戦 国 大 名 法 研 究 の 深 化 に 向 け た 論 点 整 理 の 試 み
河 野 恵 一
は じめ に 一 問 題 関心 の 所 在 二 戦 国 大名 法 と それ を 取り 巻 く諸 要 素の 概 要
︵1
︶ 戦国 期 の 社会 と 秩序
︵2
︶ 戦国 大 名 法と
﹁ 分国 法
﹂
︵3
︶ 戦国 大 名 法の 二 面性
︵4
︶ 移行 期 の 法と し ての 戦 国大 名 法 三 自 力 救済 行 為﹂ と 戦国 大 名 法と の 関係 に つい て の 検討
︵1
︶ 喧嘩 両 成 敗法 の 成立 と 戦国 大 名法
︵2
︶ 村落 共 同 体の
﹁ 自力 救 済行 為
﹂と 戦 国 大名 法
︵3
︶ 戦国 期 の
﹁自 力 救済 行 為﹂ に 関す る 再 検討 の 必要 性 お わり に
は じ め に
本稿 は︑ 戦国 大 名法 研究 のこ れ まで の成 果を 概 観し
︑今 後の 研 究展 開の 方向 性 につ い てい くつ かの 論 点整 理を 行う こ と で︑ 今後 の研 究 深化 の手 がか り を提 示す るこ と を目 的と する
︒ 筆者 の認 識で は
︑現 状の 戦国 大 名法 研究 は停 滞 期に ある
︒戦 国 期の さま ざま な 事象 を 扱う 研究 は盛 ん であ るが
︑そ の 中 で戦 国期 の法
︑ なか でも 戦国 大 名の 法そ のも の を主 題と して 取 り組 む研 究は 多 くな い 印象 を受 ける
︒ 戦国 大名 法を 含 む 戦国 期の 法全 般 につ いて は︑ 少 なく とも ここ 一
〇〜 二〇 年程 度
︑比 較的 強固 な 通説 的 理解 の枠 組み が 研究 者に 共有 さ れ てお り︑ 現在 の 研究 はそ れを 前 提に 細部 の解 明 を行 うと いう 方 向性 のも のが 主 流で あ るよ うに 思わ れ る︒ しか し筆 者 は
︑こ の通 説的 理 解の 枠組 みそ の もの を検 証す る 必要 があ ると 考 えて いる
︒ ただ
︑検 証す べ き論 点は 多岐 に わた るた め︑ さ しあ たり 本稿 に おい ては
︑検 証 すべ き 優先 順位 が高 く 議論 の根 幹を な す と筆 者が 考え る
︑戦 国期 の﹁ 自 力救 済行 為﹂ に 関す る論 点を 主 な対 象に
︑研 究 状況 の 整理 と若 干の コ メン トを 行う に と どめ る︒ これ を 手が かり に今 後 の具 体的 な検 証 作業 につ なげ て いく こと とし た い︒ 本稿 の構 成は 以 下の 通り であ る
︒ま ず問 題関 心 の概 要に つい て 述べ
︑検 証を 行 うべ き 理由 を明 らか に する
︒つ ぎに
︑ 作 業の 前提 とし て 戦国 大名 法に 関 する 現時 点 での 通説 的理 解を 概 説す る︒ し かる 後に
︑ 喧嘩 両成 敗法
﹂と
﹁ 村落 共同 体 によ る﹃ 自力 救 済行 為﹄
﹂と いう
︑ 戦国 期研 究で 重 視さ れて い るふ たつ のテ ーマ に 沿っ て筆 者の 疑問 と今 後 に向 けた 若 干の 展望 を示 す
︒
一 問 題 関 心 の 所 在
戦国 大名 法は
︑ いわ ゆる
﹁分 国 法﹂ とし て︑ 日 本法 制史 学に お いて 古く から 扱 われ て きた 主要 な研 究 対象 のひ とつ で あ るが
︑近 年は そ れ自 体を 対象 と した 研究 は下 火 にな って いる
︑ ある いは 学界 に おけ る 優先 順位 が高 く ない 状況 にあ る と 思わ れる
︒ 試み に︑ 日本 史 の通 史を 扱っ た シリ ーズ 論集 に おけ る戦 国大 名 法に 関す る記 述 の変 遷 を検 討し てみ る
︒も ちろ ん︑ こ れ だけ で研 究状 況 の全 体像 を把 握 でき るわ けで は ない が︑ 一つ の 目安 には なる と 思わ れ るた めで ある
︒ まず
︑比 較的 古 い もの だと
︑一 九 六五 年に 中央 公 論社 か ら刊 行さ れた
﹃日 本 の 歴史
﹄ シリ ーズ で は︑
戦 国の 家法
﹂の 章 を 設け
︑ 三〇 ペ ージ にわ たる 戦 国大 名法 に関 す る叙 述が ある1
︒︶
次に
︑一 九七 五 年刊 行の
﹃岩 波 講座 日 本歴 史﹄ シリ ー ズで は︑ こち ら も
﹁戦 国法
﹂の 章 を設 け︑ 戦国 大 名法 を含 んだ 戦 国期 の法 につ い て︑ その 実態 と 存在 意 義に つい て詳 説 され てい る2
︒︶
ま た
︑一 九八 五年 刊 行の 山川 出版 社
﹃新 日本 歴史 大 系﹄ にお いて は
﹁大 名領 国制
﹂ の章 に
﹁領 国法
﹂の 節 を設 け︑ 戦国 大 名 法の 概要 と︑ そ れが 大名 の領 国 支配 にお いて 果 たし た役 割に つ いて 主に まと め られ て いる3
︒︶
一 九八 二 年刊 行の 小学 館
﹃体 系 日本 の歴 史﹄ に おい ては
﹁分 国 法の 成立
﹂の 一 節が あり
︑オ ー ソド ック スな 戦 国大 名法 の解 説 がな され てい る4
︒︶
しか し︑ 一九 九 二年 の集 英社
﹃ 日本 の 歴 史5
﹄︶
以 降︑ 一 九九 四年 の﹃ 岩波 講座 日本 通史6
﹄︶
︑ 二〇
〇一 年の 講 談社
﹃ 日本 の 歴史7
﹄︶
︑二
〇
〇二 年 の中 央公 論新 社
﹃日 本の 中 世8
﹄︶
︑ 二〇
〇三 年の 吉 川弘 文館
﹃日 本 の時 代 史9
﹄︶
︑二
〇
〇八 年 の小 学館
﹃日 本 の歴 史10
﹄︶
にお い ては
︑戦 国大 名 法に 関す る独 立し た記 述 が多 くて 数ペ ージ 程 度︑ ある いは ほぼ なさ れ なく なっ て い る︒ これ らに お ける 戦国 期の 法 に関 する 記述 は
︑戦 国大 名法 以 外の もの
︑た と えば 村 落や 惣な どの 地 域共 同体 の法 的 慣 習︑ 戦国 大名 よ りも 下位 に位 置 する 領主 間で の 契約
︑協 約な ど が中 心で ある
︒ 以上 の動 向を ま とめ るな らば
︑ 近年
︑統 治す る 側の 戦国 大名 権 力の 法よ りも
︑ 統治 さ れる 側の 中小 の 領主 や村 落共 同
体 など の法 およ び 法的 慣習 のほ う が重 視さ れる よ うに なっ たと 評 する こと がで き よう
︒ 実際
︑一 九九
〇 年代 以降 の各 論 集 にお いて は︑ 地 域社 会の 動向 に 関す る記 述量 が 大幅 に増 え︑ 戦 国大 名法 はそ の 中で 必 要に 応じ て紹 介 され る形 式が 主 と なっ てい る︒ そ れら で中 心的 題 材と さ れて いる の は︑
戦国 大名 の動 向﹂ と﹁ 地 域社 会秩 序 の動 向﹂ の 二点 であ る︒ 前 者は 戦国 大名 権 力を めぐ る権 力 関係
︑政 治的 動 向で あり
︑そ の 一環 とし て法 制 定に 触 れる
