緒 言
外来がん化学療法において,腋下 37.5 度以上もしくは 口腔内 38 度以上の発熱をきたし,好中球が 1,000 / μL 未満 で定義される FN(発熱性好中球減少症)は重篤な感染症に なり,致命的な転帰につながる.FN は抗がん剤治療死の 50% を占めるとされており1),緊急の対応が要求される. 特に外来がん化学療法において,自宅での発熱は医療従 事者の監視下から外れるために早急な対応が難しく,対 応が遅れると重篤化するため特に注意が必要である.現 在,IDSA ガイドライン2) およびわが国の FN ガイドライ ン3, 4) は図 1 に示すように,まずリスク判定を行い,低リ スク患者には初期治療に CPFX(シプロフロキサシン)また は LVFX(レボフロキサシン)の内服を推奨している. 2007 年 12 月より国立がん研究センター東病院(以下, 当院と略す)では好中球減少が高頻度に発現する化学療法 に対し,FN の初期治療のため図 2 に示す CPFX,AMPC / CVA(アモキシシリン/クラブラン酸),LVFX からなる経 口抗菌剤セット処方を策定し,初期治療の推進を行って きた.当院薬剤部は,外来がん化学療法においてFN の頻 度が高い化学療法患者に関し,在宅時に 38 度以上の発 熱をきたした場合,適切に事前処方の経口抗菌剤の服用 ができるように指導を行っている.しかしながら患者自 らが服用開始のタイミングについて判断し,服用開始条 件である発熱が治まっても一定期間服用を継続しなけれ 医療薬学 37(7) 389 ― 394 (2011)ドセタキセルの外来化学療法時における発熱に対する
経口抗菌剤のアドヒアランス
鈴木真也
*1,村永 愛
1,松井礼子
1,近藤直樹
1,古林園子
1,
渡邉好造
1,田原 信
2,和泉啓司郎
3,遠藤一司
1 国立がん研究センター東病院薬剤部1,消化管腫瘍科 2,国立病院機構北海道がんセンター薬剤科 3Adherence in Use of Oral Antibiotics for Fever in
Outpatient Docetaxel Chemotherapy
Shinya Suzuki
*
1, Ai Muranaga1, Reiko Matsui1, Naoki Kondo1, Sonoko Kobayashi1,Kozo Watanabe1, Makoto Tahara2, Keishiro Izumi 3 and Kazushi Endo1 Department of Pharmacy, National Cancer Center Hospital East 1, Divisions of Digestive Endoscopy and Gastrointestinal Oncology 2,
Department of Pharmacy, National Hospita1 Organization Hokkaido Cancer Center 3
Received January 11, 2011
Accepted April 15, 2011
Febrile neutropenia (FN) is a critical condition in outpatient docetaxel chemotherapy. Many studies have provided evidence for the benefit of oral antibiotics in low risk FN patients and in December 2007, the National Cancer Center Hospital East start-ed to use oral antibiotics routinely for the initial management of such patients. However, it is unclear whether oral antibiotics are being taken properly as initial treatment in the outpatient chemotherapy setting. In this study using patient records, we ret-rospectively investigated adherence in patients who had been prescribed oral antibiotics as needed during outpatient docetaxel chemotherapy between December 2007 and November 2009. Among the 335 subjects in our study, 87 (26%) developed fevers of above 38 degrees Celsius. Of these patients, 74 (85%) started taking oral antibiotics, and 60 patients finished the course of antibiotics as instructed. The frequency of proper use of oral antibiotics was significantly higher in patients who consulted the hospital by telephone than those who did not (88% vs. 51%, p < 0.001).
The findings of this study show that most patients started taking oral antibiotics when they developed a fever of above 38 de-grees Celsius, but many stopped taking them after the fever was resolved, and that telephone consultation could be beneficial in increasing adherence. However, few patients had to be admitted to the emergency department for treatment.
Key words ─ outpatient chemotherapy, febrile neutropenia, oral antibiotics, adherence, docetaxel, telepharmacy
医療薬学 Jpn. J. Pharm. Health Care Sci. ばならないことから,経口抗菌剤のアドヒアランスは低 いことが危惧された.一般に経口抗菌剤のアドヒアラン スは低いことが知られているが,外来がん化学療法にお ける経口抗菌剤の事前処方におけるアドヒアランスの実 態は不明であり,その安全性は明らかではない.今回わ れわれは,主に外来にて行われるドセタキセル(DOC)療 法の外来がん化学療法を受けている症例において,経口 抗菌剤セット処方のアドヒアランスを調査し,実臨床に おいて発熱時に経口抗菌剤が適正に服用されているか評 価した.
