7 保健体育
生涯スポーツにつながる保健体育授業
-誰もが楽しく取り組む保健体育の授業をめざして-
内田 善弘 本論の要旨
本 研 究 は ,「 生 涯 に わ た って 運 動 や ス ポ ーツ に 親 し む 資 質や 能 力 を 育 て る」 と い う 目 標 の実 現に 向 け て , よ り多 く の 生 徒 が 自発 的 , 主 体 的 に取 り 組 む 授 業 内容 を 確 立 し よ うと し た も の で ある 。 生 涯 に わ たっ て 運 動 や ス ポー ツ に 親 し む とい う 力 を 身 に つけ さ せ る た め には , 運 動 の 特 性に ふ れ る 楽 し さを 実 感 さ せ , 基礎 的 な 運 動 の 技能 を 向 上 さ せ なが ら , 自 己 の 動き を 的 確 に 把 握し , 課 題 解 決 に向 け て 適 切 な 練習 の 方 法 を 工 夫し た り す る 能 力を 育 て な け れ ばな ら な い 。 そ のた め に 合 理 的 な運 動 の 実 践 を 通し て , 身 体 能 力を 身 に つ け る とと も に , 集 団 での 活 動 や 身 体 表現 な ど を 通 し てコ ミ ュ ニ ケ ー ショ ン 能 力 を 育 成し た い 。 ま た 筋道 を 立 て て 練 習や 作 戦 を 考 え させ る こ と を 通 して 論 理 的 思 考 力を 育 み た い 。
キーワード
基礎・基本技能の習得,楽しさ,コミュニケーション能力
1.研究主題によせて
21 世紀は新しい知識・情報・技術が社会のあ らゆる領域で活動の基盤として飛躍的に重要性を 増 す 「 知 識 基 盤 社 会 」 と 言 わ れ て い る 。 こ の よ う な 知 識 基 盤 社 会 化 や グ ロ ー バ ル 化 が 進 む 状 況 に お い て , 確 か な 学 力 , 豊 か な 心 , 健 や か な 体 の 調 和 を 重 視 す る 「 生 き る 力 」 を は ぐ く む こ と が ま す ま す 重 要 に な っ て く る 。 こ の こ と を 受 け て 保 健 体 育 科 に お け る 平 成 24 年 度 か ら の 完 全 実 施 の 学 習 指 導 要 領 の 改 訂 で は ,
「 生 涯 に わ た っ て 健 康 を 保 持 増 進 し , 豊 か な ス ポ ー ツ ラ イ フ を 実 現 す る こ と を 重 視 し 改 善 を 図 る 。」 と し て い る 。 ここ数年,体育の授業 を担当していて強く感じることがある。それは生 徒の体育が好き・嫌いという運動に対する気持ち や,できる・できないといった能力面での二極化 が大きくなっているということである。低学年か ら塾に通う,室内でゲーム機で遊ぶといった生活 習慣が広がり,外で体を動かして遊ぶ,仲間と一 緒に遊ぶという経験が少なくなった。そのため,
運動したい子供はスポーツ少年団や社会体育のチ ームに所属したりして特定の場で,特定の種目し か取り組めないという環境が広がっている。この 対策として学習指導要領では体力の向上や精神的 ストレスの発散など,心身の両面にわたって健康 の保持増進に資するために,保健体育科の究極の 目標である「生涯にわたって健康を保持増進し,
豊かなスポーツライフを実現することを重視し改
善を図る」ことを掲げている。
中学校においてスポーツに取り組むというと,
一番に思い当たるのは部活動に参加するという方 法が一般的である。他に,社会体育のチームに所 属する方法もあるが,いずれにしてもその参加は 本人の希望によるものであり,運動・スポーツが 嫌い・苦手な生徒は積極的には参加しない。そう いった生徒が「生涯にわたって運動やスポーツに 親しむ」ことができるようにするためには,体育 の授業でいかに運動・スポーツの楽しさを実感さ せることができるかが重要となる。合理的な運動 実践を通して,仲間と協力して課題解決に取り組 む授業展開を工夫したい。
2.研究仮説
①仲間(男女共修も含めて)が互いに積極的に参 加しようとする授業は,互いに自分の意見を言い 合える場が提供されるときである。画像遅延装置,