︒後 者は 村 落な どの 地域 共 同 体に 関す る︑ 大 名権 力や 他の 地 域集 団と の 関係 性が 中心 であ り︑ その 動向 から
﹁在 地 の 法﹂
在地 の慣 行﹂ が当 時の 社 会を 象徴 する も のと して 描か れ る︒ いず れに し ても
︑こ こに お いて 戦国 大名 法 その も のは 中心 的話 題 では ない
︒想 定 す る読 者層 や編 集 方針
︑著 者の 問 題関 心な どの 影 響が 当然 大き い だろ うが
︑そ れ らの 要 素は 学会 動向 と ある 程度 リン ク し てい る と考 える のが 自然 であ る︒ 従っ て︑ 現在 の歴 史 学界 にお いて
︑戦 国 大 名法 の重 要性
︑優 先 度は 相 対 的 に低 く な って いる とみ な して よい と思 わ れる
︒ この よう な状 況 を生 んだ 要因 は いく つか 想定 で きる が11
︑︶
最も 重 要な のは
︑戦 国 大名 法 を理 解す るた め の枠 組み につ い て の通 説的 見解 が かな りの 程度 強 固に 定着 して お り︑ それ 自体 に 対す る批 判的 な 検討 が あま りな され て いな いこ とに あ る と考 えら れる
︒ 戦国 大名 法を 含 む戦 国期 の法 に つい ての 個別 の 研究 は着 実に 蓄 積さ れて いる
︒ 個別 事 例の 集積 と検 討 がな され
︑よ り 詳 細な ディ テー ル を明 らか にす る 作業 が進 めら れ てい る︒ その 成 果に より
︑た と えば
︑ 地域 社会 にお け る村 落間
︑領 主 間 にお ける 紛争 の 状況 とそ の解 決 に対 して の在 地 の法 の存 在︑ そ こに どう 大名 権 力の 法 が関 与し てい っ たの か︑ など の 個 別の ケー スが 解 明さ れて きた
︒ しか しそ の成 果 を踏 まえ て所 与 の通 説的 理解 に 見直 し を加 え︑ 改め て 戦国 大名 法全 体 の 歴史 的意 義に つ いて の理 解を 深 める 試み が十 分 に行 われ てい る とは 言い がた い 状況 に ある と思 われ る ので ある
︒ 歴史 学に 限ら ず
︑研 究関 心や テ ーマ 設定 の過 度 の細 分化 傾向 は
︑現 代の 学術 研 究が 克 服す べき 課題 と して 指摘 され て い る︒ 学術 研究 に おけ る一 般論 と して
︑自 らの 関 心に 基づ く調 査
︑考 察を 経て な るべ く 確か なこ とを 主 張し よう とす れ
ば
︑研 究テ ーマ の 設定 範囲 は必 然 的に 狭く なら ざ るを 得な い︒ 着 実に 成果 を積 み 重ね
︑ 少し ずつ 地道 に 確か なこ との 総 量 を増 やし てい く こと こそ が学 術 研究 の方 法の ひ とつ の柱 であ る こと は確 かで あ るし
︑ その 姿勢 を軽 視 する こと は学 術 研 究そ のも のの 否 定に つな がる こ とで ある
︒ いっ ぽう で︑ 研 究関 心の 細分 化 が進 めば
︑他 の 学術 分野 との 対 話が 閉ざ され
︑ 個々 の 分野 で得 られ た 知見 はご く限 ら れ た専 門家 間に し か共 有さ れな い
︑と いう 事態 に つな がる
︒こ れ も一 般論 とし て
︑あ る 分野 の研 究全 体 を底 上げ する
︑ あ るい は研 究の 新 たな 展開 を生 み 出す ため には
︑ 個別 の研 究成 果 を俯 瞰し
︑評 価 を行 い
︑分 野全 体の 動 向を 踏ま えた 上 で
︑そ の後 進む べ き大 まか な方 向 性を 模索 し続 け るこ とも また 重 要で ある
︒ 確か な個 別研 究を 蓄 積す るこ とと
︑そ れ ら を総 括︑ 普 遍化 し理 解 の枠 組み を設 定す る こと
︑ これ らは 車 の 両 輪で あ り
︑ふ たつ の方 法 論に 基づ く成 果 を相 互に フィ ー ドバ ック し合 っ てこ そ︑ 学界 の 発展 に つな がる
︒あ ま りに も自 明の こ と であ る が︑ 本 稿に おけ る筆 者 の問 題関 心か ら︑ こ の こと は改 めて 確認 して お くべ きと 考え
︑強 調 し てお く こ とと す る
︒な ぜな ら︑ 筆 者が 専門 とし て いる 日本 法制 史 分野 が︑ 前述 の よう な戦 国大 名 研究 に 関す る現 状と 課 題に 対し て︑ 今 何 らか の貢 献を す るこ とが でき る
︑あ るい は貢 献 しな けれ ばな ら ない と強 く感 じ るか ら であ る︒ 現在 見る とこ ろ
︑戦 国大 名法 を 含む 戦国 期の 法 につ いて の研 究 成果 は︑ その ほ とん ど が歴 史学 分野 に 軸足 を置 く研 究 者 から 出さ れて お り︑ 日本 法制 史 分野 から はさ ほ ど積 極的 な参 与 がな いよ うに 思 われ る
︒そ もそ も近 年
︑日 本法 制史 分 野 に軸 足 を置 く研 究者 のな かで
︑戦 国期 の法 その もの に 強く 関心 を抱 き︑ そ れ を研 究対 象と する 者 は多 く な い︒ 加 え て
︑戦 国期 の法 に 言及 され る場 合 の主 たる 関心 は
︑戦 国期 を超 え た前 近代 全体 の 国制 を 見通 す中 で︑ 中 世か ら近 世へ の 移 行期 の法 とし て 戦国 大名 法を 捉 える こと に向 い てい る︒ その た め︑ 戦国 期の 法 その も のを 研究 対象 と する 試み 自体 が あ まり なさ れず
︑ また 戦国 期の 法 に関 する 近時 の 研究 成果 を法 制 史分 野に 反映 さ せる こ とが 不十 分な 状 況に ある
︒ 現在 歴史 学分 野 の研 究者 から 提 示さ れる 興味 深 い数 々の 成果 を
︑法 学の 視点 か ら見 た 場合
︑現 在の 研 究状 況に 新た な
論 点を 提示 でき る ので はな いか
︒ 法学 の問 題関 心 や分 析視 角に 基 づい て歴 史事 象 を観 察 した 場合 に︑ こ れま での 成果 に 加 えて どの よう な 貢献 がで きる か
︒法 制史 は法 学 の一 分野 とし て 日本 に登 場し た が︑ そ の学 問的 性格 上 当然 に歴 史学 と 密 接な 関係 にあ る
︒自 らの 学問 上 の立 ち位 置に こ だわ る必 要は な いが
︑戦 国法 研 究に お ける 歴史 学分 野 優位 の近 況を 踏 ま える なら
︑あ え て法 学に 軸足 を 置く 試み には 意 義が ある と考 え る︒ 筆者 が想 定す る 具体 例を 挙げ る なら
︑戦 国大 名 が発 布し た法 令 の内 容や 制定 背 景︑ 目 的な どに つい て
︑戦 国期 に関 す る 近時 の様 々な 研 究成 果を 踏ま え て全 体像 を再 構 築す るこ と︑ 着 実に 明ら かに さ れて い る戦 国大 名に よ る裁 判の 実態 に つ いて
