう。
れを次のように整理する。 『 孟 子 』 は「 詖 辭 」「 淫 辭 」「 邪 辭 」「 遁 辭 」 の 四 種 類 の 正 し か ら ざ る 言 葉 と そ れ に 對 應 す る 心 の 狀 態 を 舉 げ る が、 秦 觀 は そ
一 隅 に 蔽 わ れ る 者 は、 其 の 言 平 か な ら ず( 陂( 詖 )) 、 故 に「 詖 辭 は 其 の 蔽 は る る 所 を 知 る 」。 一 曲 に 陷 る 者 は、 其 の 言 過 ぐ る 有 り( 淫 )、 故 に「 淫 辭 は 其 の 陷 る 所 を 知 る 」。 道 を 離 る る 者 は、 其 の 言 正 に 畔 く( 邪 )、 故 に「 邪 辭 は 其 の 離 る る
秦觀「浩氣傳」について二二六