テレビモニター,DVD や実技の教科書,上手な 生徒を参考にさせたり,パートナーやグループの 仲間の動きを見て互いに指摘し合うような展開に すれば,より高度で幅広い思考力・判断力を高め る授業が展開できるだろう。
そのために自分たちの「今」持っている力を生 かしながら,作戦会議やルールを工夫させる。ま た,仲間のアドバイスから技能の習得につながる きっかけを求めさせる。さらに,コミュニケーシ ョンをとらせることで,運動の楽しさにもつなが
る。
②自分の動きや今持っているイメージを理解させ ることができれば,生徒に身につけさせたい運動 技能・能力を習熟させ,高められるだろう。
そのために自己観察や他者観察を通して,正し い動きを知ると同時に,なぜできないのか,どう すれば上手に技能習得につながるのかを体感させ られる。
③シンキングツールを用いて考える姿勢・態度を 身につけさせれば課題を解決する方法を自分で探 ろうとするだろう。
「書く」ためには,何を書くか,どんなことを 書くか,どんな視点が必要か(シンキングツール やワークシートの活用)を見極める必要がある。
また,「話す」ためには,相手に伝える内容を精 選し,まとめる必要がある。
3.研究方法
・仲間が互いに積極的に関わろうとする授業展開 を取り入れる。
・今持っている技能や動きを自分で知る方法を取 り入れる。
①男女混合のグループを作成したり,男女がペア になったりする授業展開にする。
②男女の腕力を含めた力強さや柔軟性や気持ちを 考えさせながら,互いの技能を高めさせるための 練習方法を取り入れる。
③見本となる教材や仲間から正しい動きを知るた めに,視聴覚機器を利用する。
④ 見 た こ と ・ 頭 に浮 か ん だ こ と をま と め さ せ た り,文章化させるためにシンキングツールを用い る。
4.研究内容
①生徒の実態把握,幅広い資料収集
②授業展開の検討,授業用資料の作成・準備
③授業の分析と記録,生徒観察
④考え方をまとめるワークシートの活用
⑤互いに教え合う場面設定
5.授業実践
(1)短距離走で滑らかに速く走ろう!!
①題材名,対象学年,授業時間 陸上競技(短距離走)
第1学年男女共修,全6時間
②主題によせて
第1学年において陸上競技の短距離走の授業展 開を進めた。短距離走の楽しさは「記録の向上や
仲間と競争する」ことであるが,速い・遅いは生 まれついての素質や筋力,体格の影響が大きく,
体育の授業の中で単純に走るだけでは記録が大き く向上することは難しい。しかし,スタートから スタートダッシュ,中間疾走,ラストスパート,
フィニッシュと場面を分けて学習を進めることで,
無駄のない効率的な走り方を身につけることがで きれば,記録の向上は十分期待できる。また,腕 の振り方や足の使い方など,走るフォームにも着 目させることで,より滑らかな走り方ができるよ うになる。場面ごとにどのような走り方をすると 効率が良いのか,無駄のない滑らかな走り方とは どのようなものか,自分や他人の動きを分析し互 いに情報交換しながら正しい技能の習得につなが るように授業展開を工夫したい。
③学習目標
自分や他人の動きを様々な方法から分析し,ワ ークシートを通して,適切にアドバイスしたり,
新たな課題を発見する。
④評価規準
・短距離走の特性に関心をもち,仲間と協力して 教えあい,互いの技能を高めようとする。
【関心・意欲・態度】
・自己の能力に応じた目標を設定し,課題を解決 するための工夫や仲間の課題を見つけ合いながら,
それを克服するための練習方法を探る。
【思考・判断】
・クラウチングスタートから,50 m を滑らかに 走りきる技能を身に付ける。
【技能】
・場面ごとのより効率的な走り方を身に付けるた めのポイントとそのための練習方法を理解する。
【知識・理解】
⑤学習計画(過程)とその様子 第1時
現時点での記録を計測する。その記録からどれ だけタイムを縮めることができるか,目標を考え る。
第2時
保 健 体 育 科
クラウチングスタートの練習。手足の位置,「位 置について」から「用意」の姿勢を身につける。
スタートの合図に合わせて飛び出す。スターティ ングブロックの代わりに仲間の足を足の裏に当て て,「用意」の時に両腕に体重をかけて静止し,
「スタート」の合図で斜め前に飛び出す。
第3時
