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第 6 章 失語ならびに関連症状 1. 失語の定義 失語 という言葉は日常でも用いられる 余りに衝撃的なことを言われて失語症になった などという 言葉が出なくなった状態が失語と表現されている すなわち一般には言葉が話せなくなった状態が失語と考えられている これは間違いではない 確かに失語では言葉が出

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第Ⅱ部 神経心理学的症状

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第6章

失語ならびに関連症状

1 . 失 語 の 定 義 「 失 語 」 と い う 言 葉 は 日 常 で も 用 い ら れ る 。 「 余 り に 衝 撃 的 な こ と を 言 わ れ て 失 語 症 に な っ た 」 な ど と い う 。 言 葉 が 出 な く な っ た 状 態 が 失 語 と 表 現 さ れ て い る 。 す な わ ち 一 般に は 言 葉 が 話 せ な く な っ た 状 態 が 失 語 と 考 え ら れ て い る 。 こ れ は 間 違 い で は な い 。 確 か に失 語 で は 言 葉 が 出 な く な る 。 し か し 完 全 に 正 解 で も な い 。 第 一 に 言 葉 が 出 な く な っ た だ けで は 失 語 と は い え な い 。 第 二 に 言 葉 が 出 な く な っ た 状 態 だ け が 失 語 で は な い 。 神 経 心 理 学で は 失 語 を 「 脳 の 特 定 部 位 の 病 変 に よ る 言 語 ( 口 頭 言 語 と 書 字 言 語 ) の 表 出 お よ び 認 識 の障 害 」 と 定 義 す る 。 す な わ ち 失 語 は 以 下 の 諸 点 に よ っ て 特 徴 づ け ら れ る 。 1 ) 失 語 は 言 語 の 障 害 で あ る 。 言 語 と は 何 か を 厳 密 に 定 義 す る こ と は 著 者 の 能 力 を 越え る 。 こ こ で は 取 り あ え ず 「 ヒ ト の 心 身 の 状 況 を 表 現 、 伝 達 す る た め の 音 声 を 基 本 と す る記 号 体 系 」 と 定 義 す る 。 従 っ て 、 そ こ に は 口 頭 言 語 、 書 字 言 語 、 さ ら に は 手 話 や 点 字 も 含ま れ る 。 一 般 に 失 語 と い う と 口 頭 言 語 だ け の 障 害 と 考 え ら れ が ち で あ る が 、 大 部 分 の 失 語で は 口 頭 言 語 だ け で な く 、 書 字 言 語 も 障 害 さ れ る 。 さ ら に 手 話 や 点 字 の 使 用 も 障 害 さ れ る 。 2 ) 失 語 で は 言 語 の 表 出 、 認 識 の 両 方 が 同 時 に 障 害 さ れ る こ と が 多 い 。 つ ま り 話 し たり 書 い た り す る こ と と 同 時 に 、 聞 い た り 読 ん だ り す る こ と も 障 害 さ れ る 。 た だ し 、 両 者 の障 害 の 程 度 は 常 に 同 じ で は な く 、 症 例 に よ っ て は 表 出 が 強 く 障 害 さ れ た り 、 逆 に 認 識 が 強く 障 害 さ れ た り す る 。 3 ) 失 語 は 脳 の 特 定 部 位 の 病 変 に よ っ て 直 接 的 に 生 じ る 言 語 の 障 害 で あ る 。 従 っ て 、 脳 の 病 変 以 外 の 原 因 に よ っ て 生 じ た 言 語 障 害 は 失 語 で は な い 。 舌 、 喉 、 顔 の 筋 肉 の 運 動 麻痺 に よ っ て 生 じ た 言 語 障 害 は( こ れ ら の 運 動 麻 痺 が 脳 病 変 に 起 因 す る も の で あ っ た と し て も ) 失 語 で は な い 。 聴 力 の 障 害 に よ る 言 語 認 識 の 障 害 は 失 語 で は な い 。 さ ら に 意 識 水 準 の 低下 や 一 般 知 能 の 障 害 に よ る 言 語 の 表 出 や 認 識 の 障 害 も 失 語 で は な い 。 逆 に 言 え ば 、 言 語 の表 出 に 必 要 な 筋 肉 の 運 動 麻 痺 や 言 語 認 識 の 前 提 と な る 聴 力 の 障 害 も な く 、 意 識 や 一 般 知 能が 6-2

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正 常1で あ る に も か か わ ら ず 、 言 語 表 出 や 言 語 認 識 が 障 害 さ れ て い る 状 態 が 失 語 で あ る 。 2 . 失 語 の 症 状 図 6 - 1 に 示 す ご と く 、 言 語 処 理 は 三 段 階 に 分 節 化 さ れ て い る 。 言 語 の 表 出 、 す な わち 記 号 化 処 理 の 場 合 、第 一 の 分 節 は 統 語・文 法 レ ベ ル で の 処 理 で あ り 、い く つ か の 形 態 素( 語 ) を 選 択 し 、 順 序 よ く 配 置 す る こ と に よ っ て 統 語 構 造 を 生 成 す る 過 程 で あ る 。 第 二 分 節 の処 理 は 語 彙 ・ 意 味 レ ベ ル で の 処 理 で あ り 、 い く つ か の 音 素 を 組 み 合 わ せ て 語 を 形 成 す る 過程 で あ る 。 第 三 の 分 節 は 音 韻 レ ベ ル で の 処 理 で あ り 、 音 素 を 形 成 す る 音 声 表 徴 を 選 択 し 結合 す る 処 理 で あ る 。 言 語 の 認 識 、 す な わ ち 解 読 処 理 は こ の 逆 の 過 程 で あ る 。 失 語 で は 各 分 節 に お い て 障 害 が 認 め ら れ る 。 そ れ ぞ れ に つ い て 検 討 し て い こ う 。 図 6 - 1 言 語 の 三 分 節 構 造 1 失 語 で 一 般 知 能 が 正 常 か ど う か は 古 く か ら 様 々 な 議 論 が あ る 。 厳 密 に 言 え ば 、 言 語 障 害 を 説 明 す る に 足 る 一 般 知 能 障 害 は 存 在 し な い と い う こ と で あ る 。 6-3

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2 . 1 音 声 表 出 の 障 害 2 . 1 . 1 ま え が き 音 声 学 的 に は 、 発 話 運 動 に よ っ て 生 成 さ れ た オ ト を 音 声 と 呼 び 、 音 声 の 区 分 し う る 最 小 の 単 位 を 単 音 と よ ぶ 。 す な わ ち 単 音 は 現 象 で あ る 。 こ れ に 対 し 、 あ る 言 語 体 系 の 音 声 構造 の 観 察 な ら び に 考 察 に よ っ て 解 釈 的 に 抽 象 さ れ る 最 小 の 単 位 は 音 素 と 呼 ば れ る 。 例 え ば、 日 本 語 の「 ハ ナ 」は 二 つ の 単 音「 ハ 」と「 ナ 」に 分 か れ 、そ れ ぞ れ/ha/、/na/と表記される。 /ha/は音声学的には二つの音素[h]と[a]より構成されていると解釈され、このように表記さ れ る 。 ヒ ト に お け る 音 声 の 産 出 は , 肺 か ら 流 出 す る 空 気 が 声 帯 を 振 動 さ せ る 「 発 声 」 と 、 この 空 気 の 振 動 を 変 化 さ せ て こ れ を 言 語 音 と す る 「 構 音 」2 の 二 つ の 過 程 よ り な る 。 こ の 音 声 産 出 に 関 係 す る 器 官 を 音 声 器 官 と よ び 、 肺 、 気 管 支 、 気 管 、 気 道 、 喉 頭 、 咽 頭 、 口 、 鼻お よ び そ れ ら の 付 属 器 官 が 含 ま れ る 。 こ れ ら の 諸 器 官 は 音 声 の 通 り 道 と い う 意 味 で 声 道 と呼 ば れ る 。 音 素 は 「 母 音 」 と 「 子 音 」 に 分 か れ る 。 音 声 学 的 に は 口 お よ び 咽 頭 の 構 音 点 の 閉 鎖 ある い は 狭 め に よ っ て 生 じ る 音 素 が 子 音 、 そ れ 以 外 が 母 音 と 定 義 さ れ る 。 母 音 は 音 声 現 象 とし て 比 較 的 定 常 で 、 聞 こ え の 上 で も 目 立 ち 、 従 っ て 単 独 で 発 話 さ れ て も そ の 特 性 を よ く 把握 す る こ と が 出 来 る 。 子 音 は 音 声 現 象 と し て 不 安 定 で あ り 、 単 独 で は そ れ と 認 識 さ れ る こと は 少 な い 。 母 音 は 基 本 的 に は 舌 が ど の 様 な 位 置 を と っ て 構 音 さ れ る か に よ っ て 分 類 さ れる が 、 口 の 丸 め の 程 度 、 咽 頭 の 広 が り 、 鼻 音 性 な ど も 母 音 の 構 音 に 重 要 な 影 響 を 及 ぼ す 。 一 方 子 音 は 、 1 ) 有 声 性 ~ 有 声 音 ( 発 声 時 声 帯 が 振 動 す る ) 、 無 声 音 ( 発 声 時 声 帯 が 振 動 し な い ) 2 ) 構 音 法 ~ 閉 鎖 音 ( 声 道 の 一 部 が 閉 鎖 ) 、 摩 擦 音 ( 声 道 の 閉 鎖 が 完 全 で な く 隙 間 を呼 気 が 通 過 す る ) 、 破 擦 音 ( 閉 鎖 音 に 続 い て 摩 擦 音 が 生 じ る ) 、 鼻 音 ( 呼 気 が 鼻腔 に 流 れ 込 む こ と に よ る ) 、 な ど 3 ) 構 音 点 ~ 歯 音 、 歯 茎 音 、 両 唇 音 、 軟 口 蓋 音 、 口 蓋 垂 音 、 な ど に よ っ て 特 徴 づ け ら れ る 。[p]は、①声帯が振動しないので有声音、②唇が閉ざされるので 閉 鎖 音 、 ③ 上 下 の 唇 が 構 音 に 関 係 す る の で 両 唇 音 と 分 類 さ れ る 。 こ れ ら の 特 徴 を 特 定 の子 音 を 他 の 子 音 か ら 区 別 す る 特 徴 と い う 意 味 で 「 弁 別 素 性 」 と い う 。 例 え ば[p]と[b]は両 方 2 音 声 学 で は 「 調 音 」 と 呼 ぶ 。 6-4

