NII-Electronic Library Service
選
択
本
願
念
仏
集
の
「廃
立
」に
つ
い
て
1
行
観
上
人
・選
択
本
願
念
仏
集
秘
鈔
を
中
心
と
し
て
ー
N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
堀
本
賢
順
はじ
め
に今
家
の 法門
分 別 に 三 重 が あ る 。 所 謂 、 廃 立 ・ 助 正 ・傍
正 で あ る 。 こ れ は念
仏
と 諸 行 と の 関 係 に つ い て 分 別 し 、 念仏
往 生 を 主 張 す る 法 門 で あ る 。法
然
上 人 ( 以 下 法 然 ) (=
三 三〜
一 一 二 二 ) は 「 選択
本
願念
仏 集 」 ( 以下
選 択 集 ) 第 四 章 段 に 「 無 量寿
経
」 ( 以下
大 経 ・ 下 巻 ) の 「 三 輩 」 の文
を 引 き 、 『 ヒ 輩 、 中輩
、 ド輩
に 「捨
家
棄 欲 」 ( 上 輩 ) 、 「起
立 塔 像 」 (中
輩 ) 、 「菩
提
心 」 ( 下 輩 ) 等 の 餘 行 が説
か れ て い る の に何
故
に 「 念 仏 往 生 」 と い う の か 」 と の問
を 設 け 、 之 に 答 え て 「 此 一有
リ 三 ノ 意一=
.為
ト 廃 写 諸 行 →帰
陛 , . ガ於
念仏
ト 而 説 コ 諸 行 フ 也二 . 、 ハ
為
瞬助
二 成 . . . . ガ 念 仏 づ 而 説 , 諸 行 ヲ 也 三 . ハ約
モ . 念 仏 ,諸
行
. . 二門
一 〜各
為
瞬 立 ン ガ 三品
づ 而 説 丿 諸行
,也
(中
略 ) 凡 , 如 け此
. 三義
雖
陸 有 訃 不 同丑
ハ . 是 .所
一 以 。 ,為
二 . ル 一向
念
選 択 本 願 念 仏 集 の 「 廃 立 」 に つ い て
NII-Electronic Library Service 西 山 学 報
ト 仏 . 也 初 、 義、 即 是
為
〜廃
立 ,説
, ( 中 略 ) 次 , 義ハ 即 是 .為
莇
正 ヅ而
説 , (中
略
)後
,義
ハ 即 是 . 為 } 傍 正 → 而説
ク L と 説 明 し 、 念 仏 を 「 立 」 ・ 「 正 」 ・ 「 正 」 と し 、 諸 行 を 「 廃 」 ・ 「 助 」 ・ 「 傍 」 と す る 。 そ し て之
ら は す べ か ら く 「 一向
念 仏 」 の た め に 設 け ら れ た 法 門分
別 で あ る と し て い る 。う フ こ 今 、 こ の 小
論
で は選
択
集 に 一貫
す る 「 廃 立 」 に つ い て 西谷
義 ・行
観
上 人 ( 以下
行 観 ) ( 一 二 四 一 〜 一 三 二 五 ) の 「 選択
本 願 念 仏集
秘
鈔
」 ( 以下
私
記 ) を 中 心 に 管 見 す る も の で あ る 。 尚 、 紙 面 の制
約
上 、 全 十 六 章 段 に 亘 る 言 及 が 不 可能
な の で 小 論 で は第
六 章 段 ま で と し 以 下 に つ い て は稿
を 改 め た い 。 一 、 「三
重
」 の概
観
一2
一N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
ま ず 廃 立 、 傍 正 、
助
正 の 概 念 に つ い て 祖 師 の 釈 を 概観
す る 。 イ.廃
立 廃 立 と は 文 字通
り 「 廃 」 と 「 立 」 の 併 称 で 、 選 択 集第
三章
段
に 、ハ き 「 選 択 , 者 即 .
是
.取
捨
, 義 也 」 と あ る よ う に 選択
す な わ ち取
捨
の 意 で あ る 。 一 方 を 選 び 取 り ( 能立
、選
取
、樹
立 ) 、 他方
を 選 び 捨 て る (所
廃 、 選 捨 、 廃 捨 ) こ と を 言 う 。 選択
集
で は 善 と 悪 、 好 と醜
、 清 浄 の 行 と 不 清浄
の行
、轟
と好
等
に つ い て 取 捨 の義
が 論 ぜ ら れ て いNII-Electronic Library Service ヘ ミ ヒ る が 、 私 記 で は 、 「 廃 立 と は 定
散
の 諸 善 も 念 仏 も 共 に行
門 に 趣 け て 、 定散
自力
の 行 を捨
て て 他 力 念 仏 の 行 を 立 つ る を 廃 立 の重
と 云 ふ な 麗 」 と い う 。右
の説
明
は 「 定散
自
力 の 行 」 、 「 他 力 念 仏 の行
」 と 「 行 」 に つ い て の み 述 べ て あ る が 、 こ の廃
立 は 「 機 行身
土 」 に 亘 る 廃 立 で あ る 。 即 ちba
fedc
行
の廃
立 …難
行
道 ・ 自力
・ 聖 道 門 ( 諸行
) を捨
て 、易
行
道 ・他
力 ・ 浄土
門
( 念 仏 ) を取
る 。 土 の廃
立 …穢
土
を捨
て 、浄
土 を取
る 。 浄 土 の 中 よ り 通 所 求 の 土 を捨
て 、 別 所 求 の 土 を 取 る 。 ( 難 易 廃 立 . 通 別廃
立
)仏
の 廃立
…諸
仏 を捨
て 、 弥陀
} 仏 を取
る 。 教 の 廃 立 … 諸経
緒
論 を 捨 て 、 三 経 一 論 を取
る 。 心 の 廃 立 … 諸 経 緒 論面
の 菩 提 心 を 捨 て 、 今経
の 三 心 を 取 る 。 (自
力 安 心 を捨
て 他 力安
心 を取
る )ロ げ げ 機 の 廃 立 … 五
乗
斉 入 の機
を 捨 て 、 常 没 垢 障障
重
の機
を取
る 。 (根
性
利
者 を 捨 て 鈍 根 無智
を取
る ) 以 上 の よ う に 二者
択
一 す る の が 廃 立 の義
で あ り 、法
然
は こ の 義 を 以 て 選 択 集 一 部十
六 章 を あ ら わ し て い る の で あ る 。 又 、 浄 音 土 人 ( = 一〇
二 異 論 あ り 〜 】 、 一 七 】 ) は 廃 立 に つ い て 「 廃 と は所
廃
な り 。謂
く 聖 道 門 、難
行
、 自 力、雑
行
、 } 切 の 自力
を 此 の 位 に 置 き て 廃 す る な り 。是
は 自 力智
恵 の方
な り 。 立 と は
能
立 、他
力 浄 土門
の 慈 悲 の 方 な り 。 此 の 位 の中
に他
力
の 機 行 身土
等
の 能立
の義
あ り 。 皆 慈悲
門 の方
選 択 本 願 念 仏 集 の 「 廃 立 」 に つ い て 一
3
一 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 西 山 学 報
ア ね に 摂 し て 、
衆
生 の 三業
の 行 力 を 以 っ て入
ら ざ る 故 に他
力
と 云 ふ な り 」 と 、 行 観 と同
意 の 内 容 を 述 べ て い る が 、 こ 丶 で は 自 力 智恵
、他
力
慈 悲 を 以 て の 説 明 で あ る 。衆
生 の 三 業 の力
を 全 分 否定
す る こ と が他
力
で あ る と 。 証 空 上 人 ( 以下
証 空 ) ( 一 一 七 七 〜 一 二 四 七 ) もお ん し た た 「 衆 生 の
方
よ り は 何 一 つ も 用 意 す べ き事
な く 、 全 分 に仏
の方
よ り何
一 つ も 漏 さ ず 御 認 め 候 な り 。 是 を 心得
て 凡 夫 の ロ き り 往 生 を成
じ給
へ る な り 」 と 述 べ 他力
往
生 を 勧 あ て い る 。N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
ロ .