クラウチングスタートからスタートダッシュの 練習。つま先をやや内向きにして歩幅は狭く力強 く地面を蹴る。前傾姿勢を保ちながら,徐々に姿 勢を高くして走る。腕立て伏せの姿勢から走り始 めたり,仲間の足をスターティングブロックの代 わりにして練習する。
第4時
中間疾走の練習。腰を高く保ち,歩幅を広くし てスピードに乗って快調に走る練習。スタンディ ングから徐々にスピードを上げて走る。トラック のカーブの中央あたりからスタートし,直線に入 る頃にはトップスピードになるようにして練習す る。
第5時
ラストスパートからゴールラインを走り抜ける 練習。ピッチを上げて,ゴールラインに飛び込む ように走り抜ける。
第6時
最終の記録計測。学習してきた走り方を生かし て目標を達成できるように努力する。
⑥学習展開(第5時)
段階 学習内容・活動 指導上の改善点・留意点 教師の評価
導入 集合・整列・挨拶,出欠 自分の場所にきちんと整列するよ 健康・安全に留意している。
・健康確認, うに指示する。 本時の目標を理解している。
本時の目標の確認 自他の健康・安全に留意させ,意 しっかりと伸ばしている。
識を高める。
準備運動
・ストレッチ体操
展開 前時までの復習
・スタートからスタート 資料,示範等情報を提供する。 走り方の違いを理解して練 ダッシュ,スタートダッ 練習方法や内容が適切であるか巡 習している。
シュから中間疾走を走り 回し助言する。 場面にあった練習方法を工
方を変えて練習する。 夫している。
ラストスパート,フィニ 走り方の違いを理解し,ピッチを ッシュの練習 早めているか確認する。
互いにみてわかったことを教え合 っているか確認する。
・中間疾走の走り方から
ピッチを早めてラストス ゴールラインとテープ(包帯)を使 パート,ゴールラインで わせる。
は上半身を前にたおす。
ま 本時の反省,次時の課題 本時の目標が達成でき,次時の課 本時の目標が達成でき,次 と の確認 題がもてたか,確認する。 時の課題がもてた。
め ・本時を振り返り,ワー 自主的に行動できたか,確認する。 自主的に行動できる。
クシートに記入する。 協力して取り組ませる。
整列,挨拶,解散
⑦本単元で用いたワークシート
(2)球技領域(ソフトボール)
「みんなで楽しくプレーボール!」
①題材名,対象学年,授業時間
ソフトボール,第1学年男女共修,全8時間
②主題との関わり
ソフトボールは,地域社会や職場,PTA など の球技大会の種目としては大変ポピュラーな種目 である。新学習指導要領においても,ベースボー ル型種目として,中学校でソフトボールに取り組 むようになっている。今の生徒たちの親世代は幼
少期に,ボール,バット,グローブを持っている のが当たり前で,近所の空き地に集まっては野球 のまねごとをして遊ぶ姿がよく見かけられた。し かし,近年では子供たちが遊べる空き地もなくな り,車社会の影響でキャッチボールのできる場所 さえ少なくなり,グローブをはめた経験のない生 徒がほとんどである。1年生ではキャッチボール や易しい投球を打ち返したり,定位置で守ったり して攻防できるゲームを目指して,安全に楽しく 学習を進められるように学習計画を工夫したい。
保 健 体 育 科
また,グローブとボールの扱い方や,バットスイ ン グ に つ い て も 基本 的 な 技 能 の 習得 を 目 指 し た い。
③学習目標
ソフトボールの特性(バットでボールを打つとい う打撃など)にふれる喜びや楽しさを味わい,生涯 にわたってソフトボールを楽しむことができるよう にする。
チームにおける自己の役割を自覚し,その責任を 果たし,互いに協力するとともに,場所や道具の安 全を確かめ,健康・安全に留意して活動することが できるようにする。
チームの課題や自己の能力に適した課題の解決に 向けて練習方法やルールを工夫し,必要な攻撃や守 備の基礎技能が習得できるようにする。
④評価規準
・ソフトボールの特性(バットでボールを打つとい う打撃など)に興味関心を持ち,仲間と協力しなが ら公正な態度で意欲的に学習に取り組もうとする。
【関心・意欲・態度】
・チームや自分の能力に応じた課題を発見し,その解 決に向けて練習の仕方を工夫している。
【思考・判断】
・定位置での守備やキャッチボールができ,緩いボ ールを打ち返すことができる。 【技能】