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と も 構 音 法 が 閉 鎖 音 で あ り 構 音 点 が 両 唇 音 で あ る 点 は 共 通 で あ る が 、 前 者 は 無 声 音 で あり 後 者 は 有 声 音 で あ る 点 で 違 い が あ る 。 ま た 、[p]と[g]はいずれも閉鎖音であるが、声帯振 動 に つ い て は 前 者 が 無 声 音 で 後 者 が 有 声 音 、 構 音 点 に つ い て は 前 者 が 両 唇 音 で 後 者 が 軟口 蓋 音 で あ る 点 に お い て 違 い が み ら れ る 。 す な わ ち 、 弁 別 素 性 を 用 い る こ と に よ り , 子 音間 の 構 音 上 の 類 似 ( あ る い は 差 違 ) の 程 度 を 一 義 的 に 表 現 す る こ と が 可 能 と な る 。 2 . 1 . 2 音 声 学 的 障 害 音 声 の 表 出 に は 音 声 器 官 の 多 数 の 筋 が 関 与 す る 。 各 筋 が 時 間 的 ・ 空 間 的 に 統 制 の と れた 活 動 を す る こ と に よ っ て 音 声 が 表 出 さ れ る 。 音 声 器 官 の 活 動 の 障 害 に よ っ て 音 素 の 物 理的 構 造 に 変 化 が 生 じ た 場 合 、 音 声 学 的 障 害 と い う 。 現 象 的 に は 「 音 声 の 歪 み 」 す な わ ち それ ぞ れ の 言 語 体 系 に 存 在 し な い 音 と な り 、 聞 き 手 は ど ん な 音 素 が 表 出 さ れ た の か 知 覚 出 来な い 。 音 声 学 的 障 害 は 通 常 音 声 器 官 の 筋 肉 の 麻 痺 に よ っ て 生 じ 「 麻 痺 性 構 音 障 害 」 と よ ばれ る 。1940 年頃フランスのT・アラジョアニンらは失語でも音声学的障害が存在することを 明 ら か に し 「 音 声 学 的 解 体 症 候 群 」 と 名 付 け た 。 音 声 学 的 障 害 に は 、 ① 語 の 最 初 の 音 で生 じ や す い 、 ② 母 音 よ り 子 音 で 生 じ や す い 、 ③ 全 て の 子 音 が 同 じ よ う に 障 害 さ れ る の で はな く 、 特 定 の 子 音 で 特 に 著 し い 障 害 が 認 め ら れ る 、 な ど の 特 徴 が あ る 。

唇 、 歯 、 咽 頭 な ど が 開 い て か ら 声 帯 が 振 動 す る ま で の 時 間 を 「voice onset time(VOT)、 声 帯 振 動 開 始 時 間 、声 立 て 時 間 」と い う 。VOT は子音弁別の重要な手がかりとなる。失語

で は VOT に変化があることが知られている。健常者では有声音の VOT より無声音の VOT

が 長 い が 、 失 語 で は 両 者 の 値 の 中 間 に 多 く の 音 の VOT が分布する。結果として有声音と 無 声 音 の 差 が 失 わ れ る 。 2 . 1 . 3 音 韻 学 的 障 害 音 韻 学 的 障 害 と は 、 表 出 さ れ る 音 素 は 日 本 語 に 存 在 す る 音 素 で あ る が 、 本 来 表 出 す べき 音 素 と は 別 の 音 素 に な る 誤 り で あ る 。 次 の 種 類 が あ る 。 1 ) 置 換 ~ あ る 音 が 別 の 音 に 置 き 換 え ら れ て し ま う ( タ マ ゴ → タ ナ ゴ ) 2 ) 脱 落 ~ 語 の 一 部 の 音 が 脱 落 す る ( タ マ ゴ → タ ゴ ) 3 ) 添 加 ~ 本 来 な い 音 が つ け 加 わ る ( タ マ ゴ → タ マ マ ゴ ) 4 ) 転 置 ~ 語 内 の 音 の 順 序 が 入 れ 替 わ る ( オ サ カ ナ → オ カ サ ナ ) 6-5

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誤 り の 出 現 頻 度 は 置 換 が 最 も 多 い( 図 6 - 2 )。置 換 の 誤 り を「 音 韻 性 錯 語 」も し く は「 字 性 錯 語 」 と い う 。 音 韻 性 錯 語 が 頻 発 す る と 、 聞 き 手 は 患 者 の 発 話 を 認 識 す る こ と が 非 常に 困 難 に な り 、 あ た か も 外 国 語 の よ う に 感 じ ら れ る 。 こ れ を 「 音 韻 性 ジ ャ ル ゴ ン 」 と い う 。 置 換 の 誤 り に は 次 ぎ の 特 徴 が あ る 。 1 ) 語 中 の 一 つ の 音 素 が 置 換 さ れ る 誤 り が 多 い 。 2 ) 構 音 点 の 誤 り が 最 も 多 く 、 次 い で 有 声 性 、 構 音 法 の 順 と な る ( 図 6 - 3 ) 。 3 ) 弁 別 素 性 差 の 小 さ い 音 素 へ の 置 換 、 す な わ ち 本 来 表 出 す べ き 音 と 似 た 音 が 表 出 さ れ る 誤 り が 多 い ( 図 6 - 4 ) 。

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置換

脱落

添加

転置

歪み

図 6 - 2 失 語 に お け る 音 韻 学 的 表 出 障 害 の 種 類 と 頻 度 ( % ) 0 5 10 15 20 25 30 有声性 構音法 構音点 図 6 - 3 弁 別 素 性 と 音 韻 学 的 表 出 障 害 の 誤 り ( % ) と の 関 連 6-6

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0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 弁別素性差 1 弁別素性差 2 弁別素性差 3 図 6 - 4 弁 別 素 性 差 数 の 違 い に よ る 置 換 の 頻 度 ( % ) 音 声 学 的 障 害 と 音 韻 学 的 障 害 の 最 大 の 違 い は 誤 り の 一 貫 性 に あ る 。 音 声 学 的 障 害 を 示 す 患 者 で は 、 誤 る 音 素 は 常 に 誤 る 。 音 韻 学 的 障 害 を 示 す 患 者 で は 同 じ 音 素 を 誤 る 場 合 も ある し 、 正 し く 構 音 す る 場 合 も あ る 。 こ の 事 実 は 、 音 韻 学 的 障 害 は 構 音 運 動 表 象 を 失 っ て いる の で は な く 、 そ れ に 正 し く ア ク セ ス す る こ と が 出 来 な い た め に 生 じ て お り 、 音 声 学 的 障害 は 構 音 運 動 表 象 が 失 わ れ た た め に 生 じ て い る こ と を 示 唆 す る 。 2 . 2 音 声 認 識 の 障 害 2 . 2 . 1 ま え が き 物 理 的 に ヒ ト の 音 声 は 次 の 特 徴 を 有 す る 。 母 音 は そ れ ぞ れ に 特 徴 的 な 口 腔 形 状 で 構 音 さ れ る た め 、単 独 で 発 話 さ れ る 場 合 に は 固 有 の 基 本 周 波 数 、長 さ お よ び 強 さ を 持 つ 。従 っ て 、 母 音 認 識 に お い て は 特 定 周 波 数 帯 域 の 時 間 的 変 化 、 す な わ ち フ ォ ル マ ン ト が 重 要 な 役 割 を は た す 。 図 6 - 5 a ) で 、 黒 い 帯 状 の 部 分 が フ ォ ル マ ン ト で あ る 。 周 波 数 の 低 い 順 に 第 一 フ ォ ル マ ン ト 、 第 二 フ ォ ル マ ン ト 、 ・ ・ ・ 、 と い う 。 日 本 語 に は 第 四 フ ォ ル マ ン ト 以 上 ま で 存 在 す る が 、 母 音 の 弁 別 に は 第 三 フ ォ ル マ ン ト ま で で 十 分 で あ る 。 フ ォ ル マ ン ト の 周 波 数 は 個 人 差 も あ り 、 母 音 相 互 間 に 重 な り も 存 在 す る た め 、 母 音 認 識 で は 個 々 の フ ォ ル マ ン ト 周 波 数 の 認 識 で は な く 、 そ れ ら の フ ォ ル マ ン ト 周 波 数 の 組 み 合 わ せ を 認 識 す る こ と が 必 要 で あ る 。 6-7

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a ) ス ペ ク ト ロ グ ラ ム

b ) ス ペ ク ト ロ グ ラ ム の 模 式 図

図 6 - 5 ヒ ト 音 声 の ス ペ ク ト ロ グ ラ ム

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子 音 は 単 独 で 発 話 さ れ る こ と は な く 、 母 音 と 共 に 発 話 さ れ る 。 従 っ て 、 ど の 母 音 と 組 み 合 わ さ れ て 発 話 さ れ る か 、 語 頭 、 語 中 、 語 尾 の い ず れ の 位 置 で 発 話 さ れ る か に よ っ て 、 そ の 物 理 的 特 性 は 変 化 す る 。 子 音 は 、 ス ペ ク ト ロ グ ラ ム で 、 定 常 部 、 破 裂 部 、 お よ び 変 移 部 分 よ っ て 特 徴 づ け ら れ る ( 図 6 - 2 b ) 。 定 常 部 は 全 周 波 数 帯 域 に わ た り 音 響 エ ネ ル ギ ー の 分 布 が み ら れ な い 「 空 白 」 部 分 で あ り 、 こ の 部 分 は 、 構 音 的 に は 、 実 効 的 に 空 気 の 流 れ が 閉 鎖 さ れ て い る こ と を 示 す 。 破 裂 部 は 文 字 通 り 声 道 の 急 激 な 解 放 に よ る 気 流 の 流 出 を 意 味 し 、 ス ペ ク ト ロ グ ラ ム 上 で は 特 定 の 周 波 数 帯 域 に 音 響 エ ネ ル ギ ー が 集 中 的 に 分 布 し て い る 。 変 移 部 分 は 、 母 音 が 隣 接 す る 場 合 に は 、 母 音 の フ ォ ル マ ン ト に 各 子 音 の 特 徴 的 な 影 響 が 表 れ る 箇 所 で あ り 、 子 音 構 音 に お け る 発 話 器 官 の 形 状 変 化 の 反 映 で あ る 。 ヒ ト に お け る 音 韻 認 識 に は 次 ぎ の 過 程 が 関 与 し て い る 。 1 ) 音 響 学 レ ベ ル で の 刺 激 の 物 理 的 特 性 の 弁 別 2 ) 音 声 学 レ ベ ル で の 刺 激 の 音 声 と し て の 物 理 的 構 造 の 弁 別 3 ) 音 韻 学 レ ベ ル で の 刺 激 の 弁 別 4 ) 音 韻 学 レ ベ ル で の 刺 激 の 同 定 第 一 の 過 程 は 刺 激 の 強 度 、 周 波 数 、 な ど の 特 性 の 知 覚 で あ る 。 第 二 は 上 述 し た VOT や ス ペ ク ト グ ラ ム 構 造 の 知 覚 で あ る 。 第 三 は 有 声 性 、 構 音 点 、 構 音 法 の 知 覚 で あ る 。 第 四は 音 声 刺 激 が 「 日 本 語 の ど の 音 で あ る か 」 を 同 定 / 認 識 す る 過 程 で あ る 。 第 一 お よ び 第 二の レ ベ ル 、す な わ ち 音 声 の 物 理 的 特 性 の 知 覚 障 害 を 音 声 学 的 障 害 、第 三 お よ び 第 四 の レ ベ ル 、 す な わ ち 音 声 の 音 韻 学 的 特 性 の 認 識 障 害 を 音 韻 学 的 障 害 と い う 。 2 . 2 . 2 音 声 学 的 障 害 失 語 は そ の 定 義 に よ り 粗 大 な 聴 覚 障 害 が 存 在 し な い こ と 、 少 な く て も 、 失 語 症 状 を 説明 し う る よ う な 聴 覚 障 害 は 存 在 し な い こ と が 診 断 の 前 提 と な る 。 す な わ ち 上 記 の 第 一 の 過程 に は 障 害 は な い ( あ れ ば 失 語 と は 診 断 さ れ な い ) 。 一 方 、 第 二 の 過 程 に は 障 害 が 認 め られ る 。 音 声 は 基 本 的 に 音 刺 激 で あ る 。 音 刺 激 の 物 理 的 特 性 の 知 覚 に 障 害 が あ れ ば 結 果 と して 音 韻 の 認 識 も 障 害 さ れ る 。 上 述 の ご と く 、 音 声 刺 激 に お い て は 時 間 的 要 因 が 重 要 な 役 割を 果 た す 。 例 え ば [d]と[t]の弁別は VOT を手がかりとしてなされ、構音点の弁別には 破 裂 部 分 の 有 無 お よ び そ れ に 続 く 変 移 部 分 の 持 続 時 間 が 重 要 な 手 が か り と な る 。 失 語 では こ れ ら の 時 間 的 要 因 の 知 覚 が 障 害 さ れ て い る 。 特 に 自 然 音 声 よ り 合 成 音 声 の 知 覚 で 障 害が 6-9