︑そ こで 戦 国大 名法 がど の よう な役 割を 果 たし てい たの か を解 明す るこ と
︑そ の よう な作 業を 通 じて 戦国 大名 法 そ のも のの 法制 史 上の 再定 位を 行 うこ と︑ など で ある
︒ もと より 浅学 非 才の 身に どれ だ けの こと が可 能 であ るか わか ら ない が︑ 関心 が 失わ れ つつ ある 戦国 大 名法 研究 につ い て
︑歴 史学 分野 の 諸賢 から 学び つ つ︑ 法学 分野 か らの 視点 を提 供 する こと で︑ 学 界全 体 の発 展に 少し で も貢 献し たい と 考 えて いる
二
︒戦 国 大 名 法 と そ れ を 取 り 巻 く 諸 要 素 の 概 要
まず
︑以 後の 叙 述の 前提 とし て
︑戦 国大 名法 と それ に関 連す る 主要 な事 項に つ いて
︑ 現時 点で 学界 の 共通 認識 とな っ て いる と思 われ る 内容 を︑ 筆者 の 認識 に基 づい て 簡単 にま とめ て 提示 して おき た い12
︒︶
︵ 1
︶ 戦 国 期 の 社 会 と 秩 序
本稿で題 材と す る戦 国大 名法 は
︑戦 国期 の法 の 一部 をな す︒ ど の期 間を 戦国 期 と扱 う かに つい ては さ まざ まな 議論 が な され てき た︒ 一 般的 には 応仁 元
︵一 四六 七︶ 年 の応 仁の 乱発 生 から
︑織 田信 長 上京 の 永禄 十一
︵一 五 六八
︶年
︑あ る い は︑ 信長 によ る 将軍 足利 義昭 の 追放
︵室 町幕 府 の滅 亡︶ の天 正 元︵ 一五 七三
︶ 年の 時 期を 指す とさ れ る13
︒︶
歴史 上の 画期 を どこ に求 める か は︑ 論者 の認 識 によ り︑ また 論 考の 目的 によ り
︑当 然 異な る︒ ここ で 示し た一 般的 理 解 は︑ 基本 的に 室 町幕 府の 実質 的 崩壊 と︑ 織田 信 長・ 豊臣 秀吉
・ 徳川 家康 らに よ って 成 し遂 げら れた
﹁ 天下 統一
﹂事 業 と をつ なぐ 政治 史 的な 観点 から 設 定さ れた もの で ある
︒法 制史 に おけ る戦 国期 と いう 区 分も 基本 的に こ れに 依っ てい る が
︑そ の画 期は 明 確な もの では な いし
︑明 確に す るこ とに こだ わ る意 味も あま り ない と 思わ れる
︒戦 国 期の 法に 着目 し た 場合
︑そ の成 立 と展 開は 全国 各 地で 並行 して 進 めら れた もの で ある ため
︑全 国 規模 で の統 一的 な画 期 を設 定す るこ と が 困難 であ る︒ ま た︑ その 後の 時 代に 法秩 序が 安 定す るに は︑ 早 くと も一 七世 紀 の幕 藩 体制 成立 を待 た ねば なら ない
︒ な らば
︑戦 国法 を 単に
﹁戦 国期
﹂ の法 のみ に限 定 せず
︑そ の前 後 の時 代と の間 で 進ん だ 法秩 序の 変容 を 連続 的に 捉え る 必 要が あろ う︒ 具 体的 には
︑十 五 世紀 後半 から 一 六世 紀く らい ま でを 戦国 期と 扱 うこ と が適 当で ある と 考え る︒ 次に
︑戦 国期 の 社会 秩序 をな す 主な 権力 主体 に つい てま とめ る
︒そ の主 な内 訳 は︑
① 戦国 大名
︑② 村 落共 同体
︑③ 中 間 層︑
④国 人領 主
︑⑤ 中央 政権
︵ 幕府
︑朝 廷な ど
︶︑ であ る︒
①の 戦国 大名 の 定義 や権 力と し ての 性格 につ い ては これ まで 多 くの 議論 が積 み 重ね ら れ︑ 現在 も継 続 中で ある が14
︑︶
他 の 権力 から 実質 的 に独 立し 実力 で 排他 的な 領域 支 配を 実現 した こ とが 最も 重要 な 点で あ り︑ この こと は 共通 認識 とし て 問 題な いと 思わ れ る︒ これ を前 提 とし て︑ その 由 来や 権力 の成 立
・展 開の あり か た︑ 権 力の 源泉
︑他 の 主体 との 関連 と い った 関心 から
︑ さま ざま な戦 国 大名 概念 が提 唱 され てき た︒
戦前 には
︑戦 国 大名 をそ の支 配 領域 内の 専制 権 力で ある かの よ うに 捉え る傾 向 があ っ た︒ その 後︑ 社 会経 済史 的観 点 か ら戦 国大 名の 経 済基 盤に つい て の分 析が 多く 行 われ
︑そ の過 程 で② 村落 共同 体 や③ 中 間層
︑④ 国人 領 主な ど︑ 大名 の 支 配領 域内 に存 在 する 多様 な主 体 への 関心 が集 ま った
︒そ のよ う な観 点か らの 研 究の 成 果と して
︑地 域 社会 の自 立性 を 示 す要 素が 次々 に 明ら かに なっ た
︒
②村 落共 同体 に つい て言 えば
︑ それ らが 相当 に 強力 な自 治組 織 を構 成し て︑ 他 の村 落 共同 体や 領主 層 に対 して
﹁自 力 救 済行 為﹂ を繰 り 返し てお り︑ そ れが 大名 によ る 領域 支配 にも 影 響を 与え てい た
︒ま た
︑④ 国人 領主 に つい ては
︑程 度 の 差は ある が自 立 性を 志向 して お り︑ 自立 性を 維 持す るた めに 同 クラ スの 国人 領 主の 間 で﹁ 国人 一揆
﹂ と呼 ばれ る領 主 結 合を 形成 し︑ そ の間 で﹁ 一揆 契 状﹂ と呼 ばれ る 協約 を締 結し て いた こと が指 摘 され て いる
︒や がて 国 人領 主は 戦国 大 名 の家 臣と して 大 名権 力に 組み 込 まれ てい くが
︑ その 中で も自 立 性は 相当 程度 維 持さ れ てお り︑ 少な く とも 大名 権力 が 一 方的 に支 配を 及 ぼせ る存 在で は なか った
︒そ し て③ 中間 層は
② と④ との 間に 位 置す る 存在 であ って
︑ 戦国 大名 権力 に よ る領 内秩 序の 形 成に あた って 大 きな 役割 を果 た した 存在 とし て 注目 され てい る
︒以 上 のよ うに
︑戦 国 大名 権力 は地 域 社 会の 様々 な主 体か らの 制約 を 受け てお り︑ 必 ずし も 専制 的な 存在 では なか った と考 える こと が現 在 では 一 般 的で あ る
︒ また 一方 では
︑ 戦国 大名 権力 の 支配 の正 当性 や
︑全 国規 模の 国 制の 中で の大 名 権力 の 位置 づけ のた め
︑⑤ 中央 政権 と の 関係 につ いて も 検討 が続 けら れ てい る︒ その 成 果と して
︑大 名 権力 は︑ 実力 で 領域 支 配を 実現 した と はい って も︑ 朝 廷 や幕 府の 権威 か ら完 全に 独立 し て存 在し てい た わけ では ない こ とが 明ら かに さ れて い る︒ 具体 的に は 官位 官職 を要 望 し それ を得 てい た こと
︑他 の戦 国 大名 権力 との 紛 争時 に幕 府の 仲 裁が しば しば 行 われ
