第6講 電磁波の運動量
電磁波がエネルギーを運ぶということは、電子レンジによる食品の発熱、太陽光が照射された 部分の発熱等、我々の日常の経験からも容易に理解できる。しかし、電磁波が運動量をもつとい うことはそれほど自明でないかもしれない。運動量は質量と速度の積で与えられるが、質量をも っていない電磁波(光)の運動量はどのように定義されるだろうか?本講では電磁場の運動量が どのように与えられるかを述べる。
1.ファインマンのパラドックス 1.1.運動している2個の荷電粒子
電荷q1およびq2の(q1, q2 > 0)2個の荷電粒子 が右図(a)のように互いに垂直にそれぞれ速度 v1お よびv2で等速直線運動をしている。電荷q2は電荷 q1の前方で電荷q1が通る直線軌道を横切った。電荷 q2がちょうど電荷 q1の運動直線上を通過する瞬間 において電荷q2によって電荷q1に働く力およびそ の逆を考える。各電荷に働く力は電場および磁場に よるローレンツ力である。電荷q1はその運動直線に
沿う磁場(電流を取り囲む巡回磁場、Ampéreの法則)を作らないから、電荷q2に働くのは電荷 q1による電場だけである。一方、電荷q1には電荷q2による電場だけでなくq2の作る磁場B1の 中で運動しているから、その磁場による力も受ける。力は図(b)のようになる。電荷q1とq2とに 働く電場の力は、大きさが等しく逆向きである。しかし、電荷 q2には磁場による横向きの磁場 の力があり、電荷q2には横向きの力がない。作用は反作用に等しくないのだろうか?
1.2.ソレノイドと帯電球を載せた円板
図のように、薄いプラスチック円板がその中心を とおり円板に垂直な回転軸に支持されていて自由に 回転できるとする。円板上には回転軸と同心の短い ソレノイド(コイル)がある。このソレノイドには円 板上にある電池により定電流が流れている。円板の 縁近くには円周に沿って一定間隔で多数の金属球が
出典:ファインマン物理学IV(2002)p.69.
III(1986)p.217.
ある。金属球は絶縁された状態でプラスチック円板に固定されている。金属球は帯電しており、
どれも同じ電荷をもつ。
最初、円板、コイル、金属球はすべて静止している。このソレノイドの電流が止まると何が 起こるだろうか?電流が流れている間はソレノイドを通り回転軸に平行な磁束が存在する。電 流が止まると、この磁束が減少する。したがって、 により回転軸のまわりをまわ る電場が誘起され、帯電金属球は電場による力を受ける。回転軸のまわりを巡回する電場である ため、各電荷にかかる力の合力は円板に正味のトルクを与える。この議論から、ソレノイドの電 流がなくなると円盤は回り始めると考えられる。
しかし、角運動量の保存則の原理を使うと、異なる結論に導かれる。この装置全体の角運動 量ははじめゼロであり、装置のどの一部も動かしてないことから、電流停止の前後で円板の角運 動量はゼロであり続けなければならない。
どちらの議論が正しいだろうか?
2.Newton の運動方程式にもとづく確認
「1.1.運動している2つの荷電粒子」で述べた2つの粒子についてNewtonの運動方程式を 立て、系全体で運動量保存が成り立つか確認してみよう。1つめの粒子の運動方程式は、
(6.1)
と書ける。ここでm1およびx1はそれぞれ1つめの粒子の質量および位置座標であり、E2(x1)お よびB2(x1)は2つめの粒子による位置x1での電場および磁場である。E2(x1)およびB2(x1)は以下 のように与えられる。
(6.2)
(6.3)
これらを式(6.1)に代入すると以下のようになる。
(6.4)
2つめの粒子の運動方程式は、系の対称性から式(6.4)の1と2を入れ替えたものとなる。
(6.5)
式(6.4)および(6.5)の各辺の和をとると、それぞれの右辺の第1項目は相殺して第2項目だけが残
る。
rotE=−∂B∂t
m1
d2x1
dt2 =q1E2(x1) +q1v1⇥B2(x1)
E2(x) = q2
4⇡"0
x x2
|x x2|3 B2(x) = q2µ0
4⇡ v2⇥ x x2
|x x2|3
m1
d2x1
dt2 = q1q2
4⇡"0
x1 x2
|x1 x2|3 + q1q2µ0
4⇡ v1⇥
✓
v2⇥ x1 x2
|x1 x2|3
◆
m2
d2x2
dt2 = q2q1
4⇡"0
x2 x1
|x2 x1|3 + q2q1µ0
4⇡ v2⇥
✓
v1⇥ x2 x1
|x2 x1|3
◆