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著 し い 。 た だ し こ の よ う な 時 間 的 要 因 の 知 覚 障 害 の 程 度 と 音 韻 認 識 の 障 害 の 程 度 と は 必ず し も 対 応 し な い 。 重 度 の 時 間 的 要 因 知 覚 障 害 が あ っ て も 音 韻 認 識 障 害 は 比 較 的 軽 度 で ある 患 者 が 報 告 さ れ て い る 。 失 語 で は 上 記 時 間 的 要 因 の 知 覚 が 障 害 さ れ る の に 対 し て 、 同 じ く 刺 激 の 物 理 的 特 性 に 依 存 す る ア ク セ ン ト や イ ン ト ネ ー シ ョ ン の 知 覚 は 障 害 さ れ な い こ と が 多 い 。 従 っ て 、 非 常に 重 度 の 失 語 で も ア ク セ ン ト や イ ン ト ネ ー シ ョ ン に 依 存 す る 文 章 の 認 識 は 保 た れ て い る 。英 語 で は 、主 語 と 述 語 を 入 れ 替 え「 は い 、い い え 」で 回 答 す る 疑 問 文 で は 語 尾 を 上 げ 、「what」 や 「where」で始まる疑問文では語尾を下げる。失語患者の多くは疑問文の内容が認識出 来 な く て も 、 ど ち ら の 形 の 疑 問 文 か は 認 識 出 来 る 。 2 . 2 . 3 音 韻 学 的 障 害 上 記 音 韻 認 識 の 4 過 程 中 、 第 三 、 第 四 の 過 程 に は 失 語 で 明 ら か な 障 害 が 認 め ら れ る 。音 韻 の 弁 別 、 同 定 い ず れ の 過 程 に お い て も 障 害 が 認 め ら れ る が 、 多 く の 症 例 で は 弁 別 よ り同 定 に お い て 重 度 の 障 害 が 認 め ら れ る 。[ d]と[ t]の 弁別が 可 能 であっ て も 、どち ら が[ d] で ど ち ら が[ t]で あ るか 同 定 出来な い 失 語患者 が い る。す な わ ち、音 素 の 弁別と 同 定 と は 異 な る 過 程 で あ る 。 有 意 味 語 、 無 意 味 語 い ず れ に お い て も 障 害 が 認 め ら れ る が 、 一 般 には 後 者 で よ り 障 害 が 重 度 で あ る 。 音 韻 認 識 の 誤 り の 性 質 は 音 韻 表 出 の 誤 り の 性 質 に 類 似 す る 。 す な わ ち 、 ① 母 音 よ り 子音 で 誤 り が 多 い 、 ② 弁 別 素 性 差 が 小 さ い す な わ ち 音 韻 学 的 に 類 似 し た 音 素 と 混 同 す る 誤 りが 多 い 、 ③ 構 音 法 に 比 し て 構 音 点 お よ び 有 声 性 の 認 識 で 誤 り が 生 じ や す い 、 ④ 誤 り は 語 の中 間 の 音 素 お よ び 最 後 の 音 素 で 生 じ や す い 、 な ど の 特 徴 が 認 め ら れ る 。 特 定 の 弁 別 素 性 で特 に 重 度 の 障 害 を 示 す 症 例 が 存 在 す る 。 カ プ ラ ン と ウ ト マ ン は 有 声 性 の 認 識 障 害 が 重 度 で、 他 の 弁 別 素 性 の 認 識 は 保 た れ て い た 症 例 を 報 告 し て い る 。 全 般 的 な 言 語 認 識 の 障 害 の 程 度 と 音 韻 認 識 障 害 の 程 度 と の 相 関 は 低 い 。 言 語 認 識 障 害が 重 度 で あ っ て も 音 韻 認 識 障 害 が 軽 度 で あ る 症 例 も お り 、 逆 に 言 語 認 識 障 害 が 軽 度 で あ って も 音 韻 認 識 障 害 が 重 度 で あ る 症 例 も あ る 。 ま た 、 音 声 表 出 障 害 の 程 度 と 音 韻 認 識 障 害 の程 度 の 相 関 も 乏 し い 。 こ れ ら の 事 実 は 音 声 表 出 過 程 と 音 韻 認 識 過 程 は 相 互 に あ る 程 度 独 立で あ る こ と を 示 唆 し て い る 。 6-10

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2 . 3 語 ・ 語 彙 の 表 出 な ら び に 認 識 の 障 害 2 . 3 . 1 ま え が き 語 ・ 語 彙 の 処 理 過 程 に つ い て は 様 々 の 認 知 心 理 学 的 モ デ ル が 提 出 さ れ て い る 。 い ず れの モ デ ル に も 共 通 す る の は 以 下 の 諸 点 で あ る ( 図 6 - 6 参 照 ) 。 ま ず 入 力 系 と 出 力 系 が 区別 さ れ る 。 入 力 系 は 語 の 認 識 に 関 係 し 、 出 力 系 は 語 の 表 出 に 関 係 す る 。 次 に 入 力 系 、 出 力系 と も 処 理 す る 情 報 の 種 類( 様 相 )に よ り 、① 聴 覚 か ら の 音 韻 情 報 、② 視 覚 か ら の 文 字 情 報 、 ③ 視 覚 か ら の 画 像 情 報 、 が 区 別 さ れ る 。 す な わ ち 文 字 の 処 理 系 は 音 声 の 処 理 系 と は 独 立し て い る 。 特 定 様 相 の 入 力 レ キ シ コ ン は 対 応 す る 様 相 の 出 力 レ キ シ コ ン か ら 区 別 さ れ る 。こ れ ら の 様 相 特 異 的 な 入 力 レ キ シ コ ン お よ び 出 力 レ キ シ コ ン は 語 の 意 味 情 報 が 格 納 さ れ てい る 概 念 意 味 シ ス テ ム に 結 合 し て い る 。 ソ シ ュ ー ル は そ の 記 号 論 に お い て 「 所 記 」 と 「 能 記 」 を 区 別 し た 。 所 記 は 「 海 の 意 味 、 海 の 概 念 、 海 の イ メ ー ジ 」 な ど 記 号 に よ っ て 表 現 さ れ る 対 象 で あ る 。 能 記 は 「 海 と い う言 葉 、 海 と い う 文 字 」 す な わ ち 所 記 を 表 現 す る 記 号 で あ る 。 各 レ キ シ コ ン に は 語 の 表 出 や認 識 の た め に 必 要 な 情 報 す な わ ち 能 記 が 格 納 さ れ て い る 。 文 字 入 力 レ キ シ コ ン に は 読 字 に際 し て 活 性 化 さ れ る 文 字 表 象 が 存 在 し 、 音 韻 入 力 レ キ シ コ ン に は 発 話 の 聴 取 に 際 し て 活 性化 さ れ る 語 の 音 韻 表 象 が 存 在 す る 。 文 字 入 力 レ キ シ コ ン に は 海 は 仮 名 で は ど う 書 か れ る か、 漢 字 で は 海 は ど の よ う な 文 字 で あ る か 、 に 関 す る 情 報 が 存 在 す る 。 従 っ て 、 文 字 入 力 レキ シ コ ン は 既 知 の 漢 字 で あ れ ば 認 識 出 来 る が 、 未 知 の 漢 字 は 認 識 出 来 な い 。 出 力 レ キ シ コン に も 同 様 の 表 象 が 存 在 し 、 書 字 や 発 話 に 際 し て 活 性 化 さ れ る 。 文 字 バ ッ フ ァ は 与 え ら れた 視 覚 情 報 と 文 字 入 力 レ キ シ コ ン を つ な ぐ イ ン タ ー フ ェ ー ス の 役 割 を 果 た し て い る 。 文 字バ ッ フ ァ の 情 報 が 文 字 入 力 レ キ シ コ ン に 格 納 さ れ て い る 情 報 と 照 合 さ れ る こ と に よ り 文 字の 認 識 が 成 立 す る 。 照 合 に 多 少 の 時 間 が 必 要 な 場 合 、 情 報 は そ の 間 保 持 さ れ な け れ ば な らな い 。 文 字 バ ッ フ ァ は 情 報 を 一 時 的 に 保 持 す る 短 期 記 憶3の 役 割 も 担 っ て い る 。 こ の よ う に 各 バ ッ フ ァ は 、 ① 末 梢 の 知 覚 系 や 運 動 系 と レ キ シ コ ン の イ ン タ ー フ ェ ー ス 、 ② 短 期 記 憶、 の 二 つ の 役 割 を 有 す る 。 概 念 意 味 シ ス テ ム は 語 の 意 味 情 報 、 す な わ ち 所 記 の 格 納 場 所 で あ る 。 「 四 つ 足 で 鼻 の長 い 動 物 」 す な わ ち 「 ゾ ウ 」 の 概 念 は こ こ に 蓄 え ら れ て い る 。 認 識 の 場 合 に は 、 入 力 レ キシ コ ン が 音 韻 や 文 字 を 同 定 し 、 対 応 す る 概 念 を 活 性 化 す る 。 出 力 の 場 合 に は 、 概 念 が 出 力レ 3 第 1 1 章 参 照 。 6-11