・ソフトボールの特性や学び方,合理的な練習の仕方を 理解している。 【知識・理解】
⑤学習計画(過程)とその様子
第1時では,まずボールとグローブの扱いに慣 れることをねらいとして学習計画を立てた。野球 の ボ ー ル よ り も 一回 り 大 き い ボ ール を 片 手 で 投 げ,グローブを使ってキャッチする練習に取り組 んだ。
第2時は,基本的なバットスイングの練習に取 り組んだ。体育館でビデオ画像を視聴し,基本的 なスイングの仕方を学んだ。
易しい投球を打ち返す練習として,ボールを怖が る生徒が多いので,当たっても痛くないように,
ソフトボールと似た大きさの玉入れの玉をボール 代わりに使用した。
また,ボールの大きさを変えて,バットに当た りやすいようにソフトバレーボールを使用した。
そして自分たちでビデオ撮影し,自分のスイン グを観察した。
第3時は,定位置での守備の練習として,フラ イ の ボ ー ル や ゴ ロ の ボー ル を キ ャ ッ チす る 練 習 と,キャッチからスローイングをつなげて練習し た。少人数のグループでノックや投げたボールの 捕球を練習した。
第4時は,ルールや場所を工夫した簡単なゲー ムに取り組んだ。ソフトテニスのボールで体育館 で行ったり,守備人数を工夫してゲームを行った。
練習した守備動作やバッティングを試す,試合形 式の授業展開を行った。
⑥学習展開(第2次,第3時間目)
学習内容・活動 指導・評価(◆)
導 1.集合・整列・あいさつ,出欠・ 時間を守って集合・整列できるようにする。
入 健康確認 自己の健康状態を意識できるようにする。
本時の学習内容の確認
準備体操(ストレッチ体操) 丁寧に取り組むようにする。
展 2.見本となるバッティングの映像 ◆正しいスイングのポイントを発見することができたか を見て気づいたことを学習カード 【思考・判断】
開 に記入し、発表する。
3.いろいろな道具でバッティング ◆バットの芯でボールをとらえることができたか。【技
練習 能・技術】
仲間でバッティングの姿を撮影し, 仲間で役割分担して練習に取り組むようにする。
課題を確認する。
ソフトバレーボール バレーボール
Tボール
テニスボール
バドミントンのシャトル テニスラケット
ま 4.後片付け 自主的に協力して取り組むようにする。
と 本時の反省,次時の課題の確認 本時の課題について反省し、次時の課題を確認する。
め 本時を振り返り,ワークシートに 記入。
5.整列・あいさつ・解散
6.成果と課題
本年度は,誰もが楽しく取り組める体育授業を 目指して研究を進めてきた。生徒たちの体育の授 業に関する感想を見ていると,「絶対無理だと思 っ て い た こ と が でき る よ う に な って う れ し か っ た。」とか「体を動かすことを楽しむことが大切 だ。」といった内容が出されていた。他教科の先 生方からも,「体育の授業に行くときは本当に行 動が 速く なった 。」「体育の授 業のことを楽しそ うに話す。」といった生徒たちの学級での様子を 聞かせてもらえた。このことから,多くの生徒が 体育の授業に対して大変意欲的に取り組む姿勢が 育っていることがわかった。また,授業の中で互 いの動きを観察しアドバイスを与えることやコメ ントを記したり,他人の動きを見てコミュニケー ションをとることで,再び自分の動きを知るきっ かけになることも感じとれたようである。仲間同 士でアドバイスしあうためには,技術の基本的な 構造を理解しておかなければならず,正しい動き とそうでない動きの違いを自ら探そうとしながら 自 己 観 察 力 や 他 者観 察 力 も 養 え たよ う に 思 わ れ る。
今後の課題としては,ディジタルカメラや画像 遅延装置を用いることによって,より正確に動き を分析し,より正確に動く力を身に付けることで,
いろいろな種目において技術の理解を深め,向上 につながる授業展開を工夫したい。また,生徒同 士のコミュニケーション能力を高め,体育におけ る思考力の向上につながる学習展開を工夫するた めに,より有効なシンキングツールの活用方法の 研究も今後の課題である。これらの成果と課題を 生かすよう来年度も授業実践を行っていきたい。
【引用・参考文献】
■「新学習指導要領による『中学校体育の授業』」,
大修館書店,杉山重利,(2001)