(6.6) 1.1で述べたように2つの粒子が、互いに交差せず、直交する直線上を運動している場合、式(6.6) の右辺はゼロでない。したがって、
(6.7)
が得られる。この左辺を粒子1および2の運動量p1およびp2をもちいて書くと、
(6.8)
となり、p1 + p2は保存しないことが確認できる。
3.電磁波の運動量の導出
電磁場は質量をもたないので、従来の「質量×速度」で運動量を定義することはできない。
力は運動量の時間微分で定義される(F = dp/dt)ので、力から運動量を定義することを考える。
電荷qの粒子が電場Eおよび磁場B から受ける力は、 で与えられる。粒 子が複数存在する場合、力の総和はその和 となる。粒子の分布が連続的 とみなすことができる場合、電荷密度ρ、電流密度jをもちいて粒子についての和を積分に書き 換える。
(6.9)
領域V内の全粒子の運動量の総和をpmechと表すと、Newtonの運動方程式から、
(6.10) と書ける。被積分関数のρおよびjを、
, (6.11)
をもちいて場の量Eおよび Bで書き換えると、
(6.12)
となる。領域内の荷電粒子に作用する力の総和は、領域内の電荷および電流の間の相互作用と 領域外の電荷や電流による電磁場との相互作用の和である。領域内の電荷および電流の間に作
m1
d2x1 dt2 +m2
d2x2 dt2
= q1q2µ0
4⇡|r12|3[v1⇥{v2⇥(x1 x2)}+v2⇥{v1⇥(x2 x1)}]
m1
d2x1
dt2 +m2
d2x2
dt2 6= 0
d(p1+p2) dt 6= 0
F=q(E+v⇥B) F=⌃iqi(E+vi⇥B)
F= Z
V
(⇢E+j⇥B)dV
dpmech dt =
Z
V
(⇢E+j⇥B)dV
⇢="0divE j= 1
µ0
rotB "0
@E
@t
⇢E+j⇥B="0
EdivE+B⇥ @E
@t c2B⇥(rotB)
の電荷に作用する力の総和は、領域外の電磁場によるものだけを考えればよい。式(6.11)のEお よびB は領域内の電荷密度ρおよび電流密度 jから与えられるものであり、したがって領域内 の物理量だけで力の総和が与えられることを示している。
ここで
(6.13) と書ける。最後の式変形には、Faraday の電磁誘導の法則をもちいた。式(6.12)の[ ]に
を付け加えると
(6.14) が得られる。したがって、式(6.10)は
(6.15)
と書ける。Newtonの運動方程式
(
)と対応させるために時間微分を含む項をまとめ て系の全運動量の時間微分を表す項と考え、それ以外の部分を領域 V 内の粒子に作用する 力の総和と考える。すなわち、(6.16) および
(6.17) とすると、Newtonの運動方程式が成り立つ。
(6.18)
すなわち粒子系の(力学的)運動量pmechのほかに
(6.19)
で定義される運動量が粒子系以外の「なにものか」によって運ばれていることになる。この
「なにものか」の正体は電磁波である。
B⇥@E
@t = @
@t(E⇥B) +E⇥@B
@t = @
@t(E⇥B) E⇥rotE
c2BdivB= 0
⇢E+j⇥B="0⇥
EdivE+c2BdivB E⇥rotE c2B⇥rotB⇤
"0
@
@t(E⇥B)
dpmech dt =
Z
V
"0
⇥EdivE+c2BdivB E⇥rotE c2B⇥rotB⇤ dV d
dt Z
V
"0(E⇥B)dV
dp dt =F
d dt
✓
pmech+ Z
V
"0(E⇥B)dV
◆
= Z
V
"0
⇥EdivE+c2BdivB E⇥rotE c2B⇥rotB⇤ dV
Ftotal= Z
V
"0
⇥EdivE+c2BdivB E⇥rotE c2B⇥rotB⇤ dV
d dt
✓
pmech+ Z
V
"0(E⇥B)dV
◆
= d
dtptotal=Ftotal
pfield= Z
V
"0(E⇥B)dV
4.静電応力テンソル
電荷および電場のみが静的に存在し、電流および磁場が存在しない場合のFtotalがどのような 形なるかを考える。領域 V 内の電荷が受ける力の総和は以下のように式(6.9)の右辺の積分の第 1項目だけとなる。
(6.20)
Gaussの法則 をもちいると、
(6.21) となる。この場合のFは式(6.17)の積分中の第1項のみで与えられる。式(6.17)の積分中の第3項 も電場のみからなる項であるが、この電場は電流に起因するものなのでここには現れない。場が 静的であること、すなわち であることをもちいると、式(6.21)の積分のな かのEdivEは、以下のように書き表すことができる[付録2]。