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キ シ コ ン に あ る 音 韻 表 象 / ゾ ウ / や 文 字 表 象 「 象 」 を 活 性 化 す る こ と に よ っ て 書 字 や 発話 が な さ れ る 。 図 6 - 6 語 ・ 語 彙 処 理 の 認 知 心 理 学 モ デ ル 2 . 3 . 2 語 ・ 語 彙 表 出 の 障 害 語 表 出 の 障 害 は 、 ① 自 発 発 話 に お け る 語 の 想 起 の 障 害 、 ② 課 題 条 件 で の 語 の 想 起 障 害 ~ 呼 称 課 題 の 障 害 、特 定 カ テ ゴ リ ー に 属 す る 語 の 想 起 障 害 、特 定 語 頭 音 の 語 の 想 起 障 害 な ど 、 の 形 で 出 現 す る 。 一 般 的 に 課 題 条 件 よ り 自 発 発 話 で 障 害 は 軽 度 で あ る 。 し か し 、 自 発 発話 で は 、 患 者 は 想 起 困 難 な 語 の 使 用 を 避 け る 場 合 が あ る の で 、 ど の 程 度 の 語 想 起 障 害 が ある か 正 確 に 評 価 す る こ と は 難 し い 。 自 発 発 話 で の 想 起 あ る い は 課 題 条 件 で の 想 起 の い ず れか が 特 に 障 害 さ れ て い る 症 例 が 存 在 す る こ と が 報 告 さ れ て い る 。 語 の 想 起 障 害 が あ る と 話さ れ る 文 章 中 の 語 数 が 減 少 す る こ と が あ る 。 こ れ を 「 ロ ゴ ペ ニ ア 」 と い う 。 語 表 出 の 誤 り に は 二 つ の 種 類 が あ る 。 全 く 語 が 想 起 し 得 な い 誤 り を 「 語 健 忘 」 も し く は 「 失 名 辞 」と い う 。目 的 語 と は 異 な る 語 を 用 い る 誤 り を「 語 性 錯 語 」と い う 。語 性 錯 語 は 、 6-12

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1 ) 目 的 語 と 音 韻 的 に 関 連 を 有 す る 語 と な る 音 韻 性 語 性 錯 語 2 ) 目 的 語 と 意 味 論 的 に 関 連 を 有 す る 語 と な る 意 味 性 語 性 錯 語 3 ) 所 定 の 言 語 体 系 に は 存 在 し な い 語 と な る 造 語 新 作 な ど の 種 類 が あ る 。 語 性 錯 語 が 頻 発 す る と 患 者 の 発 話 は 全 く 了 解 不 能 と な る 。 こ れ を 「意 味 性 ジ ャ ル ゴ ン 」 と い う 。 一 般 に 語 性 錯 語 の 中 で は 意 味 性 語 性 錯 語 が 最 も 多 い 。 コ ル セ ア ー ト ら に よ れ ば 意 味 性語 性 錯 語 に は 二 つ の 種 類 が あ る 。 一 つ は 目 的 語 と 種 々 の 特 性 を 共 有 す る 語 が 表 出 さ れ る 誤り で あ る 。 目 的 語 と 同 じ 品 詞 に 属 し 、 目 的 語 の 上 位 概 念 ( 「 ネ コ 」 に 対 し て 「 動 物 」 ) ある い は 下 位 概 念 ( 「 ネ コ 」 に 対 し て 「 ミ ケ ネ コ 」 ) が 表 出 さ れ る 。 上 位 概 念 が 表 出 さ れ るこ と が 多 い 。 第 二 の 誤 り は 目 的 語 と 意 味 的 関 連 を 有 す る 語 の 表 出 ( 「 自 動 車 」 に 対 し て 「運 転 す る 」 ) で あ る 。 こ れ ら の 誤 り は 失 語 で は 概 念 間 の 境 界 が 不 明 確 に な っ て い る こ と を意 味 す る 。 意 味 性 語 性 錯 語 の 特 徴 は 健 常 者 の 言 い 間 違 い の そ れ に 類 似 し て い る 。 従 っ て 両 者 は 同 じ 機 序 に よ っ て 出 現 す る と 考 え ら れ る 。 両 者 と も 概 念 意 味 シ ス テ ム も し く は 出 力 レ キ シ コン の レ ベ ル に そ の 起 源 が あ る と 考 え ら れ て い る 。 語 表 出 障 害 は 書 字 言 語 で も 出 現 す る 。 書 字 の 誤 り を 「 錯 書 」 と い う 。 口 頭 言 語 に お け る 語 表 出 障 害 と 書 字 に お け る 語 表 出 障 害 の 障 害 程 度 は 平 行 す る 場 合 が 多 い が 、 両 者 間 に 解離 が 認 め ら れ る 症 例 も 報 告 さ れ て い る 。 語 表 出 障 害 に は 種 々 の 要 因 が 影 響 を 及 ぼ す 。 以 下 の 事 実 が 明 か に さ れ て い る 。 1 ) 障 害 は 低 頻 度 語 に 比 し て 高 頻 度 語 で 軽 度 で あ る 。 馴 染 み の 少 な い 語 に 比 し て 馴 染み の あ る 語 で 障 害 が 軽 度 で あ る 。 高 頻 度 語 や 馴 染 み の あ る 語 は 出 力 レ キ シ コ ン の 活 性 化 が低 い 場 合 で も 選 択 可 能 で あ る た め と 考 え ら れ て い る 。 2 ) 意 味 カ テ ゴ リ ー に よ っ て 障 害 の 程 度 に 差 を 示 す 症 例 が い る 。 よ く 知 ら れ て い る のは 生 物 と 無 生 物 ( 機 械 、 家 具 、 な ど ) 間 に 生 じ る 障 害 程 度 の 違 い で あ る 。 生 物 で 障 害 が 重度 で あ る 症 例 が 多 い が 、 逆 に 無 生 物 で 重 度 の 障 害 を 示 す 症 例 も 報 告 さ れ て い る 。 他 に も 特定 の カ テ ゴ リ ー で の み 障 害 を 示 す 症 例 、 特 定 カ テ ゴ リ ー で の み 障 害 を 示 さ な い 症 例 が 報 告さ れ て い る 。 3 )一 般 に 具 体 語 の 呼 称 は 抽 象 語 よ り 障 害 が 軽 度 で あ る 。そ の 機 序 に つ い て は 次 の 仮 説 が 提 出 さ れ て い る 。具 体 語 は 抽 象 語 に 比 べ て 関 連 す る 語 の 数 が 少 な い 。例 え ば「 バ ス 」は「 列 6-13

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車 」「 地 下 鉄 」「 ト ラ ッ ク 」な ど 限 ら れ た 語 と 関 連 を 有 す る 。「 平 和 」は「 戦 争 」「 軍 隊 」 「 国 連 」 「 政 治 」 な ど 様 々 な カ テ ゴ リ ー の 語 と 関 連 を 有 す る 。 多 数 の 相 互 に 関 連 す る 語か ら 偶 然 バ ス を 選 択 す る 確 率 は 平 和 を 選 択 す る 確 率 よ り 高 い 。 従 っ て 具 体 語 の 障 害 は よ り軽 度 と な る 。 4 ) 品 詞 間 で 語 表 出 障 害 の 程 度 に 差 が 認 め ら れ る 場 合 が あ る 。 前 頭 葉 損 傷 に 伴 う 失 語で は 名 詞 の 障 害 が 最 も 軽 く 、 次 い で 動 詞 、 形 容 詞 の 順 と な り 、 接 続 詞 や 前 置 詞 な ど の 機 能語 の 障 害 が 最 も 重 度 と な る 。 側 頭 葉 損 傷 に 伴 う 失 語 で は 、 逆 に 動 詞 に 比 べ 名 詞 の 表 出 障 害が 重 度 で あ る 症 例 が 多 い 。 5 ) 様 相 特 異 的 な 呼 称 障 害 が 知 ら れ て い る 。 視 覚 の 場 合 は 「 視 覚 失 語 」 、 体 性 感 覚 の場 合 は 「 触 覚 失 語 」 と い う 。 こ れ ら に つ い て は 第 9 章 で 検 討 す る 。 2 . 3 . 3 語 ・ 語 彙 認 識 の 障 害 失 語 に お け る 語 ・ 語 彙 認 識 の 障 害 は 検 者 が 呼 称 し た 事 物 を 複 数 の 対 象 の 中 か ら 選 択 す る 課 題 を 用 い て 検 査 さ れ る 。 次 の 特 徴 が あ る 。 1 ) 高 頻 度 語 よ り 低 頻 度 語 が 障 害 さ れ や す い 。 失 語 に お け る 語 頻 度 と 認 識 障 害 と の 逆相 関 関 係 は 健 常 者 に お け る 語 頻 度 と 認 識 難 易 度 と の 逆 相 関 関 係 に 一 致 す る 。 2 ) カ テ ゴ リ ー 特 異 的 な 語 認 識 障 害 は 報 告 さ れ て い な い 。 カ テ ゴ リ ー 特 異 的 な 語 表 出障 害 を 示 す 患 者 で も 認 識 面 で は カ テ ゴ リ ー 特 異 性 は 示 さ な い 。 3 ) 具 体 語 と 抽 象 語 で は 、 前 者 で 障 害 が 軽 度 で あ る 症 例 が 多 い が 、 逆 に 具 体 語 で 重 度の 障 害 を 示 す 症 例 が 報 告 さ れ て い る 。 抽 象 語 の 表 出 は 障 害 さ れ て い る が 認 識 は 障 害 さ れ てい な い 症 例 も 報 告 さ れ て い る 。 こ の よ う な 症 例 の 存 在 は 意 味 概 念 シ ス テ ム が 保 た れ 、 入 力レ キ シ コ ン に 障 害 の あ る こ と を 意 味 す る 。 2 . 4 文 章 表 出 の 障 害 2 . 4 . 1 非 流 暢 失 語 失 語 を 観 察 し て ま ず 気 が 付 く こ と は 、 非 常 に 寡 黙 に な る タ イ プ と 逆 に 非 常 に よ く 話 す タ イ プ が あ る こ と で あ る 。 前 者 を 「 非 流 暢 失 語 」 、 後 者 を 「 流 暢 失 語 」 と い う 。 非 流 暢 失 語 の 患 者 が 話 す 文 章 の 特 徴 は 以 下 の ご と く で あ る 。 1 ) 発 話 は し ば し ば 中 断 さ れ 断 片 的 で あ る 。 6-14