傍
正 念 仏 を 「 正 」 、定
散 を 「 傍 」 と す る 主 伴 の義
を い う 。 廃 立 の 重 で は 定 散 を 廃 し た の で あ る が 、 こ の重
で は 定 散 を 廃 さ な い で 、逆
に 摂 す る 立場
を 取 る 。善
導
大師
( 以 ド 善 導 ) ( 六 = 二 〜 六 八 一 ) は散
善義
にハ せ り 「 釈 迦
仏
説
け 此 , 観 経 , 三福
九 品 定散
二 善 → 証 二讃
. .彼
, 仏. 依 正 二報
→使
一. 一 , , . . 人 , . 一 . 欣慕
ご 又 、 定 善義
にド リ 「 此 、 経 .
定
散 .文
.中
唯
標
称専
. 念 ). . 名 号 ワ得
鋤 , ヲ 生 ズ . . , . 」 と 釈 し て い る が 、 釈 意 は 観経
を 如 説修
行
を勧
め る経
典
と み な い で 、 「釈
迦 が 観 経 正宗
分 を 説 か れ る 意 図 は 我 々 凡 夫 に依
正 二 報 を欣
慕
せ し あ る 経 」 、 即 ち 「 定散
の 文 を 通 し て 弘願
を 観 照 せ し め る 要門
」 で あ る と す る の で あ る 。 こ の 時 定散
は 仏 語 の定
散
、能
讃 、能
詮
と し て の 定 散 で 、行
門 に お け る 雑 行 と は 異 り 、 異方
便 と位
置
づ け る の で あ る 。 三福
九 品 の 不 同 の あ る 衆機
、 或 い は定
機
、 散 機等
の 一 切 衆 生 を 調機
し 、 定 散 万 機 を 隔 て な く摂
取
さ れ る 弥陀
弘願
を説
き顕
わ す 一4
一NII-Electronic Library Service
仏
語 と す る 。 即 ち 定散
の 文 は専
ら 念仏
往
生 を 詮 顕 す る文
と し 、ロ ロ 「 一
切
善 悪 、 凡 夫 得 皆 , ハ 生 . . . 、 . 者莫
”不
阡 , . . , 皆 乗 一 . 「 . 阿弥
陀 仏 , 大 願業
力 〜 為 轡 増 上 縁 い 也 」 と 凡 夫 往 生 に は 弥陀
の 大 願業
力
の み が唯
一無
二 で あ る こ と を あ ら わ す 定散
と す る の で あ る 。 こ こ に 凡夫
は こ の所
説 を聞
い てぼ り 「 言 払
阿
弥 陀 仏、者
即 . 是 レ其
,行
ナ リ 」 と 領 解 し て願
行
具 足 の 謂 を得
る と こ ろ が 即 便 往 生 で あ る か ら 、 定散
は 能 詮 要門
、 即 ち 観門
と し て の 意義
を持
ち 、 こ れ を 「 傍 」 と し 、 廃 す る の で は な く 摂 す る 位 に収
め る の で あ る 。 念 仏 ( 弘 願 ) を 正 、 定散
を 傍 と す る義
は 「 観門
義
」 に 詳 述 さ れ て い る と こ ろ で あ る が 、 要 を 言 え ば 先 に廃
す る通
三 身 門 の 諸 法 を す べ て摂
し て釈
迦要
門 の 定散
(能
詮 ) と開
い て 傍 と 為 し 、 慈 悲 念 仏 三昧
を 正 と す る と い う こ と で あ る 。 一5
一N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
ハ . 助
正
助
正 と は 念 仏 を 「 正 」 、 定 散 諸 行 を 「助
」 と す る 重 で あ る 。 我 ら 凡 夫 は ロ ハ 「 阿 弥陀
仏
、 我 を 摂取
し た ま う 」 と 素直
に 肯 首 し た と き 、 真 の 念 仏者
た り 得 る 。 我 ら の 三 業 の 外 の弥
陀
絶
対他
力 の 一 行 、 即 ち 正 定 業 が 我 ら の 体 内 に 入 り、雑
毒
性 が 除去
さ れ て清
浄
に 転換
す る 。 そ の 清浄
の行
が 仏 愚報
謝
の 三 業 起 行 に 出 る の で あ る 。 こ の 時 、 凡 夫 が実
践 す る 定散
の 万 行 は弥
陀
よ り 賦与
さ れ た 一 分 の 功徳
と し て 行 ず る こ と に な る 、 こ れ が 「 助 」 で あ る 。 こ の 「助
業
」 はす へ 「 仏 の
因
行 果 徳 の行
体 我 等 を隔
て 無 く 成 就 し た ま う 故 に 、 我 ら 無 際 よ り 已 来 の 不 善総
て願
力 に依
り て 皆 悉 く 成 就 す 。こ と ほ 故 に 釈 に 云 く 『 三 心
既
に 具 し ぬ れ ば 、行
と し て 成 ぜ ず と云
う 事 な し 、願
行
既 に 成 じ て 、 若 し 生 ぜ ず ば 是 の 処 り 有 選 択 本 願 念 仏 集 の 「 廃 立 」 に つ い てNII-Electronic Library Service 西 山 学 報 る こ と
無
し 』 と 云 え り 。 其 の所
成
の 行 は何
ぞ と い う に 三 業 門 出 入 の体
と し て 助 正相
離
る 丶 こ と 無 き故
に 、 現身
にロ り ⊥ ハ 道 の 因
行
を 閉絶
し て 、 永 く常
楽浄
土 の要
門
を開
く 」 と 述 べ ら れ て い る よ う に 、 一、 → 心 具足
の 念 仏 行者
に は弥
陀
の 正 定 業 の 「 正 」 と 、 行 者 の起
行
に出
る助
業
の 「助
」 が 「助
正 相離
れ ず 」 の 関 係 で語
ら れ て い る 。 即 ち弥
陀
所
有
の 正 定 業 の 功徳
と 、 我 ら の 三 業 門 起行
で あ る助
業
と が同
価 値 を持
つ と い う こ と で あ り 、 三 業 即 正 定業
で あ る と い う こ と で あ る 。 安 心決
定 の 上 に 仏 恩 報謝
の為
に 三業
起行
に出
る 凡 夫 の行
為 が 助業
で あ る か らハ ロ ロ 「 他 力 往 生 の
安
心 が 立 ち て の 上 に は 、 助業
を ば 尤 も行
ず べ き 者 な り 」 と 勧 め る の で あ る 。弥
陀
大 悲 ( 正因
) を領
解
の 土 は 我 ら の 三 業 は 「助
正 相 離 れ ず 」 で あ る 故 に 、 畢命
為
期
、 浄 化 さ れ た 業 を 日常
生活
に 具現
す べ き こ と を 主 唱 し た も の で 、安
心 の 上 の 起行
、 正 因 のL
の 正 行 を 語 る今
家
の要
諦
を 表 現 し た も の で あ る 。助
業 を励
む こ と を 「半
自力
」 と み る 見方
が あ る よ う だ が 、 こ れ は 大 き な 誤 り で あ る 。 「助
と は 念仏
の行
者
他 力 往 生 を 証 得 し て 、 即 便往
生 の 上 よ り 三 業 の 修行
に 出 で て 、 仏 恩報
謝
の 為 に行
ず る を 助 業 とめ り
名
つ く る な り 。 正 と は 三業
の 外 の念
仏
三昧
慈 悲 の体
な り 」 と 。へ め (
尚
、廃
立 等 の 三 重 を 廃助
傍
と 次 第 す る 場合
と 、廃
傍
助
と 列 ね る の と 二 通 り あ る 。 選択
集
は前
者
で あ る ) 一6
一NII-Electronic Library Service 二 .