(6.22)
(6.23)
(6.24)
ここで、
(6.25) で定義されるベクトルTxを導入すると、式(6.21)は
(6.26)
と表される。Gaussの発散定理を使って面積分にすると、
(6.27) と書ける。ここでnはVを取り囲む閉曲面Σに垂直な単位ベクトルである。この式は が 単位面積あたりの力、すなわち圧力のx成分であることを示している。同様にy成分、z成分は、
(6.28) F=
Z
V
⇢(x)E(x)dV
divE=⇢/"
F="0
Z
V
EdivEdV
rotE= @B/@t= 0
(EdivE)x = @
@x
✓ Ex2 1
2E2
◆
+ @ExEy
@y + @ExEz
@z
(EdivE)y= @ExEy
@x + @
@y
✓
Ey2 1 2E2
◆
+ @EyEz
@z
(EdivE)z = @ExEz
@x + @EyEz
@y + @
@z
✓
Ez2 1 2E2
◆
Tx ="0
✓
E2x 1
2E2, ExEy, ExEz
◆
Fx= Z
divTxdV
Fx = Z
⌃
Tx·ndS= Z
⌃
Tx·dS
Tx·n
Ty="0
✓
ExEy, Ey2 1
2E2, EyEz
◆
(6.29) で定義されるベクトルTy, Tzを導入して、
, (6.30)
と書くことができる。式(6.27)および(6.30)は、
(6.31)
で定義されるテンソルをもちいることにより、以下のようにx, y, z成分をまとめて表すことがで きる。
(6.32) 静電的であることを明示するために添え字eを付けた。このテンソルTeは静電応力テンソルと よばれる。
電気力線には、ゴムひものように「短くなろうとする性質」すなわち張力と「互いに離れよ うとする性質」すなわち斥力がある。応力テンソルはその張力と斥力を表すものである。テンソ ルTを主軸変換すると、Eに平行な方向が主軸となり、その方向の固有値は ε0E2/2となる。ま た、第2、第3の主軸はこれと直交しており、その方向の固有値は縮退していて−ε0E2/2となる。
このことは、Eの方向に垂直の面はε0E2/2の張力を受け、それと垂直な面はいずれの方向もε0E2/2 の斥力を受けることを意味する。数式の形としては、ばねのエネルギーの式 kx2/2 に似ている。
静電応力テンソルは実対称行列であることに注意されたい。実対称行列はかならず直交行列 により対角化され、その固有値は必ず実数となる。また異なる固有値に属する固有ベクトルは直 交する。実対称行列が現れる物理現象の例として、慣性モーメントテンソル、連成振動などが挙 げられる。
5.Maxwell の応力テンソル
上述の静電応力テンソルの議論を、電流および磁場が存在する場合に適用すると磁気部分の 応力テンソルが得られる。磁気部分は電場を磁場に換え、εを1/μに換えるだけである。電場お よび磁場が存在する場合の応力テンソルは、静電応力テンソルと磁気応力テンソルの和として 以下のように与えられる。
Tz ="0
✓
ExEz, EyEz, Ez2 1 2E2
◆
Fy= Z
⌃
Ty·ndS Fz = Z
⌃
Tz·ndS
Te="0
0 BB BB
@
Ex2 12E2 ExEy ExEz
EyEx Ey2 12E2 EyEz
EzEx EzEy Ez2 12E2 1 CC CC A
F= Z
⌃
Te·ndS
(6.33)
このTはMaxwellの応力テンソルとよばれる。磁気応力テンソルTmを行列形式で書くと
(6.34)
となる。
Tαβをもちいると、運動方程式は以下のように書き表される。
(6.35)
1行目から2行目の式を得る際に、Gaussの発散定理をもちいた。この右辺はVを囲む曲面を横 切って領域 V 内の粒子と場の系にはたらく単位面積あたりの力(圧力)の表面積分であり、系 に作用する正味の力を与える。この式が電磁場を含む場合の運動量保存則である。
もし、考えている系の外部に電荷がなく(したがって電流もなく)外部からの電磁場もない 場合、上の式の右辺はゼロとなる。したがって、その系は以下の運動量保存則を満たすようにふ るまう。
(6.36)
「1.パラドックス」で述べた荷電粒子の奇妙なふるまいはこのために起こる。荷電粒子は一見 作用反作用の法則を破るような運動をするが、電磁場の運動量まで考えると運動量の保存則は 破られていない。
6.平面波が運ぶ運動量
電磁場の運動量密度gとPoyntingベクトルSとを比較すると、
[J・s/m4] (6.37)