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2 ) 文 章 は し ば し ば 2 、 3 語 か ら の み 構 成 さ れ る 。 単 位 時 間 あ た り の 発 話 量 は 大 き く 減 少 す る 。 用 い ら れ る 語 の 種 類 も 減 少 し 、 極 端 な 場 合 に は た っ た 1 語 し か 発 話 し な く な る 。 3 ) イ ン ト ネ ー シ ョ ン や ア ク セ ン ト に 乏 し く 、 単 調 で あ る 。 機 械 が 話 し て い る よ う な 印 象 を 与 え る 。 こ れ を 「 プ ロ ソ デ ィ 障 害 」 と い う 。 4 ) 内 容 語 ( 名 詞 、 動 詞 ) は 正 し く 使 用 さ れ る が 機 能 語 ( 助 詞 、 前 置 詞 、 助 動 詞 ) の 使 用 に 障 害 が 認 め ら れ る 。 動 詞 の 活 用 や 前 置 詞 の 使 用 を 誤 る 。 5 ) し ば し ば 機 能 語 が 省 略 さ れ 、 文 章 構 造 が 単 純 化 さ れ る 。 こ れ を 「 失 文 法 」 と い う 。 以 下 は 「 風 で 帽 子 を 飛 ば さ れ 、 そ れ を 拾 お う と し て い る 男 」 を 描 い た 絵 を 説 明 す る 失 文法 患 者 の 発 話 で あ る 。 「 杖 男 / 風 帽 子 / 杖 拾 っ て 」 こ の よ う な 文 章 は 電 報 の 文 章 に 類 似 す る の で 「 電 文 体 」 と 呼 ば れ る 。 失 文 法 の 症 状 と し て 、 ク ラ イ ス ト は 文 の 単 純 化 、 粗 略 化 を 指 摘 し た 。 単 純 化 の 理 由 とし て 、 ① 語 順 の 障 害 、 ② 特 殊 な 文 法 語 の 障 害 、 ③ 語 の 複 合 、 変 化 、 派 生 の 障 害 を あ げ た 。チ ソ ら は 、① 機 能 語 の 欠 如 、② 特 定 の 語 の 多 用 、③ 動 詞 の 不 定 形 で の 使 用 、④ 文 法 的 一 致( 主 語 に 合 わ せ て 動 詞 の 語 尾 を 変 化 さ せ る ) の 障 害 、 ⑤ 文 法 マ ー カ ー ( 所 有 の ’ な ど ) の 省略 → 結 果 と し て の 電 文 体 、 を あ げ た 。 カ ラ マ ザ ら は 、 ① 文 法 マ ー カ ー の 省 略 、 ② 語 順 障 害、 ③ 文 法 認 識 の 障 害 、 ④ メ タ 言 語 判 断 の 障 害 、 を あ げ た 。 榎 戸 に よ れ ば 、 カ ラ マ ザ の 指 摘す る 障 害 は 日 本 語 で は 次 の 形 を と る 。 1 ) 文 法 マ ー カ ー の 省 略 ~ 助 詞 の 使 用 障 害 、 動 詞 活 用 の 貧 困 化 。 2 ) 語 順 障 害 ~ 語 順 整 理 の 困 難 、 最 高 2 文 節 ま で の 文 構 成 、 構 文 変 換 の 困 難 。 3 ) 文 法 認 識 の 障 害 ~ 助 詞 の 認 識 障 害 、 能 動 態 と 受 動 態 の 弁 別 障 害 、 文 法 認 識 が 重 要 な 文 章 の 意 味 理 解 障 害 。 4 ) メ タ 言 語 判 断 の 障 害 ~ 助 詞 使 用 の 正 誤 判 断 の 障 害 、 文 法 的 誤 り の 判 断 障 害 。 失 文 法 は 自 発 発 話 、 復 唱 、 音 読 、 書 字 な ど 、 課 題 に よ っ て 程 度 が 異 な る 。 自 発 発 話 の み に 失 文 法 が 認 め ら れ た 例 、 自 発 発 話 と 書 字 に 失 文 法 が 認 め ら れ た 例 、 自 発 発 話 、 書 字 、復 唱 に 失 文 法 が 認 め ら れ る が 書 字 は 正 常 で あ っ た 例 、 な ど が 報 告 さ れ て い る 。 失 文 法 の 機 序 に つ い て は 、 ① 文 法 処 理 固 有 の 障 害 説 、 ② 他 の 言 語 障 害 に よ る 二 次 的 障 害 説 が あ る 。 後 者 に は 、 ① 発 話 困 難 時 の 経 済 的 文 体 説 ( な る べ く 発 話 量 を 少 な く す る ) 、② 発 話 維 持 能 力 障 害 説 、③ 音 韻 処 理 障 害 説 、④ 名 詞 と 動 詞 の 使 用 能 力 の 解 離 説 、な ど が あ る 。 6-15

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2 . 4 . 2 流 暢 失 語 流 暢 失 語 が 話 す 文 章 の 特 徴 は 以 下 の ご と く で あ る 。 1 ) 文 章 あ た り の 語 数 、 単 位 時 間 あ た り の 語 数 は 健 常 者 と 同 じ か 、 多 い 場 合 も あ る 。 2 ) 音 韻 の 歪 み は な い が 、 音 素 選 択 の 誤 り ( 字 性 錯 語 ) が 認 め ら れ る 。 3 ) 語 の 誤 っ た 使 用 ( 語 性 錯 語 ) が 認 め ら れ る 。 特 に 機 能 語 に 比 し て 内 容 語 の 語 性 錯 語 が 多 数 認 め ら れ る 。 4 ) 語 健 忘 の 著 し い 患 者 で は 実 質 語 の 代 わ り に 「 あ れ 」 「 そ れ 」 な ど の 代 名 詞 を 多 用 す る 。 結 果 と し て 「 私 は そ こ で 何 し た の で 、 こ う な っ た ん で す 」 と い う よ う な 内 容 的 に 空虚 な 文 章 と な る 。 5 ) 文 法 構 造 は 保 た れ て い る が 、 機 能 語 の 使 用 に 誤 り が 認 め ら れ る 。 こ れ を 「 錯 文 法 」 と い う 。 以 下 は 「 風 で 帽 子 を 飛 ば さ れ 、 そ れ を 拾 お う と し て い る 男 」 を 描 い た 絵 を 説 明す る 錯 文 法 失 語 患 者 の 発 話 で あ る 。 「 男 の 人 が 杖 を 持 っ て い ま す / そ れ か ら 帽 子 に 風 に か け て い ま す / そ れ か ら 男 の 子 が 帽 子 に 風 の ほ う に 行 っ て い ま す / 帽 子 に 川 に 落 ち て 、 帽 子 か ら 取ろ う と し て い ま す 」 ク ラ イ ス ト は 錯 文 法 を 語 の 選 択 と 語 順 の 誤 り 、 お よ び 文 法 形 態 の 誤 り と し た 。 ク ラ イ ス ト は 失 文 法 と 錯 文 法 を 対 照 的 症 状 と 考 え た 。し か し そ の 後 の 研 究 は こ の 考 え を 支 持 し な い 。 グ ッ ド グ ラ ス ら は 失 文 法 患 者 と 錯 文 法 患 者 の 違 い は 前 者 で 文 章 が 短 い こ と だ け で あ る し た。 他 に も 失 文 法 患 者 と 錯 文 法 患 者 で 文 法 的 誤 り に 差 は な い と す る 報 告 が あ る 。 失 文 法 と 錯文 法 は 相 互 に 異 な る 症 状 で あ る の か 、 あ る い は 異 な る 機 序 に よ っ て 生 じ た 症 状 で あ る の か結 論 は 出 て い な い 。 2 . 5 文 章 認 識 の 障 害 2 . 5 . 1 ま え が き 文 章 は 語 か ら 構 成 さ れ る 。 文 章 を 認 識 す る た め に は 語 の 意 味 を 保 持 し 、 必 要 に 応 じ て再 生 す る 必 要 が あ る 。 次 に 文 法 構 造 の 理 解 が 必 要 と な る 。 語 は 特 定 の 意 味 を 有 し 、 同 時 に特 定 の 文 法 格 ( 主 語 、 述 語 な ど ) を 有 す る 。 文 章 を 認 識 す る た め に は 、 語 の 意 味 と 文 法 格を 同 時 に 認 識 す る こ と が 必 要 で あ る 。 文 章 認 識 の 過 程 に つ い て も 種 々 の 認 知 心 理 学 モ デ ルが 提 案 さ れ て い る 。 例 え ば 、 サ フ ラ ン は 図 6 - 7 の よ う な モ デ ル を 提 出 し て い る 。 ま ず 文章 6-16

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を 構 成 す る 各 語 の 意 味 が レ キ シ コ ン か ら 抽 出 さ れ る 。“man”は「ヒトのオス(human male)」、 “kiss”は「唇で触れる(touch with lip)」、“woman”は「ヒトのメス(human female)」 と い う「 語 の 意 味(WORD MEANING)」が認識される。動詞節の形態(is kissed)からこ の 文 章 は 受 動 態 で あ り 、 文 章 の 主 語 は 被 動 作 主 体 、 目 的 語 が 動 作 主 体 で あ る こ と が 認 識さ れ る 。 こ れ に よ っ て 聞 き 手 は 「 誰 が 誰 に 何 を し た の か 」 を 認 識 す る 。 こ の 文 で は 、 女 が動 作 主 体 に 、 男 が 被 動 作 主 体 に 指 定 さ れ る 。 指 定 の さ れ か た は 動 詞 に よ っ て 異 な る 。 受 動態 で は 文 章 の 主 語 は 被 動 作 主 体 で あ っ て 動 作 主 体 で は な い 。 文 法 構 造 に 基 づ く 文 章 認 識 は文 章 を 構 成 す る 語 を 相 互 に 関 連 づ け る 操 作 を 必 要 と す る 。 こ の 操 作 を 「 文 法 解 析 ( パ ー ジン グ ) 」 と い う 。 図 6 - 7 文 章 認 識 の 認 知 心 理 学 モ デ ル LEXICON:レキシコン、Det:限定詞、N:名詞、BE:be 動詞、pres:現在形、 Prep:前置詞、SYNTACTIC STRUCTURE:文法構造、SUBJECT:主語、 AGENT:動作主体、OBJECT:目的語、PATIENT:被動作主体、