法
然
の 一 二重
観
法 然 は 選 択 集 第 四 章 段 で 三 重 の 説 明 を し 、 こ れ ら の 三義
は 一 向 念 仏 の 為 に あ る と し な が ら も 、 こ の中
、 い ず れ を 主 に し た か に つ い て は 言 及 を 避 け て い る 。ハ ロら 「 此 等 . 三
義
殿最
難
け 知 − 請 .諸
、学
者取
捨 在 一 . 心 . 」 と 言 い 、優
劣
に つ い て は 「 難 レ 知 」 と し 、 い ず れ を 取 捨 す る か に つ い て は各
人 の 意 に 任 せ る と の 態度
で あ る 。 し か し 次 にめゴ 「 今 若 、
依
コ バ善
導
二 以 レ 初 為 隠 , 、 正 ,耳
」 と 自 ら の 考 え を善
導 に 寄 せ 「 廃 立 」 の 立場
で あ る こ と を示
し て い る 。 尤 も 善導
の 疏 に は 観 経 が 念 仏 往 生 を 説 く 要 門 傍 正 、或
い は 三 心 発 得 後 の助
業
実践
で あ る 助 正 に つ い て述
べ て あ る か ら 、廃
立 の み で は な い 。 し か し 難易
、 通 別 の廃
立 を 以 て 考 え れ ば 、 一 切 諸 善 の中
に 餘 行 を捨
て 念 仏 一行
を 立 て 丶 正 定業
と 定 め る 廃 立 の本
意 が存
在
す る の で あ る か ら 、 選 択本
願念
仏 の 体 を 立 す る本
義
よ り す れ ば 廃 立 を 正 と す る の は 当 然 で あ る と 思 わ れ る 。 そ の 上 で 要 門 定 散 、 助 業 の法
門 に よ っ て 西 山 義 を 味 得 す べ き で は な か ろ う か 。 法然
が廃
立
を 主 と し て 選択
集 を 述 作 し た こ と は 行観
の書
に 随 所 に 記 載 さ れ て い る 。 今 、 参 考 ま で に 挙 げ て み る とは カ リ 「 法 然 上
人
,時
. 先 .廃
立
, 重計
. . 以 一 . 「向
専
念 , 云 .義
二
切 諸 人 , 浄 土 門。押
. 入 . ,勧
. 給. 故.捨
」 、難
行 ワ 立「.易
行 .捨
ゴ 、 聖道
づ 入 . 浄 土 己捨
」 、自
力 → 立 」 他 力 . 捨 」 、 通 所 求 づ 取 「別
所
求
づ捨
コ .雑
行
→ 正 行 , 云一. 廃 立 , 法 門一 = . 有 . 間 一 向 専 念 , 云 . 義 , パ相
ゆ
伝
. .我
身
. 念 仏 , 往生
. 行 ,存
. . 持 . 也 」 選 択 本 願 念 仏 集 の 「 廃 立 」 に つ い て 一7
一 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 西 山 学 報
ハ 「 選 択 ,一 ム . 文.
十
六章
段
皆
廃立
. 以一.釈
. . 傍 正 助 正 . 義.善
導
疏へ譲
, . 不 レ 釈 .文
也 」ハ ハ ソ 「 此 の 選
択
は十
六 章段
皆 廃 立 の重
を 以 っ て 釈 し 下 る文
な り 」 「 三 重 の中
に は 廃 立 の 位 の 四 修 の義
を 以 っ て 此 の 選択
面 の義
と な し 、 助 正 、 傍 正 の義
は 疏 の 面 の 法門
な り 。 此 の 文ロ ぬ は 一 向
廃
立
の面
を 釈 し 下 る 故 に 、面
に は 指 し出
さ ざ る な り 」等
々 。 選 択 集 は 一向
廃
立 を面
と し て 、 易 行 、浄
土 、他
力
、別
所求
、 正行
等
を 立 す る 書 で あ り 、 傍 正等
は 観 経 に よ っ て善
導
の 疏 を 指 南 と し て明
か す 定 散 料 簡 で あ る と い う 。 証 空 よ り後
は傍
正 、助
正 の 法 門 が 沙 汰 さ れ た が 、 法 然 は道
俗男
女
斉
し く 「 諸 人 を 浄土
門
へ導
く為
」 に 廃 立 の 重 を 勧 め た の で あ る 。奈
良 、平
安 の 一 部 知識
人 を 対 象 と す る 仏教
よ り脱
し 、 は じ め て 庶 民 に 一向
専
念 の 義 を 立 そ う と す る 時 、傍
・ 助 を 沙 汰 す る こ と は 、 か え っ て 法 門 の 乱 れ る こ と を 懸 念 さ れ た の で あ ろ う 。 こ 丶 を以
っ て 「 師 の法
然 は諸
行
の 頸 を 切 り 、 弟 子 の善
恵
房
は諸
行
を 生 け 捕 り に す る 」 と 他 流 の 諸 師 に言
わ し め た の で あ ろ う 。 「 廃 立 」 の義
が念
仏 の体
を立
す
る故
に 全 篇 を貫
く 重 で あ る と い っ て も 異方
便
要
門
と し て定
散 を位
置 づ け る傍
正 の義
、諸
善 が 起行
門 に 返 っ て助
業 と い う こ と を 顕 わ す助
正
の義
が 底 に存
在
し て い る こ と に留
意 し な け れ ば な ら な い 。 三 重 の義
は 相 互 の 関 連 に よ り窺
っ て い か な け れ ば偏
っ た念
仏
観
に 陥 り今
家
の意
を 全 う す る こ と が で き な い 。 一8
一NII-Electronic Library Service 三.