方 法
1. 対象 2007 年 12 月から 2009 年 11 月までの期間,当院で DOC 療法が実施され,38 度以上の発熱時に服用することを処 方意図とした経口抗菌剤を事前に処方された外来患者を 対象とした.対象患者はすべて FN についての経口抗菌 剤使用に対して薬剤師の説明を受けていた.調査期間 は,その治療が終了または中止するまでとした.なお本 研究は「疫学研究に関する倫理指針」を遵守し,当院の 倫理審査の手続きに従い,許可されたものであり,対象 患者の倫理性は確保されている. 2. 発熱時における経口抗菌剤アドヒアランス調査 1)外来における薬剤師の介入および記録 薬剤師は抗がん剤を投与する外来患者全症例に介入し ており,その介入時間の平均は 20 分程度である.介入 時,薬剤師は患者に配布した体温,副作用,内服等を記 録できる治療日誌(図 3)を毎回確認し,その中で発熱の状 態や経口抗菌剤の使用状況を調査し,その内容を診療録 に定型文にて記録している.われわれは外来において DOC 療法を受けた患者の薬剤指導記録を含む診療録を後ろ向 きに調査した.調査対象の DOC 療法では薬剤師は必ず経 口抗菌剤の処方を確認および説明を行っている.FN 初期 治療を目的とした経口抗菌剤服用の開始条件は 38 度以 上の発熱としており,開始後は 1 週間服用を継続するよ うに指導を行っている. 2)用語の定義 本稿において「適正服用」とは 38 度以上の発熱時に服 薬を開始し,開始後は一週間服用を継続できた場合とし た.また,38 度以上の発熱があり,経口抗菌剤を開始す る際,または抗菌剤を服用開始しても発熱がおさまらな い場合等は病院に電話して相談するように薬剤師は外来 服薬指導時に説明しており,本調査における「電話相談」 とはそれを意味する.また,体温の明記がない「発熱」 とは 37 度以上の体温がある場合を指し,「FN」とは38 度 以上の発熱があり,血液学的検査で common ter mi nology criteria for adverse events(CTCAE)v3.0 日本語訳 JCOG / JSCO 版における Grade 3,4 の好中球減少が確認された場 合とした. 3. 統計解析 頻度の比較にカイ 2 乗検定もしくは Fisher の直接確率 計算法を用い,p < 0.05 の場合に有意差ありとした.結 果
1. 患者背景 対象患者の背景を表 1 に示す.症例数は 335 例であり, 患者の年齢は 31 歳~ 82 歳(中央値 63 歳)であった.DOC 療法は,3 ~ 4 週間ごとを 1 コースとし,1 ~ 21 コース(中 央値 4 ) 投与されていた. 2. 自宅における発熱と経口抗菌剤の服薬アドヒアラン ス 335 例中,149 例(44%)で自宅において発熱が認めら れ,そのうち 87 例(26%)が経口抗菌剤の服用開始条件と される 38 度以上の発熱であった.発熱時における経口抗 菌剤のアドヒアランスを図 4 に示す.経口抗菌剤服用の 条件である 38 度以上の発熱が認められた 87 例のうち服 図 1. ガイドラインで推奨されている FN 初期治療の抗菌剤 選択について文献 4 を引用,和訳して記載 図 2. 当院における経口抗菌剤の処方および指示3. 電話相談件数 本調査における 38 度以上の発熱が認められた 87 症例 のうち,電話相談を行ったのは 42 例( 48%)であった.経 口抗菌剤の適正服用は電話相談を行った症例において 88% ( 37 / 42)であり,電話相談を行わなかった症例の 51% ( 23 /45)に比較して統計学的に有意に件数が高かった ( p < 0.001). 4. 緊急入院 38 度の発熱が認められた 87 例のうち FN として入院が 必要とされたのは 5 例( 6%)であった.いずれも電話相談 を行い,経口抗菌剤を適正服用したものの発熱がおさま らず再度電話相談をうけた際に主治医から入院による治 用を開始できたのは 74 例(85%)であった.服用を開始で きなかった 13 例における理由は,①38 度以上の発熱時の 経口抗菌剤を理解不足により服用できなかった( 9 例),② 経口抗菌剤ではなく解熱剤のみ服用した( 2 例),③電話で 相談しても自己判断により経口抗菌剤を服用しなかった ( 2 例),であり,69%( 9 /13 )が理解不足による不適正服用 であった.38 度以上の発熱において経口抗菌剤を開始で きた 74 例のうち,投与期間継続服用していたのは 60 例 (81%)であった.適正服用できなかった 14 例の理由はいず れも,“ 38 度以上の発熱が解熱したため,自己判断で中 止した” であった.なお,発熱をきたした 149 例のうち 38 度未満の発熱で服用を開始した症例は 7 例( 5%)であった. 図 3. 当院外来通院治療センターで配布している治療日誌
医療薬学 Jpn. J. Pharm. Health Care Sci.
表 1. 患者背景
療を勧められたが入院を拒否し,最終的に症状悪化のた め入院に至った症例であった.いずれも適切な入院治療 を受けて発熱は改善し,退院後も DOC 療法が継続された. 5. ノンアドヒアランスに関わる因子の単変量解析 年齢,性別,PS1 以上の各背景因子についてノンアド ヒアランス頻度に有意な差は確認されなかったが,1 日 1 回の内服でよい LVFX の処方を受けた症例(オッズ比= 0.47,p=0.07),電話相談の実施(オッズ比=0.14,p<0.001) においてノンアドヒアランス頻度が低い傾向が確認され た(図 5).