THEMATIC ROLE:主題役割、WORD MEANING:語の意味

殆 ど 全 て の 失 語 で 多 か れ 少 な か れ 文 章 認 識 の 障 害 が 存 在 す る 。 当 然 な が ら 長 い 文 章 ほど

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障 害 は 重 度 と な る 。 上 述 の ご と く 、 文 章 の 認 識 は 複 雑 な 過 程 で あ り 、 文 章 認 識 障 害 の 機序 と し て は 様 々 な 要 因 が 考 え ら れ る 。 主 な 要 因 と し て は 以 下 の 三 つ が 指 摘 さ れ て い る 。 2 . 5 . 2 語 ・ 語 彙 の 認 識 障 害 に 起 因 す る 文 章 認 識 障 害 語 ・ 語 彙 の 認 識 障 害 が あ れ ば 当 然 文 章 認 識 も 障 害 さ れ る 。 失 語 に お け る 文 章 認 識 障 害の 多 く は こ の 語 ・ 語 彙 認 識 障 害 に 起 因 す る 。 語 ・ 語 彙 の 認 識 障 害 が 軽 度 の 患 者 で は 、 熟 知し た 語 や 出 現 頻 度 の 高 い 語 の 認 識 は 保 た れ て い る の で 、 簡 単 な 質 問 に 答 え る こ と 、 簡 単 な命 令 を 実 行 す る こ と は 可 能 で あ る 。 複 雑 な 文 章 の 場 合 、 そ の 意 味 は 認 識 出 来 な く て も 提 示さ れ た 文 章 が 平 叙 文 で あ る か 疑 問 文 で あ る か 、 能 動 態 で あ る か 受 動 態 で あ る か の 判 断 が 可能 で あ る 。 こ の こ と か ら 文 法 解 析 能 力 は 保 た れ て い る こ と が 確 認 出 来 る 。 ま た 、 ド イ ツ 語や フ ラ ン ス 語 の よ う に 名 詞 に 性 が あ る 言 語 の 場 合 、 語 に 冠 詞 を 付 け て 提 示 す る と 、 患 者 は語 の 意 味 は 認 識 出 来 な い が 男 性 名 詞 で あ る か 女 性 名 詞 で あ る か を 判 断 す る こ と が 可 能 な 場合 が あ る 。 し か し 、 語 ・ 語 彙 の 認 識 障 害 が 重 度 の 患 者 で は 、 単 純 な 構 造 の 文 章 認 識 も 障 害さ れ る 。 そ の た め 、 患 者 は 聾 あ る い は 認 知 症 と し て 扱 わ れ る 場 合 も あ る 。 文 法 解 析 は 語 ・語 彙 の 認 識 に 依 存 す る 部 分 が 少 な く な い の で 、 重 度 の 語 ・ 語 彙 認 識 障 害 を 示 す 患 者 で は 、文 法 解 析 能 力 が 保 た れ て い る か ど う か を 確 認 す る こ と は 困 難 で あ る 。 2 . 5 . 3 失 文 法 に 起 因 す る 文 章 認 識 障 害 既 に 述 べ た よ う に 、 失 文 法 患 者 は 文 章 認 識 で も 障 害 を 示 す 。 失 文 法 患 者 に お け る 文 章 認 識 の 特 徴 と し て 、 1 ) 文 章 の 主 語 と 意 味 上 の 主 語 が 異 な る 文 章 、 例 え ば 受 動 態 の 認 識 の 障 害 が あ る 。 患 者 は 文 章 中 の 語 の 配 列 と 主 題 役 割 を 混 同 す る 。 文 章 の 主 語 が 動 作 主 体 で あ り 、 目 的 語 が 被動 作 主 体 で あ る と 判 断 し て し ま う 。 2 ) 二 つ の 節 が 対 等 の 接 続 詞 で 結 合 し て い る 重 文 の 認 識 は 主 節 と 従 属 節 よ り 成 る 複 文 の 認 識 よ り 容 易 で あ る 。 3 ) 課 題 に よ っ て 障 害 の 認 め ら れ る 場 合 と 認 め ら れ な い 場 合 が あ る 。 文 章 と 情 景 画 を 照 合 す る 課 題 で 受 動 態 認 識 に 障 害 を 示 す 患 者 が 、 受 動 態 文 で be 動詞が欠落している文の誤 り を 正 し く 指 摘 出 来 る 場 合 も あ る 。 4 ) 文 中 で 代 名 詞 と そ の 指 示 語 が 近 い 位 置 に 存 在 す る 場 合 は 両 者 の 関 係 が 正 し く 認 識 さ 6-18

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れ る が 、 両 者 が 離 れ て 存 在 す る 場 合 は 困 難 に な る 。 5 ) 特 定 品 詞 に 特 異 的 な 認 識 障 害 が 存 在 す る 。 英 語 で は 前 置 詞 の 認 識 が 不 良 と な る 。 日 本 語 で は 「 て 、 に 、 を 、 は 」 な ど の 助 詞 の 認 識 が 障 害 さ れ る 。 結 果 と し て 主 語 と 述 語 の区 別 が 困 難 と な る 。 な ど が 指 摘 さ れ て い る 。 こ の よ う な 障 害 の 成 立 機 序 に つ い て は 諸 説 あ る 。 第 一 は 文 法 構 造 の 認 識 障 害 、 す な わ ち 文 法 解 析 の 障 害 説 で あ る 。 失 文 法 患 者 は 文 中 の 語 の 品 詞 と し て の 役 割 が 認 識 出 来 な い 。す な わ ち 「 中 枢 性 統 辞 障 害 」 が 存 在 す る と い う 考 え で あ る 。 一 方 、 失 文 法 患 者 の 文 章 認 識障 害 は 文 法 構 造 自 体 の 認 識 障 害 で は な い と す る 説 も 提 出 さ れ て い る 。 彼 ら は 個 々 の 語 の 意味 は 認 識 出 来 る が 文 章 全 体 の 意 味 が 把 握 出 来 な い の で あ る 。 上 記 3 ) の 事 実 は こ の 仮 説 を支 持 す る デ ー タ と さ れ る 。 2 . 5 . 4 言 語 短 期 記 憶 障 害 に 起 因 す る 文 章 認 識 障 害 失 語 に お け る 文 章 認 識 障 害 は 語 ・ 語 彙 の 認 識 障 害 や 文 法 解 析 の 障 害 で は な く 言 語 短 期記 憶 の 障 害 が そ の 原 因 で あ る と す る 仮 説 が あ る 。長 い 複 雑 な 文 章 の 全 体 を 認 識 す る た め に は 、 文 章 全 体 を 一 時 的 に 保 持 す る 必 要 が あ る 。 言 語 的 短 期 記 憶 に 障 害 が あ れ ば 結 果 的 に 文 章認 識 も 障 害 さ れ る と 考 え ら れ る 。 特 に 長 文 の 認 識 が 障 害 さ れ る こ と が 予 想 さ れ る 。 実 際 、言 語 短 期 記 憶 障 害 を 有 す る 伝 導 失 語 ( 本 章 第 3 節 参 照 ) で は 長 文 の 認 識 が 障 害 さ れ る こ とが 報 告 さ れ て い る 。シ ャ リ ス は 言 語 短 期 記 憶 障 害 に 伴 う 文 章 認 識 障 害 を 呈 し た 症 例 を 報 告 し 、 失 語 の 文 章 認 識 障 害 は 言 語 短 期 記 憶 障 害 に 起 因 す る と の 仮 説 を 提 唱 し た 。 一 方 、 重 度 の言 語 短 期 記 憶 障 害 が あ っ て も 文 章 認 識 が 良 好 で あ っ た 症 例 も 報 告 さ れ て お り 、 失 語 の 文 章認 識 障 害 が 言 語 短 期 記 憶 障 害 に よ っ て ど の 程 度 説 明 可 能 か は 不 明 で あ る 。 2 . 6 書 字 言 語 の 障 害 失 語 で は 口 頭 言 語 の み な ら ず 書 字 言 語 も 障 害 さ れ る こ と は 既 に 述 べ た 。 文 字 の 表 出 すな わ ち 書 字 の 障 害 を 「 失 書 」 、 文 字 の 認 識 す な わ ち 読 字 の 障 害 を 「 失 読 」 と い う 。 失 書 、失 読 に は 失 語 を 伴 う も の と 伴 わ な い も の が あ る 。 失 語 に 伴 う 失 書 、 失 読 を そ れ ぞ れ 失 語 性失 書 、 失 語 性 失 読 と い う 。 書 字 言 語 障 害 に つ い て は 次 の 第 7 章 で 詳 細 に 検 討 す る 。 こ こ では 失 語 性 失 書 、 失 語 性 失 読 に つ い て 簡 単 に 触 れ る 。 6-19

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2 . 6 . 1 失 語 性 失 書 失 語 性 失 書 で は 自 発 書 字 、 書 取 、 写 字 、 い ず れ も が 障 害 さ れ る 。 通 例 、 自 発 書 字 の 障害 が 最 も 重 度 で あ り 、 写 字 が 最 も 軽 い 。 ま た 文 字 よ り 語 、 語 よ り 文 章 で 障 害 は 重 度 と な る。 障 害 の 種 類 に は 、① 文 字 の 形 態 が 想 起 出 来 な い 、② 目 的 の 文 字 と 異 な る 文 字 を 書 く( 錯 書 )、 ③ 文 字 の 左 右 が 逆 転 す る ( 鏡 像 書 字 ) 、 ④ 日 本 語 に 本 来 存 在 し な い 文 字 を 書 く 、 ⑤ 口 頭言 語 の 失 文 法 に 対 応 す る 文 法 上 の 誤 り 、 な ど が あ る 。 こ の う ち 錯 書 に は 、 ① 形 態 性 錯 書 (人 → 入 ) 、 ② 意 味 性 錯 書 ( 手 袋 → 靴 下 ) 、 ③ 音 韻 性 錯 書 ( て ぶ く ろ → た ぶ く ろ ) 、 が あ る。 音 韻 性 錯 書 は 仮 名 で 多 く 認 め ら れ る 。 一 般 に 口 頭 言 語 の 障 害 程 度 と 書 字 の 障 害 程 度 は ほ ぼ 平 行 す る が 、 両 者 に 著 し い 解 離 が 認 め ら れ る 症 例 が あ る 。 日 本 語 で は 仮 名 と 漢 字 で 障 害 程 度 に 差 が 認 め ら れ る 症 例 が あ る 。こ れ に つ い て は 第 7 章 で 詳 し く 検 討 す る 。 2 . 6 . 2 失 語 性 失 読 失 語 性 失 読 の 症 状 に は 音 読 の 障 害 と 認 識 ( 読 解 ) の 障 害 が あ る 。 多 く の 症 例 で は 両 者が 同 程 度 に 障 害 さ れ る が 、例 外 も あ る 。音 読 に 比 し て 読 解 が 著 し く 障 害 さ れ る 症 例 、 逆 に 読 解 に 比 べ て 音 読 の 障 害 が 重 度 で あ る 症 例 が 存 在 す る 。 例 え ば 、 構 音 障 害 の た め に 音 読 が著 し く 障 害 さ れ て い る に も 拘 ら ず 読 解 が 比 較 的 保 た れ て い る 症 例 が あ る 。書 字 と 同 じ よ う に 、 文 字 よ り 語 、 語 よ り 文 章 の 障 害 が 重 度 で あ る 。 す な わ ち 、 語 の 読 解 は 文 法 構 造 の そ れ より 容 易 で あ る 。 品 詞 で は 名 詞 や 動 詞 の 読 解 は 容 易 で あ る が 代 名 詞 の 読 解 は 困 難 で あ る 。 文法 構 造 の 読 解 で は 、 能 動 態 の 読 解 よ り 受 動 態 の 読 解 が 困 難 で あ る 。 失 書 と 同 じ く 失 読 で も 仮 名 と 漢 字 で 障 害 程 度 に 差 が 認 め ら れ る 症 例 が あ る 。 第 7 章 で 詳 し く 検 討 す る 。 読 字 の 誤 り を 錯 読 と い う 。 錯 読 に は 、 ① 視 覚 性 錯 読 ( 白 → 百 ) 、 ② 音 韻 性 錯 読 ( た まご → た が も ) 、 ③ 意 味 性 錯 読 ( 電 車 → 新 幹 線 ) 、 な ど が あ る 。 視 覚 性 錯 読 は 漢 字 、 仮 名 とも に 認 め ら れ る が 、 意 味 性 錯 読 は 漢 字 で 多 く 認 め ら れ る 。 聴 覚 的 認 識 障 害 の 程 度 と 失 読 の 程 度 は ほ ぼ 平 行 関 係 に あ る が 、 ガ ー ド ナ ー ら に よ れ ば、 脳 の 前 方 領 域 の 病 変 に よ る 失 語 で は 聴 覚 的 認 識 の 成 績 が 読 字 よ り 良 好 で あ り 、 脳 の 後 方領 域 損 傷 の 失 語 で は こ の 関 係 が 逆 に な る 。 6-20