選
択
集
所
説
の廃
立
選
択
集
各
章 段 に 具体
的
に ど の よ う に 廃 立 が 示 さ れ て い る か 、 に つ い て要
点 を ピ ッ ク ア ッ プ し て 概 観 し た い 。本
集
の 題 号 を 「 選 択本
願
念仏
集 」 と い う 。文
点 の つ け 方 に よ っ て 意 が 相 違 す る 。 即 ち 、 「本
願 を 選 択 す る 念 仏 集 」 と読
む時
と 、 「 選択
せ る 本 願念
仏
集
」 と 読 む 場 合 の 相 違 で あ る 。前
者
の場
合 「 選 択 」 の こ と ば は 法 然 に 付 く 。 「 選 択 す る 」 主 語 は 法然
で 、 師 の 私 の 選択
と し て 、 弥陀
の本
願
に 諸 行 、 念 仏 の 二類
往 生 を 立 て 、 こ の 中 よ り 念 仏 の 要 文 を法
然
が 選 択 し 、諸
行 往 生 を 廃 し 、 念 仏 往 生 を立
し た と 解 す る こ と が で き る 。 後者
は 「 選択
」 の こ と ば を 弥 陀 に 付 け る 。 弥 陀 が 正 し き 得 生 の 行 を 念 仏 一 行 と 定 め 、 諸 行 本 願 、諸
行
往 生 を許
さ な い と い う意
味
で あ る 。 即 ち 、 弥陀
因中
の 過 程 に お い て 、 あ ら ゆ る 往 生 行 の 中 か ら 、 自 力諸
行
を 選捨
し 、 念仏
の 一 行 を本
願
と 立 す る の で あ る か ら 、 「 弥 陀 が 選 択 さ れ た本
願 念 仏 」 と解
し 、 九 条 公 の 仰 せ に よ り 法 然 が 念 仏 の 要 文 を集
あ た も の と し て 、 「 集 」 に 法 然 を付
け る の で あ る 。意
は得
生 の機
を 十 方衆
生 善 悪 万機
と 立 て 、 生因
の 行 を 念仏
一行
と 定 め 、 三経
所
説
の 諸 行 を 廃 助 傍 の 三重
に よ っ て 念 仏 の助
業
と も 、 念 仏 の要
門 と も し 、畢
竟 念 仏 一類
往
生 を あ ら わ す 「 選 択本
願
念
仏
集
」 と み る の で あ る 。 今家
は こ の 血 場 を 取 る の で あ る 。 選 択 本 願 念 仏 集 の 「 廃 立 」 に つ い て 一9
一 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 西 山 学 報 「
南
無 阿 弥 陀 仏 」 題 号 に続
く 「南
無 阿 弥 陀仏
」 は 正 し く 別願
の念
仏
で あ る 。 一 般 に 仏 の 名号
は の り 「 念仏
と い ふ は 仏 を 念 ず る な り 」 と あ る よ う に 、 仏 を 念 ず る こ と で あ る 。 し か し念
仏
は大
・小
乗 に亘
り 、 仏 に も 三 身 が あ る か ら 一 様 で は な い 。 証空
は 念 仏 を 大別
し て 諸 経 の 念 仏 、今
経 の 念 仏 に 二分
し 、 且 つ諸
経 に法
身
、 報 身 、 応身
の 三 つ の 心 あ り と し て ぬ ら 「法
身
の 仏 に は 実 相 の 妙 理 を 念 じ 、 報 身 の仏
に は常
住
の 智 恵 を念
じ 、 応身
の 仏 に は随
縁
の 大 悲 を 念 ず 」 と 理 、智
、 三 十 二 相 を 念 ず る 念 仏 で あ る と言
う 。 こ れ ら は 諸 経 の自
分 解 行 の 位 で あ り 、自
ら の 心 が 悟 る か 否 か に よ っ ら あ て 成 、 不成
が 決 定 す る 念 仏 で あ る と し て い る 。 之 に 対 し今
経 の 念仏
は弥
陀 の 選 択本
願念
仏 で あ る か ら南
無 阿弥
陀仏
、 即 ち 弥陀
の 本 願他
力 往 生 を 念 ず る 念 仏 で あ る 。 ハ ね 「観
経 の 念 仏 と い ふ は 南 無阿
弥 陀 仏 こ れ な り 」 と 述 べ る 念 仏 で あ る 。 こ れ は 極 悪 深 重 の苦
機
の 上 に成
ず る 別 願所
成
の 念 仏 、 非 定 非 散 の 念 仏 で あ り 、 定 散 のh
に成
ず る他
力
の 一 行 を指
す 。 定散
の 二 機 は 悉 く 仏願
に乗
じ て 念 仏 の機
と な っ て 往 生 す る こ と を 明 か す の で あ る 。 一10
一N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
「 往 生 之
業
念
仏 為 先 」 選 択 本 願 念仏
は 廃 立 義 で あ り 、 我宗
は 念仏
一類
往
生 を 立 て る 。第
四 章 段 で 諸 行 と 念 仏 を 相 対 し 廃立
、 助 正 、 傍 正 の 三義
を 以 て各
々 の 重 で 諸行
を 廃 し 、 念 仏 を 立 し て い る 。 廃立
に お い て は 諸行
は 非本
願 で あ る か ら 極楽
の 行 で は な く 、 念仏
は 本 願 の行
で あ る 故 に 極楽
の 行 で あ る と し て諸
行
を 廃 し念
仏
を 立 し て い る か ら 「 念仏
為 先 」 で あ る 。NII-Electronic Library Service
助
正 で は 諸 行 は 助 業 、念
仏
は往
生 の 正定
業
で あ る か ら 「 念 仏為
先
」 で あ る 。 傍 正 で は 諸 行 は浄
土 に 入 る要
門 、 念仏
は往
生 の 正 因 で あ る か ら 「 念 仏為
先 」 で あ る 。 以 上 の よ う に 三 重 共 に 諸 行 を 次 位 に お い て 分 別 し て い る 故 に 「 念 仏為
先 」 と 表 現 し た も の と 思 わ れ る 。N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
第
一 土 早段
・第
二 土 早段
行観
は 「 西 山義
に は 第 } 第 二 の章
を ば 此 の 文 の序
の分
と な し 、第
三本
願 念 仏 の 章 と 立 つ る を ば 正宗
分
と な す 。 第 四 の 三 輩 念仏
の 章 已 下 は 、 上 の本
願 念 仏 の 事 を釈
し顕
は す 時 に 流 通分
と な し て 、序
正 流 通 の 一部
を作
る 選択
本 願念
仏
集 と ハ め料
簡
す る な り 」 と 第 一 ・ 第 二 章段
を 本 集 の序
分
と し て い る 。第
一 章段
で は 諸 師 の 五 祖 同轍
の師
資
相
承 に よ っ て難
行
易
行 、 聖 道浄
土 の 二門
を 分 別 す る 廃 立 ( 難易
廃 立 ) 、 第 二 章段
は 通 別 を 分 け て 、 通 所 求 の 土 を 捨 て 」 別 所 求 の 土 を 選 ぶ と い う 五 祖 異轍
の 廃 立 ( 通 別廃
立 ) で あ る 。 こ の 二章
を 序分
と し て 、 こ の 上 に 念 仏 の法
体
を 選 択 す る 第 三章
段 を 正宗
分
、第
四 章 段 以 下 を 流 通 分 と す る の で あ る 。 第 一 、第
二 を序
分 と す る 故 にハ ゆ げ 「 こ の 故 に 西 谷
等
に は 、世
間 に 此 の 選 択 に 序 を 書 き 副 へ た る を ば 用 ひ ざ る な り 、 序 の無
き 選択
を 本 と な す 。 云 々 」 と い\
題 号 の前
に 序 の あ る書
を 用 い な い の で あ る 。 ( 「 選択
密要
決 」 に は序
を 用 い な い こ と 及 び作
者 の 名 を 記 さ な い 選 択 本 願 念 仏 集 の 「 廃 立 」 に つ い て 一11
一NII-Electronic Library Service
西 山 学 報
理
由
を 挙 げ て い る ) さ て 、 第 一 、第
二 章 段 の 要旨
は 次 の 通 り で あ る 。 「 廃 立.有
」 二重
先
. ] 重一一 .捨
自 力 雑 行 . 立 」 ト 一 爪 , ハ 他 力 易 行 →捨
ゴ 聖 道 → 帰 ス , ム . 浄 土 〜 事 也是 . . 往 生 浄 土 .