であることがわかる。電磁波は真空中を速度cで伝播するから、単位時間あたり単位面積をとお って運ばれる運動量は
(6.38)
T↵ ="0
E↵E +c2B↵B 1
2(E·E+c2B·B) ↵
Tm=µ0
0 BB BB
@
Bx2 12B2 BxBy BxBz
ByBx By2 12B2 ByBz
BzBx BzBy B2z 12B2 1 CC CC A
d
dt(Pmech+Pfield)↵=X Z
V
@
@x T↵ dV
= Z
⌃
XT↵ n dS
d
dt(pmech+pfield) =0
g="0E⇥B= 1
c2µ0
E⇥B= 1 c2S
|g|= 1
|S|= 1
cu= u
である。すなわち、Poyntingベクトルと運動量の流れの比は、平面波が運ぶエネルギーと運動量 の比になっている。つまり、
「エネルギーフラックス」 = c × 「運動量フラックス」
が成り立つ。
電磁波のもつ運動量とエネルギーの間の上の関係式は、電磁場の量子化によって出てくる光 子のエネルギーがhν、運動量がhν/cであることに対応している。また、相対論的なエネルギー と運動量の関係式
(6.39)
において、質量がゼロの場合の運動量とエネルギーの間の関係式
(6.40) にも対応している。電磁波の運動量という概念は、相対論的な新しい概念、すなわち、質量がな くてもエネルギーにともなって運動量が現れることに対応している。
7.電磁波は運動量を運ぶ
電磁波が運動量をもつ証拠はミクロの世界では観測されており、それをもちいた応用研究が なされている。たとえばコンプトン効果は光と電子の運動量保存によるものと解釈される。この とき、光は運動量p = hv/cをもつ粒子のように振る舞う。電磁波が非常に強くなれば、マクロの 世界でもその効果がみられる。たとえば、強度の高いレーザーをもちいて物体をマニピュレート する「光ピンセット」はその応用のひとつである。天体現象では、彗星の尾が反対方向に流され るが、これは太陽からくる光の圧力によるものと考えられている。
最近、光がpで表される線形運動量だけでなく、回転運動にまつわる運動量、すなわち軌道 角運動量をもちうることが見出され「光渦(optical vortex)」として研究されている。光渦はその 軌道角運動量を物体に移送することで物体に回転運動を与えることが確かめられ、回転運動を 与える光ピンセットとして応用されている。また、光渦の軌道角運動量の自由度を量子ビットと して利用した情報通信への応用も研究されている。
参考文献
ファインマン、レイトン、サンズ、「ファインマン物理学 III 電磁気学」、岩波書店(1986 年)
ファインマン、レイトン、サンズ、「ファインマン物理学IV 電磁波と物性(増補版)」、岩波書 店(2002年)
ジャクソン、「電磁気学(上) 第3版」、吉岡書店(2002年)
岡部 洋一、「ファラデーの力線とマクスウェル応力」、数理科学、No. 610, APRIL 2014.
E2=p2c2+ (mc2)2
p= E c
清水 忠雄、「電磁波の物理」、朝倉書店(1982年)
演習課題
(1) 次の語句を説明せよ。数式や図を積極的に使うこと。(なるべく自分の言葉で)
(a) 電磁波の運動量 (b) Maxwellの応力テンソル
(2) 「1.ファインマンのパラドックス」の「1.1運動している2個の荷電粒子」について以下 の質問に答えよ。
(a) パラドックスと考えられる物理的内容を指摘せよ。
(b) 電荷q1が運動する直線上に、電荷q2が到達した瞬間(図に示した瞬間)におけるpfieldを もとめよ。
(c) Ffield = dpfield/dtを計算せよ。(ヒント:電荷q2が電荷q1の運動直線上に位置した瞬間、電 荷q1の位置での磁場の時間微分dB/dtはどうなるか?)
(d) Ffieldまで考慮に入れると、作用反作用の法則が成り立つことを確かめよ。
(3) 「1.ファインマンのパラドックス」の「1.2ソレノイドと帯電球を載せた円板」について、
電流停止前のpfieldの回転方向を導出し、電流停止後の円盤の回転方向が運動量保存則から期 待される方向と矛盾のないことを確かめよ。
(4) 電磁波が運動量を運ぶことを示す物理現象の例を調べよ。
(5) 静電応力テンソルの各成分が圧力の次元をもつことを確かめよ。
【付録】
x軸上を速さvで等速直線運動する点電荷のまわりの変位電流密度は
で与えられる。
"@E
@t = q
4⇡
✓2(x vt)2 y2 z2
r5 ,3y(x vt)
r5 ,3z(x vt) r5
◆