︑ それ が一 定の 効 力を 有し てい た こ と︑ など であ る
︒ま た︑ 戦国 大 名法 の効 力の 源 泉を
︑室 町幕 府 体制 下で 守護 に 与え ら れて いた 公権 力 の一 要素 に求 め る 見解 も有 力で あ る︒
︵ 2
︶ 戦 国 大 名 法 と
﹁ 分 国 法
﹂
戦国期に 存在 した さ ま ざま な 法︵ 主 に成 文 化 さ れた 法 令 や 協 約︶ や 法 的 慣習
︵主 に 成文 化 され て いな いさ まざ まな ルー ル︶ の こと を戦 国法 と 呼ぶ
︒ その 内訳 は 大略
︑① 朝廷 や 幕府 など の中 央 政府 の法
︑② 戦 国大 名権 力が 定 めた 法︑
③地 域 社 会の 領主 間で な され た契 約や 協 約︑
④地 域社 会 の基 盤た る村 落 共同 体が 制定
︑ 運 用し た 法 や法 的慣 習︑ に 分類 で きる
︵ 図1 参照
︶︒ 筆者 の関 心は
②に あ るが
︑ 戦 国期 の社 会は 秩 序が 大変 流動 的 であ り︑
①②
③
④そ れぞ れが 相 互に 影響 を与 え あ って いた 側面 が ある
︒そ のた め
︑戦 国大 名研 究 につ いて も︑ 近 年は
︑総 体と し て の戦 国法 の中 に 戦国 大名 法を 位 置づ け︑ その 特 質や 意義 が検 討 され るの が普 通 で ある
︒ 戦国 大名 法は 一 般に
﹁分 国法
﹂ 武 家家 法﹂ の 名で 知ら れ る15
︒︶
表 に現 在﹁ 分 国法
﹂と して 知ら れる もの を 示す
︒ その 特 徴は 以下 の点 に ある とさ れる16
︒︶
⒜ 戦国 大名 が 自ら の支 配領 域 に対 して 発布 し た法 であ るこ と
⒝ 個別 法で は なく
︑恒 久的 効 力を 付与 し制 定 した 集成 法で あ るこ と
⒞ 家臣 団と 領 国・ 領民 とを 統 治す るた めの 基 礎と なる 法で あ るこ と 留意
せね ばな らな い のは
︑ 分 国法
﹂だ けが 戦国 大名 法の す べて では ない
︑と い う 点 で あ る︒
分 国法
﹂と い う名
称 図1. 戦国法の概念図
は
︑一 部の 戦国 大 名が 自ら の領 国 を﹁ 分国
﹂と 称 して いた こと に 由来 する
︒従 っ て﹁ 分国 法﹂ を 戦国 大名 法と 同 義に 理解 する 考 え方 もか なり 一 般的 であ る︒ そ の意 味で は︑ こ こで 列挙 した も の を こ とさ ら に 特 別視 す る 必 要 はな い か も しれ な い
︒例 え ば
︑こ の中 には 安 芸毛 利氏 や越 後 上杉 氏︑ 後北 条 氏な どの 有力 な 戦国 大名 が含 ま れな い︒ これ ら 有力 大名 も多 く の個 別法 令を 定 めて おり
︑あ る 程度 の法 治を 志 向し てい た︒ ま た︑ 列挙 した
﹁分 国 法﹂ を定 めた 戦国 大名 も︑ これ 以外 に個 別法 令 を多 数 出 し てい る︒ 本稿 で はこ れら 全て を 含め て戦 国大 名 法と 呼称 して い る︒ とは いえ
︑ 分 国 法﹂ を 区別 する 必要 は やは り存 在 する と 思 わ れる
︒多 数存 在 した 個別 法令 の 中で
︑法 典と し てこ れら が編 ま れた こと の意 義 は重 要で ある
︒ 表の
﹁主 要地 域
﹂の 項目 で示 し たと お り︑
分国 法﹂ の 成 立時 期や 効力 が及 んだ と され る 地 域 は相 当に 差が あ る︒ また
︑前 段 で挙 げた 有力 な 戦国 大名 は︑ 法 典を 持た ずと も 強力 な領 国支 配 を展 開し たこ と が知 られ てい る
︒従 って 法典 編 纂の 理由 や目 的 は単 に大 名権 力 の強 弱や 専制 性 の程 度だ けで は 説明 でき ない
︒ 大名 権力 内外 で の大 きな 出来 事
︵内 外乱 や大 名 当主 の代 替わ り
︶が 編纂 の有 力 な理 由で ある
表:一般的に知られる「分国法」の一覧
通称 成立時期 制定者 主要地域
相良氏法度 1493‑1555 相良為続・長毎・晴広 肥後国人吉三郡 大内氏掟書 1495頃 大内氏代々 周防国 今川仮名目録
仮名目録追加 1526 1553
今川氏親
今川義元 駿河国
塵芥集 1536 伊達 宗 陸奥国・出羽国 甲州法度之次第 1547 武田信玄 甲斐国 結城氏新法度 1556 結城政勝 下総国結城郡 新加制式 1560頃 三好氏 阿波国 六角氏式目 1567 六角義賢・義治 近江国南部 長宗我部氏掟書 1596 長宗我部元親・盛親ら 土佐国 吉川氏法度 1617 吉川広家 周防国
こ とが すで に指 摘 され てい るが
︑ 今後 さら なる 検 証が 必要 だと 考 える
︒
︵ 3
︶ 戦 国 大 名 法 の 二 面 性
戦国大名 法に は
﹁家 法﹂ と﹁ 国 法﹂ のふ たつ の 要素 が存 在す る とさ れる
︒た だ
︑こ の 二つ の基 本的 性 格は 一つ の分 国 法 の中 で明 確に 分 ける こと がで き るも ので はな く
︑両 者が 渾然 一 体と なっ てい る
︒戦 国 大名 権力 は︑ 大 名と 家臣 との 主 従 関係 を基 礎と し て︑ その 領国 に 公権 力的 支配 を 及ぼ して いっ た
︒そ の過 程で 必 要に 応 じて 法が 制定 さ れた が︑ それ ら は 個々 の大 名が 置 かれ た個 別の 事 情に よっ て多 種 多様 なも ので あ った
︒ 家 法﹂ とは
︑中 世 武家 社会 でし ば しば 作成 され た
﹁家 訓﹂
置 文﹂ の流 れを 汲 む
︑家 臣を 統制 す るた めの 規範 で ある
︒そ れら で 規定 され る典 型 的内 容と して
︑ 日 常的 にと るべ き 行動
︑道 徳的 訓 戒︑ 家臣 の序 列
︑家 臣間 で紛 争 が発 生し た際 の 解 決法
︑な どが 挙 げら れる
︒た だ し︑ 戦国 大名 家 臣団 の場 合︑ 他 の要 素に 留意 す る 必要 があ る︒ 家 中﹂ とも 呼ば れ た戦 国大 名の 家臣 団 は︑ 大 名家 を核 とし て︑ そこ に周 辺の 領 主が 家臣 とし て 加わ るこ とで 成 立し た︒ 図2 で 示す 通り
︑そ れ らは 大名 家の 血 縁 関係 者︑ 非血 縁 関係 者か らな り
︑か なら ずし も 一枚 岩の 存在 で はな かっ た︒ と り わけ
﹁国 衆﹂ と 称さ れる
︑大 名 本家 と家 格や 勢 力が 比較 的近 い 家臣 との 関係 は む しろ 同盟 関係 に 近い もの であ り
︑一 方的 な服 従 を求 める こと が 困難 であ った と さ れる
︒従 って
︑ 戦国 大名 の家 臣 団は
︑主 従関 係 で結 ばれ た集 権 的な 性格 と︑ 地
図2. 戦国大名家臣団の概念図
縁 的な 領主 連合 と の二 面性 を併 せ 持っ てい たと 言 える
︒す でに 触 れた 通り
︑中 世 後期