法
門一一 ハ 初 重 . テ不 レ
分
通 別 →浄
土 . 広 ク 名号
. 広 . 此 , 上.赤
, 十方
浄
土 . 之 中一一捨
. 通 所 求 → 選 訃一 ム別
所
求
.是
. 二 重 、 廃 立也
此 . 時 」
至
.一 向 専 念 → 遮 ” 万 , 一 . 立 . 然 . 故.
捨
」 諸 仏 . 土 . 立 ⊃ 西方
一土
司 捨 」 諸 仏 菩薩
→ 立 」弥
陀 一 仏 . 万 行之
中
、捨
」諸
,難
行
明 選 、 . .立 」
名
号
, 一行
→ 八 万 四 千 , 諸 経 之中
.閣
. 餘 経 .取
」 三 部 経 づ為
.依
経
, 此 , 時. 一切
仏菩
薩
普
賢
文
殊
観音
勢
至 等 迄 . 皆 廃 .如 け 是 , . . 重 , 廃 立 , 先 . 建
立
、 一 , 云 々 」 と 。 大 意 は 第 →章
段 は 道 綽 の 安 楽集
を 引 い て 、聖
浄
二 門 を 以 て 釈迦
一代
の 聖 教 を教
相
判 釈 し 、我
々 凡 夫 を 弥 陀 の浄
± へ 導 く こ と に あ る 。 「 廃立
に 二 重有
り 」 と い う の は 第 一章
段
の 「 難 易廃
立 」 と第
二 章段
の 「 通 別 廃 立 」 の こ と で あ る 。 難 易 廃 凱 と は 、 「 難 」 は 文字
通 り 凡 夫 の 往 生浄
土
の 行 法 が 難 し い と い う こ と で 、 此 の世
で修
行
し 、煩
悩 を 断 っ て悟
り を 開 く こ と の困
難
さ を示
す 。 「易
」 は 阿 弥 陀仏
の大
慈
悲 に よ っ て 、 容 易 に極
楽 に 生 ま れ る こ と で あ る 。 こ の難
易
の 二 道 判 は 龍樹
が 「十
住 毘 婆 沙 論 」 に 難 行 道 此 土 の得
果
、 易 行道
彼
土
の 往 生 を 、 天親
は 「 浄 土論
」 に 五 念 門 を 説 い て往
生 の 為 の 入 ・ 出 の行
を 、 曇 鸞 は 「論
註 」 に 龍樹
の 二 道 判 よ り自
力
・他
力
を 、 道 綽 は 「 安 楽 集 」 に曇
鸞
の 意 に よ っ て 聖 道 門 、浄
土門
を 、 こ れ を 承 け て法
然
は 選 択 集第
一章
段
に 聖 道 門 、浄
土
門
を 明 か し た教
判 で あ る 。 こ の章
段
で は 聖道
門
は 「 今 時難
レ 証 」 、 浄 土門
は 「可
通
入
}路
」 と し て 廃 立 す る が 、 こ れ は龍
樹
、曇
鸞 等 の 難 易 二道
の 意 を含
む師
資相
承
の 血 脈 を 本意
と し た 章 段 で あ る 。あ 冒 頭 に あ る 「 一
切
衆
生 に 皆 仏性
が あ り 、 又多
仏
に値
っ て き た我
等
が 、 ど う し て生
死
の 輪 廻 を繰
り 返 し 、 火 宅 を 出 る 一12
一 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service こ と が で き な い の か 」 と の
問
い は 、 弥陀
の 選 択 せ る他
力
超
世
の 別願
を顕
現
す る 為 に 、十
六 章段
す べ て に 亘 る 根 本 的 な 問 い と 受 け と あ ね ば な ら な い 。 従 っ て 一 代 仏 教 を 聖道
浄
土 の 二門
に束
ね て 、 以 て 聖 道 を捨
て浄
土 を 立 て る と 判 ず の が 宗 の教
相 の 根幹
と な る の で あ る 。 た 穿 こ \ で 聖 道 ・浄
土
、難
行 ・ 易 行 、 自 力 ・ 他 力 を判
ず の は行
と し て の諸
行
・ 念 仏 を 凡 夫 の 実践
能
力
に よ っ て 、 陸 路 の歩
行 、水
路 の 乗船
に譬
え ら れ る 如 く 、 難 か 易 か と い う こ と が 基準
で あ り 、 後 の 章 に あ る 万 徳所
帰
か否
か に よ る 此 土 と 彼土
の 分 別 で あ る 。 ユ 「土
に於
い て は 穢土
・浄
土
と い う な り 。 全 く 四 土 に分
別 せ ず 」 れ り 「 し か る あ ひ だ ま よ ひ と さ と り と よ り 外 に な き い は れ を 、浄
土 穢 土 の 二 と し た る な り 。 迷 ひ は 穢 土 、悟
り は浄
土
也
」 と 「土
」 を穢
土
と 浄土
と の み に 分 け る我
宗 で は 難 行 で生
ま れ る穢
土 を廃
し 、易
行 で生
れ る 浄 土 に分
類
す る こ と は 勿 論 で あ る が 、 そ の浄
土 は穢
土 に 対 す る 浄 土 で あ る 。 即 ち こ 、 で勧
め る浄
± は 、 そ の 思 想 の 根 底 に 「阿
弥
陀
仏
の 浄 土 」 を 欣 わ し め る 意図
が あ る に せ よ 、 あ く ま で 穢 土 に 対 す る浄
土 で あ り 、行
も ま た 難 行 に 対 す る 易行
で あ る か ら 、 浄 土 も 十 方 浄土
に 通 じ 、行
も十
仏
百
仏
に 通 ず る名
号
が す べ て 易 行 と い う こ と で あ る 。難
易
廃 立 は 穢 土 と浄
土 、諸
行
と 念 仏 の 選 択 で あ り 、先
ず こ の廃
立 を も っ て 初 門 の浄
土 教 と す る 。 従 っ て弥
陀 と諸
仏
に特
別 な 差 異 を 設 け ず 、弥
陀
は諸
仏 の 中 の 一 仏 で あ り 、 又 三 身 を具
す る も 通 三 身 門 の弥
陀 と し て 位 置 づ け る の で あ る 。 第 二章
段
で は十
方浄
土
の中
よ り 九 方 の浄
土 を 捨 て 、 西 方 一 土 を 選 ば し め る 。 こ れ を 「 通 別廃
立 」 と い う 。 「 通 別 」 と は 「 通 」 と 「 別 」 の 併称
で 通 と は 義 相等
が 一般
共 通 な る面
を い 丶 、 「 別 」 と は 各 々 別異
な る面
を言
う 。 証空
は 選 択 本 願 念 仏 集 の 「 廃 立 」 に つ い て 一13
一 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 西 山 学 報
ハ れ ら 「 通.