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3 . 失 語 の 類 型 3 . 1 は じ め に 第 1 章 で 述 べ た よ う に 、 失 語 を い く つ か の 類 型 に 分 類 し よ う と す る 試 み は ウ ェ ル ニ ッケ に 始 ま る 。 彼 は 図 1 - 2 の モ デ ル を 想 定 し 、 失 語 を 7 類 型 に 分 類 し た 。 こ れ が 失 語 の 古典 分 類 で あ る 。 そ の 後 、 多 く の 研 究 者 が 種 々 の 分 類 を 試 み た が 、 結 局 古 典 分 類 の み が 生 き残 り 、 現 在 も 用 い ら れ て い る 。 本 書 で も 基 本 的 に 古 典 論 に 基 づ い て 失 語 を 表 6 - 1 の ご とく 分 類 す る 。 表 6 - 1 失 語 類 型 の 臨 床 像 の 概 要 流 暢 性 口 頭 言 語 口 頭 言 語 復 唱 呼 称 書 字 読 字 表 出 認 識 ブ ロ ー カ 失 語 + + ± + + + + ウ ェ ル ニ ッ ケ 失 語 - + + + + + + 伝 導 失 語 - + - + - + + 健 忘 失 語 - + - - + ± - 超 皮 質 性 運 動 失 語 + + ± - + + + 超 皮 質 性 感 覚 失 語 - + + - + + + 超 皮 質 性 混 合 失 語 + + + - + + + 全 失 語 + + + + + + + 純 粋 語 唖 + + - + + - - 純 粋 語 聾 - - + + - - - 外 国 人 ア ク セ ン ト - + - + - - - 症 候 群 - 障 害 な し ± 障 害 軽 度 も し く は 症 例 に よ り 障 害 あ り + 障 害 あ り 6-21

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失 語 を 分 類 す る こ と に 関 し て し ば し ば 次 の 反 論 が あ る 。 「 多 く の 患 者 は 提 案 さ れ た 類 型 の い ず れ に も 該 当 し な い 。 あ る い は そ の う ち の い く つ か に 該 当 す る 。 こ の よ う な 失 語 の分 類 は 意 味 が な い 」 。 こ の 反 論 の 背 景 に は 「 類 型 」 の 概 念 、 さ ら に は 「 も の ご と を 分 類 する 行 為 」 に 対 す る 誤 解 ( は っ き り 言 え ば 認 識 不 足 ) が あ る 。 精 神 病 理 学 者 ヤ ス パ ー ス は 類型 の 概 念 に つ い て 大 変 明 快 な 議 論 を 展 開 し て い る 。 神 経 心 理 学 に お い て 、 更 に 言 え ば 学 問研 究 に お い て 「 分 類 」 は 大 変 重 要 な 研 究 手 続 き で あ る の で 、 少 し 長 く な る が ヤ ス パ ー ス の文 章 を 引 用 す る 。 「 我 々 は 認 識 可 能 な 対 象 を そ れ が 属 す る 類 の 中 で と ら え 、 理 念 の 対 象 な ら ば 類 型 で 囲む の で あ る 。 類 (Gattung)と類型(Typus)の区別を確立することは不可欠であって、問 題 を 明 ら か に す る も の で あ る 。 何 か 一 つ の 類 ( 例 え ば 進 行 麻 痺 ) に つ い て は 、 症 例 が 属す か 属 さ な い か で あ り 、 一 つ の 類 型 ( 例 え ば ヒ ス テ リ ー 性 性 格 ) に つ い て は 、 症 例 が よ り多 く 一 致 す る か 、 よ り 少 な く 一 致 す る か が 問 題 で あ る 。 類 と は 実 際 に 存 在 す る 限 定 可 能 な種 の 概 念 で あ り 、 類 型 と は 仮 構 の 産 物 で あ っ て 、 現 実 に あ る も の は 限 界 が 判 然 と し な い まま そ れ に 適 合 し 、 個 々 の 例 は そ れ で 計 ら れ は す る け れ ど も そ れ に 組 み 込 ま れ る こ と は な い。 そ れ 故 同 じ 一 つ の 例 を で き る だ け 知 り つ く す た め に は 、 多 く の 類 型 で 計 る こ と が 重 要 であ る 。 こ れ に 反 し て 、 類 に 下 属 さ れ る こ と は そ の 例 を 解 決 済 み と す る こ と は 当 然 な 事 柄 であ る 。 類 は そ こ に あ る か な い か で あ る が 、 類 型 は 個 々 の 場 合 を ( そ の 前 提 さ れ た 存 在 全 体の 中 で ) 認 識 す る に あ た っ て 効 果 的 で あ る か な い か と し て 示 さ れ る 。 類 に よ っ て 現 実 の 境界 が 認 識 さ れ る が 、 類 型 に よ っ て は 境 界 の 判 然 と せ ぬ も の に 構 造 が 与 え ら れ る こ と に な る 。 類 型 は ど の よ う に し て 生 じ る の か 。 構 成 可 能 に 関 連 す る 全 体 を 展 開 さ せ る よ う な 我 々 の 思 索 的 見 地 に よ っ て 生 じ る の で あ る 。 平 均 類 型 と 理 想 類 型 と を 区 別 出 来 る が 、 平 均 類 型の 方 は 一 群 の 人 々 に つ い て 測 定 可 能 な 特 徴 ( 身 長 、 体 重 、 記 銘 力 、 疲 労 性 な ど ) を 確 定 し、 そ の 平 均 値 を 計 算 す る こ と に よ っ て 生 じ 、 す べ て の 特 徴 を 整 理 す れ ば こ の 群 の 平 均 類 型が で き る 。 理 想 類 型 の 方 は 、 与 え ら れ た 前 提 か ら す べ て の 結 果 を 因 果 構 成 的 に あ る い は 心理 了 解 的 に 発 展 さ せ る こ と に よ っ て 、 す な わ ち 、 経 験 の 機 会 は な け れ ば な ら な い が 、 経 験を 経 ず に 全 体 を み る こ と に よ っ て 生 じ る 。平 均 類 型 を 得 る た め に は 多 数 の 例 を 必 要 と す る が 、 理 想 類 型 を 発 展 さ せ る た め に は た だ 1 人 か 2 人 の 個 人 に つ い て の 経 験 の 機 会 が あ れ ば 充分 で あ る 。 理 想 類 型 は そ の 本 性 か ら し て 、 ま ず 存 在 類 と し て の 意 味 は も っ て い な い が 、 我々 が 現 実 の 個 々 の 例 を あ て は め て 計 る 尺 度 で あ る 。 現 実 の 例 は 理 想 類 型 に 一 致 す る と こ ろだ 6-22

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け で 認 識 さ れ る も の で あ り 、 現 実 の 人 の ヒ ス テ リ ー 性 格 は 際 だ っ た 『 純 粋 』 の も の で はな い 。 現 実 が 理 想 に 一 致 し な い 場 合 は 、 そ の 由 来 を さ ら に た ず ね る 。 ま た 現 実 が 理 想 に 完全 に 一 致 す る 場 合 は 、 独 特 の 仕 方 を も っ た 認 識 は こ れ で 充 分 で あ っ て 、 そ う す れ ば 今 度 はこ の 全 体 の 原 因 を 求 め て い く こ と に な る 。 」 類 型 の 概 念 が 極 め て 明 快 に 示 さ れ て い る 。 も は や 付 け 加 え る べ き 点 は 何 も な い が 、 蛇 足 な が ら 二 、 三 ヤ ス パ ー ス の 指 摘 に つ い て 解 説 し て お く 。 ま ず 、 ヤ ス パ ー ス は 類 と 類 型 と を 明 確 に 区 別 し て い る 。 そ し て 類 は 現 実 そ の も の で ある の に 対 し 、 類 型 は 現 実 を 認 識 す る た め の 仮 構 の 産 物 で あ る と 述 べ て い る 。 す な わ ち 、 類型 と は 構 成 概 念 で あ る と 指 摘 し て い る の で あ る 。 し ば し ば 、 類 型 論 に つ い て 「 二 つ の 類 型が あ る 時 、ど ち ら に も あ て は ま ら な い 、あ る い は ど ち ら と も 言 え な い 個 人 が い る で は な い か 」、 「 個 人 を む り や り あ る 類 型 に 当 て は め る こ と に な る の で は な い か 」な ど の 反 論 が な さ れ る 。 こ れ は 類 と 類 型 の 違 い を 充 分 認 識 し て い な い こ と に よ る 誤 解 で あ る 。 ヤ ス パ ー ス も 指 摘し て い る よ う に 、 類 型 論 と は も と も と 境 界 の 判 然 と し な い も の 、 あ る い は 境 界 の な い も のに 境 界 を 設 定 し よ う と す る 試 み で あ る 。重 要 な 点 は こ の よ う な 境 界 を 設 定 す る こ と に よ っ て 、 対 象 に 対 す る 認 識 が ど の 程 度 深 ま る か で あ る 。 例 え ば 、 失 語 を あ る 類 型 論 に 基 づ い て 分類 し た 場 合 、 症 状 や 病 変 部 位 に 対 す る 認 識 が 深 ま り 、 言 語 治 療 や リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン の 方策 の 決 定 に 有 用 で あ っ た な ら 、 そ の 類 型 論 は 有 用 で あ る と い っ て よ い 。 類 型 は 現 象 を 認 識す る た め の 道 具 な の で あ り 、 現 象 で は な い 。 表 6 - 1 の 基 礎 で あ る 古 典 論 は 図 1 - 2 に 基 づ い て 考 え ら れ た 類 型 論 で あ り 、 ヤ ス パ ー ス の 用 語 で は 「 理 想 類 型 」 で あ る 。 ウ ェ ル ニ ッ ケ 以 降 、 多 く の 研 究 の 積 み 重 ね に よ り 「平 均 類 型 」 に か な り 近 づ い た が 、 純 粋 に 経 験 的 事 実 か ら 構 成 さ れ た も の で は な い 。 従 っ て、 い ず れ の 類 型 に も 該 当 し な い 症 例 が 存 在 す る の は 当 然 で あ る 。 失 語 に 限 ら ず 神 経 心 理 学的 症 状 の 殆 ど は 「 類 型 」 就 中 「 理 想 類 型 」 で あ る 。 神 経 心 理 学 を 学 ぶ に あ た っ て は 常 に この こ と を 念 頭 に 置 く こ と が 重 要 で あ る 。 3 . 2 ブ ロ ー カ 失 語 古 典 論 の 皮 質 性 運 動 失 語 に 対 応 す る 。 ブ ロ ー カ に よ っ て 最 初 に 報 告 さ れ た 症 例 (Leborgne)がこの類型であったことからブローカ失語と呼ばれてる4 4 ブ ロ ー カ の 症 例 が 真 に ブ ロ - カ 失 語 で あ っ た か ど う か に つ い て は 異 論 を 唱 え る 研 究 者 も い る 。 彼 ら は ブ ロ ー カ の 症 例 は 全 失 語 で あ っ た と 主 張 し て い る 。 6-23