︑ 国人 領主 層は そ れぞ れの 自立 性 を 保ち つつ 相互 の 利害 を調 整す る ため に﹁ 一揆 契 状﹂ と呼 ばれ る 協約 を締 結す る こと が しば しば あっ た
︒そ の具 体的 内 容 は︑ 所領 や水 利 権な どに 関し て 紛争 が生 じた 場 合は
﹁一 揆﹂ 連 合の 取り 決め と 合議 に 基づ き解 決す る
︑と いう もの で あ った
︒家 臣団 形 成の 過程 で︑ 戦 国大 名は この 国 人領 主連 合を 支配 下 に組 み込 んで いく こ とと 連動 し︑
一 揆契 状﹂ の 内 容を 吸収 する こ とに なっ た︒ 戦 国大 名法 は︑
置文
﹂ 家 訓﹂ と して の性 格に
﹁ 一揆 契 状﹂ の要 素が 加 わっ てそ の基 礎 を 形作 って いる と 理解 する のが 一 般的 であ る︒ これ に対 して
﹁ 国法
﹂は 領国 統 治の 法で ある
︒ その 観念 的な 源 流は
︑室 町時 代 以前 に 幕府 から 任じ ら れ︑ 地域 支配 を 行 って いた 守護 の 法に ある
︒戦 国 大名 の出 自は 様 々で ある が︑ そ の多 くは 領国 形 成の 過 程で 守護 の権 限
︵支 配領 域に 対 す る裁 判権
︑徴 税 権な ど︶ を掌 握 して いく
︒た と えば 前に 表で 示 した
﹁分 国法
﹂ 制定 主 体の うち
︑今 川 氏や 大内 氏は 室 町 期の 守 護大 名か ら戦 国大 名に 転 化し た存 在と して 知 られ
︑ 定め た法 にも 守 護大 名時 代か らの 連 続性 を見 いだ せ る︒ い っぽ う︑ 後北 条 氏は 一五 世紀 末 以降 に急 速に 大 名権 力と して 発 達を 遂げ たが
︑ そこ で は自 らの 領国 を
︑古 代以 来の 行 政 区分 とし ての 国 とは 別の
︑観 念 的な
﹁国
﹂ 国家
﹂ とみ なし てい た こと が明 らか に され てい る17
︒︶
こ のよ うな 意識 か ら︑ 戦 国大 名は 自ら の 領国 にお いて 公 権力 とし て君 臨 する 正当 性を 獲 得︑ ある いは 主 張し
︑ 領国 統治 を進 め てい った
︒ この よう なか た ちで 戦国 大名 が 公権 力的 支配 を 及ぼ すに 際し て の地 域社 会と の 関係 は
︑戦 国法
︑戦 国 大名 法に つい て 理 解す る上 で重 要 視さ れて いる
︒ 戦国 大名 法に お ける
﹁国 法﹂ 的 要素 は︑ 国人 領 主層 や 中間 層︑ 村落 共 同体 など を対 象 と した 規定 だか ら であ る︒ 戦国 大 名は その 存立 の ため に地 域社 会 の経 済面 での 掌 握を 進 め︑ 徴税
︑軍 事 動員 の権 限を 獲 得 して いく 過程 で
︑裁 判権 や法 制 定権 を獲 得し て いっ たと され る
︒し かし それ は
︑自 立 性を 維持 しよ う とす る地 域社 会 の 各主 体の 強い 抵 抗に 遭っ たこ と が明 らか にさ れ てい る︒ この
︑ 公権 力的 支配 を 及ぼ そ うと する 大名 権 力と
︑そ れに 抗 す る地 域社 会︑ と いう 構図 の中 で
︑両 者の 関係 の 実態 につ いて の 研究 が多 く行 わ れ︑ 成 果が 蓄積 され て いる
︒
︵ 4
︶ 移 行 期 の 法 と し て の 戦 国 大 名 法
戦国期は
﹁旧 体 制の 破壊 と近 代 への 胎動 の時 代18
﹂︶
とい う 表現 に 象徴 され るよ う な︑ 中 世的 秩序 の解 体 と再 編︑ 近世 的 秩 序の 構築 に向 け た時 期と 位置 づ けら れる
︒こ の 時期 に関 する 研 究に おい ては
︑ 当然 な がら 中近 世移 行 期と いう 経年 変 化 の要 素が 強く 意 識さ れる
︒戦 国 期は
︑中 世中
・ 後期 の室 町幕 府 と近 世の 江戸 幕 府と い うそ れな りに 安 定し た全 国的 武 家 政権 が 存在 感を 持っ て いた 時 期と 比べ
︑ 二つ の安 定 期に 挟ま れ秩 序が 流動 化 して いる 時期 であ る︒ この 時 期 の研 究 は
︑ど ちら かの 安 定期 に軸 足を 置 き︑ そこ を基 準 とし て歴 史的 事 象を 評価 する の が通 例 であ る︒ これ に関 わっ て
︑法 制史 の分 野に 即し て言 え ば︑ 二 つの 安定 期に
︑そ れぞ れ中 世法 と近 世 法 と い う︑ あ る 程 度ま と ま った 法体 系の 研 究が 所与 のも の であ る点 が重 要 であ る︒ 戦国 期 の法 はこ の両 者 の間 で 移行 期の 法と 位 置づ けら れて き た
︒そ こで 重要 な 論点 とさ れて き たの が﹁ 中世 的
﹃自 力救 済行 為
﹄の 否定
﹂で あ る︒ す なわ ち︑ 中世 社 会で 広く 行わ れ て いた
﹁自 力救 済 行為
﹂が 戦国 大 名権 力や 統一 政 権の 武力 によ っ て否 定さ れ︑ 代 わっ て 権力 によ る裁 判 や法 が社 会に 浸 透 する
︒さ らに 図 式的 に言 うな ら
︑自 力・ 分権 の 中世 から 専制
・ 集権 の近 世と い うこ と にな ろう か︒ こ れが
︑こ れま で 提 示さ れ通 説と し て定 着し てい る 基本 的な 構図 で ある
︒こ のよ う な図 式は 一九 八
〇年 代 には ある 程度 定 着し
︑各 論部 分 で の見 解の 違い は あれ
︑戦 国期 の 法を 扱う 際に 大 前提 とさ れて い る要 素で ある と 思わ れ る︒ この 基本 的 な枠 組み に︑ 戦 国 期に おけ る法 的 なる もの ごと を 発見 し︑ 配置 し て評 価し てい く 作業 が着 実に 進 めら れ てき た︒ その 成 果は 極め て重 厚 で あり
︑尊 重さ れ るべ きも ので あ る︒ いっ ぽう で︑ こ の基 本的 な枠 組 み自 体の 検討 が 必要 では ない か と筆 者は 考え て いる
︒ その 鍵と なっ て いる
﹁自 力救 済 行 為﹂ の評 価に 関 して 再検 討の 余 地が ある と思 わ れる から であ る
︒章 を改 めこ の こと に つい て疑 問点 の 提示 とコ メン ト を 行う
︒
三 自 力 救 済 行 為
﹂ と 戦 国 大 名 法 と の 関 係 に つ い て の 検 討
本章 では
︑戦 国 大名 法の 法制 史 的意 義に つき
︑ 自 力救 済行 為﹂ を 含む 私 的実 力行 使と の関 連 に着 目し て検 討す る︒ 戦 国大 名法 は中 世 的法 秩序 から 近 世的 法秩 序へ の 移行 期の 法と し て位 置づ けら れ るこ と はい うま でも な い︒ 理念 的に 言 え ば︑ 中世 社会 で は﹁ 自力 救済 行 為﹂ が広 く行 わ れて おり
︑そ こ では 権利 の正 当 性判 断 も実 現の ため の 手段 も︑ さま ざ ま な主 体に ひろ く 分有 され てい た