総
. 義 . 、別
ハ 即 . 別 .義
也 」 と 釈 し て い る 。 通 別 の 用 法 は例
え ば 十方
浄
土 に 通 ず る 行 因 を 通 因 、 西方
極 楽 一 土 に 限 る行
を 別 因 、 あ る い は 通 序 . 別 序 、 通 所 求 . 別 所 求 、 通 去行
・ 別 去行
、等
々 で あ る 。概
し て 極 楽 の 依 正 二報
を指
す場
合
を 「 別 」 、 十 方 三 世諸
仏
の そ れ に 通 ず る の を 「 通 」 と い う 。 さ て 難 易 、 通別
二重
の 廃 立 に つ い て 行 観 は 次 の よ う に 示 し て い る 。 ( (30
) と同
意 で あ る が 敢 え て 引 用 す る ) 「 観 経一一付
.第
二 重 . 廃 立 . 以. 分 丿 通 別 →有
訓 選 択 , 重其
, 故、 上 . 初 重 .難
行 易 行 . 二道
. 立 . 、 . 雖 隠 廃 立 → 此 土彼
十 , 二 道 , 分 別 . . 重.. . 未 貯分
3 通 別 .故
. 浄 土 . 広 , 通 ⊃ 十 方浄
土 く 行 .広
. 十 仏 百仏
, 名 号 , 以一 . 皆易
行 、 云 . 此 土.文
今 観 経一 . . ハ彼
、 十 方浄
± . 現. . 見 . , 尚 .捨
」 、 九方
, 浄 土 → 選 コ 西 方 一 土 づ 此 . . . 分 , 通 別 二 土 → 選 二 択 . . 別 所 求 一 土 → 時浄
土 . 極 楽 一 土 . 極 . リ 行 .捨
. 難 行 →念
仏 正行
, = 極 ル是 .
第
二 重 , 廃 立 也然 . 則ハ
浄
土
, 法門
、 .如
回 此 、 二 重 . 廃 立 . 存 知 . . 以 . 入 } 浄 土 へ 教あ ワ
相
.定
判
、 浄 土 、 宗 義一 =可
一 建 立一者
也 」 と 。 難易
廃 立 か ら 通別
廃
立 へ の 道 筋 で あ る 。難
易
廃 立 で は 此 土 入聖
と彼
土
得 生 を 分 別 す る の み で 、彼
土 と い っ て も 十方
浄 土 ( 諸 仏 の 浄 土 、唯
心 の 浄 土 ) に 通 じ 、恒
河 沙 数 諸仏
の 土 と も 、 一 . 百 一十
億諸
仏刹
土 と も 説 か れ る 浄 土 の 中 よ り 何 が 何 で も 阿 弥 陀 仏 の極
楽
国 土 と い う こ と が浮
か び 上 が っ て こ な い 。 又 行 も難
易 と い う だ け で 、 た ゴ 難 た る 諸 行 よ り は易
た る名
号 と い う域
を 脱 し え ず 、 十 仏 、 百仏
の名
号 に 通 ず る 念 仏 の中
よ り 、 何 が 何 で も観
経
の 念 仏 、 即 ち南
無阿
弥
陀
仏 が 選 択 さ れ 得 な い の で あ る 。 こ に 通 別 を 分 つ 第 二 重 の 廃 立 の 意 義 が あ る 。 こ れ に よ っ て 穢 土 よ り (十
方
)浄
土 、 一14
一 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 浄 土 よ り
西
方
極 楽 国 土 、 諸 行 よ り念
仏
、念
仏
よ り南
無
阿
弥
陀
仏 と 難易
廃 立 か ら 通 別 廃 立 へ 二 重 の 廃 立 に よ っ て 究極
の 浄 土 の教
相
が 定 判 さ れ る の で あ る 。 私釈
中
、大
乗 も 小乗
も 共 に 聖 道 門 と言
う 。 安 楽 集 の 意 を取
っ て 、 顕 大 、権
大
は 歴 却 迂 廻 の行
と し 、更
に 密 大 、実
大 を も迂
廻
に 入 れ て 聖 道門
と し 、 天 台 、 仏 心 、 真 言等
八家
の 意 に同
じ て 三 部経
と 対 比 さ せ て い る 。 こ れ は 聖 道 門 の中
の 漸 頓 二教
は末
法 の 時機
相 応 よ り い え ば 「 理 深 解 微 」 の機
に は 迂 廻 の 行 で し か な い と い う こ と で あ り 、往
生 浄 土 に は弥
陀 本願
念
仏
の 行 の み が直
往
頓
教
で あ る と判
じ た も の で あ る 。 法然
は 三経
] 論 を 以 て 正依
経 、 正 依 論 と 我 ら に 示 さ れ た 。 華厳
、 法 華 、 起信
等 の経
論
を傍
依
と す る 。 善導
は を 「諸
経
, 中處
々一 一 広 ,讃
. 念 仏 ,功
能
ご と い っ て 、 諸 経 に も 念仏
往
生 を 勧 め て い る こ と を 示 し 、諸
善
と 比 し て 「 全非
比校
」 と断
じ て い る 。 又 、 諸 師 も 他経
論
に お い て弥
陀
、 念 仏 、浄
土 を 勧 め て い る 。 し か し そ れ ら は あ く ま で も 「 傍 」 で あ り 、 三 部 経 観 も 諸経
一列
の 位 置 づ け で あ る 。別
し て 浄 土中
心 の 勧 進 で は な い 。故
に 諸師
が諸
経 の 位 で 勧 め る 念 仏 と 、 善 導 ・法
然 ・証
空等
の観
経 念 仏 と は 大 い に相
違
す る わ け で 、 今 師 は 通 別 二土
を 分 っ て 、別
し て浄
土 を 勧 め る の で あ る 。 選択
集 に 正依
、傍
依
を 分 け て い る の は 三 部経
と 諸 経論
を 分 別 す る廃
立 で あ る 。 一15
一N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
浄
土 一宗
に お け る 血脈
譜 に 慧 遠 流 、慈
愍 流 、 道綽
・善
導
流 の 三系
譜
を 挙 げ 、 こ の中
、 道綽
・善
導流
に 二 説 あ る と し て 安楽
集 、 唐 栄 両 伝 の 流 れ を 示 し て い る 。 し か し 法然
は そ の う ち の ど の 系譜
に 依 る と は 明 言 し て い な い 。 而 し て 選 択 本 願 念 仏 集 の 「 廃 立 」 に つ い てNII-Electronic Library Service 西 山 学 報
ハ ロ
「 善 導 , 与 一 諸
師
一 其 . 意 不 同 . , 」れ り
「 師
資
.之
釈其
,相
違 甚 .多
. 」 と 述 べ 、更
に 善導
を 弥 陀 の 化 身 、 疏 は 弥 陀 の 直 説 ( 第 十 六章
段 ) と 崇 め て い る こ と 、 又 、 道 綽 や曇
鸞 を 引 い て (第
「章
段
) 教判
を 明 確 に し て い る こ と等
に よ り 、 「菩
提
流 支 三 蔵 ・ 曇鸞
法 師 ・ 道 綽 禅 師 ・ 善導
禅
師
.懐
感法
師
.少
康 法師
」 の系
譜
を 選 択 し て い る こ と は 論 を俟
に な い 。先 述 の と お り