考 察
本調査において発熱をきたしても 38 度に至る前に薬袋 の指示を無視して自己判断にて経口抗菌剤を開始する 患者が 5% みられたものの,経口抗菌剤を指示通りに服 用できた症例は 85% と高かった.しかしながら,そのう ち20% が解熱後も継続して経口抗菌剤を服用できていな か ったことから,38 度以上発熱時の頓服指示について理 解は容易であるが,症状が改善した場合に経口抗菌剤を 継続する処方意図については理解が困難であることが明 らかになった.ファイザー株式会社によるアンケート調査 (http: // www. pfizer. co. jp/pfizer/company/press/2009/ documents / 090120_ survey. pdf,ファイザー(株),2009)にお いて経口抗菌剤中断の頻度は 40%,中断の主な理由は, 「症状が改善された」であり,くすりの適正使用協議会 のくすりの服用に関する実態調査 (http: // www. radar. or. jp/03/05_ release /n r 96. 091013. pdf,くすりの適正使用協議 会,2009)においても処方薬を途中で中止する頻度は 71.8% と高く,やはり理由として,「回復したと自己判断 し,止めた」のような “症状改善による自己判断” によ るものが 83% と多かったことから,本調査でみられる症 状改善による自己判断の内服中止がおきないように薬剤 師は介入時に留意する必要がある. 本調査において,電話相談は経口抗菌剤の適正使用に 貢献した.ノンアドヒアランス頻度の単変量解析の結果 では,年齢や性別等で統計学的な差は確認されなかった が,発熱が認められた患者のうち,電話相談を行った患 者では,行っていない患者に比べて有意に適正服用でき ている割合が高かったことから電話相談の充実がアドヒ アランスの向上に寄与することが示唆される.米国にお いては主に看護師が電話で対応する Telephone triage 57) が 整備され,外来がん化学療法時に電話での介入を検証し た研究において電話相談により多岐の問題に対応できる と報告 8)している.がん治療に限った介入ではないが,米 国では薬剤師による遠隔地に住む住民への電話による薬 学的介入 ( Telepharmacy)が試みられ,治療の質と患者の 満足度を向上することを報告 9)し,緊急時における患者の 自発的な連絡を増やすことを課題に挙げている.本調査 において,電話相談を行うような患者は発熱時に電話相 談を行うことを遵守した患者であり,指示を実践できる ような自発性が高い,理解力の高い患者であるが,自発 性が低い,理解力不足の患者をいかにサポートするかが 今後の課題である.また,電話相談が日常業務帯にか かってくるとは限らず,本調査においても薬剤師がすべ ての電話に対応していたわけではなく,当直医師が夜間 に対応する場合が確認されたことからも,夜間業務帯に おいても電話対応ができる環境整備が病院に必要となる と考えられる. アドヒアランス向上により安全な治療を患者とともに 実践するためには,患者に外来がん化学療法における FN 図 5. ノンアドヒアランス頻度と各因子の単変量解析医療薬学 Jpn. J. Pharm. Health Care Sci. の危険性の理解と自宅における病態の自己管理の意識付 けが必要である.電話による介入は経口抗菌剤の適正使 用の向上に寄与したが,介入した群での適正使用率は 100% ではない.薬剤師は,患者が不安により経口抗菌剤 を服用することがあること,また,発熱が改善すること で自己判断し服用を中止する傾向が強いことを留意して 説明しなくはならない.当院薬剤部では統一した介入を する目的で対応の均一化を図るために,チェック項目の テンプレートを作成し,電子カルテで運用を実施してお り,発熱時の経口抗菌剤服用に関して個々の薬剤師で対 応が可能となっている.経口抗菌剤の内服は点滴抗菌剤 と比較して同等もしくは有用である1012)と低リスクの FN で証明されているが,これらの結果は医療従事者による 厳重な管理下における結果であることに留意すべきであ る.本調査において FN をきたして緊急入院となった患者 は経口抗菌剤を適正使用していた症例であるが,主治医 からの入院の指示に従わなかった症例であったことから, 経口抗菌剤のアドヒアランスは良好であっても経口抗菌 剤開始後の病態の再評価の実施は必須である. 本研究は日本における DOC 療法の外来がん化学療法を 受けている症例における経口抗菌剤セット処方のアドヒ アランスを評価したはじめての報告であるが,症例数, 対象の抗がん剤が限定されているために症例数を増やし たさらなる調査が必要と考えられる.瀧内らが企画した アンケート結果 13)によると外来化学療法施行後において 事前に LVFX もしくは CPFX および AMPC / CVA を処方す ると答えた機関が 8 割であり,処方をしていないと答え た機関は 5% 程度であった.今後,当該処方ががん医療で 普及するのが予測されることから,この処方を導入の際 には empirical な抗菌剤であること,低リスクか高リスク かを評価できない,そして好中球数を測定していないこ とを理解したうえで電話相談受付のような緊急時に対応 できる院内の環境整備を行うべきである.患者の治療ア ドヒアランス向上を目指した薬剤師による積極的な介入 は,低リスクの FN に対する経口抗菌剤による初期治療 を実施するうえで必要である.
引 用 文 献
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