︑と され る︒ い っぽ うで 同じ く 理念 的に は︑ 近 世社 会 では
﹁自 力救 済 行為
﹂が 禁止 さ れ
︑支 配者 権力 が 裁判 や法 制定 の 権限 を独 占し て おり
︑各 主体 は それ に服 する こ とが 求 めら れて いた
︑ とさ れて いる
︒ な らば
︑移 行期 の 法と して 戦国 大 名法 を位 置づ け るな ら︑ この 相 対す るふ たつ の 理念 的 な法 観念 を適 切 に接 続す る理 路 を 説明 する 必要 が ある
︒こ れま で の研 究で は︑ 大 略︑ 戦国 大名 権 力が
︑実 力を も って 中 世的 要素 を否 定 し︑ 近世 的要 素 を 生み 出し てい っ たの だと され て きた
︒し かし
︑ 両者 を対 立関 係 のみ で理 解し よ うと す るこ とに は限 界 があ る︒ その 内 実 につ き︑ 今少 し 詳細 な検 討が 必 要だ と 考え る︒ 以 下︑
喧 嘩両 成敗 法﹂ と
﹁村 落 共 同体 によ る﹃ 自 力救 済 行為
﹄ とを 手 がか りに
︑今 後 の研 究深 化を 目 指し た若 干の 検 討を 行い
︑展 望 を示 した い︒
︵ 1
︶ 喧 嘩 両 成 敗 法 の 成 立 と 戦 国 大 名 法
戦国大名 法の 法 制史 上の 意義 に つい て論 じ る際
︑ しば しば 引き 合 いに 出さ れて きた の が﹁ 喧 嘩両 成敗 法﹂
以 下︑ 両 成 敗法 と表 記す る
︶で ある
︒喧 嘩 の両 当事 者を そ の理 由の 如何 を 問わ ず処 罰す る とい う この 法は 戦国 大 名法 に散 見さ れ る が︑ これ が戦 国 大名 法の 重要 な 性格 の象 徴で あ ると され
︑そ の 成立 過程 が戦 国 大名 法 の性 格を 論じ る 手が かり とさ れ て きた
︒以 下︑ こ の法 をめ ぐる 議 論に 沿っ てコ メ ント を加 える19
︒︶
現在 の通 説的 理 解で は︑ 両成 敗 法の 成立 は︑ 中 世で 日常 的に 行 われ てい た私 的 実力 行 使が
︑戦 国大 名 や統 一権 力︵ 織 豊 政権
︑江 戸幕 府
︶に より 否定 さ れた こと の一 つ の象 徴と して 評 価さ れて いる
︒ その 概 要は 以下 の通 り であ る20
︒︶
中世 社会 では 実 力行 使が 日常 的 に行 われ てお り
︑そ れは 自ら の 権利 の正 当性 を 主張 す る﹁ 自力 救済 行 為﹂ とし ての 側 面 を持 って いた
︒ とり わけ
︑武 家 社会 にお いて は
︑武 士の 間で の 普遍 的な 規範 で ある
﹁ 道理
﹂に 基づ い て﹁ 理非
﹂を 判 断 しそ の正 当性 を 主張 する こと
︑ およ びそ の実 現 のた めの 暴力 を 行使 する こと が 個々 の 武士 にと って 当 然の こと であ っ た
︒そ のい っぽ う で幕 府や 領主 な どの 支配 者権 力 の側 は﹁ 自力 救 済行 為﹂ を含 む 私的 実 力行 使を 否定 し て︑ 支配 領域 内 の 独占 的な 裁判 権 を掌 握し てい く こと を志 向し て いた
︒そ のよ う な流 れの 中で
︑ 実力 行 使‖
﹁喧 嘩﹂ を 法で 禁止 する 動 き が現 れ︑ その 延 長線 上に 両成 敗 法が 現れ る︒ 中 世後 期か ら戦 国 期に かけ て存 在 した 喧 嘩処 理に 関す る 法は さま ざま だ が
︑大 名権 力の 強 化に 伴い それ ら が段 階的 に両 成 敗法 へと 収束 し てい く︒ 両成 敗 法は 私 的実 力行 使の 全 面的 な禁 止の 志 向 の象 徴で あり
︑ それ が法 とし て 制定 され たこ と は︑ 権利 の正 当 性を 判断 する 権 限が 大 名権 力に 一元 的 に掌 握さ れた こ と を意 味す る︒ この よう な見 解 の要 点は
︑実 力 行使 を前 提と す る中 世的 な法 観 念が 戦国 大名 権 力に よ って 否定 され
︑ 法や 裁判 に基 づ い て紛 争を 解決 す る近 世的 な法 観 念が 定着 して い った とす る点 に ある
︒し かし
︑ その 象 徴と して 両成 敗 法を 設定 する こ と に筆 者は いく つ かの 点で 疑問 を 持っ てい る︒ 現 時点 で明 快な 主 張を 得る には 至 って い ない が︑ 検討 す べき 課題 とし て 列 挙す る︒ 第一 に︑ 実際 に 戦国 大名 法に 現 れる 両成 敗法 が 規定 して いる
﹁ 喧嘩
﹂と いう 状 態な い し行 為の 具体 像 が明 らか にさ れ る べき
︑と いう 点 であ る︒ 上記 の 論で は︑ さま ざ まな 権利 の主 張 とし ての
﹁自 力 救済 行 為﹂ と喧 嘩と を 同義 に扱 って い る
︒確 かに
︑史 料 に現 れる 無数 の
﹁喧 嘩﹂ の語 に は﹁ 自力 救済 行 為﹂ とし ての 実 力行 使 が多 く存 在す る こと は間 違い な い
︒し かし
︑少 な くと も︑ 戦国 大 名法 で定 めら れ た両 成敗 法を 初 めと する 喧嘩 を 規制 す る法 が全 て﹁ 自 力救 済行 為﹂ を
対 象と して いる こ とを 示す 証拠 は 管見 の限 り発 見 でき てい ない
︒ 自 力救 済行 為﹂ と 喧嘩 とは
︑私 的 な実 力行 使で あ る点 に お いて 共通 して いる が︑ 明確 な権 利主 張で はな い 実力 行使 が 喧嘩 には 含ま れ るは ずで ある
︒ 偶発 的に 発生 し た個 人間 闘争 を その 典型 例と し て挙 げ るこ とが でき よ う︒ 従っ て︑ 両 成 敗法 で規 制の 対 象と なっ た喧 嘩 とい う行 為あ る いは 状態 を︑ さ まざ まな 権利 主 張と し ての
﹁自 力救 済 行為
﹂に まで 安 易 に拡 大す べき で はな い︒ 喧嘩 を
﹁自 力救 済行 為
﹂全 般と みな す 見解 は︑ 室町 期 の﹁ 故 戦防 戦法
﹂を 両 成敗 法成 立史 に 位 置づ けた とこ ろ に端 を発 して い ると 思わ れる
︒ 故 戦防 戦法
﹂は 古く から 両成 敗法 の 祖法 とし て知 られ て いた が︑ そ の 所以 は実 力行 使 を仕 掛け た側 も 仕掛 けら れた 側 も︑ 程度 の違 い はあ れ双 方処 罰 する と いう 点に 存す る
︒し かし
︑故 戦 防 戦法 で規 制さ れ てい る実 力行 使 は基 本的 に何 ら かの 訴訟 案件 が 存在 する こと が 前提 の もの であ る︒ 法 制史 上の 変遷 の 流 れと して
﹁自 力 救済 行為
﹂規 制 が存 在し たこ と は明 らか だが
︑ 少な くと も戦 国 大名 法 の位 置づ けの た めに 両成 敗法 を 援 用す る場 合に は 当時 の﹁ 喧嘩
﹂ の実 態を より 深 く解 明す る必 要 があ ると 考え る21
︒︶