第
一 章 段 の 本意
は師
資 相 承 の 血 脈 譜 を 以 て 聖 道 ・ 浄 土 、 難行
・ 易 行 を 分 別 す る と こ ろ に あ る 。本
文
に は 道綽
一 人 の釈
を引
い て い る が 遡 れ ば 龍 樹 に 至 る 。 故 に 龍樹
、 天 親 の 意 を含
め る と 八 祖 の 相 承 と な る が 、 曇鸞
よ り 聖道
を捨
て 丶浄
土 に帰
す こ と が 明 ら か に な る の で 、 曇 鸞 よ り少
康
に 至 る 人 師 を 「 浄 土 五 祖 」 と い う 。 た ゴ 今 章 は難
易
、聖
浄 、自
他 と い う 仏 法 を 二 途 に 分 け る 廃 立 の教
相 、初
門 の 選択
で あ る か ら 五祖
の 師 資 相 承 血脈
が 一列
に 下 る 、 所 謂 「 五 祖 同 轍 ( → 轍 ) 」 の 意 を あ ら わ す の で あ る 。第
二章
段
は 「雑
行 を捨
て て 正行
に 帰 す る篇
」 と し て 善 導 の散
喜 義 「 就 行 立 信 」 釈 を 本 文 に 引 き 、 五 種 正 行 .雑
行
及 び 正定
之業
・ 助業
の 廃 立 を 以 て 念仏
を 明 か し 、 五祖
異轍
(各
別 ) の 一 僧 指授
証 不由
他
の 義 を 釈 す 一 段 で あ る 。第
【章
段
で は師
資
相 承 の 血脈
譜 に つ い て 、 五祖
同轍
の 立場
で 一 列 に 下 る 。 即 ち難
易 二 行 を分
っ て も 通 別 を 分 た な い か ら 、 彼 土 の 往 生 は 易 行 で あ っ て も 浄 土 は十
方
に 、行
は十
仏
百 仏 に 通 じ 、易
行 名 号 は 諸 仏 の 名号
に 通 ず 。 道 綽 に 至 る ま で は称
し 易 く行
じ 易 い 行 を他
力 易 行 と す る の で あ る 。こ れ ら の 諸
師
を 通 し て 観 経 に 入 っ て 十 方浄
土
に 通 別 を 分 ち 、 九 方 の 浄 土 を 捨 て 西方
の 一 土 を 選 び 取 る 時 、 易行
念仏
の中
よ り 観経
の 念 仏 南 無 阿弥
陀 仏 、 浄土
の中
よ り 西方
極楽
浄
土 が 再 廃 立 さ れ る 。 こ れ に よ っ て 究 極 の 浄 土教
が開
闡
一16
一 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service さ れ る の で あ る 。
観
経
欣
浄
縁 に お い て 、韋
提 希 夫 人 が 如来
の 密 意 に よ っ て、 九方
の 浄 土 を捨
て 丶 西 方 の 一 土 を 選 ば し め ら れ る の で あ る が 、善
導
が「 一
切
. 仏土
皆
厳
浄
. . 、 . 凡夫
. 乱 想 恐 , .難
け 生. 如来
別
. .指
3 西 方 国 → 従 レ 是超
過 . , 十方
億
ごハ ソ 「
極
楽
ハ 無為
涅槃
界 . , 随 縁雑
喜
. 難 〃 生 .故
一 使 ド 如来
選 、 . .要
法
→ 教 け 念 諌弥
陀
づ専
一 . 一 .復
専 い . 」 と 釈 し 、 又 、 証 空 もハ れ 「 別 所 求 の 西 方 と は
報
土
な り 」ハ む い と 独 勝 の
土
( 荘 厳 精華
) と 別願
成 就 の 土 の 二 心 を 以 て 釈 し 、 勧 め ら れ た 土 で あ る 。 こ の 別 所 求 に つ い て専
雑
二行
を 立 て 丶雑
行 を 捨 て 正行
を 選 び 、 通 別 を 分 っ て 五 祖 異轍
の 重 を 以 て 選択
本
願
念 仏 を 顕 わ す の で あ る 。法
然
は 疏 の 「 就 行 立信
」 の 文 を引
い て い る が こ の 中 「 往 生経
」 と は 浄 土 三部
経 を指
す 。 勿 論 、諸
経 に お い て も 弥陀
、 浄 ト を 説 い て往
生 を勧
め て い る が 、 そ れ ら は 傍 ら に説
い て い る の で あ り 、 三 部 経 が 正 に 往 生 浄土
を 説 く の と は 相 違 す る 。 又 、 三部
経 は 共 に浄
土
の 正依
経
で あ る が 、 就中
、教
を 聞 く 位 に 願行
具 足 し て 即 便往
生 す る安
心 を 説 く 観 経 を 「経
即往
生
経
」 と し て 立 し 、他
力 の安
心 を 説 か な い で 、教
行
証 を 自 力 に励
む 諸 経 を 廃 す る の で あ る 。 ( こ の 観 経 の 安 心 に よ る定
散
万善
万 行 を行
ず る こ と が 正定
業 の 上 の助
業 と し て 、 同 類 ・ 異類
の善
根
を行
ず
る 傍 正 、助
正 の 法門
と関
わ っ て く る の で あ る ) 選 択 本 願 念 仏 集 の 「 廃 立 」 に つ い て 一17
一 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 西 山 学 報 就 行 立 信 の
文
中
にコ
心 専 念 弥 陀 名 号 」 の 文 が あ る 。 こ れ は 宗 祖 の 立 教 開 宗 の よ り ど こ ろ と な っ た と い わ れ て い る 釈 で 、 端 的 に 「他
力
の行
」 を表
わ し て い る 。 即 ち 「 順 彼 仏 願故
」 は 第十
八 願 を 指 し 、 「 若 不 生 者 不 取 正 覚 」 は 衆 生 を 生 ぜ さ せ な け れ ば 正覚
を取
ら な い と 誓 わ れ た 文 で あ る か ら 「仏
力
」 に て 生 ず る こ と を表
わ し て い る 。既
に こ の願
決 定 し て南
無 阿 弥 陀仏
と成
じ て い る か ら 、 六字
の 名 号 が 衆 生 の為
に は 往 生 の 行 体 、 仏 に と っ て は 正 覚 の 体 で あ る 。 ハ ゆ 「 至 心 信 楽 , 心 .得
け 体一成
. , . へ .仏 体 , . ガ 故一 衆 生 , 至 心 . 仏 , 正 覚 . リ 仏 . 正
覚
ハ 衆 生 , 往 生 也 」 こ 丶 で 「念
々不
捨 者 」 に つ い て 一 考 の要
が あ る 。 「者
」 と は 誰 か と い う こ と で あ る 。 衆 生 の 側 か ら み れ ば 「衆
生 が 一 念 一 刹 那 も 念 々 不捨
者
」 の意
に な る か ら 、 「者
」 は 「衆
生 」 で 、自
力
雑
行
通仏
法 の解
釈 と な る 。 こ れ を 仏 に付
け れ ば観
経 真 身 観 の 「 念仏
衆
生 摂 取 不 捨 」 の 「 不 捨 」 で あ る か ら 、 仏 の方
か ら の 不捨
で あ り 他 力 往 生 で あ る 。 従 っ て 「捨
て た ま わ ざ る 者 」 の 「者