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主 と し て 言 語 表 出 面 の 障 害 に よ っ て 特 徴 づ け ら れ る 。 非 流 暢 失 語 の 典 型 で あ る 。 構 音は 不 良 で あ り 、 非 常 な 努 力 の も と に な さ れ る 。 音 韻 学 的 障 害 や プ ロ ソ デ ィ の 障 害 が あ り 、文 章 の 長 さ は 短 く 、 失 文 法 が 認 め ら れ 、 主 語 と 述 語 よ り な る 電 文 体 の 形 を と る こ と も あ る。 錯 語 は 当 然 字 性 錯 語 が 多 い が 語 性 錯 語 も 認 め ら れ る 。 語 の 想 起 は 多 少 と も 不 良 で あ る 。こ の よ う な 障 害 は 自 発 発 話 だ け で な く 復 唱 に お い て も 認 め ら れ る 。 言 語 表 出 面 で の 障 害 に比 し て 言 語 認 識 面 で の 障 害 は 軽 度 で あ る が 、 全 く 正 常 で は な い 。 失 文 法 を 示 す 症 例 で は 文法 認 識 の 障 害 も 認 め ら れ る 。 書 字 で も 障 害 が 認 め ら れ る 。 機 能 語 を 書 き 落 と す 誤 り が 多 い。 読 字 で は 、 動 詞 の 活 用 語 尾 や 機 能 語 を 読 み 落 と し た り 読 み 違 え た り す る 。 結 果 と し て 文章 全 体 の 意 味 を 取 り 違 え る 。 多 く の 症 例 で 片 麻 痺 が あ り 、 し ば し ば 半 側 体 性 感 覚 障 害 や 半 盲 が 認 め ら れ る 。 観 念 運動 失 行 や 顔 面 失 行 を 伴 う こ と も 少 な く な い 。 鬱 状 態 を 示 す 症 例 も し ば し ば 認 め ら れ る 。 ブ ロ ー カ 失 語 の 発 症 機 序 に つ い て は 種 々 の 学 説 が あ る 。 ベ ン ソ ン は 構 音 器 官 の 運 動 連合 中 枢 で あ る ブ ロ ー カ 野 の 破 壊 に よ り 、 言 語 運 動 パ タ ー ン の 形 成 が 障 害 さ れ る こ と に よ り生 じ る と 考 え た 。 ル リ ア は ブ ロ ー カ 失 語 に 対 応 す る 失 語 を 「 遠 心 性 運 動 失 語 」 と 呼 び 、 音素 か ら 音 素 へ の 移 行 の 障 害 で あ る と し た 。 ム ー ア 、 ケ ル テ ツ な ど は ブ ロ ー カ 失 語 の 本 質 をむ し ろ 文 法 的 な 障 害 と し て と ら え て い る 。 こ れ ら の ブ ロ ー カ 失 語 を 言 語 表 出 の 障 害 と す る学 説 に は 対 し て は 異 論 が 提 出 さ れ て い る 。 ブ ロ ー カ 失 語 に は 構 音 障 害 の み な ら ず 音 韻 認 識の 障 害 も 存 在 す る 。す な わ ち 、彼 ら に は 音 韻 情 報 処 理 全 般 に 関 す る 何 ら か の 障 害 が 存 在 す る 。 他 方 、 彼 ら の 示 す 文 法 障 害 に は 他 の 要 因 に は 還 元 し え な い 本 質 的 な 統 辞 論 的 誤 り が 存 する こ と も 明 ら か で あ る ( た だ し 、 前 述 の ご と く 、 こ れ に つ い て は 別 の 説 も あ る ) 。 こ の よう に 見 て く る と 、 ブ ロ ー カ 失 語 の 症 状 は 、 音 韻 情 報 処 理 障 害 と 文 法 障 害 の 二 つ が 合 併 し たも の と 考 え ら れ る 。 そ の 意 味 で 、 か つ て エ カ ン が ブ ロ ー カ 失 語 に 対 応 す る 失 語 を 「 音 韻 性失 語 」 と 「 失 文 法 性 失 語 」 も し く は 「 統 辞 論 性 表 出 障 害 」 の 2 型 に 分 け た こ と は 大 変 示 唆に 富 む 考 え で あ る 。 3 . 3 ウ ェ ル ニ ッ ケ 失 語 古 典 論 に お け る 皮 質 性 感 覚 失 語 で あ る 。 ウ ェ ル ニ ッ ケ が こ の 類 型 の 概 念 を 確 立 し た こと に 因 ん で こ の よ う に 呼 ば れ て い る 。 自 発 発 話 は 流 暢 で 、 発 話 量 は 時 に 正 常 以 上 で あ り 、 構 音 、 プ ロ ソ デ ィ 、 い ず れ に も 障害 6-24

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は な い 。 非 常 に 多 弁 と な り 、 検 者 が 遮 ら な い 限 り 話 続 け る 「 語 漏 」 を 呈 す る こ と も あ る。 し か し 、 そ の 内 容 は 名 詞 な ど の い わ ゆ る 実 質 語 に 乏 し く 、 保 読 ( 同 じ 語 を 繰 り 返 す ) 、字 性 お よ び 語 性 の 錯 語 が あ り 、 は な は だ し い 場 合 に は 全 く 他 者 に は 認 識 出 来 な い ジ ャ ル ゴン と な る 。 文 法 的 に は 錯 文 法 が み ら れ る 。 喚 語 も 障 害 さ れ 、 無 意 味 語 で 反 応 し た り ( 造 語新 作 ) 語 性 錯 語 を 示 す 。 言 語 認 識 面 で の 障 害 は ウ ェ ル ニ ッ ケ 失 語 の 主 症 状 で あ る 。 重 症 例で は ご く 簡 単 な 文 章 で も 認 識 出 来 な い 。 軽 症 例 で は 構 造 の 簡 単 な 文 章 は 認 識 出 来 る 。 語 の認 識 も 障 害 さ れ る 。 重 症 例 で は 熟 知 し た 極 く わ ず か な 語 し か 認 識 出 来 な い 。 軽 症 例 で は 日常 的 な 語 は 認 識 出 来 る 。 復 唱 の 障 害 は 認 識 障 害 の 程 度 に ほ ぼ 対 応 す る 。 読 字 も 障 害 さ れ 、そ の 程 度 は 聴 覚 的 認 識 障 害 の 程 度 と 平 行 す る が 、 両 者 に 不 一 致 の 見 ら れ る 例 も あ る 。 書 字も 様 々 の 程 度 に 障 害 さ れ る が 、 自 発 書 字 、 書 き 取 り に 比 し 写 字 は 比 較 的 保 た れ て い る 。 患 者 は こ の よ う な 障 害 に 対 し 病 識 を 持 た な い 「 病 態 失 認 」 の 状 態 に あ る こ と が 多 い 。四 肢 の 運 動 麻 痺 や 体 性 感 覚 障 害 が 認 め ら れ る こ と は 少 な い 。 半 盲 は し ば し ば 認 め ら れ る 。観 念 運 動 失 行 や 観 念 失 行 は 認 め ら れ る が 、 口 ・ 舌 ・ 顔 面 失 行 は 希 で あ る 。 ウ ェ ル ニ ッ ケ 失 語 で は 音 韻 認 識 に 障 害 が あ り 、 語 の 意 味 を 正 し く 認 識 出 来 な い 。 ま た 、 言 語 表 出 に 対 す る 聴 覚 的 な 制 御 が 不 十 分 な た め 錯 語 を 生 じ る 。こ れ が 古 典 論 の 考 え で あ り 、 ル リ ア な ど の 考 え も こ れ に 近 い 。 一 方 、 ブ ル ー ム シ ュ タ イ ン ら は ウ ェ ル ニ ッ ケ 失 語 の 音韻 認 識 の 障 害 程 度 と 語 や 文 章 の 認 識 障 害 の 程 度 は 必 ず し も 一 致 し な い こ と を 明 ら か に し た。 筆 者 ら の 研 究 で も 、 ウ ェ ル ニ ッ ケ 失 語 の な か に は ブ ロ ー カ 失 語 よ り 音 韻 認 識 課 題 の 成 績が 良 好 な 症 例 が い た 。 こ の よ う な 点 か ら 、 ウ ェ ル ニ ッ ケ 失 語 の 本 質 に つ い て 、 ① 音 韻 認 識の う ち 音 韻 弁 別 で は な く 音 韻 同 定 に 障 害 で あ る 、 ② 意 味 認 識 の 障 害 で あ る 、 ③ 音 韻 と 意 味と の 結 合 の 障 害 で あ る 、 な ど の 説 が 提 出 さ れ て い る が 、 い ず れ の 説 も 十 分 な 説 明 力 を 有 しな い 。 そ こ で 、 ウ ェ ル ニ ッ ケ 失 語 は 単 一 の 類 型 で は な い と し 、 い く つ か の 類 型 に 分 け よ うと す る 試 み が な さ れ て い る 。 エ カ ン は ウ ェ ル ニ ッ ケ 失 語 を 、 ① 語 聾 ( 音 韻 認 識 障 害 ) を 主と す る 類 型 、 ② 意 味 認 識 障 害 を 主 と す る 類 型 、 ③ 注 意 解 体 症 候 群 ( 注 意 の 障 害 に よ る 二 次的 言 語 認 識 障 害 ) 、 に 分 け た 。 フ ー バ ー ら は 、 ① 意 味 性 錯 語 を 主 と す る 類 型 、 ② 意 味 性 ジャ ル ゴ ン を 主 と す る 類 型 、③ 音 韻 性 錯 語 を 主 と す る 類 型 、④ 音 韻 性 ジ ャ ル ゴ ン を 主 と す る 型 、 に 分 け た 。 ケ ツ テ ツ は 、 ① 音 韻 錯 語 を 主 と す る ウ ェ ル ニ ッ ケ 失 語 、 ② 造 語 新 作 を 主 と する ウ ェ ル ニ ッ ケ 失 語 、 ③ 意 味 性 錯 語 を 主 と す る ウ ェ ル ニ ッ ケ 失 語 、 ④ 純 粋 語 聾 、 に 分 類 して い る 。 こ れ ら を 総 合 す る と 、 ウ ェ ル ニ ッ ケ 失 語 に は 、 少 な く て も 、 ① 音 韻 認 識 障 害 を 主症 状 と す る 類 型 、 ② 意 味 認 識 障 害 を 主 と す る 型 、 の 2 類 型 が 存 在 す る と 考 え ら れ る 。 6-25

図 6 - 5   ヒ ト 音 声 の ス ペ ク ト ロ グ ラ ム
図 6 - 1 5   言 語 課 題 遂 行 に 伴 う 脳 の 活 性 化   6-49
図 6 - 1 6 ( 2 )   意 味 処 理 系
図 6 - 1 6 ( 3 )   文 章 処 理 系
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参照

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