第二 に︑ 私的 実 力行 使の 規制 に のみ 着眼 する と
︑戦 国大 名法 の 画期 性を 却っ て 見い だ しに くく なる の では ない か︑ と い う点 であ る︒ 両 成敗 法を 象徴 化 すれ ばす るほ ど
︑そ れを 定め て いな い戦 国大 名 法と の 関連 を理 解す る こと が困 難に な る
︒戦 国大 名の 喧 嘩処 理法 は多 様 であ り︑ 両成 敗 はむ しろ 少数 派 とい える
︒両 成 敗法 を 定め てい ない 戦 国大 名法 はど の よ うな 位置 づけ で あっ たの かと い うこ とが 当然 問 題に され るべ き だが
︑そ の点 に つい て 納得 でき る説 は 管見 の限 り示 さ れ てい ない よう に 思わ れる
︒ 理路 とし て︑ 両 成敗 はす なわ ち 手出 しし た者 も 反撃 した 者も す べて 処罰 する こ とで あ り︑ それ があ ら ゆる 状況 で適 用 さ れる なら
︑私 的 実力 行使 の全 面 禁止 を意 味す る
︑と する 解釈 は 一応 筋が 通っ て いる
︒ また 戦国 大名 権 力の 性格 や法 を 見 れば 私的 実力 行 使規 制が 進め ら れる 傾向 があ る こと は推 測で き る︒ だが
︑私 的 実力 行 使の 禁止 自体 は 鎌倉 幕府 法に も 見 いだ すこ とが で きる
︒極 端な 例 では ある が︑ 鎌 倉幕 府の 基本 法 とさ れる
﹃御 成 敗式 目
﹄に おい ては
︑ 日常 の場 で発 生
し た偶 発的 ない さ かい など に際 し て殺 人︑ 傷害 を 犯し た者 を処 罰 する 旨が 定め ら れて い る︵ 第一
〇条
︶ が︑ これ は明 ら か に喧 嘩に 含め て よい 事例 であ ろ う︒ 戦国 大名 法 と同 様の こと が 鎌倉 幕府 法に お いて も 定め られ てい る のな ら︑ 両者 が ど う質 的に 異な る のか につ いて 解 明し ない と︑ 戦 国大 名法 独自 の 性格 につ いて こ れ以 上 理解 を深 める の は難 しい ので は な いか
︒ 第三 に︑ 両成 敗 法制 定と 裁判 権 掌握 との 関係 に つい て検 討が 必 要な ので はな い か︑ と いう 点で ある
︒ 上記 の論 では
︑ 私 的実 力行 使を 規 制す るこ とで 紛 争の 解決 を戦 国 大名 の裁 判権 に 委ね させ るこ と が重 要 であ ると され る
︒前 述の 通り
︑ 戦 国大 名権 力が 喧 嘩‖ 私的 実力 行 使の 禁止 によ り 裁判 権掌 握を 進 める
︑と いう 論 の枠 組 み自 体は 理路 と して あり 得る
︒ し かし
︑両 成敗 法 に関 して 言え ば
︑裁 判権 の掌 握 と喧 嘩処 理の た めの 規定 とは 無 条件 で 両立 する もの で はな いと 思わ れ る
︒ 一般 的に 言っ て
︑法 には
︑そ の 対象 とさ れた 者 の行 動を 規制 す る規 範と
︑裁 判 の手 続 と裁 判の 判断 基 準を 定め る規 範 と いう 二つ の側 面 が存 在す る︒ こ れを 踏ま えて 両 成敗 法を 見る と
︑そ の内 容が
︑ 喧嘩
‖ 私的 実力 行使 を 処罰 する こと で 喧 嘩の 発生 を抑 止 しよ うと する 要 素と
︑裁 判を 経 るこ とな く︑ 従 って 背景 事情 な どか ら 実力 行使 の正 当 性を 判断 する こ と もし ない
︑と い う要 素と をと も に含 むと 解す る こと がで きる
︒ 第二 の側 面に つ いて は
︑裁 判と は相 容 れな い考 えで あ る こと は明 らか で あろ う︒ この 意 味で
︑両 成敗 法 はあ る意 味で 裁 判の 否定 であ る と見 な すこ とが でき る ので ある
︒ いっ ぽう で︑ 近 世法 との 連続 性 で見 るな らば
︑ 近世 の幕 府法
︑ 藩法 など の諸 法 にお い ては 両成 敗法 が ほと んど 制定 さ れ てい ない こと
︑ 喧嘩 の当 事者 の 処遇 が個 別の 事 案ご とに 裁判 を 経て 決定 され て いた こ とが 指摘 され て いる22
︒︶
こ のこ と を
︑私 的実 力行 使 の規 制が 達成 さ れた から 裁判 に よる 解決 が可 能 にな った と解 す るべ き か︑ それ とも 戦 国期 の喧 嘩処 理 の 実態 や両 成敗 法 その もの につ い ての 評価 が不 適 切ゆ えに
︑戦 国 大名 の法 と裁 判 に関 し て明 らか にな っ てい ない 要素 が あ ると 解す るべ き か︑ 判断 する 用 意が 現時 点で は ない が︑ 今後 検 討を 進め てい く べき 点 であ ると 考え る
︒
︵ 2
︶ 村 落 共 同 体 の
﹁ 自 力 救 済 行 為
﹂ と 戦 国 大 名 法
前述の通 り︑ 近 年の 戦国 期研 究 では
︑村 落共 同 体の 動向 に関 す る研 究が 盛ん で ある
︒ なか でも 本稿 の 意図 との 関係 で 採 り上 げた いの は
︑村 落共 同体 に よる
﹁自 力救 済 行為
﹂に まつ わ るこ とで ある
︒ 前節 で 両成 敗法 を扱 っ たが
︑そ こで の テ ーマ は主 に家 臣 団構 成員
︑領 主 層に よる 私的 実 力行 使で あっ た
︒い っぽ う︑ 戦 国期 の 村落 共同 体が 強 力な 自治 組織 と し て存 在し
︑権 利 主張 の主 体と し て地 域社 会で 存 在感 を発 揮し て いた こと が明 ら かに さ れて いる
︒以 下
︑そ の成 果の 概 要 を提 示す る23
︒︶
戦国 期の 社会 に おい ては
︑権 利 主張
︑名 誉回 復 とし ての
﹁自 力 救済 行為
﹂が 正 当な も のと みな され
︑ 地域 社会 にお い て 村落 共 同体 がそ の担 い手 とし て 存在 して いた
︒そ れ を 実現 する 源と なっ て い たの は強 力な 自立 性 と権 利 意識 で あっ た
︒ 中世 後期 から 戦 国期 にか けて の 時期 に︑ 村落 共 同体 が主 体と な った 実力 行使 が 行わ れ てい たこ とが 明 らか にな って い る
︒土 地境 界や 水 利権 に関 する 紛 争︑ 犯罪 者の 逮 捕と 処罰
︑そ し て自 らの 村落 共 同体 に 対し て行 使さ れ た暴 力へ の報 復 な ど︑ その 背景 事 情は さま ざま で あっ た︒ 特に
︑ 相 当﹂ と呼 ば れた 報復 行動 は理 念 的に は双 方当 事者 の主 観 的衡 平感 覚 が満 足さ れる ま で繰 り返 され
︑ しか もそ の都 度 行使 する 暴力 の 程度 が大 きく な るた め
︑そ こに は闘 争 の規 模が 際限 な く 拡大 する 危険 性 が常 に存 在し て いた
︒ その よう な事 態 を回 避す るた め に︑ 当時 の地 域 社会 では 紛争 を 可能 な限 り平 和 裏に 解 決す るこ とを 目 指す