」 は 阿 弥 陀 で あ る 。 念 々 に 捨 て ざ る者
の 機 を 廃 し 、 念 々 に 捨 て た ま わ ざ る者
の 仏 を 立 し た意
に 解 せ ね ば な ら な い 。行
観
は 「 阿 弥 陀 仏去
此
不 遠 「 (観
経
) 、 「 念 仏 衆 生 摂 取 不 捨 」 ( 観 経 ) 、 「念
々 不捨
者
」 ( 散 喜義
) おロ の 三 は 同 じ 法 門 で あ る 述 べ て い る 。 一18
一N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
正 雑 二 行 を 立 て 、 雑 を 捨 て 正 を
取
り 、 正 の 中 に 五種
を 立 て 、助
正 を分
別 し て 第 四 の称
名 正 行 を 正 定 業 と し て往
生 の 行 と 立 す る 。 一般
に 称名
を 単 に 囗称
の 位 に 留 め る な ら ば 、 そ れ は機
方
の 三業
( 口 業 ) に 唱 え る名
号
で あ り 、 定善
の方
便 と し て の 浅 行 の 散称
の域
を 脱 し え な い 。 観経
の 定 散 所 説 を 聞 き 、 「 阿 弥 陀 仏 者 即 是 其 行 」 に よ っ て 凡 夫往
生 が 遂 げ ら れ る と 領 解 す る と き 、 そ こ に は 機 方 の 三業
は 何 ら 関 与 し な い 念 仏 と な る 。 「 念 々 不 捨者
」 が 「 是 名 正 定 之 業 」 で あNII-Electronic Library Service る か ら 、 正 覚 の 体 、 即 ち 念 々 不 捨 者 が 称 名 、 こ の
称
名
が 凡 夫 往 生 の 称 名 で あ る こ と に留
意 し な け れ ば な ら な い 。 証空
の こ と ば を挙
げ て参
照 と し た い 。 ら ち 「他
力
と い ふ は機
に よ ら ぬ 事 な り 、 機 に よ ら ね ば 、 一 向 仏 体 に付
く る な り 。 」 ゆ サ 「, 唱 ふ る功
に よ り て往
生 す る ぞ と申
す に は あ ら ず 。 仏 体 が往
生 の 体 に て あ り け り と い ふ な り 」 ゆり 「 す べ て機
よ り 心 を は げ ま し て 強 く な す べ き往
生 に あ ら ず 。 全分
に打
ち 任 せ て 信 じ奉
る べ き な り 」 「念
仏
申
す に よ り て仏
の 摂 取 し て捨
て た ま わ ぬ ぞ と い ふ に あ ら ず 。南
無 阿弥
陀 仏 の体
、本
よ り 我等
を摂
取 し て 捨 て ガリ た ま わ ざ る 位 の法
体
な り け る 処 を 心得
分 く る な り 」 こ れ ら の釈
意 は機
の功
を 全 く 否 定 し て 、 全 分仏
に打
ち 任 か せ た 念 仏 を 表 現 し た も の で あ る 。 以 上 の よ う に安
心 証得
の 上 か ら は 仏 恩 報 謝 の為
に 三業
起 行 に 出 つ る の を 助 業 と い う の で あ る が 、 こ れ は 助 正 の法
門
で あ る 。 一19
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次
に. 一行
の得
失
を 述 べ る 段 に 五 番 の 相対
を 以 て 説 明 し て い る が 、 正行
で あ る 親 ・ 近 ・ 無 間 ・ 不 廻向
. 純 を 立 し 、雑
行 で あ る疎
・ 遠 ・有
間
・ 廻 向 ・雑
を廃
す る こ と は 、 そ の 内容
を拝
読 す れ ば 容 易 に 肯 首 さ れ る と こ ろ で あ る 。 た ゴ 不 廻向
を 念 仏 の行
と し て 立 し 、 廻 向 を 雑 行 と し て 廃 す る こ と は 、 念仏
は 他力
で あ る か ら 機方
の 廻 向 を要
し な い が 、 定散
諸
行
は自
力 の行
で あ る故
に 、R
ら の 、特
別 な 廻 向 を 用 い る と き往
生 の要
因
と な り 得 る と の 意 で あ る 。 ( 傍 正 の と き は定
散
は 念 仏能
詮 、 所 説 の 定散
で あ る か ら聞
い て 廻向
す る 定散
で あ る 。 所 説 を聞
い て 廻 向 し て 即 便 往 生 す る か ら念
仏
は 不 廻 向 で あ る 。 助 正 の と き は仏
体
が 不廻
向
で行
者 は助
業
を行
じ て 廻 向 す る と い う こ と に な 選 択 本 願 念 仏 集 の 「 廃 立 」 に つ い てNII-Electronic Library Service 西 山 学 報 る 。 傍 正 ・ 助 正 は 念 仏 行
者
の為
す べ き 廻向
で あ る 。 ) 礼讃
を 引 い て専
修
念 仏者
はがソ 「
十
ハ 即 。十
生、百
. 即 . 百 生 ズ ( 中 略 ) 若 . 欲 . .捨
四 専 ,修
弛 . . 雑 業 →者
. 百 時 希一得
二 二 つ千
時
希
一得
二 五 三 . 」 と い い 、 後 にほ ゆ し 「 修 け テ
雑
. 不 ル至
心 ナ ラ 者ハ 千 . 中.一 無 竺 モ 」 と い う 。 善 導 は 正雑
「 . 行 の得
失 を 、 正 行 を 修 す る 者 は 一 切衆
生 が 得 生 し 、雑
業 者 は 殆 ど 往 生 し な い と い 丶 、後
に 至 っ て は 「 千中
無 一 」 と い っ て い る 。 之 に つ い て行
観 は 「 雑 行 の得
生 は 衆 生 に得
失 を 知 ら せ る 為 の与
釈
で あ り 、千
中
無 → と 結 す る の は 奪釈
で あ 麺 」 ( 取 意 ) と 、 「 与奪
の義
」 で 説 明 し て い る 。 こ の 意味
す る と こ ろ は 、自
力
で は 全 く生
ぜ ず と示
す 為 で あ る 。 四得
の 裏 に は 四 失 、 十 三 失 の裏
に は十
三 得 が あ る が 、 い ず れ も雑
行
を修
す る 者 は全
く 不 可 と 示 す為
に 一 応 の 与 釈 と し て僅
か の 得 生 を 許 し た ま で の こ と で あ り 、 本 意 は 千 巾 無 一 を 主張
す る と こ ろ に あ る の で あ る 。 こ の廃
立 は 念 仏 の 得 生 を衆
生 に 知 ら せ る 相 対 ま で の事
を 表 現 し た も の で あ り 、十
二章
段
に 「 随 他 の 前 に し ば ら く 定 散 の 門 を開
く が 、 随自
意 と し て は永
遠 に 念 仏 門 を 開 く 」 と 述 べ る 意 に 通 ず る も の で あ る 。 一20
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