﹁作 法﹂ が 自 生的 に成 立し て もい た︒ たと え ば︑
解死 人
﹂と よ ばれ る 犯 罪者 の身 代わ りを やり と りす る制 度︑ 近 隣第 三 者の 仲裁 に よる 和解 を試 み る﹁ 中人 制﹂ な どが その 代表 的 な例 であ る︒ し かし
︑そ れら
﹁ 作法
﹂ の運 用は 紛争 当 事者 の意 思で 行 わ れる た め︑ そ の実 効性 が担 保 され てい たわ けで はな く︑ 地域 社会 だけ では 暴 力の 連鎖 を断 ち切 る こと は 困難 で あっ
た
︒ そこ で︑ これ ら
﹁作 法﹂ を超 え た紛 争解 決の 手 段と して
︑公 権 力た る幕 府や 戦 国大 名 によ る裁 判が 利 用さ れる こと と な る︒ 戦国 大名 の 中に は地 域社 会 の紛 争に 対し て 裁判 のハ ード ル を下 げる ため の 施策 を 行っ た者 も存 在 する
︒例 えば 駿 河 今川 氏は
﹁目 安 之箱
﹂を 設置 し
︑大 名権 力の 裁 判担 当者 につ て のな い者 でも 訴 え出 る こと がで きる し くみ を作 った こ と が知 られ る︒ 近 江六 角氏 でも 同 様の しく みを 法 で定 めて いる
︒ この よう な過 程 を経 て
︑戦 国期 にお け る大 名権 力の 裁 判 権が
︑地 域社 会 での 紛争 の動 向 に大 きな 影響 を 与え る存 在と な って いく
︒ そし て︑ その 延 長線 上に
︑豊 臣 政権 が全 国に 発 令し た﹁ 惣無 事 令﹂ に代 表さ れ る一 連 の﹁ 豊臣 平和 令
﹂が 位置 づけ ら れ る︒ そこ では 大 名同 士か ら村 落 間ま で︑ あら ゆ る階 層で の紛 争 の解 決を 公権 力 の裁 判 権に 委ね るべ き こと が求 めら れ る
︒ 自力 救済 行為
﹂ の否 定と 大名 権 力や 統一 政権 に よる 裁 判 権掌 握を 経て
︑新 た な 平和 創出 シス テム が生 み 出さ れた の であ る︒ ただ
︑ この 後︑ 近世 に も村 落間 での 実 力行 使は 散見 さ れる が︑ その こ とは 村 落の 自立 性を 否 定す るこ とが 困 難 な課 題で あっ た こと を示 す︒ 以上 のよ うな
︑ 戦国 期の 村落 共 同体 の自 立性 の 高さ を強 調す る 立場 に基 づけ ば
︑戦 国 期社 会の 法秩 序 の構 図は
︑つ ま る とこ ろ︑ 村落 共 同体 に代 表さ れ る地 域社 会の 法 秩序 や紛 争解 決 シス テム に︑ 戦 国大 名 等の 公権 力の そ れが 武力 を背 景 に 侵食 して いく 過 程と して 描か れ るこ とに なる
︒ そこ では 村落 共 同体 と大 名権 力
︑自 治 と支 配と いう 二 項対 立が 前提 と な って いる
︒し か し︑ 村落 共同 体 の自 立性 を高 く 評価 すれ ばす る ほど
︑戦 国大 名 等の 公 権力 が近 世に つ なが る法 秩序 を 形 成し てい った こ との 説明 が困 難 にな ると 思わ れ るの であ る︒ 言 い換 えれ ば︑ 二 項対 立 の構 図に 基づ く 理解 を深 める だ け では
︑最 終的 に は地 域社 会と 戦 国大 名権 力と の 力関 係を どう 評 価す るか
︑と い う議 論 を繰 り返 すこ と にな るの では な い か︒ ふた つの 階 層間 に厳 しい 対 立関 係が 存在 し たこ とは 疑い な い︒ ただ
︑そ れ だけ で はな く何 らか の 融和 ある いは 共 同 の契 機が あっ た から こそ
︑そ の 後の 新た な秩 序 の形 成の 流れ が 生ま れた と見 な し︑ そ の契 機に つい て 考え るこ とが 重
要 であ るよ うに 思 われ る︒ その ため には
︑ 地域 社会 内部
︑ ある いは 地域 社 会と 戦国 大名 権 力と の間 での さ まざ ま な相 互関 係の 実 際を 更に 詳し く 見 てい く必 要が あ る︒ ここ では そ の中 で重 要な 観 点の 一つ とし て
︑紛 争に まつ わ る暴 力 の行 使と 規制 に かか わる こと に つ いて 記す
︒ 村落 共同 体間 の 紛争 にお いて
︑ 自 力救 済行 為﹂ が 正当 な も のだ とみ なさ れて いる の であ れば
︑双 方 当事 者 が主 張す る 権利 の内 容が 食 い違 って いた 場 合︑ 両者 は時 に 実力 行使 を伴 っ て衝 突せ ざる を 得な い
︒そ の場 合の 暴 力行 使の 究極 の 目 的は 自ら が主 張 する 権利 の完 全 な実 現で ある は ずで ある
︒少 な くと も理 念的 に そこ に 妥協 は存 在し 得 ない
︒妥 協を 認 め ない から こそ 争 い続 ける こと に なる
︒つ まり
︑ 理念 の面 から 暴 力行 使の 正当 性 を強 調 すれ ばす るほ ど
︑な ぜ村 落が 暴 力 行使 を放 棄し て いく 方向 に進 む のか
︑理 解が し づら くな るで あ ろう
︒ とこ ろで
︑前 近 代の 日本 にお い ては
︑和 解が 紛 争解 決に おい て 非常 に重 要な 役 割を 果 たし てき た︒ 鎌 倉期 には 当事 者 同 士が 和解
︵和 与
︶し た内 容に つ いて 幕府 に申 請 すれ ば︑ その 内 容が 幕府 の判 決 と同 等 の効 力を 有す る こと にな った
︒ ま た︑ 近世
︑江 戸 幕府 は﹁ 内済
﹂ と呼 ばれ る和 解 によ る紛 争解 決 を奨 励し てい た
︒そ の よう な和 解に お いて 重視 され る の は︑ 当 事 者の 権利 の実 現如 何 より も︑ 現 実的 なお と しど ころ を見 つけ
︑紛 争状 態を 沈 静化 す る こ とで あ った
︒そ し て
︑前 述の 通り
︑ 戦国 期の 村落 共 同体 間の 紛争 に おい ても
﹁中 人
﹂を 立て て行 わ れる 和 解の 存在 が指 摘 され てい る︒ そ こ で目 指さ れる も のも 実質 的に
﹁ 内済
﹂の それ と 同様 の理 解が な され るの が通 例 であ る
︒ 暴力 行使 を正 当 化な もの とみ な しつ つ︑ 中人 を 立て て実 力行 使 を停 止す るこ と が︑ 地 域社 会で の法 的 慣習 とな って い た のは なぜ か︒ こ のこ とに つき
︑ 前述 の﹁ 作法
﹂ を﹁ 上位 の公 権 力か らの 規制 と は別 次 元で 機能 する
︑ 当事 者に よる 平 和 創出 の ため のル ー ル﹂ で あり
︑村 落共 同体 によ る実 力 行使 は﹁ こ の ルー ル を逸 脱 し な い限 り
︑あ くま で
﹃無 事・ 無 為
﹄‖ 平和 とそ の 下で の新 しい 秩 序の ため に行 わ れる 戦争 と認 識 され た﹂ とす る 見解24
が︶
ある が︑ これ だ けで はそ こに 戦